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*ぼくの/わたしのいやなこと  世の中が公平だなんて一度も思った事は無い。  そんなものは此処に連れてこられる前から承知していた。  だから胡散臭いにやけ顔で殺し合いを推奨されても、小牧郁乃には何の感慨も無かった。 「馬鹿みたい。こんな病人連れてきて何を期待しているのか……」  故に、最初に思ったのはこのゲームとやらの主催者に対するダメ出しである。  どうせ殺し合わせるなら、もっと健康体の人間を連れて来いと。  放っておいても死ぬような病人なんて何の面白みも無いと。  自棄になったわけでもなく、本気でそう思った。  もっとも、五体不満足の少女が嬲られるのを嬉々として観察するという特殊性癖があるならば話は違うが。 「致せり尽くせりだけど、明らかに間違えているでしょ。はぁ……」  きぃきぃと鳴る車いす。  ディパックの中には二日分のインスリンの注射器。  『一人で打てる正しい注射の打ち方』という説明書。  病院にあるというインスリンの瓶の写真と説明文。  そして、どう解釈しても悪意しか感じられないお一人様用の青酸カリの小瓶。 「無駄ね、ほんと」  小牧郁乃は病人である。  死に直結する病ではないが、幼い頃から入退院を繰り返してきた身は健康体とは言い難い。  一般的な同世代と比べても筋力は衰えているし、中でも足腰の弱さは顕著に表れている。  車輪を回して移動するにせよ、暫くもしないうちに体力切れで動けなくなるだろう。  一人で生き残るなんて、夢物語にすらならない。 「もう、どうとでもなればいい」  このゲームが他人を蹴落としていかなければならない以上、弾避けにすらなれない自分の命は無価値だ。  あってもせいぜい、お人好し中のお人好しが上っ面だけの偽善を振りかざす恰好の的となれるぐらいか。  何れにせよ、どう何が転ぼうとも自分が生き残れる可能性は皆無である。  だとすれば、わざわざ移動するのも馬鹿らしい。  車輪から手を離して、諦めたように空を見上げた。  輝く満月に、目を眇める。 「……ほんと、どうでもいいや」   ■  支給されていたコートは、随分と高級そうな代物である。  注約には『銀狐のファーをあしらったカジュアルコート。アインツベルンが仕立てた庶民用の服装』とのこと。  肌触りといい防寒性といい注約といいどこが『庶民用』なのかは分からないが、きっとアインツベルンさんとやらはお金持なのだろう。  他にも同様の説明文でブーツも支給品として入っていたが、小柄の郁乃にはコート一つで十分に事足りた。  車いすにブーツは合わないし、無理に身につけても邪魔になるだけだろう。  ……いや、問題はそこではない。 「……何だってのよ」  時間は大凡、二時間ほど遡る。  郁乃が全てを諦めて流れに身を任せてから、彼是大体一時間ほど。  寒さで体温が低下し、良い具合に意識が薄れてきた。  このままじっとしていれば、誰の手にかかることなく脱落することになるだろう。  特に逆らうわけもなく、襲い来るまどろみに全てを委ね。  不意に声をかけられたのは、ちょうどそんな頃だった。 『……?』  薄れつつある意識で反応しろというのが無理な話である。  ロクな反応を示すことなくされるがままに身を任せてみれば、次に目を覚ました場所はどこかの和室。  ご丁寧に支給品のコートを着せられて敷布団に寝かされていたのだから、声をかけてきたのはどうしようもないお人好しなのだろう。  支給品に何一つ手をつけていない事もそうだが、行動の一つ一つに驚くよりも先に呆れる。 「……まったく」  人工の灯りが一筋、隣室から漏れこんでいる。  郁乃を連れてきた人物は、見張る事もせずに隣室にいるらしい。  病人だからロクに動けないと見越してのことだろうが、それにしたって不注意にもほどがある。  何故だか頭が痛くなってきたのは、多分気のせいでは無い。 「……ふぅ。