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158 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:15:38.83 ID:yMmu2Hko [3/24]
その日も俺は、恒例となっている麻奈実との勉強会を終えてから家路へとついた。
俺にとって最も気の許せる、幼なじみと過ごす時間は、いつも癒しを与えてくれる。
だが、そんな安らいだ気分は、我が家の玄関のドアを開けた瞬間にかき消されてしまった。
「たっだいまァ~…………ひいっ!?」
そこには、俺の帰宅を待ち構えるように、桐乃とあやせの二人がそれぞれ腕組みをし、仁王立ちしていたのだ。
二人とも静かに怒りを秘めた雰囲気で、左右に構えたその光景は、まさに仁王門のごとき迫力である。
「お、お前らどうし――」
「ちょっとあんた、顔貸しなさいよ」
桐乃はこちらの問いかけを遮ると、俺のシャツの裾をぐいっと引っ張り、有無を言わさずそのまま自室へと連行していった。
159 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:16:51.95 ID:yMmu2Hko [4/24]
俺達三人は桐乃の部屋に入ると、桐乃とあやせがベッドに腰掛け、俺は自然と床に正座する。
もうこの時点で上下関係ができてしまっているのが情けない話だ。
「一体なんなんだよ、あやせまで……」
相変わらず二人ともむくれたような表情をしている。
とはいっても、俺には、こんな態度を取られる心当たりはまるでなかった。
「……じゃ、あやせから話してくれる?」
「うん、わかった」
あやせからじっと見据えられ、俺は思わず息を飲んだ。
「実は……加奈子のことでお話があります」
加奈子?
あのクソガキと俺になんの関係が……?
160 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:17:48.85 ID:yMmu2Hko [5/24]
「お兄さん、以前に加奈子のマネージャーをしていただきましたよね」
「ああ、そんなこともあったな」
そう、それはもう数ヶ月も前のこと。
あやせが加奈子を騙してコスプレ大会に出場させたとき、俺もその片棒を担ぐ形で偽マネージャーを演じたのだ。
「加奈子は、もう正式にうちの事務所に所属してモデル活動を始めています。
――といっても主にコスプレイベントですけど」
「そういや、そんなこと言ってたな」
加奈子はあのコスプレ大会の優勝で箔をつけ、その業界ではちょっと知られた顔になっているらしい。
あいつが控え室で喫煙してたのがバレたときは、どうなることかと思ったけどさ。
161 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:18:43.46 ID:yMmu2Hko [6/24]
「ただ、ちょっと問題がありまして――」
そう言うと、あやせは表情を曇らせた。
あいつに問題……思い当たる点が多すぎてどれのことか分からない。
だが、あやせの言う問題とは、俺の想像の斜め上をいくものだった。
「今では、加奈子に本物のマネージャーさんがついてるのですが、どうも加奈子本人はマネージャーが代わったのが嫌だったみたいで、事あるごとに前のマネージャーに戻して欲しいと、事務所にしつこく訴えてるんです」
チッ、あのガキ、新人モデルのくせに相変わらずわがままな奴だ。
って……あれ?
前のマネージャーだって?
「もしかして俺のことかあぁ!?」
予想外すぎて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺を、桐乃がギロっと睨む。
あやせは、やれやれといった様子で溜め息をついた。
「加奈子、お兄さんのマネージャーを随分気に入ってたみたいなんですよ。
もしかすると……少し恋愛感情のようなものを抱いてるんじゃないかと思うぐらい」
えええええええ!??
いや、それはありえない!絶対にありえない!
あのクソガキ、人をナメくさった態度で使いまくり、口を開けば悪態しか出てこないし、どう考えてもそんな風に見てる感じじゃなかったぞ。
162 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:19:42.47 ID:yMmu2Hko [7/24]
そこでふと二人に視線を移すと、なにやら俺の反応を観察するかのように、ジト目でこちらを見ている。
「……あんた、加奈子に何かしたんじゃないでしょうね?」
「……お兄さん、何かあったなら正直に話してください」
何かってなんだよ! 何でそういう発想が出てくるかなぁ
だからこいつら怒ってたのか……。自分の信用の無さにビックリさ。
「いや、ちょっと待てお前ら。断言するが、それはお前らの勘違いだ。あいつはマネージャーなんて召使いか奴隷ぐらいにしか思ってねえんだから」
俺は深く溜め息をつき、かぶりを振って否定した。
第一、あのクソガキが恋愛とか言うようなタマかっての。
「まぁ、お兄さんの鈍感さには定評がありますから、その認識もあてにはならないですけど」
あやせはプイッと横を向いている。そんなあやせに代わって桐乃が続けた。
「とにかく、万が一にも加奈子があんたのようなロリコンの魔手に掛からないように、あんたの偽マネージャーは退職ってことにしたいワケよ」
「おい……誰がロリコンだ……」
いつもながら散々な言われようである。
シスコンな上に眼鏡フェチでさらにロリコン追加って、俺ってば三階級制覇だよ。
……まぁ、少なくとも眼鏡フェチに関しては否定できないんだけど。
163 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:20:43.06 ID:yMmu2Hko [8/24]
「でもよ、それなら加奈子に、あのマネージャーが事務所辞めたって、一言伝えりゃ済む話じゃねーの?」
「ええ、そのつもりでした。だけど加奈子が……」
そういうと、あやせはコホンと小さく咳払いをして――
『あのジャーマネ、挨拶もろくな引き継ぎもなく辞めるってアリエネーだろがァ!
担当した加奈子に挨拶ぐらいするのが筋ってモンだろ!
