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【大正冒険奇譚TRPGその3】

1 :名無しさん :12/01/16 20:41:53 ID:???
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:あり(4日)
版権・越境:なし
敵役参加:あり(事前に相談して下さったら嬉しいです)
避難所の有無:あり
備考:科学も魔法も、剣も銃も、東洋も西洋も、人も妖魔も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったりするのは勘弁よ

2 :名無しさん :12/01/16 20:42:23 ID:???
キャラ用テンプレ

名前:
性別:
年齢:
性格:
外見:(容姿や服装など、どこまで書くかは個人の塩梅で)
装備:(戦闘に使う物品など)
戦術:(戦闘スタイルです)
職業:
目標:(大正時代を生きる上での夢)
うわさ1:
うわさ2:
うわさ3:



3 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :12/01/16 20:47:19 ID:???

――――闇の眷属である鵺にとって、邪を滅する草汰の炎は圧倒的凶器と呼べた。
闇に対し徹底的に無慈悲な炎は容易く鵺の頭部を抉り、燃やす。

「そりゃ……そうなるよなぁ……。炎に照らされりゃ、闇は散る。それが摂理ってモンだ……」
「そんでもって……よぉ……」

だが、頭を抉られて尚、それでも鵺は辛うじて、拳の弾道を逸らす事によって生を繋いだ。
しかもだ。笑っている。頭を半分吹き飛ばされて、獣じみた笑みを浮かべている。
背筋に冷たいものを感じた瞬間、――鵺の姿が煙の如く、草汰の前から霧散。
突然対象が消えた事で、草汰は混乱する。何処へ消えた? まさか逃げ――――

「光があれば、人の背後にゃ影が差す。それもまた……摂理ってモンだよなぁ〜!」

逃げる訳が無かった。
傲慢の塊が、自分を傷物にした相手から敵前逃亡する筈などなかったのだ。
恐怖が、死が、絶望が――――背後から襲いかかってくる!!

「要するに!テメーのせいで皆お陀仏って訳だッ!悔やんで嘆いてくたばりやがれッ!!」

振り返る、禍々しい漆黒の爪が眼前一杯に振り被られる。
あれに貫かれて死ぬのだろうか。がら空きの無防備な背中を串刺しにされるのか。
最悪の未来が脳裏を駆ける。胸ごと貫かれ、死体を思うがまま蹂躙される自分の姿を。
鵺の言葉通り、このまま誰も救えぬまま死ぬのか――――?

嫌だ。ぶわりと脂汗が沸く。まだ僅かに残った人としての「草汰」が恐怖を膨らませる。
「死」とは「終了」だ。何もかも終わってしまえば、自身が培ってきたものは意味を為さなくなる。
だが、人としての本能が声無き悲鳴を上げたところで、死から逃れられる事が出来る訳もない。
ここまでか。きつく目を閉じた瞬間、瞼の裏に色んな人の顔が浮かんでは消える。
自分を迫害した村人達、無口な兄、厳しくも優しかった母、自分を救ってくれた父、冒険の中で出会った人々。
中でも一際、これまでの冒険を旅してきた仲間と、自分を叱りつけるあの少女の顔が浮かび上がった――


「がっ……!な……に……」
「え……」

だが、予想に反し、恐怖の爪は襲ってこない。
恐る恐る瞼を開けると――そこには、大量に吐血し、地面に膝をついた鵺の姿があった。
胸を貫かれたのは草汰ではなく、鵺。そして下手人は、倉橋が召喚した獣影。
皮肉にも、止めを刺そうとした鵺は、草汰を庇うような形で獣の爪に貫かれたのだ。


4 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :12/01/16 20:48:34 ID:???
「俺は……俺は鵺様だぞ!夜闇の支配者だ!恐怖の権化だ!
 その俺様を……見くびるんじゃねえ!畜生ッ!ビビりやがれッ!怯えやがれってんだッ!」

歯軋りし、鵺は力の限り喚く。その姿はいっそ哀れにも思えた。
草汰もまた満身創痍で、膝をついて鵺の行く末を見守る。
炎は役目を終えた事を悟ったかのように萎むように消え、とてつもない疲労感に襲われる。
だがこれで終わったのだ。邪は消え、この冒険を終わらせることができる。
人を恐怖で狂わせ、絶対的優位にいた妖の末路は、案外呆気ないものだった――――

「見せてやらぁ!この俺様の!真の姿って奴をよぉッ!!」

――――かに見えた。
突如、鵺は止める間も無く両腕を腹部に『刺した』。
目の前で、鵺の体がめくれ上がり、おびただしい肉塊が湯水のように溢れ出る。
そして肉塊には、人、人、人、人の顔――――。そのグロテスクさに草汰は顔を顰めた。
これが鵺の言っていた『真の姿』。本能が、内に眠る炎が告げていた。

――――――この肉塊を今すぐ燃やし尽くせ!!!―――――――

「お前らよくやったな!どけ!とどめは俺に任せろ!」
「っだ!何すんだ馬鹿野郎!!」

拳を出すよりも早く、どこか雰囲気の変わった(主に視覚的に)頼光が草汰とマリーを押しのける。
動く狂気の肉の塊を目の前にして、頼光の目は妖しく輝いていた。
しかし頼光が動くより早く、鳥居少年の荊の鞭が唸る。標的は外れ、鳥居少年が肉塊に飲み込まれる!!

「……う、うぁあああー!!?」
「馬鹿が!俺様の手柄を横取りしようとするからだ!」
「チビ助ッ!!」

今度は草汰が頼光をどつくように押しのけ、迷わず肉塊に腕を突っ込んだ。
底冷えする恐怖が皮膚を覆い、骨に滲みこみ、体の芯から震えあがるものを感じた。
今の草汰は炎の力を使ったことで体力も摩耗し、一瞬でも気を抜けば一緒に飲み込まれてしまいそうだ。
それでも助けない訳にはいかない――それが森岡草汰という男だから。

「待ってろ!絶対助けてやる!!!」

肉塊は草汰の腕から感じる炎の気配に嫌悪してか、触手が草汰に絡みつき、腕や足を締めあげる。
それでも止めようとしない。その手で助け出すまでは、絶対に!!
やがて草汰の手が、鳥居らしき小さな手首を掴んだ。後は引き摺りだすだけ。
だが受難は終わらない。大きく拳を振りあげた頼光と、それを止めようとした倉橋が揃って肉の海に飛び込む!

「こんの…………ッ!!」

咄嗟に手を伸ばすも、伸ばした腕は一つだけ。そして助けられるのは、一人だけ。
頼光の足を捕まえるも、倉橋は間に合わず肉塊に飲み込まれた。
今のままではどうすることも出来ない。ただ、誰かが一刻も早く鵺に止めを刺すまで、草汰は二人を掴んで踏ん張ることしかできない。

「(畜生ッ…………俺の、役立たずッ…………!!)」

どうしようもない悔しさに、噛み締めた唇の端から血を流すのだった。

【ほぼ満身創痍の状態で鳥居さんと頼光さんを引っ張りだそうと踏ん張る/役立たず状態】

5 :ヨロイナイト ◆fLgCCzruk2 :12/01/17 21:09:56 ID:???
結果だけ見れば「鵺」は倒された。
森岡青年や倉橋女史、唐獅子と鳥居少年に新手の女性等の活躍によって。
そして鵺の体から邪神と呼ばれるモノが続々と溢れ出して来た。

「黴だな」「黴だね」「黴?」
何とか喋れるくらいには気を取り直したヨロイと平常通りの宝石が呟く。
人間上がりの影法師だけが知らずに聞くが、ヨロイと宝石は懐かしいものでも見るような口ぶりだ。
目先の種族を今更こんなところで見るとは思ってもおらず、ハスターを指し黴だ黴だと連呼する。

「随分昔に駆除したはずだが」「流石に黴だ、また生えたみたい」「?」
「大昔にあんなのがいたんだよ」「ここで見るとは思わなかったけれど」

肉塊に飽きると今度は周囲の見渡す。
一言で言うなら現状は忙しなかった。皆が皆肉塊に飲み込まれ、
僅かの者は心臓を攻めて止めを刺そうとし、残りはそうならないようにするのでやっとだ。

ヨロイ達はと言えばぼうっとそれを眺めるばかりだった。
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」

所々で聞こえた誰かの言葉に、人間じゃないヨロイ達ははたと気付いてしまったのだ。
「別に助けなくてもいいんじゃないか」と
鵺に向けられた言葉のいくつかはそっくりヨロイ達にも当てはまる。

随分とけったいな時代になったものだとヨロイ達は思う。
一々あんな風に毒を撒き、居直らなければ自分を認めることさえできない者。
臆面も無く、自分たちの敵も問題も自分たちだと言う者。肩入れを躊躇するような言葉ばかりだ。

手を貸さずとも良いのではないか、その内にまた敵対するかも知れないなら、助けるのは損だ。
人間的な考えだったが、相手が人間なだけにきっと間違いでもないだろう。

それにこのまま放っておいても邪神の方は弱っていることに変わりなく、
彼らが勝つことは想像に難くない。何よりこの体でできることはもう何もないのだ。
ヨロイ達は、引き続き肉塊の動きを、空中でぼうっと眺めていた。

【待機】

6 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/20 23:50:54 ID:???
>「ひっ!!なんですかこれ!?まだ鵺のうちにトドメを刺さないと!とんでもないことになりそうです!!」
>「武者小路頼光のぉ鵺退治ぃ!!!」

鳥居の鞭と頼光の獣爪が、溢れ出す肉塊に塞がれた鵺の胸を裂いた。
肉の隙間に僅かにしか見えていなかった心臓が大きく露出する。
だが同時に、断面が広がった為に肉塊は更に勢いを増して、二人を飲み込んだ。

鵺はもう意識を保ってはいない。ただ生存本能のみによって動いている。
その本能が告げていた。この二人を徐々にすり潰すように殺してやれ、と。

人心の底にある暗澹たる穢れを知らぬ少年と、どこまでも前向きで盲目的な男。
逃れようのない死の感覚をじわじわと五体に滲み込ませてやった時、彼らはきっと恐怖を抱くに違いない。
二人と同時に飲み込んだ倉橋冬宇子、彼女ではそうはいかない。
ふわふわと浮ついた魂ほど、死を確信した時に激しい落差を覚えるものだ。
彼らの恐怖と魂を食らえば傷は癒える。あとは十全の状態でハスターと化して皆殺しだ。

>「待ってろ!絶対助けてやる!!!」

しかし鵺の本能の目論見を、阻止する腕が伸ばされた。
森岡草汰だ。肉塊が完全に飲み込もうとする鳥居と頼光を掴んで、引き上げようと踏ん張っている。
満身創痍の彼に二人を完全に救い出すだけの力はもうない。
が、それでも肉塊が二人を奥深くまで飲み込んで圧殺する妨げにはなっていた。

邪魔だ、と本能が叫ぶ。
憎悪と怒りが滾った――己に致死の一撃を加えた炎の宿主、恐怖の通じぬ献身の狂信者、お前は最後の最後まで邪魔をするか、と。
ならばお前にも絶望を与えてやるだけだ。その手で掴んだ筈の仲間の命が、砂のように零れ落ちていく絶望を。

肉塊の一部が捩れて触手と化し、森岡の四肢を捉えて締め上げる。
彼の体からは、もう自分の頭部を抉り飛ばした時ほどの力は感じられない。
このまま腕を引き剥がし、へし折って、三人まとめて喰らってしまえる。

――もしも今この状況で、森岡が平時の力を保っていたならば。
鵺は躍起になって森岡をも取り込もうとは思わなかっただろう。
触手を用いて鳥居と頼光を貫けば、長く濃密とは言わぬまでも恐怖を喰らう事が出来た。
力で劣り、森岡の守護を受けられない倉橋や、マリーから殺してもよかった。

そうしていれば、きっと鵺は勝っていた。

>「何であろうと関係ない。生きているのならば殺すだけだ」

――そうとも、生きているなら殺される。それはお前だって同じ事だ。

双篠マリーが鵺へと歩み寄ってくる。
鵺は気にもかけなかった。
今の今まで何もしてこなかったお前に何が出来る。この三人を殺した後でじっくりと相手をしてやる、と。

故に、仕込んだ短刀を露にして、己へと疾駆するマリーに対する反応が一瞬遅れた。
先端を尖鋭化させて突き出した触手は、彼女の僅かに横、虚空を貫くのみに終わった。

>「もう一度言おう、もう君の居場所は無い、時代遅れなんだ!」

――戯言だ。人間が恐怖を忘れる時など来る筈がない。
もしその時が来るとしたら、それは滅びの始まりだ。
恐れを忘れた生き物は死ぬ。飛び方の上手い燕の一族ほど、崖に激突して早死するように。

>「鵺――お前が本質に従って人を恐怖に陥れ、身を守るために敵を滅しようとするのは、至極真っ当なことさ。」

体の内側から、霊体そのものに染み入ってくる声。
先ほど飲み込んだ倉橋冬宇子が、思念を送り込んできているのだ。

7 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/20 23:52:25 ID:???
>「私はお前の存在を否定しない!お前は間違っていないし、存在してはいけないモノなんかじゃない。
 だから、お前と同じように、私は私を守り――そして、お前を殺すのさ!
 正も邪も、私の知ったことじゃァない!!相容れぬ者同士が存在をかけて食い合い――勝つか負けるか?
 どちらが残って存在し続けるか―――?ただ、それだけのことだろう!?
 違うかい?この腐れ外道が!!」

「……ざ……けんな」

鵺が声を零す。
冒険者達の僅かな、恐怖にも及ばない不安を掻き集めて、一滴ばかりの力を取り戻して。

>「鵺、君の意見は大体あってるよ、だが、一つだけ抜けていることがある
>今の時代、人の敵は人だけなんだ。人の闇も人の領域だ」

>「…あんたの言うとおりさ…。人の敵は人だけ――その通りだ。
>神を必要とするのも!神を創るのも!畏れるのも!利用するのも!いつだって人だ。
>ならば人の創った神を殺し、混沌に返すのも人!私は私の存在を侵すモノなら、神だって殺す――!」

「また……またそうやって、テメーらは……!」

鵺の言葉が全て紡がれるよりも速く、彼の心臓が内と外の両方から突き刺された。
途端に夥しい血が溢れる。鵺の存在が今度こそ終わっていく。

「まだ……だ……」

か細い声、同時に鵺の心臓に刻まれた傷が再度裏返る。
表出したハスターの裏側から鵺が飛び出した。鋭く突き出された爪が二人を貫く。
けれども鵺の攻撃が二人に傷を負わせる事はない。それは幻だった。
『突き刺された』と錯覚させる事すら出来ない、薄く弱々しい幻だ。


8 :GM ◆u0B9N1GAnE :12/01/20 23:54:23 ID:???
「……畜生。最後の最後くらい、ちったぁビビりやがれってんだ……。
 あぁ、クソ、まただ……また負けちまった……。いつだってそうだぜ。
 人間は恐怖を捨てる事なぞ出来やしねえ。
 だってのにテメーら人間はいつもいつも、俺を踏み躙ってどこか高い所に行っちまいやがるんだ」

鵺――恐怖の象徴。
人に恐れられ、そして人に乗り越えられていく存在。
踏み台となる事を運命づけられた、生まれながらの敗北者。

「俺にはそれが我慢ならねえ!時代遅れだなんて認めるかよ……!
 次だ!テメーら人間がいる限り、俺は何度だって蘇る!
 最後に勝つのはこの俺様だ!次こそ俺は勝ってみせる!永遠に!
 二度と負けねえ!人間共の主人として、永久に君臨してやるのさ!」

無限の生と勝利を夢見る敗者が吠える。
負け犬の遠吠えが響き渡る。

「テメーらじゃそうはいかねえだろ!テメーらはいつか死ぬんだ!
 惰弱な種の寿命に縛られて、百年足らずでくたばっちまう!」

鵺は最後まで、君達の恐怖を煽ろうと叫ぶ。
それが彼の性であり、存在意義なのだ。

鵺の幻が薄れていく。
伴って、彼の体と溢れた肉塊は黒煙と化して霧散する。

「次に蘇った時はテメーの骸を見つけ出して嘲笑ってやるぜ!
 時代遅れになったのはテメーの方だったってなぁ!
 ざまあねえぜ!くくっ、けけけっ……ぎゃはははははははははは!」

狂笑は幻に合わせて、遠ざかるように薄らいでいった。
やがて鵺の姿が完全に消え去ると、笑い声もまた途絶えて、残響だけが暫し残った。
直後に鵺の肉体が一瞬にして、完全に黒煙となった。

黒煙は君達を包み、束の間の幻覚を見せる――かもしれない。
恐怖の幻覚――それは過去であり未来だ。
君達の心に突き刺さる過去を、君達が最も恐れる未来を、鵺の残滓は呼び起こす。
それは僅か一瞬の出来事で、仮に見たとしても君達の心を砕いたりはしないだろう。



――君達は依頼の達成条件を満たしている。
既に化け物トカゲの写真が手元にあるし、大破した鋼鉄巨竜を撮影してもいい。加えて――

「違う……やめてくれ……」

君達は帰り道でスペル・ヴァイザーを見つける事だろう。
彼は完全に精神を病んでしまっていた。
写真機のレンズは時として霊魂を、この世の真実を捉える。
彼は君達の激闘をフィルムに収めようとして、その為にハスターの存在をまともに見てしまったのだ。
彼の心は恐怖に囚われている。最早再起は叶わない。死ぬまで己を、己の映画を蔑む幻に付き纏われるのだ。

「やめろ……私の作品を馬鹿にするな……。もう嫌だ……いっそ、いっそ殺してくれ……」

――君達は彼に何をしてもいい。

彼の足元には活動写真機が転がっている。フィルムは取り付けられたままだ。
それを回収するかしないか、回収してどうするのかも、君達の自由だ。

洞窟を出て少し歩くと船が待っている。それに乗れば、君達の冒険はおしまいだ。

9 :名無しさん :12/01/23 18:21:36 ID:???
肉壁の蠢く海に向かい唸る毛駄物の怒号は空しく
剛毛の膂力は異形の神力の前では皆無と証明された。

>「ぎゃあああ!!気持ちわりぃい!お前ら!助けろおおおお!」
拳の接触と同時に肉塊に嚥下された頼光に伸びるは倉橋の白い手。
纏わりつく鵺の生存本能は、少年の恐怖を煽るのには充分過ぎるほどだった。

「(せっかく人間に戻れたのに…すぐ死んぢゃうのかな。ごめなさいお母さん)」

>「待ってろ!絶対助けてやる!!!」

――その時、頭上から降り注ぐ声。
諦念に囚われた鳥居の手を掴む者がいる。森岡草汰だ。
しかし満身創痍の森岡に、彼を救い出すだけの力はない。

>「(畜生ッ…………俺の、役立たずッ…………!!)」
悲痛な心の叫び…、言葉にならない森岡の声を感じた鳥居はすぐさま驚愕することとなる。
森岡の行動はただの自殺行為であり未来には死と言う現実が巌のように重く存在するだけだったのだから。

「(ばか……。でも、ありがとう……)」
鳥居は小さな手で彼の大きな手を強く握り返す。
その手の温もりに人の心の温かさを感じ、思わず目頭が熱くなる。

――そして混沌の渦で突き立てられる白刃。致死の一撃。
鵺の心臓は内と外の両方から二人の女によって突き刺されていた。
夥しい血が溢れていく。鵺の存在が終わっていく。
弛緩していく肉の海は力なく、まるで敗北を囁いているようだった。

最期に鵺は冒険者たちを恐怖で煽ろうと叫びだす。
鳥居は神気による高揚感をすでに失っていたため
心の底から滲み出てくる恐怖に蓋をすべく叫び返した。

「そうだよ!恐怖を捨てることは出来なくっても
人は手と手をとりあってそれを乗り越えることが出来るんだ!
君が何度甦ったって僕達人間は越えていく。何度でも、何度でも永遠に!!
その度に君は道化師のように敗北して、呪われた自分の存在を思い知るが良いさ!」
少年の気持ちに怒りはなかった。ただ、物悲しく祈りにも似た感情が胸を締め付けていた。

10 :名無しさん :12/01/23 18:22:20 ID:???
狂笑と僅かな黒煙をこの世に残し、ついに鵺は消滅する。
最後に鳥居が見た悪夢は無表情の笑わない観客達。暗い街。灰色の世界。
少年は強くかぶりを振りそれを振り払った。

「終わったのですね…」
微笑して森岡を見つめる。近くには獣人と化した頼光の姿がある。
運命を共にした冒険者達の姿も。

「あれ〜僕を化け物といった罰があたったのでしょうか?
でもその姿のほうがかっこいいですよ頼光!今度僕のサーカスに出演して下さい!
ねえねえ、いいですよね?おねがい頼光〜!!」
にんまりと鳥居はふくみ笑い、その帰り道……

>「やめろ……私の作品を馬鹿にするな……。もう嫌だ……いっそ、いっそ殺してくれ……」
発狂したスペル・ヴァイザーを見つけた。足元には活動写真機とそのフィルム。
それを抱え上げ、鳥居は…

「あなたは冷酷です。けれどこれから起こることがあなたの免罪符となりましょう。このフィルムも僕がもらっていきます。
娯楽のため世のため人のために、この活動写真は鳥居呪音が使わせていただきます」

洞窟の外に出て船に戻れば、磯の香りが鼻腔を刺激する。
瞑目するかのように瞼を閉じれば頬を撫でる潮風。
鳥居はふと、鵺の言葉を思い出す。

>「テメーらじゃそうはいかねえだろ!テメーらはいつか死ぬんだ!
 惰弱な種の寿命に縛られて、百年足らずでくたばっちまう!」

「なんの因果か、僕はこの時代に人に戻ることが出来ました。
止まっていた時が再び流れ出したのです。同じ時をこの人たちと共に生きていけることを僕は嬉しく思います。
変われないまま生も実感できず、独りで生き続けるということは、やはり悲劇ではないのでしょうか…」
遠い水平線を見つめる瞳に涙が浮かんでいた。そこにはもう、母の影を追う少年の姿はなかった。

――数日後。帝都の闇に光りの花が咲き始める。
轟く咆哮。響く歓声。不気味な仮面の男がナイフを投げれば、矮躯な男たちの集団が輪になって踊る。
照明を浴びたサーカス団員の影たちも、一緒になって踊り続けている。

夜見世サーカスの開演だ。

【終劇】

11 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :12/01/23 21:32:02 ID:???

止めを刺すその両方の刃を食らい、鵺の心臓から夥しい血が噴水のように溢れ出る。
肉や触手から力が失われていくのが克明に伝わって来る。

「そうりゃぁあ!」

その瞬間を草汰が見逃すはずがなく、腹に力を入れ、二人を一気に引き上げる。
無惨な姿となったハスターの残骸から、倉橋も無事に姿を現した。
ほっと一息つくも――今度はハスターの裏側から鵺が飛び出す。
しかし、鵺は最期の足掻きとしてマリーと倉橋を殺めようとするも、その弱弱しい幻影では傷一つすらつけられずに終わった。

「……畜生。最後の最後くらい、ちったぁビビりやがれってんだ……。
 あぁ、クソ、まただ……また負けちまった……。いつだってそうだぜ。
 人間は恐怖を捨てる事なぞ出来やしねえ。
 だってのにテメーら人間はいつもいつも、俺を踏み躙ってどこか高い所に行っちまいやがるんだ」

草汰は鵺の最期の言葉を黙して聞いていた。消えゆく恐怖の象徴から、目が離せないでいた。
否、目を離してはいけないと心の奥底から感じていた。
人間は確かに恐怖だけは忘れることはできない。忘れるとすれば、それは人間としての終わりと言っていい。
草汰はまさに『恐怖』を捨ててしまった『化物』だ。
だからだろうか。死にゆく鵺に、ほんの一瞬でも――同情に近いものを覚えてしまったのは。

鵺は喚き散らしながらも狂笑し、どこまでも恐怖を煽ろうとする。
幻は薄れ、体や肉塊を黒煙に還しながらも、それでも彼は恐怖させることを忘れない。

「次に蘇った時はテメーの骸を見つけ出して嘲笑ってやるぜ!
 時代遅れになったのはテメーの方だったってなぁ!
 ざまあねえぜ!くくっ、けけけっ……ぎゃはははははははははは!」

耳障りな笑い声が洞窟内に響くも、次第に消えていき、残響を残して途絶えた。
そして肉体もまた、一瞬で黒煙と化すや否や、草汰ら冒険者たちを包み込む。

――――煙で霞む目を無理矢理こじ開けた時、彼は見た。
双眸は落ち窪み、憎悪と悲嘆に満ちた眼光を湛えるもう一人の「草汰」。
着たこともない神父服に身を包み、右手に血の滴る短刀を構えて。
血走った眼をぎょろつかせ、草汰を見据える。

刹那、幻影の己が、草汰の胸に短刀を突き立てる。
幻である筈の切っ先が胸部を刺し貫いた時、形容しがたい背筋の凍るような寒気が襲った。

『                       』

にちゃ……、と嫌悪を誘う笑みと、耳元に地を這うような囁きを残し、幻影すらも消え去った。
だのに、胸と耳に残る悪寒は何時までも消えることは無く。
「終わったのですね…」と鳥居が微笑を寄越しても上手く笑い返せず。
冒険者一同が洞窟から去ろうとする暫くの間も、草汰は虚空を見つめ続けていた。

12 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :12/01/23 21:32:58 ID:???


――――――――――――――――――――それから幾日が経ち。

帝都に戻った後も、草汰の心は洞窟の黒煙を引き摺ったままかのように、晴れず仕舞だった。
あの後、スペルは精神に異常をきたした状態で発見された。
もう普通の生活を送ることはできないだろう。自業自得だが、助けられない彼の事を思うと、哀れでしかなかった。
冒険の最中死んでいった同業者達、異常者に成り果てたスペル、生まれながらの敗者・鵺。
様々な要素が積み重なり、草汰の心に重くのしかかって来る。
力があっても、死力を尽くしても、結局助けられない人もいる。その現実が何より痛い。
もし父だったら――――力が無くとも地獄の淵にいた自分を助けてくれたあの男なら、どうしただろう。
あの場にいた、全ての人を、いや妖でさえ、救えることが出来たのだろうか。

「(…………)」

夜道の日本橋を渡る最中、ふと夜空を見上げた。
連日晴れたお陰か、点在するちぎれ雲の間から、満月と満天の星がちかちかと輝いている。
そういえば父と出会った日も、こんな天気の良い満月の夜のことだった。
水面に映る月を眺めながら、夢を語ってくれたっけ―――――…………。
思い出に浸りながら、草汰は何気なく橋から身を乗り出して水面に視線を向けた。

「……………………!!」

背後に、何かが居る。長身である草汰よりも遥かに巨大な何かが、草汰の項を見つめていた。
咄嗟に振り返る。そこには、巨躯な人型の「影」が居た。
夜であるため、顔まで伺い知ることはできない。しかし何故だか、それらの気配は鵺の存在を思い出させるものだった。

「……思ったより覚醒が早かったですね。"あれ"の息子たる所以か、それとも不確定要素との接触……。
 まあ、どちらでも良いでしょう。"剣"たる御前ならばいずれは辿り着く境地である事は明白でしたから」
「何ごちゃごちゃ抜かしてんだ、テメエ。……言っとくけどよ、金目の物なんてのは期待しねーほうがいいぞ」

得体のしれない影に対し、草汰は戦闘の構えをとった。
対する影は動きひとつすら見せない。幾人かの通行人が示す好奇の視線など気にも留めていない。
対峙して暫く、鉛のように重い時間が流れ――おもむろに、影の懐で銀色が鈍く輝いたのを草汰は見た。

「はっ……がぁあッ……カハッ……!!」

一瞬。まさに疾風の如き動き。残像を残して影は草汰に密着し、――手に持った小刀をその胸に突き立てていた。
信じられない、と言いたげに草汰の顔が苦痛に歪む。
そして刺し貫かれた胸からは、緑色の炎が煙のように立ち昇り、血と共に溢れだす。
接近してようやく見えたその顔は、炎を模したような鬼の面を被っていた。影の血走った眼が、草汰の目を射抜く。
あの日、洞窟で見た悪夢のような幻影が、脳裏を過った。

「炎の恩恵を持つ者はまだいる。御前が選ばれたのは一重に、その数奇な運が導いた結果です」

朦朧とする意識の中、死に物狂いで鬼の面を掴んだ。
手にありったけの力を加え、だが面を僅かに砕いただけで、指先が滑り弧を描く。
意識を失った体の重心は後方へ。木が激しく軋むような音を立て、草汰の体は橋の上に崩れ落ちた。
緑の炎を纏う血塗れの小刀を懐に仕舞い、影はただ草汰を見下ろす。


13 :森岡草汰 ◆PAAqrk9sGw :12/01/23 21:33:19 ID:???
砕けた仮面の下からは、うっすらと三本の傷痕が見え隠れしていた。


【時と場所は数日後に移り。】


「実家に帰ります」

「…………………………は?」

いぐなの突拍子もない一言に、男――もとい華吹は唖然とせずにはいられなかった。
華吹の知る限り、彼女に実家など存在しないと思っていたからだ。
大和使団は血縁も何もかもを捨て、国家の犬として働く集団である。であるからこそ、華吹は耳を疑った。
彼女はある事情で一度死に、生き返ったのだが、蘇生以前の記憶が無いだけに実家なぞ知る訳がないと思っていたから尚更だ。

「え、ちょ、実家って……御前さん何言ってるか分かってる?」
「突然の事で申し訳ないです。でも、もう決まった事ですから」
「決まったことですからじゃなくて。先日から出没してるっつーヒト刺しの調査は?ねえ?」
「只の野暮用なんですし数日で戻りますから早く袖を離して下さい!」

喚き散らす華吹を振り切り、いぐなは重そうなトランクを引き摺って出ていく。
彼は茫然と見送るしかない。がっくりと項垂れると、立ち上がったせいで床に散らばった新聞紙を集め始めた。
数日はいぐなをいびることすら出来ないのか……奇妙な寂しさを一抹に感じつつも、ふと一枚の紙面に目がいった。

『連続「ヒト刺し」通り魔 未だ捕まらず』

『胸部を一突き 慈悲なき無差別犯行』

『幻の最初の犠牲者の青年、行方は未だ知れず 目撃情報は嘘か真か?』

「……こら、厄介なことになりそーですねえ〜」

やれやれ、という風に長い髪を首ごと揺らし、字面に目を走らせる。
帝都の闇を晴らすのは闇の仕事。それを遂行できなければお上達に大目玉を食らうことは目に見えていた。
さてどうするか。他の面子も居ない今、大和使団には華吹一人となってしまった。
戦闘力としては頼りない自分だけとなると、渋々ではあるが……一個人として、他者に協力を求めなければならない。

「利用できるもんは、精々利用しろってことですかね」

卓上で自己主張するように輝く、銅色の免許証を手にとる。
顔写真の部分はこびりついた血で見えないが、はっきりと「森岡草汰」と記されている。
冒険者。昔を思い出すが、今となっては嫌悪の対象でしかない。
弟が己の計画を知ったなら、烈火の如く怒るのだろうな。
静まり返った部屋で人知れず、華吹は狂気じみた満面の笑みを浮かべるのだった。


【森岡草汰 地下の楽園編 終――?】

14 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/01/23 23:23:47 ID:???
「ぬ?あがああ!?はやくしろおおお〜!」
肉塊の海にのまれ、その圧力が増していく中。
頼光はそれでも恐怖で塗り潰されることはなかった。
既に身動きができないほどの圧力をかけられているにもかかわらず。

もちろん唐獅子と融合して得た耐久力も要素の一つである。
だが本質的にはその愚かさ故に、だ。
生来あらゆる障害、揉め事は家の威光によって解決されてきた。
それは頼光にとって水や空気のように当たり前のことであり、信じる以前に疑いすらしないもの。

すなわち、今この状態も誰かが助けるのは当たり前であり、必ず脱出できるとしか思っていないのだ。
故に助かるかどうかではなく、いかに助かるかが重点となる。
左腕がなくバランスが取れない中で足を掴まれるという事を不愉快に思い、救出が遅れることに苛立ち罵声を浴びせる。
この期に及んでも鵺の心臓や、自分を追って取り込まれた倉橋、そして満身創痍で救出に全力を挙げる草汰への気遣いなど微塵もないのだ。
ただただ保身を第一にうめくのだった。
そんな自分勝手な喚き声に急かされたわけではないだろうが、倉橋とマリーの内外からのとどめに鵺の心臓は切り裂かれた。
肉塊の海の圧力が抜けた瞬間、草汰の気合一閃とともに引っ張り出された。

> ざまあねえぜ!くくっ、けけけっ……ぎゃはははははははははは!」
「・・・ああん!?」
引き出された後、盛大に咽ていたので鵺の言葉が聞き取れたのは最期の笑い声だけだった。
不快感を露わに顔を上げた瞬間、黒煙に包まれる。
その黒煙は鵺の断末魔。
心に突き刺さる過去を、最も恐れる未来を見せつける。

だが頼光には心に突き刺さる過去などありはしなかった。
恐れる未来を考える程の想像力もなかった。
鵺は恐怖を暴き煽る天才だった。
常識を破る天才の攻撃も、常識の通用しない馬鹿には攻撃とすら認識されなかったのだ!
そう、今までの頼光ならば。
本当に馬鹿そのものだったが、この冒険は良くも悪くも頼光を成長させていたという事なのだろう。

15 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/01/23 23:24:47 ID:???
過去も未来も見えはしない。
だがこの冒険で感じた恐怖。
それが頼光の人生で最大にして最凶の唯一のもの。
凶暴なまでな殺気を纏った洲佐野の顔が一瞬脳裏に浮かび、それが塗り潰されていく。
般若の様な形相でビンタを繰り出す倉橋に!

「ひっ!!!」
小さく悲鳴を上げ目を閉じ、恐る恐る開いた時には黒煙は消え去り、自分が何に怯えたかも脳裏から消え去っていた。
恐怖するという事に慣れていない頼光の脳は強烈すぎる恐怖を忘れるという逃避行動をしたのだろう。

混乱気味の頼光の意識を引き戻したのは鳥居の明るい声だった。
>「あれ〜僕を化け物といった罰があたったのでしょうか?
>でもその姿のほうがかっこいいですよ頼光!今度僕のサーカスに出演して下さい!
>ねえねえ、いいですよね?おねがい頼光〜!!」
「はぁ?ふざけんな糞ガキが!俺様を誰…だ?」
鳥居の提案に怒声を上げる途中、自分の視界が妙に低いことに気づく。
自分を見てみると、獅子の野太い前足や雄大になびく尻尾。
そこで初めて自分が唐獅子の姿になっている事に気が付いた。

最期の黒煙の幻に怯えるあまり脳波記憶の削除を選び、体は唐獅子化を選んでいたのだ。
「な・な・なんじゃこりゃああああああ!!!」
洞窟に頼光の咆哮が響くのだった。



結局のところ、洞窟を抜けるころには気持ちが落ち着いたのか、自然と人の姿へと戻ることができた。
冒険が終わった後、頼光の生活は困窮を極めることになる。

蒸気甲冑軍荼利は大破し、冒険に出ることもできない。
今さら家に帰ることもできない。
唐獅子は無理やり頼光を助けるために魂のレベルで融合していた。
故に分離もできず、何か興奮したりすると唐獅子の姿になってしまう。
同じ冒険をしたという程度の伝手で強引に倉橋のところへ押しかけなんとかしてくれと頼み込む日々。

もちろん家の後ろ盾もなく、隻腕でこのような性格の頼光がまともに職を得られるわけでもない。
結局のところ……隻腕の猛獣使い兼猛獣として夜見世サーカスでデビューすることになるのだ。

16 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/01/26 19:40:02 ID:???
確実な手ごたえを腕に感じ、仕留めたとマリーは確信する。
と気を抜いた瞬間、マリーの胸を鵺の爪が貫くも
貫いたはずの腕は霞のように消え、傷痕さえもない。

鵺が消える。忌み言を吐き散らしながら霞のように消えていく
このまま見ていようかと考えたが、マリーはおもむろに顔を近づけ
「次に勝ちたいなら今かたなければな、
 そうじゃなきゃお前は次も負けるだろうさ」
鵺の目を睨みならが告げ、消えかけの鵺を背にした。
スペルを探そうと歩を進めようとした時、鵺の最後の言葉が聞こえる。
「好きにしたらいいさ」
背を向けながらマリーはそう返した。
復讐とは、相手が生きている内にやらなければ意味がない。
死んだ相手に何をやっても空しいことをマリーは知っていた上でそう返したのだ。
と次の瞬間、鵺の残した黒煙がマリーに幻覚を見せた。
「!?」
見えたのは、自分が生まれ育った町並みだった。
しかし、マリーの記憶にある町とは確実に何かが違っていた。
町行く人々の顔からはまったくとっていいほど生気を感じられず
いつも活気付いていたはずの市場や酒場は墓場のように静かだ。
その光景を目の当たりにし、マリーの脳裏にある光景が浮かんだ。
とある教団に潜入したときに見た信者たちの様子とまったく同じなのだ
彼らは薬で洗脳されて人としての輝きを失い、教団に言われたとおり
機械のように同じことを繰り返していた。
その様を目の当たりにしたとき、マリーは恐怖に震えていた。
もしも、彼らの規模が大きくなり、村や町だけではなく国がこの様になってしまったら
どれほど恐ろしいのだろうと、鵺の幻覚はまさにその「if」の未来を移していた。

「…まさか、殺した奴に思い知らされるとはな」
幻覚が解け、正気に戻ったのを確認すると、マリーは呟くように漏らした。
「わかっているさ、一握りの権力者の為に罪なき人々が犠牲になっていいわけが無いからな」



17 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/01/26 19:40:40 ID:???
洞窟を出て、あたりを見回すと様子がおかしくなったスペルを見つけた。
先ほどの戦いを目の当たりにして、気が狂ったのだろう。
短剣を剥き出しにし、スペルに迫っても同じように脅えるだけだ。
今更であるが、マリーの嘆願はこの男の暗殺だ。
受けた以上、嘆願はこなさなきゃいけないのだが、
「…」
気が進まない。
というよりもこの男は既に自分の業に焼かれている真っ最中だ
刺し殺すのは簡単だ。しかし、それでは彼を救済するのと同じではないか
とスペルの様子を伺いながら頭を悩ませていると
鳥居と名乗る少年がスペルの使っていた活動写真機を見つけ貰っていくと
スペルに告げた。
そのことを聞いた瞬間、マリーは閃いた。
即座に鳥居から活動写真機を奪うと、間髪をいれずそれを思いっきり蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた活動写真機とフィルムはパーツを散しながら、海中へ没していく
「悪いね。どーしてもアレはあぁしたかったんだ。
 いうだろ?芸術家は死んでから評価されるってね
 本当は彼を殺したかったが、アレなら勝手に死んでくれそうだしね。
 だから、芸術家としての彼を殺そうと決めた訳だ。元よりあんな悪趣味なもの
 大衆に見せるわけにもいかないがね」
これでなっとくしたのか、マリーは鼻歌を口ずさみながら船に向かった。

18 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/01/26 19:41:20 ID:???
【数日後】
教員室にて、マリーは眠たそうな顔で新聞を読んでいた。
新聞には巷を賑わせている通り魔についての記事がデカデカと載っている。
「…全く好き放…題してくれるな…ふぁ〜」
被害者の中には一般人も混じっている以上、マリーにとってこの通り魔は敵以外でも何者でもない
当然、警察よりも先に見つけ、殺そうと画策しているのだが
こっちもこっちで全くといっていいほど成果が現れない。
その上、毎晩深夜徘徊したせいで、昼間は眠気に押しつぶされそうにもなっている。
片方の仕事でトラブルが起こるともう片方の仕事に影響が出てしまう。二重生活の辛い所だ。
そんな綱渡りのような生活にも限界が訪れる。
「あぁ…も…もう駄目だ」
眠気に抗えず、瞼を閉じる間際、マリーは諦めた。
嘆願が出るまで待とうとそうすれb…

〔次章へ続く〕

19 :【閑話休題】 ◆FGI50rQnho :12/01/27 23:02:13 ID:???
倉橋晴臣は、布製の遮光幕を少し上げて、出窓ごしに外の景色を眺めた。
そろそろ夕刻に近い。
黄色く翳り始めた日光が、ひっそりとした通りの土道に、薄く並木の影を落としている。
二階の窓からは、かつて江戸城内郭と呼ばれた宮城(きゅうじょう)――御所の、こんもりと繁る森林が覗けた。

ここは帝国政府省庁『陰陽寮』が庁舎を構える洋館の一室。
律令時代より天文・暦・占筮・宮中祭祀を取り仕切ってきた陰陽寮は、明治二年に一度解体され、
翌年、霊的護国機関『降魔鎮魂府』と提携、その業務を補完し、政府との橋渡しを行う特殊省庁として再編された。
関東大震災後の帝都再開発の流れで、内務省を始めとした各省庁は、続々と霞ヶ関のビルヂングに集約されていったが、
陰陽寮は業務の特殊性もあり、宮城にほど近く、神社仏閣に囲まれた閑静なこの地、大来町の一角で、
依然、明治初期建造の古めかしい洋館を庁舎として、全国国家陰陽師の統括と帝都の怪異解消の任に当っていた。

呼び出しを受けて半時ほど経つのに、部屋の主は未だ現れない。
無聊に任せて室内を見回した。
重厚な文机の背後にある、もう一つの窓には、分厚い天鵞絨(ベルベット)のカーテンが掛かり、
廊下に面した扉は閉ざされたままだ。
式占盤、筮竹、犀、天道計測用の天体模型――渾天儀(こんてんぎ)……
壁際の長机には、種々雑多な占筮の道具が無秩序に置かれている。

晴臣は、そのうちの一つ――丁度手鏡ほどの大きさの、真鍮製の円環に嵌め込まれた水晶板に目を留めた。
無色透明であるはずの水晶板に、淡い陰りが靄の如く揺れるのを感じたのである。
木火土金水――五行を示す緑赤黄白黒、五色の紐飾りをつけた円環に手を触れると、
靄はさらに濃く揺らぎ、やがて焦点をむすび映像を成した。

蓮の枯茎が生い茂る池、池の小島に建つ伽藍の堂。その向こうに突き出すように見える五重塔…
蓮池は不忍池、池中の伽藍は弁天堂か。
震災後、宮内庁より東京市に下賜された旧寛永寺敷地――上野恩賜公園の光景だ。
しかし常に見慣れた風景とは違う。不忍池を望む桜並木の地面を裂くように、在るはずの無い深い亀裂が走り、
その亀裂から、空間を歪ませる靄が立ち昇っているのだ。

「江戸の鬼門封じのため、慈眼法師天海上人が開山した東叡山寛永寺が、上野戦争で焼け落ちてから六十年。
 "裂け目"は徐々に広がっている。裏鬼門守護の増上寺の験力だけでは"裂け目"から侵入する禍物を完全には防げぬ。
 それが皮肉にも天佑神助の会得も容易にし、大国と戦を勝利に導いたのだが。
 …今年は陰の相克に当たるためか、あちらのモノが入って来易いようだ。
 君も帝都の守護に出ずっぱりで本任地に帰る暇もなかろう?」

振り返ると、開いた扉の前に洋装の紳士が立っていた。
年の頃は五十前後、白髪の線が入った頭髪を後ろに撫でつけ、濃い口ひげを蓄えている。
待ち人の登場である。この部屋を執務室とする陰陽寮天文方次官、天文博士。
占星術、易学、算命学…あらゆる占筮の知識を以って世の異変を察知する占いのスペシャリストだ。

「ええ、すっかり帝都の暮らしにも慣れました。」

軽口は続かない。現場回りの一方技(技術官)である晴臣にはあまり馴染みのない上官だ。
なぜこの場に呼び出されたのかも判然としない。
口調の何処かに隠し切れぬ訝しさを気取ったか、博士は晴臣に応接テーブルの座椅子を勧めながら言う。

20 :【閑話休題】 ◆FGI50rQnho :12/01/27 23:06:03 ID:???
「待たせてすまなかったね。いや、今日来てもらったのは全くの別件でね。
 降魔鎮魂府の長―――あの御方のことは、君も聞き及んでいるだろう。」

「未だ拝顔の栄には預かりませんが、お噂だけは。」

降魔鎮魂府の創始者は謎の多い人物だ。どこの生まれとも家柄とも分からぬ。
維新直後に忽然と姿を顕し、世の激震に伴い現世に溢れ出した魔の騒擾を独力で沈め、新たな抗魔機関設立の足掛りを築いた。
その封魔の力は弘法大師空海に匹敵する…などと耳に伝わる噂も伝説級のものばかりだ。
博士は給仕の運んできた茶器に手を伸ばし、何とも歯切れの悪い口調で話を続けた。

「いや、君の父上――倉橋の現頭首には二十五年前に廃嫡になった兄がいたと聞く。
 その娘――君にとっては血縁上の従姉妹にあたるか……その者に縁談の話が上がっておってな…」

「はあ――!?」晴臣の口から素っ頓狂な声が零れた。

あの疳気ばかり強い捻くれ者、酔客相手の酌で日銭を稼いでいる従姉に縁談とは―――!

「あの方ももうよいお年だ。組織の長がいつまでも妻帯なさらないのも、と進言した者がいる。
 ほんの戯れに陰陽寮官吏のすべての縁者から妙齢の女性を洗い出して、
 あの御方との相性を調べてみることになったのだが…」

「それでは、その、縁談の相手というのは…!」

吃驚のあまり立ち上がりそうになって、晴臣は慌てて浮かせた腰を椅子に戻した。
意外な進展に開いた口が塞がらない。

「まあ話は最後まで聞きなさい。
 かの御方との相性を調べた者の中に一人。とんでもない悪相の者があってな…
 宿曜、八卦、易、算命学、六壬奇門遁甲、河洛理数、西洋占星術―――…
 どれをとって占うても完璧な悪縁奇縁!来世に到っても因縁浅からず女が男を食い殺す凶縁と出た。
 まこと、あの御方の物好きにも困ったもので…それを面白がってか、是非ともその者との縁談を進めよとのお達し。
 なにしろ鉄心石腸の精神の持ち主。一度言い出したら聞かぬ方にて…」

―――なんとも面白いことになった。晴臣は従姉妹のツンと澄ました横顔を思い浮かべた。
この話を聞いたら、気の強い従姉はどんな顔をするだろうか。
晴臣は茶を一口含み心を落ち着かせてから、博士に視線を定めて言った。ひとつの大きな気掛かりを。

「まことに畏れ多く有難い話ではございますが、従姉妹は血統に問題がありまして。」

「そんな事はとっくに調べ上げておる!倉橋の嫡子が廃嫡になったのもそれが原因であろう。
 憑き物筋の女なんぞを妻に迎えようなど正気の沙汰ではないと申し上げたのに!あの御方ときたら!」

博士は晴臣の言葉尻に被せるように、呆れと憤慨の入り混じった声を上げた。
話しながら立ち上がり、ついには拳まで振り上げて白熱している。
天文博士として采配を振るう、日ごろの落ち着きには似合わぬ苛立ちよう。
親族を悪し様に言われる部下への気遣いなど、すっかり抜け落ちてしまっている。
要らぬ口を挟まぬ方が利口のようだ。晴臣は黙ってその姿を見遣った。

博士は、先日の組織の長との邂逅を頭に描いていた。
黒い壁、黒檀の机、闇の中に身を埋めるようにして黒革張りのソファに深く腰を下ろす軍服の男。
背後の窓から差し込む夕日の逆光で表情は見えない。ただ指先を付き合わせた両手を顔の前に添えて黙って座っている。
こちらがどんなに熱を入れて弁を尽くしても、始終その調子なのだ。
ついには根負けして従わざるを得ない。今回だけではない。肝心な決議の時はいつだってそうだ。

「まったくあの御方ときたら…!物好きで気紛れで頑固者!こちらの話などついぞ聞いては下さらぬ!
 いつもいつも―――!」

晴臣はこの後、約二時間にわたり、延々と天文博士の愚痴を聞かされることになるのだった。

【閑話休題 終わり】

21 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/27 23:09:47 ID:???
>>6-7
まだらの髪の男が喚いている。
肉壁の裏側から翻るように顕れた、ズタズタに千切れた夜色の外套を纏ったあの男――鵺が。
鵺の爪に引き裂かれて、冬宇子は幻を見る。
蟲に樹液を吸われ尽くし立ち枯れた樹木のように窶れ果て、誰にも看取られることなく惨めに一人死んでゆく自身の姿を。
そうしてその光景に、冬宇子は嫌になるほど律儀に戦慄するのだ。

……ああ、またこの夢だ。
夢を見ているのが自分でもよく判るほどお定まりの展開だった。
あれから何日経った?あの洞窟での出来事を反芻するような夢を、何度繰り返し見ているのだろう。

―――畏れているのも自分自身。愛しているのも自分だけ。
その閉塞に半ば倦怠しつつも、それで良い――と、夢の中で冬宇子は居直った。
ケモノ臭い狼憑きの女などを本気で愛する者が、自分以外に何処に居るというのか。
どうせ私はシャボン玉。誰も中まで入って来ない。
あのロクデナシ…お芸術家気取りの小説家が読んでいた、気障な詩集の一節が、何故だか目にこびり付いて離れない。
―――"シャボン玉の中へは 庭は入れません まわりをくるくる廻っています"―――
虹色の皮膜に映る景色が世界の全て。ふわふわと漂ってパチンと弾けりゃそれで終い。
想いの飛沫も残さずこの世から消えてしまえば、こんな夢など見ずに、きっと静かに眠れることだろう。
それでいい。それがいい。それなのに。

>次だ!テメーら人間がいる限り、俺は何度だって蘇る!
>「次に蘇った時はテメーの骸を見つけ出して嘲笑ってやるぜ!
>時代遅れになったのはテメーの方だったってなぁ!
>ざまあねえぜ!くくっ、けけけっ……ぎゃはははははははははは!」

鵺の断末魔に、奇妙な安堵を覚えたのは何故だろう。
誰も惜しむものとて居ない朽ちた骸を越えて、後の世に、自分を強く記憶に刻む者が居てくれるということに。
それが怨憎ゆえの刻印だとしても。不可思議な、一縷の希望にも似た安らぎを抱いてしまったのは何ゆえか。
この安堵を得たいがために、人は、自身の存在を世界に刻もうと腐心するのだろうか。
『遺す』という行為は、世界に何かを刻んでいく過程なのかもしれない。
ある者は子を生み血を残し、ある者は子孫に伝える財を成し、ある者は作品を創り…
あの甚平の大男は、さしずめ、自身の身を削って他者に自分を刻み込もうとしているといったところか……?
微睡みに流れ込んだ思考は縺れては撹乱し、一向に収束しそうにない。

……―――そんなことより、今はただ静かに眠りたい。眠りたいだけなのに。
だいぶ前から鳴り続けている、この耳障りな音は何なのだろう。まるで戸板に釘を打ちつけるような騒音は。

>>14-15
ドン、ドン、ドン――!ドン、ドン、ドン―――――!!

鼓膜への刺激で瞼が自然に離れ、視界に光が充ちていく。

「煩い!うるさいっ!!うるさいっっ―――!!いい加減におし!!この馬鹿―――…!!」

自分の口から出た怒声で、はっきりと意識が覚醒した。
その途端、身体中の筋に裂けるような痛みが走り、突っ伏して枕に顔を埋める羽目になった。
数十秒を経て漸く痛みが和らぎ、そろそろと顔を上げると、
布団の縁に立ち、こちらを見下ろす袴姿の青年の顔が目に入った。

「晴……?なんだ、お前だったのかい……?」

深く溜め息をつき、冬宇子はゆっくりと、ぎこちない動きで身体の向きを変えた。
青年の抱えている紙袋が視界に入ると、たちまち不平が口をついて出た。

「また蜜柑…?動けない従姉に精のつくものを食べさせてやろうって優しさは無いのかい?
 せめてバナナとか桃とか、もうちょっと気の利いたモンを…」

22 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/27 23:12:43 ID:???
枕元には干乾びた蜜柑の皮が山積みになっていた。
…そうだ、あの『依頼』を終えてアパートに辿り着いてから、もう五日経つ。
初日は全身の疼痛で舌を動かすのさえ辛かったが、日数の経過とともに苦痛は大分薄らいできた。
原因は判っている。"あれ"を発動したせいだ。
まだ幼い頃、無意識に"あれ"を暴走させてしまった時にも同じ症状に見舞われたことがあった。
霊力と技能不足による制御不能、全身を外法に委ねてしまうが故、身体が獣の動きに耐えられず悲鳴を上げているのだ。

「なんだ、存外元気そうじゃないですか。それだけの憎まれ口をきけるんだから、もう大丈夫でしょう?
 蜜柑を馬鹿にしないでほしいですね。栄養豊富で風邪や通風に効くって言いますよ?
 第一、安月給をはたいて、こうして餌を運んできてやってるんです。
 感謝こそされても謗られる謂れなど、一片もないと思いますがね。」

さらりと反撃を加える青年に、冬宇子はぐうの音も出ずに口を噤むしかなかった。

「このガキ……小童の頃はあんなにドン臭かった癖に……!」

小さく負け惜しみの悪態を吐く従姉を受け流して、青年は涼しい口調で続ける。

「ああ、そんなことより来客ですよ。随分と情熱的な方のようで。
 扉を叩き割りそうな勢いだったんで、中に入って頂きました。」

青年の視線に沿って戸口に目を向けると、そこには黒学生服の男――否、極彩色の毛髪に彩られた獣人が佇んでいた。
先の冒険で一緒になった、武者小路頼光だ。 
冒険中、成り行きで守護霊獣の唐獅子と融合してしまった頼光は、興奮すると獣化する体質になり果てたらしく。
どうして冬宇子の住まいを突き止めたものなのか、「何とかしてくれ」と
ここ三日ほど、連日アパートに押し掛けて来ている。

「馬鹿男……またお前かい……?」

冬宇子は、心底うんざりした表情で舌打ちをくれた。
頼光は相変わらず「何とかしてくれ」の一点張りで喚き続けている。
愚かな男だが、真っ直ぐな感情の滲む視線から必死の思いが伝わった。
だからといって何がしてやれる?血に染み付いた魔性を切り離す方法が判るなら、こっちが知りたいくらいだ。
と思った瞬間、頭にカッと血が上り、身体の痛みも忘れて蜜柑の皮を引っ掴み、戸口の男に投げつけていた。

「うるさい!煩いっ!!!煩いんだよこの馬鹿ガキっ!!!
 そんな都合のいい方法は無いって何度言ったら判るんだい!?
 "それ"はお前の血筋に好意を持つ神獣だ。何の害があるわけでもなし!諦めてその身体で暮らすこった!
 そもそも、お前がどうなろうと私の知ったことかね!!さっさとお帰り!!この愚図がッ!!
 ……晴臣!お前もだよ!今日は静かに眠りたいんだよ!マヌケ面揃えて二人ともこの部屋から出て行けッッ!!」

弊私的里(ヒステリイ)を起こして喚き散らす女に業を煮やしてか、立ち去ろうとする男達。
扉を閉じしな、袴の青年は振り返ってこう言った。

「何度も言いますが、この建物の周囲は反閇(へんばい)を踏んで清めてあります。
 あと二日はここから出ないように。
 物忌日が開けて動けるようになったら、水垢離と塩水で心身を清めるのをお忘れなく。でないとまた……」

「煩いっ!化け物扱いするんじゃないよ!!」

青年を狙って放り投げた雑誌は、閉じられた扉に跳ね返って床に落ち、
背開きされた魚のように、くたりとページを開いたまま動かなくなった。

23 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/01/27 23:15:39 ID:???
――――二人が去ってから暫し後、黄色い西日がカアテンの隙間から差し込み始めた頃。
乱雑な部屋の布団の上に不機嫌に寝転びながら、冬宇子は一抹の後悔を抱えて、追い払った男たちに思いを馳せた。

元はといえば、あの男――頼光があんな身体になったのは、冬宇子を庇って銃弾を浴びたのが原因なのだ。
考えようによっては命の恩人…と言えないこともない。
晴臣もつくづく妙な男だ。子供の頃、六年間を同じ館で過ごしただけの、系図に載らぬ従姉との関係を切らずに
こうしてちょくちょく訪ねて来る意図が、冬宇子には釈然としない。
決まり悪い思いを撥ね退けるために、布団の側に置かれた蜜柑に手を伸ばそうとして、冬宇子は、はた、と動きを止めた。
これも晴臣が置いていったものなのだろう、蜜柑袋の横に添えられた新聞の見出しに目を惹かれたのである。

>『連続「ヒト刺し」通り魔 未だ捕まらず』
>『幻の最初の犠牲者の青年、行方は未だ知れず 目撃情報は嘘か真か?』

「フン…通り魔?憎い相手を一突きしてやるならともかく、
 見ず知らずの相手をぶすりと刺したところで何の気が晴れるって言うのかね、全く…」

蜜柑の皮を剥きつつ記事にざっと目を通して、冬宇子はギクリとした。
行方不明となっている第一犠牲者の風貌が、見知った男に良く似ていたのである。

「まさかね…あの男が只の通り魔なんざにやられる筈もないか。」

名士と女優のゴシップ記事に目線を移しながら、冬宇子は薄皮をついた蜜柑の小袋を口に放り込んだ。

【倉橋冬宇子 第三話エピローグ】
【外法を使った後遺症で地獄の筋肉痛状態。ヒステリーを起こして頼光君を追い払う】

24 : ◆PAAqrk9sGw :12/01/30 23:47:29 ID:???
【序章 某所】

満月が欠け始めた、月明かりの美しい夜。
分厚い雲の間から漏れる、銀色の淡い光を受け、木々がざわめく。

風が強い。梢が激しく揺さぶられ、獣たちは風に運ばれた不穏な匂いを嗅ぎ取る。
川に口を付けていた一匹の獣が、首を擡げた。刹那、飛んできた刃によってその首は撥ねられる。
血飛沫が飛び散り、頭部を失った胴体が川に崩れ落ちる。
他の獣たちは仲間の死に自らの危機感を感じ、その場から逃げ出していく。
後を追うように雲が流され、月光が森全体を照らした。

それはまさしく、惨状と呼ぶべき光景だった。
おぞましい表情を浮かべた生首が、そこらじゅうにごろごろと転がっている。
頭を失った骸が無造作に捨てられている中、一人、傷だらけの男が、「影」と対峙していた。

男は長い髪を血に染め、切り傷だらけの手で刃を掴む。
咆哮をあげ、影へと飛び掛かる。影はそれを、受け入れるかのように厭らしい笑みを浮かべていた――。


【数日後 受願所内 ロビー】

某月某日。林真は欠伸を噛み殺し、新聞を眺めていた。
内容は、連日現れる例の「通り魔」についてだ。
人通りの少ない所にたった一人で現れ、被害者の胸を一突きし去っていく「ヒト刺し」。
犯行の動機は不明。一件目以外、目撃情報もこれといって無し。警察の面目丸潰れだ。
気味の悪い事件という一言に尽き、おちおち外も出歩けない。

上に挙げた事情から、通り魔の捕縛協力を求める嘆願を出したものの、嘆願を受けた冒険者は未だ帰って来る気配はなく。
林真は今日も今日とて、いつ戻って来るか分からない冒険者たちの帰りを待ち続けている次第だ。
サボり魔の彼からすれば、これ以上ない素晴らしい職務内容だろうが……。

「ん?」

不意に顔をあげた。見覚えのある冒険者を見た気がしたからだ。
果たして、顔は見えないものの、恐らく一度は顔を合わせた人間であろう。
受付嬢から説明を受けているらしい。林真は好奇心から、耳を側立てた。

「――――先日はお疲れ様でした。御苦労お察しします。
 長話も何ですし次の依頼ですが、此方など如何でしょうか。

 嘆願者は定食屋の店主のようです。人員不足だそうで、仕事を手伝って欲しいとか。
 お小遣い稼ぎには丁度良いかもしれませんね。女給経験があれば尚良しとのことです。

 場所は火誉山(ほまるやま)――はて、耳慣れない山の名前ですね。帝都からは少し遠いですね。
 定食屋となると仕事内容なんてたかが知れてますし、給金もそれなりに出すそうですよ。
 体力と根気と接客能力に自信が御有りの方にお薦めですね。」

受付嬢の説明を盗み聞きしていた林真は、ある単語を聞くやすぐさま冒険者達に近づく。
その顔には、驚きの混じった厳しい表情を浮かべている。

「今、火誉山って言わなかったか!?…え?俺?いい加減覚えろよ、林真だってば!
 それよか火誉山って言ったよな?俺いまちゃーんと聞いたんだからな!別に盗聴とかじゃないぞ!

 君ら、勿論『例の』通り魔事件の事知ってるよな?
 …………此処だけの話、その通り魔、火誉山に潜んでるって噂なんだ。しーッ、声が大きい!
 確証は無いんだけどさ、他の冒険者達が山に行ったきり帰って来る気配ないし音沙汰無しだし。
 その嘆願受けるってーなら……気をつけたほうがいいぜ、マジな話。
 もし護身対策立てたいなら言ってくれよ。少ないけど、通り魔に関する情報、ちょっとだけ見せてやるからさ。」


25 : ◆PAAqrk9sGw :12/01/30 23:48:18 ID:???
【火誉山 中腹】

火誉山は、そこそこ時間こそ掛かるものの、電車と徒歩で割と簡単に辿り着ける。
燃え盛る炎を思わせる奇妙な地形と、山の付近から漂う霊気を除けば、静かで小さな山だ。
嘆願主は、火誉山の中腹――かなり傾斜の激しい場所に、店を構えていた。

「もりおか食堂」。
大きな筆で達筆に書かれた看板を掲げた、見た目は普通の食堂。
年季の入った建物から儲かっている気配はないが、中からは喧噪が僅かに聞こえてくる。
霊力を持つものや、気配を探ることに長けた者ならば、中に居る人物達が皆、異質な気配を発していることに気付くだろう。
そしてその予感は当たっている。何故ならば―――――

「へい、らっしゃい!何名様で!?」

扉を開け、元気よく飛び出してきた少女の頭には、まごうことなき鬼の角。
他にも、人間もちらほらと混じっているが、天狗に狐に雪女に山姥にと、異形達が揃っている。
食堂内に所狭しに座る客や、店内を走り回る子供たちも、一様に妖怪や山の獣達なのだ!

「ちょっとちょっと!ぼーっと突っ立ってないで、早くお座りになって下さいよ!」

鬼娘は冒険者たちを客と勘違いしたのか、勝手に中に引き入れ、数を数える。
注文書を脇に挟み、器用に人数分のお茶とおしぼりを並べ、にっこりと笑顔を浮かべた。
ところが、冒険者たちの顔をまじまじと見つめると、眉を顰めた。

「…………貴方達、もしかして冒険者?」

事実を知るや、少女は「なーんだ!」とやはり笑顔のままで続けた。

「それならそうと早く言ってくれればいいのに!え?私の勘違い?ほほほ、何のことかしら。
 何で分かったかって?貴方達、うちの夫に目つきが似てたから、もしかして…と思って!
 ……あら失礼、自己紹介が遅れたわね。私は森岡梢(こずえ)。今回の嘆願主よ、よしなにね」

もりおか食堂の店主がそこまで言った所で、注文の声が上がる。
あらやだいけない、と梢はそちらに向かう途上、冒険者達に振り返った。

「あ、今忙しいから仕事は後で説明するわね!だからそこで座ってて頂戴…はーい、今行きます!」

仕事を手伝ってほしいと言った本人が「座って待ってろ」というのも可笑しな話である。
この喧噪が落ち着くまで、冒険者達は何をしても自由だ。
客の間を駆けずり回る小さな店主の手伝いをするも良し、
窓の外から感じる奇妙な視線を感じて付近を散策するもよし、
店内に飾られた奇妙な品々や骨董品、色褪せた風景写真の数々を眺めるもよし。
何せ時間は余分にあるのだから。


【クエスト:火誉山珍道中
   目的:店主達の依頼を次々解決しよう
コンセプト:1ターン終了の嘆願をこなす
    敵:巨大蟲、妖怪、…………?
目標ターン数:5〜8ターン】
【導入シーンです。クエストは次ターンから開始予定】

26 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/01/31 20:31:49 ID:???
男が一人、薄暗闇の中に立っていた。
被った山高帽が『落ちてしまわないように』、左手で抑えながら。
彼の眼下には天井があった。頭上には床があった。
男は天井に立っているのだ。縄などでぶら下がっているのではない。
間違いなく二本の足だけで天井に立っていた。

彼が床を見上げる。頭上では一組の男女が逢瀬の時を楽しんでいた。
辟易とした溜息が漏れる。
仕事とは言え、暗がりから他人の色恋沙汰を盗み見るのは気が滅入るものだった。

男の名前は蛇蜘蛛幸太と言った。
確かに、気配を殺して男女を見張るその様は蛇のようで、天井に張り付く姿は蜘蛛さながらだ。
蛇蜘蛛とは彼が忍びだった頃の綽名だ。
故あって忍びを抜けたものの、幼い頃からの修行で身につけた隠密術は健在だった。

「……悪いな、これも仕事なんだ」

蛇蜘蛛は静かに呟くと、腰に吊るした仕事道具に手を伸ばした。
そして頭上の男女に向けて狙いを定める。呼吸を止めて手の揺れを抑えた。
数秒の間を置いてから、部屋の中に幾つもの銃声が響いた。



「――ほらよ。浮気の証拠写真、撮ってきたぞ」

自身の探偵事務所に帰った蛇蜘蛛は、うんざりとした様子で同僚に仕事道具――写真機を投げ渡した。
それから山高帽とインバネスコートを脱いで片付けて、自分のデスクに向かう。
安物の椅子に身を投げ出すようにして深く腰掛けた。耳障りな軋みが部屋に響く。

「はーあ……なにが悲しくて埃臭い天井に潜んで浮気調査なんかせにゃならんのだ。
 帽子もコートも埃まみれになるわ、間男は血相変えて銃ぶっ放してくるわ、二度と御免だぜまったく」

「いいじゃないですか、平和で。そういうのが好きで里を抜けたんでしょう?」

蛇蜘蛛の零した愚痴に、同僚の男が笑顔で答える。
あくのない爽やかな笑顔に端整な顔立ち、洋物のスーツが映える長身、文句なしの好青年と言った風貌の男だった。
名前は薬谷調(くすりや しらべ)と言った。

「そりゃそうだけどよぉ。元忍びが、甲賀の禁術まで使って臨む仕事が浮気調査って。
 なんつーか、これじゃないって感じが半端ないだろ?もっと俺に適した依頼がある筈なんだって」

彼らは元忍びだった。
主君に仕える影となり、あらゆる任務をこなす存在として生まれ、生きてきた。
しかし時代が流れ、廃刀令や秩禄処分、軍部の台頭、天皇機関説の提唱などによって、
忍びの存在は不要なものとなりつつあった。

自分達の消滅を危ぶんだ甲賀忍達は、時代に迎合する新たな生き方を模索した。
そうして開かれた道は三つだった。

一つは忍びの里に篭り、いつかまた自分達が必要とされる時代が来るまで術と技を磨き続ける忍耐の道。
一つは軍部や警察などに与して、忍びの術を今までとは違う形で国に捧げる道具の道。

そして最後の一つは世俗に下りて、民衆の平和と幸福を主君として生きる救世の道だった。
蛇蜘蛛と薬谷、またここにはいない何人かの仲間達が選んだ道だ。

自分で選んだ道――とは言え来る日も来る日も逃げ出した猫を追いかけ回したり
浮気調査をしていたのでは気が滅入るものだと、蛇蜘蛛は愚痴を零す。


27 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/01/31 20:32:31 ID:???
「なるほど……あなたって相変わらずガキっぽくて面倒臭いですね」

そんな彼の言葉を受けて、薬谷は清々しい笑顔と声色は崩さないまま、そう言い放った。
身も蓋もない口ぶりだった。

「バッサリ切り捨てやがったな!?」

「だって本当に面倒臭いんですもん。でも、今回の依頼は蛇蜘蛛さんこそ適任だったと思いますよ。
 ほら、蛇蜘蛛さんの力って僕らの中で一番応用が利かない……じゃなくて、現場向きじゃないですか」

「なにも誤魔化せてねーぞテメー!なんでもかんでも笑って言えば許してもらえると思うなよ!」

「えぇ、別に誤魔化すつもりもありませんでしたし」

声を荒げる蛇蜘蛛に、薬谷はあくまでも笑顔を崩さずに応対を続ける。
彼は自分のペースというものを保ち続ける事に長けているのだ。
どれだけ激昂してみても暖簾に腕押しで、笑顔で受け流してしまう。
その事をよく知っているからこそ、蛇蜘蛛はすぐに諦めて、頭を抱えて溜息を零した。

「……ところで蛇蜘蛛さん、新聞は読んでますか?」

「あー?……いや、里を抜けて暫くは読んでたんだけどなぁ。めんどくせーから最近は読んでねーや」

「でしょうね、だと思いましたよ。はい、これ」

薬谷が自分のデスクに置いてあった新聞を放り投げる。

「あん?えーっと……『連続「ヒト刺し」通り魔 未だ捕まらず』?」

「蛇蜘蛛さんが女性の後をつけている間に、世間は大変な事になっていたんですよ」

意図的な語弊の含まれた台詞に、しかし蛇蜘蛛は反応を示さない。
目を細めて険しい表情を浮かべ、新聞を食い入るように睨みつけていた。
薬谷が少しつまらなさそうに笑顔を曇らせて、続ける。

「警察も動いてるみたいですけど、どうも進展がないようで。
 近々、この事件は嘆願所の方に委託されるでしょうね。
 その時にはウチの事務所にも依頼が回ってくる筈です」

警察からすれば、この通り魔をいつまでも野放しにしている事は大変な不名誉に繋がる。
手当たり次第、数撃ちゃ当たると言わんばかりに、多方に依頼を送る事だろう。

「なるほどね……つまり、その時は俺の出番って事だな」

「いえどうでしょうね。正直、犯人を見つけ出すだけなら蝙蝠さんの方が適任な気もしますし」

「そういう事言っちゃう!?なんだったんだよさっきまでの振りは!」



――数日後。

「……来ましたよ、蛇蜘蛛さん。例の『ヒト刺し』の調査依頼です」

「よっしゃ来たか!蝙蝠の奴は別件に出向いてるし、俺が行くって事で文句ないな!」

警察からの依頼書をひらひらと見せつける薬谷の言葉に、蛇蜘蛛は勢いよく立ち上がる。
ひったくる勢いで依頼書を薬谷の手から取ると、すぐにコートを羽織り帽子を被った。

28 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/01/31 20:34:12 ID:???
「じゃ、俺受願所行ってくるから!師匠……じゃなくて今は所長か。
 とにかくこの依頼は俺が受けたって伝えといてくれよな!」

「受願所?行くなら警察でしょう?これまでの捜査結果とか、見せてもらえるんじゃないですか?」

「どーせ大した捜査出来てないから俺達に依頼回してきたんだろ。それより俺は……」

「俺は?」

「折角だから依頼と嘆願両方の報酬をもらおっかなって!」

「……まぁいいんじゃないですか。何か問題があっても怒られるのは僕じゃありませんし」



薬谷の呆れ果てた口調を背に、蛇蜘蛛は探偵事務所を飛び出していった。
街中を、時折こっそりと屋根上を走って近道をしつつ受願所に辿り着いた。
受付では今、別の冒険者が依頼の説明を受けているようだった。
定食屋の手伝い――甲賀の忍びが天井を歩きながら配膳業に勤しんでいたらお笑い種だ、と蛇蜘蛛は小さく笑う。

>「今、火誉山って言わなかったか!?…え?俺?いい加減覚えろよ、林真だってば!
 それよか火誉山って言ったよな?俺いまちゃーんと聞いたんだからな!別に盗聴とかじゃないぞ!」

不意に一人の男が、冒険者と受付嬢の間に割り込んでいった。
見覚えのある男だ。林真三男、警察組織と冒険者達の橋渡し役だ。

>「君ら、勿論『例の』通り魔事件の事知ってるよな?
 …………此処だけの話、その通り魔、火誉山に潜んでるって噂なんだ。しーッ、声が大きい!」
 
何気なく聞き耳を立てていた蛇蜘蛛が目を細めた。

>「確証は無いんだけどさ、他の冒険者達が山に行ったきり帰って来る気配ないし音沙汰無しだし。
  その嘆願受けるってーなら……気をつけたほうがいいぜ、マジな話。
  もし護身対策立てたいなら言ってくれよ。少ないけど、通り魔に関する情報、ちょっとだけ見せてやるからさ。」

「ようアンタら。その話、興味深いぜ。俺も混ぜてくれよ」

そうして冒険者達の会話に混ざり込んだ。右手をぴんと伸ばして顔の横へ、軽い挨拶を飛ばす。
職業病とでも言うべきか、足音を消して歩く癖がある為驚かせてしまったかもしれないが、
その事に関する配慮が出来るほど蛇蜘蛛は敏い人間ではなかった。

「俺はこういうモンだ。事務所は大通りの方にあるし、別に怪しい者じゃないんだぜ!」

懐から名刺を取り出して、その場にいる面々に配る。
名刺には

『甲賀探偵事務所 蛇蜘蛛幸太
 あなたのお悩み、よろず解決致します。浮気調査、ペット探しから仇討ち、護衛業まで』

と、彼の所属と名前、少し幅広い業務アピールが記されていた。

「しかしまぁ、おっそろしいなぁ。なにが恐ろしいって、追手を次々返り討ちにしてんのもそうだけどよ。
 『追手が次々来てんのに一向に逃げ出さず、一人残らずぶち殺してる』ってのが恐ろしいぜ。なぁ?」

蛇蜘蛛が軽々しい口調とは裏腹に不穏さを醸す口調で呟いた。それから一同に視線を配る。
これは牽制だ。とは言え、商売敵を排除しようとしている訳ではない。むしろ彼なりの善意だった。

真っ向から迎え討っているにせよ、不意を突いて殺しているにせよ、ただの通り魔とは一線を画している。
そんな奴と遭遇する可能性がある。腕に覚えがないならやめておいた方が身の為だ、と告げているのだ。


29 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/01/31 20:35:00 ID:???
「けどまぁ……俺は受けるぜ、その依頼。聞いた事もねー山ん中に定食屋ってのも中々何考えてんのか分かんねーけどよ。
 通り魔野郎が近くに潜んでるなら、ほっとく訳にもいかねーしなぁ。
 それにこんな美人の前で尻込みしてちゃカッコ悪いからな」

受付嬢から嘆願書を受け取りながら軽い冗談を飛ばす。
この嘆願なら事務所の方の依頼と被る事もないだろうし、とは口に出さなかった。

更に言えば蛇蜘蛛は、その定食屋と『ヒト刺し』の因果関係についても口にしなかった。
交通の中間地点と言う訳でもない山中にある定食屋、正直に言って不審だ。
だが今言ったところで何の益体もない、憶測の域を出ない事だ。



そんなこんなで嘆願を受けた蛇蜘蛛は火誉山に到着した。

「……あー、なんかピリピリすんなぁ」

山を登る途中、蛇蜘蛛は小さく呟いた。
周囲に満ちている霊気と、彼自身が持っている霊性が反発し合っているのだ。
霊力ではなく霊性だ。彼は霊能者ではないが、代わりに特異な体質を持っているのだ。
とは言えその体質が活用されるのは、もう少し後の事になるだろう。

しばらく歩き続けると件の定食屋が見えた。
急な斜面に建てられており、『もりおかや』の看板を掲げている。

「アレか。こう言っちゃなんだけどよ、手伝いが必要なほど繁盛してるとは思えねーよな。
 実際、ここに来るまでに誰かとすれ違う事があったか?精々、狐が俺達を化かそうと頑張ってたくらいだろ」

ぶっきらぼうに呟きつつも、そんな事を言っていても始まらないと蛇蜘蛛は定食屋の戸に手を伸ばす。
が、彼の手が触れる前に、戸は唐突に開いた。

>「へい、らっしゃい!何名様で!?」

店の中から飛び出してきたのは女給姿の溌剌とした少女だった。
その威勢の良さにも驚いたものだったが、何より蛇蜘蛛の目を引いたのは彼女の頭に生えている角だった。
店の奥には更に天狗や狐を始めとした妖かし、山の動物達が見えた。


30 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/01/31 20:36:13 ID:???
「鬼ぃ?……おいおい、足りないのは人手じゃなくて食材でした、とか言わないだろうな」

面食らった拍子にそう呟いたが、あの愛嬌を見るにそんな事はなさそうだ。

>「ちょっとちょっと!ぼーっと突っ立ってないで、早くお座りになって下さいよ!」

招かれるままに店に入り、そのまま席へと座らされた。
お茶とおしぼりが並び、さあ注文を取ろうという所まで来て、ようやく鬼娘の勢いに歯止めがかかる。

>「…………貴方達、もしかして冒険者?」

「ん、免許と嘆願書。俺は探偵も兼ねてるけどな」

右手で嘆願書を、左手で名刺と免許証を器用に見せた。

>「それならそうと早く言ってくれればいいのに!え?私の勘違い?ほほほ、何のことかしら。
  何で分かったかって?貴方達、うちの夫に目つきが似てたから、もしかして…と思って!
  ……あら失礼、自己紹介が遅れたわね。私は森岡梢(こずえ)。今回の嘆願主よ、よしなにね」
>「あ、今忙しいから仕事は後で説明するわね!だからそこで座ってて頂戴…はーい、今行きます!」

「人手、足んねえんじゃなかったのかよ……。まぁいっか、それにしても妖怪と動物が客とはなぁ」

聞いた事もない山の中で人手不足とはどういう事かと思ったが、その疑問がようやく解消した。
さておきする事もなく、当面の疑問が消えると、今度は手持ち無沙汰になってくる。
そうなると頭が勝手に考え事を始めようとするのだ。
退屈が嫌いでガキっぽい蛇蜘蛛の癖のようなものだった。

(通り魔野郎がこの山に潜んでいて、この山には魔物だらけの定食屋がある。
 てー事はもしかして、通り魔って妖怪変化の類いなんじゃねーの?
 この山は霊気が満ちてやがるし、奴らにとっては有利な地形だ。
 人の世界で妖怪の臭いをぷんぷんさせながら逃げ回るより、いっそここでやり合った方がいいのかもしれねえ。
 それに同族も沢山いるしな。木を隠すなら森の中って事も……)

不意に視線を感じて思考を中断した。
けれども彼は窓の方へ振り向く事も、立ち上がる事もしないままお茶を啜る。

今の自分はただの定食屋の手伝いに来ただけの冒険家だ。
もしも窓の外にいるのが通り魔だとしてもみすみす捕まるような相手ではないだろうし、
通り魔でない可能性や、通り魔が二人以上いる可能性だってある。
ここで動いたり妙に警戒して、逆に警戒されても面倒だと判断したのだ。

「……食われちまわねえように、注意しねえとなぁ」

何気ない風を装って、そう小さく呟いた。

31 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/02 00:48:28 ID:???
帝都のはずれの長屋の一室。
日も中天を過ぎたころ、薄暗い部屋に敷かれた煎餅蒲団がもそもそと動き出す。
雨戸を締め切り、室内はゴミなどが散乱しかなり薄汚れてはいるが、湿気た様子はなく寧ろほのかに甘い香りが充満していた。
布団からのそのそと起き上った頼光は雨戸をあけ、まだ寝ぼけた顔で洗面所へと向かった。
そして鏡に映る自分の顔を不機嫌そうに見つめた。

先の冒険で頭から牡丹の花が咲き、自身も木となりかけた。
かろうじて救ったのは牡丹の花に惹かれた金色の唐獅子が融合したおかげなのだが…。
その代償は大きかった。

左腕を失い、牡丹の木と唐獅子と融合を果たし人間ではなくなってしまったのだから。
鏡に映る頭には牡丹の蕾が付き、目は獣のように鋭く、顔には髭では済まない程の毛が生えているのだ。
部屋のほのかに甘い香りが充満していたのはこのためである。
油断をしていると牡丹や唐獅子の割合が増え、このような状態になってしまう。

「ああ、糞が!」
不機嫌そうに頭の蕾を毟り、顔の毛を剃っていく。
いつも不機嫌なのだが、今日はそれにまして不機嫌な頼光。
その原因は、焼け焦げて短くなった髪にある。

元々華族の三男坊だったが、出奔し冒険者になった。
が、もともと生活能力もなく、さらに隻腕となり人間でもなくなった頼光がまともに働けるはずもなし。
結局のところ冒険で知り合った鳥居呪音という怪しげな少年のサーカス団に入ることになる。
唐獅子化できることを生かし、猛獣師兼猛獣として演目に出ているのだが。
昨夜の演目で火の輪くぐりをした時に鬣に火が付き、人に戻ったときには髪の毛も焼け焦げてに自覚なってしまったのだった。

「くそー!もうやってられねえ!
俺は武勲を上げて華族になって鹿鳴館に招待されるはずの男なのに!
サーカスなんてやってられるか!!!」
顔の毛を剃り終わった後、一人吼えるとさっそく嘆願書へと向かうのであった。

頼光とて今まで何もしていなかったわけではない。
同じく先のの冒険で知り合った倉橋冬宇子という陰陽師に分離を依頼するも這う這うの体で断られた。
そのほか、怪しげな術者や商人を当たり元に戻る方策を探していたのだ。

その中で様々な呪具を手に入れたのだが、みなインチキな品であることは知る由もない。
しかし手に入れたのは物だけではないのだ。
それは情報。
近頃世間を騒がす通り魔が火誉山に潜伏している。
警察も手を焼き、解決の糸口すら見えていない。
これは頼光にとって大きな情報であった。

警察すらも解決できない通り魔を討ち果たしたとなればまさに英雄!
報奨金が入れば人に戻れる算段も付くだろうし、何よりも名声が手に入る!
元に戻れてさらに警察にも顔が利くようになり、帝都の英雄としてゆくゆくは…!

