無題:9スレ目138

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138 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:19:51.72 ID:d0RfmdU0o [3/8] 「は?親父が入院?」 『そうなのよ。まあ、検査入院なんだけどね』 昼休み。 満腹感と午前中の疲労が睡魔を呼び寄せるこの魔の時間、俺の安眠を妨害したのはお袋からの電話だった。 なんでも、この間の健康診断で肝機能関係に異常が見られた親父の検査入院に付き添うから、今日は帰りが遅くなるとのことだ。 ウチの親父は結構酒を飲む。毎晩の晩酌も、酔ったところを見たことが無いから意識していないが、飲酒量は多いのだ。 こう言っちゃなんだが、来るべき時が来た、って感じだな。 親父のことも心配だが、今一番の心配事は……。 「メシまでには帰ってくるの?」 『う~ん、多分無理ね。だから、適当に食べておいてくれる?お金はいつものところに置いてあるから』 「あいよ。親父によろしく言っておいてくれ」 通話を終え、ケータイをポケットに仕舞った俺は、再び昼寝の体勢に入った。 だが運の悪いことに、そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。 ーーーーーーーーーーーー 「ただいま~」 いつもの丁字路で麻奈実と別れ、家に帰宅した俺を迎える者はいない。お袋は病院だしな。 リビングの扉を開けて中に入ると、すでに定位置となっているソファの上で、桐乃は寝そべりながら電話をしていた。 話し方から察するに、学校の友達が相手のようだ。つうか、いるなら「おかえり」くらい言えよ。別にいいけどよ。 桐乃の脇を通り過ぎ、俺は冷蔵庫に向かった。 いつもなら冷蔵室の扉を開けるだけだが、今日は野菜室の中身も確認する。 残念なことに、ろくな食材が入っていなかった。これはお袋が怠慢なわけではなく、逆に毎日マメに買い物をしているので買い溜めがあまり無いだけだ。 俺は一度自室に戻り、鞄を置いて服を着替えると、再度リビングに向かった。 お袋が買い物の時にいつも使っている財布を持ち、出かける準備をする……と、その前に。 「スーパー行ってくるけど、欲しいものあるか?」 いつの間にか電話を終えた桐乃に一声かけた。 桐乃はファッション誌を読んでいて、こちらを一瞥もしない。 「じゃあ、アイス。ダッツのいちごね」 「あいよ」 何も言ってこないところを見ると、こいつにもお袋からの連絡は行っているようだ。 出来合いの惣菜を買ってくると思ってるんだろうが、今日はちょっと違うんだぜ、桐乃。 俺は心の中でだけそう呟き、家を出た。 139 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:20:47.96 ID:d0RfmdU0o [4/8] ーーーーーーーーーーーー 「さて、はじめますかね」 スーパーで食材と妹様ご所望のアイスを買ってきた俺は、アイス以外のものをキッチンに広げて独り言ちた。 手も洗い、エプロンも付けて準備万端だ。 ここで、俺が何をしようとしてるか、一応説明しておこう。ずばり「料理」だ。 ……気のせいか、やたら心配そうな視線を感じるな。 言っておくが、俺だって料理くらいできるぞ。そりゃ毎日やってるお袋や、料理を趣味としている麻奈実には負けるけどな。 俗に言う「男の料理」というヤツだけどな。……オイ、だからそんな目で見るなっての……はぁ。 気を取り直して、まずはサラダからだ。 レタスの葉を6~7枚、食べやすい大きさに手で千切り、水にさらしておく。 水洗いしたトマトはヘタを落とし、少し大きめに切る。6等分くらいでいいかな。 皮を剥いた人参は薄く細長くスライス。胡瓜もスライサーで薄くスライス。 