事務所としても、そこんとこどーなのヨ!?』
おわっ!?
いきなり荒っぽいセリフを吐いたあやせに、俺は思わず仰け反ってしまった。
と、そこで気がつく。
「――あっ、それ、もしかして加奈子の物真似か?……似てねえなぁ」
「うぐっ……」
やった後で恥ずかしくなったのか、あやせは耳まで真っ赤にしている。
「と、とにかく!そんな感じで、加奈子としてはお兄さんのマネージャーにきちんと退職の挨拶をしてもらいたいらしいんです。あんまり事務所にしつこく言われて、偽マネージャー立てたことが加奈子にバレても面倒ですし……」
「ええっ!? それじゃ俺にまたマネージャーやれってことかよ!?」
「最後です!これが最後で、しかもちょっと会ってお茶でもして、挨拶してもらうだけです!」
164 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:22:11.88 ID:yMmu2Hko [9/24]
俺が渋い顔をしていると、桐乃のやつも畳み掛けてきた。
「あんたねぇ、それぐらい協力しないさいよ!
大体、あんたが偽マネージャーなんてやったせいで、こんなことになったんでしょ?
男なら最後まで責任取りなさいよね!」
お前にだけは言われたくねえ!
そもそも桐乃へのプレゼントのために、あやせに頼まれた俺が一肌脱いだだけなのによ。
まさかこんな面倒なアフターケアが待っていようとは……
もうこうなると形勢は明らかに不利。
理不尽な女子中学生二人を相手に、俺には抵抗の術など残されていない。
結局、これで最後という条件で、俺は次の休日に加奈子に会い、退職の挨拶とやらをすることになってしまった。
就職したこともないのに退職だなんて、とんだミステリーだよ。
165 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:23:09.18 ID:yMmu2Hko [10/24]
そして現在に至るのだが、ここはとある喫茶店――
俺はいま、スーツにサングラス、髪はオールバックという、久しぶりのマネージャースタイルで
……加奈子からネチネチと説教を受けている。
「テメぇはよぉ~ もうちょい見所のある奴だと思ってたのによ~
いまのマネージャーにもろくに引き継ぎしてネェしよ~
そこんトコ、社会人としてどうなのヨ?えぇ?」
「も、申し訳ない……」
この調子で、すでに説教タイムは1時間が経過している。
俺は“設定上”、平謝りをするしかない立場なのだが、自分に落ち度がないのに責められるってのはなかなかキツい。
まして相手はこのクソガキ加奈子なのだから、そのストレスたるや想像を絶するものがある。
あやせも桐乃も、ホントに難儀な役を押し付けやがって……
それにしても、こいつが俺を気に入ってるとか、恋愛感情だとか、あいつらの見当違いもはなはだしい。
この状況を見てから言ってもらいたいものだ。
「お~い、テメぇ聞いてんのかよ」
おっとヤバい!機嫌を損ねると説教が延びてしまう。
166 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:23:53.30 ID:yMmu2Hko [11/24]
「き、聞いてるぞ!――で、なんだって?」
「オメェのせいで加奈子は迷惑してんだよ。今度のジャーマネは使えねぇ奴でさァ」
このクソガキに使えないなどと言われる今のマネージャー氏に、俺は心の底から同情した。
「なんでもハイハイ言って機嫌取りしてるだけのつまんねー奴だし、
加奈子がちょっと文句言っただけでブルってやがるしよぉ~
この前だって、加奈子がタバコ吹かしてただけで、いい大人がオロオロしやがって――」
と、そこで加奈子はハッと自分の口を手で押さえた。
「お前、またタバコ吸ってんのか?」
「……たま~にだよ。しかも吹かしてるだけだし……あやせには言うなよな」
駄目だ、こいつ全然懲りてねえ。
167 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:25:10.33 ID:yMmu2Hko [12/24]
「お前なぁ、今はもう事務所に所属する身なんだから、もしまた補導なんてことになったらクビになるぞ?」
「う、うっせーな!もうオメェには関係ねぇだろ」
「関係なくねぇよ。子供を注意するのは大人の役目だ。
それに、ガキのうちからタバコなんて吸ってたら成長止まっちまうぞ?
それでなくても幼児体型なのによ」
「うっ……」
幼児体型という言葉が効いたのか、加奈子からさっきまでの威勢が失われた。
こうなると形勢逆転で、延々続いた説教の恨みを晴らすべく、俺も意地悪のひとつも言いたくなるってものだ。
「それによ~、タバコなんて吸ってたら彼氏できないぞ~~?
キスしたときにヤニ臭い女なんて嫌がられるからなぁ~」
「むぐぐ……」
薄ら笑いを浮かべ、わざとらしい口調で嫌味を言う俺に、なにも言い返せず歯軋りをしている加奈子。
年齢よりもさらに童顔の加奈子が、唇をかんで上目遣いでこっちを睨んでる様子に、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
まぁ、最後にこれぐらい言っておいてもバチはあたらないだろう。喫煙はこいつのためにならないしな。
「まっ、それが俺の、元マネージャーとしての最後の忠告だ。 じゃ、そろそろ出ようぜ」
168 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:26:00.36 ID:yMmu2Hko [13/24]
ここが切り上げ時だと察知した俺は、テーブルの伝票を取って席を立つ。
加奈子はまだ何か言いたそうにしていたが、遅れてしぶしぶと席を立った。
そして俺は会計を済ませ、ようやくこの忌まわしき説教部屋から脱出することに成功した。
よしっ!
