人類惑星移住計画:7スレ目391

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391 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:45:06.73 ID:6xwiZxR10 [2/9] 『人類惑星移住計画』 西暦20XX年1月―― 俺達人類が住む地球は、極度の環境破壊に直面していた。 世界中で環境汚染を無視した工業化が極限にまで達し、各国で環境問題を原因とした紛争が勃発。 人類の手では、過去の美しく住みよい地球を取り戻すことは既に不可能になった。 そこで国連から、ついに人類を惑星に移住させる大計画が発表されたのだった。 俺と桐乃、沙織と黒猫、そしてあやせの五人は惑星移住のために、成田空港の発着ロビーにいた。 人類初の惑星移住に鑑み国連では慎重を期して、他の惑星環境でも適応し易いようにと、 全世界から十八歳以下の男女を優先的に移住させることにしたらしい。 「沙織も黒猫も、あやせもいるな。それじゃあこれから、惑星間航行用チケットを配るから」 先程から辺りをキョロキョロしていた桐乃が口を開いた。 「……ねえ、地味子は? 地味子がいないけど」 「ああ、麻奈実は来ねえよ。あいつの家、和菓子屋だろ」 俺がそう言うと桐乃は納得したように頷いた。 国連とは別に日本政府の方針として、国内で食品関連の仕事に従事している者については、 政府の許可なくして自由意志による移住が出来ないことになっている。 麻奈実の家が和菓子屋だったことが災いした。 「みんなよく聞いてくれ。チケットは手に入ったんだが……行き先が……何枚かは違う惑星なんだ」 「……先輩? それはどういう事かしら?」 黒猫が疑問を呈するのも当然だった。 俺たち五人は、そろって火星への移住を希望していたんだ。 しかし、月を除けば地球から一番近い火星は大人気で……結局どうなったか、てーと。 「火星行きが3枚、金星行きと木星行きがそれぞれ1枚づづなんだ……」 「……ということは、先輩? 火星は3人一緒だけれど……  金星と木星は一人で行かなければいけない……ということかしら?」 黒猫の言葉に一番に反応したのは桐乃だった。 「や、やっぱさー、この世でたった二人きりの兄妹を離ればなれにしちゃあ、まずいっしょ!」 桐乃がさも当然のように言うと、黒猫の表情がキッ! と変わり、桐乃を睨みつけて……。 「あ、あ、あなた何を言っているの! わ、私と先輩は……こ、恋人同士よ。  私たちこそ引き離されては堪らないわ……」 392 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:45:47.13 ID:6xwiZxR10 [3/9] 眉間にしわを寄せ、腕組みしをながらそんな二人の会話を聞いていたあやせは、 すーっと、その瞳から光彩を消失させ―― そして、腹を押さえ口元を手で覆うと……がらりと一変、苦しげな表情になった。 「うっ、おえっ……うっうう……」 俺はあやせの急変に驚いて声をあげた。 「? あやせ!? どうした!」 「……つ、つわりが…………うっ……」 ん? ……つわり? 次の瞬間、桐乃の平手打ちが俺の頬に炸裂し、黒猫の足蹴りが俺の股間を捉えた。 「っ痛て――――! あにすんだよっ! 桐乃も黒猫もっ!」 俺は股間を押さえ身を捩りながら桐乃と黒猫を睨みつけた。 「あ、あ、あああああ、あんたっ! あ、あやせに一体、な、何してくれちゃってるわけ?」 俺を睨みつけながら顔を真っ赤にした桐乃が叫ぶと、それに続いて黒猫も……。 「せ、せ、先輩っ! ど、どういうことなのか説明してもらえるかしら……  わ、私だって………………………………なのに……」 そんな二人の怒りの炎に油を注ぐあやせは……。 「……お、お兄さん……たぶんあの時の……」 そう言ったきり頬を染めて俺を見つめるあやせ―― ん? そう言う割りには……あやせの眼が笑ってねえか? だから俺はあやせに聞いてやった。 「……ほ、ほほう……おい、あやせ……おまえの言うあの時って、いつのことだ?」 俺の予想外の反応にうろたえ、言葉を失うあやせ。 「だ、だ、だから……あ、あの時はあの時じゃないですか……お兄さん……」 最後の『お兄さん』の声が小さくなる。――バレバレだっつーの! 簡単に嘘がばれてしまったあやせは、そっぽを向いて口笛を吹き始めた。   ……ピ~ ピ~ ピ~ ピピッピ~ ♪ 「……でも、お兄さんはわたしに以前、結婚してくれって……言いましたよね」 393 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:46:25.80 ID:6xwiZxR10 [4/9] 再び俺達の間に険悪な空気が流れ始めたとき、沙織が口を開いた。 「まあまあ……皆の者、ここはひとつ、冷静になろうではござらぬか。  チケットの種類と枚数はもう決まっているのでござるから……  ここは公正に、くじ引きで……ということで、いかがでござろう」 沙織の言うとおり、全員で同じ星に移住できる可能性はない。 ならばここは、兄妹だとか恋人だとかといった事情はすべて抜きにして、 残酷だがくじ引きで決めるしかないと俺は思った。 「……なあ、仕方ないだろ? 沙織の言うように、ここはくじ引きで決めよう」 俺達はロビーの床に輪になって座り、チケットを裏返してから、真ん中に5枚並べた。 誰が一番初めにくじを引くのか……全員の顔に緊張感が走る。 (俺が一番に引くしかねえな)そう思って手を出し掛けると……。 「京介氏……待って欲しいでござる。  拙者が言い出しっぺでありますゆえ……拙者が最初に……」 他の4人の目が一斉に沙織に集中する。――くそ! 胃が痛くなってきやがった。 沙織は躊躇することなく5枚のチケットの中から1枚を引いた。 「「「「どこの星!?」」」」 ――沙織が引いたのは、金星行きのチケットだった、 彼女は平静を装ってはいたが、やはり動揺した気持ちは隠せず、少し涙目になっていた。 「……ハハハ、拙者は金星に決定したでござる……ハハ」 俺は沙織には悪いとは知りつつ、心の中に安堵感が広がるのを感じざるを得なかった。 残りは4分の1……桐乃か黒猫か、あやせか……さもなくば、俺のうちの誰かが木星行きとなる。 すでに金星行きが決まった沙織は、俺達と顔を合わせているのが辛いのか、立ち上がり……。 「……拙者、金星で必要なものを買って来ますゆえ、しばし中座するでござる」 誰も沙織の顔を見られる者はいなかった。 そりゃそうだよ。もしかしたら金星行きのチケットを引いたのは、自分かも知れないんだから。 黒猫は沙織から目を背け、口元を手で押さえながら呟くように沙織に告げた。 「……沙織。………………耐熱服はこの先の免税店で売っていたわ」 「そうでござるか。かたじけない黒猫氏……拙者のサイズに合う女性物があるといいのでござるが」 394 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:46:57.06 ID:6xwiZxR10 [5/9] 沙織が俺達の場を立ち去った後、残り4枚のチケットを巡って膠着状態が続いた。 そんな状況を打開すべく、俺は桐乃、黒猫そしてあやせと順番に目をやりある提案を口にした。 「なあ、このままじゃ埒が明かねえだろ。……俺が木星へ行くよ。  だから、おまえらは仲良く火星へ移住しろ……いいな」 俺がそう言って裏返してあるチケットを表にして、木星行きのチケットに手を伸ばすと……。 「ちょっと待ってよ! あんたっ……ううん……あ、兄貴はあたしの兄貴でしょ!  ……今までわがままばっか言って……ご、ごめんなさい!  だから、だから……あたしをもう独りぼっちにしないでよっ!」 桐乃が泣きながら俺にすがりついてきた。 今まで俺のことなんか兄貴とも思わず、なにかと言えば酷い態度をとってきた妹が……。 火星と木星に別れてしまっては、いつ再び会えるか分からない。 俺は桐乃の頭に手を置いて優しくなでてやった。――これで最後かもな。 「……先輩、そんなの酷いわ! ……わ、私はどうすればいいの?  なけなしの勇気を振り絞って私は先輩に告白したのよ……それなのに……」 黒猫の大きな瞳が涙で潤み、顔を両手で覆い嗚咽した。 俺は黒猫の肩をそっと引き寄せ抱きしめてやった。 恥ずかしがり屋で照れ屋の黒猫が、俺に想いを伝えるためにどれほど苦悩したことか、 それを考えると俺は胸が引き裂けそうだった。 実妹の桐乃と恋人の黒猫に泣きつかれて、俺の決断が鈍る。 この二人のどちらか一方とでも離れるなんて、俺にはとても耐えられない。 俺はあやせをそっと見た。 俺の視線に気付いたあやせは、俺が考えていることを察知したのか顔面が引きつる。 「……お兄さん、まさか、とんでもないことを考えていませんか?」 しかし、俺の性格なんてあやせにはお見通しのようだった。 いままで俺があやせにしてきた行状を鑑みれば、とてもあやせに言い出せることではなかった。 