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448 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 17:59:04.44 ID:EphguSIo [5/6]
「お兄さんが風邪?」
「うん。なんか朝から、熱が40度もある~とか眩暈がする~とかぼやいてた。まったく、高校生にもなって情けないっての。ねえ、あやせ?」
目の前で兄の愚痴をぶちまけているのは私の親友の高坂桐乃。
容姿端麗、成績優秀、陸上では優秀な成績を納め、同時にモデル業もこなすとんでも中学生。
「う、うん……そうだね」
「っていうわけで、あたし早く帰んなくちゃいけないから、今日はもう帰るね」
「え?部活は?」
「休む、今日はお母さんたちいないから。まぁ、あんなのでも一応兄貴だし?死なれても目覚め悪いし?超しんどそうだったし?
なんか、あたしがいてあげないとやばそうな雰囲気だったし」
桐乃が部活休むって普通じゃない!
自分が風邪ひいたときはモデルの仕事を休もうともしなかったのに……。
これは――なにか裏があるのかも。まさか既にお兄さんの毒牙に!?
「……桐乃、私もついてっていいかな?」
「え?」
「私もお兄さんのお見舞いしておきたいし」
「そ、それは駄目だって!?せ、せっかく……」
「せっかく?」
「な、なんでもない!」
大慌てで両手を振り拒絶する桐乃。
……増々怪しい。
「どうして駄目なの?」
「う……そ、それは――そう!あ、あやせに風邪うつったら困るし。あんなのと同じ屋根の下にいさせるとかできないって!」
「私は気にしないから。……いいよね?桐乃?」
「ぐう……ううう………わ、わかった。でもあんまり兄貴に近づいちゃ駄目だからね!」
桐乃は露骨にがっかりした表情を浮かべると、渋々ではあるが了解した。
ふぅ……なんとか桐乃とお兄さんが二人きりという状況は避けられたみたい。
桐乃にお兄さんを取られてたまるもんですか。
…………違う違う!逆だってば!!お兄さんに桐乃を取られてたまるもんですか!
「あ、あやせ?なんで握り拳作ってんの?」
450 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:00:03.62 ID:EphguSIo [6/6]
「あ、お目覚めですかお兄さん?」
俺が目を覚ますと、俺の隣には天使が座っていた。
俺、ひょっとして死んだの?それとも発熱による幻覚なの?
「何言ってるんですか。死んでませんし、幻覚でもありません」
そう言うと、目の前の天使は両手を組んで不機嫌そうにそっぽを向いた。
天使が幻覚じゃないわけないだろ。そして幻覚であるなら、このあやせそっくりの天使に何をしても問題ないわけだ。
ひゃっほおおう!ビバ幻覚!!
「ひぃ……この変態!死ねぇ!!」
死ぬ気で重い体を起こし、抱き着こうとしたところに見事なラリアットが炸裂する。
「げっほげっほ………………こ、この感じ……まさか本物のあやせか!?」
「だからそう言ってるでしょう!それと、そんな判断基準で私を判別するのはやめてください!!」
なんで本物のあやせがここに?
ま、まさか俺が弱ってるのをいいことに、止めを刺しに来たのか!?
やばい。さっきので体力使い果たしてもうこれ以上動けないぞ。
つまり、これからあやせに何をされようと抵抗は不可。た、頼む……俺にはまだやり残したことが……
「……そんな涙目にならなくてもいいじゃないですか。また何か失礼なこと考えてますよね?」
唇をとがらせて抗議してくるあやせ。
そんな顔するのは反則だろ……いつもいつもこの見てくれに籠絡されてしまいそうになる自分が悲しい。
バタバタと階段を駆け上がる音がする。
バン!と突然俺の部屋の扉が開き、桐乃が姿を現した。
「ちょ、ちょっと!今すごい音したけど大丈夫!?兄貴になんかされてない!?」
「あ、桐乃。お兄さんが寝ぼけてベッドから落ちちゃっただけだから大丈夫」
「おい」
くそっ、人が風邪で寝込んでるってのに……この仕打ちはなんなんだ?
