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376 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:26:41.09 ID:03Jqq7/a0 [2/32]
―――――
二月十四日。
俺のように健全な男子高校生にとって、絶対に見過ごすことのできない超がつくほど重要な日。
そう。今日は世の恋する女の子が男の子にチョコだの何だのを渡すバレンタインデーである。
放課後に至るまで、俺の視界の隅にはチョコを渡す女子の姿やプレゼントを貰う男子の姿が映っていた。
堂々とした受け渡しはほとんど義理の類だから、俺としてはあまり気にしないんだが、
本命のチョコを渡す場合は少なからず恥じらいがあり、女子は人目につかない場所に男子を呼び出す。
呼び出された男子は内面ドギマギしながらも、素面を気取ってプレゼントを貰う。
・・なぁんてことが水面下で行われていると思うと、それはそれで色んなところが煮えくり返りそうになるのである。
「おい高坂、これ見てくれよこれ~」
「見えてるからグイグイ押しつけんじゃねぇよ、気持ち悪い。
っていうか、それを見せ付けられるのはこれで5回目だ」
意中の女子からプレゼントを貰った男子はこの赤城浩平のように大抵腑抜けになる。
赤城が持っているのはバレンタインのプレゼントと思しき、綺麗に包装された長方形の箱だ。
「で、それを誰から貰ったんだ。おまえのふやけ具合を見りゃ何となく見当つくけどよ」
「よっくぞ聞いてくれましたっ!何を隠そう、愛しいマイシスターからのチョコレー・・」
♪~
「ん、メールか」
シスコン野郎の終わりなきノロケ話に終止符を打ってくれた俺の携帯電話に感謝しつつ、
そのディスプレイを見ると、メールマークと共に人畜無害な俺の幼馴染みの名前が表示されていた。
あれ、今日の麻奈実は用があるとか言って先に帰ったはずなんだがな。
赤城の話を聞き流しつつ、メールに目を通した俺は呪縛から解放されたように立ち上がる。
「おいコラ高坂、俺の話はまだっ、」
「分かったよ、明日その味の感想も含めて聞いてやるから、そのバカになった口を明日まで閉じてろ」
ぶっきらぼうに捨て台詞を吐き、俺はそそくさと教室を出た。
これ以上付き合ってられるかっつーの、こちとら慈善事業じゃねぇんだ。
くそ、あまりのストレスに五臓六腑が断末魔の悲鳴をあげているぜ。
377 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:27:36.21 ID:03Jqq7/a0 [3/32]
「ちっ・・」
放課後だからか、バレンタインの儀式を執り行ってる男女がそこら中にわんさか居やがる。
俺は今日が平日であることを心の底から憎みながら昇降口へと向かったが、
当然のことであるかのように、俺の下駄箱にチョコが入れてあるはずもない。
俺は普段から「普通」を愛してやまない人間だから「変化」を求めようとはしない。
だから、女にアプローチをかけるなんてことはまったくと言っていいほどない。
・・そのツケがここで回ってくるんだよな、毎年のことなんだけどよ。
「くそ・・!」
やれやれ、自分の心が荒んでいくのが分かるぜ・・。
こういう憂鬱な日はさっさと学校を出るに限るんだよ、ちくしょう。
378 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:29:16.19 ID:03Jqq7/a0 [4/32]
―――――
時刻は、夕日の眩しい午後四時半。
くさくさした気持ちのまま、俺は行き慣れた和菓子屋「田村家」に上がり込んでいた。
別にバレンタインの恩恵を授かれなかった悔しさから幼馴染の懐へ逃げ込んだわけじゃないぞ。
メールで呼び出されたから仕方なく来たんだ。うん、きっとそうだ。
「ごめんね、きょうちゃん。急に呼び出しちゃって・・」
「いや、俺としても学校に長居したくなかったからな、丁度良かったよ」
理由は言いたくないけどな。
「そ、そっか~・・ちょうど良かったんだっ」
む・・やけに麻奈実の様子がよそよそしい。
トイレにでも行きたいのなら、自分の家なんだから遠慮することもないだろうに。
「どうしたの、きょうちゃん?」
「・・いや、何でもねぇ」
出された煎餅を一枚頬張りながら、俺は麻奈実の振る舞いを観察する。
座布団の上に姿勢正しく正座し、その制服には皺一つない。
・・う~ん、相変わらずおとなしい奴だ。
平々凡々をこよなく愛する俺だが、麻奈実には劣るぜ。
「そういえば、きょうちゃん・・今日は何の日か覚えてるよね?」
「あぁ。糖分補給日だろ、イケメン限定のな」
綺麗さっぱり断ち切ったはずの赤城のドヤ顔が真っ先に頭に浮かぶ。
くそ、血縁関係のある女から貰ったチョコなんて数に入れて良いはずがねぇ。
「・・き、きょうちゃん。もしかして機嫌悪いの、かな?」
「あ、いやそういうわけじゃねぇんだ。そう見えちまってたのなら謝る」
「うぅん、大丈夫だよっ・・ところできょうちゃんは今日ちょこれーととか貰った?」
「ぐぅっ!?」
ま、麻奈実よ・・俺の気持ちを理解してくれた上でそんなことを聞くのか。
純粋な奴ほど、懐に携える言葉の鋭さは半端じゃないぜ。
まぁ、相手は麻奈実だし、ここで見栄を張って嘘をつく必要もないよな。
379 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:30:16.98 ID:03Jqq7/a0 [5/32]
「・・おまえの予想通り、ゼロだよ。ゼロ」
「えぇっ、予想なんてしてないよぉ」
「・・名高い可憐な美少女が実は俺のことを好きで、影ながらいつも俺のことを見つめてくれていて、
いつもは周囲の目もあって話をする機会すら設けられないけれども、今日はバレンタインだからと腹を括って、
俺にチョコをプレゼントしてくれたりなんかしちゃって~、とかそういう展開もなかったしな」
しまった。つい欲望を長々と口にしてしまったぜ、エロゲのやり過ぎだろうか。
そんな俺の小さすぎる葛藤をスルーし、麻奈実が話を続ける。
「そうなんだ・・あの、きょうちゃんはさ、」
「ん、何だよ?」
「・・美少女からじゃないと、ぷれぜんとを貰っても嬉しくない?」
んぁ?いきなり何を言い出すんだコイツは。
そりゃあ確かにプレゼントを貰うなら可愛い女の子であるに越したことはない。
美少女からプレゼントを貰って喜ばない奴が居たのならそいつは男じゃないし、俺が全身全霊を込めてそいつを殴りに行く。
赤城みたいに脳味噌が溶けた人間のような反応をしている奴の方が、
美少女からプレゼントを貰っても澄ました顔をしている奴よりかは幾分マシだ。
・・まぁ、でも俺は自分の身の程を弁えている男だ。
「・・いや、相手が誰であろうと、俺は嬉しいぞ」
「そ、そっか・・それなら、」
ふと、麻奈実が立ち上がる。
俺はようやく麻奈実がトイレに行くと決めたのだろうと思い、
二枚目の煎餅に手を伸ばそうとしていたところだった。
そのとき、俺の目の前に小奇麗に包装されたやけに細長い箱が差し出される。
「きょうちゃん、これ・・」
「何だこれ?」
「あのっ・・開けてみて」
何の疑いも持たずに、俺はその箱の包装を剥ぎ取り、中のブツを確認しようとする。
伏し目がちな麻奈実が俺の手つきを恥ずかしそうに見つめていた。
心なしか、頬が少し赤らんでいるようにも見える。
その様子に対して疑問符を浮かべながら、いざ中身を見てみると、そこには綺麗な水色に染まった・・、
「ネクタイ、か?」
「うん・・」
ネクタイにこれといった説明なんて要らないだろう。
水色一色で、いくつもの白いラインが斜めに敷かれているとだけ言えば簡単に想像がつくはずだ。
普段、制服の一部としてネクタイをつけてはいるが、これに関しては少し上品な香りがする。
一般庶民の男子としては、おいくらだったんだろうかと考えちまうよ。
380 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:31:10.15 ID:03Jqq7/a0 [6/32]
「これどうしたんだ・・っていうか、もしかしてこれ、」
「きょうちゃんへの、ばれんたいんのぷれぜんと・・だよ」
「プレ、ゼント・・お、おう?」
参ったぜ、完全にやられた。粋なことしやがって麻奈実の奴!
俺が付けるには色合いが少し派手な気もするが、この際関係ねぇ。
「もしかして気に入らなかった、かな?」
「そんなわけあるかっての・・嬉しいよ、本気で」
「ほ、ほんとっ・・わたしに気を遣わなくても良いんだよ?」
「バカ野郎っ、気なんて遣ってねぇよっ・・!」
確かに麻奈実は恋愛対象に入るような、下心ある目で見れるような女じゃないが、これは正真正銘の贈り物だ。
学校に居たときにメラメラと燃え上がってた俺の嫉妬の炎も少しは鎮火してくれたよ。
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ~」
「ん、そうか?」
「きょうちゃんには毎年ぷれぜんとしてるしね」
「・・あ」
諸君、俺は毎年誰からもプレゼントを貰っていないと言ったな。
あれは嘘だ。
一応、麻奈実からは毎年欠かさず贈り物をしてもらっている。
なぜ伏せていたかというと、幼馴染からのバレンタインプレゼントなど数に入らないと思っていたからだ!
「と、いうかこんなの学校で渡してくれれば良かったのによ」
「そ、それは・・ちょっと恥ずかしかったから」
ああ、なるほどね・・確かにバレンタインに麻奈実が俺にプレゼントなんて寄越したら、
周りの奴らに(特に赤城)勘違いされる可能性もあるしな。
「それにしてもどうしてネクタイなんだ?」
「ちょこれーととか甘いものはいつもうちで食べてるし、ばれんたいんはお菓子以外でも良いって聞いたから・・」
「だからネクタイを選んでくれたってわけか」
「うん、だからきょうちゃんが学校にいくとき付けてもらえれば・・って、あぁっ!?」
「ん、どうした?」
にこやかな表情から一変、慌てふためき始めた麻奈実。
何だ、いまさら返せって言っても返さないぞ(><)←柄にもない
381 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:32:02.53 ID:03Jqq7/a0 [7/32]
「いや・・学校に付けていけるネクタイって、確か学校指定のものじゃないといけないんだよね」
「あぁ、そういやそうだったな」
俺の高校のネクタイの色は指定されていて、麻奈実のくれたネクタイはその基準から大きく外れちまってる。
こんな明るい色のネクタイをしていったら、速攻で没収されるのがオチだな。
「まぁ、確かに・・ちょっと無理かもしれねぇな」
「実用性のあるものをって思って贈ったのに、実用できないなんて・・抜けてるにも程があるよね」
「良いんだよ別に。数年後ネクタイを買う必要がなくなったって思えば」
「うぅ・・ごめんね」
「ばか、気にすんな」
ベタな言葉だが、こういうのは気持ちが大事っていうしな。
プレゼントされた側が文句を言う権利はないし、何より文句なんてこれっぽっちもない。
おまえの気持ちはプレゼント以上に伝わったよ、十分な。
「ありがとよ、大事にする。
使う機会がない間も大切に保管させてもらうし、不安なら、部屋の壁にインテリアとしてでもぶら下げておこうか」
「い、良いよっ・・もうそれはきょうちゃんの物なんだから、どう扱おうがきょうちゃんの勝手だよ」
この年でネクタイをプレゼントされるなんて思ってなかったが、嬉しいことには変わりはない。
冒頭で言った通り、この世の男は異性にプレゼントを貰えばほぼ例外なく腑抜けになるのさ。無論、この俺もな。
「そうだ。ホワイトデーのお返し、何が良い?」
「え、えっと・・何でも良いよ、きょうちゃんがくれるものなら何でもっ」
う~ん、何でも良いってのが一番困るんだよな。
麻奈実は和菓子屋の娘だから、やはり食べ物をあげても効果が薄い気がする。
まぁ、こいつの性格を考えるに何をあげても喜んでくれはするだろうが、
今回これだけのことをしてくれたんだ・・男なら恩も怨みも倍返し。
麻奈実が本当に心から喜んでくれるような贈り物をするのが、筋ってものだよな。
「そうか。まぁ楽しみにしといてくれ、でもあんまり期待はしないでくれよ」
「ふふっ、分かった・・きょうちゃん、もうちょっとゆっくりしていく?」
「いや、今日はちょっと早めに帰らないといけないんだよな・・」
言ってなかったと思うが、今日は木曜日だ。
お袋が習い事で家を開ける日であると同時に、我が妹とゲーム(不健全)をする日と決まっている。
もとい、決まってしまっている。
「そっか・・そういえば今日の夜は雪が降るって言ってたし、長居させちゃうのはまずいよね」
「ああ。俺としてはもうちょっとここに居たいんだが、
・・悪いな、プレゼントだけ貰いに来たみたいになっちまってよ」
「うぅん、大丈夫。気にしないで。来てくれただけでも十分だから」
382 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:32:48.92 ID:03Jqq7/a0 [8/32]
♪~
閑静な和室で携帯電話が空気を読まずにけたたましく鳴り響く。
麻奈実から贈られたネクタイを丁寧に箱にしまい、ポケットを弄って携帯を取り出した。
「なっ・・こりゃまた珍しい」
ディスプレイに『着信中 黒猫』と表示されている。
どういうわけかそれを見た瞬間、心臓が口から飛び出そうになった。
「きょうちゃん・・?」
「悪いな麻奈実、もう帰るよ。プレゼント、本当にありがとな」
「あ、うん。ほわいとでー・・楽しみにしてるから」
「おう、任せとけ。また明日学校でな」
麻奈実が聖母のような微笑みで俺を送り出す。
俺はそんな聖母マリアがくれたプレゼントを左手で鷲掴み、ポケットに入れ、
玄関へと向かうと急いで靴を履き、田村家から出た瞬間に通話ボタンを押す。
かれこれ五十秒くらいは着信音が鳴りっぱなしである、失敬。
「もしもし、俺だが」
『出るのが遅いわ。ところであなた、これからの予定は?』
挨拶もなしかよ。
『ちょっと、どうして黙るのよ』
「・・今の今まで友達の家に居て、もう帰ろうと思ってたところだよ」
『なるほどね、予想通り良くない方向だわ。
いえ・・間に合った分、運が良かったといったところかしら』
「ん、何の話だよ?」
よく分からないことを言うな・・まあ普段から理解しづらいことばかり言ってる奴だが。
どうやら黒猫も外に居るらしく、向こう側からもときどき車の音だの何だのが聞こえてくる。
383 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:33:25.70 ID:03Jqq7/a0 [9/32]
『こっちの話。・・とりあえず、今あなたが帰宅することは私が許さないわ』
「は、何で?」
『何が何でもダメなのよ、代わりに少しの間は私に付き合いなさい』
「いやいや、ちょっと待ってくれ黒猫。木曜が桐乃のメルル・シスカリ・その他開放デーであることは知ってるだろ?
