解呪:7スレ目627

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627 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/12(土) 01:45:06.69 ID:NchqhgwL0 [2/8] ――午前0時35分、そろそろ最初の休憩場所のようね。 私はカーテンの隙間から僅かに漏れてくる月明かりに、時計をかざす。 高速バスは本線から左へと分岐すると、東名高速の富士川サービスエリアに停車した。 「いいえ、私は特に……」 隣りのシートの女性客がトイレはどうしますかと、私に声を掛けてくれたのだけれど、 私はそんな気分でもなかったし、丁重にお断りしたわ。 これまでのことを頭の中で整理したかったし、このバスが着いてからのことも考えなければならない。 ボストンバッグとコートを手に持って、私は家を飛び出したの。 何もかもが信じられなかったし、信じたくもなかった。 すべてが夢の中の出来事であって欲しかった。 でも、今こうして私が福井行きの高速バスに乗っていることは、認めなければならない事実。 それにしても、沙織にはひと言だけでも謝っておきたかった。 私のせいで沙織のコミュニティを壊してしまって、御免なさい―― 「私のことはお構いなく………………そうですか、では遠慮なく……」 なんてお節介な乗客なのかしら…… さっきはトイレに誘い、今度は蜜柑なんて差し出してきて……ウザイわね。 寝た振りでもしてかわすしかないようね。 私は窓のカーテンに頭を持たれ掛けて目を瞑り、きのう一日の出来事を思い返した。 「先輩……明後日、映画に行く約束……急にキャンセルするなんて、どうかしたのかしら?」 「……いや、すまない……ちょっと都合が悪くなっちまってな、本当に申し訳ない」 私が先輩と付き合うようになってから、すでに半年が過ぎていた。 去年の夏休みの終わりに、私から校舎裏に呼び出して告白したのよね。 『私と付き合ってください』 いま想い出しても、よくあんな勇気が私にあったものだと思うわ。 先輩には一旦は保留されたのだけれど、数日後に付き合ってもいいとの返事をもらったの。 あれから私と先輩は恋人同士になった。 いろいろな所へ二人で出掛けたし、たくさん想い出も作ったわ。 628 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/12(土) 01:45:42.28 ID:NchqhgwL0 [3/8] 私は台所へ立ってコーヒーをいれてから、リンゴと果物ナイフをお盆に載せて居間へ戻った。 きのうは上の妹が下の妹を保育園へ迎えに行ってくれたから、家には先輩と私だけだったの。 先輩が平日の、それも夕方近くになって私の家に来るなんて、初めてではなかったかしら。 私はリンゴの皮を剥きながら、心の奥にさざなみが立つのを感じたわ。 「黒猫……申し訳ない。……何も聞かずに、俺と別れてくれないか」 「……先輩? どういうことかしら? 何も聞かずに別れてくれなんて……」 先輩はただ申し訳なさそうな顔をするだけ、理由を言おうとはしないけれど、私には分かるわ。 最近私に対して急に素っ気なくなったし、あの女が私を見下すような態度を取るようになったから。 多分あなたたちが、越えてはならない兄妹の一線を越えてしまったのでは、とね……。 絶対にあの女が先輩を誘惑したのに決まっているわ。 「……先輩、それよりもせっかく皮を剥いたのだから、食べてもらえるかしら」 あの夏の日に、先輩にかけた私の呪いが、あの女によって解かれてしまったようね。 果物ナイフを持った右手に、無意識に力が入るのを感じたわ。 でも、一度は私を本気で愛してくれた男を傷つけるなんて、私には出来ない。 もしかしたら、私が先輩に泣いて縋ったら、先輩はまた私の元へ帰って来てくれるのかしら……。 それはないわね。私にはあの女の嘲笑う声が聞こえて来るようだったわ。 「どうかしら、そのリンゴ……お母さんの田舎から送って来てくれたの」 「……あ、ああ……なかなか旨いよ。……それよりも、さっきの話なんだが……」 先輩は私と目を合わさないように、リンゴを見つめながらそう言ったわ。 はっきりと言ったらいいじゃない。『俺はおまえよりも、妹を選んだんだよ』ってね。 もし、先輩にそれが言えるだけの勇気があるならば……。 「先輩……それ以上何も言わなくてもいいわ。そのリンゴを食べたら、帰って頂戴。  ……私は先輩に、もう二度と会うことも電話もしないわ……」 私がそう言うと、先輩は明らかに安堵したようだったわ。 それにしても赦せない。この私のプライドをズタズタにしたあの女だけは、絶対に赦さない。 私は自分でも気付くほどの作り笑いを浮かべながら、先輩がリンゴを食べる様子を見ていたの。 心に『復讐』という二文字が浮かんだのは、多分その時かしら。 629 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/12(土) 01:46:30.18 ID:NchqhgwL0 [4/8] 私はすぐに、それを実行に移すことに決めたの。 もうあの家には戻れない。妹たちの面倒は……お母さん、本当に御免なさい。 私はボストンバッグとコートを手にすると、永年住み慣れた部屋を見回してから玄関を出たの。 振り返ってはいけないと、何度も自分の心に言い聞かせながら。 私は取り敢えず駅へ向かうことにしたの。 駅に着くと、旅行会社の観光ポスターが目に入ったわ。 こんな季節はずれに行く人がいるのかしら? そう思ったのだけれど、すぐに考えを改めたわ。 「……すみません……まだ、空席はありますか?」 