CONTRACT ◆VD1a3KzNnI
薔薇乙女が長女、第一ドール水銀燈が知る名はこの殺し合いの場において五つあった。
第二ドール、金糸雀。
第三ドール、翠星石。
第四ドール、蒼星石。
第五ドール、真紅。
第六ドール、雛苺。
第三ドール、翠星石。
第四ドール、蒼星石。
第五ドール、真紅。
第六ドール、雛苺。
水銀燈の妹たち。彼女らもまたこの場に招かれ、同じ満月の光を浴びている。
この戦いはアリスゲームではない。水銀燈自身、この戦いにそこまで積極的に関わろうとは思っていない。
だが、姉妹たちはどうだろうか。
この戦いはアリスゲームではない。水銀燈自身、この戦いにそこまで積極的に関わろうとは思っていない。
だが、姉妹たちはどうだろうか。
金糸雀、雛苺はまあ警戒する必要はないだろう。
力はそれなりに強くとも、この二人は他の姉妹に比べると戦意が旺盛というタイプではない。
あえて言うなら金糸雀はやる気だけはあるものの空回りする悪癖を持っているし、雛苺の意識は末の妹だけあって姉妹でも随一に幼い。
どんな出会い方をしようが、水銀燈の方から手を出さず対話を求めればまあ応じてくるだろうという確信はある。
力はそれなりに強くとも、この二人は他の姉妹に比べると戦意が旺盛というタイプではない。
あえて言うなら金糸雀はやる気だけはあるものの空回りする悪癖を持っているし、雛苺の意識は末の妹だけあって姉妹でも随一に幼い。
どんな出会い方をしようが、水銀燈の方から手を出さず対話を求めればまあ応じてくるだろうという確信はある。
問題は残る三人。
翠星石、蒼星石の双子は双子だけあってその結び付きは強く、片方の行動にもう片方が引きずられることは往々にして有り得る。
つまり片方と敵対してしまえば自動的に片割れも敵となるのだが、問題は両方ともが水銀燈と良好な関係ではないということだ。
特に翠星石がまずい。水銀燈が『アリスゲームは一時休戦して手を組みましょう』などと言ったところで、あの天邪鬼は絶対に信用などしないだろう。
むしろ裏があるのかと疑ってかかり、状況によってはそのまま敵対・あるいは戦闘に突入することは想像に難くない。
蒼星石にしても、水銀燈を警戒こそすれ易々と気を許すことはないと思っていい。
翠星石、蒼星石の双子は双子だけあってその結び付きは強く、片方の行動にもう片方が引きずられることは往々にして有り得る。
つまり片方と敵対してしまえば自動的に片割れも敵となるのだが、問題は両方ともが水銀燈と良好な関係ではないということだ。
特に翠星石がまずい。水銀燈が『アリスゲームは一時休戦して手を組みましょう』などと言ったところで、あの天邪鬼は絶対に信用などしないだろう。
むしろ裏があるのかと疑ってかかり、状況によってはそのまま敵対・あるいは戦闘に突入することは想像に難くない。
蒼星石にしても、水銀燈を警戒こそすれ易々と気を許すことはないと思っていい。
そして真紅。
水銀燈と真紅は自他ともに認める犬猿の仲。
通常なら真紅と手を組むことなど到底認められることではない。そんなことをするくらいならまだ金糸雀と組む方がマシだとすら思える。
しかし、真紅は姉妹の中では一番理知的と言えるパーソナリティの持ち主でもある。
この状況で薔薇乙女同士が戦うことの無益さを、水銀燈以上に深く理解していることだろう。
ならばこそ、水銀燈が協力を申し出たとしても無碍に切って捨てることはないはず。最悪でも、いきなり敵対するということは考えにくい。
水銀燈と最も険悪な関係である真紅が、皮肉なことに最も与しやすく頼りになりそうだというこの状況。
水銀燈と真紅は自他ともに認める犬猿の仲。
通常なら真紅と手を組むことなど到底認められることではない。そんなことをするくらいならまだ金糸雀と組む方がマシだとすら思える。
しかし、真紅は姉妹の中では一番理知的と言えるパーソナリティの持ち主でもある。
この状況で薔薇乙女同士が戦うことの無益さを、水銀燈以上に深く理解していることだろう。
ならばこそ、水銀燈が協力を申し出たとしても無碍に切って捨てることはないはず。最悪でも、いきなり敵対するということは考えにくい。