レタスの水を切り、切った野菜を深めのボウルに全部入れる。その上からコーンを適量。俺はコーンが好きなんで少し多めに。 野菜にごま油をかけて混ぜ、その上から塩を少々。最後に、もう一度軽く混ぜる。 レタスを一枚つまんでみた。うん、美味いな。ごま油の香りが良い感じだ。 出来上がったコイツは冷蔵庫に入れておく。 次は味噌汁。今日の具は玉葱にするか。 皮を剥いた玉葱を丸ごとラップに包み、レンジで30秒ほど温める。これは、玉葱を煮込む時間を短縮するためだ。 温めた玉葱を半分に切り、そこからざく切りに。 ……と、そこでリビングの扉が開いた。今、この家にいるのは俺以外に一人しかいない。 「アンタ、なにしてんの?」 もちろん桐乃だ。ここで桐乃以外のヤツが出てきたらめちゃめちゃ驚くけどな。 それにしても……「なにしてんの?」は無えだろう。キッチンに立って包丁を使ってたら、誰が見てもわかると思うんだがな。 「見りゃわかるだろ」 「……刃物を扱う練習?」 「間違っちゃいないけど、絶対ブラックな意味合いを込めて言ってるよね、それ!?」 まったく、失礼な野郎だぜ。女の子だけどよ。 あやせじゃねえんだから、んなワケあるか。おっと、こういう時にあやせを引き合いに出すのは良くねえな。 見た目だけなら天使だし、もしバレたら何されるかわかったもんじゃねえ。ふぅ~、くわばらくわばら。 「料理だよ、料理。晩飯作ってんだ」 「はぁ?アンタ、料理なんて出来んの?」 「簡単なモンならな」 失礼な桐乃はほっといて、さっさと作っちまおう。 鍋に水を入れて、火にかける。沸騰する前に微粒タイプのだしの素と味噌を用意。 水が沸騰したら、だしの素を適量。さっき切った玉葱を入れて、しばらく煮込む。頃合いを見て、味噌をゆっくり溶かしていって……、 「あんた、マジで本物?なんか妙に手慣れてるんですケド……」 「うっせーなぁ。味噌汁くらい、小学生でも作れるだろうが」 「頭を引っ張ったら皮が剥がれて別の顔が、なんてこと無いよね?」 「そんなに心配なら銭形のとっつぁんを呼んでこい」 ったく、本当に失礼だな。料理作ってるだけでルパン扱いしやがって……。あれ?ルパンって料理上手な設定ってあったか? まあいい。そいつは重要じゃねえからな、今は。俺は味噌を溶かしながら、桐乃の顔を見ずに質問した。 「お前、俺が作ったメシは食いたくねえの?」 「当たり前じゃん。あんたの作った料理なんて、どんな暗黒物質が出てくるかわかったもんじゃないし」 「へーへー、さいですか」 そりゃ、今まで俺がキッチンに立った光景なんて見たことないだろうからな。そう言ってくる気持ちもわからんでもない。 でもさ、もう少しオブラートに包んで言ってもよくね?激しく傷付いたわ。 食いたくないんなら好きにすればいいさ。桐乃のことなんざ無視無視。 味噌を溶かし終え、フタを閉めて弱火でしばらく煮込む。その間に、桐乃は冷蔵庫を開けて飲み物を持ち、リビングから出ていった。 140 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:21:14.26 ID:d0RfmdU0o [5/8] 最後はメインだな。 軽く洗った茄子のヘタ部分と下のでっぱりを切り落とし、縦に半分に切る。そこから包丁を斜めにして細かく切った。厚さは6~7mmくらいか。 切った茄子はざるに入れ、しばらく水にさらす。 豚バラ肉を食べやすい大きさに切り、軽く湯にくぐらせる。余分な脂を落とすのと、調理時間短縮のためだ。 熱したフライパンにサラダ脂を少量入れ、豚肉を少し焦げ目が付くぐらいまで炒める。 そこに切った茄子を投入、少しくたっとなるくらいまで炒める。 その後、あらかじめ湯で溶かしといた味噌と少量の酒を入れて、具材とよく混ぜ合わせながらしばらく炒める。 ……さっきから炒めてばかりだが、こうするんだからしょうがない。 味噌とよく絡まったら、塩・コショウで味を調える。