ようやくこの面倒なミッションが終わった! ここで歓喜の雄叫びを上げたいぐらいの達成感だぜ!
……そんな清々しい気分に満ちていた俺だったけど、どうやら加奈子はまだ俺を解放する気は無かったようだ。
「オイ、どうせ時間あんだろ? ちっと加奈子に付き合えヨ」
そう言うと加奈子は俺の答えも待たず、スタスタと歩いて行ってしまった。
お、おい、待ってくれ。っていうか、いい加減開放してくれ!
169 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:27:13.47 ID:yMmu2Hko [14/24]
加奈子について歩き、たどり着いた先は小さなカラオケボックス。
いかにも手慣れた感じで加奈子が受付を済ませると、俺達はこじんまりとした部屋に通された。
俺、カラオケって苦手なんだけどなぁ
「言っとくけど、俺は歌なんざ歌わねえぞ?」
「おめぇが歌ってどうすんだよ。加奈子が歌うに決まってるべ」
……別にいいんだけど、いちいちムカつく言い方をするガキだぜ。
それにしても、加奈子のやつ、俺なんかとカラオケに来てどうするつもりなんだろう。
170 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:28:17.90 ID:yMmu2Hko [15/24]
そして俺達のカラオケルームは、加奈子のプライベートリサイタルの場へと変貌した。
テーブルを挟んで座り、流行のJポップを手当たり次第に歌い続ける加奈子と、
それをずっと聴き続けている俺。
これで下手な歌だったらとんでもなく苦痛な時間だが、幸いにして加奈子の歌は上手い。
いや、正直言って相当な上手さだろう。
そういえばこいつ、コスプレ大会で歌声を披露したとき、普段からカラオケで練習を積んでいると言ってたよなぁ
「お前って、本当に歌上手いんだな……」
俺は心底感心してそう呟く。
カラオケの音量にかき消されそうな声だったけど、それでも熱唱中の加奈子は気付いたのか、
歌いながらこちらにVサインを送り、満更でもない表情をしている。
改めて思ったけど、こいつも桐乃も、目標のためにそれ相応の努力をしているんだよな。
普段はどうしようもないクソガキだけど、こうやって楽しそうに歌ってる姿を見てると、
いつか本当にアイドルになれるんじゃないかって気がしてくる。
でもな――
もう2度も延長しているし、そろそろ終わってもいいんじゃないかね、加奈子さんよ……?
171 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:29:26.23 ID:yMmu2Hko [16/24]
結局、加奈子は3時間近くぶっ通しで歌い続けた。
さすがに疲れたようで、ようやくマイクを手離し休憩している。
「お前、歌も上手いけど、スタミナも相当なものだな」
半ば呆れ気味に言ったのだが、加奈子は素直に褒め言葉として受け取ったらしく、ふふ~んと調子に乗っている。
「毎日これぐらいは練習してるから、まっ、加奈子にとっちゃ屁でもねーケドな」
加奈子はソファの上に脚を乗せると、横になった体勢でジュースをすすっている。
「お前はさぁ、その偉そうな態度と汚い口の利き方はなんとかしろよ……」
「へーへー、うっぜーなぁ。 てか、オメェさぁ、マネージャー辞めたら芸能の仕事からは離れんの?」
「ああ、まぁな。そのつもりだけど」
「そっか…… まぁ、未来のトップアイドルがオメェのために熱唱してやったんだからよォ、いい記念になったろ?
加奈子からの餞別だよ」
そこで俺はようやく理解した。
こいつ、俺に歌を贈るためにカラオケに連れてきたのか。
なんて分かりにくい奴なんだ……でもその気持ちはありがたいよ。
172 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:32:36.81 ID:yMmu2Hko [17/24]
そこで俺は、気になっていたことをズバリ聞いてみた。
「お前さぁ、事務所にマネージャー戻すように掛け合ってたって聞いたけど本当なのか?」
「うっ! そ、それは……あやせが言ったのかよ……チッ」
「別のマネージャーに替えるならともかく、なんでペーペーの俺なんだよ?」
加奈子はソファで横になったまま、こちらには視線を寄越さずに答えた。
「……そりゃ、初めて担当してくれたのはオメェだし、ちっとは思い入れがあるっつーか……
コスプレの時も、ホントはちょっと不安で、緊張もしてて……でもオメェがリラックスさせてくれて助かったし、感謝してるしよォ」
不安? 緊張?
こいつはなにを言っているんだ?
どこからどう見ても、そんな風には見えなかったんだが……
173 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:33:57.76 ID:yMmu2Hko [18/24]
「オメェはさぁ~ 他の大人と違って加奈子にもバンバンつっこんでくれるしよ
対等に扱ってくれるっつーか、なんかそういうの悪くないかなぁって……って何言わせんだよ!」
加奈子は柄にも無く顔を真っ赤にし、恥ずかしがっている。
これがこいつの本心かどうかはともかく、そこまで言われれば俺だって嫌な気はしない。
それと同時に、こいつを騙していることへの罪悪感が湧き上がってくる。
「……なんか、悪かったな。半端なマネージャーやって放り出しちまってよ」
これは俺の素直な気持ちだった。
あやせの頼みだったとはいえ、結果的にこいつに迷惑掛けることになってしまったわけだしな。
すると加奈子はソファから起き上がり、腕組み脚組みをして一層偉そうな態度を見せた。
「まっ、オメェのことだから、どうせフッツーにショボい中小企業とかに勤めるリーマンにでもなるんだろうけどさ、
これからビッグになる加奈子の初代マネージャーを務めたんだし、何年後かに自慢してもいいんだぜ」
……ったく、これだよ。
きっとこいつの辞書に謙虚さという言葉は無いのだろう。
まぁ、こいつらしいけどな。
174 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:34:44.16 ID:yMmu2Hko [19/24]
そして、少しの沈黙の後、加奈子はふいに妙な提案をした。
「なぁ、もうひとつ自慢のタネやろうか?」
「あん?なんだそりゃ」
加奈子は席を立つと、俺のすぐ隣へと移動した。
「目をつぶって」
「お、おい!なんのつもりだ?」
「言わせんなヨ」
「……」
「……加奈子のキスがタバコ臭いかどうか、確かめてみてよ」
そう言って、身体をぴったりと寄せ、あどけないその顔を近づけてくる。
え!?え??こいつマジかよ!?