水銀燈と最も険悪な関係である真紅が、皮肉なことに最も与しやすく頼りになりそうだというこの状況。
「笑っちゃうわねぇ……」
独り言を聞き咎め、何がだ、と聞いてくるしもべ――桐山和雄に、何でもないと言葉を返す。
そう、笑えるといえばこの人間もそうだ。
出会ったとたんに自分から隷属を申し出てきた人間。水銀燈の長い生の中でもトップクラスのイレギュラー。
この数時間話した限りでは、裏がなさそうだということは何となくわかった。
柿崎めぐのように生きる気力を無くしたのか、と最初は思ったが、話していくうちにそうでないことはすぐ理解した。
桐山和雄にはこれといって明確な指針、生きる目的というものは無い。
生きているのなら、ただ生きるのみ。そこには希望も絶望もなく、人を人たらしめる想いや感情、そういったものも希薄である。
ある意味ではドール以上に無機質で、熱の感じられない人形のような人間。
彼が本物のドールである水銀燈と出会い隷属を誓ったのは、気まぐれな神な悪戯のように思える。
そう、笑えるといえばこの人間もそうだ。
出会ったとたんに自分から隷属を申し出てきた人間。水銀燈の長い生の中でもトップクラスのイレギュラー。
この数時間話した限りでは、裏がなさそうだということは何となくわかった。
柿崎めぐのように生きる気力を無くしたのか、と最初は思ったが、話していくうちにそうでないことはすぐ理解した。
桐山和雄にはこれといって明確な指針、生きる目的というものは無い。
生きているのなら、ただ生きるのみ。そこには希望も絶望もなく、人を人たらしめる想いや感情、そういったものも希薄である。
ある意味ではドール以上に無機質で、熱の感じられない人形のような人間。
彼が本物のドールである水銀燈と出会い隷属を誓ったのは、気まぐれな神な悪戯のように思える。
閑話休題。
とにもかくにも、彼の知り合いは四人いるとのこと。
七原秋也、三村信史、杉村弘樹、相馬光子。
この内、七原なる少年以外すべてを桐山が殺害したということを聞いた時は心底驚いたものだ。
死んだ人間が生き返る(これは桐山自身もそうであるらしいのだが)こともだが、それを大したことではないように語る桐山の表情は平静そのもの。
彼の弁を信じるなら『自らを殺した』人物である七原秋也に対しても、恨み辛み一つぶつける素振りを見せないでいる。
とにもかくにも、彼の知り合いは四人いるとのこと。
七原秋也、三村信史、杉村弘樹、相馬光子。
この内、七原なる少年以外すべてを桐山が殺害したということを聞いた時は心底驚いたものだ。
死んだ人間が生き返る(これは桐山自身もそうであるらしいのだが)こともだが、それを大したことではないように語る桐山の表情は平静そのもの。
彼の弁を信じるなら『自らを殺した』人物である七原秋也に対しても、恨み辛み一つぶつける素振りを見せないでいる。
「七原は信用してもいい。杉村もだ。俺の姿を見れば動揺はするだろうが、少なくとも一方的に敵対されるということはないはずだ」
自分や他人の生き死にをまるで他人事のように語る桐山は、人外の存在である水銀燈にすら理解しかねるものだった。
が、その氷のような精神はこの状況では有用なものではある。
動揺せず、必要以上に自己主張することもなく、ただ水銀燈の意志のままに動く桐山は駒としては文句のつけどころがない。
が、その氷のような精神はこの状況では有用なものではある。
動揺せず、必要以上に自己主張することもなく、ただ水銀燈の意志のままに動く桐山は駒としては文句のつけどころがない。
「他の二人は駄目だな。三村は俺を許さないだろうし、相馬はそもそも手を組むに値する女ではない」
「まあ、自分を殺したやつを許せるかって言ったらねぇ」
「俺は七原を恨んではいないが」
「それはあなたがおかしいのよぉ……」
「まあ、自分を殺したやつを許せるかって言ったらねぇ」
「俺は七原を恨んではいないが」
「それはあなたがおかしいのよぉ……」
当面の目標として、協力者の確保が第一だろう。
戦える者、参加者を縛る首輪を外せそうな者、そしてあの影のような人物を知る者。
戦力、技術、そして情報。この三つを揃えることが現況を打破する唯一の道。
