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【大正冒険奇譚TRPGその4】

1 :名無しさん :12/05/06 14:48:44 ID:???
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:あり(4日)
版権・越境:なし
敵役参加:あり(事前に相談して下さったら嬉しいです)
避難所の有無:あり
備考:科学も魔法も、剣も銃も、東洋も西洋も、人も妖魔も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったりするのは勘弁よ

2 :名無しさん :12/05/06 14:49:25 ID:???
キャラ用テンプレ

名前:
性別:
年齢:
性格:
外見:(容姿や服装など、どこまで書くかは個人の塩梅で)
装備:(戦闘に使う物品など)
戦術:(戦闘スタイルです)
職業:
目標:(大正時代を生きる上での夢)
うわさ1:
うわさ2:
うわさ3:




3 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/06 15:02:03 ID:???
http://yy44.60.kg/test/read.cgi/figtree/1326714113/200-202の続き】

>>199
>「さて……と、よう姉ちゃん。さっきは災難だったな」

気がつくと、冬宇子は、蛇蜘蛛幸太に腕を支えられて引き起こされていた。
眼前の大樹には森岡草汰が囚われ、鵺の姿を模したタタリ神が嘲笑を轟かせている。
意識を失う前と状況はまるで変わっていない。
走馬灯のように駆け巡っていた記憶と思考は、現実の時間にすれば、ほんの一瞬のことだったのだ。

>「あの木版の中身回収してねえ!クソッ、どの辺に転がったっけ……姉ちゃん、アンタ覚えてねえか!?」

蛇蜘蛛の問いに、冬宇子は、取り留めの無い思考の海を彷徨っていた頭を、強引に現実に引き戻した。
彼の言う『木版の中身』は、冬宇子の左手にしっかと握られている。『短剣の鞘』の如きものだ。
これが、土地神の御神体に封じられていた、タタリ神の力を滅するという『鍵』なのだ。
冬宇子は、暫しそれを見つめた後、帯に刺していた、錆びた刃物を引き抜いた。
森岡が、祠の空き地に落としていった『短剣』だ。

『鞘』と『短剣』。
両者に施されている金細工の浮き彫りは、鞘に刃を納めた所で一連なりの文様になる造作のように見受けられた。
即ちこれらは、二つで一つ――― 一対の剣鞘なのだ。

「あんたの言うことも尤もがだね……何も答えは必ず一つって訳でもないだろうさ。」

右手の剣と左手の鞘、二つを蛇蜘蛛に掲げて見せる。
そうして、相変わらず悍ましい笑い声を響かせているタタリ神に視線を振り向けた。

「謎掛けに力試しってワケかい……?随分とナメた真似してくれるじゃないか…!
 …お察しの通り私の身体にゃケモノ神が憑いてる…だがね、そりゃ元は歴とした、名のある国津神の分霊だ!
 お前みたいな、淫祠(いんし・堕落して妖怪化した神)紛いの土地神の分霊とは格が違うんだよ!
 …馬鹿にするんじゃないよ……!
 お望み通り謎を解いて、お前を滅してやろうじゃないさ!」

この滝壺までの道中に、もはや意味のなくなった信者の変装は解いている。
冬宇子は、露わになった派手な顔に嫌悪を滲ませて、声を張り上げた。

「お前は、依り代の森岡草汰の負の感情を餌にして、この世に顕現している…!
 つまり、お前がせっせと煽っては貪っている、森岡草汰の憎悪こそが、お前の血肉なのさ!
 お前が餌として啜り続けている、森岡の憎悪を全部、あいつの心に返してやったらどうなる?
 お前は、この世に実体を留めてはいられまい?
 『二つの錠前』に『二つの鍵…剣と鞘』……お誂え向きじゃないか……!
 剣は刃を鞘に納めて一振りの剣になる!『森岡に鞘』……『お前に剣』……!
 森岡の心の鞘に、あいつ自身の負の感情を納める!!」

言って冬宇子は、右手の『剣』を双篠マリーへと放り投げ、

「マリー!この『剣』を取りな!
 あの憎ったらしい化物の錠前に、思いっきりブッ刺してやるんだよ!
 あんたなら出来るだろう?私が、この『鞘』で、あの坊やの胸を突くのと同時にだ!」

4 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/06 15:04:16 ID:???
蛇蜘蛛が切開した樹幹の裂け目から垣間見える森岡草汰を見据える。
『鞘』を利き手に持ち替え、尖端を標的に向けた。

「『自分の存在を証明する』為に世界を滅ぼすだって……?
 随分と派手な宣伝を思いついたじゃないか!何たって、世界中の人間に注目されて構ってもらえるんだからねぇ!
 『俺が間違ってると思うなら、好きに罵るなり説教するがいい』だって?
 世の中の人間が皆、駄々を捏ねるお前に、お優しく言葉で説得してくれるとでも思ってるのかい?!
 ……だからお前は甘ちゃんの駄々っ子なんだよ!
 自分を可哀想がるのがお得意なガキの事情なんか、いちいち汲んでいられるかってんだ!
 お前のやることが、誰かにとって不都合なら潰し合いが起きる!それだけのことさ!
 世界を滅ぼすなんて、万人にとって不都合そのものだろうが!」
 
紅い唇を嫌悪に歪め、一歩また一歩と、囚われの森岡へと歩み寄る。

「森岡草汰……!私はお前を救いたいんじゃない。お前みたいな甘ったれの駄々っ子は大嫌いさ!
 ただ……お前が自分の罪に、どう始末をつけるのか――それを見てみたいのさ!
 ヒト刺し――いや、森岡草汰!
 お前はその手で何人、人を殺めた?
 タタリ神に操られていたから、自分に罪は無いとでも言うつもりかい?
 それとも、お前自身の手で犯した罪に真っ向から向き合うか………?
 どちらにしろ、それは、お前自身が背負っていかなきゃならない『業』だ。
 ええ?どうするつもりだい?正義漢の坊や…?
 タタリ神の威を借る『ヒト刺し』から『森岡草汰』に戻って、お前の『覚悟』を見せてみな!」

右手の鞘を振り上げ、丁度心臓の位置に括られた錠前に狙いを定めた。
唇に酷薄な笑みさえ浮かべて、冬宇子は、森岡へと肉薄する。

【鍵の謎解き。森岡君に『鞘』、タタリ神に『剣』と回答を出して、それを実行途中】
【時間軸的には、鳥居君が火の球を落とす前になるのかな……?】

5 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/05/10 02:00:27 ID:???
何かが視界を横切った瞬間、マリーは金縛りに似た感覚を覚えた。
先ほどまで駆けていた足は止まり、構えた短剣を突き出すことも出来ず
マリーはただ、慣性の法則に従い思いっきり転倒した。

視界の外、森岡の叫ぶような主張が聞こえる。
「…違うね。たとえお前がその結論で納得したとしても
 『森岡草汰』という器の中に居続けている以上、お前も『森岡草汰』であることに変わりないんだ
 お前は現実から目を背けているだけの臆病者だ」
頼光に襲われている中、聞いているとは思えないが言わずには入れなかった。
マリーはすぐさま立ち上がり、三度短剣を構えたが、森岡が発した黒い霧をかわすように後ろに下がった。
「そうやって逃げてるから、世界とどう向き合っていけばいいかわからないんだろう?
 わからないから壊すことしか出来ないのか?それは子供の発想だよ」
その瞬間、祟り神の気配をいぐなの方から感じそこへ視線を向けた。
「…」
鵺の姿で現れた祟り神を目にし、マリーは何も言わず眉を顰めた。
「それがお前の本性か?…それとも歪みに歪んでそうなったのか?」
冷やかな眼差しを向けながら、マリーはそう言った。
「もういい、お前はもう黙れ…声も聞きたくない」
祟り神の黒い炎が燃え盛る中、マリーは1歩ずつ祟り神へと近づき始める。
「問題だ?そんなことどうだっていいこれでお前の首を掻っ切ればそれで終わる。」
祟り神は気づくだろうか?
マリーが足を進める度に、呼吸をする度に自身に向けられている殺気が大きく、そして、鋭くなっているのを
常人ならば熱さと痛みで苦しみ、激しい闘争本能と憎悪によって正気を失うところを
マリーはまるで苦にもせず、ただ祟り神を見据え迫る。
否、実際は、狂うほどの激情を祟り神に向けることで正気を保つので精一杯だ。
感情を押し殺し目標を仕留める暗殺者の成せる業(わざ)なのかもしれない。
「しかし、不味い奴に化けて出てきてしまったな」
あと数歩でお互いの間合いに入りかけていた時、マリーは口を開けた。
「あいつは自尊心が強そうだったからな…下手な物真似を目の前で見せられたなら怒り狂うだろうな」
マリーは袖をまくり、その下にある籠手とそれに仕込まれている短剣を露にする。
「聞くところによると名のある妖怪を切った刀剣の類には怨念が篭るらしい…分かりやすく言うなら
 妖刀ってやつさ」
この状況下でマリーは不敵に笑ってみせた
「散々コケにし殺した女か…それとも無様な物真似を見せた祟り神か…果たして奴は」
視界の隅で倉橋が短剣を投げるのを確認するやいなや、マリーは即座に刃先を祟り神に向け
「どっちを射殺すかな」
ピンを抜き、炸裂音と共に短剣を射出した。
そして、短剣の行方を確認せず、すぐさま倉橋が投げ渡した短剣を手に取り
「死ね、外道」
祟り神の胸元に突き立てた。

6 : ◆PAAqrk9sGw :12/05/15 22:30:24 ID:???
【ヒト刺しサイド】

>「世界を壊すなんてダメですよ森岡さん…。」

責めるような口調の鳥居少年の言葉は、頼光の根に取り込まれつつあるヒト刺しの耳には届いていない。
いや、よしんば届いていたとしても「だったらどうした」で一蹴しただろう。
何にせよ、侵食は瞬く間に頼光とヒト刺しを飲み込み、視覚も聴覚も覆い尽くした。

揺蕩う意識の中、ヒト刺しは頼光の意識を垣間見た。
それは頼光の視点から見てとった、彼が「まだ」森岡草汰だった頃の姿だ。
他者の為に命を張り、根拠のない正義感で悪と決め付けた相手を憎み、自己犠牲こそ人のあるべき姿と信じていた馬鹿な自分。
けれども今まで自分を支えていたそれは、一度、鵺との戦いの最中で容赦なく叩き壊された。
だからこそ今のヒト刺しは、憎くて仕方がない。頼光が自分に持つ幻想に対し怒りを抑えきれない自分が。
「森岡草汰」を捨てた筈の自分が未だ、誰の目にも見えなかった「森岡草汰」として憤っている自分が。

境界線が曖昧な今、頼光も見ることが叶うかもしれない。頼光が知る「森岡草汰」が鍵を掛けた記憶の数々を。

始めに浮かぶのは、齢八つ位の緑眼の少年の記憶。少年は名前すらなく、友人も家族もいない。
この少年が森岡草汰だと誰が思うだろう。彼が彼たる証明はどこにもない。やり場の無い憎しみを抱き、少年は消えうせる。

再び現れる記憶は、どこかへ遠出するのだろう男に頭を撫でられ、幸せそうに笑う少年の姿。
活き活きとした緑の双眸が、去りゆく男へと向けた視線はどこか妄信的だ。その横で猫目の血色悪い少年が不服そうに鼻を鳴らす。

――――何故あんな化け物を拾ったんです。アレの正体が軍部に知れたらアンタの立場も無くなるかもしれないのに……。
――――だから今離れるんだ。草汰が俺という正義の偶像を目指していけば、あの怪力を悪用するという発想には至らない筈だ。
    それに草汰の力はこの山の土地神の性質と似ている。梢の教育と使い方さえ間違わなければ将来有望の正義の大和軍人なんだぞ。
――――最低ですね。名前までつけて父親ぶって、結局はアレを軍事利用するのが目的なんでしょう?……嫌な正義もいたものですよ。

少年はその会話を理解する事無く、時は流れる。記憶はまた途切れ、現れる。
母と口論し、初めての帝都に感極まり、奇妙な仲間や敵と出会っては別れ。
頼光が知る「森岡草汰」が現れては消えていく。そして――全ての記憶は絶叫と共に燃えて消えていく。

『ぎゃ嗚呼嗚嗚呼唖あああーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!誰か……誰かぁああああぁあああああああああああ!!
 痛い痛い痛い助けて助けて助けて許してくれぇえぁああああぁああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』

暗闇の一室で独り、全身の動きを鎖で封じられ、彼は着実に生と死を往復していた。
祟り神が体の内でのたうち回り、「祟神の依り代」となるまでの時間は、地獄以外の何物でもなかった。
体の内側から燃やされるような激痛から、血を噴き出し血痰を吐き散らし森岡草汰は悶え苦しむ。
壁や床に血飛沫を振り撒くその間、草汰の中では着実に幼少の頃より築き上げられ封印されていた、
人間に対する純粋な憎悪や理不尽な暴力と否定に対する恐怖が膨れ上がっていった。
咆哮を上げ続ける草汰の耳元で、あの悍ましやかな声が囁き、成長させ続けた。より上質な依り代となるように。より自分に同調するように。

――――今まで自分を苦しめて来たのは何だ?今自分を苦しめるのは何だ?これから自分を苦しめる奴等をどうすればいい?
――――抵抗しろ!今まで自分を畜生以下に扱い利用してきた奴等に復讐するのだ!積み上げられた屍の山で自分を証明するのだ!
――――自己犠牲など要らない。お前を証明する為に生きた人間など必要ない!半端な正義など要らない!復讐心だ!怒れ!憤怒しろ!

――――森岡草汰という男など抹消しろ。森岡草汰を「殺し」て初めて、「お前」は本当に自由になれるのだ!


7 : ◆PAAqrk9sGw :12/05/15 22:30:44 ID:???
苦痛は憎しみを増長させ、元より無理矢理真っすぐにした性格を再び捻じ曲げることは容易であった。
憎悪の権化となった森岡草汰は、「今まで信じて来た世界を壊す」ことを正義とすることでヒト刺しとなった。
全ては自分という証明のため。全ては名も無き自分の救済のため。人の為でなく、ただただ自分の為に彼は動く。
極端すぎる思考が行き着いた先は、破壊衝動の塊となった祟神の傀儡となることだった。

『残念だったな、頼光。もうお前の知ってる森岡草汰なんざ居ない。消えちまったんだよ、俺が殺したんだ』

届くかどうか分からないが、頼光へと意識を飛ばす。

『お前が求める「森岡草汰」ってものはよ、もう何処にもありゃしないんだ。ざまあみやがれってんだ!』

そう吠えるヒト刺しだが、同時に頼光とはまた違う存在を認識した。それは内側からヒト刺しの全てを吸い取っているようだった。
ヒト刺しは危機感を覚える。その感覚は丁度、昔海に投げ込まれた際に渦潮に足を囚われて抜け出せなった時の恐怖を彷彿とさせた。
束縛ほど人の意識を混乱させるものはない。森岡草汰を捨てた今でも過去の恐怖に捉われ、存在がかき消されていく――――

>「……よっしゃ成功!やりゃあ出来るもんだな!」

突如、真っ暗闇だった視界が開けた。ヒト刺しは唐突な光に呻く。

>「よう、聞こえるかい?まあ返事は期待してねー!そっから出るのに必死こきながらでいいから聞きやがれ!」

蛇蜘蛛がヒト刺しの顔から胸の辺りまでの木の表皮を斬り裂いたのだ。脱出できる絶好の好機と気付くやヒト刺しは身を捩らせる。
だが蛇蜘蛛の言葉で、ヒト刺しは上半身のみを出したまま顔を紅潮させ憤った。

>「一つ良い事教えてやるよ!オメーはまだ、『自分の為に生きる』事なんて出来ちゃいないぜ!」
>「断言してやるぜ!そこにオメーの『自由』はねえ!ただの奴隷だぜ!」
「……ッ違う!奴隷なんかじゃない!アイツ等は俺を証明するための只の道具だ!!「俺」が確かに生きていたという証明だ!」
>「オメーがくたばった後で、残ってんのは積み上げた死体だけだ!そんな人生で、オメーは満足かよ!」

次いで右腕を出す。動いた拍子に裂けた表皮の一部が服を裂き、華吹達と同様に変色した肌が露わになる。
蛇蜘蛛の言葉に一瞬言葉を詰まらせたが、顔筋を歪ませ、ヒト刺しは答えを弾き出す。

「……ああ、そうさ。そうとも!お前等もアイツ等も俺を否定する『悪』だ!俺は俺を守る為に邪魔する奴を消す!それの何が悪い!?」
>「俺は絶対に御免だね!どう考えたって人助けしてた方が『気分がいい』ぜ!
 俺がくたばった後も俺が助けた奴らは生きていくし、俺が守った幸せはまた別の幸せを生む。
 屍山血河を残すよりかは幾分マシだろ!違うか!?」

その言葉は何よりもヒト刺しの心を揺るがした。今ここにいる誰よりも、目の前に「もう一人の森岡草汰」がいたのだから。
自分で滅したはずの、何より忌むべき存在の更に斜め上のような男が目の前にいる。
『正義も悪も取らない』という選択肢がないヒト刺しにとって、蛇蜘蛛の言葉は理解できないのだ。

「…………ッ!! 俺とお前はッ、違う!!俺はお前じゃないんだ!!!」

マリーが一人零した言葉の通り、今の彼は「逃げているだけの臆病者」に過ぎない。
混乱する幼い頭は、背を向けた蛇蜘蛛に向けて、反論にすらなってない半ばやけくそ気味の答えを弾き出した。
――項垂れるヒト刺しの元へ、蛇蜘蛛と入れ替わりに、鞘を片手に倉橋冬宇子が歩み寄る。
紅く艶やかな唇を歪め、あらん限りの憎しみをヒト刺しへと向けていた。

8 : ◆PAAqrk9sGw :12/05/15 22:31:08 ID:???
>「森岡草汰……!私はお前を救いたいんじゃない。お前みたいな甘ったれの駄々っ子は大嫌いさ!
 ただ……お前が自分の罪に、どう始末をつけるのか――それを見てみたいのさ!
 ヒト刺し――いや、森岡草汰!
 お前はその手で何人、人を殺めた?
 タタリ神に操られていたから、自分に罪は無いとでも言うつもりかい?
 それとも、お前自身の手で犯した罪に真っ向から向き合うか………?
 どちらにしろ、それは、お前自身が背負っていかなきゃならない『業』だ。
 ええ?どうするつもりだい?正義漢の坊や…?
 タタリ神の威を借る『ヒト刺し』から『森岡草汰』に戻って、お前の『覚悟』を見せてみな!」

鳥居少年が創り出す巨大な火球を背に、薄い笑みさえ浮かべ倉橋は動けないヒト刺しに肉薄する。
ヒト刺しがゆっくりと頭を上げるのと、倉橋が鞘を振り下ろすのは同時だった。

【祟神サイド】

一方の祟り神は、いぐなの残り少ない生命力を吸いつつ冒険者達の様子を伺っていた。
放出した炎の大半は、鳥居が発生させた火炎の竜巻により天上に巻きあげられる。
その炎から僅かに漂う土地神の気配に祟り神は舌打ちした。厄介な味方を手につけられてしまった。

>「そんなの子供だましです。森岡さんの記憶から鵺の幻覚技か何かを模倣しているんでしょ。」
>「ハズレはオメーの方だよ、ゴキブリ野郎。ちょっと考えてみりゃ分かる事だ」
「………………………………………………………………」

男衆二人の答えを聞いても無反応。というよりも、二人が向けてくる表情に物足りなさそうな様子を見せた。
祟り神としては、脈絡の無い無意味な謎掛けで冒険者達を惑わせ、狼狽えるか怒り狂う様が見たかったのに。
だが彼等の反応を見るに、彼等はまだ「自分達を倒す真の方法」に気付いていない。
ならば勝機はこちらにあると思われた――が。

>「問題だ?そんなことどうだっていいこれでお前の首を掻っ切ればそれで終わる。」

じり、とマリーが一歩祟り神へと進む。そして一歩、また一歩。
未だ祟り神の周囲に残る毒の炎を突っ切り歩み寄って来る。呼吸の度に殺気を膨らませ。
祟り神はそれを見て悦楽に歪む。穢れた悪感情を喰らう祟り神からすれば、マリーの怒りは喜ばしい物以外の何物でもない。

>「お前は、依り代の森岡草汰の負の感情を餌にして、この世に顕現している…!
 つまり、お前がせっせと煽っては貪っている、森岡草汰の憎悪こそが、お前の血肉なのさ!
 お前が餌として啜り続けている、森岡の憎悪を全部、あいつの心に返してやったらどうなる?」

彼女は気付いていたようだ。自分を倒す術を。別の影へ逃げようとしたが、動きがもたつく。
それは他ならぬ頼光の牡丹の花がヒト刺しを取り込んだせいなのだが、祟り神はそれに気付かず焦りを見せる。
倉橋が鞘を手に、マリーは自らの短刀を手にそれぞれ肉薄する。
マリーは籠手に仕込んだ短刀――鵺を貫いた妖刀だ――を射出させ、その刃先は祟り神の顔へ向かう。
それを紙一重で避け、意識がそちらに向いた一瞬。鳥居少年が創り出した火球が降り注ぐ。
同じ火の属性とて、土地神と神力の力を併せ持つ力に抗いきれる程祟り神は強くない。
咄嗟に同じく火球を作り出し防いだものの、火力負けし、灰色の煙の中でブスブス音を立て、体がぐらつく。

「あぐッ……………!!」
>「死ね、外道」

隙を見せた直後、倉橋がマリーへ投げ渡した短刀が、祟り神の錠前を貫く――――――!

9 : ◆PAAqrk9sGw :12/05/15 22:32:09 ID:???


『――――――――ガァア、あぁっ………ぎぃい…………!!』


結果として――祟り神は口からドス黒い血痰のような物を吐き出した。今までに培ってきたヒト刺しの憎悪のなれの果てだ。
吐き出す物は止まる気配は無く、目から、耳から、皮膚を突き破ってあらゆる所から、ドロドロとした黒い物が溢れ出す。
黒い半液状の物は地面に触れると熱を発したようにジュウッと音を立て、土や草を腐らせ蒸発していく。
そしてそれらを吐き出す度、祟り神の体は小さく萎んでいく。

しかし、貫かれた筈の祟り神は、片膝をついたまま――――自分を突き刺したマリーを見上げ、歪んだ笑みを浮かべていた。
全身が疫を患ったように徐々に腐り縮んでいくが、そんな事もお構いなしに「嗤っている」。

『ヒ、ひひヒ……間一髪ってトコだったなァ……ヒトサシィ……………』

そう言って祟り神(だったもの)が振り返る先。
鞘を持つ倉橋の手首を、間一髪のところで剥き出しの右腕で掴むヒト刺しの姿があった。
鞘の先はあとほんの数寸先で食い止められている。暗澹とした緑の双眸がギロリと倉橋へと向いた。

「…………俺は、誰かに救われたい訳じゃない」

虚ろな瞳で語る口調は、それはどちらかと言えば自分に言い聞かせるような口振りだった。

「自分が背負った人殺しの業を、投げ出すつもりもない」

倉橋の腕を押し退け、全身を捻り出す。残った左腕は頼光の襟首を掴み、乱暴に引き摺りだした。
倉橋の手首を掴む力を強め、もし冒険者達がこちらに肉薄するならばと頼光を盾代わりにする。
そうして牽制を利かせておきながら、言葉を続ける。

「俺は誰に何と言われようと、最後まで『俺の証明』の為に『世界を壊す』。それは変わらない事実だ。
 そして言った筈だ。『森岡草汰』はもう居ない。そんな男は俺が殺した、『もう居ない』。俺は俺だ。
 例え祟り神の力を失ったとしても、『森岡草汰』が戻る事は二度とない。永遠に、絶対に」

不意に言葉を切り、倉橋の耳元に顔を近づけ、

「―――――――さくらは元気か?」
と、囁いた。

「雪生さんは?岸さんは?玉響のオバサンは?みどりやヨロイナイトの奴は最近顔を見てないなァ……葦高センセはまだ現役でいるか?」
低く笑うと、ぱっと身を離す。にやにやと壊れたような笑みを浮かべるも、すぐその笑みは消え失せる。

「最初はこの山の住民達だ。その次は麓の村の奴等、それから冒険者として関わった連中……。
 無論、アンタ達も……『森岡草汰』を証明する奴は皆、潰す。俺が、この手で、核実にだ。
 俺は祟り神と出逢って知った。所詮俺が得ようとする幸せとやらは、俺を証明してくれるものじゃなかった。
 
 俺が俺であることを証明するものはただ一つ、『痛み』だ。森岡草汰を消し去って、全てを捨て、全てを背負う痛みだ。
 痛みが、まどろむような偽りの幸せに身を任せて、偽りの証明に満足しきって融かされそうになる俺の目を覚まさせてくれた。
 だから俺は、例え死ぬより辛いことがあったとしても、この痛みを背負ってずっと生きていく。死ぬまでずっと。
 それが俺の覚悟だ。

 ――――そうすることで、生まれてしまった罪から、俺は救われるんだ」


10 : ◆PAAqrk9sGw :12/05/15 22:32:32 ID:???


そう言って、ヒト刺しが今までに見せた事の無いような、本当の意味で安らかな頬笑みを浮かべた一瞬――――


目にも留まらぬ速さで黒い半液状を伴った祟り神が這い寄り、ヒトサシへと覆い被さった。
ヒト刺しの左手から滑り落ちるように頼光は投げ出され、ドス黒い祟り神はヒト刺しを飲み込み、姿を変えていく。

『そういう事だ、人間共ォ! お前等は生かしちゃ帰さないぜぇ、絶対になぁあ〜〜〜〜ッ!!』

祟り神が枯れかかった声で叫び、未だ尽きぬヒト刺しの憎悪を糧に巨大化していく。
その様はまるで、黒い炎が柱となり、天上へと突き刺さらん勢いだ。更に陽炎のように、身をくねらせている。
鳥居少年の力の一部となった土地神の意識もそれを目撃し、鳥居少年に囁きかけた。

『少年よ、どうか御気を付けて!祟り神は着実に弱まっていますが、手負いの虎ほど強くなると言います。
 彼は蛇少女とヒト刺しの残りの穢れを吸収して、一気にケリをつけるつもりです!』

言われればいぐなの姿もない。状況からみて祟り神に取り込まれたと考えて良いだろう。
耳を覆いたくなる、沸騰するような音を立て、その姿は奇怪な物へと変化していく。
鬼のような面構えに鴉のような曲がった嘴、半透明の蛇の胴体、出来そこないの鴉の両翼を併せ持つ全長1丈6尺(約4.8メートル)ほどの怪鳥となった。

知る人ぞ知る怪物――――名を以津真天。
その胴体には、今までヒト刺しや祟り神に殺されたであろう数多くの人間達の顔が浮かび上がっていた。

空気を揺るがす程の奇声を上げ、以津真天は胴体をくねらせ冒険者達に襲い掛かる。
或いは巨大な嘴で飲み込まんと、或いは剣のように鋭い三本の足の爪で斬り裂かんと。
喉の奥から腐臭と悪臭を振り撒き、憎悪を促進させる毒の炎を噴く。
だがその動きは愚鈍で、体の造りも脆く、痛覚も存在する。斬りつければ黒い半液状の物が飛び出し、縮んでいくことだろう。

透けて見える胴体の中では、ヒト刺しといぐなが胎児のように丸まり、眠っているかのようだ。
ヒト刺しの方は服が破け、錠前が剥き出しになっている。
何かしらの手段で直接体内に侵入し鞘を差し込めば、以津真天は急速に力を失い消失するだろうと土地神の意識は助言する。
以津真天の力の源はあくまで、ヒト刺しなのだから。


【祟り神弱体化→成功 ヒト刺し側→鞘の差し込みに失敗】
【祟り神、ヒト刺しといぐなを取り込み最終形態・以津真天モード】

11 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/05/16 22:58:57 ID:???
それは唐突だった。
霞がかった頭はますます朧気になり、もはやどこまでが自分なのかもはっきりとしない感覚。
揺蕩うような心地よさで頼光はその存在そのものが無に帰そうとしていたのだ。
だが唐突に襟首を掴まれ、引っ張られる感覚と共に意識がはっきりと舞い戻る。
それは意識だけでなく、拡散しつつあった頼光の肉体にも同様にいえる事だった。

そして地面に叩きつけられた時、体と意識は一気に覚醒した。
今まではっきりしなかったものがはっきりとわかる。
舐めた土の味、鼻孔を刺激する異臭、肌で感じる騒乱の空気。

あわてて顔を上げるとそこは文字通り修羅場であった。
異形の化け物と対峙する冒険者たち。
傍に散らばる白い石とごっそりと抉られたような一本の木。

ここに至る経緯ははっきりと把握できないが、何はともあれ自分は戻ってきたのだ。
だが頼光は本当の意味で自分が戻ってきたことを知らない。
周囲の者たちの方が判るだろう。
牡丹の木からヒトサシに引きずられ出てきた頼光はそれまでの頼光とは全く違ってしまっていた事に。
まずはなかったはずの左腕がしっかりと指先まで生えている。
見た目もかなりやつれているが、それらの事がどうでもよくなるほどの変化。
それは頼光から神気も霊気も感じられなくなっている、という事なのだ。

見に宿した霊花も、頼光を悩ませていた唐獅子の気配も全くない。
言うならば元のただ一人の人間であった頼光に戻っていたのだ。

生還した頼光にそれを確認する術も時間もありはしない。
異形の怪物と化した祟り神、以津真天が奇声を上げながら冒険者たちに襲いかかってきたのだから。
無論その冒険者の中に頼光も含まれている。

「なんだこりゃあああああ!!!」
吹きつけられる毒の炎に転がるように牡丹の木の後ろに逃げる頼光。
本来ならば木の後ろに隠れたくらいで防げるようなものではないはずなのだが、毒の炎がそこに及ぶことはなかった。
ヒトサシと頼光が脱出したことによりぽっかりと空いた幹のウロ。
まるで大きな口のように毒の炎を吸い込んでしまったのだから、
吸収するはずだったヒトサシと頼光の代わりと言わんばかりに貪欲に。

炎が及ばなかったことにより頼光の気持ちに若干の余裕が生まれる。
木の後ろから少しだけ顔をだし以津真天を覗き込む駄立った。
「なんだか知らねえがこの木の後ろなら大丈夫そうだな。
それにしてもなんだあの化け物は、気持ちワリイ。
何がどうなってんだって……ありゃあ…!」
以津真天を観察し、半透明の動体の中に一組の男女を見つけたところで毒の炎を吸収していた木が突如として破裂し、二つに折れてしまった。
衝撃に転がりながらも自分の見たものを確認するために再度顔を上げ、驚愕の声を上げる。

12 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/05/16 23:00:39 ID:???
「おおおお!森岡草汰!食われてるじゃねえかあああああ!!!」
危険を忘れ立ち上がった頼光に牡丹の木からあふれた毒の炎が降りかかる。
だが毒の炎は頼光の足元の白い石に吸い込まれ、その意思はわずかに色を濁していった。
それを見た頼光は足元の白い石をかき集め、懐に入れ、両手に持って以津真天に走って行くのだ。

「森岡草汰あああ!おめー食われてんじゃねえよ!
この俺様にざまあみやがれって言いっぱなしで終われると思うなよ!
俺の知っているお前がいねえだあ!?だったら俺の中のお前はなんだってンだ!
大体自分で決めたとか言ってる癖に全然自分で決めてねえじゃねえか!
全部痛みで押し付けられてもんじゃねえか!!!」
もはや自分で何を言っているかもわからない。
そしてなぜ号泣し、絶叫しながら言葉を発しているかも。
そもそもなぜこれほどまでに頼光が森岡草汰に感情をあらわにし拘るのかも。

木の中で意識に触れられたと同様に頼光も触れているのだ。
それは意識が溶け合い混ざり合ったともいえる。
意識の共有を果たした頼光は森岡草汰とは実の親より共感をする相手なのだから。

「食われて死んでたらお前の恥ずかしい秘密全部ばらすぞ!
おねしょ何時までしていたとか!金○にほくろがあるとか全部よおお!」
霊力も神気も失った頼光が以津真天に肉薄できたのは他の冒険者たちの助けと白い石のお蔭であろう。
万病を吸収する白い石が瘴気や毒の炎を吸収しくれたからだ。

「おらあああ!!!出てこいなんて言わねえ!引きずり出してやる!!!」
ブヨブヨとした気持ち悪い腹に両の拳を叩きつける。
拳は力なくともそこに握られているのは白い石。
穢れそのものともいえる異形の腹を閃光と共に穿っていった。

「おらあああああ!!!!ぼぅあああああああ!!」
大きく穴をあけたところで意思は完全に黒くなり、穴からあふれる半液状の物が飛び出し頼光を吹き飛ばす。
粘液にまみれた頼光は大きく吹き飛び、周囲に懐に入れていた白い石をまき散らし倒れながら呻いている。


一方、毒の炎を吸収し破裂した木だが、急速に生気をなくし朽ちていく。
大輪の花を咲かしていた牡丹も木から落ち、鮮やかな色を失いつつあった。

13 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/22 18:40:21 ID:???
>「…………俺は、誰かに救われたい訳じゃない」

説得は通じなかった。

>「自分が背負った人殺しの業を、投げ出すつもりもない」

森岡草汰は倉橋と頼光を盾に、木の中から完全に脱出した。

>「俺は誰に何と言われようと、最後まで『俺の証明』の為に『世界を壊す』。それは変わらない事実だ。
  そして言った筈だ。『森岡草汰』はもう居ない。そんな男は俺が殺した、『もう居ない』。俺は俺だ。
  例え祟り神の力を失ったとしても、『森岡草汰』が戻る事は二度とない。永遠に、絶対に」

蛇蜘蛛は脇差の柄で無造作に頭を掻きながら、彼の言動に顔をしかめていた。
と、森岡草汰はなにやら倉橋に囁きかけているようだった。
彼らと比較的近い距離にいた蛇蜘蛛は、その一部を聞き取る事が出来た。

>俺が俺であることを証明するものはただ一つ、『痛み』だ。森岡草汰を消し去って、全てを捨て、全てを背負う痛みだ。
>痛みが、まどろむような偽りの幸せに身を任せて、偽りの証明に満足しきって融かされそうになる俺の目を覚まさせてくれた。
>だから俺は、例え死ぬより辛いことがあったとしても、この痛みを背負ってずっと生きていく。死ぬまでずっと。
>それが俺の覚悟だ。

>――――そうすることで、生まれてしまった罪から、俺は救われるんだ」

「……そうかよ」

蛇蜘蛛が小さく声を零す。
これまでにないくらい熾烈で尖鋭な苛立ちの篭った声を。

「あぁ分かった。いいぜ、オメーにとってその『痛み』とやらが『救い』だっつーならよ」

呟きと共に、霊気が迸った。
神獣、白蛇を殺めた事によって受けた呪いが瞬く間に蛇蜘蛛の全身を駆ける。
全身が白く硬質な鱗に覆われて、眼には毒々しい黄色が浮かび上がり、呪われし者の悍ましい姿が露になった。

「望み通りにくれてやるよ、これ以上ねーくらいの痛みをな」

呪いは限界まで解放されている。
今、彼の体は限りなく蛇に近いものに作り変えられていた。
多重関節の数も人の外見を保ったままの時とは比べ物にならない。
それが一度きりしか使えない手品まがいの忍者刀を、必殺の一撃へと昇華させる。

「よう姉ちゃん。さっきの推理、お見事だったぜ。
 そんでもって、えーっと……くにつかみがどうとか、いんしがどうとか、アンタもしかしなくても『その道』の人間だろ?
 だったらちょいと、手を貸してくんねーかな」

そう言って蛇蜘蛛は周囲を見回す。
彼が樹上からこの場に降りてきたのは、なにも森岡に説得を試みる為だけではない。
ここには大量の短刀があるのだ。先ほど森岡草汰を牽制する為に使い切った短刀が。

「ここらに散らばってる俺の短刀によ、一丁、霊力って奴を込めてやって欲しいんだ。
 俺ぁどーも、霊体を相手にすんのが苦手でさ。
 それに……アンタは女だ。あんなバケモンの前に立たせたかねーってのもある」

それもやはり蛇蜘蛛自身が『気分が悪い』からだ。
とは言え勿論、彼の倉橋を気遣う気持ちに偽りはないが。

14 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/22 18:41:00 ID:???
「ま、後はここで気張らねえとマジで俺が良いとこなしってのもあるんだけどな。
 ……とは言え、どうしたもんかねえ。姉ちゃん、斬って刺してで倒せると思うか?アレ」

蛇蜘蛛にはそのバケモノが以津真天だという事は分からない。
が、それでも「なんかすっげーヤバそう」という事くらいは十分に理解出来ていた。

>「おらあああ!!!出てこいなんて言わねえ!引きずり出してやる!!!」

蛇蜘蛛が倉橋に語りかけ、悩んでいる内に、頼光は既に以津真天に肉薄していた。
そうして不格好ながらも以津真天の腹を殴りつけて、拳大の穴を穿つ。

>「おらあああああ!!!!ぼぅあああああああ!!」

「……何やってんだ、アイツ」

直後に溢れ出した汚泥のような液体に吹き飛ばされる頼光を見て、呆れ気味に蛇蜘蛛が呟いた。

「とは言え、少し希望が見えてきたぜ。穴をぶち開けりゃ中身が噴き出る、ってえこたぁ生き物となんら変わんねーな!
 そんじゃま、やってやろうじゃねえか!」

そう叫ぶ彼の態度は自信満々過ぎて、見る者には逆に不安を感じさせるかもしれない。


【殺る気満々?】

15 :倉橋 ◆OqXlAyh5Xc :12/05/24 20:42:37 ID:???
*   *   *

母が亡くなって数ヵ月後、倉橋冬宇子は、父の生家である京都の倉橋家に引取られることになった。
倉橋家当主賢臣(かたおみ)は、峻厳な顔付きの冷徹な人物であったが、
後見人としては十分大切に冬宇子を養育してくれた。
家憲を破って廃嫡された元継嗣の娘を本宅に入れることに反対もあった筈だが、決して粗末な扱いを受けることはなく、
冬宇子は、倉橋の邸宅で、賢臣の息子晴臣と机を並べて、陰陽師としての教育を施されて過ごしたのである。
しかし、邸宅を訪れる縁者や使用人たちが冬宇子に向ける、慇懃な態度とは裏腹の、侮蔑の篭った視線が、
ここが冬宇子の『居るべき場所』ではないことを悟らせた。
彼らの目は如実に語っていた。―――下賤な歩き巫女の娘ふぜいが…汚らわしいケモノ憑きの女が、
この陰陽道の名家の敷居を跨ぐなど、有り得べからざることだと。
そうした視線を、冬宇子は徹底して無視した。
怒ることも悲しむ事もせず、気づかぬ振りを決め込むことで、自尊心を守ったのである。

―――自分をこの家に招いたのは当主の意思だ。
堂々としていればいい。使用人の蔑みなど気に掛ける必要はないのだ。
母を失い、帝都のどん底で、みじめな暮らしを強いられたであろう自身の境遇を考えれば、
子爵家の客分として、邸内に一室を与えられ、華族の子弟と同等の教育まで受けさせてもらえる
この生活を得たことは僥倖に他ならない―――そう自身に言い聞かせて過ごした六年間だった。

やがて十八の誕生日を迎えた冬宇子は倉橋家を離れ、母と最期に暮らした帝都に舞い戻った。
陰陽道に優れた才覚を発揮していれば、陰陽寮の官吏となって国に仕える道もあったのだが、
冬宇子の実力は、到底それに及ぶものでは無かった。

帝都に出てからの冬宇子は、空気のように自由な身の上だった。けれどもそれは空疎な自由であった。
もはやこの世に、誰一人、身内と呼べる者は居ない。
心を裡を打ち明けて話せるような深い付き合いを望まないため、
仕事仲間や遊び友達は出来ても、友人と呼べるような者も、一人も居ない。
もとより自分が、愛情を得る資質に乏しい人間だということは理解している。
仮初の恋情を交した男達も、決して添い遂げることはない、破滅的な結末が透けて見える相手だからこそ付き合えた。

何の使命も持たず、何の目標も無く、自分自身以外に生きる寄る処(よるべ)は何一つ無い。
何処で何をしようと、どう生きようと、全くの自由だった。
この広漠たる帝都にたった一人。冬宇子は、大海原で方向を見失った小船のように、
蜃気楼の如き一時の享楽を求めては、ふらふらと、空虚な生活を送り続けていた。
愛すべき対象は自分しかいない。執着するものは、自分自身の存在を置いて他にはない。
冬宇子は自分の為にだけ、好きなように生きていれば良かった。

*   *   *

16 :倉橋 ◆OqXlAyh5Xc :12/05/24 20:44:28 ID:???
>>6-10
双篠マリーが短剣を、冬宇子がその鞘を――互いの標的に向けて振り上げたのは、ほぼ同時だった。
―――そして振り下ろす!
マリーの剣が、タタリ神の胸の錠前に突き刺さり……
しかし、金細工の鞘を構える冬宇子の腕は、虚空で止まったまま動かない。否、動けないのだ。
鈍く光る鞘の尖端が、森岡の心臓の手前、わずか一寸足らずの位置で、凍りついたように静止している。

>『ヒ、ひひヒ……間一髪ってトコだったなァ……ヒトサシィ……………』

渾身の力を込めても、切っ先が胸の錠前に届くことはない。
標的を突き刺す興奮に、我を失っていた冬宇子は漸く気づいた。手首に感じる強い握力を。
逞しい手が、女の細い手首をしっかと握っている。
と、大樹の縛めを脱した森岡が、掴んだ手首を捻り上げるようにして、軽々と冬宇子の身体を吊り上げた。
丁度、自身の顔と同じ位置まで吊るし上げた女の顔を見つめて、森岡は口を開く。

>「…………俺は、誰かに救われたい訳じゃない」
>「自分が背負った人殺しの業を、投げ出すつもりもない」
>「俺は誰に何と言われようと、最後まで『俺の証明』の為に『世界を壊す』。それは変わらない事実だ。
>そして言った筈だ。『森岡草汰』はもう居ない。そんな男は俺が殺した、『もう居ない』。俺は俺だ。

冬宇子は苦痛に呻いた。
万力のような力で締め上げられる手首を中心に、灼熱の痛みを伴って、肌がどす黒く変色していく。
激痛に身を捩りながらも言葉を発することが出来たのは、
愚かで浅ましいと軽侮する男に、彼自身の愚かしさを知らしめ、一矢報いてやりたいという矜持ゆえか。
歪めた口元に嘲るような笑みを浮かべて、冬宇子は吐き捨てるように言った。

「ふん……!お前はどこまでも、あの愚かしい『森岡草汰』だよ…!
 お前が『俺は俺だ』と言い張るお前の存在は、結局『森岡草汰を否定する』こと以外に何の証明も持たないんだからねえ!
 森岡草汰であることの反証明がお前ならば、森岡草汰なくしては、お前は存在し得ない!」

血走った目が森岡の顔を睨みつけている。
苦痛のあまり噛み切った唇から、紅い血が一筋流れ落ちた。

「……『世界を壊す』ことが『俺の証明』だって?
 笑わせるねえ!『証明』なんてものが無けりゃ自分自身の存在さえ認められないのかい!?
 お前が『俺は俺だ』って言い募るように、私だって『私は私』さ!
 私は自分の存在に証明なんて要らない!『私がここに居て生を望んでいる』その事実だけで十分だ!
 自分を認められないお前の前で、私は私であることを誇るのさ!
 誰に否定されようと、そんなこたァ知ったことじゃない!私は私を全力で肯定してやる!!!」

冬宇子の脳裏に、こちらを見つめる七、八歳の少年の姿が浮かんだ。
それは、手首を握る手から肌を通して伝わった、森岡草汰の想念であったのかもしれない。
痩せこけた身体、虚ろな緑の双眸。
家族も無く、友人も無い。誰からも愛されず、愛すべき相手も居ない。
自分自身の存在の他は、何ひとつ持っていない孤独な少年――その乾いた表情に、うっすらと女の顔が重なった。
それは、紛れも無い、冬宇子自身の顔だ―――そう気づいた刹那、
冬宇子は、掴まれていた手首を離されて地面に崩れ落ち、直後に耳元で囁く声を聞いた。

>「―――――――さくらは元気か?」

17 :倉橋 ◆OqXlAyh5Xc :12/05/24 20:47:40 ID:???
眼前、冬宇子の顔の直ぐ手前に近づけられた男の顔からは、それまで全身を満たしていた憎悪が抜け落ちていた。
強面の純朴そうな印象のその顔は、タタリ神の依り代――ヒト刺しとなる前の森岡草汰そのものだ。

>「雪生さんは?岸さんは?玉響のオバサンは?みどりやヨロイナイトの奴は最近顔を見てないなァ……葦高センセはまだ現役でいるか?」

頭の中に、新たな想念が流れ込んできた。
走馬灯のような記憶の断片と共に、森岡草汰の思いが伝わってくる。
目を合わせると、含羞んで微笑むお下げ髪の可憐な少女。大きな目を見開き、目の前の男に詰め寄る怒りの表情。
鈴を張ったように光る猫の如き瞳。耳を被う柔らかな飾り毛もいとおしい。
未だ恋慕にも届かぬ、みずみずしい想い――――
そして、森岡を友と慕う男の信頼の篭った眼差し、親しげな笑顔――――……

冬宇子は、雷に打たれたような衝撃を感じた。
この青年は、ちゃんと、愛おしい者を見つけている。自分にとって大切な存在を得ようとしている。
禍々しい力を持つ忌子として生を受けた男の、満たされぬ愛情を求めての必死の足掻きは、無駄ではなかったのだ。
それは、最初から得られぬと、求めることを放棄した冬宇子には、決して得られぬものであった。

森岡の想念を通して、軍服姿の青年の顔が目に浮かんだ。
『この世界に、自分と愛する人がいれば、他には何も要らない』―――『愛する人を守るために戦う』―――
満身創痍の身体で、そう語ったあの男――――……
ただひとりの人を、想って、想って、想って―――あんな風に誰かを愛せたら―――………

そうだ、愛される資質を持たぬが故に、愛さないのではない。怖れていたのだ。
自分には他者を愛する勇気が無い。愛を拒絶されることも、報われることすらも怖れている――――

冬宇子は、敗北感に打ち拉がれて愕然とした。
愛情を貪欲に求めるばかりで、信念も無ければ、自分が誇っていた『正義』の正体も知らぬ、
この空虚で浅ましい男が、自分が望むことすら諦めたものを得ようとしていたことに。
冬宇子は激しい嫉妬を覚えた。
 
>「最初はこの山の住民達だ。その次は麓の村の奴等、それから冒険者として関わった連中……。
>無論、アンタ達も……『森岡草汰』を証明する奴は皆、潰す。俺が、この手で、核実にだ。
>俺は祟り神と出逢って知った。所詮俺が得ようとする幸せとやらは、俺を証明してくれるものじゃなかった。
>俺が俺であることを証明するものはただ一つ、『痛み』だ。森岡草汰を消し去って、全てを捨て、全てを背負う痛みだ。
>痛みが、まどろむような偽りの幸せに身を任せて、偽りの証明に満足しきって融かされそうになる俺の目を覚まさせてくれた。
>だから俺は、例え死ぬより辛いことがあったとしても、この痛みを背負ってずっと生きていく。死ぬまでずっと。
>それが俺の覚悟だ。

>――――そうすることで、生まれてしまった罪から、俺は救われるんだ」

再び憎悪を迸らせながら語る森岡を睨みつけ、薄笑いを浮かべて冬宇子は言う。
それでも、屈辱のあまり震える体を止めることは出来なかった。

「『生まれてしまった罪』…?そんなもの、この世にありゃしない……!
 痛みで罪を禊ぐ…?全てを背負って生きる…だって?
 自分の宿命を哀れんでいるだけ男が、特別に何かを背負っている気になってるんなら、お笑い草だ!!
 お前は、森岡草汰を否定することで、あの男の浅ましさから…子供じみた愚かしさから…逃れようとしているだけさ!
 過去の自分を否定したところで、本質は何も変わりゃしないのにねえ!」

その時、影を伝って忍び寄ったタタリ神が、森岡の身体に覆い被さった。
黒いゲル状の身体に森岡を取り込むと、二人は溶け合い、蛹の中で変体する蝶のように姿を変えていく。
鬼面に突き出す曲がった嘴、半透明の腹、鴉の如き黒い羽……「いつまで――いつまで―――」という特徴的な鳴声。
鵺と同じ闇の眷属の魔性――『以津真天(いつまでん)』。
南北朝時代の幕開けに、世の紛擾を煽るように、毎夜、紫宸殿の屋上に現れ、
疫病を流行らせては、巷間の恐怖の的になったという伝説の怪物。
一説によると、無念の思いを抱えて死んだ怨霊の集合体とも云われる異形が、目の前に顕現している。

「……紛い物の鵺の次は、出来損ないの鵺モドキかい……!」

醜怪な魔物の出現に、眉を顰めて冬宇子は呟いた。

18 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/05/24 20:51:45 ID:???
>>13-14
炎を吐く怪鳥を前に茫と佇んでいた冬宇子は、何者かに岩陰に引き込まれた。
腕を引いたのは蛇蜘蛛幸太だ。
怪鳥――以津真天は、木の陰に身を隠して喚き散らす頼光に気を取られている。

>「よう姉ちゃん。さっきの推理、お見事だったぜ。
>そんでもって、えーっと……くにつかみがどうとか、いんしがどうとか、アンタもしかしなくても『その道』の人間だろ?
>……とは言え、どうしたもんかねえ。姉ちゃん、斬って刺してで倒せると思うか?アレ」

空を舞う怪鳥を目で追い、冬子宇は答える。

「以津真天―――恐怖を煽るだけの鵺の二番煎じみたいな妖怪さ。
 フン…タタリ神め……とうとう神格まで捨てたか……!
 アレはもう神の端くれですらない。この現し世で受肉した妖怪だ。肉体を破損すれば死に至る。
 アレを斃すのに、もう霊力なんて要りゃしない。
 天皇家が二派に別れた御世に、以津真天を倒した隠岐次郎広有は、鏑矢を射て、脇差で止めを刺した。
 あんたの刀が充分な効力を発揮する筈さ。」

ふっと蛇蜘蛛に視線を向けた。差し出した右手には、古めかしい『鞘』が握られている。

「あんたに渡しておく。あの男――森岡とタタリ神の紐帯を断つ『鍵』だ。
 これをあの男の胸の錠前に突き刺してやるんだ。
 私には出来なかった……資格が無かったってことかもしれないね…。」

そうして、歪んだ微笑を作ると、冬宇子は岩陰から飛び出した。
視線の先には、悍ましい怪鳥。
冬宇子の目は、半透明の腹の中で、胎児のように丸まっている男を見据えている。

「畜生……!これ以上お前に負けて堪るもんか……!!
 矛盾だらけの浅ましいお前に、私の存在まで侵させたりしない!!
 私は私を守ってお前を倒す!
 そして必ずや、自分の中の森岡草汰を消し去ったつもりで悦に入っているお前を引き摺り下ろして、
 『森岡草汰』として後悔させてやる!
 望むものを手に入れていながら、その始末もつけずに、存在を消して逃げようなんて許さない!
 森岡草汰…お前は自分の犯した罪で、ますます愛を得る資格の無い者に成り下がったのさ!
 …遊び半分に殺した死者の怨念を…遺された者の悲嘆と憎悪を!一身に受けて、慙愧の涙にくれて生きるがいいさ!
 親愛の情を交した者達に合わせる顔もないまま、正体のない正義を翳していた男がその手で犯した罪に慄くがいい!
 それが本当の『痛み』であり『禊』だ!」

帯に刺していた鉾先鈴の柄を引き抜き、霊気を送ると、シャンと澄んだ鈴音が響いた。
鈴音を刻み唱えるは、身体の裡に眠る外法神を目覚めさせる呪言。

「アハリヤ―――アソバスト マウサヌ――――
 外法の神、三輪の御山の女狼、夜の王、此れへ此れへ―――
 オリシマシマセ―――――――!」

手の中の鈴が地面に落ちると、冬宇子の表情は獣のそれに豹変していた。
掌を地に突き、紅い唇から狼の遠吠えが棚引く。
以津真天の吐く毒気の炎を避けて跳躍し、瀑布の脇の巨岩に降り立った冬宇子の影から、
闇を切り抜いて狼を象ったかの如き、およそ一丈(3m)ほどの獣影が顕れた。
これこそが三輪山に封じられた禍神の化生――三輪の神魔の映し身。
虚空に踊り出した獣影は、紙を裂くように細く身を裂き、裂けた部分から伸びる触手の如きものが、以津真天へと迫る。
その羽を捉え、動きを拘束するために。

【鞘を蛇蜘蛛に渡す】
【外法神を開放、触手状のものを羽に絡ませて以津真天の動きを拘束しようとしています】

19 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/05/28 22:32:15 ID:???
嘲笑うような笑みを浮かべる祟り神とは対照的にマリーの顔は鬼のように歪んでいる。
一瞬、何が可笑しいと怒鳴りつけようとした時、マリーは何かに気がつき、視線を上げた。
「…ッ!!!しくじったか」
森岡が自身の胸に鞘が刺さる寸でのところで食い止めてしまった光景が見えた。

------------------------------------------------------------------------------

「それがお前の救いの形か…」
怪鳥と化した森岡と祟り神の成れの果てを静観しながら呟いた。
その場で深く呼吸をし、マリーは目を閉じた。
先ほどよりも激しさを増している怒りとは別に冷たい感情が
自身の気を保たせていることがわかる。
先ほど森岡は自身を知る人間を皆殺しにすることで自分が救われると言った。
ならば、そのために死んだ人間を誰が救う?
残された家族の怒りはどこへ向う?
殺された人間の未来の価値は?
ふざけたことを抜かすな!そんな身勝手な理由で殺させてたまるか
お前の救いは、善人を喰らい私腹を肥やす外道を同じものだ。
「森岡草汰、お前を倒すべき悪と認識する」
目を見開き、マリーは怪鳥へ向って駆け出す。
毒の炎を切り払い、爪を交わして、そして、遂に眼前まで迫ることが出来た。
「お前のような外道は死に値しない。」
先ほど祟り神を突き刺した短剣で持って斬りつける。
狙いうは、先ほど頼光が穴だ。
「一切合財の救いも希望も叩き潰し」
泥にまみれようとも、マリーは傷口を切り開く
「一生許されるまま、朽ち果てるように死ぬまで生かしてやる」
ようやく手を伸ばせば、中に入っている2人を引きずり出せるところまで扱ぎ付けた
ところで、マリーは方膝を落す。
先ほどから放たれている毒の炎によって、体の限界がきてしまったようだ。
なんとか立ち上がり、朦朧とした意識の中、怪鳥の中へ手を伸ばす。
「とどけぇ…」
その声と共にどちらかの足を掴んだ瞬間、まるで糸が切れたかのように
マリーはその場に崩れ落ちた。
かすかに残る意識の中、自重によって誰かが引きずり出されたことを辛うじて認識することが出来た。

20 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/30 05:37:49 ID:???
>「あんたに渡しておく。あの男――森岡とタタリ神の紐帯を断つ『鍵』だ。
  これをあの男の胸の錠前に突き刺してやるんだ。
  私には出来なかった……資格が無かったってことかもしれないね…。」

「あぁ、任せときな」

倉橋の差し出した鞘を、蛇蜘蛛はしかと受け取る。
それをコートの懐、本来は短刀を収めていた場所に差すと、倉橋と共に岩陰から出た。
前言の通り、バケモノの前に女を立たせる訳にはいかないと、倉橋よりも前を行く形で。

「そうだ、姉ちゃん。今、一つだけ言っておきてえ事があった」

と、何かを思い出したように蛇蜘蛛は一度振り返る。
彼の眼差しは今までになく真剣で、

「アンタさっき……って、なんかまたすげー事になってるし!?
 やめてくれよ!ちょっと目を離した隙に色々豹変してんのはあのアホだけで十分なんだよ!」

けれども倉橋は既に外法神を呼び覚まし、獣のような様相を晒していた。
蛇蜘蛛は頼光が虎に変貌していた時の事を思い出しつつ、驚愕を叫ぶ。

「つーか……なんかヤバいんじゃねーの、これは!」

不穏な気配を感じて後ずさると同時、倉橋の影から獣影が浮かび上がった。
直後にそれが以津真天めがけ、幾条もの触手を放つ。軌道上に蛇蜘蛛がいる事もお構いなしに。

「だぁあやっぱり!あっぶねえ!勘弁してくれよ姉ちゃん!」

咄嗟にしゃがみ込んで影を回避して、届きそうにないと知りながらも抗議の声を上げる。

>「それがお前の救いの形か…」

そんな事をしていると――不意に、背後から冷厳な気迫を感じた。
怒りとはまた違う、いっそ怒りの方が生優しく思えるような、冷たい気配。
蛇蜘蛛が思わず振り返った先には、双篠マリーが立っていた。

「……なーんで綺麗どころ二人が、ああも揃っておっかないかねぇ」

ぼやきながらも、蛇蜘蛛はマリーが以津真天の相手をしている隙に、急ぎ周囲に散らばった短刀を拾い集める。
二十余の短刀を指の間に挟み、また摩擦力自在の鱗を利用して保持。
すぐさま以津真天とマリーの方へ向き直る。

マリーは確実に、迅速に、以津真天へと距離を詰めていた。
降り注ぐ炎を刃で払い除け、一本一本が鉈のように巨大な爪を紙一重で躱してのける。
その体捌きは――白兵戦の才に乏しい蛇蜘蛛には決して真似出来ない芸当だった。

「オイオイ、マジかよ……。すっげえなアンタ……!」

ついには以津真天に肉薄してその腹を裂き、溢れ返ってくる体液にも怯まず、傷口に腕を突っ込むマリーに、感嘆の声を禁じ得なかった。
そして彼女は以津真天の体内から一人を引きずり出した。
溢れ続ける体液のせいで、それが森岡草汰と「いぐな」、どちらなのかまでは分からない。
だが――だとしても今、蛇蜘蛛のすべき事は一つだけ。それは、

「そんなアンタを!クソッタレなバケモンに殺させる訳には、いかねえよなぁ!」

毒炎に当てられ倒れたマリーを、死なせない事だ。
彼女が掴んだのが森岡草汰だったとしても、彼とタタリ神の繋がりは未だ顕在。
力の源を取り戻すべく、そうでなくとも気絶した格好の餌が目前にいるのだ。
以津真天は間違いなくマリーを狙う。

21 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/30 05:38:24 ID:???
故に――蛇蜘蛛は一切の妨害を受ける事なく、行動が出来た。
足首を、膝を、腰を、背中を、肩を、腕を、全身を限界まで捻り上げる。
関節の一つ一つがぎりぎりと悲鳴を上げるほどに。弓を引き絞るように、極限まで力を溜め込む。

「薄汚えバケモン風情がよ!その姉ちゃんに触れる事は!この俺が許さねーぜッ!」

咆哮と共に、力を解き放った。
捻れの反作用と遠心力、全身を使って生み出された凄まじい加速――蛇蜘蛛の肩から先が不可視と化す。
そこから投擲される短刀は、尚の事。

蛇蜘蛛と以津真天、放たれた短刀は彼我の距離を一瞬で引き裂いた。
以津真天の体表に無数の穴が穿たれる。二十を遥かに超える穴。
短刀は突き刺さるだけでは留まらず、その体をいとも容易く貫通していた。
もしも中に取り残されたもう一人に当たっていたら、例え切先が掠めただけだったとしても肉が裂け、骨が絶たれていただろう。
傷口の一つ一つから体液を噴き出して、以津真天は瞬く間に体を縮ませていく。

「こいつもついでに!くれてやらぁ!」

蛇蜘蛛は全身をバネのように扱い、一足飛びに以津真天に肉薄。
そして腰の脇差を抜き放ち、稲妻さながらに振り下ろした。
紙切れ同然に引き裂ける以津真天の腹部――大量の体液が溢れ返る。
返す刀で更に二度三度と斬撃を加えた。

「気分的にはよぉー……このままオメーがくたばるまで、滅多切りにしてやりてーところだが。
 生憎、それは俺の仕事じゃねーんだよなぁ。オメーはあくまで寄り道みてーなもんだ」

襤褸切れのように成り果てた以津真天に、蛇蜘蛛は嘲りの言葉を吐きかける。
それから身を翻し、脇差も鞘に納め、以津真天をまるで無視して悠々と一歩、二歩。
彼が向かう先には双篠マリーと――森岡草汰が転がっていた。

「だ、か、ら……そこであっさりと死んでおくんだな。
 どこにでもいる雑魚みてーに、強敵の前の噛ませ犬みてーに、
 台所で見つかっちまったばっかりに叩き潰されるゴキブリみてーに、無様になぁ!」

いぐなの救出は必要ないと判断――どの道、以津真天が死滅すれば解放される。
蛇蜘蛛は森岡草汰の胸ぐらを左手で掴む。
右手は懐へ――倉橋に託された『鞘』を取り出す。
そしてそれを、森岡草汰を引き起こすと同時に錠前へと振り下ろした。

硬質な音――鞘は確かに、鍵穴に突き刺さった。
これでタタリ神は力の源を失う――蛇蜘蛛はその情報を信じている。
故にタタリ神の末路を見届けようとはしない。

彼には、彼にとって、もっと重要な事があった。
左手はそのままに、鞘を手放して右手で森岡草汰の頬を二度張る。
覚醒を促した後で、彼を地面に打ち捨てるように左手を離す。

「……よう、確か『痛み』こそ『救い』だったよな。お望み通りに、今助けてやるぜ」

猛毒を思わせる鮮やかな黄色の眼光が森岡草汰を見下す。
蛇蜘蛛の右手には、すらりと抜かれた鈍色に閃く重厚な刃。
それがゆっくりと振り上げられていき――切先が天上を差す。

22 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/30 05:39:05 ID:???
「何か、言い残す事はあるかい?」

一瞬の間を置いて、右腕が振り下ろされた。
無数の関節をしならせ加速する腕の先に、刃は見えない。
それほどまでに超高速の斬撃――違う。
蛇蜘蛛は本当に、刃を手にしていなかった。

そして響く三つの音――鈍く重い音、固い何かがひび割れるような音、小気味いい金属音。

「……いってえええええええええ!嘘だろオイ!鱗割れちまったんだけど!オメー、一体どういう骨格してやがんだ!」

蛇蜘蛛が悲鳴を上げた。固く握っていた拳を解いて、ぶんぶんと振り回す。
どこかで見た事のあるような醜態。

三つの音の正体は、彼の拳骨が森岡の横頬を殴りつけた音。
そのせいで彼の鱗がひび割れた音。
そして、これみよがしに振り上げた後で手放した脇差が地面に落ちた音だ。

「ま、まぁそれはとにかく……だ。気分はどうだ?森岡草汰君?
 何がなんだか訳が分かんねーってとこか?森岡草汰君!
 まさか本当にぶっ殺してもらえるだなんて、思っちゃいなかっただろうなぁ!森岡草汰君よぉ!」

森岡を見下ろし、不敵な笑みを浮かべ、蛇蜘蛛は煽り立てるように何度も彼の名前を呼ぶ。

「さーて、そんじゃ色々言いたい事を言わせてもらうぜ。
 まぁぶっちゃけ、もう殆どあの姉ちゃん達に言われちまったんだけどな。
 折角だからもう一度聞かせてやんよ!つーか聞け!」

人差し指を突きつけ、大上段から語り出す。

「オメーにとっちゃ、痛みこそが救いなんだろ?
 だったらオメーにとって最高の痛みは、一番の救いは……『森岡草汰』と呼ばれる事に、違いねーよな。
 あんだけその名前を嫌ってたんだからよ。……どうだい、予告通りだぜ」

予告――「これ以上ないくらいの痛みをくれてやる」
森岡草汰への得意げな問いかけを挟み、蛇蜘蛛の口上は更に続く。

「それにだな、オメーは森岡草汰は嫌いかもしんねーけどよ。森岡草汰の周りにいる奴らは、そう嫌いじゃねーんだろ?
 だったら、それでいいんじゃねーの?って俺は思う訳よ。
 オメーは森岡草汰として、なんだっけか……その、さくらとか、雪生だっけ?そいつらとツルむ。
 んでもってそいつらに森岡草汰と呼ばれる度に、いやそうじゃねー、俺は俺だと自分を再認識する。
 良い事尽くめじゃねーか。そう思わねえ?」

森岡草汰の反証明として自分を認識する――それは先ほど倉橋も言っていた事だ。
ただ一つ違うのは、蛇蜘蛛はそれを罵倒と否定ではなく、森岡草汰の新たな道として提示していた。

「そうすりゃその内、そいつらにも本当のオメーとやらが分かってもらえるかもしんねーし。
 逆にお前が『森岡草汰も』好きになれるかもしんねーじゃん?
 オメーはちょっと急ぎすぎなんだよ。お前の欲しがってる本当の自分とか、幸せとか、
 それって本当に人を殺さなきゃ手に入んねーモンな訳?
 時間をかけりゃあ、もっと別のやり方でも得られるモンなんじゃねーの?
 だとしたらよ……人殺しなんかせずに手に入れた方が、ずっと楽しいし後味いいだろ」

お前が間違っているとも、正しいとも蛇蜘蛛は言わない。
きっとそのどちらかで言い切れる事ではないだろうからだ。
ただ、もう一度よく考えてみたらどうだと、もっと時間をかけてみてもいいんじゃないかと、
彼の『本当の自分を得たい』という願いを折る事なく、収めさせる道を示した。


23 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/05/30 05:39:28 ID:???
それはかつてのように、偽りの幸せの中で融けていくだけの道ではない。
積み上げてしまった罪に阻まれるだろう、長い時間と強い意志が必要な、それでも報われるかは分からない茨の道だ。
痛みこそが救いだと言うのなら――その道こそが、森岡草汰には相応しいと。
彼が本当に救われる道なのだと、蛇蜘蛛はそう思っていた。

「それともう一つ……これは、単に俺がムカついたってだけの事なんだけどよ。
 オメーさっき、生まれちまった罪がどうのとか、言ってたよな」

言うや否や、蛇蜘蛛の左手が森岡草汰の顔を、口元を覆うように掴んだ。
そして彼を強引に引き寄せる。
自分の鱗にまみれた顔を、毒々しい瞳を見せつけるように。

「見えるだろ、この姿。これはな、俺が殺した白蛇の呪いだ。
 一生解ける事はねえし、いつ加減を間違えて、暴走して、俺が丸呑みにされるかも分かんねえ。
 しかも、だ。笑えねー事に、俺がこの呪いを得たのは、忍びとしてより多くの人を殺す為なんだよなぁ。
 忍びの里に生まれて、殺されたくねーけど、逃げる勇気もねーから、殺して殺して殺しまくったのさ。
 その事実も、一生消える事はねえ」

森岡草汰を放り捨てるように解放して、蛇蜘蛛は続ける。

「分かるか?罪ってのはな、こういうモンの事を言うんだ。
 生まれちまった罪だかなんだか知らねーけどよ。
 そんなモンよりも、殺しちまった罪の方が、比べモンにならねーくらい重いんだ」

濃黄の眼に哀れみの色が浮かぶ。
蛇蜘蛛には森岡が、かつての自分に見えていた。
彼の懊悩は蛇蜘蛛にとって他人事ではなかった。
出来る事ならもっと早く出会って、彼を救ってやりたかったと――どうしようもない後悔が脳裏をよぎる。

「オメーはもう、やらかしちまった。それは変えられねー。
 けど、これからどうすんのかは、まだまだ幾らでも変えられるだろ。
 もうやめようぜ。オメーは、どうあっても森岡草汰じゃいたくないのかもしれねー。
 でもよ、森岡草汰の周りにいる人間まで悲しませて、失望させて、殺して……そんな事をしてえのが、お前の言う『本当の自分』って奴なのかよ」

したいのか、したくないのか。
それは極々単純な質問だった。誤魔化しようがないくらいに。


【なげえ!】

24 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/06/01 18:16:01 ID:???
対峙する冒険者たちと崇り神。重なりぶつかりあう無数の視線。
張り詰めた空気の中で、鳥居は光る風を見た。さわさわと茂みが鳴り、
滝つぼから流れる川面が波立てば、どこかで咲く花の香りが鼻腔をくすぐる。

大輪の花を咲かせていた牡丹は、すでに鮮やかな色を失っていた。
倉橋の口からは真っ赤な血が流れ、そこから吐き出されたのは怨嗟の言葉。
続いて鬼神の如き動きで以津真天に迫ったものの力尽きるマリー。
そして、マリーを救出する蛇蜘蛛。土壇場に来て蛇蜘蛛は、水を得た魚のような活躍を見せていた。

ここで鳥居は想起する。対幻想という言葉を。

25 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/05 20:39:24 ID:???
 ○

『――、人ってえのは誰でも、水面に映る月をどうにか掬い上げようと何時も必死なのさ』

森岡草汰の意識の奥底で、そんな言葉を紡ぐ男の声が聞こえた。これが何時の記憶かも分かりはしない。
渦巻く記憶と意識の混濁の中から囁くような一声。だがその一言は妙に印象に残る。
意識の残骸が作り出した一場面は、朧月の夜空を映し出す水面と人影二つ。幼い草汰が訝しげに水面を見つめた。

『その月ってのは人によって形を変えて現れる。力、将来、愛、物欲、人、エトセトラ……つまり月は願望さ』

彼の意識は、揺らぐ水面の上の月に向けられた。銀色の満月は自分を映す鏡のようにも思える。
自分も欲しいものがあった。ありのままの自分を肯定してくれる人が欲しかった。
免罪符が欲しかった。歪み荒んだ己の心を癒してくれる何かが欲しかった。悩み傷ついた末に弾き出した答えは「最大限の否定」だった。
この世も家族も人も自分すらも否定することで、新たな自分を「肯定しようとした」。

>「森岡草汰あああ!おめー食われてんじゃねえよ! 」

その時だった。水面の銀色の月は本当の鏡のようにツルツルに光って、頼光を映し出した。
頼光の言葉に一瞬たじろぐ。その気迫に、言葉に、不意をつかれたように表情が歪む。

『……俺は、正しかったのだろうか』

『森岡草汰でないもの」は静かに、弱気げにそう呟いた。
今まで押し込められてきた元の自我は思考の時を止めたまま、あまりに幼すぎて、あまりに短絡過ぎた。
言われた言葉を鵜呑みにし、信じ込む幼子の頭のまま。醜悪で罪悪感を知らない心。
「森岡草汰ではない」という小さな嘘から始まった、名も無い少年の一人歩きは、重すぎる罪を背負うことになった。
その事実に薄々気づいていた心の隅に、小さな痛みが生まれ始めていた。

『俺は……確かに自分で決めたんだ……証明してやるんだって……何が何でも…………何を…………何を証明するってんだ?』

痛みが連鎖するように、少年の全身からは血が迸り出る。喀血し血涙を零し、己の身に降りかかる理不尽さに慟哭した。
心を刺すような罵詈雑言や視線に耐えても、正義の英雄を気取っても、結局欲しいものは得られなかった。
ならばいっそ……全て潰してしまえばよかったのか。命を奪うことに躊躇は無かった。生きる為ならば。証明の為ならば。
痛みに応えるように、月の表面は歪み、恫喝する冬宇子を映し出した。

>「畜生……!これ以上お前に負けて堪るもんか……!!
矛盾だらけの浅ましいお前に、私の存在まで侵させたりしない!!
私は私を守ってお前を倒す!
そして必ずや、自分の中の森岡草汰を消し去ったつもりで悦に入っているお前を引き摺り下ろして、
『森岡草汰』として後悔させてやる!
望むものを手に入れていながら、その始末もつけずに、存在を消して逃げようなんて許さない!」

『ひっ……!』

今まで見た中で最も恐ろしいと感じるならば今の冬宇子と言っても過言でない位に、少年を震え上がらせるには十分だった。
「こわい」。その一身で、己の体を抱きしめる。名も無い少年もまた森岡草汰の一部であるが故に、恐怖した。
必死に水面から遠ざかろうと足を引きずると、水面からはタタリ神を突き刺した短剣を手に、修羅の形相のマリーが現れる。

>「森岡草汰、お前を倒すべき悪と認識する」
>「お前のような外道は死に値しない。」
>「一切合財の救いも希望も叩き潰し」
>「一生許されるまま、朽ち果てるように死ぬまで生かしてやる」

『う…………うわぁあああああああああ!』

26 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/05 20:40:10 ID:???
恐怖、恐怖、また恐怖。少年は芋虫のように転がって逃げる。何時かの恐怖が蘇る。
海が荒れ狂い続けるあの日、海神様の怒りを買ってしまったと村の人々は口々に言い合った。
怒りを鎮めるならば生贄を捧げるのが真っ当よろしかろう。そして選ばれたのが、少年―彼だった。
許しを請う少年の必死の足掻きが村人たちに届くことは無かった。代わりに、憐れむように皆口を揃えてこう言った。

『異人のお前さが海神様の怒りを買っただ。この村で生まれちまったお前が悪いのだから、生贄になるのが道理ってもんだ』

今になって考えれば、それは只のこじつけに過ぎなかったのかもしれない。だが少年の心には一生外せない楔が打ち込まれた。
『生まれてしまった罪』――忘れようにも忘れられない、口にすることの出来なかった忌まわしい過去から飛び出した言葉だった。

『助けて!助けてよお!何でもしますから許して!ねえ!許してよお!謝るからあああ!』

必死の想いで、少年は傍にいたもう一つの影に擦り寄った。血塗れの手は最早、自身どころか沢山の人間の血で穢れきっていた。
手だけじゃない、頭から足の先まで、穢れと血に塗れて、誰の目から見ても救いようが無いほど。
そして縋り付かれた影の腕は、逞しい腕となって少年のか細い腕を掴んだ。

『何でもするから許せ……そう言って命乞いした連中をお前は何人殺した?十か?二十か?それ以上か?』

怒気を含んだ声で森岡草汰は少年を見下ろした。少年は殺した筈の存在に声も出せず慄く。
正義の青年の目は萌える若芽の如く爛々と輝いていた。左胸からは夥しい血を流しながら。

『俺は何度もお前を押さえつけてきた……支配されそうになる度、内に眠る炎で何度もお前を焼き尽くしてきた。その記憶ごと!
 お前が村で何をしたか忘れもしない!村中に火を付け憎い村人たちを殺し悪に身を染めようとした!
 今後ともお前は人を殺そうとするだろう。だから俺が生まれた。お前を止めようとした。何度も、何度も……! なのに、お前は……』

沸きあがるように蘇る記憶。家屋に火を付け、刃を人に向け、生まれ持った怪力で全て捻じ伏せようとした。
憎しみの赴くがままに自身がこれ以上罪を重ねぬよう生まれた自己防衛的存在――それこそが「森岡草汰」だったのだ!
養父によく似た正義感と冒険に対する飽くなき憧れや探究心で構成された人格は、全ては義父が少年を正しい道へと送り出すべく伝授した最大の防衛術だったのだ。

『お前が罪を重ねた以上、もう俺はお前を守ることは出来ない。多分、俺がお前を救おうとすれば、罪の重さに耐えかねてお前ごと壊れちまう……』

少年は、愕然とするしかなかった。思い知ってしまったのだ。自分があれほどまでに憎み続けた存在が自分を守っていたことに。
そして少年は考える。森岡草汰が居なくなれば、森岡草汰を証明するものを全て滅してしまえば自分を証明できると思っていた。
逆だったのだ。『森岡草汰なしに自分の存在を証明することは出来ない』のだと……そう結論づけた。

『そんな…………! やだ、俺……俺は……もう…………一人になりたくない…………!』

少年は泣き崩れるしかなかった。覚悟が生温すぎた。間違いに気づくのが遅すぎたのだ。
後悔に苛まれる少年は何時しか青年へと成長、否、戻っていた。森岡草汰は乱暴に青年を立たせ、巻きついた鎖を引っ張って水面へと引き摺っていく。

『痛っ何するんだ!放せ!放してくれ!嫌だ!』
『お別れの時間だよ。お前はあっちに戻るんだ。皆がお前をあっち側に戻したがっている』
『な、ならお前も!一緒に来てくれよ!守ってくれなくても良いから、だから……!』

懇願する青年に、森岡草汰は首を横に振った。
青年は言葉を出す暇も無いまま、逞しい手に突き飛ばされ、森岡草汰の柔らかな笑顔を最後に、水面へと頭から飛び込んだ。

『悪いが、俺は行けない。壊れちまうとしても、最期までお前を守るのが俺の役目だから』

その言葉が届くことは、無かった。

        ○

27 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/05 20:41:09 ID:???

『ギィイイイイーーーーーーーーーーアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!』

以津真天に知性はほとんど皆無といっていい。ただ怒髪天を突く勢いで獲物達を愚鈍に追い回すのみ。
以津真天は咆哮する。腹を裂かれ、身を捩ろうにも外法神の触手によって羽を拘束され、全身の至る所を短刀が突き抜ける。
裂かれ貫かれた箇所からはゲル状の体液がとめどなく溢れ出し、地に落ちれば煙と共にジュウジュウ音を立てて土地を汚していく。

『クケェエーーーーーーーーーーーッ!!』

腹を裂かれた場所からヒトサシが引き摺り出されれば、勿論のこと以津真天が見逃す筈がない。
マリーごと奪還を狙うも、それも蛇蜘蛛によって阻まれた。仰向けに倒れるも、それでも執念で、倒れた身を引き起こそうとする。

>「気分的にはよぉー……このままオメーがくたばるまで、滅多切りにしてやりてーところだが。
 生憎、それは俺の仕事じゃねーんだよなぁ。オメーはあくまで寄り道みてーなもんだ」

蛇蜘蛛の足の向かう先を見て、これから起こるであろう未来を予測した以津真天は怒り狂う。止めろ、と叫んでいるようでもあった。
決死の思いで、まだ動く鉤爪を振りかざし、蛇蜘蛛の頭上へ振り下ろさんとする。

>「だ、か、ら……そこであっさりと死んでおくんだな。
 どこにでもいる雑魚みてーに、強敵の前の噛ませ犬みてーに、
 台所で見つかっちまったばっかりに叩き潰されるゴキブリみてーに、無様になぁ!」

果たして――――蛇蜘蛛の頭部を鉤爪が捌くより早く、硬質な音が静かに響いた。
轟々と流れる滝の音すら聞こえなくなったかのような一瞬、以津真天はしかと見た。ヒトサシの錠前に突き刺さった鞘を。
自らの終わりを悟った瞬間、以津真天の体は泡を立て音を立てて蒸発していく!

『ギッ……アアアア亜アアアア阿嗚呼アアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!』

ぶくぶくと泡に飲まれるように巨体は消えていく。体液はそこかしこに飛び散り、裂けた腹からいぐなも解放された。
異形のカミモドキは言葉にならない断末魔を上げながら――やがて、小さくなって半液状の黒い塊となって黙したのだった。

  ○

「いっ……!」

二発、鋭い痛みを頬に受けてヒトサシは覚醒する。ぼやける視界が開けた直後、頭から地面へと打ち落とされた。
森岡草汰に水面へと突き飛ばされた幻覚の続きのようだ。だが視界にいるのは彼ではない。蛇蜘蛛だ。

>「……よう、確か『痛み』こそ『救い』だったよな。お望み通りに、今助けてやるぜ」

黄色の双眸がヒトサシを見下ろして言い放った言葉に肩を震わせる。ヒトサシの見開いた目に映るのは紛れもない短刀。
その切っ先が天を向いたとき、無意識にヒトサシは考えた。「殺される」と。
纏まらない思考の中で、不意に森岡草汰との会話を思い出した。

>「何か、言い残す事はあるかい?」

もうお前を守れないと言われた。ヒトサシからすれば見捨てられたも同じ宣告だった。
森岡草汰は「あちら側」に置いてきてしまった。もう、自分を証明する手段は無くなってしまったのだ。
空虚だけが胸に残っていた。生きる価値だとか証明だとかが、一気にどうでもよくなってしまった。
言い残すも糞も無い。早く殺ってくれ――切にそう願った。

切っ先が、振り下ろされる――……


28 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/05 20:41:34 ID:???
鳴り響く三つの音。頬に走る激痛。情けない男の悲鳴。

>「……いってえええええええええ!嘘だろオイ!鱗割れちまったんだけど!オメー、一体どういう骨格してやがんだ!」
「(え…………えええ〜〜〜〜〜〜)」

鱗に覆われた拳を振り回し、蛇蜘蛛は盛大に痛がっている。前にも見たことがある光景だ。
ヒトサシは記憶の中で、同じく自分の頬を殴り抜いて正気づかせた仲間―雪生と、目の前の蛇蜘蛛を重ねていた。
殴られた頬を擦ると、ひくつく口の角を押さえる。どうにも自分の頬の骨はとてつもなく固いらしい。

>「ま、まぁそれはとにかく……だ。気分はどうだ?森岡草汰君?
 何がなんだか訳が分かんねーってとこか?森岡草汰君!
 まさか本当にぶっ殺してもらえるだなんて、思っちゃいなかっただろうなぁ!森岡草汰君よぉ!」

情けない表情から一変して不敵な笑みを浮かべる蛇蜘蛛。
最初は呆けるものの、何度も森岡草汰の名前を呼ばれ段々とヒトサシの眉尻が吊上がる。

「テメェッ、人をおちょくるのもいい加減に……!」
>「さーて、そんじゃ色々言いたい事を言わせてもらうぜ。
 まぁぶっちゃけ、もう殆どあの姉ちゃん達に言われちまったんだけどな。
 折角だからもう一度聞かせてやんよ!つーか聞け!」

その態度はどこから来るのか。眉間に指先を突きつけられヒトサシは押し黙る。

>「オメーにとっちゃ、痛みこそが救いなんだろ?
 だったらオメーにとって最高の痛みは、一番の救いは……『森岡草汰』と呼ばれる事に、違いねーよな。
 あんだけその名前を嫌ってたんだからよ。……どうだい、予告通りだぜ」

森岡草汰の名前を呼ばれたことで、ヒトサシの表情がまた歪む。 それを得意げな表情で見下ろして、蛇蜘蛛の口上は続く。
ヒトサシは表情を歪めたまま俯いた。悪さをやらかした後に親から善悪を諭される子供を訪仏とさせた。
蛇蜘蛛の言葉を否定することは出来ない。だが……そう簡単に受け入れられることではない。
蛇蜘蛛が示した新たな道。それは口だけならば何とでも言える。だがそれを実行するだけの決心と勇気が今のヒトサシには、ない。
死を迫られた方がまだ楽かもしれない。死んでしまえばあっという間、おしまいなのだから。
……それを周りが許すともまた、(冬宇子やマリーは特に)思えないが。

>「それともう一つ……これは、単に俺がムカついたってだけの事なんだけどよ。
 オメーさっき、生まれちまった罪がどうのとか、言ってたよな」

また肩を震わせて、今度はそっぽすら向いてみせた。もうこれ以上話すらしたくないという意思表示。
だがそれすら知らない振りをするかのように口元を覆うように掴まれ、引き寄せられる。
至近距離で見る呪われた姿に一瞬、驚愕で息を詰まらせた。

>「見えるだろ、この姿。これはな、俺が殺した白蛇の呪いだ。」
>「分かるか?罪ってのはな、こういうモンの事を言うんだ。
 生まれちまった罪だかなんだか知らねーけどよ。
 そんなモンよりも、殺しちまった罪の方が、比べモンにならねーくらい重いんだ」

言われるだけ言われ、放り捨てられたヒトサシは仰向けに倒れる。
四つん這いで立ち上がり、ヒトサシは咳き込みながら土埃で潤んだ目で蛇蜘蛛を睨んだ。
憐れむような視線が何より腹立たしかった。内側を見透かされて理解されているようで、悔しくて憎くて――何より安堵している自分がいた。

29 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/05 20:42:10 ID:???
「……っせえ。煩えんだよ馬鹿野郎!!」

悔しさまぎれに握り締めた砂を蛇蜘蛛に向かって投げつける。砂は蛇蜘蛛に届く前に霧散した。
顔を上げたヒトサシは涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。完全なる大きな子供だ。

「どいつもこいつも生かすだの助けるだの許すだの許さないだのよぉ〜〜っ!俺は人殺しだぞ!?連続殺人鬼ヒトサシだぞ!?
 説教かまされる筋合いなんかねーよ馬鹿ァ!アホッタレ!特大馬鹿野郎!ヒステリック婆!般若女!クソチビ!
 あと頼光テメー俺のホクロのことばらしやがって!誰にも言ってなかったのに!最低だ、畜生ぉお〜〜!!お前だってこの間漏らしてたくせにぃ〜〜!」

最後は八つ当たり気味で何が言いたいのかすら分からない。ぎゃんぎゃん泣き喚いて、逃げ出す為に抵抗しようとする気配すらない。
それは遠まわしに、もう冒険者たちと戦うつもりはないという意思表示のようなもの。

「……あの、手を出して」

泣き喚くヒトサシを気にしながら、ぎりぎりのところで生還したいぐなが生き針を手に、穢れを受けた人間たちのもとへ近寄る。
生き針で穢れを抜き取りながら、いぐなは溜息をついた。これで終わったのだと。

そう、全て終わった。――かに見えた。

「…………! 危ない!!」

一番にいぐなは声を上げ冒険者たちに危険を促した。咄嗟に放った生き針はゲル状の触手を貫通し、触手ごとヒトサシの脇ギリギリのところへ落下する。
冒険者たちが見上げれば、あの黒い塊を中心に地中へ沈んだゲル状の体液が集まり、不定形に蠢いているのが分かるだろう。
ゲルの中心には、マリーが掴んだことで僅かに穢れた短刀が沈んでいる。それが核となるようにゲルは集まっている。

「タタリ神……! 俺との繋がりが断ち切れても……!?」

泣き止んだヒトサシはゲル状の塊たちがタタリ神の意思であると直感した。知能はなくとも本能で、新たな体を形成しようとしている。
繋がりが断ち切れても尚、尽きることのない感情ひとつ突き動かし、生きながらえようとしているのだ!
ヒトサシは一つの木に視線を向けた。枯れている……ゲル状の触れた場所は草木も地面も色を失い始めていた。生気を吸い取っているのだ。

「この執念深さ……!俺が食堂で出会った中で一番しぶとかったゴキブリ以上ッ!」
「あのう、男の皆さんはゴキブリゴキブリ連呼するの止めてください!名前聞くだけで鳥肌が!」
「じゃあ兄貴で」
「しれっとゴキブリと同等扱い!?貴方どれだけ華吹さんが嫌いなんですか!」

ふざけた(本人達は至って真面目な)会話の隙に、触手のひとつがヒトサシの腕を捕らえる。
露になった腕に触手が触れた途端、あっという間に赤黒く変色し、腕を飲み込んでいく!

「コイツッ、見境無く生きてる奴等を喰う気だ!此処にいたら……全員食われちまう!」

その光景を静観できない者が居た。鳥居少年に憑いていた土地神は声を怒りで震わせ鳥居少年に助言する。

『少年、鞘を!あの忌まわしい穢れの塊を貴方達の力で祓い、鞘で永遠に収めるのです!さあ早く!』

周囲の生気を吸って、ゲル状の塊は段々と肥大化していく。地面は干からびて地盤が緩み、草木は根元から枯れてカラカラに乾いていく。
ヒトサシは持ちうる最後の力でタタリ神の残骸と拮抗していた。いぐなは生き針を手に身を守る。

「皆さん早く逃げて!誰かこのことを山の人たちに伝えてください!早く!」

【ラストバトル。VSタタリ神の残骸。祓ったり物理攻撃を加えることで弱めることができます
 最終的に核となっている短刀を鞘に収めれば終了です。】

30 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/06/05 21:41:58 ID:???
以津真天の吐しゃ物ともいえるような粘液にまみれ伸びていた頼光が起き上がったのは殆ど全ての事が終わってからだった。
イグナと森岡草汰は助け出され、以津真天はズタズタになっている。
だがそれで安堵はできない。
蛇蜘蛛はともかくとして、マリーは倒れ倉橋は外法神解放で獣の如き様相である。
現実離れした異様な光景に頼光は日常の寄り後どころを求めて周囲を見回す。
そして行き着いた先は、鳥居だった。

帝都にいるときは薄気味悪い餓鬼だの変態的なサーカス団の頭目だの思っていたが、ことここに至っては縋り付ける見慣れた日常の象徴である。
「うおおおおお!!糞ガキ!こりゃ何がどうなってんだよー!」
大声を上げながら駆け寄ろうとするが、三歩目で膝が折れ、四歩目で地面に這いつくばってしまう。
本人は自覚がないが、唐獅子と霊花という二つの霊的存在が抜け落ちた頼光はただの人間。
先ほどは火事場の馬鹿力で動けたのだが、そんなものは続くものではない。
無我夢中だったので自分が何を口走り何をしたかも覚えていないのだ。

「ほ、ほんとにどうなってんだよ!?」
ガクガクと震え立ち上げれない膝を抑えながらそれでもはいよろうとする背後からとんでもない声が突き刺さる。
>あと頼光テメー俺のホクロのことばらしやがって!誰にも言ってなかったのに!最低だ、畜生ぉお〜〜!!お前だってこの間漏らしてたくせにぃ〜〜!」
森岡草汰の喚き声に頼光の顔がかっと赤くなる。
「てめーなんでそれ知ってんだこらあぁ!
しかも大声で言ってんじゃねえよ、糞ボケがあ!」
振り返りながら喚きかえす姿はもはや完全に子供の口喧嘩である。
言い返した後に頼光ははたと気が付いた。
今の自分の言葉は森岡草汰の言葉、すなわち自分が漏らした事を肯定してそれを大々的に宣言したのではないか、と。
となればもやは脊髄反射である。
「ち、ちがうぞ!俺は漏らしてなんかないからなああ!!」
必死に否定すればするほど説得力をなくすのであるが、もうどうにもなりはしない。

そんな間抜けなやり取りの間にも密かにタタリ神は脈動し、動き出していた。
ゲル状のそれはヒトサシの腕を捉え呑み込んでいく。
>「コイツッ、見境無く生きてる奴等を喰う気だ!此処にいたら……全員食われちまう!」
悍ましい光景を腕を呑み込まれながらもしっかり解説してくれたおかげで事態をはっきりと認識できる。
ご丁寧なことに、現状だけでなくこれから起こることも、これからすべき事も伝えてくれるのだ。
>「皆さん早く逃げて!誰かこのことを山の人たちに伝えてください!早く!」

「だ、だ、だ、だ!よし!わかった!伝えるのは任せろ!糞ガキ!逃げるぞ!」
ようやく鳥居の場所まで這い寄った頼光は震えながら鳥居の足にしがみつく。
悍ましい事態に頼光の逃走本能に火が付いたのだ。
だが、膝が立たない上にさらに腰まで抜けてしまい、鳥居に引っ張ってもらって逃げようというのだ。

「何ぐずぐずしてんだよ!
ここにいたらあの化け物に食われちまうだぞ!早く逃げるぞ!」
鳥居に叫ぶ言葉とは裏腹に、よりにつはすくっと立ち上がり元いた場所へと一歩踏み出した。
まるで見えない糸に操られる人形のように。
そして二歩目。
「ええええ?どういうことだよ!俺は逃げるんだ!」
しかし意思に反して大きく三歩目。そして四歩目。
歩幅は徐々に広くなり、加速して行く。

向かう先はゲル状のタタリ神に飲み込まれつつあるヒトサシ。
「い、いやだあああ!俺は逃げるんだあ!!糞ガキイイ!助けろおお!!」
悲痛な叫び声と共に頼光の足は地面を蹴り、人間魚雷よろしくヒトサシとゲル状のタタリ神の残骸へと体当たりを敢行する!

【タタリ神の残骸に捨て身タックル】

31 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/08 22:48:30 ID:???
>「どいつもこいつも生かすだの助けるだの許すだの許さないだのよぉ〜〜っ!俺は人殺しだぞ!?連続殺人鬼ヒトサシだぞ!?
> 説教かまされる筋合いなんかねーよ馬鹿ァ!アホッタレ!特大馬鹿野郎!ヒステリック婆!般若女!クソチビ!

冒険者達の言葉を受けて、森岡草汰は泣き叫ぶ。
子供のように、何の虚飾もなく――自分の本心を。

「……なんだ、オメー。自分でも分かってんじゃねえか。そうさ、人殺し、ヒトサシ……それ『も』お前だ。
 自分から逃げる事なんて、土台無理な話だ。出来やしねえのさ。
 逃げた先に待ってんのは……きっと、今よりもっとカッコ悪くて、居心地の悪い自分だぜ」

そして――どこにいても、何をしていても、居心地が悪いから、岡草汰はきっと世界を滅ぼそうとしたのだろう。

「気のおけない奴らだったんだろ、お前が大事に思ってる連中は。
 だったら……今みたいにすりゃ、良かったんだ。自分の思ってる事を素直に伝えてりゃ……それだけで」

駄々っ子のように振る舞う彼にも、蛇蜘蛛は怒りを示す事はなかった。

「きっとな、それは今からでも遅くはねーのさ。今度こそ、逃げちゃ駄目だぜ。
 また逃げたら……もっと辛い思いをする羽目になるだけだ。脅しとかじゃなくてな。今ならもう、分かるだろ?」

森岡はもう、見るからに精神的に打ちのめされている。
蛇蜘蛛はあくまでも彼を救いたいのだ。追い打ちをかけて、蛇のように追い詰める事ではない。

「あ、後な。ぶっちゃけこれが一番大事な事なんだが……早いとこあの姉ちゃん達には謝っとけ、マジで。
 あの二人は俺みてーに甘くねえぞ……。ぜってー精神的に殺しにかかってくるね、間違いねー」

真剣極まりない表情で最後にそう囁くと、蛇蜘蛛の体表から白い鱗が消えた。
臨戦態勢を解いたのだ。脇差も再びコートに収め、元に戻った関節の感覚を確かめるように首や肩を回す。
振り返ってみれば、いぐながマリー達の介抱をしていた。
倉橋のあの状態もなんとかしてくれるのだろうか、などという淡い期待が蛇蜘蛛の頭をよぎる。

「ま、とにかくこれで一段落ってとこだろ。後の話は、山を降りてからでも出来るしな。とりあえず……帝都に帰ろうぜ」

皆に視線を配りながら蛇蜘蛛はそう言って、

「……っと、いけねえいけねえ。もう一つ、言っておかなきゃなんねー事があったんだ」

それから何かを思い出したらしく、コートの懐を探り始める。

>「…………! 危ない!!」

不意に、いぐなが叫んだ。彼女の視線が向かう先は――蛇蜘蛛の背後。
咄嗟に振り向き、同時に飛び退いた。

>「タタリ神……! 俺との繋がりが断ち切れても……!?」

一瞬遅れて、蛇蜘蛛のいた場所が黒い粘液に塗り潰された。粘っこく不快な水音が響く。
粘液の正体は、タタリ神だ。
最早形は保てず、生存本能のみによって貪欲に命を奪い続ける、タタリ神の落ちぶれ果てた姿だった。

「はぁあ!?オイオイオイ、鞘ぶっ刺せば死ぬんじゃなかったのかよ!
 あー、クソ……こんな事ならやっぱ八つ裂きにしときゃ良かったぜ!」

不満を叫びながらも、蛇蜘蛛は再度呪いを解放――鱗がやや控えめに、体表を覆う。

32 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/08 22:48:51 ID:???
>「コイツッ、見境無く生きてる奴等を喰う気だ!此処にいたら……全員食われちまう!」
>「皆さん早く逃げて!誰かこのことを山の人たちに伝えてください!早く!」

「逃げる……ねぇ。生憎だけどよ、そいつは出来ねえ相談だぜ。理由は二つだ。
 まず一つ、アイツが見境なく生きてる奴らを食うってのなら……ヤベーのはオメーらだって一緒の筈だろ。
 そしてだな、そんなオメーらを置いて逃げたら……超カッコわりーじゃねえか!それが二つ目だぜ!」

咆哮と共に脇差を抜き放つ。
鋭く振り下ろされた刃が森岡の腕を捉える粘液を断ち切った。
そうして一旦脇差を鞘に収め、蛇蜘蛛は森岡達を振り返る。

「さて、森岡草汰君よ!そっちの嬢ちゃんは逃げろだなんて言ってるけどよぉ!
 オメーはどう思う?こんなところで捨て駒同然に、見捨てられて、くたばりたいか?
 んな訳ねーよなぁ!生きたいだろ?死にたくないだろ?……だったら今度こそ!素直になってみようぜ!」

不敵な笑み、煽り立てるような問い。

「さぁ言えよ!死にたくないって!まだやりたい事があるんだってな!
 オメーが一言そう言えば、俺が全力でオメーを助けてやる!どうせ寝ションベン垂れてた事までバレちまってんだ!
 いっそ今ここに、『恥ずかしい』とか『カッコ悪い』とか、そういうのを一生分!捨てていこうぜ!なぁ!」

自分の過去に手を差し伸べるような、呼びかけ。

「浮気調査から護衛業まで!ままならねー人生を少しでもマシにしてーと思ったのなら――!」

脇差を手放した右手が、コートの懐へ潜り込む。

「甲賀探偵事務所に是非ご用命を、だぜ!」

そして蛇蜘蛛は自分の名刺を、森岡草汰に突き付けた。
これでもかと言うくらいに得意げな笑みを添えて。

「ま、少し下がって見てろよな。あんな死に損ない、かるーくのしてやるからよ」

森岡に名刺を無理矢理押し付けると、蛇蜘蛛は再びタタリ神へと向き直り――

(……とは言ったもののどうしたもんかね!この状況!ぶっちゃけた話をすると今日はもう呪いを使いすぎた!
 いや、それでもまだ余裕はあるっちゃあるんだが、何よりヤベーのはあの死に損ないの性質だ!
 周りの草やらを見るに触れた奴らの命を吸い取ってるみてーだが、それがマズい!
 もしアイツに触れちまったら呪いの制御がどうなるのかさっぱり分かんねー!)

冷や汗と引きつった笑いを浮かべて、心の中でそう叫んだ。

体力を消耗すれば人間は思考や運動、様々な能力の効率が落ちる。当然の事だ。
それと同じように蛇蜘蛛の呪いも、疲労した状態では制御が困難になる。
要するに、タタリ神によって命を吸われ急激に体力を失った時――蛇蜘蛛は自分が呪いを御し切れるか、正直に言って自信がなかった。

(あそこまで大見得切った手前、今更そんな事は言い出せねえ!
 かと言ってこのままこのバケモンに挑むのはちょっとリスクが高すぎるぜ!
 手加減したままアイツを仕留められるか……?草や土からも命を奪い続けてやがるアイツを……!)

逡巡、懊悩――その末に蛇蜘蛛の下した判断は、困難だという事だった。
タタリ神は粘液状になって、放射状に拡散していっている。
表面積が広くなった方が、より多くのモノに触れて命を効率的に奪う事が出来るからだ。
それも生存本能の為せる業だろうか。
つまり――時間がかかればかかるほど、タタリ神を仕留め切るのは難しくなる。


33 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/08 22:49:16 ID:???
(アイツをぶっ殺すには一発、強烈なのが必要だ!いっそ距離を取ってこの脇差をぶん投げちまうか……?
 けどそれで本当に殺せんのかよ!?もう生き物の体すら保ってねーってのに!)

蛇蜘蛛は暫し悩み、

「な、なぁ嬢ちゃん!いや……森岡草汰、オメーでも、誰でもいいんだけどよ!
 わりーけどアイツってどうすりゃ殺せんのか教えてくんねえ!?」

結局振り返って、他の皆に頼る事にしたらしい。
今さっき切ったばかりの大見得が台無しだった。
ともあれタタリ神の弱点を聞いた後で、蛇蜘蛛は改めて思考を再開。

(あの短刀を鞘に納めれば今度こそ決着か。その為の手は……ある。
 あるんだが……問題は俺じゃあそいつを実行出来そうにねえって事だ。出来んのは……)

蛇蜘蛛の視線が、冒険者の一人の姿を追った。
双篠マリーの姿を。

(アンタだ、姉ちゃん。だが……この作戦をどう伝える?
 アイツが広がっていくのを食い止めながらお喋りしてる暇があるか――!?)

思考が再び行き詰まる。

>「だ、だ、だ、だ!よし!わかった!伝えるのは任せろ!糞ガキ!逃げるぞ!」

その時、不意に叫び声が聞こえた。頼光の声だ。

>「い、いやだあああ!俺は逃げるんだあ!!糞ガキイイ!助けろおお!!」

振り向けば頼光は何やら喚きながらも、タタリ神に立ち向かっていた。
淀みのない走りで肉薄し、地を蹴り、身投げと見紛わんばかりの体当たり。
触れれば命を座れるタタリ神を相手に、無謀としか思えない一撃だった。

「あの馬鹿、何やって……。いや、違えな……!」

蛇蜘蛛の思考は、いつだって前向きだ。
例え連続殺人犯ヒトサシが相手でも説得に説得を重ねればいつかは話が通じると思っているし、
倉橋やマリーにとことん罵倒されても、おっかねえと思いこそすれ辟易としたりはしない。
華吹に対しては正直かなり苛立ってはいたが、それでも助けてやろうと手を差し伸べる事はする。
だから彼は――頼光の行動を『仲間への情や勇気故のもの』と、ど直球に解釈した。

「気合見せたじゃねえか頼光!今のはちょっとカッコ良かったぜ!」

図らずも賞賛の声が飛び出る。

「そんでもって……この隙に!」

直後に蛇蜘蛛はマリーに駆け寄った。
いぐなの介抱を受けた後で、マリーは意識を取り戻しているだろうか。
もしもまだ気を失ったままだとしたら、蛇蜘蛛は肩を揺するなどして起こした後で簡潔に現状を説明するだろう。

34 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/08 22:49:37 ID:???
「姉ちゃん、悪いけど手ぇ貸してくんねーかな!俺にちょっと考えがあんだよ!」

蛇蜘蛛の考えとは――

「見たところ、アイツは潰れたゴキブリみてーに『横に広がって』いってる。比較的、だけどな。
 そりゃそうだ。上にゃ食い物はねえもんな。だから……アイツを攻めんなら上からだと、俺は思うのよ」

タタリ神は触れたモノの命を奪う。
ならばより多くの命を吸い取るには、縦ではなく横へ広がっていく必要がある。
つまり必然的に、粘液の厚みは横よりも上の方が薄くなる筈なのだ。

「だが俺が普通に跳んだんじゃあの短刀までは届かねえ。
 かと言って登れそうな木の近くにアイツが来んのを待ってたら、みすみす飯の時間を与えるようなもんだ」

けれども、と蛇蜘蛛は続ける。

「アンタなら行けると思うんだよ。俺がアンタの踏み台になりゃあさ。
 ほら、こう、両手を組んで、そこを踏み台に放り投げる感じで。分かる?」

身振り手振りを交えつつの説明。
味方を投げ上げて高く跳ばせるのは、忍者が習う壁越えの技能だ。
蛇蜘蛛はそれに多重関節の力を応用して、自分の体をバネ同然にする事が出来る。

ちなみに――彼がマリーなら行けると判断したのは、
少し前に彼女が見せた、屋根の上からの森岡への奇襲が理由だった。
蛇蜘蛛は壁や樹上に登り、そこを移動する事を得手としている。
だからこそ彼女の見せた奇襲がいかに見事なものかがよく分かった。
空中で、地に足ついていない状態での姿勢の制御。
高速で落ちていく最中でも標的の急所を正確に捉える目測。
落下の勢いを余す事なく刺突に乗せる為の、卓越した身体操作能力――その全てに才覚と、熟練が秘められていた。

「……あー、いや、でもまぁ、なんつーの?別に強制はしねーっつーか。
 しくじったらあのネバネバのど真ん中にドボンだし。いや、しくじるつもりは勿論ないんだけどさ!
 やっぱこういうのって信頼みたいなのが重要じゃん?だからやりたくないならそれはそれで……」

全てを伝え終えてから、蛇蜘蛛がやや言葉を濁す。
先ほどマリーが心底憤慨していたのを、今更ながら思い出したのだ。


【分岐:マリーが乗ってくれるなら】

「さっすが姉ちゃん!おっとこまえだねえ!……あ、いや、勿論褒め言葉だぜ!?」

慌てて補足を入れつつ、蛇蜘蛛は次に鳥居に視線を向けた。

「そんじゃ、次はオメーだ。オメーにもやってもらいてー事があんのよ、坊主。
 なに、そんな難しい事じゃねえ。確かさっき、火を操ってたよな?
 アレでアイツの周りを焼いちまってくんねーか?」

その意図は――

「アイツは周りの草やらなんやらを食って膨らんでるだろ。
 だから、アイツが食っちまう前にそれらを焼き払ってやれば、アイツは腹を空かせたまんまって寸法だぜ!
 それに焼き固めちまえば、そもそもアイツが動く事すら出来なくなるかもしんねーしな!」

蛇蜘蛛の考えはこれで全て――後は実行あるのみだ。

「あ、そういや姉ちゃんいつの間にコート脱いだんだ?
 俺もそこに居合わせたかった……ってのは冗談だけど、良かったら俺のを貸すぜ?
 あのネバネバにはあんま触れねー方がいいだろうしな」

35 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/08 22:49:58 ID:???
【分岐:信用出来ないなら】

「……んー、ま、そりゃそうだよなぁ。オッケーオッケー、じゃあこうしようぜ!」

提案を却下されたとしても、蛇蜘蛛が目に見えて落胆したり憤慨したり、という事はない。
駄目で元々、もとより一度大失敗をこいている時点で信用が得られないのは当然だ。
そこら辺は一応、彼も元忍びである為分かっているのだ。

「俺が真っ向から道を切り開く。俺は多分それだけで手一杯だろうから、詰めはアンタが頼む。
 これなら万一しくじっても、俺がアンタをネバネバの外に放り出せるだろ。あくまで万が一だけどな!」

それから蛇蜘蛛は鳥居の方を見る。

「坊主、悪いんだけどよ、オメーもついてきてくんねーか。
 さっき火を操ってたろ。アレで切り開いた道を焼き固めて欲しいのよ。
 でねーと、切り払ったくらいじゃすぐにまた戻ってきちまうだろうからな」

鳥居の頭を左手を軽く乗せて、続ける。

「ま、オメーはちっこいからな。いざとなったら姉ちゃんとまとめて逃がしてやれる。
 ヤベー事にゃならねーだろうから安心しろって」

これで伝えるべき事は伝えた。
蛇蜘蛛はタタリ神へと向き直り、脇差を抜く。

「そんじゃ、いっちょやってやるぜ!」

白蛇の呪いは制御しやすいよう抑え気味に解放して、駆け出した。
疾駆――脇差を大上段に構え、渾身の力で振り下ろす。鈍色の閃きが粘液を切り散らした。
振り下ろした勢いをそのまま予備動作にして刃を返す。縦横無尽に脇差を振るって道を切り開いていく。
だが、その勢いも長続きはしないだろう。
息をつく間もない斬撃に加え、粘液を切り裂いた際に飛び散る粘液もあいまって、彼の体力は急激に損なわれていく。
彼の足が止まってしまう時が必ず来る。そうなったら、最後の詰めはマリー達の仕事だ。

【上から行けば楽に短刀まで辿り着けるんじゃね?→俺がマリーの踏み台になれば行けるんじゃね?
 
 それと鳥居少年の炎ならタタリ神が餌にする草や土を駄目にしちまえるんじゃね?
 あと焼き固めりゃ動き封じられるんじゃね?
 でも信用ならないなら真正面から道開くからトドメは任せたぜ的な】


36 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/06/12 22:32:38 ID:???
体の力が徐々に抜け落ちる感覚を感じた。
つま先から、指先から、体の先という先から溶け落ちていく感触
徐々に上下左右の感覚さえも狂い、まるで世界が回転しているように感じてしまう。
おそらく…これが死の感触なのかとおぼろげに意識した瞬間、視界に影が入った。
輪郭の不確かな影は徐々にその姿をある形へと整え話しかける。
「無様だな」
自分そっくりの姿に変化した影は嘲笑うようにほくそ笑む。
「…言い返す気力さえも残っていないか、まぁそうだろうな
 お前はここで死ぬんだからな」
影はマリーの周りをぐるぐると漂いながら言葉を続ける。
「だが、安心しろ!私がお前の後をついで殺人を続けてやる
 まず手始めにお前を殺してからだ…双篠マリーお前を悪として殺す…だっけか」
影はそう告げるとマリーの胸元に腕を突き入れる。
その瞬間、先ほどよりも激しい痛みが体中に走った。
「自分が悪では無いといつから勘違いをしていた?
 ならば、法を通さずに裁くお前は何だ?分からないなら教えてやる
 先ほど否定したあの男と同じ卑しい殺人鬼と同じだ」
「…ち…がう」
搾り出すようにマリーは声を出す。
「私は…今まで…自分を正統化したことは…なぁい」
渾身の力を振り絞り、影の首に掴みかかる。
「だからなんだ。お前が悪であることは変わりないだろう」
「私はただ代々受け継がれてきた信念のままに動いるだけだ。清濁なんて二の次だ」
マリーはそのまま手に力を加え影を締め上げる。
だが、影も負けじと突き刺さっている腕に力を込める。
激しい痛みの中、影との決着も待たずにマリーの意識はまた途切れた。

(ここまで読み飛ばしても化)

始めに飛び込んできたのはなにやら慌てた様子の蛇蜘蛛の姿だった。

===========================================

気がついてから現状はあくまでさほど時間はかからなかった。
意思の無い怪物に変貌した祟り神から距離を取りつつ蛇蜘蛛の考えを聞くが
マリーはただ険しい顔をしながら聞くだけだ。
その様子を見たからだろうか、どうも蛇蜘蛛の様子が可笑しいというか決まりが悪い
「…自信が無いのか?それとも成功する見込みが少ないか?」
いえ、あなたに怒られたからです。
「信頼することが大事だと言ったな?あぁ確かに大事だ。
 だが、私は君を信頼していない訳だ。ということはわかるな」
そう断ったが、それを予想していたらしく、蛇蜘蛛は特に気にすることもなく第二案を提案した。
「…ならそれで構わない」
そう答えると、蛇蜘蛛を追うようにして祟り神へと向っていく
蛇蜘蛛が斬り進む中、マリーは上着を脱ぎ、それを鞘を握り締めている右腕に巻きつけた。

そして、その時は来た。
核となっている短剣まであと僅かというところで、蛇蜘蛛の動きが止まる。
マリーは即座に、蛇蜘蛛を踏み台にして飛び上がった。
「少年!!!私の腕を燃やせ!!!」
短剣まであと僅かとはいえ、まだそこには粘液が残っている。
それを取り払うために自身の腕に炎を纏って振り下ろそうとしているのだ。



37 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/06/16 02:20:13 ID:???
*    *    *

闇、闇、闇―――あたりは闇。
無明の闇―――冥濛の闇―――。
深淵を満たす闇の中に、一条の光が差し込んだ。
降り注ぐ白銀の冷光が、ぬばたまの闇を濃紺の薄闇へと変えたその空間で、
倉橋冬宇子は湖面に映る月を眺めていた。
さざなみを受けて静かに揺らめく月に重なって、一組の男女の姿が映し出されている。
胸に抱いた赤子をあやしているのは、冬宇子にうりふたつの、年若い母の姿。
その傍らに寄り添い微笑む青年は、冬宇子の生まれる前に亡くなった父なのだろうか。
ここが精神の最奥――心の深淵であることは、本能的に理解し得た。

>『――、人ってえのは誰でも、水面に映る月をどうにか掬い上げようと何時も必死なのさ』
>『その月ってのは人によって形を変えて現れる。力、将来、愛、物欲、人、エトセトラ……つまり月は願望さ』

何処からか、ふと、そんな声が聞こえた。
冬宇子は、伸ばした手を、そっと水の中に差し入れた。そして掻き回す。
湖面に映る幻影は、にわかに起こった水流に乱されて、切れ切れの光片となって水面に散らばった。
―――これが願望であるのなら、決して叶わぬ願いなど消してしまわねばならぬ。
冬宇子は一心に水面を攪拌した。

―――ひたむきに誰かを愛し、愛され、自身の中に受け継いできた命を次代へと繋いでゆく。
―――自分にとって本当に大切な存在を得て、その者を慈しみ、見守りながら共に生きる。
それは冬宇子にとって、決して訪れぬ未来。
何より、冬宇子自身の畏れによって、叶わぬことが決定付けられている未来であった。

ケモノ臭い狼憑きの女を、
何代にも渡り呪詛を生業とし、呪い殺めてきた人間たちの命の『業』を背負う、穢れた血を受け継ぐ女を、
本気で愛する者が何処にいようか?
骨の髄まで心の捻じけた可愛げの欠片もない女を…、術士としては凡庸以下の才しか持たぬ女を…、
一体、誰が必要とし、愛するというのか?

愛される資質の無い者が、資質を持つ者と同じように愛されたいと足掻くのは、愚かしいことだ。
たとえ望んでも手に入らぬものならば、得られぬことに覚悟を決めて生きるしかない。
誰からも愛されず必要とされない存在であるのなら、自分だけは自分を認め、愛してやらねばならぬ。
そうやって、報われぬ願望に折り合いをつけて生きてきたというのに……!
行き場の無い感情を処理する努力もせず、満たされぬ渇望への不満を、心の裡に滓のように積もらせながら、
上澄みの部分だけで中身の無い正義を振り翳していた、暗愚で浅ましい、あの男が何故…?
何故あの男は、望むものを得ている……!?

狂おしく水を掻き回し、ようやく掌を水面から引き上げてから暫し、
波紋の静まったあとには、幽かに揺らぐ銀瓏の月だけが残った。

湖水に裾を濡らし立ち尽くす冬宇子の耳に、再び、何者かの声が届いた。
それは青年と少年が交す会話のようだった。
か細い少年の声と交錯して聞こえる、深い響きのある声―――聞き間違う筈もない。確かに『あの男』の声だ。
振り返り、背後の断崖から下を覗くと、低い崖の袂にはもう一つの湖水が広がり、畔に二人の男が佇んでいる。
冬宇子は、水際で揉み合う男たちのやり取りを黙って見つめていた。

>>25-26
しばしの時を置き、
湖畔に一人、取り残されていた青年は、背後に近づいて来る足音を聞くだろう。
そうして振り返ったならば、崖下の闇の中から浮かび上がるように現れる、ほの白い女の顔を見るであろう。
月明かりに照らされた女の顔は、夜目にも青白く、能面のように表情が無い。
冬宇子は青年を見据えて口を開いた。

38 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/06/16 02:25:09 ID:???
「昨日の正義が今日の悪…お前の正義は、俺の悪……
 正義なんて見方によって容易く色を変えちまう、下らないもんさね。 
 だからこそ、正義を貫こうとする者は、自分自身の中に『正しさの正体』を求めねばならぬ。
 そうは思わないかい?
 まァ正義に限らず、人の信念なんて、どれも似たようなものだがね…本当の価値は当人にしか判りゃしない。」

男に歩み寄り、微かに唇端を曲げて微笑みを作った。
彼はその表情を冷笑と取っただろうか、或いは、女の歪んだ情念を捉えただろうか。

「お前が"あちら側"に送った、あの男……ありゃ正真正銘の愚か者だが、一つだけ真っ当な所がある。
 迫害者を憎み、生を脅かす者に暴力を以って立ち向かうのは、至極当然なことだと思うがね…?
 ……自分の命を守るために、存在を侵す者達を排除する――そのことを、お前は何故『悪』と断じる?
 私はそれを『悪』とは呼ばない。『罪』であるとも思わない。
 私は、私の存在を守る為ならば、如何なるものを傷つけようとも、命を奪うことになろうと、
 決して躊躇はしない。後悔もしない。たとえそれを罪と裁く者がいようとも、一片の呵責も感じはしない。 
 何故なら、私にとって、私の存在以上に大切なものなど、この世には無いからさ。」

ゆっくりと歩を進め、手を伸ばせば青年に触れられる距離まで達すると、冬宇子は足を止めた。
男の顔に留めたままの視線に力を込めてゆく。

「お前はどうなんだい、森岡草汰…?自分の信じるものの正体を知っているか?
 お前の振り翳していた『正義』の核を成すものが何なのか、一度でも考えてみたことがあるのかい?
 …復讐のための殺人は『是』か『非』か…?『善』とは何か…?『悪』とは何か…?『罪』とは何か…?
 ええ?正義漢の坊や…?答えることができるのかい……?
 できないのならば、お前の『正義』に真実は無い。
 お前は、自分でも正体を知らぬ、『正義らしきもの』を笠に着て、正義漢を気取っていただけさ。」

そこで、ふっと言葉を区切り黙り込んだ。次の瞬間、冬宇子の顔は一変していた。
怒りと屈辱だけではない、心の裡の鬱屈した感情が、一気に表に噴き出したような歪んだ表情に。

「……森岡草汰……浅ましい男……!
 私が、"あちら側"に引き摺り出してやりたいのは、あんな森岡草汰の残り滓みたいな男じゃない…!
 お前だよ……!!
 全ての罪をあの男に押し付けて、清らかな者のような顔をして、このまま逃げ去るつもりじゃァないだろうね?!
 あの男が罪を負うのなら、守護者であるお前も罪人だ…!
 お前自身さえ価値を知らぬ、お仕着せの正義をひっ被せて記憶を封じ、悔悛と成長の機会を奪って、
 子供のままに、あの男を眠らせていたお前に、罪が無いとでも言うのかい?!」

男を見上げる双眸は、熱を帯びたように輝いていた。
女を突き動かすのは、憎悪か、嫉妬か、悲憤か、憧憬か。あるいはそれら全てを孕んだ情念か。
掠れた声を搾り出すようにして、言葉を継いでゆく。

「森岡草汰……!望むものを得ていながら、それを放り出して消えるなんて許さない…!
 こんな形で……あの頃の森岡草汰が、まるで幻影であったかのように消えちまったら、
 お前の純朴な優しさに惹かれた者は…、お前の馬鹿正直さに信頼を寄せた者は、一体どうなるってんだ…?!
 お前は、自らが望んで得たものに対して責任がある…!
 お仕着せの正義を誇っていただけの、お前の真実の姿を!今の空疎な姿を!罪に汚れた姿を!
 親愛の情を交した者たちの前に晒す義務がある…!
 お前は、失ったもの同様、得たものの大きさに苦しみながら、森岡草汰として生きるべきなんだよ!!」

と、握った拳を振り上げようとして、冬宇子は、間近で水の撥ねる音を聞いた。
そうして、自分が何時の間にか胸元まで水に浸かっていることに気づいた。
森岡と冬宇子の前に広がっていた無限の湖水が、音も無く水嵩を増して、二人を呑み込もうとしていたのだ。
ひたひたと水位は上がり、水面は喉元にまで迫っている。
冬宇子は、水面から手を抜き出して、自分より頭二つ分も背の高い男の前襟を掴み、叫んだ。

39 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/06/16 02:32:41 ID:???
「戻るんだよ森岡草汰…!
 中途半端に守護者の座を投げ出すんじゃないよ!最後まであの男と共に生きな!
 お前は求めるものを得ていたんだ!必ず戻って来な!!逃げるなんて許さない!!」

そう叫ぶ口元にも水は押し寄せ、やがて冬宇子は水中に没した。

*    *    *


>>29 >>31-35
闇の中にうっすらと光が差し込み、瞼が開いていく。
冬宇子は、瀑布の側の濡れた岩場の上に膝を突いて蹲っていた。
溢れる陽光に木々のざわめき、岩を湿らせる水の匂い―――ここは現し世、火誉山の滝壺。
外法神に身体を委ねている間、心の深淵を彷徨っていた冬宇子の意識は、現実の世界に戻っていた。
冬宇子の外法神――三輪の神魔は、闇の眷属を率いる夜魔の王と畏れられた、曰く付きの国津神の分霊であるが、
それを宿す冬宇子の身体は生身。
森岡に触れられた手首の傷に加え、タタリ神の瘴気に身体が耐え切れず意識を失っていたらしい。

次第に定まってゆく視界の端に、冒険者達に囲まれて項垂れる森岡草汰が見える。
全身に鈍痛の走る気怠い身体に鞭を打って、のろのろと首を巡らせて周囲を見回すが、
開放した外法神に捕捉されていた筈の怪鳥――以津真天の姿は何処にも無く、
その代わりに、腐った海鼠のような黒い粘液状の物体が、そこかしこの岩盤に張り付いていた。
これが以津真天と化したタタリ神の残骸なのだろうか。

――――どうやら、決着がついたものらしい。冬宇子はそう認識した。
タタリ神と依り代の繋がりを断つという、焔神の瑞宝――『剣と鞘』。
タタリ神を『剣』で貫いた双篠マリーに続き、
蛇蜘蛛幸太は『鞘』を依り代たる森岡――ヒト刺しの胸に刺すことに成功したのだ。

吸生針を応用して瘴気を吸い取る"いぐな"の治療を受けている間、
冬宇子はぼんやりと、蛇蜘蛛に諭されて泣きじゃくる男を見つめていた。
あの男の中に、かつての森岡草汰は、未だ帰ってきてはいない。
相変わらずあの湖畔に残って、役割を終えた者のような顔をして、高みから傍観を決め込んでいるのだろうか?
幼子のようにべそを掻く青年に、精神の深淵で対峙した男の面影を重ねて、冬宇子は唇を噛んだ。
と、その時、

>「…………! 危ない!!」
>「タタリ神……! 俺との繋がりが断ち切れても……!?」

いぐなと森岡の驚声が轟く。
向けた視線の先では、散らばっていたタタリ神の残骸が寄せ集り、
獲物を捕食するアメーバの如く、蛇蜘蛛に襲いかかろうとしていた。
蛇蜘蛛を呑み込み損なった粘液は、巨大な黒い寒天のような全身を蠕動させて、
草木を枯らし生気を取り込みながら拡がっていく。
自ら神格を捨て以津真天と成ったタタリ神は、そのアヤカシとしての肉体も失い、
今や原始的な欲望のままに生気を喰らい瘴気を撒き散らすだけの、魔の原生生物と呼ぶべきモノに堕していた。

>「コイツッ、見境無く生きてる奴等を喰う気だ!此処にいたら……全員食われちまう!」

タタリ神の残骸から伸びる触手が、森岡――ヒト刺しの腕を捕らえた。
冒険者たちの反応は迅速だった。
武者小路頼光は、穢れた粘液に、無謀ともいえる体当たりを敢行し、
蛇蜘蛛は、神の残骸を倒す為の策を模索しようとしている。
かくいう冬宇子も、粘液に喰われかけている男を見捨てて去ることは出来なかった。
あの男の肉体が破損してしまったら、森岡草汰は"帰る場所"を永遠に失ってしまう。
森岡草汰は、この現し世に帰還し、今度は得た者を失う恐怖に苦しむべきなのだ。

40 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/06/16 02:41:27 ID:???
>「な、なぁ嬢ちゃん!いや……森岡草汰、オメーでも、誰でもいいんだけどよ!
>わりーけどアイツってどうすりゃ殺せんのか教えてくんねえ!?」

重たい体を起して蛇蜘蛛に歩み寄り、冬宇子は答える。

「聞いてなかったのかい?言っただろ?『刃を鞘に収めることで一振りの剣になる』って……!
 焔の神の瑞宝は、剣と鞘で一組。
 『剣』で森岡草汰とタタリ神の繋がりを断ち、
 タタリ神が煽っていた憎悪を『鞘』に収めることで封滅の陣が完成する。
 森岡を刺した『鞘』で、タタリ神の中に突き刺さっている『剣』を収めるんだよ!」

指示を与えた後、冬宇子は蛇蜘蛛たちから離れ、小高い岩の上によじ登った。足手纏いにならない為だ。
タタリ神の残骸は地面に沿って拡散しながら成長を続けている。
少し高台のこの場所なら、瘴気を浴びずに暫し待機していられる。
動けぬ冬宇子に出来ることは只一つ。
タタリ神の吐き出す瘴気を祓い、成長を食い止める為に、清めの祝詞を上げることだけだ。
岩に登る間際に拾い上げてきた鉾先鈴を構え、冬宇子は気力を振り絞って意識を集中させた。
唱えるは、『天地一切清浄祓』。

「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓へ給う――――!
 天清浄とは 天の七曜九曜 二十八宿を清め
 地清浄とは 地の神三十六神を 清め
 内外清浄とは 三寳大荒神を 清め
 六根清浄とは 其身其體の穢れを
 祓い給へ 清め給ふ事の由を 八百万の神等 諸共に
 小男鹿(さおしか)の 八(やつ)の御耳を振立てて 聞し召せと 畏み畏み申す――――!」


【精神世界で森岡草汰と邂逅】
【祝詞を唱えてタタリ神の成長を阻止】

41 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/06/16 15:43:07 ID:???
青い空を背景にたたずむ女の白い影。
鳥居には、その女の輪郭と記憶の底に眠る母の輪郭とが重なってみえていた。
潮の香り。化粧の匂い。母と似た匂い。それが倉橋冬宇子に初めてあったときの印象だった。

彼女が船上で資料を覗き込む姿は、子供の鳥居が見ても美しく思えたが、
ただ刺々しくヒステリックな感じはその美しさでも補いきれるものでもなく、
今にも壊れそうなガラス細工と終始生活しているかのような印象を受けていた。
それは、彼女が時折みせる少女のような眼差しの奥に隠された秘密の花園であり、誰も辿り着けないであろう荊の城。

ほまれ山で一緒に冒険をして彼女から得た印象はガラス細工の女。
抱きしめた相手を、割れた破片で血だらけにする女。

>「……っせえ。煩えんだよ馬鹿野郎!!」
森岡の声が聞こえる。蛇蜘蛛に砂を投げつけている。まるで幼子がじゃれ合っているかのようだ。
鳥居は蛇蜘蛛から出た人間臭い言葉に驚いていた。初見では彼に狡猾で残忍で女たらしな印象を受けていた。
だから正直今は見直している。蛇蜘蛛から鳥居が受けた印象。それはおしゃべりインバネスコート。

>「どいつもこいつも生かすだの助けるだの許すだの許さないだのよぉ〜〜っ!俺は人殺しだぞ!?連続殺人鬼ヒトサシだぞ!?
 説教かまされる筋合いなんかねーよ馬鹿ァ!アホッタレ!特大馬鹿野郎!ヒステリック婆!般若女!クソチビ!
 あと頼光テメー俺のホクロのことばらしやがって!誰にも言ってなかったのに!最低だ、畜生ぉお〜〜!!お前だってこの間漏らしてたくせにぃ〜〜!」

「んんー…。なんか救われないです」
森岡の言葉にあきれ返った鳥居は、あいた口が塞がらない。
本人が内心では自害したいくらい猛省していることなど知るよしもなかったし
その言動に、森岡は己の罪の重さもわかっていないのだろうかと精神構造を疑う。

鳥居は森岡に対して幻滅していた。
彼は鳥居の「人生」に初めて現れた正義のヒーロー。でも今は殺人鬼。
最終的に鳥居が彼に受けた印象は、ばったもんヒーローちゃん。
親猫から舐めてもらいたい一心で、自らの体に泥を塗る狂った子猫にさえも見える。

>「だ、だ、だ、だ!よし!わかった!伝えるのは任せろ!糞ガキ!逃げるぞ!」

「足を掴まれてたら逃げられないです」
にこっと笑うと、鳥居は足にしがみ付いてる頼光の指を細い指で剥がそうとする。
しかし彼は立ち上がるとタタリ神の残骸に駆けてゆく。

>「い、いやだあああ!俺は逃げるんだあ!!糞ガキイイ!助けろおお!!」

「なんだかむなしくなってきました…。いえ、かなしいのかも」
この嘆願を通じて、鳥居は生きる苦しみを感じていた。
ただ、苦しいということは生きていることを実感していることなのかも知れない。

42 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/06/16 15:43:53 ID:???
>「そんじゃ、いっちょやってやるぜ!」

「ピッ!」鳥居は快諾する。
その言葉をいつの間にか鳥類の鳴き声になっていた。

>そして、その時は来た。
>核となっている短剣まであと僅かというところで、蛇蜘蛛の動きが止まる。
>マリーは即座に、蛇蜘蛛を踏み台にして飛び上がった。

>「少年!!!私の腕を燃やせ!!!」

「ピッ!?」
この場にいる人達は皆心を持っている。何かを思いながらここにいる。
でも、鳥居の立っている理由は?
ただヒトサシを退治してサーカスを繁盛させたい。
皆を笑顔に変えたい。それだけのこと。
ヒトサシの人の命を奪うという圧倒的現実に対しては夢幻のような儚い希望。

「ピピ〜!(そんな、女性の腕を燃やすことなんてできないです!)」
鳥居はスペルの投影機を破壊したマリーのことを怖い女と思っていた。
でも今は違う。彼女は鋼鉄の意志をもつ女だ。

(そう、強い意志の力。母さんとさよならしたボクは、
そんな力をずっと求めていたのかもしれないです。でもそれって結局……)

「ピッ!(蛇蜘蛛さん!)」
鳥居は蛇蜘蛛を踏み台にすると跳躍し、空中で急激に角度を変え急降下。
背中から一瞬だけ噴出させた炎の翼でマリーよりも速い速度で核に向かい方向転換する。
そう炎を纏った体で…。

「ピピー…ピー」
(ぼくにはみんなのように強い意志も何もないです。でもお母さんからもらった命があります。
それだけは渡せない。ぜったいに…、だから生きて帰るためにボクは命を燃やします)

鳥居は倉橋の術で成長力を失った化け物へ、マリーより先へ隕石のように落下する。
粘液を吹き飛ばしながら焼き焦がして、鞘をむき出しにするつもりだった。

【火の玉こぞうになってマリーさんより先にタタリ神の残骸へ落下。
粘液を押しのけて焼いて固定し、鞘をむき出しにするつもり】

43 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/21 22:02:48 ID:???
冒険者達が祟り神と交戦する間、火誉山の各所も異常事態に陥っていた。
祟り神の出現に反応してか、山々に転がる翡翠の石が暴走し、あちこちに黒い影が立ち昇っていた。
影らは手あたり次第に動物達や妖怪の体を乗っ取っては暴走し、山は混乱に包まれる。

「みんな山から避難して!子供と老人を小動物を優先的に!早く!」

山の上流側にいる者達は大和使団の部下が先導し逃がしている。
頭部が瓜の汁まみれになった天邪鬼が「ど畜生あの野郎め」と喚きながら担がれていく姿が視界の端に入った。
大和使団の協力者である梢もまた、万が一の時にと華吹から教わっていた避難方法で妖怪たちを誘導する。
山を一望するだけで異常が起きていることは火を見るより明らかで、梢は無意識的に胸を押さえた。

あの災厄の時もそうであった。山から逃げるしかない獣たちの流れに逆らって、梢は山から離れようとしなかった。
周囲の声も聞かず、食堂に引き籠って必死に祈った彼女に、土地神は天啓を与えた。
ただ単刀直入に、生贄を差し出せ、と。そして選ばれたのが、毎日乞食のように残飯を求めにきた病人の男だった。
あの男の双眸が未だに忘れられない。梢が土地神の言葉を聞いたが為に、彼は死刑台に立たされたようなものだった。
彼は「人の役に立って死ねる」と喜んでいたが、去り際に梢へと向けた視線は、憎悪そのものでしかなかった。

―――――――お前のせいで俺は死ぬんだ。濁りきった目が、そう語っていた。
彼の憎悪が今、山の頂上部からひしひしと伝わって来るのを梢は感じ取っていた。
梢の脳裏に浮かぶのは、夫の背中と息子達、あの男の濁りきった双眸。
今思えば、血の繋がりもない息子へ向けた愛情は、あの男に対する贖罪のようなものだったのかもしれないと彼女は振り返る。
どうかこの戦いで救われない人がいませんようにと、梢は祈るしかなかった。

【同時刻 ほむらの祠前】

「観念しなせえ、田中中佐」
長い戦闘の末、細長い腕が田中を捩じ伏せ、華吹は口の中に溜まった血を吐き出す。
勝敗は決していた。辺りは狂信者達の死体が幾つも転がり、 祠の炎はいつの間にか鎮火していた。
田中はふん縛られながらも「私は上に登るのだ」「壮大なる計画の末端も理解出来ない情弱共め」「目に物を見せてくれるわ化け物ども」等と華吹達を罵る。
聞くに堪えない罵詈雑言を聞くや猫のような目がすぅっと細められ、田中の腹に強烈な蹴りが入った。

「終わりなんですよ、田中『元』中佐。人体実験に殺人誘導、騒乱罪、解釈の次第によっては大逆罪の容疑もありますね。
 アンタは軍法会議にかけられ、立派な犯罪者の仲間入り。最後のシャバがこんな血みどろの戦場とは……ある意味お似合いですね」
フン、と鼻を鳴らす。これで華吹自身の仕事のひとつが終わった。「田中中佐の謀略の阻止」。
後は「ヒト刺しの殺処分」。これも華吹の役目の筈だが、冒険者たちとの会話の後からどうも気乗りしない。
サトリに田中を任せ、華吹は祟り神と冒険者達がいるであろう場所へと視線を向ける。

「! やってくれたようですね…………」
祟り神の気配が消えた。その証拠に、華吹の体を蝕んでいた穢れが憑き物が落ちたように引いていく。
だが嫌な予感が消えないのは何故なのか。人ならざる者としての華吹の第六感が危険を告げていた。

   ○

>「な、なぁ嬢ちゃん!いや……森岡草汰、オメーでも、誰でもいいんだけどよ!
 わりーけどアイツってどうすりゃ殺せんのか教えてくんねえ!?」
「お前さっき軽ーくのしてやるって言ってたよな!?只でさえ探偵なんて胡散臭いのに益々信用されねーぞ!」

大見栄切っておいて他力本願な蛇蜘蛛の態度に、ヒトサシも呆れかえる。
そのやり取りを余所にタタリガミの残骸は、触手を四方八方に伸ばし肥大し続ける。
触手に捕まないよう避け続けていた筈なのに、気づけば触手に囲まれてしまっていた。万事休す。
『自業自得』の言葉が脳裏をよぎる。案外、自分の最期はこれくらいがお似合いなのかもしれない。
覚悟を決めたヒトサシの首に触手が伸びた瞬間、

>「い、いやだあああ!俺は逃げるんだあ!!糞ガキイイ!助けろおお!!」
「うおわっだぁあ!?」
頼光の捨て身タックル(ゲル付き)が見事腹に直撃。
頼光もろとも倒れた直後、頭上を触手が突き抜けて、頭上から飛び降りて来たいぐなの吸生針に斬り捨てられた。

44 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/21 22:04:06 ID:???

「なにを呑気に修羅場でじゃれ合ってるんですか貴方達!ホンッとうに危なっかしい!」
「これじゃれてるように見えるならお前の目は節穴だな。折角のチャンスだぞ?」
ヒトサシは自らの首を叩く。「どうして殺さないのか」と挑発的な態度を見せた。
「節穴は貴方のほうです!あの人達が必死に貴方を生かそうとしてるのに、それを無碍にするようなことを言……」

いぐなの言葉が最後まで紡がれることはなかった。頭上から隕石のように落ちてくる少年を見るや、ヒト刺しの行動は速かった。
「二人共伏せろ!!」 

頼光といぐなを引き倒した直後、爆音が轟く。熱風に飛ばされまいと地面に伏せるが、以前のように怪力で踏み止まることが出来ない。
森岡草汰は人格であると同時に今までの怪力の源でもあったのだ。森岡草汰が居なくなった今、ヒト刺しは普通の人間と何ら変わらない。
当然、上空にいるマリーも鳥居少年の落下による爆風で吹き飛ばされかねなかった。

その時マリーは感じるだろうか。剣に近づいた一瞬、力強い何かに鞘を持つ腕を掴まれ、導かれるように引かれる感覚を。
鞘が短剣の刀身を納めた瞬間、短剣は爆発にも似た閃光を起こす。言葉にし難い断末魔と共に――

        ○

次に冒険者達が視界に認めるのは、何もない真っ白な世界。
倉橋ならばそこが誰かの精神世界であると気付くだろう。冒険者達の背後から一人の男が姿を現す。

『よお。って、ノコノコ姿現せるような立場じゃねーけどさ。俺だよ俺、森岡草汰の方』
力無い笑顔と共に呑気に歩み寄って来る森岡草汰。全身血塗れだが特に気にしていない様子だ。
蛇蜘蛛の正義感、マリーの強靭な覚悟、鳥居の想い、倉橋の執念、頼光の間に出来た奇妙な絆がもたらした現象。
時が止まったように感じるだろうが、実際は一瞬の出来事のこと。現実の世界に戻ればそれを実感するだろう。

『心配するな、崇り神はお前等のお陰で完全に封印された。見ろ、これが本体だ』
懐からひょい、と見せる小さな黒い石、のようなもの。封印された崇り神の姿だ。
僅かな妖気が漏れているが、放っておいてもすぐに消えてしまいそうなちっぽけな存在だ。
『こっち側に残っておいてよかった…お陰で爆風の直前に掴まえられたんだ。冷や冷やしたぜ。さ、後は……』
「返せっ!!」

突然、向かい側から聞こえる声も森岡草汰のもの。泥まみれのヒトサシが凄い剣幕で森岡を睨みつける。
だがヒトサシは目に見えない壁にでも阻まれた様にこちら側に来ることはない。
森岡はヒトサシに返事もせず倉橋に視線を向けた。彼女の問いかけに答える時がきたのだ。

『倉橋さん。アンタ言ってたよな?自分の命を守る為に暴力で立ち向かうことは当然のことだと。
 ……確かに己の存在より大事なものはないかもしれない。でもそれはつまり「拒絶し続ける」ことと同義だ。
 拒絶し続ければ、待っているのは孤独だ。誰にも愛されず独りきりほど寂しいものはない。
 それはアンタが一番よく知ってるんじゃないのか?それとも、分かってて見て見ぬ振りでもしてたなら別だがよ』
ヒト刺しの濁った目が涙で潤んでいる。だが森岡は視線を逸らして気付かない振りをした。

『俺という存在は全て奴の為に創られたものだ。奴が望んだ水面の月(願望)。
 土地神が崇り神を宥め慰めて眠らせたように、俺も奴を眠らせ続けた。その心を慰める為に、俺は奴が望んでいた正義になろうと思った。
 奴が望んだ正義像を引っ張り出してな。奴の心の傷が完全に癒えたら、俺という存在は要らなくなる。アンタの言う浅ましい男は消える』

45 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/21 22:05:57 ID:???
でも、と森岡は続ける。

『色んな奴等と会って…色んな冒険をして……欲が出た。もう少しだけ、あの場所に居続けたかった。
 阿呆みたいに騒いで、下らないことで笑って、馬鹿みたいに誰かを守って……本来譲るべき場所を奪おうとした。
 そのバチが当たったのさ。俺はアイツの守護者になりきれなかった。俺達はもう、戻れない所まで来ちまったんだ』
次の瞬間、冒険者と森岡草汰との間に巨大な溝が出来る。溝の深淵からは呻き声のようなものが聞こえてくる。
怨嗟、憎悪、ありとあらゆる感情を込めた音が耳に浸食し狂わせようとする。森岡は悲嘆に暮れるように俯いた。

『殺されて崇り神に喰われた人達の魂だ。死と溶け合って原型も留めていない。自分が誰なのかも何故死んだのかももう分かってない。
 崇り神が封印された今、絆の深いヒトサシの体を狙うに違いない。それだけは阻止しなきゃいけない。アイツを守るのが俺の存在意義だから。
 俺は此処に残って、独りで魂達をどうにか慰めてみせる。だから、俺はもう戻れない。もう森岡草汰としては生きられない』
そこまで言うと、フ、と笑った。どこか悲しげな笑顔だ。
『俺は水面の月にすらなれなかった紛い物だ。俺ァ本当は太陽を目指してたつもりなんだが…結局なれなんだ。
 ……罰として、俺は”消えない”。紛い物の月のまま、得た物に二度と会えないまま、独りこの場所に居続ける。
 コイツ等の魂を全て鎮めるまで途方もない時間が流れるだろうけど…俺が孤独で居続けることで、アイツを救えるなら本望だ』
ようやく視線をヒト刺しに向けた時、彼は膝を付いて泣き伏していた。見えない壁に一人阻まれて悔しいようだ。
『さあ、そろそろ戻る時間だ。コイツは持ってって土地神の元に還してやれ。今度こそコイツも救えるようにな』
冒険者達へ剣を放り投げ、森岡は諭した。その言葉を最後に、真っ白い世界は零れるように消えていく――。

     ○

冒険者達が目を覚ました時、鳥居少年が突っ込んだ場所は小さなクレーターが出来、穏やかな風が吹いていた。
「目が覚めましたか?崇り神は?」
おそるおそるいぐなが顔を覗きこませた。前髪が燃え落ちて、顔の右半分を覆う菊の入墨が丸出しだ。
指摘されれば気づくだろうが、もう隠す手立てはない。ただオロオロと困惑するだけだろう。
クレーターの中心には黒焦げになった剣が転がり、それを煤けた大きな手がむんずと掴んだ。
「ああっちょっと何してるんですか!?それを渡しなさいっ!きゃあ!」
いぐながヒトサシに飛び掛かるが、身を捩って避ける。勿論いぐなはすってんと転ぶ。

「……崇り神の力自体はこの中にある。でも、アイツの意思を感じない…ってことは……」
ブツブツと何か呟くと、ぞんざいに剣を放り投げる。視線を彷徨わせた後、何を思ったか頼光へと歩み寄る。
それだけでなく、頼光の服の袖やらに手を突っ込み、まさぐり始めた。まるで何か探しあてようとするように。
そして引き抜いた手の中には、小さな黒い石。頼光が道中拾った石の一つだ。

『キィイイ!ハナセェエエエ!!』
「咄嗟に意思の一部を切り離して逃がしたのか。とことんしぶとい奴だな」
崇り神の声を放ち、石はヒトサシの手から逃げようともがく。ゴキブリも目を剥く執念だ。
塩のひとつでもかければ浄化されるだろうが、冒険者達が石に何かしようとすればヒトサシが制止をかけるだろう。
『消エルもんか!マダマダフクシュウ!フクシュウサツリクフクシュウサツリクフクシュウ!!』
「……………………………………」
『ヒトサシ、モウ一度だ!今度コソ世界に復讐!ドウセオレヲ裁けるヤツナンテイヤシナイ!ヒヒヒヒッ』
崇り神の前身である男の魂の性根は、とっくの昔に腐り切っていた。罪悪感も後悔もない。改心することもない。
流石の土地神も黙している様子。すると、しばらく静聴を続けていたヒトサシが口を開いた。

「死者であるお前を裁く事は誰にも出来ない……か。確かにそうだな。今のお前を裁いたって誰も報われねーよ」
『エ』

そして文字通り、崇り神を「飲み込んだ」。

46 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/21 22:12:26 ID:???
悲鳴すら上げることなく、崇り神の石はヒトサシに食べられてしまったのだ。
喉に詰まらせることもせず吐き出すこともせず、ヒトサシ自身は「やっちゃった」みたいな顔で肩を竦めた。

「………………………………!!???!?」
「えーと、タタリ神が以前言ってたんだ。アイツは魂を喰って意識を消化して自分の魂…力の一部にするんだって。
 だったら俺もアイツを喰う事で、アイツの意識と俺の意識の一部にすることが出来るんじゃねーかな」

あっけらかんと言いきるヒトサシ。驚きすぎて口を金魚のようにパクパクさせるいぐな。

「……森岡草汰が言ってたろ、『今度はタタリ神も救えるように』って。でも今の奴じゃどんな罰を与えたって反省はしないだろうよ。
 でもこうして俺と意識を共有しあえば、嫌が応にも罪の意識に反応せざるを得なくなる。自分の過ちを悔いる日がくる。
 タタリ神が本当に悔い改める意思を持って罰を受けた時こそ、殺された奴等も浮かばれるんじゃねーかな、って……」

だがタタリ神の魂を体内に取り入れるということは自殺行為に等しい。
前身である病人の男は、土地神の生贄となり地上を彷徨い続けることで死後の世界から逃れ続けて来たようなもの。
土地神の元を離れ弱体しきった今、摂理通りに『死』が病人の男の魂を冥府の世界に連れて行こうと躍起になるだろう。
それはつまり、病人の男の魂を取り込んでしまったヒトサシもろとも死の世界へ引き摺りこまれることになる。

「俺は一度死ぬ。ごめんな、約束破るようなマネしちまって。でもこうでもしなきゃ、俺はもう一度未来と向き合うことは出来ない…」

待ちわびていたかのように、死の足音が近づく。ヒトサシの体は肌が黒ずんでいき、立っていられず膝をついた。
それすらも数秒の事で、朽ちた老木のように倒れこむ。

「ただ……やっぱ怖えかな。生きて帰れる保証なんざねーしよぉ……お袋や兄貴にも会いてえよお。
 カッコつけたいけど……草汰みたいに強くなりたいけど……なれねえよ……泣きたくなんざねえのによぉー……!
 ……駄目だな。俺、最後までカッコ悪ィ……生きたかったのに、馬鹿な真似したなァ……あ、昔っからか……」

頼光と鳥居は気付くだろうか。死に行くヒトサシの姿が、鵺の洞窟を去る時の洲佐野の穏やかな笑顔によく似ていることに。

「頼みがあるんだ。俺は逃げたってことにしてくれねえかな。死んだら、そうだな……そこの滝壺にでも放り込んどいてくれ。
 俺に墓標はいらないからよ……そもそも墓標立てるための名前が無いけど。探偵なら、依頼受けてくれるんだろ?
 生憎、無一文だから金は払えないけどよ……ごめん…な……… ……。………………」

浅く何度か呼吸し、それすらも聞こえなくなった頃。
いぐなは震える手でヒトサシの体を触診し、静かに首を横に振るのだった。

       ○

数日後、帝都新聞の記事は事件の顛末を面白おかしく騒ぎ立てていた。
【連続殺人鬼逃亡、足取り掴めず】【田中中佐謎の失踪 軍部の闇?】【第二のヒト刺し捕まる 模倣犯か】
ヒト刺しが潜伏していたとされる火誉山には警察の捜査の手が入り、次々と新たな情報が連日報道された。
凶器の包丁が発見され、何十人もの冒険者や一般人のものと思われる死体が見つかった。
しかし当のヒト刺しの痕跡は最後まで見つかることはなく、逃亡という形で幕を下ろした。
事件の真相を知るのは冒険者たちと一部の関係者のみだ。
林真も火誉山にいたことをすっかり忘れてしまっており、問いただしても首を傾げるばかりだろう。

47 : ◆PAAqrk9sGw :12/06/21 22:14:48 ID:???
「こっちが警察からの情報提供の報酬、これはもりおか屋からの契約違約金の分。お疲れさん。
 何かあったみたいだけど……聞かないほうが良さそうだな。
 俺面倒事には関わりたくないし、次の仕事あるし。それじゃあ。…それにしても俺、何か忘れてるような……」
数日後には大和使団から別報酬が届くはずである。冒険者たちの嘆願はこれにて終了だ。

「あの……」

冒険者たちが受願所を出た頃合いを見計らって、顔に包帯を巻いた少女が話しかけてくる。
ぱっと見ただけでは分からないが、声でいぐなと分かるだろう。

「華吹さんが伝えるようにって……。大和使団は解散しました。民間人に知られたからには抹消するしか手はないと。
 あんなことがありましたし…梢さんや華吹さんはどこか別の田舎へ引っ越すと言っていました。
 あ、マリーさん、サトリさんから言伝を貰ってます。『あの女に伝えろ、私は簡単には捕まらない』だそうです」

森岡草汰は行方不明扱いとなり、食堂も店主が居なくなった今、近い内に売家となるだろう。
最後に、いぐなは困惑するようにこう締めくくった。

「後……『阿呆にゃ働き口見つからないだろうから煮るなり焼くなりこき使うなり好きにしてくれ』
 だそうですけど……どういうことだと思います?私ずっと考えてたんですけど、よく分からなくて……」


【全てが終わって】

「解散ですか。大和使団が設立されてかれこれ50年、これで2度目でしたっけ?」
「そ。一度目は20年前、そして今回。親子揃ってどうにも我々を踏みにじるのがお好みのようでさ」
人気のない甘味処の一角で、一組の男女が向かい合う。
何度も名前も過去も全て捨て去ってきた、今は別の名と顔を得て生きる日影者達の会話だ。

女の方は湯のみを眺め過去へと浸る。20年前、彼女はまだ人であった。そして彼女等を束ねていた男が居た。
守岡と名乗っていた無骨な男は、その超人的な嗅覚と類稀なる戦闘力を買われ、時に軍の暗部でも活躍。
後に陸軍憲兵大佐となってからは対人戦闘集団「大和使団」を設立し、頭領を勤めた。
女が大和使団に入った時はまだ19だったと記憶している。その時既に憲兵大佐は洲佐野と名乗り、そして隣にはあの少女がいた。

「いぐな……結局思い出さないままなのでしょうか。彼の事も、あの事件のことも」
「彼女の中では、彼は何時までも若い守岡のままなんでしょう。老い耄れた奴を見ても無反応でしたし」
いぐなが何時頃から洲佐野と行動していたか定かではない。

サトリが知るのは、いぐなは昔どこぞの山奥に封印されていた大蛇であったこと。
それを洲佐野が手懐け、妖術を習い、吸生針の扱いを覚え、国に忠誠を誓い、洲佐野の右腕であり続けたこと。
そして20年前、忘れもしないあの事件。
富国強兵の下、陸軍のある一派によって改造人間計画が立てられた際、協力者として海外からの留学生が来日していた。
若く美しい女留学生と洲佐野は恋に落ち、それを知った軍部は二人の関係を利用して改造人間の子を産ませた。
だが二人は計画に携わった陸軍上層部や関係者を殺害し逃走。それを追ったいぐなも、何年間も姿をくらませた。それだけだ。

「これからどうするんです、華吹さん。田舎で余生を過ごされますか?」
「……阿呆の弟を追いかけます。父との約束がありますからね。阿呆女の世話をし続けるよかよっぽど有意義です」
「そうですか。いぐなも可哀想に。碌でもない男達と関わったがために職さえ失って……かといって私が養う気もありませんけど」
「碌でもない女でさあ。お互い達者で暮らしやしょう。二度と会う事も無いでしょうが、お元気で」
「ええ。かくいう私は余年幾月ですけど、なるべく元気でいましょうか」

そう言って男女は別れ、それぞれの道を歩んでいく。誰とも交わらない一本道をゆっくりと、夕日を背にして。

【お疲れさまでした!エピローグとなります。今まで有難うございましたー】

48 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/06/21 23:49:08 ID:???
何かに操られるように意思とは裏腹にタタリ神に突っ込む頼光。
激突の瞬間、恐怖のあまり集中した感覚はスローモーションのようにゆっくりとゲル状特有の悍ましい感触を味わっていた。
叫び声も挙げられぬ刹那にタタリ神の安定しない体は倒れ、それと同時に頼光を呑み込むように覆いかぶさる。
急速に奪われていく生命力に危機感を覚え、溺れているかのようにもがいていると強い力で引き寄せられた。

ヒトサシが襟首をつかみ引き上げたからだ。
引き上げられてもなお体に纏わりつくタタリ神の残骸の感触に不快感を露わにしていると、そのことを口走る前に引き倒される。
倒れた頼光の視界にはマリーと炎の鳥と化した鳥居の姿が。
「お!お前!この俺様を助けもせずに何してんだああああ!!!」
捨て身タックルを敢行させられてからこっち、ようやく出た言葉がこれである。
どこまでも状況も何も分かっておらず、喚くのはこれだけの修羅場を経験しても変わらないようだ。

直後、爆風と閃光により頼光の視界は白く塗り潰されていった。

先ほどまでの戦いが嘘だったかのようななにもない真っ白な世界。
そこに立っているのは冒険者たちとヒトサシ、イグナ、そして、森岡草汰。
「え?あ?森岡草汰が二人?お前、何言ってんだ?」
気の中で精神的な邂逅をしていたにもかかわらず、頼光にはヒトサシと森岡草汰の関係がわかっていなかった。
そして森岡草汰が何を言っているのかも。
わかりはせずとも感じる、という事もない。
たらわかりもせず感じもできない、それほど己が無力であるという事のみ強く認識できたのだ。
でなければ空気も読まずに「どういう事かわかるように言えー!」と騒いでいただろう。
ただ黙って立っていたのはここにいる最低限の資格がない、という事だけが判るからだった。


意識が戻ったところ、目の前には小さなクレーター。
頬を撫でる穏やかな風。
ただ茫然と突っ立っている頼光。
先ほどの光景が夢か、そして今目の前に広がる光景が現か。
現実感がなくただ茫然としていた。

そんな頼光の懐を探るなど造作もない事だったろう。
事実懐をまさぐられてようやく正気に戻ったように
「ちょ!なにしやがんだこら!おりゃあ男色の趣味はねえええ!!」
着物の中をまさぐられ逃げようとしたが、ヒトサシは目的の物を手に入れていた。
>『キィイイ!ハナセェエエエ!!』
>「咄嗟に意思の一部を切り離して逃がしたのか。とことんしぶとい奴だな」
頼光が道中拾った石の一つにタタリ神が憑りついていたのだ。

口汚く罵る石を眉をしかめながら見ていた頼光の左腕が蛇のようにうねり伸びた。
「おえ?なんで?」
この行動に頼光自身も驚いていた。
タタリ神の残滓を奪わんとしたのだがヒトサシに阻まれ、あわてて左腕をひっこめる。

そのあと、不思議そうに自分の左腕を見ていると、ヒトサシはタタリ神を呑み込んでしまったのだ。
「ええええ?おま、化け物だぞその石!腹下すぞおい!」
あわてて叫ぶがヒトサシは至ってあっけらかんとしている。
だがそれは腹を下すどころではなく、摂理によってそのまま死ぬことを意味するのだ。
ヒトサシもそのことを承知の上だと意図を説明する。

「お、お前馬鹿じゃねーの?死ぬんだぞ?
糞ガキ、お前の神気で腹の中の奴だけ殺すとかできねえのか?
冬宇子、こういうのの専門家だろ?なんか術とかねえのかよ。
マリーは、だめだ。なんか腹掻っ捌きそうだし。
おお、蛇蜘蛛、ほれ、蛇になってこいつの口にずるっと入ってとってくるとか!」
わたわたと狼狽えながら周囲にどうにかしろと喚くのだが……
ヒトサシの顔が穏やになっている事に気付き、口を閉じた。
死を前にしたというにもかかわらず、どこかで見たような穏やかな笑顔にこれ以上言葉が出なくなったのだった。

49 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/06/21 23:49:30 ID:???
全てが終わり、場に静寂が戻った後。
朽ちた牡丹の花が割れた。
花は散った後、種を残す。
種は発芽し新たなる命を芽吹かせる。
だがそこから出てきたのは若葉ではなく人の頭。
見る間に成長し、一人の若者が現れた。
「うははははは!わしは復活したぞ!瑞々しい若き体に!」
現れたのは頼光に似て非なる男。
顔は頼光に似てはいるが比べ物にならぬほど精悍で体も引き締まっている。
しかしその瞳の奥には年を重ねた老齢なる深みがある。
「皆の衆、わしの阿呆の孫が迷惑をかけたの。
こうして復活できたのは皆のお蔭じゃよ。」
にこやかに礼を述べる若者は自分が頼光の祖父、舘花玄幽斎であることを明かした。

死期を悟った玄幽斎は冒険者になるといった頼光を苗床にし、生まれ変わることを画策。
牡丹の花を頼光の体に仕込み、木の再生力と唐獅子の神気を使い生まれ変わるはずだったのだ、と。
唐獅子が頼光維持を優先したため鳥居復活をさせ、神気のほとんどを鳥居に渡してしまったことにより計画は頓挫。
本来の計画ならばあの時復活するのは鳥居ではなく玄幽斎のはずだったのだった。
しかし今回の冒険で祟り神の穢れを神気の代用として復活に至ったのだった。
タタリ神の暴走により種が危機に瀕した時、頼光の体を操り体当たりさせたのも無事復活する為である。

若く生まれ変わり玄幽斎の望むものは語られなかったが、タタリ神の石を奪おうとした頼光の不可解な動きも玄幽斎の意思であるとすれば…
危険を孕む人物であると予測されるかもしれないが、今は何をする気配もないようだった。
「未熟な孫の面倒もあるし、若い肉体を満喫もしたい。とりあえず着るモノがいるの」
そういいながら頼光の着物を剥ぎ取り、抗議する頼光を片手で抑え込む。

突如として復活した玄幽斎は頼光と共に帝都へとその身を移していった。


50 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:23:34 ID:???
止めどなく流れる汗が鬱陶しい。視界が霞む。膝が震え、息は乱れ、短刀がひどく重く感じた。
息継ぎもなしにタタリ神の粘液状の体を切り進み、蛇蜘蛛の体力は限界だった。

(ここらが限界か……後は頼むぜ!姉ちゃんよ!)