もしもーし」  声をあげると、隣室で誰かが動く気配がした。  これで灯りだけ付けて誰も居なかったら笑いモノだが、流石にそこまでボケているわけではないらしい。  するすると、やや控えめに扉が開く。 「起きたみたいね」  琥珀色の瞳と色素が抜けたような銀色の髪の毛。  一瞬外国人かと思ったが、発音のイントネーションは日本人らしい。 「おかげさまで」  暗に助けなくても良かったと、素っ気なく言葉を返す。  相手にどんな事情があるにせよ、放っておいてほしいというのが郁乃の実情である。 「迷惑かけたわね。すぐに出て行くわ、車いすはどこ?」 「まだ寝ていたほうがいいわ」 「結構よ。私がいてもお荷物になるがオチだしね」 「一人じゃ歩けないのに?」 「放っておいてくれて構わないわ。同情なら結構」 「む、そういう言い方は止めた方がいいと思うぞ」  まさかの第三者。少女の後ろから、今度は赤銅色の髪をした少年が現れる。  手には、盆と碗。 「お粥。熱いから火傷に気をつけて」 「要らないわ」 「……そういうわけにはいかないだろ」 「要らないの」  素っ気なく言葉を返すと、それ以上の言葉を切るようにそっぽを向く。  楽しく会話をするつもりなど毛頭もない。 「そこの子にも言ったけど、すぐに出て行くわ。車いすどこ?」 「出て行くって……そんな調子でか?」 「……なにそれ、同情のつもり? ウザいから止めてくれる?」  苛立つように言葉を吐き捨てると、流石に相手も口をつぐむ。 「用件があるならさっさとして。それとも、おしゃべりする為にあたしを連れ込んだの?」 「連れ込んだって……別に、そういう……」 「何を想像しているか知らないけど、用件があるならちゃっちゃとしてくれる?」  小馬鹿にするように鼻で笑い、遠慮も何もなくぶった切る。  言葉を無くして口を開閉させる様は、まるで金魚のようで少し可笑しかった。 「情報の交換を。此処で目を覚ます前は何をしていたか教えて」  これ以上は話が進まないと判断してか、少女の方が口を開いた。  少年とは違い、一切の遊びが無い質問である。 「……残念だけど、あんたたちが私が初めて会った参加者よ。誰とも会ってないわ」 「誰か知り合いは参加している?」 「お姉ちゃんしかいないわ」 「名前は?」 「小牧愛佳」 「どんな性格?」 「殺し合いに乗るような性格じゃないわ。協力してくれるんじゃない?」 「外見的な特徴は」 「同じような髪の毛の色で似たような顔した人。あと、私よりも短髪。もしかしたら、同じような制服を着せられているかもね」  そう言って、郁乃はコートの下に着ていた制服を見せた。  一般的な制服にしては珍しい、赤を基調とした服。  考えてみれば、この制服は家で一度も袖を通すことなく眠っていた代物だ。  生きて戻ることが出来れば、オリジナルのそれを着る事が出来るだろうか。  くだらない考えに、一瞬思考が沈む。 「……質問は以上?」 「待って、もう一つ」 「……まだあるの?」 「うん」  頷いて、手が差し出される。 「私たちと、組まない?」 ■  長らく入院生活を送っていると、嘘を見抜くことには慣れるのだ。  交友関係が家族以外皆無の郁乃でも、その例に漏れはしない。 「……はぁ?」  故に応える。 「あんたたち馬鹿でしょ?」  口を吐いて出た言葉は、この日始めて出た偽りざる本心であった。 「私たちはこの殺し合いの打破、ないし主催者を倒す事考えているわ」 「……本気?」 「ええ、勿論」  差し出された手と少女とを、郁乃は交互に見比べた。  間の無い返答。  迷いの無い言葉。  真っ直ぐな視線。  本気と受け取るにはまだ早いかもしれないが、嘘を言っているとは思えない。 「……あたし、病人なんだけど」 「構わないわ」 「……人の言葉を理解している?」  お人好しか、ただ単に現実が見えていないだけか。  どちらにせよ、ここまでくれば天晴れである。 「……好意を無碍にするようで悪いけど、遠慮しておくわ」 「何で?」 「見ての通りよ。他に理由なんてあるとでも」  自身の体を指差して肩を竦める。  