戦える者、参加者を縛る首輪を外せそうな者、そしてあの影のような人物を知る者。
戦力、技術、そして情報。この三つを揃えることが現況を打破する唯一の道。
戦力面においては水銀燈とてそこらの人間などに後れを取る気はしないが、万が一ということもある。自分が矢面に立つことはできる限り避けたい。
そのためしもべである桐山にそこを期待したいところだが、桐山自身は特にさしたる能力を持たないただの中学生である。
桐山の身体能力や機転は単なる中学生の域を軽く凌駕しているのであるが、桐山は自身を過大評価してはいない。
よって自己申告は多分に控えめなものになり、強力な武器でもない限り当面はさして役に立てないということだった。
そのためしもべである桐山にそこを期待したいところだが、桐山自身は特にさしたる能力を持たないただの中学生である。
桐山の身体能力や機転は単なる中学生の域を軽く凌駕しているのであるが、桐山は自身を過大評価してはいない。
よって自己申告は多分に控えめなものになり、強力な武器でもない限り当面はさして役に立てないということだった。
「そして、nのフィールドへの出入りも制限されている……」
そう呟く水銀燈は水面に立っている。
翼をはためかせているわけではなく、両の足でしっかりと。
水面には揺らぎ一つなく、まるで鏡のように満月を映し出している。
桐山が試しに自分も水に足を踏み入れると、鏡は瞬間に崩れ波紋が広がっていった。
翼をはためかせているわけではなく、両の足でしっかりと。
水面には揺らぎ一つなく、まるで鏡のように満月を映し出している。
桐山が試しに自分も水に足を踏み入れると、鏡は瞬間に崩れ波紋が広がっていった。
「あなた、鏡を持ってないかしら?」
「手鏡でいいのならある」
「手鏡でいいのならある」
桐山に手渡された小さな手鏡を受取り、水銀燈は指先を鏡面に押し当てる。
すると、本来であれば鏡面に留まり指紋を残すはずの指先は、先ほど水面がそうあるべきだったように鏡の中へと沈みこんでいく。
淡く発光する鏡をじっと眺め、水銀燈はおもむろに指先を抜く。
すると、本来であれば鏡面に留まり指紋を残すはずの指先は、先ほど水面がそうあるべきだったように鏡の中へと沈みこんでいく。
淡く発光する鏡をじっと眺め、水銀燈はおもむろに指先を抜く。
「……駄目ね。一時的に侵入することはできてもすぐに弾かれる。無理に押し入ろうとすれば身体がバラバラになってしまいそうだわ」
集中すれば片手くらいは突っ込めそうだが、指を突き入れただけでも身体がどっと疲労を訴えてくる。
指先でさえこうなのだから、全身を侵入させようとすればその瞬間に砕け散ってしまってもおかしくはない。
指先でさえこうなのだから、全身を侵入させようとすればその瞬間に砕け散ってしまってもおかしくはない。
「緊急避難としてnのフィールドに逃げ込むことはできないと考えた方がよさそうね」
「鏡や水のあるところに自由に出入りできるのならば、逃亡や暗殺を防ぐことはおよそ不可能だ。当然の処置だろう」
「まあそれもそうね。どうやって干渉しているのか、って点は気になるけれど……」
「鏡や水のあるところに自由に出入りできるのならば、逃亡や暗殺を防ぐことはおよそ不可能だ。当然の処置だろう」
「まあそれもそうね。どうやって干渉しているのか、って点は気になるけれど……」
それを言うならローゼンメイデン全員をこの殺し合いに放り込んだことからして異常なのだが。
あの影のような人物の途方もない力について、やはり情報は必要となる。
あの影のような人物の途方もない力について、やはり情報は必要となる。
「まあ、今考えても仕方ないことね。それよりあなたの持ち物を……」
「水銀燈」
「水銀燈」
手慰みに鏡に指先を出し入れさせながら支給された道具を確認しようとしたとき、静かながらも僅かに硬い声が水銀燈を遮る。
桐山は音もなく立ち上がり、水銀燈の背後を見て――睨んでいた。
夜の暗闇に溶け込むように一人の男が立っている。
黒いロングコートから伸びてきた手には、四角い箱らしきものが握られていた。
気を抜いていたつもりはないが、やはり桐山の存在に少なからず安堵している自分がいたのだろうか?
