麻奈実と松虫草:7スレ目516

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516 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:55:14.26 ID:EilZ0dGD0 [2/6] 『麻奈実と松虫草』 その日、俺は幼馴染の麻奈実といつもの場所でいつものように、受験勉強に勤しんでいたんだ。 高校入学以来ずっと続いている、麻奈実と二人だけの図書館での勉強会。 勉強会といっても、成績優秀な麻奈実がいつも先生役で、出来の悪い俺が生徒役だけどな。 それでも、俺はなんとしてでも麻奈実と同じ大学に行きたいんだ。 「なあ、麻奈実……ここの和訳はどうすりゃいいんだ?」 「……きょうちゃん……今更こんな慣用句で躓いてたら、困るんだけどな~」 普段天然の入ってる麻奈実のくせに、勉強のこととなると手厳しい。 しかし、大学での4年間を麻奈実と一緒に過ごせると思えば、これしきのこと苦でもねえよ。 なぜなら彼女は俺にとって唯一の、心安らぐ安息の地なんだからな。 「なあ、麻奈実……今日の勉強会が終わったら、ちょっと寄り道してってもいいか」 「……きょうちゃんがそう言うなら、わたしは全然構わないよ~」 俺には、今日こそはと心に秘めた決意があった。 ガキの頃からずっと俺の傍にいてくれた麻奈実に、今日こそ俺の素直な気持ちを伝えるんだ。 麻奈実が俺のことを好いてくれていることは、なんとなく分かっていた。 でも、俺は鈍感で優柔不断で……麻奈実の気持ちを素直に受け止めてやることが出来なかったんだ。 「帰りに……中央公園へ寄って行きたいんだ。……そこでおまえに話したいことがある」 「………………きょうちゃん? ……わたしに話って……な~に?」 そんな不安そうな顔をしないでくれよ。なにも別れ話をしようってわけじゃねえんだから。 俺と麻奈実のこれからのこと……将来のことを話そうってんだから。 「……麻奈実……なんでおまえは泣きそうな顔してんだよ。  俺がおまえに話したいってのは、おまえとのこれからのことだ。  ……つまりは……俺とおまえとの将来のことっつーか………………言わせんな恥ずかしい!」 勉強以外の時には天然の入った麻奈実でも、俺がここまで言えばどういう手の話か察しが付いたらしい。 麻奈実のヤツ、顔を真っ赤にして俯いたまま口をパクパクさせてやんの。 「……きょ、きょきょきょきょうちゃん……。  きょ、今日はもう勉強会はやめて……こ、こここ公園に……行こっか?」 慌てふためく麻奈実に噴き出しそうになるのを、俺は必死で堪えて、二枚目を気取って言ってやったんだ。 「おまえがそれでいいと言うのなら、俺はまったく構わねえよ」 517 自分:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/04(金) 23:55:37.45 ID:z3+Dz0VGo なぜわざわざ奴らを呼ぶような言い方をする 518 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:55:51.11 ID:EilZ0dGD0 [3/6] 俺たちは机に広げていた参考書だの問題集だのをカバンに仕舞うと、そのまま図書館を後にした。 公園への道すがら、俺と麻奈実との会話は、自然と俺たちの幼い日の想い出ばなしになったんだ。 「保育園のときは……きょうちゃんって、すっごくわたしに意地悪だったよね~」 「……そうか? 俺は昔っから、おまえには優しかったと思うがな」 そう言いながら俺は、麻奈実の後頭部に軽くチョップを入れてやった。 「ふぇぇぇえええええ~ きょうちゃんは今でも意地悪だった~」 「……なんか言ったか? 麻奈実」 俺と麻奈実とは保育園のときからの付き合いだから、既に十年以上になる。 お互い家が近くだったことや、同い年のヤツがまわりにいなかったこともあって、 俺たちはすぐに仲良しになったんだ。 俺や麻奈実が生まれる前から、お袋同士が顔見知りだったことも大きいと思うけどな。 「……そういや麻奈実は、何かっつーと泣いてたよな」 「もう、きょうちゃんたら~。