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「無題:9スレ目552」(2011/04/19 (火) 22:42:01) の最新版変更点
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「ハア…」
さっきから耳に響いている『ザーザー』って音を聞いていたら、自然と溜息が出てしまう。
夕立にしては長い雨が降り注ぐ中、俺はひたすら家路に向かって歩いていた。右手には傘をさし、左手には某ゲーム専門店の名前が入った袋をぶら下げて。
そう。俺はいつもの通り、桐乃のヤツに妹ゲーを買いに行かされていたのだ。
なんでもこのゲーム、シスカリの最新作且つ、ゲストキャラクターにメルル等の様々な他作品妹キャラが参戦しているらしい。
どこのスマ○ラだ!と突っ込みたくもなるのだが……つまり、桐乃にとっては夢のような代物なのである。
おそらく内容的にもかなり賛否両論の作品になると思うのだが、とりあえず桐乃同様、俺にとってもメルル参戦は嬉しいことだった。
だってそれで全年齢対象になったおかげで、わざわざアキバのショップに行かなくてもこうして手に入れることが出来たんだからな。
まあ…そうは言っても3軒ハシゴしてようやく手に入れたんだけどね………。
『断ればいいだろ』と言うヤツもいるかもしれんが、悲しいことに俺は「カリビアン――」という言葉にゃ逆らえねーんだよ。
そして俺に更なる追い討ちをかけたのがこの天気。俺が店を出て帰ろうとした途端、急に振りだしやがった。
今日の天気予報にはこんな突然の降雨の情報は一切なかったはずだぞ?俺のカバンにたまたま傘が入れっぱなしだったから助かったようなものの…。
ったくアイツ、俺をこんな目に遭わせてやがって!これで労いの言葉一つなかったらさすがにグレてやるからな!
…と、こんな感じで、俺が自らの境遇を嘆いていた時だった。
鳴り止まぬ『ザーザー』に混じって、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「高坂く~ん!!!」
声のする方を見てみると………道路を挟んで反対側に、声の主・黒猫の妹の日向がいた。なにやら俺を見つけて嬉しそうに手招きしている。
こいつがいるのは某大型デパートの入り口の屋根の下。
そうか。改めてよくよく考えてみると、こっから黒猫の家まではそんなに遠くないな。
この状況から考えて、呼び止められた用件はだいたい予想できるが…もちろん、断る理由もない。
「今そっち行くからちょっと待ってろ!」
雨音に負けないように叫び返して、俺は歩行者信号が青になるのを待ってから日向がいる方に小走りで向かった。
「会えてよかったぁ~!今あたし傘持ってなくてさ、帰れなくて困ってたんだよね~!お願い、家まで傘に入れてって!」
「やっぱりな……そんなことだろうと思ったぜ。ほら、早く入れよ。」
「さんきゅ~高坂くん!助かったぁ~…」
そう言って日向は俺の隣に寄り、空いた傘のスペースに丁度よくおさまった。これならどっちかが傘の外に追いやられる心配はなさそうだ。
それにしても、やはりこいつも雨宿り難民だったか…。確かに、今日の雨は予測困難だしな。俺が傘持ってたのも偶然だし。
まあ少しの間かもしれないが、話し相手が出来たからよしとするか。
黒猫と付き合い始めてから、自然と日向・珠希と交流する機会も多くなった気がする。
現にこの間五更家で夕飯をご馳走になった時も、黒猫が料理してる間は、俺は珠希に本を読み聞かせたり日向に勉強教えてやったりして過ごしていた。
自分で言うのは変かもしれないけど、俺はわりとこいつらとも上手くやっていけてると思っている。少なくとも…嫌われてはいないと思うぞ?
そして同じ妹なのに、二人とも桐乃とは全然印象が違う。
珠希は年齢に見合った純真さの持ち主だ。何か頼まれたり甘えられたりすると、俺はつい言うことを聞いてしまう。
いや、別にロリコンだからとかじゃなくてだね…。
んでもって日向は………
「なんかさ~、こうやって相合傘してるなんて…あたし達って恋人同士みたいじゃない?