そんな俺の思いを知ってか知らずか、あやせは人を小バカにした様にそっぽ向き口笛を吹いた。   ……ピ~ ピ~ ピ~ ピピッピ~ ♪ 395 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:47:46.85 ID:6xwiZxR10 [6/9] 俺が木星へ一人で行く選択肢は断たれた。 かと言って、こいつらのうち誰か一人を行かせるわけにも行かない。 こりゃ進退きわまったなと考えていると、沙織が免税店から戻ってきた。 「………………京介氏? これはまたどういった状況で?」 俺が沙織にこれまでの経緯を伝えると、彼女も困った様子で…… 「うむむむむ……しかし、拙者はすでに金星行きが決まった身。  ……こればかりは拙者がどうこうできる訳でもありませぬゆえ……うむむむむ」 沙織が困るのも無理はない。 俺が一人で木星へ行くことを、桐乃や黒猫はともかくあやせまで反対しているのに、 そいつらの一人に、おまえが木星へ行けとは沙織でなくとも言えるわけがない。 桐乃と黒猫は相変わらず泣いているし、あやせは人ごとのように口笛を吹いているし、 沙織は沙織で眉間に皺を寄せ、思案に明け暮れている状態ではにっちもさっちもいかない。 そんな時、天井から吊り下げられているスピーカーからアナウンスが入った。  ――金星行きJAXA201便にご搭乗のお客様にお知らせいたします。    ……ただいまから搭乗手続きを開始いたします。 Ladies and gentlman…… ―― 「京介氏……すみませぬが、拙者の乗るスペースシップの発射が間もなくの様でござる」 「……沙織、申し訳なかったな……発射前だってーのに」 沙織は一人ひとりと別れの握手をすると、免税店で買った耐熱服を入れた布団袋のような 大きな包みを背負って、出国ゲートへと向かった。 ゲートをくぐる際に一度だけ振り返り…… 「皆の者……さらばでござる。金星に着いたら、必ずメールいたしますゆえ~」 そう言うと大きく手を振って、旅立っていった。 396 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:48:27.40 ID:6xwiZxR10 [7/9] 俺たちが搭乗する予定の火星行きと木星行きのスペースシップの発射までは、まだ時間に余裕があった。 もしこのまま決まらず搭乗手続きが始まったら、俺は木星行きのチケットを掴んで走るつもりだ。 俺は桐乃も黒猫も、一人で木星へなんか行かせたくはない。 それにしても、あやせのヤツ――俺が昔、おまえに惚れていたことを逆手に取りやがって。 俺があやせをチョットだけ睨みつけると、あやせは俺の視線を避けるようにして俯いた。 寂しそうな表情を見せる彼女を見て、俺は胸が痛んだ。――おまえだって、一人で行かせやしねえよ。 あやせに目配せすると、彼女は少しはにかんだ笑顔を見せて俺の傍に寄ってきた。 「……あやせも心配すんな。……俺がおまえをボッチになんかするわけねえだろ」 これじゃ搭乗手続きが始まっちまう。何かいいアイデアは…… 何気なくロビーに設置されているテレビを見ると、今回の惑星移住計画について政治家が意見を述べていた。 (こういう政治家はずっと地球にいるんだろうな)あれ? 政治家? 「なあ、あやせ……おまえの親父さん、たしか議員だったよな?」 あやせの親父さんが議員をやっていることは知っていた。 いつだったか俺があやせと桐乃のオタク趣味で対峙した時、俺は警察官である親父に協力を求めたことがある。 その時に俺の親父は『新垣議員』て言ったんだ。 市議会議員なのか県議会議員なのかまでは分からねえがな。 「……あやせの親父さんに頼んで、  この木星行きのチケットを火星行きに代えてもらうわけにはいかねえかな?」 俺がそう言うと、あやせの顔がぱっと明るくなり、携帯を取り出し早速親父さんに連絡した。 あやせの親父さんでダメなら、もうこれ以上方法がねえ。 彼女が電話を切り、携帯のフラップを閉じる。 「お兄さん……まだはっきりと分かりませんが、もしかしたら出来るかもしれないそうです。  ……ただ、お父さんから、あまり期待しないでくれと……」 「いや、話を聴いてもらえただけでも充分さ。あとは待つしかねえよ」 搭乗時間まであと1時間を切ったところだ。 沙織の乗った金星行きは発射台に据え付けられ、メインブースターが点火されるのを待つだけになっている。 俺は神に祈るような気持ちで時計を見つめていた。――沙織、おまえには感謝してもしきれねえよ。 