勿論理由はソレだけでは無いのだが、一番説得力のある理由はコレだろう。 「好意は素直に受け取るけど、邪魔になっちゃうでしょ。嫌なの、そういうの」  同情は要らない。憐れみも要らない。  ただ、放っておいてほしい。 「善意の押しつけは結構。そういう勧誘は、他でやってくれる?」  首を振り、手を振り、視線すらも合わせず。 「最初にも言ったでしょ。放っておいて」    ぴしゃりと。以上の議論の余地が無い事を示す。  会話を遮るように顔を背け、   「なら、尚更だ。放っておけるか、馬鹿」  傍らから聞こえた言葉に思わず振り向いた。  此方を見る赤毛の少年の眼に、諦めるような意思は見受けられない。  その、ともすれば強情さと取れる眼に言いようもなく郁乃は苛立った。 「病人だから放っておけとか何を言っているんだ。出来るか、そんなこと」 「……そういうのが余計なお世話っていうんだけど」 「逆に、何でお前はそんな簡単に諦められるんだよ」  その言葉に、郁乃の中で何かが切れた。  少年は知らない。郁乃がどのような日々を送っていたかを。  少年は知らない。郁乃がどのような想いで今まで生きていたかを。  少年は知らない。郁乃がどのような気持ちで言葉を吐いたかを。  少年は、知らない。 「……命が薄いとね、色んな事を思うようになるの。  仕方無いよね、時間が無いんだから。無い事が分かっちゃってるんだから。  だからね。無い限りでどうにかしようと考えるの」  一息、間を置く。 「でもね、結局は何も出来ないの。だって動けないんだから。一人じゃ何も出来ないんだから。  想像することは自由だけど、現実に体はついていってくれない。人生の半分以上は病院で過ごしているんじゃないのかな?  費用だって馬鹿にならない。家族には迷惑をかけっぱなしで生きてくの」  そうして初めて、郁乃は少年を見た。 「さて、それではここで問題です。車いすなしでは移動もできず、眼もあまり見えない。  毎日インスリンの注射がなきゃ日常生活が危ない欠陥人間がこの殺し合いで生き残れる可能性は幾らでしょーか?  どうぞ、答えてみてください」  一言一言、はっきりと。溜めこんでいた何かを吐き出す。  それが自分の醜い部分である事を、それがただの自己満足ですらないことも。  そう理解しながらも、それでも言葉は止まらない。 「別に細かい数字まで出す必要は無いわよ。めんどいだろうし。二択でも構わないわ。  さぁ。答えてみなさいよ、ねぇ。のうのうと安穏に生きていたお二人さん!」  最後は、ただ叫んでいた。  それが無様である事は理解していたし、何よりも誰にも見られたくないはずの部分でもあった。  それでも一度吐き出した言葉は戻らないし、もう吐き出し続けるしかない。  嫌悪感が心を侵し、蝕んでいく。  それすらも止められない。 「ねぇ……」  無様だ。ああ、無様だ。  このまま消えて無くなりたい。塵芥として消滅したい。  何が悲しくて赤の他人に心を吐き出さなくてはならないのか。  何が悲しくてこんな惨めな気持ちにならなくてはならないのか。 「……お前は悔しく無いのかよ」 「……え?」 「無理矢理こんな馬鹿げたことを強制されて、何も思わないのかよ」  真っ直ぐな目。  言葉に込められた意思。 「俺は悔しい。言われるがままにするしかない状況が、悔しくて仕方ない」 「……」 「さっき言ってたよな、姉がいるって。いいのかよ、そんな簡単に諦めて」 「……あんたに、何が分かるのよ」 「分かるわけ無いだろ、そんなの」 「じゃあ……っ!」 「だからって、死にたがってる奴を放っておけってか? それこそふざけんな」  完全な平行線。決して折れる事の無い互いの主張。  睨み合えど状況は変わらない。 「……あんたたち、名前は?」 「衛宮士郎。こっちは立華奏」 「そう。じゃあ訊くけど、衛宮士郎さんは具体的な脱出のプランがあるのですか?」  小馬鹿にするように言葉を重ねる。  琥珀色の眼と視線が重なった。 