突然のことに戸惑いつつも、慌てて目を閉じる。
そして俺は、あの時のあやせの言葉を思い出していた。
『加奈子、お兄さんのマネージャーを随分気に入ってたみたいなんですよ。
もしかすると……少し恋愛感情のようなものを抱いてるんじゃないかと思うぐらい』
心臓の鼓動が早くなり、顔がかあっと熱くなっていくのを感じた。
175 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:37:03.85 ID:yMmu2Hko [20/24]
カシャッ!
次の瞬間、俺の瞳を開かせたのは、柔らかな唇の感触ではなく、静かな室内に響く携帯のシャッター音だった。
あ……れ?
加奈子は俺に携帯をかざし、ケラケラと笑っている。
「バ~~~カ!マジにキスしてもらえると思ったのかよ、どうしようもねぇなこのロリコンは!
マヌケ面を撮らせてくれてサンキューな。記念にすっから」
つまり俺は……加奈子にからかわれたってことか……?
こ、このクソガキ!男の純情を弄びやがって!
くそっ、あやせが変なこと言ったせいで、こんなくだらないトラップにかかってしまったぜ……
「お、おいっ!それ消せよな!そんなの記念にするんじゃねぇ!」
「わーった、わーった、しょうがねえなぁ~ 消しておくって。 ……ププッ」
うあああぁぁぁ! 高坂京介、一生の不覚――
176 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:38:53.29 ID:yMmu2Hko [21/24]
カラオケを終えた俺達が店外へ出ると、辺りはすでに夕暮れになっていた。
ハァ、貴重な休日が丸々潰れてしまったよ。
俺は元マネージャーとして、加奈子に最後の挨拶をする。
「じゃあな、これからも頑張れよ。お前のマネージャー務めたのもなにかの縁だし、陰ながら応援しててやるからよ」
「うわっ、キモッ ストーカー宣言っすかぁ~?」
ケッ、このガキの憎たらしさは最後まで変わんなかったな。
俺はふんっと鼻を鳴らした。
「じゃあな、俺は向こうだから」
そう言って踵を返し去ろうとする俺を、加奈子が背後から呼び止めた。
「あっ、ちょっと待てって!」
177 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:39:52.20 ID:yMmu2Hko [22/24]
加奈子は視線を下に落としたまま、おずおずと右手を差し出した。
「最後によ、握手……しようぜ?」
まーたこいつは……どうせ、これで手を握ろうとしたら引っ込めてからかうつもりなんだろ。
と、急にしおらしい態度をとる加奈子に警戒心を抱きながら、俺も恐る恐る右手を差し出す。
すると、加奈子は俺の手を両手で掴み、思い切り引っ張った――
お、おい!
突然のことにバランスを崩した俺は、前傾姿勢になってなんとか踏ん張る。
そんな俺の頬に、スッと加奈子の顔が近づき、軽く唇が触れた。
えっ?
「じゃあな! 世話になったな、ロリコン!」
周囲をまるで気にしない大声でそう言い残し、元気に走り去る加奈子を、俺は呆然と眺めていた。
柔らかな唇の余韻を残す頬を手で押さえながら――
178 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:41:14.40 ID:yMmu2Hko [23/24]
加奈子の粘着説教に長時間カラオケ、そして謎のフレンチ・キスに精魂尽き果てた俺は、
どっぷり疲れて家路についた。
あいつはどういうつもりでキスなんかしやがったのか……あやせが言っていた恋愛感情という奴か?
いや、あいつにとっては挨拶程度のものなのかもしれないし……でも嫌いな奴にあんなことするだろうか?
俺の頭の中ではそんな問い掛けがぐるぐると回り続けていた。
そして我が家の玄関に辿り着き、そこで俺は大きく深呼吸をする。
ええい、あのガキのことで頭を悩ますのはヤメだ!もう終わったことだしな。
これでもうあいつに振り回されることも無くなるかと思うとせいせいするぜ。
今日の俺、本当によくやったよ。これで晴れてマネージャー稼業とはおさらばだ。
と、晴々しい気分で玄関のドアを開けたのだが――
「たっだいまァ~…………ひいっ!?」
そこには、俺の帰宅を待ち構えるように、桐乃とあやせの二人がそれぞれ腕組みをし、仁王立ちしていたのだ。
二人とも静かに怒りを秘めた雰囲気で、左右に構えたその光景は、まさに仁王門のごとき迫力である。
そう、これはまさにいつかのデジャヴ。
ただ前回と違っていたのは、あやせの手にはこちらへ向けられた携帯が握られていること。
そしてその画面には、ひょっとこ顔をした間抜けな男の写メがうつっていた。
あ、あ、あんのクソガキイイィィィ!!!!!