いや……いきなり飛びつこうとした俺も悪いんだけどよ。
452 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:01:31.58 ID:EphguSIo [7/7]
「……おまえら一体何しにきたんだ?悪いが人生相談ならまた今度にしてくれ」
「はぁ?それが看病してあげようっていう妹にかける言葉?」
「あたしはお兄さんが風邪で寝込んでるって聞いて、お見舞いに来たんです」
看病……だと……?あの桐乃が?しかも、あやせまでいるこの状況で?
………………嫌な予感しかしない。
「お、俺のことは気にしなくていいって、俺もゆっくり寝たいからさ。あやせに風邪うつったらまずいし」
「はいはい。病人は黙って看病されてろっての。……あんた昼食べてないんでしょ。おかゆ作ってきてあげたから食べたら?」
そういえば朝から飯食ってねえな。確かに腹も減ったし、ここは桐乃に甘えさせてもらうか。
その旨を告げると、桐乃は「うん!」と快活な返事をして一階へと降りて行った。
やべぇ……不覚にも感動しそうだ。
しかし、俺は桐乃が作ってくれたおかゆを目にし、絶句する。
「…………それ、おかゆだよな?」
「えっ?そうだけど?」
さも当然かのように返事する桐乃。
あんた何言ってんの?とでも言いたげだ。
「なんでおかゆが――黒いんだ?」
「あ?これ?冷蔵庫にあった元気がでそうな物を適当に入れたらこうなっちゃった」
こうなっちゃった、じゃねえ!
やばい、あれはやばい。俺の本能が、あれだけは駄目だと全力で叫んでいる。
…………い、いや待てよ?ひょっとしたら味はまともという可能性も……、
「き、桐乃……あ、味見はしたのか?」
「え?してないよ?めんどくさいじゃん」
ふっ、もはや絶望的じゃないか。
桐乃さん、その一手間を惜しんだがために兄が昇天したらどうするの?
「お兄さん、つべこべ言ってないで食べたらどうですか?お腹すいてるんでしょう?」
俺が食べるのをためらっていると微笑みを浮か……いや、にやけたあやせが声をかけてきた。
なんでお前はそんなすっごい嬉しそうなんだよ!もうやだこの子!!どんだけSなの!?
455 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:03:02.03 ID:EphguSIo [8/9]
「あ、そっか。一人じゃ食べらんないよね。体もだるいだろうし」
「「え?」」
俺とあやせが同時に疑問の声を上げる。
「こ、今回だけだから。あんたが風邪だから仕方なくだかんね」
桐乃はレンゲを手に取ると、件の真っ黒なおかゆをすくい、俺の口元へと運ぶ。
顔が赤くなってしまうのが自分でもわかる。勿論、その原因は発熱によるものではない。
お、おまえ、あやせがいるのにこんな……。
ちら……と横目であやせの表情を確認すると、まるで親の仇でも見るような目でこちらを見つめている。
まるで、麻奈実と出くわした時の桐乃みたいな表情だ。
違う!これは桐乃が勝手にしてきただけで俺の意思は関係ない!!
よっぽどそう叫びたかったが、今の俺にそんな元気はない。
結局は桐乃にせかされ、されるがままにおかゆを口に含む。
「む……う……」
まずくない……というか味がしない。おまえ、一体何入れたの?
「ど、どう?」
「あ、ああ。美味いよ、ありがとな」
相変わらず体は重いが、なんとか左手を持ち上げ桐乃の頭を撫でてやると、桐乃はニヒヒと無邪気に笑った。
あれ?俺の妹ってこんな可愛かったっけ?
「………………お兄さん?」
俺がおかゆを平らげ、桐乃が食器を下げに行ったタイミングを見計らって、食事中沈黙を保ってきたあやせが口を開いた。
そうだった。忘れてたけど、今あやせはご機嫌斜めだった…………。
多少の理不尽さを感じつつ、あやせの次の言葉を待つ。
するとあやせは、瞳の光彩を消失させたままでこう言い放った。
456 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:03:50.53 ID:EphguSIo [9/9]
「私、そろそろお暇しますね」
え?あ、あれ?手錠は?拷問は?