「いや」 「じゃあ、何? 見栄を切ったってこと?」 「ああ、その通りだ」 「何よ、それ。それじゃ……」 「俺はな、こんなくだらないゲームを考えた馬鹿野郎共をぶっ飛ばさないと気が済まないんだよ」    策は無い。ロクな案すら出ていない。  なのに、目の前の少年は断言する。  生き抜くと。絶対に。   「……呆れた。馬鹿でしょ、あんた」 「む……」 「具体的な策も案もありません、人手も武器もありません。それでよくそこまで大言吐けるわね」    先ほどまでの威勢はどこへやら。  返す言葉がないのか押し黙ってしまう。 「呆れた、本っっっっ当に呆れた。多分今までの人生で一番呆れたわ」  眉間を抑え、頭を振る。  ここまで馬鹿な人間は、おそらく世界中を探してもそうはいるまい。  そう思うと、今度は少し笑えてきた。 「衛宮さん、だっけ? アホらし過ぎて話にならないんだけど」 「ぐ……」 「人員や武器は仕方ないにしても、案の一つや二つくらい用意しておきなさいよ。説得力が無さ過ぎてどうしようもないわ」 「……」 「まぁ、馬鹿共をぶっ飛ばすって発想は悪くないけどね。ソレだけ、とも言うけど」  ただただ押し黙る少年を構うことなく言葉で責める。  隣に居る少女が口を挟んでこようとしないのは、呆れているからか諦めているからか。  最初から交渉事は少女の方に任せておけばよかったのに。そんな得体も無い事を考えながらも、口を閉じる事はしない。  人の話を聞かずに拗らせた分だけ、存分に罵倒する。  返す言葉もなく縮こまるばかりの姿勢は、多少なりとも溜飲を下げるのには役立つ。  それに……まぁ癪ではあるが。 「そこまで言うのなら……ちゃんとあの馬鹿共をぶっ飛ばしてみなさいよ」  ぶっ飛ばすというのは、確かに良い考えだろう。 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【立華奏@Angel Beats!】 [状態] 健康 [装備] [所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3 [思考・行動] 基本:対主催、ゲームの打破 1:現状維持、まずは準備を整える 2:二人に口出しするつもりは無し 【備考】 ・参戦時期は未定 ・衛宮士郎と情報を交換しました。何をどこまでかは次話以降次第 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【衛宮士郎@Fate/stay night】 [状態] 精神的疲労(小) [装備] [所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3 [思考・行動] 基本:対主催、生きて帰る 1:まずは準備を整える 2:返す言葉が見つからない…… 【備考】 ・十六日目、DEAD END24より参戦 ・単体での固有結界の使用は不可 ・立華奏と情報を交換しました。何をどこまでかは次話以降次第 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【小牧郁乃@To Heart2 XRATED】 [状態] 精神的疲労(小) [装備] アイリスフィールのコート@Fate/Zero [所持品]基本支給品、インスリンの注射(二日分)、アイリスフィールのブーツ@Fate/Zero、青酸カリ(一人分) [思考・行動] 基本:率先しての行動はしない、流れに任せる 1:とりあえずは衛宮士郎がどこまで行けるか見届ける 【備考】 ・参戦時期は未定 |No.017:[[真夜中の邂逅、少女と少女とサーヴァント]]|[[投下順]]|No.019:[[difference]]| |No.025:[[Lost]]|[[時系列順]]|No.0:[[]]| |No.008:[[剣と天使]]|立華奏|| |No.008:[[剣と天使]]|衛宮士郎|| |COLOR(yellow):GAME START|小牧郁乃||
