内田雄造とは


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<wikipedia>より

内田 雄造(うちだ ゆうぞう、1942年3月4日 - 2011年1月26日[1])は日本の都市計画家。都市計画の教育者。

東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科、福祉社会デザイン研究科 人間環境デザイン専攻教授。筑波大学大学院非常勤講師。工学博士。国立歴史民俗博物館プロジェクト研究員。財団法人国際東アジア研究センター主任研究員。

自治労自治研まちづくり部会助言者、東日本部落解放研究所理事長、アジア居住ネットワーク・メンバーで、専門は都市マスタープラン策定など都市計画、住民参加のまちづくり論、日本の近代都市計画史から歴史的なまちなみの保全、住宅計画とくに被災時の仮設市街地の計画に関する事例研究から不良住宅改良事業における不良住宅地区の環境整備計画、また災害に強いまちづくり、中心市街地活性化など。一方で学生運動と東大病院北部棟問題、国立歩道橋反対運動、日照権運動、高知同和地区整備・土佐市被差別部落での地区環境整備計画(1975年~ )立案を発端とした一連の同和地区でのまちづくりから部落解放同盟・部落白書づくり運動等と各地の同和地区のまちづくり展開、たまごの会、アジアの草の根の居住改善グループ交流からACHR設立、北方まちづくりとマンション建替借家人問題、外国人居住問題と住民参加のスラム改善といった改善問題から、川越市一番街のまちづくり、巣鴨の地蔵通り商店街のまちづくり、長岡市山古志地区の復興まちづくり等、様々な種類のまちづくり実践にも多く参加。