「私も暇じゃないんです。お兄さんも馬鹿なこと言ってないでゆっくり寝てた方がいいですよ?」
俺がゆっくり寝れてないのは誰のせいだ。
…………だが、これでようやくゆっくりできるな。……いかん、安心したせいか…………急に意識が朦朧と…………
「…………ふふふ……おやすみなさい、お兄さん」
「あ、目覚ました」
俺が意識を取り戻すと、桐乃が俺を覗きこんでいた。
どうやら俺は眠っていたみたいだ。
「う……桐乃?…………俺、どれくらい寝てたんだ?」
「え~と、30分くらい。っていうか、あんた何しても起きないし、反応すらないからちょっと焦ったんですケド」
「そうなのか?」
自分では普通に寝てたつもりだったんだが……。確かに意識の途切れ方はいつもとは違ったけどよ。
まさかあのおかゆの影響だろうか……ほんとに何が入ってたんだよ、あのおかゆ。
「そういえばあやせは?あたしが戻ってきたらいなくなってたんだけど」
「ん?あぁ、あやせなら帰るって言ってたぞ」
暇じゃないとか言ってたが、暇じゃないならわざわざお見舞いに来なくてもよかったのに。
ひょっとして俺って、自分で思ってるよりあやせに嫌われてないのかな。
457 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:04:33.80 ID:EphguSIo [10/10]
――――――
ふふふ、甘いですねお兄さん。よもや私がベッドの下に隠れているとは思いもしないでしょう!
お母さんには桐乃の家に泊まるってメールしたし、玄関から靴も持ってきたし、これでお兄さんを一晩中監視可能!!
お兄さんのことだから、桐乃が風邪の心配してくれるのをいいことに、絶対セクハラするに決まってる!
でも安心して桐乃。桐乃は私が守るからね!!
「桐乃、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいか?」
「ん?なに?」
きた!早くもセクハラの予感!!
「これ、――くれないか?」
「ええ~、またぁ?今朝もやってあげたんだし、もう――じゃん」
な、何を頼んで――え?今朝も?
「それは感謝してる。――おまえの――せいだろ。さっきから――たまんねえんだよ」
「もう、仕方ないなぁ……ほら、さっさと脱いで。あ、濡らした方がいい?」
え?脱ぐ?濡らす!?き、桐乃、何をする気なの!?
「いや、大丈夫だ。――もう濡れてる――。……悪いな、助かるよ。………………ふぅ、あ~気持ちいい」
気持ちいい!?それ以上はだめえええええええええええ!!
ゴチン
「痛っ!?」
458 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:05:46.72 ID:EphguSIo [11/11]
―――――
さっきから汗の量が尋常じゃない。
あのおかゆのせいだろうか。元気になりそうなもの適当に放り込んだって言ってたし。
なにこの異常な発汗作用。体中べたべたしてて気持ち悪いんですけど。
「桐乃、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいか?」
「ん?なに?」
「これ、背中だけ拭いてくれないか?」
そう言って、俺はベッドの手すりにかけてあったタオルを桐乃に差し出す。
「ええ~、またぁ?今朝もやってあげたんだし、もういいじゃん」
「それは感謝してるよ。でも今回は多分、おまえのおかゆのせいだ。さっきから暑くてたまんねえんだよ」
おまえ、ほんとに何入れたの?この体の熱さは尋常じゃないよ?
次目を覚ますと体が縮んでるとかやめてくれよ。
「もう、仕方ないなぁ……ほら、さっさと脱いで。あ、濡らした方がいい?」
「いや、大丈夫だ。それもう濡れてるから。……悪いな、助かるよ」
渋々ながらも背中を拭いてくれる桐乃。
俺が風邪で弱ってるからだろうか、今朝も背中を拭いてくれたし、いつもより俺に対する態度が柔らかい。
「ふぅ……あ~気持ちいい」
ゴチン
「痛っ!?」
459 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:08:07.55 ID:EphguSIo [12/12]
……………………なんだ今の声は。どう考えても知った人間の声だったぞ。
桐乃と互いに顔を見合わせる。
桐乃はこくりと頷く。俺はゆっくりと身を起こし、二人でベッドの下へと視線を向ける。
そして、
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1347856.jpg
「………………………………あやせ、そこでなにしてるんだ?」
「お兄さん一体桐乃に何をやってるんですか!今すぐセクハラを止めてください!」
「何もしてねえよ!」
お、おまえ帰ったんじゃなかったの!?っていうかセクハラってなんだ!?