だから俺は今日もそれに付き合わなくちゃいけないんだよ」
従わないと、桐乃は鬼のように怒る。
それはもう凄い勢いで、烈火の如く。
まったく、理不尽極まりない話だ。
『良いのよ、”今日は大丈夫”だから』
「ん、どうしてだよ?」
『・・で、私に付き合うの、付き合わないの、どっちかしら?』
「何なんだよ・・ったく、分かったよ。付き合えば良いんだろ。ただし、ちゃんと説明はしろよな」
『ふっ、よろしい。従順な下僕は好きよ』
「で、どこに行けば良いんだ・・っていうか、おまえ今どこ居るんだよ」
『あなたの後ろよ』
つんっ。
「うおおわっ!!?」
その言葉と同時に背中を指で突かれた。
振り返ると、件の黒猫少女が携帯を耳に当てながら、空いている方の手を腰に当てて立っている。
今度こそ心臓が口から飛び出たかと思ったぞおい・・気配も存在感もありゃしねぇ。ゲンガーかおまえは。
「何よ、幽霊でも見たような驚き方をして。あなたという男は本当に不躾極まりないわね」
「メリーさんみたいな登場の仕方をされたら誰だってビビるっつーの」
相変わらず、その出で立ちもいつもと同じ「闇に染まったメリーさん」みたいなゴスロリファッションだ。
こんな静かな街中でこの姿を見ると、違和感を覚えずにはいられないな・・正直浮いてるぞ、その格好。
こんな奇抜な格好が自然体になる状況なんてこの地球上のどこを探しても稀だろう。
「その目は物凄く失礼なことを考えている目よね」
「そ、そんなことねぇよ・・で、何の用なんだ」
というか、どうしてここに居ることが分かったんだろうか。
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、黒猫は思わせぶりな笑みを浮かべていた。
いつもの人を蔑むような、妖艶な目つきで。
384 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:34:02.54 ID:03Jqq7/a0 [10/32]
「・・そうね、ただの暇潰しよ」
「ひ、暇潰しだぁ?」
「尻尾を振って喜ぶが良いわ、私のような高貴なる存在と時を共にできることをね」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
こんな日に男一人捕まえておいて、堂々と暇潰しなどと言いやがる。
いや・・まぁ、ある意味いつもの調子なんだけどよ。
「ところで、人間界の男どもが総じて浮かれている日でも、あなたは相変わらず浮かない顔をしているのね」
「人間界の男どもが浮かれてる日・・バレンタインのことか?」
「そう、St. Valentine's Day。
私のように闇に生きる存在からすれば、疎ましいことこの上ない制度だけれど」
「はぁ・・」
どうして自分が疎ましいと思うこんな日に俺を呼び出したんだよ、このお嬢さんは。
いつも通りではあるが、だからこそこいつが何を考えているのかが読めない。
いや、一生読むことはできないだろうな、そして、読みたくはない。
読むことができるということはコイツと同等の世界観を持ってしまったということと同義だからだ・・それも悪くはないか?
「とりあえず、近場の喫茶店にでも入るとしましょう。私、こう見えて疲労困憊なのよ」
「何でおまえが決め・・、」
「ほら、早くなさい。私は喉が渇いたの。それくらい言われずとも察知しなさいな」
「・・・」
・・いつも通りだ。
その尻に黒くて長い尻尾があったなら、ご機嫌に左右に揺れていただろう。
俺は財布の中身を確認しつつ、高飛車な黒猫嬢の後を追った。
385 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:34:51.99 ID:03Jqq7/a0 [11/32]
―――――
「ふぅ・・久々に長歩きをしたから、疲れたわ」
俺たちが入ったのは、誰でも知っている緑と白の色遣いが目立つ某大手コーヒーショップだ。
こういう類の店には疎い俺だが、黒猫が入りたいと言うのだから従うしかない。
甚だ遺憾ではあるが、知らないうちに黒猫従属体質になってしまっていたらしい。甚だ遺憾ではあるが。
「で、俺が家に帰っちゃいけない理由ってのを教えてもらおうか」
「なっ・・そ、そんなこと誰が言ったのかしら。勝手な憶測で事を進めないで欲しいわね」
「さすがの俺でも分かるっての、それくらいはな」
二月の半ばというまだ肌寒い季節だというのに、黒猫は冷や汗をだらだらに垂らしている。
その姿は、互いの前に置かれたアイスコーヒーのグラスに似ていた。
中身はキンキンに冷えているくせにその肌には水滴を垂らす、みたいな。
「だ、だから言ったでしょう。私の暇潰しに付き合って、と」
「あぁ、そうかよ」
俺と目を合わせようとしない・・やっぱり、何かを隠してやがるな。
そうじゃなきゃ、わざわざ学校が終わってすぐにこんなとこまで出向く必要がない。
ただでさえ女王様気質の黒猫だ。何か特別なワケがあるに違いないんだが・・。
「っていうか今日はバレンタインだろ。おまえだって好きな男の一人や二人居るんじゃないのか。
放課後になっても決心がつかず、大好きなあの人を待ち続け、部活が終わった頃にようやく渡しに行く・・みたいな、」
「フン、私が人間の男どもに媚び諂うと思っているのかしら」
「媚びへっ・・あのなぁ、そういうモンじゃないだろ。
良いか。バレンタインっつーのはな、日頃伝えられない想いを好きな男に伝えられる特別な日だぞ」
「ふぅん?」
「それに、この日じゃなきゃダメなんだ。だからこそ世の男女があれだけ意識してるんだぞ。
外に出てもウチでテレビを点けてもラジオを聞いてもネットをしても、どこもかしこもバレンタインバレンタイン・・、」
「だから?」
「だから?・・って、そんな淡白な」
「さっきも言ったでしょう、バレンタインなんて低俗な風習に私が乗るとでも思うのかしら。
巷でよく言われる『お菓子会社の陰謀』とか『メディアの勝手な流行作り』とかいう噂も聞くに堪えないわね」
「別に好きな男にだけあげなきゃいけないってわけじゃねぇ、日頃お世話になってる奴に贈り物をしても良いんだ」
「・・どちらにせよ、同じことよ」
唾を吐くように言い、足を組み直した黒猫は静かにストローに口をつける。
さっきはいつも通りと言ったが、いつも以上に接しづらい・・。
麻奈実からの贈り物で少し浮かれていた俺の心が冷めてきたぜ。
少しの間も幸福な気分に浸らせてくれないのかよ、人生ってもんは。
こういうめぐり合わせなのか?
386 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:35:36.07 ID:03Jqq7/a0 [12/32]
「ところで・・あなた、ポケットに突っ込まれたそれは何?」
そして、件の麻奈実からのプレゼントをピンポイントで指摘された。
丁度思っていたことや物事の核心を突かれると、途端に口ごもる俺である。
「あ、いや。これは」
「怪しいわね・・まさか、」
「・・バレンタインのだよ、悪いか?」
この際、隠しておく方が逆に怪しまれる。
俺がネクタイの入った箱をちらりと見せながらそう言うと、黒猫は唸るような眼差しを向け、
何かを我慢するように再びコーヒーでその喉を潤し、一呼吸入れようとする。
慌てっぱなしだった先程とは違い、今回は無理やり気を落ち着かせようとしているようだった。
「なるほど・・あなたにプレゼントだなんて、物好きな女も居るものね」
「あぁ、そうだな。そんな物好きからのプレゼントでも俺は嬉しいんだよ、ほっとけ」
「・・そう」
黒猫の表情が悲しいような、辛いような、形容しづらい表情に歪む。
あまり・・いや、今までに見たことのない表情だ。
どうしてそんな顔つきになったのかまでは分からないが。
「じゃあ、兄さんはもう満足というわけかしら」
「どういう意味だ?」
「バレンタインに女の子からプレゼントを貰い、満足したのかということよ」
満足、ねぇ・・。
俺は腕を組み、少し思案する。
「・・まぁ、一つも貰えないと思ってたからな、満足といえば満足だ。
まだ貰えるってんなら貰いたいが・・もう良いさ、俺は高望みをしないんでね」
「そう・・」
また、おまえはそういう顔をする・・。
「何だよ、なんか不満そうな顔してないか」
「いいえ。あなたらしいと思っただけよ」
「何だそりゃ・・」
時刻は、街灯が点き始めるであろう午後五時過ぎ。
いつもなら桐乃とシスカリの対戦格闘に耽っている頃だろう。
金はかかるが、あの低度の疲労や目の疲れが溜まる苦行をするよりは今の方がマシだな。
数分間の沈黙が続き、互いのコーヒーがあと一口くらいになった頃、黒猫がその均衡を破るように口を開いた。
387 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:36:30.74 ID:03Jqq7/a0 [13/32]
「仮に・・仮によ?」
その言葉に、俺はふと顔を上げる。
黒猫は両手を膝の上に置き、口をまごつかせながら続けた。
「仮に、あなたへのプレゼントがあると言ったら、兄さんはそれを・・受け取る?」
「おまえからのプレゼント、か?」
「・・そ、そうよ。それ以外の意図が含まれていたかしら」
黒猫は口元に手を当て、何かを遮るように言っていた。
何かを恥じるような、それでいて何かを隠すような振る舞いだ。
やれやれ、何が言いたいんだこいつは・・まぁ、でも、
「そんなの考えるまでもねぇよ、受け取るに決まってんだろ」
「ほ、本当?」
素っ頓狂な声と共に、黒猫が俺にも分かるくらいにその目を丸くする。
俺はその様子が少し面白いと思いながらも、話を続けていく。
「こんなの即答だし、おまえにそんな嘘ついて何になるんだよ。
さっきも言ったが、バレンタインってのは世話になった奴に感謝の気持ちを込めて贈り物をする日だ。
それを受け取らないってことは相手が誰であれ、そいつの気持ちを踏み躙ることになるんだ、分かるだろ」
さっき会ったばかりの眼鏡をかけた草食動物みたいな幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ。
俺の言っていることはまったくもって正論のはずだ。異論は認めない。
「そうだけど・・あなた、これ以上高望みはしないって言ってたじゃない」
「ぐっ・・いや、なんつーか、さっきのはちょっと見栄を張っただけだ、すまん。
貰い物は多いに越したことはないし、その数だけ自分を想ってくれてる奴が居るってことなんだからさ」
「そ、そう・・そうね。及第点をあげても良い答えだわ」
「何だそりゃ。っていうかおまえ、もしかして俺に・・、」
プレゼントでもくれるのか、と言おうとした瞬間、
「つ、つけあがらないことね、この人間風情がっ!」
バンッ!!とテーブルを叩き、黒猫が勢い良く立ち上がる。
その行為に俺はおろか、店内の客のほとんどの視線が黒猫へと浴びせられた。
ただでさえ、目立つ格好してるっていうのにコイツは・・!
388 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:37:18.74 ID:03Jqq7/a0 [14/32]
「わ、私があなたのような凡人にプレゼントだなんて・・そんなのぼせた考えは捨てることよっ」
「あぁ、そうかよ。・・別に期待なんてしてねぇし」
期待なんてしてない、というのも少し見栄を張った嘘である。
口をついて文句が出てきちまうのは妹と似てるのかねぇ・・いや、桐乃が俺に似たのか?
「とりあえず座ってくれ、客の視線がピンポイント集中砲火で痛いんだよ」
「ふ、フン・・!」
静かに腰を下ろし、そっぽを向く黒猫。
腕を組んだまま、こっちを見ようとしない。
うーん、また機嫌を損ねちまった。
・・誰か、猫の飼い方を教えてくれないか。
切実に。
♪~
っと、またメールかと思ったら、俺の携帯は震えていない。
・・となると。
「おい、どうかしたか」
「・・用事ができたわ、帰らせてもらうけど良いかしら」
「また突然だな・・まぁ、止めはしないけどよ」
気まずい空気だからか、特に物言いをする気にはなれない。
まぁ、別に文句はなかったけどさ。
互いに俯いたままで店を出ると、店に入る前より外は肌寒くなっていた。
「天気悪いな・・」
見上げると、昼は快晴だったはずの空が微妙に曇り始めている。
そういや、麻奈実が今日は雪が降るとか言ってたっけな。
確かに、今にもちらつきそうな天候だ。
ボーッと空を見上げていると、ふと黒猫の小さな声が聞こえた。
「今日は雪が降るそうね・・兄さんはマフラーとか手袋くらいしたらどうかしら」
「生憎ながら、マフラーも手袋も持ってなくってな。
それで今まで学校生活はこなしてきたが、やっぱそろそろ限界かもな、ははっ」
「そう・・」
ははっ。という爽やかな笑いがそんなに似合わなかっただろうか、と少し落ち込む俺。
気にするな俺、黒猫はいつも釣れない態度じゃないか、頑張れ俺。
というか、おまえもその格好は寒くないのかよと思った矢先、黒猫が俯きながら何やら呟き始めた。
389 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:37:45.89 ID:03Jqq7/a0 [15/32]
「その・・悪かったわね。さっきはいきなり怒鳴ってしまって」
「・・お、おう?」
てっきりずっと不機嫌のままだと思っていたから、正直俺は驚いた。
目を合わせられないところがまた黒猫らしいというか、何というか。
まぁ、こっちにも非がないとは言えないから、俺も何も言えやしないけどよ。
「別に気にしてねぇさ、あんなの謝るまでもねぇし。俺も至らないところがあったしな、悪かったよ」
「いえ・・あと、いきなり暇潰しに付き合えだなんて横暴だったわ、ごめんなさい」
「・・いや、大丈夫だ。たまにはこういうのも良いもんだよ」
これは社交辞令とかじゃあない。一応、本心からの言葉だ。
桐乃の初めての友達になってもらったって恩もあるし、何より黒猫は俺の大切な友人でもある。
たまには二人で会って、こうやって言葉を交わすのも良いだろう。
「あの・・また、誘っても良いかしら」
「ああ。できれば今度は前日までにメールしてくれると助かるよ」
「分かったわ・・じゃ、また」
「途中まで送った方が良いか?」
「あ・・、」
俺の問いかけに対して、何かを言いかけた黒猫は、
やはり、何かを思い出したように俺に背中を向けると、
390 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:39:05.27 ID:03Jqq7/a0 [16/32]
「・・いいえ、あなたは早く家に帰ってあげなさい」
「?」
「あぁ、それと・・『それ』はそこのポケットではなくて、ズボンのポケットにでも入れておくべきだと思うわ」
「ん?」
黒猫が指差した「それ」は、俺が麻奈実から貰ったネクタイの入った箱だった。
ブレザーのポケットから微妙に顔を覗かせている。
ふむ、ちょっと走ったくらいで落ちちまいそうだな。
「そうだな、わざわざありがとよ」
「別に、・・あなたを守るためよ」
・・何だそりゃ、さっぱり分からん。
まぁ反抗する理由もないので、言う通りにするけどよ。
「じゃあ、また・・兄さん」
「おう、気をつけてな」
黒猫の言葉の意味は分からないまま、俺は何となく手を振って、彼女の背中を見送った。
結局、黒猫との距離感が縮まったのか縮まらなかったのか、微妙な時間だったな。
と、いうか本当に何しにここまで来たんだアイツは。
「・・寒っ」
まだ二月中旬。
吐く息は白い。
「帰るとするか・・」
周囲の店はすっかりバレンタイン仕様で、街並はピンクや白の装飾や照明に彩られている。
こごえる寒さと不快な雰囲気に当てられながら、俺は足早に家路へとついた。
391 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:39:51.14 ID:03Jqq7/a0 [17/32]
―――――
「遅いっ!!!」
「・・・」
帰宅早々、鬼の形相で兄に迫る妹。
「鬼の形相で」さえ付いていなければ、『おかえりなさいっ、お兄ちゃん☆ミ』みたいな字面なのによ。
いや、別にこの超肉食系女子(自分が萌える妹に対してのみ)である桐乃にそういうことを求めているわけじゃないぞ、断じて。
「今日は木曜日、何の日か忘れたわけじゃないわよね?」
「バレンタイぷごぉわっっ!?」
最後まで言葉を綴ることすら許されぬ強烈なビンタが俺の頬に炸裂した。
極寒の外界から帰ってきたばかりの人間のほっぺたにこの攻撃は正直こたえるぜ・・!