怪しげなサーカス団にこれ以上いてられないとばかりに意気揚々として出かけるのであった。

受願所にて、頼光が受けた依頼は火誉山の定食屋の手伝いだった。
もちろん馬鹿正直に定食屋の手伝いなどするつもりはない。
あくまでカモフラージュなのだ。
まともに討伐と正面から行くより、定食屋の手伝いという仮面をかぶり様子を見て、ヒトツキが現れたら颯爽とあらわれて倒す!
英雄とはそういうおいしいところを持っていく演出も必要なのだから、と勝手に考えてのことなのだ。


32 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/02 00:50:03 ID:???
長屋に帰り、手に入れた霊符や数珠、十字架など、それらしきものを懐に入れ、もちろん武装も忘れない。
長屋共有の薪置場に合った鉈も失敬したのは匕首だけでは少々心許なかったからである。

そうして火誉山に到着したわけだが、道中その鉈が頼光を苦しめることになる。
不摂生の上、特に運動をしたこともない頼光にとって山道はかなり苦労を強いる。
重い鉈など負担以外何物でもない。
もう少しで到着というところで我慢の限界が来て、鉈を山に投げ捨てたところで他の冒険者たちと遭遇した。
ここまでこればもはや行先は同じと容易に想像できる。

>「……あー、なんかピリピリすんなぁ」
小さくつぶやく蛇蜘蛛に返事もできず肩で荒い息をしながらついていくのに精いっぱい。
よろよろとついて行き、ようやくもりおか食堂へとたどり着いた。
「ん?もりおか?どこかで聞いたような?」
看板を見ながら首をかしげるが、疲労の為に思考はまとまらない。
そうこうしているうちに蛇蜘蛛が扉を開け、いや、正確には開いた。
そして出てくる鬼女にまくしたてられるまま席につかされ、テーブルの上に頭を転がすように座る頼光。

しばらくしてようやく呼吸が落ち着き、霞んでいた視界が晴れてくると…そこには天狗に狐に雪女。
妖怪変化が所狭しと並んでいるのを見るや否や、立ち上がって叫んだ!

「なんだここは!化け物の巣じゃねえかああああ!!!」

大声に店内の視線が一斉に集まるが、すぐに元に戻り喧騒に満たされていく。
中には不思議そうな顔をしたり、吹き出す者もいる。
挙句に店のどこからか声が聞こえてくる。
「なんだあいつ。唐獅子もどきか?」
呆れたような笑ったような口調で。

そう、叫んだ拍子に頼光は唐獅子化してしまっていたのだ。
自分の意志で成る事もできるが、興奮したりした拍子に唐獅子となってしまう事もある。
洋服や学生服では服が破れてしまうので、もっぱら着物にドテラを羽織るようになっていたのだ。
「なっ!ちが・・・ぐうううう」
店から聞こえた声に反論しようとしたが、反論しようもない。
まぎれもなく自分も人間ではなく、今の姿は完全に唐獅子なのだから。

興奮を抑え深呼吸をすると唐獅子から獣人、そして人の姿へと戻っていく。
不機嫌そうに席に着くと、大きなため息をついた。
「くそー、化け物の巣のサーカス団から化け物の巣の定食屋に移っただけかよぉ〜!」
己の身の不幸を呪い、ふてくされながら茶をすするのであった。

33 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/04 04:38:09 ID:???
まっぴるまの帝都。
サーカステントの裏に無数の檻が立ち並んでいる。檻の中には猛獣たち。
獣臭さと錆臭さが漂う淀んだ、しかし賑わいだ空気の中で、
筋骨逞しい大入道や美しい鳥娘たちやらが地べたに御座を敷き、談笑しながら酒を呷っている。

その奥の団長室でもある簡易小屋の屋根のうえでは
雲間からこぼれた陽射しのまぶしさに鳥居呪音が目びさしをしていた。
白磁のような薄い手のひらに、透けて見える真っ赤な血潮。それは人の証だった。
ゆるゆると流れる雲も、木々の枝を揺らす風の音も、母と過ごしたあの日と同じ。

でも、鳥居の気持ちだけが少し違う。

「……いいなぁ。大人はお酒が飲めて楽しそうで。僕も早く大人になりたいなぁ」
大騒ぎしている団員たちを一瞥し肩を落とす。気だるそうに体を起こし梯子を降りる。
その後姿にはまったく覇気がなかった。

「だるいし、お腹も痛いし、生身の体ってこんなにも辛いものでしたっけ。
これがストレスが人体に及ぼす影響なのでしょうか。はあ……」
少年の溜め息の原因は三つあった。一つ目は通り魔の噂でサーカスの客足が遠のいてしまっているということ。
二つ目は、恥かしくて誰にも相談出来ないような体の悩み。三つ目は武者小路頼光のことだった。

>「くそー!もうやってられねえ!
>俺は武勲を上げて華族になって鹿鳴館に招待されるはずの男なのに!
>サーカスなんてやってられるか!!!」

「ほんとにそんなことを言ってたの?」
怪訝な表情で問う鳥居に、武者小路監視役の小人がふんふんとうなずく。
鳥居は腕組みをして、梯子の一番下の横木に腰をかけ沈思する。

「やっぱり昨日の演目の失敗は頼光の矜持を酷く傷つけてしまっていたのですね。
お客さまは大爆笑していたのですけれど」
見回しても打ち上げの席に武者小路の姿はない。小人に聞けば嘆願所へ向かったと言う。

「しょうがないです。問題は一つ一つ解決していくことにしましょうか」



34 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/04 04:39:02 ID:???
【受願所内 ロビー】

「あ〜、また来ちゃったです」
頼光と一番最初に会ったのがこの場所。
ここであの男と出会わなかったら、今だに吸血鬼だったのかと思うと不思議な気持ちになる。

>「――――先日はお疲れ様でした。御苦労お察しします。
             (中略)
 体力と根気と接客能力に自信が御有りの方にお薦めですね。」

受付嬢は嘆願内容を語り終えると嘆願書を差し出してきた。

「あ…」
嘆願書の裏に隠れた指先同士が触れる。
頬が朱に染まる。今までの鳥居に決してこんなことはなかった。
胸がドキドキと高鳴っている。そこへ割って入ってきたのが林真三男。
それにはまったくときめかない。
彼は通り魔に関する情報を持っているらしいが
鳥居は、突然溢れ出して来た気持ちに戸惑っているだけだった。

(なに?この気持ち……)

>「ようアンタら。その話、興味深いぜ。俺も混ぜてくれよ」

「わあ!!」

そこへ、音もなく現われた男の名前は蛇蜘蛛幸太。
名刺を拝見すれば、どうやら探偵らしい。
鳥居も自己紹介をして、夜見世サーカスの名刺を手渡す。

>「しかしまぁ、おっそろしいなぁ。なにが恐ろしいって、追手を次々返り討ちにしてんのもそうだけどよ。
 『追手が次々来てんのに一向に逃げ出さず、一人残らずぶち殺してる』ってのが恐ろしいぜ。なぁ?」

「……はい、恐ろしいです。何者なのでしょうか」

>「けどまぁ……俺は受けるぜ、その依頼。聞いた事もねー山ん中に定食屋ってのも中々何考えてんのか分かんねーけどよ。
 通り魔野郎が近くに潜んでるなら、ほっとく訳にもいかねーしなぁ。
 それにこんな美人の前で尻込みしてちゃカッコ悪いからな」

「そうですねぇ。僕は通り魔の嘆願と定食屋の嘆願を二つ同時に受けることにします。
長丁場になりそうですからね…。定食屋で働きながらじっくりと通り魔を待つことにしますよ」

ピラピラと二枚の嘆願書を団扇代わりにして受付嬢をチラ見する鳥居。
自分の頭に朱雀の花が咲き、黒髪から甘い香りが仄かに漂っていることにはまだ気付いていない。

35 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/04 04:39:46 ID:???
そんなこんなで火誉山。
背嚢に菓子などの食料と、万が一の為に野宿道具一式を入れた鳥居は、呼吸も荒く視線をあげる。

>「……あー、なんかピリピリすんなぁ」
蛇蜘蛛の言うとおりに、鳥居もこの山に何かを感じた。
恐竜ロボに噛み砕かれ、唐獅子の神気によって再構成された肉体に何かが感応する。

「……特別な『場』、いわゆる気場でもあるのでしょうか…?
どうせなら霊験あらたかな温泉でもあってくれたらいいのですけど…」
つぶやくとカラカラに渇いた喉に掠れた声が張り付いたので瓢箪の水をごくり。
一息つけば、見覚えのある背中が前を歩いている。

>「ん?もりおか?どこかで聞いたような?」
そう言い、食堂の前で看板を見ながら首をかしげる男の背を、鳥居は黙って見つめていた。

そして、鬼女にまくしたてられるまま席につく。

>「あ、今忙しいから仕事は後で説明するわね!だからそこで座ってて頂戴…はーい、今行きます!」

「え!あっ…、はい!」
鳥居は嘆願所で受付嬢と接した時と同じく頬を赤らめていた。
こめかみのあたりがじんじんして視界が白っぽい。
喧騒の中で聞き覚えのある声を聞いたような気もしたがそれも遠く聞こえていた。
すっかりとかしこまってしまった鳥居は、面映い顔をしながら頼光の前に座る。

>「くそー、化け物の巣のサーカス団から化け物の巣の定食屋に移っただけかよぉ〜!」

「あ、やっぱり頼光だ!!髪型が変わっていてわかりませんでした!」
そう言って、にんまりと含み笑う。サーカスを辞める辞めないの話はあとまわし。
というか頼光が通り魔を見事に退治出来るとは思えないし、
どうせ最後には、サーカス団に泣きついてくるに違いない。
それに今は、すこぶる気分がよくて体と心がぽかぽかする。逆に火照って熱いくらいだった。

「ただ待っているのもあれだし、僕はお皿洗いでも手伝いましょうかねぇ」
席を立ち厨房へ向かう途中、鳥居は店内に飾られたとある物に目を止めた。

「これって……」
少年の瞳には、色褪せた一枚の風景写真が映っていた。

36 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/04 19:03:15 ID:???
「…五行旺相休囚、九星旺相休囚、天輔之時 入天門咒…
 神遁、鬼遁、風遁、雲遁、天三門地四戸、
 青竜疾走、白虎猖狂、朱雀入江、騰蛇躍……天乙直符吉凶神降!」

短冊状の白い和紙の上を走らせていた筆を置き、倉橋冬宇子は、ほうっと深い溜め息をついた。
書き物用の長机の前に屈めていた背を伸ばし、どさりと畳の上に仰向けにひっくり返る。
雑然とした部屋、脱ぎ散らした着物や読みさし雑誌から目を逸らすように、暫し、薄汚れた天井を眺めた。

「ああ…肩が凝るったらないよ。霊符作りってなァ、何だってこう手間が掛かるのかねぇ…?」

ポキポキ音を鳴らす首筋を擦りながら起き上がり、机上に並ぶ八枚の霊符に目を落とした。
火、水、金、木…五行の理に於いて各々の霊素を司る、朱雀、玄武、白虎、青龍の力を付与した符が二枚ずつ。
直接五行の術を発動出来ない、呪霊力に劣る術士が補助的に使用するものだ。

補助符とはいえ精製にはかなりの労力を要する。
使用者本人が、定められた祀式作法に則り、気を練って四十九回呪言を唱え、複雑な文字文様の術式符を書き写す。
無論、一字でも書き損じたら儀式を頭からやり直しだ。
こうして『符に識(しき)を通す』作業を経て初めて、只の紙切れが五行の力を宿した霊符となる。
ただし、その効力は術者の力量に左右される為、冬宇子に発動できる効果はタカが知れている。
……それでも無いよりはマシだろう。
容易く見える嘆願ほど用心が必要であることを、冬宇子は過去に請けた三度の嘆願で学習していた。
少女の頃、共に旅した歩き巫女達から習い覚えた護身術懐剣術も、相手が巨大蜥蜴や機械装甲では、まるきり役に立たない。

何故、倉橋冬宇子が、こんな面倒を押して霊符などを拵えているのか。
ことの始まりは前日に遡る。

「火誉山――?」

出し抜けに訪ねてきた従弟に昼過ぎまで貪っていた惰眠を破られて、
冬宇子は不機嫌な声音で聞きなれぬ地名を鸚鵡返しにした。

「ええ、『火を誉める山』と書いて『ほまるやま』…休火山でしょうか?妙な名ですね。」

「山の名前なんざどうでもいいんだよ。何で私が、そんな辺鄙な所に行かなきゃならないんだい?」

寝巻き代わりの襦袢姿で布団の上に起き直り、起き掛けの仏頂面で青年に聞き返す。

「近頃帝都を騒がす『ヒト刺し』の事件はご存知でしょう?」

「まァ、あれだけ派手に新聞や雑誌に書きたてられちゃ、目に触れない訳がないよ。
 それと『おまる山』とやらに何の関係があるっていうのさ?」

火鉢を鉄串で掻き回し、勝手に灰の中の熾き火を起こしながら、青年は言う。

「その通り魔…真犯人は、人ではない――という噂がありましてね。
 帝都周辺の怪異解消は陰陽寮の管掌。相手が妖しとなれば動かないわけにもゆかず。
 陰陽寮独自の手蔓で真犯人の正体を当たってはみましたが、警察同様手掛かりと言えるほどのものは皆目無く。
 天文方陰陽師の占筮も『人であり人でないような』…という何とも頼りない結果でして。
 ただ、ある特定の方位に強い反応がありました。詳細に緯度経度を割り出したところ、それが―――」

「『おまる山』だったと…?だから、それが私に何の――?」

布団の横に脱ぎ捨てた羽織を肩に引っ掛けながら問う従姉に、青年は、
「火誉山――『ほ』まる山、です。」と応えた。

37 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/04 19:05:48 ID:???
「…このところ帝都は怪異な事件が立て込んでまして。
 人食い曲馬団に、謎の傀儡回し。深夜に度々震災で倒壊したはずの浅草凌雲閣が現れる、との目撃談も。
 そうそう、鵺塚の護封もやり直さなきゃならないし。
 陰陽寮は空前絶後の人手不足で…ともかく、こんな不確定な情報に割ける人員はいないんです。
 つまり、早い話が、あなたに火誉山を見てきて欲しいのですよ。
 多少の礼金なら出ますよ。人を使ったとなれば経費で落ちますから。有力な情報が手に入れば特別俸給も。」

「ハア?!通り魔と鉢合わせしそうな危ない場所に女一人を行かせようってのかい?!
 だいたい何で私が!五つも年下の従弟に顎で使われなきゃならないんだよ!!」

そっぽを向いて髪を梳かし始めた従姉の横顔を見つめ、青年は火種を掻き回す手を止めて言った。

「大丈夫でしょう?何せあなたは、あの"鵺"を封じた英雄の一員ですから。
 ああ、行きがけに受願所に寄ってきたんですが、丁度、火誉山での依頼がありましたよ。
 ついでにその依頼も請けてはどうですか?
 無駄足を踏む危険を回避して給金も二重取りできる。交通費も支給されるでしょう?いい節約になりますよ。」

………と、こういった経緯で、しぶしぶ従弟の使いっ走りを引き受ける羽目になった。
従弟――晴臣は、冬宇子の、案外押しに弱い性格を良く知っていて、あまつさえそれを利用してくる。
掌の上で転がされているようで不愉快ではあったが、早急に金が必要なことも事実だった。
文化アパートとは名ばかりの木造二階建て物件も家賃は馬鹿にならない。
抜けぬ浪費癖に微々たる収入。未払いのツケも溜まっている。落城は目の前だ。
女給勤めを再開するにしても、羽振りの良い固定客を捉まえるまでには、それなりの時間が掛かる。
何しろ女給というものは基本給がなく、客からのチップが収入の全てなのだ。


>>24-25【受願所】
身なりを整え、荷物を纏めたトランクを手に受願所に向かうと、ロビーにはちらほらと見知った冒険者の顔があった。
受付で受願一覧に目を通す。晴臣の言っていた通り、『火誉山』に関する依頼が出ていた。
職務内容は、『定食屋の手伝い(女給経験優遇)』だという。
客足が遠のき左前になった定食屋が、看板娘代わりに酔客相手の酌婦でも置こうと浅知恵を絞ったのだろうか。
考えてみれば妙な依頼だ。
そもそもこの手の「真っ当な仕事」の斡旋を、口入屋(職業斡旋所)ではなく、受願所に依頼するのは不自然ではないか。

と、その時、受付嬢との会話に二人の男が割り込んだ。

>「今、火誉山って言わなかったか!?…え?俺?いい加減覚えろよ、林真だってば!
>君ら、勿論『例の』通り魔事件の事知ってるよな?
>…………此処だけの話、その通り魔、火誉山に潜んでるって噂なんだ。しーッ、声が大きい!」

一人は冒険者との仲介担当の警察官、林真。

>「ようアンタら。その話、興味深いぜ。俺も混ぜてくれよ」

もう一人はトンビ外套を羽織った山高帽の男だ。男の差し出した名刺によると職業は『探偵』。
職業特有のものだろうか。隙の無い身のこなしは、冒険で知り合った中年女と共通するものがあった。

>「確証は無いんだけどさ、他の冒険者達が山に行ったきり帰って来る気配ないし音沙汰無しだし。
>その嘆願受けるってーなら……気をつけたほうがいいぜ、マジな話。
>もし護身対策立てたいなら言ってくれよ。少ないけど、通り魔に関する情報、ちょっとだけ見せてやるからさ。」

良い所を見せようとするのか、しゃしゃり出る林真。

38 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/04 19:08:20 ID:???
>「しかしまぁ、おっそろしいなぁ。なにが恐ろしいって、追手を次々返り討ちにしてんのもそうだけどよ。
>『追手が次々来てんのに一向に逃げ出さず、一人残らずぶち殺してる』ってのが恐ろしいぜ。なぁ?」

トンビ外套の男―――蛇蜘蛛幸太が、軽口めいた口調でまぜっ返す。

「まァ本当?通り魔が火誉山に?そっちの兄さんも怖いこと言わないでよ。」

事前に情報を仕入れていることをおくびにも出さず、冬宇子はしなを作って大袈裟に怯えて見せた。

「ときに官憲の兄さん。
 第一の犠牲者が行方不明になってるってのは本当?身元は割れてないのかい?
 死体が見つかったって話も聞かないが、大の男を傷モノにして拉致するなんて、何が目的なのかねぇ?」

頭の隅に新聞で読んだ被害者の目撃情報が過ぎって、林真に尋ねる。
あまりにも知人の男に似た風貌だったが、帝都の某所で定食屋をやっている、としか素性を知らない冬宇子に
彼の無事を確かめる術はなく、また其れ程の興味も持たなかったが、何とはなしに気にはなっていた。

「ああ、それと…最初の事件以降の被害者のこと、詳しく教えてくれないかい?仕事とか年とか。
 男なのか女なのか…それさえ新聞には出ていなくてさ。
 いえね、単なる好奇心。それに、もし被害者が男ばかり…となれば女は多少安心できるじゃないさ。」

茶飲み話風のさり気無い問いかけにも、確固たる企図があった。
被害者に共通する傾向が割り出せれば、真犯人の嗜好、目的、人柄等――犯人像を推測する一助になる。
例えば、日本でも怪奇小説に翻訳された『切り裂きジャック』は主に売春婦を標的にしていたし、
女の猟奇殺人犯は、自分に虐待を加えた恋人や父親に似た男を殺害対象にするケェスが多いと聞く。
最も『ヒト刺し』は、胸を一突きという手口からして女の線は考え難いが、アヤカシであれば別だ。

>「けどまぁ……俺は受けるぜ、その依頼。聞いた事もねー山ん中に定食屋ってのも中々何考えてんのか分かんねーけどよ。
>通り魔野郎が近くに潜んでるなら、ほっとく訳にもいかねーしなぁ。
>それにこんな美人の前で尻込みしてちゃカッコ悪いからな」

「嬉しい!探偵の兄さんみたいな頼もしい人が一緒に来てくれるなら、私も安心して火誉山に行けるわぁ!
 私は倉橋冬宇子。頼りにしてるからね。」

依頼を請けるという蛇蜘蛛に、冬宇子は婀娜っぽい微笑と流し目を送った。
桜雪生や森岡草汰の如き朴念仁なら別だが、少々気の利く男なら、道中荷物を持ってくれる位の効果はあるだろう。

39 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/04 19:11:27 ID:???
【火誉山】
火誉山は帝都近郊、未だ都内から限られた沿線しか敷かれていない電車と徒歩で辿り着ける場所にあった。
蛇蜘蛛、鳥居を筆頭に冒険者達と連れ立って、岩峰の山道を、
冬宇子は、険阻な風景に不似合いな錦紗の着物姿で、からころと下駄を鳴らして歩いた。

>「……あー、なんかピリピリすんなぁ」
>「……特別な『場』、いわゆる気場でもあるのでしょうか…?

山中に充満する霊気に蛇蜘蛛や鳥居も気づいたらしい。
霊峰というものが数多くあるように、山は神気や妖気を醸しやすい場所だ。
が、この山の霊気は少し変わっていた。神気…というには俗っぽく、妖気といえるほど禍々しくもない。
その中に、ごく僅かにだが、正体不明の肌を刺すような気配が入り混じっていて、どうにも薄気味悪い。

山の中腹にある定食屋に辿り着くと、果たせるかな、店主はおろか客の殆どはアヤカシ。
その殆どが人間社会に迎合し人の営みを真似て暮らす土着の山精木魅、害の無い妖怪ばかりだったが、
これで定食屋が受願所に人員派遣を依頼した理由が知れた。
いくら妖怪変化の跋扈する世とは言え、まともな神経の人間に、ここでの接客が勤まる筈が無い。

森岡梢――と名乗った店主の鬼娘に座を勧められ、冬宇子は食卓の椅子に腰掛けて店内を見回した。
奥の席で、どてらを着込んだ短髪の男が騒いでいる。

>「くそー、化け物の巣のサーカス団から化け物の巣の定食屋に移っただけかよぉ〜!」

>「あ、やっぱり頼光だ!!髪型が変わっていてわかりませんでした!」
と、男に近寄る鳥居。

「おや、そういえば…。依然とは随分と変わったナリになっちまったが、男らしくて悪くないね、その格好。
 却って男ぶりが上がったんじゃないかい?」

先日、無碍に追い返した埋め合わせをするように、冬宇子は屈託無く微笑んで見せた。

手伝いを志願して厨房に駆け込もうとする鳥居を視線で追い、壁に飾られた写真に目を留める。
色あせた写真のうち、少年二人が映りこんだ一枚に、ある男の面影を感じたのだ。
冬宇子は忙しく立ち働く女主人を呼び止め、写真を指差して尋ねた。

「定食屋の森岡…って。ひょっとして、あんたに冒険者の兄か弟はいないかい?
 ええと、確か森岡草汰って名だったか…?」

鬼を始め妖しは見た目どおりの年齢でない場合がままある。それを頭では理解していたが、
その溌剌とした容貌に『息子』という発想は湧かなかった。

【林真に『ヒト刺し』の二件目以降の被害者の情報を聞く】
【梢ちゃんに草汰君との関係を聞く】

40 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/05 02:34:15 ID:???
しばらくして、マリーはいつものコートを着て嘆願所へ向かった。
「久しぶりにちゃんとした受付に来たかな」
嘆願所に入るなり、マリーはそう呟く
マリーが主に請け負う嘆願の半数は主に暗殺だ。
今回のような凶悪犯や、テロリストが対象の時もあれば
政府要人や口が裂けてもいえない様な人物まで手を掛ける時もある。
だが、そのような嘆願の場合は従来の方法ではなく特殊な方法で受けなければならない
ケースもあるので、ここに来る機械が減ってしまうのだ。

受付と適当な挨拶を交わすとマリーは単刀直入に用件を話した。
「例の通り魔関係の嘆願が欲しい。出来れば警察からの嘆願がベストなんだが」
しかし、出されたのは毛ほどの関係性を感じられないような嘆願
「…」
マリーは暫し沈黙し、受付の目を見やる。
静かに息を吸ってから、問いただそうとかと思った瞬間
林真三男の声が其れを止めた。
なんと、この定食屋がある火誉山に例の通り魔が潜んでいるそうだ。
その話を聞き、再び受付に視線を向け、内心で流石と呟いた。
「こっちも聞きたいことがあったところだ。是非、おs」
胸元から手帳とペンを取り出し、林真にいろいろと聞こうとした瞬間、
蛇蜘蛛と名乗る探偵に遮られてしまった。
「生死もはっきりしていないのに一人残らずぶち殺してるっていうのはおかしいんじゃないかな?
 もしかしたら、通り魔じゃなく謎の組織とかに捕まったり、洗脳されて不当に働かされてたり
 はてまた、戻りたくないほどの桃源郷がそこにあるかも知れないし
 まぁ、後者はさておいてだ。確かな証拠も無いのに不必要に不安を煽るなんて
 君はほんと、とんだ迷探偵だよ」
憶測で話す蛇蜘蛛に対し、マリーは皮肉るような口調でそう返すと
倉橋が林真に被害者についての情報を聞きだそうとしている。
「ついでに、被害者たちの身長と刺された場所も頼むよ
 あと傷の深さも忘れないでくれ」


41 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/05 02:34:51 ID:???
火誉山に向かう車中にて
マリーは手帳と眺めながら考えを巡らせていた。
林真から仕入れた情報を元に通り魔がどんな奴なのか想像する。
被害者の身長、そして、刺した痕から大体どれぐらいのヤツなのか想定できる
傷の深さ大きさからはヤツの得物が、刺すポイントで手馴れているかいないか、もしくは
上達してきているのか、その他諸々が徐々に浮かび上がってくる。
思考が纏まろうとした所で、電車は目的の駅へ到着した。

山道を行く最中、マリーは辺りに気を配りながら歩を進めていた。
「獣道らしいものは見当たらないな…」
もしも、この辺り奴が潜んでいるのならば、そういう道が出来ていても
おかしくないと判断し、探しているのだが、それらしいものは見当たらなかった。
そうこうしている間に、目的の定食屋に到着した。

「こりゃ驚いたな」
席についたマリーの第一声はそれだった。
それもそうだ。店主も客も妖の類の店だとは想像もしていなかったことだ。
とっさに倉橋に視線をやるが、さほど用心している様子がないことからおそらく安全だと判断した。
暫し、店内の様子を眺めながめていると外からの視線を感じた。
「…」
茶を啜り一呼吸置いてから、マリーはおもむろに立ち上がった。
「ここで使っている燃料は薪と判断したが間違いないかな?
 こんなところまで炭を運ぶような商売熱心な炭屋なんて近くにいそうもないしね
 んじゃ、我々は薪割りでもして汗でも流すことにしようか」
そんなことを言って、マリーは頼光のスソを引っ張った。
「ちょっとした野暮用に付き合ってくれないかな?
 もしかしたら、手柄を立てられるかも知れんぞ」
乗り気でなさそうな頼光の耳元でそう囁くとマリーは店の裏口に向かった。

【林真から得た情報から通り魔について考察】
【妙な視線を感じて、薪割りと称して様子見】


42 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/07 23:49:04 ID:???

【受願所 冒険者が旅立って】

「大丈夫かなー……」

林真は一人、誰に言うでもなくぼやく。
それは、火誉山に向かった冒険者達の身を案じた、他人事なことこの上ない一言であった。
蛇蜘蛛が指摘したように、もし本当に通り魔が火誉山に潜伏し、追手達を始末しているのであれば。
相手は殺人に長けた相当の手練、ないしは人以上の「何か」ということになる。
知る限りの情報は与えたつもりだったが、それでも心もとないものだ。

第一の犠牲者に関して、身元は割れていない。
目撃証言は複数あったが、被害者の身元を洗える証拠は何一つ見つからなかった。
更に、当時の現場が夜であったこと、目撃者達が揃って逃げ出したことで、碌な証言はとれなかった。

不可解な点は幾つもある。「第一の事件以降の被害者」たちのことだ。
老若男女問わず、職業もばらばら。犯行時刻も早朝から夜中まで幅広く、犯人の行動が掴めない。
被害者たちはこれといって誰かに恨みをもたれたことはなく、私怨の線はないという。

そんな彼らに共通するとすれば、必ず「左胸を一刺し」されたこと。
驚くべきことに、被害者全員の背丈がばらばらであったにも関わらず、必ず「左胸」を「一刺し」なのだ。
更に信じられないことだが、心臓に刃先が届く寸前で「止まっていた」。
そして刃渡りと切り口の形状から、警察は凶器を「包丁」と判断した。

「うーん、考えられるとすれば……身長がすぐ変わる包丁の専門家、とか?
 …………んなヤツ、幾ら妖怪だからってそうそう居る訳ないかぁ。……はぁーあ」


【→その頃 裏口・薪割り場】

裏口から外に出れば、薪を割るための土台と、積まれた薪の山が見える。
その先には、人一人は住めそうな小さな小屋も見えることだろう。
土台となる丸太には深々と――何故か「包丁」が刺さっており、つい最近使われた形跡がある。
一部の冒険者たちが感じ取った視線は、まだ拭えぬままだ。

これといって普通の薪割り場だが、変わっているとすれば――丸太の側に一人の人間が座っていた。

結論から言って、その人間が何者であるか以前に、男女を判別するのすら至難の技だろう。
全身が包帯で包まれ、包帯の隙間から長い黒髪の束と鋭い目が覗く程度だ。
その手には包丁が握られていた。鉄錆の臭いと鮮血を纏わせたそれを。

「……………………………………」

便宜上「彼」と呼ぼう――彼は開いた裏口を一瞥したのみで、冒険者たちを襲う訳でも話しかける訳でもなかった。
静かに、雀蜂の針を全身に打ち込んでくるかのような、鋭い殺気を放っていた。
その殺気は静かに、周りの空気を鉛に変えてしまったかのように重量を与えているかのようであった。

「話しかけるな」、「目を合わせるな」、そう本能に訴えかけるような気配を放ちながら。
男は動かず、血塗れた包丁の腹に指先をなぞらせ弄んでいる。
その間が数秒か、数分か。短い時間であったのは確かだ。

「彼」はすっと音もなく立ち上がると、裏口に向けてさっ、と手の甲を見せ、振った。
あっちへ行け、と示唆するかのような動きだ。そのまま「彼」は小屋の扉に手をかける。
その姿が消えた途端、まるで何事もなかったかのように空気は軽さを取り戻す。
冒険者たちが感じた「視線」もまた、その軽さの反動を受けたかのように霧散していた。

43 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/07 23:50:12 ID:???
【もりおか食堂内】

「定食屋の森岡…って。ひょっとして、あんたに冒険者の兄か弟はいないかい?
 ええと、確か森岡草汰って名だったか…?」

店長の、とたとたと軽快な足音がぴたりと止んだ。
梢は倉橋冬宇子を食い入るように見つめ、訝るように眉を顰める。

「森岡、草汰……?」

「兄……弟……草汰……」と何やらぶつぶつ呟いていたが、いきなり破顔し、豪快に笑い始めた。
倉橋の問いを聞いていた何人かの妖怪たちも一斉に下品な笑い声を上げる。

「あはっははは、うふふふ!ごめんなさい、ふふっ……後で説明してあげるから!」

そうかそうかー、と何やら楽しげに頷きながら足取り軽やかに客の間をぬう。
接客の間に、厨房で皿洗いをする少年を姿を見て頬を緩ませながら。
ようやく大方の接客も終わり、皿を戻すついでに「偉い子、偉い子」と鳥居少年の頭を撫でていると、
薪割りに行くと言いながら、ほどなくして裏口から戻って来た冒険者を見て、にやっと少し意地悪げに笑った。

「あら、やっぱり女の子に力仕事は少し難しかったんじゃないかしら……なーんてね。
 ……どうしたの?もしかして、暑すぎてのぼせちゃったとか?この山、暑いから無理も無いわね」

冷茶を出し、梢は再び冒険者たちを座らせ、自身も茶を片手にちょこんと座る。
喧噪は幾らか収まり、初夏の穏和な空気が食堂内を包んでいた。

「改めて自己紹介させてもらうわ。もりおか食堂店長・森岡梢――これでも立派な夫子持ちのオバサンよ。
 草ちゃんは私の息子なの。あの子の知り合いだなんて……吃驚したわ。元気にしてるかしら?」

見た目はどう見ても15、6位の少女である。
だが鳥居が見つけた風景写真――精悍な青年と今と変わらぬ梢も映った写真は、もう30年も前のものだ。
冬宇子が見つけた写真にも、無愛想な顔の兄弟と並んだ、全く出で立ちの変わらない梢の姿が映っていた。
梢は写真を手に、夫も兄弟も共に冒険者の道を進んだことをぺらぺらと話す。

「――――そんな訳で、夫のほうは、もうかれこれ10年は帰ってきてないわ。
 きっとまだ、外国のどこかでふらふらしてるんでしょうね。
 草ちゃんも手紙ひとつ寄越さないし……兄のほうは今、帰ってきてるのだけれどね。男ってどうしてこう……
 ――――あらやだ私ったら。こんなに長々と話しちゃって…」

時計を見やると、かれこれ30分近くは話しこんでしまったいた。
梢は咳払いひとつし、とん、と湯のみを置くや、居住まいを正した。
大きな目から伝わる想いは、真剣そのものだ。

「これから貴方達に頼むのは、この食堂を支える重・要なお仕事よ!しっかり耳に入れて頂戴ね」


重々しく開かれた口から飛び出した内容とは―――


「仕事内容はズバリ、――――― 配 達 よ っ!!」




44 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/07 23:51:14 ID:???
もりおか食堂は、定食屋としての食事の提供の他に、配達事業も兼ねている。
といっても、配達範囲は火誉山のみ。配達物も食事だけではない。
加え、冒険者たちはもう気付いているだろうが、この山は夏期を思わせるほどに気温が高い。
理由は後に語られるだろうが、それ故か、山の生物たちは他の山の個体よりも遥かに大きく、凶暴だと梢は語る。
また、人間を快く思わない妖怪もいるので、ちょっかいをかけられぬよう注意が必要だとも付け加えた。

「最近、この山も物騒でねー。暴れる妖怪が多いから、料理する身としては迂闊に外に出られないのよね。
 えっと、まずは川下の鎌鼬さんの家と上流の天邪鬼さんの家に行ってちょうだいね。
 一人じゃ危ないから固まっていくのよ!はいこれ荷物、重いから気を付けて頂戴」

冒険者たちに配達物と弁当、地図を手渡し、梢は入口から手を振って見送った。
食堂の近くを流れる川がある。川に沿って上を目指せば天邪鬼の家へ、下へ向かえば鎌鼬の家へ。
梢が食堂内に戻った途端、どこからかまた奇妙な視線を受けることだろう。
視線の持ち主は敵か、味方か、それとも――――。

【下流ルート】

下流は比較的に見晴らしがよく、のどかな明るい田舎道だ。
だがその雰囲気を壊すかのように、川沿いに不気味な地蔵や、無縁仏が点在している。
つい最近、つくられたと思われる墓もある。
そして道中、昼間にも関わらず、人魂が周りをしつこくうろつき、
狐たちが惑わせようとするが、冒険者たちの敵ではないだろう。
たまに腹を空かせた熊が、涎を垂らして襲いかかるだろうが――まあこれも、大した敵ではないだろう。
この先に待つ、更なる脅威に比べれば。


少し下を見下ろせば、木造の一軒家が見える。鎌鼬の家とみて間違いないだろう。
しかし、冒険者たちが家に近づくにつれて、様子がおかしいと気付くだろうか。
木造の家は、明らかに巨大な何かで斬りつけられたかのように損傷している。
不思議なことに、家周辺のみで、強い風が吹き抜けていた。

「あ、あんたら、命が惜しけりゃ今すぐそこから離れるんだ!」

突然、茂みの奥から一匹の鼬が飛び出して叫ぶ。
それと同時に、家の奥から強靭な風の刃が飛び出し、冒険者を襲う!
咄嗟に鼬が尾を振るや、同じく風の刃が生み出され、空中で激しくぶつかり合い霧散する。

「がっ!」

だが家の奥から放たれた風の刃の方が強く、たちまちに鼬は吹き飛ばされてしまった。
家屋から風と共に飛ばされてきた家具や食器が、激しく地面とぶつかりあう。
全身を打ち、息も絶え絶えに、吹き飛ばされた鼬が呟く。

「娘が……あんなに大人しかった娘が、気狂ってしもうた……。数日前までは虫一匹殺せんかった娘が……」

鼬が視線を向けた先には、一人の幼い少女が戸口に立っていた。
右手には鎌、左手には扇子。腰に提げた瓢箪には薬と書いてある。
明らかに娘の様子はおかしかった。
親と思われる鼬を吹き飛ばしたにも関わらず、狂ったような笑みを浮かべている。
娘は冒険者たちを見るや、扇子を一振り。冒険者たちの足元へと強風が打ち付けられる!

「逃げろ!娘は動くもの全てを転ばして斬りかかって……」

鼬が最後まで言い切る前に、扇子の風でまたも吹き飛ばされた。
風に煽られ、少女の簾のような前髪の間から額が覗く。
霊力に敏感な者ならば、その額に埋め込まれた奇妙な翡翠色の石に気付けるだろう。
そして石から発せられる痺れるような「気」が、幼い鎌鼬を狂わせていることも。
また、娘の背後に、石と同じ気配を放つ、巨大な影がいることも視認できるだろう。
影が娘に何か囁くと、なお興奮したように攻撃を続ける。
相手を刻み続けるか、正気に戻るまで、娘は攻撃を止めないだろう。

45 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/07 23:52:08 ID:???

【上流ルート】

上へと向かううちに、木の数はどんどん増えていき、深い森に入るだろう。
こちらの道も、地蔵の列や無縁仏の墓が並んでいる。
日光は木々の梢で出来た天井で遮られ、かなり薄暗い道のりだ。
人魂がふわふわと辺りにただよい、カンテラのようにてかてかと点滅している。

ぽつんぽつん、と点在する石畳の道の傍らには、ぼっきりと折れた「このさき山頂」と書かれた看板。
道を挟んで反対側には、真新しい「猛"蟲"注意」の看板がある。

「…………ふう。けっこう来ちゃいましたね」

大きなトランクを引き摺り、一人の少女が小さな溜息を吐いた。
長い髪で顔の半分を隠した少女の名は、いぐなという。
頬に伝う汗を手の甲で拭い、座り込むとと看板へ目をやった。

「こっちが山頂へ向かう道ですか……少し離れた間に、この山も様子が変わりました、ね?」

奇妙な違和感を感じ、首を傾げつつも看板を見る。
以前いぐなは此処に住んでいたが、このような看板などあっただろうか――?

「(! 誰か――着いてきている!?)」

幾つもの視線を感じ、いぐなは後方を振り返る。
この時、いぐなの後方を冒険者たちが続く形で、天邪鬼の家を目指していた。
いぐなは急いで歩き出す。誰かに姿を見られるのが嫌だったからだ。
もし視力が良い者がいたら、前方を急ぎ足で駆ける少女の姿が見えるだろう。
そして次の瞬間、少女が山道に吸い込まれるかのように消える瞬間も。

「いっ――――――――きゃあああああああああああああ!!?」

トランクと共に落ちていく少女の体。
その絹を裂くような悲鳴は、冒険者一行にも聞こえるだろう。
いぐなは知る由もないが、彼女が進んだ道は、火誉山の地図には存在しないものであった。
それはともかくとして、数瞬の後、ぼよんっと体が跳ね返る。
固く目を瞑っていたが、何事かと周りを見回せば――

「きっきゃああああ!くっくくく……蜘蛛おおおおおおお!!??」

巨大な蜘蛛の巣の中心に落ちたいぐなを取り囲む、目、目、目……
明らかに少女並みの体躯を持つ巨大蜘蛛たちが、牙をカチカチと鳴らし涎を垂らしていた。
鮮やかな斑模様の背中は、その蜘蛛たちが毒を持つ証であることを教えてくれている。
獲物の小さな体躯を見てか、近づいてくる冒険者たちの気配を察知してか、数匹の蜘蛛が巣から離れる。
巨大蜘蛛は獲物を捕えるべく、その強力な粘力を持つ糸を尻から放つ!
そして毒を含んだ牙で、人間の柔肌を食い千切ろうとするだろう!


【道中、人魂や狐、熊が出現します。雑魚なのでワンターンキルOK】
【上流ルート→鎌鼬(子供)が襲いかかって来る。扇子の風で転ばせ、鎌を振るって風の刃で斬りかかる】
【下流ルート→巨大蜘蛛出現。冒険者たちを狙って糸を吐く+噛み砕く攻撃】

46 :名無しさん :12/02/07 23:59:09 ID:???
逆!逆!

47 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/08 00:09:08 ID:???
>>46さんありがとうございます! 訂正です
【下流ルート→鎌鼬(子供)が襲いかかって来る。扇子の風で転ばせ、鎌を振るって風の刃で斬りかかる】
【上流ルート→巨大蜘蛛出現。冒険者たちを狙って糸を吐く+噛み砕く攻撃】

まじすんません……

48 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/08 23:11:16 ID:???
頼光が愚痴をこぼしながら茶をすすっていると突然聞きなれた声が。
>「あ、やっぱり頼光だ!!髪型が変わっていてわかりませんでした!」
>「おや、そういえば…。依然とは随分と変わったナリになっちまったが、男らしくて悪くないね、その格好。
> 却って男ぶりが上がったんじゃないかい?」
ボーっとしていたので前の席に座られるまで、鳥居と倉橋が店に入ってきた事に気づかなかったのだ。
まさかここで会うとは思っていなかったことと、髪型のことを言われたため、頼光の反応はさらに遅くなる。

思わず立ち上がり、あわてて頭に手を当てながら、ここでようやく言葉が出たのだった。
「お、おまえら、なんでここに!?」
しどろもどろに二人を順に見るが、どうにも居心地が悪い。
鳥居に対しては黙ってサーカスを抜けてきている状態なので、まるで悪さを見つかった幼子のように。
倉橋に対しては、唐獅子分離をけんもほろろに追い返されていたのに不意に屈託のない笑みを向けられたために。
まさに『どんな顔をして合えばいいかわからない』二人がそろってこんな山の中で会うのだから。

続ける言葉に困っているのを察したのか、鳥居は皿洗いの手伝いをしようと厨房に消えていった。
倉橋も興味が壁の写真に写ったようで、視線と立ち位置を変えてくれた。

おかげで頼光は崩れるように腰を下ろし、テーブルに頭を投げ出し目を閉じた。
二人の出現で精神的にどっと疲れたのだ。
さんさんと降り注ぐ陽光がその疲れをいやしてくれた。
比ゆ的な表現ではなく、現実的に。
ぐったりとテーブルに突っ伏す頼光の頭からは牡丹の花が芽を出し、その葉が光合成をして頼光に活力を与えているのだ。
「はんっ、なーにが皿洗いだ。よくやりやがる。」
給仕の仕事に応募してきた者の言葉とは思えないセリフをさらっと吐き出しながら、光合成の心地よさに身を任せていると。

マリーが薪割に行こうと裾を引っ張る。
このマリーも先日の冒険、鵺退治で行動を共にしたのだが、頼光はその顔を覚えていなかった。
整った顔立ちをした女、とは思っていたが、それでも薪割をするなどという選択肢は頼光にはない。
元より愚鈍であり、光合成の心地よさに浸っている頼光が外からの視線に気づくこともない。
顔の表情と立ち上る嫌だオーラで拒否したものの、そっと囁かれた途端、すくっと立ち上がる。
「おお、薪割は男の仕事だからな!なんだか知らんが疲れも取れたことだし行くか。」
何のこともない。
手柄を立てられる、その欲に駆られただけだ。
ドテラを脱ぎ、右腕を回しながらマリーとともに裏口から出て行った。


薪割場はすぐに分かったが、頼光はそこで立ちすくんでいた。
丸太の側に座る全身包帯の人物のために。
話しかけられない重い空気。
全身を刺すような鋭い殺気。
洲佐野の殺気を経験していたからこそ、これが殺気だとわかった。
そして逃げ出せないのはともかく、腰を抜かさなかったのもそのおかげだろう。
更に言うならば、黄泉背サーカス団に入り、人外や怪人の類に慣れていたからこそ、その容貌を観察することができた。

全身包帯にくるまれ、鮮血の付いた包丁の腹に指先をなぞらせている。
不気味!不可解!
そしてこの空気に耐えられるほど頼光の精神は強くはない。
「な、ななんだ、きもちわりゅいやち!」
緊張感に耐え兼ね、思わず声を出してしまったが、声は裏返りセリフも途中で噛んでしまった。

そんな頼光を全く気にする風でもなく全身包帯のそれは音もなく立ち上がると、小屋へと消えていった。
それと同時に空気も軽くなり、全身の力が抜ける。
「な、なんだありゃ?わけわからねえじゃねえか!」
マリーに問いかけるが、その声は震えており、ついでに足も震えていたがどうにも止めることはできなかった。

49 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/08 23:12:59 ID:???
不可解さを残したまま店内に戻ると、客も一通り落ち着いたようで、店主梢が仕事内容を話す段になった。
もっともその手前で森岡梢が森岡草汰の母親である事を開かされた時には驚きが隠せなかった。
とても子持ちには見えない、もっと言えば自分よりも年下の少女の域にも見えたのだが。
このことで見た目はどうであれ、やはり目の前の女は鬼なのだと再確認させられた。
そして森岡草汰が鬼の子だというのに妙に納得してしまうのだった。
「道理で拳骨が痛かったわけだ。」
洞窟で拳骨を見舞われたのを思い出し、うんうんと頷く。

とはいえ、そのあとの話は頼光には特に興味をひく話ではなく、ぼんやりとしながら聞き流していった。
30分近くそんなことが続き、ようやく仕事の話に。
配達という事だが、頼光にとっては願ってもない事だった。
元より給仕の仕事などする気はないのだ。
配達にかこつけて山を回り、ヒトサシを見つけられればそれでいいのだから。

「よし!俺はこいつと下流の鎌鼬のところに行こう。
女子供は仲良く天邪鬼のところへ行ってればいいさ。」
話を聞くや否や蛇蜘蛛の肩を叩き立ち上がる。
もはや有無を言わさずという感じで。

鳥居と倉橋とはいまだにどんな顔すればいいかわからないし、マリーには先ほど醜態を見せてしまいばつが悪い。
三人とは別行動をとれるものならばとりたかったからである。
ついでに言えば、鎌鼬への配達を選んだのは山を登るより降る方が楽だから、というものだった。

「蛇蜘蛛っていったか。変な名前だな。
まあいい、荷物は持ってくれよ。俺は見ての通り片腕だからな。
獣や妖怪が襲ってきたときに手がふさがっていちゃ困るからな
なあに安心しろよ、何かあったら俺が守ってやるさ!」
高笑いとともに荷物を蛇蜘蛛に押し付け、店を出るのであった。

50 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/08 23:17:17 ID:???
意気揚々と店を出たのはいいが、その道中は散々であった。

不気味な地蔵や無縁仏に一々文句をつけ、人魂を追い掛け回して道を外れる。
その挙句狐に惑わされて腹を空かせた熊と鉢合わせしてあわてて逃げる、などなど。
蛇蜘蛛は持たされた配達物以上に重い荷物を背負ったと、ため息をつくことだろう。

そんなこんなでも無事に下流の鎌鼬の家までたどり着けたのは、ひとえに頼光の頭に咲く牡丹の花のおかげである。
光合成により活力を与え続けているからこそ、途中で落伍せずに到着できたのだ。
もっとも自分の頭に牡丹の花が咲いているなどと気づいていない頼光は己の体力に自信をつけている始末である。

「なんてゆー光景だ。鎌鼬ってのは本当なんだな」
家に近づくにつれ、家が斬られたように損傷しているのを見ての感想である。
それが異変だと気付けるような洞察力はない。
ただ周辺の切り傷をみて、鎌鼬としか思えないのだ。

だからこそ、茂みから鎌鼬が飛び出して叫んでもその意味が分からなかった。
理解できたのは目の前で風の刃が激突し、霧散した後だった。
「な、なんだああ!?」
吹き飛んできた家具や食器が地面に激突するのをよけながら叫ぶ鎌鼬と家から出てきた娘を見比べる。

>「逃げろ!娘は動くもの全てを転ばして斬りかかって……」
「ふっ!ふざけんじゃねえ!こんな物騒な親子喧嘩に巻き込まれてたまるか!
おい、荷物おいて逃げるぞ!」
ようやく事態の危険性を認識した頼光だったがが、蛇蜘蛛に逃げようと言った時には既に遅かった。
強風が襲いかかり、鎌鼬は視界の外へと消え、頼光自身も吹き飛ばされる。
転がったところで頭を刃が霞め、牡丹の花が散ったのだが気づいていない。

「ふざけんじゃねえぞあぶねえな!
大体鎌鼬っつったら三匹一組で最後の奴が薬塗って切り傷治していくんだろうがよ!
右手に鎌で左手に扇子じゃ、その薬使う気ねえんだろ!!」
大声で吼えるが娘がそれを気にする様子はない。
後ろの影が何やら囁くと、興奮したように娘は更に攻撃を続ける。

「華族になる予定の武者小路頼光様だぞ!
この俺様に手を上げたら女子供でもただでは済まねえって事を思い知らせてやる!」
そういうと懐から霊符を取り出し、人差し指と中指でつまみ一喝して娘に向ける。
蛇蜘蛛がみれば霊符などというのもおこがましい、ただの落書きした紙切れに過ぎない。
予想通り、霊符は小さな煙を吐いただけでその力を使い果たす。
直後、むしりとられるように強風に飛ばされ、直後頼光も吹き飛ばされた。

「な、なにいい!?2円もした霊符がああああ!!!」
高い金を払って手に入れた霊符が全く役に立たなかった事への怒りの叫びとともに転がる頼光。

直後頼光の左側に斬撃が走った。
既に左腕がないので斬られたのは着物の袖だけで済んだのは幸運としか言えないだろう。

【鎌鼬の娘に翻弄される、いい的状態?】

51 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/08 23:27:05 ID:???
(あの写真に写ってる人、どこかで見たような…)
懸命に皿を洗いながら、鳥居は400年の記憶に思いを馳せる。
風景写真の梢の隣にいる精悍な顔立ちの青年には何となく見覚えがあった。
それもつい最近出会ったような気がする。

>「偉い子、偉い子」
「えへへ…」
だがその逡巡は梢によって霧散した。頭を撫でられ朱に染まる鳥居の頬。
――しばらくして客の出入りも収まり、冒険者一同は再び食堂内に呼び寄せられる。

>「改めて自己紹介させてもらうわ。もりおか食堂店長・森岡梢――これでも立派な夫子持ちのオバサンよ。
 草ちゃんは私の息子なの。あの子の知り合いだなんて……吃驚したわ。元気にしてるかしら?」

「……え!草ちゃ、草汰さんは僕たちの命の恩人ですよ。
まさか、依頼主が草汰さんのお母さんだったなんて、世の中せまいですねー」
倉橋が察した通り、梢は森岡草汰の血縁者。
見覚えのある精悍な顔つきの青年は草汰の父親らしい。
梢の話を聞きながら、頬杖をつき口を尖らせ、頼光の顔をじっとみる。
半開きの頼光の唇を見ていると何かを思い出せそうだったが、
色褪せた写真の30年間の年月と、この場の暖かい空気がそれを邪魔しているようでもあった。
それでも時計の針はカチカチと進んでゆく。

>「仕事内容はズバリ、――――― 配 達 よ っ!!」

「えー!配達!?」

52 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/08 23:28:04 ID:???
ということで、鳥居は配達物を背負わされた。
食堂の入り口で手を振る梢に手を振り替えし山道を登ってゆく。
一緒に荷物を運ぶことになったのは、あの倉橋とマリー。鵺を刺殺した二人の女。
二人の素性を知っていたら通り魔のほうが逃げ出すのではなかろうか。
恐ろしい外法女とスペルのフィルムを破壊した暴力女に
鳥居に新しく装備された恋愛メーターの針がマイナスを指し示す。

(うぅ、お腹が痛くなりそう)

「あのー…、ここに来るまで、何者かの視線を感じませんでしたか?
僕もそれなりに長生きした吸血鬼の端くれだったので変な気配を感じました。
最初は定食屋があやしいとも思っていたのですけど森岡さんのお母さんだったし…。
でも、あの視線は明らかに…」
鳥居は一歩一歩地面を踏みしめつつ、下を向いたまま言葉を紡いだ。

山中の森は底知れぬ深潭のようで僅かな木漏れ日さえ青灰色に曇り
火誉山独特の熱と、むっとした青臭い大気が立ち込めている。
道の端に立ち並ぶ地蔵と無縁仏の墓。
物言わず悲しそうに浮遊している人魂の尻尾を少年はむんずと掴み、
びちびちと魚のように暴れる様を楽しんではそっと逃がしつつ歩む。

「このさき山頂」「猛"蟲"注意」

「もうむし……」

>「いっ――――――――きゃあああああああああああああ!!?」
突然、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてくる。

53 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/08 23:29:10 ID:???
「あれは若くて可愛いくて、純粋な心をもつ美少女の悲鳴です!
きっと人刺しに襲われているのです!僕、たすけにいきます!!」
なぜか倉橋を一瞥し、鳥居は悲鳴のした方角へ一目散に疾駆し跳躍。
蜘蛛の巣の中心にいるいぐなに向かって落下する。でもそれは気持ちだけが先走りした結果。
鳥居は人の体と言うことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

「ぎゃわぁあああああん!!」
奇声をあげながら空中で両手をぱたぱたさせたあと咄嗟に放った鞭で木の枝にぶら下がる。
なんと情けない姿か。しかしそれは思わぬ僥倖を招き寄せていた。
幸運なことに蜘蛛の天敵である鳥の声と鳥居の奇声を勘違いしたらしい数匹の蜘蛛が
ぞろぞろと逃げ出していくではないか。

そして蜘蛛の巣にふわふわと降る無数の羽毛が残った蜘蛛の背と糸を焼き焦がしている。
炎の力を宿した羽毛は鳥居の体から出たものと誰が気付くであろう。

「この蜘蛛たちは術で生み出されたものじゃないですね!
動きが生き物のものですから、きっと火誉山の特異な自然が生んだ怪物なのでしょう!
あ〜!!だいじょうぶですか倉橋さん!?がんばってぇマリーさぁん!!」
枝に鞭でぶら下がっている鳥居はまるで蓑虫。
でもこんな蜘蛛がいるということはそれを捕食する巨大な鳥や、
逆に蜘蛛を増やしたであろう豊富な餌などがあってもおかしくない…。
やはりこの地帯では異常なことが起きているとしか考えられなかった。

【蜘蛛を数匹追っ払ったあと、蜘蛛の巣の上で蓑虫状態で応援ちゅう】

54 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/09 17:40:57 ID:???
>>42-45
人と妖しで賑わう山中の定食屋。食事時の喧騒に混じって少女の笑い声が軽やかに響いた。
森岡草汰との関係を「後で説明する」と言い残し、仕事に戻った少女――森岡梢は、
注文取りに配膳に…と、小柄な身体でまめまめしく店内を駆け回っている。
事情を把握していそうな客達の反応から、自分の問いが大きな錯誤を孕んでいたらしい、と気づいたものの。
解答を保留されて手持ち無沙汰になった倉橋冬宇子は、食卓から見える窓に視線を移した。

目に映る風景は、麓へと続く岩肌と山頂付近の鬱蒼とした山林。
お世辞にも風光明媚な景勝地といえるものではない。おまけに汗ばむほどの蒸し暑さ。
初夏とはいえ帝都は未だ朝晩肌寒く、暖具が必要な日さえあるというのに。
標高の高い山中腹の気温がこんなにも高いとは。火誉山…名の通り珍奇な地である。
こんなことなら荷物になるだけの防寒用ショールなんぞ持ってこなかったのに。軽いボヤきを交え、
冬宇子は襟元を開き、手拭いを団扇代わりに煽いで、ぼんやりと思索に耽った。

思い返すのは、顔馴染みの警察官――林真から得た情報。連続殺人鬼『ヒト刺し』ついての情報だ。

・通り魔に胸を刺された後、連れ去られたという第一被害者の身元は不明。
・関係性に乏しい複数の目撃者がいる事から、第一の犯行は証言そのものが偽装であるとは考え難い。
・二件目以降の犯行に目撃者は居ない。被害者の年齢、性別、職業はバラバラで、犯行時刻に規則性も無し。
・創傷の形状から、凶器は『包丁』状の刃物と思われる。
・被害者の死体にすべてに見られる共通項は『左胸を一突き、心臓寸前で刺し傷が留まっている』こと。
 死因は失血死か?

何故、第一の被害者だけを拉致したのか――?
決まって『左胸』を狙い、心臓を無傷で残すのは何故か――?
不可解なこの二点が、事件の全容を紐解く手掛かりになりそうな気がする。

前者――第一被害者のみを拉致した理由は……犯人の狙いが『最初の被害者だけ』にあったとしたらどうだろう…?
つまり二件目以降の犯行は、通り魔を装い、捜査の撹乱を狙ったカムフラージュ。
真犯人が容疑を逸らす目的で、無作為な犠牲者相手に同じ特徴を備えた犯行を繰り返す。
怪奇物の推理小説によくあるパターンだが、手間と危険を顧みれば、あまり現実的な方法ともいえない。
おまけに第一被害者は連れ去られ身元が割れていないのだから、関係者が被疑者になることを畏れる必要もない。
仮にカムフラージュ説が正しいとして、最初の犯行に擬えて『左胸を刺す』という手口を繰り返すのならば、
殺害が目的である相手の、心臓を傷つけない理由は何か―――?
死体も見つかっていない被害者の心臓に損傷があるのかどうか、一般市民はおろか警察にも判る者などいないのに。
一連の犯行に見られる、この奇妙な拘りは何なのだろう?

今や殺風景な岩山の風景など冬宇子の目に映っていない。
すっかり夢中になって帝都を騒がす怪事件に思いを巡らせていたところ、
頬杖を突いていた食卓に、とん――と音を立てて冷茶が置かれた。前掛け姿の鬼娘がにっこり笑っている。

>「改めて自己紹介させてもらうわ。もりおか食堂店長・森岡梢――これでも立派な夫子持ちのオバサンよ。
>草ちゃんは私の息子なの。あの子の知り合いだなんて……吃驚したわ。元気にしてるかしら?」

十五、六にしか見えぬ鬼娘は、誇らしげに息子のことを語った。

「へぇ…縁は異なものというが、あんたが、あのでっかい坊やの母親とはねぇ…!」

目を丸くして冬宇子は言う。古びた壁の写真、梢と並んで写っている精悍な青年に目を遣って、

「で、それがあんたの旦那かい?中々イイ男じゃないか。…二人ともあの坊やには似てないようだが、ひょっとして…」

つい口から出そうなった無神経な言葉を飲み込み、冬宇子は慌てて茶を啜る。
父親だと云う写真の青年に異人の面影は無く、森岡草汰の頭には鬼の血を示す角も無かった。
仮にこの親子が『なさぬ仲』だとしても、依頼主との挨拶の場に持ち出す話題ではない、と、
冬宇子にもその程度の分別はあった。
同様に、殺人鬼ヒト刺し――その犠牲者の風貌が草汰に良く似ているという話題も、この場に相応しいものではない。

55 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/09 17:47:06 ID:???
華やいだ団欒が四半時ほど続いた後、いよいよ店主の梢が、肝心の仕事について切り出した。

>「仕事内容はズバリ、――――― 配 達 よ っ!!」

>>52
昼なお暗い深山の隘路。背中に背負わされた荷物入りの籠。
「六根清浄」の呪言を口中で唱え、山中の魔気を退けながら歩く。
山頂に近づくに従っていっそう繁茂する森林には、南国の密林を思わせる見慣れぬ樹々が生い茂っていた。

「天邪鬼のお宅へ宅配だって…?この山のアヤカシは暢気に人間ごっこして暮らしてる連中ばかりなのかねえ?
 客に侍らせもせずに山道を配達だなんて、何のために女給なんぞ募集したんだか…?
 男二人は勝手に麓に行っちまうし…男は二手に分かれて、女の護衛と荷物持ちをすべきだって、そう思わないかい?
 この暑さに、道の悪さったら!まったく…やってられないよ!」

籠に入れられていた草刈り鎌で、道を塞ぐように絡まった蔦を切り裂き、
冬宇子は、道中を共にするマリーと鳥居に不平不満をぶちまけた。

>「あのー…、ここに来るまで、何者かの視線を感じませんでしたか?
>僕もそれなりに長生きした吸血鬼の端くれだったので変な気配を感じました。
>最初は定食屋があやしいとも思っていたのですけど森岡さんのお母さんだったし…。
>でも、あの視線は明らかに…」

おずおずと尋ねる少年に、冬宇子は顰めた眉を解くこともせず、チラと険しい視線を送る。

「『あやしい』ってなァ何だい?まるで三文芝居の探偵劇の、犯人当てでもしているような口ぶりだねえ。
 疑うんなら根拠の一つも拵えてからにしなよ。
 だいたい…あんた、定食屋の手伝いをしに、ここに来たんじゃないのかい?
 あの林真って警官の言うことを鵜呑みにして、件のヒト刺しがここに居るって噂を信じちまったのかい?
 肝心の噂の出所さえ判らない。この山に来て以来、音沙汰無いっていうヒト刺し探しの冒険者連中も、
 ガセネタ掴まされて何の進展もなしに、受願所に戻るに戻れないってだけかもしれないってのにさ。
 そもそも、知り合いの母親だから疑う余地は無いって考えも、私にゃあ理解しかねるがね。」

不機嫌さに任せてさんざ鳥居の言葉にケチをつけた上で、最後に、ぶっきらぼうに応えた。

「ともかく、視線なんて私は気づかなかったがねえ…。
 大方、出戻って来てるっていう鬼娘のとこの長男が、同業者の品定めに覗いてたんじゃないのかい?」

女二人と子供がくんずほぐれつ。道々"仲良く"語らい、嶮しい山道を苦労して進むうち、
二つの案内板が立つ場所に到った。

>「このさき山頂」「猛"蟲"注意」

やれやれ漸く山頂に近づいたかと一息ついたところで、耳をつんざく女の悲鳴。

56 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/09 18:24:08 ID:???
>「あれは若くて可愛いくて、純粋な心をもつ美少女の悲鳴です!
>きっと人刺しに襲われているのです!僕、たすけにいきます!!」

飛び出していく鳥居の言葉に、「なんだいそりゃ!当てつけのつもりかい?!」と、憤る冬宇子。
鳥居が駆けていった脇道を覗き込む。本道から逸れて直ぐふっつりと切れた道の崖下に、
縄のように太い糸で張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣が見えた。

>「ぎゃわぁあああああん!!」
蜘蛛の巣へと落下していく鳥居の背に、紅い火鳥の幻影が重なった気がして、冬宇子は思わず声を発した。

「あれは朱――…?あの生成り(なまなり)吸血小僧、まさか今度は――?」

その声に刺激されたか、巣を囲む蜘蛛のうち数匹が
毛むくじゃらの足を動かし、独特の俊敏な動作で、冬宇子とマリーに這い寄って来ていた。

「でっ――?!何なんだよ!この大蜘蛛は……!ひっ…!」

出鱈目に投げつけた草刈鎌が、偶然にも、躍り掛かってきた一匹の頭頂に突き刺さる。
蜘蛛は腹を向けて藻掻き、やがて動かなくなった。その骸の影から、さらに一匹―――!