「とぼけても無駄です、ネタはあがってるんですよ!脱いでとか濡らしてとか!!桐乃になんてこと頼むんですか!?」
ベッドの下に籠ったまま、俺を糾弾してくるあやせ。
残念だったな。そんなかっこで何を言われても怖くもないし、説得力もないぞ。
「あれは、背中を拭いてくれと頼んだだけだよ。……まったく、変態はおまえの方だろ」
「う……」
俺の言葉にぐさりときたのか、無言でもそもそと這い出してくるあやせ。
そして、ペタンと座り込み、
「……ごめんなさい」
涙目になって謝罪するあやせ。
ぐ……これだけで全てを許してしまえそうになるのが、あやせの恐ろしいところだ。
「な、泣くなって!誰も通報しようってんじゃないからさ」
わかっていても慌ててフォローを入れてしまう。
男の悲しい性ってやつだな。
「……それが、お兄さんのタオルですか?」
「え?お、おう」
460 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:08:50.30 ID:EphguSIo [13/13]
俺が肯定すると、あやせは桐乃が持ったままのそのタオルをバッと奪い取った。
「あ、あやせ!?」
さっきまで目を丸く見開き茫然自失としていた桐乃がやっと我に返る。
そりゃそうだろう。あるいは、桐乃がオタだと知った時のあやせ以上の衝撃だったかもしれない。
「これは、証拠品として没収します!」
「一体なんの証拠だよ……」
「な、なんでもです!では失礼しました!!」
そのまま扉を開け、階段を下りて行ってしまう。
さよなら、俺のタオル…………。
「あ、あやせ!?ちょっと待って、そのタオルは後であたしが!!」
不穏な言葉を残し、桐乃もあやせの後を追う。
桐乃さん?俺のタオルを後でどうするの?まさか、いつぞやの黒猫の漫画みたいにクンカクンカなさるの?
「…………………………………寝よう、俺疲れてるんだよ。こんな時は寝るのが一番だ」
我が家から走り去る二人の女子中学生を、窓から見つめながら、誰にともなくそう呟いた。
おわり
448 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 17:59:04.44 ID:EphguSIo [5/6]
「お兄さんが風邪?」
「うん。なんか朝から、熱が40度もある~とか眩暈がする~とかぼやいてた。まったく、高校生にもなって情けないっての。ねえ、あやせ?」
目の前で兄の愚痴をぶちまけているのは私の親友の高坂桐乃。
容姿端麗、成績優秀、陸上では優秀な成績を納め、同時にモデル業もこなすとんでも中学生。
「う、うん……そうだね」
「っていうわけで、あたし早く帰んなくちゃいけないから、今日はもう帰るね」
「え?部活は?」
「休む、今日はお母さんたちいないから。まぁ、あんなのでも一応兄貴だし?死なれても目覚め悪いし?超しんどそうだったし?
なんか、あたしがいてあげないとやばそうな雰囲気だったし」
桐乃が部活休むって普通じゃない!
自分が風邪ひいたときはモデルの仕事を休もうともしなかったのに……。
これは――なにか裏があるのかも。まさか既にお兄さんの毒牙に!?
「……桐乃、私もついてっていいかな?」
「え?」
「私もお兄さんのお見舞いしておきたいし」
「そ、それは駄目だって!?せ、せっかく……」
「せっかく?」
「な、なんでもない!」
大慌てで両手を振り拒絶する桐乃。
……増々怪しい。
「どうして駄目なの?」
「う……そ、それは――そう!あ、あやせに風邪うつったら困るし。あんなのと同じ屋根の下にいさせるとかできないって!」
「私は気にしないから。……いいよね?桐乃?」
「ぐう……ううう………わ、わかった。でもあんまり兄貴に近づいちゃ駄目だからね!」
桐乃は露骨にがっかりした表情を浮かべると、渋々ではあるが了解した。
ふぅ……なんとか桐乃とお兄さんが二人きりという状況は避けられたみたい。
桐乃にお兄さんを取られてたまるもんですか。
…………違う違う!逆だってば!!お兄さんに桐乃を取られてたまるもんですか!