それはきょうちゃんのせいでしょ~  ……でも、桐乃ちゃんが入園して来てからは、わたしもあんまり泣かなくなったもん」 俺たちが5歳の年長組のとき、2歳になった妹の桐乃が入園してきた。 あの当時の桐乃はとても素直な性格で、今のように麻奈実のことを地味子なんて呼ぶわけもなく、 実の姉のように慕っていた。 「……桐乃は俺にとって実の妹だが、おまえにとっても妹になるヤツだからな」 「そうだね~。桐乃ちゃんとは小さい頃よく遊んだしね~  ……わたしも桐乃ちゃんは妹みたいに思ってるよ~……ね、お兄ちゃん。えへへ」 さらっとかわされちまったよ。 俺と結婚すれば、桐乃は将来おまえの義妹になるって意味で、遠回しに言ったのに。 やっぱ、麻奈実みたいに恋だの愛だのに疎いヤツには、もう少しストレートに言ったほうがいいんだろうな。 「……なあ、麻奈実。……俺たちが無事、大学に受かったら……そしたら、一緒に暮らさねえか?」 「………………?」 麻奈実は俺の言った言葉の意味が分からなかったのか、首をかしげてキョトンとしていたが、 やがて顔を真っ赤にして口をパクパクさせた後、ようやく麻奈実の口から言葉が出てきた。 「……きょ、きょきょきょきょうちゃん……? そ、それってもしかして……ぷ、ぷろぽーず……?」 「ば、ばかっ……違げーよ! ………………でもな、俺もそろそろ潮時かなって、なっ」 519 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:56:37.54 ID:EilZ0dGD0 [4/6] 公園に着いた俺たちは、公園事務所の脇にある自販機で飲物を買ってベンチに腰を下ろした。 麻奈実はいつもの緑茶のペットボトルを買い、俺はいつもの缶コーヒーを買って……。 いつものことなら、麻奈実とは他愛もない話をするところだが、今日の俺はいつもと違う。 「学生のバイトなんて多寡が知れてっけどさあ、おまえと二人なら俺、頑張れる気がすんだよ」 「……わたし……きょうちゃんと一緒に暮らせるなら、お風呂なんかなくってもいいよっ」 そりゃ親父の世代か、下手したら麻奈実のじいちゃんの世代だっつーの。 そういや、いつだったか俺の親父が、テレビでやってたフォーク特集を見ながら泣いてたっけ。 「ば~か、おまえはいつの時代の人間なんだよ。  ちゃんと風呂もトイレもある部屋見つけっから……でも、6畳一間かも知んねえけどな」 実際問題として、学生の分際で同棲なんて世間から見れば非常識かもしれない。 でも、俺はいつでも麻奈実と一緒に居たいんだよ。 「……わたしも頑張ってバイトするから……  お料理だってきょうちゃんの好きなもの、もっともっと憶えるね~」 灯台下暗しってのは、まさに麻奈実のことだと思ったね。 麻奈実は料理は得意だし、掃除もテキパキとこなすしな。 俺のお袋なんて、何かといやーカレーばっかり作りやがって…… 麻奈実の十分の一でもいいから、レパートリーを増やしやがれってーの。 「……でも、わたし心配だな~。  きょうちゃんて地味なくせに……なんか昔っから、かわいい女の子にもてるんだよね~」 「俺が地味なのは今に始まったことじゃねーがな。  ……つうか、俺はそんなかわいい子なんかに、もててなんかいねえじゃねえか」 麻奈実は後ろ手に持ったカバンをパタンパタンさせながら、ちょっと拗ねたように唇を尖らせた。 「だって、ほら……あやせちゃんと~きょうちゃん、すっごく仲いいでしょ~  ……夏休みの前だって……黒猫さんともよく一緒に帰ってたし……」 たしかにあやせも黒猫も、美人でかわいくて……その上、俺の好きな黒髪ロングだしな。 俺が以前あやせに惚れていたことは事実だ。 桐乃と同い年だっつーのに、清楚で淑やかで、こんな女の子が俺の彼女だったら…… なんて考えたこともあったさ――でも、性格がアレなもんでな。 520 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:57:21.18 ID:EilZ0dGD0 [5/6] 「まあ、あやせはともかくとして……黒猫はかわいい後輩だからな。  ……多少仲良くしても、麻奈実が心配するほど変じゃねえだろ?」 「………………そうだよね~。かわいい後輩さんなんだもんね~」 俺が黒猫と仲がいいことを否定しないもんだから、麻奈実は本当に拗ねちまったようだった。 でも、俺にとって黒猫は特別なんだ。