男の接近に気付けなかった自分を内心で叱咤し、水銀燈は慌てて桐山の背後に回る。
現状では自分より劣る桐山を盾にするのも情けない話だが、剣呑な雰囲気を漂わせる他者を前にすれば多少の恥など何ほどのことでもない。
桐山は音もなく立ち上がり、水銀燈の背後を見て――睨んでいた。
夜の暗闇に溶け込むように一人の男が立っている。
黒いロングコートから伸びてきた手には、四角い箱らしきものが握られていた。
気を抜いていたつもりはないが、やはり桐山の存在に少なからず安堵している自分がいたのだろうか?
男の接近に気付けなかった自分を内心で叱咤し、水銀燈は慌てて桐山の背後に回る。
現状では自分より劣る桐山を盾にするのも情けない話だが、剣呑な雰囲気を漂わせる他者を前にすれば多少の恥など何ほどのことでもない。
「今、鏡から呼び出したな。それがおまえの契約したモンスターか」
「……?」
「……?」
水銀燈を一瞥し、すぐに桐山に視線を戻した男がそう吐き捨てる。
しかし、『それ』が何を意味するかを当の二人は理解できはしない。
何も言うつもりがないらしい桐山――水銀燈に従うのだから、対応は任せるということだろう――の背中から水銀燈は慎重に男に話しかけた。
しかし、『それ』が何を意味するかを当の二人は理解できはしない。
何も言うつもりがないらしい桐山――水銀燈に従うのだから、対応は任せるということだろう――の背中から水銀燈は慎重に男に話しかけた。
「何を言ってるのかよくわからないのだけど。私たちに何か御用なのかしら」
「……ミラーモンスターが喋る? 新種だというのか……?」
「だから、モンスターって一体何の話なのよ」
「……ミラーモンスターが喋る? 新種だというのか……?」
「だから、モンスターって一体何の話なのよ」
水銀燈が喋ったことに驚愕したらしい男は、左手に握った箱を水面へと突き出す。
男は一度俯く。次に顔を上げた時には、鋭い眼差しが戦意を湛えて水銀燈を貫いた。
男は一度俯く。次に顔を上げた時には、鋭い眼差しが戦意を湛えて水銀燈を貫いた。
「ライダーが相手ならちょうどいい。何より……おまえのモンスターは、気に障る。嫌なものを思い出す」
「水銀燈、下がれ!」
「水銀燈、下がれ!」
張り詰めた男の声に反応し、桐山が水銀燈を突き飛ばす。
直後、空いた空間を瞬時に何かが走り抜ける――それは異形の蝙蝠だった。
力強く構えられる男の右腕。
直後、空いた空間を瞬時に何かが走り抜ける――それは異形の蝙蝠だった。
力強く構えられる男の右腕。
「変身」
見れば、いつの間にか男の腰に金属の環――ベルトが出現している。
男はそのベルトの中心、空いたバックルの部分に手にしていた箱を叩き込んだ。
閃光が闇を払い、水銀燈は思わず手を翳し目を保護する。
光が収まったとき、男は消えて代わりに西洋の甲冑を纏った騎士の影が佇んでいた。
男はそのベルトの中心、空いたバックルの部分に手にしていた箱を叩き込んだ。
閃光が闇を払い、水銀燈は思わず手を翳し目を保護する。
光が収まったとき、男は消えて代わりに西洋の甲冑を纏った騎士の影が佇んでいた。
「な……」
「はぁっ!」
「はぁっ!」
騎士は柄頭に装飾の施された細剣を手の中で一回転させると、瞬く間に水銀燈たちの眼前へと踏み込んできた。
人間の脚力では望み得ない速度。事情は分からないが状況はわかった。
つまり今この瞬間、水銀燈と桐山和雄は『敵に襲われている』ということが。
一も二もなく水銀燈は翼を打って上空へと逃れる。
人間の脚力では望み得ない速度。事情は分からないが状況はわかった。
つまり今この瞬間、水銀燈と桐山和雄は『敵に襲われている』ということが。
一も二もなく水銀燈は翼を打って上空へと逃れる。
(しまった……!)