「あ、あやせ?なんで握り拳作ってんの?」
450 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:00:03.62 ID:EphguSIo [6/6]
「あ、お目覚めですかお兄さん?」
俺が目を覚ますと、俺の隣には天使が座っていた。
俺、ひょっとして死んだの?それとも発熱による幻覚なの?
「何言ってるんですか。死んでませんし、幻覚でもありません」
そう言うと、目の前の天使は両手を組んで不機嫌そうにそっぽを向いた。
天使が幻覚じゃないわけないだろ。そして幻覚であるなら、このあやせそっくりの天使に何をしても問題ないわけだ。
ひゃっほおおう!ビバ幻覚!!
「ひぃ……この変態!死ねぇ!!」
死ぬ気で重い体を起こし、抱き着こうとしたところに見事なラリアットが炸裂する。
「げっほげっほ………………こ、この感じ……まさか本物のあやせか!?」
「だからそう言ってるでしょう!それと、そんな判断基準で私を判別するのはやめてください!!」
なんで本物のあやせがここに?
ま、まさか俺が弱ってるのをいいことに、止めを刺しに来たのか!?
やばい。さっきので体力使い果たしてもうこれ以上動けないぞ。
つまり、これからあやせに何をされようと抵抗は不可。た、頼む……俺にはまだやり残したことが……
「……そんな涙目にならなくてもいいじゃないですか。また何か失礼なこと考えてますよね?」
唇をとがらせて抗議してくるあやせ。
そんな顔するのは反則だろ……いつもいつもこの見てくれに籠絡されてしまいそうになる自分が悲しい。
バタバタと階段を駆け上がる音がする。
バン!と突然俺の部屋の扉が開き、桐乃が姿を現した。
「ちょ、ちょっと!今すごい音したけど大丈夫!?兄貴になんかされてない!?」
「あ、桐乃。お兄さんが寝ぼけてベッドから落ちちゃっただけだから大丈夫」
「おい」
くそっ、人が風邪で寝込んでるってのに……この仕打ちはなんなんだ?
いや……いきなり飛びつこうとした俺も悪いんだけどよ。
452 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:01:31.58 ID:EphguSIo [7/7]
「……おまえら一体何しにきたんだ?悪いが人生相談ならまた今度にしてくれ」
「はぁ?それが看病してあげようっていう妹にかける言葉?」
「あたしはお兄さんが風邪で寝込んでるって聞いて、お見舞いに来たんです」
看病……だと……?あの桐乃が?しかも、あやせまでいるこの状況で?
………………嫌な予感しかしない。
「お、俺のことは気にしなくていいって、俺もゆっくり寝たいからさ。あやせに風邪うつったらまずいし」
「はいはい。病人は黙って看病されてろっての。……あんた昼食べてないんでしょ。おかゆ作ってきてあげたから食べたら?」
そういえば朝から飯食ってねえな。確かに腹も減ったし、ここは桐乃に甘えさせてもらうか。
その旨を告げると、桐乃は「うん!」と快活な返事をして一階へと降りて行った。
やべぇ……不覚にも感動しそうだ。
しかし、俺は桐乃が作ってくれたおかゆを目にし、絶句する。
「…………それ、おかゆだよな?」
「えっ?そうだけど?」
さも当然かのように返事する桐乃。
あんた何言ってんの?とでも言いたげだ。
「なんでおかゆが――黒いんだ?」
「あ?これ?冷蔵庫にあった元気がでそうな物を適当に入れたらこうなっちゃった」
こうなっちゃった、じゃねえ!
やばい、あれはやばい。俺の本能が、あれだけは駄目だと全力で叫んでいる。
…………い、いや待てよ?ひょっとしたら味はまともという可能性も……、
「き、桐乃……あ、味見はしたのか?」
「え?してないよ?めんどくさいじゃん」
ふっ、もはや絶望的じゃないか。
桐乃さん、その一手間を惜しんだがために兄が昇天したらどうするの?
「お兄さん、つべこべ言ってないで食べたらどうですか?お腹すいてるんでしょう?」
俺が食べるのをためらっていると微笑みを浮か……いや、にやけたあやせが声をかけてきた。
なんでお前はそんなすっごい嬉しそうなんだよ!もうやだこの子!!どんだけSなの!?