ここは好みが別れるところだが、俺は薄味が好きなのであまり入れない。 最後に、香り付けのために醤油を数滴垂らして……と。あとは弱火でしばらく放置。味噌が焦げ付かないように注意な。 コンロの火を止め、エプロンを外す。時計を見ると、時間は6:50。いつもならまだメシの時間じゃない。ま、今日は二人だけだし、律儀に守ることもないだろう。 豚肉とナスの味噌炒めを皿に移し、サラダと一緒にテーブルに乗せて、俺はリビングを出た。 階段を上がり、桐乃の部屋の前まで移動して、ドアをノックする。 「メシ出来たぞー」 返事が無いが、まあいい。 俺は溜息を吐いて、その場を去った。 141 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:21:44.91 ID:d0RfmdU0o [6/8] ーーーーーーーーーーーー 自分用のご飯と味噌汁をテーブルに置き、さあ食べるかと思ったところでリビングの扉が開いた。 桐乃はこちらを一瞥すると、すぐにそっぽを向いてしまった。何がしたいんだ? 「お前も食うか?」 「……うん」 桐乃はしばらく黙っていたが、頬を赤らめながらこちらを見て、小さな声でそう言った。 俺は席を立ち、桐乃の分のご飯と味噌汁を用意する。 いつもの位置に座り、二人揃って箸を持つ。 「「いただきます」」 俺はまず味噌汁に手を掛けた。 だしの味もしっかりしてるし、玉葱もいい感じにクタクタだ。俺一人だけなら、玉葱をごま油で軽く炒めてから味噌汁に入れるんだけどな。 ただ、そうすると香ばしさは出るんだが、油分が多くなる。天下の読者モデル様がいるんだから、油の多用は控えた方がいいだろう。 桐乃も味噌汁を飲んでいた。汁を飲み、玉葱を食べる。よく見てないとわからないレベルだが、どうやら少し驚いているようだ。 「どうだ?」 「へ?」 「美味いか、って聞いてるんだよ」 「え……あ、えと……。ま、まあ!悪くないじゃん!」 桐乃は頬赤らめながら、感想を述べた。褒め言葉として受け取っておこう。 次はサラダだな。ボウルから好みの量を小皿に移し変え、そのまま野菜をつまむ。 野菜の歯応えが心地よく、塩で味は調っており、ごま油の香りが鼻を抜ける。うん、我ながらいい出来だ。 桐乃はそれを見て、俺と同じように食べ始めた。口に入れて数秒後、今度はわかりやすい表情で驚きを示した。 「これ、何のドレッシング?」 「いや、ドレッシングは使ってねえよ。ごま油と塩だけだ」 「へぇ~」 油を使っているので、これはダメ出しされるかと思ったが……どうやら妹様もお気に召したようだ。 最後はメインのアイツ、豚肉とナスの味噌炒めだ。 これも小皿に移し変えて食べる。う~ん、もうちょっとコショウが利いてても良かったかもな。これはこれで美味いんだけど。 さて、桐乃の反応は……? おし、表情を見る限りでは悪くないな。 「これ、味噌使ってるよね?」 「おう」 「味噌汁もあるのに味噌使うとか、ネタ被りもいいトコなんですケド」 「うっ……」 ご、ごもっともです……。 自分の好きなモンを作ったから考えてなかったが、言われてみれば確かにそうだな。 はぁ、次からは気をつけよう。次がいつになるかはわからないけどな。 俺が桐乃に凹まされていると、リビングの扉が開き、見知った姿が現れた。 142 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:22:12.67 ID:d0RfmdU0o [7/8] 「ただいま~」 「あれ?お母さん、もう帰ってこれたの?」 「ええ。お父さんに、『俺はいいから、早く帰りなさい』って言われちゃってねぇ~。まあ、動けないわけじゃないんだし、後は看護師さんに任せてきたわ」 スーパーの袋を提げて帰ってきたお袋は、少し呆れた感じでそう言った。 親父も、いきなりのことで俺たちを心配して言ったのかね。