足を止める。タタリ神へのトドメはマリーと鳥居に任せた。
残る自分の役割は、万が一、二人が仕損じた際に彼らを粘液の外へと放り出す事だ。
つまり保険だ。だがその事に不服はない。
常に逃げ道を確保しておくのは、その道のプロフェッショナルとして十分理解出来る。
蛇蜘蛛は彼女に『仕事』を頼んだのだ。
ならばその過程で生じるリスクを軽減、肩代わりするのは、依頼者の義務と言える。

蛇蜘蛛が足を止める。
そして最後の役割に備えるべく息を整えようとして――その丸められた背中をマリーの足が踏みしめた。

(んなっ……!ちょっと待った姉ちゃん!え?マジで?結局飛び込んじまうの?いざって時どうすんだよ!)

驚愕と動揺が禁じ得ない。

(いや……違え!)

だが、それは一瞬。即座に思考を切り替える。

(ここまで来れば!万が一にもしくじりゃしねえ!そういう事だよな!姉ちゃんよ!)

地を強く踏みしめ、歯を食いしばった。
マリーの跳躍に負けない為に、マリーをより高くまで押し上げる為に。

「行っけえええええええええ!姉ちゃん!決めちまいな!」

咆哮、そして背中がふと軽くなった。
顔を上げる。陽光によって浮き彫りになった、マリーの影が見えた。

「やっぱりアンタ、かっけえなぁ……!」

蛇蜘蛛は満足気に口角を吊り上げて――

>「ピッ!(蛇蜘蛛さん!)」

「いてえ!?」

鳥居に続けざまに踏み台とされて、耐え切れず地面に倒れ込んだ。

51 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:24:09 ID:???
 


「……で?ここ、一体どこなんだよ」

気がつけば蛇蜘蛛は見渡す限り真っ白な空間にいた。

「……あれ?もしかして俺、死んじまった?ここがいわゆるあの世だったりする?
 オイオイオイ冗談じゃねーぞ!俺ぁまだやりてー事が山ほど――!」

>『よお。って、ノコノコ姿現せるような立場じゃねーけどさ。俺だよ俺、森岡草汰の方』

慌てふためく蛇蜘蛛の視界の外から、声が聞こえた。
彼は咄嗟にそちらへと振り向く。

>『心配するな、崇り神はお前等のお陰で完全に封印された。見ろ、これが本体だ』

「封印……出来たのか。そりゃまあ一安心だな。後はお前を連れ帰れば、俺の仕事はめでたく完了……って、聞いてねえし」

冗談交じりの呟きは程々に、彼は森岡草汰の言葉に耳を傾ける。

>『……罰として、俺は”消えない”。紛い物の月のまま、得た物に二度と会えないまま、独りこの場所に居続ける。
 コイツ等の魂を全て鎮めるまで途方もない時間が流れるだろうけど…俺が孤独で居続けることで、アイツを救えるなら本望だ』

「……それが、お前の本当に望んだ事なら、俺はもう止めねえよ。
 ここに残って、誰かの為に孤独に過ごす……それも、自由には変わりねえ」

白い空間の中で、蛇蜘蛛は森岡草汰に背を向ける。

「お前の事なんざ、俺はさっぱり知らねーから、気の利いた事の一つも言えねーけどよ。まぁ、なんだ。……達者でな」

肩越しに一度だけ右手を振って、後はもう振り返る事もなく、歩み去った。



気がつけば蛇蜘蛛の意識は、現世に戻っていた。
思い切り蹴られた背中が、地面に強かに顎と胸が、というかもう全身がくまなく痛む。
だがそんな素振りはまるで見せないよう立ち上がった。
少し離れた位置にいた冒険者達の元へ戻ると、そこではヒトサシが、タタリ神との心中を果たしていた。

>「頼みがあるんだ。俺は逃げたってことにしてくれねえかな。死んだら、そうだな……そこの滝壺にでも放り込んどいてくれ。
>俺に墓標はいらないからよ……そもそも墓標立てるための名前が無いけど。探偵なら、依頼受けてくれるんだろ?
>生憎、無一文だから金は払えないけどよ……ごめん…な……… ……。………………」

「……俺の依頼に、金はいらねえ。ただ依頼者が幸せに生きて、それを未来に引き継いでいきゃあいい。
 だから……自ら望んで死んでいく奴の依頼なんざ、俺が受ける訳、ねえだろ」

死の淵から望みを託すヒトサシを見下ろし、蛇蜘蛛は答える。

「だから――お前の頼みを聞くのは、依頼だからじゃねえ。
 俺の個人的な、衝動だ。お前の最後の望みを……依頼なんて形で終わらせるかよ」

蛇蜘蛛の目にはヒトサシの熱が、急激に損なわれていくのが見えていた。
彼が息絶えるのを見届けると、蛇蜘蛛はその遺体を抱え上げて、滝壺へと運ぶ。
そして水飛沫の暴れる中へと放り投げた。遺体はすぐに見えなくなった。

「……もし、オメーに次の人生があるならよ。よろずの事は、甲賀探偵事務所にお任せあれ、だぜ」

蛇蜘蛛が目を細め、懐から名刺を取り出して、滝壺に投げ込んだ。

52 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:25:01 ID:???
>「うははははは!わしは復活したぞ!瑞々しい若き体に!」

不意に聞こえた声に振り返る。そこには頼光によく似た男がいた。

>「皆の衆、わしの阿呆の孫が迷惑をかけたの。
  こうして復活できたのは皆のお蔭じゃよ。」

玄幽斎と名乗ったその男は、朗々と自らの計画を明かす。

「……なーんか胡散臭いなアンタ。けどまぁ、とりあえずはおめでとうと言っておくぜ。
 第二の人生、困った事があれば甲賀探偵事務所に是非ご用命を」

蛇蜘蛛は再び名刺を取り出し、鋭く投げ放つ。
それ以上の事を、彼は何も言わなかった。
玄幽斎からは喩えようのない嫌な気配が漂っている。
こいつはいずれ何かをしでかすかもしれないという予感もある。

だが同時に、もしも玄幽斎に本当に何かをしでかすつもりがあったとしたら。
ここで牽制をしたり釘を差したところで、彼は決してそれをやめたりはしない。
蛇蜘蛛はそうも感じていた。だから何も言わないのだ。

「さて、と……そんじゃ今度こそ、帝都に帰ろうぜ。なんか、疲れちまったよ」

帝都に帰り、報酬を受け取れば、嘆願は晴れて完了だ。
蛇蜘蛛は冒険者達と別れる事になる。

「じゃ、またな。縁があったらまた会おうぜ。今度はもうちょい、マシな仕事だといいけどよ」

そう言って彼はコートの裾を翻して、歩き出す。








「……あー!あっぶねえ!忘れるところだった!」

のだが、二三歩歩いたかと思うと蛇蜘蛛はすぐにもう一度、冒険者達の方を振り返った。
そして、まずは視線をマリーの方へ。

「姉ちゃん……じゃどっちか分かんねえか。えっと、マリーで良かったよな。
 アンタにゃ色々迷惑かけたからな。近い内にお詫びの品を送らせてもらうぜ」

それから今度は倉橋の方へと向き直った。
彼の目線はやや揺れていて、蛇蜘蛛は少しばつが悪そうな素振りを見せる。

53 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:25:42 ID:???
「それと……これは単に、俺が言いてえってだけの事なんだけどさ。
 アンタ確か、自分にゃ資格がないだとか、そんな事言ってたよな。
 けどな、それは違うぜ。アンタに足りなかったのは力だけだ。
 人が人を助けようとすんのに資格なんていらねえし……人が人を傷つける資格なんて、そんなモンはねえ方がいいに決まってる」

しかしいざ語り出すと、蛇蜘蛛の目と口調からは、一切の揺らぎが消えていた。

「まぁ、そう思わねえ奴も世の中にゃいるだろうけどな。
 少なくともそう思っていた方が、なんつーの?気楽ってモンじゃねえ?
 アンタ、もっと気楽に生きてもいいと思うぜ」

蛇蜘蛛は俗な人間だ。それに勿論、倉橋の過去など知る由もない。
彼が倉橋に安っぽい希望論を語ったのは、極々単純な理由だ。

怒りながら悲観的に生きる人生よりも、気楽に笑って生きる人生の方がいいに決まっている。

彼はそう信じていて

、だからこそ倉橋にもそんな人生を送って欲しいと思った。
それに彼は、怒りっぽい女よりもよく笑う女の方が好みだ。むしろそうじゃない男なんてまずいないとも思っている。

ようするに九割九分の『良かれと思って』と、ほんの少しの下心、もとい男心に彼は従ったのだ。

「んじゃ、今度こそまたな!あ、そうそう!最後にもう一つ!
 アンタ達なら仕事以外の連絡だって大歓迎だぜ!……なんて、冗談だよ。最後くらい怒んないでくれって!」

言いたかった事を告げ終えると、蛇蜘蛛は今度こそ立ち去っていった。



【後日1】

ある日マリーが自宅に帰るか、あるいは勤務先の大学の自室に立ち寄ると、一通の封書がある事に気がつくだろう。
罠の類ではない。中には数枚の紙が入っていて、ずらりと人名が並んでいた。
マリーほどの暗殺者ならば、それらの名前を見ていくに連れて、それが何のリストなのか理解出来るだろう。
彼女の元に送られてきたのは、田中中佐の率いていた派閥の構成員や、研究の関係者、協力者達のリストだった。

リストを全て取り出すと、封筒の中から一枚、小さな紙切れが落ちる。
甲賀探偵事務所の、蛇蜘蛛幸太の名刺だ。
裏にはこう書いてあった。

『お詫びの品、確かにお届けしたぜ。今後とも甲賀探偵事務所をご贔屓に』


54 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:26:20 ID:???
 


【後日2】

深い宵闇の中を、男達が走っていた。
整然とした、組織的な走り方ではない。
息が乱れ、時折転びそうになりながら、皆が皆一心不乱に走っていた。
彼らは何者かから逃げているのだ。

男達は森に逃げ込んだ。
暗闇の中、樹木の立ち並ぶ鬱蒼とした森の中ならば、追手を撒けると思ったのだろう。
だが彼らの目論見は外れていた。致命的なまでに。

森に満ちる暗黒と、草や石や起伏だらけの道の中で、まともに走れなくなったのは男達の方だった。
ある者は転んで、ある者は木の幹や枝にぶつかって足を止める。

不意に、闇の中に悲鳴が木霊した。断末魔の悲鳴だ。
悲鳴が夜空と鬱蒼と茂った枝葉に食い尽くされると、次に響いたのは足音だった。
とてもゆっくりとした足音――それがやむと、また一つ悲鳴が響き渡る。

一人、また一人と、男達は殺されていく。

『何者か』は闇の中でも男達が見えているようだった。
いや、事実見えているのだ。

彼には、蛇蜘蛛幸太には、男達の残した熱の軌跡が見えていた。

55 :蛇蜘蛛 幸太 ◆w4akHxsq0I :12/06/25 19:28:14 ID:???
蛇蜘蛛が今、殺して歩いているのは、田中中佐の派閥と陰謀の関係者だ。
マリーに送ったリストは関係者全員ではなく、その半分ほどだったのだ。
甲賀忍は時代の流れの中で生き残る為、国を主とした。
ゆえに個の欲望に走った軍人共を始末するのは、確かに彼らの仕事になり得る。

だが蛇蜘蛛は、任務を断る事だって出来た。
国の為に生かされている忍びは彼だけではないのだから。
むしろ、彼が殺しを嫌う事は同じ里で生きた忍び達なら当然知っている。
元々この任務は他の者が請け負う筈だった。

けれども蛇蜘蛛は自ら、強く、今回の一件は自分が始末をつけると主張した。
何も生み出さない、ただの殺しを嫌う彼が何故この任務を受けたのか。
それは――怒っていたからだ。彼は深い深い怒りを抱いていた。

「……もっとよぉ、いい結末があった筈なんだよなぁ。
 こう、変にもつれたり、死ななくてもいい奴が死んだりせずに。
 誰もが幸せになれるような……そんな結末がよぉー」

己の欲望の為に、弱者を利用するような連中に。

「なぁーんで、そうならなかったんだろうな。よう……アンタ、どうしてだと思う?
 え?分かんない?んな訳ねーだろ?簡単な事だぜ。オメーみてーなクソ以下の連中がいるからだぜ」

そんな奴らの為に、何人もの人が死んだ事に。

「俺な、今、すげームカついてんだわ。そして俺は正義の味方じゃねーし、アイツみたくそれになりてーとも思わねー。
 だから、オメーらを躊躇いなくぶっ殺せる。俺にはその自由がある。
 顔も知らねー奴の欲望の為に死んでいく気分はどうだ?最悪だろ?少しは反省してるか?後悔してるか?」

それよりも遥かに大勢が、拭い去れない不幸で人生を汚された事に。

「おぉ、してるか。そりゃいい事だ。もう遅いけどな」

宵闇の中を鈍色の閃きが走る。
また一つ、断末魔と血の噴き出す音が響いた。

と、蛇蜘蛛の背後で足音が聞こえた。
木の幹に激突して倒れていた男が、再び逃げ出したようだ。

「無駄だぜ。どんなに深い闇に潜ろうとな」

闇の中で、人の形をした熱がよく見える。

「蛇は必ずオメーらを見つけ出す」

遠ざかっていくそれに、蛇蜘蛛は短刀を鋭く放った。
悲鳴が聞こえ、熱が消えていく。やがて全てが闇に沈んだ。

「そして報いの牙を突き刺すのさ。弱い奴らの名誉と幸せの為にな」


56 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/06/26 21:35:50 ID:???
気がつけば見渡す限り白に塗りつぶされた世界にいた。
近くを見ているのか遠くを見ているのかもわからなくて目眩がする。
同時に空漠とした不安も襲いかかってきて、鳥居が泣きそうになって辺りを見渡すと、
後ろに冒険者たちとヒトサシ、イグナ、森岡草汰の姿が見えた。

>『俺は水面の月にすらなれなかった紛い物だ。俺ァ本当は太陽を目指してたつもりなんだが…結局なれなんだ。

「まがいもの?それならボクも同じようなものですね。まがいものの見世物です。
でも、誰かが信じてくれたらまがいものでも本物になれるかもしれない。
そんな希望をもってずっと生きてきました」
鳥居は懐から小さな卵を取り出した。それは常連のお客様にプレゼントする卵細工。
少年が石を磨いて作ったものだ。

「これ…、よかったらさしあげます」
彼がそれを森岡に放り投げると、空中で剣と卵がきらりと交差した。
自己の存在を実感するために他人の命を奪い心の痛みを知る。そして最後に自分を救うために贖罪。
考えてみれば結局、森岡草汰を救うことは森岡草汰にしか出来なかったことなのかも知れない。
溺れる彼は彼の欲しいものを掴み取りながら勝手にもがき起きたのだ。
そう、たった独りで…、そしてこれからも。



黒髪を靡かせる穏やかな風が心地よい。現実の世界で、鳥居はクレーターの底で転がっていた。
ゲルがクッションになって怪我は頭のタンコブだけ。それは倉橋の握り拳固に比べたら屁でもないだろう。

身を起こすと頼光が騒いでいる。タタリ神を飲み込んだヒトサシがいる。

>「ただ……やっぱ怖えかな。生きて帰れる保証なんざねーしよぉ……お袋や兄貴にも会いてえよお。
 カッコつけたいけど……草汰みたいに強くなりたいけど……なれねえよ……泣きたくなんざねえのによぉー……!
 ……駄目だな。俺、最後までカッコ悪ィ……生きたかったのに、馬鹿な真似したなァ……あ、昔っからか……」

死を目の前にしたヒトサシの笑顔は洲佐野によく似ていた。
どうしてあんな笑顔になれるのだろうと鳥居は羨ましくも思っていた。

57 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/06/26 21:36:44 ID:???
ヒトサシの遺骸が滝つぼに落ちてゆく。
熱を失ったはヒトサシはみるみる堅くなり人形のように沈んでいった。
それをみて鳥居は悲しくなる。
飢饉や流行病。それに戦。幾度となく繰り返される生と死の輪廻。
それは何度体験しても慣れることはない心に組み込まれた残酷なカラクリだった。

>「うははははは!わしは復活したぞ!瑞々しい若き体に!」

不意に聞こえた声に振り返る。そこには頼光によく似た男がいた。

>「皆の衆、わしの阿呆の孫が迷惑をかけたの。
  こうして復活できたのは皆のお蔭じゃよ。」

玄幽斎と名乗ったその男は、朗々と自らの計画を明かす。

「ぴぴー…」
小さく啼いて後ずさる鳥居。玄幽斎の神気に黄昏のような闇を感じる。

>「未熟な孫の面倒もあるし、若い肉体を満喫もしたい。とりあえず着るモノがいるの」

「頼光をどうするつもりですか?」
炎の神気、朱雀の力は消え鳥居の姿はもとの子供に戻っている。
まるで玄幽斎の気に相殺されるかのように。

>「じゃ、またな。縁があったらまた会おうぜ。今度はもうちょい、マシな仕事だといいけどよ」

「はい。こんど会った時は、女の人の上手な扱い方を教えてください」
歩いてゆこうとする蛇蜘蛛に鳥居は手を振った。
蛇蜘蛛は倉橋とマリーに声をかけ去ってゆく。

「あ、マリーさん。ボクもこれ…さしあげます」
マリーに近づくと鳥居は両手でむにゃっと胸にタッチする。
続いて体力を失っている倉橋に駆けてゆくと顔を近づけて

「べ〜」
舌を出して変顔。その後逃走。駆けて行く先は帝都。頼光のところ。
そして、少年の体から生まれかけた朱雀は消えてしまっていた。
太平の世が訪れるのはまだまだ遠い。

58 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/06/30 23:05:04 ID:???
ヒトサシの一件から数日後
大学での講義を終え、自室へと戻るマリーの両手には
自身が現在調べている遺跡についての資料がいくつも抱えられていた。
睡眠時間を削ってヒトサシを探したせいで、昼間のうちにやろうと思っていたことが
出来なかったことに加え、祟り神との戦いで無理をしたのか、あの後2、3日高熱に魘されたせいで、
いつしか昼間の仕事が恐ろしいほどに溜まってしまっていた。
しかし、普段のマリーならば、その状況でも仕事を持ち帰らず、裏の仕事を続けていたのだが…
それにはちょっとした訳があったりする。
というのも、仕事道具すべて倉橋から紹介された陰陽師のところへ浄化の出してしまっている為
裏の仕事を一時休業せざるおえなくなってしまったからである。
道具は2、3日もすれば返ってくるというが、下手をしたら自身もその陰陽師のところへ行く可能性を考えると
一週間ほど休むことになるだろう。
それだけあれば、溜まった仕事を消化しするだけではなく、少しだけ貯金を作ることも出来なくはないだろう
「最近は色々ありすぎたからな、まぁたまにはノンビリ過ごしたってバチは当たらないだろ?」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、マリーは自室のドアを背で押すように開けた。
すると、視線に入ってきたのは、見慣れない封筒だった。
資料を適当な場所に置き、封筒を確認した瞬間、マリーは少しだけ嫌な顔をした。
「甲賀探偵事務所…アイツか、そういえばお詫びの品を送ると言ってたが」
蛇蜘蛛の顔を思い浮かべた瞬間、マリーは更に深いため息をついた。
きっと封筒の中身は的外れな品なんだろうと期待をせずに中身を確認すると
そこに書いていたのは、ヒトサシの事件に関与していた人物のリストだった。
「…」
マリーは黙ってそのリストを内ポケットにしまうと、同封されていた蛇蜘蛛の名刺を拾い上げ
「品を選ぶセンスはいいが、タイミングは最悪…だッ!」
そう言って、名刺を手裏剣のようにゴミ箱へ投げつけた。
「せめて探偵なら人の都合も考えてほしいものだ」
ブツブツと蛇蜘蛛に対して文句を垂れながら、マリーは資料を抱えて机へと向った。
…一週間後、先に蛇蜘蛛が襲撃したせいで、マリーはとんでもない合うことになり
蛇蜘蛛に対して怒りが爆発することをこのときのマリーはまだ知らない。

小気味良くタイプライターで論文を書きながら、マリーは森岡草汰のことを思い出した。
今回の事件の犯人であり、第一の犠牲者である彼をあの時、死なせてやるべきだったのか
それともあの時言ったように、無理やりにでも生かしておくべきだったのか
あの時、この問いの答えを見出すことが出来ずに、結局、見殺しにしてしまったことは今思っても悔やまれる。
森岡は自分の殺めた人間の怒りや悲しみを鎮める為に死んだ。
だが、それは体のいい言い訳のように聞こえたし、自身の過ちと真正面から向き合うと決意にも聞こえた。
結局のところ、この問いにハッキリとした答えなど…
「…嫌な仕事だった」
マリーはそうぼやき、眠気覚まし用のコーヒーに口をつけた。
無性に口の中にある苦さをコーヒーで紛らわして、飲み込みたかった。
無理やりそれを飲み込むと、急に胸が苦しくなり、手を止めうな垂れると深いため息をついた。
「感傷にひたるなんて我ながららしくないな」
外道相手の仕事ならば、感傷に浸ることも無い
つまり、マリーは心のどこかで森岡を同情していたということではないのだろうか?
「いかんいかん、このままじゃ余計なことまで考えてしまいそうだ。さっさと終わらせないと」
自分に言い聞かせると、マリーは再び作業へと戻った。
だが、しばらくして、マリーの頭に違う疑問が過ぎる
「そういえば、鳥居少年は何故私の…」
別れ際にいきなり胸を揉まれ、驚きのあまり叱ることも問うことも出来なかったが
彼は何がしたかったのだろうか?
自分は女性であるということを認識させ、無理させないためなのか?
それともまた別の意味があるのか…
「だぁ〜そんなことどうでもいい!考えるな考えるな!」
こうしてマリーの休暇は過ぎていくのだった

〔了〕

59 :倉橋 ◆FGI50rQnho :12/07/05 22:24:38 ID:???
雨は降り続いている。
時は子の刻、午前零時。
あまねく夜を照らす月星は重く垂れ込めた雨雲に遮られ、あたりは鼻先も見えぬ漆黒の闇に覆われていた。

まばらに繁る疎林の中を、雨音に混じって、泥濘を蹴散らして走る足音が聞こえる。
続けて、潅木の繁みに飛び込んだかのような、枝折れの音が小さく鳴った。
墨を塗り込めた闇の中に、突如として、眩い光明が閃く。
女児が遊戯に使う手毬ほどの大きさの光球が、高速で飛来し、白光を放って繁みを上から照らし出しているのだ。
閃光に浮かび上がるのは、人型の…されど異形の影。
赤黒い肌、短い脚に比して異様に長い腕、頭頂に突き出す角。
異様に腹の膨れた子供のような姿の妖が三体、光を避けるように顔を背けて、そこに佇んでいる。
直後、ひょう―――と、薄闇を切り裂いて、続けざまに白符が空を舞う。
白符は過たず三体の妖に貼り付き、短い断末魔と共に、木の葉もろとも異形の身体が爆ぜた。

「煉獄の餓鬼よ…居るべき世界にお帰り。現世の餌を食ろうても、お前の飢えは満たせないのだから。
 よくやったね、燐狐(りんこ)……。
 闇の匂いを辿らせたらお前に勝るものはいない。お前は優秀な猟犬だよ。」

静かな足音が接近し、穏やかな青年の声が、虚空の光に労いの言葉を掛けた。
闇の中、やや光度を落とした光球の灯を浴びて、ほの白く浮かび上がる顔の稜線は、
女性のように繊細で、未だ少年のように柔らかい。
青年は白色無紋の狩衣に濃紺の袴姿。折からの雨に濡れそぼち全身に水を滴らせている。
光球は、キキッ――と抗議の声を上げた。
目を凝らすと光の中心に、野鼠ほどの大きさの鼬のような輪郭が伺えるだろう。

「ああ、すまない。犬はお前たちの天敵だったね。」

顎下に滴る雫を指先で拭い、青年が軽く笑って言ったその時、
光球の鼬が、再び鳴き声を上げた。
つい先程の甘え交じりのものとは違う。警戒の色を濃く滲ませた低い唸り声だ。
毛を逆立てて威嚇の姿勢を取り、視線の先は青年の頭を越えて、背後の空へと向けられている。
その視線を辿って、青年が顔を振り向けたとほぼ同時に、上空から渦巻く火柱が降り注いだ。
雨に濡れた樹林が乾燥した材木のように燃え上がり、炎と旋風が辺り一面を席巻する。
闇空の中で、炎の車輪を纏った巨大な顔が、雷鳴の如き呵呵大笑を響かせていた。

60 :倉橋 ◆FGI50rQnho :12/07/05 22:28:24 ID:???
パン――――!
と、短い破裂音が轟き、高笑いが止んだ。
紅蓮の炎に縁取られた大入道の額に、染みの様な黒点が描かれている。
山岳の荒地を焦がしてした炎は跡形も無く消えて、元通りまばらな木々の合間には、
光球を従えた青年が、銃口から細く硝煙の棚引く回転式拳銃を握って佇んでいた。
虚空に浮かぶ髭面が、額の風穴から黒煙を噴き出しながら、
風に煽られた燃えさしの灰のように、ぐずぐずと崩れて夜闇の中へと散ってゆく。

「"かくありなん"――という幻でも見ていたのかい?火車よ。
 瘴気を喰らって猛り、我を忘れていたのか?齢三百は下らぬ妖が、こんなことにも気づかぬとはねえ。
 この驟雨は只の雨ではない。火霊を封じる奇咒の雨だ。
 もうお前には人を焦がすほどの力は残っていなかったんだよ。」

構えた銃を下ろしつつ、哀れむように青年は呟いた。

「何百年もの間そうしてきたように、死体を攫って食うだけなら、まだ目溢しも貰えただろうに。
 この山の瘴気に狂うて、生きた人間を焼き喰らうたのが運の尽き。今は大人しく塵にお成り。
 そして、いつかまた現世に生まれておいで。人が、死を、闇を、怖れる限り、お前たちの種は尽きないのだから。」

拳銃を懐に捻じ込み、雨粒の降り注ぐ漆黒の空を仰いだ。
両の掌を組み合わせて、三種の印を結ぶ。

「乙奇咒日 丙奇咒日 丁奇咒日 右已上三道符
 風遁、雲遁、竜遁―――青竜回首―――急急如玄律令――――!」

すると急速に雨足が弱まり、遠雷の轟く雲の合間から、うねる竜の背が一瞬だけ垣間見えた。

「そっちも片付いたようだな、晴臣…?」

出し抜けに背後から声を掛けられて、振り返った視線の先には青年が二人。
一人は小柄だが俊敏そうな体格、もう一人は痩せて背ばかりひょろ高い。
晴臣と呼ばれた青年と同く、二人ともに白い狩衣を身に着けている。

「ええ。タタリ神の残滓に引き寄せられた魔性のうち、人に禍なすものは粗方。
 残りは小物、腐臭にたかる虫のようなもので、いずれ瘴気が消えれば各々の居場所に散っていくでしょう。」

自ら尋ねていながら返事を聞くまでもない事柄だったのか、小柄な青年は狩衣の裾を絞りながらぼやいた。

「全くやってられねえよなあ!
 上の連中は軍部との駆け引きに奔走してやがるし、
 結局、後始末を押し付けられて苦労すんのは、俺ら下っ端の方技だよ。
 おっと、こんな下々の愚痴を、そう遠くない未来に陰陽助(おんみょうのすけ・陰陽寮の幹部職)に上がる
 名門術士の前で漏らすべきじゃなかったな。」

濡れた服を絞る手を止めて晴臣に挑発的な視線を向ける男を制するように、ひょろ高の青年が言葉を挟んだ。

「まぁまぁ、陰陽寮が軍部の弱味を握るのは悪いことじゃないですよ。
 これを機に、尻拭いを押し付けられて、現場の私らの仕事が増えるようなことも少なくなるかもしれないし。
 ……それより聞きましたか?今回の一件で、あの『人妖の特務部隊』が解散に追い込まれたらしいですよ。」

「けっ、当然だな。
 人間を超越した一騎当千の精鋭部隊だのと噂ばかり大層で、まともに仕事もできゃしねえ。
 事態を収拾どころかややこしくするばかりで、最後は引っ張ってきた民間人に任務を丸投げってんだからな。
 俺らはその後始末をやらされてるんだ。迷惑なこったぜ。」

人ならぬ者達の特務部隊――『大和使団』の存在は、軍部や陰陽寮の関係者の間では公然の秘密となっていた。

61 :倉橋 ◆FGI50rQnho :12/07/05 22:36:12 ID:???
青年の悪態に、晴臣は苦笑を浮かべつつも無言で同意を示した。
彼の言うことは一理ある。なにしろ『大和使団』には、指揮系統が存在していた様子がない。
各人の裁量と能力頼みの杜撰な仕事ぶり。到底組織としてまともに機能していたとは思えない。
思うに、あの部隊は、『人でなくなった者』たちを収監するために創られた『器』だったのかも知れぬ。
だとすれば、いずれ『大和使団』は再建されることだろう。
人であるには不都合な力を持ちながら、人としての迷いも捨てられず、『兵器』になりきれぬ者達には、
居場所と役割を宛がってやらねばならない。
兵器として生を受けた男が、連続殺人鬼ヒト刺しと成ったのも、居場所無き寂しさと迷い故なのだから。

常々、晴臣は、人間や妖の軍事利用を画策し、半ば公然と実験を行う軍部の方針を苦々しく思っていた。
人道的な見地からだけではない。
――――そもそも人は『兵器』には成れない。なぜなら人間とは迷いを抱く者だからだ。
引き金を引かれた銃が、発射を迷うことがあろうか。
迷うた結果、逆に使用者に向けて弾丸を排出するやもしれぬ銃など、致命的な故障を抱えているも同じだ。
使用者の為に正しく力を発揮せぬ兵器に、兵器としての意味は無い。

そういった意味では、人より妖の力の方が、軍事利用に向いていると言えるかもしれない。
妖には迷いが無い。
己の本質に従って行動し、自らの行いや嗜好に疑問を持つことがない。
小豆研ぎは理由などなくとも小豆を研ぎ続け、恐怖の権化である鵺は、本質に従って人を畏れしめることに喜ぶ。
本質が存在に直結している者―――そうした混ざり物のない妖の純粋さが、晴臣は嫌いではなかった。

けれども、妖のようには成れぬ人は、迷いを抱えて生きるしかない。
陰陽道を家業とする家に生まれ、さしたる疑問も持たず継嗣の座にいる自分にも、迷いを抱く日が来るのだろうか。
家を棄てた叔父のように。
迷うことすら怖れて、同じ場所で足踏みを続けている従姉が、迷いに向き合い前に進む日は来るのだろうか?

いつの間にか雨は止んでいた。薄く延びた黒雲の隙間から星の煌きが覗いている。

「さて、漸く超過勤務も終わりです、そろそろ帝都に帰りましょうか。
 今から山を降りれば始発の汽車に間に合うでしょう。」

晴臣は、同僚二人を促して歩き始めた。先導する光球が道無き山中を仄かに照らす。

帝都を跋扈する殺人鬼ヒト刺しと、タタリ神の軍事利用を目論む軍部一派の陰謀。
二つの事件は一つに収束し、一応の結末を見た。
首謀者とされる田中少佐は秘密裏に処分を受けたが、
断崖に転落したヒト刺し――森岡草汰の屍体は未だ発見されていない。
今頃は、解散した大和使団に変わり、然るべき組織の者が、人間側の残党狩りを行っていることだろう。

帝都に戻ったら、療養中の従姉でも見舞おうか。
いや、それより先に、『倉橋冬宇子の紹介』と称して訪れた女の持ち込んだ『暗器』のお清めを済まそうか。
倉橋晴臣は、庁舎に戻り報告を終えた後に訪れる、束の間の休暇に思いを馳せた。
 

【倉橋冬宇子 第四話エピローグ終了 お疲れ様でした】 

62 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:48:01 ID:???
【数日後:→冒険者達】

嘆願をまた一つ終えて、君達は日常の中にいる事だろう。
自宅、カフェ、サーカスのテントの中――日常は至るところに、人それぞれ異なる場所にある。
だが非日常は、どんな場所にも、どんな人にも、等しく訪れるのだ。

「先日は大変な仕事をお勧めしてしまったようですね。本当に申し訳ありません」

君達の元を訪れたのは受願所の受付嬢だ。
少なくとも顔形を見る限りは、間違いなく。

「あんな仕事を貴方達に勧めろなどと、私も何かおかしいとは思っていたのですが……。
 なにせ私はただの下っ端、しがない受付嬢ですから。事の全容を知らされたのは全てが終わってからだったのですよ」

受付嬢は徹底的なまでの無表情と、抑揚の乏しい口調は決して崩さないまま、語り出す。

「ですが流石ですね。鵺の封滅に続いて今度は神殺しとは。
 貴方が始めて受願所に来た時には、まさかこれほどまでの成果を上げるとは夢にも思っていませんでした」

彼女は唐突に君達を褒め始める。
口調と表情も相まって、彼女が一体何を考えているのかを読む事は非常に難しい。
そもそも受付嬢が受付を離れて冒険者を尋ねている時点で、既に予想の埒外だろう。

「ですが……貴方は、貴方達は、少し成果を上げすぎました。
 警察や軍に代わって政治犯を倒したり、誰も受けたがらない嘆願を軽々とこなし、
 妖獣退治もお手の物で……凶悪な殺人犯を追い、挙句それを始末したり」

「端的に申し上げますと、貴方達は有用過ぎます。ただの一、冒険者にしておくには」

受付嬢が右手を懐へ。
黒い札を取り出して、君達の前に差し出した。
それは冒険者の免許だった。君達の名前が記され、顔写真が貼られている。

「貴方達の新しい免許証です」

銅でも銀でも金でもない、僅かな艶を放つ黒の免許証だ。

「これを持つ冒険者には優先的に、危険であったり厄介な嘆願が回されます。
 時には軍や警察、国から直接嘆願を受ける事もあるでしょう」

「ですが、悪い事ばかりでもありませんよ。高額の報酬は勿論、
 その免許証があれば一般の冒険者では許可の下りない区域へ冒険に行く事が出来ます。
 ……行く事が出来るという事はつまり、行かされる事もある、という事ですが」

拒否権について、受付嬢はまるで言及しなかった。
説明するまでもなく、と言わんばかりに。
仮に君達が抗議の声を上げたとしても、彼女はこう答えるだけだろう。
「私はただの下っ端、しがない受付嬢ですから」と。

「では……早速で申し訳ないのですが、嘆願の話をさせて頂きますね。今回の依頼は――」


63 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:48:43 ID:???
 


【→マリー】

時を同じくして、君の元にも客人が訪れる。

「――おう、マリーってのはアンタの事かぁ?」

客人は、男だった。
体格は男にしてはやや背が低く、しかし筋骨はしっかりとしている。
服装はところどころ色のくすんだ作務衣。
黒く硬そうな髪は虎刈りに、顎と唇の上には髭が野放図に伸びている。
腐って淀んだ川のような目つきと、へらへらした笑いがひどく印象的だ。

男は不遜な声色でマリーに声をかける。
相手が初対面である事や、そもそもまだ目当ての人物か定かでない事すら気にしていない。

「へぇ、殺し屋って言うだけあって、アンタ目つき悪いねぇ。勿体ねえなぁ。
 おっと、気を悪くしたなら謝るぜ。だからぶっ殺すのは勘弁してくれよ、へへ」

「なんたってアンタ、随分と仕事熱心らしいからなぁ。
 ただの冒険者が暗殺の嘆願を受けるだなんて、信じらんねーよ。受付の女がぼやいてたぜぇ。
 「仮にも国営の機関である受願所が殺人の斡旋をしているなど、世に知れ渡ったら大事なんてものではありません」〜とかよぉ」

受付嬢を真似た口調で喋りながら、男は作務衣から黒い札を取り出す。
双篠マリーの新たな免許証だ。

「コイツの申請が通るまでくらいは大人しくしていてくれとか、聞いてなかったのかよ?
 年がら年中人を殺してなきゃ気が済まねえなんて……っと、この辺にしとくか。ともかくほらよ」

男が免許証を投げ渡す。

「おめでとさん、ソイツはこの国での殺人許可証みたいなモンだぁ。精々商売繁盛してくんな」

それと、と男は話題を切り替える。

「アンタ、確か考古学者もやってんだっけかぁ?
 お上が一つ、殺し以外でアンタに頼みたい事があるんだってよ」

男は勿体ぶるように一度言葉を切ってから、続けた。

「なんでも、中国大陸にあるとある遺跡を『盗掘』して欲しいらしい」

盗掘――考古学者であり、悪を滅する暗殺者でもあるマリーが聞けば、良い反応は示さないだろう言葉だ。

「……なんか気に障る度に目ぇ細めんのはやめてくんねえかなぁ。
 盗人にも三分の理って言うだろ?まぁ話は最後まで聞けって」


64 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:49:04 ID:???

「大明が滅んで以来、向こうの方が戦続きだってのは知ってるよな?
 けどなぁ、その戦乱も最近になって終わりの兆しが見えてきてんのよ。
 どうも清って国が、次に中国大陸を統一しそうな流れになってる」

「で、やっこさんも既にそのつもりみたいでなぁ。
 下準備っていうのか、取らぬ狸の皮算用っていうのか、まぁ次の事に手を出してる訳だ。
 例えば海外との貿易を視野に入れた都市開発を始めたり、首都近辺の治安回復に兵を回してみたり、」

「――食だの芸術だの、遺跡だのの文化を保存しようとしてみたり、なぁ」

「中国大陸での戦は、基本的には漢民族による壮大な内輪揉めだ。
 同じ民族だからこそ、その土地を一体誰が取り仕切るのかで躍起になって、千年以上も争ってんだ。
 とんだおマヌケ野郎共だよなぁ」

「ま、とにかく、清としてはだなぁ。
 そんな下んねー争いのせいで、民族が生きてきた証とも言える文化が無くなっちまうのは勿体ねーし、
 どうせ自分達が勝って中国大陸を統一すんだから、結局自分のモンになる遺跡から色々持ち出したってなんら問題ねーだろって思ってる訳だ」

「で、俺達冒険者の出番って訳だ。広大で、罠もあるだろう他国の遺跡を攻略する為に大勢の兵を動かすのは、
 流石の清も出来ねえようでなぁ。俺達を借りられねーかとお上の方に打診が来たんだとよ。
 お上としても清が大陸を統一した後の事を考えると、今のうちに恩を売っておくのは悪くないと思ったんだろうよ」

「向こうの方じゃ、遺跡や文化財をバラして家を建ててる奴までいるんだぜ。戦のせいで金がねえからってなぁ。
 そんな土人共に跡形もなくバラされちまうよりかは、俺達が盗み出した方がマシってモンだろ?
 ……どうしても『盗掘』ってのが気に入らねえなら、俺や他の奴の見張りって名目で来てもいいしなぁ」

「ま、そんなとこかぁ。……おっと、いけねえ。一つ忘れてた。盗掘にゃ俺も同行する。
 実は俺も『黒持ち』でねぇ、同業の間じゃ『生還屋』って呼ばれてる。ま、いっちょよろしく頼むぜぇ」


65 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:49:32 ID:???
 


【→冒険者達】

「――と、言う訳です。では早速準備を整えて、一時間後に嘆願所にお越し下さい。
 火急の依頼との事でして。すぐに清国へ向かって頂きます」

受付嬢の口調は依然変わらず、君達に反論の余地を与えない。

「あぁ、そうそう。一応、貴方の他にも何人かの冒険者を募っていますので、そこのところはご安心下さい」

それは生還屋のような『黒持ち』の冒険者であったり、
単なる『遺跡探索』という名目で募集した一般の冒険者であったりと色々だ。
中には奇しくも独自に『盗掘』に思い至る者もいるかもしれない。


【嘆願所】

多くの、一般の冒険者が集う嘆願所。
様々な依頼が並ぶ嘆願板へ新たに一つ、一際大きな嘆願書が貼り付けられた。
そこにはこのような旨の事が書かれている。

『中国大陸のとある遺跡を攻略して欲しい。
 国の重要な文化財として保存したいが、内部の構造が分からない為、迂闊に人を送り込めない。
 日本には冒険者という、未踏の地を渡り歩く事を
 
 追記:戦火が及んでしまう前に保存を済ませてしまいたいとの事で火急の依頼となります』

盗掘や中国大陸の情勢に関する記述は一切ない。
あくまでも単なる遺跡攻略の体で嘆願は掲示されていた。
実際、内部の構造さえ分かってしまえば、後は清国が少数の兵で文化財を持ち出してもいい。

冒険者達が事情を知っていれば、より目的に適した動きが出来るのは間違いない。
が、事情を知らなくとも、清国の目的達成の支障には成り得ないのだ。



66 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:52:43 ID:???
修正

『中国大陸のとある遺跡を攻略して欲しい。
 国の重要な文化財として保存したいが、内部の構造が分からない為、迂闊に人を送り込めない。
 日本には冒険者という、未踏の地を渡り歩く事を生業とする者達がいると聞いた事がある。
 彼らならばきっと、見事に遺跡を踏破してくれるに違いない』

67 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 01:53:03 ID:???

【→飛行場】

君達が知らされた集合地点は、飛行場だった。
甚く大規模なもので、何も知らない者なら軍事基地だと紹介されても納得してしまうほどだ。

嘆願所は国営機関であり、日夜数えきれないほどの依頼を捌いている。
が、その依頼を達成してくるのはあくまでも冒険者達だ。
実際に嘆願所で働いているのは受付嬢や、幾ばくかの裏方達だけ。

つまり嘆願所には軍や警察などと比べて、人件費がかかっていない。
加えて冒険者達への報酬は嘆願主から出て、更にその嘆願主から依頼の手数料も取っている。
時たま冒険者達へ追加の報酬を支払う事はあるが、それを踏まえても嘆願所は支出を収入が大きく上回っている。
だから広大な飛行場を建てる事だって出来るのだ。

それらは全て冒険者達の活躍があってこそだ。
だからこそ彼らに利益を還元する為、彼らの活動をより拡充させる飛行場が建てられた。
なんて、そんなもっともらしい名目があったりもするのだが、その金の使い道に納得出来ない者も、少なくはないだろう。

「流石に飛行機は軍の払い下げですけどね。
 ですが科学はまさに日進月歩、ついこないだの最新機がもうお払い箱になって流されてきました。
 それではいってらっしゃいませ。仕事の成功と皆様の無事を祈っておりますわ。なにせ私はただの下っ端、しがない受付嬢ですから」

ついこないだの最新機――とは言えこの時代、飛行機の技術はまだ未熟も未熟。
複数人が乗り込むタイプの飛行機などは特に、作られて間もないものだ。
雨風は入り込んでこないものの、不定期な揺れ、防寒着を纏わなければ耐えかねる寒さ、
そしてそんな中で居眠りしている『生還屋』のいびき。
少なくとも快適な空の旅とは言えないだろう。


68 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/06 02:12:28 ID:???
【クエスト:遺跡探索
   目的:遺跡を攻略して文化財を保存する
コンセプト:ダンジョン攻略
    敵:???
目標ターン数:未定】

【クエスト開始は次からです。よろしくお願いします】

69 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/07/09 22:37:24 ID:???
長屋に訪れた受付嬢から渡された黒い免許には頼光の顔写真が貼られていた。、
それは一回の冒険者を超えたと認められた証。
一介の冒険者にしておくには有用すぎる。軍や警察、国からの直接嘆願を受ける。
このキーワードは頼光の安い自尊心をくすぐるには十分だった。
「ぬははは。そうかそうか、遅きな感もあるが俺様の力を国が認めたか!
ゆくゆくは公爵様か大公か!楽しみだわなあ!」
大笑いする頼光をよそに、兄のような風体の祖父、玄幽斎は冷たい目で黒い免許を眺めていた。

確かに頼光は鵺封滅と神殺しの嘆願を受け生還している。
だがそれは頼光の力ではなく、むしろ頼光は「いただけ」であるのだ。
普通の冒険者としての昇格ならいざ知らず、黒免許となればそれを知らずして与える事はない。
となれば、頼光にこの黒免許を与える理由は。
そう、自分にある、と。
幕末から明治にかけて陸軍の機械化を進め、華族にとりたてられたとても昔のこと。
と思っていたが、国の情報機関は甘くないようだ。
玄幽斎の復活を把握しており、それを込みでのこの黒免許なのだろう、と。
「ふくくく、首輪のつもりかのぉ。」誰ともなくつぶやいた。

「おおおう!爺い!黒免許ででかい仕事も入ることだし!いい加減派手な術教えろよ!
基礎だのなんだのもういい加減飽き飽きだ!こう、なんてえか、ぶあー!ってみんな蹴散らすようなよおお!
それか蒸気甲冑作ってくれよおお!」
黒免許を受け取りテンションの上がった頼光が受付嬢の説明も聞かずに玄幽斎に詰め寄った。
ヒトサシとの戦いの後、頼光と暮らしている玄幽斎。
せっかくだからと頼光に術を仕込んでいるのだが、これがまた才能がない上に飲み込みが悪い。
質が悪い事にそれを自覚せずに、見た目派手な結果だけを求めるのでますます覚えが悪く、身につかないという悪循環に陥っていた。

「このタワケ者が!そんな派手な術をお前が使えるわけなかろう。
それに術というのは術そのものよりもその運用法が何よりも肝要なんぢゃ!」
一喝するもそれでめげる様な相手ではなく、更に言葉を続けることになる。
「蒸気甲冑は金食い虫ぢゃ!作ってほしかったら嘆願で稼げ!
良いからお前は向こうで歩法やっとらんか!」
術の基礎にして基本を命じ叩きだすと、改めて受付嬢の話の続きを聞くことになるのであった。


しばらくした後、玄幽斎が表に出るとあわてて煙草を捨てて歩法の真似ごとをする頼光の姿。
一事が万事この調子だとため息をつきながら
「頼光、お前大陸に行け。」
冊子と皮でできたタスキを差し出しながら有無を言わさぬ口調で言いつける。
タスキには小さな縫込みが並んでおり、そこには番号が書かれたコルクで蓋をした試験官が多数差し込まれていた。
「冒険でいりそうな植物を入れておいた。この紙に使い方がかいてある。から持って行け」
禄に修行をしない頼光では術は使えない。
が、それでも術を発動させる火打石くらいはできるというものだ。
不服そうな顔をする頼光に
「日本で小さく収まっておってはいつまでも貴族にはなれんぞ。
わしもそうだったように世界を相手にするくらいでないとのお。」
と付け加えると、ころっと機嫌がよくなり詳細も知らぬまま頼光は身支度を整え空港に向かっていった。

遠くに消えていくその背中を見ながら玄幽斎は大きくため息をつきながら、先日訪ねてきた鳥居という少年を思い出していた。
400年の時を吸血鬼として生き、鵺との戦いで自分の代わりに再構築され人間として甦った少年。
玄幽斎復活の影響で身に籠っていた神気が散ってしまってはいたが、なくなってはいない。
それをどう引き出すか、どう生かしていくのか。
術者として、研究者としては孫の頼光よりも興味をひくところだ。
「さて、不詳の孫とあの少年がわしに現代の世界を見せてくれるか、楽しみだわのお。」
暗い笑みを浮かべながら庭の木をそっと撫でて呟いた。


空港についた頼光は目を丸くして飛行機を見ていた。
「なななな!なんだこれは!でけええ!これが空を飛ぶのか!うおおおおおお!!すげええええ!
よし!次の蒸気甲冑は迦楼羅で空を飛べるように爺いにいっとくか!」
かくして頼光は機上の人となり、目指す大陸へと渡ることになる。

70 : ◆PAAqrk9sGw :12/07/10 00:28:37 ID:???
――大正某年、京都。
鵺退治を始め、数々の怪異と妖怪退治の伝説が遺されており、阿部晴明を初めとした多くの陰陽師を輩出した。
また延暦13年から明治2年の約1000年間、都として機能し続け、今もなお日本の歴史を色濃く残している。
古き日本の文化の象徴とされるこの地で、新しきを求める少女の物語が今、始まろうとしていた――


「あ り え へ ー ー ー ー ー ー ん!!」

のどかな街の一角に建つ、江戸時代に建築されたであろう古い日本屋敷。
巨大な門に掛けられた表札の『尾崎』の字が光るが、直後に甲高い大声でぶるっと揺れた。
その声に驚いて、屋敷の裏にある山から鳥が数羽飛び立ち、木々が喧しくガサガサ鳴り響いた。
「――んま信じられへんわ。英国から帰ってきたらこの不貞……今日で勘当や糞親父!あーもほんまに信じられんわー!」
「待ちィや、話聞けってじゃじゃ馬娘ェ。お前絶対何か勘違いしとるで!」
黒くくすんだ木目の廊下を踏みしめるは、少女の足と、それを後を追いかける男の足。
少女は乱暴にトランクを引き摺り、その足元では鼠のような生き物が顔色を窺うように付いて歩く。

「勘違いも糞もあらへんで!アンタ言うとったよな、再婚なんかせーへんてオカンの仏壇に誓うとったよな!?
 で?何や、ウチが向こうでせっせこ修行しとる間に新しいオンナ作って膝枕に耳かきやて!?大概にしいよ助平親父!!」
どうやら修羅場の様子だ。親父と呼ばれた男の頬から冷や汗ひとつ伝い、否定も肯定もしない。
遂には"親父"へと振り返り、びしっと人指し指を突き付けた。
「……決めた。ウチは英国で培った業で、一人で成功したる!帝都で一旗上げて、その高っかい鼻へし折ったるわ!!!そんでもって…………」
少女は高らかに宣言し、人差し指の代わりに親指を突き出し、ビッ!と鋭く地へと向けた。

「家族(アンタ)なんか、糞 く ら え や!!」

――舞台は移り、帝都。
道行く人々の目を憚るように、座り込んで丸くなる薄汚れた作務衣姿の少女が一人。
ぼさぼさで手入れをしていない髪の下には、半分が包帯で覆われた、血の気も覇気も無い顔。
影の差す三白眼が髪の間から覗き、生気を感じられない。通りすがりは気味悪がって近づこうとしなかった。
誰がこの少女を見て、かつて国軍の下で働いていた隠密機関の一員だと思うだろうか。いやいないだろう。
「はぁ……まさか真っ当に働くのがこんなに苦しいだなんて思いませんでした…。世間って厳しいです……」

大和使団が解散してからというもの、いぐなは定職に就く事もままならず日雇いの仕事に奔走していた。
戦う事と蛇の如き身体能力(というより蛇なのだが)だけが能だった彼女。裏を返せば、人間らしい所作がとことん苦手なのだ。
接客が売りのカフェーでは、客に媚び一つも売るどころか上等なスーツにコーヒーをぶっかけ即日クビ。
女工として紡績工場で働いてみれば、大事な機材をぶっ壊してしまい工場はパニック、逃げ出す羽目になった。
鳥居少年に頼んでサーカスで働こうかとも考えたが、幕の影から大勢の観客を目の当たりにし、すごすご退散するしかなく。
結局、鼠退治や蜂の巣駆除で生計を立て(なんせ駆除対象が蛇の餌だから食費が浮くのだ)、
仕事が見つからない時は日がな一日通りに座り込む日々。このままでいいのだろうかと焦燥感がつのる。上司になじられていた日々が懐かしい。

(最近ろくに食べてませんし……かといって冒険者に転身なんてそれこそ……)
最初は冒険者として働くという手も考えたが、プライドが許さず、頭を振った。
以前から冒険者と関わって良い思い出などない。つい最近遭遇した時は大和使団解散の原因のひとつにもなった。
好印象など持つ訳ない。向こうもそうだろうが……。

(あ、でもあの少年、私のこと可愛いって言ってくれました……あれは少し嬉しかった、かな……)
蜘蛛の巣で我が身を助けてくれた助平少年の笑顔が脳裏に横切るが、腹の音にかき消される。
余計虚しくなり、「帰ろう……」と一人ごちて寝床である長屋へと戻っていった。


71 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/10 00:29:57 ID:???
――数刻後。
先程いぐなを見かけた通りすがりは、横を弾丸のように駆け抜ける少女を見て目を丸くした。
今までの死人が如き様子はどこへやら、頬を紅潮させ、手に手紙のようなものを握りしめて走る、奔る。
差し出し人は彼女のよく知る人物だった――最後に顔を合わせて何日が経ったということもない。
手紙には『すぐ「もりおか食堂」のあった場所へ来てほしい』、と乾ききっていない墨で書いてあった。
いぐなは脇目もふらず人ごみをすり抜け、目的地へと目指した。あの角を曲がれば、もうすぐ――――!

「…………あれっ」

無い。端的に言えば、あの古風な食堂は消失し、代わりに桃色を基調とした西洋風の店が建っていた。
引き戸の代わりに木製のドア、見慣れぬ横書きの英語の看板。紅茶と菖蒲の薫りが鼻をくすぐる。
道を間違えたか?頭に「はてな」を大量に浮かせるいぐなの目と鼻の先で、ドアが唐突に開かれた。

「ん?どちらさんや?」

――目の醒めるような紅!束ねられた曼珠沙華を思わせるような赤髪が、いぐなの目を奪う。
黒豆のような瞳がぐりぐりっといぐなを凝視し、ずいっと顔を近づける。菖蒲の薫りは彼女からするようだ。
窮屈そうな着物の上からフリルのエプロンを身につけ、どことなくカフェーの女給のような出で立ちだ。
肩口に鼠を乗せているとは風変わりだ。そんなことを思っていると、少女の顔がほころんだ。
「あ!分かった、給仕希望やね!?やー意外と来るの早いもんやねー!」
「え?え?」

赤髪女は何をひとり合点したか、「遠慮せんと入りーや!」といぐなの細腕を掴み中へと引き入れた。
中は西洋の資料写真で見たような、いかにも西洋の食事処といった感じだ。丸テーブルにテーブルクロス、キャンドルと花瓶。
内外どちらもかなり金をかけて改築した様子が伺える。落ち着かない様子で店内を眺めるいぐなを座らせ、
赤髪女はてきぱきと書類を幾つかと朱肉を出し、いぐなの向かい側にふんぞり返って座った。

「アンタ名前は?年は?性別……は女よね。給仕経験ある?所帯持ち、それとも独身?それと……」
「ちょちょちょ、ちょっと!待って下さい!何の話ですか?ここ、一体何なんですか?そもそも貴女何者ですか!?」
西特有の癖のある喋りで捲し立てられ、慌てて目の前で手を振り否定すると赤髪女はキョトンとしていぐなを見据えた。
眉間に指を押し当て、何やら思案するとあー、と声を上げ、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「あー、ゴメン説明足らんかったみたいやね。ウチは『尾崎あかね』。ここ、欧風料理屋『クローバー』の店長。
 こないだ新装開店したばっかなんやけど、如何せん見切り列車みたいなやり方やったから客は集まらんし前途多難なんよねー。
 先に従業員だけ募集してみたもののダーレも来やせん。諦めかけとったトコにあんさんが来たけ、つい勘違いしてもうたんや」
「はぁ……(そそっかしい方ですね。誰かに似てるような……)」
渋い顔をするあかねに、いぐなは自分でも気付かぬ内に自己投影し同情する。それもつかの間、あかねはいぐなの全身を眺め回すや、その手を取った。

「な、ウチで働かん?その身なりからするに、働き口ないんやろ?」
「へっ?えっと…でも私…………」
「初心者大歓迎やで!本格的に仕事くるまで時間あるやろし、研修生としてからでも問題ないて」
咄嗟に断ろうとも考えたが、押しの強いあかねの言葉にはたと思いとどまる。職のないいぐなにとって、これは好機かもしれなかった。
鼠や虫を食べてばかりのひもじい日々とおさらば。その事が頭に思い浮かぶあまり手紙のことも忘れ、その手を握り返した。

「……っはい!ぜひ此処で働かせて下さい!!」
「っしゃあその意気やでカモゲットォ!」
「へ?カモ?」
「あ、いやこっちの話や」

いぐなは「何故鴨?」と訝るがあかねはそれを誤魔化し、質疑応答を通して面接用紙に事項を書き込んでいく。
最後に拇印を押し、契約完了。晴れていぐなは、クローバーの従業員第一号として採用された。

72 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/10 00:31:07 ID:???
「んじゃ、今日から早速よろしゅうな。と言っても、まずは店の宣伝とか従業員の追加募集になるけど……」
「? こちらの書類には何も書かなくてよろしいのですか?」
チョロチョロとテーブルの上を走る鼠を目で追い、いぐなは「おや?」と首を傾げ、
ビラの束を取り出すあかねに声をかけると、『それ』を手にとってみせた。
掌ほどの小さな古い巻物。書類の一部だといぐなは開いたが、振り返ったあかねは仰天して血相を変えた。
「ちょ!それに触ったらアカン!!」
「え?」
遅かった。巻物には何も書かれておらず、黄ばんだ紙面にいぐなの朱肉が付いた親指がうっかり触れた。
刹那、朱肉の色が巻物に吸い込まれ、まるで蚯蚓のようにひとりでに字を連ねてゆく。
『八又巳頭飯綱』――そう綴られた刹那、親指の触れた場所から閃光を放ち、いぐなを包み込む!
「きっ……嫌ァアーーーーーーーーーーーー!?」
眩い光に包まれるいぐなの形相を、『犬頭の鼠』は動じることなく食い入るように見つめていた――

     ○

数日後、嘆願所に尾崎あかねの姿があった。頭部に巻物を括りつけ、肩に犬頭の鼠と、白い蛇を乗せている。
周りから奇異の視線を受けても臆することなく、ある嘆願書を見上げていた。

「中国の遺跡攻略……此処にヒントがあるかもしれんね」
あかねは大真面目な顔で清国からの嘆願を何度も読みこんだ。
何故料理店を営む筈の彼女が嘆願所にいるのか。理由は他ならぬ肩で不貞腐れる蛇、もといいぐなの性である。
いぐなが触れた小さな巻物……それは妖怪や霊の名を強制的に奪い封印・持ち主の支配下に置く巻物、
その名も『黄泉渡狐狢狸書(よみわたしこうくりしょ)』だったのだ。
京都にあるあかねの実家から持ち出した巻物らしいが、どうもその出自が中国大陸であるらしいこと、
封印を解除するためのもう一つの巻物がどこそこの遺跡にあることが判明したのだ(父親が自慢げに話していた)。
しからば探しにいくべしと、いぐなは鼻息荒く、あかねは責任感と店の事を考えて赴いた次第である。
要は遺跡攻略に便乗した盗掘行為であるが、致し方ない。全て店の為だ。

>「なななな!なんだこれは!でけええ!これが空を飛ぶのか!うおおおおおお!!すげええええ!
「うっひゃーーーー!英国でも似たようなん見たけど、科学ってこんなもんまで造れるんやねー!」
ドテラ服の青年の横で、あかねも黒豆目を輝かせ笑顔を見せる。京都では滅多にお目にかかれない光景だろう。
だが犬頭の鼠、犬神の敏は興味なさげにエプロンのポッケで寝こけ、蛇のいぐなは警戒心丸出しであかねの髪に隠れた。


「ね、ねっ中国ってどんなとこやろな?万里の長城見れるかな?ウチ中国行った事ないけん観光とかもしたいなー」
今から盗掘しにいくような素振りも一切見せず、遠足気分ともとれる発言をする。
しばらくキャイキャイはしゃいでいたものの、次第にその顔色は優れないものとなっていく。
距離が近いとはいえ、異国への旅としては些か準備が足りなかったのではないか?と不安に駆られた。
「あ、せや。念の為に食糧持ってきとったんやった」
鞄から取り出したのは、紅茶を詰めた水筒と彼女の手料理の入った箱。
水筒の中身は普通のお茶だが、手料理の方からは臭いや色から申し分なく「ヤバげ」な気配しか感じない。

「はじめまして。ウチ、『クローバー』って店の店長・尾崎あかねっていいます。
 ひと仕事の前に欧風料理「スコーン」を紅茶と一緒にいかがです?」
しかし当の作った本人はさして気にする様子もなく、親睦と宣伝もかねて冒険者達に振る舞う。
ついでに従業員募集のチラシを挟んで、ちゃっかり宣伝行為を行うあかねであった。

73 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/07/12 19:36:48 ID:???
サーカス小屋の自室で、鳥居呪音は下着姿でせっせと卵細工を作っていた。
卵の殻に一角獣を彫ってみたり、綺麗な透明な石を卵の形に磨いたりして
特別な人にプレゼントするためだ。窓から差し込む光はプリズムのようになった
卵の中で乱反射を繰り返して虹の光を室内に生み出している。

静寂のなかで鳥居はタマゴを見つめながら肩を落とす。
その口からは盛大な溜め息が洩れる。

「ふむむ〜。もっと迫力のあるモノをタマゴに彫ってみたいです。
たとえたら迫力のある龍とか、鳳凰とかすごい深みのある何か…。
あの倉橋冬宇子の怒気にも負けないくらいのです。
彫像でも絵でもなんでも良いから、すぐれた作品を見て、その迫力を感じ取れたら」

鳥居は、夢みたいなことを考えながら汗で湿った下着をおろすと
パンツがくるぶしに引っかかったので足をぶんぶんしてを放り飛ばす。
運が良いことに受付嬢が黒い免許証を持って現れたのはちょうどその時だった。

――日常から非日常の世界へ。嘆願を受けた鳥居呪音は空港に来ている。
一刺しの事件から今日まで少し落ち込んでいた気持ちも、
飛行機をみることによって若干薄れたような気もしていた。
それにこれから空を飛べるのだから、テンションのあがらない男子はいない。

>「なななな!なんだこれは!でけええ!これが空を飛ぶのか!うおおおおおお!!すげええええ!