俺が時計をジッと見つめていると、あやせの携帯が着信音を発した。 俺達の視線があやせの携帯に一斉に集まる。 ゴクリと固唾を飲み込み、携帯の発信ボタンを押すあやせ……。 「……はい、あやせです。……あっ、お父さん! どうだった!?」 397 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:49:07.76 ID:6xwiZxR10 [8/9] あやせと親父さんの通話は10分以上に及び、 ようやく通話が終わったのは搭乗手続きの5分前だった。 しかし、あやせは不思議そうな顔をしたまま首をかしげて押し黙ったままだ。 「あ、あやせ……親父さんはなんだって? チケットの変更は出来そうなのか?」 「……え、ええ。……変更は出来ることは出来るそうですが……」 あやせの口振りは、奥歯に物が挟まったという表現がぴったりだった。 俺は申し訳ないとは思いながら、あやせに少し、きつく言ってしまった。 「あ、あやせ! もう時間がねえんだ。どうすりゃいいんだ?」 「……あっ! お兄さん、ごめんなさい。……でも落ち着いてください。  わたしたちの行き先は火星でも木星でもありませんから」 ――じゃあどこなんだよ。 沙織と同じ金星か? それとも太陽に一番近い水星なのか? ――人間が住めんのかよ! まさか、冥王星とか言うんじゃ……到着する前に俺たち全員死んじまうっつーの! 「わ、分かった、あやせ。……きつく言っちまってすまなかった。……で、行き先はどの星だ?」 「……ニューカレドニアだそうです」 「「「………………」」」 「……どこだって? あやせ?」 「ですから、お兄さん……ニューカレドニアです。南太平洋の……」 今世紀の地球上に残された、地上最後の楽園ニューカレドニア。 島を囲む珊瑚礁は世界遺産にも登録されたリゾート地だ。 取り敢えず地球から他の惑星に移住しなくてもよくなった俺たちは、 あやせから話を聞くことにした。 「お父さんの話によると、地球以外の惑星に移住する必要は……絶対ではないそうです。  地球上にもまだ、いくつか移住先が残っているそうで……」 398 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:49:53.94 ID:6xwiZxR10 [9/9] あやせから聞いた話を、俺なりに理解するとこういうことだ。 そもそも他の惑星への移住計画は、各国で工業化が極限にまで達し、環境問題を惹き起こしたことが発端だった。 だもんだから、ニューカレドニアを始め世界的なリゾート地など、 もともと工業化が厳しく制限されている地域では、快適な生活に慣れた現代人にはむしろ住み辛く、 逆に人口の減少を招いているそうだ。 「……なるほどな。……たしかに筋は通ってるよ」 俺とあやせの会話を黙って聞いていた黒猫が、ボソッと呟いた。 「……ねえ、先輩? それが事実だとすると……  いまなら、ニューカレドニアは幾らでも人が移住できるのよね?」 「ああ、たしかに黒猫の言う通りだと思うぜ……」 「「「「沙織!」」」」 ようやく俺たちは、金星に向かって旅立った沙織のことに思い至った。 ――ヤッベー……今ならまだ間に合うかも知れねえ。 そう思って俺たちは、発射台の見えるガラス張りの壁へ一斉に駆け寄った。 そこには……すでにメインブースターに点火され、水蒸気の白煙をもうもうと上げながら、 発射台から離れてゆく沙織の乗ったスペースシップがあった。 「………………間に合わなかったか」 金星へ向かって上昇を続ける、沙織の乗ったスペースシップを見上げながら俺は、後悔の念に苛まれた。 あの時、俺が無理をしてでも沙織を引き止めて置けばと……。 「……先輩、あなたのせいじゃないわ。……あの時は仕方のないことだったのよ。  それに、先輩……沙織には会おうと思えば毎日会えるわ」 黒猫は俺を見つめると『ほら、あれを見て』と言って、沙織の乗ったスペースシップを指差した…… いや、その遥かかなた……朝焼けの空に煌いている一番星、金星を指差していた。 「……そうだな、沙織は一番星になったんだな」 「ええ、天気がよければ夕方にも会えるわ」 俺はこれからも沙織に会える。――それも天気しだいで、一日2回もだぜ! すでに沙織の乗ったスペースシップが、肉眼では捉えられなくなったところで、 ふと、桐乃やあやせが居ないこと気が付いた。 「……黒猫……桐乃とあやせの姿が見えねえけど……あいつらどこへ行った?」 「……移住先がニューカレドニアと知って、免税店へ水着を買いに行ったわ」 (完)