今は自分の心配しとけっての。 買ってきたものを冷蔵庫に入れようと動き出した……ところで、お袋はテーブルの料理に気付いたようだ。 「あら、晩御飯作ったのね」 そう言って、サラダをひとつまみ。お袋、行儀が悪いぞ。 「へぇ、なかなか美味しいじゃない。今度から桐乃に作ってもらおうかしら」 「え?あ、あの……それは……」 「何言ってんだよ。それ作ったの、俺だぞ?」 「え!?」 俺の言葉を聞いたお袋は、それはもうわかりやすすぎるくらい驚いてくれた。桐乃といい、ウチの女どもは失礼なのばっかだな。 「あんた、料理なんて出来たの?」 「多少はな。サラダくらい、別に難しくないだろ」 「へぇ~。じゃあ、こっちの炒め物は桐乃が作ったんだ?」 「それも俺だ」 「え!?」 お袋、わかりやすいリアクションをありがとう。だが、そろそろ控えてくれると嬉しい。 地味に傷付くからね、それ。 「じゃ、じゃあ!味噌汁ね!味噌汁は桐乃が作ったのよね!!」 「え……と……」 「それも俺」 「…………」 へんじがない。ただのおふくろのようだ。 しばらく呆然としていたお袋だが、意識が回復した途端、こう言いやがった。 「あんた、本当に京介?」 「親娘揃って失礼だな!?」 もうヤダこの家!田村さん家の子になりたい……。 ーーーーーーーーーーーー それから二日が経ち、親父は家に帰ってきた。 とりあえず大丈夫なようだが、医者からは酒を控えるように言われたらしい。へへっ、ざまぁみやがれ。お大事にな。 お袋も入院初日しか病院には行かず、その後俺がキッチンに立つことはなかった。 家族四人で過ごす、いままでとなんら変わらない日常がまた訪れ、高坂家は至って平穏である。 ただ、一つだけ変わったことがある。 俺が晩飯を作った次の日から、桐乃がキッチンに立ってお袋を手伝い始めたことだ。 どういう心境の変化だろうね。 そんな桐乃に俺が苦しめられる事件が起こるわけだが、それはまた別の話だ。 おわり
138 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:19:51.72 ID:d0RfmdU0o [3/8] 「は?親父が入院?」 『そうなのよ。まあ、検査入院なんだけどね』 昼休み。 満腹感と午前中の疲労が睡魔を呼び寄せるこの魔の時間、俺の安眠を妨害したのはお袋からの電話だった。 なんでも、この間の健康診断で肝機能関係に異常が見られた親父の検査入院に付き添うから、今日は帰りが遅くなるとのことだ。 ウチの親父は結構酒を飲む。毎晩の晩酌も、酔ったところを見たことが無いから意識していないが、飲酒量は多いのだ。 こう言っちゃなんだが、来るべき時が来た、って感じだな。 親父のことも心配だが、今一番の心配事は……。 「メシまでには帰ってくるの?」 『う~ん、多分無理ね。だから、適当に食べておいてくれる?お金はいつものところに置いてあるから』 「あいよ。親父によろしく言っておいてくれ」 通話を終え、ケータイをポケットに仕舞った俺は、再び昼寝の体勢に入った。 だが運の悪いことに、そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。 ーーーーーーーーーーーー 「ただいま~」 いつもの丁字路で麻奈実と別れ、家に帰宅した俺を迎える者はいない。お袋は病院だしな。 リビングの扉を開けて中に入ると、すでに定位置となっているソファの上で、桐乃は寝そべりながら電話をしていた。 話し方から察するに、学校の友達が相手のようだ。つうか、いるなら「おかえり」くらい言えよ。別にいいけどよ。 桐乃の脇を通り過ぎ、俺は冷蔵庫に向かった。 いつもなら冷蔵室の扉を開けるだけだが、今日は野菜室の中身も確認する。 残念なことに、ろくな食材が入っていなかった。これはお袋が怠慢なわけではなく、逆に毎日マメに買い物をしているので買い溜めがあまり無いだけだ。 