冬で早帰りとはいえ、コイツは今日も陸上部で扱かれてきたはずなのにどうしてこんなに元気なんだよ。
麻奈実から黒猫、そして、桐乃。
まさに天国から地上、地上から地獄へと転がり落ちたみたいだな。
「ほら、さっさと準備してっ!」
「ちょっと休ませてくれよ、外めっちゃ寒くてさ」
「っ・・!」
「ちょ、ビンタはもうっ・・!」
「・・分かったわ、5分ね。いや、3分」
「お、おう」
あれ、いつもならここで「あんたの都合なんて関係ないっての!ほら、さっさと来るっ!!」
なぁんて怒号が響くところなんだが、今日の桐乃は変なところで丸い気がする・・気のせいか?
「あたし、リビングで準備しとくから」
「ああ、すぐ行くよ」
まぁ、妹の挙動が理解不能なことは今に始まったことじゃない。
俺はひりひりと痛む頬を撫でながら部屋に戻り、鞄を放り捨て、
急いでリビングに行くと、桐乃がゲームのセットを完璧に済ませていた。
本当にまあ何というか、我が妹ながら自分の欲望に対して俊敏で従順な奴だ。
392 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:40:47.27 ID:03Jqq7/a0 [18/32]
「あんたさ、いつもより帰りが遅かったけど何かあったの?」
「ん、ちょっとな」
部屋で脱ぎ忘れた制服を脱いでソファにかけたとき、テーブルに温かいお茶の入ったコップが置かれていた。
しかも、二人分。
今日の桐乃はやけに気が利いてる気がするが・・。
「何よ、”ちょっと”って」
「いや、何でもないさ」
・・うーむ。
麻奈実の家に上がり込み、黒猫と暇を潰していたなんて話せば、どうせこいつは機嫌を損ねるに違いない。
まぁ、今正直に話しても、後になってバレても、同じことだろう。
「ふぅん・・まぁ、良いわ。さっさとやるわよ、ほら」
「・・?」
うん、やはり様子がおかしい。
いつもなら、ある程度の追求があってもおかしくはない場面なんだが・・。
また、俺の自意識過剰だろうか。
393 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:41:24.80 ID:03Jqq7/a0 [19/32]
―――――
時刻は、どの家庭も夕食を済ませたかその真っ最中であろう午後七時。
一通りゲームをやり尽くした俺たちは、昨日の晩飯の残りのカレーを食していた。
子ども二人だけの晩飯を手抜きする母親には思わず溜め息が出ちまう(悪い意味で)。
前述の通り、母親は習い事(しかも、今日に限っては泊まりがけのレッスン)のため、帰らない。
「あれ、親父は?」
「今日は帰らないって。お母さんが言ってた」
「・・そうか」
父母不在、在宅者は兄妹のみ、か。
両親が居ない日なんて数少ないっていうのに、俺は彼女の一人も家に連れ込めないわけだ。
目の前でカレーを静かに口に運んでるこの妹が家に居なければ、もっと連れ込める可能性は上がるんだけど。
まぁ、彼女なんて居ないんだけどなっ!(泣
「・・・」
「・・・」
さて、話題がない。
スプーンが皿に当たる音とテレビの音しか響かない食卓風景である・・離婚間際の熟年夫婦かよ。
いや、別に絶対に妹と話をしなきゃいけない決まりなんてこの世のどこにもないわけだが、
食卓を囲んでいるにもかかわらず、ただただ機械的に食事を済ませるだけって、何か嫌だろ?
「そういやさ、今日バレンタインだったけど、おまえは誰かにチョコあげたの?」
「・・あやせと加奈子にあげたけど、それが何?」
また、この妹はぶっきらぼうに話しやがる。
今日のこいつは機嫌が良いから色々と突っ込んでこないのかと思っていたが、
機嫌云々じゃなくて、単純にテンションが低いだけな気がするな。
「ふーん、男にはあげなかったのか?」
「うわ、どうして妹の交友関係探ろうとしてるワケ、キモ~ッ」
「深読みしすぎだ。別におまえに好きな男が居るとか居ないとかに興味なんかねぇよ」
「・・あっそ。じゃあ聞かないでよ、そんなこと」
こっちが閑散とした食卓に何気ない会話を取り入れてやろうと思ってたのに。
わずか三往復の会話で沈黙が殺伐にランクアップしちまったよ。
もういっそのこと、さっさと食べてさっさと部屋に戻ろうかと思った矢先、
394 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:41:56.21 ID:03Jqq7/a0 [20/32]
「そういうあんたこそ、誰かから貰ったの?」
「ん、いや。まぁ・・そうだな」
「ま、まままさか、貰ったのっ!?」
ガタン、と桐乃が椅子を揺らして立ち上がった。
そんなオーバーリアクションをとるほど驚かれるとさすがに凹むんだが。
黒猫にしろ桐乃にしろ、そんなに俺がプレゼントを貰うのがおかしいのか。
世界には約三十五億人の女が居るんだぜ、一人くらい俺にプレゼントをくれても不思議じゃないだろう。
「んだよ、悪いのか」
「な、ぐ・・あ、あんたがチョコを貰ったことよりも、あんたにチョコあげるような物好きが居たことに驚きだわ・・」
実の兄に対して、酷い言い様だ。黒猫にも似たようなことを言われたけどさ。
何度も言っているように、今に始まったことじゃないけどよ。
「数に入れていいかどうかは分からないけどな」
「何それ、どういうこと?」
「麻奈実から貰ったんだよ。チョコじゃなくてネクタイだったけど」
「チッ・・!」
ぐっ!?
何か今こいつ、あからさまに舌打ちしたよな。
素性の知れない女じゃなくて幼馴染に貰ったって方が桐乃の機嫌も直るかと思ったが、逆効果だったか。
っていうか、こいつは事あるごとに麻奈実につっかかるよな・・何でだ?
「地味子か、なるほどねぇ。だからあんたちょっと浮かれた感じなのね」
「浮かれっ・・んなコトねぇって!」
「それを言いたくて自分からバレンタインの話題なんか切り出したんでしょ、あたしのことなんか興味ないくせにさ」
「おまえはさっきから深読みしすぎなんだよっ!」
「あーやだやだ、男ってホント例外なく単純よね~」
「お、俺は違う!」
桐乃が両手をヒラヒラとさせて、呆れたポーズをしていた。
た、確かに麻奈実からプレゼントを貰ったが、そんな表情や行動に出るほど嬉しがってた記憶はないぞ。
余裕のある奴は、是非読み直してみてくれっ!
こんなんじゃ、あの超ド級シスコン野朗赤城と同類だ(相手が実妹か幼馴染かっていう大きな差はあるが)!
395 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:42:24.40 ID:03Jqq7/a0 [21/32]
「嘘つけってのっ!あたしは知ってんだからね。
あんたさ、学校終わってすぐに地味子の家に行ってたでしょ!」
「はっ!?何で知って・・、」
その瞬間、ゴスロリファッションに身を包んだ顔馴染みの姿が脳裏に浮かぶ。
く、黒猫の仕業か・・。
どういうわけか、今日に限ってはアイツと桐乃は繋がってやがったわけか!
と、いうことは黒猫と二人きりでスタ●に入り浸っていたことも桐乃は知ってるのか?
わけが分からん。
「ほらね。っていうか毎週木曜は、あんたはさっさと家に帰って、あたしの相手をする約束じゃない!」
「俺には俺の都合があるっての、っていうか『今日は遅帰りでも大丈夫』って聞いたんだよ!」
「はっ、誰に?」
「黒猫にだよ、おまえが黒猫にそう言ったんじゃないのか?」
「え・・?」
桐乃が呆気にとられたように目をぱちくり、口を半開きにさせる。
・・あれ、黒猫と桐乃は裏で繋がってたんじゃないのか?
黒猫とは、麻奈実の家のすぐ近くで会った。
そして、桐乃は俺が麻奈実の家に居たことを知っている。
つまり、黒猫は俺と会う前、もしくは別れた後に『俺が麻奈実と会っていた』ことを桐乃に報告しているはずだ。
(何でそんなことをしたのか、また、黒猫がどうして居たのか、なんて疑問も浮かぶけどな)
黒猫が麻奈実のことを知らないにしても、桐乃に『兄さんは「田村屋」という和菓子屋から出てきたわ』とでも密告すれば、
桐乃は俺が麻奈実と会っていたことくらいすぐに推測するだろう。
だが、黒猫は俺とコーヒーショップでぐだぐだしていたことを桐乃に言っていないらしい。
「あんた・・黒いのと会ったの?」
「あ、あぁ。麻奈実の家のすぐ前でな」
「・・・」
「桐乃・・?」
「・・あの――ソ猫、――しゃ――ね」
桐乃が小声で、かつ怨念たっぷりに何かを呟いた。
――あのクソ猫、出しゃばったわね。
怖っ・・!
何だよ、おまえら裏で手を組んでたんじゃないのか?
何のために協力していたのかは知らんが、さっぱり状況が掴めん。
396 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:43:05.86 ID:03Jqq7/a0 [22/32]
「・・もう良い。約束破った罰として、今日はあんたが洗い物ね」
「なっ、そりゃちょっと理不尽すぎるだろ!」
「うっさい!」
「確かに今日は遅帰りだったけどゲーム自体はやったじゃねぇかよ、少ししかゲームできなかったのがそんなにムカついたのか?」
「うっさいうっさい!」
「それとも俺が麻奈実の家に行ってたこととか黒猫とだらだらしてたことがそんなに癇に障ったのかよ?」
「あーもう、うっさいうっさいうっさい!!」
バッターン!とテーブルを両手でぶっ叩き、腰を上げる桐乃。
その衝撃で互いのグラスが倒れ、テーブルが水でぐしょ濡れだ。
そんなことには構わず、桐乃はギラギラとした視線で射[ピーーー]ように俺を睨み付けている。
「き、桐乃・・?」
「・・・」
ああ、いつものパターンか・・結局、こうなるんだよな。
再三言っているようにこれは日常風景なんだが、これだけ実妹とコミュニケーションを取れないと
実兄として何らかの責任があるんじゃないかと思っちまうよ・・。
「おい、桐乃っ」
「うっさい、皿洗いしといてよ。あと、今日明日は話し掛けないで。ノロケオーラが感染るから」
「な・・」
バッタ-ンッ!!
家が傾くんじゃないかというほどの勢いでドアを閉めた桐乃は、怪獣のような足音を響かせて二階へ上がっていった。
やれやれ、追い掛けるのは面倒だ。
あいつを追い掛けてまた怒鳴り合いをするよりは皿洗いをして米とぎしていた方が遥かに楽だな。
俺は保守派なんでね。
「やれやれ・・」
溜め息混じりに、ふとテーブルを見渡す。
桐乃の皿にはまだ半分以上カレーが残っていた。
397 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:44:06.70 ID:03Jqq7/a0 [23/32]
―――――
さて、災難と幸運というものは突然やってくるものだ。
これから起きる出来事はそのどちらに属するのかは未だに判断できないが。
「ふぅ・・」
結局、あれから桐乃とは一言も言葉を交わせず、風呂は入れ違いになったものの、目すら合わさなかった。
いつものことだと割り切った俺が今日の復習と明日の予習を無難に済ませ、いざ夢の中へと逃げようと思った矢先のことだ。
♪~
時刻は、午後十一時半過ぎ。
日付の変わる三十分前とはいえ、友人から電話だのメールだのが来てもおかしくはない時間だ。
俺は何の気なしに携帯のディスプレイを見やる。
どうせ、赤城辺りが『明日の授業で自分が指される番だからここだけでも良いから教えてくれ』とか下らない妄言を・・、
『着信中 黒猫』
またか・・。
何の用かは知らんが、良い機会だから今日桐乃と連絡を取り合っていた理由でも聞いてみるとしますかね。
『・・・』
「よう、こんな時間にどうしたんだ?」
『くしゅん!』
「は?」
『・・な、何も言わずに家から出てきなさいっ』
「出てきなさいって・・今か?」
『はぁ、はぁ・・あなたに、選択権はないわ、四の五の言わずに、早く、出て来、ふ、ふぇ・・っくしゅん!』
「・・・」
やれやれ、今日は厄日らしい。
了解の旨を伝えた俺はジャケットを一枚羽織り、引き出しの中からポケットティッシュを一袋だけ乱雑に取り出した。
念の為、隣の部屋でエロゲを貪っているであろう桐乃に気付かれないように静かに部屋から出ておく。
足音もたてずに階段を下り、暗い玄関で不慣れに靴を履いて、ゆっくりと外へ出ると、
「お・・?」
真っ暗な視界に無数の白い粉がちらほらと舞い散っていた。
雪だ。
一面の銀世界といっても、何センチも積もっているわけじゃあない。
とにもかくにも、今年初の降雪に俺は一瞬だけ感傷に浸っていた。
無論、一瞬だけしか浸れなかった理由は、
398 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:46:02.71 ID:03Jqq7/a0 [24/32]
「こんな寒さの中、私を待たせるなんてあなたはとんだ無礼者ね・・っくしゅん!」
・・いつものゴスロリ服の上から見慣れない真っ黒なコートを着た黒猫が居た。
黒に黒を重ねるファッションセンスに関しては、もう何も言うまい。
服装とはマッチしない貧相なビニール傘をくるくると回しながら、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「待たせたって・・おまえが呼び出したんだろ」
「ふん、どっちでも・・くしゅ、くしゅん!」
「まず、鼻かんどけよ」
「・・フン、気が利くわね」
何か腑に落ちないような顔をしつつ、素直に俺からティッシュを受け取り、鼻をかむ黒猫。
一体、コイツは何しに来たんだ・・?