*ぼくの/わたしのいやなこと  世の中が公平だなんて一度も思った事は無い。  そんなものは此処に連れてこられる前から承知していた。  だから胡散臭いにやけ顔で殺し合いを推奨されても、小牧郁乃には何の感慨も無かった。 「馬鹿みたい。こんな病人連れてきて何を期待しているのか……」  故に、最初に思ったのはこのゲームとやらの主催者に対するダメ出しである。  どうせ殺し合わせるなら、もっと健康体の人間を連れて来いと。  放っておいても死ぬような病人なんて何の面白みも無いと。  自棄になったわけでもなく、本気でそう思った。  もっとも、五体不満足の少女が嬲られるのを嬉々として観察するという特殊性癖があるならば話は違うが。 「致せり尽くせりだけど、明らかに間違えているでしょ。はぁ……」  きぃきぃと鳴る車いす。  ディパックの中には二日分のインスリンの注射器。  『一人で打てる正しい注射の打ち方』という説明書。  病院にあるというインスリンの瓶の写真と説明文。  そして、どう解釈しても悪意しか感じられないお一人様用の青酸カリの小瓶。 「無駄ね、ほんと」  小牧郁乃は病人である。  死に直結する病ではないが、幼い頃から入退院を繰り返してきた身は健康体とは言い難い。  一般的な同世代と比べても筋力は衰えているし、中でも足腰の弱さは顕著に表れている。  車輪を回して移動するにせよ、暫くもしないうちに体力切れで動けなくなるだろう。  一人で生き残るなんて、夢物語にすらならない。 「もう、どうとでもなればいい」  このゲームが他人を蹴落としていかなければならない以上、弾避けにすらなれない自分の命は無価値だ。  あってもせいぜい、お人好し中のお人好しが上っ面だけの偽善を振りかざす恰好の的となれるぐらいか。  何れにせよ、どう何が転ぼうとも自分が生き残れる可能性は皆無である。  だとすれば、わざわざ移動するのも馬鹿らしい。  車輪から手を離して、諦めたように空を見上げた。  輝く満月に、目を眇める。 「……ほんと、どうでもいいや」   ■  支給されていたコートは、随分と高級そうな代物である。  注約には『銀狐のファーをあしらったカジュアルコート。アインツベルンが仕立てた庶民用の服装』とのこと。  肌触りといい防寒性といい注約といいどこが『庶民用』なのかは分からないが、きっとアインツベルンさんとやらはお金持なのだろう。  他にも同様の説明文でブーツも支給品として入っていたが、小柄の郁乃にはコート一つで十分に事足りた。  車いすにブーツは合わないし、無理に身につけても邪魔になるだけだろう。  ……いや、問題はそこではない。 「……何だってのよ」  時間は大凡、二時間ほど遡る。  郁乃が全てを諦めて流れに身を任せてから、彼是大体一時間ほど。  寒さで体温が低下し、良い具合に意識が薄れてきた。  このままじっとしていれば、誰の手にかかることなく脱落することになるだろう。  特に逆らうわけもなく、襲い来るまどろみに全てを委ね。  不意に声をかけられたのは、ちょうどそんな頃だった。 『……?』  薄れつつある意識で反応しろというのが無理な話である。  ロクな反応を示すことなくされるがままに身を任せてみれば、次に目を覚ました場所はどこかの和室。  ご丁寧に支給品のコートを着せられて敷布団に寝かされていたのだから、声をかけてきたのはどうしようもないお人好しなのだろう。  支給品に何一つ手をつけていない事もそうだが、行動の一つ一つに驚くよりも先に呆れる。 「……まったく」  人工の灯りが一筋、隣室から漏れこんでいる。  郁乃を連れてきた人物は、見張る事もせずに隣室にいるらしい。  病人だからロクに動けないと見越してのことだろうが、それにしたって不注意にもほどがある。  何故だか頭が痛くなってきたのは、多分気のせいでは無い。 「……ふぅ。もしもーし」  声をあげると、隣室で誰かが動く気配がした。  これで灯りだけ付けて誰も居なかったら笑いモノだが、流石にそこまでボケているわけではないらしい。  