俺は一度自室に戻り、鞄を置いて服を着替えると、再度リビングに向かった。 お袋が買い物の時にいつも使っている財布を持ち、出かける準備をする……と、その前に。 「スーパー行ってくるけど、欲しいものあるか?」 いつの間にか電話を終えた桐乃に一声かけた。 桐乃はファッション誌を読んでいて、こちらを一瞥もしない。 「じゃあ、アイス。ダッツのいちごね」 「あいよ」 何も言ってこないところを見ると、こいつにもお袋からの連絡は行っているようだ。 出来合いの惣菜を買ってくると思ってるんだろうが、今日はちょっと違うんだぜ、桐乃。 俺は心の中でだけそう呟き、家を出た。 139 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:20:47.96 ID:d0RfmdU0o [4/8] ーーーーーーーーーーーー 「さて、はじめますかね」 スーパーで食材と妹様ご所望のアイスを買ってきた俺は、アイス以外のものをキッチンに広げて独り言ちた。 手も洗い、エプロンも付けて準備万端だ。 ここで、俺が何をしようとしてるか、一応説明しておこう。ずばり「料理」だ。 ……気のせいか、やたら心配そうな視線を感じるな。 言っておくが、俺だって料理くらいできるぞ。そりゃ毎日やってるお袋や、料理を趣味としている麻奈実には負けるけどな。 俗に言う「男の料理」というヤツだけどな。……オイ、だからそんな目で見るなっての……はぁ。 気を取り直して、まずはサラダからだ。 レタスの葉を6~7枚、食べやすい大きさに手で千切り、水にさらしておく。 水洗いしたトマトはヘタを落とし、少し大きめに切る。6等分くらいでいいかな。 皮を剥いた人参は薄く細長くスライス。胡瓜もスライサーで薄くスライス。 レタスの水を切り、切った野菜を深めのボウルに全部入れる。その上からコーンを適量。俺はコーンが好きなんで少し多めに。 野菜にごま油をかけて混ぜ、その上から塩を少々。最後に、もう一度軽く混ぜる。 レタスを一枚つまんでみた。うん、美味いな。ごま油の香りが良い感じだ。 出来上がったコイツは冷蔵庫に入れておく。 次は味噌汁。今日の具は玉葱にするか。 皮を剥いた玉葱を丸ごとラップに包み、レンジで30秒ほど温める。これは、玉葱を煮込む時間を短縮するためだ。 温めた玉葱を半分に切り、そこからざく切りに。 ……と、そこでリビングの扉が開いた。今、この家にいるのは俺以外に一人しかいない。 「アンタ、なにしてんの?」 もちろん桐乃だ。ここで桐乃以外のヤツが出てきたらめちゃめちゃ驚くけどな。 それにしても……「なにしてんの?」は無えだろう。キッチンに立って包丁を使ってたら、誰が見てもわかると思うんだがな。 「見りゃわかるだろ」 「……刃物を扱う練習?」 「間違っちゃいないけど、絶対ブラックな意味合いを込めて言ってるよね、それ!?」 まったく、失礼な野郎だぜ。女の子だけどよ。 あやせじゃねえんだから、んなワケあるか。おっと、こういう時にあやせを引き合いに出すのは良くねえな。 見た目だけなら天使だし、もしバレたら何されるかわかったもんじゃねえ。ふぅ~、くわばらくわばら。 「料理だよ、料理。晩飯作ってんだ」 「はぁ?アンタ、料理なんて出来んの?」 「簡単なモンならな」 失礼な桐乃はほっといて、さっさと作っちまおう。 鍋に水を入れて、火にかける。沸騰する前に微粒タイプのだしの素と味噌を用意。 水が沸騰したら、だしの素を適量。さっき切った玉葱を入れて、しばらく煮込む。頃合いを見て、味噌をゆっくり溶かしていって……、 「あんた、マジで本物?なんか妙に手慣れてるんですケド……」 「うっせーなぁ。味噌汁くらい、小学生でも作れるだろうが」 「頭を引っ張ったら皮が剥がれて別の顔が、なんてこと無いよね?」 「そんなに心配なら銭形のとっつぁんを呼んでこい」 ったく、本当に失礼だな。料理作ってるだけでルパン扱いしやがって……。