「・・とりあえず、中に入るか?」
「ふぅ。いいわ、アレに見つかると面倒だから」
・・アレって桐乃のことか?
「えーと、何か用があって来たんだろ。
長くなるんだったら、今日は親居ないから遠慮しなくて良いんだぞ?」
「・・それはどういう意図が含まれているのかしら」
「あ・・?」
あ、いやっ!
別にそういう意味で言ったんじゃねぇ!
大体、親は居ないが桐乃が居るし・・。
何よりっ、
「俺はおまえのことをやましい目で見ちゃいない!」
「・・・」
「あれ?」
「恐らく、心の中で思っていた文章が最後の方だけ口に出てしまったようね・・けほけほっ」
「・・聞かなかったことにしてくれないか」
「無理ね、あなたの失言で私は酷く傷ついたわ」
黒猫がいつになく怪訝な目でジッと見つめてくる。
やめろ、桐乃とはまた違った、俺を責めるような目を向けないでくれっ・・!
399 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:47:18.49 ID:03Jqq7/a0 [25/32]
「・・兄さん、少し頭を下げなさい」
「え?」
突然のことだったが、俺は言われた通りにお辞儀をするように頭を下げる。
一方の黒猫は肩に掛けていた大きめのポーチからガサゴソと何かを取り出した。
見慣れた、妙にもこもこした・・、
「罰として、この呪いの魔道具を首に巻きなさい」
傘を置き捨て、精一杯背伸びをした黒猫が俺の首に温かい何かを巻き付けた。
寒々とした首周りが、一瞬でぬくもりに包まれる。
分かっているのに、俺は口に出さずには居られなかった。
「マフラー・・か?」
「違うわ。私が特別に精製し、永きに渡り魔翌力を注ぎ続けた呪いの魔道具よ」
「・・・」
「あなたが私を裏切るような言動や行為をする度に、これがあなたの首を締め付けていくわよ」
・・おっかねぇ。でも、なぜだかホッとした。
なるほどね、わざわざ来た理由はこれか。
俺は落ちていたビニール傘を拾い、黒猫の手に戻してやった。
「・・ありがとよ、黒猫」
「ば、バカじゃないかしら。そこはお礼を言うところではないわ・・けほっ」
俺は一言だけ感謝を告げ、黒猫はどこか誇らしげに言葉を漏らす。
「礼を言わずには居られなかったんだよ、悪いな」
すっかりかじかんだ手でマフラーを触る・・素人目に見ても編み目が少し荒い。
でも長さは十分だし、クリーム色を基調とした色遣いは見るだけでもすごく心が温まる。
・・十分に伝わったぜ、黒猫。
「そういや、どうしてこんな時間に渡しに来たんだよ、明日でも良かったんじゃないか?」
「だ、だって・・兄さんがバレンタインのプレゼントは十四日のうちに渡さないと意味がないって言うから」
あぁ・・そういえば、昼間会ったときそんな感じのことを言っちまった記憶がある。
正直、あのときは勢いで言っちまった節があるし、別に当日渡さなきゃいけないなんてルールはないんだが、
黒猫がそれを信じちまった以上、黒猫がプレゼントをこんな時間に渡しに来ちまった原因は俺にある、な。
400 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:47:45.85 ID:03Jqq7/a0 [26/32]
「それにしても、何でマフラーなんだ?」
「・・不満かしら」
「いや、そんなことはねぇ。ただ、最近のバレンタインのプレゼントって多種多様だろ?」
「えっと・・一緒に喫茶店を出たとき、あなたが『マフラーも手袋も持ってない』って言ってたから・・」
「あぁ・・いや、待て待て。あれから五、六時間しか経ってないだろ。マフラーってそんな短時間で編めるものなのか?」
「・・かなり前から編んでいただけよ」
「だよな・・なんか悪かったな、手間かけさせたみたいで。大変だったんじゃないか?」
「別に。魔道具の精製は慣れたものだから」
クッ、ところどころに黒猫ワールドを挟んできやがって・・。
人の言葉を素直に受け取れないのかよ、こっちが恥ずかしくなってくるぞ。
「でも、前々から編んでたのなら、尚更今日の昼に渡してくれれば良かったんじゃないのか?」
「・・それはっ、」
グッと口を閉じる黒猫。
下唇を噛んで、何かに耐えているような様子だ。
そんな中も粉雪は未だしんしんと降り続け、手先足先は寒さのせいで感覚を失っていた。
俺でさえ真冬の寒さをこれだけ直接受けているんだから、
脂肪が少ない(ように見える)黒猫は余計寒いんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、ようやく黒猫がその小さな口を開いた。
「・・用は済んだし、私は帰るわ」
「え、おいっ」
「何かしら」
さっきの何かを恥ずかしがっているような黒猫の表情が、いつもの女王様に戻っていた。
思わず怯む俺。頑張れ俺。
バレンタインのプレゼントを二個も貰った今日の俺は間違いなく運気が良いはずだ。
401 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:48:20.92 ID:03Jqq7/a0 [27/32]
「この際、今までの話は打ち切ろう。だが、こんな時間におまえを一人で帰らせるわけにはいかねぇよ」
携帯を見ると、あと数分で深夜0時というところ。
俺はともかく、黒猫は見るだけで未成年だと分かる。
可能性は低いが、警察に見つかったら速攻で補導されちまうだろう。
徘徊してた理由が「男友達にマフラーを渡すため」なんて口が裂けても言えないはずだろうし。
「別に大丈夫よ、夜でこそ私の真価は発揮されるわ」
「そうは言ってもだな・・、」
「それに今日は木曜日でしょう。
あなたも私も明日学校があるのだから、私が泊まるのは互いに利益があるとは思えないわ」
確かに、黒猫がアポなしで泊まりに来たなんて桐乃に言えばそれはもう大変面倒なことになるだろう。
黒猫が居る間は桐乃も拳を潜めるだろうが、黒猫が帰った途端にてんやわんやの悲劇の幕開けである。
かと言って、泊まりを隠すとすれば、俺の部屋に匿わなければいけない。
それはもう、様々な意味でギリギリアウトである。
「分かった、じゃあせめて家まで送るよ。良いマフラーを貰ったから全然寒くないしな」
・・正直まだ寒いけどよ。
「いえ、それも遠慮するわ」
「何でだよっ」
「あなたが家に居ないことにあの女が気付いたらどうするの。
あの女のことだから、どうせまだエロゲをやるために起きているはずよね?」
と、二人して桐乃の部屋の窓を見やる。
俺たちを嘲笑うかの如く、煌々と明かりが点いていた。
「・・ばっちり、」
「点いてるな・・」
だったらどうしろって言うんだよ・・。
402 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:49:07.19 ID:03Jqq7/a0 [28/32]
「別にバレたって良いだろうが、ちょっとコンビニにでも行ってたって言えば、」
「こんな寒い中にコンビニに出向くのは大馬鹿者ね」
「か、構わんさ・・!」
「それにほら、足元を御覧なさい」
「ん?」
御覧なさい、って雪しかないが。
「足跡よ」
「?」
「大小2つの足跡。小さい方の足跡は外から来ていることから分かるように、来訪者であることは明らかだわ」
標準より小さい足跡であることから、来訪者は女性であることが推測できるわね、と付け加える。
「大きい方の足跡はこの家から出ていることから分かるように、あなたの足跡であることは自明のことよ」
目を閉じたまま、淡々と説明を続ける。
「そして、あなたが私を送るとなれば、この大きい足跡と小さい足跡は私たちの動向を知らせてしまうことになるわね」
「つ、つまり・・?」
「つまり、もしあなたが家に居ないことに気付いて、あの女が外にまで出てきて、この足跡に気付いたとしたら・・、
「いや、それは考えすぎだろ・・?」
「可能性はゼロではないでしょう、それともあなたは”あの明かり”が消えるまでここで待てというのかしら?」
「ぐっ・・」
「ちなみに、先程までかなりの量の雪が降っていたけれど、もう収束傾向にあるそうよ。
つまり、足跡がこれから降る雪で埋もれて、なかったことにもならなさそうね」
・・支離滅裂なことを言っているようで、何だかんだ妙な説得力を持っている気がする。
確かに、桐乃は翌日に学校があろうとも気が済むまでエロゲをやるタイプだ。
学業は優秀なラインを保ち、部活は真面目に励んでるというのに、何の疲労を感じることなくエロゲに専念しやがる。
今日は俺と微妙な小競り合いをした分、余計にストレスを発散しているに違いない・・、が!
「・・別に桐乃に何を言われようと構わねぇよ。
むしろ、こんな寒さの中、おまえを一人で帰らせる方がよっぽど辛い」
我ながら、とても青臭い台詞を吐いている気がする。
別に良いさ、やましい気持ちがあるわけじゃないんだ。
ただ純粋にコイツが心配なだけなんだからよ。
403 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:49:50.44 ID:03Jqq7/a0 [29/32]
「俺にこれを渡すためにわざわざこんな時間に来てくれたんだから、それ相応のお返しはするべきだろ?」
「私が自分の判断で勝手に来たんだから、あなたが気負う必要はないわ」
「いや、でもな・・」
「『それ相応のお返し』というのはホワイトデーとやらにしてもらえれば満足よ」
「それはマフラーのお返しだ。わざわざ家まで来てくれたって好意と、おまえを家まで送るってことがイコールになるはずだろ?」
「言ってる意味が分からないわね」
バッサリと叩き斬られた。
俺は間違ったことを言ってないはずなんだが。
っていうか、どうしてそこまで意固地になるんだよ。
別に折れても良いじゃねぇか。
こういう言い方は嫌いだけど、年下なんだから年上の好意に甘えれば良いじゃねぇか。
俺の都合なんて考えなくても良いんだよ。
すると、黒猫が耐えかねたように悲痛な声をあげる。
「どうしてあなたはそんなに頑固なのよ・・」
「ん?」
「別に良いじゃない・・あなたはいつもそうだわ、私なんかをそんな必死になって気遣わなくても良いじゃない」
「・・・」
「?」
「ぷっ」
「な、ちょっ・・どうして笑うのよっ!」
「いや、何でもねぇ・・ははっ」
参ったな、コイツの思考回路はまるっきり俺と同じだ。
それ故にお互いに譲る姿勢を見せないってこった。
まったく、俺も黒猫も桐乃も結局はみんな揃って頑固なんだよな。
全員心の奥底では我が強いからしょっちゅうぶつかることになる。
類は友を呼ぶってか?