なんて言ったらいいのか、分かんねえけど……とにかく特別なんだよ。 あいつを見てると、放って置けないって言うのか、俺が護ってやらなきゃみたいな……。 ――なんなんだろうな、この気持ちは。 「……ねえ、きょうちゃんは知ってるかな~。  ひまわりの花言葉は『あこがれ』とか『崇拝』なんだよ~。……それから朝顔は『愛情』……だったかな」 緑茶のペットボトルを両手に挟んで弄びながら、麻奈実は公園に咲いている向日葵を見つめて、 俺に花言葉について唐突に話し始めた。 「突然どうした麻奈実……おまえがそんな女の子らし………………すまん……花言葉なんて……」 「もう~、きょうちゃんたら……ぷんぷん。……実はね、おばあちゃんに教えてもらったんだ~。  ……昔の人は、自分の気持ちが素直に言えないときとか、その花に色々な言葉を託して贈ったんだって~」 麻奈実のばあちゃんが花言葉ねえ…… まあ、あの人は見るからに上品そうだし、分かるっちゃ分かるけど……。 でも、贈られる相手があのじいちゃんじゃあ、いくらなんでも花が可哀想過ぎるだろ。 俺は麻奈実のじいちゃんが、ばあちゃんから花を贈られるところを想像して悶絶したよ。 「……わたしは……きょうちゃんに花を贈るとしたら……アザレアを贈りたいかな~」 「そのアザレアの花言葉って……なんなんだ?」 麻奈実は顔を真っ赤にして俯くだけで、決して俺に教えようとはしなかった。 でもさあ、麻奈実の言いたいことはなんとなく想像がついたから……俺も無理には聞かなかったけど。 「でもね、花言葉って、同じ花なのに全く反対の意味がある場合もあるから、憶えるのが大変なんだよ~」 麻奈実のように自分の気持ちを、好きな相手に伝えられない女の子はたくさんいるんだろうな。 別に男の俺には、女の子が好きな花言葉には興味はなかったんだけど、 麻奈実があまりにも、ばあちゃんから教わったという花言葉をあれこれ俺に話すもんだから……。 「じゃあ、ほら、おまえの後ろに咲いてる……この小さな花は?」 俺たちが座っているベンチのすぐ後ろの植え込みに、その花はあった。 麻奈実は『え? どれ?』と言って、後ろを振り向いた。 521 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:58:13.10 ID:EilZ0dGD0 [6/6] 「……う~ん……この花はたぶん、松虫草っていう花だと思うけど……花言葉は……なんだったかな~……」 麻奈実が松虫草と呼んだその花は、薄紫色の小さな花弁で、風が吹くとゆらゆらと揺れて、 今にも折れそうなほど茎が細かったんだけど、かわいくて綺麗な花だった。 「でも、かわいくてとっても綺麗な花だから、きっといい花言葉だと思うよ~」 「……だろうな。可愛いところはおまえと同じだよ」 「ふえぇぇぇぇえええ……きょ、きょうのきょうちゃん……なんだか変……」 麻奈実よ……なんとでも言うがいいさ。今日から俺は生まれ変わるんだ。 そうだよ、これからはどんな誘惑に負けそうになっても……麻奈実、俺はおまえ一筋と心に誓ったんだから。 「今日は勉強会を早めに切り上げちまったから、あとは家でやっとくわ」 「……じゃあ、きょうちゃん……しっかり頑張ってね」 俺と麻奈実は公園を出て、麻奈実の家へ向かった。 勉強会のあとは、いつも俺が彼女を家まで送るのが習慣だったから。 俺が夢中になって麻奈実との将来について語っているうちに、いつの間にか麻奈実の家に着いちまった。 「麻奈実……今日俺が話したこと、真剣に考えてくれ。……じゃあな、マイハニー」 「……う、うん……わ、わたしの答えは、も、もう決まってるから……  じゃ、じゃあ、きょうちゃん……今度の勉強会は……水曜日だね。……今日は、ありがとう」 ……もう決まってるから……か、その言葉だけで俺には充分さ。 あとはこのまま、二人そろって無事大学に合格すれば……。 俺は麻奈実との新生活を想像して有頂天になっていた。 「麻奈実……おまえが俺に贈りたいって言ってた、アザレアの花言葉……家に帰ったら調べてみっから」 「……わたしも、きょうちゃんが、わたしみたいだって言ってくれた松虫草の花言葉、すぐに調べてみるね~」 いつものように、麻奈実の家の前で別れてから一週間後、 俺は黒猫から校舎裏に呼び出されて、彼女から告白されるとは……そのときは、知る由もなかった。 (完) 参考資料:『花言葉事典』    http://www.hanakotoba.name/