「オン・マユマラ・マリクリタヤ・ソワカ――護身隠形!」

人喰い蜘蛛相手では獣避けの呪いは効きそうにない。冬宇子は咄嗟の判断で呪印を組み、一人用の簡易結界を張った。
光神である摩利支天の加護を受けた隠形結界だ。気配を消し、光の屈折と乱反射によって身を隠す。
が、その効果は、手印を解くとたちどころに霧消し、姿を消した状態を維持するために身動きも取れない。
更に、視力の良い者が目を凝らせば、うっすら姿が見えてしまうというお粗末なものである。
とはいえ、巨大なだけで知性の低い蟲の目を誤魔化すには充分であったようで、
冬宇子に襲っていた蜘蛛は目標を失い、手近にいたもう一つの獲物――マリーへと狙いを変えて飛び掛る。

「悪いね、姉さん!私の代りに、それの相手しておくれ。
 悪いついでにもう一つ、お願いがあるんだが、何とかその蜘蛛どもを一箇所に集められないかい?
 何をするって蜘蛛を纏めて燃やしてやるんだよ!」

印を組んだままの手で、そっと懐を押さえ、呟く。

「経験こそ値千金ってなァ本当だ。化け物トカゲに追いかけられた経験がこうも直ぐに役に立つとはね。
 こんな蜘蛛相手に苦労してこさえた火符を無駄使いしたかァないが、仕方がない。
 お誂え向きに、相生の木もこんなに茂ってることだし…。
 生成り小僧!聞いてたかい?お前も火を熾す術が使えるなら手伝いな!」

【一人用の隠形結界を張って、蜘蛛の襲来から避難】
【マリーさんに蜘蛛を一箇所にまとめてくれるように依頼】
【首尾よく蜘蛛が集まって、そこからマリーさんが離れたら、火符で蜘蛛を燃やす予定】

57 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:08:17 ID:???
>「ちょっとした野暮用に付き合ってくれないかな?
  もしかしたら、手柄を立てられるかも知れんぞ」

「おいおい、気を付けてくれよ。二人して桃源郷に行っちまうなんてのは御免だぜ。
 なんたって、残された俺達が気まずい思いをするからな」

店から出て行こうとする蛇蜘蛛が冗談を飛ばす。
けれども彼の表情と声色に意趣返しの色は混じってはいない。
単純に、原因がなんであれ、この山で出た行方不明者の末席に名を連ねる事がないようにと二人を気遣っていた。

「まぁ、その心配はなさそうだけどな。大した肝っ玉だぜあの姉ちゃん。
 ありゃ鬼が出ようが蛇が出ようが斬り伏せるまでとか思ってるクチだね」
 
それから声を潜めて、これまた笑い話のように鳥居にそう囁いた。

「しかしお前のお友達、放っておいて大丈夫かぁ?泣かされちまうしれねーぞ」

もっとも繊細な配慮に欠ける彼の事だ。十分に声を抑えられているとは限らない。

ともあれ、蛇蜘蛛は単純な人間だった。自分に正直だと言い換えてもいい。
怒ればそれを隠さず態度に示すし、やるべきだと思った事はすぐに実行する。
そんな性格故に――マリーにそうされたように、仲間達から諫言を貰う事も多々ある。
けれどもそれらは大抵の場合もっともで――だから彼は正直に納得するし反省もするのだ。

「……と、やめとくか。『ヒト刺し』に出くわす前に、俺の心が刺し殺されちまう」

一方で、こっ酷い罵倒を受ければそれはそれ。
やはり正直に引きずりもするし、反省と納得が成長に繋がるとも限らない。
反省が全て成長に昇華されていれば、彼は今頃完全無欠の人間になっているに違いないのだから。

そんなこんなで笑いながら、蛇蜘蛛は芝居がかった仕草で胸を抑えている。
だが――不意に表情から笑みを消すと、真剣な眼差しで裏口を睨んだ。
殺気を感じた。深い深い海の底へと引きずり込まれた錯覚を感じさせる、重く静かな殺気だった。
椅子の位置をずらし、周りには不自然を悟られぬよう僅かに腰を浮かせる。
袖の内に忍ばせた重厚な短刀を、いつでも抜けるよう身構えた。

それから彼は、緊迫の中で暫しの時間を過ごし――けれども、裏口から感じた殺気が爆発する事はついぞ無かった。

「……ふぅ、堪んねえなオイ。こんな事なら薬谷の奴に任せりゃ良かったぜ」

深く息を吐きながら、再び椅子に腰を落とす。
抜け切らない戦慄を胸の奥から吐き出すように、蛇蜘蛛は小さく呟いた。

>「定食屋の森岡…って。ひょっとして、あんたに冒険者の兄か弟はいないかい?
 ええと、確か森岡草汰って名だったか…?」

と、気を取り直したところで視界の外から聞こえた声に振り返る。
同行した冒険者の一人、倉橋冬宇子が梢になにやら問いかけているようだった。
それをきっかけにして始まったのは、梢の長い長い身の上話。
見た目こそ少女の姿をしているが、たった一つの話題で四半刻延々と語り通せるのは確かに中年女性の風格が感じられる。

58 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:08:38 ID:???
>「ちょっとした野暮用に付き合ってくれないかな?
  もしかしたら、手柄を立てられるかも知れんぞ」

「おいおい、気を付けてくれよ。二人して桃源郷に行っちまうなんてのは御免だぜ。
 なんたって、残された俺達が気まずい思いをするからな」

店から出て行こうとする蛇蜘蛛が冗談を飛ばす。
けれども彼の表情と声色に意趣返しの色は混じってはいない。
単純に、原因がなんであれ、この山で出た行方不明者の末席に名を連ねる事がないようにと二人を気遣っていた。

「まぁ、その心配はなさそうだけどな。大した肝っ玉だぜあの姉ちゃん。
 ありゃ鬼が出ようが蛇が出ようが斬り伏せるまでとか思ってるクチだね」
 
それから声を潜めて、これまた笑い話のように鳥居にそう囁いた。

「しかしお前のお友達、放っておいて大丈夫かぁ?泣かされちまうしれねーぞ」

もっとも繊細な配慮に欠ける彼の事だ。十分に声を抑えられているとは限らない。

ともあれ、蛇蜘蛛は単純な人間だった。自分に正直だと言い換えてもいい。
怒ればそれを隠さず態度に示すし、やるべきだと思った事はすぐに実行する。
そんな性格故に――マリーにそうされたように、仲間達から諫言を貰う事も多々ある。
けれどもそれらは大抵の場合もっともで――だから彼は正直に納得するし反省もするのだ。

「……と、やめとくか。『ヒト刺し』に出くわす前に、俺の心が刺し殺されちまう」

一方で、こっ酷い罵倒を受ければそれはそれ。
やはり正直に引きずりもするし、反省と納得が成長に繋がるとも限らない。
反省が全て成長に昇華されていれば、彼は今頃完全無欠の人間になっているに違いないのだから。

そんなこんなで笑いながら、蛇蜘蛛は芝居がかった仕草で胸を抑えている。
だが――不意に表情から笑みを消すと、真剣な眼差しで裏口を睨んだ。
殺気を感じた。深い深い海の底へと引きずり込まれた錯覚を感じさせる、重く静かな殺気だった。
椅子の位置をずらし、周りには不自然を悟られぬよう僅かに腰を浮かせる。
袖の内に忍ばせた重厚な短刀を、いつでも抜けるよう身構えた。

それから彼は、緊迫の中で暫しの時間を過ごし――けれども、裏口から感じた殺気が爆発する事はついぞ無かった。

「……ふぅ、堪んねえなオイ。こんな事なら薬谷の奴に任せりゃ良かったぜ」

深く息を吐きながら、再び椅子に腰を落とす。
抜け切らない戦慄を胸の奥から吐き出すように、蛇蜘蛛は小さく呟いた。

>「定食屋の森岡…って。ひょっとして、あんたに冒険者の兄か弟はいないかい?
 ええと、確か森岡草汰って名だったか…?」

と、気を取り直したところで視界の外から聞こえた声に振り返る。
同行した冒険者の一人、倉橋冬宇子が梢になにやら問いかけているようだった。
それをきっかけにして始まったのは、梢の長い長い身の上話。
見た目こそ少女の姿をしているが、たった一つの話題で四半刻延々と語り通せるのは確かに中年女性の風格が感じられる。


59 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:09:46 ID:???
>「――――そんな訳で、夫のほうは、もうかれこれ10年は帰ってきてないわ。
  きっとまだ、外国のどこかでふらふらしてるんでしょうね。
  草ちゃんも手紙ひとつ寄越さないし……兄のほうは今、帰ってきてるのだけれどね。男ってどうしてこう……

梢の話に、蛇蜘蛛は腕を組み、首を傾げ、眉間に微かな皺を寄せ、神妙な顔をしていた。
正直、彼にはその『夫』がいい旦那、いい父親だとは思えなかった。
自分の意思で結婚して、自分の行為で子供をこさえて、なのに本人はまるで変わらずどこかをほっつき歩いている。
そんなにも冒険が好きなら最初から妻子など作るべきじゃなかった筈だ。
まだ梢は納得づくの事かもしれないが、子供は父親の「趣味」など知った事ではないだろうに。
どうにも釈然としない。

> ――――あらやだ私ったら。こんなに長々と話しちゃって…」

ようやく話が前に進む。

「これから貴方達に頼むのは、この食堂を支える重・要なお仕事よ!しっかり耳に入れて頂戴ね」

考え事をすっぱり切り上げて、彼女の続く言葉に傾聴した。
真剣な眼光と共に紡がれたのは――

>「仕事内容はズバリ、――――― 配 達 よ っ!!」

「……まぁ、そりゃ定食屋だしなぁ。んなこったろうとは思ったぜ」

聞くにこの「もりおか食堂」は定食屋以外に配達業も営んでいるらしい。
冒険者達にはそれを代行して欲しい、との事だ。

「これよぉ、最初から給仕経験じゃなくて戦闘経験アリで募集した方が良かったんじゃねーの?
 もし額面通りの求人に釣られてきたら大惨事だぜ」

苦々しい表情で蛇蜘蛛が呟く。
とは言え、まともな神経をした人間なら給仕経験があろうと給料が弾もうと、
こんな辺鄙な山の中に来る事はない、というのもまた事実だった。

「ま、いいさ。俺は両手に花でお散歩気分を楽しませてもらうとするぜ。
 お前ら二人はお友達みてーだし、丁度いい……」

>「よし!俺はこいつと下流の鎌鼬のところに行こう。
 女子供は仲良く天邪鬼のところへ行ってればいいさ。」

「ちょっと待てえええええええええ!なんでよりにもよってお前とマンツーマンなんだよ!
 おい待てお前も早まるな坊主!年上の女はこえーぞ!
 いじめ倒されて女性全般が苦手になっちまってからじゃ遅いんだ!今ならまだ間に合うから俺と変わろう!なっ!?」

とりあえず抗議の声を上げるが、恐らく頼光は決して折れようとはしないだろう。
平行線の言い合いで時間を浪費するのも馬鹿らしい事だ。

>「蛇蜘蛛っていったか。変な名前だな。
 まあいい、荷物は持ってくれよ。俺は見ての通り片腕だからな。
 獣や妖怪が襲ってきたときに手がふさがっていちゃ困るからな
 なあに安心しろよ、何かあったら俺が守ってやるさ!」

「……あぁ、クソ。変な名前ってところだけは心底気が合うよ、お前」

溜息を吐きながら荷物を担いで、頼光の後に続く形で店を出た。

川下へ向かう最中でも、頼光は自己中心を極めた行動を繰り返した。
地蔵や無縁仏にケチを付けるのはまあいい。
別に蛇蜘蛛にはなんの関係もないし、よしんば祟られそうな気配を感じたら逃げ出すまでだ。
その後で頼光を倉橋の元に連れて行くなりすればいい。

60 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:10:33 ID:???
だが人魂を追い回したり、狐に化かされた挙句、腹を空かせた熊に出くわすのはよくない。
単純に右へ左へ迷走する頼光を追うのが面倒なのだ。
ひとまずはそこらの石ころを拾い上げ、狐に投げつけて追い払う。

「で、そこのアンタは……どうしたもんかなぁ」

大上段から降り注いだ熊の爪を飛び退き躱して、蛇蜘蛛は小さくぼやく。

「んー、お前らってぶち殺しても大丈夫なのかねぇ。よく分かんねーんだよなぁ、この山」

もりおか食堂の客の中には、狐などの獣もいた。
となるとこの熊がわざわざここで、自分達を捕食する意味はあるのだろうか。
娯楽か。それとも捕食者という立場に酔っているのか。あるいは単に知能が低いのか。
なんにせよ相手はこちらを殺すつもりでいる。ならば逆に殺されたとしても文句は言えない。
なんだかんだで抜けていても彼は元忍びだ。動物を殺めるくらいの事に躊躇いはない。

しかしこの戦いはお互いに意味のないものだ。
熊はちょっと山道を登っていけば食堂がある。
蛇蜘蛛は熊を殺したところで、相手を食す予定も人里に持ち帰る暇もない。
万が一この熊が梢や「もりおか食堂」の客の知り合いである事も考えると、リスクとデメリットの方が大きいくらいだ。

「あんま時間かけると、今度はあのアホがとんでもねー事になりそうだからなぁ。
 ……よーし分かった。一度しか言わねーからよーく聞けよ食いしん坊」

蛇蜘蛛が首を鳴らし、それから一度目を閉じて、再び開く。

「無様な骸晒して蛆の餌になりたくなきゃ、今すぐ回れ右して山を登りな。
 飯ならそこで食える。「もりおか食堂」をどうぞご贔屓に、だぜ」

瞬間、彼から醸される雰囲気が一変した。
被食者たる人間からかけ離れた、されど獣や妖かしの類いでもない。
自然の中には決してあり得ない、例えるなら恣意的に作られた、故に気持ち悪い混沌に。

「人語が分かんねーなら肌で感じろ。生存本能に隷従しやがれ。
 いいか?かかってくるなら返り討ちだ。わかったな?」

悍ましい気配を秘めた眼光に熊が動きを止めて、数秒間の静寂が訪れた。
それから――熊は彼の言葉を理解したのか、それとも威嚇に屈したのか、とにかく背を向けて去っていった。

「……ふぅ、やれやれ助かった。さーてあのアンポンタンを追わねえとな」

そう言うと、蛇蜘蛛は歩き出した。
既に頼光は相当前に行ってしまったようだが、蛇蜘蛛は走ろうともしない。
ただ視線をやや下に向けながら、悠々と山を下っていった。

>「なんてゆー光景だ。鎌鼬ってのは本当なんだな」

そして、それでも一切迷う事なく、彼は頼光に追いついたのだった。

「おーいたいた。……で、なんなの?この状況」

切り傷だらけの家屋、周囲は荒れ果てて、ついでに不自然なほど強い風が吹き荒れている。
この状況に疑問と危機感を抱かないのは凄まじい大物か、とんでもない馬鹿のどちらかだ。
どちらにせよ、滅多にお目にかかれるものではない。

「……って、お前に聞いてもどうしようもなさそうだな」

だと言うのに蛇蜘蛛の隣には今まさに、その――恐らくは、後者に該当する人物が呆け面を晒しているのだから困りものだ。

61 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:11:32 ID:???
「まぁ、一つだけ分かってんのは……ここにいるのはヤバいって事だぜ!」

蛇蜘蛛が重心を落として身構え、直後に家屋の壁面が膨張した。
その現象は一瞬だった。一瞬で木材の壁は膨れ上がり、次の瞬間には炸裂した。
不可視の刃が家具や食器、壁の残骸を孕んで蛇蜘蛛達に迫る。

>「あ、あんたら、命が惜しけりゃ今すぐそこから離れるんだ!」

同時に視界の端、茂みの中から一匹の鎌鼬が彼らを庇うように飛び出した。
鎌鼬の尾が鋭く振るわれて、風の刃が放たれる。
二つの刃がぶつかり合い、しかし威力で劣ったのは茂みから飛び出てきた鎌鼬の方だった。

蛇蜘蛛は大きく横に跳んで、若干威力の衰えた風刃を避ける。

「な、なんだああ!?」

「分かんねーなら教えてやらあ!『なんか知らんがとにかくヤバい』だ!覚えとけアホ!」

狼狽の声を上げる頼光に向けて端的な事実だけを叫ぶ。
それだけ分かっていれば、ひとまず自分の命を守ろうとする事は出来る。

>「娘が……あんなに大人しかった娘が、気狂ってしもうた……。数日前までは虫一匹殺せんかった娘が……」

「ただの親子喧嘩だったらよかったんだけどな!そういう訳じゃなさそうだなクソッタレ!」

>「逃げろ!娘は動くもの全てを転ばして斬りかかって……」

「うるせー!こっちだって逃げてーのはやまやまだけどよぉ!『
 動くもの全て』を狙うなら……当然『逃げる』奴も狙われるんじゃねーの!?」

この鎌鼬の父が囮にでもなれば話はまた変わってくるのだろう。
しかし満身創痍の彼にその役目を果たす事は出来そうにもないし、蛇蜘蛛もそんな事を思いつく人間ではなかった。

>「ふざけんじゃねえぞあぶねえな!
 大体鎌鼬っつったら三匹一組で最後の奴が薬塗って切り傷治していくんだろうがよ!
 右手に鎌で左手に扇子じゃ、その薬使う気ねえんだろ!!」

さてどうしたものかと考えていると、頼光が勇んで前に出た。

「華族になる予定の武者小路頼光様だぞ!
この俺様に手を上げたら女子供でもただでは済まねえって事を思い知らせてやる!」

懐から取り出したのは霊符――らしく見えるよう体を整えた紙切れ。
動作だけはいっちょ前に、鋭くそれを鎌鼬の娘に突き付ける。
が、当然効果など望むべくもない。
霊符もどきは小さな煙を吐くと、それきりうんともすんとも言わなくなった。

>「な、なにいい!?2円もした霊符がああああ!!!」

「んなこったろうと思ったよ!なんにせよ、とりあえずだ!」

再び放たれた風にすっ転んだ頼光へと一足飛びに近づき、頭を抑えつける。

62 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:12:41 ID:???
「……静かにしろっての。あの嬢ちゃんは『動くものを狙う』って言ってたろ。
 とりあえずこうしてりゃ、狙われやしねーよ」

声を抑えて、そう囁く。
とは言えこれでは『やられないだけ』だ。
状況の解決には程遠い。幼獣相手に持久戦を挑むのも無謀というものだ。
一応、頼光には光合成の能力があるようだが、そんな事を蛇蜘蛛は知らない。
仮に知っていても、彼を頼りに戦術を組み立てていては命が幾つあっても足りないと判断するだろう。
加えて帰りが遅くなれば他の冒険者が様子を見に来るかもしれない。
そうなれば今度は自分達が、先の鎌鼬の父と同じ末路を辿る羽目になる。

「……よう親父さん、聞こえてるかい。
 俺はよぉ、ぶっちゃけそんなカタギの人間でもねーんだわ。
 まぁそりゃ、好んで女をいたぶる趣味はねーし、出来るならあの子も傷つけたくねーと思ってるよ」

吹き飛ばされた鎌鼬の父に語りかける。

「けど、これはちょっとキツいぜ。無茶な真似してテメーがくたばるのは御免なんだ。だから……」

言葉を途切り、蛇蜘蛛が動いた。

「と、その前にこいつをくれてやる!お届け物だぜ!」

右手に持った『お届け物』を娘に投げつける。
動くもの全てを狙う習性を利用して気を引き、同時に駆け出した。
娘めがけて疾駆して、同時にケープの内側から分厚い短刀を一本抜き、投げ放つ。
短刀は娘までの距離を一瞬で貫き、彼女の脚に突き刺さる。
娘が体勢を崩したところで一際強く地を蹴り、距離を詰めた。
右の手刀で扇を落とさせて、破れかぶれの鎌が振り下ろされる前に足を払う。
そうしてすっ転ばせてから、悠々と鎌を蹴り飛ばした。

そして最後に、娘の腰に提げられた薬の瓢箪をぶん取った。
彼女の足に突き刺さった短刀を引き抜いて、傷口にその薬を浴びせる。

「……これで、『結果的に』傷つけちゃいねー。こんなところで勘弁してくれよ」

これが蛇蜘蛛にとって、ぎりぎりの妥協点だった。
尚も暴れようとする娘を抑えつける為、右膝で右腕を、左膝で喉を圧迫するようにのしかかっているが、
それは仕方がない事として見逃してもらうしかない。


63 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/10 00:13:03 ID:???
「さーて、と……こいつは一体どういう代物だ?」

完全に抑え込んだところで、娘の額に埋まった小さな石を凝視した。
色合いは翡翠に似ているが、ただの石ころにはあり得ない『気配』がある。
蛇蜘蛛はあくまでも霊性のある人間であり、霊能者ではない。
故にその『気配』がどのようなものなのかは分からない。
だが『嫌な予感』を感じる事は出来た。

「……触るのはちとこえーな」

そう呟くと、娘の脚から引き抜いた短刀で石を抉り出す。
また彼女に父に恨まれる理由が増えた気がする。しかも今度は顔だ。
埋め込まれた時点で傷はあっただろうし、抉った後で傷薬も浴びせたのだが、それでも納得出来るかは怪しいものだ。
少なくとも自分の娘が同じ事をされたら、すこぶる気分が悪くなると蛇蜘蛛は思う。

ともあれ石を取り除くと、途端に娘は大人しくなった。
完全に抑え込まれているにも関わらず暴れ続けるものだから、もしかしたら骨の一本や二本は折れているかもしれない。
果たして鎌鼬の傷薬は骨折にも効くのだろうか。
もし効かなかったら今度は彼女の父親とやり合う羽目になるかもしれない。

「んー……やっぱよく分かんねえなぁ」

懐から取り出した手袋をしてから、地面に転がった翡翠色の石を拾い上げる。
目を細めてよく見てみるが、やはり彼にはどういう物かは理解出来なかった。

「……だからよぉー、テメーに聞く事にするぜ。こいつが一体なんなのかはなぁ!」

立ち上がり、蛇蜘蛛は娘の背後にいた影を睨み上げる。
そして両袖から四本ずつ、計八本の短刀を抜くと、腕をしならせて影へと投擲した。

――正直に言うと影からも『嫌な予感』はひしひしと感じられて、
故に不得手な近距離戦を挑みたくないから短刀を使ったというのは、彼だけが知る秘密だった。

【荷物を囮代わり→短刀投げからの無力化
 →傷薬奪って治療→翡翠色の石を抉り出す→影に向かって短刀投擲】

64 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/13 10:21:53 ID:???
マリーが頼光を誘ったのには2つ理由がある。
まず、もしもの視線の主が外に出た途端襲ってきた際
頼光を囮にするために必要だったからだ。
何故頼光なのかといえば、単純に今いる面子の中で
一番生命力が有り、なおかつ簡単に騙せる相手だったからだ
そして、もう一つの理由は頼光の中に眠る唐獅子の力だ。
先の嘆願にて、唐獅子は頼光の命(厳密には華だが)を救うために
頼光に吸収され、その目的を果たしたように見えたが
だが、結果はどうだろうか?
余った唐獅子の力のせいで頼光は、今のような毛むくじゃらの姿に変わった。
つまりは、唐獅子の力が残っていると考えてもいいのではないだろうか
ならば、あとはそれを引き出せばいいのだが、問題はその方法だ。
おそらくは、修験者のような修行を積む必要があるかも知れない
頼光のような欲望に率直な奴にそのような行為は出来ないだろう。
ならば、荒療治しかない。
泳げない人間を池に落とすように、頼光の身を何度も危機にさらして
眠っている力を無理やり引き出すしかないのだ。
もちろん、これは勝率の薄い賭けであり、そのことについては
マリーも期待していない。所詮は素人の見解だ。
もしかしたら、かなりの見当違いもしている可能性だってある。
だからまぁ、結局のところは頼光=囮な訳なんだが
「…単純な奴だ」
頼光を背にそう呟きながら、裏口の戸に手をかけた。

65 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/13 10:22:17 ID:???
裏口から出た瞬間、先ほどから感じていた視線は濃厚な殺意に変わり
容赦なく体中に突き刺さった。
殺気を放っていたのは、目の前にいる全身に包帯を巻いた素顔の分からない「男」
その手には血に塗れた包丁がある。
怪しすぎる風貌、そして、警察の調べと一致する「包丁」
十中八九、目の前にいるこいつが通り魔だと思ってしまうだろう。
だが、マリーは一切構えもせず、彼の様子をじっと見ていた。
しばらくし、彼はおそらく塒であろう小屋へ入っていった。
「とりあえず、落ち着いて深呼吸でもしたらどうだ?」
慌てふためく頼光に対し、何事もなかったかのように声をかけると
先ほどまで彼が座っていた丸太付近へと歩き出す。
「まぁ私も少し焦ったよ。いきなり、通り魔と出くわしたと思ってね」
そう頼光に話しかけながら、マリーはその辺りを調べながら続ける。
「だが、おそらくだが彼は通り魔ではないよ。
 あんなに殺気を放っている奴に通り魔なんて出来ないよ
 虫取りや狩りと同じことさ、殺気を押し殺し自分の間合いに引き込んで仕留める
 仮に彼が通り魔ならば、あんな殺気を放たずにあの女主人のように
 人当たりのよさそうな振りをして、近づいて仕留めるはずだよ」
と自分なりの推理を有る程度語ると、いくつか薪を手にし
丸太の上に置いた。
「たまげたな、ここじゃ包丁で薪を割っているみたいだな
 辺りを探してみたが、斧が全然見つからなかったよ」
と頼光に視線を向ける。
言葉では言わないが、頼光の爪と腕力で割ってみろと言っているようだ。
「まぁそんなことは置いといてだ。
 彼は通り魔ではないが、決して安全だとは言えない
 我々に対してあれほどの殺意を向ける理由を持っている。
 ということは、隙あらばこちらに仕掛けてくる可能性がある訳だ
 それで…」
そこでマリーは言葉を一旦区切り、一瞬表情を曇らせた。
そして、言いにくそうにまた話し出す
「少し違う話になるかもしれないんだが、感覚は鋭いほうかな?
 特に嗅覚のほうなんだが…犬並みにとは言わないが、人よりもずば抜けていると
 まぁまぁ、そんなにカッカするなよ
 出来ることがわかるということは、それだけ手柄を立てる機会が増えるわけだし
 とにかく、今は彼のにおいを覚えておけば、彼が近づいていることを察知できるわけだし」


66 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/13 10:22:46 ID:???
「いや、斧がなかったんでね。申し訳ないが薪割りはやれていないよ」
そう梢に告げ、適当に空いている席に腰をかけた。
額にうっすらと汗を浮べてはいるが、本人は到って平然としている。
「ご心配なく、この程度なら慣れているので」
そう言って出された冷茶を口をつけ、一息つく。

それからしばらく梢の世間話になるのだか
マリーはその話に対して、笑いもせず驚きもせず聞き流していた。
500年封印されて進歩の無い妖獣がいたのだ。梢のように
見た目と年齢が月とすっぽんのように離れた妖怪が居てもおかしくはないだろう
ただ、梢の最後の一言にマリーは一瞬反応した。
出来れば、その帰ってきた息子について話を聞きたがったが、後の祭りである。

67 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/13 10:23:11 ID:???
>「天邪鬼のお宅へ宅配だって…?この山のアヤカシは暢気に人間ごっこして暮らしてる連中ばかりなのかねえ?
> 客に侍らせもせずに山道を配達だなんて、何のために女給なんぞ募集したんだか…?
> 男二人は勝手に麓に行っちまうし…男は二手に分かれて、女の護衛と荷物持ちをすべきだって、そう思わないかい?
> この暑さに、道の悪さったら!まったく…やってられないよ!」
「あぁ確かにそうだ…ところで心なしか私の荷物だけ重たい気がするんだが」
倉橋の不満に共感しながら山道を三人で進んでいると
>「あのー…、ここに来るまで、何者かの視線を感じませんでしたか?
>僕もそれなりに長生きした吸血鬼の端くれだったので変な気配を感じました。
>最初は定食屋があやしいとも思っていたのですけど森岡さんのお母さんだったし…。
>でも、あの視線は明らかに…」

>「『あやしい』ってなァ何だい?まるで三文芝居の探偵劇の、犯人当てでもしているような口ぶりだねえ。
> 疑うんなら根拠の一つも拵えてからにしなよ。
> だいたい…あんた、定食屋の手伝いをしに、ここに来たんじゃないのかい?
> あの林真って警官の言うことを鵜呑みにして、件のヒト刺しがここに居るって噂を信じちまったのかい?
> 肝心の噂の出所さえ判らない。この山に来て以来、音沙汰無いっていうヒト刺し探しの冒険者連中も、
> ガセネタ掴まされて何の進展もなしに、受願所に戻るに戻れないってだけかもしれないってのにさ。
> そもそも、知り合いの母親だから疑う余地は無いって考えも、私にゃあ理解しかねるがね。」
「あまりお気楽に考えないほうがいいかも知れない
 私も店に居たときに視線を感じてね。外に出てみたんだがその主には会えなかったよ
 ただ、そのかわりに、全身に包帯をまいた奴に殺されかけたよ
 まぁ殺されかけたといっても殺気を向けられただけなんだが…
 冬宇子言うとおりここに通り魔が潜んでいなかったとしても
 鵺のような思想を持った妖怪が潜んでいる可能性だってある」
店の裏で会った包帯の件もある以上、限定した考えを持つのは危険かもしれない
そして、しばらく山道を進むと二つの案内板が目に入った。
「猛蟲?猛獣じゃないのか」
そんな些細な疑問が浮かんだ瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。

68 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/13 10:24:31 ID:???
>「あれは若くて可愛いくて、純粋な心をもつ美少女の悲鳴です!
>きっと人刺しに襲われているのです!僕、たすけにいきます!!」
「そんな幻想はすぐにでも捨てるべきだ」
鳥居の言葉に思わず返してしまった。
倉橋と共に崖下を覗き込むとそこに巨大な蜘蛛の巣があるのが見えた。
「なるほど…猛蟲注意な訳だ」
巨大蜘蛛が接近してくるのを確認しすると
すぐさまナイフを抜き臨戦態勢の構えを取る。
蜘蛛が出した糸をなぎ払おうとナイフを振るうが
糸の強度と粘度が強すぎたため、ナイフを絡め取られてしまった。
そうこうしている内に、倉橋は結界をはり、姿をくらましてしまい
近くにいた蜘蛛たちはマリーに狙いを定めてしまった。
「まったく無茶を言うよ。こっちは専ら人間が相手だっていうのに」
そういいつつ、マリーは蜘蛛の攻撃を避けつつ
蜘蛛が自分を囲むように動いた。
そして、ある程度蜘蛛の位置が落ち着くのを確認すると
先ほどまで交わしきれていた蜘蛛の糸に当たった。
それに続くように他の蜘蛛たちが放った蜘蛛の糸にもわざと辺りに行く
やがて、糸が絡みつき、身動きが取れなくなったのを確認すると
蜘蛛たちは一斉にマリーに飛び掛った。
「こんなことはしたくはなかったんだがな」
絶望的な状況下の中、マリーはそうぼやいた瞬間
蛇が脱皮するかのようにコートを脱ぎ捨て、窮地から脱した。
体中に絡んだように見えたように見えるが、実は脱ぎ捨てられるように
コートの部分だけに絡ませていたのだ。
蜘蛛たちはマリーが抜け出したことも知らず、コートに齧りついている。


69 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/13 19:28:08 ID:???
鳥居は腕のように伸びた木の枝に、神気で出来た鞭を絡ませぶら下がっていた。
眼下の崖には縄のように太い糸で張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣があり、
それは鳥居の体から溢れ出た火の力を宿した羽毛で所々が燃えていた。

体の異変に気がついた鳥居は、この現象が神気の影響であると忌避感を募らせたものの
蜘蛛の巣の中心でもがく少女の姿に目を奪われ頬を緩ませる。

「わぁ〜!やっぱり可愛いです」
いぐなの美しい容姿に感嘆し、少女を蜘蛛の巣から救出しようと
自身の神通鞭を這い登り木の枝に手足をかける。
そして枝の先へ猿のように進むとそれを体重で弓のようにしならせた。

>生成り小僧!聞いてたかい?お前も火を熾す術が使えるなら手伝いな!」

「ひっ!!……き、聞いてたことは聞いてましたけど」
倉橋の大声がどこからともなく聞こえてきて死ぬほど驚いた。
でも今の鳥居はそれどころではない。手を伸ばした先にはいずながいるのだ。

「掴まって!」
そう言っていずなの手を無理矢理引っ張り手繰り寄せる。
少女が撓った枝に掴まり幹の方へ移動すれば、蜘蛛の巣から脱出することが出来るだろう。
木を降りた鳥居は本道に戻り、配達物を道の隅に置くと、茂みの影にいずなをしゃがませ囁いた。

「ここに隠れてて。良いって言うまで大人しくしてるんだよ」



70 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/13 19:31:22 ID:???
(えーっと、あとは残った蜘蛛をマリーさんが一箇所に集めて、倉橋さんが火符で燃やすんでしたっけ?
一ヶ所に集めて燃やすなんて簡単に言うけど普通の人間には難しいかもです)
あれこれ勘案していると大蜘蛛の群れがぞろぞろとマリーを取り囲む。
人は視差で距離感を測っているらしいが、蜘蛛の一部は目の中に写るピンぼけした像をもとに、
見る対象物までの距離をつかんでいるらしい。でもそれを知っているからといって
どうすることも出来ず、たとえ鳥居が知っていたとしても無意味なこと。

>「こんなことはしたくはなかったんだがな」

「マ、マリーさん!?――え!?」
絶望的な状況下、マリーはコートを身代わりとして窮地から脱した。
蜘蛛たちはマリーが抜け出したことも知らず、コートに齧りついている。

※     ※     ※     ※     ※     ※

「はぁ…」
燃え盛る蜘蛛の炎を仰ぎ見ながら、鳥居は盛大な溜め息。

「こんな危険な配達、普通の人間だったら死んじゃってますよね。
猛蟲注意の看板も山奥に立ってたらあんまり意味ないです」
おでこの汗を拭いながら天を仰ぎ見る。
倉橋やマリーが言うとおり物事を安易に考え過ぎていたと反省する。
現実問題、一つ一つ解決しようとしていた問題は増殖してしまっている。
生きて山を下りれるかどうかもあやしいのだ。

鳥居は茂みに隠れているであろういぐなに視線を移す。

「こんな山で一人歩きは危険です。一緒に行きましょう。茂みから出ておいで、怖くないからー」
大声をあげ、いぐなを招きよせる鳥居であった。

71 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/15 21:20:31 ID:???
>>68 >>69-70
鬱蒼とした樹海を抜け、やっと山頂付近に辿り着いたところに、小熊ほどもある大蜘蛛の襲来。
崖下に張り巡らされた蜘蛛の巣には悲鳴の主と思われる少女が捕らわれ、
鳥居呪音は、頭上の枝に鞭を絡め、巣の上に宙ぶらりんにぶら下がっている。

隠形結界によって姿をくらませた冬宇子の身体を掠めて、毛むくじゃらの大蜘蛛が跳んだ。

「悪いね、姉さん!私の代りに、それの相手しておくれ。
 悪いついでにもう一つ、お願いがあるんだが、何とかその蜘蛛どもを一箇所に集められないかい?
 何をするって蜘蛛を纏めて燃やしてやるんだよ!」

冬宇子を見失った蜘蛛は、双篠マリーに狙いを絞ったようで、
頭部に並ぶ八個の丸い目は、確かに彼女の動きを見定めている。
八本の足を一気に屈伸し、地を蹴って跳躍する蜘蛛。マリーは外套を翻して斜め後方に跳び退り、回避した。

>「まったく無茶を言うよ。こっちは専ら人間が相手だっていうのに」
と、もっともな言い分でぼやくマリー。

獲物を獲り逃した蜘蛛は、鎌の如き鋏歯を噛み合わせて音を鳴らし、尻を高く上げて威嚇の構えを取っている。
直後に、尻の出糸突起から放射される白線――粘性を帯びた糸が、マリーの手元へと一直線に伸びた。
蜘蛛は、腹部に比して巨大な頭胸部のほぼ全てを脳が占め、蟲類の中では格段に知能が高いと云われる。
得物の意味を理解しているのか、はたまた光を反射して煌くナイフに蟲の本能が反応したのかは判らない。
縄ほども太く粘性の強い糸が、マリーの握るナイフに絡みつき、
再び腹部に吸収される糸の力が、彼女の手からその得物を奪い取った。

一般に肉食の蟲類は、動く物に非常な興味を示す。
マリーの派手な動きに注意を引かれたのか、巣の近くにいた蜘蛛達も、次第に彼女へと距離をつめていく。
いつの間にか双篠マリーは、円陣を組んだ蜘蛛の群れに囲まれる形になっていた。

ナイフを奪われ丸腰となったマリーに、獰猛な蟲に対処する術はあるのだろうか――?
有力な戦力である彼女を失えば、隠形結界を張ったまま、蜘蛛どもが立ち去るのを、恐々として待つほかない。
冬宇子は手印を組んだまま、息を詰めて成り行きを見守った。

一匹の蜘蛛が、円陣の中心に向けて糸を吐く。身体を傾けて巧みに避けるマリー。
糸を吐く蜘蛛。避けるマリー。同じ動作が数回繰り返され、
機を見たかのように、数匹の蜘蛛がいちどきに糸を放った。
流石のマリーも四方から迫る糸はかわせなかったか――手足を絡め取られた彼女は、瞬く間に白糸で覆われ、
捕縛した獲物目掛けて、蜘蛛が一斉に飛び掛る――――!

冬宇子は思わず目を瞑った。
生きたまま肉を喰い破られ、悲鳴を上げる女の姿など、とても見てはいられない。

>「こんなことはしたくはなかったんだがな」

常と変わりない、落ち着いたマリーの声音を耳に、ハッとして目を開ける。
眼前には、糸まみれになった外套に、団子のように群がる蜘蛛と、その傍らに立つ女がいた。
暑さに負けず着込んでいた外套を脱ぎ、テイラァドスーツ姿となった双篠マリーが。

「もう!ヒヤヒヤさせないどくれよ!だが流石だよ!いい仕事をおしだねえ!」

冬宇子は、安堵と感嘆の混じった溜め息をついて言った。

72 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/15 21:23:40 ID:???
印を開いて結界を解き、懐から霊符の束を取り出す。
扇状に拡げたそれの中から火符を選び取り、深く呼吸をして精神を集中、
人差し指と中指で符を挟んだ右手で、宙に五芒星を描く―――

「五行旺相休囚、九星旺相休囚…五行相生、木生火―――朱雀入江、奇咒符式、発!」

発声と共に、符を放った。
符の軌道は蜘蛛から逸れ、蜘蛛の上に枝に撓らせるように立っていた、南国風の樹木の幹にぴたりと貼り付く。
と、同時に木は炎に包まれ、轟々と燃え上がる幹が、群がる蜘蛛の上に倒れ込んだ。

五行の補助符『火符』を使用したとはいえ、冬宇子の力だけでは、松明程度の炎がせいぜいで、
大蜘蛛を焼き殺すような猛火を熾すことは出来なかった筈だ。
では、この猛火はどうして生まれたのか―――?

陰陽道は、人ならぬモノの世界――常世の神魔霊妖がこの世に及ぼす怪異から、人の営みを守る"退魔の道"である。
特定の教義教旨を持ち、その教えを伝えることを本旨とする宗教とは、質が異なる。
つまり"退魔"の技術と方法論こそが陰陽道であり、効果的なものならば、教義など脇へ除けて、何でも使う。
黎明期の陰陽道は、神道、仏教、密教、果ては西洋のカバラ魔術まで、
様々な要素を貪欲に取り入れ、独自の発展を遂げてきた。
流派によって、術式の趣が大きく違うように見えるのも、それが原因であろう。
倉橋の本流である土御門家は、中でも神道の形式が色濃い流派だ。
そんな、ある意味節操の無い陰陽道にも、中核をなす教義というものはある。道教『陰陽五行の理』である。

『木・火・土・金・水』―――五つの霊素を万物の源とみなす陰陽五行の理は、
特定の霊素が別の霊素を生む『相生』と、霊素が霊素を打ち消す『相剋』の関係が基本となる。
『木は火を生み』『火は土を生み』『土は金を生み』『金は水を生み』『水は木を生む』――相生の循環。

『木生火』――五行『相生』の理に則り、木霊の力を火符に上乗せしたことで、火力を乗じたのである。
もう一つ、別の理由も考えられるとしたら…
数百年の生を経て神通力を持つ鳥居が、発動に力を添えてくれたことによる効果もあったのかもしれない。

73 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/15 21:26:24 ID:???
冬宇子は、燃え盛る蜘蛛の側に佇むマリーに歩み寄り、軽く肩を叩いた。

「あんた、大した奇術師だねえ。松旭斎天勝も真っ青の大脱出だったじゃないか。
 あの暑苦しい格好が役に立つとはね…。
 てっきりポリシィとやらで、意地張って脱がなかっただけかと思ってたよ。」

蒸し暑い山林には不向きな黒スーツを指差し、少しだけ揶揄するような視線を交えて微笑んだ。
と、そこへ、鳥居が助け出した少女を伴って、こちらに近づいて来ていた。
長く伸ばした前髪で顔半分を覆ったその少女に、冬宇子は見覚えがあった。

「おや?あんた…確か……ああ…!日ノ神村にいた、おマヌケなニセ冒険者!!」

冒険者になって二件目の依頼。
山あいの寒村――日ノ神村で、神への生贄として囚われた少女の救出に動いていた時に、
同じ依頼を受けた冒険者を騙って、件の生贄少女を連れ去ろうとした女だ。
一丁前に霊力を付与した呪針なぞを使って暗躍していたようだが、オツムの方はあまり上等ではないらしく。
言動に疑念を抱いた冬宇子の仕掛けた陥穽に、あっさりと引っ掛かり、
直ぐに、正式な依頼を受けた冒険者でないことが露呈した。
事件が一応の解決を見た際には、いつの間にか村から姿を消しており、結局は、目的も正体も判らず仕舞だった。

冬宇子は帯に挿し込んだ懐刀の柄に手をかけて、少女に詰め寄った。

「あん時ゃ、よくも仕事を邪魔してくれたねえ!
 何が目的であの娘を連れ去ろうとしたか、説明してもらおうか?…ええ?!」

そこまで言ってから肩を竦め、懐刀から手を離す。

「まァ…正面から聞いて答えるタマでもなさそうだ。
 日ノ神村でも、私にゃ実害は無かったし。別に、どうでもいいっちゃいいんだがね。
 それにしても、こんな所で、蜘蛛の餌になりかけてるとは。躓く石も縁の端…と言うが、妙な縁だよ。
 お前、一体、こんな山奥で何してるんだい?
 辺鄙な場所で冒険者の邪魔をするのが趣味って訳でもないだろう?」

【火符を発動し、マリーの誘導によって集まった蜘蛛を燃やす】
【鳥居君が連れてきた"いぐな"に詰め寄って質問】

74 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/15 23:16:27 ID:???

娘の虚ろな眼は動くもの全てを映していた。
斬れ。斬れ。動くものは構わず斬り尽くせ、何かがほの暗く優しい声でそう囁く。
母がそうしていたように。切り刻もう、全部。娘は悦楽に微笑む。

吹き飛ばされた父鎌鼬は、茂みの影から戦いの様子を窺っていた。
全身を強く打ちつけたせいで、まともに動く事が出来ない。
娘と対峙する見知らぬ人間の男二人組の背中を見つめ、はらはらするばかり。
頼光の無様な戦いぶりなぞ、さしもの娘にやられた父鎌鼬も呆れて目を覆いたくなる位だった。

「(にしても、人間なぞがこんな所に来るとは、よもや……否、そもそも彼奴らは人間なのか?)」

二人から発せられる気配は、どちらも普通の人間が持つものとは到底思えない。
長年、鎌鼬として人間と幾度も接触してきたが、このような霊気を持つ人間と同時期に二人も遭遇するのは珍しい。
父に攻撃することはあっても、今まで家から出る事のなかった娘が外に出たのも、二人が現れてからだ。

>「……よう親父さん、聞こえてるかい。 」
得体の知れない奇妙な二人組。その内の片方が父鎌鼬に語りかける。

>「けど、これはちょっとキツいぜ。無茶な真似してテメーがくたばるのは御免なんだ。だから……」
蛇蜘蛛が言葉を途切る。彼が言わんとすることは分かる。
自分の命が懸っている時に赤の他人の娘を気遣ういわれはない。初対面なら尚更。
それでも、と父は願う。何が何でも、手前勝手でも、娘を救って欲しかった。
体中を襲う痛みがなければ、泣いて懇願も出来ただろうが、それすら今は叶わない。
今出来る事は、この人間達が娘を助けてくれると信じるのみ。

>「と、その前にこいつをくれてやる!お届け物だぜ!」

蛇蜘蛛が行動に出た。右手に持ったお届け物を娘に投擲し、同時に駆けだす。
娘は生きていようがいまいが、「動くもの」に反応する。
案の定、娘の意識は荷物である木箱へと向き、繰り出した突風と風刃が荷物を粉々に砕く。
宙を舞う荷物の破片。四散した木片は娘の周りを舞い、娘の意識を拡散させた。

「ッ!!」
空気を切り裂く音、その音を察した次の瞬間、足に突き刺さる短刀。
間髪入れず扇を持った右手に鋭い手刀が入り、足払いであっけなく転ばされた。
大の男に抑えつけられ、娘は獣のように(そもそも獣だが)暴れもがく。
痛みを感じていないのか、それとも怒りで痛覚が麻痺しているのか、どちらにせよ手負いとは思えない暴れぶりだ。
だが蛇蜘蛛は涼しい顔で瓢箪をぶん取り、自分が付けた娘の足の傷を薬で癒した。

>「……これで、『結果的に』傷つけちゃいねー。こんなところで勘弁してくれよ」
なんと鮮やかな手並みか。鎌鼬は娘を抑えつけた蛇蜘蛛に対し、怒りを覚えることも忘れ茫然と見ていた。
その間、蛇蜘蛛は娘の額に埋まった翡翠色の石をくり抜いた。
もしそんな場面を見れば、流石に鎌鼬も父親として娘を想うあまり、我に返って怒り狂っただろう。
が、幸いにも蛇蜘蛛の背中が視界の邪魔をしたのと、石をくり抜かれた額がみるみる元に戻ったお陰で、
父親は娘の顔に傷をつけられた事実を知らずにすんだ。


75 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/15 23:17:09 ID:???
>「さーて、と……こいつは一体どういう代物だ?」

翡翠色の石を蛇蜘蛛が拾い上げる。途端、ぶわりと嫌な"気"が……敢えて表現するなら、憎悪だとか悲哀といった負の感情が
石から放たれるように空気中に四散し、澱んだ空間を創り出す。
また、娘の背後に存在していた影が、有らん限りの苦痛を受けるかのようにくねり、悶えている。

>「……だからよぉー、テメーに聞く事にするぜ。こいつが一体なんなのかはなぁ!」

蛇蜘蛛が放った短刀は果たして、影に当たることはなかった。
すり抜けるように短刀は影を通過し、全て背後の家の壁に突き刺さった。
その時、再び娘の虚ろな目が開き、蛇蜘蛛を見上げ、それから首を捻じって影を見据えた。

「……おっかあ……どこにも……いかんで……」

乾いた唇からその呟きが漏れ出した時、――影が一層悶えた。筆舌に尽くしがたい奇声を上げ、くねくねとのたうち回る。
影から搾りだされる声は、この世の万物に対する怨恨を込めているかのようだった。
動くもの全てが、生きているもの全てが、この世に存在するもの全てに対する憎しみだった。
やがて、影は煙のように縮むや、石の中に吸い込まれるように消えていく。
すっかり影が石に吸い込まれると、石は墨のように黒ずみ、やがて静寂が訪れた。

【薬屋「なかがみ」 鎌鼬家】

「上がって。汚いところだが、ゆっくりしてってくれ」

鎌鼬の家は、見るに絶えないほど引っ掻きまわされていた。
外よりも荒れ果てた部屋、床にぶちまけられた皿や家具、血の痕まで。
滅茶苦茶になった部屋の隅で、鎌鼬は唯一無事だったちゃぶ台と座布団を引っ張り出していた。

「まずは、娘を止めてくれて有難う。感謝してもしきれない。危うく娘に親殺しをさせてしまう所だった。
 荷物のことは気にしないでくれ、後で君等の家に賠償請求するから……さて、何から語ったもんかね」

傷だらけの煙管を拾い上げ、口に咥え、どっかりと座布団に座る。

「…………一週間前のことだ。家内が帝都に出かけてって、そのまま死んだ。理由は――すまないが、言いたくない。
 帝都に住んでる知り合いが、家内の死を教えてくれたんで。娘がおかしくなったのはそれからの事だった」

娘はすぐ横で布団に寝かされている。鎌鼬は娘の額を撫ぜながら、ぽつぽつと語る。
卓上に置かれた、もとは翡翠色だった黒い石。鎌鼬はそれに見覚えがあったと語った。

「この石はね、死んだ家内が私と一緒に、この山で見つけた物だったんさ。失くしたと思っていたのに……」

コロンと転がる小さな物体。それからは絶え間なく、負の感情が伝わって来る。
鎌鼬は眉を顰めた。石から今も発せられる気に吐き気すら覚えて来たのだ。
突風を起こす扇の先で石を突きながら、鎌鼬は二人に視線をやった。

「物は頼みなんだが、この石をどっかに捨ててきてはくれんかね?
 タダでとは言わないよ。そうだね……君等、おおかた例の『通り魔』とやらを捕まえにきたクチだろう?」

半ば勘で尋ねてみたのだが、どうも当たりのようだ。鎌鼬は構わず続ける。

「最近、この山に上る人の数が増えてきてね。この山に隠れた通り魔とやらを探していたみたいなんだ。
 登って来た人間達がどうなったかまでは知らないんだ。帰ってきていないってことだけは分かるがね。
 どうだ。君等の返答次第では、もっと話してやっても構わんよ」

頼光と蛇蜘蛛は、この依頼を受けても受けなくても構わない。
鎌鼬が知る情報は、内容によっては二人が既に知っている内容かもしれないし、そうでないかもしれない。
裂けた天井から漏れる光を受け、黒い石はちゃぶ台の上で妖しく輝いていた。

【VS鎌鼬の娘終了!黒い影は石に吸い込まれ消失】
【次の依頼→鎌鼬の父より:娘の額に埋まっていた石を捨ててきて欲しい 報酬:通り魔に関する情報】

76 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/17 23:29:19 ID:???
「いででで、って。あっあぶねええええ!」
突風に転がされてしこたま腰を打った頼光がようやく立ち上がり、着物の左腕が綺麗に切り取られている事に気づき、思わず声を上げた、
左腕があれば確実に切断されていたし、僅かにずれていれば体が真っ二つであったことは疑いようがないからだ。
生命の危機を今さらながらに実感するとともに、猛然とした怒りがわいてくる。
この自分をまかり間違えば死ぬような目にあわしているのだから。

「こんの…!?うぉっ!すげぇ…」
怒りの炎を目に宿らせ鎌鼬の娘に視線を移した時には既に決着がついていた。
蛇蜘蛛が流れるような戦いで娘の足に短刀を投げつけ、あっという間に組み伏せてしまったのだから。
そのあまりの見事さに思わず感嘆の声を漏らしてしまったのだが、それに気づき大きく首を振る。
ここで蛇蜘蛛の戦いを認めてしまっては自分の無様さを認めるも同じなのだから。

鎌を振り回す娘が組み伏せられている以上もはや危険もない。
そう判断するや、急いで蛇蜘蛛のもとへと駆け寄った。
「うぁっ」
躊躇なく娘の額の石を短刀で抉り出す様を蛇蜘蛛の肩越しから見てしまい、思わず声を上げる。
が、そこで腰をひいてしまうのは頼光の安っぽい自尊心が許さない。

「ん、あ〜、まあなかなかやる方じゃないか。
俺も本気を出せばそのくらいできるんだけどな、やっぱり女子供相手だとやりにくくってなあ!わはっわはははっ!」
取り繕うように必要以上に大きな声でベラベラと弁明するが、蛇蜘蛛の戦闘はまだ終わっていなかった。
>「……だからよぉー、テメーに聞く事にするぜ。こいつが一体なんなのかはなぁ!」
言葉とともに八本もの短刀を影へと投げつけたのだから。
その行動でまだ戦闘が終わっていなかった事に気づいた頼光が半歩引いて身をくねらせる。
何が起こるかわからず、本能的に逃げの態勢を取ってしまったのだった。

しかし投擲された短刀は影をすり抜けるように飛びすぎ、家の壁に刺さる。
頼光にはそれがすり抜けたのか影がよけたのかも判断がつかない。
ただわかることは蛇蜘蛛の攻撃が全く聞かなかったという事。
すなわちこれから何らかの反撃があるかもしれない!
そう思った時にはさらに一歩足が引いていた。
が、そのまま逃げなかったのは、鎌鼬の娘のかすれた呟きに影が気勢を上げてのたうち回ったからだった。

全身に鳥肌が立つような悍ましい奇声ではあったが、身悶える姿が頼光の戦闘本能に火をつける。
こいつは弱っている。
苦しんでいる。
家の権威を笠に弱いものを虐げてきた頼光は、相手の苦しむさまへの嗅覚が優れているのだ。
そして、今なら勝てる!という結論に達するのだ。

「うははははは!薄気味悪い化け物め!とどめを刺してくれるわ!」
飛び上がり振り上げる腕は人のそれではなかった。
太くたくましく変化し、剛毛をはやし、鋭い爪を持つ、唐獅子の腕となる。
そのまま影へと一撃を見舞うのだが、結果は地面に爪痕を残すのみ。
影は煙のように縮み、石の中に吸い込まれていった。

もちろんそんな事を認識できるはずもなし。
「俺様の一撃で影を撃退できたようだな!」
ピンとのズレている事すら気づかぬ頼光の勝ち誇った笑いが静寂の訪れた鎌鼬の家に響くのだった。

77 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/17 23:32:36 ID:???
戦いが終わり、鎌鼬の家に上がったのだが、どうにも居心地が悪い。
荒れ果てたという表現では追いつかないような室内に、血の跡が居心地の悪さを増幅している。
元々化け物である鎌鼬と話し込むような気などなく、社交性というものや探究心が少ないからだ。
早く帰って疲れを癒したいというのが正直な気持ちだが、断るのもできずに今に至る。

そこで語られる鎌鼬の父親の話は頼光にとっては興味のないものだった。
鎌鼬の親子喧嘩の原因などどうでもいいのだ。
荷物の賠償についても、幼少の頃からすべて家の方で処理されていたために、その感覚が抜けていない。
「勝手にしろ」とだけ応え、話を聞き流していたのだが…

鎌鼬の父親が石を捨ててきてほしいといった時にはピクリと眉が上がった。
「なんでそんなことしなきゃならねえんだよ!」と口から出かけたところで、
>『通り魔』とやらを捕まえにきたクチだろう?」
と続けられたのだから。
もったいぶるような鎌鼬の父親に少々イラつきながらも、頼光はにやりと笑う。

「よーし、こんな石位捨ててきてやろうじゃないか!」
卓袱台の上で怪しく光る石を無防備に掴んで上機嫌に言い切った。
蛇蜘蛛が躊躇するようならそっと囁くだろう。
「こんな小石位、帰りに谷にでも放り投げればそれで済むだろう?
そんなくらいのことでヒトツキがどこにいるか分かれば安いものさ。」
黒い石の正体もわからぬというのに、無知と短絡思考というのは恐ろしいのだ!

「しっかりと捨ててきてやるから、通り魔のことをよおく話してもらおうか!」
自信満々で黒い石を弄びながら鎌鼬の父親に迫るのであった。

78 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/18 02:16:07 ID:???
【上流ルート 蜘蛛の巣】

「(どういうことなの……)」

茂みの中で、いぐなは震える膝を抱えて座り込んでいた。
未だに糸で粘つく尻を撫でながら、ほんの数分前のことを回想する。

先程、蜘蛛の巣に引っ掛かったところを妙な子供に救われた。
燃える羽を舞い散らせる少年は、出会い頭に可愛いなどとほざく変な子供だった。
その発言に唖然としている間に救出され、茂みの奥に突っ込まれて現在に至る。

「(神気というやつでしょうか……。不思議な気を感じましたが、あの子は一体……)」

自分の後を付けて来たのも彼だろうか。だとしても目的が分からない。
それに救出される際、聞き覚えのある気の強そうな女性の声がした。
会話から察するに仲間だろう。女性と子供だけではあの蜘蛛の群れを倒せそうにもないと思うが……。

「ん、これって……」

やはり様子を見るべきかと立ち上がった時、少年が置いていった荷物に足が当たった。
ころん、とひっくり返った籠から飛び出す木箱。折りたたまれた紙が、紐で括ってある。
紙をそっと引き抜いて中身を見ると、天邪鬼宛ての荷物だと分かった。木箱の裏には「もりおか食堂」の名前。
もりおか、の文字である男の横顔が過ぎる。――なんという奇縁だろう。
察するにこれは天邪鬼への配達物。少年たちの目的は自分では無かったのだ。
自分の勘違いに耳が熱くなる気分だ。勝手に警戒して先走った結果がご覧の有様とは。
頭を振って払った所で、何かが燃え上がる音と奇声にも似た断末魔が木霊した。

>「こんな山で一人歩きは危険です。一緒に行きましょう。茂みから出ておいで、怖くないからー」

ほんの少し間があって、少年の声が聞こえてくる。
出てきてくれと言われはしたが、生まれ持った警戒心が足を留まらせる。
なるべく顔は晒したくない。だが自分を助けてくれたのは他でもないあの少年だ。
せめて有難うの一言だけでも言っておくか――。
茂みからひょっこりと顔をだし、少年に手を引かれた先には――――

「(って、…………うっそでしょぉお〜〜〜〜!)」

蜘蛛の焚き火を背に立つ二人の女。その内の一人に、いぐなは嫌でもあの仕事を思い出さざるを得なかった。
倉橋冬宇子。日ノ神村にて米国の密偵を捕縛しようとした際に接触した、女冒険者だ。
彼女等のせいで密偵を捕えることは叶わず、苦虫を噛み潰すような思いをしたのは記憶に新しい。
まさか仕事だけでなく私用先にも現れるとは。歯軋りしたいを必死に堪える。

79 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/18 02:18:16 ID:???
>「おや?あんた…確か……ああ…!日ノ神村にいた、おマヌケなニセ冒険者!!」
「なっ……!誰がお間抜けですか失礼な!せめておナスと言って下さい!」

青白い頬を淡い桃色に染め、倉橋を見上げ睨みつける。 対する倉橋も懐刀に手をかけ、修羅の如き形相で詰め寄って来る。

>「あん時ゃ、よくも仕事を邪魔してくれたねえ!
 何が目的であの娘を連れ去ろうとしたか、説明してもらおうか?…ええ?!」
「それはこっちの台詞ですよ。貴女のせいで要らぬ大目玉を食らってこっちも散々だったんですから!」

両者の間で激しい火花が飛び交う。一触即発とはこのことだ。
いぐなは勿論、理由など話す気など更々ない。職務以前に、目の前の女に情報を漏らすことを矜持が良しとしなかった。
それを倉橋も悟ったのか、得物から手を退けた。

>「まァ…正面から聞いて答えるタマでもなさそうだ。
> 日ノ神村でも、私にゃ実害は無かったし。別に、どうでもいいっちゃいいんだがね。 」
「ふん。あの娘のせいで金塊盗み損ねた癖に、涼しい顔しちゃって……」

鼻を鳴らし、嫌味ったらしくぼそりと呟く。
その一言は暗に、日ノ神村での事の終始を全て見ていた、と受け取って良い一言だ。

>「それにしても、こんな所で、蜘蛛の餌になりかけてるとは。躓く石も縁の端…と言うが、妙な縁だよ。
> お前、一体、こんな山奥で何してるんだい?
> 辺鄙な場所で冒険者の邪魔をするのが趣味って訳でもないだろう?」

この言葉に対し、無表情から一転し、明らかに機嫌を損ねたと言わんばかりの表情を露わにする。
米神をひくつかせ、可愛いと言われた顔を嫌悪に歪ませて三人を睨みつけた。

「あのですねぇ〜〜、まるで私が貴方達の邪魔をしてるみたいな言い草は止めてくれません?
 それに言っておきますが、私は貴方達みたいな冒険者ってやつが……

  大 ッ 嫌 い なんです!!」


語尾に力を込めてそう言い放ち、いぐなの声が森に木霊する。
大声に驚いたか無数の鳥たちが森から飛び立ち、木の葉がざわめき、薄汚い羽が舞い散る。
そうして静寂が訪れると、いからせた肩をふっと落とし、脱力した。

「……ま、助けてくれた事には感謝しますけど。少なくともその子のお陰で、あのまま蜘蛛の餌にならずに済んだ訳ですし」

頬は淡い桃色に染めたままに、いぐなは視線を足元へと逸らした。
その時、どこからともなく転がってきた、翡翠色に輝く石がこつんと、爪先にぶつかった。
転がってきた先を見ると、燃え尽きた大蜘蛛の残骸から、僅かではあるが同じ石が日差しを受けて輝いている。
しゃがみこんでそれを拾い上げると、石は燃やされた蜘蛛から出る煙を吸って、翡翠色から徐々に黒炭のような色に変色した。

「これは…………?」
「何をしとるんじゃ、お前さん等!ここらは大蜘蛛の巣じゃぞ!」

新たな声に振り返ると、鬼の体に頭として玉葱を乗っけたような小柄な老人が、杖をついて現れた。
首に「天邪鬼」と書かれた小さな看板をぶら下げた姿は、何とも滑稽。

「ひゃあああ!玉葱のお化けぇえ!」
「やかましいわ小娘が!儂ゃ確かに天邪鬼なんぞと呼ばれとるが、ただの人間じゃいっ!」

いぐなを一喝し、老人――もとい天邪鬼が杖を振って怒ってみせる。
皺だらけの手で、これまた皺だらけの顔を撫で、4人を見て片眉を吊り上げた。

80 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/18 02:18:48 ID:???

「何じゃ、女子供がこんな所をぞろぞろと……また『入信者』かいの?ええ?」
「いや、私たちは……」
「困るんじゃよ〜。最近の人間共ときたら、ぞろぞろわらわらと騒がしく入ってきおってからに。
 キョウトだかトウキョウだか知らんが、山の中を這いずり回って荒らしおる。
 儂の看板は壊していくわ、獣共を追い回すわ、好き放題しおって。
 おまけに骸の処理は儂らに任せてド派手におっ死ぬときた。おお、くわばらくわばら」

目の前の冒険者達の話など聞く耳もたずといった風で、ぼやきながら真新しい看板を撫でる。

「違うというなら、何じゃ?……もりおか食堂の配達?ほっほう、あの鬼娘が人間を雇うとは、こりゃ珍しいわい!」

気難しそうな態度から一変、荷物を笑顔で受け取る天邪鬼。
中身は瓜の実で詰まっている。幾つか潰れてしまっているが、天邪鬼は気にしていない様子だ。
荷物の上に乗っかると、冒険者達をじろじろと眺め回した。

「ふむ、冒険者ね。噂には聞いとるよ。あすこの店長が毎日飽きもせず息子のことで愚痴っとったからの。
 あの娘っ子が一番冒険者など雇うようには思えんが、どういう風の吹き回しかのう。……まあええ。
 
 配達を続けるなら良いことを教えちゃろう。臍かっぽじってようく聞きなされ。
 この先、山頂に向かい続ければ『ほむらの祠』という看板がある。あそこは絶対通っちゃいかん。
 昔ある神を祀っとったらしいんじゃがな、今では近づけば妖でも呪われて食われるというて、誰も近づきゃせん。
 最近、妙な妖を見かけるようになったし、山の生き物共が妙に殺気立っとるし……
 この山に看板職人として住んでもう何十年経つが、こんなことは初めてじゃ。
 
 何にせよ、命が惜しけりゃ充分注意することじゃな。「何か」が現れては遅いからのう……」

天邪鬼がいぐなを一瞥し、含みのある笑いを見せた。
嫌なものを感じたいぐなはとっさに視線を逸らし、石を放り投げるとトランクを掴み背を向ける。
投げられた石は、ぽちゃんと川へ落ち、他の小石と見分けがつかなくなった。

「それでは私はこれにて失礼。大事な用がありますから」

重いトランクを引きずり、いぐなは坂道を登り始める。
その方向は丁度、冒険者たちの次の配達先と合致するのだが、あくまでも一緒に行動する気はなさそうであった。


【上流 坂の途中】

森を抜け、見晴らしがよくなった坂道。
砂利道が続くため、巨大なトランクを押して歩くいぐなにとっては苦行だ。
山の気温の高さに加え、重労働のせいで白い肌に大量の汗が伝う。

「はぁーあ……喉が渇きましたね」

少し立ち止まって水筒を逆さにするが、既に空となっていた。
落胆し蓋をすると、双眸を細め、やや後方から登って来る冒険者達を見つめる。
少し立ち聞きをさせてもらったが、どうやら彼女等はこの上に住む「サトリ女」に配達するらしい。


81 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/18 02:19:53 ID:???
倉橋と出会ったこの縁は、果たして偶然なのだろうか。いぐなは思考する。
冒険者とは幾度となく縁があったが、よもや、あの少女も来ているのだろうか。
脳裏に、日ノ神村で対峙した、黒髪と猫の耳を持つあの少女の眼差しがありありと浮かぶ。
全く、「こういう時」に限って冒険者が絡むと碌なことがないのに。といぐなは人知れず苦い顔をする。
これ以上出会わないことを祈るばかりだ。

「仕方ないですけど、川の水を少し頂きましょうか」

苛立ちのもとである喉の渇きを癒そうと、ちろちろと流れる川へと近づく。
透明な流れに水筒の口をつけ、中身を満たしていく。
暑くなった指先が川の水で冷やされる快感に、いぐなはほんのひと時だけ酔いしれていた。

「………………………………ん?」

気のせいか。川の底に何かゆらめく生き物の影が見えたような気がした。だが、瞬きした時には既に姿は無く。
大方この暑さだ、川の揺らぎか、陽炎でも見て、生き物のように見えたのだろうと一人納得する。
水を詰め、せっかくだから飲んでいこうと、いぐなは身を屈めて川に顔を近づける。

「きゃあっ!」

ばしゃっとかかる水しぶき。咄嗟にのけぞって尻餅をついた。
一体なんなのか。全身が水浸しになったお陰で、服がはりつくし寒気はするしで、不快指数満点だ。
目の前に誰かが突っ立っている。きっと水を被せてきた犯人だ。いぐなは膨れ面で上を見上げた。

「なッ…………!」

「それ」を見て、いぐなの顔色が一変した。そして同時に理解する。――寒気は、水の冷気のせいではないことに。

川の中から生えてきたように、水の流れのようにうねりながら直立する巨大な黒い影。
得体のしれぬ気配と脊髄も凍るような寒気を放ち、のっぺりとした顔の部分についた、無数の眼光がいぐなや冒険者たちを見据える。

先に動いたのはいぐなだった。
蛇のように体を撓らせてのけ反った瞬間、影から無数の触手が生え、先端が鋭利な刃となって冒険者たちに襲い掛かる!
いぐなは影の攻撃を先読みするかのように全て避けるや、木の上へと逃げ敵との距離をとる。
蠢く影はその場から一歩も動こうとせず、触手を駆使し冒険者たちを仕留めようと躍起になっている。
迷わず、生命力を吸い取る「生き針」をとりだし、木の上から一発投げつけた。
影という形状からか、敵に突き刺さるということはなく、針は影をすり抜けて地面へと突き刺さる。
だがすり抜けようと痛覚らしいものは存在するようで、苦痛に呻くような恨み節にも似た声をあげてのた打っている。

「(何なんですかね、あの影は……それにあの動き。まるで無差別なように見えて、確実に私達だけを狙ってる)」

針を投げた際、影は針に一切反応しなかった。生き物だけにしか興味がないようだ。
ふと視線を降ろした先、川の底で何か光ったが、いぐなの目に留まることはなかった。
その光ったものは、先程いぐなが投げ捨てた翡翠色の石であり、その影と同じく薄気味悪い気配を川底から発し続けていた。

【天邪鬼にお届けもの完了。次の配達先は更に上流に位置するサトリ女のもと】
【上流にて現れた影と戦闘モード。物理攻撃は当たらないものの痛みは感じる様子。
 先端が鋭利な刃となった触手が襲いかかる、川の底に翡翠色の石】

82 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/19 02:29:43 ID:???
所謂、身代わりの術でマリーは危機を脱し、同時に大蜘蛛を一箇所に集めることにも成功。
倉橋の術式が完遂すれば、大蜘蛛たちは真夏の太陽にように燃え盛る。

「ふぇっ…あっつ…」
蜘蛛は良く燃えていた。周辺はめまいがしそうなくらい暑い。
これってもう、みんなに脱げって言っているんじゃなかろうか。
鳥居は思春期の少年らしく如何わしいことを考えたものの、
目の前の光景に、そのもやもやを一瞬で掻き消されることになる。
なんというか案の定、倉橋といぐなが喧嘩を始めていたのだ。

「わぁ〜やめて倉橋さーん!その子と知り合いだったんですかぁ?
でもいきなり喧嘩はやめてくださいよぉー!止めてくださいマリーさ〜ん!」
倉橋は懐刀を握り締めていて、前からは絶対に止められない。きっと殺される。
鳥居は後ろから彼女の着物の帯を引っ張ってそれ以上いぐなに行かないように堪えた。
まさに狂犬倉橋冬宇子。駄犬の頼光が可愛いくらいだ。蛇蜘蛛の言っていたことが今さらになって身にしみる。
たぶん、この女は色んな場所に因縁やら情念やらを撒き散らして生きてきたのだろう。
おまけに助けたはずのいぐなが次の瞬間とんでもない言葉を吐く――

>それに言っておきますが、私は貴方達みたいな冒険者ってやつが……

>  大 ッ 嫌 い なんです!!」

言葉の爆弾に爆発する恋愛メーター。

「お母さん…お母さん…」
鳥居は覇気のない顔で倉橋に抱きつく。
「…えへへへ。おかあさんのかおりだぁ〜うひひひ」
可愛いいぐなが見せた本性が少年の心を打ち砕いたのだった。

83 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/19 02:31:02 ID:???
次の場面。たぶん倉橋にお灸を据えられたであろう鳥居は死人のような目で天邪鬼の話を聞いている。
手のひらに隠し持っているのは黒炭のような色の石。大蜘蛛の残骸のあとにいくらか転がっていた代物だ。
この特異な山の生態系が生んだであろう大蜘蛛の残骸から出てきたのがこの石。
明らかに何かの術か不思議パワーを秘めた代物。

兎にも角にも天邪鬼に「通り魔のことを知りませんか?」
と単刀直入に聞いてはみたかったが誰が犯人かわからない。
こちらの目的を明かしてしまっては犯人を取り逃がすことになるかも知れない。
ここはあくまでも定食屋の嘆願を受けた体(実際に受けている)で話を進めたい。
だから鳥居は口を噤んで貝になっていた。

――森を抜け、見晴らしがよくなった坂道。
天邪鬼への配達を終え一行は更に頂上を目指す。
次の配達は「サトリ女」。

「なんか考えが甘かったです。そこらへんふらふらしてたら通り魔が現れると思ってました。
それに怪しい人ならすぐ見つかるかと。山のなかがこんなに広くて賑やかだったなんて思いもしませんでしたよ。てへへ」
渇いた喉に声が張り付いている。手に持った瓢箪を振りポタポタと舌に水を落とす。水はほとんど空っぽ。

「やっぱり犯人を特定しないことには事件の真相に辿りつくことは難しそうですね。
さっき天邪鬼さんが言っていた入信者は、きっと通り魔事件の被害者です。
この山に被害に合う様な人間は他にいませんからね。
そして何らかの理由で山で暴れている教徒が最期に「何者」かに殺される。
そこがすごく臭い」

「それとこれを見て下さい大蜘蛛の残骸から出てきたものです。
目玉のようにも見えますが蜘蛛にこんな器官はありません。体からこんな石が出てくるのは怪しすぎます。
これは一体なんでしょう?これで何者かが巨大化させている?凶暴化させている?それとも操っている?
次に何かが起きたときにはそのことを検証できるかも知れませんね」

84 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/19 02:36:21 ID:???
しばらく坂道を歩けば川へと辿りつく。
いぐなに追いついたものの鳥居は少し距離を置き、ざぶんと頭を川に入れ水を直飲み。
遠くの川底に何やらきらきらと煌くものを見つける。

「ぷはっ!なにあれ?」
水中から顔を出し、視線を移せば何やらいぐなが考え込んでいる様子で心ここにあらずという感じ。
つられて鳥居もぼーっと空を仰ぎ、風を頬に受ける。

その時だった。
川の中から生えてきたように、水の流れのようにうねりながら直立する巨大な黒い影。
いぐなが針を投擲するもののそれはすり抜け地面へと突き刺さる。
だがすり抜けようと痛覚らしいものは存在するようで、苦痛に呻くような恨み節にも似た声をあげてのた打っている。

「あ、あれはなんですか!?生き物じゃありませんよね?妖怪?うわ!!」
迫り来る触手を交わし、鳥居は倉橋とマリーの元へ走る。巨大な黒い影は生き物を狙ってくるらしい。
触手の先端は鋭利な刃となっており避ける鳥居の足もとの石をスパスパと切断。

「あれが襲ってくるのに何かの理由があるのでしょうか!?あの影みたいのが蜘蛛のように僕達の肉を食べるわけがない。
きっとあの鋭利な触手で僕達を殺す気ですね。それに川底にあの石らしきものがありました。あ!しまっ…」
話しかけるつもりで倉橋たちに近づいてしまった鳥居は後悔した。
鞭のようにしなり、空から脳天目がけて振り落とされる無数の触手。
マリーは俊足で避けられるが、倉橋には無理だろう。
仮に冷気を察知しすでに策を講じていてもきっと巻き添えを免れない。

「ごめんなさい!失敗しました!!」
手をかざし倉橋の盾になる鳥居。 触手と接触した手からもの凄い音があがる。
見れば襲い掛かってきた触手が音を出し霧散している。炎の力を宿した神気が触手を一瞬で蒸発させたらしい。

「これは、……使えます!」
神気を操る感覚を手に入れた鳥居は触手を神気でなぎ払いつつ川に近づいていく。

「この薄気味悪い感覚は川底にあの石がある証拠!もしかしたらあの影の正体がわかるかも…。ほりゃー!」
神気を鞭のように放つと影を縛り上げ押さえ込む。

「お二人は泳ぎが得意ですか?マリーさんは思いっきり得意そうですね。
癇癪もちの倉橋さんは少し冷たい水で頭を冷やしたほうがいいですよー。
僕が水上の影を押さえ込んでいるので二人は川底にある石を見つけ出してください!」
放っておいて先を急ぐことも可能なのかもしれない。
でも何かのヒントが隠されている気がして鳥居はがんばるし、がんばらせるであった。

【妖しい影を神気で拘束。倉橋とマリーに川底の石を採取してほしいと依頼】

85 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/20 22:31:13 ID:???
>>79
>「あのですねぇ〜〜、まるで私が貴方達の邪魔をしてるみたいな言い草は止めてくれません?
> それに言っておきますが、私は貴方達みたいな冒険者ってやつが……
> 大 ッ 嫌 い なんです!!」

少女の怒声が、鬱蒼とした森林の中を響き渡った。一斉に飛び立った鳥が木々を驚かす。
倉橋冬宇子は、こちらを睨めつけながら肩で息をつく少女――"いぐな"を、少々呆れ顔で見遣った。
誰も少女の嗜好など、聞いてはいないし興味もない。
冒険者の中にも、森岡のように、一生を賭した職業として誇りと義務感を抱いている者もいれば、
冬宇子のように、単なる飯の種として淡々と仕事をこなしている者もいるだろう。
だのに冒険者と十把一絡げにし、あまつさえ嫌悪を主張せずにいられない子供っぽさ。
だが、冬宇子が呆れる原因は、これ一つではなかった。

―――語るに落ちるとはこのことだ。
頭の血の巡りが悪いわりに、強情で自尊心が高い―――この手の女は、
正攻法で迫ると頑として口をして割らないが、こちらがボロを見せると、そこを突かずにいられない。
相手をやり込める痛快さを抑えられず、つい要らぬことまで喋ってしまいがちなのだ。
図らずも、"いぐな"は、冬宇子の知りたかったことを口に出していた。

"いぐな"は日ノ神村での顛末を、居合わせなかった場面のことまで詳細に把握している。
この事実は、彼女が隠密として、冬宇子たちの動向を終始窺っていたことを。
『大目玉を食らった』という台詞は、少女の上司の存在を――ひいては組織の存在を暗示している。
どうやら"個人的な趣味"で冒険者の邪魔をしていた訳ではないのは、本当らしい。

それにしても、ナスどころか、州(す)の入ったヘチマのようなオツムのこの少女が、
政府省庁内でも極秘扱いにされている、特務機関の一員かもしれないとは―――。
いかにも眉唾の情報だったが、あれは矢張りデマだったか…?
冬宇子は、日ノ神村から帰って数日後に、従弟の晴臣と交した言葉を思い返した。

*    *    *

日ノ神村に邪神降誕の気配を察知した帝国政府特殊省庁、陰陽寮は、方技(現場回りの技術官)達に、調査を下命。
その一方技である晴臣が、当日、冬宇子が日ノ神村に居たと聞きつけて、情報提供を求めてきたのである。

日の神村で救出対象であった少女は、『金脈調査に派遣された亜米利加の密使』と、自ら身分を明かした。
実際は、そんな上品なものではなく、軍部の裏金調達の要衝を探りにきた来た密偵…と呼ぶ方が適当なのだろうが。
…それはさて置き、その米国の密使を連れ去ろうとしたのが、眼前の少女――"いぐな"である。
密使の身柄確保に動く可能性が高いのは――帝国政府か、軍部だ。
情報には情報を…と。冬宇子は晴臣に、"いぐな"と名乗った贋冒険者の人相風体を伝え、
軍部か政府関連機関の手先に、それらしい人物がいないか調べてくれと、交換条件を出した。
晴臣は、「一応軍部に顔の効く人物に当たってみますが、期待しないで下さい」――などと渋い顔をしていたが…

「人造人間―――?なんだい?その、ガキどもが読む『空想科学小説』にでも出てきそうな単語は?」

眉根を寄せて、冬宇子は晴臣に尋ねる。

「――――噂……あくまでも噂ですよ。
 政府内でも極秘の特務機関――所謂、汚れ仕事を請け負う組織らしいんですが、
 その人員の中に、吸生針を使う少女が居る…という話です。
 霊針を使う人間はそう多くもないが、少なくもない。あなたの因縁の相手がそれと決まったわけではないですがね。
 なんでもその組織、人体に神器魔具の霊威を埋め込む融合実験なぞをやっていて、
 そこの精鋭は、人体の改造を受けた――『人であって人でなくなった者たち』だとか何とか…?
 …ま、あくまで、軍部の一部下士官の間で、まことしやかに囁かれている噂…というだけの話ですから。
 あまり真に受け取らないで下さい。」

86 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/20 22:39:22 ID:???
交換条件の"情報"を伝えに来た青年は、そこまで言うと、軽く手を振って冬宇子に背を向けた。
一二歩踏み出したところで、にわかに振り返り、

「ああ、これも馬鹿馬鹿しい話なんですが、件の精鋭たちは、顔に大きな傷か、刺青を施されているとか…。
 極秘任務を請負う、隠密を旨とすべき人間が、よりにもよって顔に刺青というのも、おかしな話なんですがね。
 ま、人造人間云々の噂が本当だとするなら『人でなくなった者への刻印』…と考えれば一応の筋は通る気がしますね。」

晴臣は、年よりやや幼く見える顔に、にやり、と人懐こい笑みを浮かべてそう言ったのだった。

*    *    *

――――顔に傷か、刺青ねぇ……?
冬宇子は、未だ興奮の収まらぬ様子で頬を上気させている"いぐな"の顔を見つめた。
長い前髪の下――顔右半分には、どんな肌が隠されているのだろう?
確認は簡単だ。隙を付いて近づき髪を払ってやれば良い。
しかしこの少女、オツムこそお粗末だが、動作は俊敏で隙が無さそうだ。
例え特務機関の者でないとしても、日ノ神村では単独で隠密行動をしていたのだから、
最低限の戦闘訓練は積んでいることだろう。下手に手を出して怪我をしてもつまらない。
さて、どうしたものかと思案していた時、突然、背後から何者かに抱きつかれ、冬宇子は「ひっ」と悲鳴を上げた。

>>82-84 >>80
>「…えへへへ。おかあさんのかおりだぁ〜うひひひ」

錯乱した鳥居が、子供とは思えぬ力で腰にしがみ付いて離れない。
冬宇子は、硬く握った拳を振り上げ、少年の頭頂(つむじ)目掛けて、勢いよく振り下ろした。

「いい加減にしな!この糞ガキ!お前の騒々しい乱痴気騒ぎには付き合ってられないんだよ!!
 それになんだい?この頃、誰彼かまわず色気を振りまいてさ、まるでサカリのついた猫だね!
 気味が悪いったらありゃしないよ!」

じんじんと痺れる拳を握ったまま、悪口雑言を振りまいていたところに、塩辛声で話しかける者がいた。
向けた視線の先にいたのは、前かがみの筋張った体の上に、玉葱のように尖った頭を乗っけた、珍妙な老人。
この老人が荷物の宅配先の家主――天邪鬼であるらしい。
天邪鬼は、何やら一人、べらべらと喋りながら、運んできた荷物を物色している。
どうやらこの老人、通り魔事件の手掛かりになりそうな情報を、色々と握っている様子。
そもそも冬宇子は、"ヒト刺し通り魔"の情報収集のために火誉山に来ている。定食屋の手伝いは行きがけの駄賃だ。
『有力な情報には特別報酬』―――脳裏にこの言葉が閃き、
冬宇子は、瓜のつまった木箱を持ち上げようとしている天邪鬼に近寄り、そっと箱に手を添えた。

「お家までお運びしますわ!いいえ、これが私たちの仕事ですもの!
 瓜、お好きなんですのねえ?まくわ瓜に金時瓜…どれも黄色く熟してとっても美味しそう!
 美味しい瓜を見分ける方法をご存知かしら?
 指で軽く弾いて、澄んだ音のするものはまだダメ…濁った鈍い音がするのが食べ頃なんですって。
 まァ…こんなこと釈迦に説法だったかしら?看板職人でいらっしゃるの?達筆の美しい看板ですこと!
 よろしければ、荷物をお家にお届けする間、もう少しお話を伺えないかしら?」

鼻に掛かった声で老人のご機嫌を取りながら、さりげなく興味のある話題へと水を向ける。

・『入信者』とは?彼らが入信を望む教団は、いかなる神仏を信奉しているのか。
・教団は、この山に本拠地を構えているのか。それは何時頃からか?場所は?
・変わった儀式を執り行っている様子はないか?
・入信者及び、骸となっていた者達の人相風体は?――彼らに冒険者らしい所は無かったか?
・『ほむらの祠』に祀られていた神と『入信者』の信奉する神に関連はあるのか。
それから、これは単なる興味本位、女の好奇心からの疑問であったが、
・森岡梢は、息子達の何について愚痴を零していたのか―――?

