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「あーあ、つまんないのー。皆穴倉決め込んじゃってヒマでしょうがないわ」

 ザッ、ザッ

「先日のお山のコンビはそれなりだったけど、本気出したらすぐ壊れちゃうだろうしなぁ……どこかにいないのかしらね、すぐ壊れない玩具は」

 ザッ、ザッ

「そういえばランサーの主従も良かったわね。外来にしては良くやったわ」

 ザッ、ザッ

「あとはセイバーとアーチャーとライダーなんだけど……」

 ザッ、ザッ

「ま、いっか。歩いていればその内出会えるでしょ、多分」

 ザッ、ザッ

「どうしようかなー……あ、そうだ。バーサーカー、海行こう、海!」

 ザッ……

「この前の場所に行けばいいから……あちゃー、逆方向ね。バーサーカー、ランサー達と戦ったところ行くわよ」

 コクッ



「それじゃ、レッツゴー!」










 西日本地方都市の一つ、冬木市。
 中央を流れる未遠川を境に、古くからの町並みを残す西側の深山町、近代的に発展をした東側の新都へと分かれている。
 冬の名を冠する土地ではあるが、実際には温暖な気候も相まり厳しい寒さに襲われる事は滅多に無い。
 早期から諸外国に開かれた土地でもあり、市内には数多くの外国人が住んでいる。

 以上が、大まかな冬木市の概要。

 そんな冬木市の一画。
 中央を流れる未遠川に沿うように下流へと下ると、無味乾燥なプレハブ倉庫街へと出る。
 冬木海浜倉庫街。
 港湾施設を兼ね備えた一帯は、陽の出ている内ですら人通りは疎らであり、夜ともなれば異界のような雰囲気すら漂わせている。人の眼を忍ぶ必要のある事柄には、うってつけの場所だ。
 コツコツ、と自身の足音を倉庫街に響き渡らせながら、言峰士郎は奥へ奥へと進んでいた。
 時刻は、夜の九時過ぎ。
 それほど遅い時間でも無いが、他に人影は見られない。
 しばらく進むと、立ち入り禁止の札が掛けられた大通りへと出た。札の向こうには特別なモノなど無い。来た道と同じような、無味乾燥なプレハブ倉庫が続くだけ。
 札のすぐ傍で立ち止まると、士郎は右手を空中に彷徨わせた。そうして何かを掴むと、ソレに沿うように一歩を踏み出した。
 途端に、景色が変わる。

「……あーらら、うらら」

 緊張感の欠片も無い声を漏らして、士郎はその場にしゃがみ込んだ。無味乾燥なプレハブ倉庫街はどこへ。視線の先には、爆撃に晒されたような破壊の跡。
 驚くことなかれ。
 壊滅という表現すら生温い有様は、つい一時間にも満たない間の出来事である。

「……また派手にやってくれたもんだ」

 平和な日本じゃ言い訳一つにも苦労すんだよ、時代遅れの馬鹿共が。ガシガシとやや乱暴に髪の毛を掻きまわしながら、士郎は悪態を吐いた。

「帰ってきて早々に仕事増やしやがって……」

 校舎の件といい、倉庫街といい、他人を巻き込むことに躊躇しない輩が多すぎる。
 前回の聖杯戦争で、もしかしたら糞親父は自分と同じ感想を抱いていたのだろうか。
 そんなくだらないことが頭を過り、思わず士郎は顔を顰めた。アレがそんな殊勝な心がけをする輩かよ。養父とはいえ、敬愛の欠片も見られない感想だった。

「……まぁいいさ、ちゃっちゃと終わらせたる」

 横道に逸れた思考を、無理矢理に元に戻す。
 幸いにして、既に対策は立てられている。優秀な実行部隊が粗方の片づけは済ましてくれた。後は、自身の手で最後の不備を直すだけだ。

「立ち入り禁止、だな」

 適当に結界を張り、聖杯戦争が終わった頃に辺りの修理をする。昼間でも人気が無い場所というのが、不幸中の幸いと言ったところか。
 何せ、今回の聖杯戦争は前回からたったの十年しか経過していない。あの惨状が冬木市民に強く根付いている以上、無暗な刺激は避けるべきである。

(ったく、本当に面倒な)