頼光の歓声が響く。驚くべきことに彼も黒免許をもっていたのだ。
しかし、この前に見た玄幽斎という男はいったい何者なのだろう。
一瞬、不安な気持ちが頭をよぎった鳥居だったが、頼光の何時もと変わらない様子に胸を撫で下ろし
横の少女に視線を移す…すると。

>「うっひゃーーーー!英国でも似たようなん見たけど、科学ってこんなもんまで造れるんやねー!」
赤毛の少女は声を張り上げ大はしゃぎ。肩の白蛇はどこかで見たような気もする。
話しかけるのはもう少し様子をみてからにしよう。鳥居は機内に入り座席につく。
窓から見送りのサーカス団員たちが手を振っているのが見えたが
それはみるみるうちに景色に流されて、ついには地面と飛行機が離れたことが感じられた。

74 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/07/12 19:39:52 ID:???
しばらくして鳥居は、座席に埋まりながらちらちらと辺りを窺いはじめた。
もしもマリーがいたら、胸をさわった罰で握り拳固一発お見舞いされるかもしれない。
考えるとぞっとする。気分的にも。肉体的にも。実際に機内はとても寒い。
なので黒マントに夜会服姿の鳥居の体の震えが止まらない。おまけに揺れる機内に男のいびき。
はじめての空の旅はロマンチックの欠片もない凄惨なものとなっていた。

>「はじめまして。ウチ、『クローバー』って店の店長・尾崎あかねっていいます。
 ひと仕事の前に欧風料理「スコーン」を紅茶と一緒にいかがです?」

尾崎あかねが差し出してきたものは「スコーン」という欧風料理。
鳥居は寒さで震える手で紅茶を受け取って、尖がらせた口でずずっとすする。

「ありがとうございます。あったかいですね。地獄に仏とはこのことでしょうか?
僕の名前は鳥居呪音。アムリタサーカスの団長です。よろしくお願いします」
すっと差し出した指先には、いつの間にかサーカスの名刺。
鳥居はかっこつけてみせていた。
今は10歳の容姿だが、もう数年後は身も心も大人になってみせる。
このくらいの揺れで大騒ぎしたりするのは本物の男ではないのだ。

「でもあの人、こんなに機内が揺れてるのに鼾をかいて寝ているなんてすごいです。
やっぱり黒免許もちは一味ちがいますね。見習いたいものです」
鳥居は羨望の眼差しで男を見つめていた。

75 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/07/14 23:31:18 ID:???
〔自室にて〕
安物のソファーに腰を下ろしながら、嫌悪感丸出しの表情で
客人を見据えていた。
「ヅカヅカと部屋に押し入っての第一声がそれか、礼儀ってのものがあるだろう」
品性の欠片も感じられない男の態度に嫌悪感を表すが
男はそれを気にすることもなく話を続ける。
「堅気の人間だとは思えない風貌をした奴にそこまで言われる筋合いは無い
 …用があってきたんだろ?ただからかいに来たのなら痛い目に合わせるぞ」
殴りつけたいという衝動を押さえつつ、マリーは男を睨みながらも
話を本題へ移らせようと促す。
すると、男は作業衣から、黒い札。以前から申請していたマリーの黒免許を取り出してみせた。
普通に取得できる免許には限界がある。
普通の免許で受けられる殺しの仕事はかなり限られている。
警察では手をつけることが出来ない凶悪犯か、個人的な怨恨に関係するもの等
とどちらかと言えば小規模のものだが、黒免許ならば
暴走した一部の軍組織や、政財界の裏で暗躍する怪物などと
一般人が太刀打ちすることの出来ない相手さえも黒免許さえあれば殺すことが出来るのだ。
だが、それを取得するには厳しい審査を通らねばならないのだが、
今回の一件でようやく審査を通ることが出来たようだ。
「お前は癪に障るようなことを言わなきゃ気がすまないのか?
 それとも殺されたいか?だったら今からタダで殺してやろうか」
怒りに任せて、殴りかかろうとした瞬間、男の次の言葉を聞いた途端、ピタリと動きを止めた。

〔飛行機内にて〕
各々好き勝手している機内にて、マリーは難しい顔をしながら窓の外を眺めていた。
一考古学者としては、盗掘という行為はあまり響きのいいものでは無く、あの時断ろうとも考えたが
一抹の不安を拭い払えず、依頼を受けることにした。
『時代錯誤遺物』通称『オーパーツ』…マリーが自身のポリシーを捨てて
この依頼を受けなければならなくなった理由の一つだ。
オーパーツと聞くと当時の技術では作ることの出来ない遺物を指す
公には公表されていないが、稀に動く物が発掘されることも存在する。
動く物の中にはただ車や飛行機のように走ったり、飛んだりするものもあれば
今ある兵器が玩具に見えるほどの超兵器が発掘されるケースもある。
当然、そんなトンでもないものは悪用される前に破壊できるものは破壊し
出来ないものに関しては、公になる前に土の中へ戻すのだが…
もしかすれば…今回の依頼主の狙いは、遺跡保護による外交関係ではなくそれなのでは無いのだろうか?
それとも、当時の魔術師や仙人の残した秘薬やその類の物なのかも知れない。
オカルトめいた話ではあるが、人刺しの件といい、鵺の件といい
この国の政府はそれに対する嗅覚が鋭く、尚且つ、それを利用しようと誰かが暗躍している気配が強い
それを突き止めようと調べてはいるのだが、手掛りさえも見つからないのが現状だ。
「…いかんいかん、たま他のことに逸れてしまった。」
頭を何度か振り、顔を叩いて今回の依頼に集中しなおす。
仮にオーパーツや、秘薬の類は無くとも油断することは出来ない。
現地の人間の邪魔が入る可能性も考慮できるし、粗暴な頼光や注意力が散漫な鳥居が
うっかりトラップを発動させたり、遺跡を破壊する可能性も高い
他のことを考えている余裕は微塵も無いと考えていいだろう。
「…!!!ゴッッフォ!エッフォ!!!」
それは突然の出来事だった。
予告も無く刺激臭が目と鼻に襲い掛かるとマリーは咄嗟にコートの裾で鼻押さえるも
視界はどうにもならず、涙と痛みで視界が奪われることになった。
「毒だ!誰か窓をぶち破れ!じゃないとこのまま全滅だ!!!」
必死で正体不明の毒から身を守るマリーの傍らには、あけねのスコーンが置かれていた。




76 :ブルー・マーリン ◆2sDCaIXcQQ :12/07/17 22:31:08 ID:???
〈マーリン海賊団、海賊船〉
ある港の、ある洞窟でボロボロの一隻の帆がたたんである帆船があった。
そのデッキで、見た目の若い、しかし威厳に満ちた態度と眼差し、雰囲気で現れる。
そして周りには十数人程度の人員。

「諸君、先日、我々は先日、ある海軍によって、大きな手傷を負わされ、我々の友人たちが逝ってしまった。
悔みたい、泣きたいところだが今の状況ではそんな時間も惜しい!、この我が先祖代々から受け継がれ
我が父から貰い受けし船、「フリーシーパーソン号(自由の海の者たち)」、今、見ての通りかなりの損傷を受けている」

そう言った通り、船は浸水こそしていないが、それが奇跡だと思われるくらいの損傷を受けていた。
そしてその船の惨状に誰もが涙ぐむ。

「しかし!、我々は賞金額が少ないとはいえ、狙われの身だ。
いつまでも泣いているわけにもいかん、そして私は感じた、あまりにも私は未熟だと!
自惚れかもしれない、夢妄想かもしれない、しかし、私はまだまだ未熟だ!
そこで先日、日本にてある資格を手に入れた」

そして「ソレ」を取り出す、その後、それを見た者たちが驚きの眼差しで見る。

「『冒険者の資格』をとってきた、おそらく、この事に反発する意思を持つものもいるだろう。
だがしかし!、私も縛られるのは大っ嫌いだ!、とっても、とっっても不服だ!
しかしまだはじめの銅とはいえクエスト事に報酬金が出る、今の船を修理する為の資金集めの一番簡単な方法。
そして私の未熟な部分を鍛えさせることもできる!、命の危険が伴うがまさに一石二鳥だ!
だから皆、しばらくの間待っていてほしい、私は戻ってくる、絶対に、絶対にだ!
この『マーリン海賊団、現船長兼団長、ブルー・マーリン』そして我が父と我が母
『ライオット・マーリンとアレクシア・マーリンの名にかけて!』」

それは根拠のない自信、しかしその声には確固たる覚悟が存在していた。
そしてその姿に誰もが見惚れた。

「ではしばらくの間、さらばだ、資金と同時に、資材を持って絶対に戻ってくる。
それまでにせめて、浸水はしないようにしてくれ、……、また来る」

と、言うと同時にその船から離れる、団員の誰もが、その去っていく姿を見て
帰ってくると信じている……、そして今も船の応急処置をしながら。

//長いらしいので二分割

77 :ブルー・マーリン ◆2sDCaIXcQQ :12/07/17 22:32:07 ID:???
<飛行機内にて>
「オエェエエエエ…」

ブルーはトイレで吐きっぱなしだった。

「ぢぐじょう、勢いよく来たのは良いものを、まさか空を移動するなん…オェエエエ」

また吐く。

「さっさと、中国って所についてくれよぉ、…オェエエエ。
くっそ、こんな姿、あんな大口叩いたから絶対に誰にも見られちゃいかんな…オッ、ウエエエエ。
ハァ、ハァ、くそう、空なんて大っきらいだ、…オェエエエ、……ついに胃の中のものが無くなったか」

そう言うと、着席に戻って行った。

「ハァ、ハァ、早く中国についてくれよ……」

と、懇願するように言って、依頼内容を思い出す。

「遺跡……、かぁ、フフ、やはり海以外にも冒険できる場所は多い、しかもこれが初クエストときた。
陸地にも面白そうな場所が多そうだ、ある意味、資格を手に入れたのは良い選択だったかもな」

そう言うと、まだ駆け出しの、銅色の新品の冒険者免許を見つめる、が

「ッ、も、もう胃の中に何もないのに…」

ダダダッとトイレに駆け込み、……、またしばらくの間、うめき声が続くのであった。

78 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/07/17 23:01:02 ID:???
揺れる飛行機の中で思いがけず鳥居に再開した頼光。
成り行きで鳥居のサーカス団に所属しているとはいえ、冒険者としても同席するとはよくよく縁があるものだと、半ばあきれ半ば感心してしまう。
>「でもあの人、こんなに機内が揺れてるのに鼾をかいて寝ているなんてすごいです。
>やっぱり黒免許もちは一味ちがいますね。見習いたいものです」
「このぐらいの揺れでどうこうとやっぱりお前は餓鬼だな。
さっきからトイレに籠りっぱなしの異人も情けないこった。。
その点俺様は高貴な生まれだからなあ!」
高らかに笑う頼光。

ドテラのお蔭で寒さをしのぎ、揺れもかつて駆った蒸気甲冑で慣れていた為にさほど気にならず。
笑うに値する元気さを維持していたのだ。

そんなやり取りをしている中、あかねがスコーンと紅茶を配って回る。
明らかな怪しい物体に一瞬躊躇するが、それを遮るようにマリーの悲鳴にも似た叫びが機内に響く。
>「毒だ!誰か窓をぶち破れ!じゃないとこのまま全滅だ!!!」
鋭敏な感覚を持つマリーにこの怪しげなスコーンはあまりにも酷なものだったのだろう。
一方、唐獅子の憑依が解けた頼光は愚鈍な感覚で、怪しいとは感じながらも危機感を抱けないでいた。
それどころか、欧風料理という、舶来な言葉にすっかりと惑わされていたのだ。

「やかましいわ!これだから庶民は困るっ!
華族の俺様が教えてやる!これはスポーンという欧州の食いもんだ。
これから大陸に渡ろうってのに舶来の食い物ひとつで騒いでんじゃねえよ!」
怪しいとは思っていた。
だが、未知なる欧風という言葉に知ったかぶりを炸裂させ、【できる男】を演出したのだ。
それが地獄への切符だとも知らずに。

騒ぐマリーの傍にあるスコーンをひょいと摘まむと、そのまま口に放り込む。
もしゃもしゃと咀嚼しながら
「うーん。流石列強の味。こう、口当たりにへばりついて、歯ごたえがぬるっとして、喉の奥に引っかかるような。
薄味に思わせておいてクドイこ、こ、こ、コパーーーーーーー!!」
一瞬頼光の口から閃光が走ったかのような錯覚を起こさせる絶叫。
見る間に顔が緑色になり、続いて紫色に。

両手で口をふさぎトイレに走るが無情にも扉からはブルーのうめき声が聞こえるのみ。
「ご、ご、ごああああ・・・」
トイレの壁をかきむしりながらエビゾリになり、痙攣しながら崩れ落ちていく。
「し、死ぬ!ぐおおおお!!!」
頼光は懐から一冊の冊子を取り出し、必死にページをめくる。
まさに生死を分ける瞬間。
開いたページには、六番有害物質の分解「ダミソウゴケ」と書かれている。
霞む目で何とか読み取った頼光は、震える手で六番の番号が付いた試験管の蓋を外した。

試験管に入っていた呪草「ダミソウゴケ」は毒物を養分として増殖していく。
封が解かれ、黒い苔が頼光を中心に広がっていった。

黒い塊となった頼光。
だがそのおかげで冒険が始まる前、更に大陸につく前に食中毒でリタイア、という事は免れるだろう。

79 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/20 01:05:24 ID:???
航行速度160 km/h。高度5000mの上空――――
狭い座席に身体を縮こめるように座る倉橋冬宇子は、寒そうにショールの前を掻き合わせた。

「まったく…!
 何の因果でこんな狭っ苦しい所に押し込められて、支那くんだりまで行かなきゃならないんだよ…!
 もうっ……!この凍り室(こおりむろ)みたいな寒さったら…!客船の貨物室の方がまだマシだよ。
 しかもこの揺れ!舌を噛まずに大陸に到着できるかわかりゃしない…ひっ…!」

気流の乱れを受けて大きく揺れる機内、冬宇子は座席にしがみ付いて小さく悲鳴を上げた。
鉄板を継ぎ接ぎしただけの無機質な内壁に、軽量化を旨とした質素な座席。
飛行機といえば、未だ操縦席が剥き出しの軍用機が主流のこの時代において、
密閉されたキャビンを持つ、複数人が搭乗可能の小型旅客機は最新鋭の設備を備えている。
とはいえ、乗り心地は快適とは程遠い。

「てっきり神戸から上海への船旅だと思ったのにさ…!
 仮にも『黒持ち』の高級冒険者を雇うんだ。豪華客船の一等室を用意してもバチは当たらないだろうに。
 だいたい遺跡なんてものァ、何千年も前からそこに在るから遺跡って言うんじゃないのかい?
 いくら戦火が迫っているとはいえ今日明日無くなるものでもなし。
 なんで遺跡の保護なんて依頼をこうも急かすのかねえ…?
 あァ…嫌だ。なにやら嫌な予感がしてきたじゃないか……。
 ああ…もう!煩い!!よくこんな所で暢気に寝ていられるもんだね。このタコ入道は!」

不満たらたらの冬宇子の斜め後ろでは、虎刈り坊主の男が高鼾を立てて寝入っている。
座席を埋めるのは、冬宇子も含めて総勢七人の冒険者だ。
馴染みの顔は三人、鳥居呪音、武者小路頼光、双篠マリー。
残り三人は、前述の虎刈り。風変わりな着物を着た赤髪の少女。
もう一人は離陸早々便所に籠もりきり…黒髪碧眼の若い外国人だ。

――――それにしても妙な面子が揃ったものだ。
冬宇子は軽く溜め息をつき、この奇妙な空旅に参加するに到った経緯に思いを巡らせた。


*   *   *

火誉山の冒険から数週間後。冬宇子はカフェー務めを再開していた。
上客の一人と帝劇で観劇、三越、森屋、高島屋とデパート巡りの後、
神楽坂のアパート前に停めたタクシーから、山ほどの荷物を抱えて下車した冬宇子を待ち受けていたのは、
実に意外な人物だった。
受願所の受付嬢―――
嘆願の斡旋、受願申請――冒険者対応窓口で見知った顔が、唐突に『昇格』の話を持ちかけて来た。
押し問答の末に、黒い免許証を手に佇む冬宇子の背に、声を掛ける者がいた。

「黒免許―――…国から『有用』と認められた冒険者だけに特別に付与される、別名『裏の冒険者免許』。
 噂だけは聞いていましたが、僕も実物を見たのは初めてです。」

白い十字絣の単に細棒縞の袴。こざっぱりとした書生姿の青年が、含み笑いを浮かべて立っていた。

「冗談じゃないよ……!こんな面倒なモン握らされたのも、
 元はといえば、晴臣…お前の使いっ走りであの辺鄙な山に行かされたのが原因じゃないか。
 あん時ゃよくもハメてくれたねえ…!おかげで死ぬような目に遭ったんだからね!」

前回の冒険、冬宇子は受願所で斡旋された嘆願と平行し、
晴臣を通じて陰陽寮から『ヒト刺し通り魔の噂を調査する』依頼を受けて火誉山を訪れていた。
しかし実際は、タタリ神を軍事利用を画策し中央への返り咲きを狙う田中中佐一派の動向を掴んではいたものの、
軍部の手前、表立っては動けぬ陰陽寮に、冬宇子は事情を知らされぬ斥侯役として利用されていたのであった。
青年は、少々バツの悪そうな苦笑を浮かべて、それでも澄ました口調で言う。

80 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/20 01:15:45 ID:???
「僕としては、本当に『調査』以上のことをしてもらうつもりは無かったんですよ。
 まさか、あの人妖部隊が、あなた達冒険者に任務を丸投げにするなんて思いもよらないことで。
 とはいえ、あなたは期待以上の成果を上げてくれましたよ。
 陰陽寮がいつも無理難題を押し付けてくる軍部の弱味を握れたのも、
 この一件に関する詳細な情報を持ち帰ってくれた、あなたの手柄ですよ。」

「ふん…お世辞なんか一銭にもなりゃしない。
 情報…?報告を済ませなきゃ、報酬は払えないってんだから話すしかないだろう?」

同僚冒険者達の活躍もあって、何とかタタリ神の封滅を果たし、無事帝都に帰還したものの、
外法神を使役したことによる肉体と精神の消耗と、加えてタタリ神の瘴気による衰弱。
帝都に帰り着いてからの冬宇子は、いよいよ足腰も立たぬほど疲弊し、一週間ほど入院する羽目になった。
散々文句や嫌味を垂れ流されるのを分かった上で、晴臣が足しげく病室に顔を出していたのも、
冬宇子から情報を回収する目的ゆえだろう。
尤も、律儀に手土産を持参していた気の利かせようからすると、多少は詫びの気持ちもあったのかも知れないが。
無論、入院費は全て晴臣に負担させた。

「まあまあ、災い転じて何とやら。 
 これであなたは晴れて公用を勤める高給取り。食いっぱぐれはありませんよ。
 因みに黒免許持ちに依頼の拒否権は無いらしいですよ。
 断ったが最後、各方面から圧力で表の稼業を干されて、依頼を受けざるを得ない状況に追い込まれるんだとか。
 倉橋家は、安部家から数えて千五百年も続く皇室の藩屏。
 その子女たるあなたが皇国の為に尽力する仕事に就いたのも、ある種の宿命…と言えるのではないでしょうか。
 ああ、早速の仕事の依頼があったようですが、確か清国からの要請だとか…?
 旅の支度を整えなくていいんですか?」

「よくも、いけしゃあしゃあとそんなことが言えたもんだね!このクソガキ!!」

拳を振り上げて激昂する従姉をよそに、晴臣は、にわかに真顔になって言葉を継いだ。

「遺跡保護の為の調査ですか…?清国が大明の後継者を自称して、
 歴代明帝の陵墓を整備したり、明代の書籍を保護している事は公然の事実ではありますが、
 遺跡の保護がそれほど火急の案件になっている…というのも奇妙な気がしますね。
 まあ現実には、保護名目の異民族国家による宝物接収…というだけの話かもしれませんが、
 何やらそれだけでは済まぬような、きな臭い匂いも…」
 
明治中期、半島の支配権をかけて勃発した日明戦争に破れた大明は、
費やした戦費と多額の賠償金の支払いにより国力が衰退、以降滅亡への一途を辿ることになる。
明朝滅亡後、各勢力が小国の体を成して群雄割拠する大陸の中で、
北方の異民族に過ぎなかった清が、次期覇者の最有力と見なされるまでに存在感を発揮しているのは、
大陸統治後の利権を絡めた、欧米諸国や日本との巧みな外交故に他ならない。

暫し眉を顰めて考え込んでいた青年は、不意に「燐狐―――!」と一声を上げた。
すると、何処からともなく手毬ほどの光球が飛来し、青年の掌の上で甘える小動物のような鳴声を立てた。
掌上の灯火を冬宇子に示して言う。

「『燐狐』――― 光の妖です。とある仕事の折に懐かれてしまいましてね。
 良かったら『彼』を清国に連れて行ってくれませんか?
 彼はあくまで好意で僕の仕事を手伝ってくれていますので、呪力調伏の必要はありません。あなたにも扱えます。」

「キキキッ―――?!」
「馬鹿にすんじゃないよ!あなたにも…ってなァどういう意味だい?!」

ほとんど同時に、光獣と冬宇子が抗議の声を上げた。

「まあそう言わないで。彼はきっと役に立ちますよ。遺跡の探索に灯りは不可欠でしょう?
 燐狐、この人は僕の姉みたいなものでね、僕のお願いだ。行ってくれるね?
 帰ってきた時の為に、お前の好物の美濃産の御神酒を用意しておくから。」

冬宇子と光球に、交互に視線を送りながら、青年は宥めるような口調で言った。

81 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/20 01:18:35 ID:???
「それじゃ二人仲良く!大陸の土産話を楽しみにしていますよ。」

くるりと背中を向けて去っていく青年。
取り残された一人と一匹は、暮れ掛けた夕闇の中で、互いの技量を測るが如く、むっつりと顔を見合わせていた。

*   *   *



>「はじめまして。ウチ、『クローバー』って店の店長・尾崎あかねっていいます。
>ひと仕事の前に欧風料理「スコーン」を紅茶と一緒にいかがです?」

元気の良い少女の声が響き、物思いに耽っていた冬宇子は、ふっと我に返った。
溶かしたルビィのような真っ赤な髪の少女が、乗客の面々に見慣れぬ菓子を配っている。
膝も露わなちんちくりんの着物に、これまた寸足らずのエプロン。
子供が女給の真似事でもしているような、随分と珍妙な格好だ。

と、冬宇子の袖の振八口から、警戒の声を漏らして光球が顔を覗かせた。
視線の先は、少女のエプロンから顔を出す、犬のような頭の小動物に向けられている。

「犬妖…?あの娘、術士……飯綱使いか…?
 静かにおしよ、燐狐。こんな狭い所で獣同士に喧嘩されちゃァ堪ったもんじゃないよ。」

光球を袂に押し込めて顔を上げると、微笑む少女が件の菓子を差し出していた。
ツンと鼻を突く異臭。
思わず顔を歪める冬宇子の脇を、両の掌で口を押さえた頼光が駆け抜けて行く。
男の口から垂れた一筋の涎が、通路側の肘掛けに掛かっていた袖に、たらりと滴った。
袖に着いた染みを無言で見つめる冬宇子のこめかみに、ひくひくと静脈が浮き上がる。
次の瞬間、機内に絶叫が轟いた。

「なっ………!なんてことしてくれたんだよ!!馬鹿男っ!!!
 下し立ての!新品の!絽の着物に!!!絹の生糸で織り上げた高級品なんだよ!!
 物の価値も判らない、ニワカ華族の倅の分際で、
 よくも染みなんかつけておくれだねえ!!!この馬鹿!!
 この染み……落ちなかったら絶対弁償させてやる!覚えておきなよ!畜生ッッ!!」

当の頼光は、便所の前で全身を黒い苔に侵食されていたが、お構いなしに罵声を浴びせ続けた。
次いで、菓子の盆を掲げる少女にキッと視線を振り向ける。

「小娘!あんたも同罪だよ!!
 なァにが『欧風料理屋の店長ですぅ――』だよ!!
 何だい?その、派手で下っ品な露出狂みたいな気違いじみた格好は!
 料理屋?新手の東西かチンドン屋の間違いじゃないのかい?
 チンドン屋ならチンドン屋らしく笛か太鼓でも鳴らしてな!
 こんな腐った菓子を出す料理屋なんてじきに潰れるから、今から笛の稽古でもしとくんだね、この馬鹿娘が!!」
 
男二人の呻き声に加え、女の金切り声が上空五千メートルの客室内をこだまする。
窓の開けられぬ機内に、菓子の異臭は何時までも漂い、
清国への空の旅は、まだ遠く険しい。

82 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/20 22:21:59 ID:???
【機内】

「楽しそうだねえ。飛行機に乗るのは始めてかい?」

ふと、君達の頭上にある送話管から声が降り注ぐ。
若い男の声――君達が搭乗した飛行機の操縦士の声だ。
 
「一応言っとくけど、あんまり動き回ったり、機内を汚したりしちゃ駄目だよ。
 あまり度が過ぎると――宙返りからの急降下をお見舞いしちゃうよ、三連続くらいで。
 どんな屈強な冒険者でも泣いて謝る、僕の必殺技さ」

「まぁそれは冗談にしても、後で機内の掃除くらいはさせちゃうぜ。
 嫌だろ?中国大陸に着いてまず渡されるのが雑巾と箒だなんて」

「でも、はしゃぐ気持ちもよく分かるよ。僕も始めて飛行機を前にした時は興奮したし、
 始めて乗って空を飛んだ時はもっと興奮した。だから僕も少しくらいは大目に見るつもり――」

>「毒だ!誰か窓をぶち破れ!じゃないとこのまま全滅だ!!!」

「って、ちょっと待ったぁ!言った傍からそれはないよ!ものの見事に度を飛び越えてるって!
 どうせ生還屋が屁でもすかしたんだろ!我慢してくれ!」

何の疑いもなく濡れ衣を着せらせた生還屋は、スコーンの皿を挟んでマリーの反対側の席で、相も変わらず寝こけていた。
間がいいのか悪いのか、彼はマリーに背を――尻を向ける体勢を取っている。
それはスコーンのただならぬ気配を察して顔を遠ざける為だったのだが、今の状況では色々と不味い誤解を生むかもしれない。

ともあれ、色々と悶着を起こしながらも飛行機は無事に飛行を続けていく。
離陸から数時間で中国大陸の上空に至り、徐々に高度を下げていった。

「おっと、見えてきたよ。アレが僕らの目的地……清国の首都、北京だ。
 あそこでまずは嘆願主……まぁ、清国側の現場監督みたいな人と合流して、それから遺跡へ。
 ってな流れになるのかな。ま、そりゃそうだよね。僕だって君達だけで遺跡探索だなんて、ろくな事にならないと思うよ」

危うく窓をかち割られそうになった事をやや引きずりつつ、操縦士はそう言った。

飛行機の窓から俯瞰する北京の街並みは、一言で例えるなら要塞か、あるいは迷路だった。
都市全体が巨大な塀で囲まれていて、分岐路や曲がり角、袋小路が多く、道の左右はどこも高い塀が立てられている。
勝手を知らない者が歩き回ろうものなら、迷子になる事は避けられないだろう。

「すげーもんだろ。連中、戦の為に自分とこの首都をこんなにしちまうんだぜ」

いつの間にか目を覚ましていた生還屋が君達に喋りかける。

「昔はあのでっけー壁だけだったらしいんだがよぉ。
 それだけじゃ不十分だって、今の王様がこういう風にしたんだと。ま、昔の名残りって奴だなぁ。
 今でこそ次の王朝筆頭候補だが、ちょっと前までは清だって、明の衰退に便乗した小国の一つだったんだ」

「写真でも撮って、どっかの国に売りつけりゃ良い小遣い稼ぎになるかもなぁ。一応これ、国防情報って奴だしよ」

口調は相変わらず軽薄で、しかし表情からはへらへらした笑みが消えていた。
寝起きの眼を険しげに細めて、地上を睨んでいる。

「……なーんか嫌な予感がすんだよなぁ。おかげで目が覚めちまった」

「嫌な予感って言っても、後はもう着陸するだけだよ。向こうは十分広い着陸場を用意してくれてるし、失敗なんてあり得ないぜ」

操縦士はやや不服そうに言葉を返しながら、飛行機の高度を更に下げていく。
そして――不意に窓の外で、眩い閃光が下から上へと突き抜けた。
直後に炸裂音が響く。それも一度や二度じゃない。
幾条もの光が打ち上がっては弾けて、君達を乗せた飛行機を激しく揺らしている。

83 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/20 22:22:45 ID:???
「な、なんだぁ!?おい、一体どうなってやがる!」

操縦席に向けて生還屋が怒鳴る。

「僕が知るかよ!クソッ、僕らが来る事はちゃんと話が通ってる筈だぞ!
 いや、そもそも清国に高射砲なんて上等なもの、ある訳が……!」

操縦士もまた怒鳴り声を返した。

清国の戦争相手はあくまで同じ中国大陸の国々だ。
それらはどれも小国ばかりで、戦闘機や爆撃機など有してはいない。
故に清国もまた、対空兵器など持つ必要がないのだ。
よしんば後々の事を考えて用意していたとしても、今ここで使う理由がない。
だから――今、君達の命を脅かしているのは、対空兵器などではなかった。

「こりゃあ……花火か……!?」

機外で弾ける閃光はあまりに眩く、視界を確保する事は殆ど出来ない。
が、それでも目を細めて見てみれば、窓の外に彩り鮮やかな光の花弁が散っているのが分かるだろう。

「なんだってそんなモンが……えぇいクソッタレ!眩しくてなんも見えやしねえ!」

それは苛烈なほどに幻想的で、同時に絶望的な光景でもあった。
なにせ君達は今、何らかの手で衝撃から身を守る事は出来ても、この状況をどうにかする一切の術を持っていないのだから。

そして前触れもなく衝撃音が轟く。一際大きく機体が揺らいだ。
窓の外で左翼が半分折れて無くなっているのが見える。被弾したのだ。

「おいおいおい!これ墜ちちまうんじゃねえの!?」

生還屋の切迫した叫び――操縦士は返事をしない。
いや、そもそも生還屋の声など、今の彼には聞こえてもいなかった。

彼は一流の操縦士だ。国の有用な人材を迅速に、安全に目的地まで運ぶ事を任されている。
彼ならばそれが出来ると信頼されていて、その事を彼も誇りに思っている。
だから何があろうとも、例え予期し得ない対空砲火に見舞われようとも、
ここで君達を乗せたまま墜落するだなんて事は、他ならぬ彼自身が絶対に認められなかった。

急速に迫る地表を、瞬きすらせずに彼は睨む。
外から攻め込まれた際、多くの兵が通れないように細く作られた道路を。
被弾の衝撃と機体の傾きから翼が折れているのは分かっている。
今なら、狭い道の上にでも着陸出来る筈だった。
操縦桿を強く握り、呼吸も忘れて機体を立て直し、軌道を修正する。

強い衝撃と振動――そして慣性。車輪が無事に接地した証左だ。
石畳の上を走っている為に酷く揺れるが、機体が横転するほどではない。

ただ一つ問題があるとすれば――北京の道は細いだけでなく、曲がり角も多い。
鍵曲りと言って、攻め込む側の見通しを悪くする為の構造だ。
つまり――機体を十分に減速させるだけの距離が稼げないのだ。

「何かに掴まれ!減速しきれない!壁にぶつか――」

操縦士の声は、凄絶な破壊音によって掻き消された。
彼の警告に素早く対応出来ていなければ、君達は壁や天井や床に、何度も体を打ち付ける事になるだろう。

「……おぉい、クソッタレ共、生きてっかよぉ」

衝突から数秒、生還屋がよろめきながら立ち上がり、君達に呼びかける。

84 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/20 22:23:15 ID:???
「あぁ、クソ、全身が痛え……」

「にしても……寒いなオイ。さっきの花火もそうだがよぉ、なんか色々おかしいぜ」

生還屋の言う通り、辺りは身震いを誘うほどに寒かった。
今は初夏、朝に少し冷える事はあったとしても、寒いだなんて事は普通あり得ない。
おかしな事はまだある。凍えるほどの寒さとは裏腹に、君達の肌にはうっすらと汗が滲んでいるのだ。
息も白くなったりはしていない。今の今まで空の上にいたのだ。熱中症の筈もない。

多少の霊感があれば分かるだろう。君達が感じているのは肉体的な寒さではないのだ。
体の奥深く――魂を冷やす冷気が周囲には漂っていた。
一体何故なのかまでは、まだ分からないが。

「まぁ……とにかくここから離れようや。このままじっとしてても良い事は何もないぜ」

そう言って、生還屋は操縦席の方へと向かい、中を覗き込む。

「……あちゃあ、くたばっちまったか」

操縦士はぐったりと項垂れて、身動ぎ一つしなかった。
頭部から血を流して、両手は操縦桿を握ったままだ。
飛行機の軌道を安定させる為に、一人だけ衝撃に耐える姿勢が取れず、頭を酷くぶつけたのだろう。
生還屋が念の為に首筋を触って脈を確認するが、やはり駄目なようだ。

「ま、仕方ねえな。コイツはここに置いていくぜ。
 死体担いでそこらを歩き回りてえって奴がいんのなら、連れてってもいいけどよぉ」

生還屋は大した感慨もなさそうに身を翻す。
そして乗降用の、壁に激突した衝撃で歪んでしまった扉に目を向けた。

「やれやれ、こりゃ開けんの面倒くせえぞ」

ぼやきながら、生還屋が扉を力いっぱいに蹴りつける。
扉が僅かにだが外側にずれた。それを見て彼は二発三発と続けて扉を蹴る。
鈍く大きな音が何度も響いて、やがて扉は完全に外れた。
厚い金属の板が石畳に落ちて一際大きな金属音を奏でる。

「よし、これで……」

言いかけた言葉を途中で切って、生還屋が何かを察知したように振り返った。

「……マジで、一体どうなってやがんだ」

うんざりだと言いたげな口調――彼の視線の先では操縦士が立ち上がっていた。
脈が止まって、確かに死んでいた筈の彼が。

「だめ……じゃないかぁ〜……。こんなに機内をめちゃくちゃにしてぇ〜……」

ゆっくりと君達の方へ振り返る彼の顔は蒼白で、声も抑揚に欠けて、まるきり死人のようだ。
両手を前に伸ばして彼はのろのろと君達に歩み寄る。

「機内を汚しちゃ駄目だとぉ〜……あれほど言ったのにいいいいいいいいい!」

そして倒れ込むようにして鳥居に飛びかかった。
彼の両手が鳥居の首を掴む。子供と大人の体重差はいとも容易く鳥居を座席に押し倒してしまった。

85 :名無しさん :12/07/20 22:23:37 ID:???
「おい!外見ろ外!とんでもねえ事になってんぞ!」

生還屋が怒鳴り声を上げる。
君達に襲いかかる危機は操縦士の豹変だけではなかった。
窓の外には石畳を塗り潰すほどの群衆が、四方八方から飛行機に近づいて来ていた。
彼らは皆一様に肌が青白く、動きが緩慢だ。操縦士と同じように。
ならば彼らが君達の元に辿り着いた時、一体何をするのか――君達にも容易に想像出来る事だろう。

「話が通じそうな雰囲気じゃねえぞこりゃ!さっさと切り抜けねえとやべえ!
 その死に損ないを早いとこどうにかしちまいな!」

生還屋は切迫と焦燥に支配された表情で外を見た。
群衆はゆっくりとだが確実に近づき、増えてきている。
包囲され、群衆が密集してしまったら、逃走は困難になる事だろう。

「そいつだけに手間取ってる暇はねえんだ!とにかく道を切り開かねえとおしまいだぞ!」

生還屋は声を張り上げながら群集の一部を指で差す。
そこは他に比べてほんの僅かにだが、人の密度が薄いようだ。

「ぶち抜くならあそこが穴だ!そら行くぞ!伊達や酔狂で刀持ってる訳じゃねえんだろ!」

とは言えそれでも、多勢に無勢である事には違いない。
相手の動きは鈍い為、刀剣や銃などで戦う事も十分可能ではあるのだが。
大勢を一度に薙ぎ払うような『火力』があれば、戦いは一気に楽になる。
その為にどうすればいいのかは――言うまでもない。

「どうしても大人しくしていられないのならぁ〜……僕が君を殺してあげるよぉ〜」

操縦士は一層強く鳥居を押さえつける。彼の肌に触れている鳥居は分かる筈だ。
彼の体はひどく冷たく、既に生者の温もりをまるで失っている事が。
だから、これから君達が彼に何をしようとも、それはもう仕方のない事だ。


【謎の花火→飛行機不時着。
 (被弾と衝突時にとんでもない衝撃を受けています。ちゃんと身を守れなかった場合、結構なダメージがある事でしょう) 

 :操縦士→死んだ筈だったのに立ち上がる→鳥居の首を掴んで座席に押し倒す
 :周囲には徐々に群衆が集まりつつある。どう見てもヤバげ

 少目的:鳥居の救出と包囲の突破(目標ターン数1)】



【取得可能な情報】

両手を前に伸ばしてつたなく動く群集達は、君達に『キョンシー』という単語を連想させるかもしれない。
中国に伝わる生ける屍――彼らがもしそうだとすれば、確かに絶命していた操縦士が再び立ち上がってきた事も納得出来る。
だがキョンシーにしては不可解な点がある。彼らはある程度だが、姿勢の自由が利いているのだ。

また斬撃や銃撃を加えてみると、彼らの体が生きた人間よりも硬い事が分かる。
それが死後硬直によるものか、漂う冷気が関係しているのかまでは定かではないが。

加えて霊感の類があるのなら、彼らの体の一部に『氣』が集まっている事が感じ取れる。
それは下腹部――ちょうど丹田の位置だ。
そこを傷つけられたらどうなるのか――彼らの体は硬化しているが、可能なら試してみる価値はあるかもしれない。

それが叶わないのなら、いっそ仕留めるよりも動きを封じる事を狙ってもいいかもしれない。
奴らの動きはとても鈍い。転倒させたり拘束すればより楽に無力化出来る事だろう。

86 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/20 22:24:26 ID:???
【クエスト:遺跡探索
   目的:遺跡を攻略して文化財を保存する
コンセプト:ダンジョン攻略
    敵:???
目標ターン数:未定】

     ↓

【クエスト:■■■■非生物災害
   目的:■■■■■■■■■■■■■■■生存と脱出、原因の究明
コンセプト:■■■■■■■ゾンビパニック
    敵:???、動死体、生存者達
目標ターン数:未定】


クエスト開始です

87 :ブルー・マーリン ◆2sDCaIXcQQ :12/07/20 22:46:16 ID:OSyt+IUj
「ハァ、ハァ、ふぅ…、外が騒がしいな」
と、呟くとトイレから出ようと扉を開け
「な、なんじゃこりゃあああ!!?」
黒い塊が目の前に出てきて思わず驚くが
「ってこの苔、前に親父から習ったな、毒でも盛られたか?」
と、呟くとさっさと席に戻る(うめき声もあったがそのあとに酔い止めを飲んだ)

「…ん?」
戻る途中、妙な臭いを感じて、そこに出向き、罵声を聞く。
「んだよ、どうしたどうした?」
ヤジ馬みたいにそこに行く。
「…、この匂いは…」
冷静にその臭いを感じる。
「母さんの作る料理見てぇな臭いだな、誰だこんなの作ったの」
と、言うと近付く。
「うわ…、これスコーンか?、おふくろの料理見てぇだ」
と、言うとその罵声を聞く。

>「小娘!あんたも同罪だよ!!
 なァにが『欧風料理屋の店長ですぅ――』だよ!!
 何だい?その、派手で下っ品な露出狂みたいな気違いじみた格好は!
 料理屋?新手の東西かチンドン屋の間違いじゃないのかい?
 チンドン屋ならチンドン屋らしく笛か太鼓でも鳴らしてな!
 こんな腐った菓子を出す料理屋なんてじきに潰れるから、今から笛の稽古でもしとくんだね、この馬鹿娘が!!」

「おぉ〜お、ひっでぇ言われよう」
と、言うとその箱を掴む。
そして持ち上げるとそのままガァーっと、全て口の中に入れる。
「モグモグ…、ゴックン、…、船の携帯食糧以下、おふくろの料理以上って所か」
露骨にまずそうな顔をするが全て食べきっている、言葉から察するにブルーの母の料理はこれより酷いのだろう。
「ふぅ〜、とっときな」
『純金の』金貨を一枚箱の上に置いて返し、そのまま席に戻ろうとする。

88 :ブルー・マーリン ◆2sDCaIXcQQ :12/07/20 23:12:53 ID:???
>「一応言っとくけど、あんまり動き回ったり、機内を汚したりしちゃ駄目だよ。
 あまり度が過ぎると――宙返りからの急降下をお見舞いしちゃうよ、三連続くらいで。
 どんな屈強な冒険者でも泣いて謝る、僕の必殺技さ」

「子供見てぇな事するかよバァカ」
と、言うと席に座る。

「のわっ!?」
座った瞬間、その衝撃で大きく揺れる。
「こ、こりゃあ砲台見てぇなの受けた時の衝撃じゃねぇか!?」
そういうと、シートベルトにしがみつきながら窓の外をうかがう。

>「こりゃあ花火か!?」

「…、確かに花火だがなんだ?、なにか違う気がする。
というかこの飛行機がここを通る事をちゃんと確認しているんじゃ?」
と、冷静に分析するが
「ちっ、このままじゃお陀仏、今は衝撃に耐える事を考えるか」
と、言うとこれ以上飛行機が揺れない内に席に座ってシートベルトをかける。

>「なにかに掴まれ!」
「ハッ、海で平行感覚が無い事は何度もあったわ」
と、鼻で笑うが油断はせずにサッ、とシートベルトにしがみつく。

89 :ブルー・マーリン ◆2sDCaIXcQQ :12/07/20 23:13:25 ID:???
「あぁ、生きてるぜぇ」
少し体を痛めながらも返事する。
「おぉ〜お、やっぱり行くなら海の方がよっぽどいいだろ、バカが」
と、言いながらシートベルトを外して立ち上がる。
「寒さならこの程度慣れてる」
と、言って歩き出し、操縦主に近付く。
「…、死んでるな、ちくしょう」

>「やれやれ、こりゃ開けんの面倒くせえぞ」
(そういえば、今の場所と中の生存状況は?)
と、思って歩き出そうとするが。

>「マジで、一体どうなってやがんだ」
「そんなの、この場に居る全員が言いたいだろうね」
と、うんざりしたように言うが、何処か顔は喜々としていた。

「おいおい、ゾンビなんてモンは今の時代じゃ結構時代遅れな方だぜ?、多分」
と、言うと群衆を少し見て拳銃を取り出す。
(今持ってる弾の数は入っているのも含めて48発、周りの状況からして圧倒的に弾の数が少ない
今はいかに消費を少なくするべきか、だな)
と、冷静に状況を判断する。

「ッ、死んだせいで変態化したか?、そこの女性、いま助けるぞ!」
と言って、走り出す。

>「おい!外見ろ外!とんでもねえ事になってんぞ!」
「知ってるよ!」
と、怒鳴りながらその豹変した操縦主に向けて走る。
>「話が通じそうな雰囲気じゃねえぞこりゃ!さっさと切り抜けねえとやべえ!
 その死に損ないを早いとこどうにかしちまいな!」
 「そいつだけに手間取ってる暇はねえんだ!とにかく道を切り開かねえとおしまいだぞ!」
 「ぶち抜くならあそこが穴だ!そら行くぞ!伊達や酔狂で刀持ってる訳じゃねえんだろ!」

「うるせぇんだよ!!、今は黙ってろ!」
と、怒鳴り、その操縦主の頭に拳銃の狙いを付ける。

「そこの少女!、頭をひっこめろ!」
と、言うと同時に2秒ほど狙いを定めてその操縦主の頭に向けて一発、弾丸を放つ!

90 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/21 11:30:28 ID:???
【行動判定】

>>89
乾いた発砲音が機内に反響して、同時に操縦士が大きく仰け反った。
だが彼の手は未だに鳥居の首を掴んでいる。押さえつける力は、少し緩んでいるようだが。

また、彼の額には減り込んだ銃弾が見えた。
それは『弾丸が命中したから』と喜ぶべき事――ではない。
『視認出来る深さまでしか弾丸が到達出来なかった』と、そう思うべき事なのだ。

飛行機の周りには徐々に動死体の群れが増えてきている。
この状況で奴らの動きを観察出来る者がいたのなら分かるだろう。
奴らの死者が彷徨うような歩きがマーリンの発砲に伴って、ややまっすぐ飛行機に向かってくるようになった事が。
つまり奴らは音に反応して獲物を探る習性があるようだ。
もちろん操縦士は鳥居の姿も、飛行機内の惨状も見えていたのだから、視覚がまるきり無い訳でもないらしい。

91 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/23 05:21:35 ID:???
>「ありがとうございます。あったかいですね。地獄に仏とはこのことでしょうか?
>僕の名前は鳥居呪音。アムリタサーカスの団長です。よろしくお願いします」
「うんうん、呪音はんよろしゅうなー。君みたいなちっこい子が居るなんて意外やったわ〜」
あかねは機内放送に耳を傾けつつ、知りあった少年・鳥居と和気藹々、お喋りなぞして過ごしていた。
何分初めての冒険者稼業なので内心緊張しきりだったのだが、
かような子供も参加しているとなれば冒険者というのは難しい物ではないのだろう、と脱力したのだ。
>「でもあの人、こんなに機内が揺れてるのに鼾をかいて寝ているなんてすごいです。
>やっぱり黒免許もちは一味ちがいますね。見習いたいものです」
「黒免許が何かは知らんけど、こないな所で呑気に寝てられんのは確かに凄いわな〜。
 それより、ウチはさっきから便所に籠っとる兄さんの方が心配なんやけど……」
あかねは紅茶を煽りつつ、チラリと視線を手洗いへと向けた。異人と思われる男が先程から出て来ないのだ。

>「毒だ!誰か窓をぶち破れ!じゃないとこのまま全滅だ!!!」
「ブッ!?ええええっ!毒やて!?」
突如、凛とした顔立ちの女性がコートで顔の下半分を抑えて絶叫する。
まさか自分が作ったスコーンが「毒」だとは露知らず、あかねは紅茶を噴き出す程に驚いた。

>「って、ちょっと待ったぁ!言った傍からそれはないよ!ものの見事に度を飛び越えてるって!
> どうせ生還屋が屁でもすかしたんだろ!我慢してくれ!」
「な、なんや……驚かさんとってーな〜〜……」
機内放送でそう言われれば、あかねも納得して胸を撫でおろす。まさかスコーンが毒だとは思わないからだ。
と同時に「屁なんかすかすなんて下品なオッサンやな〜」と生還屋をなじった。自分の料理のせいとは露にも思わない。

>「やかましいわ!これだから庶民は困るっ!
華族の俺様が教えてやる!これはスポーンという欧州の食いもんだ。
これから大陸に渡ろうってのに舶来の食い物ひとつで騒いでんじゃねえよ!」
「あんなー、スポーン(spawn/魚等の卵)やのうてスコーン(scone/平たいパン菓子)やで兄ちゃん……聞こえとる?」
ドヤ顔で語る頼光の後ろで訂正するが、まるで聞こえちゃいないようだ。
それどころか傍らのスコーンをむんずと掴み、パクリと平らげてしまった。これには流石に吃驚仰天。

「ええっ、茶も無しに食ったら喉詰まらせるで自分!」
>「うーん。流石列強の味。こう、口当たりにへばりついて、歯ごたえがぬるっとして、喉の奥に引っかかるような。
>薄味に思わせておいてクドイこ、こ、こ、コパーーーーーーー!!」

忠告も虚しく、頼光の顔色がありえない色に変色し、奇声を発しながら便所へ駆けていく。
あかねはハラハラして見守るが、頼光はスコーンを吐き出すどころか苔のような物に覆われていく!
敏もいぐなも苔に警戒し、キイキイシューシュー喚いている。機内は混沌としていた。
次の瞬間、ショートカットの女の甲高い絶叫が響き、頼光をなじるとあかねの方にも振り向いた。

>「小娘!あんたも同罪だよ!!
(中略)こんな腐った菓子を出す料理屋なんてじきに潰れるから、今から笛の稽古でもしとくんだね、この馬鹿娘が!!」
「なっ……何やて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?もっぺん言うてみいっ、おばはんっ!!」
最初は怒鳴られて一瞬呆けたものの、売り言葉に買い言葉、あかねの顔がみるみる髪より負けない位真っ赤に染まっていく。
犬神もポケットから顔を出し、歯をカチカチ鳴らして威嚇する。倉橋の声で昼寝の邪魔をされて大分お怒りのようだ。

92 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/23 05:22:02 ID:???
「自分やって化粧分厚うてド派手なカッコしとる癖に気違い言われとうないわっ!
 大体、この人は喉にスコーン詰まらせただけやろが!勘違いしなや!せやろ、兄ちゃん!」

実際は本当にスコーンのせいなのだが、自分のせいではないと信じきるあかねは頼光の背を揺さぶり、同意を求めようとする。
その時頼光は、あかねの触れた所から毒気が抜け、身体が軽くなっていくような気分に陥るだろう。
まるであかねの掌から、先程まで頼光を苦しめていた毒が吸い取られていくかのように。

「全く、袖に染みくらいでギャーギャー言いなや、みっともないで。
 まっどーせウチには服なんてコレっきゃないから、替えなんかないけどな。高級品なんて縁ないしぃ〜?」

皮肉たっぷりに憎たらしい笑顔で返した後、一瞬だけフッと顔に影が差す。
怒りに任せて家を飛び出した時のことを思い出したのだ。
丈の短い服とエプロンは、父親が唯一遺しておいた、母親が生前着ていた着物だった。
父親の部屋から勝手に持ち出したのだ、今頃怒っているのでは……とまで考え、ハッとして頭を振った。
(何考えてんねん。ウチはもうあんな馬鹿親父なんかと縁切るって決めたやん!)

>「モグモグ…、ゴックン、…、船の携帯食糧以下、おふくろの料理以上って所か」
「へっ、兄さん何時の間に出てきとったん?ってか食べたらまた吐くんと違う?」

どうやら便所から出てきた異国風の男が、勝手にあかねのスコーンをむしゃむしゃと食べていた。
あかねの心配を余所に男は顔を顰めながらも食べ終わると、金貨を差し出してきた。

>「ふぅ〜、とっときな」
「わっ、とと……(ってこれホンマモンの金貨やん!貰ってええの?)」
ブルーが手渡してきたのは紛れもないソブリン金貨だ。ヴィクトリア女王の横顔が刻まれている。
あかねは感慨深い気持ちで金貨を見つめた。商売をしたのはこれが初めてだったといえよう。
「……えへへっ」
何とも表現しがたい、歓喜にも似た感情が面に出ぬよう抑え、金貨を大事そうに仕舞った。
>「おっと、見えてきたよ。アレが僕らの目的地……清国の首都、北京だ」
>「すげーもんだろ。連中、戦の為に自分とこの首都をこんなにしちまうんだぜ」
「わーーっ!呪音はん見てみ、めっちゃ凄いでーー!なんかもう……めーーっちゃ凄いでーーーーーー!!」

長年の英国暮らしで日本語離れしたせいか、形容する言葉が見つからずとにかく「凄い」を連発する。
生還屋の概略と景色に目を奪われたまま興奮し、ぴょんぴょんと跳ねるその姿は鳥居より子供っぽく見える。
「嫌な予感がする」と後ろで呟く生還屋の言葉もどこ吹く風、
「あれ何や?お城?それともレストランかなあ?何やと思う!?」とはしゃぎっぱなしだ。
だが、窓の下に何か光るものを見つけた瞬間――炸裂音!飛行機を激しく揺らす。

>「な、なんだぁ!?おい、一体どうなってやがる!」
「うひゃきゃああっ!?何いまの、爆弾か何か!?ウチまだ死にとうないーー!」
あかねはみっともなく鳥居と頼光に抱きついてギャーギャー喚く。鬱陶しいことこの上ない。
自身の豊満な胸で鳥居をプレスしているとも知らず、はしたないがパニックになったあかねに気づく余裕などない。
花火だと諭されても聞く耳持たず、墜ちるなんて言葉を聞けば殊更混乱し、
「いややーー!最低死ぬ時は地面の上で大往生がええー!」などと叫んで半泣き状態だ。
そんな彼女に操縦士の言葉など聞こえるはずもない!

>「何かに掴まれ!減速しきれない!壁にぶつか――」
「きゃああーーーーーーーー!神様仏様大仏様何でもいいから誰か助けてーーーーーーーーーーーー!!」

鳥居を抱いたまま絶叫するあかねの後頭部――に括りつけられていた巻物が、スポンと抜けた。
それはひどくゆっくりと宙を描き、白い蛇の頭にスコンッと当たって封が解ける。
巻物の紙面に連なる赤い文字――『八又巳頭飯綱』――そしてあかねの胸元にある金貨が閃光を放つ――――!


93 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/23 05:22:36 ID:???
――――強烈な衝突から数瞬後。呻くような生還屋の声が機内に響く。

>「……おぉい、クソッタレ共、生きてっかよぉ」
「うう……誰がクソッタレや、……目が、目が回りゅう〜〜〜…………」
機内の一部はとんでもない事になっていた。
胴の太い、尾が八つもある巨大な白蛇が、あかねを乗せて一緒にノビているからだ。
飛行機が衝突する一瞬、あかねが生命を脅かされる恐怖で全身から魔力が噴き出し、巻物を発動させたのだ。
結果、いぐな改め八又巳頭飯綱が実体化し、あかねはその巨体をクッションにすることで助かったのだ。
「いづづ……え、寒っ!今何月やったっけ?英国の寒さやん!」

あかねは11歳の時より6年間、英国のある機関で本物の魔術師として修行していた。
父の職を継ぐためにどうしても力が必要だったのだ。その一環で体験したこの寒さ――
身体の芯、魂の奥から凍りつくようなこの冷感は、霊気とスモッグ溢れる英国のものとよく似ていたのだ。

「何やの…只の遺跡調査やろ?何でこない恐ろしい目に遭わなあかんの?」
肉体的な寒さでないと知り、尚のこと別の寒気に襲われ歯を鳴らす。
早くも帰りたいと願うあかねであったが、手段が無いのでどうしようもない。
操縦席に向かった生還屋の声が「くたばった」などと言っていたが、聞こえない振りをした。
死体を見てしまえば、今度こそ泣いてしまいそうだったからだ。

「だ、大丈夫?いぐなはん……ごめんな、無理さして」
痣だらけの上、鱗の剥がれた巨大な蛇の頭を撫でてそっと囁く。蛇は「心配ない」と言いたげな視線を向けた。
スコーンは床に散らばり、紅茶もぶちまけられていた。別の意味でもかなり大惨事といえよう。
だが奇跡的に巻物は綺麗なままだった。あかねは巻物を拾い上げ、何かお経のようなものを詠唱する。
すると蛇の体はどんどん縮まっていき、巻物に吸い込まれるように霧散した。
暫くいぐなを養生させなければならないと判断し、巻物に封じたのだ。しばらくすれば巻物の力で回復するだろう。

「敏も怪我無い?そうだ、他の人達……ひぃいっ!?」
>「だめ……じゃないかぁ〜……。こんなに機内をめちゃくちゃにしてぇ〜……」
巻物を髪に括り直して振り返ると、死んだはずの操縦士が居た。
その異様な佇まいと言動に思わず息を呑む。両手を伸ばし、鳥居に襲い掛かる!!

>「機内を汚しちゃ駄目だとぉ〜……あれほど言ったのにいいいいいいいいい!」
>「おい!外見ろ外!とんでもねえ事になってんぞ!」
生還屋の声につられて外を見る。見なければよかったと後悔した。
外では操縦士と同じく、蒼白した肌を持ち不気味な動きを見せる群衆が迫ってきているからだ。
『地獄絵図』、その言葉が脳裏に浮かび、あかねは為す術もなく頭を抱え、へたりこんだ。

(怖い、怖いっ……誰か、助けて――――!)


94 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/07/23 05:23:01 ID:???
―固く瞑った瞼の奥に、眩むような白い閃光が差す。
それが何かを形造る直前――銃声があかねを我に返らせた。
ブルーが撃ちこんだ銃弾が操縦士の頭部、額に直撃したのだ。
だが操縦士は鳥居の首から手を離すことなく、大きくのけ反っているだけだ。

その光景を目の当たりにする内、あかねの中から恐怖が消え失せていた。
代わりに、煮え滾るような怒りが腹の底から沸き上がって来たのだ。
自分はただ巻物の相方を頂戴しにきただけなのに、どうしてこんな連中に恐ろしい目に遭わされなければならないのか。
死んだ者達に何故怯えねばならない?気に食わない――!生者に手を出す死者達が疎ましい!
死者は土の下で厳かに眠るべきなのだ。醜く地上を這いずり回るなど、場違いも甚だしい!

「その汚い手を離さんかい、ド変態がぁーーーー!」

銃撃に追い打ちをかけるように、あかねは傍に落ちていたスコーンを操縦士向けて投げつけた。
追撃としては大した攻撃にはならないが、隙を作る位はできるだろう。

「よう聞けぇ!機内汚したんはウチやで、襲うならこっちやろが!それとも何や、元々ソッチ趣味なんか?!」

今の操縦士に罵倒が効くかどうか定かでないが、気を引くためありったけ呼びかける。
もし鳥居への拘束がもっと弱まれば僥倖。早く逃げ出してほしいものだ。
なるだけ死体を見たくないあかねとしては、鳥居を助けたい気持ちで一心だった。

(決めたわ!こんなおっかないトコ、巻物見つけたら即バイナラや!"また"死んでたまるもんかい!)

その時、あかねは自分で(あれ?)と心中呟いた。

(なんでウチ、今「また」って言ったんやろ。ウチ死んだことなんか無いのに……まあええわ)

あかねの目はまっすぐ操縦士の体に向けられた。臍の下、丹田と呼ばれる部位だ。
東洋医学において、丹田は全身の精気が集まる場所とされている。
あかねは仮にも近代魔術をかじっている。そこが弱点であると察したのは、魔術師としての勘であった。
鳥居へそのような助言を伝えたのも、そのお陰だ。

「呪音はん!ヘソの下思いっきり蹴飛ばしたり!何なら金的したってええで!!」

因みになぜ近づくなりして助けないのかといえば、腰が抜けて立てないからだというのは言うに及ばずである。

「はよ逃げな、このままじゃウチら全滅や!あと誰かおぶって!ウチさっきから動けんねん!」

立てない癖に威勢だけは良いあかね。こんなんで大丈夫であろうか。

95 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/07/24 19:19:49 ID:???
>「うんうん、呪音はんよろしゅうなー。君みたいなちっこい子が居るなんて意外やったわ〜」
尾崎あかねは気軽に話しかけてくれた。
少女に言われた通り、鳥居自身もこの場所に居るということを不思議なことと思っている。
宇宙の磁力のようなものなのか。それとも運命の悪戯か。
ただ、ちっこいという尾崎の言葉が、少しだけ少年の矜持を傷つけた。
それゆえに鳥居は、座席で胸を張り、爪先をピンと伸ばしてみせた。が

>「このぐらいの揺れでどうこうとやっぱりお前は餓鬼だな。
 さっきからトイレに籠りっぱなしの異人も情けないこった。。
 その点俺様は高貴な生まれだからなあ!」
と頼光にも傷つけられてしまう鳥居の矜持。

「餓鬼?」
それは大きな餓鬼の頼光にだけは言われたくない言葉だった。
鳥居はぷーと頬を膨らます。すると今度は尾崎あかねが…

>「黒免許が何かは知らんけど、こないな所で呑気に寝てられんのは確かに凄いわな〜。
 それより、ウチはさっきから便所に籠っとる兄さんの方が心配なんやけど……」
と言葉を続けた。どうやら二人とも、トイレの男が気になっているようだ。

「え?あかねさんは黒免許じゃないの?あ、そっか。ぼく勘違いしてました。
てっきりこの飛行機に乗っている人は全員黒免許で、特別な依頼を受けた人たちばかりと…」
そう返し、鳥居もあかねの視線の先、ブルーのいるトイレに面をむけた。

そして尾崎のスコーンによって起こされる惨劇。

>「毒だ!誰か窓をぶち破れ!じゃないとこのまま全滅だ!!!」

「あーマリーさんっ!い、いたの?」

>「小娘!あんたも同罪だよ!!
(中略)こんな腐った菓子を出す料理屋なんてじきに潰れるから、今から笛の稽古でもしとくんだね、この馬鹿娘が!!」
>「なっ……何やて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?もっぺん言うてみいっ、おばはんっ!!」

「ひーっ!!ご愁傷さまです!」
鳥居は座席に減り込まん勢いで身を縮め隠れる。
マリーに冬宇子。鵺を退治した地獄女がそろいも揃って同乗していたなんて…。
(どうしよう…あのこと、わすれてるといいけど…。マリーさんのおっぱいを触っちゃったことと
倉橋さんに変顔をしたこと。ていうかまず人間関係を修復しないと、生きて日本に帰れないかも)

96 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/07/24 19:20:48 ID:???
>「ふぅ〜、とっときな」
騒ぎが終息をむかえると、トイレから現れたブルーは尾崎に金貨を差し出していた。
それは紅茶のお礼であろう。しかし紅茶一杯の謝礼に金貨を差し出すとは、
彼はいったい何者なのだろうか。

「きっとお金もちですね。羨ましいです。
近い未来、日本男児は高学歴、高収入、高身長の三高が持て囃される時代がくることでしょう。
だから僕も金貨をいっぱい手に入れたいです。そして女の人にもてもてになります」
ささやかな決意を胸に瞳をキラキラと輝かせる。
そのいっぽうでは苔に覆われている頼光の姿が目に映る。
鳥居は鼻白んだ表情を見せて…

「……ぼく、頼光みたいな大人には絶対になりたくないです。大人なのにコパーなんて言いたくないですし
苔生したくないです。あ、それと今から頼光のことをコパ光と呼んでもいいですか?」

その時だった。

蒼天を装飾する爆炎の華。轟音。

>「うひゃきゃああっ!?何いまの、爆弾か何か!?ウチまだ死にとうないーー!」

「ぐむぅ…(死むぅ…)」
突然の出来事に硬直している鳥居呪音。顔面を包み込むあかねの胸。
これは墜落して死ぬのが先か、窒息死が先かの瀬戸際の状態。
鳥居は死を覚悟した。

※  ※  ※

「あ…」
気がつけば飛行機は不時着していた。後頭部にはひんやりとした感触。
視線を落とせば巨大な白蛇。

「あ、ありがとう」
どうやら白蛇がクッションになってくれたらしい。少年は蛇の黒い眼を見つめる。
何となく初めて会った気がしないのはなぜなのだろう。
しかし鳥居はいぐなに気付くこともなく頭(かぶり)をふって起き上がる。
周囲の状況がのんびりとはさせてくれないようだ。

97 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/07/24 19:25:02 ID:???
生還屋に続き、操縦席に向かえばそこには一つの遺体があった。
頭部からは血を流して、両手は操縦桿を握っている。
操縦士は機体を不時着させるために絶命してしまったらしい。

(ありがとう…操縦士さん)

>「ま、仕方ねえな。コイツはここに置いていくぜ。
 死体担いでそこらを歩き回りてえって奴がいんのなら、連れてってもいいけどよぉ」
目礼をしている鳥居をよそに、生還屋は大した感慨もなさそうに身を翻し出口へむかう。
その態度に鳥居はパッと目を見開き彼の背中を視線で射抜いた。少年の瞳からは、羨望の眼差しは消えている。

「あの、どうしてですか?…この人はみんなを助けるために死んじゃったんですよ。
せめてお墓に入れてあげなきゃダメなんじゃないですか!?」

それでも生還屋は、歪んだ扉を蹴り続けていた。

「…く」
鳥居は下唇を噛んで彼の背を見つめ続ける。すると生還屋が何かを察知して振り返ったので
何かと思った鳥居が振り向けば…

>「機内を汚しちゃ駄目だとぉ〜……あれほど言ったのにいいいいいいいいい!」

「ぷぐっ!?」
そこには死んでしまったはずの操縦士の姿が!彼は冷たい手で鳥居の首を締め付けてくる!

「なんで!?」
頭のなかでぐるぐると思考がまわる。

>「どうしても大人しくしていられないのならぁ〜……僕が君を殺してあげるよぉ〜」

「僕は大人しくしてましたっ!悪いのはぜんぶ頼光…ぎゃ」
潰れる声。操縦士は全体重をかけて圧し掛かってくる。

>「そこの少年!、頭をひっこめろ!」

「ぷくく!」
鳥居の頭は、亀のようには引っ込まないので気持ちだけを引っ込めてみた。
刹那、機内に響く銃声。
目を開けて見ると操縦士のおでこが血で染まっていて、弾丸が刺さっているのが見えた。
(この人、化け物になってます!)

>「呪音はん!ヘソの下思いっきり蹴飛ばしたり!何なら金的したってええで!!」

(んん…。でもこの人の体、なんかすごく固くなってるし、弾丸もちょっとおでこに減り込んでるだけだし…。
あ、でもいちかばちか…。このままじゃ僕が死んじゃうし)
あかねの言葉に鳥居は爪先に神気をこめ、思いっきり操縦士の下腹部を蹴飛ばす。
それでもダメならさらに爪先に意識を集中して炎の神気でアイロンのように下腹部を焼き焦がすだろう。

98 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/07/24 23:37:50 ID:???
決して快適とは言えなかった空の旅だったが、それも今と比べればスウィートクラスだった、と言えるだろう。
花火の砲撃により型翼の折れた飛行機の不時着に比べれば。
だがこの不時着とてパイロットの命を懸けた奇跡の着陸と言えるのだが、そんなこともつゆ知らぬ乗客たちにとってはたまったものではない。

「おお、着いたのか?なんだかいい気分だけど、ちょっと寒いな。」
恐るべき衝撃を伴う不時着だったが、何と頼光は無傷であった。
不時着などとなれば一番にパニックを起こし、ろくに受け身も取れず重傷を負うようなものなのだが……。

それはアカネのスコーンのお蔭だと言えよう。
殺人的な不味さに毒消しの霊草ダミソウゴケを服用。
スコーンだけでなく、煙草、酒、怪しげな薬物を嗜む頼光体内の有害物を養分とし分厚い苔玉となっていたのだ。
半死状態で丸くなり、ドテラを着て更に苔に覆われていた為に不時着の衝撃から守られたのだった。
苔玉から起き上がる姿はまるで卵から孵った雛の様でもあった。
事実体内の有害物が除去されて、今までにない体調の良さを感じている。

起き上がった頼光が見たものは、歪み散乱した機内。
銃を取り出しているブルー。
押し倒されている鳥居とその傍で腰を抜かしているあかねだった。

不時着したことすら知らぬ頼光に一体何があったのか理解などできはしない。
が、元々考える事が出来ぬ男は脊髄反射によって駆け出した。
「おらああ!餓鬼に何してんだ!!」
鳥居がパイロットの下腹部を蹴飛ばしたと同時に、頼光の助走をつけた蹴りがパイロットの顔面を捉えた。
思いっきり蹴りぬいた後、蹴った足を抱えてぴょんぴょんと跳ねる事になるのだった。

「いてえええ!なんだこいつ!顔が鉛でできてんのか!?」
涙目になりながら跳ねていると、外されたドアから広がる光景の異様さは機内の比ではなかった。
青白く不気味な群衆がのたのたと近づいてきている。
その光景はただ群衆が集まっているという事実を超え、本能に生命の危機を訴えかけてくるものがあるのだ。

ここに至り、危機感もなく鈍い頼光も事態の重大さを悟る。
足の痛みも忘れ、懐から取り出した小冊子をめくり始めた。
「おいおいおいおいおいおい!なんだよこれ!ちきしょお!
なんかこう、派手にぱーっとぶっ飛ばせる術はねえのかよおおおお!!
ああ、もう、これでいい!」
とあるページで手を止め、そこに書かれた番号の試験管を取出し、中に入っていた種を呑み込んだ。

霊力がある者が見れば頼光の体の隅々に霊力がいきわたる事が判るだろう。
それと共に徐々に体が大きくなっていく事も。
>「はよ逃げな、このままじゃウチら全滅や!あと誰かおぶって!ウチさっきから動けんねん!」
「うはははは!力が漲ってきたあああ!
あ、てめ!毒使いだったのかよ!ピーピー泣いてんじゃねえよ!こっちゃお前のお蔭で死にかけたんだからな!
小便癖え小娘はどいてやがれ!俺は逃げるんだ!」
あかねの首根っこを摘まむと片手で持ち上げ後ろのブルーの方へ投げ捨て、振り向きもせずにハッチから身を出した。

その頃には頼光は一回り以上大きくなっており、体表に木目が浮き出ているところから、木人となって身体能力が強化されていると思われる。
事実あかねを片手で摘まみあげるなど、本来の頼光にはできない事なのだから。
「よおぉぉし!今なら何でもできそうだ!おらあああ!!寄るんじゃねええ!気持ち悪ぃーんだよ!」
降り立った頼光は落ちていた扉を振り回し、迫りよる群衆を薙ぎ倒していく。
だが力はあっても行使に慣れていない。
何度か振り回した扉がすっぽ抜け、機体に突き刺さりそこから液体が流れだす。

その液体が燃料であることは匂いを嗅げば容易に想像できるのだろうが、獲物がなくなり両手を振り回して奮戦する頼光は全く気付いていなかった。



99 : ◆u0B9N1GAnE :12/07/25 20:33:29 ID:???
【行動判定】

>>97

下腹部、丹田を蹴りつけられた操縦士が苦悶の表情を浮かべた。
鳥居と彼の体格差は一目瞭然、蹴りの一発でこうも効果が得られるとは考え難い。
つまり効果があったのは蹴りそのものではなく、爪先に込められた炎の神気だ。

それでも操縦士は辛うじて鳥居の首を手放さなかった。
放さなかったのだが――それは彼にとって致命的な過ちだった。
君達が見た通り、動死体は炎の神気に酷く弱い。それこそ肌に触れるだけで悶え苦しむほどに。
ならば一度距離を取り、今度は大人と子供の間合いの差を利用した打撃を用いるのが合理的な戦術と言える。
どうやら奴らは戦術を組み立てるほどの思考能力を有していないようだ。

>さらに爪先に意識を集中して炎の神気でアイロンのように下腹部を焼き焦がすだろう。

炎の神気が更に集中すると、熱した鉄板に水を零したような音が響く。
同時に操縦士の丹田から白い霧が溢れた。
それは蒸気――ではない。丹田に集まっていた『氣』が漏れ出しているのだ。
くぐもった悲鳴を上げて、とうとう操縦士は鳥居の首を手放した。

>「おらああ!餓鬼に何してんだ!!」

そこへ更に頼光の蹴りが叩き込まれて、傷は負わないまでも突き飛ばされる形で操縦士は転倒した。
丹田を押さえながら床を転げ回り、だが徐々に動きは鈍くなっていき、やがて身動ぎ一つしなくなった。

直後、彼の体表が更に白く変化した。加えて白い靄が全身から立ち上っている。
どうした事か、彼は凍っていた。白い靄は大気との温度差によって生じた微量の蒸気だ。
どうやら彼は凍り付く事で致命的な――とは言えもう死んでいるのだが、とにかく有効打から身を守っているようだった。

また、一度散った筈の丹田に、徐々にではあるが再び『氣』が充実していっている。
体内で生じる、また大気中に存在する微量な『氣』をゆっくりと集めているようだ。
この事は霊感がある程度あれば分かる事だろう。

そして丹田に『氣』が再度満ちれば、彼はまた立ち上がり、動き出すであろう事も。
それが彼特有の性質とは考え難い。恐らくは飛行機に群がる群衆も全て、同じ性質を持っている事だろう。
つまり事実上、君達に迫り来る連中は皆、『不死』であるという事だ。

不死と言えば――君達の中には一人、『元不死』がいる筈だ。
かつて吸血鬼であった君には、彼らから微かな同族の気配を感じ取れるかもしれない。


【取得可能な情報】
動死体から僅かな吸血鬼の気配がする
奴らはダメージを負うと体を凍結させて防御、回復の体勢を取る
丹田はやっぱり弱点
炎(の神気)がよく効くっぽい

100 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/30 21:25:05 ID:???
エプロン姿の少女――尾崎あかねの持ち込んだ菓子を中心に、小型旅客機の客室は騒然としていた。

>「なっ……何やて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?もっぺん言うてみいっ、おばはんっ!!」
>「自分やって化粧分厚うてド派手なカッコしとる癖に気違い言われとうないわっ!
>大体、この人は喉にスコーン詰まらせただけやろが!勘違いしなや!せやろ、兄ちゃん!」

赤毛の生え際まで真っ赤に染めて、身を乗り出すようにして言い返す少女。

「 ……おばっ………!?言ったね!!この馬鹿娘が!!!
 私がおばさんなら、あと四、五年も経ちゃ、お前も立派なババアだよ!!
 それまでせいぜい、それだけが取り得の若さを振りまいて、その破廉恥な着物で男に媚を売っておくんだね!」

一方の冬宇子も、妙齢の女が最も言われたくない禁句を耳にして、髪を振り乱して応戦する。

>「全く、袖に染みくらいでギャーギャー言いなや、みっともないで。
>まっどーせウチには服なんてコレっきゃないから、替えなんかないけどな。高級品なんて縁ないしぃ〜?」

絽は、極上の絹を薄く織り上げて透け感を出した夏着物だ。襦袢に色を重ねて着こなし、涼しげな風情を楽しむ。
白い襦袢を下地にした、薄青から紫の淡い段だら染めに、黄色っぽい染みは酷く目立つ。
散らかり放題の雑然とした部屋は平気でも、身を飾る品には酷く執着するのが、見栄っ張りな冬宇子の性であった。
袖に落とした視線を少女の顔に戻し、冬宇子は忌々しげに畳み掛けた。

「染みくらい、だって…!?はン!趣味の悪い女は身嗜みの感覚も違うねえ!
 それに、嘘をお吐きじゃないよ!
 川原の乞食じゃまいし、女が替えの着物一枚持ってこないなんて事、或る訳がないだろ?
 一枚しかないならその着物、いつ洗ってんのさ?
 それとも、お前んとこの西洋料理屋では不潔な服のまま飯をこさえてんのかい?
 ははァン!どおりで菓子が腐るわけだ!」

紅を差した唇を歪め、その口から、さながら機関銃のように悪態を発射し続けた。

「高級品に縁が無いのは、お前の妙ちきりんな服の趣味のせいだろ?金がない筈はなし!
 年端も行かぬ小娘に、帝都に店を出す程の貯えが出来る訳がないからね!
 大方、ろくに躾もしない成金の親に、道楽で開く店の資金をたんまりと出させたんだろ?
 潰すための店に金を注ぎ込まなきゃならないんだから、我侭娘の親も大変さねえ!」

言い合ううちに歩み寄り、女二人が顔を突き合わせて睨み合う格好になった。
主の殺気を察してか、お供の獣同士も火花を散らしている。
少女のポケットから顔を出す犬妖は、歯を噛み鳴らして威嚇し、
冬宇子の袂から飛び出した光獣は、背中の毛を逆立てるが如く、刺々しい光を点滅させて唸り声を上げていた。

と、罵り合う女たちの間に、一人の青年が身体を割り込ませた。
つい先程まで便所に籠もっていた黒髪碧眼の外国人――ブルー・マリーンだ。
盆の上の菓子箱を、ひょい、と持ち上げて口に近づけると、傾けて一気に中身を流し込む。
数秒後、異臭を放つ西洋菓子は、一つ残らず青年の口内で咀嚼されていた。
呆気に取られる女二人。

「おやまァ…随分と悪食な男だこと……!生国は余程食い物の不味い国なのかねえ。」

冬宇子は鼻白んで呟き、
少女は、青年に貰った金貨を掌に微笑んでいる。
マリーンの行動の真意は不明だが、ともかくも、女同士の見苦しい諍いを収めることは成功した。

101 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/30 21:28:08 ID:???
>「おっと、見えてきたよ。アレが僕らの目的地……清国の首都、北京だ。

すったもんだがありつつも、旅客機は無事に航行し、送話管から伝わる操縦士の声が清国上空への到達を告げた。

旅客機の窓から俯瞰する北京の街並みは、壮観ではあったが、一種異様な光景にも映った。
街一つを堅牢な壁で囲い、高塀の街路を迷路の如く張り巡らせた要塞都市。
日本の城下町も、戦時の防衛の為に、袋小路、鉤の手路、丁字路と、入り組んだ造りになっていることが多いが、
それとはまた別種の、峻酷なまでの脅威の存在を暗示しているように思われた。
支那大陸の支配史は、そのまま漢族の王朝と異民族による征服王朝との攻防の歴史でもある。
今まさに、大陸を支配しようとする異民族王朝の清にとっても、地続きに侵攻してくる外敵への脅威は、
島国に暮らす者からは想像に難いほど、より現実的で苛烈なものであったに違いない。
冬宇子は、大はしゃぎしている少女を揶揄することも忘れて、
感嘆の心持ちで、眼下に拡がる鉄壁の威容を眺めていた。

次第に高度が落ち、小型旅客機が着陸態勢に入ったその時、視界が閃光に包まれた。
直後に襲う振動。

>「な、なんだぁ!?おい、一体どうなってやがる!」

繰り返す閃光、振動。
窓という窓から幾度と無く差し込む閃光は、鮮烈な色彩を帯びている。

>「こりゃあ……花火か……!?」 訝しむ虎刈りの男。

「花火だって?これが清式のお出迎えかい?歓迎の花火にしちゃ随分と荒っぽいじゃないかい!?」

あまりの振れに立っていることも出来ず、冬宇子は床に這いつくばって、虎刈りに問う。

>「いややーー!最低死ぬ時は地面の上で大往生がええー!」

「煩いっ!!静かにおし!馬鹿娘!!喚いて助かるモンでもなし…!!」

取り乱す少女を怒鳴りつけた瞬間、
突き上げるような衝撃が走り、冬宇子の身体は傾いた機内に投げ出された。
眩い閃光が視界を満たす。
赤、黄、橙………あの花と同じ色だ。
――――西洋菖蒲―――別名『グラジオラス』―――『剣』の名を冠した花。
入院して三日目、高価な西洋菓子の折り詰めと共に届けられた、贈り手の分からぬ豪華な花束。
鮮やかな夏の花はガラス瓶に生けられて、殺風景な病室の壁を埋め尽くした。
あの花束を贈って寄越したのは、一体誰なのだろう?
『剣』―――という言葉の符合を知る人物なのだろうか―――?

『剣』―――と呼ばれた男。森岡草汰は、最後まで浅ましい男だった。
森岡草汰は、『森岡梢とその夫に拾われた、名も無き少年を守るための、仮初の人格――守護者』である
と、自らの出自を明かした。しかしそこには明らかな矛盾があった。
森岡草汰という人格に眠らされていた筈の名も無き少年は、森岡梢を母と呼び、華吹を兄と呼んだ。
それは、少年が森岡と記憶を共有している――つまり彼も森岡草汰の一部であったという証左に他ならない。
彼が、『森岡草汰』という存在を切り離し、『殺人鬼ヒト刺し』としての罪を我が身一つで背負ったのは、
自らの理想像である『森岡草汰』を汚したくなかったからではないのか。
あくまでも、森岡草汰は『血に汚れた殺人鬼』ではない、と。
『哀れな少年を守っていた守護者』である、という偶像を与えようとしたのではないか――?