だが、安全を確保した喜びよりも先に、桐山の安否が思考の大半を奪う。
自分が離脱することしか考えられず、貴重なしもべのことまで頭が回っていなかった。
が、責められることでもない。アリスゲームという戦いの中にあって、このような敵と遭遇したことはさすがに初めてである。
些か以上に動揺している自分を自覚し、水銀燈は眼下へと目を凝らす。
が、心配は杞憂に終わった。
水銀燈が背後から安全地へと脱出したのを確認した桐山は、即座に自分のバッグから硬貨の入った袋を取り出していた。
容量限度いっぱいまで硬貨が詰められた袋は鈍器としてもそれなりに使えるだろうが、あくまでそれは尋常な人間相手のことだ。
見るからに堅そうな鎧を纏う男に対して有効打は望めないだろう。
それを瞬時に判断した桐山は、袋で殴るのではなく袋を放り投げる。騎士の仮面のすぐ前に。
細剣が一閃し、袋が切り裂かれる。途端、風船が割れたかのように放逐される硬貨の群れ。
騎士の踏み込みによって舞い上がった水飛沫が硬貨に付着し、月光を乱反射させる。
視界を埋め尽くす光に幻惑され騎士は立ち尽くす。
その隙を逃さず桐山は後退。その機転と度胸に水銀燈は密かに舌を巻いた。
自分が離脱することしか考えられず、貴重なしもべのことまで頭が回っていなかった。
が、責められることでもない。アリスゲームという戦いの中にあって、このような敵と遭遇したことはさすがに初めてである。
些か以上に動揺している自分を自覚し、水銀燈は眼下へと目を凝らす。
が、心配は杞憂に終わった。
水銀燈が背後から安全地へと脱出したのを確認した桐山は、即座に自分のバッグから硬貨の入った袋を取り出していた。
容量限度いっぱいまで硬貨が詰められた袋は鈍器としてもそれなりに使えるだろうが、あくまでそれは尋常な人間相手のことだ。
見るからに堅そうな鎧を纏う男に対して有効打は望めないだろう。
それを瞬時に判断した桐山は、袋で殴るのではなく袋を放り投げる。騎士の仮面のすぐ前に。
細剣が一閃し、袋が切り裂かれる。途端、風船が割れたかのように放逐される硬貨の群れ。
騎士の踏み込みによって舞い上がった水飛沫が硬貨に付着し、月光を乱反射させる。
視界を埋め尽くす光に幻惑され騎士は立ち尽くす。
その隙を逃さず桐山は後退。その機転と度胸に水銀燈は密かに舌を巻いた。
「……ただの人間って、嘘っぱちじゃない」
淡々と状況に対処した桐山の横顔は鉄仮面のように動き一つない。
次々に落下していくコインを一枚掴み、騎士は何故か憤った声を吐き出した。
次々に落下していくコインを一枚掴み、騎士は何故か憤った声を吐き出した。
「……金を粗末に扱うな」
「斬ったのはおまえだ」
「チィッ……!」
「斬ったのはおまえだ」
「チィッ……!」
しかし桐山に即座に反論され、騎士は苛立たしげに舌打ちした。
兜の奥で逡巡する瞳が桐山を捉える。
兜の奥で逡巡する瞳が桐山を捉える。
「どうした、なぜ変身しない!」
「変身……?」
「おまえもライダーだろう! ライダーならば俺と戦え!」
「変身……?」
「おまえもライダーだろう! ライダーならば俺と戦え!」
よくよく考えれば先の攻撃は桐山ではなく自分を狙った一撃だった、と水銀燈は頭上から二人を眺める。
騎士は桐山を前にしているものの、意識の大半は水銀燈へ向けている。
迂闊な動きをすればすぐにでもあの細剣が飛んできそうに思える。
騎士は桐山を前にしているものの、意識の大半は水銀燈へ向けている。
迂闊な動きをすればすぐにでもあの細剣が飛んできそうに思える。
「おまえは何か誤解をしているようだ。そもそも俺たちは殺し合いをする気はない」
「そっちになくても……!」
「そっちになくても……!」
言い含めるような桐山の言葉にさらに激昂したか、男は剣を持たない手で桐山へと殴りかかっていく。
やはり人間の運動速度を遥かに超越したその拳は、当たれば桐山の頭蓋など木端に砕けそうなほどの迫力を有していたが、
やはり人間の運動速度を遥かに超越したその拳は、当たれば桐山の頭蓋など木端に砕けそうなほどの迫力を有していたが、
「……? さっきより遅い……」
俯瞰していた水銀燈から見れば、先ほどの剣戟にあった殺気が今回の拳には見られなかった。