 本来ならば六十年周期の聖杯戦争が、何故十年の期間で顕現してしまったのか。
 一年前に他界した養父の言葉を信用するならば、前回の所業のせいらしい。が、まぁ、胡散臭さが服着て歩いている輩の言葉だ。信ずるだけ無駄というモノだろう。
 溜息もそこそこに、士郎は作業を開始した。右手の爪に刻まれたルーン魔術を使用しての結界維持。二十七本もの魔術回路を持ち合わせていながら、魔具を使用し、言峰の刻印を使用し、こうして予め刻んだ魔術補佐が無ければ一人前に魔術を行使する事も出来ない。それは彼が聖堂教会に所属しているから――ではなく、ただ単純に今に至るまで魔術の方向性が見い出せないからだった。
 一点特化型であることは間違いがない。奇妙なことに、素のままでは基礎中の基礎でもある強化一つにすら士郎は手間取るのである。こうともなれば才能以前の問題である。
 腐れ馴染み兼師匠の凛には何度溜息を吐かれた事か。理不尽な暴力に十年近く耐えてきたが、未だに方向を見い出せない現状は異常とも言えた。得意と言えば、相手を真似する事くらい。そこに鍵があるのではないかと腐れ馴染みは睨んでいるが、士郎からすればその程度はどうでもよかった。魔術が使用できる事に、何ら重要性は見い出していないからだった。

「おーわり、っと。さ、帰るか」

 現状認識と綻びを修復する程度なので、思考の片手間に全ては終わらせられた。寧ろ今の士郎の脳内を席巻するのは、学校に仕掛けられた結界についてだった。
 戦略は悪くない。誰が仕掛けたかは知らないが、着眼点は魔術師として当然でもあった。彼らに問題があるとすれば、遠坂凛と監督役に結界の規模と危険性と所在を知られてしまったことだろう。知ったからには、一般人に被害が及ぶまでに全力を挙げて阻止しなければならない。問題は、その方法だった。
 誰が仕掛けたかは不明だが、解除される可能性は低い……いや、皆無であろう。わざわざあれほどの規模の結界を張ったのだ、解除するのは当人にとって損でしかない。また監督側としても、実際に被害が出ていない状況では無理強いも出来ないのだ。
 ならば、当面は凛に頑張ってもらおう。自分は裏で策を練る。幸いなことに、まだ一週間以上の猶予があった。



「ハァ……ったく――――っ!」



 締めくくりに溜息を吐き捨て、いざ帰ろうと身支度を整えた、その矢先。
 近づいてくる膨大な魔力と存在に、思わず士郎は上を見上げた。そして見上げると同時に横っ跳びでその場から離れた。
 轟音と衝撃。
 アスファルトを易々と砕く一撃が上から振り下ろされる。その余波だけで、士郎はさらに数メートル分転がさられた。結界を破壊されたフィードバックと衝撃波で身体が痛みを訴える。が、少しでも離れるタイミングが遅れれば、こうやって痛みを感じることすら出来なかっただろう。
 気だるさと痛みを抑えながら、どうにか上体を起こす。土煙で仔細までは見えぬが、其処に何かがいることは分かった。

「クソッタレが……」

 悪態もそこそこに姿勢を直す。スタコラさっさと逃げ出したいところだが、目の前からはソレを許さぬ威圧感が発せられていた。無防備に背を見せれば、容赦なく貫かれるだろう。それは予感では無く確証だった。
 突風が、土煙を吹き飛ばす。

「レディーに対して随分な口調ね。慎みの一つくらいは身につけたら?」
「そーゆーそっちこそ随分な肉体言語じゃねぇか。アレか、最近のレディーとやらは口より先に手が出る輩ばっかりか?」

 晴れた先。視界に映った人物を理解するよりも早く、二人の口からは優雅さの欠片も無い悪態が飛び出た。口に出してから、互いが互いを認識していた。
 何だ、コイツ。
 何よ、コイツ。
 初対面の相手同士とは思えない邂逅の仕方でありながら、去来する考えは全く持って同じものだった。










「ゆー、あー、あいんつべるん。おーけー?」

 一瞬の間の後、先手を取って言葉を発したのは士郎だった。馬鹿にするような口調と発音。ワザと崩して言葉にしているのは明白だ。顔を見ると、薄気味の悪い笑みが張りつけてあった。
 士郎の言葉に少女は露骨に顔を顰めた。礼儀を見せる気の無い相手に対して遠慮など不要である。可能であれば従者の一撃で擦り潰したいところだが、少女の考えが正しければ、そう易々と行動するわけにはいかない。