更に、森岡草汰の一部たる少年は、自らの死に臨んで、『一度死ななければ未来と向き合うことは出来ない』
と、殺めた者への贖罪より先に、未来への希望を語った。
あの浅ましい男は、まだ『生きる』気でいる。この現し世に生きて戻り、血に汚れた手で未来を繋ぐつもりでいる。
なのに何故だろう。これほどに『浅ましい』と軽侮しながらも、
冬宇子は、その浅ましい男にもう一度逢いたかった。
黒免許という面倒な肩書きを、結局は受け入れて、嘆願を受けるに到った理由もそこにあるのかもしれない。
冒険者を続けていれば、いつかあの男――森岡草汰に、再び合い間見えるような気がして……

102 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/30 21:36:50 ID:???
>「……おぉい、クソッタレ共、生きてっかよぉ」

轟音と振動が治まり、束の間の静けさを取り戻した機内に、虎刈り男の声が響く。

>「あぁ、生きてるぜぇ」と、事も無げに答えるブルー・マリーン。
>「うう……誰がクソッタレや、……目が、目が回りゅう〜〜〜…………」
エプロン少女と鳥居呪音は、寸胴な八坂の大蛇の上で目を回している。

「………もうっ……!黒免許なんてロクなもんじゃない!!こんな嘆願受けるんじゃなかったよ!畜生っ!」

頭の瘤を擦りながら起き上がる、冬宇子の着物は黒い苔にまみれていた。
隣には巨大な苔玉が転がっている。
不時着の衝撃で放り出された冬宇子の身体は、幸いにも苔玉にぶつかって留まり、
分厚い苔が緩衝材となって無事であった。

「半年前から予約を入れて、漸く手に入れた夢二ブランドの着物なのに……!
 そこのボンクラ!あんたにゃ絶対弁償してもらうからね!!!」

苔の中に座ったまま、未だ事情が飲み込めないといった面持ちの頼光に、怒声を浴びせかけた。

>「にしても……寒いなオイ。さっきの花火もそうだがよぉ、なんか色々おかしいぜ」
異変を伝える虎刈りの声。

確かに、肌が粟立つような只ならぬ冷気を感じる。冬宇子は口を噤み、荒れた客室内を見回した。
男は大破した操縦席を覗き込み、操縦士の死を告げる。
それが怪異の序章であった。


虎刈りの男――通称『生還屋』が、歪んだ搭乗扉を蹴破ると、
搭乗口の前には、死んだ筈の操縦士が佇んでいた。
血まみれの操縦士が、鳥居を襲う。
間髪入れずに、ブルー・マリーンが操縦士を銃撃。
頭部に命中するも、弾丸は皮膚の浅い位置に留まり、決定的なダメージには至らない。

>「おい!外見ろ外!とんでもねえ事になってんぞ!」

生還屋の声に促されて窓の外を見ると、生きた屍体とでも言うべき群集が街路中に溢れていた。
思い思いに徘徊していた群集は、銃声に引き寄せられるように一斉にこちらに向かって歩き始める。
血の気の無い青黒い皮膚。緩慢でぎこちない動作。魂の抜けたような虚ろな表情。
群集の全てが死んだ操縦士と同じ態様を示していた。

「なんなんだいこりゃあ……?
 遺跡調査ってなァ何かい?街中が死人だらけで墓所みたいな有り様だから何とかしろってことかい?!
 それにしてもあいつらは……?大陸の生ける屍人……僵屍(キョン・シー)か…?」

屍人の如き群集からは、霊気に似た独特の気配が漂っていた。
臍下の丹田の位置に、一際それが凝縮している様子が感じ取れる。
陰陽道は、大陸より伝わった道術が、神道や修験道等の要素を取り入れて、日本独自の発展を遂げたものである。
根本原理を道教と共有している為、陰陽師の端くれたる冬宇子も、少なからず道術についての知識を持っていた。

僵屍(キョン・シー)とは、大陸の死体妖怪の一種である。言わば道術によって生み出される『動く屍』だ。
道教では、万物は陰陽の流動――『氣』より生まれ、
殊に、生物は『魂(こん)』と『魄(はく)』という、二種類の『氣』を持つと考えられてきた。
『魂』は精神を支える『氣』、『魄(はく)』は肉体を支える『氣』を指す。
僵屍は、死した肉体が『魂』を失い『魄』のみを持つ状態になったもの、と云われる。
故に、殆ど知性はなく、道士による統御を受けていない時は、
本能…ことに食欲を満たす為だけに動くため、凶暴で、しばしば人を襲う。
生前の霊的資質や風水的に誤った埋葬方法により、自然発生的に僵屍となるものもいれば、
道士が主に使い魔として使役するために、埋葬前の死体に『魄』を宿らせて、故意に作成する場合もある。

103 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/30 21:41:22 ID:???
硬化した肉体。丹田に凝縮された『魄』――『氣』。血に飢えた凶暴さ。
全てが、僵屍の特徴と一致する。
しかし、屍人の如き群集が僵屍だと断定するには、不可解な点もあった。
僵屍は、肉体の硬化ゆえに間接が曲がらず、跳ねるように移動する。
一方、群集の動きは、ぎこちなく緩慢ではあるが、ある程度姿勢の自由は利くように見える。

>「呪音はん!ヘソの下思いっきり蹴飛ばしたり!何なら金的したってええで!!」

術士と思しき尾崎あかねも、操縦士の発する『氣』を捉えていたらしい。
あかねの指示に従い、鳥居呪音が、炎の神気を帯びた拳で操縦士の丹田を攻撃する。
続けて頼光の蹴りが顔面を捉え、転倒した操縦士は、白煙の上がる丹田を押さえて藻掻き、やがて動かなくなった。
操縦士から立ち昇る白煙には、漏れ出す『氣』の気配を感じられる。
そして同時に、冬宇子は、床に転がった操縦士の体表に『霜』が付着している事に気づいた。
――――操縦士の身体は凍っている…!
弾丸を通さぬ肉体も、殴った者の拳が傷つくほどの皮膚の硬さも、これで説明がつく。

やはり奇妙だ。冷凍僵屍など話に聞いたこともない。
冬宇子は感覚を研ぎ澄まして、倒れた操縦士を見つめた。
凍った体から放出する冷気と引き換えるように、丹田に再び『氣』が集約していく。
『氣』の充填を済ませた操縦士が再び起き上がるであろうことは、容易に想像出来た。

奴ら――屍人たちは『不死』なのだ。
肉体を完膚なきまでに破壊しない限り、何度でも氣を充填し、復活する。
冬宇子は、絶望的な面持ちで溜め息を吐いた。
襲い来る屍人の如き群集。迎える冒険者はたったの八人。圧倒的な戦力差に加えて、その不死性。
けれども、この窮境を打破するための方策は皆無ではない。

鍵は、観察によって得た、屍人たちの性質にあった。
・凍結という特異な資質を持った屍人は、反面、炎に弱い。
・聴覚を頼りに移動していると思われる――『音』に引き寄せられる性質を持つ。
・視力を失ってはいない。(因みに僵屍に視力は無い。臭覚で人間の呼気を認識する)

冬宇子は手荷物のトランクから、二つの品を取り出した。
呪術に使う『麻縄』と、清国の酒が口に合わぬことを予想して持ち込んだ『焼酎の瓶』だ。

>「そいつだけに手間取ってる暇はねえんだ!とにかく道を切り開かねえとおしまいだぞ!」
>「ぶち抜くならあそこが穴だ!そら行くぞ!伊達や酔狂で刀持ってる訳じゃねえんだろ!」

生還屋が窓の外を指差し、屍人達の群がる街路の中で、密度の薄い一角を示す。

「分かってるさ!だが逃げるには逃げる為の準備ってモンが必要なのさ!
 あんたら男は、婦女子が無事に逃げられるように、先に行って屍人の動きを食い止めてきな!」

生還屋に答えを返しながら、焼酎の封を切り、一括りにした麻縄に酒を掛けていく。
縄に酒が染み込むのを待つ間、冬宇子は、未だ機内に残っていた双篠マリーに視線を向けた。

「姉さん…あんた火は…?マッチかライタァを持ってないかい?」

それだけの情報で、勘の良いマリーには察知できたかもしれない。
今、冬宇子の作っているものが、損傷した旅客機を爆破炎上させるための、『導火線』であるということが。

104 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/07/30 21:44:26 ID:???
>「はよ逃げな、このままじゃウチら全滅や!あと誰かおぶって!ウチさっきから動けんねん!」

半泣きの少女の声が響いた。
謎の植物によって身体を強化した頼光が、通路を塞ぐ尾崎あかねを放り投げて、機外へと駆けていく。
ブルー・マリーンに受け止められたあかね見遣って、冬宇子は軽く舌打ちした。

「まったく、世話の焼ける馬鹿娘だよ!悪食の兄さん…その娘あんたに任せていいだろ?
 外に出たら、とにかく屍人の少ない方へ…西に逃げな!私に考えがある。
 それと、私が合図したら、必ず目を閉じること!判ったね!!」

言って、再び窓の外の様子を伺うと、
頼光が壊れた扉を振り回し、旅客機周辺の屍人を根こそぎ薙ぎ倒す大活躍を見せていた。
振り抜いた扉が勢い余って機体に突き刺さり、液体が流れ出す。

「こりゃァ丁度いい具合にやってくれたよ!偶然だろうが、馬鹿もタマには役に立つもんさねぇ!
 マリー!行くよ!」

マリーに目配せを送り、搭乗口を潜って、機外へと駆ける。
街路に出ると、冬宇子は、一際大きく声を張り上げた。

「皆!目を閉じて!!!三つ数えたら目を開けて西へ逃げな!!燐狐――――!今だよ!!!」

刹那、虚空で眩い白光が閃く。光の妖――燐狐が放つ目晦ましの光だ。
これで、網膜に光を浴びた屍人達は、視力を奪われて、追跡が困難になるやもしれない。
もしもこの瞬間に、目を閉じ損なった冒険者がいたならば、屍人同様に、暫しの間視力を失うことになるだろう。
数秒後、冬宇子は、麻縄の一端を機体から流れた燃料溜まりに浸し、地面を這わすように縄を置いていく。
一度振り返り、破損した旅客機――その中にいる操縦士を一瞥して、ぽつりと呟いた。

「異国の地で死んで、異域之鬼――ならぬ、異域之『屍鬼』に成り果てる……か…。
 あんなもの乗りこなすんだから、どうせ軍人上がりだろう。それなりの覚悟はしてたんだろうが、哀れにねえ。
 せめて、只の死体に戻してやれりゃいいんだがね…。」

そうして、意を決した表情でマリーの顔を振り仰いだ。

「マリー!西へ逃げるよ!あんたは私を先導して道を作っておくれ!」

西は、他の方位と比較して屍人の数が少ない一角だ。
とはいえ、それはあくまで『比較』の話で、襲い来る屍人は後を絶たない。
冬宇子はマリーに、自身を屍人から守り、退路を作るように依頼したのだ。
そして麻縄の長さが尽きる所に到れば、縄の端に火を付けるつもりでいた。

炎は、酒の染み込んだ縄を導火線代わりに、漏れ出た燃料に引火、機体ごと大爆発を引き起こすだろう。
上手く行けば、爆音を聞いた屍人を、機体の方向に誘導することも出来るやもしれない。


【機外に出る→燐狐の閃光で屍人の目晦まし】
【西へ逃げる。マリーさんに屍人からのガードと先導を依頼】
【酒を染み込ませた麻縄を導火線代わりに、旅客機を爆破予定。
 屍人に炎と爆破によるダメージと、あわよくば爆音に誘導もできるかな〜?】
【マリーさんよかったら、火を付けるところまでやっちゃってください】

105 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/08/04 11:25:18 ID:???
それは目の痛みがやや和らいできたときの出来事だった。
轟音、そして、大きく揺らぐ機体、操縦士いわく花火が直撃してしまったらしい。
満足に見えない視界の中、マリーは座席にしがみつく

そして

「全くとんだ災難だ」
真っ赤に充血した目を擦りながら、マリーは生還屋に応えた。
異常な寒さを機内に居る全員が感じ取った。
気象条件にもよるが、真夏でも震えるほど寒い地域があるように
ここもまたそういう条件が揃っている地帯なのだと思ったが、それは大きな間違いだった。
生還屋が扉を蹴破った瞬間、死んだはずの操縦士が動き出し、鳥居に襲い掛かる。
即座にナイフで斬りかかろうとしたが、それよりもはやくマーリンが銃撃する。
それで終わると思っただが、銃弾は脳幹に達することなく、額にめり込むだけ
この時、マリーは不安に駆られた。
生きている人間を殺すことは容易いが、操縦士のように死んでいる人間となると話が違う。
そもそも、そんな自然の摂理に反する存在そのものが想定外なのだからしょうがない。
加え、銃弾さえも受け止めるほどの頑丈さとなると、今もっている自分の得物では太刀打ち出来ないのではないだろうか
凍りついた操縦士を眺めながるマリーの頬を冷や汗が伝う。
とりあえず、なんとか操縦士を倒せたが、状況は悪化している。
何故なら、飛行機の外には操縦士と同じような動くしたいが群がっており
尚且つ、先ほどの銃声でそのすべてがこちらに向ってくる有様だ。
すぐさま、頼光が迎え撃って出ているなか、マリーは機内に使えるものが無いか探す。
その最中、倉橋が火をもっていないか尋ねてくる。
「生憎私はタバコを吸わないんでね。そういうのは持ってないよ」
そう答え、倉橋に視線を向ける。
てっきり落ち着くために一服でもするのかと思っていたが、そうではなく
倉橋は麻縄になにやら焼酎をかけていた。
それを目の当たりにし、マリーは倉橋が何をしようとしているか察した。
「あぁそういうことか、なら大丈夫だ。火種はある」
即座にマリーは袖を捲り、いつもの籠手を露にして、それに仕込んでいる短剣を抜き取った。
奥の手の短剣飛ばしで使用する火薬で麻縄に火をつけるつもりだ。
マリーの準備が整ったところで、倉橋と共に機体から外へ出る。
そして、倉橋が合図を出した瞬間、眩い光が閃いく
目晦ましで死体たちを怯ませている合間に倉橋は導火線の端を機体から溢れている燃料に浸す
「まかせろ!」
力強くそう応えると、マリーは近寄ってくる屍人の下腹を狙い蹴り飛ばす。
確かに武器を使い、殺すことは出来ないが、弱点が明らかで
それに加え、動きが緩慢な相手ならば、ただ突き放すだけでも十分な効果を得れる。
そうして次々と屍人を蹴り飛ばし、屍人の群れを抜けた瞬間、
倉橋から導火線を受け取り、それを籠手に差し込んだ。
「全員いるか!?火をつけるぞ!」
全員無事に逃げたことを確認すると、即座にマリーはピンを抜き
導火線に火をつけた。
火薬による点火のため、屍人たちはこちらへ向きを変えるが、それよりも先に
燃料に向う火の手のほうが早くつくはずだ。


106 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/06 20:53:13 ID:???
>「皆!目を閉じて!!!三つ数えたら目を開けて西へ逃げな!!燐狐――――!今だよ!!!」

燐狐の発した閃光は倉橋の思惑通りに動死体達の目を焼いた。
目を抑え、呻き声を上げて奴らは身悶えする。
そして――不意に動死体達は同士討ちを始めた。

一体何故か――奴らは眼球が霜に覆われている為に不完全な視覚を、聴覚で補う形で標的を探す。
だが今は燐狐によって視界を奪われ、音のみを頼りに索敵を行なっていた。
そして奴らには聞こえてくる音や声が、生者と同類どちらによるものかを判別する思考力がない。
故に同士討ちが起きたのだ。

>「マリー!西へ逃げるよ!あんたは私を先導して道を作っておくれ!」
>「まかせろ!」

足音や会話を聞き取って、何体かの動死体が君達に迫る。
が、奴らの動きは緩慢で、動きも拙く、おまけに視界も利いていない。
白兵能力に長けたマリーが遅れを取る筈もなかった。

加えて言えば――動死体の皮膚は凍結によって硬化しているが、その硬度は一定ではない。
奴らはキョンシーのように飛び跳ねるのではなく、歩行による移動が出来ている。
つまり奴らの関節は完全に凍結している訳ではないようだ。
そして硬度が生きた人間とさほど変わらないのなら、壊し方もまた生者と同じだ。
関節の破壊――格闘術にある程度の心得があれば、それは動死体に対して強力な武器となるだろう。

「西ねぇ……西方浄土に迷い込むのだけは御免だぜ。
 おい、ガキンチョ!色男!あとアホ面!ちゃんとついて来てんだろうなぁ!」

マリーの切り開いた道を押し留めながら、生還屋は鳥居とマーリン、頼光の三人を呼んだ。
足を払い、突き飛ばし、動死体を叩きのめす彼の表情は、どこか喜色が浮かんでいる。
その様子は君達にとって快いものではないかもしれない。
が、ともあれ、これで皆が無事に動死体の群れから離脱出来た。

そして皆が逃げ出したのを確認して、マリーが導火線代わりの荒縄に火を点ける。
炸裂音が響き、炎が地を走っていく。



――機内では、氣の充填が終わった操縦士が再び立ち上がっていた。
彼はゆっくりと立ち上がり辺りを見回すが、既に君達の姿はどこにも見えない。
代わりに目に映ったのは、操縦席だった。

彼はそちらに向けて歩き出した。荒れ果てた機内で何度も躓きながらも、操縦席を目指す。
まるで生前の記憶に縛られているかのように。あるいは、縋り付こうとするかのように。
そうして座席に着き、自分の血で汚れた風防ガラスを手で拭う。
けれども冷気を放つ手では血は拭えず、かえってこびり付くばかりだ。
空が見えない。操縦士は途方に暮れる。
命を落とし、ただ死の冷厳さに支配された意識の中に、鮮烈な青に満ちた空を見たいという願いだけが何故だか残っていた。
だがその望みは叶わない。
彼が最後に目にしたのは、己を飲み込み、灰に返す、苛烈なまでの赤だった。

107 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/06 20:53:59 ID:???
 
 
 
「……なんとかなったな。とりあえず、さっさとここを離れようや。
 今のは相当遠くまで響いた筈だぜ。クソの波に飲み込まれたくねえのなら、長居は無用だ」

燃料に引火、炸裂し、燃え盛る旅客機を尻目に生還屋は歩き出す。
ここがどこで、どこに向かえばいいのか。あてなどない筈なのに、彼はまるで窮した素振りを見せない。

「おら、ついて来いよ。アイツはあんなになっちまったけどよぉ、俺は『生還屋』なんだ。
 オメーらが生きてる内は、ちゃんとお家に帰れるように手を貸すのが俺の仕事だ」

生還屋は君達を振り返って、そう呼びかける。
彼が気に入らないという事は多分にあるだろうが、ここで別行動を取るのは得策とは言えないだろう。
何故なら彼は『冒険の成否はともかく、生きて帰ってくる』――その一点を評価されて『黒持ち』となった男だからだ。

どんな冒険譚も、どんなに優秀な人間も、死んでしまえばそれでおしまいだ。
逆説、生きてさえいれば大抵の失敗は挽回出来る。
どうして失敗したのか、その理由が分かるだけでも、次の成功率は格段に上がるものだ。
だから彼は『有用』なのだ。失敗を次へと繋げる為の、そして他の『有用』を生かして帰す為の保険として。

「自慢じゃねえがよぉ、俺ぁ今まで何十回と冒険をしくじってんだわ。
 オメーらと違って、鵺に出会えば鵺を斬り、神に出会えば神を斬るとはいかねえもんでな。
 けど俺は、それでも生きて帰ってきてんだ。生き残るって事にかけちゃ、オメーらとは年季が違うぜ。
 分かったらさっさとついて来な」

もしも君達がまだ彼の能力に対して懐疑的なら、生還屋は疎ましげにそう言うだろう。

ともあれ、彼は君達を先導して迷路のような街路を進んでいく。
袋小路に行き当たったり、同じ所を何度も回る事もなく、どうやら口だけの男という訳でもないらしい。
彼が一体何故、初めての土地で、それも複雑に入り組んだ道を迷わず進む事が出来るのか。
それはまだ分からないが、彼にとってはそう隠すような事でもない。聞けばきっと簡単に答えてくれるだろう。

北京の街並みは酷く閑散としていた。
動死体ばかりが徘徊して生きた人間はまるで見当たらず、
時折目にする草木は冷気のせいか全て枯れ果てており、
建物はどこも戸が閉ざされているか、あるいは破られているかのどちらかだ。
相も変わらず漂う冷気が、街並みの無機質な印象を助長させている

そうして暫く歩き続けた後で、不意に生還屋が足を止めた。
横手には大きめの、木で出来た門があった。扉は今まで見てきた建物と同じように閉ざされている。
外観から察するに、ここは寺院か道場と言ったところだ。

「……中に誰かいやがるな。それも一人や二人じゃねえ」

そう呟いて、生還屋はそこいらに転がっている石ころを二つ三つ拾い上げる。
高い塀と門に阻まれて中の様子は見えない。物音が聞こえた訳でもない。
だが彼はこの中に誰かがいると、確信しているようだった。

「ここは……さしづめ避難所ってとこか。一旦落ち着いて、これからどうすっか決めんには丁度いいぜ」

石ころを緩やかに投げ込み、少し間を置いてからもう一つ続ける。
門戸を叩いたり大声で呼びかけては余計なものを招いてしまう為だ。
しかし中からの反応はない。

108 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/06 20:54:33 ID:???
「……言っとくけど、見当外れって訳じゃねえからな。
 見てろよ、次はもうちょい強めに投げ込んでやらぁ。
 いつまでも無視出来るもんじゃねえだろ」

生還屋は顔をしかめて再び石を拾い上げ、

「そらよっと!」

門の向こうへと勢いよく投げ込んで――

「はいはい、一体どちらさ……ぎゃあ!?」

同時に門の上から人影が生えた。
八卦衣に身を包んだ、細目の優男だ。
最初の投石を見て、外の様子を伺おうとしたのだろう。が、壊滅的なまでに間が悪い。
生還屋が投げた石を見事に額に受けて、彼はすぐに門の上から姿を消した。
一拍置いて、門の内側からどさりと落下音が聞こえた。
そしてそれきり、彼からは音沙汰がない。

「……やっべえ、やっちまった」

生還屋が小さく呟いた。
投石は古来から東西問わず用いられてきた戦法だ。
誰でも出来て、どこでも出来て、そして拳よりも固く重い石は存外容易く人を死に至らしめるからだ。
小さめの石ころだったとは言え至近距離で、その上、門の上から頭から落下して。
相手が死んでいても、なんらおかしくない。
傍若無人な態度を貫いてきた生還屋も、流石に表情が引きつっていた。

「おいおい何するんだヨ!痛いじゃないカ!人が折角様子を見に来てやったってのニ!」

けれども直後に再び、優男は門の上に飛び上がって君達に怒声を注いだ。
が、すぐに右手で口を押さえる。大声はこの上更に招かれざる客を呼ぶだけだ。


ところで屋根の上から君達を見下ろす優男、彼は中国人だ。
当然、使う言語は日本語ではない――にも関わらず、君達は何故だか彼が何を言っているのかが理解出来るだろう。
その理由は君達の持つ免許証にある。

一般には明かされていないが、受願所から冒険者に配布される免許証には複数の霊符が織り込まれている。
それは例えば冒険者の生死を受願所側が把握する為のものであったり、
今のように言語ではなく言霊の波長による意思疎通を可能にして冒険の援助をするものであったり、
黒免許であれば呪いの人形よろしく手放してもいつの間にか傍に帰ってくる呪符であったりと様々だ。

この事は霊能の素質が少々あれば察する事が出来るだろう。
もっとも細かい原理や原因が分からなくとも、「便利だし問題ない」で済ませている冒険者も大勢いる。
君達がその大勢に仲間入りしたところで、冒険にはなんの支障もない筈だ。

「まったく……前も後ろもコブになってるじゃないカ。
 アンタ達、中に入れて欲しいんだロ。それは別に構わないんだが、ちょっと待っておくれヨ」

そう言うと優男は右手を顔の前に掲げた。
僅かな氣の流れが生じて、手の周りに水が生じる。
そして水を纏った手刀が君達へと振るわれた。
道術によって練り上げられた水が君達の頭上から降り注ぐ。
するとたちまち、君達は体の芯に纏わりついていた冷気が霧散していくのが分かるだろう。


109 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/06 20:55:17 ID:???
「その呪いは、あんまり中には持ち込んで欲しくないんでネ」

優男が門の上から降りて、切戸を開け、君達を手招きする。

「ほらほら、余計なものが流れてくる前に入ってくれヨ」

門の内側は外と打って変わって暖かかった。
辺りを見回してみれば、壁に等間隔に符が貼ってある。
ここはある種の結界によって守られているようだ。

「ん?アンタ達、よく見たらこの大陸の人間じゃないナ。日本人と……ううむ、後は分からン。
 けど心配は無用だヨ。別に異国の者だからって追い出したりはしないサ。こういう時こそ助け合いが大事だヨ」

「ここは当分は安全だからネ。少しの手伝いさえしてくれれば、この呪災が収まるまではいてくれて構わなイ。
 あ、そうそう、もし何か分からない事があったら遠慮無く聞いておくれヨ」

「おっと、そういえば自己紹介がまだだったネ。俺は祓・流(フー・リュウ)って言うんだ。
 短い付き合いになるといいけど、よろしくナ」

フーは自己紹介を済ませると、君達の傍を離れ、先ほど開けた門の切戸の方へ歩いていった。
そして符を取り出して、何やら小声で呟いている。どうやら結界の修繕や場の禍祓いを行なっているようだ。
さほど火急の作業という様子でもなさそうで、話しかければちゃんと返事が望めそうだ。

「……んで、これからどうするよ。ああは言ってるがよ、まさかここにずっといる訳にゃいかねえだろ。
 とにかく日本に帰る事を目指すか、それともまだ嘆願をこなすつもりで行くのか、決めねえとな。
 今すぐ決めらんねえってのなら、まずはアイツに色々聞き出してからでもいいぜ」

【一旦安全地帯へ。質問&これからどうするか相談タイム】


110 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/06 21:01:47 ID:???
【質問の選択肢】

『ここはどこ?』
『さっきの水はなんなの?』
『今何が起こってるの?こうなった原因は?』
『呪いってなに?アイツら何者?』
『この状況をどうにか出来ないの?』
『いつ解決するの?』
【ところで自分達、実は遺跡の保護に来てるの。この辺に遺跡とかない?】
【こんなところに釘付けとか勘弁。さっさと帰りたいんだけど?】


【これらはあくまで一例なので、その他の質問をしても回答は得られます
 質問の回答は行動判定によって行われます
 下の二つは話が次に進む条件みたいなものです。誰も質問しなくても生還屋が質問します】

111 :ブルー・マーリン ◆iB6GbR.OWg :12/08/08 18:54:48 ID:???
「…、ちくしょう、物理的に倒すのは難しいか?」
効かないと判断して銃を仕舞う。
(クソッ、魔力とか霊力と言ったものを『感じる』ことはできても『使う才能』がねぇ自分が忌々しいぜ)
悪態をつくと他の声が聞こえてきた。

>「よう聞けぇ!機内汚したんはウチやで、襲うならこっちやろが!それとも何や、元々ソッチ趣味なんか?!」
「うぉっ!?」
その怒声を聞いて瞬間、少しだけひるむ。
「…おうおう、気が強いねぇ…、そういった女は好みって、今は口説いてる状況じゃないか」
と、呟くと、瞬間、また違う声が聞こえてくる。

>「うはははは!力が漲ってきたあああ!
あ、てめ!毒使いだったのかよ!ピーピー泣いてんじゃねえよ!こっちゃお前のお蔭で死にかけたんだからな!
小便癖え小娘はどいてやがれ!俺は逃げるんだ!」
と、聞いた瞬間、あかねの体が飛んできてバッとなんとかキャッチする。
「おまっ、こんな可愛いレディになんてことしやがるんだこの『タマ』なしが!!」
と、罵倒する。
「大丈夫か?、くっそ、あのクズ人間め…」
今の状態は、いわゆる、『お姫様だっこ』の形になっており、顔が結構近い。
しかもブルーは真顔で心配しており、一旦降ろす。
「お、おm……、か、軽いですねハハ」
一瞬失礼なことを言いかけて、降ろす。

>「まったく、世話の焼ける馬鹿娘だよ!悪食の兄さん…その娘あんたに任せていいだろ?
 外に出たら、とにかく屍人の少ない方へ…西に逃げな!私に考えがある。
 それと、私が合図したら、必ず目を閉じること!判ったね!!」

「悪食じゃねぇ!!、家のオフクロの料理がこの子なんぞと比べ物にならないくらいマズイのを
毎日食ってたせいだ!!」
と、返す。
「って、爆破するつもりかよ!!、しかも閃光系!?、くっ!」
悪態をつくと、バッとあかねの目を腕で隠し、自分も目をそむけて瞑る。
そしておさまるのを感じたら腕の目隠しをあかねから離す。
「すまんな譲ちゃん、名前は?、俺はブル……、アレクサンダー・アシュフォード 長いからアレクでいい」
思わず本名を名乗るところだったが、免許に書いた偽名を名乗る。
「よっと」
そしてあかねを背中におぶる。
「揺れるけど我慢してくれよ?」
日本語でそう言うと、ダッと走り出す。

>「西ねぇ……西方浄土に迷い込むのだけは御免だぜ。
 おい、ガキンチョ!色男!あとアホ面!ちゃんとついて来てんだろうなぁ!」
「誰が色男だ!!!!」
思わず怒声で返してしまう。
しかしその間も走り続けている。
そして導火線が付くのを尻目に飛行機から飛び出す。

112 :ブルー・マーリン ◆iB6GbR.OWg :12/08/08 18:55:20 ID:???
>「……なんとかなったな。とりあえず、さっさとここを離れようや。
 今のは相当遠くまで響いた筈だぜ。クソの波に飲み込まれたくねえのなら、長居は無用だ」
「ハァ、ハァ、当然だな」
息を切らしながら言う。
「譲ちゃん、大丈夫だったか?、それと……、なんだろ、妖怪っていうんだっけ?
まぁ、譲ちゃんの飼ってる…、動物さん、揺れてすまないな」
と、少し顔を向いて詫びる。

「あぁ、分かってる」
と、生還屋に言う、そして……

「……、どこもかしこもひっでぇ状況」
都市の惨状を目にして言う。
「譲ちゃん、寒くないか?」
と、あかねを心配して聞く。

>「……中に誰かいやがるな。それも一人や二人じゃねえ」
「ん?、ここは……」
その寺院みたいなのを見て言う。

>「ここは……さしづめ避難所ってとこか。一旦落ち着いて、これからどうすっか決めんには丁度いいぜ」
「ん、あ、了解っと」
そう言って、生還屋の投げる医師に目を見張る。
「……、本当に誰かいるのか……?」
そして出てきた人間を目にして言う。
「本当にいたよ」

>「はいはい、一体どちらさ……ぎゃあ!?」
「……、譲ちゃん、やっと休める場所にきたみたいだぞ」
と、安心させる為に言う。
(……?、俺、日本語は習ったけど中国語は習ってない筈……)
と、気になったが面倒くさいから気にしないことにした。

>「まったく……前も後ろもコブになってるじゃないカ。
 アンタ達、中に入れて欲しいんだロ。それは別に構わないんだが、ちょっと待っておくれヨ」
「……?、水…」
魔よけか?、と考えると、本当に魔除けだった。
そして門の中に入る。

>「ん?アンタ達、よく見たらこの大陸の人間じゃないナ。日本人と……ううむ、後は分からン。
 けど心配は無用だヨ。別に異国の者だからって追い出したりはしないサ。こういう時こそ助け合いが大事だヨ」
「ここは当分は安全だからネ。少しの手伝いさえしてくれれば、この呪災が収まるまではいてくれて構わなイ。
 あ、そうそう、もし何か分からない事があったら遠慮無く聞いておくれヨ」
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったネ。俺は祓・流(フー・リュウ)って言うんだ。
 短い付き合いになるといいけど、よろしくナ」

「ん、よろしく」
よっと、という掛け声と共にあかねを降ろす。
「すまんかったな、けっこう揺れたと思うからこうやって詫びとく」
そう言うと、あかねから離れる。

「んじゃ質問させてくれ、三つくらい。
一つ、ここは人は君以外に居るか?
二つ、このへんで花火が見えなかったか?
三つ、あの妙な奴らは『物理的に』倒すことは可能か?」

113 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/09 03:58:13 ID:???
【行動判定】

>「んじゃ質問させてくれ、三つくらい。
>一つ、ここは人は君以外に居るか?
>二つ、このへんで花火が見えなかったか?
>三つ、あの妙な奴らは『物理的に』倒すことは可能か?」

「おっと、早速質問カ。じゃあ順番に答えていくとするヨ」
 
「とりあえず、ここは逃げ延びてきた人は皆受け入れてるヨ。
 わりと人数はいるけど、ホラ、ここは外が近いからネ。やっぱり皆、奥の方に篭りがちだヨ」

「それと、花火だったら少し前に見たヨ。大分遠くだったけどネ。アレは本当に助かったヨ。
 多分誰かが奴らをおびき寄せる為に打ち上げたんだろウ。
 アレのおかげで命拾いした奴らもいるんじゃないかナ」

「後は……奴らを物理的に倒せるか、ネェ。うーん……ちょっと断言はしかねるヨ。
 俺の方が『そういうやり方』は専門外だからネ。でも、やり方次第なんじゃないのカ?
 見たとこ目と耳は機能してるっぽいし、一応脳みそは働いてるんだろウ。
 だったら生きてる人間と同じやり方でいけるんじゃないのかナ。
 
 ……奴らは硬いって?んー、でも硬いって事は衝撃をよく通すって事だヨ。
 アンタ、多分だけど欧州の生まれだロ?鎧を着込んだ奴らと戦うのはそっちの方が得意なんじゃないカ。
 その剣や銃、本来の効き目は望めなさそうだけど……衝撃を与えるには使えるんじゃないカ?
 
 それに、ああやって歩き回れるって事は、奴らの関節は皮膚ほど硬くはないって事じゃないかナ。
 膝を砕いてやればもう起き上がってはこれないだろうし、首を折ってやれば流石の連中も起き上がってこれないと思うヨ。
 
 後は……そうだナ。人間、頭にも腹にも最初からおあつらえ向きの穴が空いてるだロ。
 いくら硬くてもそこら辺は貫けるんじゃないかナ。ま、そんな芸当が出来るのはマジで殺しに慣れてる奴くらいだろうけどネ」


【:取得情報
  人はわりといるけど、皆ビビってる。協力とかは望めなさそう
  
  花火は少し遠くで打ち上げられたらしい。多分、動死体達をおびき寄せる為に誰かが打ち上げたんだと思う
  
  動死体は打撃、衝撃がよく通りそう
  無効に思えた銃撃や斬撃も、衝撃を与えるって面では有効かも
  関節は人間並みに脆いかも。口や耳、ヘソなんかも刃物が通るかも
  単に硬いだけで、基本的に生きた人間と同じやり方で倒せるかも】

114 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/08/09 10:55:55 ID:???
(感じる…彼らから…昔のぼくと同じ不死のにおい……)

>「皆!目を閉じて!!!三つ数えたら目を開けて西へ逃げな!!燐狐――――!今だよ!!!」

「え、今なんて!?……ぎゃあああああ!!」
突然のホワイトアウト。瞬間、耳朶を打つ轟音。
鳥居は記憶を頼りに鞭を放ち、冒険者の誰かをとらえると引っ張られるようにあとに続く。

「倉橋さんにやられましたー!ボク目が見えなくなりましたっ!
きずものになりました!責任をとって一生面倒をみてください!!
それがだめならおっぱいをさわらせてください」
鳥居は下品なことを口走りながら座頭市のように高速蟹股で誰かに続く。
座等市のことはBSフジで再放送やってるから知ってるのだ!

>「西ねぇ……西方浄土に迷い込むのだけは御免だぜ。
 おい、ガキンチョ!色男!あとアホ面!ちゃんとついて来てんだろうなぁ!」

「はあ?がきんちょなんて言わないでください!
ぼくには親につけてもらった鳥居呪音って名前があるんですからっ」
叫び返しながら、生還屋の声から僅かな喜悦の情を感じた鳥居は眉根を寄せる。
やはりこの男、気持ち悪いと。

>「全員いるか!?火をつけるぞ!」続いてマリーの声。

「いますけど…目が!目がーっ!」
声を頼りにマリーに抱きつく。柔らかい部分に小さな頭を入れてすりすり。
ごろにゃんもーどを楽しんでいたが、鞭をもっている手が急に引っ張られ、
残念ながらすぐに離れることとなった。
続いて鼻腔を刺激する燃料の匂い。轟音。熱風。
鳥居はすぐさま理解した。飛行機が爆発したのだと。

「う…ぁ…」
風圧で長い黒髪を梳かされて、おでこが丸出しになる。
手を翳し面を轟音の先に向ける。

「操縦士さん…。飛行機があなたのお墓です。やすらかにお眠り下さいましです…」
ぴっと敬礼。でもすぐに繋がった鞭が誰かに引っ張られる。

そしてしばらくして優男、祓・流(フー・リュウ)の登場。
一同は一旦安全地帯へ。質問、相談タイムの始まりだった。

115 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/08/09 10:59:28 ID:???
>「……んで、これからどうするよ。ああは言ってるがよ、まさかここにずっといる訳にゃいかねえだろ。
 とにかく日本に帰る事を目指すか、それともまだ嘆願をこなすつもりで行くのか、決めねえとな。
 今すぐ決めらんねえってのなら、まずはアイツに色々聞き出してからでもいいぜ」

「聞くも聞かないもボクのやることは最初から決まってます。
ここで尻尾巻いて逃げるなんて男のすることじゃありません。
それに、逃げ続けてたらいつかは背中を掴まれてしまいます。
だからここは、ま正面から問題に挑んだほうがすべてがまるっとおさまる気がするのです。
あくまでも子供の感ですけどー…。ねー頼光もそう思うよね?ここで逃げたら男じゃないよね?」
ただの木に話しかけている鳥居。
続いて繰り出されるマーリンの質問。それに答える祓・流。

>「それと、花火だったら少し前に見たヨ。大分遠くだったけどネ。アレは本当に助かったヨ。
 多分誰かが奴らをおびき寄せる為に打ち上げたんだろウ。
 アレのおかげで命拾いした奴らもいるんじゃないかナ」

「ふーん。おかげさまでぼくたちは、その花火で飛行機を墜とされて死にかけました。
それにぼくの目が見えなくなりました。なおしてください」
鳥居はぷりぷりしながら見当違いのことを言うと、よたよたと音を頼りに歩き回って
丸い物を踏んづけてこけた拍子に何かにつかまり、あかねの下にはいてるものをズルっとおろしてしまう。

(リアクション)

「どうしてボクのまわりにはこんな乱暴な女の人しかいないのでしょうか…」
反省してちぢこまった鳥居は体育座り。理想の自分と理想の環境は全部破壊されてゆく気がする。
それは兎に角…

「ぼくたちは遺跡の保護に来たんですけど、遺跡ってどこにありますか?」
質問をしてみることにした。

116 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/10 19:11:16 ID:???
【行動判定】

>「ふーん。おかげさまでぼくたちは、その花火で飛行機を墜とされて死にかけました。
  それにぼくの目が見えなくなりました。なおしてください」

「おっと、今度は君かイ?え?なに?花火で飛行機が墜とされタ?
 あっはっは!なかなか面白い冗談を言うネ!なんだイ、乗客全員が天中殺にでも入ってたのかイ?
 ……ん、でも目は本当に見えてないみたいだネ。それは治してあげるヨ。こっちおいデ。
 あ、いや、そっちじゃなくて…………あちゃあ……」

あかねにとんでもない粗相をしでかした鳥居を、フーはただ憐れみの視線で見守った。

>「どうしてボクのまわりにはこんな乱暴な女の人しかいないのでしょうか…」

「うん、まぁ、今のは間違いなく坊やが悪いけどネ」

それから呆れた様子の答えを返す。

>「ぼくたちは遺跡の保護に来たんですけど、遺跡ってどこにありますか?」

けれども鳥居がその問いを発すると、フーの細目が僅かに見開かれた。
彼の反応は極小さなものだったが、それは確かに『心当たりがある』者の仕草だった。
それなりの洞察力があれば、それを見逃さずにいられる筈だ。

「うーん……遺跡と言っても、この国にはそんなもの沢山あるからネ。
 ……え?国外の遺跡だっテ?そりゃ駄目ダ。俺は道士で、地理学者じゃないからナァ。すまないネ、坊や」

とは言え君達がフーを問い詰めたとしても、彼は「心当たりがない」としか答えないだろう。
ほんの僅かな瞠目が根拠では、彼の隠し事を暴くのは難しい。
逆に言えば、ちゃんとした根拠さえあれば――彼が知る全てを聞き出す事が出来る。
もっともそれは現時点では難しい事かもしれないが。

「……ほらほら、そんな事より、その目をさっさと治しちゃおうヨ。ほら、じっとしテ」

フーは鳥居に歩み寄り、膝を屈めると、懐から一枚の符を取り出す。
縁に複雑な紋様の描かれた紙片が鳥居の目を覆った。
数秒置いて、紙片の中央にあった余白にうっすらと文字が浮かび上がる。
ぼやけた文字の輪郭は次第にはっきりとしていって、最後にははっきり『盲目』と読めるようになった。

「これでよし、もう見えるようになった筈だヨ」

そう言ってフーが符を剥がす。

「どうだい、なかなか大したモンだろウ?こう見えて俺、実は宮仕えの道士なんだヨ。
 怪我や病を祓って流して、王様の御身をいつでも健やかに保つのが俺の仕事でネ。これくらいの治療ならなんて事ないのサ」

彼は饒舌に語る。それは穿った見方をすれば、先ほどの話をさっさと流そうとしているようにも見えるかもしれない。
が、彼は初対面の君達にも気軽に接する事が出来るくらいには、お喋りな男だ。
単に子供を相手にちょっとした自慢話をしているだけという事も十分あり得る。
やはり、まだ何かに確証を得る事は出来ないだろう。

「……ま、ホントは王様以外の為に宮中の術を使っちゃ駄目なんだけどネ。
 ウチの王様は兵卒や庶民にも術を使う事を許してくれてるんダ。ホントに良い人だよあの人ハ」


【:取得可能情報
  フーは『遺跡』について何かを知っている……かも。現時点では聞き出せなさそう
  
 :取得情報
  彼は宮仕えの道士で、王様の医師みたいなものをやってるらしい】

117 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/08/11 23:41:16 ID:???
「嗚呼、どないしよ。お嬢ったら、家から飛び出したと思ったら帝都だなんて……エラいこっちゃで」
「あない野蛮なトコで一人暮らしに店出すなんぞ、オジキが聞いたら憤死どころやないな」
あかねが中国へ旅立った同時刻、『クローバー』の前で一組の珍妙な二人組が店を見上げていた。
そもそも二人は人ではない。どちらも人間に扮した妖怪だ。
「……いうて、ワイ等がやいやい言うた所でお嬢が帰って来るとは思えんしなァ」
「頑固やけんなァ。死んだ奥方様に似て強気やし、二代渡ってあの組長を尻に敷く位やし。
 あのオンナもや。ほら、最近転がり込んできたっちゅう奴、お嬢に喧嘩売るの上手いんなァ。ようお嬢の性格知っとるで」
「流石、血繋がっとるって自称すんだけだけあるわ。帰らすにせよ退くにせよ、ワイ等に待っとるんは地獄の修羅場……あかん、胃が」
通行人の好奇の視線を意に介することなく、二匹は声に憂いを帯びせて語らう。
二匹の指すお嬢とは、言わずもがな目の前の洋菓子屋の店長のことだ。
連れ戻しにきたは良いが、留守のようであるので、こうして無駄話をしているわけである。
「それにしても、」と一匹の視線がある長屋へ、それから通りへと向けられた。
よからぬものを感じたかのようで、落ち着きがない。
「此処(帝都)は不気味やんなァ。妖とは違う濁った気を感じるで。京都には無かったもんや。息が詰まる。
 お嬢は何とも思わんのかな、居心地悪ぅてしゃあないわ。そういや、あのオンナも似たような空気しとったな」
「ありゃあ穢れたもんの匂いやで。こら何かいけんもんが闊歩しとったにちがないわ、やっぱお嬢連れ戻さな……」
しかし居ない者を連れ戻すなど出来ない。二匹とも途方に暮れたように溜息を吐いた。
「せめてお嬢が余計なことに首つっこんでませんように……」と祈るばかりだった。

    ○

>「うはははは!力が漲ってきたあああ!
あ、てめ!毒使いだったのかよ!ピーピー泣いてんじゃねえよ!こっちゃお前のお蔭で死にかけたんだからな!
小便癖え小娘はどいてやがれ!俺は逃げるんだ!」
「ぴぇっ、ひゃわぁあああっ!?」
腰が抜けて動けなくなったあかねの首根っこを頼光がつまみあげ、ぶん投げた。
ぽーんとお手玉のように放られた体は、異人の青年の腕の中にすっぽり収まる。
>「おまっ、こんな可愛いレディになんてことしやがるんだこの『タマ』なしが!!」
「ちょ、乙女の前でそない汚い言葉使わんとってー!」
あかねとてうら若き乙女。青年の下品な罵倒文句に驚き、顔を真っ赤にして怒る。
可愛いなどとといわれて少し顔を赤らめた直後だったので、余計に赤くなる。
>「お、おm……、か、軽いですねハハ」
「よーし歯ァ食い縛りィや」
次の瞬間にはビンタを張ろうと右手をあげていたが。体重は乙女のプライベートゾーンである。
つかの間の漫才を繰り広げた後、あかねは重要なことに気が付いた。巻物を落としてしまったのだ。
探しにいきたい所だがどこに落したかも分からない。巻物に気を取られて冬宇子達のやり取りも聞いていなかった。
青年に腕で視界を阻まれ、ついでに押し倒される形となり、ボケっとしていたあかねは
「きゃいんっ」と間抜けな悲鳴をあげてべちゃっと潰された。
>「すまんな譲ちゃん、名前は?、俺はブル……、アレクサンダー・アシュフォード 長いからアレクでいい」
「あかね、でええよ。アレク、女の子にゃもうちょい優しくしてーな。…あっ巻物!」
地面にぶつけた額を擦りつつ上体を持ち上げると、敏が巻物を前脚で抑えつけて鳴いていた。
どうやら見つけてくれていたらしい。敏の頭を指の腹で撫でて誉めやると、敏はエプロンのポケットに戻った。
アレクはあかねを背負い、気遣いながら生還屋達と共に、荒廃した北京の街並みを西へと驀進する。
冒険者達の喧しいやり取りが飛び交う中、あかねは巻物を髪に結い直す。と、ざわり、冷たい何かが首筋を撫ぜた。
あかねは顔を顰めて項を擦るが、何もない。気のせいか――?黒い靄のようなものが巻物に吸い込まれたようだった。

118 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/08/11 23:42:34 ID:???
「うぇぇ……吐きそう……」
長い間揺れ続けたお陰で、吐き気がぶり返してきた。英国暮らしで寒いのには慣れっこだが、揺れには存外強くないようである。
生還屋が寺院らしき場所に辿り着いたお陰で、その揺れからもようやく解放された。
>「……、譲ちゃん、やっと休める場所にきたみたいだぞ」
「みたいやね。にしてもあのお兄さん可哀想に……生還屋はんは加減っちゅうもんを知らんのかな」
そう意見するあかねだが、さして生還屋の言動に不快感や負の感情の類は持ち合わせていない様子だった。
生還屋が動く屍達を悦楽した表情で倒していた時も、眉一つ変えなかった。
生者特有の、サディスティックを含んだ理不尽な暴力行為を見ること自体に抵抗が無いように見受けられる。

>「アンタ達、中に入れて欲しいんだロ。それは別に構わないんだが、ちょっと待っておくれヨ」
>「その呪いは、あんまり中には持ち込んで欲しくないんでネ」
屋根の上から顔を出した中国人の優男が、スッと右手を掲げる。すると彼の右手に水が纏い、
冒険者達へと振るわれた。敏も顔を出して水を身体に受け、嬉しそうにプルプルと身を震わせる。
水は巻物にも降りかかったが、紙は水滴を吸い込んでも台無しになった様子は無い。
(呪い……屍達が纏ってた霊気のことやろか?)
「へくちゅっ!」
中へと通されると、外と室内の温度差に身震いし、くしゃみひとつ。
先程の優男は祓・流というらしい。その背中を眺めていると、生還屋がこれからどうするかと提案してきた。
>「聞くも聞かないもボクのやることは最初から決まってます。 (中略)
>あくまでも子供の感ですけどー…。ねー頼光もそう思うよね?ここで逃げたら男じゃないよね?」
「鳥居はん、カッコええ事いうてはるけど頼光はんはコッチやで」
苦笑いしつつ、ただの木に話しかける鳥居の両肩を掴み、身体を丁寧に頼光の方へ方向転換させる。
「ウチも、黙って帰る訳にはいかんのよね〜。そら怖いのは嫌やけど、何たってこっちは店が懸かってるからねっ」
あははっと努めて笑う。先の屍達に襲われた恐怖を忘れた訳ではないが、持ち前の気の強さで誤魔化してみせる。
そして冬宇子の目と鼻の先に立つと、すっと手を差し出した。

「一旦仲直りせん?お姉さん。これから先、何が起こるか分からんけど、今の状況でお互いずっと
 ギスギスし合っとるっちゅうんは良うない事やと思うんや。やから、飛行船での喧嘩は無かった事に……」
【ずるっすぽんっ!】

「」

かつて、ここまで空気が凍る瞬間があったろうか。
何かの拍子に転けた鳥居少年は、咄嗟にエプロンの紐と帯の両方を掴んでしまった。
エプロンと帯だけならまだ良いのだが、ある意味では奇跡的なことに、着物の上から下帯の紐にまで鳥居の細い指が引っ掛かり、
鳥居少年が転び終える頃には、着物が肩までずれた乳丸出しの痴女の完成である。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、 最 ッ 低 ! ! ! ! 」

【パンッ!スパン!べシッ!バチーーンッ!】

>「どうしてボクのまわりにはこんな乱暴な女の人しかいないのでしょうか…」
>「うん、まぁ、今のは間違いなく坊やが悪いけどネ」
「最悪や……もうお嫁行けへん…………うぅう〜〜〜〜……!」

体育座りで落ち込む鳥居少年。あかねも着物(と下帯)を直し、絶望的な涙声で洟をすする。
乳を見られた羞恥心で、フーを除く男達が張り手の巻き添えとなった。男性陣からすれば堪ったものではないだろう。
ようやく落ち着いた頃、鳥居の視界も回復したところで、あかねも質問した。

「フーはん、一つええ?ちょっと気になったんやけど、あの屍達は現れたんは何時からなん?」
それと、とあかねは付け足す。
「この辺りで、古い書物とかを保管しとる場所とか知らんかな?」
元はといえば、あかねの目的は巻物の片割れを探し、いぐなとの契約を解呪するためだ。
遺跡でなくとも、大事な書物だとかを保管してある所ならば見つかるかもしれないという目論見だ。
場所を聞き出せば嘆願の後にこっそり忍び込むもよし。
問題は、宮仕えしている彼がそんな事を知っているか、そもそも教えてくれるかどうかすら疑問だが……。

119 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/12 17:35:43 ID:???
【行動判定】


>「フーはん、一つええ?ちょっと気になったんやけど、あの屍達は現れたんは何時からなん?」

「お、ようやく立ち直ったかイ。奴らが現れたのは……うーん、ちょっと待ってくれヨ。
 えーっと……大体だけど三日前、かナ?うん、多分間違いないヨ。
 宮中の知り合いが三日前に船で日本に発ってから、すぐの事だったからネ」

「本人はたかが一通の書簡の為に船旅なんて面倒だとか言ってたけど……今思えばアイツは運が良かったヨ」

フーは何気なく思い出した事を口にしただけだ。
が、これは君達にとっては重要な情報――かもしれない。

何故なら日本から中国大陸まで船で渡ろうとすると、海の具合や船の良し悪しにもよるが、おおよそ三日間かかるのだ。
つまり三日前に清国から送り出された書簡が日本に届くのは、今日という事になる。

そして、その書簡の内容は、君達にもフーにも分からない。
分からないが、君達には連想する事が出来る筈だ。
ちょうど今日、清国から日本に火急の嘆願があった事を。

もし三日前に、呪災が起こる直前に差し出された書簡が、君達の受けた依頼であったとしたら。
君達がこの呪災に巻き込まれたのはまったくの偶然という事になってしまうのだが――果たしてそんな事があり得るのだろうか。

>「この辺りで、古い書物とかを保管しとる場所とか知らんかな?」

「ん?あぁ、そりゃ簡単ダ。ここだヨ、ここ。さっき言ったロ、俺は宮中の道士だっテ。
 ここは俺の……っていうかウチの家系が代々やってる道場でネ。
 ご先祖様が纏めた術の指南書だとか、そういうのを保管してる書庫があるヨ」

「ま、そこには封印がかけてあるし、部外者に見せる訳にはいかないけどネ。興味があったならごめんヨ」

【:取得可能情報
  今回の嘆願が日本に向けて送られたのは、恐らく呪災が起こる直前
  つまり皆が巻き込まれたのはまったくの偶然……かも?

 :取得情報
  そういう書庫なら今いる場所にあるけど、封印のせいで盗み見とかは出来なさそう】

120 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/08/12 23:28:46 ID:???
>「皆!目を閉じて!!!三つ数えたら目を開けて西へ逃げな!!燐狐――――!今だよ!!!」
頼光の耳に冬宇子の声が飛び込んできたのだが、群がる動死体を相手に奮戦していては振り向く暇もない。
だがそれが幸いして閃光を浴びずに済み、なおかつ動死体は閃光を浴びて同士討ちを始めたのでどこまでもラッキーだといえよう。
意味と意図がわかりかねて思わず呆けていたが、続いてマリーの火をつける声にあわてて走り出す。

「おおお!西だな!よっし!俺は逃げるんだ!ぐえっ!」
一目散に逃げ出そうとする一瞬前に鳥居の鞭が頼光の首をとらえるが、今の頼光は樹化によって強化されている身。
引きずるのが軽い鳥居という事もあって、首に鞭をまきつけたまま走り出す!
傍から見ればそれは大型犬に引っ張られている少年、などというほほえましい光景かもしれないが、本人たちはそれどころではない。

爆炎を背後にマリーを先導として駆け抜ける一行。
> おい、ガキンチョ!色男!あとアホ面!ちゃんとついて来てんだろうなぁ!」
>「誰が色男だ!!!!」
「俺の事に決まってんだろ、毛唐!なんだおめー小便くせー小娘背負ってアホ面じゃねーか」
自分がアホ面などとは微塵も思っていない頼光がブルーに返しながらあかねを背負う姿をせせら笑う。
首に鞭をかけられて鳥居を引きずる人間が言うセリフでもないが逃げるのに必死で気づいていないのだった。

>それがだめならおっぱいをさわらせてください」
後ろでわめく鳥居の声にようやく自分が今どういう状態なのか気が付いた。
「糞ガキが!人の首にひも括り付けてんじゃねーよ!もう獅子の化け物じゃないんだからな!
つーか書きが色気づいてんじゃねー!10年早いわ!」
走りながら鞭を解くわけにもいかず、口汚く罵る頼光。
だが今はまだ気づいていない。
確かに唐獅子ではなくなったが、今は木の化け物になっていることを。
そして鳥居が400年の時を生きてきた元吸血鬼という事もすっかり忘れていた。

迷路のような市街地を生還屋に連れられぬけると寺院らしき建物に到着。
中から出てきたフーによってようやくひと段落。

ブルーや鳥居、あかねがそれぞれに質問をし現状を把握しようとしている中、頼光は手持無沙汰にうろついている。
単純な遺跡調査のはずが、いきなり飛行機は落とされ意味不明な化け物に襲われたのだ。
さっさと日本に帰る気満々だったのだが…

>あくまでも子供の感ですけどー…。ねー頼光もそう思うよね?ここで逃げたら男じゃないよね?」
鳥居にこのように水を向けられてはそのようなことを言い出せない。さらにあかねまでもが
>「ウチも、黙って帰る訳にはいかんのよね〜。そら怖いのは嫌やけど、何たってこっちは店が懸かってるからねっ」
継続の意思を表してはますます言い出せない。
「う、お、おう!あたりまえじゃねえか!
俺は武勲で華族になるんだからな。むしろただの遺跡調査よりこういうヤバい状況になってやっとやる気が出てきたってもんよ!」
つい苦し紛れに口から流れ出す思ってもいない言葉の数々。

とはいえ、フーからどんな情報を引き出せばよいかもわかっていない素人なのは変わらない。
>「本人はたかが一通の書簡の為に船旅なんて面倒だとか言ってたけど……今思えばアイツは運が良かったヨ」
「はんっ、手紙なんぞ鳩でも飛ばせば済むことなのに暇なこった。」
三日前に依頼をするために旅立ち、その日のうちに動死体が現れた。
その上、三日後に日本で依頼を提出したその日のうちに黒免許を持つ冒険者を集め大陸へ飛ばす。
この急すぎる展開に不自然さを感じることもなく、出た感想はこれだけなのは残念極まるものだ。

挙句に食いついたのはフーが宮中にすなわち王に使える道士というところだった。
「おー。おー。なんだおめー。ひょろっちょいのに宮仕えかよ。
俺様は華族でな、日本の天皇の次に偉い貴族様よ!
つまりおめーの王様とも対等な立場って事だ。
判ってんだろ?それなりの扱いってのがあるのは心得ているよな。
もう暮れだし酒と食い物と煙草くれよ。荷物みんな飛行機に置きっぱなしでな。
それと後でその王様にもあわせてくれよ!
こんな状況で日本から武勲の華族がが来たってなりゃあ王様も俺様に会いたいだろうからな!
飛行機が落ちてから群がる死体どもをちぎっては投げの大活躍だったんだぜ!」
華族=王族であり、フーは王に使える者=自分より立場が下、と認識し、ずけずけと踏み込んでいく。
ここで王に会い、恩を売っておくことはのちの地位や名声に直結すると睨んでのことだった。

121 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/08/13 01:33:28 ID:???
「一つ尋ねるが、前に『失敗』したのはいつだ?」
迷路のように入り組んだ北京の街中を、まるで自分の庭のように歩く生還屋を目の当たりにして
マリーはふいに言葉を漏らした。
もしかしたら、自分らの前に生還屋を含む先遣隊がここを訪れていたのではないかと考えたからだ。
だが、仮にそうだとしたら、色々と辻褄が合わないことが多々あるのも事実だ。
返答を聞くまでもない、ただしぶといだけではなく、優れた洞察力や直感が備わっているからこそ
今日まで生きながらえ、『生還する』ことに特化した黒免許持ちになれたのだ。

生還屋にしばらく着いていくと、寺院のような建物の前に到着した。
残念ながら巨大な門は硬く閉ざされており、まるで来訪者を拒絶しているようにも見えた。
壁でもよじ登って中の様子を伺おうと考えたが、とっかかりになりそうなものは見当たらず
生還屋に任せることにした。
「本当に任せて大丈夫なのか?」
二度石を投げ込んだのに反応がまったくないこの状況にマリーは生還屋に疑いの眼差しを向ける。
そんな中、第三投目が投げ出される。
「…ン!」
投げられた石は顔を出した門番らしい人間に直撃し、見事に打ち落としてしまった。
その瞬間、マリーは生還屋の脇腹を殴った。
あまりよろしくない展開である。
打ち所によっては、中に入れないどころか、敵としてみなされ
塀の上から矢や鉄砲で撃たれてもおかしくない状況だ。
「どうするんだ?下手したら中に入れないどころか、ここで蜂の巣になる可能性が出てきてるぞ」
鬼のような形相で生還屋を攻め立てようとしたその時、門の上から声が聞こえた。
視線を向けると、そこには先程打ち落とされた男が元気にこちらに向って怒鳴りつけている姿が見える。
「?」
安堵する前に、マリーはとある異変に気がつく
中国語で怒鳴る男が何をいっているかはっきりと判るのだ。
マリーは中国語に関しては、読み取ることはできるが会話が苦手なほうだ。
普段ならば、少し時間をかけて何をいったのか判断するのだが、まるで母国語で話されたように
自然に意味を理解することが出来た。
何が原因でそうなったのか、それはそれで気になるが、今はそれどころではないので
この疑問は頭の隅に置いておくことにした。


122 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/08/13 01:34:05 ID:???

寺院の中へ入ったマリーは、適当なところに腰を下ろすと
各々がフーリュウに対しての質問と答えに耳を傾けながら、先程点火の際に利用した籠手を出し
抜き取った短剣を付け直した。
これで再び使えるようになったが、発射の時に使う火薬は持ち合わせていないので今回は奥の手は使えない。
元より今回の相手は弾丸を受け止めれる怪物である以上、補充できたとしても意味を成さないだろう
だが、それで十分だと考える。
切り裂くことよりも突き刺すことに特化したこの短剣ならば、耳や臍を狙うのは容易だ。

ある程度準備を済ませて、フーリュウに視線を向けると頼光が傍若無人な態度で迫るのが見えた。
「異国でその国の王のように振舞うバカがどこにいる!」
背後から思いっきり頼光の頭を殴りつけると、問答無用で頭を掴み強引に頭を下げさせる。
「気を悪くさせてしまって申し訳ない。悪い奴ではないんだが、一度下手で出るとどこまでも調子に乗る奴でね
 今度変なことを言ったら、遠慮せずに煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないから」
適当に愛想笑いを浮かべながら、そう言うとマリーは頼光の頭から手を離し
追い払うように突飛ばした。
「で、私からもいくつか聞きたいんだが大丈夫かな?
 まず、一つ、私達に先程までついていた呪いはどういうものだ
 中に持ち込ませたくないってことはそれなりに厄介なものだと把握しているんだろう
 また、それは人為的にかけられたものか、それともまた別か
 人為的なものであるなら、術者に思い当たる人物はいるのかな」
まずは、いつの間にかかけられていた呪いについて尋ねた。
「あと、この土地に関係のある言い伝えのような話を知っているかな?知っている人でも構わないんだがね」
遺跡についての直接的な情報を聞き出すことが出来ないと判断したマリーは少し遠まわりな質問で
情報を聞きだすことにした。
遺跡の近場にあるこの地域なら、そこから遺跡に関係する情報得られると判断したからだ。
話によっては、今回の依頼の目的もわかるかもしれない。
「最後に一つ、この災害は原因に関して心当たりはあるか?」

123 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/13 21:39:43 ID:???
>「おー。おー。なんだおめー。ひょろっちょいのに宮仕えかよ。
 俺様は華族でな、日本の天皇の次に偉い貴族様よ!

ずけずけと要求を重ねる頼光に、フーは細目を見開き瞬かせて、やや呆然とした反応を見せた。
恩を着せるつもりは更々ないが、かと言って助けてやった手前、こうも図々しい態度を取られるとは思ってもいなかったのだ。

>それと後でその王様にもあわせてくれよ!
 こんな状況で日本から武勲の華族がが来たってなりゃあ王様も俺様に会いたいだろうからな!