案の定、季節はずれにそこを訪れる人は少ないと見えて、すぐにチケットは取れたわ。 私が行く先に選んだのは、福井県にある、日本海に面した断崖絶壁の景勝で有名な観光地。 景色のよさだけではなくて、いろいろな意味で有名な所だけど。 「東京駅八重洲南口を22時10分、出発……ですね」 旅行会社のカウンターで高速バスのチケットを受け取ってから、私は東京駅へ向かった。 以前、テレビか何かで見た『逃亡者』という映画を思い出したわ。 私以外のすべての人間が私を捕まえようとしている、そんな錯覚すら覚えた。 それにしても、私が先輩と付き合うことはあの女だって了承したはずなのに……。 「……私、あなたのお兄さんに……自分の気持ちを伝えようと思うの」 あの女は夏コミの打ち上げを台無しにした挙句、その翌日には偽の彼氏を家に呼ぶなんて、 どこまでこの私を愚弄すれば気が済むというのよ。 あの日は夜になってから電話を掛けてきて、一応謝罪の言葉を口にするから私も受け容れたわ。 でも、私はもう誰にも遠慮はしないと決めていたから、あの女に言ってやったのよ。 「私、明日になったら先輩に告白するつもりよ」 私がそう言ったらあの女、絶句していた様だったけれど、仕方がないわよね。 妹のくせに実の兄に恋愛感情を持つほうがどうかしているのよ。 あの時はあの女も渋々了承したはずなのに、諦めていなかったのね。 今回の災難は、私をここまで追い詰めたあの女のせいよ。――私は決して間違ってなんかいないわ。 バスの適度に効いた暖房と心地よい振動、そして疲れのせいか、私は眠気を覚えた。 630 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/12(土) 01:47:12.39 ID:NchqhgwL0 [5/8] 「なあ、冬コミの時は、またみんなで一緒にやろうな」 「先輩はまた、漆黒のコスプレでもやるつもりかしら?」 「ああ、夏コミの時は俺たち二人だけだったろ。  だから今度は、桐乃と沙織にもコスプレさせてさあ、グラビア撮ろうぜ」 乗客の一人がカーテンを開ける音で、私は目が覚めた。――冬コミ、行けなくなってしまったわね。 時計を確認して、私はカーテンの隙間からそっと窓の外を見たの。 外は雪が降っていて、道行く人たちは誰しも俯き加減に背を丸めて歩いていたわ。 福井駅東口には6時30分の到着予定だったから、私はバスを降りる支度を終えると、 隣りの乗客に一応お礼を言っておいたの。 「……蜜柑……ありがとうございました。……私はここで降りますので」 バスが駅に着くと、そこから更にローカル線に乗り換えて、三国港駅まで行くことにしたの。 時刻表を見ると、次の電車が来るまでには30近く待たなくてはならなかったわ。 私はベンチに腰掛けると、ボストンバッグを膝の上に置いて、 いつ降り止むともいえない雪を眺めていたの。 私が乗ったのは一両編成の電車で、乗客も数えるほどだったわ。 途中には無人駅も多くて、数人の乗客が降りるだけで乗り込んでくる人はいなかった。 初めて来た場所だけれど、車窓を流れる景色には何の感慨も湧かなかったわ。 一時間もすると終点の三国港駅に着いて、その先はタクシーで目的地まで。 「……いいえ、旅行ではなくて………………実家があるんです」 タクシーの運転手さんは、私を旅行者とでも思ったのね。 でも、こんな時期に女の一人旅と思われるのもいやだから、適当にごまかしたわ。 このまま目的地まで行こうと思ったけれど、少し手前で降りて、あとは歩いて行った方がよさそうね。 「……すみません。……その先の……お店の前で降ろして下さい……」 ――随分と遠い所まで来てしまったわ。 私は駅に置いてあった観光マップを頼りに、タクシーを降りてから目的地まで歩くことにしたの。 これが先輩との本当の旅行だったら、どんなによかったかしら。 きっとあの先輩のことだから、恥ずかしがって私の肩を抱き寄せたりはしないわよね。 でも、こんなに雪が降っているのだから、それくらいはしてくれたかしら。 631 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/02/12(土) 01:47:51.93 ID:NchqhgwL0 [6/8] タクシーを降りてから、雪の中を30分近くも歩いて、ようやく目的地に着いた。 無人の駐車場は一面の雪景色、土産物屋は固く閉ざされたままだった。 足跡ひとつない雪の上を歩きながら、私は私に問いかける――後悔していない? 振り返ると私の足跡だけ。きっとこの足跡も、いずれ時が経てば雪が消し去ってくれる。 崖の先端に向かって歩いて行くと柵があって、立入禁止の立て札があったけれど、 私は無視して柵をくぐり抜けたの。 有名な観光地とはいっても、流石に真冬の季節に人は来ないわね。 あの夏の日に先輩にかけた呪を、上書きすることはもう私には出来ない。 だけれど、あの女が先輩にかけた呪を解呪することは出来るわ。 私は先輩の悲しむ顔よりも、あの女が先輩を失って一生嘆き悲しむ方を選んだのよ。 でも、それを眺めることは出来ない。……それだけが唯一の心残りかしら。 ――先輩、やっと着いたわ。 私はボストンバッグに入れたビニール袋から先輩の心臓を取り出して、 それを両手で包み込むようにして胸に抱いたの。 「……先輩……こんなに冷たくなってしまって……私が、いま温めてあげるわ」 みぞれ交じりの湿った雪が、強い風とともに私の頬を容赦なく打つ。 崖の上から下を覗くと、波が岩に砕け散ってとても綺麗だったわ。 「先輩、そろそろ逝きましょうね」 私は先輩を胸に抱いたまま、崖から一歩足を踏み出した―― (完)

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