するすると、やや控えめに扉が開く。 「起きたみたいね」  琥珀色の瞳と色素が抜けたような銀色の髪の毛。  一瞬外国人かと思ったが、発音のイントネーションは日本人らしい。 「おかげさまで」  暗に助けなくても良かったと、素っ気なく言葉を返す。  相手にどんな事情があるにせよ、放っておいてほしいというのが郁乃の実情である。 「迷惑かけたわね。すぐに出て行くわ、車いすはどこ?」 「まだ寝ていたほうがいいわ」 「結構よ。私がいてもお荷物になるがオチだしね」 「一人じゃ歩けないのに?」 「放っておいてくれて構わないわ。同情なら結構」 「む、そういう言い方は止めた方がいいと思うぞ」  まさかの第三者。少女の後ろから、今度は赤銅色の髪をした少年が現れる。  手には、盆と碗。 「お粥。熱いから火傷に気をつけて」 「要らないわ」 「……そういうわけにはいかないだろ」 「要らないの」  素っ気なく言葉を返すと、それ以上の言葉を切るようにそっぽを向く。  楽しく会話をするつもりなど毛頭もない。 「そこの子にも言ったけど、すぐに出て行くわ。車いすどこ?」 「出て行くって……そんな調子でか?」 「……なにそれ、同情のつもり? ウザいから止めてくれる?」  苛立つように言葉を吐き捨てると、流石に相手も口をつぐむ。 「用件があるならさっさとして。それとも、おしゃべりする為にあたしを連れ込んだの?」 「連れ込んだって……別に、そういう……」 「何を想像しているか知らないけど、用件があるならちゃっちゃとしてくれる?」  小馬鹿にするように鼻で笑い、遠慮も何もなくぶった切る。  言葉を無くして口を開閉させる様は、まるで金魚のようで少し可笑しかった。 「情報の交換を。此処で目を覚ます前は何をしていたか教えて」  これ以上は話が進まないと判断してか、少女の方が口を開いた。  少年とは違い、一切の遊びが無い質問である。 「……残念だけど、あんたたちが私が初めて会った参加者よ。誰とも会ってないわ」 「誰か知り合いは参加している?」 「お姉ちゃんしかいないわ」 「名前は?」 「小牧愛佳」 「どんな性格?」 「殺し合いに乗るような性格じゃないわ。協力してくれるんじゃない?」 「外見的な特徴は」 「同じような髪の毛の色で似たような顔した人。あと、私よりも短髪。もしかしたら、同じような制服を着せられているかもね」  そう言って、郁乃はコートの下に着ていた制服を見せた。  一般的な制服にしては珍しい、赤を基調とした服。  考えてみれば、この制服は家で一度も袖を通すことなく眠っていた代物だ。  生きて戻ることが出来れば、オリジナルのそれを着る事が出来るだろうか。  くだらない考えに、一瞬思考が沈む。 「……質問は以上?」 「待って、もう一つ」 「……まだあるの?」 「うん」  頷いて、手が差し出される。 「私たちと、組まない?」 ■  長らく入院生活を送っていると、嘘を見抜くことには慣れるのだ。  交友関係が家族以外皆無の郁乃でも、その例に漏れはしない。 「……はぁ?」  故に応える。 「あんたたち馬鹿でしょ?」  口を吐いて出た言葉は、この日始めて出た偽りざる本心であった。 「私たちはこの殺し合いの打破、ないし主催者を倒す事考えているわ」 「……本気?」 「ええ、勿論」  差し出された手と少女とを、郁乃は交互に見比べた。  間の無い返答。  迷いの無い言葉。  真っ直ぐな視線。  本気と受け取るにはまだ早いかもしれないが、嘘を言っているとは思えない。 「……あたし、病人なんだけど」 「構わないわ」 「……人の言葉を理解している?」  お人好しか、ただ単に現実が見えていないだけか。  どちらにせよ、ここまでくれば天晴れである。 「……好意を無碍にするようで悪いけど、遠慮しておくわ」 「何で?」 「見ての通りよ。他に理由なんてあるとでも」  自身の体を指差して肩を竦める。  勿論理由はソレだけでは無いのだが、一番説得力のある理由はコレだろう。 