前途多難



 セピア色の風景。何処かの公園。朧気な人影。
 公園の一画。備え付けのベンチに腰を下ろし、棗鈴は空を見上げた。
 色らしい色の無い空を、見合わせたように小鳥たちが舞う。

(……ああ、これは夢なんだ)

 ただ漠然と、その事を鈴は理解した。夢ならば空でも飛べるかな、なんて。そんなことを考えながら。
 しかしなんというか。夢ならばもっと面白い物を見せろというのだ。こんな公園の一風景を見せられても、面白くも何もない。
 眩しくもなんともない白いだけの太陽を暫く眺めながら、文句を小声で吐く。まだ夢は覚めそうにない。
 仕方なく視線を地上へ戻すと、ちょうど誰かが入ってきたところだった。

(あれは……?)

 入ってきたのは影では無く、やけにはっきりとした人間。黒い髪の毛を逆立てた、活発そうな少年だった。
 数年もすれば、きっと大きくなるだろう。体型的な意味で。それは予感では無く確信だった。
 後を追うように、今度は白髪の怜悧そうな少年がやってくる。
 数年もすれば、前を行く少年と同じくらい大きくなるだろう。それは同じく確信だった。

(……?)

 彼らは口を開けて何かを喋っている。が、鈴の耳には聞こえなかった。
 夢の世界だから当たり前か。いつの間にか現れた猫を膝に乗せながら、欠伸を噛み殺す。

「…ら…、……く…いよ」

 今度は言葉の断片を拾い上げた。
 顔を上げると、先ゆく二人に続いて新しく三人入ってきたところだった。
 明るい髪の色の活発そうな少年。
 その少年に連れられる黒髪の少年。
 そして我関せずといった風の少女。
 五人で一組なのだろうか。一固まりになったところで、三番目に入ってきた少年が手を上げた。

「よし……じ……から……さくせ……」

 何かを言っているが、やはり聞こえない。
 だけど、何をしようとしているかは予想できた。
 これから、あの木に巣くっている蜂の巣を排除しようというのだ。

「止めとけばいいのに……」

 見なくても分かる。作戦は見事に失敗し、蜂の集団は一番目の男の子を襲うのだ。しかも、用意していた焼却用の炎とのダブルパンチで黒こげルート一直線である。
 まったく、このころから真人は馬鹿だったんだな。呆れたように鈴は溜息をついた。

(……ん?)

 ふと、そこでまどろんでいた思考が急に動く。
 何故、今、私は、分かった?
 改めて視線を少年たちに移すと、今まさに作戦を実行しようとしているところで……

「わっ、バカっ、止めっ……」

 言葉は、少しだけ遅かった。
 声に気付いたのか少年たちが此方の方を向くが、あの筋肉馬鹿は我関せずで作戦を実行している。



「ちょっ、ちょっと待てええぇぇえええ!!!」










「ちょっと待てええぇぇえええ………え?」



 高い天井。
 冷えた空気。
 薄暗い室内。
 やたらと痛い背中。
 急激な場面転換に、鈴の思考はついていけなかった。

「……え?」
「む、目覚めたか」

 混乱したままの頭でも、声の判別くらいは出来る。
 傍らからの聞き覚えの無い声に、思わず背が跳ねた。

「大丈夫か?」

 燃え立つように光る双眸。
 筋骨隆々たる体躯。
 むせ返るような漢の臭い。
 すぐ隣には、掛け値無しにデカイ男がいた。

「っ!? っ!?」
「口を開閉させているばかりでは分からんのだが……体調に問題は無いということで構わんか?」

 ずいっと。凛の頭ほどはありそうな大きな掌が伸ばされる。褐色の、随分とゴツイ手だった。
 見知らぬ空間。怪しい恰好の大男。ついていけない思考。伸ばされた手。
 限界は、呆気なく訪れた。

「――――ぎ」
「む?」
「ぎゃああぁぁあああああああああああああっ!!!?」

 乙女にあるまじき叫び声……と、其処まで思考が回ったかは定かではない。
 全身の筋肉を総動員し、瞬時に距離を取る。一回転、二回転、三回転……軽業師もかくやと言わんばかりの動きに、大男も言葉を失う。

「なんなのだ、なんなのだ、なんなのだ!!?」
「それは余の台詞であると思うのだが……」

 やや呆気にとられた風に大男は言葉を発したが、それに耳を傾ける余裕は無い。
 というのも、鈴は大きな男が苦手である。いつからか定かではないが、大柄な男が苦手である。
 さらには人見知りも併発している彼女にとって、見覚えの無い場所、暗い室内、大柄な男のトリプルコンボは、もはや苦行と称しても差し支えが無い。

「なんだ、おい。どうした?」

 と、其処へ。
 騒ぎを聞きつけたのか、後方から誰かが入ってくる音がした。
 反射的に鈴は振り返り――――



「……き」



 明るい茶色の髪の毛。
 やや前髪の伸びた短髪。
 細身の体躯。



「きょ」



 それは、良く知る誰かと似ていて。



「きょーすけええええええええええええ!!!」



 一も二もなく、飛びついた。










 ウワッ、ダレダオマエ!!?



 ……イクラナンデモ、ソレハナクネ?