END
158 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:15:38.83 ID:yMmu2Hko [3/24]
その日も俺は、恒例となっている麻奈実との勉強会を終えてから家路へとついた。
俺にとって最も気の許せる、幼なじみと過ごす時間は、いつも癒しを与えてくれる。
だが、そんな安らいだ気分は、我が家の玄関のドアを開けた瞬間にかき消されてしまった。
「たっだいまァ~…………ひいっ!?」
そこには、俺の帰宅を待ち構えるように、桐乃とあやせの二人がそれぞれ腕組みをし、仁王立ちしていたのだ。
二人とも静かに怒りを秘めた雰囲気で、左右に構えたその光景は、まさに仁王門のごとき迫力である。
「お、お前らどうし――」
「ちょっとあんた、顔貸しなさいよ」
桐乃はこちらの問いかけを遮ると、俺のシャツの裾をぐいっと引っ張り、有無を言わさずそのまま自室へと連行していった。
159 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:16:51.95 ID:yMmu2Hko [4/24]
俺達三人は桐乃の部屋に入ると、桐乃とあやせがベッドに腰掛け、俺は自然と床に正座する。
もうこの時点で上下関係ができてしまっているのが情けない話だ。
「一体なんなんだよ、あやせまで……」
相変わらず二人ともむくれたような表情をしている。
とはいっても、俺には、こんな態度を取られる心当たりはまるでなかった。
「……じゃ、あやせから話してくれる?」
「うん、わかった」
あやせからじっと見据えられ、俺は思わず息を飲んだ。
「実は……加奈子のことでお話があります」
加奈子?
あのクソガキと俺になんの関係が……?
160 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:17:48.85 ID:yMmu2Hko [5/24]
「お兄さん、以前に加奈子のマネージャーをしていただきましたよね」
「ああ、そんなこともあったな」
そう、それはもう数ヶ月も前のこと。
あやせが加奈子を騙してコスプレ大会に出場させたとき、俺もその片棒を担ぐ形で偽マネージャーを演じたのだ。
「加奈子は、もう正式にうちの事務所に所属してモデル活動を始めています。
――といっても主にコスプレイベントですけど」
「そういや、そんなこと言ってたな」
加奈子はあのコスプレ大会の優勝で箔をつけ、その業界ではちょっと知られた顔になっているらしい。
あいつが控え室で喫煙してたのがバレたときは、どうなることかと思ったけどさ。
161 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:18:43.46 ID:yMmu2Hko [6/24]
「ただ、ちょっと問題がありまして――」
そう言うと、あやせは表情を曇らせた。
あいつに問題……思い当たる点が多すぎてどれのことか分からない。
だが、あやせの言う問題とは、俺の想像の斜め上をいくものだった。
「今では、加奈子に本物のマネージャーさんがついてるのですが、どうも加奈子本人はマネージャーが代わったのが嫌だったみたいで、事あるごとに前のマネージャーに戻して欲しいと、事務所にしつこく訴えてるんです」
チッ、あのガキ、新人モデルのくせに相変わらずわがままな奴だ。
って……あれ?
前のマネージャーだって?
「もしかして俺のことかあぁ!?」
予想外すぎて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺を、桐乃がギロっと睨む。
あやせは、やれやれといった様子で溜め息をついた。
「加奈子、お兄さんのマネージャーを随分気に入ってたみたいなんですよ。
もしかすると……少し恋愛感情のようなものを抱いてるんじゃないかと思うぐらい」
えええええええ!??
いや、それはありえない!絶対にありえない!
あのクソガキ、人をナメくさった態度で使いまくり、口を開けば悪態しか出てこないし、どう考えてもそんな風に見てる感じじゃなかったぞ。
162 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:19:42.47 ID:yMmu2Hko [7/24]
そこでふと二人に視線を移すと、なにやら俺の反応を観察するかのように、ジト目でこちらを見ている。
「……あんた、加奈子に何かしたんじゃないでしょうね?」
「……お兄さん、何かあったなら正直に話してください」
何かってなんだよ! 何でそういう発想が出てくるかなぁ
だからこいつら怒ってたのか……。自分の信用の無さにビックリさ。
「いや、ちょっと待てお前ら。断言するが、それはお前らの勘違いだ。あいつはマネージャーなんて召使いか奴隷ぐらいにしか思ってねえんだから」
俺は深く溜め息をつき、かぶりを振って否定した。
第一、あのクソガキが恋愛とか言うようなタマかっての。
「まぁ、お兄さんの鈍感さには定評がありますから、その認識もあてにはならないですけど」
あやせはプイッと横を向いている。そんなあやせに代わって桐乃が続けた。
「とにかく、万が一にも加奈子があんたのようなロリコンの魔手に掛からないように、あんたの偽マネージャーは退職ってことにしたいワケよ」
「おい……誰がロリコンだ……」
いつもながら散々な言われようである。
シスコンな上に眼鏡フェチでさらにロリコン追加って、俺ってば三階級制覇だよ。
……まぁ、少なくとも眼鏡フェチに関しては否定できないんだけど。
163 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:20:43.06 ID:yMmu2Hko [8/24]
「でもよ、それなら加奈子に、あのマネージャーが事務所辞めたって、一言伝えりゃ済む話じゃねーの?」
「ええ、そのつもりでした。だけど加奈子が……」
そういうと、あやせはコホンと小さく咳払いをして――
『あのジャーマネ、挨拶もろくな引き継ぎもなく辞めるってアリエネーだろがァ!
担当した加奈子に挨拶ぐらいするのが筋ってモンだろ!