404 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:50:33.16 ID:03Jqq7/a0 [30/32]
さて、問題はこういうときにどうすれば良いかってこと。
答えは簡単だ、先手を打っちまえば良いだけのことさ。
自分の気持ちに素直に、な。
「どうしてそんな頑固なのかって・・おまえが心配だからに決まってる」
「な・・、」
「おまえに選択権はねぇよ。四の五の言わずにさっさと行くぞ」
黒猫が俺を呼び出したときと同じ台詞で締め括る。
悪いな、黒猫。
おまえを一人で帰らせちまったら、ぐっすり眠れそうにないんでね。
「私を送って、兄さんが風邪なんかひいたりしたらっ・・けほっけほ」
「・・何かおまえの方が風邪ひいてないか、さっきから咳き込んでる気がするんだが」
「別に心配、ないわ・・ここまで走ってきたから、まだ呼吸が整っていないだけよ」
「何でまたそんな無茶な」
「身体が温まると思ったからよ・・思いの外温まらなかったけれど」
「そりゃそうだろ、雪が降るほどなんだから度を超えてる」
「フン、私ほどの存在になれば・・暑さも寒さも大した障害になりはしないわ」
「何とでも言ってろよ、明日以降ならいくらでも聞いてやるから」
「あなたという、人は・・」
どうやら、黒猫は完全に折れたらしい。
その証拠に一気にトーンダウンしやがった。
何か言い包めたみたいであまり気分が優れないが、何もしないで終わる方が気分が悪いんでね。
それに、このくらいの寒さで倒れるほど俺はヤワじゃないさ。
405 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:51:23.45 ID:03Jqq7/a0 [31/32]
「ほら、雪が強くならないうちに・・、」
言い終わる前に、俺は言葉を失った。
いや、失わざるを得なかった。
「っ・・」
俺の胸に、黒猫が力なく倒れこんできたからだ。
同時に、その鼓動がはっきりと伝わってくる。
厚手のコートを着ているはずなのに。
「ごめん、なさい・・」
その声は途切れ途切れだった。
俺は流されるがままにその華奢な肩を軽く掴む。
「もう、限界だわ・・」
その言葉の意味を理解する時間すら与えられないまま、
俺の身体は倒れこんできた黒猫の身体と共に白雪の中に溶け込むように、倒れ込む。
黒に染まった黒猫の背中には、白い雪の結晶がちらほらと落ち、染み込んでいった。
376 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:26:41.09 ID:03Jqq7/a0 [2/32]
―――――
二月十四日。
俺のように健全な男子高校生にとって、絶対に見過ごすことのできない超がつくほど重要な日。
そう。今日は世の恋する女の子が男の子にチョコだの何だのを渡すバレンタインデーである。
放課後に至るまで、俺の視界の隅にはチョコを渡す女子の姿やプレゼントを貰う男子の姿が映っていた。
堂々とした受け渡しはほとんど義理の類だから、俺としてはあまり気にしないんだが、
本命のチョコを渡す場合は少なからず恥じらいがあり、女子は人目につかない場所に男子を呼び出す。
呼び出された男子は内面ドギマギしながらも、素面を気取ってプレゼントを貰う。
・・なぁんてことが水面下で行われていると思うと、それはそれで色んなところが煮えくり返りそうになるのである。
「おい高坂、これ見てくれよこれ~」
「見えてるからグイグイ押しつけんじゃねぇよ、気持ち悪い。
っていうか、それを見せ付けられるのはこれで5回目だ」
意中の女子からプレゼントを貰った男子はこの赤城浩平のように大抵腑抜けになる。
赤城が持っているのはバレンタインのプレゼントと思しき、綺麗に包装された長方形の箱だ。
「で、それを誰から貰ったんだ。おまえのふやけ具合を見りゃ何となく見当つくけどよ」
「よっくぞ聞いてくれましたっ!何を隠そう、愛しいマイシスターからのチョコレー・・」
♪~
「ん、メールか」
シスコン野郎の終わりなきノロケ話に終止符を打ってくれた俺の携帯電話に感謝しつつ、
そのディスプレイを見ると、メールマークと共に人畜無害な俺の幼馴染みの名前が表示されていた。
あれ、今日の麻奈実は用があるとか言って先に帰ったはずなんだがな。
赤城の話を聞き流しつつ、メールに目を通した俺は呪縛から解放されたように立ち上がる。
「おいコラ高坂、俺の話はまだっ、」
「分かったよ、明日その味の感想も含めて聞いてやるから、そのバカになった口を明日まで閉じてろ」
ぶっきらぼうに捨て台詞を吐き、俺はそそくさと教室を出た。
これ以上付き合ってられるかっつーの、こちとら慈善事業じゃねぇんだ。
くそ、あまりのストレスに五臓六腑が断末魔の悲鳴をあげているぜ。
377 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:27:36.21 ID:03Jqq7/a0 [3/32]
「ちっ・・」
放課後だからか、バレンタインの儀式を執り行ってる男女がそこら中にわんさか居やがる。
俺は今日が平日であることを心の底から憎みながら昇降口へと向かったが、
当然のことであるかのように、俺の下駄箱にチョコが入れてあるはずもない。
俺は普段から「普通」を愛してやまない人間だから「変化」を求めようとはしない。
だから、女にアプローチをかけるなんてことはまったくと言っていいほどない。
・・そのツケがここで回ってくるんだよな、毎年のことなんだけどよ。
「くそ・・!」
やれやれ、自分の心が荒んでいくのが分かるぜ・・。
こういう憂鬱な日はさっさと学校を出るに限るんだよ、ちくしょう。
378 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:29:16.19 ID:03Jqq7/a0 [4/32]
―――――
時刻は、夕日の眩しい午後四時半。
くさくさした気持ちのまま、俺は行き慣れた和菓子屋「田村家」に上がり込んでいた。
別にバレンタインの恩恵を授かれなかった悔しさから幼馴染の懐へ逃げ込んだわけじゃないぞ。
メールで呼び出されたから仕方なく来たんだ。うん、きっとそうだ。
「ごめんね、きょうちゃん。急に呼び出しちゃって・・」
「いや、俺としても学校に長居したくなかったからな、丁度良かったよ」
理由は言いたくないけどな。
「そ、そっか~・・ちょうど良かったんだっ」
む・・やけに麻奈実の様子がよそよそしい。
トイレにでも行きたいのなら、自分の家なんだから遠慮することもないだろうに。
「どうしたの、きょうちゃん?」
「・・いや、何でもねぇ」
出された煎餅を一枚頬張りながら、俺は麻奈実の振る舞いを観察する。
座布団の上に姿勢正しく正座し、その制服には皺一つない。
・・う~ん、相変わらずおとなしい奴だ。
平々凡々をこよなく愛する俺だが、麻奈実には劣るぜ。
「そういえば、きょうちゃん・・今日は何の日か覚えてるよね?」
「あぁ。糖分補給日だろ、イケメン限定のな」
綺麗さっぱり断ち切ったはずの赤城のドヤ顔が真っ先に頭に浮かぶ。
くそ、血縁関係のある女から貰ったチョコなんて数に入れて良いはずがねぇ。
「・・き、きょうちゃん。もしかして機嫌悪いの、かな?」
「あ、いやそういうわけじゃねぇんだ。そう見えちまってたのなら謝る」
「うぅん、大丈夫だよっ・・ところできょうちゃんは今日ちょこれーととか貰った?」
「ぐぅっ!?」
ま、麻奈実よ・・俺の気持ちを理解してくれた上でそんなことを聞くのか。
純粋な奴ほど、懐に携える言葉の鋭さは半端じゃないぜ。
まぁ、相手は麻奈実だし、ここで見栄を張って嘘をつく必要もないよな。
379 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:30:16.98 ID:03Jqq7/a0 [5/32]
「・・おまえの予想通り、ゼロだよ。ゼロ」
「えぇっ、予想なんてしてないよぉ」
「・・名高い可憐な美少女が実は俺のことを好きで、影ながらいつも俺のことを見つめてくれていて、
いつもは周囲の目もあって話をする機会すら設けられないけれども、今日はバレンタインだからと腹を括って、
俺にチョコをプレゼントしてくれたりなんかしちゃって~、とかそういう展開もなかったしな」
しまった。つい欲望を長々と口にしてしまったぜ、エロゲのやり過ぎだろうか。
そんな俺の小さすぎる葛藤をスルーし、麻奈実が話を続ける。
「そうなんだ・・あの、きょうちゃんはさ、」
「ん、何だよ?」
「・・美少女からじゃないと、ぷれぜんとを貰っても嬉しくない?」
んぁ?いきなり何を言い出すんだコイツは。
そりゃあ確かにプレゼントを貰うなら可愛い女の子であるに越したことはない。
美少女からプレゼントを貰って喜ばない奴が居たのならそいつは男じゃないし、俺が全身全霊を込めてそいつを殴りに行く。
赤城みたいに脳味噌が溶けた人間のような反応をしている奴の方が、
美少女からプレゼントを貰っても澄ました顔をしている奴よりかは幾分マシだ。
・・まぁ、でも俺は自分の身の程を弁えている男だ。
「・・いや、相手が誰であろうと、俺は嬉しいぞ」
「そ、そっか・・それなら、」
ふと、麻奈実が立ち上がる。
俺はようやく麻奈実がトイレに行くと決めたのだろうと思い、
二枚目の煎餅に手を伸ばそうとしていたところだった。
そのとき、俺の目の前に小奇麗に包装されたやけに細長い箱が差し出される。
「きょうちゃん、これ・・」
「何だこれ?」
「あのっ・・開けてみて」
何の疑いも持たずに、俺はその箱の包装を剥ぎ取り、中のブツを確認しようとする。
伏し目がちな麻奈実が俺の手つきを恥ずかしそうに見つめていた。
心なしか、頬が少し赤らんでいるようにも見える。
その様子に対して疑問符を浮かべながら、いざ中身を見てみると、そこには綺麗な水色に染まった・・、
「ネクタイ、か?」
「うん・・」
ネクタイにこれといった説明なんて要らないだろう。
水色一色で、いくつもの白いラインが斜めに敷かれているとだけ言えば簡単に想像がつくはずだ。
普段、制服の一部としてネクタイをつけてはいるが、これに関しては少し上品な香りがする。
一般庶民の男子としては、おいくらだったんだろうかと考えちまうよ。
380 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:31:10.15 ID:03Jqq7/a0 [6/32]
「これどうしたんだ・・っていうか、もしかしてこれ、」
「きょうちゃんへの、ばれんたいんのぷれぜんと・・だよ」
「プレ、ゼント・・お、おう?」
参ったぜ、完全にやられた。粋なことしやがって麻奈実の奴!
俺が付けるには色合いが少し派手な気もするが、この際関係ねぇ。
「もしかして気に入らなかった、かな?」
「そんなわけあるかっての・・嬉しいよ、本気で」
「ほ、ほんとっ・・わたしに気を遣わなくても良いんだよ?」
「バカ野郎っ、気なんて遣ってねぇよっ・・!」
確かに麻奈実は恋愛対象に入るような、下心ある目で見れるような女じゃないが、これは正真正銘の贈り物だ。
学校に居たときにメラメラと燃え上がってた俺の嫉妬の炎も少しは鎮火してくれたよ。
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ~」
「ん、そうか?」
「きょうちゃんには毎年ぷれぜんとしてるしね」
「・・あ」
諸君、俺は毎年誰からもプレゼントを貰っていないと言ったな。
あれは嘘だ。
一応、麻奈実からは毎年欠かさず贈り物をしてもらっている。
なぜ伏せていたかというと、幼馴染からのバレンタインプレゼントなど数に入らないと思っていたからだ!
「と、いうかこんなの学校で渡してくれれば良かったのによ」
「そ、それは・・ちょっと恥ずかしかったから」
ああ、なるほどね・・確かにバレンタインに麻奈実が俺にプレゼントなんて寄越したら、
周りの奴らに(特に赤城)勘違いされる可能性もあるしな。
「それにしてもどうしてネクタイなんだ?」
「ちょこれーととか甘いものはいつもうちで食べてるし、ばれんたいんはお菓子以外でも良いって聞いたから・・」
「だからネクタイを選んでくれたってわけか」
「うん、だからきょうちゃんが学校にいくとき付けてもらえれば・・って、あぁっ!?」
「ん、どうした?」
にこやかな表情から一変、慌てふためき始めた麻奈実。
何だ、いまさら返せって言っても返さないぞ(><)←柄にもない
381 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:32:02.53 ID:03Jqq7/a0 [7/32]
「いや・・学校に付けていけるネクタイって、確か学校指定のものじゃないといけないんだよね」
「あぁ、そういやそうだったな」
俺の高校のネクタイの色は指定されていて、麻奈実のくれたネクタイはその基準から大きく外れちまってる。
こんな明るい色のネクタイをしていったら、速攻で没収されるのがオチだな。
「まぁ、確かに・・ちょっと無理かもしれねぇな」
「実用性のあるものをって思って贈ったのに、実用できないなんて・・抜けてるにも程があるよね」
「良いんだよ別に。数年後ネクタイを買う必要がなくなったって思えば」
「うぅ・・ごめんね」
「ばか、気にすんな」
ベタな言葉だが、こういうのは気持ちが大事っていうしな。
プレゼントされた側が文句を言う権利はないし、何より文句なんてこれっぽっちもない。
おまえの気持ちはプレゼント以上に伝わったよ、十分な。
「ありがとよ、大事にする。
使う機会がない間も大切に保管させてもらうし、不安なら、部屋の壁にインテリアとしてでもぶら下げておこうか」
「い、良いよっ・・もうそれはきょうちゃんの物なんだから、どう扱おうがきょうちゃんの勝手だよ」
この年でネクタイをプレゼントされるなんて思ってなかったが、嬉しいことには変わりはない。
冒頭で言った通り、この世の男は異性にプレゼントを貰えばほぼ例外なく腑抜けになるのさ。無論、この俺もな。
「そうだ。ホワイトデーのお返し、何が良い?」
「え、えっと・・何でも良いよ、きょうちゃんがくれるものなら何でもっ」
う~ん、何でも良いってのが一番困るんだよな。
麻奈実は和菓子屋の娘だから、やはり食べ物をあげても効果が薄い気がする。
まぁ、こいつの性格を考えるに何をあげても喜んでくれはするだろうが、
今回これだけのことをしてくれたんだ・・男なら恩も怨みも倍返し。
麻奈実が本当に心から喜んでくれるような贈り物をするのが、筋ってものだよな。
「そうか。まぁ楽しみにしといてくれ、でもあんまり期待はしないでくれよ」
「ふふっ、分かった・・きょうちゃん、もうちょっとゆっくりしていく?」
「いや、今日はちょっと早めに帰らないといけないんだよな・・」
言ってなかったと思うが、今日は木曜日だ。
お袋が習い事で家を開ける日であると同時に、我が妹とゲーム(不健全)をする日と決まっている。
もとい、決まってしまっている。
「そっか・・そういえば今日の夜は雪が降るって言ってたし、長居させちゃうのはまずいよね」
「ああ。俺としてはもうちょっとここに居たいんだが、
・・悪いな、プレゼントだけ貰いに来たみたいになっちまってよ」
「うぅん、大丈夫。気にしないで。来てくれただけでも十分だから」
382 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:32:48.92 ID:03Jqq7/a0 [8/32]
♪~
閑静な和室で携帯電話が空気を読まずにけたたましく鳴り響く。
麻奈実から贈られたネクタイを丁寧に箱にしまい、ポケットを弄って携帯を取り出した。
「なっ・・こりゃまた珍しい」
ディスプレイに『着信中 黒猫』と表示されている。
どういうわけかそれを見た瞬間、心臓が口から飛び出そうになった。
「きょうちゃん・・?」
「悪いな麻奈実、もう帰るよ。プレゼント、本当にありがとな」
「あ、うん。ほわいとでー・・楽しみにしてるから」
「おう、任せとけ。また明日学校でな」
麻奈実が聖母のような微笑みで俺を送り出す。
俺はそんな聖母マリアがくれたプレゼントを左手で鷲掴み、ポケットに入れ、
玄関へと向かうと急いで靴を履き、田村家から出た瞬間に通話ボタンを押す。
かれこれ五十秒くらいは着信音が鳴りっぱなしである、失敬。
「もしもし、俺だが」
『出るのが遅いわ。ところであなた、これからの予定は?』
挨拶もなしかよ。
『ちょっと、どうして黙るのよ』
「・・今の今まで友達の家に居て、もう帰ろうと思ってたところだよ」
『なるほどね、予想通り良くない方向だわ。
いえ・・間に合った分、運が良かったといったところかしら』
「ん、何の話だよ?」
よく分からないことを言うな・・まあ普段から理解しづらいことばかり言ってる奴だが。
どうやら黒猫も外に居るらしく、向こう側からもときどき車の音だの何だのが聞こえてくる。
383 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:33:25.70 ID:03Jqq7/a0 [9/32]
『こっちの話。・・とりあえず、今あなたが帰宅することは私が許さないわ』
「は、何で?」
『何が何でもダメなのよ、代わりに少しの間は私に付き合いなさい』
「いやいや、ちょっと待ってくれ黒猫。木曜が桐乃のメルル・シスカリ・その他開放デーであることは知ってるだろ?
