difference
「――呪ってやる――」
その姿を――識っていた。
その声を――識っていた。
慈愛と憧れに満ちていた瞳も。
肩を掴む優しかった細い五本の指も。
その全てが――その全てを、確かに識っていた。
「■■■■……オマエを呪う……苦しめ……死ぬまで悔やめ……絶対に、許さない……」
怨嗟の声が耳を犯す。
憎悪に染まった瞳が身を貫く。
慈愛にあふれていたその姿は、底抜けの呪詛に染まっていた。
何かが、頬をつたう
「ああ、いいとも」
肩に食い込む五指を。
捉えて離さない瞳を。
止む事の無い言葉を。
その全てを、一身にその身に受けながら。
事もなく、男は了承の意を唱えた。
「それでいい。言ったはずだ」
身体を犯す呪いを感じながら。
流れ込む憎しみを受けながら。
一つの感情も無いままに、男は最後の言葉を紡いだ。
「――僕は、オマエを担うと」
■
笹瀬川佐々美の目覚めは、ともかく最低だった。
まず、頭が痛い。とてつもなく痛い。
じんじんするような、がんがんするような……言葉で表現することのできない痛み。
んでもって、何故かふらふらする。視界も足元も揺れる揺れる。
あー、だの、うー、だの呻きながらのたうち回る姿に、普段の彼女らしさは一切皆無であり。
とてもではないが、彼女の想い人には見せる事の出来ない醜態である。
「ぅ、ぅぅぉぉ……」
年頃の乙女にあるまじき声。
地の底から響くような呻き声は、時と場所によっては幽霊と捉えられてもおかしくない。
この世の全てを呪うかのような声で、ただのたうち回る。
「ぁぁぁ……」
最悪も最悪、最悪である。
頭痛が酷過ぎて何も出来ない。
四肢はおろか、指一つ動かすことすら億劫である。
「ぇ、ぇぇぃ……」
とはいえ、こうやってのたうち回っているわけにもいくまい。
ここまで酷い頭痛は初めてだが、それを捩じ伏せてこその笹瀬川佐々美である。
こうしている間にも時間は過ぎゆき、朝練の時間が迫ってくる。
遅刻など、絶対に認めてなるものか。
「ぁぉ、起っき、なさ、い……私……っ!」
精一杯の虚勢。
張るべき相手は自分。
自分に勝てずして、一体誰に勝てるというのか。
「……はあっ!」
乾坤一擲、気合い一発、welcome, a happy morning。
足腰に力は入らないが、根性で上半身だけは上げる。
如何に不調であろうとも、鍛え上げられた肉体にその程度の動作が出来ぬはずがない。
「……あれ?」
そうして、漸く気がつく。
「……此処は、何処?」
今自分がいる場所が、皆目見当つかない場所であることに。
「……ええと……調子はどうだい?」
自分の醜態を、赤の他人にずっと見られていた事に。
■
イ、イツカライマシタノ!?
ダ、ダイブマエカラ……
■
男性の名前は、衛宮切嗣というらしい。
随分と草臥れたコートと擦れ切ったような雰囲気。儚げな、とでも言い換えるべきか。
同じ人間なのかと疑いたくなるような、脆く崩れ去りそうな印象を受ける。
「こんなものかな」
「ええ、ありがとうございます」
互いが聡明だった事もあり、情報の交換は手早く終わった。
まだ頭は痛むが、この程度が行えぬ程弱っているわけではない。
醜態を見られていた事に対する羞恥が無いわけでないが、それはひとまず置いておく。
「にしても厄介ですわね、これは」
「材質からして見当もつかない。癪ではあるが、無用に調べるのは止めたほうがいい」
すっぽりと、隙間なくはめられた首輪。
置いてあった手鏡で確認するも、手を加えられるような個所は何処にも見当たらない。
言われた通り癪ではあるが、ここは余計な手を加えない方が賢明だろう。
「首輪については一先ず放っておこう。今考えても埒が明かない」
「そう、ですわね……それにしても、いったい何が目的でこんなことに……」
「さぁね……今は額面通りに言葉を受け止めるしかないかな」
『殺し合い』。
佐々美の記憶が正しければ、確かにあの男性はこの言葉を発した。
生殺与奪権は、あの男性が握っている。
首輪を填められている限り、佐々美に自由は無い。
そしてそれは、全ての参加者に当てはまる。
生き残るための具体的な方法は、最初に提示された一つしかない。
「衛宮さんは……」
「ん?」
零れ出た言葉に反応される。
一瞬迷いはしたが、そのまま言葉に出す。
「もしも……もしもの話です。仮に、誰かが襲ってきた場合……衛宮さんは……」
「容赦はしないよ」
何の気負いも無く、言葉は被せられた。
「無抵抗主義なんてのは真っ平でね。どんな状況であろうと、それ相応の対応はするさ」
幾重にもオブラートに包まれた言葉。
それでも、その真意が分からない佐々美ではない。
「……君が気負う必要はない。そもそも、そっちの方が僕の領分だしね」
擦れたような、儚げな微笑み。
何の理由も無く佐々美は理解した。
彼女と切嗣とでは生きている世界が違う、と。