事務所としても、そこんとこどーなのヨ!?』
おわっ!?
いきなり荒っぽいセリフを吐いたあやせに、俺は思わず仰け反ってしまった。
と、そこで気がつく。
「――あっ、それ、もしかして加奈子の物真似か?……似てねえなぁ」
「うぐっ……」
やった後で恥ずかしくなったのか、あやせは耳まで真っ赤にしている。
「と、とにかく!そんな感じで、加奈子としてはお兄さんのマネージャーにきちんと退職の挨拶をしてもらいたいらしいんです。あんまり事務所にしつこく言われて、偽マネージャー立てたことが加奈子にバレても面倒ですし……」
「ええっ!? それじゃ俺にまたマネージャーやれってことかよ!?」
「最後です!これが最後で、しかもちょっと会ってお茶でもして、挨拶してもらうだけです!」
164 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:22:11.88 ID:yMmu2Hko [9/24]
俺が渋い顔をしていると、桐乃のやつも畳み掛けてきた。
「あんたねぇ、それぐらい協力しないさいよ!
大体、あんたが偽マネージャーなんてやったせいで、こんなことになったんでしょ?
男なら最後まで責任取りなさいよね!」
お前にだけは言われたくねえ!
そもそも桐乃へのプレゼントのために、あやせに頼まれた俺が一肌脱いだだけなのによ。
まさかこんな面倒なアフターケアが待っていようとは……
もうこうなると形勢は明らかに不利。
理不尽な女子中学生二人を相手に、俺には抵抗の術など残されていない。
結局、これで最後という条件で、俺は次の休日に加奈子に会い、退職の挨拶とやらをすることになってしまった。
就職したこともないのに退職だなんて、とんだミステリーだよ。
165 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:23:09.18 ID:yMmu2Hko [10/24]
そして現在に至るのだが、ここはとある喫茶店――
俺はいま、スーツにサングラス、髪はオールバックという、久しぶりのマネージャースタイルで
……加奈子からネチネチと説教を受けている。
「テメぇはよぉ~ もうちょい見所のある奴だと思ってたのによ~
いまのマネージャーにもろくに引き継ぎしてネェしよ~
そこんトコ、社会人としてどうなのヨ?えぇ?」
「も、申し訳ない……」
この調子で、すでに説教タイムは1時間が経過している。
俺は“設定上”、平謝りをするしかない立場なのだが、自分に落ち度がないのに責められるってのはなかなかキツい。
まして相手はこのクソガキ加奈子なのだから、そのストレスたるや想像を絶するものがある。
あやせも桐乃も、ホントに難儀な役を押し付けやがって……
それにしても、こいつが俺を気に入ってるとか、恋愛感情だとか、あいつらの見当違いもはなはだしい。
この状況を見てから言ってもらいたいものだ。
「お~い、テメぇ聞いてんのかよ」
おっとヤバい!機嫌を損ねると説教が延びてしまう。
166 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:23:53.30 ID:yMmu2Hko [11/24]
「き、聞いてるぞ!――で、なんだって?」
「オメェのせいで加奈子は迷惑してんだよ。今度のジャーマネは使えねぇ奴でさァ」
このクソガキに使えないなどと言われる今のマネージャー氏に、俺は心の底から同情した。
「なんでもハイハイ言って機嫌取りしてるだけのつまんねー奴だし、
加奈子がちょっと文句言っただけでブルってやがるしよぉ~
この前だって、加奈子がタバコ吹かしてただけで、いい大人がオロオロしやがって――」
と、そこで加奈子はハッと自分の口を手で押さえた。
「お前、またタバコ吸ってんのか?」
「……たま~にだよ。しかも吹かしてるだけだし……あやせには言うなよな」
駄目だ、こいつ全然懲りてねえ。
167 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:25:10.33 ID:yMmu2Hko [12/24]
「お前なぁ、今はもう事務所に所属する身なんだから、もしまた補導なんてことになったらクビになるぞ?」
「う、うっせーな!もうオメェには関係ねぇだろ」
「関係なくねぇよ。子供を注意するのは大人の役目だ。
それに、ガキのうちからタバコなんて吸ってたら成長止まっちまうぞ?
それでなくても幼児体型なのによ」
「うっ……」
幼児体型という言葉が効いたのか、加奈子からさっきまでの威勢が失われた。
こうなると形勢逆転で、延々続いた説教の恨みを晴らすべく、俺も意地悪のひとつも言いたくなるってものだ。
「それによ~、タバコなんて吸ってたら彼氏できないぞ~~?
キスしたときにヤニ臭い女なんて嫌がられるからなぁ~」
「むぐぐ……」
薄ら笑いを浮かべ、わざとらしい口調で嫌味を言う俺に、なにも言い返せず歯軋りをしている加奈子。
年齢よりもさらに童顔の加奈子が、唇をかんで上目遣いでこっちを睨んでる様子に、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
まぁ、最後にこれぐらい言っておいてもバチはあたらないだろう。喫煙はこいつのためにならないしな。
「まっ、それが俺の、元マネージャーとしての最後の忠告だ。 じゃ、そろそろ出ようぜ」
168 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:26:00.36 ID:yMmu2Hko [13/24]
ここが切り上げ時だと察知した俺は、テーブルの伝票を取って席を立つ。
加奈子はまだ何か言いたそうにしていたが、遅れてしぶしぶと席を立った。
そして俺は会計を済ませ、ようやくこの忌まわしき説教部屋から脱出することに成功した。
よしっ!