だから俺は今日もそれに付き合わなくちゃいけないんだよ」
従わないと、桐乃は鬼のように怒る。
それはもう凄い勢いで、烈火の如く。
まったく、理不尽極まりない話だ。
『良いのよ、”今日は大丈夫”だから』
「ん、どうしてだよ?」
『・・で、私に付き合うの、付き合わないの、どっちかしら?』
「何なんだよ・・ったく、分かったよ。付き合えば良いんだろ。ただし、ちゃんと説明はしろよな」
『ふっ、よろしい。従順な下僕は好きよ』
「で、どこに行けば良いんだ・・っていうか、おまえ今どこ居るんだよ」
『あなたの後ろよ』
つんっ。
「うおおわっ!!?」
その言葉と同時に背中を指で突かれた。
振り返ると、件の黒猫少女が携帯を耳に当てながら、空いている方の手を腰に当てて立っている。
今度こそ心臓が口から飛び出たかと思ったぞおい・・気配も存在感もありゃしねぇ。ゲンガーかおまえは。
「何よ、幽霊でも見たような驚き方をして。あなたという男は本当に不躾極まりないわね」
「メリーさんみたいな登場の仕方をされたら誰だってビビるっつーの」
相変わらず、その出で立ちもいつもと同じ「闇に染まったメリーさん」みたいなゴスロリファッションだ。
こんな静かな街中でこの姿を見ると、違和感を覚えずにはいられないな・・正直浮いてるぞ、その格好。
こんな奇抜な格好が自然体になる状況なんてこの地球上のどこを探しても稀だろう。
「その目は物凄く失礼なことを考えている目よね」
「そ、そんなことねぇよ・・で、何の用なんだ」
というか、どうしてここに居ることが分かったんだろうか。
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、黒猫は思わせぶりな笑みを浮かべていた。
いつもの人を蔑むような、妖艶な目つきで。
384 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:34:02.54 ID:03Jqq7/a0 [10/32]
「・・そうね、ただの暇潰しよ」
「ひ、暇潰しだぁ?」
「尻尾を振って喜ぶが良いわ、私のような高貴なる存在と時を共にできることをね」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
こんな日に男一人捕まえておいて、堂々と暇潰しなどと言いやがる。
いや・・まぁ、ある意味いつもの調子なんだけどよ。
「ところで、人間界の男どもが総じて浮かれている日でも、あなたは相変わらず浮かない顔をしているのね」
「人間界の男どもが浮かれてる日・・バレンタインのことか?」
「そう、St. Valentine's Day。
私のように闇に生きる存在からすれば、疎ましいことこの上ない制度だけれど」
「はぁ・・」
どうして自分が疎ましいと思うこんな日に俺を呼び出したんだよ、このお嬢さんは。
いつも通りではあるが、だからこそこいつが何を考えているのかが読めない。
いや、一生読むことはできないだろうな、そして、読みたくはない。
読むことができるということはコイツと同等の世界観を持ってしまったということと同義だからだ・・それも悪くはないか?
「とりあえず、近場の喫茶店にでも入るとしましょう。私、こう見えて疲労困憊なのよ」
「何でおまえが決め・・、」
「ほら、早くなさい。私は喉が渇いたの。それくらい言われずとも察知しなさいな」
「・・・」
・・いつも通りだ。
その尻に黒くて長い尻尾があったなら、ご機嫌に左右に揺れていただろう。
俺は財布の中身を確認しつつ、高飛車な黒猫嬢の後を追った。
385 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:34:51.99 ID:03Jqq7/a0 [11/32]
―――――
「ふぅ・・久々に長歩きをしたから、疲れたわ」
俺たちが入ったのは、誰でも知っている緑と白の色遣いが目立つ某大手コーヒーショップだ。
こういう類の店には疎い俺だが、黒猫が入りたいと言うのだから従うしかない。
甚だ遺憾ではあるが、知らないうちに黒猫従属体質になってしまっていたらしい。甚だ遺憾ではあるが。
「で、俺が家に帰っちゃいけない理由ってのを教えてもらおうか」
「なっ・・そ、そんなこと誰が言ったのかしら。勝手な憶測で事を進めないで欲しいわね」
「さすがの俺でも分かるっての、それくらいはな」
二月の半ばというまだ肌寒い季節だというのに、黒猫は冷や汗をだらだらに垂らしている。
その姿は、互いの前に置かれたアイスコーヒーのグラスに似ていた。
中身はキンキンに冷えているくせにその肌には水滴を垂らす、みたいな。
「だ、だから言ったでしょう。私の暇潰しに付き合って、と」
「あぁ、そうかよ」
俺と目を合わせようとしない・・やっぱり、何かを隠してやがるな。
そうじゃなきゃ、わざわざ学校が終わってすぐにこんなとこまで出向く必要がない。
ただでさえ女王様気質の黒猫だ。何か特別なワケがあるに違いないんだが・・。
「っていうか今日はバレンタインだろ。おまえだって好きな男の一人や二人居るんじゃないのか。
放課後になっても決心がつかず、大好きなあの人を待ち続け、部活が終わった頃にようやく渡しに行く・・みたいな、」
「フン、私が人間の男どもに媚び諂うと思っているのかしら」
「媚びへっ・・あのなぁ、そういうモンじゃないだろ。
良いか。バレンタインっつーのはな、日頃伝えられない想いを好きな男に伝えられる特別な日だぞ」
「ふぅん?」
「それに、この日じゃなきゃダメなんだ。だからこそ世の男女があれだけ意識してるんだぞ。
外に出てもウチでテレビを点けてもラジオを聞いてもネットをしても、どこもかしこもバレンタインバレンタイン・・、」
「だから?」
「だから?・・って、そんな淡白な」
「さっきも言ったでしょう、バレンタインなんて低俗な風習に私が乗るとでも思うのかしら。
巷でよく言われる『お菓子会社の陰謀』とか『メディアの勝手な流行作り』とかいう噂も聞くに堪えないわね」
「別に好きな男にだけあげなきゃいけないってわけじゃねぇ、日頃お世話になってる奴に贈り物をしても良いんだ」
「・・どちらにせよ、同じことよ」
唾を吐くように言い、足を組み直した黒猫は静かにストローに口をつける。
さっきはいつも通りと言ったが、いつも以上に接しづらい・・。
麻奈実からの贈り物で少し浮かれていた俺の心が冷めてきたぜ。
少しの間も幸福な気分に浸らせてくれないのかよ、人生ってもんは。
こういうめぐり合わせなのか?
386 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:35:36.07 ID:03Jqq7/a0 [12/32]
「ところで・・あなた、ポケットに突っ込まれたそれは何?」
そして、件の麻奈実からのプレゼントをピンポイントで指摘された。
丁度思っていたことや物事の核心を突かれると、途端に口ごもる俺である。
「あ、いや。これは」
「怪しいわね・・まさか、」
「・・バレンタインのだよ、悪いか?」
この際、隠しておく方が逆に怪しまれる。
俺がネクタイの入った箱をちらりと見せながらそう言うと、黒猫は唸るような眼差しを向け、
何かを我慢するように再びコーヒーでその喉を潤し、一呼吸入れようとする。
慌てっぱなしだった先程とは違い、今回は無理やり気を落ち着かせようとしているようだった。
「なるほど・・あなたにプレゼントだなんて、物好きな女も居るものね」
「あぁ、そうだな。そんな物好きからのプレゼントでも俺は嬉しいんだよ、ほっとけ」
「・・そう」
黒猫の表情が悲しいような、辛いような、形容しづらい表情に歪む。
あまり・・いや、今までに見たことのない表情だ。
どうしてそんな顔つきになったのかまでは分からないが。
「じゃあ、兄さんはもう満足というわけかしら」
「どういう意味だ?」
「バレンタインに女の子からプレゼントを貰い、満足したのかということよ」
満足、ねぇ・・。
俺は腕を組み、少し思案する。
「・・まぁ、一つも貰えないと思ってたからな、満足といえば満足だ。
まだ貰えるってんなら貰いたいが・・もう良いさ、俺は高望みをしないんでね」
「そう・・」
また、おまえはそういう顔をする・・。
「何だよ、なんか不満そうな顔してないか」
「いいえ。あなたらしいと思っただけよ」
「何だそりゃ・・」
時刻は、街灯が点き始めるであろう午後五時過ぎ。
いつもなら桐乃とシスカリの対戦格闘に耽っている頃だろう。
金はかかるが、あの低度の疲労や目の疲れが溜まる苦行をするよりは今の方がマシだな。
数分間の沈黙が続き、互いのコーヒーがあと一口くらいになった頃、黒猫がその均衡を破るように口を開いた。
387 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:36:30.74 ID:03Jqq7/a0 [13/32]
「仮に・・仮によ?」
その言葉に、俺はふと顔を上げる。
黒猫は両手を膝の上に置き、口をまごつかせながら続けた。
「仮に、あなたへのプレゼントがあると言ったら、兄さんはそれを・・受け取る?」
「おまえからのプレゼント、か?」
「・・そ、そうよ。それ以外の意図が含まれていたかしら」
黒猫は口元に手を当て、何かを遮るように言っていた。
何かを恥じるような、それでいて何かを隠すような振る舞いだ。
やれやれ、何が言いたいんだこいつは・・まぁ、でも、
「そんなの考えるまでもねぇよ、受け取るに決まってんだろ」
「ほ、本当?」
素っ頓狂な声と共に、黒猫が俺にも分かるくらいにその目を丸くする。
俺はその様子が少し面白いと思いながらも、話を続けていく。
「こんなの即答だし、おまえにそんな嘘ついて何になるんだよ。
さっきも言ったが、バレンタインってのは世話になった奴に感謝の気持ちを込めて贈り物をする日だ。
それを受け取らないってことは相手が誰であれ、そいつの気持ちを踏み躙ることになるんだ、分かるだろ」
さっき会ったばかりの眼鏡をかけた草食動物みたいな幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ。
俺の言っていることはまったくもって正論のはずだ。異論は認めない。
「そうだけど・・あなた、これ以上高望みはしないって言ってたじゃない」
「ぐっ・・いや、なんつーか、さっきのはちょっと見栄を張っただけだ、すまん。
貰い物は多いに越したことはないし、その数だけ自分を想ってくれてる奴が居るってことなんだからさ」
「そ、そう・・そうね。及第点をあげても良い答えだわ」
「何だそりゃ。っていうかおまえ、もしかして俺に・・、」
プレゼントでもくれるのか、と言おうとした瞬間、
「つ、つけあがらないことね、この人間風情がっ!」
バンッ!!とテーブルを叩き、黒猫が勢い良く立ち上がる。
その行為に俺はおろか、店内の客のほとんどの視線が黒猫へと浴びせられた。
ただでさえ、目立つ格好してるっていうのにコイツは・・!
388 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:37:18.74 ID:03Jqq7/a0 [14/32]
「わ、私があなたのような凡人にプレゼントだなんて・・そんなのぼせた考えは捨てることよっ」
「あぁ、そうかよ。・・別に期待なんてしてねぇし」
期待なんてしてない、というのも少し見栄を張った嘘である。
口をついて文句が出てきちまうのは妹と似てるのかねぇ・・いや、桐乃が俺に似たのか?
「とりあえず座ってくれ、客の視線がピンポイント集中砲火で痛いんだよ」
「ふ、フン・・!」
静かに腰を下ろし、そっぽを向く黒猫。
腕を組んだまま、こっちを見ようとしない。
うーん、また機嫌を損ねちまった。
・・誰か、猫の飼い方を教えてくれないか。
切実に。
♪~
っと、またメールかと思ったら、俺の携帯は震えていない。
・・となると。
「おい、どうかしたか」
「・・用事ができたわ、帰らせてもらうけど良いかしら」
「また突然だな・・まぁ、止めはしないけどよ」
気まずい空気だからか、特に物言いをする気にはなれない。
まぁ、別に文句はなかったけどさ。
互いに俯いたままで店を出ると、店に入る前より外は肌寒くなっていた。
「天気悪いな・・」
見上げると、昼は快晴だったはずの空が微妙に曇り始めている。
そういや、麻奈実が今日は雪が降るとか言ってたっけな。
確かに、今にもちらつきそうな天候だ。
ボーッと空を見上げていると、ふと黒猫の小さな声が聞こえた。
「今日は雪が降るそうね・・兄さんはマフラーとか手袋くらいしたらどうかしら」
「生憎ながら、マフラーも手袋も持ってなくってな。
それで今まで学校生活はこなしてきたが、やっぱそろそろ限界かもな、ははっ」
「そう・・」
ははっ。という爽やかな笑いがそんなに似合わなかっただろうか、と少し落ち込む俺。
気にするな俺、黒猫はいつも釣れない態度じゃないか、頑張れ俺。
というか、おまえもその格好は寒くないのかよと思った矢先、黒猫が俯きながら何やら呟き始めた。
389 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:37:45.89 ID:03Jqq7/a0 [15/32]
「その・・悪かったわね。さっきはいきなり怒鳴ってしまって」
「・・お、おう?」
てっきりずっと不機嫌のままだと思っていたから、正直俺は驚いた。
目を合わせられないところがまた黒猫らしいというか、何というか。
まぁ、こっちにも非がないとは言えないから、俺も何も言えやしないけどよ。
「別に気にしてねぇさ、あんなの謝るまでもねぇし。俺も至らないところがあったしな、悪かったよ」
「いえ・・あと、いきなり暇潰しに付き合えだなんて横暴だったわ、ごめんなさい」
「・・いや、大丈夫だ。たまにはこういうのも良いもんだよ」
これは社交辞令とかじゃあない。一応、本心からの言葉だ。
桐乃の初めての友達になってもらったって恩もあるし、何より黒猫は俺の大切な友人でもある。
たまには二人で会って、こうやって言葉を交わすのも良いだろう。
「あの・・また、誘っても良いかしら」
「ああ。できれば今度は前日までにメールしてくれると助かるよ」
「分かったわ・・じゃ、また」
「途中まで送った方が良いか?」
「あ・・、」
俺の問いかけに対して、何かを言いかけた黒猫は、
やはり、何かを思い出したように俺に背中を向けると、
390 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:39:05.27 ID:03Jqq7/a0 [16/32]
「・・いいえ、あなたは早く家に帰ってあげなさい」
「?」
「あぁ、それと・・『それ』はそこのポケットではなくて、ズボンのポケットにでも入れておくべきだと思うわ」
「ん?」
黒猫が指差した「それ」は、俺が麻奈実から貰ったネクタイの入った箱だった。
ブレザーのポケットから微妙に顔を覗かせている。
ふむ、ちょっと走ったくらいで落ちちまいそうだな。
「そうだな、わざわざありがとよ」
「別に、・・あなたを守るためよ」
・・何だそりゃ、さっぱり分からん。
まぁ反抗する理由もないので、言う通りにするけどよ。
「じゃあ、また・・兄さん」
「おう、気をつけてな」
黒猫の言葉の意味は分からないまま、俺は何となく手を振って、彼女の背中を見送った。
結局、黒猫との距離感が縮まったのか縮まらなかったのか、微妙な時間だったな。
と、いうか本当に何しにここまで来たんだアイツは。
「・・寒っ」
まだ二月中旬。
吐く息は白い。
「帰るとするか・・」
周囲の店はすっかりバレンタイン仕様で、街並はピンクや白の装飾や照明に彩られている。
こごえる寒さと不快な雰囲気に当てられながら、俺は足早に家路へとついた。
391 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:39:51.14 ID:03Jqq7/a0 [17/32]
―――――
「遅いっ!!!」
「・・・」
帰宅早々、鬼の形相で兄に迫る妹。
「鬼の形相で」さえ付いていなければ、『おかえりなさいっ、お兄ちゃん☆ミ』みたいな字面なのによ。
いや、別にこの超肉食系女子(自分が萌える妹に対してのみ)である桐乃にそういうことを求めているわけじゃないぞ、断じて。
「今日は木曜日、何の日か忘れたわけじゃないわよね?」
「バレンタイぷごぉわっっ!?」
最後まで言葉を綴ることすら許されぬ強烈なビンタが俺の頬に炸裂した。
極寒の外界から帰ってきたばかりの人間のほっぺたにこの攻撃は正直こたえるぜ・・!
