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早乙女も水がにごらざおかしかろ

 -かくし社すれかくし社すれ

宝暦七年万句合
山路閑古氏の解説によると、
紅い短い湯巻をした田植女が、明鏡止水の田の面に立てば、股の間に珍景が覗かれるであろうというような想像は、けっして上品とはいわれない。人間も自然児だから、そのような想像もすまじきものでもないが、それを句に出していうところに問題がある。
とした上で、
どうしてこういう慎みの無い句を作るのか。単に奇抜なことをいって、人の目をひくためか。それもあるかも知れないが、そればかりではない。この句には「逃げ」があるのである。一応低俗の句と思わせておいて、作者はさらに一段高いところを狙い、句意の転換によって、その低俗さを解消しようとする。
「楚辞」の「魚父之弁」に、
~中略~
滄浪の水清まば、以て吾が纓を濯ふべく、
滄浪の水濁らば、以て吾が足を濯ふべし。
とあるのを引用し、楚の屈原と早乙女とを結びつけた趣向である。屈原も早乙女も水が濁らなければ面白いのだとしている。
…とのこと。
僕のような素人にはただの下品な句にしか見えないのですが、たった十七文字にも関わらず、いやたった十七文字で表現された世界なだけに、いろいろと深読みのしがいもあるようです。




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