天邪鬼がおだてに乗り易い気質であれば、これらの内容について、一部だけでも答えをくれるかもしれない。

87 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/20 22:42:16 ID:???
>>81
さて、大量の瓜を天邪鬼の家に運び込み、冒険者達は次の配達先に向かう。
目的地は、ここから更に山を登った山頂近く『サトリ女』の家だ。
―――サトリ……その名と同じ力を持っていた二人の女の顔が浮かんだ。
一人は、日ノ神村で自害した――正しくは肉体を棄てた女―――天才道士、伊佐谷。
もう一人は、先見の力を備えていた母だ。
母はよく言っていた。―――サトリの力は"常世(とこよ)を覗き見る穴"だと。
つい物思いに耽ってしまいそうで、冬宇子は、脳裏の幻影を振り払うように、一度大きくかぶりを振って歩みを速めた。

並んで歩いていた鳥居が、不意に掌を差し出す。

>「それとこれを見て下さい大蜘蛛の残骸から出てきたものです。
>目玉のようにも見えますが蜘蛛にこんな器官はありません。体からこんな石が出てくるのは怪しすぎます。

小さな手の上には、真っ黒な小石が乗せられていた。
こんなものを拾ってくるとは、訳の分からぬ騒動を起しているかと思えば、案外抜け目ない。
冬宇子は「貸してごらん」と、摘み上げ、日光に透かして見た。
小石は光を吸い込むように、深く、淀んだ黒を湛えている。

「見た目はジェット(黒玉、樹木の化石)に似ているがねぇ…あれは炎にくべると燃えちまうからね…。
 黒曜石でもないし…この石、他にもあったのかい?」
 
摘んだ石を顔に近づけた時、ふっと嫌な"気配"が漂った。
黒く淀んだその気配は、日々の営みの中で垢のように積もってゆく負の感情…『ケガレ』と呼ばれるものに良く似ている。
負の感情自体は、人なれば、持ち合わせていて当然のものだ。
が、堆積した負の感情はやがて穢れとなり、魔的な存在を引き寄せやすいことも、また事実である。
神の宿る御神体が穢れたことで、ニギミタマからアラミタマに反転し、祟り神となった例も少なくない。
その為、定期的に、人や神の身に積もった穢れを祓う儀式を行うのだ。
六月の大祓に各地の神社で、茅の環をくぐって災厄を落とす『茅の環潜り』、
紙人形に穢れを移し川に流す『形代流し』は、そういったケガレ祓いの一例だ。
といっても、人の身体や神体に、外部から付着した穢れはともかく、
自らの心を淵源として生まれる心の穢れは、儀式でそう簡単に流せるものではない。

「……只の石ころじゃないのは確かなようだね。
 いずれにしろ、この石と蜘蛛にどんな関係があるか、結論を出すには、まだ材料が不足している。
 通り魔のこともそうだが、飛躍した推理は錯誤の元になる。あまり先走らないこった。
 とりあえず、これはお前がもっていな。私は触れていたくない。」

冬宇子は、小石を鳥居の手に返して言った。
この石は異変の手掛かりだ。捨てるわけにはいかない。
鳥居は唐獅子に注入された神気に満ちている。
更に、何百年も魔気に呑みこまれることなく、人と妖の中間――生成りの状態を保ってきた。
そんな鳥居ならば、石の放つ禍々しい気の影響を受けることなく携行出来るのではないか。
冬宇子はそう踏んで、鳥居に小石を押し付けたのだ。


森を抜け、開けた場所に出たおかげで、随分と道が良くなった。
天邪鬼のところで、かさばる荷物を降ろしたお陰か、疲労はあったが足取りはそう重くはない。
じきに先を進む"いぐな"に追いついたようで、
坂道の前方に、馬鹿でかいトランクを引き摺って歩く彼女の背中を捉えた。

"いぐな"は道を外れ、沢へと降りて行った。どうやら給水に向かうらしい。
それを見た鳥居も、水筒を片手に、清冽な清水の流れる沢へと走る。
山道は緩やかにカーブし、この先、道は沢から離れて山頂に到る。
この機会を逃すと、水辺で休息を取れる場所はなさそうだ。そう思い、冬宇子も沢に到る崖を下り始めた。
登山用の脚半を脱ぎ、疲れた足を清水で冷やしたかった。きっと生き返る心地がするはずだ。

88 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/02/20 22:49:03 ID:???
川原に下りた冬宇子は、崖の岩場に手をかけたまま、ぴたりと動きを止めた。
川の中から立ち昇る、異様な冷気を肌で感じたのだ。
おぞましい冷気は、忽ち濃度を増しながら絡み合い、夕暮れに地を這う人影の如き姿を取った。
せせらぎの揺らめきで蠢く影から、無数の触手が分岐、尖端を刃と変じる。

>きっとあの鋭利な触手で僕達を殺す気ですね。それに川底にあの石らしきものがありました。あ!しまっ…」

冬宇子たちに駆け寄る鳥居。長く伸びた影が背後に迫る。

「ばっ馬鹿!!こっちに来るんじゃない!!」

風切音―――。鞭のように撓る触手が、冬宇子達へと振り抜かれる。

>「ごめんなさい!失敗しました!!」

鳥居が、その手で触手を弾いた。轟と音を上げて蒸発する触手。
冬宇子の目には、鳥居の手に重なる火鳥の羽が見えていた。
立ち昇る神気を数多の鞭となし、鳥居は、触手ごと影を捕縛、雁字搦めにしてその動きを封じた。
影の最も近くに居たはずの"いぐな"は、いつの間にか樹上に逃れている。

>「お二人は泳ぎが得意ですか?マリーさんは思いっきり得意そうですね。
>癇癪もちの倉橋さんは少し冷たい水で頭を冷やしたほうがいいですよー。
>僕が水上の影を押さえ込んでいるので二人は川底にある石を見つけ出してください!」

「煩い!一言多いんだよ糞ガキ!」と一度鳥居を睨んでから、冬宇子はマリーに視線を向けた。

「石はあんたが探しとくれ。私は水には入らない。
 何もずぶぬれになりたくないから…ってだけじゃないさ。
 確かに、あの影の化け物からは、生成り小僧の持ってきた石と同じ、ケガレの放つ禍つ気(まがつき)を感じる。
 川の中に同じ石があるなら、影はそこから生じたものと考えてもおかしくはない。
 あの石にはね、積年の穢れが、これでもかって位に凝縮されていたよ。
 万が一、あんたが石の禍つ気に当てられて正気を失った時に、祓い屋が溺れていたら困るだろ?」

マリーを見据えて手印を組み「――――"六根清浄"―――!」呪言と念を送る。

「…心身を清浄に保つ守り言葉だよ。これで少しは、ケガレに対する耐性が出来ている筈だ。」

マリーと別れて、
冬宇子は改めて、鳥居の神気に捕えられている影を仰いだ。

「さてと、お前がケガレに引き寄せられた魔性なら、これが効くかもしれないねえ。」

袂を探り、塩を包んだ和紙を一包、取り出す。

「皇御祖神伊邪那岐命(すめみおやかむいざなぎのみこと)
 禊祓い給う時に生れませる祓戸(はらいど)の大神達―――

 諸々の禍事(まがこと) 罪穢(つみけがれ) 一切の穢氣(さわり)をば
 日向の小戸の上瀬(かみのせ)の 甚だ急き潮にて 洗い漱(すす)ぎて
 
 祓い給い清め給え―――――!」

簡易式の祝詞を唱えるや、塩を掴み、影へと振り撒いた。

【瓜を天邪鬼の家まで運びながら、色々と質問】
【マリーさんに石の発するケガレから身を守る呪言をかける】
【ケガレ祓いの祝詞を唱え影に塩を撒く】

89 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/21 23:46:33 ID:???
蛇蜘蛛の放った短刀が鈍色の閃きと化して影に迫る。
だが当たらない。短刀は影をすり抜けて、鎌鼬の家の壁に突き刺さるに終わった。

「うげぇ!まさかとは思ったけどやっぱりそうなっちゃう!?」

勢いに任せて短刀を放ったものの、相手はどう見ても影――肉体を持たない霊魂の類いだ。
となれば術も何も施していない短刀が通じないのは薄々勘付いていた。認めなくなかっただけで。
そして武器に霊力を込める技能など、蛇蜘蛛は持っていない。
残る手は元々霊力を有している武器――つまり自分の体を使って戦う事だが、

(正直言って俺は斬り合い殴り合いは得意じゃねーんだよなぁ!
 だって俺、忍びだぜ!?元だけど!なんで俺達が手裏剣だのマキビシだのを使うと思ってんだ!
 普通にやり合ったら勝てねーからだよこんちくしょう!)

内心で悪態を吐きつつも身構える。
両腕で体の前に三角形を作るような、守りを重視した構えだ。
とは言え正体不明の霊魂――正確には霊魂かすら分からない相手に、対人用の格闘技術が通じるのかは果てしなく怪しい。

(あぁ、クソッタレ。心の底からやりたかねえけど……)

有効な攻め手は分からない。
相手の性質も、どんな攻撃をしてくるのかすらも。

>「……おっかあ……どこにも……いかんで……」

娘のうわ言を受けてか、影が悶え苦しむように、奇声をあげて藻掻き出した。しかし軽率には動けない。
妖怪には、何らかの条件を満たした相手を死に至らしめるという種が少なくない。
肩を揉んだり傷を舐めた人間を病死に追いやったり、足の間をくぐった人間を呪ったり、
中には声を聞いたり目を見ただけで命を奪うとされる妖怪だっている。
相手の正体が分かっていないのに無闇に手を出せば、自分の首を絞める事になりかねない。
正直に言って、この影に挑むのはリスクが高すぎる。
ここは一度退いて、上流に向かった霊能者の帰りを待って、それから改めて挑むべきだ。

だが――今ここで蛇蜘蛛が退けば、この鎌鼬の家族はどうなるのか。
石は取り除いたし、助かる可能性がまるでない訳ではないだろう。
けれども確実とは言えない。

自分が退いたばかりにこの家族が死んでしまいでもしたら、明日からの寝覚めは最悪だ。
仕事柄、それなりにドライに生きないと損を見る事は知っている。
事実、彼の同僚ならばきっとここで退いて、最も安全な選択を取っていただろう。
が、蛇蜘蛛には出来なかった。
目の前で危機に晒されている親子に背を向けて、逃げ出すだなんて事は。

90 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/21 23:48:10 ID:???
(やるっきゃねえか。あの石ころにさえ触れなきゃ大丈夫と信じて……えぇい南無三!)

蛇蜘蛛が覚悟を決め、影に跳びかからんと身を屈めて――

>「うははははは!薄気味悪い化け物め!とどめを刺してくれるわ!」

しかしその前に、功にはやった頼光が彼の前へと飛び出していった。

「って、うぉおい!お前はビビリなのか無鉄砲なのかどっちかにしようぜ!なっ!?」

思わず制止の声を張り上げるが、既に地を蹴り腕を振り上げた頼光は止まらない。
露になった唐獅子の腕が振り下ろされて――地面に浅い爪痕を刻んだ。

頼光の爪が命中する直前に、影は消えた。
一体どこに――影から距離を取っていた蛇蜘蛛には見えていた。
彼が短刀を抜く為に地面に放った石の中に、吸い込まれるようにして影は消えたのだ。

「……うへぇ、ますます触りたくねえ」

そうは言ってもこのまま放っておく訳にもいかない。
遅かれ早かれまた山の妖怪が拾って、暴れ出すに違いない。
それが分かっていてこの石を放置する事は、目の前で死に瀕した見知らぬ誰かを見過ごす事と、大差ない。

>「俺様の一撃で影を撃退できたようだな!」

「あぁ、もう、そういう事でいいわ……」

蛇蜘蛛は呆れ果てたように深く溜息を吐いた。



>「上がって。汚いところだが、ゆっくりしてってくれ」

ともあれ蛇蜘蛛は頼光と共に、鎌鼬の家に招き入れられた。
鎌鼬ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻し、そこらに散らばった座布団を寄せ集める。

>「まずは、娘を止めてくれて有難う。感謝してもしきれない。危うく娘に親殺しをさせてしまう所だった。
> 荷物のことは気にしないでくれ、後で君等の家に賠償請求するから……さて、何から語ったもんかね」

「……よーし落ち着こうか。まあ、あの騒ぎの後だし汚ねーのは仕方ねーよ。
 仕事があるしゆっくりしていく気もねーからちゃぶ台の上が寂しいのも問題はない。
 なのにアンタだけ煙草吹かしてんのも、良いとしよう。
 でも荷物はちょっと待て!アレを細切れにしたのはアンタの娘だろ!?」

まさか娘を助けたお返しに賠償金を請求されるとは考えてもいなかった。
思わず抗議の声を上げる。
金を失う事はまだいい。
だが届け物一つ満足に出来ないと思われて、暇を貰うような事になっては面倒なのだ。

>「…………一週間前のことだ。家内が帝都に出かけてって、そのまま死んだ。理由は――すまないが、言いたくない。
  帝都に住んでる知り合いが、家内の死を教えてくれたんで。娘がおかしくなったのはそれからの事だった」

「何事もなかったかのように話を進めるんじゃねええええええええええ!」

頭を抱え、再び溜息を零し、仕方なく蛇蜘蛛は鎌鼬の話に傾聴の姿勢を見せた。
人の話を聞かない相手に対して、自分まで話を聞く事をやめてしまっては、それこそ話が進まない。
普段ならば後から同僚に話の要点と、自分がすべき事だけを聞く事も出来たが、
今隣にいるのは自分よりも更に人の話を聞かなさそうな奴だけだ。
どうにも頭が痛くなってきた。

91 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/21 23:50:59 ID:???
>「この石はね、死んだ家内が私と一緒に、この山で見つけた物だったんさ。失くしたと思っていたのに……」
>「物は頼みなんだが、この石をどっかに捨ててきてはくれんかね?
 タダでとは言わないよ。そうだね……君等、おおかた例の『通り魔』とやらを捕まえにきたクチだろう?」
>「最近、この山に上る人の数が増えてきてね。この山に隠れた通り魔とやらを探していたみたいなんだ。
 登って来た人間達がどうなったかまでは知らないんだ。帰ってきていないってことだけは分かるがね。
 どうだ。君等の返答次第では、もっと話してやっても構わんよ」

鎌鼬の話が一段落ついて、蛇蜘蛛は腕を組む。
どう返答したものかと思案を始めて、

>「よーし、こんな石位捨ててきてやろうじゃないか!」

「なんかもうお前めんどくさい!ちったぁ考えてから喋れよ!俺が言うのもなんだけどさあ!」

組んでいた腕を解き、今度は両手で頭を抱えて叫んだ。

>「こんな小石位、帰りに谷にでも放り投げればそれで済むだろう?
 そんなくらいのことでヒトツキがどこにいるか分かれば安いものさ。」

>「しっかりと捨ててきてやるから、通り魔のことをよおく話してもらおうか!」

今までの中で最も深い溜息を吐いて、頼光を半目で睨む。

「あのよぉ……お前もう少し慎重さってものを身につけた方がいいって。
 でないと、残った右腕もいつか無くす羽目になるぜ。わりとマジで」

先ほどまでとは打って変わって淡白な声で、脅しつけるようにそう言った。
この手の輩にはそれくらいキツく言った方がいいと判断したのだ。
いつか本当に腕を、あるいはそれよりも大事なものを失ってから後悔しても遅いのだから。
加えて、もしそれが自分の目の前で起きたりしたら、尚更気分が悪い。

それから蛇蜘蛛は黒い石をひったくり――すぐにちゃぶ台の上に戻した。

「まぁ……ぶっちゃけ、こんな危なっかしいモンは自分で始末つけた方がかえって安全かもな。ただその前に……」

代わりに懐から名刺入れを取り出して、ちゃぶ台の上に置いた。

「はいよ。これ、俺の名刺。仕事ってのは貰えるとこから貰わねーとな。
 俺にも色々事情があってさ、タダ働きすると後でめんどくせー事になるんだよ」

彼の『禁術』は甲賀の里の秘中の秘だ。
その使用が許されるのはあくまでも里と国が認可した仕事に関してのみ。
例えする事が同じでも、私情の為に使ってはならないのだ。

92 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/02/21 23:51:26 ID:???
「……おっと、勘違いすんなよ。別に金を取ろうって訳じゃないぜ。
 そいつもやっぱり、貰えるところからしか貰えねーモンだからな。
 出来れば荷物の件については黙っててもらえると嬉しかったりするんだけど、それはとにかく」

冗談めかして笑い、続ける。

「俺には金なんかより、もっと欲しいモンがあるんだ。
 それがなんなのかは、事が済んでから教えるよ。
 そんな大層なモンじゃない。少なくともアンタの娘さんが欲しいとは言わないから安心してくれ」

けれどもすぐに手をひらひらと振って前言を撤回する。
ここでこの鎌鼬とやり合う羽目にでもなったら笑い話にもならない。

「さてと、そんな訳で。とりあえず前金代わりに聞かせてもらえるか。
 アンタの知ってる『通り魔』野郎の情報を」

これで取引は成立――



「だがな、聞かせてもらいたいのはそれだけじゃないぜ。
 もう一つ……その石ころが何なのかも、だ。」

――ではない。聞くべき事はもう一つあった。

「悪いけど、流石の俺もこんな得体の知れない物をはいそうですかと持ち運ぶ気にゃなれねー。
 焙烙玉じゃねー事だけは確かだけどよ、そんな事はなんの救いにもなりゃしねーしな。
 この山で拾ったモンだって言ったよな。こんな代物を一体どこで、どうして拾ったんだ?」

この石の出自、特性、自分達が運ぶに当たって危険がない事を確かめなくてはならない。
それは生きる為に必要不可欠な事だ。

「交渉に必要なのは相手を蔑ろにする傲慢さと、相手を尊重する真摯さだ……ってな。俺のダチの言葉さ。
 一つはさっき見せてもらった。もう一つも、見せてもらえるかい。
 アンタの返答次第じゃ……俺はここから帰らなきゃならなくなる。この石ころを娘さんに返した後でだ。
 そいつはお互い、気分の悪い事だろ。賢い返答を期待するぜ」

【条件返し。半ば脅迫。忍者きたない】

93 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/24 22:02:14 ID:???
>「よーし、こんな石位捨ててきてやろうじゃないか!」
>「なんかもうお前めんどくさい!ちったぁ考えてから喋れよ!俺が言うのもなんだけどさあ!」

頼光が上機嫌で無防備に石をむんずと掴み、意気揚々と答える。
蛇蜘蛛が頼光の態度に対し、少々大袈裟ともとれる悲嘆の叫びを上げた。
その様子はさながら漫才のようで、鎌鼬は僅かに唇の端をくくっと吊り上げた。
考えない人間とはこうも扱いやすい。

>「しっかりと捨ててきてやるから、通り魔のことをよおく話してもらおうか!」

ちょっと目の前に餌をちらつかせただけで、こんなにも容易く反応するのだから。
しかし裏を返せば、逆に考える人間はべらぼうに扱いにくいのが世の理だ。蛇蜘蛛が頼光から石を奪い取り、ちゃぶ台の上に戻した。

「どうしたのかね?引き受けない、とでも?」
>「まぁ……ぶっちゃけ、こんな危なっかしいモンは自分で始末つけた方がかえって安全かもな。ただその前に……」
>「はいよ。これ、俺の名刺。仕事ってのは貰えるとこから貰わねーとな。 」

「おや、これはどうもご丁寧に。ですが生憎、私達に払える金など……」

差し出された名刺を受取るも、渋い顔をする。基本的に妖怪たちは金など持っていない。
人間と違い、物々交換や自給自足などで済ませてしまうことが多く、生活費などあまり必要ないからだ。
畳の下に5両ほど、一人残されるだろう娘の為にとっておいてあるが、使いたくはない。
うーんと唸る鎌鼬に蛇蜘蛛が笑って続ける。

>「……おっと、勘違いすんなよ。別に金を取ろうって訳じゃないぜ。 」
>「俺には金なんかより、もっと欲しいモンがあるんだ。 それがなんなのかは、事が済んでから教えるよ。
> そんな大層なモンじゃない。少なくともアンタの娘さんが欲しいとは言わないから安心してくれ」

鎌鼬からすれば冗談に聞こえぬ冗談で睨むと、再び蛇蜘蛛は笑って前言撤回する。
やれやれ、この人間達は二人揃って食えるようで食えない奴等だ、と人知れず鼻を鳴らす。

>「さてと、そんな訳で。とりあえず前金代わりに聞かせてもらえるか。
> アンタの知ってる『通り魔』野郎の情報を」

「良いだろう。話せることは多くはないがね……」

>「だがな、聞かせてもらいたいのはそれだけじゃないぜ。 > もう一つ……その石ころが何なのかも、だ。」

ぴくり、と鎌鼬の耳が揺れ動く。矢張り聞かれてしまうか――居住いを正し、項垂れる。
ちゃぶ台の上に転がる、先程まで怪異を引き起こしていた、この正体不明の石。
それを持ってどこかへ捨てる等と、よっぽど神経の図太い持ち主でなければ躊躇して当たり前だろう。
蛇蜘蛛の主張を黙々と静聴した鎌鼬は、暫し戸惑うような素振りを見せ、深い溜息を吐いて口を開く。

94 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/24 22:02:39 ID:???
「――君はとても、良い友達を持っているようだね。良いだろう。君達の素晴らしい無神経さには全く感服だ。
 いや、良い意味でだね。……本当は語らずで終われば全て良しだったのだが、……仕方あるまい。他言無用で頼むよ」

煙管をとんとんと叩き、尚も渋い顔で唸った。余程話したくない事情であると伺える。
石を摘み上げ、声を落として語り始めた。

「石について説明する前に、この山のことを教えておこう。何、山を歩く中で、知ってて損はない。
 君達、ここに来るまでに墓を見ただろう?あれはね、この山で死んだ人間達の墓なんだ」

そう言うと、火誉山の地図を取り出し、鎌鼬が指で差しなぞりながら続ける。

「山は二つに分けて、東側と西側って呼ばれててね。この家はちょうどその境界線の近くにあるんだ。
 東側に妖怪たちが、西側に人間が住んでるんだよ。とはいっても、私達は互いに顔を合わせたことは無いがね……。
 何せ西側の人間達は凶暴でね、私達妖怪を見ると気でも触れたかのように襲ってくるんだ。
 自分達のことを『教徒』、と称しているらしいが、詳しい事は何も分からないよ。残念ながらね。

 本題だ。丁度ひと月前になるかな、娘が奇病にかかってね。肌に斑模様が出来、異臭を漂わせ、娘を弱らせた。
 様々な薬を試したんだが、薬剤師でありながら、私ら夫婦は病を治す術を見つけられなんだ」

そんな時だよ、この石を手に入れたのはね。と苦々しく言う。

「看病している折に、噂を聞いたんだ。山の西側に住んでる人間達が、万病を治す薬を持ってるって。
 そんで、土砂降りの夜だった。家内が――この石を握って、ずぶ濡れになって帰ってきてね。
 石で娘の肌をひと撫でしたら、あっという間に肌が元に戻って、娘は何事も無かったかのように起き上がったんだ」

そしてその数日後、石はどこかへ姿を消し、家内は突然ふらっと帝都に出てって、そのまま死んだ――――。
淡々と話を続ける鎌鼬の目は、石の中の暗い闇をそのまま宿しているかのようだった。

「家内は何も話しちゃくれなかったが、恐らく万病を治す薬ってのがこの石の事なんだと私は悟ったよ。
 何処で、どうやって手に入れたか、遂に家内は話しちゃくれなかった。私が石に関して知る限りはこれだけだ。
 だが、まさか娘の命を救ってくれた石が、今度は逆に娘を操るとはね。恐ろしくてならないよ。」

さて、通り魔のことだったね、と更に鎌鼬の話は続く。余りに長いので掻い摘んで説明すると、

其の一。数日前に、通り魔を捕まえにきたと言う連中が山にきたが、山の西側に行ったきり戻ってきてない。
    遠目から見て会話を盗み聞きしてたんだが、関係ないだろうと思いそこまで気にも留めなかった。

其の二。通り魔の特徴らしき『刃物』で殺された人や獣の死体がよく見つかっている。山の皆がこの事で愚痴っていた。
もりおか食堂の店長なんか特に哀れでね。息子が二人いるんだが、どちらも人間の子供らしいから、かなり心配してたんだ。

其の三。これは余り関係ないけど、此処の所最近、東側に例の『教徒』達の姿が目撃されてるらしい。
通り魔と関連があるとは思えないけど、奴等も充分凶暴らしいから、道中は充分、気をつけてね。

そこまで言い終わると、ずずっと茶を啜り、口を拭った。

「もし君等が西側へ行くというのなら……、もう一つだけ教えよう。教徒たちは包帯で全身を包んでいる。
 姿を見たら、なるべく戦わずに避けることをお勧めするよ。同じ人間同士、戦いあうのは嫌だろう?」

95 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/24 22:03:23 ID:???

【鎌鼬家より上流、再び森の中】

鎌鼬家を去れば、次の目的地は風来坊の大樹という男への配達だ。
大樹の家は一度上流へと向かい、鎌鼬の家よりさらに西寄りの位置に存在する。
箱の中からは強烈な酒の臭いがぷんぷんと漂っている。少し飲んだだけで酔い潰れそうな程の臭いだ。
森の獣たちが臭いにつられ、木の陰草の陰からちょこちょこと顔を見せて様子を伺うほどにだ。

その時、森の奥から情けない男の悲鳴が響き渡る。
丁度、ぎえーだとかうわーだとか、そんな感じの可哀想なへたれた悲鳴だ。

「なっ何なんだこいつらああああ!誰か助けてー!ヘルプミィイーーーーーー!!」

他の木よりも一際大きな樹の枝の上で、帝都警察官――林真がなぜか、涙交じりに助けを求めている。
大の男を泣かすその元凶は、木の根元に群がる白い毛玉の集団だった。
この温暖な気候の森にはそぐわない長い体毛、大きさは柴犬くらいかと思われる体躯、短い兎のような尾。
――だが、集団から発せられる気配は禍々しく、尋常ではない。

「おっ、おーーい!そこ、誰かいるんだろ!?このままじゃ食われちまうよ、助けてくれぇーーーー!」

林真が必死に声を掛ける方へ、毛玉犬の集団は振り返った。
その顔面は、後ろ姿の愛らしさとは到底かけ離れた、異形そのもの。

異常に細い顔は犬というよりは鰐のそれに似ていて、表皮から染み出した粘液が日光で照っている。
ぎょろぎょろと動く濁った目玉、皮膚はどす黒く変色したようで体毛は生えていない。
ダラリと垂れた舌は細長く、蚊や蝉のように「吸う」ことに特化したような形状をしていた。
そして特徴的なのが、どの個体も額にあの翡翠色の石が埋め込まれ、それがどす黒い煙を内に溜めていることだった。

一匹の兎が、草叢から姿を見せた。
刹那、一匹の毛玉犬の舌が蛙のそれのように鋭く伸び、兎の体に容赦なく突き刺さる。
じゅうじゅうと音を立て、兎がまるで木乃伊のように干乾びていく様を、林真は枝の上から蒼褪めた表情で見ていた。

「ひっ、ひっ…………!うわぁあああああ!!」

その瞬間、林真の姿が梢の中に引き摺られるように消えた。
毛玉犬達は、今まで狙っていた獲物が消えた事と、新たな獲物を見つけたこと、
更に漂う酒の臭いにつられ、冒険者たちに向け、その鋭い牙と舌を武器に襲い掛かる!!

【鎌鼬より情報提供、手掛かりは西にあり?】
【森の中で林真と謎の怪犬出現、冒険者達に襲い掛かる】

96 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/25 01:39:53 ID:???
「私が意味も無くあんなものを着ていると思っているのか?」
燃え上がる蜘蛛達を眺めながら、マリーは冬宇子に対して応える。
その表情は、まるで、お気に入りの玩具を壊してしまった子供のそれと似た
哀愁が漂っている。
マリーがそのコートを仕事着に選ぶのには理由はそれなりにあるが
簡潔に話すと、
・自分の情報を抑えることが出来る。
・武器を隠せる。
・大き目のサイズを着ることで、掴まれた時に今のように脱出できる
といった具合だ。
それが燃えてしまった今、マリーからしてみれば非常に都合が悪い状況な訳で
「…」
しかし、このしょぼくれ方を見ると、もしかしたら気に入っていたのかもしれない。
「ん…知り合いか?」
マリーが落ち込んでいる最中、冬宇子といぐなが悶着を起こしているのに気がつき
そちらに視線を向けるが、マリーはただ様子を見ているだけだった。
とそうしているとボルテージの上がったいぐなはこの場にいる三人を睨みつけると
怒鳴りつけるように嫌悪の意思を露にした。
甘い幻想を抱いていた鳥居少年は幼児退行し何故か冬宇子に抱きつき
冬宇子は呆れ顔をいぐなを見る。そして、マリーはといえば
「……」
何も言わず無表情で鵺を刺し殺した仕込み短剣を露にする。
このままいぐなに襲い掛かろうとしたその時、話しかけてくる老人の声を聞き
すぐさま、短剣を引っ込め、声のほうへ視線を向ける。
声の主は頭でっかちな珍妙な老人もとい、届け主の天邪鬼だった。
天邪鬼のぼやきを聞き、マリーは本来の目的を思い出す。
「(何やってんだ私はあの程度のことで熱くなって)」
黙って冬宇子と天邪鬼のやり取りに耳を傾けながらマリーは変に上がった頭の熱を下げていた。


97 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/02/25 01:40:30 ID:???

荷物を天邪鬼の家に運び、次の目的地であるサトリ女の家へと向かう。
「甘かったのはそれだけかな?」
道中、自身の認識の甘さを反省する鳥居に嫌味ったらしくそう返す。
「確かに犯人を特定できれば楽なんだがね。
 こうも手がかりが少ない状態でなんやかんや推理するのは逆に駄目かも知れないな」
ぼやくようにそう言うと、鳥居少年は蜘蛛の残骸から見つけてきた黒い石を冬宇子に渡した。
「…」
マリーはその石を見た瞬間、無意識のうちに歩幅を狭め二人から距離を離した。
この間の弓のような気配を感じ取ったのしれない。
冬宇子の言うとおり、ただの石では無かったようだ。
それを鳥居少年に返すのか疑問ではあったが、マリーはそれを確認すると歩幅を戻し二人を追う。
しばらく、歩いていると川の近くまで来た。
声をかければ届く程度の距離にいぐなの姿も確認できた。
「ちょっとこのへんで休憩にしようか」
荷物を適当な場所へ置き、川へ向かおうとした瞬間
異様な冷気と殺気を感じた。
その次の瞬間、せせらぎから出てきた触手がマリーに襲い掛かる。
「まったく、息つく間もないのか!」
転がるようにそれを交わし、影を睨むがマリーは困っていた。
実体を持つ相手ならばなんとでもなるが、無い相手には手も足も出ないからだ。
そんな中、唐獅子に似た何かの力を出している鳥居の姿が頼もしく見える。
「わかった。そうしよう」
と川へ向かおうとするマリーを冬宇子が止めた。
「穢れか…なるほどね」
石についての説明を受け、マリーは苦虫を潰したような顔をして見せた。
仮に冬宇子の説明どおりならば、マリーは正気を失う自信があった。
霊的なものに対する耐性の無さだけではなく、悪人の返り血で染まっている自分の身が清いとは思えなかったからだ。
「効果があってくれなきゃ困る」
そういい残し、マリーは川へ飛び込んだ。
思っていた以上に川の流れは急だった。
必死に石に手を伸ばすが、あと少しのところで流されてしまう。
「(こんの)」
力を振り絞り、もう一度石へ手を伸ばす。
「(あともう少し)」
確実に手が届く距離まで来た瞬間、石の持つ穢れの気が濃くなったような気がした。
確かに、冬宇子の掛けた呪いは心身の清浄を保つ効果はあったが、
しかし、彼女の身に着けている武器まではカバーできなかったようだ
加えて、マリーが伸ばしている手には、幾人もの悪人たちの血と一匹の妖獣の血で穢れた短剣がある。
そんな危うい状況だとは知らずに、マリーは川底に沈む石を掴み取った。

98 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/26 22:08:23 ID:???
意気込んで黒い石を掴み、鎌鼬の父親との交渉(?)をしていた頼光に横槍が入れられる。
むっとして文句の一つでも出そうになったが、その言葉は喉元で押し留められることになった。
それまでとは打って変わった淡白な口調で脅しつけるような蛇蜘蛛に気圧されてしまったからだ。
それに、先ほど見た蛇蜘蛛の戦闘能力はまぎれもなく本物だと認めてしまっているから。
黒い石をひったくられても口を尖らせて見ている他なかったのだった。

だがそこからの蛇蜘蛛の交渉術は見事なもので、頼光の知りたかったこと、そして知るべきことを的確に引き出していく。
その流れも悔しいながらも認めざる得ないという事で、大人しく聞いている要因となっていた。

とはいえ、聞いているようでいて頭にはほとんど入っていなかった。
頼光の情報処理能力があまりにも低い事が原因なのだが。
とりあえずはわかっているようなふりをしながら、ふむふむ等と頷いていたのだ。
しかし、そんな頼光でも最後の言葉はしっかりと脳髄に直撃をした。
「な!なんだと!教徒ってのは全身包帯で包んでいるのか!?」
思わず立ち上がり大声を上げる頼光。

その後、まずは鎌鼬の父親を見て、そして大きく振り返るように蛇蜘蛛に向きかえる。
「いた!包帯の奴!すげえ殺気で不気味で!ありゃ人間なのかよ!?」
興奮気味で要領を得ないが、落ち着かせ辛抱強く聞き取れば、
【もりおか食堂裏の薪割場に包帯ずくめの人間がいて、包丁を片手に凄まじい殺気を放っていた。
人間といったがその風貌やもりおか食堂の客層からとても人とは思えなかった。
何も言わずにあっち行けの仕草をして食堂の中へ消えていった。】
という事が判るだろう。

さすがにもりおか食堂の包帯人間がヒトツキだと言い出す事はなかったが、何やら考え込んでいるようだった。
もりおか食堂と包帯人間、すなわち教徒の関係。
西側の人間たち……
考えめぐるが緒戦は考えの浅い頼光。
結論がつくわけでもなく、モヤモヤとした顔のまま鎌鼬の家を後にするのであった。

ちなみに黒い石は、切り取られた着物の左腕部分に包み、ぶら下げていく事にした。
黒い石を見ていると何やら惹かれるものがあったからだ。
蛇蜘蛛には直接触らなければいいだろう、と強引に説得して。

99 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/02/26 22:10:32 ID:???
次なる目的地は上流の大樹という男への配達。
荷物は見なくとも、その強烈な匂いでわかる。
酒も煙草も大いに呑む頼光はその匂いだけで少し上機嫌になるほどに。

匂いだけで少々ほろ酔いになりながら配達先に向かう途中、蛇蜘蛛は気づくだろうか?
頼光の頭。
鎌鼬の娘に切り取られた牡丹の花がむくむくと目を出し蕾をつけ始めている事に。
ほろ酔いな状態と大きな気が発する力場がその成長を促進しているのであろうか?
頼光本人は気づいていないが、それと共に全身の毛が随分と濃くなってきている。

そんな時、大きな木の枝の上から情けなさ気な悲鳴が届く。
>「おっ、おーーい!そこ、誰かいるんだろ!?このままじゃ食われちまうよ、助けてくれぇーーーー!」
悲鳴はよりはっきりとした助けを求める声になる。
その声に見回すと、木の根元には毛玉の集団が。
「はぁあ!?そんな毛玉ども蹴散らしてこればいいだろおお!!!」
樹上の林真に向かって返すが、その声の大きさに頼光自身驚いた。
それなりに声が届くように大きく話したつもりではあったが、大きな声どころではない。
まるで雷鳴のような吼え声が如き大きさだったのだから。

自分の声に驚き、不思議に思ったが、それを追及することはできなかった。
なぜならば、振り返った毛玉犬の顔面があまりにも異形すぎたからである。
異常に細い顔と、表皮から染み出る粘液は生理的嫌悪感を湧き立たせる。
ぎょろりとした濁った眼、そして何よりも、その舌。
見えていた毛玉な後姿からは想像もできない姿。
挙句に飛び出した兔に伸びる舌が身体に突き刺さり、体液を啜る様は悍ましいという以外の表現が思い浮かばない。

>「ひっ、ひっ…………!うわぁあああああ!!」
「ひっ、ひっ…………!うわぁあああああ!!」
全く同じ悲鳴を上げた二人。
樹上の林真は梢に引きずられるように姿を消し、地上の頼光は取り残される。

片方が消え、片方が残ったのであれば毛玉犬達が来るのは必然といえよう。
声も出なくパクパクと口を動かしながら蛇蜘蛛を見るが、その眼には蛇蜘蛛は映っていないことはわかるだろう。
明らかにパニック寸前な顔なのだから。
その足はカクカクと震えるばかりで一歩も動いていない。
迫る毛玉犬。伸びる鋭い舌を前に、頼光の残された理性はついに断ち切られた。

「うぐおおおおおおおおおおおお!!!!!」
襲いかかられる寸前、頼光の絶叫は咆哮となり、音の壁として放たれた。
飛び掛かってきていた毛玉犬は不可視の壁に叩きつけられ、痺れたかのように撃ち落された。
そして頼光の立っていた場所には、頭に牡丹の花を咲かせた唐獅子が四つの足で立っていた。

100 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/26 23:44:12 ID:???
【時は数刻前 天邪鬼家】

「(それにしても妙な連中じゃったのお……特にあの女、よう舌の回る奴じゃった…)」

瓜を口に運びつつ、天邪鬼は回想する。
倉橋が培ってきた女給の経験を存分に振るったお陰か。
煽てられることに弱い天邪鬼の口から、警察からは伝えられなかった幾つかの情報が飛び出した。


・教団は、この山に本拠地を構えているのか。それは何時頃からか?場所は?
――さあ、多分そうなんじゃないのかね。それらしき連中は何度か見かけたよ。
――主に山の西側さ。東側に人間は儂しか住んどらんからの。結構前からいるんじゃないかねえ。

・入信者及び、骸となっていた者達の人相風体は?――彼らに冒険者らしい所は無かったか?
――骸は大きく分けて二種類あっての。包帯を全身にぐるぐる巻いたのと、そうじゃない奴等さ。
――包帯を巻いた奴等が昔からいる奴等……入信者さ。そうじゃない奴等の事は知らないね。


・『入信者』とは?彼らが入信を望む教団は、いかなる神仏を信奉しているのか。
・変わった儀式を執り行っている様子はないか?
――それこそ知ったこっちゃないさ。あんな気触れ共になんぞ関わりとうもないわ。
――体から臭いモン放ちおって、その上ふらっと現れては取り憑かれたように妖怪たちを殺しにかかってきおる。
――敢えて挙げるなら、妖怪たちを潰すのが奴等の「儀式」なんじゃないのかねえ……?


・『ほむらの祠』に祀られていた神と『入信者』の信奉する神に関連はあるのか。
――馬鹿な事を言いなさんな!この山の神さんが彼奴等の信奉する神じゃと!?
――ここの山神さんはなあ、病を癒し、殺生を嫌い、山の妖怪たちを見守り下さる徳の高い神さんだあ。
――……そういや、彼奴等の言う神とやらも、あらゆる病を癒すと耳にしたことがあるが……多分関係ないじゃろて。


・森岡梢は、息子達の何について愚痴を零していたのか―――?
――……………………………………。此れは幾ら端折っても、終わる頃には夕日を見る事になるぞ。
――まあ、血が繋がっておらんとは言え親子。遠く離れておりゃあそら心配の種はあろうて。
――何せ二人とも、父親が遠い地から連れて来た孤児らしゅうて、中々外に出たがらんかったからのお。


「(……流石に、乗せられすぎかのお…………。若い女子に甘くなる癖は、山に籠る前とちぃーとも変わらん、か……)」

自嘲の笑みを零し、ゆっくりと瓜を咀嚼する。
背後に立った黒い影には気づかぬまま、頭上に振り被られた瓜が天邪鬼の頭に振り下ろされた――。

101 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/26 23:45:20 ID:???
【上流 坂の途中】

「(あれは――――!)」

樹の上にて突如現れた影の動きを注視する最中、いぐなの双眸が見開かれた。
倉橋を庇うように鳥居と影の触手が接触した瞬間、焼けた鉄を冷水に放り込んだような音が辺りに響く。
更に音と伴い、影は激痛にのたうつように全身をくねらせる。
倉橋と同様、いぐなもまた鳥居の神気を、ぼんやりとだが視認することが出来た。

「(大蜘蛛を燃やしたのもあの子供の仕業か――)」

立ち昇る神気を鞭のように行使し、影を雁字搦めにすることでその動きを封じる。
触手の一本一本に鳥居の神気が絡みつき、着実に影を弱らせていく。
恨み節を上げるような影の唸り声で、泡立つ鳥肌が止まらない。
眼下で行われる倉橋とマリーの会話を盗み聞き、いぐなもざっと川に目を凝らす。

「(あれか……)」

川底で翡翠色に輝く石。石からちょろちょろと湧き出る黒煙のようなものも視認出来た。
黒煙が川底を走る先には、果たして神気を相手にもがく、あの影と繋がっている。あの石が本体というわけか。
マリーが川へ飛び込み、倉橋が塩を取り出し祝詞を唱え始める。

>「皇御祖神伊邪那岐命(すめみおやかむいざなぎのみこと)
> 禊祓い給う時に生れませる祓戸(はらいど)の大神達―――

> 諸々の禍事(まがこと) 罪穢(つみけがれ) 一切の穢氣(さわり)をば
> 日向の小戸の上瀬(かみのせ)の 甚だ急き潮にて 洗い漱(すす)ぎて
 
> 祓い給い清め給え―――――!」

倉橋が影に塩を撒く。祝詞と塩の効果で、影は森中に轟かんばかりの絶叫を上げ、胴体部分が泡を立て溶けていく。
恨みつらみ、悲しみ、負の全てを抱え込むかのような旋律が、木霊する。
それと同時に、マリーが急流の中に沈む石を掴んだ。
マリーは感じるだろうか。掴んだ石から、氷柱の如き冷気が己の中に侵入するような感覚を。
穢れを孕んだ短剣に反応した影の一部が、新たな宿を見つけたとばかりに逃げ込むように、手を侵していく。
マリーの手が、黒くのっぺりとした質感の黒に変わりゆくその時――。

「疾ッ!!」

空を切り裂き、放たれた銀色の針。鋭利な先端がマリーの手の甲へと突き刺さる。
針は手の甲を侵攻する黒と、マリーの生気を少しばかり吸い取ると、ぽとりと川の流れに落ちた。
一方の影はというと、消えゆく最中、死に物狂いといった様子で触手を伸ばし空を切る。
その先にいるのは鳥居。鳥居の持つ、あの石に反応したのだ。

だが、あと少しという所で届かず、影は徐々に、塩をかけられた蛞蝓よろしく縮んでいき、そして――消滅した。
完全のその姿が消えると、今度はマリーの手の中で何かが砕ける音が響く。
指と指の隙間から黒い煙のカスのような物が溢れ出、手を開けば、色褪せた緑の石にヒビが入っていた。

「あ〜あ……貴重な針を無駄にしちゃった気分です」

憎まれ口を叩き、いぐなは川に入り針を足で踏みつけ、真っ二つに粉砕する。
ばきりと折れた針から黒いものが溢れ、針もろとも急流にもまれるように流されていった。

102 : ◆PAAqrk9sGw :12/02/26 23:45:43 ID:???
犬のように体を振るわせ水を払い、おもむろに懐から出したハンケチーフをマリーへと投げつけた。

「傷は小さいですけど、包帯代わりです。使う使わないは勝手ですけど」

ふい、と顔を逸らし、ふと周囲を見回した。
冷や汗がたらりと伝わり、何かを探すように急にあちこちをちょこまかと歩き回る。

「なっ無い!私のトランクが無い〜〜〜〜ッ!?」

頭を抱え、情けない絶叫を上げた。
その背後では、一人の子供が重そうな荷物を軽々と持ち上げ、退散する姿を冒険者達は目にすることが出来るだろう。
いぐなも一拍遅れて背後を振り返り、トランクを誘拐する子供を視認した。

「あっ、あんのガキンチョ〜〜ッ!待てーーーーっ!!」

怒りで顔を真っ赤にし、いぐなは子供の後を追う。
その道の先には、冒険者達の目指すサトリ女の家があるとも知らず、先導する形で。
森の途中、つるべ落としが人間達を襲おうと頭上から落ちてくるが、それすらも裏拳などで撃退し先を進む。

「待たないと、尻叩き百八回ですよ!こんちくしょーーーー!!…………え?」

子供との距離が一向に縮まらず、息を切らしかけた頃、森が終わり、一気に視界が開けた。
空き地が広がり、人の気配はほとんどない。視界の端には廃墟が映っている。
一歩いっぽ、確かめるようにいぐなは歩を進める。廃墟の前で立ち止まると、茫然とその建物を見上げた。

廃墟というには語弊がある。正しくは朽ち果てた、木と石造りの教会の跡地のようだった。
全体の姿は保っているものの、かなりの年数が経過している様が容易に伺える。
人が住んでいる気配はない。ついでに言うと、子供の姿も消えていた。

「……こんな所に、こんな建物ありましたっけ…………?」

いぐなが小さくぼやいた、刹那、刺すような殺気を感じ取り体を捩る。
数瞬後、その場にいる全員に向けて無数の針が放たれる!
咄嗟に身を捩らせたいぐなは、針の先端が衣服の至る所を貫通し、体を樹に縛り付けられてしまった。

のそりと、森の奥から、9、10人ほどの人間達が、四方を囲うようにして現れる。
みな一様に全身を包帯で包み、手には斧やら包丁やら、中には針と、物騒な得物を手にしている。
近づけば分かるだろうが、包帯は血のような染みを作り、彼らからは鼻を突くような異臭が漂っている。
その中の一人が、冒険者達に一歩近づいた。

「――貴方がたは、求む者ですか?それとも、奪う者ですか?はたまた、探求する者ですか?
 答え次第によっては、貴方がたを迎え入れ、答えによっては、その体を刻みます。
 嘘を吐けば分かりますし、問答無用で刻み、その血と肉で大地を潤すでしょう。さあ、答えを――――」

もし此処で、冒険者達が正直に答えなければ、或るいは彼らの望まない答えを出せば、攻撃してくるだろう。
斧を振るい、針を飛ばし、包丁を突き刺しにかかるだろう。
問いかけた包帯人間は腕に、燃え盛る鳥を模した小さな彫刻を抱き、冒険者達を見据えた。

【天邪鬼はおだてに弱い?大概の事には答えた模様】
【影撃破、道中でつるべ落とし出現、空き地にて入信者と思わしき人間達出現、問いかける】

103 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/29 02:06:32 ID:???
川面を走る風が少年の髪を掬い上げれば、川に飛び込むマリーが銀色の飛沫をあげる。
巨大蜘蛛の遺骸から出た玉と川底で光る玉の二つの点が繋がって線となり、きっと通り魔事件の真相に導いてくれるはず。
根拠はないが、ただそう信じたかった。
何か得体の知れない気配が疑心を毎分煽り立ててくるのだから。

もがく影からは闇にこごり淀んだ気配を感じる。
倉橋冬宇子はあの玉にケガレが蓄積していると言った。
これだけのものが自然に石に蓄積するとは考え難い。やはり特別な石で、怪しげな教団が関係していると考えたほうが妥当か。
でもなぜ……。川底の石からは黒煙が視認できる。
倉橋が祝詞と塩で影を清めれば、苦鳴あげそれは鳥居に這い寄ってくる。と同時にマリーへ流れこむ何か。
ここへきて鳥居は自分の行為が安直過ぎたと自省する。
不老という牢獄から解放された自分は必ず成長するものと思っていたのに先程は盛りのついた猫と称され拳固を貰ってしまった。
そして今、目の前ではマリーが危機に陥ろうとしている。

「…畜生です!こいつは人に取り憑こうとしているのでしょうか!?」
浅瀬に仁王立ちする鳥居の足元が沸騰して蒸気があがる。
理路整然と言魂で区分された術を、適所に放つ倉橋とは正反対に自分は何とふざけた力の使い方をしているのだろう
きっと、マリーは取り憑かれ襲い掛かかってくるに違いない。倉橋の術の効果は相殺されマリーの手は黒く変色してゆく。
その時だった。いぐなの銀の針が投擲され、マリーの手から邪気を吸い上げる。
その後いぐなは、邪気で変色した針を足でへし折り川にあがるとトランクがないと大騒ぎ。
サトリ女がいる方向に駆けていく。

104 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/29 02:07:11 ID:???
「ごめんなさい、マリーさん。危ない目に合わせてしまって…」
鳥居はびしょ濡れのマリーを見ることが出来なかった。
少し前なら濡れた服が張り付いた女体ラインを凝視していたことだろう。

「……石からでは通り魔事件の外掘りは埋められないのかなぁ。それとも僕たちはもっと大きな事件に巻き込まれているのかな」

子供を追い掛ける元気ないぐなの後ろ姿を目で追いながら鳥居は沈思。
いぐなを無理に追い掛けはしなかった。
倉橋も体育会系ではないだろうし自分も生身の体。マリーも泳がされたりと地獄の特訓みたいになっている。
いぐなの無尽蔵な体力には舌をまくばかり。
固まって行かないと危ないという梢の教えは守りたかっし、それにあの子の身のこなしを見たら何も心配はいらないだろう。

……山道を行く。
倉橋の忍者顔負けの喜車の術で、アマノジャクが色々な情報を吐き出してくれたのを思い出す。
彼女の裏側を少しは知ってる鳥居は、アマノジャクの貘の如く鼻の下を伸ばした様相に戦慄を覚えていた。
倉橋は見た目だけは相当な美人なのか子供にはよくわからなかったが知らぬが仏ってやつであろう。

「通り魔。包丁。心臓に達していない傷。派手な死に方。教徒。ほむらの祠。山神…。あ〜わかんないです!」

途中、いぐなの裏拳を受けたつるべ落としに出会って森を抜ければ廃墟が見えた。
夢遊病者のように前を歩いているいぐなの姿もあった。

「教会…?島原の乱を思い出しますね」

移動距離もそれほどではないのか簡単にいぐなに追い付いた。

>「……こんな所に、こんな建物なんてありましたっけ………?」

ほうけているようないぐな。その言葉は何を意味するのか。

「……この山は初めてじゃないの?」
率直な疑問を投げかければ、背後の森から葉擦れの音。風を切り飛んでくる針。現れる謎の集団。
針を受けた鳥居はいぐなのように木に固定されてしまう。どうやら囲まれてしまったらしい。

105 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/02/29 02:08:01 ID:???
包帯を巻かれた彼等からは異臭がした。きっとアマノジャクが言っていた教徒だろう。
意味不明の発言からもそうとれる。

「求む者…奪う者…探求する者……?」
彼等は嘘をついたら殺すみたいなことを言う。しかし嘘なんて分かるのだろうか。嘘をつく必要もないけれど。

「針を投げて動きを止めるなんて貴方たちはただ者じゃないですね。見た目からも殺気が溢れ出してますし。
それに迎いれると言われてましたけど、ミイラ男になるなんて僕はいやです。
もちろん大地の肥やしになるのもです」
体に力を込めて神気を放出させれば背負った木が煙りをあげる。鳥居は自由を求めたのだ。

「僕は求める者です!」
神気は火炎となり朱雀の形を出現させた。
炎は繋ぎ止めていた木を燃やし、火傷をするほどの熱風が包帯人間たちを襲う

【求める者と言いました】
【朱雀の形の火炎を出現させました】

106 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/01 04:35:51 ID:???
>「――君はとても、良い友達を持っているようだね。良いだろう。君達の素晴らしい無神経さには全く感服だ。
  いや、良い意味でだね。……本当は語らずで終われば全て良しだったのだが、……仕方あるまい。他言無用で頼むよ」

鎌鼬は蛇蜘蛛が提示した条件を飲んで、石について語り出した。
娘を盾にされたようなものだから、当然と言えば当然だ。
今更ながら少し強引過ぎたかと若干の後悔を感じたりもしたが、
相手もこの石が危険な代物と分かっていながら黙っていようとしたのだ。
おあいこだろうと自分を納得させる。

(万病を治す石に『教徒』、ねえ。なんだっけな、道教だかなんだかにも、そんな石ころがあるんだっけか。
 あの姉ちゃんなら、詳しく知ってるかもな。
 ……あー、やっぱこいつと二人っきりで来るんじゃなかったぜ。
 少し強引にでもいいからこっちに誘っとくべきだったんだ。
 そうすりゃこのアホも引き立て役くらいにはなったろうに)

ふと、思考がいつの間にか盛大に脱線していた事に気がついて、頭を左右に振る。

(結局、どうして娘さんが操られたのか心当たりはねーみたいだな。ま、仕方ねーか)

蛇蜘蛛が思考の切り替えを行なっている内に、鎌鼬の説明は石から通り魔についてへと推移していた。
その情報は大別すると三つに分けられた。

一つ、通り魔を捕らえに来た連中が山の西側に行ったきり帰ってこない事。
これは既に知っている情報だった。

二つ、刃物で殺された人間や獣の死体が最近よく見つかっているらしい事。
それがこの山に元々住んでいた人間なのか、それとも冒険者達なのかは分からない。

三つ、西側に住んでいる筈の『教徒』達が最近、東側にまでやってきている事。
鎌鼬いわく通り魔とは関係ないと思うが、奴らもそれなりに気が狂っていて、警戒した方がいいらしい。

「もし君等が西側へ行くというのなら……、もう一つだけ教えよう。教徒たちは包帯で全身を包んでいる。
 姿を見たら、なるべく戦わずに避けることをお勧めするよ。同じ人間同士、戦いあうのは嫌だろう?」

「まぁ、そりゃそうだけどよ。こいつもいる事だし、そう上手く……」

>「な!なんだと!教徒ってのは全身包帯で包んでいるのか!?」

一抹の不安を更なる不安で塗り潰すような大音声に、蛇蜘蛛が思わず顔を顰めた。

「この……ドアホ!次俺の傍で大声出してみやがれ!オメーの耳を削ぎ落してやるからな!」

>「いた!包帯の奴!すげえ殺気で不気味で!ありゃ人間なのかよ!?」

「はっはー反省の色が見られねえな!いい度胸だ!動くなよー手が滑ったら大惨事……って、いただぁ?」

こめかみに青筋を浮かべながら短刀を抜いた蛇蜘蛛が、はたと動きを止める。
要領を得ない説明で眉間に皺を刻みながらも辛抱強く聞いていると、
どうやら頼光は「もりおか食堂」の薪割り場で全身に包帯を巻いた人間に出会っているらしい。

107 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/01 04:36:15 ID:???
(あの時の気配はそれだった……のか?……つーか)

「なーんか嫌な予感がするぜ。俺ぁてっきり、ありゃ妖怪かなんかの気配だと思ってたけどよぉ……。
 もしかしてそいつ、こっち側の様子見にでも来てたんじゃねえのか?」

西側に住む、狂暴な『教徒』達。
その姿が最近、東側で目撃されている。
そして人や獣の死体。

それらの情報を組み合わせると、一つ最悪の想定が浮かび上がる。
もちろん、あくまでもただの想定だ。事実と断定するには情報が少なすぎる。
だが――事実と分かってからでは遅い事もあるのだ。

「……アンタ、動けるようになってからでいいからよ。
 「もりおか食堂」に言伝を頼めるか。見かけねえ客と、裏口には気をつけろってな。
 タダとは言わねえよ。後で飯でも奢るぜ」

杞憂であれば、それが一番だ。
自分一人が少しばかり自腹を切るだけで済む。
どうせ何もないだろうと高を括って、後から悔いる羽目になるよりかは、余程マシだった。



ともあれ蛇蜘蛛と頼光は、鎌鼬の家を後にする。
次の配達先は大樹という男の家だ。
位置は来た道を少し戻って、それから西側に向かったところらしい。
配達物は酒のようだ。箱の中から強烈な酒気が溢れている。

「……うへぇ。俺、酒は駄目なんだよなぁ。なんつーか、多分本能的に」

蛇蜘蛛は世俗の娯楽なら大抵のものは好むたちだ。
忍びでいた頃は周りにろくな娯楽がなく、またそれらを前に己を律する術ばかりを学ばされていた為、
その反動が来ているのだろう。

が、酒だけは駄目だった。とにかく駄目だ。
酒を見ていると、その中に自分が溺れてしまいそうな不安を感じるのだ。
慣用句的な意味でもなく、まんじゅう怖いといった戯言でもない。
彼自身、原因の察しはついている。自分の身に宿る『禁術』の副作用みたいなものだろう、と。

とにかく蛇蜘蛛は酒が苦手だった。
けれども、かと言って頼光に荷物を任せるのは少々どころではなく不安だし、そもそも彼が引き受けるとも思えない。
故に蛇蜘蛛は仕方なく、荷物を出来るだけ顔から遠ざけつつ運んでいた。

「ったくよぉ……いい気なもんだぜまったく」

自分とは裏腹に上機嫌な頼光を恨めしげに睨み、

(ホント、呑気に花なんか咲かせやがって……)

視線を前に戻し、

「……って、花ぁ!?」

頼光の頭に生えた牡丹の花を思わず二度見して、叫んだ。

108 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/01 04:37:12 ID:???
(いやいやいやちょっと待て、何これツッコミ待ち!?
 違うよな、俺ってそういうキャラじゃないだろ!
 いつもなら調子こいてヘマやらかして周りになじられるってのが俺の立ち位置だった筈!
 調子狂うぜ畜生!これ以上こいつのペースに付き合ってられっか!
 ……でも言いたい!オメー頭に花生えてんぞってすげー言いたい!よく見たらなんか毛深くなってきてるしよぉ!)

相手にしていたら切りがないと己を諭す理性と、
理解の埒外に咲いた花にとにかく言及したい衝動がひしめき合う。
そんな下らない事に頭を悩ませていると、

>「なっ何なんだこいつらああああ!誰か助けてー!ヘルプミィイーーーーーー!!」

不意に前方から助けを求める声が聞こえた。
咄嗟に思考を中断して、短刀を抜きながら周囲を見回す。

>「おっ、おーーい!そこ、誰かいるんだろ!?このままじゃ食われちまうよ、助けてくれぇーーーー!」

声の主は木の上にいた。
木の根元にはよく分からない毛玉のようなものが群がっている。

「なーんか嫌な予感……。こういう時は先手必勝に限る……」

蛇蜘蛛は静かに動き出す。
ケープの下に両手を潜らせて、短刀を左右に四本ずつ、一度に投げられる限界まで構えた。
息を軽く吸い込んでから呼吸を止めて、毛玉達に狙いを定め――

>「はぁあ!?そんな毛玉ども蹴散らしてこればいいだろおお!!!」

「んなっ!?」

まさに蛇蜘蛛が短刀を放とうとしたその瞬間、すぐ隣で頼光が大声を上げた。
雷鳴か焙烙玉の爆音と聞き紛うほどの大音声に蛇蜘蛛の手元が狂う。
短刀はただの一本も毛玉達には命中せず、木の幹に突き刺さった。

「……だぁあ、もう!お前は!さっきからうるせーんだよ馬鹿!」

蛇蜘蛛達の存在に気付いた毛玉共が振り返る。
露になったのは異常に細い顔、生理的嫌悪感を呼び覚ます粘液の膜、その奥に潜むどす黒い表皮、白濁した眼球に、細長く尖鋭な舌。
後ろ姿がなまじ愛くるしかった反動で、その凶相は殊更気味悪く見える。
そのうえ毛玉共の額には揃いも揃って、例の石が埋まっていた。

「おまけに嫌な予感はずばり的中で、おまけまで付いてると来たもんだ……」

ひょっこりとこの修羅場に紛れ込んだ野兎が見る間に串刺しにされ、干からびていく様を見て、蛇蜘蛛が辟易としながら零す。
兎にも角にも、近付かれたら不味いという事は十分過ぎるほどよく分かった。
距離がある内に数を減らさなくてはと、急ぎ再び短刀を抜く。

109 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/01 04:37:39 ID:???
>「ひっ、ひっ…………!うわぁあああああ!!」
>「ひっ、ひっ…………!うわぁあああああ!!」

直後に、木の上にいた林間が枝葉の奥へと引きずり込まれるように消えていった。
毛玉共以外にも何かがいるのだろうか――なんにせよ、状況は切迫しつつある。余裕がない。
ただでさえ隣で恐れ慄いている頼光には期待出来そうもないのだ。
速やかに毛玉共を始末して、林間の安否を確かめなくてはならない。

「つー訳で、来るならさっさと来やがれ!今度はオメーらが針山になる番だ!」

襲い来る毛玉共めがけて、蛇蜘蛛が閃光のごとき短刀を放つ。

>「うぐおおおおおおおおおおおお!!!!!」

――その直前に、再び頼光が咆えた。
先ほどよりも更に大きな、衝撃波と化した音が毛玉共を叩き落すほどの声量で。
当然、隣にいた蛇蜘蛛もまた余波を受ける事は免れない。
短刀を取り落とし、それどころか一瞬意識さえもが遠のき、膝を突いてしまった。

「うおぉ……さっきから……俺、こんなんばっかじゃねえか……。
 つーかお前……んな事出来んならもっと早く……」

いい加減殺意に昇華しかねない苛立ちを込めて頼光を睨み上げ――彼の視線の先には、それはもう立派な唐獅子がいた。

「あらー、人違いでしたかー。こりゃ失礼……じゃなくて!
 えっと、お前……なんだっけ、頼光?だよな?花生えてるし……」

言葉が通じるのか、そもそも頼光としての意識があるのかも定かではないが、ひとまず蛇蜘蛛は唐獅子に声をかける。
それから頭を軽く左右に振って、立ち上がった。
突然の出来事に理解は追いついていないが、まごついている暇はないのだ。

「まぁ、そんな事は後だな……おい、荷物!ここに置いてくから守っとけよ!勝手に飲んだらその花むしり取るからな!」

立ち上がりざまに落とした短刀を拾い上げ、動き出しそうだった何匹かの毛玉に放る。
それから深く息を吸って目を閉じる。
林間が梢の奥に連れ去られてから、もう大分時間が経った。

のんびりしている暇はない、かもしれない。
かもしれないだけだとしても、事が起きてからでは遅いのだ。
故に蛇蜘蛛は意識を研ぎ澄まし――自分の奥深くに眠る『禁術』を呼び覚ました。

蛇蜘蛛から強い霊気が溢れ出す。
続いて双眸がかっと見開かれ――その目は文字通り、眼の色が変わっていた。
白目は毒々しい黄色に染まり、瞳孔は縦に細長く変形している。
同時に両手と首から上、コートに隠れていない彼の肌に細やかな編み目模様が浮かび上がった。
鱗だ。極々微細な鱗が、彼の全身を覆っていた。

110 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/01 04:39:11 ID:???
一部の生き物は粗末に扱われた時、命を奪われた時に、人間を呪う事がある。
そしてその呪いは、呪いをかけた生き物に酷似した形で発現する。
最も有名な例を挙げるのならば、狐憑きがまさにそうだ。
つまり――蛇蜘蛛は蛇に呪われているのだ。
神獣と呼ばれる白蛇を殺して自らの体に呪いを宿し、それを御する。
これが蛇蜘蛛の『禁術』だった。

林間が登っていた木を目指して駆け出した。
加速して、その勢いを緩めないままに木の幹を駆け上がる。
僅か数秒の内に勢いは重力に殺されて、蛇蜘蛛の体が空中で静止した。

「あら……よっと!」

だが蛇蜘蛛は慌てもせず、右手のひらで木の幹に触れた。
すると彼の体の落下が止まる。
右手のひらだけを支点にして、彼は木にぶら下がっていた。
それどころか今度は左手も幹に貼りつけて、滑るように木を登り始めた。

蛇は鱗を木の幹に引っ掛けて、その摩擦力によって木を登る事が出来る。
蛇蜘蛛もまた体を覆う微細な鱗を用いて、同じ事が可能だった。

「さて……どこに行っちまったのかねえ……」

一度木の枝を足場にして、周囲を見回す。

「逃れらんないぜ、俺の『眼』からは……!」

小さく呟いて、蛇蜘蛛はすぐにまた動き出す。
蛇が暗闇でも『温度を追って』得物を捉えられるように、彼には林間がどこを通って行ったのかが『見えていた』。

追跡を続けながら、蛇蜘蛛が小さく右腕を振るう。
袖の内側に隠していた短刀を鱗の摩擦力で手の甲に貼りつけた。
林間を連れ去った『何者か』が彼や自分に危険を及ぼすのならば、即座に攻撃を仕掛ける為に。

【林真を追跡。彼を連れ去った相手がヤバそうだったら攻撃】

111 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/01 21:13:59 ID:???
>>100-102
谷川より湧き上がる異形の人影。神気の鞭に囚われた影は、清めの塩を浴びて激しく身悶えた。
岩場を谺(こだま)する怨嗟の咆哮は断末魔か。
縮みゆく影より立ち昇る細い黒煙が、双篠マリーが川中より拾い上げた小石へと連なり、吸い込まれていく。
影の消滅と時を同じくして、小石を握るマリーの指間から黒煙が溢れ出した。

倉橋冬宇子は、"いぐな"より投げ渡されたハンケチ片手に川原に佇むマリーに歩み寄り、その手を取った。
小石の放つ瘴気に一度は侵食されたかけた掌。
しかし、黒い変色の跡は既に無く、触れる肌より伝わる生気も、常日頃のものと変わりはない。
"いぐな"の投擲した吸精針が掌を貫通し、僅かな生気と共に、穢れの瘴気を余さず吸い取っていたのだ。

「見せてごらん…あの娘の言うとおり浅手だね。
 針は抜けてるし、出血が止まれば問題ないだろうさ。
 気休めにしかならないが、念の為にお清めを打っておくかね。ちょっと痛いだろうが我慢しなよ。」

塩を疵口にふり掛け、退魔の真言を唱えつつ、冬宇子は、濡れた黒髪に縁取られたマリーの顔をまじまじと見つめた。
決して祓うことの出来ぬ、身魂に染み付いた穢れを『業』と呼ぶ。
其れは、その者が生涯――或いは子々孫々、輪廻の循環に乗れば来世にまで、背負っていかねばならぬ宿命である。
冬宇子の受け継ぐ外法神の依り代たる血も、ある種の宿業であるが、
マリーもまた、清めのまじない程度では太刀打ちできぬほど、深い『業』を抱える女であった。

と、その時、つかの間の静寂を破り、少女の甲高い声が響き渡った。

>「なっ無い!私のトランクが無い〜〜〜〜ッ!?」
>「あっ、あんのガキンチョ〜〜ッ!待てーーーーっ!!」

"いぐな"の視線を辿ると、子供が一人、馬鹿でかいトランクを担いで逃げ去るところだった。
こんなアヤカシだらけの奇矯な山の頂上に、年端もゆかぬ人間の子供が住まっているとも思えない。
…人姿を模した妖怪か、歳を経て妖力を得た狐狸の悪戯だろうか。
冬宇子は、漫画さながらの格好で拳を振り上げて子供を追う少女の背中を見送り、呆れ声で呟いた。

「本当に、せわしない娘だこと…あんなのを使わにゃならん上官は、さぞや苦労おしだろうねぇ。
 …さてと、そんなことより。姉さん、あんたが命がけ拾った石を見せて貰おうか。」 

遠ざかる"いぐな"からマリーに視線を戻し、冬宇子は言った。
人差し指で、左の掌に魔除けの梵字を描き、受け取った小石を乗せる。
罅割れた小石は、安物の翡翠の如き淡緑色を湛えて、掌上に鎮座している。
形や大きさは、鳥居が蜘蛛の残骸より採集した小石に良く似ていたが、
この緑の石からは、ケガレの発する邪気のようなものは感じられなかった。
マリーの手の中で、黒から翡翠色に変色する過程で立ち昇った黒煙が、石に込められていた邪気の正体なのだろう。

冬宇子は、淡緑の輝きを見つめながら、道中の災難に思いを巡らせた。
小石を体内に内蔵していた大蜘蛛。
小石より湧出した悍ましい人影。
ともに、このケガレを孕んだ小石が関係している。

『穢れ』とは、人の営みの中で、諍いや軋轢を通じて生じる『負の感情』が蓄積したものである。
無論、最も影響を受けやすいのは、人の身体であるが、
住まう家屋や愛用の道具、信仰の対象である神体など、人の"思い"の篭る場所にも、また、溜まりやすい。
反面、自然の事物には付着しにくく、
人里離れた山中に、同じような穢れを孕んだ小石が幾つも落ちているのは不自然だった。

矢張り、この石は、人為的に加工したものなのだろうか?
『負の感情を貯留するための容れ物』として―――?
誰が、何の為に―――?
鳥居同様、冬宇子も、石の出自に疑問を持ち、天邪鬼老人より聞き出した『謎の教団』を連想した。

112 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/01 21:20:38 ID:???
所謂、邪神や荒御魂(アラミタマ)と呼ばれる、禍なす神を信奉する者たちが、
『負の感情』を神威増幅のエネルギーとして利用することは、宗教者・術士の間では周知されている。

『負の感情』とは――怨憎、悲憤、嫉妬――といった、他者或いは自身の『破滅を願う意思を孕む感情』の全てを云う。
即ちそれは、『感情による呪詛』と言い換えることも出来る。
身を焼くが如くに昂まり、一心に研ぎ澄まされた『負の感情』は、それだけで自ずと、人の世ならぬ常世への扉を開く。
魔的なものを引き寄せ、時に、自身をも魔性に化身してしまう場合すらある。
禍なす神の信奉者は、そうした『負の感情』によって、現世に顕現した神の力の増幅を図るのだ。
生贄や拷問は、そのために用いられる手段の典型だ。
人は、理由もなく虐げられ、命を奪われる時に、最も強く『負の感情』を抱くからである。
謎の教団とは、邪神を崇拝し信奉する一団なのだろうか?