391 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:45:06.73 ID:6xwiZxR10 [2/9] 『人類惑星移住計画』 西暦20XX年1月―― 俺達人類が住む地球は、極度の環境破壊に直面していた。 世界中で環境汚染を無視した工業化が極限にまで達し、各国で環境問題を原因とした紛争が勃発。 人類の手では、過去の美しく住みよい地球を取り戻すことは既に不可能になった。 そこで国連から、ついに人類を惑星に移住させる大計画が発表されたのだった。 俺と桐乃、沙織と黒猫、そしてあやせの五人は惑星移住のために、成田空港の発着ロビーにいた。 人類初の惑星移住に鑑み国連では慎重を期して、他の惑星環境でも適応し易いようにと、 全世界から十八歳以下の男女を優先的に移住させることにしたらしい。 「沙織も黒猫も、あやせもいるな。それじゃあこれから、惑星間航行用チケットを配るから」 先程から辺りをキョロキョロしていた桐乃が口を開いた。 「……ねえ、地味子は? 地味子がいないけど」 「ああ、麻奈実は来ねえよ。あいつの家、和菓子屋だろ」 俺がそう言うと桐乃は納得したように頷いた。 国連とは別に日本政府の方針として、国内で食品関連の仕事に従事している者については、 政府の許可なくして自由意志による移住が出来ないことになっている。 麻奈実の家が和菓子屋だったことが災いした。 「みんなよく聞いてくれ。チケットは手に入ったんだが……行き先が……何枚かは違う惑星なんだ」 「……先輩? それはどういう事かしら?」 黒猫が疑問を呈するのも当然だった。 俺たち五人は、そろって火星への移住を希望していたんだ。 しかし、月を除けば地球から一番近い火星は大人気で……結局どうなったか、てーと。 「火星行きが3枚、金星行きと木星行きがそれぞれ1枚ずつなんだ……」 「……ということは、先輩? 火星は3人一緒だけれど……  金星と木星は一人で行かなければいけない……ということかしら?」 黒猫の言葉に一番に反応したのは桐乃だった。 「や、やっぱさー、この世でたった二人きりの兄妹を離ればなれにしちゃあ、まずいっしょ!」 桐乃がさも当然のように言うと、黒猫の表情がキッ! と変わり、桐乃を睨みつけて……。 「あ、あ、あなた何を言っているの! わ、私と先輩は……こ、恋人同士よ。  私たちこそ引き離されては堪らないわ……」 392 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:45:47.13 ID:6xwiZxR10 [3/9] 眉間にしわを寄せ、腕組みしをながらそんな二人の会話を聞いていたあやせは、 すーっと、その瞳から光彩を消失させ―― そして、腹を押さえ口元を手で覆うと……がらりと一変、苦しげな表情になった。 「うっ、おえっ……うっうう……」 俺はあやせの急変に驚いて声をあげた。 「? あやせ!? どうした!」 「……つ、つわりが…………うっ……」 ん? ……つわり? 次の瞬間、桐乃の平手打ちが俺の頬に炸裂し、黒猫の足蹴りが俺の股間を捉えた。 「っ痛て――――! あにすんだよっ! 桐乃も黒猫もっ!」 俺は股間を押さえ身を捩りながら桐乃と黒猫を睨みつけた。 「あ、あ、あああああ、あんたっ! あ、あやせに一体、な、何してくれちゃってるわけ?」 俺を睨みつけながら顔を真っ赤にした桐乃が叫ぶと、それに続いて黒猫も……。 「せ、せ、先輩っ! ど、どういうことなのか説明してもらえるかしら……  わ、私だって………………………………なのに……」 そんな二人の怒りの炎に油を注ぐあやせは……。 「……お、お兄さん……たぶんあの時の……」 そう言ったきり頬を染めて俺を見つめるあやせ―― ん? そう言う割りには……あやせの眼が笑ってねえか? だから俺はあやせに聞いてやった。 「……ほ、ほほう……おい、あやせ……おまえの言うあの時って、いつのことだ?」 俺の予想外の反応にうろたえ、言葉を失うあやせ。 「だ、だ、だから……あ、あの時はあの時じゃないですか……お兄さん……」 最後の『お兄さん』の声が小さくなる。――バレバレだっつーの! 簡単に嘘がばれてしまったあやせは、そっぽを向いて口笛を吹き始めた。   ……ピ~ ピ~ ピ~ ピピッピ~ ♪ 「……でも、お兄さんはわたしに以前、結婚してくれって……言いましたよね」 393 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:46:25.80 ID:6xwiZxR10 [4/9] 再び俺達の間に険悪な空気が流れ始めたとき、沙織が口を開いた。 