「音無結弦。医者志望の元学生だ、よろしく」
「そこの坊主には名乗ったが、改めて名乗ろう。ライダーのサーヴァント、征服王・イスカンダルだ!」
「……棗鈴」

 三者三様の自己紹介。各々の性格がよく顕れている紹介の仕方でもある。
 そしてやや男二人から離れた位置で、鈴は未だ警戒心を解く事の無いままでいた。

「そんなに警戒するもんでもなかろうに」
「う、うるさいっ! でかいんだ、おまえ!」

 何処かの誰かが発したような言葉。
 理不尽な拒否の言葉にも、しかしライダーは笑って流した。

「ハハハッ、この程度でデカイと言われてもなぁ。ほれ、他に無いのか?」
「し、知るかっ! うるさいっ! 静かにしろっ!」
「ま、まぁまぁ……」

 出会って数分。だというのに、三者の役割が見てとれるのは気のせいでは無い。
 若干顔を引き攣らせつつ、結弦は二人の仲裁に割って入る。このままでは話が進まない。

「とりあえず……あー、棗さんは何か訊きたいことはある?」

 今現在、マトモな情報交換は望めない。幾分か落ち着いたとはいえ、鈴に混乱状態の気があることを見て結弦は話を振った。

「こ、此処はどこなんだ?」

 返ってきた言葉は、現状に対する根本的な問い。
 まだ混乱状態の抜けない鈴に対し、どう答えるべきか。必要としたのは僅かな逡巡。

「……此処はE-4にある教会。地図を見れば分かると思うけど、島の中心部だ」

 余計な気を使う余裕は無い。今の鈴に対しては些か酷ではあるが、現状について嘘は吐けなかった。
 思い出したのか、只でさえ宜しく無い顔色がますます悪くなる。口が半開きになり、出てきた言葉は震えていた。

「教会、島……」
「……残念ながら、夢の出来事ってわけじゃない。落ち着いて……とは言わないから、先ずは水でも飲んだらどうだ?」

 未開封のペットボトルを一本、鈴へと転がす。
 思考させるよりも速く、考えを別の方向に移させるためだった。

「返そうなんて考えなくていい。俺たちは味方だ。疲れているなら、休んでくれてていいから」

 矢継ぎ早に言葉を発する。そのどれもが、現状を説明するには足りないものばかりであった。
 其処には、鈴が真に訊ねたいことで無ければ、結弦達が知りたい事柄も含まれてはいない。
 結局のところ交わされたのは、会話未満の会話。

「……上手いな、坊主」

 だが、それこそが結弦の狙いでもあった。
 混乱状態にある人物に対して、『敵』だの『死』だのといった負の意味を連想させる言葉を発するのは良くない。
 また同様に、過去を無理矢理訊き出すのも得策ではない。
 相手が自らの思考を律せるまでは、下手につつかないのが賢明な手であった。
 しかしライダーの賞賛の声に、結弦は首を振って返す。

「これでも医者志望だ。これくらいはな」

 別に関係性があるわけではないが、手放しに賞賛されるには良い出来とも言い難い。
 理由づけにしては苦しい言葉だったが、やや大仰にライダーは頷いただけだった。鈴との会話は彼に一任するとの表明でもある。事実、ライダーが鈴に話しかけても進展が見込めない事くらい、彼自身も分かっていた。

(厄介だのぅ……)

 故に、心の中で息を吐く。
 結弦の、右腕に刻まれている二画の令呪を思い返しながら。





【一日目/1時30分頃/E-4、教会内部】
【音無結弦@AngelBeats!】
[状態]健康
[装備]グロック17(17/17) 、令呪(ライダー)×2
[所持品]基本支給品
[思考・行動]
基本: 殺し合いには乗らない
1:三人で行動
2:新都へ向かいたい
3:知り合いと合流したい


【備考】
  • エンディング後からの参戦



【一日目/1時30分頃/E-4、教会内部】
【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 恐慌、精神的疲労(中)
[装備]
[所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3
[思考・行動]
基本: ?
1:?


【備考】
  • 本編開始直後からの参戦











『……分かった。じゃあ、早速だが命ずる。
 本来の持ち主の、この女の子を守ってくれ。第一優先で頼む』

 サーヴァントについて簡単な説明を受けた後、少年は迷い無く令呪を行使した。
 詳しく訊けば、本来ならば少女がマスターとなる筈だったと言う。
 義理のつもりか。悪手、とは言わない。が、現状を見る限り有効な使い方とは言い難いだろう。



 だが、まぁ。



 その意気や、良し。





【一日目/1時30分/E-4、教会内】
【ライダー@Fate/Zero】
[状態] 健康
[装備]
[所持品]
[思考・行動]
基本:二人の護衛
1:二人の護衛

【備考】
  • 召喚前からの参戦




No.030:守るべきもの 投下順 No.032:フィギュアスケーターと殺し屋と大男
No.016:深夜の図書館、少女が二人 時系列順 No.032:フィギュアスケーターと殺し屋と大男
No.001:ファーストエンカウント 音無結弦 No.:
No.001:ファーストエンカウント 棗鈴 No.:
GAME START ライダー No.:
最終更新:2015年11月29日 03:42