―――無差別殺人鬼ヒト刺し……その真犯人が潜伏すると噂される火誉山。
―――山中でアヤカシや獣を殺戮し、最後には骸となって見つかるという入信者。謎の教団。

この二つに関連はあるのだろうか――?
二つの事象は、角度によっては連なって見える山脈のようなもので、
間に歴然と聳える崖を埋めるべき断片は、未だ見つからない。

こうして、既知の情報を反芻しているうちに、ふと気になることに思い至った。
冬宇子は再び、マリーへと視線を振り向ける。

「姉さん…あんた、食堂の裏で、包帯の男に襲われかけた…って言ったね?
 そいつから"妙な匂い"はしなかったかい?比喩的に言ってんじゃない。そのものズバリ異臭はしたかってことさ。
 あのじいさん、言ってたろ?包帯まみれの入信者は、ツンと鼻に付く嫌な臭いをさせてるって…!」

マリーから当時の状況を聞くかぎり、
店主の森岡梢が、裏手の小屋に当たり前のように出入りする包帯男に、気づいていないとは考え難い。
梢が、男を危険な人物と認識しているのならば、
忠告も無しに、小屋の真横の薪割り場に、マリー達を近づけるようなことはしないだろう。
男が入信者でないないならば、入信者と見紛う扮装をして、彼は、森岡梢の家で一体何をしていたのだろう?
もしや彼が、帰郷しているという冒険者――草汰の兄なのだろうか?


ケガレの抜けた翡翠石は、和紙に包んで懐に仕舞った。
考えが纏まらぬまま、次の配達先――サトリ女の住処へと足を進めていくと、
道端に、額に瘤のある巨大な生首――"つるべ落とし"がひっくり返っているのを見掛けた。
よもや、あの娘の痕跡か。またも行く先が重なるのか…と、少々うんざりしたところで、
ハッと閃くことがあって、冬宇子は、隣を歩く鳥居の肩にそっと手を置いた。
見上げる少年の顔を、しんねりとした視線で見返して言う。

「生成り小僧、あんた、可愛い可愛いって…あの娘に随分とご執心だったねえ…。
 そうさねえ…確かに可愛い顔だったよ。
 なのに、何故、あぁ〜んな鬱陶しい髪で、可愛いお顔を半分も隠しているのか…?不思議に思わないかい?
 あの髪の下にはどんな顔が隠れてるんだろうねぇ…?
 ひょっとして…毛むくじゃらの獣のような顔かもしれない……口が耳まで裂けた般若面って線も…!
 秘密を持つ女の本性は怖いよぉ〜…!まァ機会があれば確かめてみるこったね。」

と、鳥居の不安と好奇心を煽るような言葉を投げかけてやった。
更に歩を進めるうちに、木立が途切れ急に視界が開けた。
一行は、広い空き地へと足を踏み入れていた。

113 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/01 21:28:08 ID:???
索漠とした空き地に、ぽつんと、荒れ果てた教会が建っていた。
石の土台と躯体はあらかた残っているものの、木製の扉や屋根は、長年の風雨に晒され、半ば腐れ落ちている。
かつては垣根の役割を担っていたのだろうか。教会の前庭を囲むように、枝振りのよい樹木が葉を茂らせていた。

"いぐな"は、その朽ちた教会の正面に佇んでいた。
鳥居にそそのかすような視線を送り、冬宇子は"いぐな"の背後へと近づいていく。

と、その瞬間、ヒュン――と、空を切る鋭い音が耳元を掠め、
気が付くと冬宇子は、袂や裾に刺さった何本もの針で、前庭の樹木のうちの一本に、身体を縫い付けられていた。

「ひぃいぃぃ……」

思わず、泣き声とも悲鳴ともつかぬ声が零れた。
着物のおくみ――つまり、太股の間に刺さった針で真っ直ぐに立つこともできない。
中腰のガニ股になった冬宇子は、首を巡らせて辺りを見回した。

シミだらけの包帯を纏い、得物を手にした十人ほどの一団が、森の中より現れ、
縛められた冬宇子たちの周囲を取り囲んでいく。
全身を覆う包帯、鼻に付く異臭。ただならぬ殺気と狂気。…まさしく耳にしていた『入信者』そのものだ。

>「――貴方がたは、求む者ですか?それとも、奪う者ですか?はたまた、探求する者ですか?
>答え次第によっては、貴方がたを迎え入れ、答えによっては、その体を刻みます。
>嘘を吐けば分かりますし、問答無用で刻み、その血と肉で大地を潤すでしょう。さあ、答えを――――」

「いっ……?問答無用って……!?そんな、何の説明も無しに…?質疑応答には前振りや順序ってモンが……」

未だ状況を把握できず、言い淀む冬宇子をよそに、鳥居の返答が凛と轟く。

>「僕は求める者です!」

同時に吹き荒れる熱風。
鳥居の前に、紅羽を広げる火鳥が顕現し、包帯ごと信者たちの肌を焦がしてゆく。
多勢に無勢。他に何人伏兵がいるとも知れぬ状況で、いきなり脅迫者に敵意を見せ付けるのは、得策とはいい難い。
冬宇子は焦った。

「わわわ…私はこの小僧とは無関係ですわ!こんな火遊び小僧、存分にお仕置きしてやって下さい!
 私は『求道者』…!『求む者』すなわち『入信者』です!!!
 万病を癒すありがたい神のお噂を聞いて、是非御神徳に預かりたいと、
 はるけくもこの火誉山にやって来て、入山いたしました!!
 馬鹿!この小僧!袖が焦げてきたじゃないかっ!熱いっ!!早くこの針をなんとかしてぇ!!」

身動きの取れぬ冬宇子は、燃え盛るの火鳥の羽音に掻き消されぬよう、金切り声を上げて訴えるのであった。


【マリーさんに食堂の裏で出会った包帯男の匂いについて質問】
【いぐなちゃんの髪の下の顔を見てみたくない?と鳥居君をそそのかす】
【包帯人間の意味不明な質問と鳥居君のバーニングファイアーにテンパッて『求む者』と回答】

114 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/04 11:42:50 ID:???
【下流沿い ???】

――森の中は、咽返るような鉄錆の臭いと鼻を刺すような腐敗臭で充満していた。
木々に飛び散った鮮血が、幹や枝を伝い、地を濡らすは血潮の海。
その光景を三人の男達が見下ろし、眉を顰め小声で会話し合っていた。

「なあ、本当にこの山に『あの』ヒト刺しがいると思うか……?」
「如何な物でしょう。出て来る生きたものといえば、獣や妖怪ばかりですし」
「そもそもが、だ。ヒト刺しがこの山に居るなんて情報、どっから沸いて出てきやがったんだ?」

男達は一様に、陸軍の士官服をかっちりと着こなしている者ばかり。
その足元には、熊やら狐やらの獣の骸が彼方此方へ、無造作に打ち捨てられていた。
男の一人が、眉間に更に皺を寄せ、他の一人へと視線を向ける。

「君の脳味噌は鳥から取り出したのかね。ヒト刺しがこの山にいるという情報を捕まえたのは君だろう」
「違ぇよ馬鹿。あの間抜けな警官がヒト刺しの居場所を知ってるなんてほざくものだから、ついでに案内させたまでよ。
 杉原、長官から何か聞いてないのか。今回の『計画』とやらの指示を受けたのはお前だろう?」

男二人が言い争いの末、杉原と呼ばれた男へと振り返る。

「――――警察署内では情報が混乱していると耳にしました。複数の目撃証言や密告が数多くあるものの、
 大半は悪戯や賞金狙いの嘘八百、果ては我こそがヒト刺しであると豪語する者も居ると。
 被害は未だ収まる気配も無く、おまけに昨夜現れた『例の墓荒らし』やら、
 相次ぐ武装組織や宗教団の出現などの対処に追われ、てんやわんやだそうで。
 もしかしたら林真巡査の言っていた情報も、そうした混乱の中に紛れた『外れ』の一つやも知れませんね。

 ……時に、案内役の林真巡査は何処にいらっしゃるのでしょう。先程から姿が見えませんが」

ざざぁ……、と木々が呻く。熱を孕んだ生温い風が、血の臭いを森中へと運んでいく。
暑さにも関わらず、山に入った時から、男達は背中に溶けかけた氷を滑らせたような、そんなうすら寒さを覚えていた。
連続通り魔が潜伏していると噂される、名前も聞いた事の無かった辺鄙な山。
鬱蒼と茂る見慣れぬ樹木、道中見かけた、人間の真似事のように生活する獣や妖怪たち、――山に入った時から感じる、視線。
「この山は、何かがおかしい」。霊感や気を察知する力は無くとも、男達は奇妙な感覚に顔を顰めた。
袋を下ろし、男の一人は居心地悪そうに相槌を打つ。

「そう言われれば見かけんな。大方、小便か迷子だろ。もしかしたら、例のヒト刺しと遭遇していたりしてな」
「――――兎に角、先を急ごう。ヒト刺しなぞ、今は後回しだ」
「あーあ、ったく。何で軍人の俺達がこんな、下っ端がやるような仕事を……長官の命じゃなきゃ絶対に……」


>「うぐおおおおおおおおおおおお!!!!!」


男が言葉を言い終わるよりもはやく、それは起こった。
森中に轟かせるかのような音の衝撃波は、大気を強く振動させ、強風が如く辺りを薙ぎ払う。
毛玉犬は叩き落され、遠くからでも聞こえた、その有り得ない声量に男達もたまらず耳を塞ぐ。

「な、何だアイツぁ?この山の主か何かか!?」
「み、耳が……耳がぁ…………」

目を回す男達の頭上で、何かが駆けた。人間が人間の頭上で、熾烈な鬼事を展開していた。

115 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/04 11:43:58 ID:???

「おーーたーーすーーけぇえーーーーーー!!」

疾風の如き動きで樹の上を駆ける、全身を包帯で包んだ謎の人間の腕の中。樽担ぎで拉致された、林真の悲鳴が辺りに散らばる。
その後ろを追従、追跡する蛇蜘蛛を、包帯人間は視界の端で捉えていた。
包帯人間は、男一人抱えているとはいえ、足にはそれなりに自信があった。
追いつかれるかと思えば、驚異的な爆転で飛び上がり、別の樹に飛び移って逃げる。だが相手も負けず、しつこく追い回してくる。

臭いか、と疑った。包帯人間が通った後は鼻を突くような刺激臭が残る。林真もその臭いで既に涙目だ。
ならばと包帯人間はある場所を目指した。そして飛び降りた場所は、頼光たちのすぐ傍。
そして何と、荷物である酒の入った箱のひとつを、蹴り飛ばした。
木箱と瓶が割れ、中身を撒き散らしながら宙を舞う酒の落下点は、軍服を着た男達。近辺を強烈な酒の臭いが包む。
銘酒『八岐大蛇』。その臭いだけで大抵の者を酔わせると評判である。

「ぅええ……吐きそう……」

少し離れた場所であるにも関わらず、臭いを嗅いだ林真の顔が赤くなる。
まともに酒を浴び、口に酒を入れた当の男達は、酔いで動けなくなってしまった。
そして臭いは相手を酔わせるだけでなく、招かれざる客を引き寄せてしまうものなのだ。

「ぎっ、がぁ、ああ……………!!」

まずは一人。背後から伸びた尖鋭な舌が背中から胸にかけて貫通し、体液を全て搾り取られ干物のように枯れ果てる。
前屈みに倒れた男の背後から現れたのは、新たな毛玉犬の集団。
但し、先程現れた毛玉犬と違い、前脚は――鋭い鉤爪が付いているものの――半ば人の手のように発達したかのようだ。

「ひぃいい!だっ誰か、助け……!」

蒼褪めたもう一人は、尻餅をつき、声も無く喘ぐ。
次の瞬間には集団が男を襲い、断末魔を上げる間もなく鉤爪でずたずたに引き裂いた。
毛玉犬たちは餌を貪る間、最後の一人はがちがちと歯を鳴らしながら、無様にも地を蹴るようにして森の奥へと姿を消した。

「あば、あばばばば……ぅ"ぇえっ」

地獄絵図を目にし、林真は遂に嘔吐した。思わぬ来客を招いた包帯人間は、一拍の間の後、冒険者達を振り返る。
包帯の隙間から、舌を出して片目を瞑って見せ、両の掌を合わせて片足を上げる格好をした。
これに台詞を付けるなら、大方「ごっめーん、やっちゃった!」というところだろうか。

そうしてる間にも、食事を終えた毛玉犬たちが今度は冒険者たちに再び焦点を定める。
涎を垂らし、牙を光らせ、爪を擦り合わせ接近し、襲う機会を伺っている。
因みに包帯人間はまたも、林真を抱え、逃げる体勢に入っていた。

【謎の軍人たち出現。今回の事件に関与ありか?】
【周囲に強烈な酒の臭い。新たな毛玉犬出現。包帯人間は逃げる気マンマン】

116 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/03/05 02:19:14 ID:???
石に触れた瞬間、予期していた事態が発生した。
まるで氷の張った湖に右腕だけ突っ込んだように
鋭い冷たさと痛みが腕に突き刺さり、
その感覚がどんどん広まってくるような感覚を感じた。
そうなるとわかっていた為か、暗殺者としての経験地のお陰か
マリーはその場では取り乱さず、すぐさま川の中から抜け出した。
「あぁ…ぐぅッ!!!」
苦悶の表情を浮かべ、石を握った自身の腕を見たときマリーは驚愕した。
まるでメッキが剥がれるように黒く変化していたのだ。
とっさに石を放そうとするが、放そうとすればするほど握る力が増すのを感じた。
「私を…見縊るなよ」
もう片方にある短剣を出すと、腕を切り落とす為にそれを振り上げる。
だが、そのときだった。
いぐなの放った針がマリーの手に突き刺さった。
痛みを感じたが、それ以上に石が侵食してくる感覚が消えていくのを感じた。

「礼は…言わない」
いぐなには視線を向けず、倉橋に傷口を見せながらそう返した。
「…なんだい?死相でも出ているのか」
倉橋の視線を気にしつつ、マリーはハンカチで傷口を覆い、手を動かしてみる。
「(痛みはあるが使えないって訳じゃないようだ)」
手の無事を確認し、石を倉橋に見せると、倉橋はまき割り場で会った包帯男について尋ねてきた
「あぁ確かにしたよ。何かが腐ったような臭いがね。
 てっきり、店の裏に死体でも隠してあるんじゃないかと思って探したが…
 そうか、彼も信者だったのか」
倉橋の質問に答え、立ち上がろうとした時、鳥居がばつの悪そうに謝ってきた
「…謝る時はちゃんと人の顔を見るべきだと思うが…まぁそれはいいか
 一つ尋ねるが、仮に君が私の代わりに石を取りに行ったなら誰があの影や触覚を押さえ込めた?
 冬宇子が行っていたならばどうだ?…わかるだろ?今のは仕方が無かったんだ。ただ私の日ごろの行いが悪かっただけ
 君はやることをやったんだ。謝る必要は無い」
そう言ってやると、鳥居の頭を軽く叩き、マリーは荷物を手に取り、いぐなの後を追った。

いぐなの後を追うと廃墟と化した教会にたどり着いた。
「ずいぶん古そうだがいつごろのだろうか」
わずかに残った装飾品等でこの教会がいつごろのものか判断しようと思った矢先
鋭い視線と殺気を感じ、マリーは咄嗟に身を翻したが、
あえなく他の冒険者と同様に木に縫い付けられてしまった。
標的を捕獲したのを確認すると、茂みの奥から包帯もとい入信者たちがその姿を現した。
各々その手には得物が握られている。
その内の一人が悪臭と共に歩み寄り、質問を投げかけてきた。
「…なんだいその質問は?そんなおおざっぱな分け方で答えられる訳が無いだろうに
 私は求める奴に対して求めるし、奪う奴に対しては遠慮なく奪う、知りたいことがあれば徹底的に探求する人間だ
 さぁ困ったことになってしまったな?制覇してしてしまったよ」
入信者の問答に対し、煽るような口調で答えながら、マリーは針の刺さり具合を確認した。
どうやら刺さっているのは上着だけのようだが、濡れているせいで脱ぐのに苦労しそうだ。
下半身はお手上げだ。1本たりとも抜ける気がしない。
「下手をしたら素っ裸で戦うハメになりそうだ」
そうぼやいている間に、鳥居は力を解放し、木を燃やしている。
信者たちの様子を伺いながら、マリーはもしものときに備えて身構える。

117 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/03/05 22:47:26 ID:???
>>109
> えっと、お前……なんだっけ、頼光?だよな?花生えてるし……」
「ん?ああああ!!!また成っちまったああああ!!!」
大咆哮で毛玉犬を撃ち落とした後、蛇蜘蛛に問われて初めて自分の異変に気が付いた頼光。
「ぐおおおお!!華族たる俺様がこんな毛駄物の姿にいい!!」
頭を抱えてゴロゴロと身悶える頼光に見切りをつける蛇蜘蛛の判断は正しい。
こんなのに構っていては日が暮れてしまう!

何もかもを投げ出したくなった頼光が転がっていると、蛇蜘蛛から霊気が溢れ出す。
霊的技能を持ち合わせていない頼光だったが、唐獅子となっている今、それがどういったものかは理解ができた。
その変化した姿はまさに蛇そのもの。
這うように木に登りっていく姿をポカンとしながら見送った後。
「あーもー。なんだよ、あいつも化け物なのかよ!
ちきしょー。まともな人間はいないのかっ!こうなったら飲まずにやってられっか!!」
自分のことは棚に上げて蛇蜘蛛が人間でなかったことに失望する頼光。
しかしその失望も、実は酒を飲むための口実にしか過ぎなかった。

元々酒好きであり、匂いだけでもほろ酔い気分であったのだ。
度重なるショック状態で酒に逃避しようとするのはごく自然なこと。
さっそく木箱を開けようとして、己の手が肉球と短い指と鋭い爪で構成された、ふたを開けるのにまったくもって向かない手であることに気づいてしまった。
「だーちきしょおおおおお!だから毛駄物はきらいなんだよおおお!!!」
またしてもゴロゴロと転がりまわる頼光。
だがこの時、血の匂いが森に流れ混んできたのだが、酒の匂いに夢中になって気づきもしなかった。
当然、樹上を跳ね回る包帯の刺激臭にもほとんど気づきはしなかったのだ。

>>115
そんな隙だらけの頼光のすぐ側に包帯人間が降り立つのは容易かっただろう。
やる気なさそうに降り立った包帯人間に視線を向けた頼光の目に映ったのは、まるでスローモーションのような光景だった。
林真を担いだまま包帯人間は荷物の木箱を蹴り飛ばす。
木箱は粉砕し、中の瓶が割れ、酒が飛び散っていく。
その飛沫の一粒すらはっきりと目に捉えていた。
もちろんこれは、酒への執着が生んだ超集中力がなした時間の圧縮。
自身の時間の流れも圧縮されているので、スローモーションのように見えたからと言って自分が早く動けるわけではない。
頼光の反応や動きもまたスローモーションのスピードなのだから。

そして集中により時間圧縮は解かれ、事態は動きだす。
どこからか現れた軍服の男たちに酒がかかり、辺り一帯強力な酒気に包まれた。
直接口に入った軍服の男は動けなくなり、酒気に誘われた大型の毛玉犬に襲われる。
もう一人もその爪で引き裂かれ、最後の一人は狂乱したように逃げて行った。

新たなる毛玉犬の出現や、地獄絵図も頼光の目には入っていなかった。
「あ、あああああああああああ!?もったいねえええええええ!!」
大好きな酒が蹴り飛ばされ、山に降り注いだことのショックの方が大きかったのだ。
自分が飲もうとしていた酒を、蹴り飛ばされた!
それをやった張本人は人をおちょくるようなポーズを取っている。

元々我慢や自重という事を知らない頼光の沸点は恐ろしく低い。
今の頼光の体は赤黒い唐獅子となり、普段より一回り以上大きくなっていた。
「おおおおお!!!許さねええええ!!」
怒りと怨嗟の声を上げると、殺気や神気が体の膨張以上に大きく放出される。
そう、銘酒八岐大蛇はその評判にたがわず匂いだけで頼光をすっかり酔わせていたのだ。
だがそれだけであろうか?
もしかしたら、腰にぶら下げた袖布にくるまれた黒い石が作用しているのかもしれない。

ともあれ、漲る殺気と溢れる神気は凄まじく、頼光の周囲の空間がぐにゃりと歪み、毛玉犬は本能的に恐れたのか逃げ出した。
それと共に頼光は爆発を巻き起こしてその場から消えた。
爆発を巻き起こす程の凄まじい踏み込みは頼光の体を弾丸のように弾き飛ばし、包帯人間との間合いを一瞬でなくす。
「俺の酒おおおおおおおお!!!!」
大咆哮と共に包帯人間に一撃を見舞った!

118 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/08 01:10:19 ID:???
【上流組→廃協会前】

臭気が漂う。全て、包帯人間達から発せられる鼻が曲がる様な腐臭だ。
いぐなは先程の包帯人間の問い掛けにどう答えるべきか、必死に足りない頭を動かす。
冒険者達を見据える包帯人間は、腕の中の彫刻を今一度強く抱くと、答えを促すような視線を送る。
初めに答えたのは、鳥居だった。

>「それに迎いれると言われてましたけど、ミイラ男になるなんて僕はいやです。
  もちろん大地の肥やしになるのもです」
>「僕は求める者です!」

鳥居から溢れ出した神気が迸り、火炎となって朱雀の形をとった。
その勢いは少年を繋ぎとめていた樹を燃やすだけに留まらず、周囲の包帯人間達にも火の粉がふりかかる。
それどころか、その火の範囲は同じ冒険者である倉橋や、いぐなにまで及んでいた。

>「私は『求道者』…!『求む者』すなわち『入信者』です!!!
>「馬鹿!この小僧!袖が焦げてきたじゃないかっ!熱いっ!!早くこの針をなんとかしてぇ!!」
>「…なんだいその質問は?そんなおおざっぱな分け方で答えられる訳が無いだろうに
> 私は求める奴に対して求めるし、奪う奴に対しては遠慮なく奪う、知りたいことがあれば徹底的に探求する人間だ
> さぁ困ったことになってしまったな?制覇してしてしまったよ」

熱気から命の危機を感じ、焦燥に駆られた倉橋、そしてその隣で挑発とも取れる態度で答える。
対し、質問した包帯人間はさして表だった感情を見せることなく、いぐなへと視線を移した。

「最後は貴方です。求めるか、奪うか、探求するか……」

ちらちらと、炎がいぐなの頬を撫でる。いぐなは半ば自棄的に答えた。

「……………………知ったこっちゃないですね。私は生憎と、冒険者ではありませんから。」

答えを聞くや、包帯人間の仲間の一人が指を鳴らした。途端、冒険者達を束縛していた針が全てぽろぽろと抜け落ちる。
そして突如、全員がその場で頭を垂れ――有体に言えば、土下座した。
ただ一人、彫刻を胸に抱えた包帯人間が口を開く。

「まずは先程の御無礼、お許し下さい。この山は今、嘗て無い危険に満ちております。
 貴方がたは私達の敵ではなかった。嘘吐きは一人、いらっしゃいましたがね――」

ちら、と視線を向けるは倉橋のもと。即座に2、3人程の包帯人間が倉橋の首筋に針の先を突き付ける。
彫刻を抱えた包帯人間は、丁寧に包帯の巻かれた指先で、トンと倉橋の胸を軽くつついた。

「言いましたよね?嘘を吐けば解ると。私は嘘吐きは嫌いです。
 心とは何物よりも、時には神の使いよりも正直です。嘘を吐けば、どんな人間でも僅かですが心音を乱します。
 人を辞め、獣の聴覚よりも遥かに優れた私の耳にかかれば、貴方の心音どころか山の反対側の人間の息遣いさえ聞こえてくる……」

お喋りが過ぎましたね、と咳払い一つし。ただし、と続ける。

「それでも、あの様な切迫した場面で咄嗟に出せたあの演技力と嘘の完成度は評価しますよ。心音が聞けなければ騙された所です。
 多勢に無勢の中、そこの少年の神気も、そちらの淑女の啖呵も中々のものですよ。
 聞きたい事は山ほどあるでしょうから、どうぞ此方へ。いぐな、貴方もです。話す事は沢山あります――」

いぐなは包帯人間達を見、困惑したように冒険者達へと視線を向けると、廃墟のような教会を見上げた。

119 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/08 01:11:56 ID:???
教会の中は、外見とは相反しとても清潔で簡素なものであった。
礼拝堂の更に奥、洋装であるにも関わらず一室だけ存在する和室へと冒険者達を通す。
何人かの包帯人間が冒険者達を囲み(倉橋には相変わらず針をつきつけたまま)、いぐなも
冒険者達の間に挟まれるように(苦い表情で)座らされている。そして代表格らしき包帯人間が反対側に座り、再び頭を下げた。

「自己紹介がまだでした。不肖私、サトリと呼ばれる者に御座います。冒険者様、改めまして先の無礼をお詫び申し上げます。
 先の問答は、貴方がたが敵でないことを知るための苦肉の策だったのです。突拍子もない質問は人の心を露わにしやすいと言いますか…。
 私含め、皆訳あってこの様な格好をしておりますが、決して貴方がたの考えているような者ではありません。
 どうか御恨み下さらぬよう。山の西側というのは、右も左も安心して暮らせるような場所では、到底成り得ないのです」

「ちょっと待って下さい。此処は西側だと言うのですか?私達は確かに東側に居た筈なのですが……
 それにこの教会は何です?こんな建物、私は見た事ありませんし、貴方は私を知っているのに私は何も知らない。
 一から説明して下さい。この山で何が起きているんです?貴方達は一体……」

立ちあがって声を荒げるいぐなに対し、サトリは困ったように包帯の下で眉尻を下げた。

「落ち着きなさい。自分の理解の及ばない出来事が起きると直ぐに激情するのは、昔からの貴方の悪癖ですね。
 その分だと、他人を見下す癖や余計な事を直ぐに漏らす癖も治っていないのでしょう。
 貴方がこの山に戻って来たことと、冒険者様方がいらっしゃったのは只の偶然ではないのですから。」

憮然とした表情を滲ませるも、いぐなは座り込んだ。包帯人間達が宅配物を広げる間、サトリは穏やかに茶を薦め、さてと切り出す。

「まず、現在地は厳密に言えばまだ東側に位置しています。限りなく西側には近いですがね。

 貴方がたが何処までこの山を把握しているかによりますが――山の西側の事情は既に周知かと思われます。
 西側には通称『信者』『入信者』達が跋扈し、何処からともなく現れては虐殺の限りを尽くす。ここまでは宜しいですね。
 ですが信者達にはある特徴がありまして……自身と同じ格好をしている、或いは悪臭を放つ相手には危害を加えないのです。
 つまりこの格好は彼らの目を欺く為の、所謂『擬態』というやつですね。悪臭も彼らの物とかなり似せて作りました」

因みに悪臭の材料はカメムシの体液と大百足の油を煮詰めたものに獣の血を混ぜて云々―……と説明は割愛するが。
要するにサトリ達は西側に住む普通の住民であり、信者達への対策としてこのような格好をしているのだということだった。
更にサトリは、この教会はつい最近建設され、廃墟の様な外見も相手を寄せ付けぬためのカムフラージュだと主張した。
そして説明は山の西側に潜伏する信者達の話題へと移る。

「彼らは元々、この山の名も無き土地神を信仰する信者でした。
 血生臭い儀式もしているようでしたが、それでも虐殺や無益な殺生をするような事は有りませんでした。
 ですがここ最近、信者達は外から持ち込まれたらしい新たな神を崇めるようになり、とても凶暴的になりました。
 ――これが、その御神体とやらです」

ことりと卓上に置かれたのは、先程までサトリが腕に抱いていた彫刻だった。
長方形の木板に、太陽らしき炎の塊と、その真下で剣に串刺しにされた燃え盛る鳥の様子が描かれている。
刺し貫かれた鳥は脚を三本持ち、かの神の化身と言われるヤタガラスを彷彿とさせる。
更に小さくて解り辛いが、剣には八匹の蛇が纏わりつき、鳥もろとも炎に包まれているようだ。
禍々しさと混沌を纏う彫刻の四隅には、冒険者達には見覚えのある、翡翠色の石が組み込まれている。
振ってみると、中でカラカラと軽快な音が鳴るのが分かる。

「これを見つけたのは偶然でした。川に流され、ほぼ肉塊となった人の腕に収まっていました。
 信者達はこの彫刻を躍起になって探しています。邪教に潜入した仲間によると、これが御神体なのだとか。

 これを見つけた日から、徐々に怪奇が起こり始めました。
 信者達は言わずもがな、獣は腹が膨れていても暴れ狂う、見た事もない妖怪が出る、人の死体が増える――
 通り魔の……ヒト刺しでしたかね。この山に潜伏しているとの情報が出始めたのも、あの御神体を拾ってからです」

そして驚くことに、とサトリは続ける。


120 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/08 01:12:56 ID:???
「私はその通り魔の正体を知っています。それだけではありません。顔も合わせた事があります」

驚愕に目を見開くいぐな。サトリは黙って頷き、周りの包帯人間達も頭を垂れる。
信じられない、と言いたげに視線をやる。ヒト刺しに出会って生きて帰って来た者は居ない。
皆、心臓の一歩手前を刺され、出血多量やショック死などで命を奪われたからだ。

「誰が何と言おうと、私はこの山でヒト刺しに出会いました。
 アレは、人間ではありませんでした。負の物を全て背負って溜めこんだ、穢れの塊です。
 明るい物、人間、世界に対する巨大な憎悪と嫌悪を詰め込んだような、そんな存在でした。
 現に、私はアレの元から生きて戻る代償として――」

そう言い、自身の包帯を解いていく。汚れで滲んだ包帯の下から現れた物は、目を背けたくなるような光景だった。
血管は浮き出て、赤紫に変色して斑模様を形成し、凹凸の激しい乾いた肌。
二の腕から指先にかけては、最早黒く変色しており、アカギレを起こして赤茶色の血を滲ませる。
いぐなは、思わず口元を押さえた。冒険者達も、一般人でさえもこの症状が何を示すかを知っているだろう。

「らい病。別名、ハンセン病です。私はヒト刺しから穢れの一部を――疫病の厄を貰いました。
 ヒト刺しは言っていました。『神』は――恐らく信者達の信奉する邪神でしょうが――彼方より復活し、滅びた闇の眷族の断末魔で目覚めたと。
 再びこの国に疫をもたらす時が来たと。この山に蔓延る負と穢れを糧に、世を穢れで腐蝕し、燃やし尽くし、浄化させ、新たな世界を築くと。

 ――そして、ここからが本題です」

差し出された一枚の手紙。それは、サトリ宛ての荷物の中に一緒に入っていたものだった。
手紙に一番近かったいぐなの手が伸び、手紙を広げる。

「実は貴方がたに、折り入って頼みがあります。即ち――ヒト刺しの抹殺です。

 あれは人の形を保てないようで、生きた人の体を乗っ取って活動しているようでした。
 そこで、その依代である人間ごと消して欲しいのです。勿論、人を殺すのですから報酬は弾みます。金など惜しくはありませんから。
 依代である人間の素情も調査済みです。ただ、その……よく体を入れ替えるようなので、候補である人数は些か多いですが。
 その中でも最も多く使っているのは、ある男の体でした。ですので、そちらの処理を頼みたいのです」

冒険者たちの地図に、その男の居る場所を書きこんでいく。現在地より更に西側、ほむらの祠のすぐ傍だ。
そこに立てられた家屋に、ヒト刺しと信者たちが隠れ潜んでいるらしいとサトリは言った。

「お願いです。アレの正体を知った今、私達では到底敵わない相手なのです。
 『山の外側』に居る貴方がたでなければ……もう、許しは戴いています。後生です、これは彼女の願いでもあるのです……」

心なしか、サトリの声は震えている。それに呼応するように、手紙を持ついぐなの手も震えていた。
目をかっと見開き、喘ぐように乾いた声を絞り出す。

「どういう事ですか、これ……!」

手紙は、『ごめんなさい』という言葉から始まり、冒険者達に向けてある「願い」が書き連ねてあった。
涙で滲み、贖罪と後悔に満ちた文面は、おおよそ理解を超えるものであり、最後に森岡梢の名でしたためられていた。


「どうもこうも、そういう事ですよ。
 ヒト刺しと――彼女の息子である森岡草汰に、血と死の制裁を。この山の平和のために、どうか一つ」


【包帯人間達→西側に住む一般人。サトリは人間を辞めた超人?】
【信者達は御神体を探している様子。彫刻の中には何が?】
【ヒト刺しはどうやら人外らしい。人間の体を乗っ取り活動するらしい。謎はまだ多い。】
【森岡梢とサトリより森岡草汰及びヒト刺しの抹殺願い。質問責めタイムです】

121 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/08 05:20:56 ID:???
>「おーーたーーすーーけぇえーーーーーー!!」

(ハッ……逃さねえぜ。なんせ俺は蛇だからな)

蛇蜘蛛が林真を見つけた。彼は全身を包帯で包んだ男に抱えられていた。
短刀を投擲しようとした手を止める。林真に当ててしまうかもしれないから、だけではない。
蛇蜘蛛は包帯男が林真をどこへ連れ去ろうとしているのかを、突き止めるつもりだった。
さっさと彼を殺してしまわず、わざわざ自分を振り切ろうとしているという事は、何か目的がある筈なのだ。

「ところでよぉー、しつこい奴の事をよく蛇に例えたりするじゃん?
 でもぶっちゃけ蛇ってどの辺がしつこいんだろうな。
 どっちかと言えば音もなく忍び寄って牙や毒でイチコロって感じじゃねえ?
 アレか?巻き付いてぜってー逃がさないからか?
 それともマムシか?噛み付いたら二度と離れねえって聞くし……おーい無視すんなよなー」

鋭く毒々しい眼光で包帯男を追いながら、蛇蜘蛛は軽口を叩く余裕すら見せる。
彼は元忍びであり、現探偵だ。
あらゆる場所を地面とする『禁術』の助けもあって、尾行追跡はお手の物なのだ。

(そろそろ頃合いかね。一度見逃して、それから奴の熱を追っていけば……)

――包帯男が何故林真を生け捕りにしたのかが分かる。
そう蛇蜘蛛が考えていると、不意に包帯男が樹上を飛び降りた。
蛇蜘蛛の両眼が疑念に細められる。

(あん?なんだ、逃げるのはやめてやり合おうっ腹か?
 ま、別にいいぜ。てきとうに苦戦して退く口実が出来たってもんだ。
 ……でも素で苦戦しそうで怖いんだよなぁー)

しかし直後に、蛇蜘蛛が目を微かに見開いた。
慣性と重力に従って落下していく包帯男が、このまま行けば頼光のすぐ傍に着地すると気が付いたのだ。
そして肝心の頼光はと言うと――なにやら地面をごろごろと転げ回っている。
包帯男にはまるで気がついていないようだった。

(あぁもう、あのアホは何やってんだ……。それにあの包帯野郎もだ。
 あのアホを人質にするつもりか?いや、違え。だったらあのアホ警官で十分……。
 あれ?もしかして俺の周り順当にアホが増えつつある?しかも野郎ばっか。おいおい冗談じゃねえぞ。
 っていうか今のあのアホを人質に取るくらいだったら、俺に真っ向勝負挑んだ方がマシなんじゃねーの?

蛇蜘蛛は細めた目に辟易の感情を含ませながら地上を見下ろし――包帯男が蛇蜘蛛達の荷物を蹴り飛ばした。
木箱と瓶が割れて、中身の酒がそこら中に飛散する。
喉と鼻孔が焼け付くような酒気が爆発的に広がって、それは木の上にいる蛇蜘蛛にまで届いた。

「うげっ……やっべぇ……」

たちまち、蛇蜘蛛の視界が揺れた。
禁術を解き放っている今の彼は普段にも増して酒に弱い。
平衡感覚が失われて、思考すらままならなくなり――蛇蜘蛛が枝の上から足を踏み外した。
重力が蛇蜘蛛の体を絡め取る。彼の全身が落下感と加速度に包まれた。
頭上に地面が見える。何もしなければあと数秒もしない内に頭の中身をぶち撒けるか、首の骨を折ってお陀仏だ。

「そりゃ流石に……ダサ過ぎんだろ……!」

手を伸ばす。視界の端に映った木の枝に触れて、鱗によって吸着した。
落下の勢いが弱まり――蛇蜘蛛はほっと息をつく。
だが直後、その勢いに耐え切れなかった木の枝が音を立てて折れた。

122 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/08 05:21:58 ID:???
「嘘だろオイ!」

再び落下が始まる。今度は掴む物もない。
蛇蜘蛛が地面に叩きつけられた。彼の体が蹴飛ばされた鞠のように激しく地面を転がる。

「……いってえええええええ!あぁもう、畜生め!全身隈なく痛えぞクソったれ!」

だが大声で悲鳴を上げながらも、蛇蜘蛛はなんとか立ち上がった。
あえて地面を転がる事で、落下の衝撃を全身の関節へと受け流したのだ。
禁術により関節が蛇のように多重化しているからこそ出来る芸当だった。

「おっと……」

さておき立ち上がった蛇蜘蛛だが、彼はすぐにまたよろめいて、膝を突いてしまった。
樹上からの自由落下には随分と肝を冷やしたが、
それでもまだ銘酒八岐大蛇による酔いは覚め切れなかったらしい。
なんとか頭の働きを取り戻そうと、コートの袖で口と鼻を塞ぐ。

>「ぎっ、がぁ、ああ……………!!」
>「ひぃいい!だっ誰か、助け……!」

目の前で軍人達が毛玉犬の餌になっていく様を、蛇蜘蛛は見ている事しか出来なかった。
そしてその元凶となった包帯男は――こちらをおちょくるようなポーズを取ってみせている。

「この……ド腐れ野郎が……!いいぜ、作戦変更だ。
 手足の一本でも斬り落としてから……どういうつもりで、どこへ行く気だったのか、洗いざらい吐かせてやるよ……!」

言うや否や、蛇蜘蛛は一度呼吸を止めて、疾風の手捌きで短刀を放つ。
視界にいるだけでも煩わしい毛玉犬共が瞬く間に、幾条もの閃きに貫かれて絶命した。
これで邪魔者はいない。再び左腕の袖で口を抑えながら、立ち上がった。
右手はコートの内側に潜り、懐に忍ばせた分厚い脇差を握っている。

123 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/08 05:23:06 ID:???
忍者とは元々、白兵戦に長けた存在ではない。
基本的には不意打ちや毒殺、弓矢や銃による狙撃、複数人で襲撃、或いは逃走といった手段で戦いを凌ぐのだ。
だが時には、どうしても真っ向勝負を避けられない時もある。
そういった場合に、この脇差が役に立つのだ。
彼の脇差は通常のものよりも遥かに分厚く、重い。
持ち運びの便をよくする為にやや短くなってはいるが、俗にいう忍者刀に類似するものだった。

白兵戦では武士よりも練度で劣る忍びは、その重さを利用して相手の太刀を叩き折り、あるいは弾いて戦うのだ。
蛇蜘蛛は太刀の重さに加えて、多重関節によるしなりを斬撃に乗せられる。
その威力は当たりさえすれば、人の手足など軽く斬り落とせてしまうだろう。

(一撃だ。一撃でぶった斬る。種が割れたらこんなモン、ただの手品と変わらねえ)

当たりさえすれば、だが。

「包帯巻いてて良かったなぁオイ!腕が吹っ飛んだ後に!失血死せず済み……」

>「おおおおお!!!許さねええええ!!」
>「俺の酒おおおおおおおお!!!!」

「またお前かぁあああああああああ!お前のせいでさっきから決まんねーじゃねえかよ馬鹿!」

しかし、いい加減うんざりとしながら叫んではみたものの、
頼光の動きは元忍びである蛇蜘蛛から見ても恐ろしく俊敏だった。
唐獅子となった頼光の巨体が邪魔で攻撃の成否は見えないが、これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。

「……つーか、おーい軍人さんよ!そのザマでどっか行ったら危ねーんじゃねーの?
 帰ってこいよ。その方が安全だぜ!……それに、なんでこんなとこにいるのかも気になるしな」

当面、包帯男は頼光に任せてみる事にした蛇蜘蛛は、森の奥へと逃げていった軍人に声をかけた。
もし彼が素直に帰って来たのなら、その時は身の安全の代わりに、何故軍人や警察がここにいるのかを聞き出そうとするだろう。
来ないのならその時は仕方がない。頼光や包帯男からも、そう目を離す訳にはいかないのだから。

124 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/03/10 04:39:53 ID:???
「……うぅ〜」鳥居は苛立ちを感じていた。
すんでのところでマリーの全裸戦闘場面が見れなかったことは置いといて
川での闘いで制御出来たはずの炎の神気が、今回は制御できずに
まわりにいる人たちにまで火傷を負わせてしまいそうだったことに。
それに倉橋に突きつけられた針。自業自得?とはいえこの初見のわけのわからぬ包帯人間たちに、
言うならば人質をとられているような状況は遺憾ともしがたい。
すがるような視線をマリーに送りつつ教会へ入れば、サトリから明かされた現実に驚愕することとなる。

>「どうもこうも、そういう事ですよ。
 ヒト刺しと――彼女の息子である森岡草汰に、血と死の制裁を。この山の平和のために、どうか一つ」

「えー!?ぼくたちは草汰君とは顔見知りなんですよ!鵺と一緒に戦った仲間です。
死の制裁なんてありえません!それに親が子の殺害を依頼するなんてありえないです!」
目の前のサトリに詰め寄り言葉を探す。森岡を救出して欲しいというのならまだわかる。
しかし抹殺の依頼を、嘘つきは悪、正直者が善と言う者が容認するものだろうか?
真実を述べて喧嘩になることもあるだろうし、優しい嘘という言葉もあるのだから。

森岡梢はきっとサトリに騙されている。
鳥居は露骨に怪訝な表情を見せ、あろうことかサトリを疑い始めたのだった。

「あなたは一刺しと出会って穢れをもらったと言ってましたけど、
どうやってもらったのですか?戦う前に一刺しの攻撃方法がわかれば
こちらが優位に立てます。どうか教えてください」
本当に一刺しに出会ったのだろうかと疑ってみた。こちらにもそれなりの情報があるのだから。
ありえないような嘘はわかることだろう。

そして怪しいと思い始めたら親さえも宇宙人に見えてしまうもので
次に鳥居は例の彫刻を手にとると、乱暴に右手でカラカラと降ってみた。
サトリが後生大事に抱えている彫像を、乱暴に扱われたときの反応をみるためだ。

「これって災いのもとみたいな代物ですよね?ぼくならこんなものお寺さんに持っていって
浄化してもらいますけどね。あれ?中に何か入ってる。もしかしてこれと同じものかな?」
左手でポケットから玉を取り出してサトリに見せたあと彫像と玉でお手玉。

「こう見えてもぼく、サーカスの団長なんです。
物騒な人たちが山から帝都に降りてくるまえに、一刺し事件を解決するために来ました。
あ、そういえば、あなたがたって包帯人間に変装してまで何故ここに住んでいるのですか?
物騒な山からなんて出て帝都に引っ越したらいいのでは?帝都の夜は楽しいですよ……わあ!」

天井高く放り投げた彫像が、床に落ちようとしていた。

125 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/11 04:53:57 ID:???
>>122-123
廃墟然とした教会の中は、意外にも簡素な内装が設えられ、未だ新築の匂いすら残していた。
長椅子が整然と並ぶ礼拝堂を抜け、通された奥の部屋は、隠し部屋のような小さな和室。

倉橋冬宇子は畳の上にぺたんと腰を下ろし、不機嫌そうな顔で、つくねんと黙り込んでいた。
首筋に鋭い針の先尖が突きつけられていながら、愛想良く振舞うことが出来る者がいようか。
何より気に入らないのは、冬宇子の片腕を捕らえ、押さえつけるようにして座らせている包帯人間の放つ臭気だった。
血生臭さとも腐臭とも汚物臭とも付かぬ、或いはそれら全てを同じ鍋にぶち込んで煮詰めたような悪臭が、
触れる包帯から冬宇子の着物、下着の襦袢にまで染み込んでいく。
女給仕事を見込んで選んだ錦沙――絹の着物が台無しだ。端切れとして使うことさえ出来そうにない。

"いぐな"、鳥居の手を経て、渡された手紙に目を通した後も、
多少の驚きこそあったが、不機嫌さ以上の感情が生まれることはなかった。
冬宇子にとって、本当に大切なもの、守るべきものは、自身の身一つを於いて他にはない。
手紙にしたためられた森岡梢の嘆訴―――森岡親子にとって、あまりにも苛烈な運命も、
冬宇子にしてみれば、身に降りかかった火の粉であり、巻き込まれた面倒事でしかなかった。
いったい、仕事先で二、三度顔を合わせただけの、顔見知りに毛が生えた程度の男のために、
自らの命を危険に晒す必要が何処にあろうか?"山の平和"など、尚のこと冬宇子の関心外だ。

手紙をマリーへと手渡し、冬宇子は、卓袱台を挟んで対面に座る女――サトリへと目を向けた。
『心音から嘘を見破った』という言葉が真実ならば、
彼女は、僅かな心音の変化を聞き分け、相手の心情を察知する能力を持っている。
そういう訓練を積んでいた…というべきか。
それには少なくとも、数メートル離れた相手の鼓動を聞き取る、人間離れした超聴力の持ち主、という前提が必要だ。
"いぐな"の素性を知っているような口ぶりから、もしや"例の組織"の関係者か…という考えも、チラと頭を過ぎった。

解かれた包帯の間から垣間見えるサトリの顔は、浮腫みと赤黒い斑紋を呈していた。
更に症状の重い腕は、褐色に腐食した結節(瘤)から体液が滲み出し、指先にカギ状の変形も見られる。
中度まで進行した癩(らい)の症状だ。
女の体より醸し出す"病の気"も、冬宇子には本物としか見えなかった。
癩(らい)は、業病(ごうびょう)と別名されるほど、根の深い病だ。
万病を癒すと誉れ高い『十種(とくさ)の神器』の使い手である高位の神祇官の加持を以ってしても、
治癒は極めて難しいと云われる。

(癩(らい)特効薬であるプロミンの発見は太平洋戦争中の1943年。日本に普及し始めたのは戦後。
 この大正の世では、未だ、容貌崩れる不治の業病として、患者達は禁忌と差別の対象であった。
 実際には、癩(らい)は非常に感染力が低く、進行の遅い病である。
 患者は幼児期に、菌保有者と長期間かつ日常的な接触を経験した者が殆どで、
 成人になって患者との接触で感染し発病する例は稀である。)

冬宇子は、サトリの病変に眉を顰めた。
どういった経路で病を貰ったのか…と、問い詰める鳥居の言葉を制して、口を開く。

「あんた…その腕、ヒト刺しとやらに触れられたのかい…?
 しかも、病の進み具合ときたら…肌に異変が出て数年は経っているような症状じゃないか。
 あんたが、ヒト刺しに出会って病の厄を得たってなァ、何時の話だい?
 帝都にヒト刺しが出た後ってこたァ、数週間以上前ってことはない筈だろう?
 そいつは、触れただけで業病を介し、しかも進行まで自在に操る"病の瘴気の使い手"だってことかい?
 森岡草汰って奴とは、満更知らぬ仲でもないが、
 生憎と、『"なさぬ仲"の息子を思う母の愛』なんて浪花節にほだされて、
 そんなヤバい化け物の相手にするほど、御人好しでも馬鹿でも無いんでね。
 …とは言え、話も聞かず無碍に断るのも不人情だ。もう少し詳しく聞かせてもらおうか。」

そうして、齟齬と誤解が無いように…と前置きして、冬宇子はサトリの語った情報を復唱した。

126 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/11 05:00:55 ID:???
・火誉山の西側に本拠を構える教徒たちは、元は土地神の信者だったが、最近新たな神を信奉し始めた。
・その御神体と見られる『木版』をサトリたちが手に入れてから、山は怪異に見舞われ、
 帝都で暴れまわっていた殺人鬼――ヒト刺しが、この火誉山に潜伏している…との噂が流れた。
・サトリは、この山で『ヒト刺し』に出合い、会話をした。
・ヒト刺しは人間ではない。『穢れ』や『負の感情』の塊であり、実体を持たない。
・実体の無いヒト刺しは、依り代となる、生きた人間の体を借りて活動している。
・依り代となる人間は何人かおり、最もよく使う肉体は『森岡草汰』のものである。
・ヒト刺しは、国に疫をもたらす邪神の復活を予言した。

「これで間違いないかい?」と包帯の隙間から覗くサトリの目を見つめた。一拍間を置いて続ける。

「聞きたいことは山ほど有るがね。まずは…
 "ヒト刺しは人の体を借りて活動する"というが、あんたの出会ったヒト刺しは森岡草汰だったのかい?
 どうして"それ"がヒト刺しだと判った?ご丁寧に自分から名乗って来たとでも?
 だいたい、ヒト刺しってなァ、何なんだい?
 穢れの塊…と、あんたは言うが、話が出来るってこたァ人格…に近いものを持ってるって事だ。
 何者かの怨霊か…或いは…人と同じ姿心を持つ尊神(みことがみ・人格神)…アラミタマの分霊か…?」

冬宇子の視線は、既にサトリの上にはない。
言葉は疑問の形を呈しながら、徐々に自らの推理を語り始めていた。
 
「……"心臓寸前で止まっている刺傷"……殺害が目的ならば何故心臓を無傷で残すのか?
 ヒト刺しの、あの手口…不思議でならなかったが…
 ひょっとして、狙いは…『宿主の選出』か……?
 深手を負っても心臓さえ無事なら活動できる強靭な肉体…或いは驚異の治癒力を持つ逸材を捜すために…?」

暫し、焦点の合わぬ目で宙を見つめていたが、ふと我に返って、冬宇子は言葉を継いだ。

「質問一つ、追加だよ!知ってるなら答えておくれ。
 ヒト刺しの依り代となる人間には、何か特定の条件が要るのかい?…それとだね…!
 その小僧も言っていたことだが…私が何より判らないのは、
 何故あんたと母親が『森岡草汰の殺害』を依頼するのか、って事だ。
 子殺しを望む親なんざ世間にゃザラにいる。そこの幸せな頭の小僧みたいに、
 肉親の情がどうの…なんて言うつもりは無いがね…。
 『森岡草汰を殺す』ことと『ヒト刺しの滅消』が、結び付かないんだよ。
 ヒト刺しは実体を持たぬ瘴気の塊だって、あんた言ったね。依り代も何体か代えがあるんだろ?
 仮に森岡草汰の肉体が使えなくなっても、他の依り代に乗り換えるだけのことじゃないのかい?」

次第にサトリを見据える目に力を込めていく。

「…"嘘を見抜ける"…てのが本当なら、とっくに気づいてんだろう?
 私が、あんたの『依頼』を受ける気なんざ、さらさら無いってことに……!
 この国は法治国家だよ。一応はね。たとえ母親の許しがあろうと、生きた人間を殺しゃ罪に問われる。
 国のお墨付きのある"嘆願"ならともかく、あんた個人の願いを叶えて、手を汚す必要が何処にある?
 いくら金を積まれようと、お尋ね者としての人生が待っているなんて、真っ平ご免だよ。
 それにだ…!本当に国全体に疾病(さわり)を為すような邪神が復活するのだとしたら、私の手にゃ負えない。
 尚のこと関わるのはご免さ。業病なんか貰っちゃ取り返しがつかないからね。
 そんなものは、神祇院(神社本庁の旧称)か、陰陽寮の仕事だ。
 お国の大事となりゃ、神祇院の連中が、ここぞとばかりに皇祖神の霊威を借りて叩き潰すだろうさ!
 どうせ、あんたにゃお見通しだろうがね。私は、その手の組織の使いっ走りでこの山に来たんだ。
 山を降りて報告を済ませりゃ、それで私の役目は終わりさ!」
 
もはや遠慮は無用…とばかりに、冬宇子は声を荒げた。

127 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/11 05:04:57 ID:???
「あんた、嘘吐きは嫌いだ…なんぞとほざいていたが、あんただって、立派な嘘を吐いてるんじゃないのかい?
 あんたは『その娘(いぐな)と冒険者がここに集まったのは偶然じゃない』と言ったね。
 しかも、私達の雇い主――森岡梢と情報を共有している。
 冒険者が来ることを予測していながら、"もりおか食堂"の荷物を担いだ私達を、なぜ、敵と疑う必要がある?
 あの問答だって、とても敵味方の判別がつくとは思えないねえ!
 命の危機に見舞われりゃ誰だって、嘘の一つくらい吐くさ。
 胆力の判定位になら使えるかもしれないが、本当は、ただの威嚇か脅しってとこだろ?
 脅しで私達の正常な判断力を奪って、有耶無耶のうちに仕事を引き受けさせようって肚(はら)かい?!」

サトリを睥睨しながら、頚動脈に沿って突きつけられている針を指差す。

「だいたい、この針は何なんだい?
 嘘吐きが嫌い…とやらの、あんたの好き嫌いで、私は命を握られてるって訳かい?
 それとも首を縦に振るまで、ここから帰さないとでも言うつもりかい?」
 
冬宇子と睨み合うサトリ。
その手に握られた木版を、鳥居呪音の手が、まるで手品のような手際で、するりと奪い取った。

>>124
>「これって災いのもとみたいな代物ですよね?ぼくならこんなものお寺さんに持っていって
>浄化してもらいますけどね。あれ?中に何か入ってる。もしかしてこれと同じものかな?」

カラカラと音を立てる木版と小石のお手玉を、冬宇子は呆気に取られて見つめた。

>物騒な山からなんて出て帝都に引っ越したらいいのでは?帝都の夜は楽しいですよ……わあ!」

鳥居の手から放り出された木版が、緩やかな弧を描いて落下していく。

「ば…馬鹿ガキッ…!また、なんてことを…!」

思わず唇から声が零れた。
木版が本当に邪神の御神体ならば、粗末に扱えば、どんな障り(さわり)に見舞われぬとも知れない。
もはや、身固め(魔除け)の結界を張る暇もなく、
冬宇子は、ただ呆然と木版に軌跡を眺めているしかなかった。

【質問、推理、挑発。嘘がバレるならとヤケっていろいろとぶっちゃけ】
【細々と質問していますが、一番聞きたいのは『ヒト刺しの依り代となる者に条件、共通点があるか』
『森岡草汰の死とヒト刺し消滅がどう関連するか』です】
【木版お手玉落下は見てるだけ〜】

128 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/03/11 11:56:36 ID:???
包帯はマリーの挑発に反応することもなく淡々と質問を続けた。
包帯たちの反応の薄さにマリーは少し薄気味悪さを覚える。
マリーが様子を伺っている間に、いぐなが質問に答えると
束縛していた針が抜け落ちた。
「あぁ確かに危険だな、君らみたいなのがいるから」
包帯たちの親玉らしい奴を睨みながら、皮肉交じりにそう返した。

その後、教会内に招き入れられたマリーは終始険しい表情でサトリの話を聞いていた。
森岡抹殺の狙いを聞かされても、マリーは眉一つ動かすことなく睨むようにサトリを見ていた。
「だから君は軽率なんだ」
落ちる木版を寸でのところで掴み取ると、マリーは鳥居の頭を小突いた。
「こういうヤバイものはヒステリーな女性を扱うぐらいに慎重に扱うべきだ。弄ぶなんてもってのほかだ」
倉橋の視線を感じた気がしたが、それを気にせずマリーはそれを脇に抱えた。
「納得しない依頼は意地でもやるなってのが家の家訓でね。
 悪いけど、私も彼女と同意見だ。君達の情報は納得いかないことが多すぎる」
一瞬、倉橋に針を突き立てている包帯の様子を確認し、マリーは続ける。
「そもそもだ。この手紙、本当に森岡梢が書いたのさえ怪しいものだ
 他人の名前で別の場所から自分宛に出したんじゃないのか?
 それにだ。仮に森岡梢が息子を殺すように頼むのならば、あんな顔は出来ない
 少なからず、森岡梢は家族を愛していた。でなければ、あんな昔の写真を飾っているはずが無い
 仕方が無いとはいえ、息子を殺す為にやってきた人間を喜ばしく迎え入れるとは思えない
 笑って息子を殺すようなクズならば、私は梢を先に殺すぞ」
先ほどいぐなに向けた冷たい表情で言葉を吐き出す。
「それにだ。これは私の経験からくる憶測だが、息子がそういう目にあったのならば
 その原因を作った奴も殺すようにいってくるはずだ。今の場合ならコイツを持ち込んできた奴になるな
 報復を望まないのは他に理由があるからか?それとも本人が知らないところで話が動いているのか果たしてどっちだろうな」
次の瞬間、マリーは脇に抱えていた木版に短剣を突き立てる。
「元々私達の依頼は配達だ。依頼主である梢に報告がてらこの手紙が本物かどうか確かめたい
 が、その前にだ。彼女を放せ、じゃなきゃこれを壊す。中に何が入ってようとしったこっちゃないし
 これを壊したせいでこの山が地獄の釜の底になろうがどうなろうがどうでもいい
 本気かどうかわかるんだろう?聞いても無駄だと思うがね?」
サトリの反応を伺う素振りをしつつ、マリーは息を深く吸い込んだ。そして

「 ワ ッ ! ! ! 」

それを一気に吐き出すように大声で叫んだ。
獣よりも優れた聴覚を持つサトリには絶大な効果を発揮するだろう
周囲があっけに取られた隙を突き、今度は倉橋に針を突き立てている包帯に視線を移す。
大声の効果は無いに等しく、今にも倉橋を盾に構えてきそうだったが
「さぁ二択問題だ」
木版を放り投げ、視線を逸らさせた瞬間、顔面に蹴りを入れ、沈黙させる。
「鳥居少年!!!ここから逃げるぞ、遠慮なく燃やせ」
大声を聞きつけ、他の包帯がくる前にマリーはそう指示を出し倉橋の手を引いて
教会の入り口まで駆け出す。
「君もここから逃げたほうがいい、どうせココに居てもロクなことがない」
走り去りながらマリーはいぐなにそう言い残した。

【大暴れの後、教会から逃走、木版は放り投げた後キャッチ】

129 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/12 22:19:00 ID:???
【→蛇蜘蛛、頼光】

>「この……ド腐れ野郎が……!いいぜ、作戦変更だ。
> 手足の一本でも斬り落としてから……どういうつもりで、どこへ行く気だったのか、洗いざらい吐かせてやるよ……!」

蛇蜘蛛が唸るように言うや、目にも留まらぬ手捌きで幾つもの短刀を放つ。
哀れ、毛玉犬達は刃の餌食となり、翡翠の石ごと額を貫かれ絶命する。
崩れ落ちる骸から、あの影が幾つも立ち昇り、空に吸い込まれて消えていく。
それは単に石を破壊しただけではなく、蛇蜘蛛が触れた短刀に、僅かながら纏ったであろう蛇蜘蛛の霊気――蛇の禁術が関係している。

>「おおおおお!!!許さねええええ!!」

頼光の咆哮もまた然りだ。唐獅子の力は轟く音の波に乗り、毛玉犬達を退散させる。
その光景に暫し茫然と見入る林真だが、我に返ったように包帯人間の腕に噛みついた。
矢張り包帯人間も人間なのか、林真を手放し、這い蹲って蛇蜘蛛達の影に逃げ込む。
林真を止めることもなく、二人の攻撃対象となった包帯人間は、怪訝そうに首を傾げた。
何がそこまで彼らを怒らせたのか、まさか自分の他人をおちょくるような行為のせいだとは一切気付いていない。

>「包帯巻いてて良かったなぁオイ!腕が吹っ飛んだ後に!失血死せず済み……」
>「俺の酒おおおおおおおお!!!!」
>「またお前かぁあああああああああ!お前のせいでさっきから決まんねーじゃねえかよ馬鹿!」

蛇蜘蛛の口上の途中、頼光は怒りに任せ一瞬にして間合いを詰める。
包帯人間は避ける間もなく、頼光の一撃を見舞う――その一瞬。
肩を唐獅子の爪が掠め、赤黒い血が花弁が如く舞う。包帯人間は――いなかった。
厳密に言えば、包帯人間はいた。頼光の背中に馬跳びで飛び乗り、その立派な鬣にしがみ付いている!

「落ち着きつきなさいよ。
 酒如きでぎゃあぎゃあ喚いて、駄々を捏ねるのは五つでお止めとおっかさんから言われませんでしたかぃ?」

その時、初めて包帯人間が口を聞いた。ゆっさゆっさと揺れる背中で、おちょくる態度に拍車がかかる。
だが手負いの肩に力が入らなかったのか、すぐさま振り落とされ地面に転がる。
強く腰を打ったのか、体力を消耗したのか、立ち上がる気配はない。頼光からすれば格好の的だろう。

「あの人なら帰って来ないでしょうね。臆病風に吹かれた犬は飼い主の所に戻るのが筋ってもんです」

逃げて行った軍人に声を掛ける蛇蜘蛛を嘲笑うように、包帯人間は言う。
事実、軍人は戻って来ることはなく、喉の奥で笑った。
林真は冷や汗を垂らしつつも腰に提げた――警察に支給された回転式拳銃を引き抜き、包帯人間に向けた。

「……なんで、俺を誘拐しようとした?目的は何だ。俺みたいなサボリ魔を拉致した所で、ぶっちゃけ何の利益もないぞ?」
「誘拐?勘違いも甚だしいですね。折角知り合いのよしみで助けてやろうと思ったのに、薄情な」


言うや、自らの包帯に手をかけ――脱ぎ捨てた。
包帯の下から現れた首の上。硬質な黒の長髪、右頬に三本の傷痕、三十路過ぎたかのように老けた顔。
幻の第一の被害者と全くもって一致する外見であり、その顔に見覚えのあった林真は金切り声を上げた。

130 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/13 14:40:08 ID:???
>>129 続き】

「お前、冒険者の――ええと、森岡草汰!?」
「正解。なんだ、やっぱり覚えてるんじゃないですかぃ」

ニコニコと笑う森岡草汰。だが、林真は知る由もないが、冒険者二人は疑問に思う筈だろう。
森岡梢は、息子である草汰が家に帰って来た事などこれっぽっちも話してなどいないのだから。
だがその疑問は直ぐに解けるだろう。三人の態度を観察したのち、森岡は自分の顔を手で覆い――

「――――――――べろべろばあっ! なんちゃって」
「ぎゃあーーーーっ!!」

日焼けた老け顔は消え、猫目で女顔の、青白い肌の青年へと変貌したのだから。
またも腰を抜かした林真の反応に満足したのか、子供のようにきゃらきゃら青年は笑う。
銃口を向けられた途端両手を上げて降参の態度をとったが、未だに不快指数を底上げするような笑みを浮かべている。

「なっ何なんだよお前ぇ!さっきから人のこと散々おちょくりやがってさあ!」
「すいませんねぇ。どうにも、貴方等みたいな冗談の通じない人にちょっかいかけるのが趣味でしてね」

とんだ悪趣味を暴露したところで、冒険者達を見やった。

「それとワタシにゃ『気になった相手をしつこく追いかけ回す趣味』も御座いましてね……。
 特に、同じ獲物を追いかける奇妙な一般人とか、
 何故か陸軍の下官にせっつかれて山の案内役なんかしてるサボり魔の警官とかね」

「おっ俺は!他の冒険者たちにヒト刺しが潜伏してるかもしれないから火誉山に行くのは危ないって説明してたら、
 あの偉そうな軍人に『仕事のついでにヒト刺しを捻り上げてやるから山を案内しろ』って脅されただけで!
 狐に化かされて道に迷うし、連れてきた当人達は死んじまうし置いてけぼりだし……(サボリ魔は余計だっての!)」

それを聞いた林真は、顔を赤くしたり蒼くしたりして経緯を語る。

「ほう、仕事ですか?」
「上司から直接受けた仕事なんだとよ。詳しくは知らないけど……って何で喋ってんだ俺!つーか本当に何者なんだよ!!」
「何者と言われましてもねえ。タダノオツカイヲタノマレタオニイサンデスヨ」

再び銃口を向けられ、包帯人間は両手を上げたまま首をコキコキと鳴らす。
緊張感の欠片もない態度だが、得体の知れない空気は依然として纏ったままだ。
わざとらしく片言で答えたものの、咳払いひとつすると、三人にこう言い放つ。

「まあそれは冗談として。言いましたよね、同じ獲物を狙う者同士だって。れがワタシが追っている連続通り魔の事かどうかは知る由もないんですがねー」

何が言いたいんだコイツは、と林真は眉間に皺寄せた。それに気付いてか否か、包帯男は意味ありげに言葉を続ける。

「あー困りましたね。情報は持っててもワタシみたいな非力じゃあおっかない通り魔なんか倒せっこないんですよねー。
 でも誰も知らないような重大な情報ですしー脅されでもしない限り大事な情報をみすみす渡す訳にはいきませんしー」

けらけら笑うや、袖から転がり出た玉を地面に叩きつける。
その場は白い煙幕が立ちこめ、包帯人間の気配が冒険者達の頭上、樹の上へと移る。
上を見上げれば、にたにたと笑い、ついでに無事だった酒瓶の一つを抱えた包帯男が枝に腰掛けている。

「これ、配達物ですよねえー?渡せなかったりしたらどうなるんでしょうかねえー?餞別に貰っていきましょうかねー、キャハハッ」

猿のように樹の上を駆け抜けていく包帯男を茫然と見送り、「男がキャハハて……」とぼやく林真であった。

131 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:01:46 ID:???
【毛玉犬遭遇地点より更に上、一本道】

「(うおっ!?)」

酒の臭いの尾を引かせ、暫く包帯男は樹の上を駆けていたが、突如不可視の壁にぶち当たり額を強くぶつけた。
落ちかけた所を枝の上で体勢を立て直し、額を擦りながらも眼前の光景に目を凝らす。
一見すれば何もない。だが、確かに壁がある。触れば、ひやりとした感触を手に受けた。

「ぬりかべか……厄介な奴に出くわしましたね……」

後方を一瞥、なだらかな一本道を確認し、再び視線を戻してぼやく。
一見すると何の変哲もない、山の山頂へと続く一本道だが、これは後方の道を鏡のような壁で反射させているだけだ。
このような小賢しい罠を張るのは、道を阻む厄介者のぬりかべくらいのものだ。
どこぞの近場の草叢で、術を施した三つ目の狸もどきが腹を抱えて笑っているのかと思うと腹が立ってくる。

「(ん?……誰かの声?)」

地面へと降り立ち、不可視の壁に耳をつける。壁で向かい側は見えないが、誰か男がいる。それも二人もだ。
一人の声には聞き覚えがある。先程、半狂乱になりながら林真を捨て置いて逃げ出した軍人の声だ。

「――――田中中佐殿!何故この様な場所へ?」
「杉原君か。どうしたね、折角の正装がぼろぼろではないか。それにかなり酒臭いぞ」

杉原と呼ばれた男は、山で遭遇した毛玉犬と、先の凄惨な光景、毛玉犬と戦闘を繰り広げた男と唐獅子の事を語った。
包帯男に酒をかけられた事によって毛玉犬に襲われた事や、同行していた下官二人が毛玉犬に惨殺された事実もつぶさに報告する。
田中中佐と呼ばれた男はそれを静聴していたが、やがて重苦しい声色で杉原に声をかけた。

――それは……さぞや辛い思いをしただろうね杉原君。二人の亡骸は後で捜して埋めておこう
――中佐、入山した時から気になったのですが、この山は一体何なのですか?異常な気候といい、あの毛玉犬といい……例の通り魔も潜伏していると聞きます。
  何故中佐は私達に此処に来るよう召集をかけたのです?誰にも教えてはいけないという『計画』とはなんです?

壁越しだからか、聞き辛いことこの上ない。普通の人間の耳では、半分聞き取れれば良い方だろう。
耳の良い者ならば、この冷たい不可視の壁の向こう側の会話も筒抜けだろうが。
当の二人は不可視の壁の向こうに人がいる事に気付いていないのか、会話を続ける。

――君は………………毛玉犬に遭ったそうだね。犬達の額は見たかな?
――額?いいえ、お恥ずかしながら逃げるのに夢中で。……その石は何です?翡翠色とは、宝石の類でしょうか」

――良いかね杉原君。これはこの山のある祠でしか採取出来ない鉱石なのだよ。
  この石は『穢れ』と呼ばれる負の物を吸収して蓄積し、放出する際に霊力へと変わる代物だ。
  山の異常気候も、石の放つエネルギーのせいだ。穢れを蓄積する前の石はかなりの熱を放出するのでね。

石を手渡されたのか、杉原の小さな悲鳴が届いた。

――はあ。で、この石が何か関係があるのでしょうか?

――ふむ、分からないかね。膨大なエネルギーを有する石……これを軍事利用に使わない手はないだろう?
  先の日露戦争、君はどう思った?あの鬼畜国・露西亜に勝利したが……此方側の被害も甚大だった。
  歯痒くはなかったかね?もっと自分に力があればと、思ったことは?此方の戦力がもっと高ければ、と……。
  
  それを考えたのは君だけではない、先人達もだよ。日清戦争は君も習ったかと思うが。
  清は眠れる獅子と呼ばれる程に強大な戦力を持っていた。得た物はあったが失った物もそれなりに大きかった……。
  今この小さな島国(大日本帝国)に必要なのはゴリ押しの大和魂などではなく、富国強兵!他諸国に負けぬ大きな戦力だ!

物静かな田中中佐の声は段々と力強く強迫観念に圧迫されるかのような声色に染まっていく。
杉原は自分の上司に恐れをなしたのか、一歩引き下がる足音が聞こえた。

132 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:02:07 ID:???
――この石の力は絶大だ。この山を実験場に幾らかの実験を施したが、どれも良い結果だ。
  石へ触れた生物は溜めこんだ穢れに意思を奪われ、或るいは病を患い、或るいは思い思いの化物へと変貌する……。
  更に素晴らしい事に、死体に埋め込めば蘇生したかのように活動する……まるで空想小説の一節が現実に起こるのだ。

  改良すれば兵器にもなり、浄化すれば戦場で病に陥った兵士たちを救出することも可能だ。これ以上の戦力がどこにある?