あれ?ルパンって料理上手な設定ってあったか? まあいい。そいつは重要じゃねえからな、今は。俺は味噌を溶かしながら、桐乃の顔を見ずに質問した。 「お前、俺が作ったメシは食いたくねえの?」 「当たり前じゃん。あんたの作った料理なんて、どんな暗黒物質が出てくるかわかったもんじゃないし」 「へーへー、さいですか」 そりゃ、今まで俺がキッチンに立った光景なんて見たことないだろうからな。そう言ってくる気持ちもわからんでもない。 でもさ、もう少しオブラートに包んで言ってもよくね?激しく傷付いたわ。 食いたくないんなら好きにすればいいさ。桐乃のことなんざ無視無視。 味噌を溶かし終え、フタを閉めて弱火でしばらく煮込む。その間に、桐乃は冷蔵庫を開けて飲み物を持ち、リビングから出ていった。 140 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:21:14.26 ID:d0RfmdU0o [5/8] 最後はメインだな。 軽く洗った茄子のヘタ部分と下のでっぱりを切り落とし、縦に半分に切る。そこから包丁を斜めにして細かく切った。厚さは6~7mmくらいか。 切った茄子はざるに入れ、しばらく水にさらす。 豚バラ肉を食べやすい大きさに切り、軽く湯にくぐらせる。余分な脂を落とすのと、調理時間短縮のためだ。 熱したフライパンにサラダ脂を少量入れ、豚肉を少し焦げ目が付くぐらいまで炒める。 そこに切った茄子を投入、少しくたっとなるくらいまで炒める。 その後、あらかじめ湯で溶かしといた味噌と少量の酒を入れて、具材とよく混ぜ合わせながらしばらく炒める。 ……さっきから炒めてばかりだが、こうするんだからしょうがない。 味噌とよく絡まったら、塩・コショウで味を調える。ここは好みが別れるところだが、俺は薄味が好きなのであまり入れない。 最後に、香り付けのために醤油を数滴垂らして……と。あとは弱火でしばらく放置。味噌が焦げ付かないように注意な。 コンロの火を止め、エプロンを外す。時計を見ると、時間は6:50。いつもならまだメシの時間じゃない。ま、今日は二人だけだし、律儀に守ることもないだろう。 豚肉とナスの味噌炒めを皿に移し、サラダと一緒にテーブルに乗せて、俺はリビングを出た。 階段を上がり、桐乃の部屋の前まで移動して、ドアをノックする。 「メシ出来たぞー」 返事が無いが、まあいい。 俺は溜息を吐いて、その場を去った。 141 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:21:44.91 ID:d0RfmdU0o [6/8] ーーーーーーーーーーーー 自分用のご飯と味噌汁をテーブルに置き、さあ食べるかと思ったところでリビングの扉が開いた。 桐乃はこちらを一瞥すると、すぐにそっぽを向いてしまった。何がしたいんだ? 「お前も食うか?」 「……うん」 桐乃はしばらく黙っていたが、頬を赤らめながらこちらを見て、小さな声でそう言った。 俺は席を立ち、桐乃の分のご飯と味噌汁を用意する。 いつもの位置に座り、二人揃って箸を持つ。 「「いただきます」」 俺はまず味噌汁に手を掛けた。 だしの味もしっかりしてるし、玉葱もいい感じにクタクタだ。俺一人だけなら、玉葱をごま油で軽く炒めてから味噌汁に入れるんだけどな。 ただ、そうすると香ばしさは出るんだが、油分が多くなる。天下の読者モデル様がいるんだから、油の多用は控えた方がいいだろう。 桐乃も味噌汁を飲んでいた。汁を飲み、玉葱を食べる。よく見てないとわからないレベルだが、どうやら少し驚いているようだ。 「どうだ?」 「へ?」 「美味いか、って聞いてるんだよ」 「え……あ、えと……。ま、まあ!悪くないじゃん!」 桐乃は頬を赤らめながら、感想を述べた。褒め言葉として受け取っておこう。 次はサラダだな。