その感覚を裏付けるように桐山は左右に身体を振って易々と回避する。
小細工も何もない、純粋に人間の成し得るレベルでの動きを持ってして、騎士の攻撃は次々と避けられていく。
騎士の連撃を竜巻とすれば、桐山は風に舞い踊る木の葉か。
桐山は瞬きの間にするっと騎士の懐へと潜り込み、ぽん、と騎士の胸に右の掌を置いた。
直後、桐山の足下が破裂する。水面が爆発し、上空にいる水銀燈にまで飛沫が届く。
翼が濡れるのを嫌った水銀燈が滑空しながら地面へと降りていくと、示し合わせたように桐山が後退してきて水銀燈を受け止めた。
その感覚を裏付けるように桐山は左右に身体を振って易々と回避する。
小細工も何もない、純粋に人間の成し得るレベルでの動きを持ってして、騎士の攻撃は次々と避けられていく。
騎士の連撃を竜巻とすれば、桐山は風に舞い踊る木の葉か。
桐山は瞬きの間にするっと騎士の懐へと潜り込み、ぽん、と騎士の胸に右の掌を置いた。
直後、桐山の足下が破裂する。水面が爆発し、上空にいる水銀燈にまで飛沫が届く。
翼が濡れるのを嫌った水銀燈が滑空しながら地面へと降りていくと、示し合わせたように桐山が後退してきて水銀燈を受け止めた。
「ちょっとあなた、今何をしたのよ。あいつを倒したの?」
「大したことじゃない。効いてもいない」
「大したことじゃない。効いてもいない」
やはり平然とそう答える桐山に反駁する間もなく、水柱の中から騎士が歩み出てきた。
拳を解いて胸に手を当てているが、それは痛みや傷を気にしている風ではなく、純粋に何をされたか理解できない戸惑いのようなものが感じられた。
拳を解いて胸に手を当てているが、それは痛みや傷を気にしている風ではなく、純粋に何をされたか理解できない戸惑いのようなものが感じられた。
「ライダーではない生身の攻撃で、ライダーに衝撃を通すか。おまえ、只者ではないな」
桐山の一撃は、本人の言葉通り痛撃にはならず。どうやら騎士を本気にさせただけに終わったようだ。
俄かに緊張感を増した騎士の声にただならぬものを感じたのは水銀燈だけではなかったようで、
俄かに緊張感を増した騎士の声にただならぬものを感じたのは水銀燈だけではなかったようで、
「水銀燈、俺が残って時間を稼ぐ。おまえは逃げろ」
桐山は盛大に水を蹴って騎士の視界を塞ぎ、水銀燈を抱えて後方へと疾走する。
その一方で小声で切り出された言葉に、ローゼンメイデンの矜持は大いに刺激された。
その一方で小声で切り出された言葉に、ローゼンメイデンの矜持は大いに刺激された。
「逃げるって……この私に尻尾を巻いて逃げ出せと言うの?」
「奴の狙いはおまえだ。適当に相手をしたらおれも逃げる」
「そうじゃないわ! あなた、誰に向かって!」
「今までのやつは力の半分も出していない。本気で来られたら、二人とも殺されるだけだ」
「奴の狙いはおまえだ。適当に相手をしたらおれも逃げる」
「そうじゃないわ! あなた、誰に向かって!」
「今までのやつは力の半分も出していない。本気で来られたら、二人とも殺されるだけだ」
相変わらず焦った感じはしないものの、桐山は状況を甚だ不利だと見ているのは水銀燈にも伝わってきた。
未だ水銀燈自身は騎士と手を合わせてはいないものの、姉妹の誰とも違う力を見せる敵を相手に勝てると言い切れはしないのが実情だ。
しかし強力な力を行使するとはいえ、たかが人間相手に遁走するというのはそれだけでローゼンメイデンの誇りに泥を浴びせる行為でもある。
殺し合いに加担する気が薄いとはいえ、襲われて無抵抗を貫けるはずもない。
身にかかる火の粉は振り払わねばならない。相手の生死はそれこそ成り行き次第だ。
未だ水銀燈自身は騎士と手を合わせてはいないものの、姉妹の誰とも違う力を見せる敵を相手に勝てると言い切れはしないのが実情だ。
しかし強力な力を行使するとはいえ、たかが人間相手に遁走するというのはそれだけでローゼンメイデンの誇りに泥を浴びせる行為でもある。
殺し合いに加担する気が薄いとはいえ、襲われて無抵抗を貫けるはずもない。
身にかかる火の粉は振り払わねばならない。相手の生死はそれこそ成り行き次第だ。
誇りが逃走を許さないのならば、戦って勝てばいい。
しかし勝つためには純然たる力が足りない。
ならば――どうすればいいか?