更に加速する頼光の増長にフーが思わず苦笑いを浮かべ、

>「異国でその国の王のように振舞うバカがどこにいる!」

その直後にマリーが飛んできて、頼光の頭を殴り付けた。

>「気を悪くさせてしまって申し訳ない。悪い奴ではないんだが、一度下手で出るとどこまでも調子に乗る奴でね
  今度変なことを言ったら、遠慮せずに煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないから」

「あはは、別に構わないヨ。食べ物は備蓄が限られてるし、調達するにも危険が伴うから、そう大層に振る舞う事は出来ないけどネ。
 王様に会いたいんだったら、俺がそのように取り計らってあげるヨ」

「……でも悪いけど、その話はもうしばらくだけ保留にさせてもらえないかナ。
 ほら、今ウチの国は戦争中で、その上こんな厄介事まで起きちゃっただロ。
 今、客人を招いても、きっとロクなもてなしも出来ないと思うんだヨ。
 だからウチが戦争に勝って箔が付いたら改めて……って事でサ」

頼光の要求を受け流すように、フーは柔和な口調と笑顔でそう答えた。
もちろん、戦争が終わった後で頼光がこの約束を覚えていたとしても、
今度は「治安が安定してから」とか「貿易が軌道に乗ったら」だとか、別の理由を持ち出すのだが。

>「で、私からもいくつか聞きたいんだが大丈夫かな?
 まず、一つ、私達に先程までついていた呪いはどういうものだ
 中に持ち込ませたくないってことはそれなりに厄介なものだと把握しているんだろう
 また、それは人為的にかけられたものか、それともまた別か
 人為的なものであるなら、術者に思い当たる人物はいるのかな」

>「あと、この土地に関係のある言い伝えのような話を知っているかな?知っている人でも構わないんだがね」

>「最後に一つ、この災害は原因に関して心当たりはあるか?」

「おっと、こりゃまたガンガン来たネ。ちょっと待ってヨ、考えをまとめる時間が欲しいネ」

124 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/13 21:42:41 ID:???
【行動判定】

「えーっと……じゃ、まずは呪いについてかナ。アレは一言で言えば伝染病だヨ。
 術理としては、あの呪いは冷気を媒介にしているんダ。
 冷気は熱を相殺して、また寒暖差は流れを生み出すネ。そこら辺の性質を呪いに転用してるようダ。
 
 冷気を浴びて呪いを受けた生き物は熱……体力を相殺されて、代わりに外気中の氣が体内に流れ込むようになル。
 氣が流れ込むと言っても、自然の氣を自分のものにするなんて、相当の才か研鑽がなきゃ出来っこなイ。
 ろくに使えもしない異質な氣が体内に積もっていくだけダ。
 
 そうして体内から自前の氣が完全になくなると……つまり消耗し切ったり、他の要因でもだけど、とにかく死んだらだナ。
 呪いは溜め込んだ氣でその死体を動かし、また再生を繰り返すようになル。つまりアイツらみたいになるって訳だナ。
 厄介な事に、この呪いは一度冷気を受けると、今度はソイツが冷気の発生源になるんだヨ。
 外気中の氣をどんどん食っていっちまう訳だからネ。つまり人がいればいるほど、呪いは広域に広がっていくんダ」

「こうも精巧に虐殺に特化した呪いが、何かの拍子に自然発生……とは考え難いネ。
 大人数の道士が術を組んでいるか……そうじゃなければ、遺宝級の呪物が使われたか……。術者についてはそれくらいしか分からないナ」

「それと……言い伝えだったかナ?うーん、随分漠然としてるネ……俺はそういうのにはあんまり詳しくないんだよネ。
 知り合いに一人、手習所の老師をやってるジイさんがいるけど……生憎ここにはいないヨ。
 結構な氣の使い手だし、無事でいるとは思うんだけどネ」

「後は原因だけど……特に思い当たる節はないナ。すまないネ」

フーは淡々と答えた――が、それはおかしな事だ。
何故なら今、この国は戦争中なのだ。
大量虐殺を目的とした呪いが蔓延したのなら、まずは周囲の敵国が元凶であると考えるのが自然ではないだろうか。

なのに彼は分からないと言った。何故か。
もしかしたら――彼は原因に心当たりがあるのかもしれない。
だからこそ、それを隠す為に分からないと答えた。そう疑う事も出来るだろう。
もちろん、単にこの呪災の事で手一杯で、そこまで頭が回らなかっただけの可能性だってあるのだが。

【:取得情報
  呪いの性質→冷気属性、持続性の体力消耗、最大体力徐々に減少のバッドステータス
           呪いを受けた状態で死ぬと動死体化するらしい
  
  術者について→複数人の術者。あるいは何者かが遺宝級の呪物を用いたか。特定の個人は思い当たらず

  言い伝え→フーはその手の知識がないらしい。知っていそうな人の心当たりはあるけど、ここにはいない

  原因について→心当たりなし。でもそれっておかしくない?】

125 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/15 22:59:19 ID:???
マリーの篭手から放たれた火が、酒の染み込んだ麻縄を舐めるように這い進み、やがて轟音が鳴り響いた。
不時着した飛行機から立ち昇る爆炎、旋風。
30mほど離れた位置にいた冒険者達の元にも、爆風が押し寄せる。
暫しの後、反射的に顔を覆っていた袖を下ろした冬宇子は、足元に転がる破片に目を留めた。
黒焦げの小さな金属片は、おそらく爆破炎上した機体の一部であろう。
送話管を通じて僅かに会話をしただけだが、愛機に強い拘りをみせていた操縦士。
日本には、彼の帰りを待つ家族がいるのだろうか。
愛する者がいるのなら、今生の別れに一目だけでも逢いたかろう。
未だ熱の残る金属片を拾い上げ、燃え盛る炎と黒煙を見つめながら、冬宇子は呟いた。

「肉体の軛(くびき)から離れて、魂だけでも自由になれたかい?
 "あっち側"に行っちまう前に、故郷に戻りたかったら、"これ"を目印に魄霊の身になって私達のところにおいで。
 一緒に国に帰るといいさ。事が片付いた後にね。
 まァ、私らも無事に帰れるなんて保障はないんだがねぇ……」

霊的な資質にもよるが、死者の霊の大半は、生前の知性を大幅に失う。
モノを考える器官を失うのだから至極当然のことだ。
死者を支配するもの―――それは、恨み、憎しみ、心残り、そして…愛、といった、魂に刻まれた強い『想い』である。
愛機の破片は、彷徨う魄霊が、寄る辺を探し出す標識となることだろう。

紙に包んだ金属片を懐に仕舞うと、くるりと踵を返し、冬宇子は先導する生還屋の声に促されて走り始めた。
自分の身以上に大切なものを持たぬ冬宇子にとって、
危機からの生還は、何を犠牲にしても果たさねばならぬ至上の命題だ。
その為にまずすべきことは、安全の確保、そして状況の把握である。


虎刈りの中年男――通称『生還屋』自身の語るところによると、彼は特殊任務を帯びた黒免許持ちであるらしい。
即ちその任務とは、『同行する冒険者達の生還』。
幾多の窮地を潜り抜けてきた男の経験と判断力は確かなようで、
襲い来る屍どもを打ち倒しながら、さながら迷路のような路地を的確に選んで進んでゆく。
やがて冒険者達は、寺院の如き建物の前に辿り着いた。

古めかしい門の周囲には、街を覆う不吉な気配とは異質の、清浄な霊気の流れが感じられた。
『見鬼の印』を組んだ指で瞼を押さえると、ドーム状に敷地を覆う半透明の壁が見える。
矢張り、この建物には霊的な結界が施されている。
しかも、冬宇子程度の三流術士にも容易に存在を気取ることが出来る、かなり強力な魔除けの陣が敷かれているようだ。
結界が敷かれているということは、生きた人間…それも術士が中にいる可能性が高い。
が、冬宇子が口を出す前に、生還屋は『中に生存者がいる』と言い当てた。

建物の中から現れた道士風の男に招かれて、開かれた切戸を潜る。
冬宇子は並んで歩く生還屋に尋ねた。

「ちょいと兄さん、よく中に人がいるって判ったね。
 まさか、あんたも術士……には見えないね、どう見ても。
 ひょっとして地獄耳ってヤツかい?中の人間の話し声でも聞こえたのかい?」

126 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/15 23:01:30 ID:???
道教寺院と思しき敷地の中庭で、
祓・流(フー・リュウ)――と名乗った道士を取り囲み、冒険者達は口々に質問を重ねた。
不意に、赤髪の少女――尾崎あかねが、冬宇子の前に手を差し出す。

>「一旦仲直りせん?お姉さん。これから先、何が起こるか分からんけど、今の状況でお互いずっと
>ギスギスし合っとるっちゅうんは良うない事やと思うんや。やから、飛行船での喧嘩は無かった事に……」

真顔で語りかける少女に、冬宇子は少々鼻白んだ表情で答えた。

「あんた、ここに何しに来てんだい?仕事しに来たんじゃないのかい?
 私らは同じ嘆願を引き受けた冒険者―――同行者であり協力者だ。
 これでも下らない喧嘩を仕事に持ち込まぬ分別くらいついてるつもりさ。
 生憎と女の手を握る趣味は無いんだが、そうまで言われちゃあ引っ込みがつかないね…。」

と、差し出された右手を握り返した瞬間、首筋に嫌な気配が走った。
さながら、氷の舌が項(うなじ)を這うような不快な感触が。
だが、その感覚はほんの一瞬で、次の瞬間には、想像を絶する騒動によって掻き消されることになった。

閃光による目のダメージが抜けきらぬ鳥居が、よろけた拍子に少女の着物に手をかける。
ちんちくりんの着物を剥ぎ取られ、少女は胸も露わな半裸体となった。
年の割に立派な胸を隠すよりも先に、男性陣に平手打ちを食らわせるあかねを眺めて、冬宇子は呆れ顔で鼻を鳴らした。
天真爛漫の皮を被って、半ば無意識的に男の気を惹く行動に長けた女。
本能的に、しかも健康的に、何の衒いも無く媚態を示すことの出来るこの手の女は、
冬宇子のような手練手管で男を落とすタイプにとって、ある意味天敵と言える。

「さっきの感覚といい、やっぱりあの女とは合いそうにないねぇ…」

苦りきった表情で呟き、改めて道士フー・リュウに視線を向け直した。
胸に陰陽大極図の描かれた八卦服を着込んだこの優男は、宮中お抱えの道士兼呪医であるという。
細身の身体に、品の良い顔立ち。一見して柔和な対応には、どこか既知の感覚があった。

「あんたの話を纏めると、つまりはこういうことかい?」

・街中に屍人が溢れる異変は三日前から――フーの知人が王宮の使いで書簡を届ける為に日本に発った直後に起こった。
・異変の原因は大規模な呪災である。街中を徘徊する屍人は、生きた人間から生成されたもの。
・術理は、冷気を媒介にした、不特定多数対象の呪詛。
 対象に『陰』の氣を帯びた冷気を取り付かせて、体内の『陽』の氣を相殺。
 自前の『陽』の氣が完全に相殺されると死に至る。
 『陰』の氣に充ちた死体は、陰陽の流動により、外部から『陽』の氣を取り入れて半永久的に活動を続ける。
・陰の氣を帯びた冷気に触れることで、呪詛に『感染』する。

道士と冒険者の会話から、呪災に関する部分に的を絞り復唱した。
『陰陽の原理』を話に織り交ぜたのは、道術にある程度の知識を持つ者がいるのだ――という牽制の意味もあった。
こういうタイプの男は苦手だ、と冬宇子は思う。
こちらが何を尋ねても、肝心なことは暖簾に腕押しで受け流されてしまいそうな雰囲気を纏っている。
考えてみると、国家お抱えの術士という立場も含めて、国家陰陽師の従弟によく似ている。
この道士、飄々とした態度とは裏腹に、中々食えない男なのかもしれない。

暫しの間を置き、「ちょっといいかい?」と冬宇子は口を挟んだ。

「屍人になる原因が『氣の相殺』にあるのなら、耐性に個人差があるってことだよね?
 ならば『火』の護符で耐性を上げることが出来るんじゃないのかい?」

陰陽五行の理において、『水』は『陰中の陰』、『火』は『陽中の陽』を表す。
フーは冷気の呪いを解除するのに水の術式を用いたが、これは、油汚れをベンジン油に溶かし込んで落とすように
陰性の水で同性の冷気を吸収させたのだろう。
『火』の護符で『陽の氣』を体表に纏い、冷気が体内に取り付く前に相殺してしまえば、
護符の効果が続く間は、呪いの影響を受けずに活動できるのでは――と冬宇子は考えたのだ。
もっとも冬宇子自身は、その護符を短時間で練成できる程の呪才を持ち合わせては居ないのだが。

127 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/15 23:06:02 ID:???
フーの答えを待ち、
今度は、『遺跡調査』の依頼を受けた冒険者としての立場について、冬宇子は語り始めた。
嘆願遂行を前提に話を進める、鳥居とあかねの顔を、ちらと見遣って、

「ともかく、私らはこの国の政府から依頼を受けて北京に来てるんだ。
 依頼を遂行するにしろ、帰国するにしろ、依頼主に会わなきゃ埒が明かないよ。
 報酬も必要経費も、支払うのは依頼主なんだからね。
 調査って言っても、私らは肝心の遺跡の場所も知らないんだ。
 正式な依頼も無しに、適当にアタリをつけてそこら辺の遺跡に潜り込んだんじゃ、
 馬鹿な観光客か墓荒しと変わりゃしないよ。
 道士の兄さん、あんた宮仕えなら丁度いい。そこの馬鹿みたいに国王に御目文字させろとまでは言わないが、
 私らを、依頼に関係のありそうな政府の要人に紹介しちゃくれないかい?」

そもそも冬宇子達冒険者は、清国政府より火急の要請を受けてこの国を訪れている。
依頼内容は『遺跡の調査と宝物の保護』。
フーの言う日本への書簡が『冒険者の派遣要請』であったのならば、呪災は依頼が出された後に起こったもの。
即ち、冬宇子達が巻き込まれたのは全くの偶然であるという結論になる。
しかし、それにしては腑に落ちぬ点も多い。
大陸は、ここ数十年戦争状態にある。遺跡はその間、常に戦禍に晒されてきた筈なのに
何故に今さら、遺跡の保護がそれほどの急務となっているのか?それも日本に人員派遣を要請するほどに。
更に、フーが口にした『遺宝級の呪物』という言葉。『遺跡』と『遺宝』という符合も気に掛かる。

果たして、呪災の最中に冒険者が清国に招聘されたのは、本当に偶然なのか?
冒険者の招聘に関わった政府の要人が、今回の呪災を予見していたとしたら?
或いは関わっていたとしたら――?
冒険者は、呪災のシナリオに折込済みの『駒』ということになりはしまいか―――?
眉根を寄せて考え込んでいた冬宇子は、フーに視線を戻し、静かに口を開いた。

「ねえ、道士の兄さん。
 日本に書簡を持って行った宮中の知り合いってなァ、一体何者なんだい?
 そいつも道士なのかい?」

表情を伺うようにフーの顔を見据え、更に続ける。 

「それとだね……!
 兄さん、あんた本当は、今回の呪災のこと、もう少し詳しく知ってるんじゃないかと思ってね……。
 あんたは、私達に『呪災が収まるまで』とか『短い付き合い』って言ったね。
 まるでこの呪災が何の為に起されて、いつ収まるのか、知っているような口ぶりじゃないか。
 ええ?実のところどうなんだい?呪災の原因に心当たりがあるんじゃないのかい?」

と、そこで、ふっと表情を緩め、軽く手を振って、

「まァ、あったとしても、初対面の、それも異国人に話してやる謂れなんざ無いって気持ちも判る。
 無理に教えろとは言わないがね。」 

一度強くカマをかけて、更に『無言』という選択肢を与える。
女給経験で身に付けた、訳ありの男への質問のテクニックだ。
相手が真実を吐露すれば僥倖であるし、否定ではなく『無言』で答えれば、『肯定』と取ることが出来る。

 
【フー・リュウ君に、依頼を出した政府関係者を紹介して〜とお願い】
【ちょっと強引にカマをかけて質問】

128 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:04:29 ID:???
君達の質問を受けた後で、フーは何やら黙して考え事をしているようだった。
先ほどまで手がけていた結界の調整も中断して、随分と真剣な様子だ。

>「あんたの話を纏めると、つまりはこういうことかい?」

「ん?……おぉ、陰陽説カ。そうそう、大体そんな感じだヨ」

フーは朗らかに首肯を返す。倉橋の牽制にさほど大きな反応は示さなかった。
木人化した男や、何匹かの妖怪を連れている事から、君達の中に何らかの術士がいると分かっていた為でもある。
が、それにしても、彼は『牽制を受けた事』自体に気付いていないように見える。
どうやら、こと呪いに関して、彼に君達を欺く腹積もりはないようだった。

>「ちょっといいかい?」

「おっと、今度はなんだイ?」

>「屍人になる原因が『氣の相殺』にあるのなら、耐性に個人差があるってことだよね?
 ならば『火』の護符で耐性を上げることが出来るんじゃないのかい?」

「おっ、いいネいいネ。その通りだヨ。……でも、生憎俺は火行が苦手でネ、そういうのを作ってあげる事は出来ないけドサ」

フーは祓い、流す事を得手とする道士だ。故に彼が得手とするのは風や水の氣を生み出し、扱う事。
風によって火行を助長させる事は出来ても、火氣そのものを生み出す事は出来ないのだ。

>「ともかく、私らはこの国の政府から依頼を受けて北京に来てるんだ。
  依頼を遂行するにしろ、帰国するにしろ、依頼主に会わなきゃ埒が明かないよ。
  報酬も必要経費も、支払うのは依頼主なんだからね。
  調査って言っても、私らは肝心の遺跡の場所も知らないんだ。
  正式な依頼も無しに、適当にアタリをつけてそこら辺の遺跡に潜り込んだんじゃ、
  馬鹿な観光客か墓荒しと変わりゃしないよ。
  道士の兄さん、あんた宮仕えなら丁度いい。そこの馬鹿みたいに国王に御目文字させろとまでは言わないが、
  私らを、依頼に関係のありそうな政府の要人に紹介しちゃくれないかい?」

「む、むむ……政府の要人ネェ……」

フーの反応はどうも芳しくない。腕を組み、首を傾げて考え込む彼に、倉橋は更に問いをぶつけた。

>「ねえ、道士の兄さん。
  日本に書簡を持って行った宮中の知り合いってなァ、一体何者なんだい?
  そいつも道士なのかい?」

「あぁ、いや、彼は道士じゃなくて軍人だヨ。ほら、俺は兵卒達の治療なんかもしてるからネ。
 国軍の奴らともそこそこ仲がいいんダ」

この答えも――やはり不自然な点がある。遺跡の保護は文化的な活動だ。
保護に際して武力を用いるという事はあるかもしれない。が、活動の代表が軍となる事はないだろう。
なのに書簡を届けたのは武官だった。軍人が代表として届ける書簡の内容は、完全には分からずとも察しはつく筈だ。
そう、例えば――『国防に関わる案件』ならば。それを届けるのは軍人であっても不自然ではないだろう。

>「それとだね……!
  兄さん、あんた本当は、今回の呪災のこと、もう少し詳しく知ってるんじゃないかと思ってね……。
  あんたは、私達に『呪災が収まるまで』とか『短い付き合い』って言ったね。
  まるでこの呪災が何の為に起されて、いつ収まるのか、知っているような口ぶりじゃないか。
  ええ?実のところどうなんだい?呪災の原因に心当たりがあるんじゃないのかい?」

「い、いぃ!?」

と、不意に倉橋が強引なまでにフーに詰め寄った。
彼は動揺を隠し切れずに頓狂な声をあげ、これまでにないほど目を剥いている。


129 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:05:01 ID:???
>「まァ、あったとしても、初対面の、それも異国人に話してやる謂れなんざ無いって気持ちも判る。
 無理に教えろとは言わないがね。」 

「いやいやいや!ちょっと待っておくれヨ!確かにそんな事も言ったけどサ!それは誤解ってモンだヨ!
 い、いいかイ?この国の王宮や兵の詰所には何重もの禍祓いが張ってあるんダ。
 俺もその一部を手がけてるから、この呪いが王宮にまで届く事はあり得なイ。
 つまり国軍とその指揮系統はまだ、そりゃ少なからず犠牲はあっただろうけど、生きてる筈なんだヨ!
 だから王様がいつまでもこの災害をほっとく訳がないんダ!収まるまでってのはそういう意味だヨ!」

慌てふためきながらフーが早口に弁解を連ねていく。
その態度は一見すれば、予期せぬ疑いをかけられ動揺しているように見える。

「それに短い付き合いってのは、そうなればいいネって言っただけだヨ!
 ほら、君らだっていつまでもここに釘付けなんて御免だロ?それだけサ。
 この呪災がいつ終わるかだなんて、そんなの分かる訳ないじゃないカ!」

だが激流というものは、時に抗うよりも身を委ねた方が、沈まずどこかへ流れ着ける事もある。
倉橋の強硬な尋問は、例えるならばまさに激流。
フーはあえて押し流されて――取り乱して見せる事で、彼女の詰問を躱してのけたのかもしれない。

事実、彼は『答える事』も『沈黙する事』も選んでいないのだ。
倉橋が求めていたものではない答えと説明を連ねて、回答を済ませた体を取ってしまっている。
それを彼が意図的に行なっているのかどうかは分からない。
単に狼狽のあまり問いの肝要を失念してしまっただけの可能性もある。
が――彼を怪しむ要素の一つにはなるだろう。

「ん、んんー……でも、そうだナ。そういや三日前、軍の奴らがやたら慌ただしくしてたようナ……。
 もしかしたらそれがなんか関係あるの……かも?いや、悪いネ、ホント。これくらいしか分からないヨ」

それから絞り出すようにフーは一つ答えを付け加えた。
肝心な事は何も分からないでは、流石に悪いと思ったのだ。

「そ、それよりさっきの、政府の要人に会いたいって話なんだけどサ。なんて言うのかナ。
 君ら、悪い奴らには見えないし、特に嘘をつく理由もない気がするんだけど……
 君らが言ってる事が本当かどうか、俺には分からないんだよネ。だからちょっと、難しいかなっテ。
 そう簡単に得体の知れない人達をお偉いさんに会わせてあげられるほど、俺も偉くないんだヨ」

「……そこでさ、一つ提案があるんだヨ」

「ウチ、今ちょっと人が足りないんだよネ。
 弟子とか、ホントは俺の留守を任せられるくらいにはいたんだけド、なんかまぁ、色々あってネ。
 ともかく、結界を維持しなくちゃいけないから、俺はここを離れられなイ。
 当然、君らをお偉いさんの元に案内するなんて事も出来やしなイ」

「そこでだヨ。君ら、ちょっと人助けをしてきてくれないかナ。
 俺の代わりにここを任せられる人を二人ほど、連れてきて欲しいんダ。
 一人はさっき言った手習所のジイさん。もう一人は、国軍の元校官ダ」

「二人の名前は廻(フェイ)と浸(ジン)って言うんダ。
 フェイのジイさんは文官として、長く国に尽くしてくれた人でネ。
 ジンも子供が生まれて軍は辞めちゃったけど、王と民と泰平の為にとか、クソ真面目に言えちゃうくらい良い奴だったヨ。
 彼らを助けてきてくれたのなら、俺も心置きなく君達をお偉いさんに紹介出来るってもんサ」
 
「どうだイ、悪くない話だロ?それにアンタ確か、この土地の言い伝えが聞きたいとか言ってたよナ。
 だったらジイさんを助けに行けば、その目的も果たせるじゃないカ。
 事が上手くいったら、他の皆にも俺が個人的にお礼を出そウ。ウチが保管してる古書を見せてあげてもいいし、宮仕えの身だからお金だってあル」

130 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:05:24 ID:???
 
 
 
「……で、どうするよ。ぶっちゃけすげー遠回りだとは思うんだけどよぉ。
 急がば回れとも言うしなぁ。引き受けてみっか?他に手も思いつかねえし」

フーの提案を受けて、生還屋が君達に尋ねる。
とは言え彼の言う通り、他に手がないというのが現状だろう。
フーから王宮の場所だけを聞き出し、直に政府の要人を尋ねるという事も出来なくはない。
が、確実性に欠けるやり方だ。それにフーが見せた幾つかの不審な点も、無視する事になる。

「それに……なんつーの?面白そうだしなぁ、そっちの方がよ」

生還屋は笑っていた。
動死体共を蹴散らしていた時――いや、動死体共に迫られていた時と同じように。

「……よっしゃ。いいぜ、そのジジイと元軍人だっけか?連れてきてやんよ」

「おっ、ホントかイ!じゃあちょっと待っててくれヨ。
 せめて松明と……あとちょっとした護符くらいならあげられるからサ!」

返答を聞くや否やフーは身を翻して、走り出す。

「松明……って、今から行かせるつもりかよ。俺ぁ別に構わねえけどよ。遠慮ってモンを知らねえなオメェ」

生還屋が思わずそう呟く。

「そりゃそうサ。さっきは多分無事だろうとは言ったけどネ、ありゃ希望的観測って奴ダ。
 動くと決めた以上はそんなモンに縋っている訳にはいかないヨ。それに、報酬も払うんだしネ」

人数分の松明を持って帰ってきたフーが、それを生還屋に押し付けながら答えた。

「彼らには教え子や、妻子がいるんダ。大事な人を守ると気負いながら、気を張り詰めながら、今日で三日。
 いくら彼らでもいい加減しんどい筈だヨ」

それから彼は懐から人型の符と六つの小瓶を取り出した。

「コイツをあげるヨ。俺はここから離れらんないけど、この符があれば君らが遠くにいても道案内とか、助言があげられル。
 あんまりほいほいと作れるものじゃないから、今は一枚しかないけど……誰が持つかは君らで相談してくレ」

「それと、こっちの瓶には禍祓いの水を入れといタ。
 これを使えばさっきみたいに、かかった呪いを祓えるヨ。
 呪いにかかったままじゃ、ただ疲れるだけじゃなくて、その疲れがよく回復しない筈ダ。
 体内の氣の容量が圧迫される訳だからネ。キツくなってきたら使うといいヨ。
 ……結界の維持も長丁場になるかもしれないから、そう沢山は作れなかっタ。大事に使ってくレ」

「あとは……二人の人相も教えとかないとネ。
 それと、この辺の地図も渡しとくヨ。道案内出来るとは言ったけど、何があるか分からないしネ」


131 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:06:09 ID:???
 
 
 
「……さて、と。そんじゃ、とりあえず二手に分かれる事にすっか。
 時間もかかんねーし、それに夜闇の中じゃ、少人数の方が奴らに気付かれず済むかもしんねーしなぁ。
 松明もこんなにいらねーんじゃねーのか?」

出発の準備が整ったところで、生還屋は別行動を提案した。
危険は増すが、それと同等の利点もある。
宵闇の中を歩かねばならぬとは言え、四人が黒持ちで、残る二人もそれなりに出来る。
問題はないと判断したのだろう。

「オメーらも構やしねえだろ?お友達がいねえと生きて帰る自信がありませんってえなら話は別だけどよぉ。
 とりあえず……そうだな。暴力女二匹とガキンチョ、オメーらは俺と文官のジジイとやらを探しに行くぞ。
 まっ、オメーらなら俺がいなくても余裕だとは思うけどよ。奴らに襲われたら脇腹ぶん殴ってから、横面ひっぱたいてやりゃいいんだ」

「アホ面、色男、ヒス女。オメーらは元軍人の方を連れてきな。
 さっき貰った符はオメーらが持ってろ。俺にゃ道案内なんざ必要ねーからな」


【→寺院の外、夜の街路】

君達は安全な寺院を出て、再び市街へ、それも今度は宵闇に満ちた中へと戻る事になった。
松明の火が君達にもたらす視界は、とてもではないが完全とは言えない。

フーから手渡された地図には必要最低限の道筋しか描かれていなかった。
この迷路のような街並みは首都を防衛する為のものだ。
おいそれと他国の人間に渡す訳にもいかないのだろう。



【マーリン、頼光、倉橋:→元校官の家への道】

地図に従って暫く歩くと、街並みに僅かな変化があった。
道に食料や衣類、僅かな金品や日用品、木片、とにかく様々な物が散乱していて――倒れている人間も疎らに見える。
両脇に見える建物はその殆どが戸が破られていた。

どうも、ここは商店街だったようだ。
呪災が起きた直後、多くの人が生きる為に必要な物を確保しようとした。
その結果、暴動と略奪が起きた後、といった様子だった。

『……これは、酷いナ』

不意にフーから貰った符から声が聞こえた。
直後に、ぽん、と軽やかな音が響く。
人型の符が大きさはそのままに、フーの姿に変化して宙に浮いていた。
形代を用いた身代わり術の応用だ。

『やっ、驚かせちゃったらごめんヨ。でも紙切れと会話するよりかは、君達もこの方がやりやすいんじゃないかナ?』

それから更に歩いていくと、君達は前方に人影を見つけるだろう。
体格から察するに男性のようだ。少し距離があるせいで容姿は見えない。
代わりに君達に見えるのは、彼の周囲に転がる十数人の男――辺りに散らばった刃物や食料、金品を見るに強盗達。
僅かに呻き声を漏らし、身動ぎする彼らは、どうやら動死体ではないらしい。
まだ、生きている人間だった。

132 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:06:39 ID:???
「……君達がもし、ここに何かを求めてやって来たのなら……ご覧の通り、店はどこも休業中だ」

ただ一人立っている男は君達に気付いて振り返り、語りかける。

「早くここから立ち去るといい。何も盗んだり、奪ったりせずに。
 ……もし、既に君達がそれをしてしまったと言うのなら」

同時に、不意に君達の視界で何かが蠢いた。小さく、沢山の何かが。

それは形容するなら、毛むくじゃらの小鬼だった。
地面に溶け込む土色の毛に塗れた小鬼が、倒れた強盗達に群がっていた。
そして小鬼達は『潜り込んだ』。強盗達の体に。途端に彼らは藻掻き、苦しみ出す。

だがそれも長くは続かなかった。小鬼はすぐに強盗達の中から出てきた。
手には淡く朧げな光の珠を抱えている。
陽の氣だ。子鬼達は陽の氣――生命力を強盗達の体から抜き出していた。

「君達はもうおしまいだ。彼らと同じように」

男は君達に背を向けて、どこかへと歩き出す。
そして今、君達に彼を追う事は出来ない。
何故なら、

『オ前達……ソノ松明、ドコカラ持ッテキタ?異人ノクセニ、ドウヤッテソレヲ手ニ入レタ?
 盗ンダナ?盗ンダンダナ?盗ンダンダヨナ!アァモウ盗ンダッテ事デイイヤ!ヤッチマエ!』

君達の周りにもまた、毛むくじゃらの小鬼共は群がっていたのだから。

「この能力は……!まさか!おい、ちょっと待ってくレ!アンタ一体何を――」

フーが叫ぶ。
けれども彼の言葉が最後まで紡がれるのを待たず、小鬼共は一斉に君達へと跳びかかった。
歩み去る男の背中が子鬼の群れに覆い隠されて見えなくなる。

「くっ……!ま、まずはコイツらを追っ払うんダ!迎え撃つか防御すればさっきみたいな事にはならなイ!」

どうやらフーはこの小鬼共の正体を知っているようだった。
この状況を凌げば、彼から情報を聞き出す事も出来るだろう。

とにかく、小鬼共は数こそ凄まじいが、力や速さは大した事がなかった。
躱し、払いのけ、叩き落とし、退ける事はそう難しくない。とは言え、小鬼共全てを蹴散らすのはいくら君達でも無謀だ。
包囲され続けての戦闘は消耗戦だ。ただでさえ冷気に体力を奪われていく今、選ぶべき選択肢とは言えない。
それに不意を突かれるリスクも募っていく。
早いところ逃げるか、そうでなければ小鬼を使役しているだろう先ほどの男を追った方がいいだろう。

「……っ、面倒な奴らまで目を覚ましてきたナ……!」

けれども君達の前では、先ほど命を奪われた強盗達が動死体と化して立ち上がっていた。
彼らだけではない。この夜闇の中で音を立て、明かりを灯しているのは君達くらいだ。
その姿はひどく目立つ。道中に倒れていたり、屋内で死んでいた者達まで、君達の元へと集まりつつあった。


133 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:07:11 ID:???



【あかね、鳥居、マリー:→手習所への道】

君達は道に迷う事もなく順調に手習所へと近づきつつあった。
この街は国防の為に迷宮のような造りになっているが、同時に多くの民が住む場所でもあるのだ。
道筋さえ知っていればさほど右へ左へ迂回する事なく目的地へ向かえる。

「なーんか、嫌な予感がしやがる」

しかし何の前触れもなく、生還屋は呟く。
嫌な予感――彼は先ほど旅客機の中でも同じ事を言っていた。
そしてその直後に旅客機は撃墜された。
何の根拠もないというのに、彼の呟きには不穏な響きが含まれていた。

「……あぁ、そう言えば。丁度いいからさっきの質問、答えとくわ。つってもあのヒス女はいねえんだけどよ」

それから生還屋が足を止めて君達を振り返る。

「なんであの寺ん中に人がいるって分かったのか、だったっけか。ありゃ、ただの勘だぜ。
 つーか地獄耳って。この俺が、こまめに耳の掃除をしてるように見えっかよ?って話だよなぁ」

「俺に分かんのはなんとなく、ヤバいか、ヤバくねーか。
 ついでに言えば、当然俺自身の事より、他人様の事の方が曖昧にしか分かんねー。つまり……」

不意に生還屋は上体を横に傾ける。
彼の背後には動死体が迫っていた。生還屋に組み付こうと伸ばされた腕が虚空を抱く。
そうして前のめりになった動死体の足を生還屋が引っかける。
動死体が倒れ込んだ。生還屋の冷ややかな目が動死体を、その後ろ首を見下ろす。
踵が視線を追うように振り下ろされた。鈍い音が響く。硬化が完全でない首、頚椎の破壊された音だ。
動死体はそれきり、立ち上がる素振りを見せなかった。

「俺はこうやって、どこから奴らが襲ってくんのか分かる。
 けど、オメーらがどう襲われるのかまでは分かんねーってこった。
 ヤベー時は教えてやっけど、何がどうヤバくて、どうすりゃいいのかは、オメーら自身が考えろよ」

生還屋は『優秀な人材を生かして帰す』為の人間だ。
だが同時に、彼は『優秀な人間しか生かして帰せない』人間でもあった。
彼の直感はありとあらゆる危機を事前に察知する。
が、その危機が一体どういう物なのかは、彼には分からない。
だから同行者は彼の警告を元に、自力で危機を理解して、対処しなくてはならないのだ。

「ついでに言うと……実はさっきからずっと、俺達全員すげーヤバい気がしてんだけどよぉ」

「それが、どこからどう来んのかさっぱり分かんねえんだよなぁ。
 オメーらの事ならともかく、俺がどう襲われんのかすら分かんねえ。
 まるで『ここにいる事』自体がヤバいみてーな、そんな感覚だぜ……」

生還屋が空を見上げた。それは本当になんとなくの行動だった。
まるで物事に見当がつかない時に、無意識に天を仰ぐ。それだけの事だった。

「……なんだ、ありゃあ」

生還屋が目を見開いて、思わずそう零した。
彼にならって夜空を見上げれば、君達にも見えるだろう。
陰陽太極図と五芒星の重なり合った、君達の遥か頭上を覆う巨大な円陣が。

134 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:07:31 ID:???
同時に君達の周囲にも異変が起きた。
始まりは風だった。松明の火を突然吹き抜けた突風が掻っ攫い、空に太陽を思わせる球体を作り出す。
偽物の太陽は地上に火の粉を降り注がせて、冷気によって枯れた木や草を焼き尽くした。
草木は灰と化して土に返り、地表には疎らに金属の輝きが浮かび上がる。
そして金属は漂う冷気による凝結で水を生み出した。
その水は一度枯れて燃え尽きた草木の根本に再び新たな芽を育てる。

君達の周りでは天地万物が異常な速さで循環していた。
まるで陰陽五行の円陣の下に、閉ざされた一つの世界が作り出されたかのように。

「どうなってやがんだ、こりゃあよぉ……!」

だが異変はそれだけではない。
森羅万象が高速流転するこの『世界』の中で、君達だけが無事でいられる訳がないのだ。
人もまた森羅万象の一部分。人の生き死にも、世界の循環の一過程だ。

霊感などに頼らずとも、命に関わる事だ。君達はすぐに気がつくだろう。
自分の命、陽の氣がこの『世界』にゆっくりと接収されていっている事に。

「こりゃ、ヤベえんじゃねえの!?おいオメーら、さっさと……!」

生還屋が君達に前進を促し、自身も前へと駆け出そうとして――しかし君達の進路を塞ぐように、何体かの動死体が立っていた。
この異変に釣られてどこからかやってきたらしい。

「こんな時に、邪魔くせえ……!おい、手伝いな。さっさとぶちのめして――」

けれども君達が奴らに手を下す必要は、まるでなかった。
地面に生えた草が急速に成長して動死体共の足を絡め取る。
そして宙に浮かぶ擬似太陽から炎が降り注いだ。
動死体共が激しい火柱に飲み込まれる。
草――木行によって勢いを増した炎は動死体共をいとも容易く焼き尽くした。

この閉じた『世界』の中において、生き続ける者、死なざる者は理に反する存在だ。
だから『世界』は動死体を殺した。つまり――君達もまた、この『世界』にとっては殺すべき存在だ。

「……あぁクソッ!もういちいち言わねえでも分かってると思うけどよぉ!
 やっべえのが来んぞ!前と……足元だ!気ぃつけろ!」

土は金を生み、火は金に形を与える。
動死体共を焼いた炎は地面から生まれた金属を鍛造して刃を生み出した。
幾つもの斧や鎌が君達めがけて放たれる。

同時に草が君達の足に、先ほどの動死体と同じように絡め取ろうと這い寄った。
迫る刃は軌道こそ直線的だが、もしも草に捕まってしまったのなら、避けられるものも避けられないだろう。
しかも辺りには更に多くの動死体共が集まりつつある。
回避行動の取れない状態で奴らに絡まれるのは非常にマズい。

だが――この『世界』は道理によって廻っている。
道理とは誰のものでもない。誰もが使い得るものだ。
陰陽五行の法則は、君達が逆手に取る事だって出来るだろう。


135 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/19 19:08:17 ID:???



【:取得情報
  書簡を持っていったのは軍人らしい
  三日前、軍の連中が慌ただしくしてたとか
  暗くて静かだから灯りやちょっとした音でも動死体に気付かれちゃうよ
  生還屋は勘がいい。彼の取り柄はそれだけ


 :イベント
  政府の要人を紹介する代わりと言っちゃなんだけど、ジンとフェイの二人を連れてきて欲しいヨ


 :入手アイテム
 『連絡用の符』、風の氣をどうのこうのする事で遠くにいる人間と連絡を取る事の出来る符
 『禍祓いの水』、冷気の呪いを祓う事が出来る。イベントアイテム。道中でも使えるけど、なるたけ温存した方がいいかも


 :マーリン、頼光、倉橋ルート:小イベント
  謎の男が使役している(と思われる)小鬼の群れと、動死体共に襲われる
  小鬼は数こそ凄まじいけど、勘以外取り柄のない生還屋がどうにか出来るくらいには遅く、弱い
  とりあえず男を追いかけよう


 :あかね、マリー、鳥居ルート:小イベント
  空に奇妙な円陣が浮かび、閉ざされた世界が作り出された
  その中では冷気の呪いとはまた別に、体力消耗のバッドステータスが追加される
  早いところ目的地に向かった方がいいかも。その前に足元に這い寄る草と、迫る刃と、動死体共をどうにかしなきゃだけど】

136 :ブルー・マーリン ◆iB6GbR.OWg :12/08/25 01:09:25 ID:???
(おぉう、あの女、随分と強く出たね
やるな、俺も見習わないとね)
と、倉橋の様子を見てニヤリと笑いながら思う

(しかし衝撃か、関節か……柔の拳には心得があるし、なんとかなるか)

(しかしさっきからあの小僧は物言いが失礼だな)
と、頼光をチラ見しながら思う
(そしてあの小僧を殴った女)
マリーを見る

(………なんだか殺し慣れてる様な感じがするな、まぁどうでもいいか)

(そしてあかねとか言ったな、良い胸だ)
…………一応言っておくが、ブルーは女好きじゃない、多分………
(あのビンタはとても効いた、あの小僧………)
今度は鳥居を見る

(言ってる事が随分と淫らだな、いや男としては分からなくもないが…
いや、逆に男として許せん、事故とはいえ)
少し殺気を入れてチラ睨みする

(初クエスト早々、こんな大事件か……)
そこで落ち込むと思いきや
(上等じゃねぇか、こんな`冒険`を期待してたんだ、楽しまなきゃ損だね)
と、ニヤリと笑いながら思う

(さて、フー自体はあまり俺たちにとって必要な事は知らないようだ
一部を除いて、………さて)

そう思うと立ち上がる

>「……で、どうするよ。ぶっちゃけすげー遠回りだとは思うんだけどよぉ。
 急がば回れとも言うしなぁ。引き受けてみっか?他に手も思いつかねえし」

「当然だ、呪いをある程度解いてくれたお礼はしなければな
それに」

>「それに……なんつーの?面白そうだしなぁ、そっちの方がよ」

「同意だ」
そう言うと、生還屋に向けてニヤリと笑う

そしてフーから小瓶と松明を貰う

>「……さて、と。そんじゃ、とりあえず二手に分かれる事にすっか。
 時間もかかんねーし、それに夜闇の中じゃ、少人数の方が奴らに気付かれず済むかもしんねーしなぁ。
 松明もこんなにいらねーんじゃねーのか?」

「賛成だが、松明に関しては必要だと思う
離れ離れになった時に必要になる筈だ」

>「アホ面、色男、ヒス女。オメーらは元軍人の方を連れてきな。
 さっき貰った符はオメーらが持ってろ。俺にゃ道案内なんざ必要ねーからな」

「……………色男言うの止めろや、この野郎」
と、青筋を浮かべた顔で言い返す

137 :ブルー・マーリン ◆iB6GbR.OWg :12/08/25 01:42:35 ID:???
「さて、外に舞い戻ってきたわけだが」
と、言って地図を見る
「…………………………雑だが、いいか。
今は速く救出することが一番だな」
と、笑いながら言う

>『……これは、酷いナ』
「ん?、どっから見て…」
振り向く、そして…

>『やっ、驚かせちゃったらごめんヨ。でも紙切れと会話するよりかは、君達もこの方がやりやすいんじゃないかナ?』
「………………………陸にはこんなすげぇもんがあるんだなぁ」
と、目を輝かせて言う

「………………………こいつぁ強盗や荒らしか?
ふぅ、こんな奴ら自体はどうでもいいがなんでこんなに倒れ…」

>「……君達がもし、ここに何かを求めてやって来たのなら……ご覧の通り、店はどこも休業中だ」
 「早くここから立ち去るといい。何も盗んだり、奪ったりせずに。
 ……もし、既に君達がそれをしてしまったと言うのなら」
「………………………?、まだなんも俺達ゃしてねぇ……ッ!」

一歩後ろに下がる、そこに見えたモノがどんなものか分かったからだ

>『オ前達……ソノ松明、ドコカラ持ッテキタ?異人ノクセニ、ドウヤッテソレヲ手ニ入レタ?
 盗ンダナ?盗ンダンダナ?盗ンダンダヨナ!アァモウ盗ンダッテ事デイイヤ!ヤッチマエ!』
「はぁ!?、理不尽にも程があるだろそりゃ!?」
さすがにこの無理矢理決めつける物言いに怒る

>「この能力は……!まさか!おい、ちょっと待ってくレ!アンタ一体何を――」
「くっ……!ま、まずはコイツらを追っ払うんダ!迎え撃つか防御すればさっきみたいな事にはならなイ!」
「防御ったって………ぬぉ!?」
頭に向かってきた子鬼をサッと避ける

>「……っ、面倒な奴らまで目を覚ましてきたナ……!」
「おいおいおいおいおいおい、こいつぁヤバいんじゃないの?、絶体絶命ヒャッハー!!!」
囲まれた状況、そこでブルーは楽しそうに奇声を上げる

「あぁ〜、はるばる海からこの陸に上がってきてよかった!!、やっぱ陸にも楽しい冒険がいっぱいまってたぜぇ〜!!」
人が変わったように喋る、完全に独り言だ

「ク、クククク、囲まれた状況、下はアリの様に鬼がウジャウジャ、俺たちと同じ様なのは死体で明かりに集まる、いいねいいねぇ、最っ高だねぇ」
気でも狂ったのだろうか、しかしなんとなくだが今の状態の彼に話しかけるのは気が引ける

「こういう時、なにか爆弾の様な物があると良いんだがねぇ
そんなものは此処にない、道を作る為には動死体が邪魔、んでそいつらも関節攻撃が必要ときた」

「………………………、俺は正常、俺は正常だ」
と、突如胸を抑えて呟く

「だが、この興奮は治まりきれないィイイイ!!」
叫ぶと同時に飛び蹴りを目の前の動死体に入れて倒し、サーバルを抜くと首を切り離す

「おう、てめぇら!!、俺が先頭だ!!、道を開いてやるぜぇええええ!、俺についてこぉおおおおおい!!」
ただでさえ数が多く呪いがあるのにも関わらず言いそのまま走スキップで小鬼をなるべく触らせないように前に行く

138 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/08/25 23:26:27 ID:???
ゴッ!おおよそ生身を叩いた音とは思えない音とともに頼光は頭を押さえ蹲る。
フーに傍若無人な振る舞いをしていたところ、さすがに見咎められたのだ。
常人なら昏倒しかねない打撃も木人と化した今の頼光にはコブを作る程度だ。
が、だからと言って平気なわけでもないし、殴られた事に黙っていられるほど人間はできていない。
元より自分が悪いなどと毛ほども思っていない頼光は激怒する。
「貴様あ!婦女子の分際でだ男子の!華族である俺様の頭を叩くとは!」
激高したが後ろから頭をつかみ強引に頭を下げられては身動きが取れない。
その上、
>「気を悪くさせてしまって申し訳ない。悪い奴ではないんだが、一度下手で出るとどこまでも調子に乗る奴でね
> 今度変なことを言ったら、遠慮せずに煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないから」
愛想笑いを伴う口調ながらもマリーから発せられる殺気に頼光は口を噤むしかない。
大人しくなったところで追い払われるように突き飛ばされ、頼光は唇をとがらせて少し離れたところに所在なく立ちすくむのであった。
それでも救われたのは、フーが柔和な口調で一応了承したが保留させてもらう、という頼光の顔を立てたからだった。

その後マリーとフー、そして冬宇子が呪的な話を展開させるのだが、頼光の理解の及ぶところではない。
もちろんそれ以前に興味のある話でもないので聞こえていても右から左に流れてその内容が頭に止まることはなかった。

だがフーの口から頼光の琴線にかかる言葉が流れ出たのは聞き逃しはしない。
鳥居に乗せられあかねの手前、依頼である遺跡保護にやる気を見せたのだが、本心では全くやる気はない。
大陸への物見遊山で軽く遺跡を巡って終わるつもりだったのが、花火で撃墜されて訳も分からぬ間に動死体に襲われたのだ。
詳しい遺跡の場所もわからずに、さっさと日本に帰る気であった。
だが、遺跡保護という本来の目的よりも頼光の心をくすぐる言葉。

手紙を日本に持って行ったのは軍人である。
王宮には結界があり、軍は健在で近く事態収拾の為に討伐を行うであろう事。
この国の重要人物であるフェイと元軍人であるジンを連れてきてほしい。

つまり、今の異常事態は軍が動くほどの事態であり、尚且つ軍が動けば事態は収拾する見通しというわけだ。
そのカギとなるフェイとジンの救出。
面倒な討伐戦に参加せずとも功労者となり、なおかつ重要人物や軍人との繋がりを持てる、いや、恩を売れる。
それすなわち簡単な仕事で最大級の地位と名誉が転がり込んでくるという事なのだ!

ろくに話も聞いていないし、頭の回転も悪い癖にこういう事だけはやたらと思考という名の妄想が働く頼光。
生還屋が遠回りだと思うなどと言っていたが、今や頼光の目的は遺跡保護よりもこちらなのだ。
「この痴れ者が!他国とはいえ国難に際して面白そうとは何事だ!
武威の華族たるこの武者小路頼光様がこの危機に立ち上がらないわけないだろうが!」
生還屋とそれに同意するブルーを一喝して立派な言葉を並べるが、心の内は打算で満たされている。

「あたりまえだ!今やる!直ぐやる!全部やる!が武者小路家の家訓だからな!さあぐずぐずするな!」
松明を取りに身をひるがえすフーに思わず呟いた生還屋に更に一喝。
功を立てられるのならば躊躇している場合ではない。
今までにないほど頼光はやる気に漲っているのだ。
もっとも、やる気に漲りすぎてフーの持ってきた瓶や人型の説明など全く聞いていない。
生還屋の提案した組み分けにも文句も言わず(何も考えず)早く早くと出発をせかすのだった。
ただ一つ
>「……………色男言うの止めろや、この野郎」
「ふっ、男の僻みはみっともないぜ?」
ブルーの青筋を浮かべた顔を何をどう勘違いしたのか、勝ち誇った笑みを浮かべて窘めた。
この期に及んでもまだ自分が色男でブルーがアホ面だと思っているのだった。



139 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/08/25 23:28:40 ID:???
>「お、ようやく立ち直ったかイ。奴らが現れたのは……うーん、ちょっと待ってくれヨ。
 えーっと……大体だけど三日前、かナ?うん、多分間違いないヨ。
 宮中の知り合いが三日前に船で日本に発ってから、すぐの事だったからネ」

フーによると、あの動く屍達が出現し始めたのは三日前の事らしい。
時期的に、丁度、清から火急の嘆願が出されて間も無くということになる。

>「本人はたかが一通の書簡の為に船旅なんて面倒だとか言ってたけど……今思えばアイツは運が良かったヨ」
>「はんっ、手紙なんぞ鳩でも飛ばせば済むことなのに暇なこった。」
「いやいや、清から帝都まで鳩が飛びきれる訳ないやん。距離考えようやニーサン」

あかねは呑気に頼光の発言に突っ込む。よくよく考えれば、偶然にしては見過ごせないような部分もある。
だがそこは呑気な性格が災いしてか、あかね自身も特に疑問を持つような素振りは見せなかった。
ただし、ほんの一瞬ではあるが、フーへと向ける視線にやや冷ややかなものが混じっていた。

で、肝心の書物に関しては、だが。

>「ん?あぁ、そりゃ簡単ダ。ここだヨ、ここ。さっき言ったロ、俺は宮中の道士だっテ。
 ここは俺の……っていうかウチの家系が代々やってる道場でネ。
 ご先祖様が纏めた術の指南書だとか、そういうのを保管してる書庫があるヨ」
「ええっホンマ!? じ、じゃあちょろーっとだけ見して貰えたりとか……」
>「ま、そこには封印がかけてあるし、部外者に見せる訳にはいかないけどネ。興味があったならごめんヨ」
「ですよねー……うーん、そこを何とか〜〜」

フーの言葉にあかねの表情が輝くが、封印と聞いて一瞬ですぐにしぼむ。
どうにか交渉しようと手を揉むも、封印を解いて見せてくれる気配はなさそうだ。
ちらり、と書庫らしき場所を見やる。あかねは両手でこっそりと印を結び、フーに悟られぬよう小さく真言を唱える。
父から昔、唯一、特別に教わった透視術だ。呪術や封印術を視認することが出来る。
本当に封印等が施してあれば、最悪の場合どうにかして破る必要がある。

(うーん、封印されとんはホンマやな。ウチじゃ破れんような強固な術や……余程厳重に保管しとるんやね)

己の力量では破ることも敵わないと知り、再びがっくりと肩を落とす。
犬神は「どんまい」と言いたげに短い手でぽん、とあかねの肩を叩くのだった。
一方で、一人と一匹が頼光とマリーのやり取りを注視している時、巻物の隙間からにゅるりと出る白蛇が一匹。
鳥居少年の元まで這い寄ると、先程あかねが引っ叩いた少年の頬に身体を擦りつける。
蛇に表情があるのか分からないが、どこか陰鬱そうな気配を帯びながら。

「おー、がんがん行くねぇ倉橋はん」

機関銃よろしくフーに詰め寄るように質問を浴びせかける冬宇子を見て、あかねはぼうっと肘杖を突く。
気圧され気味な清の道士を少し哀れに思ったくらいだ。
堺の年を食った女達もあんな風に捲し立てるを思い出し、一人含み笑いする。

140 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/08/25 23:29:36 ID:???
>「そ、それよりさっきの、政府の要人に会いたいって話なんだけどサ。なんて言うのかナ。 (中略)
 そう簡単に得体の知れない人達をお偉いさんに会わせてあげられるほど、俺も偉くないんだヨ」
>「……そこでさ、一つ提案があるんだヨ」
「提案」の言葉に顔を上げ、フーの言葉に耳を傾ける。人助けをして欲しい、とのことだった。
彼は此処の結界を維持し続ける為にも離れることが出来ない、だからこの場を任せられる人を連れてきてほしいと、そう言う事だった。
「えー、でもなァ……ウチ別にお偉いさんなんかに会ったって何の利益も無いし……」
>「事が上手くいったら、他の皆にも俺が個人的にお礼を出そウ。ウチが保管してる古書を見せてあげてもいいし、宮仕えの身だからお金だってあル」
「ホンマ!?だったら行く行く、さんせーっ!!フーはんホンマに男前やんなぁー!」

古書を見せてくれると聞くや、両手を組んでくるくると踊り喜びを露わにする。
これでいぐなを封印から解放することが出来る。そしたらこんな恐ろしい場所とはおさらばだ。
「ウチは受けるでー。色男はんの提案を無碍にするなんて勿体無いことしとうないしー」
しかもお金まで出るときた。資金難の今、嘆願以外の報酬だろうと貰っておいて損は無い。

>「それに……なんつーの?面白そうだしなぁ、そっちの方がよ」
>「同意だ」
「大丈夫かいな……アンタら、余計なことはせんとってーや」
ニヤリと怪しげにほくそ笑む二人を見て目を細めるあかね。大概この女も何かしでかしそうではある。
>「とりあえず……そうだな。暴力女二匹とガキンチョ、オメーらは俺と文官のジジイとやらを探しに行くぞ。
  まっ、オメーらなら俺がいなくても余裕だとは思うけどよ。奴らに襲われたら脇腹ぶん殴ってから、横面ひっぱたいてやりゃいいんだ」
「りょーかいやで生還屋はん。その前にもっ一発だけ引っ叩いてええ?誰が暴力女や、誰が!」
歯を剥いて怒り狂う暴力女その一。本当に大丈夫なのだろうか。

 ○

嫌な予感がする――――。

幸先良好。特に障害もなく、迷路の様な構造の道を歩き、手習所へ向かう。
にも関わらず、先頭を行く生還屋はそう呟いた。
何の前触れもなく、不穏な気配を纏わせて言うのだから、あかねは思わず肩を震わせた。

「な、なんやねん。脅かさんといてやァ。冗談にしてもきついでぇ」
>「……あぁ、そう言えば。丁度いいからさっきの質問、答えとくわ。つってもあのヒス女はいねえんだけどよ」
あかねはゴクリと生唾を飲み込んで、生還屋を見上げた。
何か特殊な技能でもあるのかと疑ったが、「勘だ」とあっけらかんと答えられ、肩すかしをくらった気分だった。

「まあ、確かに生還屋はんは掃除とかしなさそうやもんね、アハハ……」
軽口で返して、肩を竦める。勘、つまり第六感というものか。虫の知らせや予知もこれに当て嵌まるだろう。
こういった類の能力を高めるにはそれなりの経験というものを必要とする。
つまり彼はそれだけ、修羅場をくぐって来たのだろう。五感以上の何かに頼らざるを得ないほどに。
平和ボケした彼女には無く、また必要としなかったものだ。

「ヂィイッ!!」
>「俺に分かんのはなんとなく、ヤバいか、ヤバくねーか。
  ついでに言えば、当然俺自身の事より、他人様の事の方が曖昧にしか分かんねー。つまり……」

敏が鋭く声を上げる。あかねは目を見張り、次の瞬間、目の前にいた鳥居の腕を掴み自分の元へ引き寄せた。
同時に生還屋が上体を逸らし、獲物を掴み損ねた屍がつんのめり、倒れた。
あかねは鳥居を出来るだけ動く屍から遠ざけようと、笑う足を無理矢理動かし細い腕を引っ張る。
生還屋が足を振り上げ、とっさにあかねは視線を逸らした。とても嫌な音がした。
やがて、おそるおそる死体に視線を向ける。少女の顔は死人のように蒼褪めた。

141 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/08/25 23:29:57 ID:???
「うう……やっぱ来るんやなかった。幸先不安しかないで……どったん、敏?」

鋭い鳴き声をあげ続ける犬神を不審に思い、がっくり項垂れていたあかねは敏を見やる。
普段は大人しく寝こけてばかりいるのに、ここまでピリピリした犬神は初めてだ。
敏は空を見上げてヂィヂィと鳴く。倣って、あかねも空を見る。

>「ついでに言うと……実はさっきからずっと、俺達全員すげーヤバい気がしてんだけどよぉ」
「……………うん、生還屋はん。その勘、信用してええと思うで……」

あかねは空を見たまま、顔を強張らせて固まった。
上空には、陰陽太極図と五芒星を重ね合わせた、見た事もない陣が浮かんでいた。

>「どうなってやがんだ、こりゃあよぉ……!」
風が吹く、小さな太陽が火の粉を振り撒く、枯れ木や草が燃える。
燃え尽きた草木は灰となり土に還って、地表に砂金が浮かぶ。それは冷気で水を生み、土は水を吸い上げて草木を育てる。
異常な光景だ。まるで自分達の周りだけ、世界が光の速さで廻っているようだ。

>「どうなってやがんだ、こりゃあよぉ……!」
「どっからどう見ても道術や!このままおったらウチら、命を取り込まれるで!!」
>「こりゃ、ヤベえんじゃねえの!?おいオメーら、さっさと……!」

ぐらりと身体が傾くが、どうにか気力で持ちこたえて声を絞り出す。
生還屋が初めて焦った声で逃走を促すが、それを阻むようにまたも新たな屍達が現れる。
だが、生還屋達が手を下すより早く、「この閉ざされた世界」が屍達を始末した。

「こんなもん自然に出来る訳ない。誰かが意図的に作っとるんや、けど誰が何のために!?」
あかねは印を結ぶ。この世界が陰陽五行思想と同じと考えるなら、手は一つ。
五行相生が道理なら、五行相剋も通用するはずだ。
巻物を開けば、まっさらだった紙面には五十音と鳥居がびっしりと埋まっている。
あかねはブルーから貰った金貨を弾き、高らかに唱える!

「汝、水の眷族なる八又巳頭飯綱よ、汝の名と書の契約において、贄をうけとりて力を貸したまへ」
直線的な刃を敢えて避けようとせず、少女の二の腕を鋭利な刃先が裂いた。
柔らかな白い肌がみるみる血に染まり、紙面へと落ちる。
――刹那、フーから受け取った禍祓いの水が溢れ出し、疑似太陽へ向かって噴射する!
龍や蛇は、水の眷族とされる。眷族の力を巻物を伝って借りることで、禍祓いの水の質量を増やしたのだ。

「水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つや!」
金属を作る元となる土は、水で木を育てることで力を弱めることが出来る。
更に刀を鍛造する炎の元、つまり疑似太陽の火を消してしまえばいいという発想だ。
しかし詰めが甘いのが尾崎あかねという女。水の力で草の成長を助長させてしまっている!
水を吸って更に成長した草は、触手がごとくあかねを拘束し、締め上げんとする!

「わーしもた!草が絡まって変なとこ入っ、ぎゃーっ服の下はあかんてー!誰か助けてぇー!」
犬神の敏が草を噛み切ろうと躍起になるが、どう見ても追いつかない。早速やらかすあかねであった。

142 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/26 08:18:01 ID:???
【行動判定】

尾崎あかねが『やらかした』事は、一つではない。

あかねが放った激流は天地の理に逆らい、上空に浮かぶ偽りの太陽を直撃した。
激しい蒸発音が響く。あかねの目論見通り、火行の源は膨大な水の氣によって消滅させられた。
つまり――君達は一瞬にして深い宵闇に包まれる、という事だ。
松明の火を風が攫い、そうして生み出された光源を消してしまったのだ。当然の帰結だ。

夜空には小さな火の粉が幾つも舞っていた。
陰が深まれど、その中には必ず陽が紛れる。
一度消し去られようとも、火の粉は草木を燃やして炎を生み出し、再び偽物の太陽を作り出すだろう。

だがそれにはあと数秒か、あるいは十数秒の時を要する。
遅い。圧倒的に遅すぎる。
君達が正常な視界を取り戻すその前に――飛来する斧や鎌は、君達の体に到達する。
暗闇の中、見えるのは火の粉の灯りを受けた刃が放つ、朧げな反射光だけだ。

更に、水氣を受けた草は急激に君達へと迫り、動死体共は騒ぐあかねの声を頼りに距離を詰めてくる。
対応を間違えれば手痛い負傷は免れない。
果たして君達はこの状況を凌げるだろうか。



それとは別に――これは今すぐには気付けないかもしれない事だが。
あかねが増幅させた小瓶の水はどうも、秘められていた禍払いの力がやや損なわれているようだった。
水神の眷属の力は水の質量を増やす事は出来ても、フーが込めた術理までは増やせないのだ。
今後同じ事を繰り返せば、小瓶の水は禍払いの力を全て失ってしまうだろう。

君はその事に気付き次第、術に用いる為の水を別途確保した方がいいだろう。
何故なら、君達が貰った禍払いの水は、君達自身だけを助ける物ではない。
同行者や、あるいはもっと別の人だって助けられる物なのだから。
浅慮は無用な負傷を、あるいは死を招くものだ。君達は出来る限り、それらを避けなくてはならない。

143 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/08/26 14:52:50 ID:???
>「最悪や……もうお嫁行けへん…………うぅう〜〜〜〜……!」

「……」
じと目であかねの反応をうかがう鳥居。彼は数百年間生きてきた元吸血鬼。
死なない体によって精神は成熟されることもなく人間としての心は奇形とも言える発達をみせていた。
しかし鵺との戦いのなかで、頼光の神気の影響を受けた彼は再び人間の道を歩むこととなり
生への目覚め、痛み、苦しみなどを学習してゆくこととなる。

(いきることはくるしいこと…せつないこと…)
でもそれでよいのかもしれないと、鳥居は心のどこかで思っていた。
コミュニュケーションこそが人としての唯一の成長の手段なのだから。
たとえ行き先に死が待っていたとしてもそれは自然の摂理。

鳥居の母親は、我が子の命を奪うことは神様でも許さないと称し彼を吸血鬼に変えた。
そんな狂気的な感情を持った母親だが、鳥居はもう一度会いたいと思っていた。
いつかどこかで会えたらと、希望的観測を抱いていたが
そんな思いもいつかは自分の肉体と一緒に砂のようにきえてしまうことだろう。
そんなむなしさを忘れたいがために繰り返す道化芝居。嘘の現実。

ぬるり…。気がつけば頬に冷たい感触。
いつのまにか頬に擦り寄っていた白蛇の体温は
少年の腫れた頬にじんわりと染み込んでいる。

生還屋は言う。

>「とりあえず……そうだな。暴力女二匹とガキンチョ、オメーらは俺と文官のジジイとやらを探しに行くぞ。
  まっ、オメーらなら俺がいなくても余裕だとは思うけどよ。奴らに襲われたら脇腹ぶん殴ってから、横面ひっぱたいてやりゃいいんだ」

続けて、あかね

>「りょーかいやで生還屋はん。その前にもっ一発だけ引っ叩いてええ?誰が暴力女や、誰が!」

「……」
無言の少年は、そっとあかねを指差し微笑するのだ。



フーの依頼で手習所のジイさんを連れてくることになった冒険者たちは
そんなに迷うこともなく目的地へと近づいている。
しかし、あやしい。中へ、奥へと引っ張り込まれているこの感じ。

>「なーんか、嫌な予感がしやがる」
生還屋もそう感じているらしく言葉を漏らす。鳥居は鼻白んだ表情で…

「それ、やめてください。そういうことを言うから宇宙の電波みたいのが
しゅばばーって集まって悪いことが起き来ちゃうんです。言霊みたいのが…」

松明を突き出し見上げた先には生還屋の顔。彼は自分を勘が鋭いと語る。
ということは、彼の意識は阿頼耶識にでも通じているのだろうか。
宇宙万有の展開の根源「阿頼耶識」に。
鳥居は生還屋がそんな高尚な男ではないとかぶりをふって…

「なんか、すごくホラーな能力なんですけど…。未来予知とかなのかな?」
にぱーと笑いながらてくてくと夜道を歩む。そのときだった――

144 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/08/26 15:03:05 ID:???
鳥居はあかねに引き寄せられる。同時に生還屋が上体を逸らし、
獲物を掴み損ねた動死体がつんのめり倒れる。
そして目の前に繰り広げられる異様な光景。
まるで自分達の周りだけ世界が光の速さで廻っているかのようだ。

>「どうなってやがんだ、こりゃあよぉ……!」
>「どっからどう見ても道術や!このままおったらウチら、命を取り込まれるで!!」
>「こりゃ、ヤベえんじゃねえの!?おいオメーら、さっさと……!」

「逃げたら、いつかは捕まっちゃうんです!あいてに背中をみせたままじゃどうしようもない…」
少年の赤色の瞳が石炭のように煌煌と光を放つ。道術による「時の加速」は生命に関わる危機。
それは鳥居にも実感できた。

>「こんなもん自然に出来る訳ない。誰かが意図的に作っとるんや、けど誰が何のために!?」

「敵…。ぼくたちの敵?でもどうしてこんな邪魔を…」
推測するにも確証もなく、憶測も余計な不安を生み出す。
鳥居は眉根を寄せただただ怪訝な顔。

>「汝、水の眷族なる八又巳頭飯綱よ、汝の名と書の契約において、贄をうけとりて力を貸したまへ」
あかねが印を結びブルーの金貨を弾くと、フーから受け取った禍祓いの水が溢れ出し、疑似太陽へ向かって噴射される。

>「水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つや!」

「わあ、よくわかんないけどすごいです!水は火に勝ち、火は菌に勝つ?」

>「わーしもた!草が絡まって変なとこ入っ、ぎゃーっ服の下はあかんてー!誰か助けてぇー!」

「えー!?どうしよー…。犬みたいのが噛んでるけど助けるの無理みたいだし…あ!!」
風で消える松明。夜空に舞っている火の粉。

「わーい、夜空がきれいです…。でもなんかだか悲しくなってきます…。人のたましいみたいです…」
刹那、風切り音のあとに鳥居の後方で鳴る甲高い乾いた音。
斧が建物の柱に当たる音だ。動死体が武器をなげたのだ。
良く見れば、薄闇のなかで無数の刃物が光っている。

「あわわわ…どうしよう。マリーさんが夜目が利くっていっても限界があるだろうし、
あかねちゃんもたすけないとダメだし…とりあえずはこの草たちを燃やしたらいいのかな?
土地神さまが言ってたみたいに、燃えるものがなくなるほど燃やしちゃえば…」

えへへと笑いながら、鳥居は右手から梅の実くらいの炎の玉を数個、コロコロと生い茂る草むらに転がした。
それはスーパーボールのようにあっちこっちに跳ねながらあたりを燃やすだろう。

「あかねさん、だいじょうぶですか!?
それとこの道術ってやつは誰かが遠くから狙い撃ちしてかけられるものなんですか?
呪いの藁人形みたく髪の毛とかあれば時間差とかでも…。
それか、この場所に前もって術が仕掛けられていたとしたら、
この道を通ることを知っている者は限定されますよね」

とりあえずはこの異常な場所を脱出しなければならない。
しかし地図の順路から外れれば多分迷子になってしまう。
動死体を殲滅しての強行突破。鳥居にはそれしか考えられなかった。

「とぉりゃーっ!かかって来なさい不老者もどきたちー!一匹残らず焼き尽くしてあげます。
マリーさんっあかねちゃんのこととはたのみましたっ!」
鳥居は神気で炎を復活させた松明を振り回しながら暴れはじめた。
時々口からは炎の神気を吐いてちいさい怪獣のようにも見えた。

【草むらを燃やして松明を振り回して大暴れします】

145 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/26 19:14:05 ID:???
【行動判定】
鳥居の転がした炎の玉は周囲の草木を激しく燃え上がらせる。
たちまち君達の周りから夜の闇が打ち払われた。
しかし――刃の群れは既に君達の眼前にまで迫っていた。
猶予は最早幾ばくもない。
この状況を無事に凌げるかどうかは――マリーの一瞬の剣さばきにかかっている。



ところで、それとは別に。
木行は火行の力を増幅させるものだ。
よって鳥居の放った炎や振り回す松明は、容易く動死体達を焼き焦がし、仕留めるほどの威力を得ていた。

だが同時に、鳥居の炎は草木を燃やしながら、あかねにも這い寄ろうとしていた。
草に絡め取られたまま焼かれるのは、きっと、例えようもなく苦しい事だろう。
余裕があるのならこちらも助けてやった方がいいかもしれない。
無論、あかね自身がなんとかしてもいいのだが――それはあまり期待出来ない事だろう。

146 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/30 23:25:47 ID:???
何時の間にか、日が暮れていた。
太陽は街を囲む塀の彼方に沈み、地平の下からの僅かな返照が、西空にひと刷毛、茜色の棚引きを投げている。
薄墨のような宵闇の迫る街中を、倉橋冬宇子は足音を忍ばせて歩いていた。
道連れは男二人――碧眼の欧米人ブルー・マリーン。そして二度冒険を共にした武者小路頼光だ。

「いよいよ暗くなってきたねえ…
 燐狐!何やってんだい?前に出て道を照らしとくれよ!」

冬宇子は背後に浮かぶ光球を振り仰いで声を上げた。
不服そうな唸り声を上げてチカチカと点滅する光獣に、軽く肩を竦めて言う。

「……酒が切れちまったこと…まだ怒ってんのかい?仕方ないだろ、無いものは無いんだから…。
 あの状況じゃあ、使えるモンは使わないとこっちの命が危なかったんだからね。
 褒美の餌をやらなけりゃ芸をしない犬じゃあるまいし、
 いつまでもブーたれてないで、さっさと提灯代わりになってきな!」

その言葉を聞いた光獣は、抗議するような甲高い鳴き声を上げると、プイとそっぽを向き、
閃光を発して薄闇の空へと飛び去って行った。
うっすらと残る光の軌跡を見つめて、冬宇子は溜め息を吐く。

「まったく…大吟醸か本格焼酎でなけりゃ口も付けないってんだから、贅沢な獣だよ。
 まァ、そのうち、いい酒でも手に入りゃ、匂いを嗅ぎ付けてふらっと戻ってくるだろうさ。
 ……それにしてもあの道士ときたら、もう夕飯時だってのに、客を休ませもせずに
 使いっ走り扱いたァ、どういう了見なのかね…!」

冬宇子は手の中の人型符を見つめ、つい先だって別れた男の顔を思い浮かべて一人ごちた。

「どうもあの男は好かないねぇ……穏やかな顔をして、どうにも掴み所が無いったら…
 あの手の男は、何か腹に一物抱えてるような気がしてならないよ。」

道士フー・リュウは、『呪災の原因に心当たりが有るのではないか』という冬宇子の問い掛けに
あくまでも『否定』を以って答えた。
清国は複数の小国と交戦中である。
さらに近代国家としての体裁を整えるに際して、数多の民間道士を強制的に還俗させたとの噂も漏れ聞こえる。
敵国からの呪術攻撃、或いは、国体に不満を持つ民間道士の反乱の可能性。
活字と巷の噂でしか大陸の情勢を知らぬ冬宇子でさえ、いくらか憶測を語ることが出来るというのに
『全く心当たりががない』と断言してしまうフーの態度は、いかにも不審なように思えた。

そもそも冬宇子が『無言の肯定』という選択肢を加えたのは、たとえ呪災の導因に見当がついていようとも、
フーにそれを明かすことの出来ぬ事情があるのではないか、と配慮してのことだ。
常識的に考えて、戦時下にある国家の官吏が、国難に類する人災の情報を、
何処の馬の骨とも知れぬ一見の外国人に、おいそれと打ち明けられる筈が無い。
そのことを見越して『詳細は答えられぬが、原因の目星はついている』と示唆する選択肢を与えたのに、
フーは何ゆえ、これほどまで頑なに『否定』を貫くのだろうか。
単に、冬宇子達に信用が置けぬからなのか、それとも他に理由があるのか。
今のところ、これ以上強硬に質問を重ねても、真実は得られそうにない。

あたりに夕暮れ時の喧騒は無く、ひっそりと静まり返っている。
家々の扉はことごとく閉ざされ、無機質な高塀に区切られた街並みは、
異質な気配をそのままに、次第に闇の中へと沈んでいく。
ブルーの掲げる松明に照らされて、灰色の壁に三人の影が揺らめいた。

「…なんて一日だろうね…!
 干乾びた亡霊くらいしか居ない墓穴の中を見て来いってだけの依頼かと思いきや、
 動く死体がうじゃうじゃ溢れ返る『屍人の巣』みたいな街に放り込まれちまうなんてさ…
 そういやァ、今まで受けた嘆願で、まともに額面通りに終わった仕事なんてありゃしない。
 ほんと、冒険者なんてロクでもない仕事だよ。」

147 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/30 23:29:04 ID:???
散々ぼやきつつも、冬宇子には、フーの提示した条件を飲まざるを得ない事情があった。
異国の地である清国において、冒険者免許も依頼内容を記した嘆願書も、紙切れ同然だ。
即ち、依頼主たる清国政府からの承認を受けなければ、冬宇子達の身分を保証するものは何も無い。
首都機能は麻痺状態にあり、政府側の特別な配慮が無ければ、帰国の途に着くことさえ難しいであろう。
呪災により混乱に陥ったこの国で、政府関係者との繋がりを得る唯一の手段は、
知り合ったばかりの宮廷道士フー・リュウの伝手を頼るより他には無いのだ。
この細い手蔓を手放さぬためにも、冬宇子達冒険者は、フーの願いを聞き届ける必要があった。

「それにしても…この騒動に軍が絡んでるたァね…キナ臭い匂いがプンプンするじゃないか……」

『書簡を日本に届けたのは軍人』―――というフーの言葉を思い返して、冬宇子は眉を顰めた。
出発の時期から逆算して、その書簡は、冒険者招聘の依頼である可能性が高い。
たかだか遺跡調査の人員を募るための書簡を、軍人が手ずから外国に届けに行くというも妙な話だ。
しかも緊急の要件でありながら、飛行機より危険の少ない船旅を選んで送達するという慎重さ。
まるで機密文書のような扱いではないか。

「…またもや厄介ごとに巻き込まれそうだってのに、気楽なもんだよ。この男は…。」

薄気味の悪い路地を、鼻歌でも歌いそうな上機嫌で歩く頼光を見遣って、冬宇子は呟いた。
普段から『武功だ』『鹿鳴館だ』と煩いこの男、フーの話に軍の関与を嗅ぎ取った途端、俄然張り切り出した。
騒動ばかり起す厄介な男だが、蘇った祖父幽玄斎に仕込まれたのか、妖しげな木行の術を会得している。
馬鹿と鋏は何とやら。この状況に於いては貴重な戦力だ。
冬宇子は、頼光に歩み寄って軽く背中を叩き、
 
「勲功華族の子弟ってのは、揃いもそろって紳士揃い、
 婦女子を身を挺して守ってくれる西洋の騎士みたいな男なんだってねえ〜…
 ここにもか弱い女がいるって忘れないで。頼りにしてるからね。」

にっこりと微笑みかけてみせた。
気が付くと、既にとっぷりと日は暮れており、肌寒さが一層募ってきた。
夜闇の中を、重苦しい冷気が渦を巻いて漂っているかのようだ。

「夜になって魔気が増したか…?『身堅め式』を施しておいた方が良さそうだね。
 二人とも手を出して。あんたらは男だから右手をね。指をこう組んでご覧。
 ……頭の中に赤いもの…炎を思い浮かべて。」

ブルーと頼光を呼び止め、左手の中指と薬指を交差させて示して見せる。

「薬指は木行、中指は火行を表し、共に体内の『陽』を司る。
 陰と陽ってのは、どっちが正でも邪でもない。要は釣り合いの問題でね。
 片方に偏り過ぎちまうと、体は病を起し、世は災厄に見舞われる。
 冷気が『陰』の気を用いた呪詛だってんなら、
 体内の『陽』の臓器――『肝』と『腸』を活性化させることで、呪いへの耐性が出来るって訳さ。
 まァ気休め程度の効果だろうが、しないよりはマシだろう。
 ……黄帝陽符經、内奸経絡…存思発耀!」

二人の掌の上で、手印を切って呪言を唱えた。

148 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/30 23:31:53 ID:???
さて、差し当たって冬宇子達の役割は、
フーが道教寺院を離れる間、結界を維持し、現場を任せられる二人の人材を連れてくることだ。
マリー、鳥居、あかね、生還屋が、氣の使い手――フェイ老師の元へと向かい、
頼光、ブルー、冬宇子の三人は、元軍校官――ジンを訪ねていく途中であった。
地図を片手に道を行く。狭い路地を抜けると、急に開けた通りに出た。
そこはかつて、活気に溢れた市場だったのだろう。しかし今は見る影もなく荒れ果てている。
店々の扉は打ち壊され、引き千切られた露店の天幕は垂れ下がり、道のそこかしこに物品の残骸が散乱していた。

>『……これは、酷いナ』

不意に、ここには居ないはずの男の声が耳に届いた。
ギクリとして周囲を見回すと、手の中の白符がフーの姿に変化して宙に浮かんでいる。

>『やっ、驚かせちゃったらごめんヨ。でも紙切れと会話するよりかは、君達もこの方がやりやすいんじゃないかナ?』

「映し身……?!
 もう!こんなことが出来るんなら最初から道案内しれくれりゃいいじゃないか!
 人の悪い男だねえ…!」

道々フーを非難していたことを思い返して、冬宇子はバツが悪そうに顔を背けた。
そこから暫し歩くと、往来の真ん中に立つ人影がうっすらと目に入った。
体格からして男性であるようだ。
近づくにつれて、呻き声を上げて地面に転がる数人の人影も伺える。
状況から察するに、金品を強奪しようとしたならず者の一団を一人の男が打ち伏せた…という様子だった。
佇む男は、冬宇子達の接近に気づき、静かに語り始める。

>「……君達がもし、ここに何かを求めてやって来たのなら……ご覧の通り、店はどこも休業中だ」
>早くここから立ち去るといい。何も盗んだり、奪ったりせずに。

無残に荒らされた市場。灯りの点いている店など一つも無い。
松明の薄明かりに浮かび上がる男の顔には、黒々とした影が差し込み、顔付きは定かに見えない。
倒れた強盗どもに、蠢く何かが群がっている。
それらは、むくむくと膨れ上がり、

>……もし、既に君達がそれをしてしまったと言うのなら」
>「君達はもうおしまいだ。彼らと同じように」

その声を合図に、冬宇子達へと押し寄せた。

>『オ前達……ソノ松明、ドコカラ持ッテキタ?異人ノクセニ、ドウヤッテソレヲ手ニ入レタ?
>盗ンダナ?盗ンダンダナ?盗ンダンダヨナ!アァモウ盗ンダッテ事デイイヤ!ヤッチマエ!』

土色をした毛むくじゃらの子鬼だ。
何処からともなく、後から後から湧き出して、数十…いや数百体……
今や視界を埋め尽くすほどの小妖魔が、敵意を剥き出しにして、一斉に飛び掛ってきたのだ。

>「この能力は……!まさか!おい、ちょっと待ってくレ!アンタ一体何を――」

フーは男の正体に心当たりがあるのか、後を追おうとするが、映し身の体では自由が利かぬらしい。

149 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/08/30 23:33:55 ID:???
「…厄介な奴だな」
あの手この手で情報を聞き出そうとしているのだが、フーの口からは
有益な情報の類はほとんど出てこない。
本当に何も知らないように見えるが、その徹底振りから見るに怪しい。
相手は宮仕えの術者だ。
それなりに情報を持っていてもおかしくはないし、
徹底して情報漏洩を防ぐことには慣れていてもおかしくは無い
「ん〜」
マリーは唸りながら頭を抱える。
知っていると断定して、強引で暴力的なやり方に変えることができるっちゃできるが
周りに止められるかもしれないし、何よりも本当に何も知らない可能性が残っている以上
その方法を使うのは躊躇わざる終えない。
結局のところ、自分らがここで得られる情報はさっきフーの言ったことだけになりそうだ。
難しい表情をし、頭を悩ますが、ここで交換条件とはいえないがフーからの依頼を頼まれた。
「ここで有益な情報が得られそうも無い以上、やるしかないな」
他の冒険者らも乗り気らしく、二つに分かれて行動することになった。


「悪夢なら今すぐ覚めてほしいな」
生還屋が1人ごちてから一分もしない間に状況は急速に悪化する。
視界には万物が自分らを置いて破壊と再生を繰り返す様が見えるだけではなく
騒ぎを聞きつけてやってきた他の屍人の群れや、この閉じた世界に取り残された自分らを殺そうと
放たれた武具の類が迫ってくる。
こういうときに頼りになるのは、生還屋の直感ではなく、マリーのような武力でもない
同じ術者としての経験や知識を持つ者なのだが…
「迂闊だぞ!全く頼りにならないな」
見事に自滅してしまい、逆に状況が悪くなっていく
そんな中、鳥居は急成長する草に日を放ち、屍人の群れに向かっていく
「私も時間を稼ぐ!その間にこの状況をどうにかする方法を考えてくれ」
そうあかねに伝えると、マリーは目を凝らし、飛来する武器を睨む。
両手にはいつもの得物は無い。
ナイフと籠手の短剣で立ち回ることは可能ではあるが、それでは背後にいるあかねや生還屋までフォローすることが出来ない
ならば、どうするか…答えはこれだ。
「粗製ながら中々いい仕上がりじゃないか」
自身に目掛け飛んできた剣を交わすだけではなく、それを見事に掴みとる。
そして、次に飛んできた刀を剣で上に叩きあげ、落ちてきた刀を取った。
「うぉぉぉぉっぉぉぉっぉぉぉぉ」
掛け声と共に、マリーは両手の刀剣を振るい、せまりくる武具を叩き、いなし、弾き、逸らすことで
背後の2人の壁になった。
だが、これも長くは持たないだろう。
はたして、その間に打破する方法を見出すことができるのだろうか?