――長官、自分は長官が何を言っているのか理解に苦しみます。つまりそれは……山全体を使った壮大な人体実験であると。そう告白しているのですか。

杉原の声が震えている。田中を責めるかのような節を混ぜて。だが田中は杉原の声が聞こえなかったように続ける。

――ところが困った事に、利点が多ければ弱点も、だ。
  『穢れ』は石を破壊する、清浄な気に当てる、簡単な儀式等であっという間に祓ってしまえる。
  加えて、穢れは生物の魂を糧として活動する為、死体に埋めたところで少しの間しか活動出来ない。
  そこで我々は、先人達が秘密兵器として用意していた、新たな実験計画に乗り出した。
  その結果の一部が仕出かした所業は、君も帝都で嫌というほど耳にしている筈だ。  

――! まさか…………

――10年以上も掛かったよ、アレを起こすのはね。大量の穢れに耐えきれる依代を探すにしても、大変な労力を費やした。
  しかも活動を維持する為に多くの餌を要求し、あまつさえ人里に出て新たな餌やもっと丈夫な依代を探す始末。
  お陰で通り魔の噂を流し、この山に餌をおびき寄せることには成功したがね…………。

  監禁しても、我が同志達の目を盗んでは貪欲の限りを尽くし、悪食悪行を繰り返す悪戯童子でね。困ったものだ。
  ああ、同志たちというのは全身を包帯で包んでいるのだが、アレに感化されたのか似たような所業をしでかすもんで頭痛の種は増えるばかり。

  だがこの成果は軍に改革をもたらす。私はこの成果を元にのし上がり、ゆくゆくは上層部の中枢を担うのだ。
  この計画に参加して早何年経つか。帝国の辺境で燻っていた時代がようやく終わるのかと思うと、胸が高まるよ。

田中の声には嬉色が混じっているように伺える。一方、杉原はだんまりを押し通していた。
上司が語り終え、暫し訪れた沈黙を破るように口を開いた。

――田中一義陸軍中佐。貴方を告発します。
――はて杉原君、耳が遠くてよく聞こえなかったが……今、私を告訴すると言ったかね。
――貴方は間違っています。人体実験等と……私達軍人は国家を、国民を護る為の刀です!
  その刀の先を国民達に向けてどうするのです!私は納得いきません。今すぐ帝都に戻り上層部に報告します。
  山を捜索し証拠を掴めば貴方も言い逃れ出来ないでしょう。貴方ほどの人が捕まるのは忍びないです……。

杉原の決意は本物のようだった。正義の炎を心に灯した大和軍人そのものだった。
踵を返す、砂利を足の裏で擦りつける音が響いたその時、肉を刺す音と蛙が潰れるような悲鳴が聞き取れた。
重量感のある何かが倒れ、足音が遠ざかっていく。人の気配が遠ざかり、静けさを取り戻す。
不可視の壁と地面の隙間から、夥しい赤黒い血が滲みだし、血の池を作りだしていた。

133 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:02:29 ID:???
【上流組→教会】

嫌な空気が流れる。三人から発せられる空気は、明らかにサトリに対し疑念を抱いているようだった。
いぐなもまたその一人。サトリをひと睨みし、冒険者側の質問が浴びせられるのを黙って見ている。
初めに、鳥居少年と倉橋からは――ヒト刺しから穢れを貰ったその経緯、攻撃方法を尋ねられた。
特に倉橋は敵に関して念入りに質問してくる。サトリはあっさりと答えた。

「まずヒト刺しの穢れですが……これはごく最近受けたものです。一週間ほど前でしょうか。
 進行はあっという間でした。病はみるみる私の皮膚を浸食し、たった7日でここまでに至りました。
 貴女(倉橋)のお察しの通り、あれは病の瘴気を操る術を持っています。
 私がヒト刺しと出遭った時、アレは既に森岡草汰に取り憑いていました。
 ええ、彼はとても傲慢で塗り固めたような性格のようで、我こそがヒト刺しであると自白しました。そして……」

ここからは推測ですが、とサトリは続けかけ、

>「質問一つ、追加だよ!知ってるなら答えておくれ。 」

倉橋に言葉を遮られてしまい、むっとしたように唇を尖らせるが、黙って質問の内容を静聴する。
これに関してサトリは何と答えるのだろう、といぐなはサトリへ視線を向けた。
しかしサトリは期待を裏切り、一切答えようとはしなかった。
倉橋が視線に力を込め、追い打ちをかけるようにサトリを詰問する。
更に倉橋はこの嘆願を受ける気が無い事、陰陽寮の組織の使い走りとしてこの山に赴いたことを語る。
その際サトリといぐながほぼ同じ反応――少しの嫌悪感を滲み出した表情を見せたのはさて置き。

>「あんた、嘘吐きは嫌いだ…なんぞとほざいていたが、あんただって、立派な嘘を吐いてるんじゃないのかい?」
「…………………………………」

倉橋の言い分を聞き沈黙を貫きながらも、女二人の間に火花が散る。
いぐなも段々とどちらが正しいのか分からなくなってきた。どうしてサトリは問いに答えようとしないのだろう。
言われてみれば、倉橋の言うことは尤もだ。矢張り彼女の言う通り、脅しかけることで仕事を受けさせようとしたのだろうか。
加えて、殺人依頼のこともある。森岡家を少しは知るいぐなに、この嘆願はどうしても受ける訳にはいかない理由があった。
無表情で人間らしい感情ひとつ見せないサトリ。いぐなは徐々に気味悪く思い始めていた。

>「これって災いのもとみたいな代物ですよね?ぼくならこんなものお寺さんに持っていって
> 浄化してもらいますけどね。あれ?中に何か入ってる。もしかしてこれと同じものかな?」

その時、鳥居が御神体をひょいっと持ち上げ、お手玉を始める。刹那、サトリの表情が悪鬼羅刹のような形相に変わった。

「この糞餓鬼!何をする!!」

先程の物腰柔らかな態度とは打って変わり、鬼のような形相で奪い返そうとする。
しかし先にマリーが木版を掴み取るとその角で鳥居を小突いた。サトリは舌打ちする。

>「こういうヤバイものはヒステリーな女性を扱うぐらいに慎重に扱うべきだ。弄ぶなんてもってのほかだ」
「返しなさい!それは貴方達みたいな素人が扱っていいものじゃ……!」
>「納得しない依頼は意地でもやるなってのが家の家訓でね。
> 悪いけど、私も彼女と同意見だ。君達の情報は納得いかないことが多すぎる」

マリーもまた、この嘆願を受ける気は無いと言い放った。サトリは歯軋りして三人を見据えた。
礼儀正しい佇まいをかなぐり捨て、本性を剥き出しにしたようだ。その態度を見てか、マリーは木版に短剣を突き立て問いかける。

134 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:03:10 ID:???
>「元々私達の依頼は配達だ。依頼主である梢に報告がてらこの手紙が本物かどうか確かめたい
が、その前にだ。彼女を放せ、じゃなきゃこれを壊す。中に何が入ってようとしったこっちゃないし
これを壊したせいでこの山が地獄の釜の底になろうがどうなろうがどうでもいい 本気かどうかわかるんだろう?聞いても無駄だと思うがね?」
「こんの…………!」

怒りで逆上せ上ったサトリがマリーに掴みかかろうとする。
だがそれより早く、マリーがありったけの声量で叫んだ。サトリは「ぎゃあっ」と小さく悲鳴を上げのけ反る。
その隙を突いて倉橋に針を突きつけていた包帯人間の気を逸らせて顔面に蹴りを入れる。鮮やかな手並みだ。
マリーは鳥居に火を放てと言い、倉橋の手を掴んで逃げ出そうとする。

>「君もここから逃げたほうがいい、どうせココに居てもロクなことがない」
「……! 子供冒険者さん、この教会は燃やさないで下さい!逆上して逆にしつこく追いかけてくるかも!」

いぐなも声をかけられ、弾かれたように走り出す。
鳥居へと振り返ってそう警告すると、包帯人間達に牽制の針を何本か打ち込む。
サトリと目が合った。その瞬間、怒りに燃え盛る目を見て、いぐなの中で何かが繋がった。
みるみる距離が広がっていく後ろで、サトリ達が何か喚いていたが、聞こえない振りをして走り続けた。
森の中を駆け続ける折、いぐなは三人に声を掛ける。

「どうしても確かめたいことがあるので、サトリの元へ戻ります。皆さんはもりおか食堂で、あの手紙の真偽を聞いて下さい。
 私はこの山で一度、梢さんに世話になりました。彼女が剣……じゃなかった、森岡草汰を殺すなんて言う人だとは思えません」

お願いします、といぐなはその場で深く頭を下げ、もと来た道を戻っていく。
一度振り返って、木々の間をぬうように元来た道を戻り始めた。

【教会から離れ、もりおか食堂へ】

もりおか食堂に戻れば、「準備中」の立て札がかけてある。店内から人の気配はしない。
入口には何故か盗まれた筈のいぐなのトランクが置かれてあった。
店内に入れば、梢はぼうっと虚空を見上げていた。顔が少し青ざめている。
だが冒険者達に気付き、無理矢理笑顔を見せた。

「あら、お帰りなさい。もう配達は終わったのかしら?」

だが、冒険者達の間に流れる空気を悟ったのか、表情を伺うように尋ねた。

「それで……サトリさんにはもう会ったかしら?」

梢は俯き、自らの袖をぐっと掴む。それから、三人に対し「こちらにいらっしゃい」と声を掛けた。
三人を案内する先は店内の奥。私室に入ると、冒険者達に幾つかの本を差し出した。
本の中身を簡潔に説明するならば、包帯人間達がもと崇拝していた土地神のこと。
更には、サトリが説明したヒト刺しに良く似た特徴を持つ邪神――タタリ神についてだ。
梢は静かに語り出す。

135 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:03:56 ID:???
「昔、この山に災厄が降りかかった。山の人達が山を降りなければならなかった程よ。
 その時、この山の土地神が山の住民達にこう言ったの。人柱を差し出せば山を助ける、と。
 山の住民達は相談しあって、一人の人間を差しだしたわ。全身を病で患った男だった。
 男は住民達に嫌われ迫害されていたけども、人柱になる運命を喜んで受け入れて、その体を差し出したわ」

美談でしょう、と梢は笑う。どこか皮肉げに微笑んで。窓から吹き込む隙間風が涼を運ぶ。

「男は火炙りにされ、土地神の生贄となった。そして山に再び平穏が訪れたわ。
 ……でもその平穏は、また崩されようとしている。他ならぬその男と、人間達によって」

声色が厳しいものとなり、梢は三人を仇を見るかのように睨んだ。

「男は自己犠牲から体を差し出したんじゃない。復讐心からよ。男は土地神の精神を長い時間かけて乗っ取り、
 病や穢れを振り撒き、人の魂を糧に生きるタタリ神となった。そして今度は、自分の憎むこの山を生贄にしようとしている。
 サトリ達は私に全てを教えてくれたわ。ヒト刺しはタタリ神の分身であることも。人間達を使って自分自身を復活させようとしてる」

堰を切ったように梢は語り出す。大雨の日に流れる濁流のように語りは止まらない。

「山の外の人間達は、ヒト刺しやタタリ神を使って大掛かりな実験をしようとしてる。国の政事を治める人間達だと言ってたわ。
 サトリ達はどう足掻いても自分達じゃ止められないと言っていた。全く関係ない人間達を使って止めるしかないって。
 だから私は貴方達を雇った。表向きは配達業をさせることにして、貴方達を山に送ってヒト刺しを退治してもらおうって」

声が涙交じりになってきても止まらない。

「ヒト刺しは何故かは知らないけれど草汰を依代として選んだわ。サトリは言ってた。
 ヒト刺しを受け入れる体を持つ人間は限られてくる。草汰は偶々、ヒト刺しを受け入れられる体だったんだって……」

「その通りだ」

冒険者達の背後にいつの間にかサトリが立っていた。顔面蒼白にしたいぐなもいる。
サトリは一度別れた時から大分落ち着いたのか、落ち着き払って説明を始める。

「倉橋と言ったか、陰陽寮の関係者である貴女なら、私達に関する失礼な噂も聞いた事があるやもしれませんね。
 改めて自己紹介させて貰いましょう。護国政府直属隠密機関「大和使団」……お見知り置きを。以後はありませんが。
 
 先に言っておきますが、今回の件について貴女が報告したとしても神祇院は動かないかもしれません。
 何せヒト刺しのバックには陸軍のある派閥の連中が動いていますから、圧を掛けてくる可能性があります。
 私達は当初、軍から依頼を受けて秘密裏に連中を処理するつもりだった。身内の尻拭いはせねばなりませんから……ですが失敗した。
 それどころか牽制を掛けられ、この事件には二度と関わらぬよう宣告されてしまった。最早、なりふり構ってはいられない。」

マリーに顔面を蹴られた包帯人間が不満げな視線を投げつけている。

「問題に戻ろうか。『森岡草汰を殺す』ことと『ヒト刺しの滅消』について疑問を持っていたね。簡単だ。
 確かにヒト刺しには幾らか替えはいる。だが留まっていられるのは一時的だ。条件も特にない。しかし森岡草汰は例外。
 魂という概念を君達は信じるかな。生物が活動する為に必要な物だと信じてくれればいい。
 ヒト刺しは穢れの塊でありながらも、それを持っている。タタリ神の一部であり、元は人間だったからかもしれないね。
 そしてその魂を、森岡草汰の体内に保管しているんだ。信じられないことだがね……生物の体は一つしか魂を持てない筈だから。
 だから森岡草汰を殺せば……死の反動でヒト刺しの魂は森岡草汰の体から出てくる。後はそれを始末すればいい話。
 後に残るのは森岡草汰の魂のみだ。蘇生を施せば殺人にはならない。もし死んだとしても、君達は罪に問われはしない。保障しよう」

梢の顔色が一層悪くなった。サトリは梢を嘲笑うように鼻を鳴らした。

136 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/17 15:04:52 ID:???
「血が繋がってなくとも子は大事か。だがそれ以上に自分の住む山の一大事を取る。それを罪だとは言わないさ。
 貴女は正しい判断をした。山の脅威を滅することに何の罪もない。人柱を捧げた時も、貴女達は同じ判断をしたのだろう?」

せせら笑うサトリを梢は射殺すような視線で睨み返した。サトリはそれをいなし、冒険者達に視線を向ける。

「幸いな事に、タタリ神はまだ復活しきっていない。鵺を退治した冒険者の噂を聞いたのだが……あれは君達だろう?
 鵺に比べれば奴(ヒト刺し)はまだ弱い方だ。今の内に叩いておけば、後は私達が処理する。国の穢れた連中もな。
 どうだ、軍からの依頼ともなれば充分か?身の安全を保証してやってるんだぞ?……鬼婆、貴女も何か言ってはどうだ?」

梢は何も言わず、項垂れるだけだ。煮え切らない態度にサトリは小さく舌打ちした。

「これらを踏まえた上で依頼を受けないなら仕方ない。私達の事を知ったからにはそれなりの未来が待っているとだけ言おう。
 ヒト刺し退治を引き受けるか、山を降りる前に私達に刺し殺されるか。好きな方を選びなさい。
 私達は国の影に生きる存在、貴女達のような日向に生きる者達に顔を晒すべきではない。でも危険を承知で身分を明かしました。
 その覚悟の意味を解って下さい。敵(陸軍)は私達の弱みを知っている。一般人であり何の関与もない貴方達にしかできないことです」

その時、やっと梢も口を開いた。

「……子殺しを望む私を幾ら蔑んでも何も言わないわ。でもね、私は住み慣れたこの山を再び危険に晒したくないの。
 十年足らず過ごした義理の息子か、悠久の時を過ごした故郷の山か……悪いけど私は人じゃない。この山を選んだ。
 あの子を愛していない訳じゃないけど……故郷のほうをより愛した。ただ、それだけ」

いぐなもサトリも何も言わない。梢の覚悟も相当のものだった。
山の為に梢は息子を捨てる。いぐなは何となくこの親子に同情に近いものを覚えた。

「もし、依頼を引き受けるなら……」

サトリが口を開いた。手にはあの御神体がある。

「これを。言い忘れていましたが、これはヒト刺しにしか開けられないようです。
 もしかしたら、この中に入っているものにヒト刺しを倒す秘密が入っているかもしれません。持ってて損はないですよ」

それと、とサトリは付け加える。

「先程はああ言いましたが……私達に他に方法は無かった。脅してでもやらせるしかなかった。
 もし森岡梢が子供可愛さに敵側(あちら)に寝返ったら、貴方達を取り込んであの問い掛けに対する答えを教えたかもしれなかったから。
 狂信者達の合言葉なのですよ、あれは。同じ言葉を復唱すれば、狂信者たちは仲間であると信じますから。
 私達が狂信者になりすましたのも、このことを考慮してのことです」

結局、寝返りはしなかったようですが、と梢を一瞥した。
この仕事を引き受けるか引き受けないか。サトリと梢は不安げに冒険者達を見据えた。

【解答:ヒト刺しはタタリ神の一部。森岡草汰の殺害依頼は活動源である魂を森岡草汰の体内に保管しているため】
【サトリ達は大和使団。今回の敵(陸軍)に圧力をかけられて思うように動けない】
【御神体はヒト刺しにしか開けられないらしい。中にはヒト刺しを倒すヒント有り?】

137 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/03/20 01:37:33 ID:???
>「この糞餓鬼!何をする!!」
「ひ!」
>「返しなさい!それは貴方達みたいな素人が扱っていいものじゃ……!」
(じゃあ、玄人なら扱ってもいいのかな)

>「鳥居少年!!!ここから逃げるぞ、遠慮なく燃やせ」
「え……!」
鳥居は、マリーの判断力を羨ましく思うと同時に教会を燃やすことには抵抗を感じた。
慌てふためく包帯人間たちの様相が、数百年前に見た死のミサや偽装埋葬を思い出させていたからだ。
変装しているだけの包帯人間たちに場違いな悲哀を感じその手を振り上げたまま頭上に留めている。

>「……! 子供冒険者さん、この教会は燃やさないで下さい!逆上して逆にしつこく追いかけてくるかも!」
「わ、わかったです」
手を降ろして、いぐなのあとに続く。牽制はいぐなの針で充分のようだった。

【教会から離れ、もりおか食堂へ】
――梢の話は納得できた。
自分も、酒に酔った頼光が大暴れしていたら迷わずフルボッコにするだろう。

>「もし、依頼を引き受けるなら……」
サトリが口を開く。手にはあの御神体がある。
>「これを。言い忘れていましたが、これはヒト刺しにしか開けられないようです。
 もしかしたら、この中に入っているものにヒト刺しを倒す秘密が入っているかもしれません。持ってて損はないですよ」

「じゃあ森岡さんに頼んで開けてもらいましょうか。飴ちゃんがいっぱい入ってるって言ったら開けてくれるかも。
えっと、これからぼくたちがやることは森岡草汰の抹殺(仮)。それさえ出来たら
あとは護国機関が崇り神と国の穢れた連中をちょちょいと処理してくれるのですよね?
それならその依頼、お引き受けいたします。もう、最初から正直に言ってくれたらよかったのに。
ぼくはお金で動くような汚れた人間ではありませんがこの倉橋冬宇子はお金のためならなんでもする強欲女ですし
かたやこの双篠マリーは平和を愛する鋼鉄の意志をもった女なのです」

両手を倉橋とマリーに向け、手のひらをひらひらとして見せる。

138 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/03/20 01:39:22 ID:???
――が、内心、自分の無力さに歯噛みしている鳥居。
サトリの話は、一サーカスの団長が受け入れるにはあまりにもスケールが大きな話だった。
諸外国から国を守るために陸軍が軍備を増強しているというのならかまわない。
問題を推測するに、崇り神を利用して一部の軍の派閥が暴走を始めているというのだから手におえない。

だが、森岡を一刺しに変え、梢を泣かせた崇り神にどうにか一矢を報いることは出来ないものだろうか。
視線を落とし渡された本をぺらぺらとめくってみる。

「よくわからないのですが、人柱になった男が土地神をのっとったということは
今、崇り神は自分で自分を封印しているということなのでしょうか?
サトリさんたちは崇り神を倒す方法を知っているのですか?
包帯人間に変装をしているってことはやっぱり調査中なのですよね……」

どうでもいいことをサトリに聞き、鳥居は目を擦っている。疲労で眠くなってしまったようだ。
寝転がりどさくさに紛れて倉橋の太ももに後頭部を収める。しかし――

「くさぁ!な、なんて匂いしてるんですか倉橋さん!?え……もしかして、ぼくも…ぎゃ!」
自分の服の胸元を指で引っ張り鼻を近づけてみれば、目が覚めるような悪臭。
包帯人間の匂いが衣服全体に染み付いているのだった。

サトリたちは不安そうに冒険者達を見据えている。

「もちろんみなさんもこの依頼、引き受けますよね?」
鳥居も不安そうに冒険者たちを見つめる。

「イエスなら狂信者に変装して、焔の祠の近くにある家屋を目指しましょうか?
そこにいるであろう草汰さんに御神体をあけてもらって、あとは草汰さんをやっつけるのです!」
御神体を両手で受け取り、倉橋とマリーの前に突き出す。
どちらかに御神体を受け取って欲しいようだ。

139 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/03/20 22:54:53 ID:???
>>129
怒り狂う唐獅子となった頼光の渾身の一撃は包帯人間を引き裂いた!はずだった。
血飛沫が舞いはしたものの、手ごたえがない。
もちろん手ごたえなどというものが頼光にわかるはずもないのだが、この一撃が僅かに躱された事はわかる。
背中に感じる重みがそれを知らせているのだから。

後ろからしがみつかれおちょくるような言葉に怒り狂い暴れると、包帯人間は振り落とされ転がった。
肩に傷を負い、起き上がることもできない包帯人間。
あわてて這いずることもなく悠長に林真の問いに応える姿が頼光の怒りに油を注ぐ。

あの体制ではよけることもままならない。
林真が拳銃を突きつけているのでそこに突っ込むのは危険なのだが、それをわかるような頭を持っていたら頼光なんてやっていない!
格好の餌食と言わんばかりに牙を剥き飛び掛かる!
頭に咲いたボタンの花びらを尾のように舞い散らせ引きずりながら包帯人間の頭をかみ砕くその刹那。
包帯人間は包帯を脱ぎ捨てその顔を晒す。

「ぐおおおおおぉぉ、お!?おをぉ??」
咆哮は途中から疑問の声に変わり、頭をかみ砕かんとした顎は閉じられることなくその脇を通りすぎる。
それと共に唐獅子の体が変化し、人間の姿に戻る。
唐獅子の体躯で飛び出した勢いを人間の体で制御できるはずもなく、頼光は盛大に頭から地面を滑り木に頭をぶつけて止まった。
が、即座に起き上がり目を見開き包帯人間を指さした。

「お、おまえ!森岡草汰じゃねえか!!」

頭に咲いた牡丹の花がクッションになってくれたおかげか、あまりの驚きに痛みを忘れたのか。
どちらにしても驚きのあまり泥だらけになった着物も頭にタンコブができている事も気づいていない。
だが更に驚くべきことに、森岡草汰だった包帯人間は次の瞬間ネコ目で女顔の青白い男へと変わっていた。

その後、ネコ目の男と林真のやり取りをよそに、頼光は猛烈な怒りが湧き上がっていた。
森岡草汰は初めての冒険で一緒になっただけの間柄だ。
特に親しいわけでもなく、印象としては最悪に近い。
人の為に身を犠牲にし、まっすぐで熱い。
下賤な人間の上、この山に知ったが鬼の子だ。
おおよそ自分とは真逆の人間であり、しかも拳骨を一度貰っている。
恨みもあるし、絶対に仲良く酒を酌み交わせるようなタイプではない。

だがなぜだろうか?
森岡草汰の姿を騙り自分をおちょくるネコ目の男に対し猛烈な怒りがわいてきているのだ。

「じょ、情報も糞もあるか!華族たる武者小路頼光様をコケにして無事でいられると思うなよ!」
怒りの声と共に頼光の拳が獣のそれと変わっていく。
だがそんな怒りの声もむなしく白煙と共にネコ目の男は頼光の拳の届かない樹上へと移動していた。

>「これ、配達物ですよねえー?渡せなかったりしたらどうなるんでしょうかねえー?餞別に貰っていきましょうかねー、キャハハッ」
「無事に済ませねえだけじゃおさまらねえ!ぶち殺す!行くぞ!」
歯ぎしりをしながらネコ目の男を追おうと、後ろの土蜘蛛に振り返った。

140 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/21 00:24:12 ID:???
>>134-136
もりおか食堂―――厨房の更に奥は、家主が起居する住まいとなっており、冬宇子達はそのうちの一室に通された。
板張りの床、小さな書棚に詰め込まれた古書文献、窓際の文机。
冒険者だという家主の夫の私室であろうか――書斎と思しき部屋で、
数冊の本を載せた小卓を取り囲み、五人の女と少年が、互いの顔色を伺うようにして立っていた。
一人は、もりおか食堂の店主――森岡梢。
二人の女と少年は冒険者―――双篠マリー、倉橋冬宇子、鳥居呪音。
残りの二人は、政府直属護国機関『大和使団』の成員を名乗る女――サトリと"いぐな"である。

倉橋冬宇子は、しばし疑念に充ちた瞳でサトリを睨みつけていたが、
やがて、ふん、と小さく鼻を鳴らし口を開いた。

「ここで"この仕事"を断ったら、あんたらの組織――大和使団とやらに命を狙われるってえ訳かい?
 フン…結局は脅しじゃないか…!
 …それに…あの問答…あんたの説明じゃ『正解を知らぬこと』が正解だったってことだろ?
 あんた、私が正解を知らぬが故に吐いた嘘を見抜いたんだろ?ならば何故、私を拘束する必要があった?
 ……あれが脅しでないなら、あんたの能力は虚仮(こけ)だね。
 取り澄ました顔してないで、はっきりと『引き受けなければ殺す』――と言えばいいだろう?」

憤然と言い捨て、改めて包帯に覆われたサトリの顔を見据えた。
ヒト刺しに触れられ病の厄を得てから、たった七日間で、皮膚が糜爛するほどの進行を見せたという癩(らい)の病状。
この進行具合では、あと一週間もすれば、髪が抜け落ち、末梢神経を冒されて、鼻は削げ指は腐って落ちるだろう。
それでも、合併症さえ併発しなければ死ぬことはないのが癩(らい)の恐ろしさなのだ。
冬宇子は深い溜め息をついて、天井を仰いだ。

この火誉山で、業病を撒き散らすタタリ神なぞに対峙せねばならぬ不運は、決して偶然に降りかかったものではない。
大和使団という組織の調査によるものか――サトリと森岡梢は、"鵺の封滅"に関わった冒険者の身元を把握している。
『食堂の手伝い』一見簡単な仕事にしては、高めの報酬。
『女給経験優遇』冬宇子の前職を狙い撃ちにしたかのような条件。
あれは、予め対象を見定めてから募集をかけた嘆願――獲物を誘き寄せるための撒き餌だったのではないか。
冬宇子は、まんまと釣り糸に引っ掛かったのだ。
やたらとこの嘆願を勧めてきた受付の小娘も、一枚噛んでいたのかもしれない。

――――あのクソガキ…!何が、"子供の使いみたいな簡単な調査です"だよ?
帰ったら只じゃ置かないからね…!―――

怒りの矛先は、帝都で今日も怪異解消の任に当っているであろう従弟――晴臣にまで及んだ。
何故晴臣が、火誉山での調査のついでに…と『もりおか食堂』の嘆願を強く勧めたのか。
サトリの明かした情報を知った今となっては、凡その検討がつく。

神祇院と陰陽寮――ともに軍部との因縁は浅くない。
維新直後の廃仏毀釈は、信仰を皇祖神眷属に集約することで国威高揚を狙った、政府・軍部・神祇院の
思惑の一致によって進められものであるし、
戦国の昔からそうであったように、陰陽師による敵国・敵将への呪詛は、現在でも当たり前のように行われている。
また、敵国にも存在する霊的機関への対処も、軍部と連携した神祇院、陰陽寮の仕事である。
もとより『戦と信仰』『戦と呪詛』は、切り離せなせぬものなのだ。

恐らく、神祇院・陰陽寮は、この件――『邪神の軍事利用を目論む陸軍一軍閥の密謀』を、
大和使団の動向まで含めて―――ある程度の情報は掴んでいると思われる。
ただし、軍部の手前、確固たる証拠を手に入れるまでは、静観を決め込んでいるのではないか。
そこで陰陽寮は、官吏の身内である流れの術士――冬宇子を、斥侯役に選んで送り込んだのである。

ここに集まった冒険者は、軍部上層、大和使団、陰陽寮、受願所の仕掛けた、二重三重の陥穽によって、
タタリ神殲滅のための戦力として、この場に誘導された者達だったのだ。

141 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/21 00:29:05 ID:???
一度小さく舌打ちをして、冬宇子は覚悟を決めた。
タタリ神を封じることではなく、事の真偽を、我が目で確かめる覚悟をだ。
冬宇子は、陰陽寮から――晴臣を通じて間接的にだが――ヒト刺し通り魔と火誉山の関連を調査する依頼を受けている。
このまま山を降りて報告をしようにも、肝心の情報は、全て他人からの口伝えによるものばかりだ。
「これこれこういう事を聞きました」と耳にした情報を報告するだけでは、それこそ本当に"子供の使い"だ。
仕事を引き受けてしまった手前、従弟への意地もある。
情報は、正確かつ詳細でなければ価値がないのだ。

とはいえ、森岡梢と大和使団の二人に、信用を置いたわけではない。
冬宇子は、梢の青ざめた顔に視線を定めて語りかけた。

「あんたの話を要約すると、つまりはこういうことかい?」

・その昔、火誉山が災厄に見舞われた折、土地神に人柱を捧げれば平穏が戻る、との託宣があった。
・託宣に従い、山の民は、病――恐らくは癩(らい)に冒された男を人柱に選出した。
・災厄は静まったが、病身の自身を迫害し、挙句に人身御供に利用した、山の民に対する男の怨念は凄まじく、
 怨霊と化した男は、長い時をかけて土地神を内側から侵食し、ついにタタリ神へと変異した。
・ヒト刺しは、そのタタリ神の分霊である。
・森岡草汰の身体には、土地神をタタリ神に変異させた怨霊の魂が保管されている。
 草汰の肉体に致命傷を与えれば、怨霊の魂はその身体より抜け出すであろう。そこを叩け。と。

「いくつか腑に落ちぬ点があるんだがね。
 第一は、何故、病に冒された男が人柱に選ばれたのかって事さ。
 人柱ってなァ、禍なすアラミタマから恵みを齎すニギマタマへ、神徳を反転させる為の、作用点になるべき存在だ。
 病に穢れた肉体を差し出すなんて、穢れに穢れを注ぐようなもん。アラミタマの力を増幅させるだけだ。
 逆効果もいいところさ。
 "人柱は清浄でなければならぬ"――少なくとも五体に欠損のない清らかな身体の者を選ぶのが通例だ。
 祭祀を司るものなら当たり前に弁えている筈の常識を、当時の山の民は、誰も知らなかったってのかい?」

事の起こりである人柱の一件は、山の民の無知による所業か――と、冬宇子は尋ねたのだ。

「それとだね…この姉さんが、食堂の裏手で、信者の扮装をした髪の長い男を見かけたらしいんだが、
 そいつは何者なんだい?その男も大和使団とやらの手の者なのかい?」

と、マリーが薪割り場で出会った包帯男にまで話は及び、
しばし間を置いて、再びサトリへと目を向けた。

「あんたの依頼を……『だが断る――!』とキッパリ言えりゃあ、気分がいいだろうがね。
 受けるかの殺されるかの二択ってんじゃあ、そうもいかない。この場では一応『受ける』と答えておく
 だがその前に、私の認識が間違っていないか確認してもらおうか。間違った点があれば訂正しておくれ。」

142 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/21 00:34:45 ID:???
・陸軍のさる軍閥が、火誉山の特異な環境とタタリ神の力に目をつけ、軍事利用を画策し、実験を行っている。
・サトリ達大和使団は、軍部からの依頼で、暴走する一軍閥の計画を阻止するために派遣された。
・しかしその軍閥は、大和使団の弱味を握っていて、この件から手を引けと、逆に圧力を掛けてきた。
・弱味を握られ表立って動けぬ大和使団の代わりに、暴走軍閥の密謀の要である、タタリ神を封滅してほしい。
・真の依頼主は、内ゲバを秘密裏に処理しようとしている軍上層部。
・軍部の後ろ盾により、依頼遂行中の反法律的行為――つまり殺人等に関する責務は問われない。

そうして、懐から紙に包んだ翡翠色の小石を取り出し、サトリの眼前に掲げて見せた。

「で、この小石が、その実験とやらで生み出されたモノなのかい?
 コレが何なのか、どんな効果を持っているのか……?知っているなら話してもらおうか。」

答えを待って、サトリと梢の二人を、交互に射るような視線を見つめながら、冬宇子は言った。

「この依頼、タタリ神の封滅をもって依頼完遂とみなす―――これで間違いないね?
 ……森岡草汰の蘇生は、あくまで付録ってこったよ。
 義理の母とはいえ、親の前で言うのは残酷かもしれないが、
 私は自分の命を危険に晒してまで、あの坊やを救う気なんて、さらさらないのさ。
 森岡草汰の命に頓着することで危険が増すようなら、私は迷わず坊やの命を見限る。それで文句ないね?」

念を押すように言い置き、「ああ、それと」と、梢を指差して付け加えた。

「依頼主のあんた…仕事内容を偽って嘆願を出すのは、受願所の規約違反だよ。
 あんたからは食堂の報酬とは別に、違約金も払ってもらわないとねぇ〜…」

>>138
その時突然、甘えるような仕草で、鳥居が冬宇子に寄りかかってきた。

>「くさぁ!な、なんて匂いしてるんですか倉橋さん!?え……もしかして、ぼくも…ぎゃ!」

異臭の染み込んだ着物が臭いと顔を顰める鳥居を小突いてから、冬宇子は更に声を張り上げた。

「少なくとも、この着物と帯の代金は弁償してもらうからね!」

その手には、三つ足の鳥が刻印された木版が握られていた。

【一応『依頼を受ける』と回答。ただし色々と質問】
【御神体の木版を受け取る】

143 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/03/23 19:18:46 ID:???
「話がある」
もりおか食堂に着くやいなや、梢の問いに答えずマリーは懐から手紙を取り出し、突きつけた。
覚悟を決めたような梢の態度からして、どうやらこの手紙も息子殺しの嘆願も本物らしい。
招かれるように店の奥、梢の私室に入り腰を下ろすと梢が出してきた本を何も言わずに読んだ。
この山の人々、もとい、包帯人間達は土着信仰者であること、そして、もしかしたら相対することになるであろう相手について書かれていた。

ある程度状況を理解し、本を閉じると、梢は重い口を開き、話始める。
涙ぐみながら話す梢に悪気を感じつつも、マリーはよくある話だと感じた。
神や自然に生贄を捧げ、繁栄を祈り、厄災を払おうとする行為は
残念ながら古くから世界各地で行われていた歴史がある。
梢の話もまたその一件の一つだと感じた。

男の復讐心が土着神をタタリ神に変えたというが果たしてそうだろうか?
生贄を捧げるということは結局のところ、神に対して食事を振舞うことと同じではないだろうか?
ならば、その皿の上に病に冒された男をあげるという行為は冒涜に値するだろう。
言った手前、その行為に怒り狂うことはなく約束は果たしたようだがそれだけの話だ。
おそらくではあるが、土着神はその気になっていればどうにか出来たのではないだろうか?
同じように生贄を求めても、裏切りで返されるのならばいっそ報いを与えるべきだと彼は思ったのではないだろうか
結局のところ
「自業自得じゃないか」
皮肉交じりにそう呟いた。

結局のところ自分らのせいではないか、そう吐きすて帰ろうとも考えたが
国の人間がこの一件に関わっていることを知り、思い留まった。
おそらくタタリ神が帝都にまでやってきたのはそいつらが関係しているのではないだろうか
そう思案を巡らせようとした時、聞き覚えのある声が聞こえる。
視線をそこへ向けると、サトリ達がそこに居た。

サトリ達の話を一通り聞き、マリーはサトリ達にそっぽを向き
考え込むように俯いていた。否、考えてはいなかった。
先ほど教会で見せた無表情に加え、凍りつくほどの濃厚な殺気がサトリ達に向けられている。
マリーは今、自身が今まで経験以上に激昂している。
この一件を悪化させている軍部の人間だけではない。
そうなる前に手を打たず、ここまで悪化させ、手を出さず
その尻拭いをさせようと自分らを騙し、強いらせ、罪も無い人間を殺させようとしている大和師団に対し
これ以上ないほどに怒りを覚えている。

「あぁそうかいそうかい、そこまで言うならやればいいんだろ」
溢れ出そうな罵倒の言葉を何とか押し込め、返事をする。
面倒そうに返す口調とは裏腹に、マリーはこれでもかと言わんばかりに固く握りこぶしを作り震えさせている。
「ただし」
睨むような視線をサトリたちへ向ける。先ほどまで向けられていた殺意の濃度が濃くさせ、続ける
「この嘆願が終わったら時点で、お前らを殺すべき悪として対処する」
空気など読まずサトリ達に宣戦布告を叩きつけると、立ち上がり
倉橋、鳥居の後に続くようにもりおか食堂を後にした。

144 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/25 03:27:41 ID:???
>「あの人なら帰って来ないでしょうね。臆病風に吹かれた犬は飼い主の所に戻るのが筋ってもんです」

背後から包帯男の声が聞こえた。
飄然とした態度に蛇蜘蛛は顔をしかめる。
が、それでも彼の言葉が正しいという事だけは、認めざるを得ないようだった。
軍人は蛇蜘蛛の声にまるで耳を貸そうともせず、木々の向こうへと消えて行ってしまった。

「……余裕ぶっこいてる場合じゃねーぜ、オメーはよぉ。
 アイツが行っちまったって事は、俺が話を聞ける相手はオメーしかいねえんだからな」

包帯男へと振り返り、蛇蜘蛛は短刀を抜く。
すぐ傍では林真もまた輪胴拳銃を構えて、包帯男に疑問をぶつけていた。
けれども返って来るのは相変わらず、人をおちょくった態度ばかりだ。

>「お、おまえ!森岡草汰じゃねえか!!」
>「お前、冒険者の――ええと、森岡草汰!?」

>「――――――――べろべろばあっ! なんちゃって」

(あ、この流れはヤバい。なんか俺だけ置いてけぼり食わされそうな予感。予感っつーかむしろ現在進行形?)

森岡草汰――それが包帯男と頼光、林真が共通して知る人物の名前らしい。
らしいのだが、残念な事にこの場では唯一、蛇蜘蛛だけはその名を、その人物を知らない。
とんでもない疎外感に包み込まれた蛇蜘蛛だが、だからと言ってこの状況で「森岡草汰って誰だよ」などと聞く訳にもいかない。
それはどう考えても頼光辺りの役回りだ。

(悠長にお喋りしやがって畜生。えーと、今どういう状況なんだ?
 あの腐れ包帯……改めタヌキ野郎は通り魔を追ってて、重要な情報とやらを持ってる。全部自称だけどな。
 アホ警官の方は完全に巻き込まれ損、と。なんで軍人がこの山に来てたのかは……聞きそびれちまったんだよなぁ)

>「これ、配達物ですよねえー?渡せなかったりしたらどうなるんでしょうかねえー?餞別に貰っていきましょうかねー、キャハハッ」
>「無事に済ませねえだけじゃおさまらねえ!ぶち殺す!行くぞ!」

「……まぁ、今回はわりとお前に同感だわ、俺。アイツはどうにもいけ好かねえ」

そう言いながら蛇蜘蛛は懐から赤紫色の手拭いを取り出した。
蘇芳で染めた、水の濾過や包帯の代替品として使える手拭い、ようは忍具の一つだ。
それを顔に巻いて酒気を遮る覆面代わりにしてから、再び禁術を解放した。
そして樹上へと這い上がる。

「……そう言えばアイツ、随分と息巻いてたけど……付いて来れんのか?」

木の上に登ってからふと、頼光についての懸念が脳裏に浮かんだが、

「……多分大丈夫だよな」

かと言って頼光を待っている訳にもいかず、蛇蜘蛛は猫目男の追跡を再開した。


145 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/25 03:28:31 ID:???
 
 
 
――追跡を再開してから暫くすると、おかしな光景が蛇蜘蛛の目に映った。
前方に、周囲とまるで温度の異なる平面が見えたのだ。
その正体は妖怪『塗り壁』による鏡面の壁だ。
空気の流れがそこで遮断されている為、温度が異なっているのだろう。
どうやら猫目男はその壁に気付いていないようだった。
蛇蜘蛛が立ち止まる。少ししてから、猫目男が見事に見えない壁に額をぶつけた。

「よう、災難だなタヌキ野郎。だがいい機会だ。追いかけっこはそろそろ仕舞いとしようぜ」

枝から枝へと飛び移り、猫目男との距離を詰めてから声をかける。
両手には計八本の短刀を握っていた。
猫目男の身のこなしはもう、追いかけっこの間に散々見てきた。
この距離ならば決して外さないと断言出来る、必殺の間合いまで接近した上での行動だった。

「本当ならよぉー、先に一発ぶち込んでやりたいとこなんだけどな。
 落っこちて死なれても困る訳よ。その酒まで道連れになっちまうだろうし。
 それに……なんだっけ?重大な情報とやらも気になるしな」

と、その時、不意に眼下から声が聞こえた。
先ほど逃げていった軍人と、その上官らしい男の会話だ。
猫目男は視界の端に残しながら、地上を見る。
しかし残念ながら蛇とはさほど聴覚に優れた生き物ではない。
その為、蛇蜘蛛には途切れ途切れにしか、二人の会話は聞き取れなかった。

「……なんか、きな臭え話だなオイ」

それでも、この山にはろくでもない事情が眠っていると察するには、十分だったらしい。
視線を猫目男へ戻し、蛇蜘蛛が呟いた。

「さて、と。そんで……あー、クソ。ややこしいな。とりあえずオメーが知ってる事を話しな。
 今の話を知ってたのか、どこまで、どうやって知ってたのか。重大な情報とやらはアレの事なのか、洗いざらいだ」

言い終えると同時に短刀を二本投擲する。
一本目の短刀が猫目男が腕に纏う包帯を半ばで断ち、二本目はそれを木の幹に縫いつけた。

「まあ、聞いてばかりってのもなんか悪いしな。俺も一ついい事を教えてやるよ。
 くれぐれも慎重に喋る事だぜ。オメーが嘘をついてると、俺が感じたらその時点で一本お見舞いする。
 俺がイラっと来ても一本。その酒を粗末に扱っても一本だ。どうだい、耳寄りな情報だろ?」

さておき、頭の回りがよくない蛇蜘蛛には的を絞って疑問を射抜くような質問は出来ない。
なので最も単純な手段に訴える事にした。つまりは脅して洗いざらい吐かせる、という事だ。
しかし、どうにも猫目男に誘導されたようで、彼はやや気が立っているようだ。
後で回収する際の手間も度外視した本数の短刀を、脅しつけるように見せびらかしている。

【包帯を縫いつけて拘束する下りは、なんかマズかったら無かった事に】

146 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/03/25 22:53:47 ID:???
>>144
勢い良く振り返り蛇蜘蛛に声をかければ、向こう側もやる気満々。
手拭いを巻いて禁術を解放していた。
蛇人間になる様に生理的嫌悪感は拭えないものの、今はそれより怒りが勝っている。

木に這い上がる姿を見送りながら頼光も駆け出そうとして、そのまま地面に張り付いた。
「いてえええ!なんだこりゃ、足に根でも生えたか!?」
ビッターンと叩きつけるような音と共に地面に突っ伏す頼光を見る林真は確かに見ただろう。
抽象的な意味ではなく文字通り物理的に頼光の足から根が生えているのを!
草履を突き破り細い根が何本も地面に潜っているのだ。

「ぬむうう!ふんがあああ!!くそお、なんか頭も重いし。この俺様が匂いだけで二日酔いか!?」
掛け声とともに起き上がり、ブチブチ音を立てながら足を引き上げる頼光。
本人はその異変に気付いていない。
頭の牡丹の花が先ほどより大きくなっている事を。
そして足だけでなく、身体のいたるところから細い根が着物を突き破りちょろちょろと伸びている事に。
その根の一部は腰に下げた袖の切れ端に伸びようとしていた。

「ああ、もう、歩きにきいな。なんだこりゃ!」
ぶつぶつと文句を言いながら酒の匂いをたどり進む頼光。
元より唐獅子化の制御ができていたわけでなく、現在唐獅子化することも頭から抜け落ちている。
しかし現状しないのではなくできない事にも気づいていない。
蛇蜘蛛の尋問場所にたどり着くには少々時間がかかりそうだった。

【樹木化進行中?遅れて到着予定】

147 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/27 14:54:45 ID:???
>「自業自得じゃないか」

話を聞き終えたマリーが皮肉交じりに呟いた言葉に、梢の肩が僅かに跳ねた。
追い打ちをかけるように、倉橋がサトリを睨みつけ口を開く。

>「ここで"この仕事"を断ったら、あんたらの組織――大和使団とやらに命を狙われるってえ訳かい?
 フン…結局は脅しじゃないか…! 」

サトリは肩を竦めるだけで別段反論はしなかった。肯定とみなして良いようだ。

>「よくわからないのですが、人柱になった男が土地神をのっとったということは
  今、崇り神は自分で自分を封印しているということなのでしょうか?
  サトリさんたちは崇り神を倒す方法を知っているのですか? 」

「ええ。前者に関しては答えられますがね。恐らく自身の暴走を避けたのでしょう。
 私と出会った時点でもまだ完全に力を制御しているようには見受けられませんでしたから」

鳥居の呟きに関しすかさず答える。相手もそう簡単にボロを出すという訳ではない。
早い話が退治方法は自分達で探せと示唆しているようにも見受けられる。
倉橋の要点のまとめに肯定の意味で頷き、質問にもまた、迅速に答えを述べる。

>「いくつか腑に落ちぬ点があるんだがね。」

「良い所を突きますね、倉橋さん。そう、それがそもそもの原因なのですよ。
 当時、この山に清浄な人間はほぼ居ないと言っても過言ではありませんでした。殆どの者は何かしらの病を患っていたようです。
 病を患い、救いを求め信仰する信者達を生贄には選べなかった。さりとて山で生まれた妖怪や獣では生贄としては扱えない。
 健常者たちは話しあった。信者でもなく、獣や妖怪でもない者――それに当て嵌まるのは只一人、人間だった頃のタタリ神であったという訳」

勿論、山から出た事のない妖怪達は祭祀の決まり事には疎かったようだがね、とサトリは言う。
梢も否定しなかったところをみると、概ね当たりの様である。

>「それとだね…この姉さんが、食堂の裏手で、信者の扮装をした髪の長い男を見かけたらしいんだが、
  そいつは何者なんだい?その男も大和使団とやらの手の者なのかい?」
「それは……もしかして、華吹のことかしら?」

梢がその名前を出した途端、今まで空気同然だったいぐながギョッとした表情を見せる。
サトリはその表情の変化を見て見ぬ振りし、梢に更なる返答を促した。

「多分、うちの子よ。兄の方……あの子もヒト刺しを追って単身で此処に来たって言ってたわ。
 でも、返り討ちに遭っちゃったって。私、その時にヒト刺しが草汰だって知ったの……」
「(な、何でよりによってこの山は私の顔見知りばかりが集合するんですか……)」

蒼くなったかと思えば、苦虫を噛み潰すような表情とコロコロ変わるいぐなの百面相。
それを尻目に話はどんどん進んでいく。冒険者三人はこの依頼を受けると決めたようだ。
嗚呼、私の里帰りがとんでもない方向に……遠い目をするいぐな。だが、梢の驚愕に満ちた甲高い声で我に返った。

148 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/27 14:55:54 ID:???
「そ、それ……ほむらの祠の石?何で貴方達が?」
>「で、この小石が、その実験とやらで生み出されたモノなのかい?
> コレが何なのか、どんな効果を持っているのか……?知っているなら話してもらおうか。」

「……確かにその石は実験の一環に使用されましたが、元はこの山の『ほむらの祠』でしか採掘出来ない鉱石だそうです。
 何でも、『穢れ』の類を吸収して蓄積し、放出する際に霊力、或いは妖力などに変質させるとかそうでないとか。
 石へ触れた生物は意思を奪われ、或るいは病を患い、或るいは思い思いの化物へと変貌する等、あまり良い代物とは言えませんがね」

そこまで言い切ると、あくまで調査した結果ですけどと肩を竦めた。とぼけているようにも見える。
サトリの説明を聞き終えた倉橋は、違約金の支払いの約束も取り付けると、木版を受け取り鳥居を小突きながら声を張り上げた。

>「くさぁ!な、なんて匂いしてるんですか倉橋さん!?え……もしかして、ぼくも…ぎゃ!」
>「少なくとも、この着物と帯の代金は弁償してもらうからね!」
「そんなに臭いですかね? 慣れれば良い匂いだと思うのですが……」

臭いに関しては疑念を抱くサトリに、いぐなは内心、いや、どう考えても悪臭ですよと言いたかったが
言った所でどうせ聞き入れてくれないだろう、大和使団はそんな連中ばかりなのだからと口を噤んだ。
さて、いざ出発という時、マリーが殺意を剥きだしにサトリ達へ視線を向ける。

>「この嘆願が終わったら時点で、お前らを殺すべき悪として対処する」

宣戦布告を叩きつけ、倉橋達に次いで出ていくその背中を見送り、サトリは双眸を細めた。
「殺すべき悪か」、と呟き、冒険者達への道案内をすべく、いぐなを連れて後に続いた。

【→ほむらの祠・家屋付近】

草叢の隙間から、サトリの双眸が周囲に走る。
森の一区間を切り抜いたかのような空き地にぽつねんと佇む家屋と、ちっぽけな祠以外人影も何も見当たらない。
家屋、祠ともに、形容しがたいあの悪臭が漂っている。祠からは呻くような集団の声も聞こえてくる。

「私達の調査によると、狂信者達は今頃ほむらの祠に籠っている筈です。
 家屋になら何かしらタタリ神について情報が……おっと!」

サトリが黙り込んだその時、家屋から二人の男が出てくる。1人は壮年の軍人、もう片方は――――

「田中中佐だったか。実験とやらはまだ続くのかよ?いい加減外に出てーんだけど」
「君は何回脱出を試みれば気が済むのかね、森岡草汰――いや、今はヒト刺しと呼ぶべきか?」

筋骨隆々の長身、ぼさぼさの長髪、落ち窪んだ緑の瞳と右頬に三本の傷の男。
黒尽くめの丈の長い外套を羽織り、胸元から鎖が伸びている――森岡草汰と呼ばれた男は、不満げに抗議する。
見れば、両手足にもそれぞれ鎖が巻きつき、拘束されていたかのような痕跡がある。
二人は草叢の影に冒険者達が居るにも関わらず、気付いていないのか会話を続ける。

――どっちでも構わねーよ。腹減ったしよ、獣や妖怪ばかりの魂じゃ腹は膨れねえんだってば。ちょっとばかりうろついたって良いだろが。
――それを許した結果、君は帝都で殺戮を侵してヒト刺しと呼ばれているのだよ。隠蔽する私達の身にもなってくれないか。
  はあ、部下は喰われるか反抗するかばかりだし、君は我儘だし、私の白髪は増える一方だよ。どうしてくれようかね。


149 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/27 14:56:38 ID:???
――はっ。そんなの知った事かよ。お前の部下が簡単にくたばるような脳無しだろうが俺が帝都で何と呼ばれようが関係ないね。
  そんなに有能な部下が欲しいなら、当てがあるぜ。冒険者の知り合いに骨のある奴が何人かいるんだ。そいつ等を採用したらどうだ?
  優秀な人材が欲しいんだろ?なあ、ちょっとばかり街をぶらつかせてくれるだけで良いんだってばさあ。なぁーなぁー。

――簡単に言ってくれるが、そういう訳にもいかないんだよ。それにしても、それが君の本性という奴かね。
  聞いた話では、君は自己犠牲を厭わない単純一途な熱血の正義漢と聞いたが、否、それともタタリ神の人格か?

――さあ。正直、はっきりしないな。今までの俺が仮初の性格だったのかもしれねーし、タタリ神の性分なのかも。
  けど分かるのはただ一つ、俺に正義とか求めるなら筋違いだぜ。自己犠牲?反吐が出る。俺の敵は人間だ。あんたも含めてな。
  俺という化物を迫害するか、利用してきた連中ってのは総じて『人間』って生き物だった。家族だって例外なくな。  

人間を敵だと語る森岡草汰の横顔は、憎悪に満ちている様が容易に伺えた。祠から籠っていたであろう包帯人間たちが出てくる。
ぶつぶつと呟きながら、田中中佐と森岡草汰を取り囲む包帯人間達。茂みの奥からも現れる。二人はそれを気にも留めない。

――今なら分かる。親父は俺を恐れて捨て去り、お袋は人形を見るように俺を愛し、兄貴はお袋を奪った俺を憎んだ。
  此処に連れて来られて、タタリ神を受け入れて、激しい感情と力の渦に巻き込まれていく内に……気付いちまったんだ。
  これがタタリ神の心なのか俺の本心なのかも定かじゃねーが……この世界が、人間って奴が堪らなく憎らしく見えてよ。

包帯人間の群れから、1人の子どもが這い出し、森岡草汰の足にひたとくっついた。
それを、森岡は不潔な物を見るかのように眉間に皺を寄せ、容赦なく子供を蹴飛ばし、転んだ子供を見て可笑しそうに笑う。

――……あくまであんた等の実験に協力するのは、俺がこの世界をぶっ壊してやる為の手段だってことを忘れんなよ、中佐。
  今度は俺が人間を利用してやる。狂信者共も、以前会ったあの科学者も、お前等も、戦争や実験すらも利用してやるまで。
  邪魔する連中には力をもってして報いを受けて貰うまでだ。俺の兄貴やあのサトリとかいう女みてーにな。

――実に殊勝な心がけだね。時に、タタリ神の力はどうだい?君は本来、穢れ等を祓う体質を持っていたようだが……

――完全、って訳じゃねーな。何だっけ、例の力は霊力と俺自身の正の感情に反応して発動するんだとよ。怪力はその副産物。
  タタリ神の力を鎖で繋いでる間は問題ねーけど、心臓を貫かれ、かつ鎖に付いた鍵を外されたらタタリ神の力はすっかり消えちまうんだと。

――ほう。で、この間言っていた、姿を消したあの信者が持っていた木版に、その鍵が入っていると?

――冗談じゃねえよ。俺しか開けられないから良いものの、盗むなんて何考えてるんだか。早く探し出して、鍵をどっかに捨てちまわないと……。

その時、森岡が何の前触れもなく草叢に目を走らせた。異常に殺気だった双眸で周辺を舐めるように観察する。
だが、奥から現れる何人かの包帯人間達がいるだけだ。それと時折、全身を白い毛で覆われた異形の犬達が辺りをうろつくのみ。

「どうかしたかね?」
「……いや。俺の気のせいらしい。ここん所、冒険者共が俺狙いで来るものだから、神経尖っちまってよ」
「暴れすぎるからだ。少しは己の行動を省みたらどうだね?その顔に見合う言動を取りたまえ」
「誰が老け顔だって?ぶっ飛ばすぞ」

その言葉を皮切りに、田中と森岡が口論を始めた。サトリや冒険者達に気付く様子は一切ない。
サトリ達の協力で、冒険者達は傍から見れば狂信者達の一人に見えるに違いない。接近するなら、今だ。

【サトリ達に頼めば狂信者に変装可能。家屋前に田中中佐と森岡草汰(ヒト刺し)が出現。周囲に狂信者達と毛玉犬】

150 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/03/27 20:18:47 ID:???
【ほむらの祠・家屋付近】
森岡草汰と田中中佐の会話を聞いて。

「……草汰さんのことは倉橋さんとマリーさんにお任せます。
お二人の色仕掛けなら草汰さんはコロッと言いなりになるかもです。まあ冗談です。
それと草汰さんと上手く交渉するにはあの軍人が邪魔なようですし、
ぼくは軍人をひきつけてみるのであとはよろしくです」

鳥居は、田中と森岡が口論を始めた隙を見計らいほむらの祠に侵入。
手から火を出してこっそり放火し、狂信者たちを驚かせた。
彼らがまともな神経をしていたら田中に不審火のことを伝えるかも知れない。
田中中佐にも軍人としての責任感があるのなら自ら祠内の調査に動き出すかも知れない。

【鳥居:祠に侵入後、そこらへんにあるものに放火。不審火騒ぎを起こす】

151 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/28 23:57:09 ID:???
【→頼光】
見る見る離れていく包帯男と蛇蜘蛛。その背中を追い掛けようと頼光も駆け出そうとする。
林真もまた、こんな恐ろしい山に一人取り残されるのが恐ろしくて、慌てて後を追おうとした。
だが、急に頼光がつんのめって倒れたことで驚き振り返ると。

>「いてえええ!なんだこりゃ、足に根でも生えたか!?」
「ぎゃああああっ!?気持ち悪ッ!何それこわい!!」

言葉の通り、頼光の足から根が幾本も生え出してきているのだ。
根は草履を突き破って地面にしがみついている。更に頭に咲いた牡丹の花がやけに大きい。
もっと言えば、全身から根毛がちょろちょろと這い出して気味が悪いことこの上ない。
袖の辺りを探っているようにも見えるが……生憎と目の前の異常な光景に気をとられて林真の視線はそこまで向かない。

>「ぬむうう!ふんがあああ!!くそお、なんか頭も重いし。この俺様が匂いだけで二日酔いか!?」
「だああもう!世話が焼けるなこいつ!!あいつら先に行っちまうじゃねーか!」

気味が悪い絵面に顔をしかめつつも、林真は頼光を芋でも引っこ抜くかのように腕やらを引っ張る。
猫目男を追った蛇蜘蛛に追いつくには少々時間がかかるだろう。その間にも時間は流れ、一方、先に進んだ二人はと言えば――――

【→蛇蜘蛛 一本道】

>「……なんか、きな臭え話だなオイ」

猫目男の背後から同じく聞き耳を立てていたであろう蛇蜘蛛が、猫目男に視線を向けた。
その眼下で、どろどろと不自然に出来上がっていく血溜まり。見えない壁の向こう側の人間の死を意味していた。
それを見届けると鼻を鳴らし、猫目男も蛇蜘蛛へ振り返った。頼光たちの姿は見えない。

>「さて、と。そんで……あー、クソ。ややこしいな。とりあえずオメーが知ってる事を話しな。
> 今の話を知ってたのか、どこまで、どうやって知ってたのか。重大な情報とやらはアレの事なのか、洗いざらいだ」

猫目男が口を開く前に、二つの刃が猫目男を襲う。一本は腕の包帯を裂き、もう一本の刃先が男を幹に縫い付けた。
不意打ちを食らったにも関わらず、目を少し見開いただけで猫目男は何も言わない。

>「まあ、聞いてばかりってのもなんか悪いしな。俺も一ついい事を教えてやるよ。
> くれぐれも慎重に喋る事だぜ。オメーが嘘をついてると、俺が感じたらその時点で一本お見舞いする。
> 俺がイラっと来ても一本。その酒を粗末に扱っても一本だ。どうだい、耳寄りな情報だろ?」

成程、相手は結構な短気らしい。それも喧嘩早いと見た。こりゃ女に好かれない類と見たな、と思ったが、
それを口にすればチラつかせた短刀のどれかが飛ぶのだろう。男は蛇蜘蛛を見据えて目を細めた。
果たしてそれが笑顔に分類されるのか、それとも不機嫌に分類されるのかはさておきとして。
猫目男は包帯を引き千切り、その肌を露わにさせた。傷痕と、凹凸の激しい赤紫色に浸食されている。

「これぞ正に袋の鼠ですか。差し詰め貴方は、見てくれからして餌を喰らう蛇ですかね?
 ところで相方さんがいらっしゃらないようですが、……まあ良しとしましょうか。どうせ来るのでしょう?」

猫目男が逃げる様子は無く、逆にその場に腰掛けた。露出した腕からは鼻が曲がるような異臭が放たれている。

「先ずは名乗るのが礼儀って物ですかね。不肖ワタシ、もりおか食堂の長男こと華吹、と申す者です。
 ある機関に身を置いてましてね、通り魔を捕縛する為にこの山へ赴いた次第でさ。まさか敵の潜伏先が故郷だとは思いやせんでしたが。
 ……あんたが言ったように、この山は今、とてつもなくきな臭い事に巻き込まれてる。様々な思惑を取り巻いた、ね。
 あんた方も今回、不幸にも巻き込まれちまった連中の一部でさぁ。そこらで転がってる骸達の同類でしょう?」

よく見れば、脇道には幾つかの死体が転がっている。周辺には、こびりついた血が付着した許可証が何枚も散らばっている。
林真の情報提供をもとに、ヒト刺し退治に赴いたと思われる冒険者達の成れの果てだ。
ようやく頼光たちが追いついたのを視界の端に確認し、言葉を続ける。

152 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/28 23:58:19 ID:???
「犯人は余程、血も涙もないようですねえ。ここまで惨たらしく無慈悲に人を殺せる奴なんかそうそう居ません。
 その犯人がまさか、ワタシの弟なのかと思うと悲しみの余り涙さえ出てこないってものですよ。はあ、嘆かわしや。
 タタリ神なんぞに心を売り、世界を滅ぼすだのとのたまい、穢れを振り撒き、化物を作り出す翡翠の石をも利用して。
 自分の邪魔をするならば兄にさえ病の疫を移すような輩などと……どの口で言えましょうか」

わざとらしく涙を拭う素振りを見せるが、台詞は棒読みだ。
だが華吹が口にした情報は冒険者達にとって有益な情報となるかもしれない。

「誰かあの悪鬼羅刹、今とあってはヒト刺しとなった我が弟に一矢報いてくれるような正義漢は居ないものでしょうかねえ」

そこまで言い切ると、酒を放り投げ、自らも地面に身を投げる。
着地地点は血溜まりの上。そして見事にすっ転び、透明な壁をその足で払った。
途端――透明な壁は消え、林真達を置いて逃げ出したあの軍人が、胸元から夥しい量の血を噴き出して死んでいた。
まるで、ヒト刺しが犯行を行ったかのようにも見える。

「こ、これ……ヒト刺しが……?」
「さあ、どうでしょう。不可視の壁のお陰で、声しか分かりませんでしたから……ただ、男であることは間違いないと思いますよ」

そして華吹の視線は、ある一点へと向いた。狸に良く似た小動物が、尾を丸めて震えている。

「そうでしょう?ぬりかべ。男が二人いた筈。壁を作っていた御前も見てましたよね?」
「みっ見てない!おら何も見てない!おっかないオッサンがそこの男さ刺し殺したとこなんか、ぜーんぜん見てね!
 壁作ってたのだって、おらが勝手にやったことだ!オッサンに脅されて嫌々やったとかそんなんじゃ全然ねーからな!」

震えながら、ぬりかべは見下ろしてくる人間達を一瞥し、甲高い声でそう言いきるや逃げて行った。
華吹は眉を吊り上げ、ほらね、と肩を竦める。有り難いことに余計な一言も残してくれた。

「あ、その男とやらがこんな顔かどうか聞くのを忘れてましたね」

何時の間にか華吹の顔が再び森岡草汰の顔へと変貌している。
その気味悪さにまた林真が一歩距離を置く。森岡草汰の顔のまま、華吹は冒険者達へ振り返る。

「さっきの話の続きですがね。ワタシは此処では口に出せないような方に依頼されまして、ヒト刺しを追っておりました。
 彼を追う過程で、この事件の背景を嫌というほど……それこそ、そこらの骸達の仲間入りをしかけるまでに、知ってしまいました」

華吹はそう言って語りだす。火誉山のタタリ神の説話、翡翠の石の秘密、
さる一軍閥の実験計画、ヒト刺しの正体がタタリ神の分身を身に宿した森岡草汰であるという事実……。
彼が身を置いている機関のことを除いては、信じられないような話の数々が口から飛び出した。
顔色を青くしたり赤くしたりし、林真はおずおずと華吹を見やった。

「…………なあ、にわかには信じ難いってーか……それ、創作とかって訳じゃー……」
「信じるも信じないも貴方達の自由でさあ。現に、ワタシは本人に会って戦闘にもなりましたし」

その結果が御覧のザマです、と病に冒された肌を見せつける。あと数日もすれば腐り落ちてしまいそうだ。

153 : ◆PAAqrk9sGw :12/03/29 00:00:42 ID:???

「此処で貴方がたに尋ねておきましょうか。我が身が惜しいのなら、引き返すなら今ですよ」

華吹は包帯の上から着ていた上衣のズレを直し、三人に言い放つ。
森岡草汰の顔から戻す気はない様子だ。

「もし貴方がたがこのままヒト刺しを倒すというのならば……少なくとも森岡草汰との戦闘は避けられやせん。
 奴は強いです。タタリ神の力――病や穢れを操る力を有している今、奴を倒す手段は一つ。真っ向から心臓を貫いて殺すしかありやせん。
 まあ、幸いにも此処は山。殺してしまえば死体は埋めれば良い話だし、黙っていればまず殺人罪で捕まることは無いでしょう」

「それ、警官の俺を前にして言う台詞か?(つーか顔元に戻せよ……)」

「おっと、それじゃあ告げ口される前にその良く回る舌の根を閻魔釘抜きで引っこぬいてあげましょうか」

「酷え!脅迫罪と殺人未遂で訴えてやるぞ!つーか、俺もう関係無いから山下りていいよね?!」

自身が警官である癖に訴えるとはこれ如何に。それはともかく、と華吹は冒険者達に視線を向け続ける。
林真は帰りたくて仕方ないようである。山の麓に派出所があるのを今思い出したようだ。
他の二人はどうだろうか。華吹は二人の答えを待つ。

「もしヒト刺しを倒すというのなら、ワタシも相応に貴方がたを支援しやしょうか。
 ワタシ自身戦闘は苦手ですが、これでも顔は利く方でしてね。殺人に対する責務はこの際問いませんし、
 なんなら母から受けた嘆願の報酬の十倍は約束しましょう。どうです?やる気、少しはでてきませんか?」

しかし、華吹が暗に言っている事はつまり、弟殺しの加担をしますと言っているようなものだ。
弟の顔で、華吹は事も無げに、涼やかにこう言った。

「あれはもう弟ではありません。只の化物です。初めて出会った時から……殺すべき相手だと信じて疑いやせんでした。
 そしてそれは現実となった。国に仇なそう者は消す、それがワタシ等の使命なんです。使命を前に、家族の絆など路傍の石と同じです。
 気に食わなかったなら申し訳ございませんね。母もまた、タタリ神から、この山を護るために息子(草汰)を捨てました。
 もう弟を必要とする者など誰もいません。そんなアレをいっそ哀れと思って、殺してやったほうがあの化物のためでもあるのです」

>>150
その時、集団の騒ぎ声が聞こえて来た。黒い煙がもうもうと立ち上っている。
華吹は目を細め、顔を先程の猫目顔に戻して愉快そうに言った。

「どうやら、どこかの誰かさんが何やらおっ始めたようですねえ……丁度あの方向、弟が常にいる場所です。
 もしかしたら、今がアレを倒す好機かもしれませんよ。どうします、いっちょ行きますか?」

【ぬりかべ、オッサン(田中中佐)に指示されたことを自供、逃げ出す→華吹、ヒト刺しの犯行であるかのようにほのめかす】
【蛇蜘蛛さんたちに情報を話す。話した内容は上流とほぼ同じと思って下さい】
【時系列でいうと丁度不審火騒ぎが起きた頃。合流なるか?】
【華吹と林真は非戦闘要員の為期待はしないほうが良さげ】

154 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/30 21:20:16 ID:???
>「これぞ正に袋の鼠ですか。差し詰め貴方は、見てくれからして餌を喰らう蛇ですかね?
  ところで相方さんがいらっしゃらないようですが、……まあ良しとしましょうか。どうせ来るのでしょう?」

「それがなぁ……来ると断言出来ねーのがアイツの恐ろしいところだぜ。
 またどこかで狐と追いかけっこをしてても不思議じゃねーから困ったモンだ」

投げやりな口調で答えを返し、それから右腕をゆっくりと振りかぶる。

「……で?アイツが来るか来ねーかと、俺の質問に何か関係があんのか?
 ないよな。オメーは聞かれた事だけ答えてりゃいいんだよ」

毒々しい黄色の眼光と鋭い敵意が猫目男を貫く。
ここのところはどうも決まらない事が多かったが、それでも蛇蜘蛛は二十年近く、忍びとして生きてきた男だ。
たまにはこうして、その道っぽい雰囲気を醸す事だって出来るのだ。
それはとにかくとして、猫目男はようやく情報を語り出す。
蛇蜘蛛は相変わらず不機嫌そうな顔で、それを静聴していた。

>「誰かあの悪鬼羅刹、今とあってはヒト刺しとなった我が弟に一矢報いてくれるような正義漢は居ないものでしょうかねえ」

(つまり……えーっとだ、あのお喋りなクソはどこぞの機関の使いっ走りで?
 何故かその機関は通り魔野郎を追いかけてて?この山にはよく分かんねー陰謀とやらが眠ってて?
 その内訳は軍人とタタリ神と世界の危機とバケモノを生み出す翡翠色の石、と。
 ……一本目お見舞いしたら、もうちょい分かりやすく話す努力ってモンをするのかねえ、コイツ)

あるいは先ほどぶちまけた酒で、この男自身も酔っ払っているのだろうか。
だとすればやはり、少しばかり痛めつけて酔いを醒ましてやった方がいいかもしれない。
そんな事を蛇蜘蛛が考え始めた頃合いで、不意に猫目男が酒瓶を放り投げた。

「っ、野郎!」

蛇蜘蛛は咄嗟に枝の上から飛んで、左手を伸ばした。
辛くも酒瓶を掴み、それからすぐさま猫目男へと視線を向ける。
彼は既に、枝の上から身を投げていた。

酒瓶を掴み取る為に左手の短刀は取り落としてしまった。
加えて蛇蜘蛛は今、空中にいる。それでもなんら問題はない。
禁術による鞭のような腕のしなりを利用すれば、
たとえ踏ん張りが利かなくとも猫目男が着地する瞬間に短刀を届かせる事が出来る。

「逃がすかよ、この……!」

けれども猫目男は血溜まりの上に落ちて、見事にすっ転んだ。

「……何やってんだ、アイツ」

呆れるあまり短刀を投げるのを取りやめた蛇蜘蛛が、猫目男を追って地上に降りる。
同時に彼はさっきまで見えていた『低温の平面』がいつの間にか消えたいた事に気づいた。
見えない壁の向こうに転がっていた、段々と熱を失っていく、動かない人間の姿にも。

>「こ、これ……ヒト刺しが……?」
>「さあ、どうでしょう。不可視の壁のお陰で、声しか分かりませんでしたから……ただ、男であることは間違いないと思いますよ」

猫目男改め華吹はまた暫し、情報を語る。先ほどよりも更に荒唐無稽さに拍車のかかった情報を。
そして全ての話を聞き終えて、

「……信じるも信じないも勝手っつーなら、正直言って信じらんねーな、そりゃあよ」

ぶっちゃけた話、蛇蜘蛛は華吹の話にかなり懐疑的だった。
彼はあまり頭がいい方ではないが、それでも最悪の状況を想定する事くらいは出来る。
二十余年、忍びとして生きてきて身についた癖のようなものだ。

155 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/03/30 21:20:39 ID:???
相手の力量はかなり高い水準で未知数。しくじれば死ぬか、癩病を貰う羽目になる。
華吹の属する組織がどの程度の勢力なのかは分からないが、
軍の一派閥に弱みを握られて思うように動けない連中が事後処理をちゃんとしてくれるのかも怪しい。

なんと言っても、情報源は今のところこのお喋り男の口先一つなのだ。
何か一つ二つ、間違いや嘘が潜んでいても不思議ではない。
それは全てが大間違いや嘘八百だった場合よりも、よほど最悪だ。

加えて、怪しげな情報の中で数少ない確かな事――この件には軍部が絡んでいる。これがまた良くない。
蛇蜘蛛は『使命を失った忍び達の再利用』という、言わば裏の国策とでも言うべきものによって里を抜けている。
故に軍部という紛う事なき御国の機関に盾突くのは非常に不味いのだ。
もしもこの一件で『国にとって危険であり、不要物』と査定されたら、彼は仲間達の手によって処分される事となる。

けれども、

>「どうやら、どこかの誰かさんが何やらおっ始めたようですねえ……丁度あの方向、弟が常にいる場所です」

「オメーの話はぶっちゃけ、これっぽっちも信用出来ねーけどよ。
 少なくともこの山にはイカれた殺人犯と、俺の顔見知りがいる。これだけは確かなんだよなぁ……」

深い溜息と共に、蛇蜘蛛はそう言った。
彼にとって本当に最悪な事とは騙されてドツボに嵌る事でも、不要物扱いされて殺される事でもない。
自分が取った選択の結果、死ななくても良かった筈の人間が、助けられた筈の人間が死んでしまう事だ。
後味が悪いとか、恨みを買うとか、そういう考えればいくらでも浮かんでくるような理由などはない。
ただ単純に、生理的に、感情的に、嫌なのだ。

「まぁ、なんつーか……呉越同舟って事になりそうだな」

だから彼は、華吹の話に付き合う事にした。
付き合うだけだ。乗る訳ではない。
たまたま向かう先が同じだっただけという姿勢を崩すつもりはなかった。
少なくとも、華吹の言った事が真実だと確信出来るまでは。

「で……オメーはどうする?」

それから蛇蜘蛛は頼光を振り返った。

「……とは言わねーぞ。いいか、よく聞け」

そして彼の返事を待たず、一方的に続ける。

「オメーは来んな。あんな風にゃなりたかねーだろ」

路傍の死体を顎で示し、脅しつけるように言った。
これから相手にしなければならないのは、正真正銘の化け物だ。
力でも、存在の性質でもない。命を奪う事を躊躇わない相手との『殺し合い』、それこそが最も恐ろしい化け物なのだ。

そしてその化け物が持つ毒牙は、あらゆる者を殺し得る。
愛国心の強い軍人も、蛇蜘蛛より遥かに優れた才を持っていた忍びも、どんなに屈強な武芸者も、別け隔てなく。
ほんの一瞬の気の緩みや、つまらない不運で呆気なく殺される。

そんな化け物を相手取るのに、頼光はどうしようもなく『慣れ』ていない。
自分の命がいとも容易く失われてしまうものなのだと、きっとぼんやりとすら考えた事はないだろう。

だから蛇蜘蛛は頼光に来るなと言ったのだが――そう言われて彼がどう思うのかまでは、考えてはいなかった。

156 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/30 21:43:14 ID:???
>>147-149【もりおか食堂 書斎】
倉橋冬宇子は、サトリからの依頼――『タタリ神封滅』に受諾の意を示し、溜め息交じりに呟いた。

「フン…!軍部から大和使へ…そのまた下請けの仕事ってことになるのかい。
 せいぜいピン跳ねされないように注意しないとねぇ…!」

事の起こりである人柱の一件は、矢張り、山の民の無知が原因であったらしい。
山の民は人柱と生贄を混同していたのだ。
生贄と人柱は似て非なるもの。むしろその本旨は正反対のところにあると言っても良い。
生贄は、禍なすアラミタマを信奉するものが、神威を増幅するために捧げる糧であり、そのために屠られる供物である。
一方、人柱は、諸々の原因でアラミタマに反転してしまった神を、ニギミタマに反転させるための作用点、
神徳の方向を逆に向けるための、いわば滑車の役割を担う存在だ。
そのため、清らかな身体の――それも志願者から選出されなければ、正しい効果は期待できない。
日本武命の為に海神に身を捧げた、弟橘媛の故事にも、象徴的に著されている事柄であるが、
本来なら、"あちら側"――常世に近しい存在である筈の妖怪が、人の営みを真似て
祭祀を取り仕切っていたというのだから、種々の祭式作法に通じていないのは、致し方ない事だったのかもしれない。