516 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:55:14.26 ID:EilZ0dGD0 [2/6] 『麻奈実と松虫草』 その日、俺は幼馴染の麻奈実といつもの場所でいつものように、受験勉強に勤しんでいたんだ。 高校入学以来ずっと続いている、麻奈実と二人だけの図書館での勉強会。 勉強会といっても、成績優秀な麻奈実がいつも先生役で、出来の悪い俺が生徒役だけどな。 それでも、俺はなんとしてでも麻奈実と同じ大学に行きたいんだ。 「なあ、麻奈実……ここの和訳はどうすりゃいいんだ?」 「……きょうちゃん……今更こんな慣用句で躓いてたら、困るんだけどな~」 普段天然の入ってる麻奈実のくせに、勉強のこととなると手厳しい。 しかし、大学での4年間を麻奈実と一緒に過ごせると思えば、これしきのこと苦でもねえよ。 なぜなら彼女は俺にとって唯一の、心安らぐ安息の地なんだからな。 「なあ、麻奈実……今日の勉強会が終わったら、ちょっと寄り道してってもいいか」 「……きょうちゃんがそう言うなら、わたしは全然構わないよ~」 俺には、今日こそはと心に秘めた決意があった。 ガキの頃からずっと俺の傍にいてくれた麻奈実に、今日こそ俺の素直な気持ちを伝えるんだ。 麻奈実が俺のことを好いてくれていることは、なんとなく分かっていた。 でも、俺は鈍感で優柔不断で……麻奈実の気持ちを素直に受け止めてやることが出来なかったんだ。 「帰りに……中央公園へ寄って行きたいんだ。……そこでおまえに話したいことがある」 「………………きょうちゃん? ……わたしに話って……な~に?」 そんな不安そうな顔をしないでくれよ。なにも別れ話をしようってわけじゃねえんだから。 俺と麻奈実のこれからのこと……将来のことを話そうってんだから。 「……麻奈実……なんでおまえは泣きそうな顔してんだよ。  俺がおまえに話したいってのは、おまえとのこれからのことだ。  ……つまりは……俺とおまえとの将来のことっつーか………………言わせんな恥ずかしい!」 勉強以外の時には天然の入った麻奈実でも、俺がここまで言えばどういう手の話か察しが付いたらしい。 麻奈実のヤツ、顔を真っ赤にして俯いたまま口をパクパクさせてやんの。 「……きょ、きょきょきょきょうちゃん……。  きょ、今日はもう勉強会はやめて……こ、こここ公園に……行こっか?」 慌てふためく麻奈実に噴き出しそうになるのを、俺は必死で堪えて、二枚目を気取って言ってやったんだ。 「おまえがそれでいいと言うのなら、俺はまったく構わねえよ」 518 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:55:51.11 ID:EilZ0dGD0 [3/6] 俺たちは机に広げていた参考書だの問題集だのをカバンに仕舞うと、そのまま図書館を後にした。 公園への道すがら、俺と麻奈実との会話は、自然と俺たちの幼い日の想い出ばなしになったんだ。 「保育園のときは……きょうちゃんって、すっごくわたしに意地悪だったよね~」 「……そうか? 俺は昔っから、おまえには優しかったと思うがな」 そう言いながら俺は、麻奈実の後頭部に軽くチョップを入れてやった。 「ふぇぇぇえええええ~ きょうちゃんは今でも意地悪だった~」 「……なんか言ったか? 麻奈実」 俺と麻奈実とは保育園のときからの付き合いだから、既に十年以上になる。 お互い家が近くだったことや、同い年のヤツがまわりにいなかったこともあって、 俺たちはすぐに仲良しになったんだ。 俺や麻奈実が生まれる前から、お袋同士が顔見知りだったことも大きいと思うけどな。 「……そういや麻奈実は、何かっつーと泣いてたよな」 「もう、きょうちゃんたら~。それはきょうちゃんのせいでしょ~  ……でも、桐乃ちゃんが入園して来てからは、わたしもあんまり泣かなくなったもん」 俺たちが5歳の年長組のとき、2歳になった妹の桐乃が入園してきた。 あの当時の桐乃はとても素直な性格で、今のように麻奈実のことを地味子なんて呼ぶわけもなく、 実の姉のように慕っていた。 