Monsters
迂闊だった。
血まみれの足に包帯を巻きながら、千堂瑛里華は歯噛みした。
義憤があった。
こんなバカげた催しなんてぶち壊してやるという義憤が。
慢心もあった。
まさか自分が狩られる側になることはないだろうとういう慢心が。
それが、この現状である。
「最悪……」
トラバサミ。ベアートラップやレッグホールドトラップとも呼ばれる、世界的に広く認知されている狩猟用トラップ。
瑛里華の踏んだソレは小型~中型用の代物。骨を粉砕されなかったのは、それこそ不幸中の幸いというやつだった。
もっとも、皮膚を裂かれ肉を抉られ。歩行に支障をきたす現状を喜べるかどうかは別問題だが。
視界の端に転がるソレを、憎々しげに睨みつけながら溜息を零した。
「……前途多難ね、こりゃ」
支給された応急処置セットで治療を済ませ、背を木に預ける。
普通の人間ならば歩くことも困難な大怪我だが、千堂瑛里華はその枠には当てはまらない。
暫く休めば回復するだろう。人間ではない己の身に、改めて感謝する。
千堂瑛里華は、吸血鬼である。
といっても、物語に出てくるような輩とは違う。
不老ではあるが不死身では無くて。
オリンピックに出るような人間に負ける為に手を抜く程度には身体能力が高くて。
再生能力や免疫能力が普通の人間と比べれば人並み外れて高くて。
別段食事をする必要はなくて。
定期的に人間の血液を摂取しないと暴走してしまう。
そんな、存在。
作動したトラバサミを力づくでこじ開け左足の応急処置を行えたのも、吸血鬼としての力のおかげである。
「ええと、ここは多分F-6、7辺りだから……うわっ、学院まで遠っ……」
瑛里華の目指す修智館学院は、地図上ではB-6にある。
広大な敷地のことを思えば、周辺のB-5やC-5、6辺りにも敷地は広がっていそうだが、何にせよ現在地点から向かうには森抜け山越え川渡りは避けられない。
初期スタート地から大分進んだとはいえ、まだまだ距離はある。
いくら自身が吸血鬼とはいえ、左足の怪我の事を考えれば無理できる距離では無い。
「仕方ない、一旦休憩かぁ……」
不本意ではあるがこればかりは致し方ない。
罠を張ってくれた愚か者に脳内で最大限の呪詛を吐き散らしつつ、諦めたように目を瞑り、
「ありゃー、大丈夫かい?」
不意に声をかけられる。
目を開ければ、明るい髪の色をした青年。
「……大丈夫だと思いますか?」
「いんや、まったく。歩けそう?」
「……少し休めば」
怪我人を前によくもまぁ軽口を叩けるものだ。
気兼ねの無い口ぶりから察するに、このトラバサミに関係があることは間違いない。
「コレを仕掛けたのは貴方?」
「まぁね、死ぬのは嫌だし。……ところで、力づくで外した、とか?」
「ええ。女の子だっていざとなればコレぐらいは可能よ」
それは失礼した。苦笑と共に右手が差し出される。
「俺、雨生龍之介。ごめんね、怪我させちゃって」
口調、容姿、言動といいチャラいイメージは先行するが、根っからの悪人では無さそうである。
とはいえ、それと腹立たしさは別問題。
よく似た身内の誰かさんと重ね合わせ、砕けぬ程度の握力で握り返して微笑む。
「私の名前は千堂瑛里華。よ・ろ・し・く・ね」
一言一言。しっかりと力を込めて発音。
龍之介の顔が引き攣ったのを確認してから、乱暴気に手を離す。
現状が現状だ。行為を咎めるつもりはないが、当然許すつもりも無い。
それを分かっているのか、龍之介も特には何も言わなかった。
「それで、雨生さんには何処か行くあてが?」
多少ふらつくが、何とか立ち上がる。
回復が遅いのが気になるが、この程度吸血鬼の能力をもってすればわけはない。
「ん~、特には無いかな。強いて言えば新都に向かうってくらい。瑛里華ちゃんは?」
「修智館学院へ。知り合いもそっちに向かうと思うので」
「その怪我じゃ大変でしょ。付いて行こうか?」
「いえいえ、御心配には及びません」
軸足は右一本。頑強さに任せて力任せに裏拳を振り抜く。
大木が、揺れる。
「多少の悪漢程度に後れは取りませんので」
「……わお」
二の句を告げられない龍之介を尻目に、手早く支度を整える。
おそらくは一般人であろう龍之介と行動するよりは、一人で行動した方が学院に着くのは早い。
トラバサミの件に対する苛立ちや不信感も手伝い、瑛里華は一人での行動を選択する。
「それでは」
「うん。また会えるといいね」
人懐っこい、無邪気な笑み。
突き放してしまった事を若干後悔するが、出した言葉は取り返せない。
それよりも、先の事に考えを馳せる方が先決だ。
暫くは片足のみで歩くことになるが、まぁ吸血鬼の身なら問題はない。
振り返ると、まだ龍之介は此方に向けて手を振っていた。
【一日目/2時00分/F-7】
【千堂瑛里華@FORTUNE ARTERIAL】
[状態] 左足に怪我(中)
[装備]
[所持品]基本支給品、応急処置セット、ランダムアイテム×1~2
[思考・行動]
基本:ゲームをぶち壊す
1:修智館学院へ向かう
【備考】
■
「……惜しかったなー、あの金髪」
瑛里華が見えなくなるまで手を振り、残念そうに言葉を零す。
腰元に忍ばせておいたサバイバルナイフは、終ぞ使う機会が無かった。
「まさかトラバサミをを自力で開けるパワフル少女だったなんて」
本来の作戦では、かかった獲物を自身の作業場へ連れて行きイイコトをするつもりだった。
だが蓋を開けてみればどうか。かかった獲物は、真正面からでは負傷していたとしても自身の手に負えるモノではない。
染めた様子の見られない鮮やかな金髪は惜しいが、それ以上に自分の命が惜しい。
「ま、名前も聞いたし運が良ければ会えるでしょ」
開始早々無理をする必要はない。
転がるトラバサミを回収し、ディパックの中へ。
廃墟の中で見つけた一品は、これからも存分に活躍しそうである。
「さてさて……次はどんな子と会えるかな?」
【一日目/2時00分頃/F-7】
【雨生龍之介@Fate/Zero】
[状態] 健康
[装備] サバイバルナイフ
[所持品]基本支給品、メガホン、閃光弾、トラバサミ
[思考・行動]
基本:大いにゲームを楽しむ
1:F-8にある廃墟付近を徘徊
2:旦那の下に帰りたい
【備考】
最終更新:2016年01月29日 00:28