しかし勝つためには純然たる力が足りない。
ならば――どうすればいいか?
決まっている。
現状で勝てないのならば、新たなカードをヒットするだけだ。
現状で勝てないのならば、新たなカードをヒットするだけだ。
「――あなた、私に従うのよねぇ?」
「そう言った。だから逃げろと言っている」
「それは私を死なせないため?」
「そうだ。おまえが死を望むなら別だが」
「お断りよ、そんなの。いい? 私のしもべになりたいというのなら」
「そう言った。だから逃げろと言っている」
「それは私を死なせないため?」
「そうだ。おまえが死を望むなら別だが」
「お断りよ、そんなの。いい? 私のしもべになりたいというのなら」
水銀燈が自らのバッグから取り出したものを見て、桐山は目を細める。掌に収まるサイズの四角い箱。
先ほどまでは無用の長物と落胆していたが、本当の使い方は相対している敵が教えてくれた。
箱の表面には黒く染め上げられた竜を象ったしるし。
騎士の男が持っていたものと細部が異なる、しかし秘める力はほぼ同一の。
解放の時を待っている――力。
先ほどまでは無用の長物と落胆していたが、本当の使い方は相対している敵が教えてくれた。
箱の表面には黒く染め上げられた竜を象ったしるし。
騎士の男が持っていたものと細部が異なる、しかし秘める力はほぼ同一の。
解放の時を待っている――力。
「私を害そうとする者がいるのなら、誰が相手だろうとそいつを倒して私を護って見せなさい。それがただ一つ、私があなたに望むこと」
水銀燈の手にある箱を、桐山はじっと見つめる。
これは言葉以上のもの。隷属の証を意味する、契約の儀式。
その手を取るかどうか――桐山和雄は、一瞬たりとも迷いはしなかった。
これは言葉以上のもの。隷属の証を意味する、契約の儀式。
その手を取るかどうか――桐山和雄は、一瞬たりとも迷いはしなかった。
「いいだろう。敵を倒せ――それが二つ目の命令だな」
「ええ……認めましょう、桐山和雄。あなたは今この時を以て、この私、ローゼンメイデン第一ドール水銀燈の、唯一無二の『剣』となる――」
「ええ……認めましょう、桐山和雄。あなたは今この時を以て、この私、ローゼンメイデン第一ドール水銀燈の、唯一無二の『剣』となる――」
運命を変える切り札――箱、カードデッキを、桐山は掴み取った。
振り向く。水銀燈が桐山の腕を離れ、自らの翼で優雅に飛翔する。
視線の先、そこには敵がいる。
水銀燈が倒せと指し示した、桐山和雄の敵が。
振り向く。水銀燈が桐山の腕を離れ、自らの翼で優雅に飛翔する。
視線の先、そこには敵がいる。
水銀燈が倒せと指し示した、桐山和雄の敵が。
「ようやく、その気になったか」
答える騎士の声には、ようやくという感慨。生身の中学生を甚振るのは本意ではなかったというような。
閃いた思考を切って捨て、桐山は男がそうやって見せたように箱を水面に――腰を締め付けるベルトの感覚。
閃いた思考を切って捨て、桐山は男がそうやって見せたように箱を水面に――腰を締め付けるベルトの感覚。
戦う力は手に入れた。
戦う理由は水銀燈が指し示してくれる。
そして、戦って勝利すべき敵は目の前にいる。
戦う理由は水銀燈が指し示してくれる。
そして、戦って勝利すべき敵は目の前にいる。
何も、迷うことは、ない。
桐山和雄はただそうあるべきであり、そう生きるのみ。
息を強く、強く吸い――止める。
桐山和雄はただそうあるべきであり、そう生きるのみ。
息を強く、強く吸い――止める。
「変身」
鍵となる言葉が虚空に解けて、契約は履行された。
