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松浦姫涙はみんなしやりになり


誹風柳多留拾遺五編・11
松浦姫とは、松浦佐用姫、または単に佐用姫と呼ばれる、現在の佐賀県唐木市の豪族の娘。
二十八代宣化天皇の時代、かねてより恋仲だった(夫婦だった?)大伴狭手彦が新羅に出征する際、鏡山へ登って領巾を振りながら船を見送り、船が遠ざかると呼子・加部島まで行き、そこで七日七晩泣きはらし遂には石となってしまった、という伝説がある。

この句では、身体が石となってしまったのなら、涙はみな砂利にでもなってしまったのだろう、という。

佐用姫が領巾を振ったとされる鏡山は、この伝説から別名領巾振山(ひれふりやま)と呼ばれているのだそうだ。




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