冬宇子は、鳥居より受け取った木版に目を落とし、表面の浮き彫りを、暫しじっと眺めた。
木版の面には、炎に包まれた三本足の火鳥と、火鳥を貫く剣が掘り付けられていた。
剣は、天皇家の宝物である三種の神器――『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』と同型の、
刀身に反りのない、十字型の両刃剣だ。
把柄に八岐の蛇の如きモノが絡み付いているのも見て取れる。

この木版は、タタリ神の御神体として祀られていたものだと云う。
してみると、浮き彫りの図柄は、タタリ神の神性を象徴していると推測される。

タタリ神が、土地神の神徳を反転したアラミタマであるのならば、両者の管掌する霊威は同一である筈だ。
荒魂(アラミタマ)と和魂(ニギミタマ)は、一つの神が持つ、両極の性質を云う。
例を上げるならば、水神は、大地を慈雨で潤し豊穣を齎す恵み深い神であると同時に、
豪雨と濁流で甚大な被害を及ぼす、猛々しい災厄の神としての顔を持つ。
荒魂と和魂――恵みの神と災厄の神。
その極端な個性ゆえに、別の神名で祀られていることすらあるが、本来は同一の神なのである。

土地神が祀られていたという『ほむらの祠』。『ほむら』は『焔』――燃え盛る炎を意味する。
御神体に掘り込まれた『三本足の火鳥』。
神武東征の案内役として有名な八咫烏がそうであるように、過多の四肢は神性の象徴でもある。
とすれば、炎を纏った三本足の鳥の浮き彫りは、恐らくは炎の神であるタタリ神の神性を示しているのではないか?
ならば、タタリ神の象徴である火鳥を貫く『剣』が意味するものは―――?
瞬間、"いぐな"が不意に口に出した、ある言葉が、脳裏を過ぎった。

>皆さんはもりおか食堂で、あの手紙の真偽を聞いて下さい。 私はこの山で一度、梢さんに世話になりました。
>彼女が剣……じゃなかった、森岡草汰を殺すなんて言う人だとは思えません」

冬宇子は、サトリの横に半ば身を隠すようにして立っている、"いぐな"に視線を向けて問い掛けた。

「あんた確か…あの坊やのことを、『剣』―――と呼ばなかったかい?
 あんたらの言うには、森岡草汰は、タタリ神の分霊――ヒト刺しを、恒常的に宿らせることができる稀有な体質、
 言わば――『特別な存在』だというじゃないか。
 その『特別』に関する説明が一切ないってのは、どういうことだい?
 『剣』ってのどういう意味さ…?森岡草汰――あいつは一体何者なんだい?」

鵺と対峙する森岡草汰の雄姿。その身体から迸る緑色の霊気を思い描き、更に続ける。

「あんたら…もしや、『森岡草汰の抹殺』を依頼しておきながら、
 あの男の身体の秘密を知っていて、黙っているんじゃなかろうね?
 対象への認識に欠落があれば、必然、仕事の成功率は下がるってもんだ。
 それを承知の上で、まだ隠してる事があるってのかい?
 もう一度聞く。森岡草汰が何者なのか…?あの力は何なのか…?知っている事があるなら話してもらおうか?」

冬宇子は、サトリ、いぐな、梢――三者の顔に、挑発的な視線を浴びせながらそう言った。

157 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/30 21:43:59 ID:???
*    *    *

さて、一行は用意を整え、森岡草汰――ヒト刺しが潜んでいるという、祠の側の家屋へと向かう。
冬宇子は、サトリと同様に、異臭のする包帯で肌をすっかり覆い、
その上に、継ぎだらけの粗末な十字絣の着物を身に着けていた。
タタリ神及びヒト刺しに関する情報は、未だ不足している。
情報は内部から探るのが、最も確実で手早い方法だ。信者達になり済ましての潜伏を考えての変装である。

「まったく何て災難だろうね…早く終わらせて風呂に入りたいよ…!」

包帯の悪臭に辟易してぼやきつつ、風呂敷に包んた御神体の木版を小脇に抱え直す。
木版は見た目より軽く、振ると微かに音がして、内部が空洞であるのが分かった。
サトリは、空洞部に入っている物が、ヒト刺しを倒すための手掛かりになるのではないか――と言う。
木版は、タタリ神の分霊たるヒト刺しにしか開けられぬ、というのだから、
それが本当なら、呪術的な封が施されている可能性が高い。
作りは只の木製の箱。物理的に破壊するのは簡単であろうが、どんな霊障に見舞われぬやも知れない。
ヒト刺し自身に開けてもらう方法を考える方が上策であろう。

道すがら、冬宇子は懐から、人の形を象って切り抜いた白い和紙――形代(かたしろ)を数枚取り出し、
同行者全員に、一枚ずつ行き渡るように配った。

「形代ってのはね、元来、身に積もった罪穢れを肩代わりさせるための身代わりとして作られたのさ。
 穢れだけじゃなく霊気や呪力を通し易い性質から、呪具としても広く使われるがね。
 今でも紙人形に穢れを移して川に流す『形代流し』って風習があるのを知ってるかい?
 それに三回息を吹きかけて、肌に触れるように身に付けて置くことだね。
 ヒト刺しに触れられた時………上手くいけば、形代が身代わりになって、病の厄を肩代わりしてくれるかもしれないよ。
 効果があるかどうかも分かりゃしない。使えたとしても、せいぜい一度だけだろうがね。
 気休めのお守り程度にしかならないかもしれないが、無いよりはマシだろう?」

冬宇子はそう言って、手本を見せるように形代に息を吹きかけ、胸元の包帯を捲り隙間に滑り込ませた。 

*    *    *

『ほむらの祠』は、森の中、木々を伐採して切り開いた空き地の一角にあった。
祠は、信者達の集会所も兼ねているらしく、道端の地蔵を祀っているような切り妻屋根の小さな神庫の如きを
思い浮かべていた冬宇子の想像よりは、はるかに大きな建物だった。
祠の中からは、呻きにも似た祈りの声が漏れ聞こえ、包帯姿の信者達が出入りしている姿も見られた。

と、祠に併設されている家屋の扉が開き、二人の男が姿を見せた。
一人は、陸軍将校服姿の壮年の男。
もう一人は、黒い外套を纏った森岡草汰であった。
冬宇子の見知った彼に比べると、幾分やつれた様子で、表情も酷く荒んでいる。
が、無造作な長髪に大柄の肢体、獣の爪に抉られたような頬の傷は、紛れも無く森岡草汰の特徴だ。

面々は、木陰の茂みに隠れて、二人の様子を伺った。
声を潜めるでもなく続く二人の会話は、森の静寂を通して、冬宇子達の耳に筒抜けに聞こえていた。
話し振りからすると、森岡草汰は、ヒト刺しに人格を乗っ取られているのではないらしい。
その精神は、依り代たる森岡の意識と、土地神をタタリ神に変異させた男の怨念が、
渾然と交じり合っているように見受けられる。
老け顔を話題にされるとキレる、という、いささか紋切り型の反応も、森岡草汰のままだ。

生みの親、育ての親、義理の兄への、失望と憎悪を吐き出し、世界を滅ぼすと嘯く森岡の言葉を耳にして、
冬宇子は思わず呟いていた。

「やれやれ…大きな図体して…とんだ寂しがり屋の駄々っ子だこと……まるで愛情に飢えた乞食さね…」

思い通りに愛されぬことに不満を募らせ、満たされぬ渇望を破壊願望へと転化する。
その発想は、僕の思い通りに愛情を注いでくれない、こんな世の中なんか壊してやると、
拗ねて足をバタバタさせている、大きな駄々っ子だ。

158 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/03/30 21:49:26 ID:???
森岡草汰は、タタリ神の怨念を同化して、憎悪の念を増幅されているようであったが、
冬宇子には、彼の本質は、以前と変わっていないように思えた。
ヒト刺しの依り代たる男がぶちまける不満は、森岡の記憶と願望に裏打ちされたものだ。
鵺との戦いの折、『守りたいと思った者を、命に代えても守るだけ』と、
自らの犠牲的精神を誇る彼を、冬宇子は浅ましいと感じたが、今日は一層その思いを強くした。

森岡草汰は、自身に向けられる好意を味わうことでしか、自分の存在を肯定できない男だ。
だから、望んだ形で愛を寄せてくれぬ者に、深く失望する。
そして、だからこその、献身。自己犠牲。
我が身を省みず、相手を救う様を見せつけることで、嫌悪と否定の芽を摘み取ろうとする。
そこには無意識の演出が存在する筈だ。
自分自身がどうありたいか、この男には、それがない。嫌悪と否定を乗り越えても実現したい自己がない。
愛されたい、理解が欲しい、肯定されたい。
空虚な抜け殻の自我が、好意と愛情で満たされること、そんなことばかりを望んでいる。

冬宇子は思う。
無償の愛など大抵の場合は幻想で、愛を得るには、愛される資質と理由が必要だ。
資質と理由を持たぬ者が、愛を渇望して藻掻く姿は、悲痛で、また酷く滑稽だ。
愛される資質の無い者が、愛を求めずにいられないとしたら、どうすればいい。
決まっている。自分自身で自分を愛してやればよい。
正義と悪、正と邪、美と醜、他者から寄せられる好悪――角度によって色を変えてしまう、そんなものは、
自分自身の存在の絶対性に比べたら、取るに足らぬものなのだから。
自分が自分を認めてさえいれば、自活する愛情だけで生きられる筈である―――…

冬宇子がそんな苛立ちを感じていた間も、軍人と森岡、二人の会話は続いていた。

・鵺殺しの際に、森岡が発動した緑色の霊光――それは闇を滅し邪悪を祓う生の波動であること。
・闇を祓う力を抑え、身体にタタリ神の力を繋ぎとめておく為に、心臓を鎖で緊縛しておく必要があること。
・今まさに、冬宇子の手の中にある木版に、その『鎖の鍵』があること。
・木版は、ヒト刺しの依り代である森岡にしか開けられぬこと。

二人は、これら、ヒト刺しの弱点とも言える内容を、憚ることなく語った。

「それにしても、自分のことをペラペラとよく喋る坊やだねえ…
 これが罠でないのなら、相当のお目出度野郎さね。世界を滅ぼすために全てを利用する…だって?
 少し知恵が回るなら、利用されてるのは自分の方だって気づきそうなものなのにさ…」

冬宇子は、葉ずれの音よりも低い声で一人ごちた。
何故、軍部の者が、タタリ神なんぞの力を借りようとするか。ほんの少し考えを巡らせば、その思惑は明らかな筈だ
森岡草汰が、如何に憎悪に満ちた破壊者を気取って息巻こうと、所詮は檻の中の虎だ。
未熟な暴君に人を利用することはできない。利用されるだけだ
冬宇子は、茂みにしゃがんで身を隠すサトリの耳元で囁いた。

「サトリ…あんた嘘が見抜けるんだろ?タタリ神の分霊が宿っているとはいえ、依り代の身体は生身だ。
 あの坊やの言ってること、嘘を吐いてる気配はあるかい?」

サトリの返事を待っていたその時 >「……草汰さんのことは倉橋さんとマリーさんにお任せます。

と、森岡達の視界を迂回して、祠へと駆け出す鳥居の背中が目に入った。
忽ち、祠より、もうもうと黒煙が立ち昇る。てんでに喚く信者達で、辺りは騒然となった。
冬宇子は混乱に乗じ、隠れ場所から走り出て、信者達の間に身を紛れ込ませた。

森岡草汰は、タタリ神の分霊たるヒト刺しとなった現在も、元の人格と記憶を失ってはいない。
当然、冬宇子達の顔を見知っているだろう。が、冬宇子は信者の扮装をして、顔まですっぽりと包帯で覆っている。
身に着けている着物も、日頃の好みとは正反対の、地味で粗末な絣だ。
見咎められることはあるまいと思いつつ、緊張で心臓が高鳴り、風呂敷に包んだ木版を握り締めた。

【ヒト刺しに触れられた時に、病の厄を吸い取ってくれるかもね…と、全員に形代を一枚ずつ渡す】
【身代わり形代は、もし使えたとしても一回限定…かな?】
【放火の混乱に乗じて信者達に紛れる】

159 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/03/31 22:48:25 ID:???
所変わり頼光の生家、新華族橘家では密やかに離れの解体が行われていた。
先代当主橘幽玄斎の住居兼倉庫であったが、ここ数か月は座敷牢としての役割を果たしていた。
元々耄碌していたが、孫である武者小路頼光こと橘啓二が勘当兼出奔してから幽玄斎は忘我の境地に達したからだ。
意味不明の言葉と奇声を上げながら徘徊するようになり、世間体からも離れを座敷牢に改築していたのだ。
それがなぜ解体されているのか。
橘幽玄斎の人生に幕が下りたからである。

前日、使用人は珍しく幽玄斎の言葉として成り立つ言葉を聞いていた。
「花には善も悪も、清も濁もない。ただ貪欲に己を咲かせ、次へと繋がっていくのだ。
春夏秋冬朝昼晩、花咲け牡丹、〜〜開花〜舘花の血筋は続いていくよぉ」
この言葉が何を意味するものか分かる者はいなかった。
だがその翌日、幽玄斎は布団で冷たくなっており、目覚めてくることはなかった。

元より忘我の境地に至り狂人に近かったこともあり、葬儀は密葬としてごく身内の身で行われることになった。
かつて爵位を賜るほどの功績を遺したとはいえ、時代はそれ以上に激動していた。
故にその死はその激流に飲まれるかのように広く伝わることはなかった。

##################################

頼光が追いついた時には既に蛇蜘蛛と華吹がやり取りをしていた。
色々と重要な話が飛び出たのではあるが、頼光はそれをほとんど理解することはなかった。
元より理解力が乏しい事に付け加え、樹木化が進み時折思考が霞みがかっているので仕方がない。
辛うじてわかったのは、包帯の下は醜く爛れ、それがヒトサシの仕業という事くらいだろうか?

>「どうやら、どこかの誰かさんが何やらおっ始めたようですねえ……丁度あの方向、弟が常にいる場所です。
> もしかしたら、今がアレを倒す好機かもしれませんよ。どうします、いっちょ行きますか?」
尋ねる華吹に頼光は助走をつけて鉄拳を叩きこむ。
「言っている事はさっぱりわからねえがな、俺様をおちょくって有耶無耶で終わらせられると思うなよ!
気持ちワリイ体しているるからこれ以上触りたくねえし、顔を戻したからこのくらいにしておいてやるぜ!
二度とあいつの顔でペラペラしゃべるんじゃねえ。
あいつの顔を見るとムカムカしてくるんだよ!」
唾を吐きながら言い放つ。

新しい情報を整理して考えることができないので、とりあえず先ほど決めた行動を実行する頼光。
言葉通り頼光は森岡草汰を憎んでいた。
家に頼らず、器具に頼らず、己の体一つで冒険者をしている事に。
己を顧みず他人の為に行動できる姿に。
考え方も生き方も全く正反対。
自分には完全に欠如しているものを全て持っている森岡草汰を憎んでいるのだ。

とりあえずやりたいことはやった後、どうするか、と考えるまでもなくヒトサシを倒すわけなのだが。
>「オメーは来んな。あんな風にゃなりたかねーだろ」
返事よりも行動よりも先に蛇蜘蛛が釘をさす。
聞かれるまでもないと思っていたが、死体を指し示られ言葉が詰まる。
しかも華吹の体はヒトサシによって爛れさせられたのだ。
正気で考えれば蛇蜘蛛の忠告に反発できる道理はない。

だがしばしの逡巡のあと
「あ、ああ。もう俺は降りる。こんな物騒な話には付き合ってられねえからな。」
そういって蛇蜘蛛に背を向けた。
蛇蜘蛛が黒煙の立ちあがる方向へ華吹と共に走って行くのを感じながら、その顔は邪悪な笑みを浮かべていた。

「ふはははは、英雄は遅れて登場するってもんだからなあ。
なんだか知らねえけど力が漲ってくるし、頭の中でなんか言うんだよぉおお。あそこに【ある】ってなああ。」
既に見えなくなった蛇蜘蛛に向けて笑いながら声を上げた。
頼光の腰から延びた無数の根は腰にぶら下げた袖布に包まれた黒い石に絡みついている。
黒い石の力を吸収し一回り大きく、皮膚に木目が浮かび上がってきた頼光が邪悪な雰囲気を振りまきながら黒煙の立ち上る方向へと進みだす。

160 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/04/02 16:00:02 ID:???
「冬宇子、一つ聞きたいのだが、あいつはあの軍人の言っていた通りの奴だったのか?」
森岡の外道ぶりにマリーは軍人の言っていた人物像を疑い、倉橋に尋ねた。
森岡草汰という人物がどんな人物か分からないマリーにとっては、今見た森岡が全てなのか、それともタタリ神のせいでそうなっているのか知る必要があった。
「しかし、アレの言っていることが本当なら面倒だな。木版を空けさせ、鍵を処分される前に、心臓を刺し、鍵を開ける。
 考えるだけでも気が遠くなりそうだ。」
そんな愚痴をもらしている中、鳥居は一人で祠へ向かい騒ぎを起こす。
その混乱に乗じて扮装した倉橋は他の狂信者たちの中へ溶け込む。
その間に、マリーは小屋の屋根に上り、眼下にいる森岡の様子を伺っていた。
おそらくチャンスは一瞬だ。
森岡に木版を渡し、奴が鍵を手に入れ油断した、その瞬間に仕留めなければいけない。
先ほど倉橋から貰った形代を右腕に貼り付け、それを擦りながらマリーはそのときを待った。


161 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/03 01:02:00 ID:???
【時間軸:田中少佐と森岡の会話中】

>>160
樹間の藪に身を潜めて、軍人と森岡草汰――ヒト刺しの会話に聞き耳を立てる冬宇子達。
双篠マリーが冬宇子ににじり寄り、そっと耳打ちをした。

>「冬宇子、一つ聞きたいのだが、あいつはあの軍人の言っていた通りの奴だったのか?」

物思いに耽っていた冬宇子は、マリーの問いかけの真意を測りかねるかのように瞬きを繰り返していた。
そうして、ちょっと考え込むように黙り込み、漸く口を開いた。

「"あの軍人の言っていた通りの奴"ねぇ……?つまり―――あんたが聞きたいのは、
 本来の森岡草汰は、『自己犠牲を厭わない単純一途な熱血の正義漢』だったのか…ってことかい?
 まァ満更間違いって訳でもないが、
 言ってみりゃそれは、『森岡草汰自身が演出した理想の森岡草汰像』って所じゃないかね。
 私が思うに、今の森岡草汰の方が、奴の本性に近いのかもしれないよ。」

木々のざわめきに紛らせて、冬宇子は囁くような声音で自説を開陳していった。

「サトリの話じゃ、あいつにゃ土地神をタタリ神にした怨霊――ヒト刺しが取り憑いてるってことだが、
 憑依は不完全で、人格や記憶は以前の森岡草汰のままだ。
 ヒト刺しは、森岡草汰に憑依しちゃいるが、完全に操ってはいない。
 おそらくは、怨霊の抱えていた"思い"――怨念だけが、森岡草汰の心の暗部を刺激して、
 森岡自身が心の奥底に眠らせていた、憎悪や願望を増幅させているように見受けられるよ。」

愛情に飢えて復讐心を滾らせ、軍部一派の庇護下にありながら、世界をぶっ壊してやる――などと嘯く森岡草汰は、
まるで、揺り篭の中で世の中を呪う赤ん坊だ。
軍人と口論を始めた森岡を冷めた目で見遣り、冬宇子は更に言葉を継いだ。

「親が憎いだの、世界を滅ぼしてやるだの……
 あいつの喚いてることは、森岡草汰自身が抱え込んでいる不満や願望でもあったのさ。
 ……つまり、今の目の前にいる森岡草汰は、ヒト刺しであり、森岡自身でもある。
 あいつは森岡草汰の意識をもって、帝都で殺戮を繰り返し、
 森岡草汰の願望から、自分を愛してくれない世の中が壊れることを望んでいる。
 ……まァ、この中の『鍵』で、奴の身体にタタリ神の力を繋ぎ留めているっていう鎖を解きゃ、
 憎悪を煽っている怨念が消えて、正気に戻るやもしれないがね。」

―――「理想の森岡草汰を演じていた頃のような、あいつにね。」と付け足して、
冬宇子は、小脇に抱えている木版を軽く掲げて見せた。
マリーが深い溜め息を漏らす。

>「しかし、アレの言っていることが本当なら面倒だな。木版を空けさせ、鍵を処分される前に、心臓を刺し、鍵を開ける。
>考えるだけでも気が遠くなりそうだ。」

マリーの眉間には、深く憂愁の皺が刻まれている。
冬宇子はそれを見て、軽く笑って言った。

「あんたらしくもない…馬鹿に弱気な発言じゃないか。
 幸運を信じなきゃ、こんな貧乏籤みたいな仕事やってられるかい……!
 まァ、神殺しなんて無茶な仕事を押し付けられてるんだ…無理も無いがね。
 しかし、いよいよヤバイって時にゃ、逃げる算段が付けられぬでもあるまい?命あっての物種だ。
 さて………お互いの無事を祈って仕事に掛かるとするかね…!」

鳥居呪音が向かった祠から、黒煙が立ち昇っている。
冬宇子はマリーと別れ、火事騒ぎの混乱に乗じて、包帯の信者達の中に身を紛れ込ませた。

>>156-168の追加レスです】
【時間軸的には、前述のレス中での出来事…サトリに話しかけ回答を貰った後あたりかな?】

162 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/06 22:43:24 ID:???
【→下流組】

>「オメーの話はぶっちゃけ、これっぽっちも信用出来ねーけどよ。
 少なくともこの山にはイカれた殺人犯と、俺の顔見知りがいる。これだけは確かなんだよなぁ……」
「まぁ、なんつーか……呉越同舟って事になりそうだな」

「そう言って下さるとこちらも助かりますぜ。人手は多いほうが良いですからね」

これから神殺しをするとは思えぬへらへらとした態度は変わらず、
華吹は余り乗り気で無さそうな蛇蜘蛛の言葉に何度も頷いた。
彼としては森岡草汰を始末してくれるのであれば誰であってもいいし、助力も惜しまない。
そう、それが例え、

>「言っている事はさっぱりわからねえがな、俺様をおちょくって有耶無耶で終わらせられると思うなよ!
  気持ちワリイ体しているるからこれ以上触りたくねえし、顔を戻したからこのくらいにしておいてやるぜ!
  二度とあいつの顔でペラペラしゃべるんじゃねえ。
  あいつの顔を見るとムカムカしてくるんだよ!」

不意打ちで自分に鉄拳を叩き込むような輩だとしても。
口の中が切れたのか、唇の端から血を滲ませ、頬に鉄拳をめりこませたまま硝子玉のような虚ろな目で頼光を一瞥した。
だがそれも一瞬のことで、頼光の手首を掴んでゆっくり拳を下ろすと、にこやかに言った。

「…………これは申し訳ありません。次から気をつけましょうか」

>「で……オメーはどうする?」 「……とは言わねーぞ。いいか、よく聞け」
>「オメーは来んな。あんな風にゃなりたかねーだろ」

蛇蜘蛛が頼光へと振り返り、路傍の死体を顎で示し、諭すように言った。
華吹は眉を顰める。今まで観察した結果から、彼がこの嘆願から手を引くような性格には思えなかった。
薪割り場で話を盗み聞きしていた時もヒト刺し退治に鼻息を荒くさせていたのだし。だが言葉を詰まらせたあと、逡巡して頼光が導き出した答えは――

>「あ、ああ。もう俺は降りる。こんな物騒な話には付き合ってられねえからな。」

意外なことに、背を向けた。意地でも着いてくるものとばかり思ったが……。
あれだけ森岡草汰に対し憎悪の念を見せた辺り、恨みを晴らす絶好の好機ともとれるはずなのに。
何にせよ、戦力にならない、戦う気がないのであればわざわざ引き留める必要もない。

「……それでは参りましょうか。こちらです」
背を向けた頼光には一瞥もくれず、華吹は先だって小火騒ぎの方へ走りだした。

【→蛇蜘蛛 ほむらの祠前】

茂みに身を隠し、華吹は蛇蜘蛛にストップを掛けた。
周囲に毛玉犬や狂信者達がうようよいる。沈黙するよう合図し、華吹はついついと指で1人の男を指差した。
黒い外套を着、手足に鎖を巻いた1人の青年と、狂信者と思われる包帯人間が1人。祠から騒々しい気配がする。

「おや、絶好の機会ですねぇ……敵はたったの二人ぽっちですか」

そう言いながら視線をついと上にあげ、屋根の上で隙を伺うマリーの姿を認めた。
だが口に出すこともなく、蛇蜘蛛に問いかける。さて、これからどうする?と。

163 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/06 22:44:15 ID:???
【→上流組】
>「サトリ…あんた嘘が見抜けるんだろ?タタリ神の分霊が宿っているとはいえ、依り代の身体は生身だ。
  あの坊やの言ってること、嘘を吐いてる気配はあるかい?」

サトリは暫く目を閉じて二人の会話に耳をすませていたようで、倉橋にちらと視線を向けたあと森岡草汰を見た。

「いえ……心臓の鼓動は嘘を吐きません。彼の言っていることは恐らく本当の事かと……ただ……」

だが、そこまで言いかけたサトリは訝るような表情で口ごもった。
森岡が周囲に視線を巡らせた時から、彼の心臓の音に微妙な差異が生まれたような気がしたのだ。
緊張のせいと判断したが、何か引っかかるような。それとも、先程受けた倉橋の質問についてだろうか。

森岡草汰は何者なのか。彼の身体に関して、まだ隠していることがあるのではないか。
そう問われた時、サトリは正直の所、かなり焦った。梢は森岡草汰のことを殆ど知らない。
いぐなもだ。彼女は口を滑らせることが多々あるため、森岡草汰を剣と呼ぶことはあっても、その由来を一切知らない。
だが自分は違う。そしてその事実に関して口を割る訳にはいかなかった。彼の体には確かに秘密がある。
けれども、その秘密を話すということは、「サトリ達の命に関わる秘密」をもばらすことになるのだ。
そうなればこの女のことだ、この嘆願が終わったら次はこの秘密をタネに揺すられる可能性もあった。それほど重要な事だ。

『へ?ああ……私からは何とも。だって華吹さんが時々剣と呼んでいたものですから、つい……』

あの場では沈黙し、いぐなは当惑するだけで何とか凌いだが、倉橋の不信感をつのらせるだけに終わったかもしれない。
その時、会話が口論に変わった瞬間を見計らい、状況を変えようと鳥居少年が動いた。

>「……草汰さんのことは倉橋さんとマリーさんにお任せます。」
そういうや少年は駆け出し、祠に飛び込んだ。間もなく、祠から火の手が上がり狂信者達が火に追われ飛び出してくる。
森岡も田中中佐も騒ぎに気付いたのか、狂信者達を必死に宥め話を伺う。
やがて状況を把握したのか、鳥居の思惑通り田中中佐の顔色がみるみると悪くなっていく。

「ヒト刺し、君は此処にいたまえ。私は祠の方を見てくる」
「おいおい、良いのか?アンタはただの人間なんだろ。火の手が上がってるってーのに、入ったら危ないんじゃないのか?」
にらにらと影のある笑みで森岡が問いかける。祠からは益々煙が立ち昇っている。
森岡は煙を見上げるように空を――マリーが居るであろう小屋の屋根の辺りを見上げた。
その時マリーは気付くだろうか?森岡がマリー自身を視界に入れていないにも関わらず、誰かから刺すような視線を向けられたのを。

「俺が見てきてやろうか?少なくともアンタよりは祠に詳しいしよ」
「……いいや、矢張り私が行く。おい君、彼を見張っていてくれ」
その時、倉橋と共に紛れこんでいたサトリが動いた。サトリは田中に近づき、狂信者達を真似て呟くような声でこう進言した。

「祠の裏に、小さな泉があります。火消しには充分かと」
「ほう、そういえばそんなものもあったな。ならば君達はすぐに消火活動に当たってくれ。私は様子を見てくる。研究成果を『またも』灰にされて堪るものか……!」
そう言って、田中中佐は偶々――紛れこんでいた倉橋を見張り係に命じた。
他の者達はサトリの誘導通り、消火活動の為、泉へと向かった。サトリも共に行く最中、倉橋に近づき囁いた。

「裏には私達の部下が潜んでます。狂信者達は邪魔でしょうから私達が始末しますので、後はよろしく」
そう言うと、さっさと駆けてしまう。そして後には不機嫌極まりない森岡と倉橋の二人、屋根の上にマリーが残された。

164 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/06 22:44:55 ID:???
【→鳥居 祠の中】

祠は思ったより火の勢いが強く、中には小さな冒険者以外誰も居ない。外からは中佐が苛ついた声で狂信者達をどなり散らしている。

「消火はまだか?何故火が消えない!?」
「それが、何度も試しているのですが中々消えなくて……」

サトリの声が弱弱しく聞こえてくる。祠の中は一部が燃え、入口が炎で遮断されたようになっている。
だが途中から、不思議なことに火は熱さを伝えてくるだけで何かが燃える気配が途中で消えていた。
内部は儀式で使うような祭壇の他に、部屋の中心にひっそりと佇む、石で出来た細長い円筒形の何かがあった。
そこで鳥居なら、自分と似た気配が発せられていることに気付くだろう。気配も鳥居に呼応するように、石の円筒形から、迸る炎のように現れた。

それは鎖で雁字搦めにされ、頭は女性、体は巨大な烏、三本の足という姿をとっていた。
全身を炎で燃やし、(どこが顔かも分からないが)囲炉裏の炎のような慈愛の瞳を鳥居に向けた。

『御機嫌よう、穢れなき小さな子。我はこの山を統べていた名も無き神格。お目にかかれて嬉しゅうございます』

鳥居の脳に女の声が直接語りかけることだろう。神と名乗った烏女は頭を下げた。

『暫くはこの部屋に人間は入れません。ですが私の力は衰退し未熟そのもの、あまり長く力は使えません。
 貴方達がこの山に入った時からずっと見ていましたよ。人魂や妖怪、獣たちの目を通してね。気付いていましたか?』

そう、冒険者達が幾度となく感じた視線は彼女の物だったのだ。
飛び回っていた人魂や、蛇蜘蛛が知る由も無いが、空腹の熊の目すら通して、神は冒険者達を見ていたと語る。

『お察しの通り、私は火の神格。火は文化の発展や闇を浄化する働きがあります。火の力を持ってしてこの山を護ってきました。
 昔この山を災厄が襲い、今はヒト刺しと呼ばれるあの男が捧げられた時も、私は無知な山の民を許し救いました。
 やがて男の復讐心が新たな災厄を引き起こさぬよう、彼の病も怨恨も取り込み、私の神格の一つとし、彼の心を慰めてきました。
 ですが、最近になってそれが破られました。他ならぬ外からやって来た人間達によって。彼の復讐心は蘇ったのです。

 そして彼は復活した反動で弱った私をこの円筒形に押し込め、自分を崇めるよう指示しました。神の力を強くするのは信仰心ですから。
 彼は今、自分の身を焼いた炎で恨めしい物全てを焼き払うつもりです。文化の発展の先にあるのは衰退。彼はその力を有しています。
 今依り代となっている青年の寿命も永くはありません。精々長くて半年でしょう。ですがその半年で彼等が何をするか予想もつかないのです。
 貴方も見たでしょう、あの青年の計り知れない憎しみを。憎悪を共感し合った『人間』同士が手を組めばどうなることか……空恐ろしい』

翼で頭を抱え、神は恐ろしさからか空中で身を丸めた。だが不意に鳥居にこんな問い掛けをした。

『穢れ無き子よ、火を消すには何だと思います?』

ここで普通ならば、水と答えるだろう。だがそう答えたとしたら、彼女は首を横に振るだろう。

『確かに水は火を消します。ですが一番火を消す有効な方法は……全て燃やし尽くすことです。
 天叢雲剣の伝説をご存じですか?日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は敵の策略により草原で火攻めに遭った時、
 周囲の草叢を薙ぎ払い、逆に火打石を使って自分の周りに火をおこし炎を打ち消し合って難を逃れることが出来ました。
 それと同じく、彼の憎悪の炎を打ち消すにはそれ同等、あるいはそれ以上の『炎』が必要なのです。
 依り代の心臓を貫き、鎖を解くだけではタタリ神を消すことなど出来ません。力が欠片でもあれば何度でも蘇る筈です』

そこで神はじっと鳥居を見つめた。

『お願いです、どうか力を貸して。この山を、彼の心も救うために、どうか。』

165 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/06 22:46:19 ID:???
【→倉橋、マリー】
依然として火の手は消えず、祠の方は大騒ぎだ。その様子を森岡は退屈そうに見ている。

「つまんねえなー……お前も火消しに参加していいんだぜ?」

見張りに命じられた狂信者へと言い放つ。まさか倉橋だという事には気付いてもいない。
ここで倉橋がもし何か言ったとしても、彼は何とも思わないだろう。狂信者達は理路整然に話せない者もいれば、意思疎通可能な者もいる。
また、声で判別することなど殆ど不可能に近い。森岡自身は、倉橋と会話した経験がほぼ無きに等しいからだ。
先程まで息巻いて時とは一変し、狂信者たちに怒鳴り散らす田中を冷めたような視線で見つめている。

「……あの時もだった。荒神様を鎮める為に誰それが死ななければならないって周りが大騒ぎしてさ」

突如、倉橋に背を向けたまま何の前触れもなく森岡は語りだす。表情は図れない。

「生まれた時から何かと仲間外れだった俺は何も知らなくて、気付いたら生贄なんぞに差し出されてた。
 さんざ役立たずだの厄病神だのと罵られて、最後はこれか、って。結局俺は何も知らずに死ぬのか、って思ったら何か悲しくてよ。
 顔も名前も知らない、俺を生んだ親を恨んだもんさ。だから、死ぬ前に報復として家という家に火を付けてやったっけ」

乾いた笑いで語り続ける。それが果たして森岡自身なのかそれとも別の誰かの事なのか検討もつかない。

「結局火はほんの少しだけ家を焼いて、お終い。だから今度は、何もかも燃やしてやるんだ。
 この山も、帝都も、人も獣も妖怪も――最後には俺自身も分け隔てなく。勿論お前もだから安心しな」

おおよそ以前の彼とは思えない言葉が飛び出してくる。
この山の狂信者達は、タタリ神を崇拝しその手で殺められることで救われると信じている。
倉橋をそんな狂信者達の一角と信じて疑わない彼からその言葉が飛び出したのも当たり前だが、倉橋からすれば至極迷惑な話だ。

「それにしたって何処にやっちまったんだろーな、あの御神体。もしかして既に誰か拾っちまったかな?」

暢気に森岡は首を捻って呟いている。

「まあ、いっか。拾った所で大した物じゃねえし……」

「(それに俺には、奥の手がある)」

御神体の中には彼の弱点と呼べるものがある筈なのに、田中の前で悔しがっていた態度は何処へやら。
含みのある笑みすら見せている。御神体がない状況が可笑しいかのようだ。

「まだ火、消えないのな。面白いことも無いし、いい加減こっそり逃げちまうかな。お前も来るか?」

痺れを切らしたように倉橋に向けてそう提案する森岡。
晴れているのに、影がゆらゆらと揺らめいていた。そして、目をよく凝らせば、影の揺らぎは森岡の動きに伴っていないことが分かる。
まるで生きて森岡とは別の意思を持っているかのような動きだ。
影は森岡の周辺に居る人間や生物全般に殺気を放ち、獲物を値踏みしているかのようだった。


【→上流組 頼光さんは放置、祠の周辺に到着、様子を伺う。戦闘開始する場合は華吹が補佐に回る 倉橋さんを敵と認識】
【→鳥居さん 祠にて土地神登場、タタリ神を倒す為力を貸して欲しいと頼む。会話にタタリ神を倒すヒントあり】
【→倉橋さん・マリーさん 森岡はほぼ無防備状態 森岡の影に異変?】

166 :倉橋 ◆FGI50rQnho :12/04/09 21:50:08 ID:???
>>165
祠から火の手が上がる。
森の中を四角く切り抜いたような空き地の一角から、黒煙が狼煙(のろし)の如く青空に立ち昇った。
倉橋冬宇子と大和使団の隠密――サトリは、火事の混乱に乗じて、信者達の間に身を紛れ込ませていた。

信者達は、一様に全身を包帯で覆っているものの、髪や体つきから推察される年齢や性別はまちまちで、
頑是無い年頃の幼子さえ目に付いた。
中には、夫婦らしき男女に手を引かれた子供――家族ぐるみで入信したと思われる一団の姿もあった。
そういう信者達は、火事騒動への反応も様々で、比較的冷静に消火活動を手伝おうとする者もいれば、
蟻のように右往左往、立ち騒ぐだけの者もいる。
騒ぎには一切無関心で、ぶつぶつと不明瞭な独り言を呟き続けている者、解釈不能の喚き声を上げている者もいた。

森岡に田中少佐…と呼ばれていた軍人は、サトリの誘導に従い、祠の消火へと向かった。
信者に変装した冬宇子は、田中より、タタリ神の拠り代――『ヒト刺し』の監視を命じられ、
隠れ家の前には、冬宇子と、かのヒト刺し――森岡草汰、二人だけが残された。

>「つまんねえなー……お前も火消しに参加していいんだぜ?」

祠の消火を所在なさそうに眺めていた森岡――ヒト刺しが、ぽつりと呟く。
眼前にいる信者が、数度仕事を共にした女――倉橋冬宇子だと気づいている様子はない。
冬宇子は、包帯の隙間より覗く目を、ちらと向けただけで、返事はしなかった。

>「……あの時もだった。荒神様を鎮める為に誰それが死ななければならないって周りが大騒ぎしてさ」

不意に冬宇子に背を向けて、森岡――ヒト刺しは語り出す。
声の響きが変わった。それまでの傲然とした調子から、微かに哀愁を帯びた声音へと。

>「生まれた時から何かと仲間外れだった俺は何も知らなくて、気付いたら生贄なんぞに差し出されてた。
>さんざ役立たずだの厄病神だのと罵られて、最後はこれか、って。結局俺は何も知らずに死ぬのか、って思ったら何か悲しくてよ。
>顔も名前も知らない、俺を生んだ親を恨んだもんさ。だから、死ぬ前に報復として家という家に火を付けてやったっけ」

六尺の大男の背中越し。滔々と紡ぎ出される身の上話を、冬宇子は黙って聞いていた。
……これは森岡草汰の記憶ではない。
火誉山が災厄に見舞われたという往時、祭祀に無識な山の民の誤解から人柱に選出され、
火炙りとなって非業の最期を遂げたという男の記憶なのだろうか。
しかし、同じ男が数分前に吐き出した、生みの親、育ての親、義理の兄への憎悪は、
間違いなく、森岡草汰自身の記憶が淵源となっていた。

かつて森岡草汰であった男――ヒト刺しの肉体には、
『森岡草汰』と『人柱にされた男の怨霊』―――二つの魂が並存していると云う。
そして両者の記憶もまた、一つの肉体の中で渾然と入り交じり、混濁しているように見受けられた。

タタリ神の依り代――ヒト刺しと成る前の森岡草汰について、寸評を人に求めれば、
十人中ほぼ十人が、田中と呼ばれた軍人が聞き及んだ人物像通りの―――『単純一途な熱血漢』と答えるであろう。
おそらく森岡自身すら、願望も含めて、自らをそう認識していたのではないか。
他者への悪意など塵ほども感じさせなかった、かつての熱血漢が醸し出す呪詛の如き怨憎は、
一体何処から生じているのだろう。
憑依した怨霊の怨念に引き摺られているだけなのだろうか?
 
冬宇子には、そうは思えなかった。
ヒト刺し――森岡は、はっきりと、棄て子であった自らの境遇を嘆き、育て親への憎悪を口にした。 
森岡草汰に憑依した怨霊は、確かに、彼の感情を煽り、憎悪に火をつけた。
しかしながらそれは、森岡自身が、かねてより心の裡に蓄積させていた不満や怨恨に、
火口を近づけたに過ぎないのではないか。
可燃物のないところには、決して火は拡がらない。
怨霊は、森岡の憎悪を煽ったが、その昂められた憎悪の種は、紛れも無く森岡草汰自身のものだ。
森岡自身が、存在すら認めなかったであろう『悪意――負の感情』は、確実に彼の中に根を張り、
自覚されないが故にこそ、目に付かぬ場所に進む腐食のように、彼の心を侵食していたのではないだろうか。

167 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/09 21:51:22 ID:???
冬宇子は、冒険者として三度仕事を共にした、森岡の姿を思い描いた。

森岡草汰は、常に『正しい側の人間』と、自らを認識し、そう振舞っていた。
だが、彼の振り翳す『正しさ』には『理由』が欠落していた。
彼は、ただ生得的な感性から、正道は自分の側にあると信じ、自分の感覚や行いが『正義』であることを疑わない。
その傾向は、彼が"敵"と見做す者に対して、特に顕著にあらわれた。
冒険者というものは、受理された嘆願から仕事を選び、依頼をこなすだけの存在で、受けた仕事を完遂する以外の正義はない。
なのに彼は、仕事の障害になるが故に排斥しただけの相手に対して、
正の立場から、断罪し、勝ち誇り、哀れみ、諭そうとした。
歪んだ理想郷建設を図る科学者に「止めてみせる」と豪語し、闇の化身である妖に自己犠牲を誇った。

自らの負性から目を背け、理由無き正道を振り翳すことのできる感性。
自分が誰かを救える存在であると自負しているかのような傲慢。
それをこそ、浅ましい、と、冬宇子は感じたのだった。


―――ともかく、以前の森岡が、どういう人間であれ、
現在、森岡の裡側では、怨霊と森岡自身の魂が共存し、混濁した記憶の中で、互いの憎悪を共有し合っているらしい。
『森岡草汰』と『人柱となった男』―――二人の感情を接合しているもの。
それは、共通の記憶――虐げられ、棄てられた者同士の、悲哀と孤独なのだろうか?

>「結局火はほんの少しだけ家を焼いて、お終い。だから今度は、何もかも燃やしてやるんだ。
>この山も、帝都も、人も獣も妖怪も――最後には俺自身も分け隔てなく。勿論お前もだから安心しな」

自分に酔ったように、男は語り続ける。
『弱者の論理』を振り翳す男の背中を、冬宇子は冷めた眼で見つめていた。

人柱となった男―――哀れな自分を語るこの男も、森岡に劣らず浅ましい性根の持ち主だ、と、冬宇子は思った。
自身を取り巻く状況を理解しようとすらしなかった蒙昧無知。
理不尽に命を奪われるという危機に瀕して、抵抗も逃亡もせず、ただ運命を傍観していただけの暗愚。
存在消滅の窮地に、最後っ屁のような報復が何の意味を持とうか。
もしも冬宇子が同じ状況に陥ったならば、身を守るために全力で策を講じ、死力を尽くして抵抗したであろう。
その為に、誰を傷つけようと、何人殺すことになろうと知ったことではない。
自分の命と他者の命―――その重さの違いなど、比ぶべくも無いことだ。

抵抗した上で力尽き、復讐に転じるならば、まだその心情は理解できる。
けれども、この男は何もしなかった。自分の命に執着することすら出来なかった。
この男は『生』を放棄したも同然だ。
そこに到った、自身の無知を――無力を――、悔やむこともせず、ただ他者を恨み、自分を憐れみ、
果ては『壮大な無理心中』としか思えぬ、馬鹿げた欲望を実現しようとする愚かしさ。
この男は、浅ましい愚か者だ。
かつて自分自身すら投げ出した命の重みを、今更、他者に思い知らせたいと恨み言を連ねている。

(フン…!ハリボテの正義漢と愚か者の人柱…駄々っ子同士、いいお仲間じゃないか。
 終末思想にかぶれた信者集めて、お山の大将気取りかい?一人で死ぬことも出来ぬ臆病者どもが………!)

冬宇子は、声にならぬ悪態を吐いた。
"一人で死ぬことも出来ぬ臆病者"――――
心の裡で紡ぎ出した語句が引っ掛かり、何故だか胸がしくりと痛んだ。

168 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/09 21:56:17 ID:???
>「それにしたって何処にやっちまったんだろーな、あの御神体。もしかして既に誰か拾っちまったかな?」

再び、森岡の声音が冷笑的な響きに変わった。
背を向けていた男は、いつの間にかこちらに向き直り、顎に手を当てて首を捻っている。
彼の口に上る話題の的が、腕の中の風呂敷包みにあると知って、冬宇子の鼓動は跳ね上がった。

>「まあ、いっか。拾った所で大した物じゃねえし……」

うすら笑いを浮かべて、森岡は言う。
件の木版には、この男の『弱点』とも言える『鍵』が収められている筈だが、
タタリ神の拠り代たるヒト刺しにしか開けられぬという、呪封の施されているがゆえの余裕なのだろうか…?
含み笑いを続ける男の表情から真意は汲み取れない。

心音から言葉の真偽を見抜く能力を持つサトリは、森岡と軍人の会話に嘘は無かった、と言う。
ならば、木版内の『鍵』で心臓の鎖を解けば、森岡の身体からタタリ神の力は消失するはずだ。
ともかく『鍵』を手に入れる為には、まずヒト刺しに木版を開けてもらわなければ、その先へは進まない。

>「まだ火、消えないのな。面白いことも無いし、いい加減こっそり逃げちまうかな。お前も来るか?」

悪戯っ子の表情で、森岡が冬宇子を誘う。
冬宇子は黙ったまま、小脇に抱えていた包みを掌に載せ、風呂敷をゆっくりと剥いでいった。
むき出しになった木版を、森岡に向けて掲げる。

「火誉山に神留り居ます我らが御神の分身……ヒト神さま……」

年嵩の女のような嗄れ声を作り、冬宇子は森岡――否、ヒト刺しに語りかけた。

「気をつけなされ……!あなた様の御身に危機が迫っておりまする…… 
 西の空に不吉な凶星が……輝かしきあなた様の御力を蝕む影が見えまする……
 あなた様の御命を狙う輩の現れる暗示ではありますまいか……」

陶然とした声音に、虚ろな眼つき。木版の浮き彫りを指の腹でなぞりながら、続ける。

「鎮守の祠がきたなき炎で穢れた……!予兆でございまする……!
 お気をつけなされ…お気をつけなされ…………!
 ほれ、昼も日中だというのに西の空に―――あのように煌々と輝いて……!」

冬宇子は木版を森岡の手に押し付け、天を指差した。
しかし西の空には、澄んだ青空と僅かばかりの千切れ雲があるばかり。白昼の星など何処にも見当たらない。
たとえヒト刺しを何を聞かれたとしても、冬宇子は同じ言葉を繰り返すだけだ。

もしも、ヒト刺しが呆れて木版を持ち去ろうとしたならば、冬宇子は彼の目を盗み、監視用の形代を放つつもりでいた。
冬宇子に頓着せず、近くで木版を開けようとするならば、尚のこと都合がいい。
隠れ家の屋根の上に潜むマリーからは、さして広くないこの空き地全体が俯瞰できる筈だ。

右手で空を指し、気の触れた女を演じながら、冬宇子は、左の袖口近くに忍ばせた形代を、そっと手元に引き寄せた。

【頭があれになってしまった女信者を装って、ヒト刺しに御神体の木版を渡す】

169 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/04/10 23:14:10 ID:???
見えるか見えないか微妙な角度を保ちつつ、マリーは森岡の様子を見ていた。
森岡の素振りからしてここから狙っていることには気がついていないようだが
「…?」
誰かに見られているような気配を感じる。
信者たちは祠の火事でパニックになり屋根の上に
何者かがいることに気づくことさえ出来ないはずだ。
何より、その気持ち悪い気配は確実に森岡の方から感じられている。
「見えているのか」
まさかともう一度、森岡の様子を確認したその瞬間、マリーは息を呑んだ。
森岡の影がまるで別の生き物のように蠢き、そして、こちらを見たのだ。
正しくいうのならば、見られたような気がしただけなのだが、
マリーは乱れかけた呼吸を整え、落ち着かせる。

その間に、倉橋は森岡に木版を渡し、ありがたいことに注意を逸らすように仕向けている。
ここからは自分の仕事だ。そう自分に言いつけ、森岡の一挙一動に注意しながら、その時を待った。
森岡が木版に手をつけ、開けようとしたその瞬間、マリーは心臓を短剣で突き刺さんと音も無く森岡に飛び掛る。


170 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/11 04:42:50 ID:???
>>168の訂正レス

>「それにしたって何処にやっちまったんだろーな、あの御神体。もしかして既に誰か拾っちまったかな?」

再び、森岡の声音が冷笑的な響きに変わった。
背を向けていた男は、いつの間にかこちらに向き直り、顎に手を当てて首を捻っている。
彼の口に上る話題の的が、腕の中の風呂敷包みにあると知って、冬宇子の鼓動は跳ね上がった。

>「まあ、いっか。拾った所で大した物じゃねえし……」

うすら笑いを浮かべて、森岡は言う。
件の木版には、この男の『弱点』とも言える『鍵』が収められている筈だが、
タタリ神の拠り代たるヒト刺しにしか開けられぬという、呪封の施されているがゆえの余裕なのだろうか…?
含み笑いを続ける男の表情から真意は汲み取れない。

心音から言葉の真偽を見抜く能力を持つサトリは、森岡と軍人の会話に嘘は無かった、と言う。
ならば、木版内の『鍵』で心臓の鎖を解けば、森岡の身体からタタリ神の力は消失するはずだ。
ともかく『鍵』を手に入れる為には、まずヒト刺しに木版を開けてもらわなければ、その先へは進まない。

>「まだ火、消えないのな。面白いことも無いし、いい加減こっそり逃げちまうかな。お前も来るか?」

悪戯っ子の表情で、森岡が冬宇子を誘う。
冬宇子は黙ったまま、小脇に抱えていた包みを掌に載せ、風呂敷をゆっくりと剥いでいった。
むき出しになった木版を、森岡に向けて掲げる。

「火誉山に神留り居ます我らが御神の分身……ヒト神さま……」

年嵩の女のような嗄れ声を作り、冬宇子は森岡――否、ヒト刺しに語りかけた。

「気をつけなされ……!あなた様の御身に危機が迫っておりまする…… 
 西の空に不吉な凶星が……輝かしきあなた様の御力を蝕む影が見えまする……
 あなた様の御命を狙う輩の現れる暗示ではありますまいか……」

陶然とした声音に、虚ろな眼つき。木版の浮き彫りを指の腹でなぞりながら、続ける。

「…と申すのも、仔細あってのことでございまする……
 此の御神体は谷間の沢で見つけましてございます……
 御神体を捨て置いて去った行者風の男どもが、もの言うには、
 ――中のものはすり替えた。帝都を跋扈する殺人鬼の命運も之までよ―――と……!
 ああ――ああ――!あなた様の後ろに、小さな光り物を手にした人影が見えまする……!
 ――――ああ、ああ――!なんと――!光り物があなた様の胸に―――!」

全身を震わせ狂おしく首を振って、畳み掛けるように喚き散らした。

「鎮守の祠がきたなき炎で穢れた……!予兆でございまする……!
 お気をつけなされ…お気をつけなされ…………!
 ほれ、昼も日中だというのに西の空に―――あのように煌々と輝いて……!」

冬宇子は木版を森岡の手に押し付け、天を指差した。
しかし西の空には、澄んだ青空と僅かばかりの千切れ雲があるばかり。白昼の星など何処にも見当たらない。
たとえヒト刺しを何を聞かれたとしても、冬宇子は同じ言葉を繰り返すだけだ。

もしも、ヒト刺しが呆れて木版を持ち去ろうとしたならば、冬宇子は彼の目を盗み、監視用の形代を放つつもりでいた。
冬宇子に頓着せず、近くで木版を開けようとするならば、尚のこと都合がいい。
隠れ家の屋根の上に潜むマリーからは、さして広くないこの空き地全体が俯瞰できる筈だ。
右手で空を指し、気の触れた女を演じながら、冬宇子は、左の袖口近くに忍ばせた形代を、そっと手元に引き寄せた。

【申し訳ありません。>>168のレスにコピーミスで欠落した箇所がありました。】
>>168を頭の中で>>170に差し替えてください〜】

171 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/04/12 00:11:24 ID:???
>「あ、ああ。もう俺は降りる。こんな物騒な話には付き合ってられねえからな。」

忠告に対する頼光の反応――意外過ぎるほどに素直。
蛇蜘蛛――やや拍子抜け。とは言え自分の命が危ぶまれる状況ではこんなものかと納得。

>「……それでは参りましょうか。こちらです」

「言った筈だぜ。オメーとはたまたま行き先が同じってだけだ。
 オメーのケツを見ながら走るつもりはねーよ。あんだけ煙も立ってる事だしな」

華吹の声――遠ざかっていく頼光の背から視線を外し、振り返る。
追走するまでもなく、立ち昇る煙を目印に駆け出した。
そうして火元、ほむらの祠に到着――周囲に敵の気配を感じて茂みに身を隠す。

>「おや、絶好の機会ですねぇ……敵はたったの二人ぽっちですか」

見覚えのある顔――華吹が見せた獣じみた顔。
その隣にもう一人。

「……いや、多分あっちの包帯塗れの方は、こっちのツレだ。あーあー、折角の美人が台なしだ」

判断基準――見覚えのある着物、黒髪、ついでに体の輪郭も。
それから視線を上へ、屋根に潜むマリーを視認。
蛇蜘蛛も一応は元忍び、加えて禁術による蛇の能力――小屋から距離のある位置取りも相まって見落とさずに済んだようだ。

「あっちはあっちで、なんとまぁ涼しげな格好になっちまって。
 やっぱり俺も向こうが良かったなぁ。……つーかあのガキがいねえな。どこ行っちまったんだ?」

さておき蛇蜘蛛は暫し様子見。
あそこまで接近した二人が何も仕掛けないという事には、理由がある筈だ。

(頼光の奴じゃあるめえし、ここで飛び出してそれを台なしにする訳にもいかねーよな)

>「つまんねえなー……お前も火消しに参加していいんだぜ?」
>「……あの時もだった。荒神様を鎮める為に誰それが死ななければならないって周りが大騒ぎしてさ」

静聴――森岡草汰の語る『人柱』の過去。
静聴――倉橋冬宇子の演じる教信者の言葉。
想起――華吹が述べた情報の一つ。

(あー、なんだっけか。なんかアイツにしか開けらんねえ箱があるんだっけ?)

推察――あの二人はその中身を求めている。となれば仕掛けるのは森岡草汰が箱を開けた瞬間。
中の鍵が始末されてしまう前に奪い取らなくてはならない。

蛇蜘蛛の思索――その為に自分が出来る事は何か。
真正面から仕掛けて奪い取る――相手の実力の程も分からず、唯一分かっている事と言えば触れれば病を貰う事。

(ねーな。流石の俺でもそこまで無鉄砲にはなれねーよ。となると……)

蛇蜘蛛の判断――森岡がその場で箱を開けるのならその時に。移動するならば追跡した後に。

>「包帯塗れになって、小火起こして……山ん中で暮らしてると、
  こんな事が娯楽に思えるようになっちまうのか?やっぱ里を抜けて正解だったな」

森岡の真正面に身を晒す――マリーが飛びかかる為の一瞬を、一秒に、それ以上に伸ばす為に。

「で……そん中には一体何が入ってんだ?包帯男と小火騒ぎよりかはマシなモンなのかねぇ」

【気を引く】

172 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/04/12 01:30:33 ID:???
祠の内部には焔山を統べていたという名も無き神格がいた。
鳥居は、神々しい雰囲気に気圧されながらも神の近くへと歩む。

>『御機嫌よう、穢れなき小さな子。我はこの山を統べていた名も無き神格。お目にかかれて嬉しゅうございます』

「ボクもですよ土地神様。この山には一突きとか嘘つきみたいなのしかいなくってホントうんざりしてましたから…(てへぺろ)」
持っていた火種を慌てて背中に隠す鳥居。ほんとの穢れなき子は放火なんてしない。
土地神が深々と頭を下げた隙を見計らい、火のついた布(狂信者の包帯)を捨てると急いでもみ消し証拠を隠滅。
何事もなかったかのような顔で再び神を見上げる。

>『暫くはこの部屋に人間は入れません。ですが私の力は衰退し未熟そのもの、あまり長く力は使えません。
 貴方達がこの山に入った時からずっと見ていましたよ。人魂や妖怪、獣たちの目を通してね。気付いていましたか?』

「へー気付きませんでした。人魂や妖怪の目を通して土地神様が見ていたなんて奇跡体験アンビリーバボーです」
煌々と燃える神格の体に見蕩れながら少年は声をあげた。
だがよく見れば土地神の体は鎖で拘束されている。そう、あの森岡草汰と同じく鎖によって拘束されているのだ。

>『お察しの通り、私は火の神格。火は文化の発展や闇を浄化する働きがあります。火の力を持ってしてこの山を護ってきました。

(…半年?草汰さんの命が残り半年ですって)
森岡草汰の問題を楽観的に考えていた鳥居はここで初めて不安に思う。
たとえやさぐれてしまっていても彼は命の恩人。
胸にこみ上げてくるせつなさを抑えながら神の話を聞き続ける。

>『穢れ無き子よ、火を消すには何だと思います?』

「み…」
>ここで普通ならば、水と答えるだろう。だがそう答えたとしたら、彼女は首を横に振るだろう。
>『確かに水は火を消します。ですが一番火を消す有効な方法は……全て燃やし尽くすことです。
 天叢雲剣の伝説をご存じですか?日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は敵の策略により草原で火攻めに遭った時、
 周囲の草叢を薙ぎ払い、逆に火打石を使って自分の周りに火をおこし炎を打ち消し合って難を逃れることが出来ました。
 それと同じく、彼の憎悪の炎を打ち消すにはそれ同等、あるいはそれ以上の『炎』が必要なのです。
 依り代の心臓を貫き、鎖を解くだけではタタリ神を消すことなど出来ません。力が欠片でもあれば何度でも蘇る筈です』

「ぇ…」
小さく声を洩らしたあと鳥居は沈思。

>『お願いです、どうか力を貸して。この山を、彼の心も救うために、どうか。』

「はい。出来ることならボクもそうしたいです。
でもいいんですか?あなたは彼のことを愛しているのではないですか?
あなたが過去に、あの邪で穢れた哀れな男を人柱として受け入れたのは彼を愛しく思っていたからでしょう?
あなたが永い時をかけて救えなかった彼の心をボクたちがいきなり救えるわけはありません。
ただ、タタリ神自身が消えることを望んでいるというのなら話は別なのでしょうけどね……」

173 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/04/12 01:32:45 ID:???
神様に頼みごとをされた鳥居は真剣な眼差しだった。
依頼を受けなければ殺されるとか、陸軍を敵に回すとかそんなことは関係なくなっている。
というよりも、今、鳥居たちが行っていることは陸軍の失態の誘発。傍から見れば狂信者たちの暴走。
これなら自分の勝手な愚行によってサーカス団が営業停止にされ、仲間たちが路頭に迷うこともないだろう。

「あなたに協力するために、ボクにも質問があります。タタリ神のことです。
土地神として、その身に取り込んだ人柱の男は、もうあなたの中にはいないのですよね?
という事は、すでにタタリ神の封印は解かれていて、この三次元のどこかに存在し、力を蓄えるために自律行動を行っている。
だから一刺しを分霊と認識するのは間違いでもあり、今、草汰さんに封じ込まれている分霊こそが本体、と考えて良いのでしょうか?
それと、彼の憎悪の炎を打ち消すにはそれ同等あるいはそれ以上の『炎』が必要。ともあなたはおっしゃいましたね。
どういう意味ですか?全てを燃やし尽くすと言う事はタタリ神を信仰する信者たちを皆殺しにするということなのでしょうか?
信仰する者がいなくなればタタリ神もあなたのように力を失うかも知れませんよね?
それとも愛の炎ですか。でもさっきも言った通りあなたでさえ彼の怨念は癒すことは出来なかった。
森岡草汰の情念でさえ同義です。タタリ神の憎しみの炎を相殺するどころか一緒に燃え滾ってしまってます……」

そう言うと、鳥居は神気の鞭を右手から放出させ、土地神を拘束している鎖の輪に一本通し
その先を左手に絡めて全身を使い引っ張った。おまけに両手を交互に動かし鎖と鞭の接点に摩擦を起こす。
鳥居の神気は元から燃えているので「ただ」の鎖なら溶けて千切れるはず。

「…やっぱり、ムリかな?その鎖は陸軍の技術で作られたものなんですかね…。この鎖を解く方法はないのでしょうか?
あなたをこのままにしておきたくはありません…」
鳥居は土地神を拘束から解き放ち自由にしてあげたいと思った。
なぜなら愛した人間に裏切られ、鎖に拘束されている土地神があまりにも哀れ過ぎるから。

【質問をしているようなしてないような】

174 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/16 23:37:07 ID:???
【→倉橋、マリー、蛇蜘蛛】

>「火誉山に神留り居ます我らが御神の分身……ヒト神さま……」

振り向いた先の女――倉橋は、物々しい声色で語り始める。
ヒト刺しは僅かに片眉を訝しげに吊り上げ、何かに憑かれたように語る女を見据えた。

>「気をつけなされ……!あなた様の御身に危機が迫っておりまする……」

それを聞きヒト刺しは鼻で笑った。
今までこの山に自分の首を狙う奴がごまんと訪れたが、一部を除いてほぼ火誉山の肥やしにしてやった。
今更命を狙われていると言われた所で何の心配も感じない。

>「…と申すのも、仔細あってのことでございまする……」
「お前、……どこでそれを!?」

だが、女が懐から取り出した御神体にヒト刺しは目を見開く。
意外な人物の手の内にあった事に驚きを隠せないでいた。更に続けられる女の言葉。
行者風の男共が中身をすり替えた。有得ないことだ。御神体は自分にしか開けられない、森岡はそう教わったのだ。

【 御神体を開ける方法は二つ 】
即ち御神体の四隅に埋め込まれた翡翠の石に封じられた術を解術するか、封じた本人――ヒト刺しの内にある神力を使うかだ。
タタリ神とて卑しくも神格を持つ。神力を使える者などそうそう存在し得ない。
解術の手もあるが、神力と同等の力を使う事になる。かなりリスクが伴う手段だ。

「(だがもし、神力か強力な霊力を使える奴がいたとすれば……?)」

可能性は無きにしも非ず。疑念はヒト刺し、いや森岡の中で入道雲のように膨らんでいく。
だがそんな風体の人間を見かけたという報告は一度も聞かなかった。
……否、よしんば見ていたとしても狂信者達が自分に知らせるとは思えない。
ともかくも、その行者風の男達とやらが御神体を盗み、本当に中身をすり替えたのだとしたら。

>「鎮守の祠がきたなき炎で穢れた……!予兆でございまする……!
 お気をつけなされ…お気をつけなされ…………!
 ほれ、昼も日中だというのに西の空に―――あのように煌々と輝いて……!」
「喧しい、そいつを寄越せ!」

女の言葉に耳も貸さず、激情にかられたような声を上げ、半ば無理矢理、御神体をもぎ取る。
この目で直接、御神体の中身を確認しなければ気が済まなかったのだ。
開ける方法は簡単だ。御神体に直接触れて神力を注入するだけでいい。
手に嵌めた黒い革の手袋を外し、かざした右手が妖しく輝き始め――――

>「で……そん中には一体何が入ってんだ?包帯男と小火騒ぎよりかはマシなモンなのかねぇ」
「(あららお兄さん、その言い分ってもしかしてワタシがマシなモンじゃないって言いたい風ですね)」

ハッとして声のする方へ視線を向ける。そこに居たのはインバネスコートを羽織った若い男が現れる。
その背後では飛び出し損なった義兄が木の陰から様子を伺っていた。

175 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/16 23:37:41 ID:???
「(さてどうします愚弟よ。このままではその場で袋叩きですよ)」
「華吹さん!?何してるんです!」

呼ばれた方へ華吹が振り向くと、そこには有給を取って実家帰りをしたはずの部下・いぐなが居た。
いぐなはいぐなで、完全に包帯が巻けていない状態だ。変装もへったくれもない。

「(何してるんですか御前。実家帰りはどうしました?)」
「(いやあ其れが、色々と面倒な事に巻き込まれてしまった次第でして……はぁあ)」

かくかくしかじかで事情を知り、こ奴もまあ面倒事を持ち込むものだと、意識をヒト刺しと冒険者達に意識を戻す。
倒してくれるのは構わないが、困った事がひとつ。戦闘現場を田中中佐に見られるのは流石に不味い。
今でこそ消火活動に気を取られているが、こちらに気付かれて狂信者共々に取り押さえられては元も子もない。

「(あっ!)」

いぐなが息を飲んで注視した先は、屋根の上。
ヒト刺しが御神体を開けたと勘違いしたと思われるマリーが音も無く飛び掛かる!

『後ろだぁあぁあぁあぁぁあああああアア嗚呼吁堊!!!』

まさにその一瞬、ヒト刺しの周りに居た全員の耳に、鳥肌の立つ地を這うようなおぞましい声が突き刺さる。
その声でマリーの存在を察した森岡は、咄嗟にマリーの攻撃を避け、地を蹴り転がるように全員から距離を取る。
声は華吹といぐなの耳には届かず、ヒト刺しが突然マリーの存在に気付いて攻撃を避けたようにしか見えなかった。

「……………………隙を突いて背後から一撃ってか。芸がないな」

額に玉のような汗を浮かべて忌々しそうに吐き捨てる森岡。
森岡の影だったものが立体化し、黒い炎のようにちろちろと揺らめき周囲を取り巻いている。
触手のように揺らめく影の一部に一対の目玉が剥き出しとなり、品定めするような目で冒険者達を睨みつける。

「(な、何ですかアレ。まるで化物……華吹さん!どうしたんですか!?)」

異形の出現に狼狽え、いぐなが隣の上司に視線を戻すと、全身から汗を浮かべて苦しそうに呻いている。

「(見なせえ、いぐな……あの影が愚弟に憑いてるタタリ神でさ。アレが姿を見せる度に、ワタシ達の中に巣喰う疫の呪いが暴れ回るんでさ)」

華吹もまた、サトリと同様タタリ神から病を移されていた。今頃、サトリも苦しみ悶えていることだろう。
途端、血反吐を吐く華吹。サァーッと血の気が失せていく。いぐなは鋭い視線をヒト刺しに向けた。

『ヒヒッ火ひひヒ。餌が沢山だねえ。腹が減ったねえ、草ちゃん』
「その呼び方止めろ。でないとコイツ等殺すだけ殺して、全部火にくべて燃やすぞ」
『あぁ吁嗚呼ん駄目ぇええ。魂喰べる前に燃やしたら消えるぅう、魂燃えて消えちゃうぅうぅ』

身を捩って駄々をこねて訴える影。どちらにせよ、その発言は今この場で戦うと宣言するに等しかった。
中佐に悟られぬ為、華吹の体にこれ以上負担を強いらせない為、理由は違えど華吹といぐなの下した結論は同じだった。

176 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/16 23:39:10 ID:???
華吹の無言の合図と同時に、いぐなが茂みから飛び出し、駆ける。だが姿は見る見ると変わっていく。
病人のような白い肌はきめ細やかな鱗へと、元々小さな体躯は更に小さくなり手足も縮んでいく。
しまいには三尺弱(約1メートル)程の蛇へと姿を変え、ヒト刺しの腕へと飛び掛かる!

「痛ッ!!」

冒険者に気を取られていたことで避ける間もなく、人以上に素早い動きでヒト刺しの手の甲へ牙を突き立てる。
激痛で手を振り払った衝撃で、蛇もろとも手から御神体が離れる。
すかさず蛇は空中で犬顔負けの動きで御神体を咥え、そそくさと逃げていく。

「しまった、御神体が……待てッ!!」

影もするすると引っ込み、ヒト刺しは手の甲を押さえながら蛇の後を追う。
その時追うすがら、懐から奇妙な形状の短剣を落としていったが、全く気付いていない。
短剣の柄には炎を模したような珍しい模様があり、刃の部分は異常に短く特徴的な歯並びで、錆びて血がこびりつき使い物にならない。
通常ならば鞘がある筈だが、刀部分を剥き出しにしたまま所持していたようである。

【山中 滝壺付近】

蛇は御神体を咥えたまま上へ上へと進み、森岡はそれを追う。
その追撃は、蛇が行き止まりまで追い詰められたことで終わった。
追っていた蛇はおらず、代わりに1人の少女が御神体を手に握っていた。近くで滝壺が轟々と音を立てている。

「……剣。貴方に、罪悪感は無いんですか。正義の味方だった貴方が。どうして……。
 私、覚えてます。昔、村で悪さを働いて洞窟に閉じ込められた時に助けてくれたことも。
 何故か長い間この山で封じ込められて、死んだも同然だった私を、貴方は助けてくれた。
 記憶がすっからかんで孤独な私を、友達と言ってくれた。とても感謝してたのに、なのに……」

いぐなは振り返ると捲し立て、堰を切ったように泣き始める。その様子を見て森岡は明らかに狼狽えていた。
眼前の少女の言った内容に全く心当たりがなかったからだ。そもそも、目の前の彼女とは面識は一度も無い。
心当たりがあるとすれば、昔、一度だけ、山中の洞窟でひっそり死にかけていた蛇の手当てをした位だ。
それ以外には何もしていない。彼女は誰かと自分を間違えているのではないだろうか。

剣という呼び名もだ。そう呼ぶのは義兄と、田中中佐が自分を時折表現する時のみ。
何の事だかさっぱりだが、彼女が御神体を持っている以上、取り返さなければならない。

「……何の事だか、俺には思い当たる節もないな。それよりも感謝しているなら、その木版を返してくれ。大事なものなんだ」

そう言って手を伸ばし近づく。少女は嫌がるように一歩退いた。だが少女は影に気付かない。
揺らめいたヒト刺しの影が、自分の影に飛び込んだことに。そして、少女の腕ごと影が木版を――刺し貫く。
少女は山中に響かんばかりに悲鳴を上げ、貫かれた腕を押さえこんでその場に倒れ伏した。傷口から徐々にどす黒い赤紫色に変色していく。

倒れた少女のことなどお構いなしに、ヒト刺しは片手で御神体を受け止める。木版に罅が入り、二つに裂けた。
中から転がり落ちたのは、短い鞘。金箔がややはげかかり、特徴的な炎の模様が刻まれている。
これこそが、鍵。だが鞘だけでは、鍵の意味をなさない。それを知るのは森岡1人だ。
足元で跳ね、鞘はカランカランと地面を転がる。森岡はそれに向かって手を伸ばす……

177 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/17 21:05:41 ID:???
→鳥居】

協力したい。土地神の願いを聞き届けた少年はしかし、問いかける。
今はタタリ神となったあの男を愛しているのではないかと。また、自分では彼の心を救えないのではないかと。

『……確かに、私は彼を愛しています。この山に住む者は全て私の愛する住民達……。
 けれども神は時に犠牲を得なければならないのです。生贄こそ最大の信仰心、最大の力を得る瞬間……。
 山に振りかかった災厄を退ける為には力が必要でした。苦渋の選択でした……。

 それに、彼が生贄として祭壇に現れた時……彼は笑顔で言いました。これでやっと自分も救われると。
 必要とされる時が来たのだと、喜んですらいるようでした。ですから、あの憎みようは恐ろしかった……。
 貴方が不安に思うのも無理はありません。ですから、こうして協力を頼みこんでいるのです』

>「あなたに協力するために、ボクにも質問があります。タタリ神のことです。 」

鳥居から休む間もなく繰り出される質問に、土地神はひとつひとつ答えていく。

人柱の男はもう土地神の中には居ない。これは正解だ。
だが、森岡草汰の中に封じ込められている分霊はあくまで、タタリ神固有の疫病の力を持っているだけに過ぎず、本体とは言い難い。
タタリ神は人柱の男の性格が顕著に顕れた神性で、それ以外にも土地神は無数の面をもつ。
故にあえて表現するならばタタリ神は分霊なのであり、本体は目の前に居る土地神なのだと答えた。

『タタリ神自身の神力自体は弱いものです。彼は私を閉じ込め、私の信者達の信仰心を自分に向けさせることで力を誤魔化しているに過ぎません。
 ですが信者達を殺す必要などありません。あくまで、信仰心を例えるならばタタリ神の「炎」の火力を強める為の油ということです。
 彼の場合、力が弱い神は常に信仰心を取り入れて力を溜めこむ必要があります。力を使えばどんどん消耗しますからね。
 油が注がれない間、例えば他の事――火消しなんかに夢中になっている今なら、信仰心は届かず炎の力は弱まっている筈。
 貴方の持つ正義の朱雀の炎で、彼の中に巣食う穢れを祓えばいいのです』

>「…やっぱり、ムリかな?その鎖は陸軍の技術で作られたものなんですかね…。この鎖を解く方法はないのでしょうか?
  あなたをこのままにしておきたくはありません…」

『私に構わなくても良いのですよ、穢れ無き子。今はタタリ神を、彼を止めることだけを考えて』

そう囁くと、土地神の両翼が鳥居を包み、無数の熱を持たない炎が生まれる。
人魂のような輝きがちらちらと鳥居の様子を伺い、周りをふわふわと舞っている。

『私の力のほんの一部です。タタリ神と対峙する時、貴方の力となるでしょう。どうぞ、受け取りになって』

勿論、鳥居はそれを拒んでも構わない。ほんの一部とはいえ、神の力を身に受けるということは、人間を辞めてしまうかもしれないのだ。
最悪の場合、神力に耐え切れず体が燃え尽きてしまうかもしれない。それでも、神力を使いこなす鳥居ならば、或るいは使いこなせるかもしれない。

『さあ行って!タタリ神が移動を始めました。早く!』

178 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/04/18 20:43:21 ID:???
茂みから躍り出た蛇蜘蛛―― 一瞬眼を細め、それから苦い表情を浮かべる。

(……やっべー!まだアイツあの箱開けてねーじゃん!ドジこいた!
 ええい畜生、頼光の奴と一緒にいたせいでアホが伝染ったか!?)