冬で早帰りとはいえ、コイツは今日も陸上部で扱かれてきたはずなのにどうしてこんなに元気なんだよ。
麻奈実から黒猫、そして、桐乃。
まさに天国から地上、地上から地獄へと転がり落ちたみたいだな。
「ほら、さっさと準備してっ!」
「ちょっと休ませてくれよ、外めっちゃ寒くてさ」
「っ・・!」
「ちょ、ビンタはもうっ・・!」
「・・分かったわ、5分ね。いや、3分」
「お、おう」
あれ、いつもならここで「あんたの都合なんて関係ないっての!ほら、さっさと来るっ!!」
なぁんて怒号が響くところなんだが、今日の桐乃は変なところで丸い気がする・・気のせいか?
「あたし、リビングで準備しとくから」
「ああ、すぐ行くよ」
まぁ、妹の挙動が理解不能なことは今に始まったことじゃない。
俺はひりひりと痛む頬を撫でながら部屋に戻り、鞄を放り捨て、
急いでリビングに行くと、桐乃がゲームのセットを完璧に済ませていた。
本当にまあ何というか、我が妹ながら自分の欲望に対して俊敏で従順な奴だ。
392 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:40:47.27 ID:03Jqq7/a0 [18/32]
「あんたさ、いつもより帰りが遅かったけど何かあったの?」
「ん、ちょっとな」
部屋で脱ぎ忘れた制服を脱いでソファにかけたとき、テーブルに温かいお茶の入ったコップが置かれていた。
しかも、二人分。
今日の桐乃はやけに気が利いてる気がするが・・。
「何よ、”ちょっと”って」
「いや、何でもないさ」
・・うーむ。
麻奈実の家に上がり込み、黒猫と暇を潰していたなんて話せば、どうせこいつは機嫌を損ねるに違いない。
まぁ、今正直に話しても、後になってバレても、同じことだろう。
「ふぅん・・まぁ、良いわ。さっさとやるわよ、ほら」
「・・?」
うん、やはり様子がおかしい。
いつもなら、ある程度の追求があってもおかしくはない場面なんだが・・。
また、俺の自意識過剰だろうか。
393 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:41:24.80 ID:03Jqq7/a0 [19/32]
―――――
時刻は、どの家庭も夕食を済ませたかその真っ最中であろう午後七時。
一通りゲームをやり尽くした俺たちは、昨日の晩飯の残りのカレーを食していた。
子ども二人だけの晩飯を手抜きする母親には思わず溜め息が出ちまう(悪い意味で)。
前述の通り、母親は習い事(しかも、今日に限っては泊まりがけのレッスン)のため、帰らない。
「あれ、親父は?」
「今日は帰らないって。お母さんが言ってた」
「・・そうか」
父母不在、在宅者は兄妹のみ、か。
両親が居ない日なんて数少ないっていうのに、俺は彼女の一人も家に連れ込めないわけだ。
目の前でカレーを静かに口に運んでるこの妹が家に居なければ、もっと連れ込める可能性は上がるんだけど。
まぁ、彼女なんて居ないんだけどなっ!(泣
「・・・」
「・・・」
さて、話題がない。
スプーンが皿に当たる音とテレビの音しか響かない食卓風景である・・離婚間際の熟年夫婦かよ。
いや、別に絶対に妹と話をしなきゃいけない決まりなんてこの世のどこにもないわけだが、
食卓を囲んでいるにもかかわらず、ただただ機械的に食事を済ませるだけって、何か嫌だろ?
「そういやさ、今日バレンタインだったけど、おまえは誰かにチョコあげたの?」
「・・あやせと加奈子にあげたけど、それが何?」
また、この妹はぶっきらぼうに話しやがる。
今日のこいつは機嫌が良いから色々と突っ込んでこないのかと思っていたが、
機嫌云々じゃなくて、単純にテンションが低いだけな気がするな。
「ふーん、男にはあげなかったのか?」
「うわ、どうして妹の交友関係探ろうとしてるワケ、キモ~ッ」
「深読みしすぎだ。別におまえに好きな男が居るとか居ないとかに興味なんかねぇよ」
「・・あっそ。じゃあ聞かないでよ、そんなこと」
こっちが閑散とした食卓に何気ない会話を取り入れてやろうと思ってたのに。
わずか三往復の会話で沈黙が殺伐にランクアップしちまったよ。
もういっそのこと、さっさと食べてさっさと部屋に戻ろうかと思った矢先、
394 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:41:56.21 ID:03Jqq7/a0 [20/32]
「そういうあんたこそ、誰かから貰ったの?」
「ん、いや。まぁ・・そうだな」
「ま、まままさか、貰ったのっ!?」
ガタン、と桐乃が椅子を揺らして立ち上がった。
そんなオーバーリアクションをとるほど驚かれるとさすがに凹むんだが。
黒猫にしろ桐乃にしろ、そんなに俺がプレゼントを貰うのがおかしいのか。
世界には約三十五億人の女が居るんだぜ、一人くらい俺にプレゼントをくれても不思議じゃないだろう。
「んだよ、悪いのか」
「な、ぐ・・あ、あんたがチョコを貰ったことよりも、あんたにチョコあげるような物好きが居たことに驚きだわ・・」
実の兄に対して、酷い言い様だ。黒猫にも似たようなことを言われたけどさ。
何度も言っているように、今に始まったことじゃないけどよ。
「数に入れていいかどうかは分からないけどな」
「何それ、どういうこと?」
「麻奈実から貰ったんだよ。チョコじゃなくてネクタイだったけど」
「チッ・・!」
ぐっ!?
何か今こいつ、あからさまに舌打ちしたよな。
素性の知れない女じゃなくて幼馴染に貰ったって方が桐乃の機嫌も直るかと思ったが、逆効果だったか。
っていうか、こいつは事あるごとに麻奈実につっかかるよな・・何でだ?
「地味子か、なるほどねぇ。だからあんたちょっと浮かれた感じなのね」
「浮かれっ・・んなコトねぇって!」
「それを言いたくて自分からバレンタインの話題なんか切り出したんでしょ、あたしのことなんか興味ないくせにさ」
「おまえはさっきから深読みしすぎなんだよっ!」
「あーやだやだ、男ってホント例外なく単純よね~」
「お、俺は違う!」
桐乃が両手をヒラヒラとさせて、呆れたポーズをしていた。
た、確かに麻奈実からプレゼントを貰ったが、そんな表情や行動に出るほど嬉しがってた記憶はないぞ。
余裕のある奴は、是非読み直してみてくれっ!
こんなんじゃ、あの超ド級シスコン野朗赤城と同類だ(相手が実妹か幼馴染かっていう大きな差はあるが)!
395 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:42:24.40 ID:03Jqq7/a0 [21/32]
「嘘つけってのっ!あたしは知ってんだからね。
あんたさ、学校終わってすぐに地味子の家に行ってたでしょ!」
「はっ!?何で知って・・、」
その瞬間、ゴスロリファッションに身を包んだ顔馴染みの姿が脳裏に浮かぶ。
く、黒猫の仕業か・・。
どういうわけか、今日に限ってはアイツと桐乃は繋がってやがったわけか!
と、いうことは黒猫と二人きりでスタ●に入り浸っていたことも桐乃は知ってるのか?
わけが分からん。
「ほらね。っていうか毎週木曜は、あんたはさっさと家に帰って、あたしの相手をする約束じゃない!」
「俺には俺の都合があるっての、っていうか『今日は遅帰りでも大丈夫』って聞いたんだよ!」
「はっ、誰に?」
「黒猫にだよ、おまえが黒猫にそう言ったんじゃないのか?」
「え・・?」
桐乃が呆気にとられたように目をぱちくり、口を半開きにさせる。
・・あれ、黒猫と桐乃は裏で繋がってたんじゃないのか?
黒猫とは、麻奈実の家のすぐ近くで会った。
そして、桐乃は俺が麻奈実の家に居たことを知っている。
つまり、黒猫は俺と会う前、もしくは別れた後に『俺が麻奈実と会っていた』ことを桐乃に報告しているはずだ。
(何でそんなことをしたのか、また、黒猫がどうして居たのか、なんて疑問も浮かぶけどな)
黒猫が麻奈実のことを知らないにしても、桐乃に『兄さんは「田村屋」という和菓子屋から出てきたわ』とでも密告すれば、
桐乃は俺が麻奈実と会っていたことくらいすぐに推測するだろう。
だが、黒猫は俺とコーヒーショップでぐだぐだしていたことを桐乃に言っていないらしい。
「あんた・・黒いのと会ったの?」
「あ、あぁ。麻奈実の家のすぐ前でな」
「・・・」
「桐乃・・?」
「・・あの――ソ猫、――しゃ――ね」
桐乃が小声で、かつ怨念たっぷりに何かを呟いた。
――あのクソ猫、出しゃばったわね。
怖っ・・!
何だよ、おまえら裏で手を組んでたんじゃないのか?
何のために協力していたのかは知らんが、さっぱり状況が掴めん。
396 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:43:05.86 ID:03Jqq7/a0 [22/32]
「・・もう良い。約束破った罰として、今日はあんたが洗い物ね」
「なっ、そりゃちょっと理不尽すぎるだろ!」
「うっさい!」
「確かに今日は遅帰りだったけどゲーム自体はやったじゃねぇかよ、少ししかゲームできなかったのがそんなにムカついたのか?」
「うっさいうっさい!」
「それとも俺が麻奈実の家に行ってたこととか黒猫とだらだらしてたことがそんなに癇に障ったのかよ?」
「あーもう、うっさいうっさいうっさい!!」
バッターン!とテーブルを両手でぶっ叩き、腰を上げる桐乃。
その衝撃で互いのグラスが倒れ、テーブルが水でぐしょ濡れだ。
そんなことには構わず、桐乃はギラギラとした視線で射殺すように俺を睨み付けている。
「き、桐乃・・?」
「・・・」
ああ、いつものパターンか・・結局、こうなるんだよな。
再三言っているようにこれは日常風景なんだが、これだけ実妹とコミュニケーションを取れないと
実兄として何らかの責任があるんじゃないかと思っちまうよ・・。
「おい、桐乃っ」
「うっさい、皿洗いしといてよ。あと、今日明日は話し掛けないで。ノロケオーラが感染るから」
「な・・」
バッタ-ンッ!!
家が傾くんじゃないかというほどの勢いでドアを閉めた桐乃は、怪獣のような足音を響かせて二階へ上がっていった。
やれやれ、追い掛けるのは面倒だ。
あいつを追い掛けてまた怒鳴り合いをするよりは皿洗いをして米とぎしていた方が遥かに楽だな。
俺は保守派なんでね。
「やれやれ・・」
溜め息混じりに、ふとテーブルを見渡す。
桐乃の皿にはまだ半分以上カレーが残っていた。
397 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:44:06.70 ID:03Jqq7/a0 [23/32]
―――――
さて、災難と幸運というものは突然やってくるものだ。
これから起きる出来事はそのどちらに属するのかは未だに判断できないが。
「ふぅ・・」
結局、あれから桐乃とは一言も言葉を交わせず、風呂は入れ違いになったものの、目すら合わさなかった。
いつものことだと割り切った俺が今日の復習と明日の予習を無難に済ませ、いざ夢の中へと逃げようと思った矢先のことだ。
♪~
時刻は、午後十一時半過ぎ。
日付の変わる三十分前とはいえ、友人から電話だのメールだのが来てもおかしくはない時間だ。
俺は何の気なしに携帯のディスプレイを見やる。
どうせ、赤城辺りが『明日の授業で自分が指される番だからここだけでも良いから教えてくれ』とか下らない妄言を・・、
『着信中 黒猫』
またか・・。
何の用かは知らんが、良い機会だから今日桐乃と連絡を取り合っていた理由でも聞いてみるとしますかね。
『・・・』
「よう、こんな時間にどうしたんだ?」
『くしゅん!』
「は?」
『・・な、何も言わずに家から出てきなさいっ』
「出てきなさいって・・今か?」
『はぁ、はぁ・・あなたに、選択権はないわ、四の五の言わずに、早く、出て来、ふ、ふぇ・・っくしゅん!』
「・・・」
やれやれ、今日は厄日らしい。
了解の旨を伝えた俺はジャケットを一枚羽織り、引き出しの中からポケットティッシュを一袋だけ乱雑に取り出した。
念の為、隣の部屋でエロゲを貪っているであろう桐乃に気付かれないように静かに部屋から出ておく。
足音もたてずに階段を下り、暗い玄関で不慣れに靴を履いて、ゆっくりと外へ出ると、
「お・・?」
真っ暗な視界に無数の白い粉がちらほらと舞い散っていた。
雪だ。
一面の銀世界といっても、何センチも積もっているわけじゃあない。
とにもかくにも、今年初の降雪に俺は一瞬だけ感傷に浸っていた。
無論、一瞬だけしか浸れなかった理由は、
398 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:46:02.71 ID:03Jqq7/a0 [24/32]
「こんな寒さの中、私を待たせるなんてあなたはとんだ無礼者ね・・っくしゅん!」
・・いつものゴスロリ服の上から見慣れない真っ黒なコートを着た黒猫が居た。
黒に黒を重ねるファッションセンスに関しては、もう何も言うまい。
服装とはマッチしない貧相なビニール傘をくるくると回しながら、不機嫌そうな表情を浮かべている。
「待たせたって・・おまえが呼び出したんだろ」
「ふん、どっちでも・・くしゅ、くしゅん!」
「まず、鼻かんどけよ」
「・・フン、気が利くわね」
何か腑に落ちないような顔をしつつ、素直に俺からティッシュを受け取り、鼻をかむ黒猫。
一体、コイツは何しに来たんだ・・?