「好意は素直に受け取るけど、邪魔になっちゃうでしょ。嫌なの、そういうの」  同情は要らない。憐れみも要らない。  ただ、放っておいてほしい。 「善意の押しつけは結構。そういう勧誘は、他でやってくれる?」  首を振り、手を振り、視線すらも合わせず。 「最初にも言ったでしょ。放っておいて」    ぴしゃりと。以上の議論の余地が無い事を示す。  会話を遮るように顔を背け、   「なら、尚更だ。放っておけるか、馬鹿」  傍らから聞こえた言葉に思わず振り向いた。  此方を見る赤毛の少年の眼に、諦めるような意思は見受けられない。  その、ともすれば強情さと取れる眼に言いようもなく郁乃は苛立った。 「病人だから放っておけとか何を言っているんだ。出来るか、そんなこと」 「……そういうのが余計なお世話っていうんだけど」 「逆に、何でお前はそんな簡単に諦められるんだよ」  その言葉に、郁乃の中で何かが切れた。  少年は知らない。郁乃がどのような日々を送っていたかを。  少年は知らない。郁乃がどのような想いで今まで生きていたかを。  少年は知らない。郁乃がどのような気持ちで言葉を吐いたかを。  少年は、知らない。 「……命が薄いとね、色んな事を思うようになるの。  仕方無いよね、時間が無いんだから。無い事が分かっちゃってるんだから。  だからね。無い限りでどうにかしようと考えるの」  一息、間を置く。 「でもね、結局は何も出来ないの。だって動けないんだから。一人じゃ何も出来ないんだから。  想像することは自由だけど、現実に体はついていってくれない。人生の半分以上は病院で過ごしているんじゃないのかな?  費用だって馬鹿にならない。家族には迷惑をかけっぱなしで生きてくの」  そうして初めて、郁乃は少年を見た。 「さて、それではここで問題です。車いすなしでは移動もできず、眼もあまり見えない。  毎日インスリンの注射がなきゃ日常生活が危ない欠陥人間がこの殺し合いで生き残れる可能性は幾らでしょーか?  どうぞ、答えてみてください」  一言一言、はっきりと。溜めこんでいた何かを吐き出す。  それが自分の醜い部分である事を、それがただの自己満足ですらないことも。  そう理解しながらも、それでも言葉は止まらない。 「別に細かい数字まで出す必要は無いわよ。めんどいだろうし。二択でも構わないわ。  さぁ。答えてみなさいよ、ねぇ。のうのうと安穏に生きていたお二人さん!」  最後は、ただ叫んでいた。  それが無様である事は理解していたし、何よりも誰にも見られたくないはずの部分でもあった。  それでも一度吐き出した言葉は戻らないし、もう吐き出し続けるしかない。  嫌悪感が心を侵し、蝕んでいく。  それすらも止められない。 「ねぇ……」  無様だ。ああ、無様だ。  このまま消えて無くなりたい。塵芥として消滅したい。  何が悲しくて赤の他人に心を吐き出さなくてはならないのか。  何が悲しくてこんな惨めな気持ちにならなくてはならないのか。 「……お前は悔しく無いのかよ」 「……え?」 「無理矢理こんな馬鹿げたことを強制されて、何も思わないのかよ」  真っ直ぐな目。  言葉に込められた意思。 「俺は悔しい。言われるがままにするしかない状況が、悔しくて仕方ない」 「……」 「さっき言ってたよな、姉がいるって。いいのかよ、そんな簡単に諦めて」 「……あんたに、何が分かるのよ」 「分かるわけ無いだろ、そんなの」 「じゃあ……っ!」 「だからって、死にたがってる奴を放っておけってか? それこそふざけんな」  完全な平行線。決して折れる事の無い互いの主張。  睨み合えど状況は変わらない。 「……あんたたち、名前は?」 「衛宮士郎。こっちは立華奏」 「そう。じゃあ訊くけど、衛宮士郎さんは具体的な脱出のプランがあるのですか?」  小馬鹿にするように言葉を重ねる。  琥珀色の眼と視線が重なった。 「いや」 「じゃあ、何? 見栄を切ったってこと?」 「ああ、その通りだ」 「何よ、それ。