全身を覆う、力強き脈動を感じる。
見開いた瞳に移る新たな世界。
騎士が瞠目する――城戸のデッキか、という呟き。
漆黒の天使を主と掲げ、黒き龍の戦士が戦場へと降り立った。
全身を覆う、力強き脈動を感じる。
見開いた瞳に移る新たな世界。
騎士が瞠目する――城戸のデッキか、という呟き。
漆黒の天使を主と掲げ、黒き龍の戦士が戦場へと降り立った。
【G-2/水辺/一日目・深夜】
【秋山蓮@仮面ライダー龍騎】
[状態]:健康、仮面ライダーナイトに変身中
[装備]:カードデッキ(ナイト)
[道具]:基本支給品、不明支給品×1
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに乗るかどうか決めかねている
1:俺は、どうしたらいい……
2:ライダーが相手なら、戦える
3:水銀燈が気に入らない
[備考]
[状態]:健康、仮面ライダーナイトに変身中
[装備]:カードデッキ(ナイト)
[道具]:基本支給品、不明支給品×1
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに乗るかどうか決めかねている
1:俺は、どうしたらいい……
2:ライダーが相手なら、戦える
3:水銀燈が気に入らない
[備考]
- 参戦時期:少なくとも恵理が目覚めるより前、手塚との出会い以降からの参戦
- 水銀燈を新種のミラーモンスターだと認識しています。
[共通備考]
F-2の墓場には、参加者の元いた世界の脱落者、関係者の墓が多数存在。(※死者に限る)
F-2の墓場には、参加者の元いた世界の脱落者、関係者の墓が多数存在。(※死者に限る)
【水銀燈@ローゼンメイデン】
[状態]:健康
[装備]:桐山和雄(隷属させている)
[道具]:基本支給品、不明支給品1
[思考・状況]
基本行動方針:アリスゲームを元の世界で続けるために主催に反逆する。
1:騎士(秋山蓮)に対処する
2:桐山和雄以外の参加者との接触。とりあえず姉妹たちを優先してみる(真紅を優先)
【備考】
※参戦時期はローゼンメイデン4巻終了時です。
[状態]:健康
[装備]:桐山和雄(隷属させている)
[道具]:基本支給品、不明支給品1
[思考・状況]
基本行動方針:アリスゲームを元の世界で続けるために主催に反逆する。
1:騎士(秋山蓮)に対処する
2:桐山和雄以外の参加者との接触。とりあえず姉妹たちを優先してみる(真紅を優先)
【備考】
※参戦時期はローゼンメイデン4巻終了時です。
【桐山和雄@バトル・ロワイアル】
[状態]:健康、仮面ライダーリュウガに変身中
[装備]:カードデッキ(リュウガ)
[道具]:基本支給品、たくさん百円硬貨が入った袋(破れて中身が散乱している)、手鏡
[思考・状況]
基本行動方針:水銀燈の仰せのままに。
1:水銀燈に付き従う。
【備考】
※参戦時期は死亡後です。
[状態]:健康、仮面ライダーリュウガに変身中
[装備]:カードデッキ(リュウガ)
[道具]:基本支給品、たくさん百円硬貨が入った袋(破れて中身が散乱している)、手鏡
[思考・状況]
基本行動方針:水銀燈の仰せのままに。
1:水銀燈に付き従う。
【備考】
※参戦時期は死亡後です。
未知との遭遇 | 投下順 | I want to cry for you |
さあ歌え。妹讃歌だ。 | 時系列順 | 誰かの願いが叶うころ |
迷い | 秋山蓮 | I want to cry for you |
WE ARE ONE | 水銀燈 | |
桐山和雄 |