150 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/08/30 23:35:07 ID:???
冬宇子も術式を発動する余裕は無かった。
出鱈目に腕を振り回して、子鬼を払い落とし、身を守ることだけで精一杯だ。
と、偶然、拳に当たって霧散した子鬼から『土性』の気配が感じ取られた。

「………これは…!土精の式神かい……?それにしても何て数だよ!?」

跳ね回る子鬼を躱しながら、冬宇子は頼光に視線を送って言う。

「……いいかい?よくお聞き。こいつらは土性の妖……!
 『木剋土』―――お前の木行の能力を以ってすれば取るに足りない相手さ。土の気を吸収する術をお使い!」

子鬼の軍勢に手を焼く冬宇子を尻目に、ブルー・マーリンは獅子奮迅の活躍を見せていた。
サーバル片手に群がる子鬼を蹴散らし、騒音に引き寄せられた動死体を一閃、首を切り落とす。

>「おう、てめぇら!!、俺が先頭だ!!、道を開いてやるぜぇええええ!、俺についてこぉおおおおおい!!」

疾風の勢いで駆け出すブルーに、冬宇子は泡を食って訴えた。

「ちょ…ちょっと待っとくれ!そんなに早く走れないよ!」

和服は非活動的な衣類だ。少なくとも大股を開いて全速力で駆けるのに向いているとは言い難い。
着物の裾を絡げようと、歩みを緩めた冬宇子は悲鳴を上げた。
裾の内側に取り付いていた数体の子鬼がひょっこりと顔を出したのだ。
人語を解する使い魔は、相応の悪賢さを備えていたらしい。ケタケタ笑い声を上げて足首にしがみ付く。
バランスを崩した冬宇子は仰向けに転倒し、後頭部と背中をしたたかに打ちつけた。
地べたに横たわった身体に、子鬼どもが群がってゆく。
痛みのあまり動けぬ女を嬲るように、てんでに着物を引き裂き、
ついに一匹の子鬼が体内に手を差し入れた。


【ブルー&頼光に『身堅め』の術を施す→体内の陽の気を昂め、冷気の呪いに対する耐性UP】
【もたもたしてるうちに子鬼に足を掬われて転倒】

151 : ◆u0B9N1GAnE :12/08/31 00:35:40 ID:???
【行動判定】

>>149
マリーの烈火のごとき剣捌きは、襲い来る刃を一振りたりとも漏らさず防いでみせた。
と、弾き上げられた剣が一振り、重力の助けを得て勢いよく、あかねのすぐ傍に落ちてきた。
更に続いて、いなされた鎌が壁に跳ね返って彼女の頬を浅く切り裂く。
時たま、本当に剣が体に触れる事さえあった。
幸いにも刃筋が立っていなかった為、傷を負う事はなかったが――次どうなるか分からない。

さて、囚われの少女は一体いかなる運命を辿るのだろう。
マリーの集中力が切れるのが先か、弾かれた刃に運悪く命を刈り取られるのが先か。
足元から徐々に焼かれながら、煙で窒息死するのが先か。
それとも――同行者によってどうにかして助けてもらえるのが先か。

152 :鳥居 ◆h3gKOJ1Y72 :12/09/01 03:29:06 ID:???
動死体たちを倒すには炎が有効だ。
そのことは動死体となった操縦士を、あかねの指示で蹴り飛ばした時にすでに体感済みのこと。
それ故に少年は、無我夢中で神気を帯びた松明を振り回し、迫り来る動死体を叩き、燃やし、屠る。
夜空に響く断末魔の叫び。漂う肉の焼ける臭気。
動死体たちはグロテスクなダンスを踊りながら人の形をした火柱となってゆく。

炎によって周囲は煌煌と照らされていた。
燃える彼らを見つめる鳥居の瞳は赤く輝いていた。
その奥に戸惑いを隠しながら。
続けて建物の影から吐き出される無数の敵影。
刹那、敵の投擲した短刀が銀色の軌跡を宙に描く。
それを一瞬早く鳥居は飛び退く。

「わあ!あなたはナイフを投げるのお上手ですね。うちのサーカス団に入団してください!」
微苦笑し再び仰向けに仰け反る。
間一髪。たった今まで鳥居がいた空間を巨大な戦斧が切り裂いている。
そして鳥居は瞠目する。目の前の光景に足元から恐怖が這い上がってくる。
炎は敵の攻撃を浮かび上がらせるとともに、その多すぎる数をも露にしていた。

鳥居は深く呼吸を整えて松明を握り締める。
恐怖は去れ。心を怒りに染めろ。
人間の男ならそうするはずだ。

「たあああ!」
咆哮し敵の群れへ突進せんとする鳥居。
しかしそこへマリーが現れた。

>「うぉぉぉぉっぉぉぉっぉぉぉぉ」

「マ、マリーさんっ!!」
硬い音が響き渡る。マリーはあかねと鳥居の盾となり、
襲い来る刃から二人を守ってくれているだ。
だがそれも長くはもたないだろう。鳥居はあかねに振り返る。
目には目を、歯に歯を、道術には道術を…

「あかねさんっ!教えてください。この術を破る方法を…えっ!!?」

153 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/09/01 03:36:12 ID:???
あかねは草木に拘束されていた。周辺を燃やす炎は徐々にあかねに這いよろうとしていた。
鳥居は目を見開いた。草木が炎で焼かれているということはつまり…。

「ボクのミスです!ボクが安易に、辺りを炎で照らそうとしたからあかねさんが…。
うわああああんっごめんなさいっ!」
気がつけば鳥居は地を蹴っていた。
飛び出すと同時に落ちている刃物を拾い上げあかねの元へと疾駆。
体を反転させあかねの四肢を拘束する草木の根元を斬断する。

「自分で捲いた種は自分で刈り取ってみせます!」
そしてよたよたとふらつくあかねに肩を貸しながら
空の円陣をねめつけると、拾った枯れ枝を炎の神気で燃やし…

「紅蓮の炎よ。朱雀の宿星よ。我に力を!
天の十字となりて、敵を滅ぼせ!」
燃やした枝を宙に放り投げると、それは炎の粒(火の粉)となって飛んでゆき
十字の形を描きながら空の円陣にへばり付かんとする。

鳥居は術は使えない。しかし円陣の力を利用し、
母親から聞いていた占星術のうろ覚えの知識と見よう見まねで適当に術を考えたのだった。

「グランドクロスが生じたとき、世界に大災厄が訪れるとお母さんから聞きました。
だから炎の神気の十字架を作って、円陣が造り出しているであろうこの世界を崩壊させます」

【炎の神気で空の円陣に攻撃】

154 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/02 00:03:56 ID:???
宵闇の中、ジン救出に向かうブルー、冬宇子、頼光の三人は荒れ果てた市街地を光獣を追うように走っていた。
冬宇子がこの騒乱に巻き込まれたことを嘆き、ぼやき、軍属が関わっていることを訝しんでいたが、頼光は全く反対の感想を持っていた。
確かに屍人の巣に落ちたことは全く持って不本意だが、これに軍属が絡んでいる事は立身出世の近道に見えるのだから。
冬宇子にとってはキナ臭い匂いだが、頼光にとっては極上のごちそうの香りなのだ。

>「…またもや厄介ごとに巻き込まれそうだってのに、気楽なもんだよ。この男は…。」
そんな頼光の内心を察して呟く声もどこ行く風。
意気揚々と走る頼光に冬宇子はあきらめの境地からか、扱いを変えてきた。
>「勲功華族の子弟ってのは、揃いもそろって紳士揃い……
てっとり早く言えば懐柔なのだが、カフェで男たちを手玉に取ってきた冬宇子の手管に頼光が気付くはずもない。
自尊心をくすぐられ、女に微笑まれる事ですっかり面相を崩して答えるのだ。

「おお!あったりめえよ!西洋じゃあ騎士は竜を倒して姫を守るのが相場。
姫ってーにはとうがたっちゃいるが、武勇伝に花を添えるためにも任せておけ!
わっはっはっは!」
かなり失礼なことをさらっと吠えてしまうが、冬宇子の目的は達せられた。
しかし、頼光は冬宇子の想像の斜め上を行く馬鹿だという事をこの後知ることになるだろう。
そしてそれは冷気の呪いに対抗する呪術をかけたことを後悔するほどの事になるかもしれない。

しばらく行くとまるで暴動でも起きたかのような荒れ果てた状態の商店街。
倒れている数人の男たちと、立っている一人の男。
呻き声や行動からして動死体ではないのは判るが、だからと言って安心できるわけでもなかった。
そしてそれは一行と遭遇した男の立場からしても言えること。

>「君達はもうおしまいだ。彼らと同じように」
>「はぁ!?、理不尽にも程があるだろそりゃ!?」
「この野郎!この高貴な華族である武者小路頼光様を捕まえて盗人とは!!不敬罪だぞごらぁ!!」
男は一行を盗賊の類と決めつけ毛むくじゃらの小鬼があふれ出す。
ブルーと頼光が怒声を上げるが、男は気にした様子はない。

小鬼たちは倒れていた男たちから光の球を取出した。
それを見て頼光は本能的に悟る。
あれは命の光であり、それを抜き取られた男たちは……そう、つまりは小鬼達は人を殺したのだ。
そしてそれが敵意をもって飛びかかってくる!

>『木剋土』―――お前の木行の能力を以ってすれば取るに足りない相手さ。土の気を吸収する術をお使い!」
「じゅ、じゅつ?んなもん…あーちょっとまてよ」
男に殴りかかろうとしたところで冬宇子に呼び止められ動きが止まる。
要するにこの小鬼達は頼光の敵ではないという事なのだが、術と言われても頼光はどうしていいのかわからないのだ。
あわてて懐から手帳を出して適した種を探すのだった。

熟練度の低さはこういった切迫した場面で致命の隙になる。
手帳をめくっている間にも冬宇子と頼光に小鬼は群がってくる。
だが頼光は存在そのものが木行であり、土行の小鬼達では大したダメージを与えられないでいた。
しかし冬宇子はそうはいかない。
ブルーを追って走り出しているが、捕まるのも時間の問題だろう。
それだけでなく、倒れた男たちだった動死体や周囲にいた動死体まで集まってきた。

155 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/02 00:08:18 ID:???
もたついている頼光の耳にブルーの怒号が飛び込んでくる。
>「おう、てめぇら!!、俺が先頭だ!!、道を開いてやるぜぇええええ!、俺についてこぉおおおおおい!!」
「はぁあ?てめえ!この俺様を差し置いて!ああ、めんどくせえ!これでいいだろ!」
あわてて試験管を一つ地面にたたきつけた後、駆け出して冬宇子を追い抜いた。
それは吸精蔓。
爆発的に成長し、対象に絡みつき精気を吸い取る拘束用の呪草である。
割れた試験管から飛びだした数個の種は一気に芽吹き蔦を広げていく。

蔦は近くの小鬼達を絡め取り、小鬼の土気を吸収しその成長を爆発的に早め、動死体すらも絡め取り身動き取れないようにしていた。
吸精蔓が藪のように広がったおかげで後ろから小鬼や動死体が迫ってくることはないだろう。

相性の良さからか抜群の効果を発揮しているのだが、頼光の目に留まることはない。
それどころか冬宇子を抜き去っていく。
頼光の後ろで冬宇子が小鬼に引き倒されて嬲られているのだが気づきもせずに駆けていく。
西洋の騎士のように武勲に花を添える為にも守る。などと大きなことを言っていたが、既に頭からはすっかり抜け落ちているのだ。

今頼光の頭の中にあるのは、自分を盗人呼ばわりした男を叩きのめすこと。
そして男を倒す武勲をブルーに抜け駆けされない事だった。

軽やかなステップで小鬼を華麗に躱し、動死体を屠っていくブルーだが、味方への警戒は薄かったようだ。
追いついた頼光はブルーの襟に後ろから手をかけると、力任せに引き抜いた。
ステップの最中であったことも幸いし、ブルーは後方に飛ばされることになる。
「わははは!この俺様を差し置いて武功を立てようなんてふてえ野郎だ!
毛むくじゃらは木に弱いってーから俺の活躍するところ見てやがれ!」
振り向きもせずにブルーに言い放つとメクラ滅法に両手を振り回して暴れまわる。
術を使わずとも、というか、既に頼光自身が木行の術そのものであるためか、土行である毛むくじゃらの小鬼達は蹴散らされていく。

「おらああ!この俺様を盗人呼ばわりした男ででこいいい!!
日本の華族でこの国の救国の英雄を侮辱したことを後悔させてやる!!」
光の球を引き抜いた小鬼の姿にたじろいだものの、冬宇子に相性が良いと言われ俄然強気になっているのだ。
属性的な優位を笠に、弱いモノには滅法強くなる下卑た性格が幸いしてか頼光の快進撃は止まらない。

しかし、頼光は目先の戦いしか見えずに気付いていない。
後ろに引き抜かれて飛ばされたブルーは冬宇子のそばまで転がっていたこと。
そして今、冬宇子は小鬼達に群がられ絶体絶命のピンチであり、救いの手が必要であったことを。
本当の武勲というものが見えていない文字通り馬鹿な男の姿を。

【吸精蔓で後方にバリケードを作る】
【ステップを踏むブルーを引き抜き後ろに投げ飛ばす】
【小鬼達を蹴散らして男を探す】

156 :ブルー・マーリン ◆iB6GbR.OWg :12/09/02 10:45:03 ID:???
「フハハハハハハハ!」
笑い声を上げてまた一匹、また一匹と動死体の首をはねていく

「たぁ〜のしぃ〜!」
と、言いながら走るが

>「ちょ…ちょっと待っとくれ!そんなに早く走れないよ!」
「ぬぉ!」
キキッとブレーキをかける、そして後ろを振り向こうとした瞬間

>「わははは!この俺様を差し置いて武功を立てようなんてふてえ野郎だ!
毛むくじゃらは木に弱いってーから俺の活躍するところ見てやがれ!」
武者小路に裾を掴まれて投げだされる
「フゲッ!」
奇妙な唸り声をあげて倉橋の近くに投げだされるが

「あ・の・や・ろ・う!」
激怒して顔が真っ赤になり、放り出されるのではなく受け身をしながら銃を取り出す
「へぇ……じゃあその頑丈さを見せてもらおうか…?」
もはや怒りすぎて顔が蒼くなり、武者小路の『尻』に向けて一発撃つ!
そしてその弾丸を撃った瞬間にハッと気を取り戻す

「おい、アンタ、だい……」
転んでいる状態の倉橋に手を伸ばそうとするが

>痛みのあまり動けぬ女を嬲るように、てんでに着物を引き裂き、
>ついに一匹の子鬼が体内に手を差し入れた。
そしてそんな様子を見たブルーは、手をワナワナと震わせる、さらにギリギリと歯を鳴らし、額からは青筋がヒクヒクと動いている
「お ど れ ら 死 に さ ら せ」
その時の顔、般若にも倉橋は一瞬見えたかもしれない

そしてその体内に手を潜り込まそうとした小鬼を掴むと

少しずつ、少しずつ握りしめていき、最後には握りつぶす

「しっしっ、さっさと離れろコラ!」

と、言いながら倉橋に群れている小鬼をヒョイヒョイ投げる

「ほら、大丈夫か?、スマン、周りの状況確認してなかった」

ハハハ、と、苦笑いを浮かべながら言って、手を差し伸べるが…

「………ふつくしい…………」

倉橋の顔を少しだけじっと見るが

「ハッ!、こんなふうにしてる状況じゃねぇな、ほら、背中かすよ、言い方悪いけどさっさと乗ってくれ。
走り辛いんだろ?」

そう言うと腰を落として背を向ける

157 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/04 21:32:22 ID:???
【→鳥居、あかね、マリー:手習所への道のり、閉じた世界の中】

鳥居呪音の取った行動は、これ以上ないくらいに効果的だった。
彼は道術の知識も魔術の知識も持っていない。
出来る事はただ炎の神気を操る事。
彼が作り出した炎の十字架は、本当にただの『十字架の形をした炎』に過ぎない。

しかしこの場は今、正常ではない歪な道理によって支配されている。
例えば、ただの灰から生まれた土が鉱物を生み出すように。火行と金行がただ合わさるだけで刃が鍛造されるように。
恐らくその事が幸いしたのだろう。
鳥居が放った炎はどうやら、十字架が持つ『破魔と滅びの性質』を帯びているようだった。

炎の十字架が、空に浮かぶ円陣を直撃した。
神気と氣のぶつかり合いが衝撃音を生み出し、大気を震わせる。
それから、ぴしりと薄氷がひび割れるような硬質な音が続いた。
円陣に亀裂が走ったのだ。

同時に、君達へと放たれていた刃の雨がぴたりとやんだ。
暴れ狂う業火は潰え、草木も土も風も、打って変わって黙り込む。
静寂が訪れた。あまりにも静かで、かえって気味が悪くなる静寂だった。

「……おいおい何やったんだよガキンチョ!さっきより『もっとヤバく』なってんぞ!」

だが生還屋の上げた悲鳴混じりの叫び声が静寂を破る。

鳥居は円陣が作り出した世界を崩壊させる為に炎の十字架を放った。
確かにこの世界が滅んでしまえば、五行の異常な循環は止まる。
草木に囚われる事も、独りでに生まれ来る無数の刃に襲われる事も、あわや火あぶりになりかける事もなくなるだろう。

けれども鳥居少年の目論見には一つだけ誤算があった。
君達は今、この世界に少しずつ生命力を奪われつつある。
何故なら君達もまた閉じた世界の一部分、住人であるからだ。

そう、鳥居呪音の取った行動は、これ以上ないくらいに効果的だった。
これ以上なく効果的に――君達自身の首を絞めていた。
世界が滅びゆくのなら、その世界に生きる者達もまた滅ぶ。それが道理というものだろう。

不意に君達の背後で轟音が響く。
振り返ってみれば君達のやや後方で、見上げるほどの火柱が燃え盛っていた。
等距離に、隙間なく、ちょうど円を描くように。世界が外縁から崩落していくかのように。

と、そうしている内に、空から次なる紅蓮が降り注いだ。
再び轟音、火柱と君達との距離が確実に縮まった。

炎は生命や文明、始まりを暗示する反面で、あらゆる物を灰燼に帰す終焉の意味も有している。
君達を取り囲む無数の火柱は、閉じた世界の終わりを暗示する滅亡の炎だ。
飲み込まれればきっと骨も残らない。君達もその事を理屈抜きに、半ば本能的に理解出来るだろう。

今や君達に残された選択肢は一つだけだ。すなわち、

「おい!ボケっとしてる場合じゃねえぞ!走れ!とにかく逃げるっきゃねえだろ!」

そう、逃げる事だ。
生還屋が君達を促すように腕を乱暴に振り回す。
しかし破れかぶれといった様子ではない。
まだ生存の目はあると、彼は『直感』しているようだった。

君達は滅びの炎に飲み込まれぬよう、円陣の中心に向かって走り続けなくてはならない。
それは決して簡単な事ではない。
閉じた世界は再び、先ほどよりも更に加速して、五行の循環を再開していた。

158 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/04 21:32:43 ID:???
不意に君達の頭上に影が差す。
影の主は二体の人形。土と水から生まれた巨大な泥人形と、金と火によって生まれた空洞の甲冑だ。

泥人形は君達を捕らえようと左方から両腕を広げ迫ってくる。
もしその腕に抱きしめられてしまったら、君達の体は泥にめり込み、身動きが取れなくなってしまうだろう。
後はそのまま泥の中で蒸し焼きにされておしまいだ。

空の甲冑もまた、右方から君達へと襲いかかる。
空洞とは言えど甲冑は非常に重い。真っ向勝負で打ち倒すのは困難を極めるだろう。
かと言って中身がないのだから、関節部を刺して殺すなんて事も出来ない。
もっとも――殺す事『は』出来ないだけとも言えるが。
文字通りの鉄拳を固めて迫り来る甲冑をどう対処するのかは、君達次第だ。

だが、君達に迫る脅威は二体の人形だけではない。
前方には君達の行く手を阻むべく、地面から木行によって茨が生み出されていた。
茨はあまりに密集していて、強引に切り抜けるのは困難だ。
もし挑めば反対側に着いた頃には、君達は背丈と声以外、まるで見分けがつかなくなっている事だろう。
さりとて燃やしてしまうのも良くない。茨の道が灼熱の道に変わるだけだ。
もっとも茨の中を無理矢理駆け抜けるよりかは、一息に炎の中を突破した方がまだマシではあるだろうが。



ところで――君達は今、滅びの炎から逃れるべく、円陣の中心に向かって走り続けなくてはならない。
もしも君達の中に地図の道順を暗記していた者がいたならば、
その者は『自分達が地図に記されていた目的地に近づいている』事に気付けるかもしれない。



159 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/04 21:43:11 ID:???
【→倉橋、マーリン:夜の商店街にて】

子鬼共は倉橋の体内に手を潜り込ませていた。
マーリンが助けに戻ってきた事で最悪の結果は免れたが、
彼が払いのけた子鬼達の内の何匹かは、既に倉橋から陽の氣の欠片を抜き取っていた。
今のところはまだ、命に別状はなさそうだ。疲労や倦怠感すら殆ど覚えない、掠り傷程度の損耗で済んだようだ。
しかし――生命の一部を直に掴まれる感覚は、酷く気分の悪いものだっただろう。
僅かとはいえ確実に、文字通り命を奪われたという事実は、精神的にも良くないものである筈だ。



「――駄目ダ!戻って来イ!君一人で敵う相手じゃ……あぁ、もう!聞いちゃいないヨ!」

あろう事か仲間を置き去り、妨害してまで先走る頼光を、フーが呼び止める。
が、既に目先の戦いと武勲しか目に見えていない頼光の耳に制止の声が届く筈もない。
仮に届いていたとしても「お前じゃ敵わない」などと言われれば、頼光はかえってムキになって突っ走っていくだろう。

「おい!急いでアイツを追いかけロ!『彼』が本気なら、本当に殺されちまうゾ!」

マーリンと、彼によって救われた倉橋に、フーはそう叫ぶ。
片や置き去り、片や妨害を受け、二人からすればいっそ本当に――と、そんな考えが頭をよぎる事もあるだろう。
が、どうもフーの剣幕はそんな冗談や愚痴の通じる様子ではなかった。
心底、切実に――このままでは頼光は殺されると、フーはそう言っていた。

そしてそれは、なにも先走ったのが頼光だから、という訳ではない。
例え先行したのがマーリンであっても、誰であっても、フーは同じ事を言っただろう。
彼は更に言葉を続ける。

「五行の相性なんて関係ないんダ!彼は――」

が、彼の言葉が終わるのを待たずに、不意に君達の視界を黒い影が縦断した。
直後にがしゃん、と甲高い悲鳴が上がる。何かが上から落ちてきたのだ。
足元を見てみれば、最早原型は留めていないものの、破片の形状などから落ちてきたのは屋根瓦だと推察出来るだろう。

『ソコマデダゼ、フー。アンタガドーシテソンナモン使ッテ、コンナトコニ来テンノカハ知ラネーケドヨ。
 俺タチャナニガナンデモ、ソイツラノ命ガ必要ナンダ。邪魔スンジャネー』

君達の頭上から次に降り注いだのは、声だ。
見上げれば何匹もの小鬼が、家屋の屋根の上から君達を見下ろしていた。

小鬼達は非力だ。それこそ冬宇子ががむしゃらに振り回した手にも打ち負けるほどに。
それでも何匹かで力を合わせて、屋根瓦を蹴落とすくらいの事は出来る。
蹴落とされた屋根瓦は小鬼達より遥かに固く、防御は困難だ。
更に落下の加速も帯びて殺傷力は十分。
どこに当たっても打撲や骨折は免れない。当たり所が悪ければ、死ぬ事だってあり得るだろう。

『オメーラニ恨ミナンテネーシ、盗ミガドウトカモ、正直ドーデモイインダケドヨ。ソレデモ……死ンデモラウゼ!』

視界を埋め尽くすほどに大量の屋根瓦が落ちてくる。
更に数だけは達者な子鬼達は、同時に地上からも君達へとにじり寄っていた。

上下からの挟撃には、子鬼達の非力さを補う絶妙な連携があった。
上を防げば下から命を掠め取られ、下を防げば屋根瓦の雨に打たれる事になる。
一人では到底、それらを無事に凌ぐ事は出来ないだろう。



ところで――どうやらフーは、子鬼を使役する先ほどの男と何かしらの関係があるようだ。
子鬼達の性質についても、詳細を知っているかもしれない。
もし君達が無事に子鬼の攻勢を凌げたのなら、それらの事を聞き出しておいても損はないだろう。

160 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/04 21:45:59 ID:???
【→頼光:倉橋、マーリンから少し離れた地点にて】

>「おらああ!この俺様を盗人呼ばわりした男ででこいいい!!

小鬼も動死体も蹴散らして頼光は暴れ回り、商店街を突き進んでいく。
そのまま暫くもしない内に、彼は再び先ほどの男の後ろ姿を見つけるだろう。
男は頼光の接近を悟ると立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
またも灯りは微かに届かない。彼の容貌を検める事は出来なかった。

「……なるほど。同行者を見捨ててきたのか。君は見下げ果てた男だな」

男は爪先で数回、地面を叩く。
音はしない。代わりに数体の小鬼が地面から這い出してきて、頼光の顔面めがけ跳びかかる。
非力な小鬼達は、木行の化身とも言える頼光に傷一つ負わせられない。
負わせられないし、負わせる事を目的としてもいなかった。
単に視界を遮り、一旦足を止めさせる為に、男は小鬼を放ったのだ。
 
「だが、私にとっては好都合でもある。君のような男なら……殺してしまっても、心を痛めずに済む」

暗闇の中では視線を読む事も出来ないが、どうやら男は頼光を観察しているようだった。

「木行か。……それで、私と相性がいいと踏んで、勇み追ってきたという訳か。
 確かに、私は土行を操る。君と相性が悪いには確かだ。それにその術も、初めて見る」

男は土行を操る。それは最早隠すまでもない事だ。
そして頼光は木行を操る。操ると言うとやや語弊があるかもしれないが、とにかく武器としている。
それだけでも不利だと言うのに、今の頼光は木人――全身が木行そのものと化している。
両者の相性は最悪だ。

「だが……だからと言って、君が私に勝てるとは限らない。
 何故なら私は、相性が悪い相手と戦うのも、初めて見る術を相手取るのも……初めてではないからだ」

男が握り締めた左右の拳を大きく振りかぶって、体の前で強く打ち合わせた。
人の手はそう硬い物ではない。
互いを砕いてしまいそうな勢いで激突した両拳は、しかし何故だか、ほんの微かな音すら発さなかった。

「精々、油断しない事だ。抵抗も出来ない相手を殺すのは、心が痛む」

愚直な宣戦布告――そして男は両の拳を再度振りかぶった。
そしてまず右拳で地面を殴りつける。
瞬間、頼光の足元が大きく抉れた。ちょうど片足だけが深く沈み込むように。
見下ろしてみれば、一体いつの間に近づいたのか、二体の小鬼が地面を掘り返していた。
子鬼達は頼光に気付かれればすぐにその場から逃げて、姿を隠してしまうだろう。

土行を用いた攻撃は木人には通じない。が、だからなんだと言うのだ。
通じないのは攻撃だけだ。そう考えれば出来る事はいくらでもある。

続けざまに左拳が地を穿つ。
更に二体の小鬼が地面から飛び出して、すぐさま別々の方向へと駆け出した。

そして、一体何故だろうか。
新たに生み出された四体の小鬼は、これまでとは違ってどれも俊敏だった。
一瞬の内に頼光の足元に穴を掘ってのけたのだから、力もあるようだ。

161 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/04 21:47:13 ID:???
しかし、それでも所詮は土行の術、木人を相手に有効打は与えられない。
ただ、それは小鬼が直接頼光を狙ったのならば、の話だ。

『オイ、デカブツ!テメー、チョットバカシ木行ガ使エルカラッテ調子ヅイテンジャネーゾ!』

四匹の小鬼が再び頼光の前に姿を現して罵声を放つ。
彼らの手には鎌や短刀などの刃物があった。
悪漢達が強奪に、商店の主が自衛に使った物を拾い集めてきたのだ。
中にはすぐに見つけられなかったようで、どこからか引き抜いてきた釘を代わりにしている小鬼もいたが。
ともあれ、だ。

『テメーヲドウニカシチマウ方法ナンザ、イクラデモアンダヨ!ボケ!』

小鬼達は刃や釘を一斉に頼光めがけ蹴り上げる。
土行の式に木人を傷つける事は出来ない。
しかし今、頼光に迫るのは、単に小鬼達が起点となっただけの物理攻撃だ。
顔へ胸へと迫る閃きを凌げなければ、それなりの手傷を負わされる事になるだろう。



【→鳥居、マリー、あかね
  鳥居の狙い通り、閉じた世界は滅び始める
  外周から中心に向けてどんどん火柱が落ちてくる。その滅びの炎に巻き込まれたら死亡確実
  逃げなきゃいけないけど、巨大な泥人形と空洞の甲冑、そして茨の隔壁が皆の行く手を阻む

 →マーリン、倉橋
  上からは屋根瓦の雨、下からは同時に迫る子鬼達。一人で両方対処すんのは無理そう
  余裕があればフーから情報収集可

 →頼光
  片足分の落とし穴発生→悪漢達が使っていた刃物で攻撃
  単なる物理攻撃として捉えても、金剋木の攻撃として捉えても、どっちでも可です】

162 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/05 22:37:23 ID:???
「ぎゃははは!俺様無敵いいぃぃ!」
属性相性で圧倒するのを良い事に、毛むくじゃらの小鬼を蹴散らしていく頼光。
有頂天となったその後方ではブルーの怒りと冬宇子の危機が渦巻いていたのだが気づくわけもなし。
その動きを止めたのはブルーの一発の銃弾だった。

銃とはいえ、小さな鉛の弾である。
しかも当たった場所はお尻。
綿を仕込んだドテラ越しの上、木人化した頼光にダメージを与えるには少々心もとないはずだったのだが。
と大きな叫びと共に尻を押さえてエビぞりになっていた。
「ごらああああ!てめえ!間違えたじゃ済まねえぞこのやろお!!」
振り向いて怒鳴るのだが、頼光の怒声よりインパクトのあるものがブルーや冬宇子の目に映るだろう。
それは着物の裾からボタボタと落ちる塊。
一瞬脱糞を疑うかもしれないが、そうではないことはすぐにわかるだろう。

「ちっ。この俺様に弾を当てたことをあとで後悔させてやるからな!
俺がさっきの無礼な男をぶちのめすまで冬宇子を守ってやがれ!」
ブルーが冬宇子に群がる毛むくじゃらの小鬼を蹴散らすのを見て、文句を後回しにした頼光。
背中を貸すような体制のブルーに吐き捨てて自分を盗人呼ばわりした、そしてこの小鬼達の首魁を倒すべく走って行ったのだ。
その走っていく後姿は勢いでドテラがたなびき、破れた着物のお尻の部分に見えたものは。
木人化しているにもかかわらず、そこだけは人間のつるりとしたお尻が見えていたのだから。

つまり、先ほどの脱糞のように見えたものは、鉛玉が当たり頼光を覆っている木が剥がれ落ちたものなのだ。
土剋木により土に属する小鬼に圧倒的な強さを持つのと同じく、鉛玉、すなわち金に属する攻撃によって木人化が崩壊する。
すなわち金剋木が表れており、頼光の近い将来を暗示していた。
頼光の耳には届かなかったフーの現身が懸念した通りの。


しばし駆けたのちに男に追いついた頼光。
追い詰められた(頼光視点)にも関わらず落ち着き払う男の態度は頼光の癇気に触る。
>「……なるほど。同行者を見捨ててきたのか。君は見下げ果てた男だな」
「こんのっわっぷ!?」
言い返そうとしたとたんに地面から飛び出してきた小鬼が頼光の顔に張り付いた。
暗がりの中突然の下からの攻撃に避ける間もなく顔面に張り付かれてしまう。
しかし今の頼光がダメージをこうむることはない。
ただ視界が遮られただけ。
それも小鬼を引っぺがすわずかな間の事だ。
そう、男の狙い通りに。

>「精々、油断しない事だ。抵抗も出来ない相手を殺すのは、心が痛む」
「あー!?まだいうかこの野郎!この俺様を舐めたお前がぶちのめされるんだよ!」
それぞれの戦闘開始の口上と共に一歩踏み出した頼光が突如として崩れ落ちた。

踏み出したその先に地面はなく、太ももまですっぽりとはまり込んでしまったのだ。
「な!?あ!この!なんだこりゃ!?ありゃ、なんか気持ちいい?」
飛び出ていった小鬼を腕を振り回して叩こうとするが、右足は太ももまで穴にはまり、左足はその高さに合わせるために膝をつく。
バランスが崩れた状態も這うような体制では当たるはずもなく、更に今までの小鬼とは違い俊敏さを持つそれは軽々と頼光の拳を避けていった。

そうしているうちに更に二体の小鬼が現れた。
四体になった小鬼は手に鎌や短刀を持ち頼光に罵声を浴びせて近寄ってくる。
「お!?おおお?ちょ、まてこら!あれ?抜けねえ!」
慌てふためく頼光が穴にはまった足を抜こうとするがうまく抜くことができず、その間にも小鬼達は手に持った武器を振り上げる。
>『テメーヲドウニカシチマウ方法ナンザ、イクラデモアンダヨ!ボケ!』
「ちょ、ま、まてまて。おわああああ!ぎゃあああああああああ!!!!」
碌に身動きの取れない頼光になす術はなく、一方的に嬲られることになる。

頼光の悲鳴は少し離れたブルーや冬宇子にも届くだろう。
急いで駆け付ければボロキレのようになったドテラと散らばった木の破片。
そして人の部分が多くなった傷だらけの頼光とそれに群がる四匹の小鬼を見ることができるだろう。


163 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/08 02:20:59 ID:???
>>156 >>159 >>162
遠くに祭囃子が聞こえる。
倉橋冬宇子は暗がりの中の一本道を、ひとりで歩いていた。
振り返ると、祭会場を彩る灯りが、ぼんぼり程の大きさに固まって見える。
月の無い闇夜でありながら足元がほんのりと明るいのは、参道に連なる提灯の灯が幽かに届いているからだろう。
祭りの後の酔いどれ。
華やいだ気分を引き摺りながら、ふうらりと道を進んでいく。
この道は何処に繋がっているのだろう。
歩むにつれて、祭囃子は小さくなり、背後の灯りは遠ざかっていく。
道を行けば次第に闇は深まり、いつしかの鼻先も見えぬ冥濛の闇に足を踏み入れることになるだろう。
闇の中に拡がるのは広漠たる不毛の土地か、抜け出ることの出来ぬ樹海か。それとも絶壁の断崖か。
いずれにしろ、待ち受けているのは、緩慢な破滅だった。
それでも冬宇子は、この道を行くしかない。
他に道を知らぬし、引き返しても戻った頃には、きっと祭りは終わっている。
さりとて、別の道を探す為に、藪を掻き分けて足掻く勇気も無かった。
破滅の訪れが避けられぬのなら、せめて、今はこのまま、浮かれ気分に浸っていたい。
そんなことを考えながら、ゆっくりと歩いた。

冬宇子は思う。
まるで自分の生き方のようだ―――と。
来るべき運命から目を背けて、立ち向かう事も無く、逃がれることも出来ず、手をこまねいて破滅を待ちながら、
刹那の享楽に身を任せて日々を送っている。
千変万化な大正の世。
刺激に充ちた帝都では、求むべき『幸福』には事欠かない。
鰐皮のハンドバッグに夜会用のイブニングドレス。シィズンごとに流行の変わる着物。
手に入れても、手に入れても、新しい幸福の種は尽きない。
しかも、それを追い求めているうちは、決して『不幸』にはならないのだ。

一本道を行く。
いつもは無視できるはずの恐怖が、何故だか今日は去らない。やけに不安が募っていく。
闇の中、歩く冬宇子の脳裏に浮かんでは消えるのは、母の面影だった。
冬宇子を宥める顔、叱る顔。方術を仕込む時の厳しい表情。
精神の最奥で見た、亡き父に寄り添い赤子を抱く、若き母の幸福に満ちた顔。
そして、いまわの際の惨めに痩せ衰えた、あの顔―――――!

共に旅歩きをした幼い日。母は冬宇子にとっての全てだった。
今でも母への憧憬と思慕は少しも色褪せることは無い。しかし同時に、冬宇子は母を畏れてもいた。
心の何処かで望んでいるのではないか。母のように愛おしい者を得て慈しむ者になりたいと。
けれども、その先に待ち受けているのが、母のような悍ましい死に様だとしたら……?
それは冬宇子にとって、考えるだに怖ろしい未来であった。

母のようになりたいのか、なりたくないのか、それが判らない。
行く先が判らない。生き方が判らない。
逡巡する脳裏に、幼い少女の泣き声が響いた。

――――嫌!嫌!お母さん!!それを開けないで!その箱を開けちゃ嫌――――!

そういえば、『あのこと』に関しては、母はことさら厳しかった。
無情にも箱は開かれる――――――

その瞬間、視界に光が射し込んだ。

*     *     *

164 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/08 02:23:04 ID:???
瞼を開くと、視界に飛び込んできたのは、碧い瞳だった。
その碧眼と彫りの深い顔立ちは、何処か見知った男の面影を思わせる。

森岡草汰―――――――?
いや、違う――――……!

愚直なほどに真っ直ぐで、迷いの無い、力強い眼差し。
これは、森岡や冬宇子のような鬱屈した人間には決して出来ない目だ。
徐々に明瞭になる意識の中で、冬宇子は落胆とも安堵ともつかぬ想いを抱き、溜め息を吐いた。

>「ほら、大丈夫か?、スマン、周りの状況確認してなかった」

ブルー・マーリンに背中を支えられて上体を起すと、周囲を取り巻く土色の子鬼が目に入った。
ブルーの怒気に気圧されたように少し距離を置き、下卑た表情でこちらの様子を伺っている。
冬宇子は漸く思い出した。
足を掬われて転倒し、子鬼どもに好き勝手に身体を蹂躙されていたことを。
子鬼の鋭い爪に毟られて、着物のあちこちが破れ簾のように垂れ下がっている。
所々襦袢まで引き裂かれていて、素肌が露わになっている部分すらあった。

>「ハッ!、こんなふうにしてる状況じゃねぇな、ほら、背中かすよ、言い方悪いけどさっさと乗ってくれ。
>走り辛いんだろ?」

にわかに、羞恥と怒りが込み上げてきて、冬宇子の顔は朱に染まった。
ブルーの差し出す上着を奪うように羽織ると、向けられた背中に飛び乗って叫んだ。

「あの馬鹿男……覚えておいで!
 トウの立った女一人守れずに、なァにが西洋の騎士だよ!!
 ほら、土精使いの男を追って!早く!!
 畜生!女を侮辱するとどうなるか、目にモノ見せてやる!!」

>「五行の相性なんて関係ないんダ!彼は――」

フーの映し身である紙人形が、耳元で何やら喚いている。
走る男の背に揺られながら、冬宇子は片方の手で、間近を浮遊する紙人形を、ぎゅう、と握り締めた。
鵺との戦いの際に封印を解いて以来、感情が昂ぶると、裡に眠る外法神が無意識に頭を擡げてくる。
怒り狂う冬宇子の身体からは、禍々しい霊気が滲み出していた。
フーの本体が映し身と感覚を共有しているのならば、握力と禍気で苦痛を感じたかもしれない。

「焦らすんじゃないよ!!
 あの土精使いとどんな関係なのか知らないが、あんたは奴の『能力』を知ってるんだろ?
 人語を解する式神を従えるのは高位の術士ですら難しいってのに、
 あんなべらぼうな数を一度に扱うなんて尋常じゃないよ。
 さっさとお言い!!!
 あの子鬼どもは何なんだい?あの力には、何か秘密があるんじゃないのかい!?」


【時間軸:頼光&謎の男を追っかけている途中】
【フーに男の能力について質問】

165 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/08 20:44:23 ID:???
【行動判定】

倉橋が映し身の符に手を伸ばし、掴み取った。

「ぎゃあ!?……おいおい!もうちょっと丁寧に扱っておくれヨ!破れたり術が飛んだら……」

乱暴な手つきに加えて彼女から滲み出る禍々しい霊気に、フーが悲鳴と抗議の声を上げる。

>「焦らすんじゃないよ!!
 あの土精使いとどんな関係なのか知らないが、あんたは奴の『能力』を知ってるんだろ?
 人語を解する式神を従えるのは高位の術士ですら難しいってのに、
 あんなべらぼうな数を一度に扱うなんて尋常じゃないよ。
 さっさとお言い!!!
 あの子鬼どもは何なんだい?あの力には、何か秘密があるんじゃないのかい!?」

けれども倉橋の狂暴なまでの剣幕が、彼の抗議を完膚なきまでに制してしまった。
どの道周りには未だ夥しい数の子鬼がいる。無駄口を叩いている暇はない。
だがこの状況、倉橋の問い全てに答える時間もない。
伝えられる情報は、精々一つだけだ。

「……っ、あぁもウ!いちいちおっかないナ!そりゃあるサ!秘密のない力なんてあるもんかヨ!
 でもまずは奴らをどうにかするのが先だロ!」

「とりあえず、数に臆しちゃ駄目ダ!アレは元々あんな風に粗製濫造するものじゃなイ!
 実際ちょっと小突いただけで消し去れただロ!
 君も術士の端くれならこの程度、ちゃっちゃと祓えなくってどうするんだヨ!」


【状況が切迫している為、得られたのは当座凌ぎの情報のみです
 小鬼は数ばっかりで超弱っちいんだぞ。これくらい祓えるだろ、とフーが倉橋に発破かけました
 現状をどうにか切り抜ければまた新たな情報が得られる事でしょう】


166 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/09/08 22:30:26 ID:???
>「あの馬鹿男……覚えておいで!
 トウの立った女一人守れずに、なァにが西洋の騎士だよ!!
 ほら、土精使いの男を追って!早く!!
 畜生!女を侮辱するとどうなるか、目にモノ見せてやる!!」

「うおっ!」
さすがに飛び乗られては重さを支えきれず、片膝をつく

「くっ、やっぱり女はこれくらい気が強くなきゃあな!」
と、ニヤリと笑う

>『オメーラニ恨ミナンテネーシ、盗ミガドウトカモ、正直ドーデモイインダケドヨ。ソレデモ……死ンデモラウゼ!』
「フッ!」
その落ちてきた瓦を『蹴り返す』
しかも倉橋を持ったままでだ、すごい平行感覚だ…

そして他にもくる瓦を『ずべて蹴り返す』
そしてその内のいくらかはある場所へ向けて蹴る
そこは…

>「ちょ、ま、まてまて。おわああああ!ぎゃあああああああああ!!!!」
「足手纏いになるんじゃねぇよ」

と、呆れ顔でそういうと、その武者小路の上にいる小鬼を正確に瓦を当てる

「うっしゃあ!、飛ばすからな、振り落とされるなよ!」
そう倉橋にいうと、全力で走り出す

振ってくる瓦を時には避け、時には蹴り返して、自分には当たっても倉橋にはあたらないようにしている

しかしその表情はとても楽しそうだ

167 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/09 16:25:56 ID:???
【行動判定:→マーリン】

君は見事なまでの体捌きを見せた。
君は海賊だ。きっと人生の殆どを船の上で過ごしてきたのだろう。
常に不規則に揺れる船の上で育ち、戦ってきた君は、相応に強靭な足腰と平衡感覚を持っているらしい。
君がもし万全の状態ならば、降り注ぐ屋根瓦を一つ残らず躱す事すら出来ていたかもしれない。
君が、背負った倉橋を庇おうとさえしていなければ。

落下による加速を得た屋根瓦は君の肉体に打撲や、運が悪ければ骨折をもたらす事だろう。
君がいかに我慢強くとも、肉体の損耗は体力の損耗を呼ぶ。
呪いを帯びた冷気が漂う中では体力の回復も遅く、痛みもいつもより長引く筈だ。

けれども、君は見事な働きをした。
君が身を挺して庇ったおかげで、倉橋は傷らしい傷も負わずに済んだようだ。
また頼光も、きっと危機を免れるだろう。

だが、あまり無茶をするものではない。
まだまだ冒険の終わりは見えないのだ。
もし君が道半ばにして力尽きてしまったら、動死体と化してしまったら。
君の最も近くにいる獲物は、二人の同行者なのだから。


【マーリンは屋根瓦の直撃を何度か食らいました。
 きっとダメージを受けた事でしょう。痛みが後を引く打撲や、骨折を負う可能性もあります
 マーリンがどれほどのダメージを受け、どの程度の怪我を負うのかは、マーリンさん自身が決めて下さい】


168 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/09/09 20:54:56 ID:???
窮地は続くよ、どこまでも。現実逃避するあかねの脳裏にその言葉が浮かんだ。

「んぎぎっぎぎ!離、れ、んかーーい!」
草は意思を持つかの如く、執拗にあかねの肢体に絡みつく。鬱陶しいこと女々しい男の如しだ。
食い千切ろうと躍起になってた敏も疲れ気味だ。ペースが圧倒的に落ちている。

>「わーい、夜空がきれいです…。でもなんかだか悲しくなってきます…。人のたましいみたいです…」
「詩人みたいなコト言っとる場合やないやろ! っいだあーーっ!?敏なにすんね……」

場違いな発言をかます鳥居に突っ込みを入れた刹那、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
敏が跳び上がってあかねの髪を力任せに引っ張ったが故に、首がありえない程逸れた故だ。
涙目で文句を言いかけたが、直後に鎌の切っ先が頬を掠めていき、みるみる顔の血色が失せた。
敏が首ごと髪を引っ張らなければ、今頃生首一丁が出来上がっていただろう。

「ってぎゃー!またなんか来よるぅーー!?」
>「とぉりゃーっ!かかって来なさい不老者もどきたちー!一匹残らず焼き尽くしてあげます。
  マリーさんっあかねちゃんのこととはたのみましたっ!」

屍体達に勇猛果敢に立ち向かう鳥居。立ち替わるように、マリーがあかねの前に立つ。

>「私も時間を稼ぐ!その間にこの状況をどうにかする方法を考えてくれ」
「そ、そんな事言われたってーー!か弱い乙女にどーしろっちゅーねーん!!」

弱音をぐだ巻くあかね。頼られた所で情けない態度をおっぴろげるのみである。
そうしてる間にもマリーは雄たけびを上げ、刃物を次々と叩き落していく。
だが脅威はその破者達だけではない。本当の恐怖は足元からやってくる。
赤々と燃える炎が這うように忍び寄り、あかねに絡みつく草木へと燃え広がっていく!

「あっ……あ゛あ゛ああーーーーっ!」

足首にねっとりと絡みつく熱に、堪らず悲鳴。じゅうじゅうと音を立て、煙を上げる。
草がぶ厚く絡みついていた故か、いち早く気付いた鳥居が、目にも留まらぬ速さで草の拘束を解いたためか。
あかねの皮膚は軽く炙られた程度で済み、またそれ以上火炙りになる未来は逃れられた。

>「ボクのミスです!ボクが安易に、辺りを炎で照らそうとしたからあかねさんが…。
  うわああああんっごめんなさいっ!」
「え、ええねん。元はウチがヘタこいただけやし……あんがとね、自分」

鳥居に肩を貸されるがままにもたれかかり、あかねは黒い瞳を見開いて空を仰いだ。
英国で修行をしていた際に、あかねの師匠とも呼ぶべき男から幾つもの魔術を教わった。
器量不足故に実践することは出来ないが、それでも多少なり知識はある。

「こりゃ、もしかすると元々≪誰かを引っ掛ける為の罠≫なんやないかと思うねん。
 落とし穴みたいにあらかじめ術式張っといて、≪ここに来た誰か≫が領域に入った瞬間に発動……ありえん事やないね」

それを仮説として打ち立てるならば、一つ疑問が生じる。

「だとして、一体『何の目的で』『誰を引っ掛けようと』しとったんや……?」
>「紅蓮の炎よ。朱雀の宿星よ。我に力を! 天の十字となりて、敵を滅ぼせ!」

ようやく冷静になりかけたあかねの頭上に、花弁のように舞い昇る火の粉。
綺羅星の輝きにも似た四つの輝きは、十字を型どり、天上の円陣へと直撃する!

169 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/09/09 20:55:26 ID:???

>「グランドクロスが生じたとき、世界に大災厄が訪れるとお母さんから聞きました。
  だから炎の神気の十字架を作って、円陣が造り出しているであろうこの世界を崩壊させます」
「グ、グランドクロス……って、それヤバイんちゃう……!?」

鳥居に知識は無いだろうが、あかねはそれを聞いて顔色を更に蒼白とさせる。
グランドクロスは占星術におけるアスペクト(天体が織り成す諸々の角度、つまり座相)の一つ。
二つの天体が地球を挟んで互いに反対側に位置することを衝。
ある星と地球、別の星を繋げた角が直角になる事象を矩と呼ぶが、一番不吉な星の配置とみなされている。
要点から言えば不吉極まりないのである。
世界の危険が危ないとかそんなチャチなものではない。危険がデンジャラスで危機一髪である。
それが何を意味するか。崩壊を約束された世界で、静寂に包まれた一瞬は、嵐の前触れのようだった。

「世界ぶっ壊すて……だって、『まだウチらもその世界の中にいる』やないの!!」
>「……おいおい何やったんだよガキンチョ!さっきより『もっとヤバく』なってんぞ!」

あかねと生還屋の悲鳴が重なる。刹那、後方に撃ちあがる火柱。
『崩壊』が始まってしまったのだ。激痛も忘れ、あかねは必死の形相でマリーと鳥居の手を取った。
命の危機に晒され続けたことで、彼女の中に「本能」が芽生え始めた。
生き残る為の本能、生存本能、生物の持つ「生き残り続ける為の最良の選択肢を取る」能力が僅かながらに!

>「おい!ボケっとしてる場合じゃねえぞ!走れ!とにかく逃げるっきゃねえだろ!」
「真ん中や!!とにかく中心に向かって逃げるんや!」

敏が金切り声を上げた。走って逃げるあかね達の頭上を覆う影。
五行の世界で創られた二体の追手が、逃がすまいとばかりに迫ってくる!

「三人とも、そいつ等に命なんてあらへん、真っ向から向かうだけ無駄や!手と足を狙って!追いつかれたら最期やで!」

ぱ、と不意に掴んでいた手を離し、前方を見据えた。まるで鋼鉄の処女の如く、密生した茨が行く手を阻んでいる!
野兎でもくぐり抜けられないような殺意の壁を見上げ、あかねは鳥居へと振り返る。

「鳥居はん、あんた炎出せたよな?こんなん燃やす位、朝飯前やよね?」

確認するように問い掛け、あかねは再び巻物を開き、フーから貰ったあの水を手に持った。
巻物がまたも「八又巳頭飯綱」の名を連ねた。刹那、ゴボゴボとあかねの水が水嵩を増していく。
水の力を借りて、薄い水の結界を張る事で火から身を守る『水膜』の術。
それは彼女の水に含まれた禍払いの力が霧消する事を意味していた。しかし、彼女は迷いなくその言葉を吐き出した。

「鳥居はんがこの茨焼き払って道作ったらば、ウチが術で炎からアンタら守ったる!そんでもって、こんな糞みたいな世界からオサラバやでぇ!」


170 :名無しさん :12/09/13 20:25:46 ID:???
鳥居が生み出した炎の十字架は、空に浮かぶ円陣に直撃した。
手ごたえはあった。薄氷が割れるような音がした。たしかに円陣は破壊された。
鳥居の勝手な予定では、これで皆が助かるはずだった。

しかし―

>「世界ぶっ壊すて……だって、『まだウチらもその世界の中にいる』やないの!!」
>「……おいおい何やったんだよガキンチョ!さっきより『もっとヤバく』なってんぞ!」

「そ、そそそそんな…。それなら早く外にでましょう。
もっとヤバくなってるのは気のせいです!気のせい気のせい…っ!!」
語尾が上擦る。冷や汗がつたる。

続いて轟音。鳥居はびくんとなって耳をふさいだ。
カタカタ震えながら空を見ると、空中の円陣は、
外周から中心に向けて火柱を落とし続けている。

「…はわわわ、ごめんなさいお母さん。ぼくはここで死ぬかもです」

>「おい!ボケっとしてる場合じゃねえぞ!走れ!とにかく逃げるっきゃねえだろ!」
>「真ん中や!!とにかく中心に向かって逃げるんや!」
諦念で頭がいっぱいだった気持ちを鼓舞する生還屋とあかね。
鳥居はかぶりをふって思考を正常に戻す。

「中心?ってことは円陣の真ん中に逃げるの?
あっ!このまま円陣の中心に向かえば、フェィって言う文官のおじいさんがいて、
ボクたちの助けを待っているはずです。地図ではそうなってたはずです。
女性は地図が読めないってよくいいますけど、そうですよね?マリーさん」
鳥居は、迷子になるのが怖かったので順路を覚えていた。知っていれば単純な道。
でもこのままではフェイもろとも鳥居の炎で焼死とか、ちょっと洒落にならない。

(これってもう詰んじゃってます…。やっぱ死ぬかも。でも…)

走り続ける。刹那、敏の金切り声。迫る巨影。

>「三人とも、そいつ等に命なんてあらへん、真っ向から向かうだけ無駄や!手と足を狙って!追いつかれたら最期やで!」

「わかりました!ぜんっりょくで逃げさせていただきまーす!!」

こける鳥居。

>「鳥居はん、あんた炎出せたよな?こんなん燃やす位、朝飯前やよね?」

「朝飯前ですけど、僕、まだ夕食もたべてません。
これが終わったら、美味しい手料理がたべたいです。みんなでいっしょに!!」
歯を食いしばって立ち上がろうとする。左右からは泥人形と甲冑が迫る。

>「鳥居はんがこの茨焼き払って道作ったらば、ウチが術で炎からアンタら守ったる!そんでもって、こんな糞みたいな世界からオサラバやでぇ!」

「そうです。オサラヤバー!!」
炎の神気を燃やす。いまだかつてないほど全力で。
立ち上がって巨大な火の球を茨の壁へと放出する。
その間迫る泥人形も甲冑も鳥居は気にすることはなかった。
「こぷっ!」
口から血が溢れる。使いすぎた神気が、鳥居をかつての病弱な子供に戻しつつあった。

【茨の壁に巨大な火球を放出】

171 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/14 19:57:09 ID:???
【行動判定】

尾崎あかねは既に水膜の術を使う準備を始めていた。
鳥居呪音は茨の道を焼き尽くす事に全力を注いでいる。 

つまり双篠マリー ――君はたった一人で、迫る二体の人形を対処しなくてはならない。

最早眼前にまで肉薄した泥人形の腕が血を吐いた鳥居に伸びる。
泥の四肢は太く、また粘っこい。
生半可な斬撃では切り落とす事は出来ず、半ばで刃を食い止められてしまうだろう。

空洞の甲冑も僅かに遅れて、君めがけて拳を振り下ろす。
尾崎あかねは手足を狙えと、そう言った。
けれども相手は命なき甲冑。ただ手足を狙ったところで弾かれるか、刃が駄目になっておしまいだ。
襲い来る甲冑を止めるには、ただ苛烈なだけの斬撃では不足。
自在に刃を操る技巧が必要となるだろう。

172 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/14 22:41:02 ID:???
ブルーが頼光を視界に納め、蹴り飛ばした瓦は小鬼達を散らせることに成功した。
冬宇子を背負い降り注ぐ瓦から庇いながら、離れた頼光を救う離れ業を見事にやってのけたのだ!
その為に払った代償は屋根瓦の直撃。
冷気の呪いが蔓延するこの場においては僅かな傷でも致命に繋がりかねない。
だがその傷を頼光は知る由もない。
攻撃は途中で止んだとはいえ、頼光もまた多くの傷を負ってわめくのに忙しいのだから。

「おぎゃあああ!いてえええ!くそおお!もっと早く助けに着やがれ!
血が出てるじゃねえか!医者はどこだああ!」
ナイフや鉈、釘などの鉄器による攻撃を受け、ほとんど木人化が解けてしまっている。
木人化が解けた部分は普通の人間と変わらず、刃物で切られれば皮膚は裂け血は吹き出す。
十分に重傷、そして処置を誤れば死に至る傷である。

にもかかわらず、頼光は元気に喚き散らしている。
「くそおお!ぶち殺す!この俺様をこんな目に…!?
あ、あれ?足が抜けねえええええ!おい!ブルー!って、使えねえええ!
どうすんだこれえ!?」
見た目の傷とは裏腹に、頼光は復讐に燃え四匹の小鬼を、そしてそれを操る術者の男を小鬼を通して睨むように吼えるのだ。
起き上がろうとするも、落とし穴に嵌った足が抜けずに体勢を崩してしまった。

小鬼達はそれを見て好機と思うだろうか?
焦る頼光が先ほど恩知らずな台詞を吐いたブルーに節操もなく縋ろうとするが、負傷しとても助けになるとは思えず、さっそくまた傲慢な台詞を吐きだしている。
だが状況はそれどころではない。
足が抜けずに身動きとれず、助けも期待できない。
小鬼達も倒されたわけではなく、先ほどの危機がもう一度、繰り返されようとしているのだ。
ここに至り、愚鈍で危機感の欠如した頼光の脳裏に【死】がよぎった。

「ウソだろ?この俺様が?武勲も立てずにこんな化け物に殺される!?
い、いやだああああああああああーーーー!!!!」
泣き叫びながら足掻くのだが、足はずっぽりと穴にはまってしまい全く抜ける気配がない。
だが、その中で傷が徐々に塞がっていくのに頼光自身は気づいていない。
それと引き換えに、術の心得がある者は感じるかもしれない。
周囲の土気が急速に衰えていく事を。

呪いの冷気が蔓延するこの場で重傷を負ってなお、元気に喚き散らせるその訳を知ることになるだろう。
頼光を中心として冬宇子を背負うブルーを含む範囲一帯に夥しい蔓が地中から顔を出すのだ。
いや、それは蔓ではなく、根である。
落とし穴に嵌った頼光の足から根を生やし、地中の土気や養分を吸い生命力に変換して攻撃に耐えていたのだ。

それがいま、最大限の生命の危機を感じた頼光に呼応し、その能力を過剰なまでに発揮しているのだ。
近くにいる小鬼達も油断すれば絡め取られ頼光の精気となるべく吸い取られてしまうだろう。
周囲の土気を吸い尽くすほどのそれは相侮を成す。
根の多さ勢いは木剋金を覆し木侮金と成り果て、鉈や短刀で切りつけても追いつかないのだから。

この凄まじい大技をやってのけた当人はというと、来るであろう小鬼達のもたらす【死】を防ごうと亀のように丸く待って蹲っている。
そう、まだこの状況を知りもしないのであった。

【助かったけど負傷中。恩知らずに喚き散らして死を察する】
【死に直面して生存能力最大限に発揮。周囲の土気を吸い尽くして根がそこら中にうにょにょ土気を求めて這い出す】

173 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/09/15 21:44:42 ID:???
もうすぐ武者小路のところまで来たところでふと自分の状態を見る

(幾らか打撲したな…場所が太もも辺りでよかった、腕をやられてたら戦えねぇし
足ならこの程度の打撲じゃなんともねぇからな)

そう思うと武者小路の所まであと少しになる
そこで見たものは

>「くそおお!ぶち殺す!この俺様をこんな目に…!?
あ、あれ?足が抜けねえええええ!おい!毛唐!って、使えねえええ!
どうすんだこれえ!?」

喚き散らす武者小路の姿だった

「…ったく、自分優先だからこうなるんだ…」

と、あきれたように言うが

>「ウソだろ?この俺様が?武勲も立てずにこんな化け物に殺される!?
い、いやだああああああああああーーーー!!!!」

(ん?)
一応そういったものは使えなくても感じることはできるブルーは気づく

(へぇ…土壇場で実力を発揮するタイプか、よし、こいつはこのままにしておこう)

そう考えると倉橋をゆっくり降ろす

「悪いなアンタ、すまないがこのへんで、後は歩けるだろう?」

そういいながら拳銃を取り出す

「…隙ができているな、今がチャンスだ」

少し戸惑った様子を見せる男に狙いをつける

「…あたってくれよ」

小さくそういうと、男にむけて4発、弾丸を放つ、場所は、右手、右足、左手、左足の四肢だ

【倉橋さんを武者小路の近くに降ろして弾丸を男の四肢に向けて放つ】

174 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/09/18 21:54:27 ID:???
いくらマリーとは言え、所詮人の子である以上限界はある。
まして、呪いと結界の効果で体力の消耗が加速している中で激しく動いていれば
限界が訪れるのも早い。
剣を振るうマリーの表情は、明らかな疲労の色が見え、加えて
唇が青く染まり、吐く息も白くなっている。
心身ともに限界が訪れかけているのを悟った瞬間、鳥居のグランドクロスが円陣を焼き
眼前まで迫っていた武器はまるで糸が切れたかのように落ちていった。
「…終わっ」
そう呟きかけた瞬間、生還屋が叫ぶ
悪夢はまだ終わってはいなかった。

迫る火柱、立ちはだかる泥と甲冑の巨兵、目の前を阻む茨の壁
息つく間も絶望する間もない。
そうこうしている間にも、鳥居が茨の壁に火をつけ、あかねが火柱から身を守るための
術を行使している。
自ずとやらねばならないことが理解できた。
「なんでこう殺せない奴と戦うことになるのかな」
呼吸を整え、巨兵と対峙する。
体力的にも、条件的にも目の前にいる敵を倒すことは不可能だ。
だが、手が無いことはない。
意を決し、マリーは泥の巨兵に肉薄し、渾身の力でもって鳥居に伸ばした腕を切りつける。
刃は腕を断ち切れこそしなかったが、斧で切りつけられた木のように自重に耐え切れず、折れ曲がるハズだ。
仮に予想が外れたとしても、次の行動がうまくいけば取り返しがつく。
腕を切りつけた後、すぐさま、甲冑の巨兵に視線を向けた。
邪魔者を排除しようと振るわれた拳が迫るのを確認すると、今度は力任せにではなく
繊細な剣捌きで、拳の軌道を泥の巨兵に向うように逸らした。
泥と甲冑、どちらの力が優れているかわからないが、考えうる限りならば
どちらが優れているとしても、脱出までにお互いの行動を阻害することはできる筈だ。

175 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/09/18 21:56:44 ID:???
いくらマリーとは言え、所詮人の子である以上限界はある。
まして、呪いと結界の効果で体力の消耗が加速している中で激しく動いていれば
限界が訪れるのも早い。
剣を振るうマリーの表情は、明らかな疲労の色が見え、加えて
唇が青く染まり、吐く息も白くなっている。
心身ともに限界が訪れかけているのを悟った瞬間、鳥居のグランドクロスが円陣を焼き
眼前まで迫っていた武器はまるで糸が切れたかのように落ちていった。
「…終わっ」
そう呟きかけた瞬間、生還屋が叫ぶ
悪夢はまだ終わってはいなかった。

迫る火柱、立ちはだかる泥と甲冑の巨兵、目の前を阻む茨の壁
息つく間も絶望する間もない。
そうこうしている間にも、鳥居が茨の壁に火をつけ、あかねが火柱から身を守るための
術を行使している。
自ずとやらねばならないことが理解できた。
「なんでこう殺せない奴と戦うことになるのかな」
呼吸を整え、巨兵と対峙する。
体力的にも、条件的にも目の前にいる敵を倒すことは不可能だ。
だが、手が無いことはない。
意を決し、マリーは泥の巨兵に肉薄し、渾身の力でもって鳥居に伸ばした腕を切りつける。
刃は腕を断ち切れこそしなかったが、斧で切りつけられた木のように自重に耐え切れず、折れ曲がるハズだ。
仮に予想が外れたとしても、次の行動がうまくいけば取り返しがつく。
腕を切りつけた後、すぐさま、甲冑の巨兵に視線を向けた。
邪魔者を排除しようと振るわれた拳が迫るのを確認すると、今度は力任せにではなく
繊細な剣捌きで、拳の軌道を泥の巨兵に向うように逸らした。
泥と甲冑、どちらの力が優れているかわからないが、考えうる限りならば
どちらが優れているとしても、脱出までにお互いの行動を阻害することはできる筈だ。

176 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/19 22:13:27 ID:???
>「ウソだろ?この俺様が?武勲も立てずにこんな化け物に殺される!?
>い、いやだああああああああああーーーー!!!!」

「む……」

突如地面から這い出した根が、小鬼達を片っ端から捕らえ始めた。
捕まった小鬼は養分として吸収されて消滅。
それによってまた成長の早まった根に、更に多くの小鬼達が絡め取られていく。
波状のごとく瞬く間に広がった根は小鬼達を一網打尽にしてしまった。

「……初めからこれを計算していたのか?いや……まさかな」

男が小さく呟く。声には少なからず驚愕の音色が含まれていた。
ほんの僅かとはいえ、それは紛れもなく隙だ。
相手にしているのが間抜けな頼光であった事も、余裕という形でその隙を助長させていた。

>「…隙ができているな、今がチャンスだ」

直後に男は音を聞いた。
撃鉄が後退する、金属同士が噛み合う音――輪胴式拳銃の動作音を。
男が咄嗟に地面を蹴る。横に大きく飛び退き、駆け出し――しかし僅かに遅い。
発射された四発の内一発が左腿に命中した。
男の体勢が崩れる。が、倒れ込みざま、男は右の拳を地面に叩きつけた。
瞬間、激しい土煙が舞い上がる。男の得手とする土行の術だ。

土煙はほんの数秒で晴れた。
けれどもその時には既に、男は君達の視界にはいない。

だが銃撃の際に生じたほんの一瞬の、しかし松明の灯りよりもずっと激しい閃光は、
今まで見えなかった男の顔を照らし出していた。
それは君達にもしっかりと見えた事だろう。

疲労のせいか落ち窪んだ、それでも未だに鋭い双眸。
無精髭が生えつつあるが、精悍さを残す顔立ち。
濃紺の長袍に身を包んだ長髪の男。
彼の容姿は、君達が寺院を出る前に聞かされたジンの人相に一致していた。
一体何故、彼は君達を襲うのか。その理由は分からない。が、推察する事は出来る筈だ。

ところで――他にもいくつか、奇妙な事がある。
ジンは間違いなく脚部に銃弾を受けていた。
だというのに彼は僅か数秒の内に離脱を果たしている。
更には血痕も足跡もなく、足音すら聞こえなかった。
そしてその代わりだと言わんばかりに、数匹の小鬼が地面から這い出していた。

『オイオイマジカヨ驚キダゼ!マサカ丸腰ノ相手ニ銃ヲ使ウトハヨォ!
 ダガ、マァイイゼ!テメーミテーナ見下ゲタ野郎ナラ、コッチモ遠慮ナクブッ殺セル……
 ア、コラチョット待テ!マダ言イテー事ハ終ワッチャ――』

喚き散らす小鬼に新たな根が這い寄って、罵声を中断させる。

「……やっぱり、君なのカ」

にわかに訪れた静寂の中で、フーが呟いた。

「一体どうして……いや、そんな事言ってる場合じゃないよナ。今の内ダ。アンタの質問、答えるヨ」

呆然のままに零れた疑問を、しかしフーはすぐに断ち切って、倉橋に語りかける。
知人を売るようで気分のいい事ではない。それでも黙っている事は出来なかった。

177 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/19 22:13:58 ID:???
「あの術の名は、『埋伏拳』。武術と道術を組み合わせた……正真正銘の暗殺拳ダ」

それだけ言うと、フーは一旦周囲を見回す。
警戒を怠るなよという忠告を込めて。

「彼……ジンは、夜襲を得手とする軍人だっタ。
 夜襲と言っても、部隊を率いてこっそり隙を突くなんてまともなやり方じゃなイ。
 単独で敵地に忍び込んで、そのまま相手を制圧する……そんな常人離れした戦い方ダ」

荒れ果てた街並みに、戸の破られた商店に、夜風の吹き抜ける音だけが聞こえる。
君達は孤立すべきではない。夜はジンの主戦場だ。
お互いの死角を補い合うような立ち回りを心がけた方が賢明だろう。

「そして埋伏拳は、その為に編み出された拳術なんダ。
 術者の膂力、勁を土の道術で龍脈へ……万物に廻る氣の流れに浸透させル。
 有り体に言えば『打撃力を保存して、別の場所に運べる』って事ダ。
 彼はたった一人で何十、何百もの拳を従える事が出来るんだヨ」

彼の足音が全く聞こえなかったのは、地面を蹴った力を別の場所に移動させるか、または小鬼に変換していたからだ。
銃撃による負傷も、自身に小鬼を潜らせて血管を塞がせる事で応急処置が出来る。
孤立無援の暗殺に用いるべく編み出された埋伏拳は、まさに今、その真価を発揮していた。

「けど……何かがおかしいんダ。そう……さっきの埋伏拳は、弱すぎタ。
 アンタ、さっき言ってたよナ。人語を介するほどの式神をあんなに扱える筈がないッテ。
 その通りサ。だからジンは、埋伏拳に『自分の感情』を割き与えてるんダ。戦場では必要のない感情をネ」

だからジンは常に冷静でいられる。
仮に取り乱しても、その感情を小鬼に与えれば即座に気持ちを切り替える事が出来た。

そして感情を分け与えられた事で、埋伏拳は擬似的な人格と思考力を得る。
よって兵士と同じように、戦局に合わせて自律的な行動が取れるようになる。
状況によっては百以上の数を生み出す小鬼達を、全て自力で、高度に操作するのは不可能であるが故の術式だ。

「それは自分の精神を削る行為ダ。度が過ぎれば彼の心が持たなイ。
 その事は彼が一番良く知っているだろうに……どうしてあそこまで……」

フーの漏らした疑念に答える声はない。

「……俺から教えられる事は、これくらいだヨ」

歯切れ悪く苦々しい口調で、フーは語りを終わらせた。
彼はジンを知っている。いい奴だとも言っていた。
ジンが何故このような事をするのか、本心では問い質したいところだろう。
けれども今の話をした後で「彼を殺さないでくれ。きっと何か事情があるに違いない」などとは、言える訳がなかった。


178 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/19 22:14:46 ID:???
ともあれ、君達は多くの情報を得た。

ジンの歩行の痕跡が何一つ残らないのは、地面を蹴った力を龍脈を通して別所へ流しているから。
つまり彼が歩いた後には、足音と足跡の代わりに土行の術が残る。
ならば未だ地面に張り巡らされた根の動きを追う事で、君達は彼の行く先を予想出来るかもしれない。

また、埋伏拳は元々存在する氣脈に自身の氣を紛れ込ませる事で、小鬼の存在を隠蔽する術だ。
その秘匿性は何も知らない状態であれば、正式に霊能を修めた者でさえ、接近を悟る事は出来ない。
だが君達は既に埋伏拳の仕組みも、自分達がまさに今それに襲われている事も知っている。
霊能の技術があるのなら、今ならば龍脈の氣の乱れから足音の隠蔽や、小鬼の存在を察知出来るだろう。

そして、彼は埋伏拳を使う度に自分の精神を削っている。
さっき見た時、彼の顔には既に疲労の色が浮かんでいた。
それが何故だかは分からないが、長期の消耗戦は彼にとって不利に働く筈だ。

これらの情報は君達に確かな優位性をもたらすだろう。だが――

「……それでも君達は、私には勝てない」

暗闇の中から、ジンの声が聞こえた。
だがそちらへ振り向いても、そこには既に彼の姿はない。
絶えず移動を繰り返しているようだ。

彼は自分が敗北するなどとは露ほども思っていなかった。
自分の能力を知られ、最悪の相性とも言える多様な木行を相手にしてもだ。
慢心ではない。そんな感情は小鬼に与えて捨て去っている。
ただ単純に、彼は百戦錬磨の軍人だ。
冷静に彼我の戦力を見比べた上で、君達を殺害出来ると踏んでいた。
早い話が――どこまでも冷めた目で、君達を見くびっているのだ。

「フー、一つだけ聞きたい事がある」

姿なき声は更に続く。
ジンは君達を始末するよりもまず、フーへの問いを優先させた。
君達の事など、その気になればいつでも殺せると思っているのだ

「この呪災、お前の『研究』と何か関係あるのか?」

しかし、彼の発したこの問いは、君達にとっても有用な情報となる。
どうやらフーとジンは互いをよく知る間柄らしい。
その彼がフーに疑惑を向けた。という事は、そこには何らかの根拠がある筈なのだ。
もっとも、それを聞き出す事が出来るかどうかは、君達の行動次第だ。

「答えは後で聞こう。なに、そう待たせるつもりはない。すぐに『済む』」

空気の質が微かに変わった。
鮮烈でも鋭くもない、気を抜けば察する事すら出来ないほど希薄な暗殺者の殺気が、君達を圧迫する。

「そう、すぐだ。君達は確かに優れた力を持っているが……優れた戦士では、ない」

言葉が一旦途切れ、代わりに暗闇の中から微かな風切り音が聞こえた。
小さな石塊がいくつか投擲されたようだ。だがその狙いは君達ではない。
投石は頼光が手にしている――あるいは既に取り落としているかもしれないが、松明に命中した。


179 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/19 22:15:58 ID:???
『――ケケッ、頂キダゼ』

そして石塊には、事前に小鬼を潜り込ませてあった。
数匹の小鬼が命中と共に石塊から松明へと飛び移る。
目的は明快だ。子鬼達では太刀打ち出来ない木行を焼き払う武器を得る為に他ならない。
小鬼達は頼光と力比べをする必要はない。
松明を奪うだけなら、それを半ばからへし折るだけでも十分なのだから。
先ほどまでと違って、全力の拳打から生み出された小鬼達なら十分にそれが可能だ。

「死にたくなければ、その鎧を脱ぐ事だ。私としても君をただ焼き殺したい訳ではないのでね」

そうして奪い取った松明を、小鬼達は頼光めがけ力いっぱいに振り回す。

と、それと殆ど同時に、ブルー・マーリン――君は自分の脚に小さな違和感を覚えるだろう。
見てみれば君の脚には何匹かの小鬼がしがみ付いていた。
一体いつの間に取り付かれたのか。答えは君が何枚かの屋根瓦を蹴り損ね、打撲を受けた時だ。
あの時蹴落とされた屋根瓦には、先ほどの石塊と同様に、何匹かの子鬼が潜んでいたのだ。
君がその事に気付けなかった理由は三つある。
一つは倉橋を庇う為、そちらに意識を割いていた事。
一つは打撲による痛み。そして最後に、小鬼達が今まで一切身動きを取らず、潜伏に専念していたからだ。

子鬼達は君の脚を破壊するつもりでいた。
粗製濫造された小鬼達は非力だが、体内に潜り込んで筋肉や神経に傷を付ける事は出来る。
君も小鬼の目的は分からずとも、『このままでは不味い』という事くらいは分かるだろう。

君が咄嗟に手を動かせば、小鬼達が何かをする前に払いのける事は可能だ。
君は素早く、小鬼達は非力で遅い。
だがそんな事はジンにも分かっている。

だからこそ――不意に、君の視界の端で影が躍動する。
ジンだ。彼は拳を固め、倉橋に向かって猛然と迫っていた。
彼の打撃は全てが必殺の一撃となり得る。
体内に埋伏拳を打ち込めば、相手の任意の器官を正確に破壊出来るのだから。

「君もだ、青年。自慢の脚と女の命、どちらを取るか選びたまえよ」

鬼気迫る形相と共にジンは拳を放つ。狙いは倉橋の頭部だ。
しかし――言葉とは裏腹に、彼は倉橋を、君達を即座に絶命させるつもりはなかった。
それは頼光への警告からも察する事が出来る。
彼の目的はあくまでも、君達を戦闘不能にする事のようだ。
故に仮に埋伏拳を打ち込んだとしても、その打撃力は倉橋の胸部――肺腑へと移動していくだろう。


【イベント:VS『埋伏拳』
 達成条件:ジンを戦闘不能にする、ジンを殺害する、ジンが精神力を使い果たす、冒険者達が逃走する、etc

 取得情報:埋伏拳の術理(ややこしくて分かんねえ!って事がありましたら避難所で質問して下さい)
      ジンはフーの『研究』がこの呪災の元凶なのではと『根拠』のある疑念を抱いている

 ジンの対応:銃弾を脚に受けて倒れるが、土煙に身を隠して応急処置、その後離脱

 ジンの行動→頼光、小鬼達が松明を奪って殴打。木の鎧への着火が目的
 →マーリン、屋根瓦に潜んでいた小鬼達が脚を破壊しようと行動開始
 →倉橋、暗闇から駆け寄って顔面パンチ。打撃力が移動して肺を攻撃するまでにはタイムラグがあります】

180 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/22 23:45:18 ID:???
(あーあ、駄目だ。ありゃ間に合わねえわ)

事前に危機を察知して、既に二体の人形の間合いから逃れていた生還屋は心の中でそう、ぼやいた。

疲労困憊のマリーが放った斬撃は、泥人形の腕を落とす事は出来なかった。
泥の腕は自重に耐え切れずに半ばから折れて、重心の狂った泥人形は俄かにふらつく。
が、背後から迫る甲冑の拳は既にマリーへと振り下ろされている。

(まっ、流石の暗殺者様も不死身のバケモン共が相手じゃ分が悪いわな)