ようやくこの面倒なミッションが終わった! ここで歓喜の雄叫びを上げたいぐらいの達成感だぜ!
……そんな清々しい気分に満ちていた俺だったけど、どうやら加奈子はまだ俺を解放する気は無かったようだ。
「オイ、どうせ時間あんだろ? ちっと加奈子に付き合えヨ」
そう言うと加奈子は俺の答えも待たず、スタスタと歩いて行ってしまった。
お、おい、待ってくれ。っていうか、いい加減開放してくれ!
169 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:27:13.47 ID:yMmu2Hko [14/24]
加奈子について歩き、たどり着いた先は小さなカラオケボックス。
いかにも手慣れた感じで加奈子が受付を済ませると、俺達はこじんまりとした部屋に通された。
俺、カラオケって苦手なんだけどなぁ
「言っとくけど、俺は歌なんざ歌わねえぞ?」
「おめぇが歌ってどうすんだよ。加奈子が歌うに決まってるべ」
……別にいいんだけど、いちいちムカつく言い方をするガキだぜ。
それにしても、加奈子のやつ、俺なんかとカラオケに来てどうするつもりなんだろう。
170 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:28:17.90 ID:yMmu2Hko [15/24]
そして俺達のカラオケルームは、加奈子のプライベートリサイタルの場へと変貌した。
テーブルを挟んで座り、流行のJポップを手当たり次第に歌い続ける加奈子と、
それをずっと聴き続けている俺。
これで下手な歌だったらとんでもなく苦痛な時間だが、幸いにして加奈子の歌は上手い。
いや、正直言って相当な上手さだろう。
そういえばこいつ、コスプレ大会で歌声を披露したとき、普段からカラオケで練習を積んでいると言ってたよなぁ
「お前って、本当に歌上手いんだな……」
俺は心底感心してそう呟く。
カラオケの音量にかき消されそうな声だったけど、それでも熱唱中の加奈子は気付いたのか、
歌いながらこちらにVサインを送り、満更でもない表情をしている。
改めて思ったけど、こいつも桐乃も、目標のためにそれ相応の努力をしているんだよな。
普段はどうしようもないクソガキだけど、こうやって楽しそうに歌ってる姿を見てると、
いつか本当にアイドルになれるんじゃないかって気がしてくる。
でもな――
もう2度も延長しているし、そろそろ終わってもいいんじゃないかね、加奈子さんよ……?
171 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:29:26.23 ID:yMmu2Hko [16/24]
結局、加奈子は3時間近くぶっ通しで歌い続けた。
さすがに疲れたようで、ようやくマイクを手離し休憩している。
「お前、歌も上手いけど、スタミナも相当なものだな」
半ば呆れ気味に言ったのだが、加奈子は素直に褒め言葉として受け取ったらしく、ふふ~んと調子に乗っている。
「毎日これぐらいは練習してるから、まっ、加奈子にとっちゃ屁でもねーケドな」
加奈子はソファの上に脚を乗せると、横になった体勢でジュースをすすっている。
「お前はさぁ、その偉そうな態度と汚い口の利き方はなんとかしろよ……」
「へーへー、うっぜーなぁ。 てか、オメェさぁ、マネージャー辞めたら芸能の仕事からは離れんの?」
「ああ、まぁな。そのつもりだけど」
「そっか…… まぁ、未来のトップアイドルがオメェのために熱唱してやったんだからよォ、いい記念になったろ?
加奈子からの餞別だよ」
そこで俺はようやく理解した。
こいつ、俺に歌を贈るためにカラオケに連れてきたのか。
なんて分かりにくい奴なんだ……でもその気持ちはありがたいよ。
172 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:32:36.81 ID:yMmu2Hko [17/24]
そこで俺は、気になっていたことをズバリ聞いてみた。
「お前さぁ、事務所にマネージャー戻すように掛け合ってたって聞いたけど本当なのか?」
「うっ! そ、それは……あやせが言ったのかよ……チッ」
「別のマネージャーに替えるならともかく、なんでペーペーの俺なんだよ?」
加奈子はソファで横になったまま、こちらには視線を寄越さずに答えた。
「……そりゃ、初めて担当してくれたのはオメェだし、ちっとは思い入れがあるっつーか……
コスプレの時も、ホントはちょっと不安で、緊張もしてて……でもオメェがリラックスさせてくれて助かったし、感謝してるしよォ」
不安? 緊張?
こいつはなにを言っているんだ?
どこからどう見ても、そんな風には見えなかったんだが……
173 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:33:57.76 ID:yMmu2Hko [18/24]
「オメェはさぁ~ 他の大人と違って加奈子にもバンバンつっこんでくれるしよ
対等に扱ってくれるっつーか、なんかそういうの悪くないかなぁって……って何言わせんだよ!」
加奈子は柄にも無く顔を真っ赤にし、恥ずかしがっている。
これがこいつの本心かどうかはともかく、そこまで言われれば俺だって嫌な気はしない。
それと同時に、こいつを騙していることへの罪悪感が湧き上がってくる。
「……なんか、悪かったな。半端なマネージャーやって放り出しちまってよ」
これは俺の素直な気持ちだった。
あやせの頼みだったとはいえ、結果的にこいつに迷惑掛けることになってしまったわけだしな。
すると加奈子はソファから起き上がり、腕組み脚組みをして一層偉そうな態度を見せた。
「まっ、オメェのことだから、どうせフッツーにショボい中小企業とかに勤めるリーマンにでもなるんだろうけどさ、
これからビッグになる加奈子の初代マネージャーを務めたんだし、何年後かに自慢してもいいんだぜ」
……ったく、これだよ。
きっとこいつの辞書に謙虚さという言葉は無いのだろう。
まぁ、こいつらしいけどな。
174 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:34:44.16 ID:yMmu2Hko [19/24]
そして、少しの沈黙の後、加奈子はふいに妙な提案をした。
「なぁ、もうひとつ自慢のタネやろうか?」
「あん?なんだそりゃ」
加奈子は席を立つと、俺のすぐ隣へと移動した。
「目をつぶって」
「お、おい!なんのつもりだ?」
「言わせんなヨ」
「……」
「……加奈子のキスがタバコ臭いかどうか、確かめてみてよ」
そう言って、身体をぴったりと寄せ、あどけないその顔を近づけてくる。
え!?え??こいつマジかよ!?
