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  1日目 午前9時


 午前9時。仮想空間内に教師がやってきて、1時間目の授業が始まる。授業自体は、教師が黒板を使って説明する、昔から変わらない方法だ。ただし、ワンタッチで黒板を綺麗に出来たり、教科書は生徒の机の目の前に、ホログラムのような状態で表示されたりと、楽になったところはたくさんある。
 ノートを取る生徒は、同じようにホログラムのようなノートに、ペンで筆記していく。取ったノートはデータで保存されて、いつでも簡単に参照できるようになる。キーボード入力でもデータは残せるが、それは認められていない。未だ固着する古い大人の考えが、それを阻んでいた。

 こんなにも環境は変わっても、変わらないものがひとつあった。それは、授業のつまらなささである。中学で授業を受け始めた最初こそは、仮想空間内で授業を行うという物珍しいものだったが、慣れてしまえば、至って現実と変わらない内容なのである。
 そんな退屈な授業では、これも変わらず、生徒は違うことを考えたり、頭を伏せて眠りに専念したりする。何が変わろうとも変わらないものというのは、意外にも身近に残っていた。
 そんな中で、何とか授業について行こうと、襲い来る睡魔に対抗しながらノートを取る『たんたん』。やはり仮想空間にいようが、脳は常に働いているのだから、前日に夜更かしなどをしていると、すぐに眠気は襲ってくる。

「寝るとまずいかな……。大事なところっぽいし」

 黒板には数列がびっしりと書かれていて、教師である三嶋がそれを説明していた。三嶋は彼らの担任でもある。授業のやり方は……見ての通り、真面目なのだがおもしろみもなく、要領も良いとは言えない。悪い教師とも言えないが、その逆もまた言えない。
 気分展開に、窓の外へ視線を飛ばす。今日は、窓の外には地平線までずっと広がる草原が映し出されていた。教室の窓の外には、こうして授業にストレスを感じないように、何らかの癒しの空間が形成されている。時には海岸だったり、雪景色の森だったりする。
 しばらく外の様子を見ていたたんたんだが、風が吹き抜けて草が揺れる光景以外、何ら変化のない光景にすぐに飽きて、黒板へ視線を戻した。

 しかし、何か今日は妙だとたんたんは感じていた。前日に夜更かしをしていたわけでもない、朝に特別早く起きたわけでもない。だというのに、異常なほどの眠気があった。

「ああ、くそぅ……。おい、『カマンベール』?」

 ふと後ろを振り返り、呼びかけるたんたん。その後ろの席には、カマンベールという男子が座っている。
 しかし、返事無く、珍しくカマンベールは頭を伏せて、穏やかな寝息を立てていた。奇妙だった。カマンベールは、クラスでは誰よりも今年の受験を焦っていて、授業中に寝るなんてことは今まで無かった。
 それも、彼だけではない。教室内を見回すと、大半の生徒が眠りについていた。いくらおもしろみの無い授業とは言え、こんなにも人が寝ている光景を見るのは、彼は初めてだった。こんな状況だというのに、三嶋は何の疑問も抱かないのか、ひとり誰も聞いていない教室で、授業を進めている。
 ふと、たんたんと目が合った人物がいた。福永ユウジである。彼は何かに対抗するように、必死に頭を持ち上げていた。たんたんと目が合った彼は、何かを訴えかけるように目をしばたたかせたのだが……次の瞬間には、力なく頭を机に伏せた。

「え? おいおい……どうなってるんだ?」

 それを見ていよいよ、異常だと、たんたんは直感した。さすがにおかしいと、手を挙げて三嶋に呼びかけようとした。しかし三嶋は脇目も振らずに、数学の解説を続けている。
 すぐにたんたんにも、大きな睡魔の波が押し寄せ、頭を抱えた。この状況に、三嶋だけが何の異常もない。それどころか、異常すら感じていないのは何かあるのだが……。三嶋の様子を、たんたんは何とか目に追おうとした。
 三嶋は、黒板に向き直ると、再び数式を書き始める。たんたんは、掠れる意識の中で、それを追った。

「BROP……?」

 なぜか、三嶋は黒板に突如、その単語を書いた。

「えー、それでは、この方程式の解説はここまでとして、今から、バトルロワイアルオペレーションを行いたいと思います――」

 まるで、授業の一環であるかのように、三嶋はそう言った。その言葉を聞いたと同時、たんたんは耐えきれなくなって、頭を机にもたれたのだった。