少年--音無伊御の驚愕
最初は、トラブルメーカーズがまた何かしらしでかしたと思った。
次に、性質の悪い悪夢だと考えた。
最後に、是は否応のない現実であると思い知らされた。
――――音無伊御の、おおよそ三十分間の思考の遍歴。
■
手に持ち構えるは木刀。
対し、防いで弾き返すは日本刀。
上から振り下ろされれば、受けずに流し。
下から振り上げられれば、足の裏で防ぐ。
横から振るわれれば、構えて弾き。
突きが繰り出されれば、体を捻って流す。
拳が振るわれれば、掌を持って防ぎ。
蹴りが襲い来れば、同様に蹴りをもって弾く。
押しては引いて。
寄せては返し。
二手三手と先を読み合い、苛烈な連撃を繰り広げ。
一挙手一投足を注視し。
狙うは、ただ一撃。
浮かべたのは、笑み。
「やるじゃん、あんた」
「……ふん」
青年の言葉に不満気に鼻を鳴らし、少女の身体が一気に数メートル後ろへと後退する。
青年は追うことをしない。代わりに、傷を負った木刀を労うように優しく撫ぜる。
流れるような黒色の長髪を風に預け、少女は青年へと一瞥をくれた。日本刀は構えたまま。
舌打ちを、一つ。
「……解せない」
「ん?」
「何者?」
黒髪の少女はいぶかしむ様に青年を見やる。
その問いに、待ってましたと言わんばかりに青年は口を開いた。
「森田賢一。見ての通りのナイスガイだ」
「……」
「おいおい、蔑むような視線は逆効果だぜ。何せ俺はハードMだからな」
「……」
緊張感の欠片も無い自己紹介とウィンク一つ。
少女の絶対零度の視線にも動じる事の無い精神力は、ともすれば感嘆に値するかもしれない。
だがそれはそれ、これはこれ。
軽薄な態度とは裏腹に、青年の醸し出す雰囲気は決して油断を見せられるものではない。
「さてさて、自己紹介には自己紹介で返してくれるとうれしいんだがね」
此処に来て、漸く少女は自身の不利を悟った。
何の気負いもなく自然体で立つ青年と、焦燥に駆られ呼吸を乱した少女。
差は歴然としている。
「……何者」
「言ったろ? 森田賢一。あんたも見ての通りのナイスガイさ」
嫌味も虚栄もない、あるがままの自己紹介。
そう、と。短く頷いて少女は言葉を返した。
「……千堂」
「ん?」
「千堂瑛里華なら、貴方の力になってくれるかもしれないわ」
「……成程。で、君は……」
問いは、少しだけ遅かった。
ひと飛びで距離をとると、脇目もふらずに少女は場を離れる。
追いかけるには開きすぎた距離。
何よりも、
「……ふぅ」
短く息を吐くと、青年――森田賢一はその場に座り込んでしまった。
足は震え、腕は上がらず、息も絶え絶え。
潜在的なポテンシャルは、明らかに年下のはずの少女の方が数段上。
何度も死線をくぐり抜けてきた賢一をして、どうにか対等に保つのが精一杯というのが実情だった。
「ったく、人が死ぬ気で身につけてきたものをよぅ……」
漏れ出たのは切実な言葉。
しかも恐ろしい事に少女はあれでまだ本気ではない。
出会ってから逃走までの攻防の中で、一切の殺意が無かった。
幸いなことに、まだ少女はこのゲームに乗っているというわけではないらしい……とするのは安直かもしれないが、初っ端から殺意バリバリで殺しに来るよりは数段マシである。
無理矢理ではあるが、そう賢一は思考を締めた。
「とまぁ、今はこんなところかね……さて」
時間は、きっかし一分。
休ませていた身体を起こし、体に着いた土を叩く。
プラスして軽めのストレッチを行い、傍らに置いてあったディパックを木刀で持ち上げ担ぐ。
そうして、漸く――
「今からそっちに向かってくけど、よろしいかな? そこの木の陰に隠れている誰かさん」
音無伊御の思考は、現実へと回帰する。
【一日目/0時30分/F-6】
【音無伊御@あっちこっち】
[状態] 健康
[装備]
[所持品]基本支給品、ランダムアイテム
[思考・行動]
基本:ゲームに乗るつもりは無い
1:気付かれていた?
【備考】
【一日目/0時30分/F-6】
【森田賢一@車輪の国、向日葵の少女】
[状態] 疲労
[装備]
[所持品]基本支給品、木刀、ランダムアイテム×1~2
[思考・行動]
基本:ゲームに乗るつもりは無い
1:誰かさん(伊御)と情報交換
【備考】
■
何故、あんなことを言ったのかは分からない。
強いて言うならば、突発的に口をついた、とするべきか。
……答えになっていない事は、誰よりも自身が分かっている。
「……まぁ、いいわ」
十分な距離をとったところで、漸く少女は足を止めた。
出会い頭に出会った青年の所持品を奪うだけのはずが、随分なハードワークになってしまった。
まずは、どこか人気の無いところで休むことにしよう。
力任せに刀を振るったせいか、右腕が妙に痛む。
――こんなことは今まで無かったはずなのに
「……制限?」
あの広間で神父が話していた内容に、そんな言葉があった。
気付いてみれば、至極当たり前のことだ。自分の事を知っているのならば、制限をかけない方がおかしい。
そう。自分の事を知っているならば……
「……」
不意によぎった思考を、馬鹿らしいと首を振って否定する。
まだ確証に至るには程遠すぎる推論だ。
だが、もしも。もしもそれが事実ならば……
「馬鹿らしい」
もう一度。今度は口に出して否定する。
ディパックを担ぎ直し、止めていた足を動かす。
まずは休める場所を探そう。全てはそれからだ。
胸の奥につっかえた何かを意図的に無視したまま、少女――紅瀬桐葉は再び駆けた。
【一日目/0時30分/F-5】
【紅瀬桐葉@FORTUNE ARTERIAL】
[状態] 疲労
[装備]
[所持品]基本支給品、日本刀、ランダムアイテム×1~2
[思考・行動]
基本:なるべく穏便に行動
1:休める場所を探す
2:……まずは、休める場所を探す
【備考】
最終更新:2015年11月29日 03:24