455 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:03:02.03 ID:EphguSIo [8/9]
「あ、そっか。一人じゃ食べらんないよね。体もだるいだろうし」
「「え?」」
俺とあやせが同時に疑問の声を上げる。
「こ、今回だけだから。あんたが風邪だから仕方なくだかんね」
桐乃はレンゲを手に取ると、件の真っ黒なおかゆをすくい、俺の口元へと運ぶ。
顔が赤くなってしまうのが自分でもわかる。勿論、その原因は発熱によるものではない。
お、おまえ、あやせがいるのにこんな……。
ちら……と横目であやせの表情を確認すると、まるで親の仇でも見るような目でこちらを見つめている。
まるで、麻奈実と出くわした時の桐乃みたいな表情だ。
違う!これは桐乃が勝手にしてきただけで俺の意思は関係ない!!
よっぽどそう叫びたかったが、今の俺にそんな元気はない。
結局は桐乃にせかされ、されるがままにおかゆを口に含む。
「む……う……」
まずくない……というか味がしない。おまえ、一体何入れたの?
「ど、どう?」
「あ、ああ。美味いよ、ありがとな」
相変わらず体は重いが、なんとか左手を持ち上げ桐乃の頭を撫でてやると、桐乃はニヒヒと無邪気に笑った。
あれ?俺の妹ってこんな可愛かったっけ?
「………………お兄さん?」
俺がおかゆを平らげ、桐乃が食器を下げに行ったタイミングを見計らって、食事中沈黙を保ってきたあやせが口を開いた。
そうだった。忘れてたけど、今あやせはご機嫌斜めだった…………。
多少の理不尽さを感じつつ、あやせの次の言葉を待つ。
するとあやせは、瞳の光彩を消失させたままでこう言い放った。
456 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:03:50.53 ID:EphguSIo [9/9]
「私、そろそろお暇しますね」
え?あ、あれ?手錠は?拷問は?
「私も暇じゃないんです。お兄さんも馬鹿なこと言ってないでゆっくり寝てた方がいいですよ?」
俺がゆっくり寝れてないのは誰のせいだ。
…………だが、これでようやくゆっくりできるな。……いかん、安心したせいか…………急に意識が朦朧と…………
「…………ふふふ……おやすみなさい、お兄さん」
「あ、目覚ました」
俺が意識を取り戻すと、桐乃が俺を覗きこんでいた。
どうやら俺は眠っていたみたいだ。
「う……桐乃?…………俺、どれくらい寝てたんだ?」
「え~と、30分くらい。っていうか、あんた何しても起きないし、反応すらないからちょっと焦ったんですケド」
「そうなのか?」
自分では普通に寝てたつもりだったんだが……。確かに意識の途切れ方はいつもとは違ったけどよ。
まさかあのおかゆの影響だろうか……ほんとに何が入ってたんだよ、あのおかゆ。
「そういえばあやせは?あたしが戻ってきたらいなくなってたんだけど」
「ん?あぁ、あやせなら帰るって言ってたぞ」
暇じゃないとか言ってたが、暇じゃないならわざわざお見舞いに来なくてもよかったのに。
ひょっとして俺って、自分で思ってるよりあやせに嫌われてないのかな。
457 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:04:33.80 ID:EphguSIo [10/10]
――――――
ふふふ、甘いですねお兄さん。よもや私がベッドの下に隠れているとは思いもしないでしょう!
お母さんには桐乃の家に泊まるってメールしたし、玄関から靴も持ってきたし、これでお兄さんを一晩中監視可能!!
お兄さんのことだから、桐乃が風邪の心配してくれるのをいいことに、絶対セクハラするに決まってる!
でも安心して桐乃。桐乃は私が守るからね!!
「桐乃、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいか?」
「ん?なに?」
きた!早くもセクハラの予感!!
「これ、――くれないか?」
「ええ~、またぁ?今朝もやってあげたんだし、もう――じゃん」
な、何を頼んで――え?今朝も?
「それは感謝してる。――おまえの――せいだろ。さっきから――たまんねえんだよ」
「もう、仕方ないなぁ……ほら、さっさと脱いで。あ、濡らした方がいい?」
え?脱ぐ?濡らす!?き、桐乃、何をする気なの!?