「・・とりあえず、中に入るか?」
「ふぅ。いいわ、アレに見つかると面倒だから」
・・アレって桐乃のことか?
「えーと、何か用があって来たんだろ。
長くなるんだったら、今日は親居ないから遠慮しなくて良いんだぞ?」
「・・それはどういう意図が含まれているのかしら」
「あ・・?」
あ、いやっ!
別にそういう意味で言ったんじゃねぇ!
大体、親は居ないが桐乃が居るし・・。
何よりっ、
「俺はおまえのことをやましい目で見ちゃいない!」
「・・・」
「あれ?」
「恐らく、心の中で思っていた文章が最後の方だけ口に出てしまったようね・・けほけほっ」
「・・聞かなかったことにしてくれないか」
「無理ね、あなたの失言で私は酷く傷ついたわ」
黒猫がいつになく怪訝な目でジッと見つめてくる。
やめろ、桐乃とはまた違った、俺を責めるような目を向けないでくれっ・・!
399 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:47:18.49 ID:03Jqq7/a0 [25/32]
「・・兄さん、少し頭を下げなさい」
「え?」
突然のことだったが、俺は言われた通りにお辞儀をするように頭を下げる。
一方の黒猫は肩に掛けていた大きめのポーチからガサゴソと何かを取り出した。
見慣れた、妙にもこもこした・・、
「罰として、この呪いの魔道具を首に巻きなさい」
傘を置き捨て、精一杯背伸びをした黒猫が俺の首に温かい何かを巻き付けた。
寒々とした首周りが、一瞬でぬくもりに包まれる。
分かっているのに、俺は口に出さずには居られなかった。
「マフラー・・か?」
「違うわ。私が特別に精製し、永きに渡り魔翌力を注ぎ続けた呪いの魔道具よ」
「・・・」
「あなたが私を裏切るような言動や行為をする度に、これがあなたの首を締め付けていくわよ」
・・おっかねぇ。でも、なぜだかホッとした。
なるほどね、わざわざ来た理由はこれか。
俺は落ちていたビニール傘を拾い、黒猫の手に戻してやった。
「・・ありがとよ、黒猫」
「ば、バカじゃないかしら。そこはお礼を言うところではないわ・・けほっ」
俺は一言だけ感謝を告げ、黒猫はどこか誇らしげに言葉を漏らす。
「礼を言わずには居られなかったんだよ、悪いな」
すっかりかじかんだ手でマフラーを触る・・素人目に見ても編み目が少し荒い。
でも長さは十分だし、クリーム色を基調とした色遣いは見るだけでもすごく心が温まる。
・・十分に伝わったぜ、黒猫。
「そういや、どうしてこんな時間に渡しに来たんだよ、明日でも良かったんじゃないか?」
「だ、だって・・兄さんがバレンタインのプレゼントは十四日のうちに渡さないと意味がないって言うから」
あぁ・・そういえば、昼間会ったときそんな感じのことを言っちまった記憶がある。
正直、あのときは勢いで言っちまった節があるし、別に当日渡さなきゃいけないなんてルールはないんだが、
黒猫がそれを信じちまった以上、黒猫がプレゼントをこんな時間に渡しに来ちまった原因は俺にある、な。
400 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:47:45.85 ID:03Jqq7/a0 [26/32]
「それにしても、何でマフラーなんだ?」
「・・不満かしら」
「いや、そんなことはねぇ。ただ、最近のバレンタインのプレゼントって多種多様だろ?」
「えっと・・一緒に喫茶店を出たとき、あなたが『マフラーも手袋も持ってない』って言ってたから・・」
「あぁ・・いや、待て待て。あれから五、六時間しか経ってないだろ。マフラーってそんな短時間で編めるものなのか?」
「・・かなり前から編んでいただけよ」
「だよな・・なんか悪かったな、手間かけさせたみたいで。大変だったんじゃないか?」
「別に。魔道具の精製は慣れたものだから」
クッ、ところどころに黒猫ワールドを挟んできやがって・・。
人の言葉を素直に受け取れないのかよ、こっちが恥ずかしくなってくるぞ。
「でも、前々から編んでたのなら、尚更今日の昼に渡してくれれば良かったんじゃないのか?」
「・・それはっ、」
グッと口を閉じる黒猫。
下唇を噛んで、何かに耐えているような様子だ。
そんな中も粉雪は未だしんしんと降り続け、手先足先は寒さのせいで感覚を失っていた。
俺でさえ真冬の寒さをこれだけ直接受けているんだから、
脂肪が少ない(ように見える)黒猫は余計寒いんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、ようやく黒猫がその小さな口を開いた。
「・・用は済んだし、私は帰るわ」
「え、おいっ」
「何かしら」
さっきの何かを恥ずかしがっているような黒猫の表情が、いつもの女王様に戻っていた。
思わず怯む俺。頑張れ俺。
バレンタインのプレゼントを二個も貰った今日の俺は間違いなく運気が良いはずだ。
401 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:48:20.92 ID:03Jqq7/a0 [27/32]
「この際、今までの話は打ち切ろう。だが、こんな時間におまえを一人で帰らせるわけにはいかねぇよ」
携帯を見ると、あと数分で深夜0時というところ。
俺はともかく、黒猫は見るだけで未成年だと分かる。
可能性は低いが、警察に見つかったら速攻で補導されちまうだろう。
徘徊してた理由が「男友達にマフラーを渡すため」なんて口が裂けても言えないはずだろうし。
「別に大丈夫よ、夜でこそ私の真価は発揮されるわ」
「そうは言ってもだな・・、」
「それに今日は木曜日でしょう。
あなたも私も明日学校があるのだから、私が泊まるのは互いに利益があるとは思えないわ」
確かに、黒猫がアポなしで泊まりに来たなんて桐乃に言えばそれはもう大変面倒なことになるだろう。
黒猫が居る間は桐乃も拳を潜めるだろうが、黒猫が帰った途端にてんやわんやの悲劇の幕開けである。
かと言って、泊まりを隠すとすれば、俺の部屋に匿わなければいけない。
それはもう、様々な意味でギリギリアウトである。
「分かった、じゃあせめて家まで送るよ。良いマフラーを貰ったから全然寒くないしな」
・・正直まだ寒いけどよ。
「いえ、それも遠慮するわ」
「何でだよっ」
「あなたが家に居ないことにあの女が気付いたらどうするの。
あの女のことだから、どうせまだエロゲをやるために起きているはずよね?」
と、二人して桐乃の部屋の窓を見やる。
俺たちを嘲笑うかの如く、煌々と明かりが点いていた。
「・・ばっちり、」
「点いてるな・・」
だったらどうしろって言うんだよ・・。
402 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:49:07.19 ID:03Jqq7/a0 [28/32]
「別にバレたって良いだろうが、ちょっとコンビニにでも行ってたって言えば、」
「こんな寒い中にコンビニに出向くのは大馬鹿者ね」
「か、構わんさ・・!」
「それにほら、足元を御覧なさい」
「ん?」
御覧なさい、って雪しかないが。
「足跡よ」
「?」
「大小2つの足跡。小さい方の足跡は外から来ていることから分かるように、来訪者であることは明らかだわ」
標準より小さい足跡であることから、来訪者は女性であることが推測できるわね、と付け加える。
「大きい方の足跡はこの家から出ていることから分かるように、あなたの足跡であることは自明のことよ」
目を閉じたまま、淡々と説明を続ける。
「そして、あなたが私を送るとなれば、この大きい足跡と小さい足跡は私たちの動向を知らせてしまうことになるわね」
「つ、つまり・・?」
「つまり、もしあなたが家に居ないことに気付いて、あの女が外にまで出てきて、この足跡に気付いたとしたら・・、
「いや、それは考えすぎだろ・・?」
「可能性はゼロではないでしょう、それともあなたは”あの明かり”が消えるまでここで待てというのかしら?」
「ぐっ・・」
「ちなみに、先程までかなりの量の雪が降っていたけれど、もう収束傾向にあるそうよ。
つまり、足跡がこれから降る雪で埋もれて、なかったことにもならなさそうね」
・・支離滅裂なことを言っているようで、何だかんだ妙な説得力を持っている気がする。
確かに、桐乃は翌日に学校があろうとも気が済むまでエロゲをやるタイプだ。
学業は優秀なラインを保ち、部活は真面目に励んでるというのに、何の疲労を感じることなくエロゲに専念しやがる。
今日は俺と微妙な小競り合いをした分、余計にストレスを発散しているに違いない・・、が!
「・・別に桐乃に何を言われようと構わねぇよ。
むしろ、こんな寒さの中、おまえを一人で帰らせる方がよっぽど辛い」
我ながら、とても青臭い台詞を吐いている気がする。
別に良いさ、やましい気持ちがあるわけじゃないんだ。
ただ純粋にコイツが心配なだけなんだからよ。
403 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:49:50.44 ID:03Jqq7/a0 [29/32]
「俺にこれを渡すためにわざわざこんな時間に来てくれたんだから、それ相応のお返しはするべきだろ?」
「私が自分の判断で勝手に来たんだから、あなたが気負う必要はないわ」
「いや、でもな・・」
「『それ相応のお返し』というのはホワイトデーとやらにしてもらえれば満足よ」
「それはマフラーのお返しだ。わざわざ家まで来てくれたって好意と、おまえを家まで送るってことがイコールになるはずだろ?」
「言ってる意味が分からないわね」
バッサリと叩き斬られた。
俺は間違ったことを言ってないはずなんだが。
っていうか、どうしてそこまで意固地になるんだよ。
別に折れても良いじゃねぇか。
こういう言い方は嫌いだけど、年下なんだから年上の好意に甘えれば良いじゃねぇか。
俺の都合なんて考えなくても良いんだよ。
すると、黒猫が耐えかねたように悲痛な声をあげる。
「どうしてあなたはそんなに頑固なのよ・・」
「ん?」
「別に良いじゃない・・あなたはいつもそうだわ、私なんかをそんな必死になって気遣わなくても良いじゃない」
「・・・」
「?」
「ぷっ」
「な、ちょっ・・どうして笑うのよっ!」
「いや、何でもねぇ・・ははっ」
参ったな、コイツの思考回路はまるっきり俺と同じだ。
それ故にお互いに譲る姿勢を見せないってこった。
まったく、俺も黒猫も桐乃も結局はみんな揃って頑固なんだよな。
全員心の奥底では我が強いからしょっちゅうぶつかることになる。
類は友を呼ぶってか?
404 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:50:33.16 ID:03Jqq7/a0 [30/32]
さて、問題はこういうときにどうすれば良いかってこと。
答えは簡単だ、先手を打っちまえば良いだけのことさ。
自分の気持ちに素直に、な。
「どうしてそんな頑固なのかって・・おまえが心配だからに決まってる」
「な・・、」
「おまえに選択権はねぇよ。四の五の言わずにさっさと行くぞ」
黒猫が俺を呼び出したときと同じ台詞で締め括る。
悪いな、黒猫。
おまえを一人で帰らせちまったら、ぐっすり眠れそうにないんでね。
「私を送って、兄さんが風邪なんかひいたりしたらっ・・けほっけほ」
「・・何かおまえの方が風邪ひいてないか、さっきから咳き込んでる気がするんだが」
「別に心配、ないわ・・ここまで走ってきたから、まだ呼吸が整っていないだけよ」
「何でまたそんな無茶な」
「身体が温まると思ったからよ・・思いの外温まらなかったけれど」
「そりゃそうだろ、雪が降るほどなんだから度を超えてる」
「フン、私ほどの存在になれば・・暑さも寒さも大した障害になりはしないわ」
「何とでも言ってろよ、明日以降ならいくらでも聞いてやるから」
「あなたという、人は・・」
どうやら、黒猫は完全に折れたらしい。
その証拠に一気にトーンダウンしやがった。
何か言い包めたみたいであまり気分が優れないが、何もしないで終わる方が気分が悪いんでね。
それに、このくらいの寒さで倒れるほど俺はヤワじゃないさ。
405 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/09(水) 22:51:23.45 ID:03Jqq7/a0 [31/32]
「ほら、雪が強くならないうちに・・、」
言い終わる前に、俺は言葉を失った。
いや、失わざるを得なかった。
「っ・・」
俺の胸に、黒猫が力なく倒れこんできたからだ。
同時に、その鼓動がはっきりと伝わってくる。
厚手のコートを着ているはずなのに。
「ごめん、なさい・・」
その声は途切れ途切れだった。
俺は流されるがままにその華奢な肩を軽く掴む。
「もう、限界だわ・・」
その言葉の意味を理解する時間すら与えられないまま、
俺の身体は倒れこんできた黒猫の身体と共に白雪の中に溶け込むように、倒れ込む。
黒に染まった黒猫の背中には、白い雪の結晶がちらほらと落ち、染み込んでいった。