「まあまあ……皆の者、ここはひとつ、冷静になろうではござらぬか。  チケットの種類と枚数はもう決まっているのでござるから……  ここは公正に、くじ引きで……ということで、いかがでござろう」 沙織の言うとおり、全員で同じ星に移住できる可能性はない。 ならばここは、兄妹だとか恋人だとかといった事情はすべて抜きにして、 残酷だがくじ引きで決めるしかないと俺は思った。 「……なあ、仕方ないだろ? 沙織の言うように、ここはくじ引きで決めよう」 俺達はロビーの床に輪になって座り、チケットを裏返してから、真ん中に5枚並べた。 誰が一番初めにくじを引くのか……全員の顔に緊張感が走る。 (俺が一番に引くしかねえな)そう思って手を出し掛けると……。 「京介氏……待って欲しいでござる。  拙者が言い出しっぺでありますゆえ……拙者が最初に……」 他の4人の目が一斉に沙織に集中する。――くそ! 胃が痛くなってきやがった。 沙織は躊躇することなく5枚のチケットの中から1枚を引いた。 「「「「どこの星!?」」」」 ――沙織が引いたのは、金星行きのチケットだった、 彼女は平静を装ってはいたが、やはり動揺した気持ちは隠せず、少し涙目になっていた。 「……ハハハ、拙者は金星に決定したでござる……ハハ」 俺は沙織には悪いとは知りつつ、心の中に安堵感が広がるのを感じざるを得なかった。 残りは4分の1……桐乃か黒猫か、あやせか……さもなくば、俺のうちの誰かが木星行きとなる。 すでに金星行きが決まった沙織は、俺達と顔を合わせているのが辛いのか、立ち上がり……。 「……拙者、金星で必要なものを買って来ますゆえ、しばし中座するでござる」 誰も沙織の顔を見られる者はいなかった。 そりゃそうだよ。もしかしたら金星行きのチケットを引いたのは、自分かも知れないんだから。 黒猫は沙織から目を背け、口元を手で押さえながら呟くように沙織に告げた。 「……沙織。………………耐熱服はこの先の免税店で売っていたわ」 「そうでござるか。かたじけない黒猫氏……拙者のサイズに合う女性物があるといいのでござるが」 394 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:46:57.06 ID:6xwiZxR10 [5/9] 沙織が俺達の場を立ち去った後、残り4枚のチケットを巡って膠着状態が続いた。 そんな状況を打開すべく、俺は桐乃、黒猫そしてあやせと順番に目をやりある提案を口にした。 「なあ、このままじゃ埒が明かねえだろ。……俺が木星へ行くよ。  だから、おまえらは仲良く火星へ移住しろ……いいな」 俺がそう言って裏返してあるチケットを表にして、木星行きのチケットに手を伸ばすと……。 「ちょっと待ってよ! あんたっ……ううん……あ、兄貴はあたしの兄貴でしょ!  ……今までわがままばっか言って……ご、ごめんなさい!  だから、だから……あたしをもう独りぼっちにしないでよっ!」 桐乃が泣きながら俺にすがりついてきた。 今まで俺のことなんか兄貴とも思わず、なにかと言えば酷い態度をとってきた妹が……。 火星と木星に別れてしまっては、いつ再び会えるか分からない。 俺は桐乃の頭に手を置いて優しくなでてやった。――これで最後かもな。 「……先輩、そんなの酷いわ! ……わ、私はどうすればいいの?  なけなしの勇気を振り絞って私は先輩に告白したのよ……それなのに……」 黒猫の大きな瞳が涙で潤み、顔を両手で覆い嗚咽した。 俺は黒猫の肩をそっと引き寄せ抱きしめてやった。 恥ずかしがり屋で照れ屋の黒猫が、俺に想いを伝えるためにどれほど苦悩したことか、 それを考えると俺は胸が引き裂けそうだった。 実妹の桐乃と恋人の黒猫に泣きつかれて、俺の決断が鈍る。 この二人のどちらか一方とでも離れるなんて、俺にはとても耐えられない。 俺はあやせをそっと見た。 俺の視線に気付いたあやせは、俺が考えていることを察知したのか顔面が引きつる。 「……お兄さん、まさか、とんでもないことを考えていませんか?」 しかし、俺の性格なんてあやせにはお見通しのようだった。 いままで俺があやせにしてきた行状を鑑みれば、とてもあやせに言い出せることではなかった。 そんな俺の思いを知ってか知らずか、あやせは人を小バカにした様にそっぽ向き口笛を吹いた。   ……ピ~ ピ~ ピ~ ピピッピ~ ♪ 395 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:47:46.85 ID:6xwiZxR10 [6/9] 俺が木星へ一人で行く選択肢は断たれた。 かと言って、こいつらのうち誰か一人を行かせるわけにも行かない。 こりゃ進退きわまったなと考えていると、沙織が免税店から戻ってきた。 「………………京介氏? これはまたどういった状況で?」 俺が沙織にこれまでの経緯を伝えると、彼女も困った様子で…… 「うむむむむ……しかし、拙者はすでに金星行きが決まった身。  ……こればかりは拙者がどうこうできる訳でもありませぬゆえ……うむむむむ」 沙織が困るのも無理はない。 俺が一人で木星へ行くことを、桐乃や黒猫はともかくあやせまで反対しているのに、 そいつらの一人に、おまえが木星へ行けとは沙織でなくとも言えるわけがない。 桐乃と黒猫は相変わらず泣いているし、あやせは人ごとのように口笛を吹いているし、 沙織は沙織で眉間に皺を寄せ、思案に明け暮れている状態ではにっちもさっちもいかない。 そんな時、天井から吊り下げられているスピーカーからアナウンスが入った。  ――金星行きJAXA201便にご搭乗のお客様にお知らせいたします。    ……ただいまから搭乗手続きを開始いたします。 Ladies and gentlman…… ―― 「京介氏……すみませぬが、拙者の乗るスペースシップの発射が間もなくの様でござる」 「……沙織、申し訳なかったな……発射前だってーのに」 沙織は一人ひとりと別れの握手をすると、免税店で買った耐熱服を入れた布団袋のような 大きな包みを背負って、出国ゲートへと向かった。 ゲートをくぐる際に一度だけ振り返り…… 「皆の者……さらばでござる。金星に着いたら、必ずメールいたしますゆえ~」 そう言うと大きく手を振って、旅立っていった。 396 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:48:27.40 ID:6xwiZxR10 [7/9] 俺たちが搭乗する予定の火星行きと木星行きのスペースシップの発射までは、まだ時間に余裕があった。 もしこのまま決まらず搭乗手続きが始まったら、俺は木星行きのチケットを掴んで走るつもりだ。 俺は桐乃も黒猫も、一人で木星へなんか行かせたくはない。 それにしても、あやせのヤツ――俺が昔、おまえに惚れていたことを逆手に取りやがって。 俺があやせをチョットだけ睨みつけると、あやせは俺の視線を避けるようにして俯いた。 寂しそうな表情を見せる彼女を見て、俺は胸が痛んだ。――おまえだって、一人で行かせやしねえよ。 あやせに目配せすると、彼女は少しはにかんだ笑顔を見せて俺の傍に寄ってきた。 「……あやせも心配すんな。……俺がおまえをボッチになんかするわけねえだろ」 これじゃ搭乗手続きが始まっちまう。何かいいアイデアは…… 何気なくロビーに設置されているテレビを見ると、今回の惑星移住計画について政治家が意見を述べていた。 (こういう政治家はずっと地球にいるんだろうな)あれ? 政治家? 「なあ、あやせ……おまえの親父さん、たしか議員だったよな?」 あやせの親父さんが議員をやっていることは知っていた。 いつだったか俺があやせと桐乃のオタク趣味で対峙した時、俺は警察官である親父に協力を求めたことがある。 その時に俺の親父は『新垣議員』て言ったんだ。 市議会議員なのか県議会議員なのかまでは分からねえがな。 「……あやせの親父さんに頼んで、  この木星行きのチケットを火星行きに代えてもらうわけにはいかねえかな?」 俺がそう言うと、あやせの顔がぱっと明るくなり、携帯を取り出し早速親父さんに連絡した。 あやせの親父さんでダメなら、もうこれ以上方法がねえ。 彼女が電話を切り、携帯のフラップを閉じる。 「お兄さん……まだはっきりと分かりませんが、もしかしたら出来るかもしれないそうです。  ……ただ、お父さんから、あまり期待しないでくれと……」 「いや、話を聴いてもらえただけでも充分さ。あとは待つしかねえよ」 搭乗時間まであと1時間を切ったところだ。 沙織の乗った金星行きは発射台に据え付けられ、メインブースターが点火されるのを待つだけになっている。 俺は神に祈るような気持ちで時計を見つめていた。――沙織、おまえには感謝してもしきれねえよ。 俺が時計をジッと見つめていると、あやせの携帯が着信音を発した。 俺達の視線があやせの携帯に一斉に集まる。 ゴクリと固唾を飲み込み、携帯の発信ボタンを押すあやせ……。 