「……桐乃は俺にとって実の妹だが、おまえにとっても妹になるヤツだからな」 「そうだね~。桐乃ちゃんとは小さい頃よく遊んだしね~  ……わたしも桐乃ちゃんは妹みたいに思ってるよ~……ね、お兄ちゃん。えへへ」 さらっとかわされちまったよ。 俺と結婚すれば、桐乃は将来おまえの義妹になるって意味で、遠回しに言ったのに。 やっぱ、麻奈実みたいに恋だの愛だのに疎いヤツには、もう少しストレートに言ったほうがいいんだろうな。 「……なあ、麻奈実。……俺たちが無事、大学に受かったら……そしたら、一緒に暮らさねえか?」 「………………?」 麻奈実は俺の言った言葉の意味が分からなかったのか、首をかしげてキョトンとしていたが、 やがて顔を真っ赤にして口をパクパクさせた後、ようやく麻奈実の口から言葉が出てきた。 「……きょ、きょきょきょきょうちゃん……? そ、それってもしかして……ぷ、ぷろぽーず……?」 「ば、ばかっ……違げーよ! ………………でもな、俺もそろそろ潮時かなって、なっ」 519 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:56:37.54 ID:EilZ0dGD0 [4/6] 公園に着いた俺たちは、公園事務所の脇にある自販機で飲物を買ってベンチに腰を下ろした。 麻奈実はいつもの緑茶のペットボトルを買い、俺はいつもの缶コーヒーを買って……。 いつものことなら、麻奈実とは他愛もない話をするところだが、今日の俺はいつもと違う。 「学生のバイトなんて多寡が知れてっけどさあ、おまえと二人なら俺、頑張れる気がすんだよ」 「……わたし……きょうちゃんと一緒に暮らせるなら、お風呂なんかなくってもいいよっ」 そりゃ親父の世代か、下手したら麻奈実のじいちゃんの世代だっつーの。 そういや、いつだったか俺の親父が、テレビでやってたフォーク特集を見ながら泣いてたっけ。 「ば~か、おまえはいつの時代の人間なんだよ。  ちゃんと風呂もトイレもある部屋見つけっから……でも、6畳一間かも知んねえけどな」 実際問題として、学生の分際で同棲なんて世間から見れば非常識かもしれない。 でも、俺はいつでも麻奈実と一緒に居たいんだよ。 「……わたしも頑張ってバイトするから……  お料理だってきょうちゃんの好きなもの、もっともっと憶えるね~」 灯台下暗しってのは、まさに麻奈実のことだと思ったね。 麻奈実は料理は得意だし、掃除もテキパキとこなすしな。 俺のお袋なんて、何かといやーカレーばっかり作りやがって…… 麻奈実の十分の一でもいいから、レパートリーを増やしやがれってーの。 「……でも、わたし心配だな~。  きょうちゃんて地味なくせに……なんか昔っから、かわいい女の子にもてるんだよね~」 「俺が地味なのは今に始まったことじゃねーがな。  ……つうか、俺はそんなかわいい子なんかに、もててなんかいねえじゃねえか」 麻奈実は後ろ手に持ったカバンをパタンパタンさせながら、ちょっと拗ねたように唇を尖らせた。 「だって、ほら……あやせちゃんと~きょうちゃん、すっごく仲いいでしょ~  ……夏休みの前だって……黒猫さんともよく一緒に帰ってたし……」 たしかにあやせも黒猫も、美人でかわいくて……その上、俺の好きな黒髪ロングだしな。 俺が以前あやせに惚れていたことは事実だ。 桐乃と同い年だっつーのに、清楚で淑やかで、こんな女の子が俺の彼女だったら…… なんて考えたこともあったさ――でも、性格がアレなもんでな。 520 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:57:21.18 ID:EilZ0dGD0 [5/6] 「まあ、あやせはともかくとして……黒猫はかわいい後輩だからな。  ……多少仲良くしても、麻奈実が心配するほど変じゃねえだろ?」 「………………そうだよね~。かわいい後輩さんなんだもんね~」 俺が黒猫と仲がいいことを否定しないもんだから、麻奈実は本当に拗ねちまったようだった。 でも、俺にとって黒猫は特別なんだ。なんて言ったらいいのか、分かんねえけど……とにかく特別なんだよ。 あいつを見てると、放って置けないって言うのか、俺が護ってやらなきゃみたいな……。 ――なんなんだろうな、この気持ちは。 「……ねえ、きょうちゃんは知ってるかな~。  