突然のことに戸惑いつつも、慌てて目を閉じる。
そして俺は、あの時のあやせの言葉を思い出していた。
『加奈子、お兄さんのマネージャーを随分気に入ってたみたいなんですよ。
もしかすると……少し恋愛感情のようなものを抱いてるんじゃないかと思うぐらい』
心臓の鼓動が早くなり、顔がかあっと熱くなっていくのを感じた。
175 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:37:03.85 ID:yMmu2Hko [20/24]
カシャッ!
次の瞬間、俺の瞳を開かせたのは、柔らかな唇の感触ではなく、静かな室内に響く携帯のシャッター音だった。
あ……れ?
加奈子は俺に携帯をかざし、ケラケラと笑っている。
「バ~~~カ!マジにキスしてもらえると思ったのかよ、どうしようもねぇなこのロリコンは!
マヌケ面を撮らせてくれてサンキューな。記念にすっから」
つまり俺は……加奈子にからかわれたってことか……?
こ、このクソガキ!男の純情を弄びやがって!
くそっ、あやせが変なこと言ったせいで、こんなくだらないトラップにかかってしまったぜ……
「お、おいっ!それ消せよな!そんなの記念にするんじゃねぇ!」
「わーった、わーった、しょうがねえなぁ~ 消しておくって。 ……ププッ」
うあああぁぁぁ! 高坂京介、一生の不覚――
176 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:38:53.29 ID:yMmu2Hko [21/24]
カラオケを終えた俺達が店外へ出ると、辺りはすでに夕暮れになっていた。
ハァ、貴重な休日が丸々潰れてしまったよ。
俺は元マネージャーとして、加奈子に最後の挨拶をする。
「じゃあな、これからも頑張れよ。お前のマネージャー務めたのもなにかの縁だし、陰ながら応援しててやるからよ」
「うわっ、キモッ ストーカー宣言っすかぁ~?」
ケッ、このガキの憎たらしさは最後まで変わんなかったな。
俺はふんっと鼻を鳴らした。
「じゃあな、俺は向こうだから」
そう言って踵を返し去ろうとする俺を、加奈子が背後から呼び止めた。
「あっ、ちょっと待てって!」
177 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:39:52.20 ID:yMmu2Hko [22/24]
加奈子は視線を下に落としたまま、おずおずと右手を差し出した。
「最後によ、握手……しようぜ?」
まーたこいつは……どうせ、これで手を握ろうとしたら引っ込めてからかうつもりなんだろ。
と、急にしおらしい態度をとる加奈子に警戒心を抱きながら、俺も恐る恐る右手を差し出す。
すると、加奈子は俺の手を両手で掴み、思い切り引っ張った――
お、おい!
突然のことにバランスを崩した俺は、前傾姿勢になってなんとか踏ん張る。
そんな俺の頬に、スッと加奈子の顔が近づき、軽く唇が触れた。
えっ?
「じゃあな! 世話になったな、ロリコン!」
周囲をまるで気にしない大声でそう言い残し、元気に走り去る加奈子を、俺は呆然と眺めていた。
柔らかな唇の余韻を残す頬を手で押さえながら――
178 名前: ◆kuVWl/Rxus[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 22:41:14.40 ID:yMmu2Hko [23/24]
加奈子の粘着説教に長時間カラオケ、そして謎のフレンチ・キスに精魂尽き果てた俺は、
どっぷり疲れて家路についた。
あいつはどういうつもりでキスなんかしやがったのか……あやせが言っていた恋愛感情という奴か?
いや、あいつにとっては挨拶程度のものなのかもしれないし……でも嫌いな奴にあんなことするだろうか?
俺の頭の中ではそんな問い掛けがぐるぐると回り続けていた。
そして我が家の玄関に辿り着き、そこで俺は大きく深呼吸をする。
ええい、あのガキのことで頭を悩ますのはヤメだ!もう終わったことだしな。
これでもうあいつに振り回されることも無くなるかと思うとせいせいするぜ。
今日の俺、本当によくやったよ。これで晴れてマネージャー稼業とはおさらばだ。
と、晴々しい気分で玄関のドアを開けたのだが――
「たっだいまァ~…………ひいっ!?」
そこには、俺の帰宅を待ち構えるように、桐乃とあやせの二人がそれぞれ腕組みをし、仁王立ちしていたのだ。
二人とも静かに怒りを秘めた雰囲気で、左右に構えたその光景は、まさに仁王門のごとき迫力である。
そう、これはまさにいつかのデジャヴ。
ただ前回と違っていたのは、あやせの手にはこちらへ向けられた携帯が握られていること。
そしてその画面には、ひょっとこ顔をした間抜けな男の写メがうつっていた。
あ、あ、あんのクソガキイイィィィ!!!!!
END