「……ええ、そうよ。それで、貴方は監督役で良いのかしら」
「いぇす」

 肯定の言葉に少女の額がひくついた。どうも目の前の監督役は、相対した相手を不快にさせるのが得意らしい。そしてその考えは七割方当たっている。
 ぶち殺そうかしら。不穏な考えが頭を過るが、殺した後の事を考えれば、感情に振り回されるわけにはいかない。まがりなりにも相手は監督役。そのバックには、厄介な奴らが控えている。
 沸き立った感情を無理矢理抑え込むと、少女は顔に笑みを張りつけた。可憐でありながら、どこか凄惨さを感じさせる笑みだった。

「初めまして、監督役殿。此度のアインツベルン家マスターの、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します」

 一礼と名乗り。洗練された一連の動作は、貴族を名乗るだけの気品を兼ねていた。その所作の一つ一つが凡俗とは一線を画していた。其処にいるのは、一人の気高く麗しき淑女だった。

「……此度の聖杯戦争監督役を任ぜられました、言峰家長男、言峰士郎と申します。以後、御見知り置きを」

 礼には礼を。述べられた口上は、監督役を名乗るだけの響きを含んでいた。その所作の一つ一つが先ほどまでとは一線を画していた。年齢に似合わぬ落ち着きと胆力が、余計に目についたが。

「で、このような場所に何用で? アインツベルン」

 自己紹介の後。先に口を開いたのは士郎だった。折角張り直した結界を壊された以上、この質問は当然のモノだった。

「特別な理由は無いわ。羽虫がいたから、少し進路を変えただけよ」

 さも当然と言わんばかりにイリヤスフィールは答えた。自身の正当性を何一つ疑わない口調だった。
 対して士郎は、そうか、と頷いただけだった。相手は魔術師。ロクな答えが返って来ない事は分かっていたことだし、終わった事を糾弾しても仕方が無い。突然の襲撃で身体が痛んだが、言ってしまえば被害はそれだけである。無駄に言い張るよりも流した方が楽である。

「分かった。じゃ、さっさと帰れよ」

 犬でも追い払うような仕種で士郎は話題を打ち切った。既に少女と巨漢への興味は失われている。というかそもそも最初からそんなものは無かった。
 意識の範囲から二人を追い出すと、早速士郎は結界を張り直す。魔具を使用した結界だったので、士郎自身へのフィードバックは少ない。ルーンを刻んでいた指の爪が割れていたくらいか。さっさと張り直して、今日は寝よう。帰って来てからロクな事が無い。

「……随分と複雑な手順を踏むのね」

 素っ気ない態度にもイリヤスフィールに気分を害した様子は見られない。それどころか、僅かな驚きすら含んだ言葉が口から出ていた。
 魔具の使用とルーン文字の起動。魔術回路という管を通って、魔力に似た何かが注ぎこまれる。
 その奇妙な光景を、イリヤスフィールは異常だと感づいた。一目見ただけでの確信。流石はアインツベルンと言うべき観察力である。あの天才的な腐れ馴染みも、一度目の当たりにしただけでは分からなかった。
 或いは、アインツベルンだからこそ、か。

「あら、帰るの?」

 無言で踵を返した士郎の背中に向けて、イリヤスフィールは言葉を投げた。一転して、面白がるような口調だった。不愉快な言葉だった。
 士郎は振り返る事をしない。代わりに手を軽く揺らした。打ち切るように左右へ。振り返ることはおろか、言葉を発する事さえ億劫だった。
 だが、問いかけられた以上は答える責務がある。

「……馬鹿共の後処理が残っているんでな」

 吐き出された言葉に感情は無い。呆れたような響きをもっただけで、どこまでも空虚であった。大儀そうに名目を掲げただけの言葉だった。答えたというよりは返しただけだった。

 それっきり。

 イリヤスフィールはこれ以上の言葉を発するでもなく。
 士郎は以降の事を気にかける素振りすら見せず。
 二人の距離は離れて行く。



 ――――ドクンッ



 ただ一鳴き。
 鼓動とは言い難い、不自然な跳ね上がりを残して。