ひまわりの花言葉は『あこがれ』とか『崇拝』なんだよ~。……それから朝顔は『愛情』……だったかな」 緑茶のペットボトルを両手に挟んで弄びながら、麻奈実は公園に咲いている向日葵を見つめて、 俺に花言葉について唐突に話し始めた。 「突然どうした麻奈実……おまえがそんな女の子らし………………すまん……花言葉なんて……」 「もう~、きょうちゃんたら……ぷんぷん。……実はね、おばあちゃんに教えてもらったんだ~。  ……昔の人は、自分の気持ちが素直に言えないときとか、その花に色々な言葉を託して贈ったんだって~」 麻奈実のばあちゃんが花言葉ねえ…… まあ、あの人は見るからに上品そうだし、分かるっちゃ分かるけど……。 でも、贈られる相手があのじいちゃんじゃあ、いくらなんでも花が可哀想過ぎるだろ。 俺は麻奈実のじいちゃんが、ばあちゃんから花を贈られるところを想像して悶絶したよ。 「……わたしは……きょうちゃんに花を贈るとしたら……アザレアを贈りたいかな~」 「そのアザレアの花言葉って……なんなんだ?」 麻奈実は顔を真っ赤にして俯くだけで、決して俺に教えようとはしなかった。 でもさあ、麻奈実の言いたいことはなんとなく想像がついたから……俺も無理には聞かなかったけど。 「でもね、花言葉って、同じ花なのに全く反対の意味がある場合もあるから、憶えるのが大変なんだよ~」 麻奈実のように自分の気持ちを、好きな相手に伝えられない女の子はたくさんいるんだろうな。 別に男の俺には、女の子が好きな花言葉には興味はなかったんだけど、 麻奈実があまりにも、ばあちゃんから教わったという花言葉をあれこれ俺に話すもんだから……。 「じゃあ、ほら、おまえの後ろに咲いてる……この小さな花は?」 俺たちが座っているベンチのすぐ後ろの植え込みに、その花はあった。 麻奈実は『え? どれ?』と言って、後ろを振り向いた。 521 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/04(金) 23:58:13.10 ID:EilZ0dGD0 [6/6] 「……う~ん……この花はたぶん、松虫草っていう花だと思うけど……花言葉は……なんだったかな~……」 麻奈実が松虫草と呼んだその花は、薄紫色の小さな花弁で、風が吹くとゆらゆらと揺れて、 今にも折れそうなほど茎が細かったんだけど、かわいくて綺麗な花だった。 「でも、かわいくてとっても綺麗な花だから、きっといい花言葉だと思うよ~」 「……だろうな。可愛いところはおまえと同じだよ」 「ふえぇぇぇぇえええ……きょ、きょうのきょうちゃん……なんだか変……」 麻奈実よ……なんとでも言うがいいさ。今日から俺は生まれ変わるんだ。 そうだよ、これからはどんな誘惑に負けそうになっても……麻奈実、俺はおまえ一筋と心に誓ったんだから。 「今日は勉強会を早めに切り上げちまったから、あとは家でやっとくわ」 「……じゃあ、きょうちゃん……しっかり頑張ってね」 俺と麻奈実は公園を出て、麻奈実の家へ向かった。 勉強会のあとは、いつも俺が彼女を家まで送るのが習慣だったから。 俺が夢中になって麻奈実との将来について語っているうちに、いつの間にか麻奈実の家に着いちまった。 「麻奈実……今日俺が話したこと、真剣に考えてくれ。……じゃあな、マイハニー」 「……う、うん……わ、わたしの答えは、も、もう決まってるから……  じゃ、じゃあ、きょうちゃん……今度の勉強会は……水曜日だね。……今日は、ありがとう」 ……もう決まってるから……か、その言葉だけで俺には充分さ。 あとはこのまま、二人そろって無事大学に合格すれば……。 俺は麻奈実との新生活を想像して有頂天になっていた。 「麻奈実……おまえが俺に贈りたいって言ってた、アザレアの花言葉……家に帰ったら調べてみっから」 「……わたしも、きょうちゃんが、わたしみたいだって言ってくれた松虫草の花言葉、すぐに調べてみるね~」 いつものように、麻奈実の家の前で別れてから一週間後、 俺は黒猫から校舎裏に呼び出されて、彼女から告白されるとは……そのときは、知る由もなかった。 (完) 参考資料:『花言葉事典』    http://www.hanakotoba.name/

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