「いや、大丈夫だ。――もう濡れてる――。……悪いな、助かるよ。………………ふぅ、あ~気持ちいい」
気持ちいい!?それ以上はだめえええええええええええ!!
ゴチン
「痛っ!?」
458 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:05:46.72 ID:EphguSIo [11/11]
―――――
さっきから汗の量が尋常じゃない。
あのおかゆのせいだろうか。元気になりそうなもの適当に放り込んだって言ってたし。
なにこの異常な発汗作用。体中べたべたしてて気持ち悪いんですけど。
「桐乃、ちょっと頼みごとがあるんだけどいいか?」
「ん?なに?」
「これ、背中だけ拭いてくれないか?」
そう言って、俺はベッドの手すりにかけてあったタオルを桐乃に差し出す。
「ええ~、またぁ?今朝もやってあげたんだし、もういいじゃん」
「それは感謝してるよ。でも今回は多分、おまえのおかゆのせいだ。さっきから暑くてたまんねえんだよ」
おまえ、ほんとに何入れたの?この体の熱さは尋常じゃないよ?
次目を覚ますと体が縮んでるとかやめてくれよ。
「もう、仕方ないなぁ……ほら、さっさと脱いで。あ、濡らした方がいい?」
「いや、大丈夫だ。それもう濡れてるから。……悪いな、助かるよ」
渋々ながらも背中を拭いてくれる桐乃。
俺が風邪で弱ってるからだろうか、今朝も背中を拭いてくれたし、いつもより俺に対する態度が柔らかい。
「ふぅ……あ~気持ちいい」
ゴチン
「痛っ!?」
459 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:08:07.55 ID:EphguSIo [12/12]
……………………なんだ今の声は。どう考えても知った人間の声だったぞ。
桐乃と互いに顔を見合わせる。
桐乃はこくりと頷く。俺はゆっくりと身を起こし、二人でベッドの下へと視線を向ける。
「………………………………あやせ、そこでなにしてるんだ?」
「お兄さん一体桐乃に何をやってるんですか!今すぐセクハラを止めてください!」
「何もしてねえよ!」
お、おまえ帰ったんじゃなかったの!?っていうかセクハラってなんだ!?
「とぼけても無駄です、ネタはあがってるんですよ!脱いでとか濡らしてとか!!桐乃になんてこと頼むんですか!?」
ベッドの下に籠ったまま、俺を糾弾してくるあやせ。
残念だったな。そんなかっこで何を言われても怖くもないし、説得力もないぞ。
「あれは、背中を拭いてくれと頼んだだけだよ。……まったく、変態はおまえの方だろ」
「う……」
俺の言葉にぐさりときたのか、無言でもそもそと這い出してくるあやせ。
そして、ペタンと座り込み、
「……ごめんなさい」
涙目になって謝罪するあやせ。
ぐ……これだけで全てを許してしまえそうになるのが、あやせの恐ろしいところだ。
「な、泣くなって!誰も通報しようってんじゃないからさ」
わかっていても慌ててフォローを入れてしまう。
男の悲しい性ってやつだな。
「……それが、お兄さんのタオルですか?」
「え?お、おう」
460 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/01/08(土) 18:08:50.30 ID:EphguSIo [13/13]
俺が肯定すると、あやせは桐乃が持ったままのそのタオルをバッと奪い取った。
「あ、あやせ!?」
さっきまで目を丸く見開き茫然自失としていた桐乃がやっと我に返る。
そりゃそうだろう。あるいは、桐乃がオタだと知った時のあやせ以上の衝撃だったかもしれない。
「これは、証拠品として没収します!」
「一体なんの証拠だよ……」
「な、なんでもです!では失礼しました!!」
そのまま扉を開け、階段を下りて行ってしまう。
さよなら、俺のタオル…………。
「あ、あやせ!?ちょっと待って、そのタオルは後であたしが!!」
不穏な言葉を残し、桐乃もあやせの後を追う。
桐乃さん?俺のタオルを後でどうするの?まさか、いつぞやの黒猫の漫画みたいにクンカクンカなさるの?
「…………………………………寝よう、俺疲れてるんだよ。こんな時は寝るのが一番だ」
我が家から走り去る二人の女子中学生を、窓から見つめながら、誰にともなくそう呟いた。
おわり