直後にマリーが屋根の上から森岡草汰へと襲いかかる。
それはそうだ。位置的に彼女からは森岡が箱を開けたかなど見える訳がない。
ならば蛇蜘蛛が出てきて森岡の気を引いた事で、箱が開けられたと判断するのは当然の事だ。

>『後ろだぁあぁあぁあぁぁあああああアア嗚呼吁堊!!!』

直後に響く悍ましい声、同時に地を蹴りマリーの一撃を躱す森岡。

>「……………………隙を突いて背後から一撃ってか。芸がないな」

そして現れる黒炎のごとき異形。

「うへえ……もしかしなくても、そいつが例のタタリ神って奴かい」

蛇蜘蛛の推理――論拠は単純明快、それ以外に考えられないから。

(むしろこのタイミングでまた別のバケモノとか出てきたら最悪なんてモンじゃねーしな)

そんな事を考えていると、不意に蛇蜘蛛の背後で茂みの揺れる音がした。
直後に一匹の蛇が彼の真横を突き抜けて、森岡草汰に襲いかかる。

>「痛ッ!!」
>「しまった、御神体が……待てッ!!」

そして彼の手から御神体を奪い取って、森の中へと逃げていった。
蛇蜘蛛も咄嗟にその後を追おうと動き出し、しかし一度立ち止まってマリーを振り返る。

「すまん姉ちゃん!マジで迷探偵やらかした!」

一言詫びを入れ、すぐに蛇と森岡を追う――筈だったのだが、今度は茂みの陰で盛大に血を吐く華吹を見つけてしまった。

「……よう、いいザマだな。丁度いいぜ、お前にゃ一つ聞いておきたい事があったんだ。
 アンタ、確か自分の弟を『殺すべき相手』だとか言ってたよな。
 まぁ、それに関しちゃ間違いねーだろうさ。現在進行形でとんでもねー事やらかしてんだしな」

華吹を見下ろしながら、蛇蜘蛛はコートの懐に右手を潜らせる。


179 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/04/18 20:44:19 ID:???
「でもよぉー、『殺すべき相手』ってのと『殺したい相手』ってのは、必ずしも同じモンとは限らねーよな。
 そこんとこ、どうなんだい。アンタはアイツを殺したいのか、殺したくないのか」

取り出したのは一枚の紙切れ――探偵としての名刺を華吹に投げ渡す。

「もし出来のわりー弟をどうにかしてーのなら、甲賀探偵事務所に是非ご用命を、だぜ」

それだけ告げて、今度こそ蛇蜘蛛は森岡を追う。
禁術を解き放ち、摩擦係数自在の皮膚と熱源探知の眼力をもって、樹上を走る。
暫くもしない内に、地上から悲鳴が聞こえた。そう遠くない。
駆けつけると、まさに森岡が木版を手にしているところだった。
そして木版が割れ、中から落ちた鞘らしき物が地面を転がり、それに森岡の手が伸びて、

「さ、せ、る、か、よぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

蛇蜘蛛の怒号――同時に短刀を投擲。
森岡草汰と鞘の間を阻むように刃の雨を降らせた。

(どうよ!これで『結果的に』中身は手に入るし運が良けりゃあアイツのおっかねー手もおじゃんだ!
 名誉挽回にゃ十分過ぎる働きだろ!美人二人にちったあカッコいいとこ見せねえとな!)


180 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/04/18 23:30:36 ID:???
【焔の祠】
今でも土地神はタタリ神になった男を愛しているという。
でも個人的に愛しているというわけではなく、山のモノをすべて平等に愛しているということだった。
いかにも神様らしい考えと鳥居は納得した。

それと人柱の男はもう土地神の中には居らず、タタリ神の本体も強いてあげるなら土地神とのこと。
ということは森岡草汰に憑いている分霊を退治すればすべては終わるということなのだろう。
森岡以外の依り代ではタタリ神は不安定な存在ですぐに消滅してしまうということなのだから。

>『私に構わなくても良いのですよ、穢れ無き子。今はタタリ神を、彼を止めることだけを考えて』

「わかりました。タタリ神を止めることが出来たら、森岡さんにも借りを返すことが出来そうです」
肯く鳥居を、土地神が両翼で包むと、無数の熱を持たない炎が生まれた。
人魂のような輝きがちらちらと様子を伺い周りをふわふわと舞っている。

>『私の力のほんの一部です。タタリ神と対峙する時、貴方の力となるでしょう。どうぞ、受け取りになって』

「はい、いただきます。ボクはいただける物でしたら病気以外はすべていただく人間ですから」
と言って、鳥居はアーンと口を大きく開けた。
人魂のようなものたちは一瞬怯んだ様子を見せたが、せっかくなので少年の口の中を目掛けて飛んでいく。
ぽこんぽこん…。神気の輝きは鳥居にすべて飲み込まれてゆく。これも分霊の一種なのだろうか。

>『さあ行って!タタリ神が移動を始めました。早く!』
土地神の声が響く。それがどこから聞こえてきたのか、鳥居にはわからなくなっていた。
他人の意思なのか自分の意思なのかわからないまま鳥居は祠を駆け出し外へと疾駆していた。

そして視界に入る森岡草汰。鳥居は我に返ると森岡のあとを追い滝つぼへ。

181 :鳥居呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/04/18 23:31:23 ID:???
【滝つぼ付近】
(あ……あれはいぐな)
木陰に隠れながら様子を窺う鳥居。(蛇蜘蛛が華吹と会話している間に逸早く追いついていた)
森岡の体には、まだ鎖が巻き付いており、いぐなは御神体を抱えている。

「…いぐなはなにをしてるんだろう?」
いぐなの身のこなしなら森岡に御神体を開かせて鍵を奪うことなど容易く出来るはず。
あれは何かの作戦なのだろうか。それにしては様子がおかしい。
自分達の目的は一刺しに御神体を開かせ、そこから出てきた鍵で
森岡とタタリ神とを繋ぎ止めている鎖の錠を解き、森岡の魂に
憑依しているタタリ神を追い出すために、森岡の命を奪うような攻撃をすること。
そうすると反動でタタリ神が飛び出してくるとかそんなことを言っていたはず。

「もしかして…彼女たちはなにかを隠している?」
黙って二人の会話を聞いていると、いぐなは昔、森岡に助けられたことがあったと言った。

「うーん。恩返しにいぐなは森岡さんを助けるつもりじゃ?
いやいやそれはないです。やっぱり何かがおかしいです」
鳥居が怪訝に思っていると、いぐなの悲鳴。
森岡の手にした木版は地面に落ちて割れ中から鞘らしき物が地面を転がる。
そこへ伸びる森岡の手。その刹那――

>「さ、せ、る、か、よぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
蛇蜘蛛の怒号――同時に森岡草汰と鞘の間を阻むように刃の雨が降る。

「あ、蛇蜘蛛だ!」
怒号に驚いた鳥居だったが、御神体の中から何かが出てきたのに気付くと
慌てて神気の鞭を放ち遠くから(五間 = 9.09090909 メートル程離れた場所から)森岡の体に巻きつける。
人間の子供の鳥居は、神気の鞭を鞘に巻きつけ奪えるほど器用でもなく
マリーのように足も速くない。森岡に近づいたら拳骨されて死ぬかも知れない。

神気の鞭は森岡の鞭で千切られてもまた手から植物のように生えてくるし
森岡が少し火傷するくらいの熱さに抑えてあった。

「森岡さん。ボクもいぐなさんと同じ思いです。
ボクを鵺から命がけで助けてくれたあなたはどこへ行っちゃったのですか?
それとタタリ神さん。あなたは土地神様の思いを踏み躙った。それは許せないことですよ!」

神気の鞭をひく手に力が籠もる。
正直に言って、鳥居は森岡やタタリ神に同情することは出来るが心根の部分がまったく理解出来なかった。
世の中を怨む森岡の気持ちをわかることが出来たら何かの手助けが出来るかも知れない。
でも悲しいかな、わかろうとしてもわからない。
森岡の本性が、今眼前にいる森岡なのだとしたら鳥居は人間に大きく失望することだろう。

182 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/04/20 23:55:48 ID:???
蛇蜘蛛と華吹に遅れほむらの祠へと向かった頼光は周囲を見回しながら大きく迂回していく。
霞みがかった頭の中から響く声に導かれるように。
『感じる、こっちだ。こっちにある』という声に。

そうして出た先は狂信者や毛玉犬が多くいた場所だった。
普段の頼光ならば絶体絶命、脱兎のごとく逃げ出すところだが、今は違う。
まさに求めていたモノがいた!という歓喜に満ち溢れるのだ。

狂信者たちを薙ぎ倒し、毛玉犬を捻り潰し、額の黒い石を抉り取っていく。
そして黒い石を体に張り付けていくのだ。
黒い石からあふれる靄が頼光を包むが、乾いた砂が水を吸い込むようにその身が吸い込んでいった。
「ぐふっへっはっは。力が漲ってくるう!だがまだ足りねえええ!」
邪悪な笑みを浮かべながら頼光はその力に酔いしれ、そして更なる渇望が湧き上がるのだった。


そして今、頼光は滝壺付近まで来ていた。
黒い石をいくつも付けたことで力は溢れ、より霞がかった頭から響く声は大きく、的確になってきている。
抗いがたい、いや、抗う事すら思いつかない状態でその声に従う力が備わっている。
もはや声に頼らなくともそれ、すなわちヒトサシ=森岡草汰の場所が感じられるのだから。

滝の上から森岡草汰を見つけた頼光は歓喜に顔を歪ませる。
ようやく求めていたモノにたどり着いたのだから。

眼下にでは森岡草汰の影が少女の腕ごと木版を貫きご神体を受け止めている。
異形と呼ぶに相応しい姿だが、頼光には極上のご馳走に見えていた。

だが、落ちた鞘を拾おうとする森岡草汰を阻むように刃の雨を降らせる蛇蜘蛛を見て、一瞬頭にかかる霞がぐにゃりと歪む。
更に現れた鳥居が神鞭を振るい、動きを封じようとしている姿を見て更に。
頭の中をかき回されるような感覚に片膝をつきく頼光。
何かを忘れているような、そう気づきかけた時、靄は大きなうねりとなって頼光の意識に覆いかぶさっていった。
「あぁん?なんだあ、頭いてぇ。何か忘れているような…ああぁ、まあいいや。」
元より考える力の少ない頼光はそれにより考えることを止めた。
欲望の赴くまま、滝の上から飛び出したのだ。

183 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/04/20 23:57:40 ID:???
「だーっはっはっはっは!武者小路頼光様のお出ましだああああ!!」
大きな声とともに文字通り降ってわいた頼光。
滝の上から飛び降りたにもかかわらず見事に着地し、森岡壮太の前に立ちはだかる。
が、その姿は蛇蜘蛛や鳥居の知っている姿とは大きくかけ離れていた。

大男である森岡草汰と比べても何の遜色もない体格。
いや、頭に咲く大きな牡丹の花の分、より大きく見えるだろう。
そして何より、額や胸、腕などに張り付く黒い石。中には力を吸われきったのか、白くなっている物もある。
体の表面には木目が浮かび上がっている。
そして何より、その体から溢れんばかりの大きな力。
面影はあり頼光と認識できないことはないが、以前のだらしない姿とは全く違っていたのだ。

「なんだか大事な事を忘れている気がするけどよぉ。もうどうでもいい。
俺の頭の中の声が言うんだよぉ。お前が欲しいってなああああ!」
頼光の嫡した場所は森岡草汰のすぐ側。
もちろん揺らめくヒトサシの範囲内だが、こここそが頼光の望む場所なのだ。

「お前はいけすかねえムカつく奴だがもうどうでもいい。一つになろおぜえええ!!俺のものになれええ!!」
大きく手を広げ森岡草汰に抱きつく頼光。

もしも森岡草汰が回避できず、頼光に抱きしめられれば手と言わず体と言わず、接したところから根が出て体に潜り込んでいくだろう。
足元からも根が溢れ出し、ヒトサシの影に絡みつき呑み込んでいく。
やがて根は太くなり絡み取り、森岡草汰とヒトサシの影を丸ごと頼光の体に飲み込むことになる。

鳥居は気づくだろうか?
いや、鳥居自身はわからないかもしれないが、感覚が告げるかもしれない。
そしてマリーと倉橋はこれに似た光景を以前どこかで見たように感じるだろう。
そう、光景としては全く違うにもかかわらず、鵺と相対した際、唐獅子が鳥居を呑み込み頼光の中へ入っていく光景が重なって見える事だろう。

【黒い石でパワーアップした姿で滝の上から現れる】
【草汰とヒトサシの影にホ…捕食アタック敢行】

184 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/22 21:20:47 ID:???
>>174-176
森岡草汰の心臓を緊縛し、その身体にタタリ神の力を繋ぎとめているという鉄鎖を解く『鍵』。
御神体の木版内に収められているという『鍵』を手に入れるための作戦は、順調に進行していた。
気の触れた女信者を演じる冬宇子の芝居が功を奏し、
森岡は『木版の中の鍵が掏り替えられているのではないか』という疑いを抱き始めたらしい。
『鍵』の真贋を確かめる術は只一つ。
タタリ神の依り代たる森岡にしか開けられぬという呪封を解除し、木版を開けて中の鍵を検めるより他に無い。

冬宇子の手から木版を奪い取る森岡。木版に翳す手が仄かに霊光を帯びて輝く。
今しも呪封が解かれるか―――?!
男の背中越し、冬宇子はその様を身を乗り出すようにして見つめていた。

>>178-179
と、そこに、冬宇子と森岡の間に、身を踊りこませた男が一人。

>「で……そん中には一体何が入ってんだ?包帯男と小火騒ぎよりかはマシなモンなのかねぇ」

お釜帽子にトンビ外套の見覚えのある男。
同じ嘆願を受け、共に火誉山に入山した冒険者――蛇蜘蛛幸太だ。
この男が何故ここに―――?
冬宇子は、山中腹の『もりおか食堂』で別れた筈の男の横顔を、呆気に取られて見つめていた。

>「華吹さん!?何してるんです!」

背後で、何者かに呼び掛ける"いぐな"の声。
声に釣られて振り返ると、樹幹に半ば身を隠すようにして顔を覗かせている人物が目に入った。
華奢で貧相な体格に、長い黒髪。
目ばかり大きい女のような顔をしているが、それでも着ている物や体型から青年である事が判った。
身体の大部分を包帯で覆っているものの、剥き出しの腕には、皮膚に赤黒い斑紋と糜爛―――
サトリと同じく、癩(らい)の症状を呈しているのが垣間見える。
かねて双篠マリーより話に聞いていた、薪割り場で出会ったという包帯男に似た風貌から、
冬宇子は、この男が草汰の兄――森岡華吹であると察した。

そもそも、冬宇子達が火誉山を訪れたのは『食堂手伝い』の嘆願を受けたことに端を発する。
しかし、造作ない仕事内容と、実入りのよい報酬は囮で、
嘆願主の森岡梢と大和使団のサトリは、タタリ神封滅の為の戦力として冒険者を集めていたのだった。
ならば、二手に分かれたもう一組の同僚――蛇蜘蛛幸太と武者小路頼光も、同じ目的の為に動かされている筈であった。
冬宇子達をタタリ神の元に誘導したのがサトリならば、蛇蜘蛛達の導き手はこの男――森岡華吹か。
いずれ合流するのか必定の二組とはいえ、よりにもよってこんな時に――……!
冬宇子は、間の悪いこの二人――蛇蜘蛛と華吹の横っ面を引っ叩いてやりたい気持ちだった。
けれど、巡る思いと苛立ちは一瞬で、
次の瞬間、思考は悍ましい蛮声によって中断されることになった。

>『後ろだぁあぁあぁあぁぁあああああアア嗚呼吁堊!!!』

それは森岡草汰へ、危機を伝える警鐘であった。
隠れ家の屋上に潜み、様子を伺っていたマリーが、蛇蜘蛛に気を取られる森岡の隙を突いて飛び掛ったのだ。
森岡が鍵を手にしたと誤解したのだろうか――?
それとも失敗を承知の上で、せめて森岡に傷を負わせ、動きを封じるのが先決、と考えたのだろうか?
マリーの思惑はともかく、

>「……………………隙を突いて背後から一撃ってか。芸がないな」

声の警鐘により、間一髪、攻撃は躱されてしまった。
森岡の足元より伸びる影が起き上がり、立体を成していく。
そう、悍ましい声の正体は、この影であった。
ちろめく黒炎の如き異形が、頭部に浮き出た目玉で、あたりを睥睨している。

185 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/22 21:26:37 ID:???
>「(見なせえ、いぐな……あの影が愚弟に憑いてるタタリ神でさ。
>アレが姿を見せる度に、ワタシ達の中に巣喰う疫の呪いが暴れ回るんでさ)」

この影が、森岡草汰に憑依するタタリ神―――!
苦悶に身を捩らせる華吹の呟きを聞かずとも、それは容易に推察できた。
厄介なことに、タタリ神は、依り代たる森岡の肉体や精神とは別個に、
森岡の影を操り、タタリ神独自の意思と能力を顕現することが出来るらしい。
タタリ神が森岡の精神を完全に支配しなかった理由の一つは、ここにあるのかもしれない。
依り代の精神を支配下におかずとも力を発現できるのだから、その必要が無かったとも言える。

と、異形の影に目を奪われている冬宇子の脇をすり抜けて、蛇が宙を奔った。
丁度アオダイショウほどの大きさの白い蛇だ。蛇は森岡の掌に牙を突き立てる。
取り落とした木版を奪い逃走する蛇を、追走する森岡。
さらに蛇蜘蛛がその後を追って走る。

>「すまん姉ちゃん!マジで迷探偵やらかした!」

振り返り、バツが悪そうにマリーに詫びを入れる蛇蜘蛛を、

「もう少しで上手く行く所だったのに!これじゃ、何の為にこんな臭い包帯を巻いて変装したか分かりゃしないよ!
 この馬鹿!ボンクラ探偵!朴念仁!役立たず!!」

冬宇子は、罵詈雑言を浴びせて見送った。

既に、木版を咥えて逃げた白蛇を中心に、戦場は移動していた。
祠の空き地に取り残された冬宇子は、溜め息をついて地面に目を落とした。
そこには、奇妙な形の『短剣』が転がっている。去り際、森岡の懐より零れ落ちたものだ。
腰を屈めてそれを拾い上げ、どす黒い血痕のこびり付く刃をじっと見つめた。

錆付いた刀身は、片側が、所々に深い切れ込みのある鋸刃になっており、
その不規則で複雑な鋸刃の形状は、刃物というよりも、凝った細工の『鍵』―――を彷彿とさせる。
握り柄に彫刻された炎の文様は、タタリ神の御神体たる木版に施されていたものと良く似ていた。
短刀の柄を握り締めて立ち上がり、冬宇子は木陰の男――華吹に一瞥を送った。

「あんたも、あの坊や――ヒト刺しを始末するためにこの山に来たんだって?
 しかも、あいつの兄貴だそうじゃないか。
 あの坊や、拾われ子の自分が母親を奪ったから、あんたが弟を憎んでる…なんてボヤいてたよ。
 いや…あれは『森岡草汰』じゃなくて『ヒト刺し』の言ったことなのかね…?まァどっちでも、そう変わりゃしないさ。
 あんたら、いい年して、未だにそんな低次元のいがみ合いをしてんのかい?
 まるで母親のおっぱいを奪い合う幼子の兄弟喧嘩だねえ!」

森岡草汰を欺くに臨んで抱いていた極度の緊張は、あっけない失敗を経て、怒りと苛立ちに転化していた。
初対面とはいえ、失敗の原因を作ったこの男――森岡華吹に、冬宇子は苛立ちをぶつけずにはいられない。

「まったく!弟が弟なら兄も兄!合流するなら時と場所選んだらどうなんだい?
 大和使団てのは無能者の集まりなのかい?えぇ?本当に気の利かない男だよ!!」

駄目押しとばかりに罵声を浴びせ、冬宇子は踵を返して歩き始めた。
白蛇を追って次なる戦場へと―――。
もとより、木版を持ち去った白蛇が"いぐな"であることを、冬宇子は察知していた。
"いぐな"が居た筈の場所から白蛇が飛び出し、振り返ると彼女はいない。
しかも冬宇子は、陰陽寮の晴臣を通じて『大和使団の成員は只の人間でない』由の噂を耳にしている。
これだけの符合が揃っていて、白蛇の正体を看取できぬ者がいるとしたら、よほどの愚鈍と言わねばなるまい。

186 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/04/22 21:30:29 ID:???
*  *  *【滝壺付近】

視力を宿らせた形代を飛ばし、上空からの俯瞰で視認した次の戦場は、瀑布が白煙を上げる滝壺であった。
形代を通して冬宇子の目に映ったのは、
滝壺のほとり、水しぶきを浴びて、木版を片手に佇む"いぐな"。
対峙する森岡。
先に追走していた蛇蜘蛛と、祠の空き地で陽動に奔走していた筈の鳥居呪音の姿もある。

現場に辿り着いた冬宇子は、滝壺を囲むように繁る藪に身を隠して、木版を巡る一同の動静を伺っていた。
森岡の足下の影が、地を這って"いぐな"の元に伸び、
影より伸びる触手の如きものが、岩盤に映る"いぐな"の影――木版を抱える右腕のあたりを貫く。
"いぐな"の腕と共に穿たれた木版は、宙で真っ二つに割れ、木版の中から飛び出したモノが陽光を浴びて煌いた。
金属質な音を立てて岩盤を転がるそれに、森岡が手を伸ばす。
しかし、蛇蜘蛛が投擲した短刀に阻まれ、叶わない。
更に、神気を操る元生成り(なまなり・半妖魔)、鳥居呪音が、炎の鞭で森岡の身体を緊縛した。

動けぬ森岡の手先から、一尺(30cm)ほど離れた位置に転がるモノ―――
それは短刀の鞘の如くに見えた。丁度、冬宇子の拾った短刀を収めるに相応しい形状をしている。
これこそが、依り代からタタリ神の力を剥ぎ取る『鍵』なのだ。
『鍵』を使って憑依を解けば、タタリ神は、依り代たる森岡の怪力と機動力を失い、実体を保ってはいられない。
そこにタタリ神封滅の機運が生まれるやもしれない。

冬宇子は木陰を出て、森岡のもとへと駆けた。『鍵』を拾う為だ。
走りながら、袂より取り出した塩の紙包みを開き、森岡の足下に伸びる影目掛けて振り撒く。
森岡の身体は拘束されているが、彼に取り憑くタタリ神の動きを封じなければ、安全に『鍵』を拾うことは出来ない。
タタリ神の姿は、山中で冬宇子達を襲った、ケガレを蓄えた翡翠石から湧出した影の化物に酷似していた。
両者の性質が同一なら、清めの塩が効果を発揮する筈だ。
効果の程は違うかも知れないが、暫し動きを止める位には―――…

駆け抜けざまに身を屈め、岩上に転がる『鍵』――短刀の鞘を掴んだ。
そうして、森岡から少し離れた岩場の上まで辿り着くと、冬宇子は腕を押さえて呻く"いぐな"に視線を振り向けた。

「フン……自分を救ってくれたから、あの男が正義の味方だと?
 哀れな者を気紛れで救うことに、正義なんてご大層なモン要りゃしない。お情けと親切心さえありゃ十分さ。
 正義なんて見方によって色を変えちまう幻みたいなもん。
 だが、そんなものだって価値を信じて全うする奴ァいる。そりゃそいつの勝手さ。
 だがね、正義ってなァ、少なくとも『義のある正しさ』を言うんじゃないのかい?」

左手に短剣、右手に鞘。肩で息をつきながらも言葉は止まらない。

「あの男の『正しさ』に『義』なんかありゃしない。
 お前を救ったことにしろ、ただ『そうしたい』と思ったからやっただけのことだろうさ。
 感覚と欲望だけで動いてる馬鹿男と、そう変わりゃしない。
 いいや、したり顔で正道を説かないだけ、欲望まみれの馬鹿男の方が、ずっとマシさ!」

冬宇子の脳裏には、学生服姿の、しまりない顔付きの男の顔があった。
そう、あの男も、森岡草汰も、そして冬宇子自身も、大して変わりはしないのだ。
信ずべき大義もなく、果たすべき義務も持たず、只ふらふらと、したいように生きているだけだ。

>>182-183
刹那――――!
その場に躍り込んで来た、どす黒い巨躯に蹴散らされて、冬宇子の身体は弾け飛んだ。
呻き声を漏らし顔を上げた冬宇子の目に映ったのは、
頭頂に花を咲かせ、体中に木目を浮かび上がらせた大男が、森岡の身体に覆い被さろうと迫る姿であった。


【祠の空き地に落ちていた短剣ゲット】
【塩をまいて森岡君の影(タタリ神)の動き牽制し、ダッシュして短剣の鞘をゲット】
【乱入してきた頼光君に蹴飛ばされる】

187 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/04/24 08:27:09 ID:???
事はなるたけ単純に済ます。
マリーが殺しの仕事で常に気にしていることがそれだ。
複雑な作戦やトリックは自分の性分に合わないし、
依頼主が殺される寸前で目標を殺し、依頼主を守れるような技量も
無いことを自覚しているからだ。
今回の件もまた同様だ。
目標が開けた瞬間に背後から仕留め、木版の中にある物を奪い取る
考えられる限りこれが理想系と考え、そして、行動した。
だが、シンプルさを追い求めると予想外の事態に対処できなくなるのは自明の理だ。

開けられるべき木版は蛇蜘蛛の登場で開けられず、
背後から狙っていたマリーの姿を見られ、森岡に避けられてしまった。
「君がやったお粗末な殺しよりはマシだと思うが」
平然を装い、焦る盛岡にそう返すが表情から悔しさが滲み出ている。
それだけの自信があったのだろう
「…なるほどね。合点がいったよ」
浮きたつ森岡の影を目にして、マリーは先ほど感じた嫌な気配や声の主がそれであることを理解した。
「ようやく姿を現したか、この意気地無し」
タタリ神の雰囲気に飲み込まれないように悪態をつくが
体の反応は思いとは裏腹に、それに恐怖し、冷や汗が出ている。
このままやり合って果たして勝てるのだろうか?
いや、己の命を犠牲にしてでも勝たねばならない。
そう意気込んだ瞬間、背後から一匹の蛇が森岡に襲いかかり木版を奪い取る。
盛岡はそれを追い、そして蛇蜘蛛と鳥居は更に追う形で森の中へ掛けていった。


188 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/04/24 08:27:34 ID:???
「君の事務所の人間とは絶対に仕事しない!!!」
謝る蛇蜘蛛に対し、怒鳴りつけるようにそう返すと視線を華吹へ向ける。
「君らにいたっては嘆願も受けないし以前に潰してやるから覚悟しろ
 …じゃなかった。君らどうせ子供の頃に喧嘩なんかまともにしたこと無いだろ?
 あったとしても一方的な暴力だけ、意見をぶつけ合う事も分かり合うことも無かったから
 結局のところ、家族じゃなくてただ同じ苗字の他人と認識しているんじゃないのか
 まぁ、血のつながりなんて微塵も無いわけだからそうなるのは分からなくも無いが
 血のつながりは無くとも、家族になれることだって出来るってことは分かって欲しいね
 …もしも、奇跡的にあの男が正気に戻ったなら、
 一度酒でも飲んで、顔が腫れるほど殴り合ってみたらどうだ?」
そう言い残し、マリーも森岡を追って森に消えた。

現場に着くと、事態は思わぬ方向へ向っていた。
木版は開けられたが、森岡が中身を手にするのを阻止し
尚且つ、鳥居が森岡を捕縛し、身動きを封じている。
その間に倉橋が中身を奪取しているとなれば、あとはやることは決まっている。
タタリ神の影のことは気になるが、やるなら今しかない。
決死の覚悟で突撃を決めたその瞬間、それとは別の影が視界に入りこんできた。
一瞬、それが頼光であることが分からなかった。
男子三日も会わざればかつ目して見よと言うが、こんな短時間でここまで変わるのは異常だ。
頼光の状態はさておいて、この状況、むしろ更なる好機として捉えることは出来る。
おそらく森岡とタタリ神の注意は鍵よりも迫ってくる聖獣崩れの頼光に向いているはずだ。
「森岡ァァァァァァ!!!」
挟み撃ちの形でマリーは自身を鼓舞するように叫び迫る。
どうせ暗殺者らしく狙ったとしても、先ほどのようにどちらかが見ているのならば
ワザと目立つようにして迫り、森岡とタタリ神の連携を崩したほうが得策と判断しての行動だった。

189 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/29 00:22:13 ID:???
【ほむらの祠前】

阿鼻叫喚。この場を敢えて表現するならばこの言葉が適切か。
祠から噴き出る炎は誰にも消し止められることは無い。辺りは既に戦場と化していた。

冒険者達がヒト刺しを追って姿を消した直後、多数の包帯人間達が武器を手に飛び出した。
その中にはサトリも居た。全員が身を潜めていた大和使団と協力者である火誉山の住民達だ。
各々が武器を手に襲い掛かる。戦う者がいれば逃げる者、未だに祠の火を消そうと躍起になる者。
田中中佐も、敵を薙ぎ払うのに必死でヒト刺しが消えたことに気付いていない。

木の陰でその様子を伺いながら、血痰を吐き出す華吹の背後にヒトの気配。

「……成程。あの嫌に毒を吐き捨て置いてった喧しい女を連れてきたのは御前でしたか……」
「そういう貴方は何時如何なる時も間が悪いですよね。称賛に値します。全く様無いですね」

サトリの呆れたような言い草に、答えはフンと鼻を鳴らすだけ。
単独行動を取っていたが為の連携の無さだったが、この場からヒト刺しが消えてくれただけ怪我の功名と言うべきか。

「さて、私達も仕事しますよ。あんなに罵倒されて成果の一つも上げられないんじゃ見せる顔がありません。
 あの女共達が良い仕事をしてくれると願いましょうか」

中佐を一瞥、サトリは促し戦場へと一足先に飛び込んだ。
だが華吹は暫し立ち竦んだように目の前の光景を見ていた。
蛇を追って去っていった弟の背中と、冒険者達の言葉を思い出す。

>『あんたら、いい年して、未だにそんな低次元のいがみ合いをしてんのかい?
  まるで母親のおっぱいを奪い合う幼子の兄弟喧嘩だねえ!』
>『君らどうせ子供の頃に喧嘩なんかまともにしたこと無いだろ?
 あったとしても一方的な暴力だけ、意見をぶつけ合う事も分かり合うことも無かったから
 結局のところ、家族じゃなくてただ同じ苗字の他人と認識しているんじゃないのか』

スゥっと双眸を細めた。二人が指摘した通り、そんな低次元のいがみ合いを続け、お互いに今まで碌に口も利かなかったのが現状だ。
華吹は外見に反して精神はずっと子供のままだ。半分が妖怪であるが故に精神の成長が著しく遅く、
大人になる事を知らずに、ひたすら汚い所だけを見て育った。だからこそだろうか。弟は華吹にとっての敵だった。
父親が草汰を連れてきた時も、直感で察していた。あの幼い子供の濁った目の奥で、汚い物――憎しみが渦巻いている事に。
同族嫌悪が気付かせてくれたものだ。口では自分を慕い、理不尽な暴力にも耐える弟を毛嫌いするのはそう難しいことではなかった。
けれども間違っているのは兄である自分の方だと何度も母から諭された。それが不満でたまらなかった。
嫌気が差して、華吹は家を飛び出した。弟が母の腕にしがみ付く様を、これ以上見ていたくなかったからだ。
そして幾年経ち、自分より背の高くなった弟の目から濁りが消えていた。それが更に、華吹の草汰に対する憎悪を促進させた。

蛇蜘蛛から手渡された名刺を、ぐしゃりと握り潰した。彼に何と返事したっけか。
いや、そんな事はどうだっていい。彼らが仕事をこなしてくれれば何だっていいのだ。

「……頼みますよ、本当に」

ああ、確かそんな返事だった。華吹もまた、狂信者達へと飛び掛かった。

190 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/29 00:22:41 ID:???

>「さ、せ、る、か、よぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「―――――――――!?」

手を伸ばしかけた刹那、滝壺周辺に響く怒号に、鞘へと伸ばしかけた森岡草汰の手が一瞬止まった。
次の瞬間、短刀の雨。手を引っ込めるのと同時に、短刀の一つが鞘を弾き飛ばす。
一歩下がり、次こそはと鞘へ飛び掛かろうとする。だが直後、死角から放たれた鞭がヒト刺しの体を拘束する!

「糞が……!こんなもの!」

鞭が煙を上げ、服を、肌を焼く。巻きついた部分が、みみずばれのように真っ赤に腫れていく。
青筋と脂汗を浮かべ、力任せに鞭を引き千切った。しかし断面から蔓のように再び鞭は生え、拘束は増していく。
首から下は殆ど鞭の餌食だ。仁王立ちで踏ん張っているのが精いっぱいだ。

「こ、こいつ……!千切っても生えて……!!」
>「森岡さん。ボクもいぐなさんと同じ思いです。
  ボクを鵺から命がけで助けてくれたあなたはどこへ行っちゃったのですか?
  それとタタリ神さん。あなたは土地神様の思いを踏み躙った。それは許せないことですよ!」
『やれやれ、世話がかかるな……っと!』

鞭を引く手に力を込める鳥居を、苛立ちを籠めた目で睨みつける。
今にも鞭の呪縛を再び引き千切り、襲いかからんばかりに。
だが鞭が束縛したのは森岡草汰のみ。直ぐ様、影だけの祟神が鞘を拾わんと踊りかかる。
刹那、木陰から一人の影。倉橋だ。紙包みを開き、祟神に向け清めの塩を振りかける。

『ぎゃあっ!あの糞女ァ、ぶっ殺してやろうか!』

倉橋の思惑通り、祟神は全身をくねらせ身悶える。その間に倉橋は鞘を掴み、影の活動範囲外へと逃げる。
背後でぎゃあぎゃあと喚く祟り神を余所に、森岡草汰の視線は倉橋といぐなへと向けられていた。
呻き声を上げるいぐなに、倉橋は諭す。行動原理なんてあったものではない、森岡草汰が振りかざしていた正義に「義」は無かったと。
今まで会った中でただ一人、ただ見えない物に突き動かされ動いていただけの男の中身を暴いた彼女に、視線が釘付けになる。

「………………」
『腹立つ腹立つぅううぅぅぅうう!!嫌いだ嫌いだ嫌いだ殺す殺す八つ裂きだぁあああぁああ!!
 そこの餓鬼共も皆殺しぃいいぃいいい!!魂の一欠片も残さず吸いつくしてやるんだぁああぁいひひひいひひ
 土地神なんざ知るかよぉおおぉお!俺はコイツ(森岡)と、やりたいようにやるんだよぉおおおお!!そうだろおおおお!?』

塩に頭でもやられたように、祟神は狂ったように言葉の羅列を放出し、黒い霧を噴出させる。
黒く薄い霧が鞭ごと森岡の体を取り巻くと、鞭が徐々に腐ってボロボロになっていく。
だが鞭も神気から出来た物、そう易々と破壊出来るものではないだろう。
結果、精々、千切れて再生するまでの時間が遅くなっただけに過ぎなかったが、それで充分だ。

「……そうだな。今までの俺は『どうかしてたんだ』。だから……」

そう語る男の目は虚ろで、暗く濁り、妖しく鈍く輝いていた。
もう少しで鞭を引き剥がせる、という所で、滝の上から思わぬ人物が『降って沸いて出た』。

191 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/29 00:23:05 ID:???
>「だーっはっはっはっは!武者小路頼光様のお出ましだああああ!!」
「!? お前、確か……頼光!?」

ズン、と地響きを立てて着地したそれは、森岡の知る人物ではあれど、その姿は記憶とはかけ離れていた。
以前より体躯が全体的に大きく見え、体の表面には木目模様、額やら胸やらには、あの翡翠の石が貼り憑いている。
頼光が着地した衝撃で倉橋といぐなは弾き飛ばされ、頼光と対峙する形となる。
突然の登場に一瞬困惑する彼らに、追い打ちをかけるような言葉が。

>「なんだか大事な事を忘れている気がするけどよぉ。もうどうでもいい。
  俺の頭の中の声が言うんだよぉ。お前が欲しいってなああああ!」
『…………………………は?』
「………………………………」

顔の筋肉がひきつる。突然現れて何を言っているんだコイツは、と。祟り神でさえうろたえている。
だが、背筋を寒いものが突き抜ける感じがした。一歩足を退き、頼光の動きを注視する。何か、彼は――「狙っている」。
そう、まるで、目の前の餌を捕食せんと構える空腹の熊、そんな印象を受ける。
頼光から溢れ出る力が、危機感を与えているのかもしれない。

>「お前はいけすかねえムカつく奴だがもうどうでもいい。一つになろおぜえええ!!俺のものになれええ!!」
「ぎゃあーーーーーーーっ!!こっち来んな気持ち悪い!!!」

言葉とは何と恐ろしいことか。受け取る側の解釈によっては身の毛もよだつ物となる。
ここにきて初めて、らしくない悲鳴を上げ頼光を回避しようとする森岡だが、鞭の拘束で足が思うように動かない。
咄嗟に両足を踏ん張り、両腕を突き出して頼光の腕を掴み上げ、押し留める!

「ぐぅ……ッ!」
ヒト刺しが頼光に触れた途端、頼光から生えた根が、接した部分…掌から腕にかけて、侵食する!
僅かな怯みが隙を生み、体勢を崩しかけた所を更に頼光は押してくる。密着度がどんどん上がるにつれ、
根はじわじわと体に潜り込み、全身を飲み込まんとする!

『わっわっわっ、俺まで巻き添えはごめんだっつの!』
そして根に巻き込まれるのはヒト刺しの体だけではない。
危機感を感じた祟り神は、半液状のようにくねる影を収束させ、――離脱。間一髪、根から逃れる。
そして不定形の体をうねらせ、

>「森岡ァァァァァァ!!!」
――迫り来るマリーの影へと飛び込んだ。その瞬間、マリーは全身が一瞬硬直するほどに体重が重くなったように感じるだろう。
更に、倉橋と同様、弾き飛ばされたいぐなの影へと飛び込み、ゆるゆると姿を変えていく。
一方で森岡は、真っ向から自分を捕食せんとする頼光を敵意の目で見据えた。

「…………俺は、もう誰の物にもならない。やっと、『誰の物でもなくなった』んだ。俺はもう森岡草汰じゃないんだ。
 陸軍とやらに連れて来られて、俺自身が何者かを知って、祟り神のお陰で、『森岡草汰』を捨てて、俺はやっと『俺になれた』。
 家族でも軍の連中でも祟り神でも知らない連中でも誰の為でもない、今度こそ俺は俺の為に『生きるんだ』!!邪魔させるものかよおお!!」

後半は最早誰に対して言っているのか分からないような主張を叫ぶ。
そして、その必死さから自身の発言の『 最大の矛盾 』にも気付いていない。
祟り神が発したあの黒い霧が再び、今度は森岡の体から噴出し、頼光ごと森岡を包む。
頼光は気付くだろうか。森岡の体を浸食する根が枯れてきていることに。
根が浸食した際、森岡の体は侵入物を撃退すべく、体の内にある祟り神の「穢れ」を用い根を腐らせたのだ!

192 : ◆PAAqrk9sGw :12/04/29 00:26:23 ID:???
「俺が間違ってると思うなら、好きに罵るなり説教するがいいさ!けどよ、お前らが俺の邪魔をするってんなら全員殺す!
 『この世界を壊す為に俺は存在してやる』!!俺が俺である証明をするその為なら、俺は……!」
頼光の腕を掴み、力を込める。全身から憎悪をほとばしらせ、叫ぶ。

「俺はッ――――――!!」

その先が出て来ないのは――――。


「…………」
その様子を、祟り神は静かに見ていた。
正直な所、祟り神は森岡と全く同じ考え、という訳では無かった。
最早憎しみをぶつけられるだけなら誰であろうと何だっていい、暴れられるならそれでいい。獣と変わらない本能だけの存在。
ただ、森岡草汰の憎悪と同調し、一番扱いやすい方法として「世界を滅ぼす」という選択肢を与えた。
勿論、本当に滅ぼせるなどと考えてはいない。いずれ体が朽ちれば次の体へと乗り換える、それまでの仲だ。

『……さて、そろそろ相手してやろうかぁぁああぁ』
敵意を迸らせるその先には、冒険者達。祟り神からすれば、何人かは御馳走に見えることだろう。
実体の無い影が舌舐めずりし、目を付けた何人かに視線を向けていく。

『そこの女なんか、良い感じに穢れてて美味そうだなぁああ〜〜……でも、そこの獣臭い女は喰ったら腹壊しそうだなぁああぁ。
 ……あー、でも男と子供は喰った所で、女の魂みたく穢れも熟れ具合も微妙だし、不味いんだよなぁ〜……要らね』

マリーと倉橋を見て涎を垂らす。倉橋に至っては、彼女の内に眠る外法神の気配にも気付いているようだ。
更に蛇蜘蛛や鳥居にも視線を向けるが、舌打ちをしただけに終わる。
祟り神の食糧は穢れた魂だ。女性のように感情豊かで負の感情が多いほど良い。
男や子供は感情の起伏がやや女性より薄いため、祟り神は好まないのだ。

『――――まあ、嬲る分には充分か』

そう言うや、祟り神は姿を変える。――鮮やかな斑の髪の色、夜色の外套。
知る人ぞ知る、人に擬態した鵺の姿。森岡と共有した記憶を頼りに創った姿。但し、顔は森岡によく似ている。

『お前ら、鵺退治したんだって?凄いねぇええ、アイツの噂は俺も知ってるよぉおぉお。
 ……そんだけ強いなら、俺も楽しませてくれるよな?な?なぁなぁあああああそうだろおぉぉおおおぉ?』

轟、と周囲に黒い炎が上がる。
毒気を含んだ炎は地面を焦がし、煙を吸えば内側から燃えるような熱と激痛を感じることだろう。
そしてこの炎は、激しい憎悪と嫌悪感と闘争心を生み、理性の箍を外すよう働きかける。
正に、今の森岡草汰のように症状が出るのだ。だが、気を確かに持てば、何の問題もない。

『さぁあああぁて問題でぇえぇえす、俺を滅する為には鍵が必要ですがぁぁああぁ、ある物が必要でぇえす!
 そぉおしてぇええ、そのある物を鍵として使えば俺は消えますがぁああっ!!』

外套をはだけさせ、祟神の胸部が露わになる。そこには、鎖の付いた南京錠のようなものが埋め込まれていた。

『これと同じ物が草汰にもありまあぁあす!さぁああて、どちらが正解でしょぉおおぉおかぁあぁああ!?』


【鞭や根を腐らせて束縛を緩める。どの位の加減かはPLさんにお任せ】
【祟り神→冒険者達:南京錠は森岡と祟り神にそれぞれ一つずつ、PLさん達の推測次第で答えが決まります】
【広範囲に炎攻撃】

193 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/05/01 00:23:33 ID:???
森岡草汰が覆いかぶさる頼光と組み合った瞬間、接触した部分から根が張り出ししてく。
それは手と言わず体と言わずあらゆるところから。
間一髪逃げ出した祟り神の代わりに影からも這いあがり、その足を絡めていく。
捕食を目の前にもはや頼光には周囲が見えていなかった。
森岡草汰の背後から飛び掛かってきたマリーすらも!

> 『この世界を壊す為に俺は存在してやる』!!俺が俺である証明をするその為なら、俺は……!」
黒い霧を噴出させながら叫ぶ森岡草汰の憎しみの塊のような声に頼光の顔が歓喜に歪む。
祟り神の「穢れ」によって浸食した根が腐らされている事が判らないわけではない。
いや、わかるからこそのこの表情なのだ。
「これだああああ!これで俺はお前になってお前は俺になる!一つになるんだあああ!!」
頼光の体の随所についていた黒い石が一斉に輝き黒い霧を吹き出した。
森岡草汰が噴出し頼光ごと包んでいた黒い霧は更に大きく、そして濃くなり、その圏内に通じていた鳥居の鞭が朽ちて切れた。

黒い霧の中、掴まれた腕はその握力により潰され森岡草汰の手がめり込んでいた。
だがそれすらも、浸食の一部でしかない。
黒い石の力を使い頼光は霊力を増すだけでなく、その性質を祟り神のそれと同種のものとしているのだ。
故に穢れは犯すに値せず、むしろ同一のものとして同化を促進させる。

めり込んだ森岡草汰の手は頼光の腕と同化し、他の部分からも一斉に根が張り出し全身を包み込んでいく。
黒い霧のお蔭で外からはその悍ましい光景はよく見えなかっただろう。
まるでアメーバーが捕食するかのように全身が蠢き二つの影が一つに重なっていった。

霧が晴れた後、森岡草汰と頼光がいた場所には一本の木が立っていた。
周囲には穢れを放出しきった白くなった石がいくつも転がっている。
木の幹はまるで森岡草汰と頼光が背中合わせにくっついているようで、わずかながら二人の顔が浮かび上がっている。


同化した中、森岡草汰と頼光の精神的な境は曖昧となり、その内を垣間見るだろう。
それは頼光の中の森岡草汰。
身体を張り他人の為に生きる。
皆に信頼され、信頼する。
それを実行する意思の力。

頼光は森岡草汰を憎んでいた。
自分は華族の家に生まれ、全てを手に品に不自由のない生活を送ってきた。
自分の思い通りにならないものはなく、全てを手にしている。
そう思ってきたのだが、森岡草汰を見て衝撃を受けていたのだ。
人の為に己を犠牲にし、正義を振りかざし、それを貫く力と意思。
どれも自分にはなく、また持とうとも思えないもの。

詰まらない自己満足だと唾棄しながらも心の片隅で憧れていたのだ。
そのような生き方ができる森岡草汰が羨ましかったのだ。
だが自分はそのようになれない。
だからこそ憎んだ。

森岡草汰からすれば勝手なイメージでしかなく、表層的なことしか見えていないと不快になるだろう。
だがこれもまた森岡草汰である証明の一つの姿である。

それと共に頼光とは似ているがまた別の意思の存在を知るだろう。
知覚に感じながらも大きな喜びに満ちていること以外触れられぬ存在を。
その存在が自分の中から力が吸っている事もわかるはずだ。
このままじっとしていれば力だけでなく存在自体も根こそぎ奪われるかのように。
意識をしっかりと保ち、脱出しなければそうなるのにさほど時間はかからないだろう。


すぐ傍の祟り神と冒険者たちとの激しい戦いとは裏腹に、森岡草汰と頼光でできた木には巨大な牡丹が咲き誇る。
牡丹の開花と共に気は乾き、いや、枯れていくかのように水気を失っていく。
全ての養分が花に集中しているのだ。
それと共に幹は痩せ細り、森岡草汰と頼光の輪郭がよりはっきりと浮かび上がっていく。

194 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/05/01 20:51:33 ID:???
鳥居は神気の鞭で森岡を拘束しながら可哀そうと思っていた。
その理由は、森岡は命の恩人だし普通に考えて可哀そうだから。
誰かに「どうしてあなたは蚊を殺すことは出来て人を殺すことはできないのですか?」
なんてことを聞かれても、聞くほうがどうにかしていると思う。

「…(正義って心の本能みたいなものじゃないのかなあ。人間たちが気持ちよく生きるために育んできた大切なもの。
みんな欲望のままに生きてたらこの世は地獄だもの。じゅのん)」

そこへズンと地響きを立てて降り立った者は武者小路頼光。
彼は随分と変わり果てた姿になっていた。
倉橋を蹴り飛ばし森岡に抱きつきながら大声をあげている。

「…(頼光が変になっちゃったです。あ、もとから変でした。
倉橋さんもあんな大げさに蹴り飛ばされちゃってるし…。蛇蜘蛛がいるから三割増しに転げて、
わざとしおらしい自分を演出しているのでしょうか)」

>「森岡ァァァァァァ!!!」

「ひっ!」
その時、マリーが現われる。鳥居も虚をつかれるほどの絶妙のタイミング。
少なくとも戦いの素人の鳥居にはそう見えた。
が、崇り神はマリーの影へと侵入し、さらにいぐなの影の中へ。

「!?」
崇り神は森岡の肉体に拘束されているのではなかったのか。
否、本体から分霊を飛ばした? それとも錯覚か何かの技か。

「…(考えても無駄ですね)」
少年はかぶりをふる。森岡を救う。崇り神を消滅させる(救う)。
やることは決まっているので戦いに集中する。

195 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/05/01 20:52:32 ID:???
>「…………俺は、もう誰の物にもならない。やっと、『誰の物でもなくなった』んだ。俺はもう森岡草汰じゃないんだ。
 陸軍とやらに連れて来られて、俺自身が何者かを知って、祟り神のお陰で、『森岡草汰』を捨てて、俺はやっと『俺になれた』。
 家族でも軍の連中でも祟り神でも知らない連中でも誰の為でもない、今度こそ俺は俺の為に『生きるんだ』!!邪魔させるものかよおお!!」

崇り神から噴出した霧が頼光を侵食してゆく。このままでは頼光が……。
神気の鞭を伝達させて炎で森岡の体を焼き千切ろうか。しかし鳥居は困惑する。
森岡の言動にはまだ救いがあるのではないのか。

鳥居は母を求めて何百年も生きてきた。でもその思いを捨ててしまった今は自由になれている。
そう、この時代の人たちに出会えたからこそ、鳥居は母親への想いを捨て去ることが出来た。
この冒険が始まる前までは森岡もその出会えた仲間の一人だったのだ。

「そうです森岡さん!自分のために生きてください。
過去のしがらみを捨てて、心を解放したら、きっと楽しくて明るい未来がまっているはずです!
だからもう戦いはやめましょう。土地神さまが言ってました。森岡さんの命はもって半年って。
残りの人生は、みんなで楽しく暮らしましょう。家族はいなくったって大切なお友達はいるでしょう?」
悲痛な思いで鳥居は訴えた。

>「俺が間違ってると思うなら、好きに罵るなり説教するがいいさ!けどよ、お前らが俺の邪魔をするってんなら全員殺す!
 『この世界を壊す為に俺は存在してやる』!!俺が俺である証明をするその為なら、俺は……!」

「……え!?どうしてですか森岡さん!
自分が自分であるために世界を破壊する必要なんてどこにあるんですか!」
小さな手に力が入る。やはり森岡草汰という人間は、白と黒の二つがあれば黒をとるような男だったのか。
あの時、鵺との戦いでは、ただ自分を良く見せるために、森岡は鳥居を助けただけだったのだろうか。
今思えば、あの森岡の虚ろな目は鳥居のことなど見ていなかった。
ただの自己満足。最初から最後まで自分のことしか見ていなかったのだ。
自分の思い通りにならない世界はありえない。だから破壊する。 ただそれだけの男。

「世界を壊すなんてダメですよ森岡さん…。これはおこがましい考えなのだけど、
ボクだってある意味、世界を壊そうとしています。辛い世の中を壊して、ちょっとでも楽しい世の中に変えたい。
サーカスで皆が楽しんでくれて、すこしでも嫌なことを忘れてもらえたり
楽しいことがあるから明日も生きようって思ってもらえるようにサーカスをやってるんです。
ボクの行動は焼け石に水のようなものかも知れません。でも希望は捨てていないのですよ」
崇り神の力で腐れたゆく神鞭を引っ張りながら、鳥居は悲しそうな顔で立ち尽くしている。

196 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/05/01 20:53:22 ID:???
「だから頼光には手を出さないでください…。
そんなアホな男でも今のあなたよりなんかはずっと役にたつんです。
我がサーカス団の大切な稼ぎ頭…。ボクたちの希望なのですから」
鳥居は真っ直ぐな眼差しで森岡に歩む。もう森岡を倒す覚悟は決めている。
崇り神のなじるような言葉はあらかた聞き流している。少年の全身からはもうもうと蒸気が噴出していた。
神気の鞭は侵食されて腐れ落ち、目の前には頼光と森岡の木が出来る。

「ふむむ…」
鳥居は唸る。侵食された腐れていこうかと思った頼光が大木となり
完全に森岡と同化してしまったから……。あの時とは根本的に何かが違うようだ。

その時、轟と周囲に黒い炎が上がる。
毒気を孕んだ炎が地面を這えば鳥居は右手を一閃。
火炎の竜巻を起こし地上の毒気を天空へと巻き上げた。

>『これと同じ物が草汰にもありまあぁあす!さぁああて、どちらが正解でしょぉおおぉおかぁあぁああ!?』

崇り神の叫びに反応し、鳥居は眉を吊り上げて赤い目をぎろり。

「そんなの子供だましです。森岡さんの記憶から鵺の幻覚技か何かを模倣しているんでしょ。
きっとその鎖は幻覚です。崇り神の鎖を外したって、何も解放されないはずですから」

鳥居の頭上。空には太陽が二つあった。否、一つは火炎の竜巻が上空に産んだ巨大な火球。
鳥居の神気で生み出されたそれは、回転しながら崇り神の炎や煙、枯れ枝を吸い上げながら巨大化していた。
神気で創り上げられた太陽は周囲をまぶしいくらいに照らし出していたが、それはどんどん膨らみ地上へと落ちてくる。

「みなさん、崇り神から離れてください!大きな火の玉を落とします!」
崇り神が火炎球を避けるにしても、受け止めるにしても、
あとの冒険者のために、彼の行動を一つ奪うことが出来るかも、と鳥居は信じて火炎球を落とす。

197 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/03 02:40:49 ID:???
>「だーっはっはっはっは!武者小路頼光様のお出ましだああああ!!」
>「!? お前、確か……頼光!?」

「……あの馬鹿、帰れつったろうに」

突然の頼光の登場に、蛇蜘蛛は頭を抱える。
同時に考えが甘かったと反省の念が脳裏に浮かんだ。
浅い付き合いながらも理解は出来ていた筈だ。
武者小路頼光は自己中心的で、カッコつけるのが大好きな、とんでもない大馬鹿者だ。
その彼が、蛇蜘蛛の忠告を素直に聞き入れる訳がなかったのだ。

>「お前はいけすかねえムカつく奴だがもうどうでもいい。一つになろおぜえええ!!俺のものになれええ!!」
>「ぎゃあーーーーーーーっ!!こっち来んな気持ち悪い!!!」

「……どっちに加勢すべきなんだ?アレ」

この際どっちも放っておいてこのまま帰りたい衝動にも駆られた。
が、そういう訳にもいかない。

>「俺が間違ってると思うなら、好きに罵るなり説教するがいいさ!けどよ、お前らが俺の邪魔をするってんなら全員殺す!
 『この世界を壊す為に俺は存在してやる』!!俺が俺である証明をするその為なら、俺は……!」
>「俺はッ――――――!!」

感情のままに叫ぶ森岡を、蛇蜘蛛は樹上から無感慨な目で見下ろしていた。
そしてなんとなく、思う。この男は「かつての自分」に似ていると。
同時に倉橋達の口から時折聞いた断片的な情報――「かつてのこの男」は、「今の自分」に似ている、とも。

>『……さて、そろそろ相手してやろうかぁぁああぁ』
>『――――まあ、嬲る分には充分か』

>『さぁあああぁて問題でぇえぇえす、俺を滅する為には鍵が必要ですがぁぁああぁ、ある物が必要でぇえす!
 そぉおしてぇええ、そのある物を鍵として使えば俺は消えますがぁああっ!!』
>『これと同じ物が草汰にもありまあぁあす!さぁああて、どちらが正解でしょぉおおぉおかぁあぁああ!?』

「……ほざくなよ、寄生虫の分際で。相手してやろうか、じゃなくてよぉー。
 相手しねーとヤベーとこまできてんだろ?オメーは」

蛇蜘蛛は研ぎ澄ました眼光で祟神を射抜く。

「薄っぺらいオメーの頭でも理解出来るように教えてやるよ。
 俺とオメーの立場の違いって奴を。つまり……俺は上、オメーは下だ。
 分かるか?オメーに出来んのは逃げ回る事だけだ!台所で見つかっちまったゴキブリみてーになぁ!」

啖呵を切り、再び短刀を放つべく懐に右手を潜らせて――

「あ」

思わず、そう声を零した。
懐にはもう、短刀が無かった。
体を小さく揺すってケープの下や袖の内側の感覚を確かめるが、そこにも殆ど無い。

(やっちまったぁあああああああ!さっきあの野郎を止める時に使い過ぎた!
 ヤベェぞこれは!あんな啖呵切った手前「もう短刀がありませんでした」なんて言ってみろ!
 あの姉ちゃん二人に何言われるか分かったもんじゃねえ!)

冷静に、努めて冷静に思考する。
今現在、手元に残っている短刀は三本。
樹上からぽいぽいと投げていたのではあっという間に無くなってしまう。
後は接近戦用の脇差もあるが――それはいざと言う時の命綱だ。出来る限り手放したくない。

198 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/03 02:43:04 ID:???
そんなしょうもない思索をしている間にも、事態は進んでいく。
具体的には、森岡草汰は頼光もろとも木に飲み込まれ――

「って、ちょっと待て!そりゃマズい!」

ここまで森岡を追ってくる前に華吹から聞き出した答えが脳裏に蘇る。
思えばあの男が初めて、鬱陶しい嫌味や皮肉を交えずに発した言葉が。

「こちとらそいつの兄貴に頼まれてんだよ!出来のわりー弟をどうにかしてくれってな!」

咄嗟に脇差を抜きながら樹上から飛び降りる。
多重関節で着地の衝撃を緩衝して、すぐさま駆け出した。
目指すは森岡の取り込まれた牡丹の木。脇差を振り上げ、全身の関節をしならせる。
分厚い刃が雷光のごとき閃きと化して、木の表面に浮かび上がった森岡の輪郭めがけて振り下ろされた。

「……よっしゃ成功!やりゃあ出来るもんだな!」

斬撃は森岡草汰の体を傷つけてはいなかった。切り裂いたのは木の表面のみ。
木肌を蹂躙するように刻まれた傷は、森岡が脱出する際の一助になる筈だ。

ちなみに失敗すれば木もろとも森岡は一刀両断されていただろうが――その事に関しては、蛇蜘蛛はまったくと言っていいほど深く考えてはいなかった。
同じように――頼光から解放された森岡が再び自分達に襲いかかってくる可能性についても、蛇蜘蛛はまるで気にしていなかった。
ただ殺さずに、殺されずに、そして殺させないように、森岡草汰を説得する。それだけだ。
出来る出来ないではなく、「する」としか考えていないのだ。
誰に命じられるでもなく自分がそうしたいのだから。

「よう、聞こえるかい?まあ返事は期待してねー!そっから出るのに必死こきながらでいいから聞きやがれ!」

蛇蜘蛛は森岡に呼びかける。
今頃は彼の背後で祟神が黒炎と毒の煙をまき散らしている筈が――そちらには振り返ろうともしない。
鳥居がそれらを防いでいなかったら、色々とカッコ悪い事になっていただろう。

「一つ良い事教えてやるよ!オメーはまだ、『自分の為に生きる』事なんて出来ちゃいないぜ!
 考えてもみろよ。嫌いだから、いじめられたから、ぶっ殺してやるって?
 そんなんじゃあよ……オメーは、オメーの嫌いな連中の為に生きてるようなもんじゃねーか!」

脇差を突きつけて、蛇蜘蛛は更に叫ぶ。

「断言してやるぜ!そこにオメーの『自由』はねえ!ただの奴隷だぜ!」

人を殺す事でしか自己を肯定出来ない、自由なき存在――それは「かつての蛇蜘蛛」だ。
忍びとして生きていた頃の蛇蜘蛛だ。
命じられるがままに殺し、自分が殺す相手の事も、終わらせる事態の事も、何一つ知らされる事はない。
そしてその命が闇から闇へと消えた後で残るのは――

「オメーがくたばった後で、残ってんのは積み上げた死体だけだ!そんな人生で、オメーは満足かよ!」

だから蛇蜘蛛は忍びをやめた。そして人助けを新たな使命として人里に下りた。
いつか自分が死んだ後も、自分が助けた人達の幸福は残る。
その幸福はやがてまた別の幸福を生む。半永久的に。
その全ての幸せは――自分がいたからこそ生まれるものだ。

「俺は絶対に御免だね!どう考えたって人助けしてた方が『気分がいい』ぜ!
 俺がくたばった後も俺が助けた奴らは生きていくし、俺が守った幸せはまた別の幸せを生む。
 屍山血河を残すよりかは幾分マシだろ!違うか!?」

そうだ。そう考えると、とても『気分がいい』。
だから蛇蜘蛛は人を助ける。突き詰めれば自分の為に。
ちょうど「かつての森岡草汰」みたいに。
つまり蛇蜘蛛は――自分が正義でない事を認めただけの、森岡草汰なのだ。

199 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/03 02:44:57 ID:???
「ま、これでオメーが納得するかは分かんねーけど……そん時はかかってきやがれ!
 俺はオメーを殺さず殺されず、説得し直してやるぜ!なんたって……」

蛇蜘蛛が笑みを浮かべる。不敵に、得意げに、嬉しそうに。

「俺にはその『自由』があんだからな!」

長口上を紡ぎ終えた彼は一度深呼吸。

「さぁて……もののついでだ。オメーの薄っぺらい頭から捻り出したクソみてーな謎々も解いてやんよ」

それから祟神へと振り返る。
同時に表情が一変――挑発的で、有らん限りの嫌悪が篭った眼光で祟神を刺す。

「ハズレはオメーの方だよ、ゴキブリ野郎。ちょっと考えてみりゃ分かる事だ。
 オメーがこの期に及んでその鎖を見せびらかしてきた理由はなんだ?
 黙ってりゃあ俺らには選択肢は一つしかなかったのになぁ?
 わざわざ墓穴掘ってんじゃねーぜ。寝不足で頭回ってねーんじゃねえのか?」

嘲るような短い笑い――罠の可能性などはまるで考えていないようだった。

「どうだ、図星だろ!迷探偵の汚名は返上させてもらうぜ!」

自信満々ではあるが、よくよく考えてみるとわりと短絡的な思考である。

「さて……と、よう姉ちゃん。さっきは災難だったな」

鳥居の落とした火の玉を見て「あ、これはもう俺の出る幕ねーわ。つーか霊体相手じゃ分がわりーし!」と即断した蛇蜘蛛は、
先ほど吹っ飛ばされた倉橋に歩み寄る。もしも彼女がまだ倒れているのなら、手を貸すくらいの事はするだろう。

「けどまぁ、これでもう殆ど解決したようなもん……って、あぁ!やっべえ!」

と、不意に蛇蜘蛛が叫び声を上げる。

「あの木版の中身回収してねえ!クソッ、どの辺に転がったっけ……姉ちゃん、アンタ覚えてねえか!?」

何事かと思いきや――頼光の登場に目を奪われていた蛇蜘蛛は倉橋が鞘を拾ったのを見ていなかったのだ。
どうにも彼は、最後まで上手く決める事が出来ないらしい。



時に、蛇蜘蛛にはそんな意図はなかっただろうが――彼が森岡の脱出を助ける為に木肌に刻んだ傷は、
なにも中から外へと出る為だけにしか使えないという訳ではない。
つまり――外から中へと何かを押し込む際にも、使えない事はないのだ。



【森岡の輪郭が浮かび上がっている辺りの木肌に斬撃
→傷をつけて出やすく、入りやすくする
→説得と推理】


200 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/06 14:36:42 ID:???
*   *   *

母は本当に美しい人だった。
倉橋冬宇子は、幼心にもそれが誇らしかった。
艶やかな黒髪を菅笠の下に束ね、歩き巫女の白装束に身を包んだ母は、白百合の花のように清しく凛としていた。
歩き巫女とは、祈祷や託宣、死者の口寄せ等を生業とし、各地を流れ歩く女呪術師の集団である。
冬宇子は物心ついたばかりの幼子の時分から、巫女達の一団に混じり、母に付いて旅をしていたのだった。
母と手を引かれて歩いた道々の光景――見渡す限り黄色い毛氈を敷き詰めたように菜の花畑の広がる平野を、
目に染みるような彼岸花の赤が峠の両側を彩る山道を、冬宇子は忘れもしない。
嵐を避けて一夜を明かした廃寺。暗闇と風音に怯えて愚図る冬宇子を宥め、昔語りをしてくれた
母の穏やかな声音が、今でも耳に染み付いている。
それらは確かに、慕わしく懐かしい、幸福の記憶であった。
そして同時に、過ぎ去った日々であるが故に、切なく、心を苛む、怖ろしい記憶でもあった。

冬宇子がまだ幼少の頃には、逗留した村町で、顔見知りになった土地の子供に立ち混じって遊ぶこともあった。
が、きまって数日後には、彼らは冬宇子を避けるようになるのだった。
人の世ならぬ力に通じる存在と畏怖されつつ、賤業と卑しまれる歩き巫女の、
それも穢れた血と厭忌される外法使いの娘だ。
親が子に付き合いを敬遠させるのも、致し方ないことであったのだろう。
それを察せる年頃になって、冬宇子は遊び相手を求めるのを止めた。
避けるといっても、別段危害を加えてくるでもない。外法神の祟りを畏れて遠巻きに見ているだけの者達だ。
こちらが付き合いを諦めてしまえば、どうということはない。
求めなければ、渇望に苦しむこともないからである。

父の名と出自は、母より伝え聞いていた。
安部土御門家庶流、倉橋家。
かつての堂上家半家の家格に準じ、華族令発布と共に子爵の地位を与えられた名家の継嗣が、
忌諱の対象である、外法憑きの女と縁付くことなど許されるはずも無く、父は家を捨てて出奔する道を選んだ。
そうして二年ほど、流れ術士として、母と共に旅をしていたらしい。
しかし、冬宇子は、たった一枚の写真でしか、父の顔を知らない。
父は冬宇子を身籠っていた母を遺し、不慮の事故で亡くなったと聞かされている。
写真の中、晴れ着姿の母に寄り添っているのは、洋装の、優しげな顔立ちの、育ちの良さそうな青年だった。

母の身体が衰弱の傾向を見せたのは、冬宇子が外法神を受け継ぐ体になって、まだ幾許も経たぬ頃であった。
肺に痼疾を抱えて旅暮らしが出来なくなった母は、冬宇子を連れて、深川の長屋に腰を落ち着けた。
三味の嗜みもあった母が、時折料亭やお座敷に上がって細々と暮らしを立てていたのだが、
そんな生活すらままならなくなり、床に就くようになってからの母は、それこそ、あっという間だった。
美しかった顔は、見る影も無く窶れ果て、豊かな黒髪は艶を失って色褪せた。

そうして母が亡くなって程なく、突然、父の生家倉橋家よりの使者を名乗る人物が、冬宇子の前に現れた。
自分の命が長くないと悟った母が、生前、手を回していたものらしい。
倉橋の現当主、賢臣(かたおみ)は、随分寛容な人物であったようで、
母の願いを受け入れ、廃嫡された兄の娘を手元に引き取り、十八歳まで養育する義務を負ってくれた。
何しろ、唯一の身寄りの母を失い、生活のための借金すら抱えていた十二の小娘のこと。
芸者置屋か廓に売られる運命が目に見えていたところに、一転、
子爵家預かりの身となって養育されるというのだから、望外の幸運というべきであろう。
爾来、十八になるまでの六年間を、冬宇子は、京都二条の倉橋家邸宅で過ごすこととなった。

*   *   *

201 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/06 14:43:03 ID:???
>>190-193
タタリ神とヒト刺し――森岡を巡る戦況は、混乱を極めていた。
鳥居の鞭の縛めを破った森岡を、今度は、滝の上から"降ってきた"樹木の化物が拘束。
森岡の身体をすっぽりと幹の中に捕り込んだ。
化物に跳ね飛ばされ、呻き声を漏らしつつ顔を上げた冬宇子は見た。森岡に覆い被さる樹木男の姿を。
木目の浮かぶその顔には、確かに、見知った男――武者小路頼光の面影があることを。

>『……さて、そろそろ相手してやろうかぁぁああぁ』

背後で響く悍ましい声。咄嗟に振り返ると、信じ難いことに、そこには、異形の黒影が佇んでいた。
森岡草汰に憑依するタタリ神が――!
宙に起き上がり陽炎のように揺らめく黒影は、"いぐな"の足元へと収束している。
厄介なことに、タタリ神は、依り代である森岡の身体を離れて、別人の影へと移動が可能なのだ。

>『そこの女なんか、良い感じに穢れてて美味そうだなぁああ〜〜
>……でも、そこの獣臭い女は喰ったら腹壊しそうだなぁああぁ。
>『――――まあ、嬲る分には充分か』

影は、頭部に浮き出した不気味な目玉で、品定めでもするかのように、ねっとりと冬宇子を眺め回す。
と、次の瞬間には、もう姿を変えていた。
夜色の外套に、金黒まだらの髪―――忘れもしない。見る者の心の裡を暴き、恐怖を具現する魔物『鵺』。
あの悍ましい『鵺』の扮装をした男の頭部には、森岡草汰の顔が嵌っている。
鵺の姿を模したタタリ神を中心に、黒炎が立ち上った。
黒炎は、導火線を伝う火種のように冬宇子へと迫り、燃え上がる炎が冬宇子の身体を包む。
皮膚を灼く熱さを感じたのは一瞬で、炎は、内側から冬宇子の心を炙る、激しい憎悪に変わった。

憎しみの暗い炎が、冬宇子の瞳の中で燃えている。
視線が、あの男――樹木の中の森岡草汰を捉えた。

憎い――憎い――!憎い――――!!
あの男が憎い。大嫌いだ―――浅ましくて、愚かで、そのくせ汚れを知らぬ正義漢ぶったあの男が!

冬宇子の脳裏に浮かぶのは、他者の為に我が身を挺して拳を振るう、森岡の雄姿。
胸を炙る炎が間断なく憎しみを煽る。

あの男が大嫌いだ。憎い、憎い、憎い―――!
誰よりも愛を求め、愛されたいが故に、自分の身を削っているだけのあの男が!
救いを求めているのは自分自身でありながら、自分こそが相手を救っているかのように誇示する、あの男が!
本当は劣等感の塊で、他者の肯定を得なければ、自分の存在すら認めることの出来ないあの男が!
欺瞞と矛盾に満ちたあの男―――森岡草汰が大嫌いだ!憎い!憎い!憎い―――!

地面に這いつくばっていた冬宇子の唇から、獣のような唸り声が漏れた。
冬宇子の意識は憎悪の波に呑み込まれようとしていた。
代わりに裡側に眠るあの存在――外法の力が頭を擡げている。

その時――絶え間なく灼熱の炎が憎しみを煽る心の奥深く―――
まるで、荒れ狂う激浪の下の静謐な深海から響いてくるように、穏やかな声が耳に届いた。

――何故――――……?

何処か懐かしい声だった。
問い掛けに引き止められるように、虚無の彼方に沈みかけていた冬宇子の意識が、僅かに思考を取り戻す。

――――それは……あの男が、私に似ているから――――……?

その考えが、闇夜に閃く雷光の如く脳裏を貫いた刹那、
喉元を絞めつける苦しさと、胸を刺すような鋭い痛みが走り、冬宇子の視界は暗転した。

202 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/06 14:47:00 ID:???
やがて、暗闇に浮かび上がるもの―――それは、いまわの際の母の顔だった。
枯れ枝のように細く節くれだった手――かつては白くしなやかだったその手で、冬宇子の手を握り締める母に、
もう話をする力は残されていなかった。
落ち窪んだ眼窩の中から、気遣わしげな瞳で、じっと――ただじっと、こちらを見つめていた母は、
一体何を伝えようとしていたのだろう―――?
冬宇子は、その顔を見つめ続けることが怖くて、涙で霞む目を閉じた。
目を開けた時には既に、母は事切れていた。
あれはもう十一年も前のことだ。

冬宇子は、闇の中の母の顔を、慄然として見つめていた。
喉を絞めつける苦しさは、嗚咽を堪えているせいだろうか。胸を刺す痛みは、悲しみのせいだけなのだろうか。
母のことを想うとき、いつもこの思いが頭を過ぎる。
母は何故、自分のことを愛してくれたのだろう?
愛することが出来たのだろう―――?と。

冬宇子の引き継ぐ外法神は、神代の昔に三輪山に封じられた禍神の化生――三輪の女狼。
蠱毒の法により、三輪の女狼を自らの使役神――外法と成した伊勢の巫女、代々その力を継いでゆく血脈の女は、
娘に外法神の依り代の座を譲る時期を過ぎると、急速に消耗し、長くは生きていられない。
つまり、子を産むこと――それ自体が、いずれ来る我が身の破滅を明示しているのだ。

冬宇子には判らない。
何故、母は、父を愛し、子を成す決意をしたのだろう。
何故、自身の身体を蝕む存在である娘を、愛し、慈しみ、導くことが出来たのだろう。
父は何故、名家の跡継ぎの座と名門陰陽師としての使命を捨てて、母を選んだのだろう。
彼らは、いかなる結末をも受け入れる『覚悟』を持って、その道を決断していたのだろうか―――?

冬宇子は、森岡草汰の振り翳す正義には『義』が無い、と罵った。
『義』とは『人として在るべき正しい道』であると同時に、それを貫き通す『覚悟』以って初めて成立する。
それは、本能や感性のままに、その場限りに振舞われる、お情けや優しさとは、全く別種のものだ。
『覚悟』とは、自分自身の『真実』に殉じる、堅い意思である。

森岡草汰の『自分を必要としてくれる者を守る』――という信念は、人として正しい道であったのかも知れぬ。
けれども彼は、それを貫く『覚悟』を持っていなかった。
だから、望んだ者に愛されず、必要とされぬことに失望し、心の奥底で不満と憎悪を募らせていた。
森岡草汰にとって『他者を守る』という行動は、それ自体が価値を持つ『真実』ではなかった。
あくまで、自分を愛し、肯定してもらうための『手段』でしかなかったのだ。

そしてまた、本当に望むものに対して『覚悟』を決められずにいるのは、冬宇子とて同じではないのか―――?

望むものを得られぬと不満を募らせるか―――望んでも得られぬものと諦めて居直るか―――
二人の違いは、それだけの差でしかないのではないか……?

―――――違う―――!私は、あの男とは違う!
私は哀れな女なんかじゃない!私は絶対に、自分を哀れんだりしない!
第一、望んだものが、決して得られぬものであるなら、
得られぬことを受け入れる『覚悟』をするより仕方ないではないか―――――!

自らの胸に湧いたその疑いを、冬宇子は、否定せずにはいられない。
地べたに手を突き、俯いたまま、強くかぶりを振った瞬間、
何者かに、ぐい、と手を引かれる感覚があった。

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