ボウルから好みの量を小皿に移し変え、そのまま野菜をつまむ。 野菜の歯応えが心地よく、塩で味は調っており、ごま油の香りが鼻を抜ける。うん、我ながらいい出来だ。 桐乃はそれを見て、俺と同じように食べ始めた。口に入れて数秒後、今度はわかりやすい表情で驚きを示した。 「これ、何のドレッシング?」 「いや、ドレッシングは使ってねえよ。ごま油と塩だけだ」 「へぇ~」 油を使っているので、これはダメ出しされるかと思ったが……どうやら妹様もお気に召したようだ。 最後はメインのアイツ、豚肉とナスの味噌炒めだ。 これも小皿に移し変えて食べる。う~ん、もうちょっとコショウが利いてても良かったかもな。これはこれで美味いんだけど。 さて、桐乃の反応は……? おし、表情を見る限りでは悪くないな。 「これ、味噌使ってるよね?」 「おう」 「味噌汁もあるのに味噌使うとか、ネタ被りもいいトコなんですケド」 「うっ……」 ご、ごもっともです……。 自分の好きなモンを作ったから考えてなかったが、言われてみれば確かにそうだな。 はぁ、次からは気をつけよう。次がいつになるかはわからないけどな。 俺が桐乃に凹まされていると、リビングの扉が開き、見知った姿が現れた。 142 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/03/29(火) 12:22:12.67 ID:d0RfmdU0o [7/8] 「ただいま~」 「あれ?お母さん、もう帰ってこれたの?」 「ええ。お父さんに、『俺はいいから、早く帰りなさい』って言われちゃってねぇ~。まあ、動けないわけじゃないんだし、後は看護師さんに任せてきたわ」 スーパーの袋を提げて帰ってきたお袋は、少し呆れた感じでそう言った。 親父も、いきなりのことで俺たちを心配して言ったのかね。今は自分の心配しとけっての。 買ってきたものを冷蔵庫に入れようと動き出した……ところで、お袋はテーブルの料理に気付いたようだ。 「あら、晩御飯作ったのね」 そう言って、サラダをひとつまみ。お袋、行儀が悪いぞ。 「へぇ、なかなか美味しいじゃない。今度から桐乃に作ってもらおうかしら」 「え?あ、あの……それは……」 「何言ってんだよ。それ作ったの、俺だぞ?」 「え!?」 俺の言葉を聞いたお袋は、それはもうわかりやすすぎるくらい驚いてくれた。桐乃といい、ウチの女どもは失礼なのばっかだな。 「あんた、料理なんて出来たの?」 「多少はな。サラダくらい、別に難しくないだろ」 「へぇ~。じゃあ、こっちの炒め物は桐乃が作ったんだ?」 「それも俺だ」 「え!?」 お袋、わかりやすいリアクションをありがとう。だが、そろそろ控えてくれると嬉しい。 地味に傷付くからね、それ。 「じゃ、じゃあ!味噌汁ね!味噌汁は桐乃が作ったのよね!!」 「え……と……」 「それも俺」 「…………」 へんじがない。ただのおふくろのようだ。 しばらく呆然としていたお袋だが、意識が回復した途端、こう言いやがった。 「あんた、本当に京介?」 「親娘揃って失礼だな!?」 もうヤダこの家!田村さん家の子になりたい……。 ーーーーーーーーーーーー それから二日が経ち、親父は家に帰ってきた。 とりあえず大丈夫なようだが、医者からは酒を控えるように言われたらしい。へへっ、ざまぁみやがれ。お大事にな。 お袋も入院初日しか病院には行かず、その後俺がキッチンに立つことはなかった。 家族四人で過ごす、いままでとなんら変わらない日常がまた訪れ、高坂家は至って平穏である。 ただ、一つだけ変わったことがある。 俺が晩飯を作った次の日から、桐乃がキッチンに立ってお袋を手伝い始めたことだ。 どういう心境の変化だろうね。 そんな桐乃に俺が苦しめられる事件が起こるわけだが、それはまた別の話だ。 おわり

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