それじゃ……」 「俺はな、こんなくだらないゲームを考えた馬鹿野郎共をぶっ飛ばさないと気が済まないんだよ」    策は無い。ロクな案すら出ていない。  なのに、目の前の少年は断言する。  生き抜くと。絶対に。   「……呆れた。馬鹿でしょ、あんた」 「む……」 「具体的な策も案もありません、人手も武器もありません。それでよくそこまで大言吐けるわね」    先ほどまでの威勢はどこへやら。  返す言葉がないのか押し黙ってしまう。 「呆れた、本っっっっ当に呆れた。多分今までの人生で一番呆れたわ」  眉間を抑え、頭を振る。  ここまで馬鹿な人間は、おそらく世界中を探してもそうはいるまい。  そう思うと、今度は少し笑えてきた。 「衛宮さん、だっけ? アホらし過ぎて話にならないんだけど」 「ぐ……」 「人員や武器は仕方ないにしても、案の一つや二つくらい用意しておきなさいよ。説得力が無さ過ぎてどうしようもないわ」 「……」 「まぁ、馬鹿共をぶっ飛ばすって発想は悪くないけどね。ソレだけ、とも言うけど」  ただただ押し黙る少年を構うことなく言葉で責める。  隣に居る少女が口を挟んでこようとしないのは、呆れているからか諦めているからか。  最初から交渉事は少女の方に任せておけばよかったのに。そんな得体も無い事を考えながらも、口を閉じる事はしない。  人の話を聞かずに拗らせた分だけ、存分に罵倒する。  返す言葉もなく縮こまるばかりの姿勢は、多少なりとも溜飲を下げるのには役立つ。  それに……まぁ癪ではあるが。 「そこまで言うのなら……ちゃんとあの馬鹿共をぶっ飛ばしてみなさいよ」  ぶっ飛ばすというのは、確かに良い考えだろう。 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【立華奏@Angel Beats!】 [状態] 健康 [装備] [所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3 [思考・行動] 基本:対主催、ゲームの打破 1:現状維持、まずは準備を整える 2:二人に口出しするつもりは無し 【備考】 ・参戦時期は未定 ・衛宮士郎と情報を交換しました。何をどこまでかは次話以降次第 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【衛宮士郎@Fate/stay night】 [状態] 精神的疲労(小) [装備] [所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3 [思考・行動] 基本:対主催、生きて帰る 1:まずは準備を整える 2:返す言葉が見つからない…… 【備考】 ・十六日目、DEAD END24より参戦 ・単体での固有結界の使用は不可 ・立華奏と情報を交換しました。何をどこまでかは次話以降次第 【一日目/3時30分/H-5、衛宮邸内部】 【小牧郁乃@To Heart2 XRATED】 [状態] 精神的疲労(小) [装備] アイリスフィールのコート@Fate/Zero [所持品]基本支給品、インスリンの注射(二日分)、アイリスフィールのブーツ@Fate/Zero、青酸カリ(一人分) [思考・行動] 基本:率先しての行動はしない、流れに任せる 1:とりあえずは衛宮士郎がどこまで行けるか見届ける 【備考】 ・参戦時期は未定 |No.017:[[真夜中の邂逅、少女と少女とサーヴァント]]|[[投下順]]|No.019:[[difference]]| |No.025:[[Lost]]|[[時系列順]]|No.37:[[Q.あなたは手を汚せますか?]]| |No.008:[[剣と天使]]|立華奏|| |No.008:[[剣と天使]]|衛宮士郎|| |COLOR(yellow):GAME START|小牧郁乃||

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