「……はい、あやせです。……あっ、お父さん! どうだった!?」 397 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:49:07.76 ID:6xwiZxR10 [8/9] あやせと親父さんの通話は10分以上に及び、 ようやく通話が終わったのは搭乗手続きの5分前だった。 しかし、あやせは不思議そうな顔をしたまま首をかしげて押し黙ったままだ。 「あ、あやせ……親父さんはなんだって? チケットの変更は出来そうなのか?」 「……え、ええ。……変更は出来ることは出来るそうですが……」 あやせの口振りは、奥歯に物が挟まったという表現がぴったりだった。 俺は申し訳ないとは思いながら、あやせに少し、きつく言ってしまった。 「あ、あやせ! もう時間がねえんだ。どうすりゃいいんだ?」 「……あっ! お兄さん、ごめんなさい。……でも落ち着いてください。  わたしたちの行き先は火星でも木星でもありませんから」 ――じゃあどこなんだよ。 沙織と同じ金星か? それとも太陽に一番近い水星なのか? ――人間が住めんのかよ! まさか、冥王星とか言うんじゃ……到着する前に俺たち全員死んじまうっつーの! 「わ、分かった、あやせ。……きつく言っちまってすまなかった。……で、行き先はどの星だ?」 「……ニューカレドニアだそうです」 「「「………………」」」 「……どこだって? あやせ?」 「ですから、お兄さん……ニューカレドニアです。南太平洋の……」 今世紀の地球上に残された、地上最後の楽園ニューカレドニア。 島を囲む珊瑚礁は世界遺産にも登録されたリゾート地だ。 取り敢えず地球から他の惑星に移住しなくてもよくなった俺たちは、 あやせから話を聞くことにした。 「お父さんの話によると、地球以外の惑星に移住する必要は……絶対ではないそうです。  地球上にもまだ、いくつか移住先が残っているそうで……」 398 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/01/29(土) 22:49:53.94 ID:6xwiZxR10 [9/9] あやせから聞いた話を、俺なりに理解するとこういうことだ。 そもそも他の惑星への移住計画は、各国で工業化が極限にまで達し、環境問題を惹き起こしたことが発端だった。 だもんだから、ニューカレドニアを始め世界的なリゾート地など、 もともと工業化が厳しく制限されている地域では、快適な生活に慣れた現代人にはむしろ住み辛く、 逆に人口の減少を招いているそうだ。 「……なるほどな。……たしかに筋は通ってるよ」 俺とあやせの会話を黙って聞いていた黒猫が、ボソッと呟いた。 「……ねえ、先輩? それが事実だとすると……  いまなら、ニューカレドニアは幾らでも人が移住できるのよね?」 「ああ、たしかに黒猫の言う通りだと思うぜ……」 「「「「沙織!」」」」 ようやく俺たちは、金星に向かって旅立った沙織のことに思い至った。 ――ヤッベー……今ならまだ間に合うかも知れねえ。 そう思って俺たちは、発射台の見えるガラス張りの壁へ一斉に駆け寄った。 そこには……すでにメインブースターに点火され、水蒸気の白煙をもうもうと上げながら、 発射台から離れてゆく沙織の乗ったスペースシップがあった。 「………………間に合わなかったか」 金星へ向かって上昇を続ける、沙織の乗ったスペースシップを見上げながら俺は、後悔の念に苛まれた。 あの時、俺が無理をしてでも沙織を引き止めて置けばと……。 「……先輩、あなたのせいじゃないわ。……あの時は仕方のないことだったのよ。  それに、先輩……沙織には会おうと思えば毎日会えるわ」 黒猫は俺を見つめると『ほら、あれを見て』と言って、沙織の乗ったスペースシップを指差した…… いや、その遥かかなた……朝焼けの空に煌いている一番星、金星を指差していた。 「……そうだな、沙織は一番星になったんだな」 「ええ、天気がよければ夕方にも会えるわ」 俺はこれからも沙織に会える。――それも天気しだいで、一日2回もだぜ! すでに沙織の乗ったスペースシップが、肉眼では捉えられなくなったところで、 ふと、桐乃やあやせが居ないこと気が付いた。 「……黒猫……桐乃とあやせの姿が見えねえけど……あいつらどこへ行った?」 「……移住先がニューカレドニアと知って、免税店へ水着を買いに行ったわ」 (完)

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