喉が掠れる。
「……と、ところで、浴室はどこにあるかご存知でしょうか?」
咄嗟に出た言葉は、話題転換にはあまりにも苦しかった。
「浴室? 給湯室ぐらいしか見当たらなかったかな」
「そうですか……それでは、ちょっと顔を洗ってきますわ」
「部屋を出て右に曲がればすぐのところだから」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
逃げ出すように部屋の外に出ると、振り返ることなく給湯室へと早足で向かう。
平和な国で学生生活を謳歌していた佐々美には、彼が纏っていた雰囲気を理解する術を持っていない。
ただ早足にその場を抜け出すことしかできなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
乱れた呼吸を整えるように、深呼吸を繰り返す。
流し台に手をつき、気持ちを落ち着かせる。
ぐにゃりと、視界が歪んだ。
「っ……ごほっ……」
喉をせり上がってきた何かが、シンクにぶちまけられる。
ツンと。鼻につくあの特有の臭い。
反射的にこみあがってる嘔吐感を我慢し、水を流して対処する。
黄色の液体があるだけで、固形物が無いのが救いだった。
「……酷い顔ですこと」
設置された鏡に映った、覇気の無い顔。
頭痛でのたうち回った際に汚れた髪も相まって、幽鬼と捉えられてもおかしくは無い。
自信に溢れた数時間前の自分の姿とは、似ても似つかない。
ふと、そんな自分が急に滑稽に思えて口元が緩んだ。
「……しっかりなさい、まったく」
病は気から。弱気は損気。
この程度で取り乱すなど、随分と自分も小さく収まってしまったものだ。
髪の毛をかき上げ、鏡に映った自分を叱咤する。
大胆不敵なくらいが、笹瀬川佐々美にはちょうどいい。
「さぁ、さっさと終わらせましょう」
髪留めを外し、汚れた髪の毛を自由にする。
ブラシなんて気の利いたものはないので、水で濡らした自分の手を櫛代わりに。
心なしか、先ほどよりも気分は軽く感じる。
余裕が出来た証しか。悪くは無い。
まだ顔色は悪いが、この分ならすぐに戻るだろう。
ふと、背後の時計に目が合う。
「……あら? もう午前二時ですの?」
【一日目/2時00分/G-2、高層ビル10F】
【笹瀬川佐々美@リトルバスターズ!EX】
[状態] 頭痛(小)、精神的疲労(小)
[装備]
[所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3
[思考・行動]
基本:ゲームに乗るつもりは無い
1:衛宮さんと行動
2:シャワー浴びたい
【備考】
■
情報交換が上手く行ったのは、言うなれば当然のことである。
何せ既に相手の情報を知っていたのだから。
後は自分の都合のいいように誘導すれば良かっただけなのだから。
だというのに、衛宮切嗣の顔に喜びの色は見えない。
理由は明快。身体を襲う倦怠感である。
思い当たる節は、一つ。
(これが、『制限』か……)
魔術とは、魔力を用いて人為的に神秘や奇跡を再現する事。
魔術師とは、『根源』を至る為に魔術を扱う者の事を指す。
佐々美に対して行使した暗示と忘却の魔術。初歩的と言えど、確かにそれは制限に値する力なのかもしれない。
(この程度でも影響するのか……)
思い返せば、佐々美にかけた術も完璧とは言い難かった。
意識を戻した彼女に後遺症が残っていたのが何よりの証拠。
何の素養の無い一般人にすらこの程度なのだから、多少の耐性がある人物には効かない可能性もある。
どの割合で制限がかかるのかは分からないが、自身の持つ能力は大幅に制限を受けていると見た方がいいだろう。
(……まぁ、軽微ではある、か)
例え不利でも、それならそれで対処すればいいだけの話。
魔力・魔術を用いた戦闘運用が期待できなくとも、他の手段が切嗣にはある。
寧ろ、開始早々に不具合を確認できただけ僥倖であろう。
――――それに、そんなことは最早二の次、三の次である。
深く精神を犯した心象は、終わってみれば何もかもが過ぎ去った後だった。
聖杯の中身を知った。
理想は叶わぬ事を知った。
彼の日の誓いは意味を為さなかった。
最後まで貫いた信念は、どこまでも空虚であった。
――――今の衛宮切嗣には、何も無い。
【一日目/2時00分/G-2、高層ビル10F】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態] 疲労(小)、無気力
[装備]
[所持品]基本支給品、ランダムアイテム×1~3
[思考・行動]
基本:?
1:まずは待機
【備考】
- 原作四巻・ACT16から参戦
- 笹瀬川佐々美と情報交換をしました
- 暗示の魔術で佐々美から多量の情報を引き出してます
最終更新:2015年11月29日 03:31