互いの重量差は歴然だ。どう防御しても体勢は崩れる。よろめくか、吹っ飛ばされるか。
そうしてもたついている内に、追い迫る火柱に飲み込まれておしまいだ。
生還屋には甲冑の拳を防ぐほどの力も、マリーが攻撃を受けた後で助ける瞬発力もない。

(けどまぁ、安心しろよ。ちゃんと見届けてやんぜ、アンタの死に顔。
 あぁそうとも、見逃しやしねえ。こんなクソッタレな仕事やってて、数少ねえ楽しみなんだ――)

生還屋が目を見開く。
しかし彼の予想は外れた。まるっきりの見当違いだった。

振り返りざま、マリーは肉薄する甲冑の腕に剣を添える。
そしてそのまま受け流してのけた。
猛り迫る拳の軌道を僅か一瞬で見切った眼力。疲労を物ともしない精緻な動作。
職務上、多くの冒険者を見てきた生還屋の目にも映えるほど、鮮やかな手並みだった。

「うおっ……!」

生還屋が思わず驚愕の声を漏らす。

いなされた拳は泥人形の胸に深く突き刺さった。
粘性の高い泥に減り込んだ拳はそう簡単には抜けない。
二体の人形はもつれあって倒れ込んだ。
起き上がろうとしてもお互いが邪魔になって上手くいかない。
そして運良く腕が抜けて、ようやく起き上がった時には――既に二体の頭上には滅びの炎が降り注いでいた。

これで君達の行く手を阻むものは何もない。
道を塞ぐ茨は燃え落ちた。代わりに生まれた炎の道も、あかねの術があれば走る抜ける事が出来る。

「よ、よっしゃ!行くぞ!おいガキンチョ、へばってんじゃねえ!」

血を吐いた鳥居を担ぎ上げて生還屋は走る。
勘以外に取り柄がないとは言え、彼も長年冒険者として生きてきた身だ。
子供一人を担いだくらいで走る速度を落とすほど、やわではない。

「こっちだこっち!付いて来いよ!」

生還屋が君達を先導する。
彼はこの道を進めば生還の目はあると、確信を持って道を選んでいるようだった。
だからこそ意識していない。
自分の指し示す道の先に、当面の目的地であった手習所がある事など。

そのまま走り続けると、君達は新たな異変に気付くだろう。
前方の地面に円陣が描かれているのだ。夜空に浮かんだものと同じ円陣が。
それは君達の警戒心を煽り立てるには十分な光景だった。

「立ち止まんなよ!走れ走れ!」

だが迷っている暇はない。
円陣に足を踏み入れれば、どうなるのかは分からない。
けれども背後に迫る炎に飲まれれば、君達は間違いなく死んでしまうのだから。

181 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/22 23:45:49 ID:???
円陣の中に辿り着くと――そこで生還屋は足を止めた。
それから乱れた呼吸を整える事もせず君達を振り返る。
そして君達が難なく彼に追いつけたのなら安堵の表情を浮かべるし、
そうでなければ咄嗟に手を差し伸べる事だろう。
それはつまり、彼のいる場所が安全であるからに違いない。

滅びの炎は円陣の外を焼き尽くすと、それ以上は降って来なかった。
今はまだ炎が揺れていて戻る事は叶わないが、暫くすれば炎は収まるだろう。

「……あーあー、助かったのはいいんだけどよぉ。ここ、どこだよ!道順なんか覚えてねーぞ!
 それに……ヤバかねえんだが、なーんか妙な感じがしやがるしよぉ」

生還屋は鳥居を下ろすと、うんざりした様子で声を荒げた。
彼のいう『妙な感じ』は、君達もまた感じられるだろう。
地面の上に立っているのに、何故か地に足がついていないような、空虚な感覚を。
いつの間にか、周囲に漂う呪いの冷気すらも感じなくなっていた。
体の芯にはまだ冷気が染み付いているが、円陣の外にいた時に比べれば殆ど寒気は感じない。
君達はそれなりに疲弊している筈だが、今ならある程度、体力を回復する事が出来るだろう。

しかし、尾崎あかね――君だけは違う。君は腕に刃傷を負っている。
上腕、前腕、どこを斬ったのかは分からないが、場所によってはものの三分で動けなくなる事だってあり得るだろう。
失血による消耗は時間経過で治ったりしない。むしろ悪化していくだろう。
早いところ治療をした方がいい。
もっとも君に、切創に対する適切な処置の知識があるのかは、怪しいところだが。

「とりあえず……進んでみっか。いつまでも休んでる訳にゃいかねえぜ」

そこそこに呼吸を整えると、生還屋は道なりに歩き出した。
とは言え、何の考えもなしに、という訳でもない。

地面に描かれた円陣の内側には滅びの炎も、呪いの冷気も届かなかった。
という事は、この空間は誰かが身を守る為に作り出したものだ。
君達と同じく閉じた世界に巻き込まれた誰かが。
あるいは――自分の術に巻き込まれないようにと、閉じた世界を作り出した張本人が。

それから暫く歩いていくと、君達は前方に人影を見つけるだろう。
老人だ。深い皺の刻まれた顔、低めの位置で束ねた白髪、長く垂れ下がった白鬚、
濃紫色の漢服を着た、やや腰の曲がった痩躯の老人の容姿に、君達は『聞き覚え』があった。
彼は木造の、そう大きくない建物を背にして、微動だにせず立っていた。

「……アンタが、もしかしてフェイって奴か?」

生還屋が問う。

「主らは……何者じゃ。確かにそれは儂の名じゃが、儂は主らに見覚えなどないぞ」

老人は答えと疑念を返す。
フェイは不信と警戒を隠そうともせず、目を細めて問い返した。

「あー……別に怪しいモンじゃねえよ。俺たちゃただ、アンタを連れてきて欲しいって頼まれただけだ。
 フーって奴にな。アンタ、知り合いなんだろ?」

「……なるほど、それならば得心が行く」

もしも君達が単なる盗人の類なら、フーの名前を口にする事はあり得ないからだ。

182 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/22 23:46:10 ID:???
「おっ、物分かりがいいなジイさん。そんじゃあ……」

「が、主らに付いていく事は出来ん。主らがそうであるように、儂にも『事情』がある」

フェイは君達に付いていく事を拒んだ。
彼とフーの関係は良好の筈だ。少なくとも、名前を出されただけで君達への警戒を解く程度には。
そのフーの頼みすら一蹴するだけの事情が彼にはあるようだ。

「はぁ?おいおい訳が分かんねえぜ。クソッタレの死体もどきがうろつく街ん中に、
 ボケっと突っ立ってなきゃいけねえ事情がこの世にあんのかよ」

「……それを、主らが知る必要はない」

生還屋が顔をしかめて舌を打つ。

「ああ、そうかい。……そんじゃ、もう一つ聞かせてくれよ」

彼の口調が剣呑さを増す。フェイを睨む双眸には剥き出しの敵意が浮かんでいた。

「俺たちゃさっき、訳の分かんねえ術に巻き込まれて死ぬ目にあったんだけどよぉ。
 アンタもそこに突っ立ってたなら見てた筈だろ。アレが一体何なのか、アンタ知らねえか?」

決め打つような口調――生還屋には類稀な勘がある。
彼はもう、この老人が自分達にとって『ヤバい』存在だと感じ取っていた。

フェイは答えない。知らないと答える事は簡単だ。
だがそれだけで済む筈がないと、彼もまた、既に察していた。

老人とは思えない素早さで、フェイが動いた。
屈み込み、地面に手を当てる。
地面に描かれていた円陣が瞬く間に縮小した。君達は再び呪いの冷気に晒される。
地に足ついてない空虚な感覚も同時に消え去るだろう。

「っ、下だ!やべえぞ!」

同時に君達の周りに複数の小さな円陣が浮かぶ。
そしてそこから何本もの鉄槍が生えた。
生還屋が咄嗟に君達に警告する。
もし反応出来なければ、君達は即席の檻に閉じ込められてしまうだろう。

「やっぱ、こういう事かよ……!おいコラ、クソジジイ!なんだってこんな真似しやがる!
 呪いのせいで気でも狂いやがったか!」

「……まさか。儂はまともじゃよ。正気かどうかと問われると、ちと悩まねばならんがの」

再び地面に円陣が現れた。今度は君達の足元に。
円陣からは先ほどと同じく、鉄槍が生えてくる事だろう。
もし君達が檻に閉じ込められた状態だとしたら、回避は非常に困難になるに違いない。



それと――フェイは自分の行いが正気の沙汰ではないと自覚していた。
それでも彼は君達を殺そうとしている。
一体、何故だろうか。

また、これは君達が切羽詰まった状態では気付けないかもしれない事だが。
先ほど縮小した地面の円陣は、どうやらフェイの背後、木造の小さな建物を丁度囲う形になっていた。
空に浮かぶ円陣も同じ大きさになっている。
崩壊しつつあったものを、縮小して規模を落とす事で、なんとか形を保てるようにしたらしい。
それに一体何の意味があるのかは、君達が予想するしかない。

183 : ◆u0B9N1GAnE :12/09/23 07:24:40 ID:???
フェイは優秀な文官であり、同時に優れた道士でもあった。
だからこそフーは、自分の代わりに彼に寺院の守りを任せたいと言ったのだ。
とりわけ――フェイが独自に編み出した道術『森羅万象風水陣』は、彼は武官に転身してもやっていけると口々に称賛されるほどだった。

風水とは『どこに何があって、誰がどこにいけば、何が起こるのか』を明らかにする術だ。
そして森羅万象風水陣は、指定した領域内において、フェイが任意にそれを決定する事を可能とする。
あくまで物の道理に反しない限りで、また領域をあまりに広げすぎれば先ほどのように管理が行き届かなくなる事もあるようだが。

領域の指定には氣によって構成した円陣が用いられる。
円陣が破壊されればどうなるのかは、既に鳥居が示した通りだ。

また、術を行使するには円陣が一枚あれば事足りるらしい。
だがフェイの背後には天と地に二枚の円陣がある。
どうやら二枚の円陣に挟まれた領域は、彼自身の術も、呪いの冷気すらも届かなくなるようだ。
しかし何故、彼は自分の後方にそんな領域を作り出したのか――既に凡その予想を立てる事は可能な筈だ。

それと君達を囲み、そして貫こうとしている鉄槍について。
よく見てみると、それらは原始時代の石器のように、非常に粗い出来栄えだった。
火行が存在しない為、鍛造する事が出来なかったのだ。
精錬されていない鉄槍は君達が思うよりも脆く、弱いものかもしれない。


【イベント:VS『森羅万象風水陣』
 達成条件:フェイを戦闘不能にする、フェイを殺害する、フェイを説得する、etc

 取得情報:フェイにはその場を離れられない『事情』があるらしい。
        フェイは自分のしている事が正気の沙汰じゃないと分かった上で、冒険者達を攻撃しているらしい
 
 フェイの行動:全員の周囲に円陣が発生、そこから鉄槍が生えて即席の檻が作られる
          その後で今度は全員の足元に円陣が発生、数秒もすればまた鉄槍が生えてくる】

184 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/09/27 22:41:49 ID:???
鳥居の炎が新たな道を作り、マリーの業により追手は自滅。
後はあかねが全員を護る術(すべ)を練るのみ。瞑目し巻物に意識を集中。
質量を増した水は小瓶から溢れだし、今にも外へ飛び出さんと暴れ狂う、その瞬間、カッと目を見開いた。

「水よ、穢れなき清水よ、業火より我等をどうか守り候へ!『水膜』!」

小瓶の水は勢い良く空へと噴射し、全員を頭からすっぽりと覆う。
普段ならばびしょ濡れになって終いだが、袖の端すら濡れた様子もなく、肌に穏やかな冷気を感じるだろう。
生還屋は今が好機とばかりに先頭を切って走り出す。あかねも続く。

>「よ、よっしゃ!行くぞ!おいガキンチョ、へばってんじゃねえ!」
「鳥居はんよう頑張ったで、あともうちょいだけ頑張りぃ!」

炎は面々に焦げ一つすら作ること叶わず、熱が肌をつるりと撫でるのみ。
ただ走っただけでは追いつけないので、並んだマリーの腕を掴みながら鳥居に声をかける。
火傷を負い、切り傷を作った足では走るだけでもやっとだ。命の危機でなければ休みたいと駄々をこねる所である。

>「こっちだこっち!付いて来いよ!」
>「立ち止まんなよ!走れ走れ!」
「あう、あうう、――もうっ、こっちは足痛いねん!こっちのツゴーっちゅうのも考えてやぁ!」

もう駄々をこねた。生死が掛かっている状態でこっちの都合も糞もあったものではない。
寄りかかられた上に横で喚かれるマリーも良い迷惑だろう。
しかし直後、前方の円陣を視認し、表情を一変させた。しかしそれは、「しめた」、という顔だ。

「ウチにゃ分かるでェ。あそこは安全圏!立ち止まる?馬鹿言わんとき、寧ろ全力疾走やで!」

あかねとてへっぽこでも術師だ。あの円陣が何の為に存在しているか理解する事が出来る。
碌にない体力を振り絞り、半ば自棄っぱちな走りで円陣まで辿り着くことに成功した。
生還屋達が足を止める頃には息も絶え絶えで、会話すら出来ない状態だった。

>「……あーあー、助かったのはいいんだけどよぉ。ここ、どこだよ!道順なんか覚えてねーぞ!
  それに……ヤバかねえんだが、なーんか妙な感じがしやがるしよぉ」
「ち、地図見れば、ええんと、ちゃうか……?ウチ、も、もう歩けん……っつ!」

ゼエゼエと嗄れた声が出る。傷を負った足首が、思い出したように痛みを主張し始める。
水膜を解き、小瓶に戻した。だいぶ量を消費してしまい、余り残っていない。
あかねはそれも、傷を癒す為に最後まで使いきってしまうことにした。

「………………、…………」

口ごもるような小さい声で――聞き取れたなら英語と分かるだろう――暫く詠唱し、傷口へと一滴落とす。
水を介して血液の中にある力を増幅し、傷の治りを早めるものだ。
かなり時間は掛かるが、徐々に回復するだろう。現に、傷口から流れる血は止まり始めていた。

「鳥居はん、飲んどき。だいぶ楽になると思うで」

鳥居が喀血していた事を思い出し、小瓶の水を差し出す。
もし飲めば、鳥居の身体を活性化させ、幾分かましになるだろう。

185 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/09/27 22:42:13 ID:???
>「とりあえず……進んでみっか。いつまでも休んでる訳にゃいかねえぜ」
「せやな。マリーはん、腕貸してくれる?」

血液そのものが増えた訳ではないため、あかねの体は貧血によりふらふらだ。
飛行船の中で冬宇子と口論していた時より顔色も格段に悪くなっている。
あかねは安全圏であるもう一つの円陣にぐるりと視線を這わせ、マリーに囁いた。

「この陣、さっきの術を展開させとった奴のモンやと思うで。
 多分、近くにおる。……ウチらを殺そうとしとった張本人が」

暗に、マリーに警告しているのだ。油断してはならない、敵は何時こちらの首を狙うか分からないと。

――まるで予感を的中させるためかのように、運命は更に加速する。
道なりに歩いていた冒険者達の足を、見えない糸は確実に導いていた。
長い時を経て根を張り続ける老木のような気配を醸し出す、眼前に立つその老人の元へ。

>「……アンタが、もしかしてフェイって奴か?」
>「主らは……何者じゃ。確かにそれは儂の名じゃが、儂は主らに見覚えなどないぞ」

ようやく探し当てた。老人はフーの言っていたフェイという男に違いない。
ならば、後方の建物は手習所だろうか。あかねの位置から、フェイの表情は窺い知ることは叶わない。
だが老人は生還屋との会話でハッキリと口にした。

>「が、主らに付いていく事は出来ん。主らがそうであるように、儂にも『事情』がある」
「そんな固い事言わんと、一緒に来てえな!うちらも割と深刻な事情があるんや!あ、清国だけに、なんちゃって」

ぎょっと目を見開き、失笑すら取れない駄洒落を交えつつ慌てて説得を始める。
老人はその場を動きたがらない理由を、『事情』とやらを語ろうとしない。
次第にあかねの額に汗が浮かびあがり始める。
彼女は殆ど無意識的に、たった一瞬だけではあるが、引っ掛かりにも似た何かを覚えた。

術にも気配というものがあり、それは術師に似る。
それを察知するには驚異的なまでの集中力と勘を必要とするが、あかねは命の危機に晒されたことでそれらを己の内に形成しつつあった。
そう、先程あかね達を死へと引きずりこまんとしたあの力が、老人と重なったのだ。

(アカン……アカンよ!それ以上踏み込んだら、アカン!)

これ以上彼を、フェイを怒らせてはいけない。あかねの心臓が、警鐘が鳴り響くように喧しい。
巻物が戦慄するように震え、敏が吸い込まれるようにその中へ飛び込んだ。

>「っ、下だ!やべえぞ!」

同時、ほとんど同時だった。老人らしからぬ動きでフェイが円陣を縮小させ、生還屋が鋭い声を上げた。
その一瞬で、あかねはマリーから離れざるを得なかった。
貧血の体力を消耗し、反応が遅れたのだ。瞬く間に、あかねは鉄槍の檻に閉じ込められてしまった。

186 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/09/27 22:42:50 ID:???

>「やっぱ、こういう事かよ……!おいコラ、クソジジイ!なんだってこんな真似しやがる!
  呪いのせいで気でも狂いやがったか!」

>「……まさか。儂はまともじゃよ。正気かどうかと問われると、ちと悩まねばならんがの」

生還屋が悪態を吐き、あかねも鋭い視線をフェイへと投げかけた。
彼女の中で次々と、確信に近い想像が積み立てられ、修正され、編集していく。
ボウ、と足の間に円陣が浮かびあがり、眼前に新たな鉄槍が生えた。
もし後数寸でも狂っていたら、串刺しになっていただろう。あかねは飛び出しかけた恐怖を抑えこんだ。

「おじい……フェイはん。円陣作ってウチらを襲ったんは……アンタやね?」

憶測の域を出ない言葉が、あかねの口をついて出た。
また新たな槍が竹林の如く生える。声は震えているが、視線は凛とフェイを見据えたままだ。

「いや、襲うのは誰でも良かったとか?もしかして……攻撃するっちゅーより、誰も近寄らせとうなかったんとちゃう?」

槍は奇跡的にあかねを貫くことはないものの、体を拘束していく。
動かない体とは正反対に、口はどんどん憶測を並べていく。巻物は振動し続ける。

「屍体達がうようよしとんのに、アンタがたった一人で動かん訳……動かんのやのうて、動けんのとちゃうか」

あかねの視線が、フェイの後方……円陣の領域にすっぽりと収まった木造の建物に向けられた。

「例えば…………あん中に守らなあかん物があったり、なんて」

瞬間、巻物がバラリと解け、あかねを包む。そして次の瞬間――あかねは全員の目の前から、その姿を消失させた。
しかし消えたのは体だけ。槍の檻にはあかねが着ていた服だけが残された。
彼等は気付くだろうか。その足元、草叢を揺らす一つの影。
四つん這いで建物に向かって駆けて行く、鼠ともつかぬ奇妙な生き物、犬神と同化したあかねの姿に!

「鬼さんこっちー!手の鳴る方へ!」

人よりも素早い動きで、建物に向かってあかねは走る。
フェイが頑なに同行を拒否する理由はきっと、建物にあると踏んだのだ。
建物内に侵入し、フェイの『事情』を掴まんとしてあかねは建物へと奔走する!

187 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/27 23:39:09 ID:???
>>176-179

> 君も術士の端くれならこの程度、ちゃっちゃと祓えなくってどうするんだヨ!」

謎の男と旧知の関係にあるらしいフーに、男の能力を問い詰めたが、望む答えは得られない。
反対に発破をかけられてしまい、冬宇子はぐう、と黙り込んだ。
どんなに脆弱であれ、百体近い妖魔を"ちゃっちゃと"祓えるような才覚があれば、
異国に使い走りに出されるような冒険者なんぞに成ってはいない。

――――端くれで悪かったね!……と言い掛けた瞬間、冬宇子を背負うブルー・マリーンが、地を蹴って跳躍した。
石つぶての如く飛来する小鬼どもを回避、迎撃しつつ駆け抜ける。
冬宇子は「ひっ」と小さく声を漏らして、映し身のフーから手を離した。
振り落とされぬよう、男の肩に両腕でしがみ付く。
激しい揺れに翻弄されながら悲鳴を上げる女の姿は、北米のロデオ騎乗さながらだ。
舌を噛みそうで、まともに口さえ利けず、フーに質問の追撃を見舞うことも出来なかった。

荒れた市場の風景が、目まぐるしく後退してゆく。
と、そこに、微かな崩落音と共に、暗闇の空を更に黒く塗り潰す漆黒の瓦礫に気づいた。
一斉に降ってくる瓦は、確実にマーリンの進路を読んで落とされたものだ。
屋根の縁に、子鬼達の影が蠢いているのが見える。
あの小鬼どもの仕業だ、と察したものの、走る男の背にしがみ付く冬宇子は成す術も無く息を呑んだ。

立て続けに瓦の割れる音が轟き、束の間の静寂が訪れた。
そろそろと目を開く。身体に新たな痛みは無い。
あれほど大量の屋根瓦の崩落に巻き込まれたというのに、冬宇子は傷一つ負ってはいなかった。
肩越しに、自分を背負う男の身体に目を走らせると、
その拳には細かい擦過傷が刻まれ、大腿部に滲む血痕が衣服の上からも見て取れる。
ブルー・マーリンは巧みな体術を以って落下する瓦を弾き、身を挺して冬宇子を守っていたのだ。

>「悪いなアンタ、すまないがこのへんで、後は歩けるだろう?」

屈む動作で背中から降りるよう促され、冬宇子は、半ば木人化の解けた頼光の横に降り立った。
遠ざかる男の背を見送る。心なしか脚を引き摺っているようにも見える。
負傷の程度は決して軽くは無いようだ。
少なくともこれまで同様に、常人離れした機動力を発揮することは出来ないだろう。

眼前には小鬼の首魁たる男が立ちはだかっている。
治療に割く時間は無い。
冬宇子の得意とする治癒術は、祝詞による『魂振り』。
言霊の作用より、対象の生命力と治癒力を向上させる呪法だ。
治癒効果は、その者の潜在的な生命力に比例する為、個人差が大きい。
屈強な者ほど治癒力も高く、反対に体力を失い疲弊した者には効果が薄い。
如何にも頑健そうなブルーだが、身固め式を施したとはいえ、
冷気の呪いに体力を奪われ続けている現状では、万全の効能は期待できそうにない。
しかも、祝詞の詠唱には数十分の時間を要し、更に傷が塞がるまでには、安静を心がけて尚、
数時間から数日かかる場合もある。
肌に貼る治癒符を精製することも出来るが、いずれにせよ、即効性のあるものでは無かった。

「あの兄さんには、当座このまま持ち堪えてもらうしかないね…」

そう呟き、足元で蹲る男に目を遣った。

188 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/27 23:41:45 ID:???
謎の男の挑発に乗り、一人で駆け出していった武者小路頼光は、小鬼に返り討ちを喰らったのだろう。
冬宇子と同じく着物はズタズタに引き裂かれ、見るも無残に傷だらけの有り様だ。
「死にたくない」と喚く頼光の傷が急速に塞がっていく。
地面に這い出すおびただしい蔦が、この男の身体から生じたものであることは一目瞭然だった。
木剋土―――木行の化身たる頼光が土の精力を吸い取り、体力を回復しているのだ。

「ガタガタ騒ぐんじゃないよ!いくら喚いたって死ぬ時ゃ死ぬんだから!
 本当にくたばりたく無かったら、シャンとおし!!
 ほら、さっさとお立ち!!」

頼光の背中を叩き、腕を引いて穴から這い出すように促していたその時、
背後で銃声が轟いた。土精使いを狙ってブルー・マーリンが発砲したのだ。
咄嗟に振り向くと、続けざまに閃く火箭にほんの一瞬、しかし、くっきりと男の顔が浮かび上がった。
群青の長袍、夜風に靡く長髪、薄汚れてはいても精悍さを残す顔付き。
直後に、もうもうと土煙が立ち込め、松明の薄明かりに浮かぶ視界が晴れる頃には、男の姿は消えていた。

>「……やっぱり、君なのカ」
>「一体どうして……いや、そんな事言ってる場合じゃないよナ。今の内ダ。アンタの質問、答えるヨ」

呆然の体で呟くフー・リュウの映し身。
想いを振り切るように首を一振りすると、冬宇子に向き直り、預けていた問いの答えを紡いでゆく。

土精使いの男は、清軍元校官ジン――――これからまさに冬宇子達が訪ねて行こうとしている相手だった。
ジンは、武術と道術を組み合わせた暗殺拳――『埋伏拳』の使い手だ、と、フーは言う。
その術理は、術者の勁――膂力を、龍脈(土中の氣の通り道)に浸透させ、土行の術として発現させる。
大陸の拳法では、発生させた力を接触面を通じて対象に作用させる工程を『発勁』と呼ぶ。
つまり、術者の与えた衝撃(勁)を、接触面を通じて土行に変換する術法が『埋伏拳』なのだ。
あの憎らしい小鬼どもは、ジンの膂力の化身。
真に恐るべきは、百体を越す小鬼が、全て人語を解する知性を有し、高度な連携と自律行動が可能である点だ。
土精たる小鬼には、勁を通じてジンの感情を分け与えてあるという。
それゆえ指揮を必要とせず、ジンの意図を自明のものとして、百騎が一騎の如き統制の取れた動きをする。

ジンは単身にして、異体同心の百体の兵を従えているようなものだ。
しかしその術法は、使いすぎれば術者に害を成す諸刃の剣でもあった。
道教の影響下にある世界では、全ては陰陽の理に支配されている。身体や精神とて例外ではない。
感情とは心の状態の発露である。どんな感情も、その者の心が必要に応じて生み出したものだ。
そうした感情の一部を無理に削ってしまえば、いつしか陰陽の均衡が崩れて精神が崩壊する。

「フン…やっぱりあの男がジンって奴かい…。
 王仕えの道士が一目置くような術士なんて、そうザラにいるもんじゃないからね。
 厄介な相手を敵に回しちまったねえ……」

189 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/27 23:45:36 ID:???
冬宇子は舌打ちをくれて呟いた。
問題は、そもそもジンが、何ゆえ冬宇子達を『敵』と見做しているかということだ。
出会いの成り行きからして、火事場強盗と見誤れているとも思えたが、最早その可能性は除外しても良い。
何故なら、ジンは、使い魔の小鬼を通じて、フーの存在を認識している。
ジンとフーは旧知昵懇の間柄。
フーが映し身となって同行している者達を、ならず者と勘違いしたまま攻撃するとは考えにくい。
冬宇子は、小鬼の発した言葉を思い返した。

>『ソコマデダゼ、フー。アンタガドーシテソンナモン使ッテ、コンナトコニ来テンノカハ知ラネーケドヨ。
>俺タチャナニガナンデモ、ソイツラノ命ガ必要ナンダ。邪魔スンジャネー』

―――『命ガ必要』――――?
まるで何かの目的の為に、命を『収集』しているかのような口振りではないか。
ジンは何かを必要としている……?
何を――?何の為に――――?
かつて清軍の英傑と呼ばれた男が、旧友の同行者の命を奪わねばならぬ程の事情とは何なのだろう。
フーは言っていた。ジンは子供が生まれたのを期に軍を退役したのだと。
子が出来て命が惜しくなったか、或いは人殺しに嫌気が差したのか。
理由は何にせよ、ジンが国家より家族に重きを置く男であるのは確かなようだ。
知る限りの情報で推察するならば、『家族の危機』がこの男を衝き動かしているようにも思われる。
その辺りの事情を突き止めることが出来れば、交渉の余地も生じるやもしれない。
微かな殺気だけを残し、夜闇に消えた男に向かい、冬宇子は声を張り上げた。

「あんた…ジン―――といったかい?
 私は倉橋冬宇子。遺跡の調査を依頼されて清国に招聘された日本の冒険者だ。
 つい数時間前に、この国に着いたばかりでね。
 あんたに恨みを買う謂れなんかこれっぽっちも無いのさ。
 清軍元校官――ジン!何故、私達を襲う?
 答えなよ!武人なら武人らしく正々堂々と前名乗りをしたらどうなんだい?!」

冷たい夜風が暗い往来を吹き抜けた。男からの返答は無い。
聞こえるのは、葉ずれと隙間風の音だけ。
矢張り交渉の通じるような相手ではないのだろうか。

ともあれ、冬宇子達は、一騎当千の暗殺拳の使い手を向こうに回して、生き残らねばならない。
分の悪い戦いである。
夜闇は相手の主戦場。軍の精鋭であった男は、迷路の如き要塞都市の構造を知り尽くしていることだろう。
一方の冬宇子達は土地勘の無い外国人。
暗闇の中で、足音を地脈に潜ませ気配を消すことに長けた武人を相手に、どう戦えば良いというのか?
戦術は皆無ではない。
鍵は、木行の化身たる頼光の存在だ。

頼光が脚を取られていた穴を中心に、周囲の地面には、おびただしい蔦が蔓延っている。
土精を吸収する蔦の影響で、小鬼の進路は塞がれており、
ジンは自らの肉体での攻撃を余儀なくされている。攻撃を仕掛けてくる方向さえ特定できれば、
武芸に長けたブルー・マーリンならば、反撃に転じることも可能やもしれない。

「道士の兄さん、あんた、あの男が何故私らを襲うのか、本当に心当たりは無いのかい?
 言い渋るんじゃないよ、あんたには答える義務がある。
 私らが、あの男と戦う羽目になったのは、あんたの為に使いっ走りに出たからなんだからね。」

紙人形に映りこむ、淡く光るフーの幻影を見据えて、念を押すように言い置く。
手荷物の風呂敷を解き、八卦鏡のついた式占盤を取り出した。
数歩歩いて、砂を一つまみ、指針の乗る八卦鏡の上に小さく盛った。
被弾したジンの血痕交じりの土だ。
男の再襲を警戒して、背中合わせに立つブルーと頼光に、冬宇子は声だけで告げた。

190 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/09/27 23:50:10 ID:???
「あの男―――ジンの『埋伏拳』は接触面を通じて膂力を土行に変換する術法だ。
 足音がしないのも道理。あの男は歩行の衝撃を土行に変換して地中の龍脈に流しているんだ。
 要するに、あの男の歩いた後には土行の氣の跡が残るって訳さ。
 それも運動量が大きいほど、強い氣が生じる。
 土精の氣を食らう木精の力を借りりゃあ、私にも、あの男の位置を特定できるかもしれない。
 恐らく位置を掴めるのは、攻撃を仕掛ける前の一瞬。
 私の合図に注意して!」

言って冬宇子は、掌に式占盤を乗せ、もう片方の手で地面にはびこる蔦を掴んだ。

「出天門入地戸過太陰居青竜―――針震令!」

声と共に、式占盤の指針が微かに揺らぐ。
と、ほぼ同時に暗闇から低い男の声が響いた。こちらの焦燥を見透かすような冷徹な声が。

>「……それでも君達は、私には勝てない」

針は微かに震えたまま逡巡し、止まらない。
冬宇子は周囲に視線を巡らせた。
暗闇に糸を張り詰めたような緊張が走る。

>「フー、一つだけ聞きたい事がある」
>「この呪災、お前の『研究』と何か関係あるのか?」

また別所から声が聞こえた。それは、この国を襲う異変――呪災の真実を暴くような文言であった。
冬宇子は、思わず、虚空に浮かぶ映し身へと視線を走らせた。が、フーと言葉を交す余裕は無い。
針が振幅が激しくなった。

>「答えは後で聞こう。なに、そう待たせるつもりはない。すぐに『済む』」
>「そう、すぐだ。君達は確かに優れた力を持っているが……優れた戦士では、ない」

一瞬、ぴたりと針が止まった。
冬宇子は叫んだ。

「北北東!二時の方向!三間(5.4メートル)先!!」

宣言した方向より風切音が聞こえ、一瞬の後、闇が濃くなった。
頼光が松明を取り落としたのだ。
地に落ちた小石より数匹の小鬼が現れ、神輿を担ぐように松明を掲げる。
同時にブルー・マーリンも小鬼の襲撃を受けていたのだが、冬宇子にそれを察する余裕は無かった。
羅針盤の針が、男の接近を示していたからだ。

「西南!七時の方向!三尺(1メートル)!いや、もっと近……!」

言い終わらぬうちに、視界に影が過ぎった。群青の長袍が冬宇子の前に立ち塞がる。

>「君もだ、青年。自慢の脚と女の命、どちらを取るか選びたまえよ」

繰り出された正拳が眼前に迫る。
一拍も置かず、頬に衝撃が走り、冬宇子の身体は弾け飛んだ。

【ジンに「武人なら武人らしく何で襲うのか言いなさい」と呼びかけ】
【頼光の生やした蔦から木行の力を借りて、ジンの位置を特定】
【でも結局殴られる】

191 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/09/29 05:17:08 ID:???
左右から迫る巨大な影。鳥居は死を覚悟した。
しかし、もつれ合う巨体。震える地面。
マリーの目にも止まらぬ剣捌きが、鳥居は窮地から救ったのだ。

>「よ、よっしゃ!行くぞ!おいガキンチョ、へばってんじゃねえ!」

「も、もうダメかもです。ぼくのことはかまわずに、先に…」
弱音を吐く鳥居を、生還屋がひょいと持ち上げ疾駆する。

>「鳥居はんよう頑張ったで、あともうちょいだけ頑張りぃ!」

「あかねさん…ごめんなさい。マリーさんも……」

そして、朦朧とする意識で辿り着いたのは安全圏。

>「鳥居はん、飲んどき。だいぶ楽になると思うで」
差し出された水をくぴくぴと飲みながら、鳥居は円陣に視線を這わせる。
どうやらここは、外界からの脅威とは無縁らしい。
それから暫く歩いていくと、前方に人影があった。
その正体は、フーの言っていたフェイ老人。
彼は木造の、そう大きくない建物を背にして、微動だにせず立っていた。

まず初めに生還屋が口を開く。
フェイはフーの名を聞くと一旦は警戒心を解いたものの
彼の元へは行けないと頑なに拒絶する。

>「が、主らに付いていく事は出来ん。主らがそうであるように、儂にも『事情』がある」
>「そんな固い事言わんと、一緒に来てえな!うちらも割と深刻な事情があるんや!あ、清国だけに、なんちゃって」

「そうなのです。ぼくたちは遺跡の調査を依頼されて清国に招聘された日本の冒険者なのです。
ぼく個人としては、すごく遺跡をみるのが楽しみでここに来ました。
なぜなら遺跡というのは人類の宝でしょう?延々と連なる人の生きた証ですから」

>「っ、下だ!やべえぞ!」

「わあ!!」
一瞬、反応が遅れて足をとられる。靴の底がぎざぎざに裂け鳥居はすっ転ぶ。

>「やっぱ、こういう事かよ……!おいコラ、クソジジイ!なんだってこんな真似しやがる!
  呪いのせいで気でも狂いやがったか!」
>「……まさか。儂はまともじゃよ。正気かどうかと問われると、ちと悩まねばならんがの」

(…たしかに、こんなことをするなんて正気の沙汰じゃありません。
問答無用で死ねって感じです…)

>「例えば…………あん中に守らなあかん物があったり、なんて」
あかねは推理した言葉をフェイに投げかけたあと
犬神と同化し、建物へと走ってゆく。

192 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/09/29 05:21:02 ID:???
「フェイ老人。いったいこれはどういうことなのですか?
あかねさんの言ってたように何かを守るために円陣を張っていたのなら
フーさんの使者であると知ったぼく達に、なぜ再び攻撃を仕掛けてくるのです?
それとフーさんが、もしも貴方が動けないことを分かっていて
僕たちを差し向けたとしたら、それは彼にも問題がありますね。
実は仲違いしているのか、それともグルになって冒険者たち全員を貶めようとしているのか。
はっきり言えば、僕たちは誰の味方でもないし、敵でもないです。
それを貴方が、勝手に敵と決め付けるのは、まったくもってナンセンスなことなのではないのでしょうかっ」

言い終えると鳥居はフェイに向かって鞭を放つ。
老人の両足を拘束して、あかねを援護するつもりだ。
と同時に再び地面の円陣から突き出してくる無数の槍。
殺傷能力は低いようだが、小さい子供にとってそれは脅威だ。
やわらかい腹部。首筋などを傷つけ細胞組織を破壊する。

「…うっ…ぷぷ」
首筋から流れ出した血が幾条もの筋を描き、衣服を深い色に染め上げる。
円陣に滴り落ちる鮮血。鳥居の肉体に再び訪れる死。
しかしその身体が動死体のごとく強靭さを増してゆくことにフェイは気付くことだろう。

【フェイを鞭で拘束しようとする。鞭は普通の鞭なので破壊も可】
【槍に串刺しになりながら動死体化】

193 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/29 23:09:44 ID:???
死への恐怖と生への渇望。
死を実感しただただ蹲ってどれだけ時間が経っただろうか?
いいところ十秒ほどなのだが、頼光には無限に長く感じられた。
その長きにわたる恐怖を打ち払ったのは、毛むくじゃらの小鬼が振るう鉄器ではなく、それより鋭い冬宇子の罵声だった。

>「ガタガタ騒ぐんじゃないよ!いくら喚いたって死ぬ時ゃ死ぬんだから!
> 本当にくたばりたく無かったら、シャンとおし!!
> ほら、さっさとお立ち!!」
背中を叩かれようやく正気に戻った頼光は耳まで赤くして立ち上がろうとする。
「ば、馬鹿野郎!婦女子の分際で男子をはたくたー何事だ!
ぜ、全然怖くねーよ!
つーかなんかしらねーけどやたらと力が溢れてるんだぜえ!」
情けない所を見られたという羞恥をごまかすように大きな声を上げる。
実際言葉通り、ドテラはズタズタに切り裂かれ、身を覆っていた木の大半は剥がれ落ちているというのに頼光自身に傷はない。
正確に言えば傷は癒えているのだ。

この冷気の呪いが蔓延する中で、これだけの回復力を発揮するのにどれだけの代償を必要としたのか。
そしてそれがここにおいてどれほど貴重な能力かというのも理解していない。

その後のフーと冬宇子のやり取りはかなり重要な情報が含まれていたのだが、頼光の耳には入っていなかった。
もともと注意散漫であるという以上に、それどころではない状態だったからだ。

冬宇子がジンに真意を問うように発する言葉が終わるのを待って、ようやくおずおずと顔を上げる。
「ぅ、う、うぉーい。俺の脚、この穴から抜けねえんだよぉお〜」
先ほどまでの虚勢もどこへやら。
これ以上ないくらいの情けない声で。
自力ではどうにもならず、かといって頼ることもできずに最後の最後に仕方がなく告白するように。

頼光がどうあがいても足は抜けないはずなのだ。
穴に嵌った足からは無数の根が広がり、あたり一帯の地中を縦横に張り巡らされている。
一帯の土気を吸い尽くした挙句に更なる養分を求めて地上に這い出てしまっているのだから。
引き抜こうとしてもそれは無理な話である。

そんな頼光にもちろんかまっている暇はないだろう。
埋伏拳を理解した冬宇子は頼光の地中に張り巡らされた根を使いジンの動きを特定しようとしている。
「う、え?これか?なんか動いたような?
いや、そんな俺判らねえよぉ〜」
冬宇子の睨んだとおり、根は地中に張り巡らされ、龍脈にも触れている。
ジンの動きは感覚として感じられる。
あるいは幽玄斎がごとき天才にして経験豊富な術者ならば人の動きは手に取るようにわかっただろう。
いや、もしかすれば龍脈に干渉して埋伏拳自体を完封できたかもしれない。

だが今ここにいるのは頼光である。
術の行使もろくにできず、身に寄生させて術に使われているようなものだ。
そんな頼光が冬宇子の期待通りの動きなどできるはずもなかった。

冬宇子が意識を集中させて指針でジンの動きを探る中、頼光はただおろおろとしているのみ。
意識を集中させずに散漫だったからこそ、頼光はそれに気が付いた。
>『――ケケッ、頂キダゼ』
「お、おい、それをどうするつもりだ?」
判っていながらも聞かずにはいられない。
松明を掲げる数匹の小鬼は頼光の想像通りの行動に出る数秒前の事だった。



194 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/09/29 23:10:18 ID:???
>「死にたくなければ、その鎧を脱ぐ事だ。私としても君をただ焼き殺したい訳ではないのでね」
「あ、あほかーーーー!脱げるものならぬいどるわ!俺が脱げるのはこれだけだわ!!」
相変わらず足は穴から抜けずに身動きが取れぬまま、武器らしい武器もなく松明を振り回す小鬼が迫る。
未だ半身木である以上、自分も松明になるのは明白。
流石に焼け死ぬなどという惨たらしい死に方が目の前に迫れば頼光もあわてて藁をもつかむ。

頼光の抵抗手段。
それは着ていたドテラを脱ぎ捨て小鬼に振り回す事だった。

ドテラと言って侮ることなかれ。
防寒用にしっかりと綿が詰め込まれた成人男性用のそれは相応の大きさの重さを持つ。
振り回せば柔らかく打撃力こそないものの、広範囲にわたって覆い絡める網のようなものなのだ。

「うおおおお!こんなところで焼け死んでたまるかああ!!」
何度か振り回すうちに小鬼の持つ松明を絡め取り奪う事に成功。
その勢いのままドテラを投げ捨てたまではよかった。

投げ捨てた、と言っても、周囲は地中からはい出た根が林立している。
この根のおかげで小鬼をいったんは撃退できたし、これ以上の接近を許さぬ防壁でもあった。
逆に言えば、中から外へと出ることを許さぬ金網デスマッチの囲いの網にも似ている。

投げ捨てられたドテラは根に引っかかる。
ドテラはズタズタに切り裂かれており、中の綿があふれ出ている場所も多い。
つまりは、根に引っかかったドテラは巨大な火種として一気に燃え広がるのだ!
火は瞬く間に燃え広がり、根を包んでいく。
おりしも地下は土気や水分を根こそぎ吸い取られて脆弱になっている。
火は縦横に張り巡らされた根を伝い地下を走り、広がっていく。

結果……頼光を中心として周囲に這い出た無数の根はすべてが松明と化して燃え上がったのだ!
「うおおおお!!な、なんじゃこりゃあああ!!!火っ!どーなってんだああ!??」
あまりの事に驚愕している頼光だが、自身の足から生えた無数の根が地下で燃え広がっているなどとどうして想像できようか?

ともあれ、結果的に宵闇に包まれた町の一角は潤沢な松明に照らされ十分な明るさを持つことになった。
松明の明かりによって散らされた闇の中から浮かび上がるジンの姿は既に冬宇子の前にあった。
>「西南!七時の方向!三尺(1メートル)!いや、もっと近……!」
>「君もだ、青年。自慢の脚と女の命、どちらを取るか選びたまえよ」
もはや声を上げる間もなし。
ジンが繰り出した正拳は冬宇子を弾き飛ばしたのだ。

「て、てんめぇ!こんのっ!あ、熱っ!?ごほっけむりぃ!?」
冬宇子がはじけ飛ぶさまを見て飛び出そうとするが、いかんせん足は抜けない。
それどころか、地中で燃え広がる火はいよいよ頼光本体にまで迫ってきているようだ。
熱さを感じ始め、足元の穴の隙間からは煙は立ち上り始めていた。

そんな頼光はこの数瞬後、吹き飛ばされた冬宇子の下敷きになる運命なのは未だ知らない。

195 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/10/02 21:41:48 ID:???
>「彼……ジンは、夜襲を得手とする軍人だっタ。
 夜襲と言っても、部隊を率いてこっそり隙を突くなんてまともなやり方じゃなイ。
 単独で敵地に忍び込んで、そのまま相手を制圧する……そんな常人離れした戦い方ダ」
「そして埋伏拳は、その為に編み出された拳術なんダ。
 術者の膂力、勁を土の道術で龍脈へ……万物に廻る氣の流れに浸透させル。
 有り体に言えば『打撃力を保存して、別の場所に運べる』って事ダ。
 彼はたった一人で何十、何百もの拳を従える事が出来るんだヨ」

「…へぇ…こりゃあ相手にするのが楽しそうだ」

と、本当に楽しそうな顔で言う

そして倉橋の言葉を聞く前に体を動かす

>「君もだ、青年。自慢の脚と女の命、どちらを取るか選びたまえよ」

「両方に決まってんだろ?」

と、言うと、横に側転することによって小鬼を振り払うと同時に倉橋の近くに行き

拳が当たる瞬間に押し出して、ある程度当たった拳の衝撃を減らす
…あまり意味はないだろうが

「おいおいおいおい、いきなり女性の…しかも顔に向けて拳を放つなんて…ひどすぎやしないかい?」

そういうと、ジンの目の前に立つ

その瞬間、武者小路の叫び声が聞こえる

>「うおおおお!!な、なんじゃこりゃあああ!!!火っ!どーなってんだああ!??」

そして炎がブルーとジンをリング状に囲む
本来ならありえない状態だ…だが、そんな一対一の状態で勝ち目が薄い相手にブルーはニヤリと笑いを向けた

「…一対一か…面白い」

196 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/10/02 22:10:14 ID:???
----そういえば倉橋は上着をとって違和感を感じなかっただろうか?

----こんな寒い中、異様に上着が軽く、一応風の寒さから防いではくれるが、それでも寒かっただろう

----しかもブルーは上には白いワイシャツ一枚、しかし彼は上着を取られても全然表情が動かなかったのを

----みんなは気づいていただろうか?、ブルーが何処から拳銃を取り出しているのを

「さぁて…俺はそもそも武器は好きじゃあないんだ、素手での殴りあいのほうが大好きだ。
何故か?、相手にダメージを与えた感覚がないからだ」
そういいながら、白いワイシャツを脱ぐ

裏には二丁の拳銃が入ってるホルスターと何十発かの弾丸

そしてそれとサーベルを収めた鞘を武者小路の背中に向けて投げる

まぁピッ○ロのマントよりはまだ軽いだろうが、それでもかなりの重さだ

「覚えてもらう義理もないし、別に覚えてもらうつもりもない
だがあえて言わせて貰おう、俺はブルー・マーリン、マーリン海賊団現船長、ブルー・マーリンだ」

と、下着シャツ一枚とズボンの状態で名乗ると、一気に近づいて顎を蹴り上げようとする

【炎がなぜか一対一のリング状になる】
【それなりに重いものを脱いである程度は、本当にある程度は身軽になってジンの顎を蹴り上げようとする】

197 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/10/04 23:18:09 ID:???
「…やっぱり剣は重くて駄目だ」
鎧と泥の巨兵が縺れ合う様を尻目に、マリーは先程まで振るっていた剣を投げ捨て
生還屋の後を追う。
炎は間近に迫ってきているが、不思議と熱さを感じることは無かった。
これはあかねの術によるものだろうか。
体力を失い徐々に冷えてきているマリーからしてみれば、手放しでありがたいとは言えにくい心境だ。
「あぁもう煩い!こっちだってさっきので疲れてるんだ!駄々を…!」
脇で駄々を捏ねるあかねにマリーが怒鳴る。当然の結果だ。
このまま怒鳴りちらすのかと思いきや、そこで怒鳴るのを止め円陣へ黙々と向う
怒鳴る体力さえも今は惜しい。それだけ現在進行形で追い詰められているのだ。

「助かったの…か」
円陣まで辿り着き、無事に脱出できたのを確認すると、まるで空気がぬけたように
マリーは腰を落とし、空を見上げた。
しばらくして、ある程度呼吸を整えるとマリーはさきほど鳥居が言ったささやかな疑問に答えた。
「鳥居少年、さっき女性は地図が読めないといったな
 確かに地図が読めない女性は多いが、あれは見方が悪いだけだ。女性には女性の地図の見方がある訳だ
 …まぁここがどこだか全然わからないんだがね」
あんな地獄の中に閉じ込められていたなら誰だって道順忘れるもんさと最後に付け加えて
マリーは立ち上がった。

生還屋に促され、捜索を続けようとした矢先、顔色の悪いあかねに腕を貸す
「…まぁそうだろうな。しかし、罠のように仕掛けただけで我々をわざと狙ったわけではない可能性だってある
 どっちにしろ、洗いざらいはいてもらう必要があるな」
あかねの注意に軽くそう返してはいるが、マリーの目が険しいものへと変わる。
たとえマリーの言ったとおりだったとしても、あれだけの大掛かりな術を仕掛けたということは
ただの護身という理由で済まされないほどの理由を持っているということだ。
それだけ警戒心の強い相手が異国の人間を目の前にして大人しくいられるだろうか…否だ。
油断なら無い相手がこの先にいる以上、ここからはもう気が抜けない。

しばらくして、木造の建物の前に佇んでいる老人を発見した。
近づき、容姿を確認すると、おそらく目的の人物であろう人物だとわかった。
誰よりも先に生還屋が訪ねると、老人はそれを認める。
だが、口ぶりからしてこれで終わりという訳ではなさそうだ。
生還屋とフェイが問答している間、マリーはあかねに気付かれないよう突飛ばす準備を済ませる。
徐々に高まる緊張の中、遂にフェイが動いた。
生還屋が注意を促した瞬間、即座にマリーはあかねを突飛ばし、間一髪で円陣から逃れることが出来た。
「正気じゃない奴は皆自分はまともだって言うもんだよ爺さん」
フェイとの距離を測りながら、マリーは自身の状態を確認する。
走りより動きを止めてしまうことぐらいなら何とかなりそうではあるが、問題はフェイの術だ。
例え走りよろうとしても、あの円陣を自身の周辺に展開されたのならば手のうちようがない。
あかねや鳥居は槍の檻の中ですぐに動くことは出来ない、唯一動ける生還屋はアテには出来ない。
そうしている内に、フェイは術の動作が見えるのと同時にあかねの姿が犬に変わり、フェイの後ろにある円陣へ向う
「狼といい犬といい、そういうのが知らないところで流行っているのか」
そんなことを呟きながら、一気にフェイとの距離を縮める。
フェイの注意は今散漫になっている。加えて鳥居が動きを止めている今ならば、用意に肉薄することが出来る。
「せっかくの術もここまで近寄られたらどうにも出来ないだろう」
自分の射程に入った瞬間、マリーはフェイに組み付くと首をしたたかに締め付けつつ、ナイフを目の前にチラつかせる
「手荒な真似をするつもりじゃなかったが、そっちがその気なら私も手段は選ぶつもりは無い
 …まず、その術を解除しろ!今すぐに!早く!」
視線の先には串刺しになってしまった鳥居の姿がある。
常人ならば絶望的な状況ではあるが、あの時の頼光並に生命力がある彼ならば、まだどうにかなるかもしれないと思ったからだ


198 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/06 23:05:22 ID:???
>「西南!七時の方向!三尺(1メートル)!いや、もっと近……!」

倉橋冬宇子はジンの接近を察知していた。
だが遅い。彼は既に倉橋を間合いに捉え、拳を突き出していた。
埋伏拳は倉橋の体内に浸透して、その肺腑を半壊させる。そう、ジンは確信していた。

肉体の損壊は氣の乱れ。氣の乱れは術の乱れだ。
倉橋が術士である事を、ジンは既に知っている。彼女は自分の動向を事前に察知していた。
彼女を黙らせれば、残りの二人がやりやすくなる。
倉橋を庇ってマーリンが脚を駄目にするか、代わりに打撃を受けたのなら、それもよし。

>「両方に決まってんだろ?」

しかし――ジンの予測は外れた。
マーリンはまとわりつく小鬼を側転の勢いで払いのけ、更に倉橋に接近。
彼女を突き飛ばしてジンの拳から守ってみせたのだ。

埋伏拳は『打撃力』の顕現だ。
故に『防御』や『迎撃』を受ける事で小鬼達は死滅する。
そして中国武術における防御法の一つには『化勁』というものがある。
回転や手の捌きによって敵の打撃力を受け流す技術だ。
つまりマーリンが見せた側転の回転力は、埋伏拳を殺すに十分なものだった。

>「おいおいおいおい、いきなり女性の…しかも顔に向けて拳を放つなんて…ひどすぎやしないかい?」

「……安心したまえ。『埋伏拳』は既に彼女の内側に『浸透した』。傷つく事になるのは、顔ではない」

ジンの言う通り、倉橋は自分の体内に異質な氣――小鬼の存在が潜り込んでいる事を感じられるだろう。
感覚としては霊体に取り憑かれた状態に似ている筈だ。

『……っ!アンタ!もうなんのかんの言ってる場合じゃないゾ!なにがなんでもソイツを祓うんダ!』

フーの映し身が叫ぶ。
小鬼は拳を打ち込んだ顔から徐々に下へ、胸部に向かおうとしていた。
心臓や肺臓といった重要な臓器に、『打撃力』が接近している。
それは言うまでもなく、非常に良くない事だ。

幸いな事にマーリンの妨害が入った為、打ち込まれた埋伏拳は弱く遅い。
小鬼が胸部、肺に至るまでには幾ばくかの猶予がある。
それに万一祓う事に失敗しても――完全な行動不能に追い込まれる事はないだろう。

>「うおおおお!!な、なんじゃこりゃあああ!!!火っ!どーなってんだああ!??」

と、不意に周囲に灯りが満ちた。
炎だ。激しい業火が辺りを包んでいた。
濃紺の長袍が煌々と揺れる紅蓮に照らし出される。
そして炎は風に煽られ形を変え、奇しくもジンとマーリンを囲む闘技場の体を成した。

>「…一対一か…面白い」

マーリンが嬉々として呟く。
ジンの双眸が僅かに細まった。

199 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/06 23:07:35 ID:???
>「さぁて…俺はそもそも武器は好きじゃあないんだ、素手での殴りあいのほうが大好きだ。
  何故か?、相手にダメージを与えた感覚がないからだ」

マーリンは白いシャツを脱ぎ捨て、武装を解いて、それを頼光に投げ渡す。
その意図はジンにも容易く読み取れた。
要するにこの男は、清国随一の暗殺拳を前に、肉弾戦を挑もうと言うのだ。
不敵な笑みの裏に潜むのは自信か、慢心か。
いずれにせよ舐められたものだと、ジンは小さく息を吐く。

>「覚えてもらう義理もないし、別に覚えてもらうつもりもない
  だがあえて言わせて貰おう、俺はブルー・マーリン、マーリン海賊団現船長、ブルー・マーリンだ」

名乗りと同時、マーリンが地を蹴った。
武器を捨て、極限まで身軽さを突き詰めた跳躍。
やはり速い。今の自分では、捌き続ける事は出来ないとジンは即座に悟った。
そして――同時に、捌き続ける必要などありはしない、とも。

「……君にとっては、残念な事になるな」

一言、ジンが零した。それだけだ。
彼は身動ぎ一つしなかった。
当然マーリンの蹴りは彼の顎に触れて――そこで彼の蹴り足が止まる。
蹴り抜く事は出来ず、君は相手を打撃した手応えすら感じないだろう。

「ダメージを与えた感覚……だったか。どうだい、得られたかね。
 いや、意地悪はよそうか。得られなかっただろう。
 君はさっき上手い事、私の『埋伏拳』を相殺してくれたが……だったら逆に私の『埋伏拳』が、君の打撃を相殺出来たって、おかしな事は何もないよな」

ジンは自分の体内に埋伏拳を潜らせる事が出来る。
その目的は様々だ。負傷時の応急処置として使う事もあるし、
今は土の持つ『保温』の性質によって冷気の呪いから身を守る為にも使っている。
そして、あらかじめ体内に埋伏拳を潜らせておけば、外部からの力を相殺する事も可能だった。

マーリンが蹴り足を引くよりも早く、ジンはそれを掴む。
次はどうするか。
膝を捻りながら投げ落とし、関節を破壊するもよし。
残るもう片方の脚を払って倒し、追撃を加えるもよし。
手はいくらでもある。

「……少し、話をしようか。君達にはいくつか聞きたい事がある。
 それに、なんだったかな。前名乗りくらいしたらどうだと、叱られてしまった事だしね」

けれども彼はマーリンの脚を手放すと、一歩下がり、拳ではなく言葉を放った。
そこにあるのは余裕と――微かに垣間見える苛立ちだった。

彼の『埋伏拳』の最も優れた点は、一撃必殺の性質ではない。
高い隠密性でも、無数の拳を従えられる事でも、攻防一体の運用法でもない。
そんなものは相手次第で、容易く優劣がひっくり返ってしまう。

『埋伏拳』の最大の利点は、自分の感情を完全に制御出来る事だ。
僅かな油断、怯み、恐れ、温情、怒り、戦闘において不要な感情を適時捨て去る事が出来る。
自分を揺らぎない殺戮の使徒と化せる事こそが、『埋伏拳』の真骨頂だ。

だが、ジンは今、疲弊している。肉体的にも精神的にも。
君達と出会う前から無数の小鬼を使役していた結果だ。
彼はもう、感情を排出する為だけに小鬼を濫造出来ないのだ。


200 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/06 23:15:47 ID:???
「君は私の『埋伏拳』がどのようなものか、既に知っているね。
 フーが言っていた通りだ。私は無数の拳打に意思を与え、従える事が出来る」

だからジンはマーリンに追撃を仕掛けない。
つい自分の感情に揺さぶられて、余計な事を口走ってしまう。

「そう、私はこうして、君と他愛ない世間話をしながらでも……君の同行者を襲撃出来るのだよ。
 君はその事に思い至らなかったのか?目の前の戦いに気が高ぶって、そんな事は考えもしなかったか。
 なぁ、君のいう船長とやらは、たった二人の同行者すら慮れない人間に務まるものなのかね」

ジンが頼光の方を振り向く。
彼はマーリンが何を仕掛けてきた所で、埋伏拳で相殺出来ると確信している。
だからこその態度だ。

「君もだ、木行使い。君のいう武勲とやらは、人を二人、窮地に捨て置いてまで得なければならないものかね。
 悪党が我欲の為に力を振るう事を、武とは言うまいよ。
 君達がやっている事は……所詮、ただの児戯だ。ままごとに過ぎん」

彼の声からは深い嘲りの色が滲んでいた。
それだけではない。
怒りとも嫉妬とも付かない悪意めいた感情が、彼の言葉には秘められていた。

と、直後に君達は、木の根が燃えて弾ける音に紛れて、微かな異音が聞こえる事に気付くだろう。
それは軋みだった。木材が限界まで歪んで、今にもへし折れるという段に至って上げる悲鳴。
その音は道の両脇から聞こえてきた。もっと具体的には、そこに建つ建物から。

ここは商店街だ。
それなりの財を成した者達が建てた、立派な建物がいくつも並んでいる。
それらが今、ゆっくりと傾いた。君達の方に向かって。倒壊して、雪崩落ちてくる。

仕込みを始めたのは頼光が木の根を使って土行を吸収し始めた時だ。
痩せた大地は土台としての機能を失いつつあった。
その時点で、ジンは埋伏拳を建物の基盤や柱に潜ませていた。

任意のタイミングで――ブルー・マーリンが二人から離れ、
厄介な木の根が使い物にならなくなった状態で、致命的な一撃を加える為に。
もちろんただ殺してしまっては意味がないのだが、君達は随分としぶとい。
その一点において、ジンはある意味で君達を信じている。
瓦礫の下敷きにした後で、息絶える前に『命を奪えばいい』と彼は踏んでいた。

「……ふむ、良かったじゃないか。これでもう邪魔は入らんよ。
 ほら、もっと喜んだらどうだね。一対一の殴り合い、したかったんだろう?」

ジンが挑発的な目つきでマーリンに尋ね、構えを取る。

「おっと、そう言えばまだ、名乗りを返していなかったね。
 もっとも私はもう、武人ではないのだが……まぁいいだろう。
 私は浸・地拳(ジン・ディチェン)。今は浸家の家長をしているよ」
 
彼の姿勢が深く沈む。跳躍の予備動作だ。

「そしてこれからも家長である為に、君達には死んでもらわなくてはならない」

ジンが地を蹴った。
マーリンの懐深くへ一歩で踏み込み、右拳を鋭く突き出す。
それだけでは終わらない。右拳を引く流れを生かしたまま左の肘打を放つ。
更に右の拳槌打ち。脛へ踏み下ろすような左の下段蹴り。背中を用いた体当たり。
鋭い連撃、それらは一つ一つが例外なく必殺だ。
防御をし損じれば体内に潜り込んだ埋伏拳がマーリンの肺臓を損壊させるだろう。


201 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/06 23:16:53 ID:???
【取得情報:ジンは『家庭を保つ為に冒険者達を殺す』と明言しました
      具体的な理由はまだ語られていません

 ジンの対応:自分の体内に潜り込ませた埋伏拳でマーリンの蹴りを相殺

 ジンの行動→倉橋&頼光:土行が衰えた事を利用して周囲の建造物を倒壊させて、二人を生き埋めにするつもりです
  →マーリン:急速な接近からの連撃を仕掛けます。防御し損なった場合、体内に潜り込んだ小鬼が内蔵に直接打撃を届けます】

202 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/08 18:50:16 ID:???
>「例えば…………あん中に守らなあかん物があったり、なんて」

推理を結ぶ言葉と同時、尾崎あかねの姿が消えた。
いや――変化したのだ。
背は縮み、体は細り、鼠のような体躯を得たあかねは服だけを残して疾駆する。

>「鬼さんこっちー!手の鳴る方へ!」

小さな影が殆ど枯れ果てた草の影に紛れて手習所へ駆けていく。
対してフェイは小さく首を振って、溜息を零した。

「そこまで読んでおきながら、あまりに……いや、最早愚かと言うも愚かよの」

フェイは君を振り返りもせず、ただ左手を背後に向けて振るった。
手習所へと駆ける君の周囲に、不意に円陣が現れる。
そして、割れた。君が何をするまでもなく。

円陣は一つの世界だ。
それが破壊される事で、その中に存在する全てのものに滅びが訪れる。
つまり逆説、円陣を自ら破壊する事で、フェイは意図的に対象へ滅びをもたらす事が出来た。

君は突然、足元が地中に深く沈み込む感覚を覚えるだろう。
土気が滅ぶ事で、地面が塵芥のように脆い砂に成り果てたのだ。
もがけばもがくほど、君の体は砂の中に沈んでいく。

「獣憑きか……ふむ、大いに結構。むしろ、かえって好都合よ」

続けて君の前に一つ、円陣が浮かぶ。
この場には唯一、土行だけは余るほどに存在している。
そこから金行が生じ、また冷気によって衰えていた木行が蘇った。

「そら。罠にかかった獣は、狩り殺されるのが道理じゃろうて」

木と金は組み合わさる事で斧の姿を得た。
原始的な石器――人が獣に打ち勝つ為に作り出した武器の姿だ。
故にそれは、獣の憑いた状態の君には見た目以上の殺傷力を発揮する。
独りでにうねり、振り下ろされる斧をどうにか防ぐか、避けるかしなくては、君は相当な痛手を負う事になるだろう。

「むっ……」

と、あかねに意識を割いていた隙に、鳥居の放った鞭がフェイを縛り上げた。
しかし、それは間違った判断だ。既にフェイの術は鳥居に向けても発動している。
鳥居はまず自分の身を守るべきだった。
地面から突き上がった槍が鳥居の身を貫く。

「……すまんのう。儂とて、ぬしらが憎い訳ではない。敵だなどと思う理由もない。
 じゃがそれでも、ぬしらには死んでもらわねばならんのだ」

槍は腹部や首を貫通している。ただの子供が生きていられる傷ではない。
鳥居の衣服が朱に染まるのを確認してから、フェイは悠々と、鞭を解こうと腕に力を入れ――しかし叶わない。

>「せっかくの術もここまで近寄られたらどうにも出来ないだろう」

妙だ、と思った時には既に遅かった。
彼は元々、戦いの中に身を置く人間ではない。
あかねに続き鳥居にも注意を向けた状態で、本職の暗殺者を退けられるほどの反応は出来なかった。

203 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/08 18:51:16 ID:???
>「手荒な真似をするつもりじゃなかったが、そっちがその気なら私も手段は選ぶつもりは無い
  …まず、その術を解除しろ!今すぐに!早く!」

組み付かれ、呼吸もままならず、首元には刃物を突きつけられて。

「……そう昂ぶるでないよ。あの童子なら、ほれ、見るがよい」

けれどもフェイの声音はまるで乱れていない。
あまりにも命の危機に対して無頓着だった。
目的の為、自分の死を厭わない人間――暗殺者たる君なら、一度は相まみえた事があるだろう。
今のフェイはそういう人種と同じ雰囲気を纏っていた。

鳥居の首や腹から溢れ続けていた血は、既に止まっていた。
突き刺さった鉄槍が彼の身動きに伴ってへし折れる。
いくら鍛造されていないとは言え、鉱石の槍が子供の肉体に、強靭さで引けを取った。
あり得ない事だ。そしてそれこそが、今の鳥居を説明するに最も相応しい言葉だった。
あってはならない者。生死の概念を超越し、道理に逆らう不死の存在――吸血鬼。

「死ぬのは別に、誰でも良かったんじゃがの。よもや不死の化物を誘う事になるとは思わなんだわ」

ところで――尾崎あかねが事前にフェイの術を察知したように、この世界の魔術や道術には気配がある。
それは霊的な観点で言えば氣や魔力の流動がそうだし、
物理的な観点においても呼吸や歩法、詠唱や手印などが存在する。

「まぁ、よい。道理の輪から外れて蓄えたその命、ここらで現世に返す時が来たという事じゃろう」

しかし不意に、マリーの足元と周辺に円陣が浮かび上がる。
君はその発生を気取る事は出来なかった。
術者であるフェイに組み付いた状態で、怪しい素振りを見逃す筈はなかったと言うのにだ。

円陣から鉄槍が兆す。君はそれを避けなくてはならない。
やろうと思えば咄嗟に彼の首を裂く事は可能だ。
だがそれをすれば、君の回避は間に合わない。
それでは駄目なのだ。君達の目的は彼の殺害ではない。ましてや相討ちなどもっての外。
彼を殺してしまって、更に自分も手傷を負う。
それは君達にとって最も益のない展開だろう。

君を取り逃がした鉄槍はフェイの腕や横腹を浅く切り裂いた。
あと少しばかり槍の軌跡が逸れていたら、それだけで致命傷にもなり得た。
そこには老人とは思えない執念があった。
彼は頑ななまでに、自分の命すら顧みず、君達を殺すつもりなのだ。

地面からは更に何本かの鉄槍が、マリーを牽制し、追い返すように立て続けに生える。
一旦、仕切り直しだ。

ところで――君達はフェイの術の発動を、その直前まで察知出来なかった。
『森羅万象風水陣』の術理は複雑を極める。
起こす現象を尾崎あかねや倉橋冬宇子のそれと比べてみれば、どれほど難解な術かよく分かるだろう。
少なくとも、短時間で、しかも誰にも気取られず発動出来るようなものではない。
なのに何故、彼はほんの一瞬で術を発動出来たのか。

その答えは尾崎あかね――君が先ほど述べた推理にある。
仮に、君の推理が正しかったとして。
もしそうだとしたら、彼は君達が来るより前からここにいる。
もし守るべき『何か』が手習所の中にあるのなら、この場を離れる事は殆どなかっただろう。
つまり彼には、時間があった筈なのだ。君がいう『何か』を守る為の準備を整える時間が。
そしてその準備は何も、鳥居が破壊した空の円陣だけである必要も、理由もない。

204 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/08 18:59:21 ID:???
例えば――この辺一帯に、既に無数の円陣が配置してあったとしても、おかしな事など何もないのだ。
いや、むしろそうしていない方が不自然と言うものだろう。
尾崎あかねはそこまで推理すべきだった。
だからこそフェイは言ったのだ。「そこまで読んでおきながら」と。

「しかし、ぬしのその身のこなしはちと厄介じゃの。この年寄りの目では付いて行けそうにないわい」

フェイはそう呟き、右手を横薙ぎにして大きく弧を描く。
今までに露になってきた円陣が淡く白い光を帯びる。
円陣の上には土から生み出した鉄槍――金行がある。
そして金行は水行を生む。鉄槍から溢れるように水が滴り始めた。
水は地面へ流れ、泥濘を生み出す。

「じゃが、これなら、ぬしがいかに身軽であろうと避けられまいよ」

泥濘んだ地面は君達の機動力を奪う。
無論それはフェイも同じ事だが、彼は元々動き回る事を得手としていない。
失うものが大きいのは、君達の方だ。

ふと、フェイは鳥居を見た。
君が先ほど、自分に向けて問いを放っていたのを思い出したのだ。

「案ずる事はない。ぬしらが死んでも、その魂が滅ぶ事はない。
 落とす事になるのは命だけ……そしてその命も、ただ廻るだけじゃ。
 ぬしらが失うものは、何もない」

死にゆく者を諭すような口調。
泥の底から再び鉄槍がマリーと鳥居を襲う。
軽快な身のこなしを封じられた状態で、君達はどうにかしてそれを凌ぎ、反撃しなくてはならない。



君達の状況は決していいとは言えない。
だが悪い事ばかりという訳でもない。
フェイは来訪者を殺す為に万端の準備を整えていた。
それはつまり、あかねの推理が間違っていない事を意味している。
もっとも、ただ『何かを守っている』だけでは、彼が君達を殺そうとする理由にならないのも事実だが。

そしてもう一つ、どうやら彼は土の下に円陣を隠していたらしい。
土には何かを埋めて『隠匿』する性質がある。
それによって術士であるあかねにも、術の発動直前まで円陣の存在は察知出来なかった。
その事自体には未だ何の変わりもない。
が、仕組みが分からなければ対策を練る事だって出来ないのだから、これも一つの収穫だ。

それと――これは戦闘には関係のない事だが、一つ、不自然な点がある。
生還屋だ。彼は泥濘に足を取られた状態でも難なく鉄槍を回避していた。
別段驚いた様子もない。彼はどうも、この辺一帯が既に危険地帯だと分かっていたようにも見える。
だとしたら何故、彼はわざわざ君達をここに誘ったのか。
今はまだ、君達に真実を知る手段はない。


【取得情報:フェイは別に、冒険者達を恨んでいる訳でも敵と思っている訳でもない。でもどうしてか死んでもらわないと困るらしいです
        フェイは君達が来る前から、辺りに無数の円陣を隠していたようです
        あかねの推理はどうも当たっているようです。ただそれだけでは説明のつかない部分もあります
        
フェイの対応:相討ち狙いの鉄槍でマリーを一旦追い返します

フェイの行動→あかね:即席の蟻地獄+斧での一撃。斧は石器レベルの拙い出来ですが、獣に対してのみ強い殺傷力を発揮します
        →鳥居、マリー:地面を泥濘ませて機動力を削いでから再び鉄槍での攻撃を仕掛けます】

205 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/10/08 21:59:01 ID:???
町の一角、ブルーとジンが肉薄した瞬間、周囲を取り囲む炎が一層激しく燃え上がる。
まるで二人の闘気に反応したかのような火勢はブルーの名乗りの言葉をかき消し、冬宇子や頼光の耳にまでは届くことはなかった。
だがそれをピークに徐々に火の勢いは落ちていく。

一方、燃える根の大元である頼光の足元にも火は迫っていた。
穴の隙間からは煙が溢れ出て、焼死の危機を肌で感じる頼光は一層激しくもがいていた。
必死にもがき続けた甲斐があってか、足元からベキベキという乾いた木が折れる音と共に足を穴から引きずり出すことに成功したのだ。
「うおおおお!く、黒焦げじゃねえか!」
引き抜いた足からは何本も太い根が出ていた痕跡がある。
全てが黒く焦げ折れていた。
一部には少々赤く光る部分もある。
これは火が回り根を焼切ったことを現している。

足を引き抜き自分の足の焼けた状態に驚愕した直後。
直上から頼光を襲う二つの衝撃。
一つはブルーの投げ渡した銃や剣であり、もう一つはジンに殴り飛ばされた冬宇子だった。
転がり出たばかりの頼光がその二つの重みと衝撃に耐えられるわけもなく押しつぶされるのだが、頼光に憑りついた燃え尽きかけた木は敏感に察知する。
それは火に炙られ死にかけだからこその反応の速さだったのだろう。

縦横に張り巡らし気を吸収した根を焼き尽くされ枯渇した木はそれこそ死に物狂いで新たなる木を求める。
そこに降ってきた土気。
すなわち、冬宇子の体内に浸透した小鬼である。
焼け焦げた頼光の足から細かい根が飛び出し、冬宇子の体を這い絡め取た。
はからずもフーの映し身が叫んだことを即座にやってのけたのだ。

根は浸透した小鬼を吸収し、焼け焦げた頼光の足の修復を行う。
憑りついたものを祓うとはまた別種の吸い取られるような感覚が感じられるかもしれないが、このまま打撃が内臓に達するよりはましであろう。
だが、冬宇子にとって直近に不幸なのは根に絡め取られていることで頼光と強制的に密着していることなのかもしれない。
挙句の果てに下から
「お、重いだろうがあぉ!絡みついてたら動けねえ!」
などという声が上がってはもう何が何だかである。

そうしていると周囲の火勢も弱まっており、冬宇子の下でバタバタとしている頼光の耳に、ジンの言葉が聞こえてきた。
>「君もだ、木行使い。君のいう武勲とやらは、人を二人、窮地に捨て置いてまで得なければならないものかね。
> 悪党が我欲の為に力を振るう事を、武とは言うまいよ。
> 君達がやっている事は……所詮、ただの児戯だ。ままごとに過ぎん」
「……」
その言葉に頼光の動きと小汚い声が止まる。
だてに清国随一の拳法家であり優秀な軍人であり、家長を務める者ではない。
その言葉は頼光の心に深々と突き刺さる。
なぜならば、それは頼光の根本に突き刺さる言葉だからだ。

甘やかされ遊びほうけ、家の力だけで特別な存在であった。
家を飛び出たことで失った特別感なのに、何の根拠もなく特別であると思い続けていた。
無邪気な子供の夢想でしかない頼光の武勲、栄誉、華族。
本人はいたって本気で信じているのだが、現実をまざまざと突きつけられるような言葉に言葉を失ってしまったのだ。

「う、うるせええ!この俺様に!児戯だとおぉ!?ままごとかどうか!思い知らせてやる!!」
人間核心を突かれると必要以上に怒ってしまうものだ。
矮小である頼光ならばなおのこと。
もちろん反論の術など全くないのだが、とりあえず怒りに任せて押し流そうとする。
そんな対処法しか知らぬ頼光は怒りの声と共に冬宇子とブルーの装備を絡みつかせたまま立ち上がった!

だがだからと言って何ができるわけではない。
いや、それよりもすでにジンが先手を打っていたのだ。

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