どうしよ~!友達とかに見られてウワサになっちゃったりして~!」
「なっ!?なに言ってんだよお前は!?」
「冗談冗談!そんな顔しないでよ!高坂くんの彼女はルリ姉でしょ?わかってるってば~」
「リアクションに困る冗談をかますな!」
…そう、日向はこんな感じ。“マセガキ”という称号がよく似合う、かなり活発な女の子だ。
本人に心の底からの悪意がないのはわかっているが、悪戯心満載のこいつには俺もたまにドキッとさせられる。
「ねえねえ。最近ルリ姉とはどうなの?上手くいってる?やっぱりラブラブ?」
「べ、別に、普通だけど…。」
「ええ~!まだ付き合いたてなのに、もう『普通』なの~!?じゃあさ…キスは?ねえ、ルリ姉とキスした?」
「し、してねーよ…」
「うっそだぁ~!だってあたし昨日見たよ?高坂くんがウチから帰る時、別れ際に二人がキスしてるとこ!」
「なに!?お前、どっから見てたんだよ!?」
「…あ、ホントにしてたんだ。わざわざ隠さなくてもいいのに~!ラブラブゥ~♪」
「なっ!?こ、このやろっ………」
…また見事にやられちまった。
なんというか…こいつはこんな感じで自分のペースに持っていくのが上手なヤツだ。
小学生女子相手に翻弄されている俺の気持ち、誰かわかってくれるヤツいるんだろうか?
とにかく、このまま日向ペースで話し続けたら、これ以上何を喋らされるかわかったもんじゃねえ。
早いトコこの話題を切り上げなければ…。
「キスって最初はどっちから仕掛けたの?やっぱ高坂くん?それとも…まさかルリ姉ぇ!?」
「お、俺の話はもういい!と、ところで……お前、あそこで何してたんだ?」
「え!?あ、あたし!?」
我ながら無難な話題を振ったと思ったんだが、日向は珍しく若干動揺している様子だ。なんつーか、ちょっと恥ずかしそうっていうの?
そう言えば今日の日向はやけにオシャレしているような気がする。こりゃ、もしかすると………
「いやっ、あたしはっ別に…か、買い物に行っただけだよ!?」
「その格好して一人で買い物ねえ………」
「そ、そうだよ?買い物に行ったんだよ!」
「ふーん…」
俺がわざとらしく疑いの目を向けると、日向は俺からサッと視線を逸らした。
ふっ。マセてると言っても所詮は小学生だな。嘘をついてるのがすぐにわかるぜ。
まっ、こいつならボーイフレンドの一人や二人いてもおかしくなさそうだが…アテが外れてても困るしな。
何より大人気ないから、小学生いじりはこのへんにしておくか。
「…まあいいや。話は変わるが、今日は姉ちゃんはバイトの日だよな?なぁ、アイツって今日いつ頃帰って………」
「そ、そういう高坂くんこそ!こんな雨の日にどこ行ってきたの?」
「…え!?お、俺!?」
さあ、今度は俺が焦る番みたいだな。
人がせっかく話を変えようとしてやったのに!しかもカウンター仕掛けてきやがった!!
「いやっ、俺はだな…ちょ、ちょっと買い物に………」
「…あれ?それ何の袋?なんか買ったの?見せて見せて!」
「あっ!?おい!!やめっ………」
俺がそれっぽい言い訳を必死でひねり出していたその時だった。
日向は突然俺の方へ手を伸ばすと、桐乃の夢と希望が詰まった袋をすごい速度でひったくった。
そして俺が奪い返す間もなく、日向は袋の開け口にあるテープを器用に剥がして、その中身――『真妹大殲 シスカリプスEX』を取り出した。
美少女(しかも全員妹属性の幼女)が集結したピンク色のパッケージのそのソフトは、明らかに俺が持っていては不都合なブツである。
無論、彼女の身内に見られていい品では絶対にない。
「いやっ!?これは、違っ………」
「へえ。高坂くんって、こういうの好きなんだ~!なんか意外~♪」
「ま、待て!あのな、これは俺のじゃなくて…」
「大丈夫大丈夫!こう見えて、あたし口固いんだから!みんなには内緒にしておいてあげるって!」
「あ、ああ…」
うーん…ホントに俺は無実なんだがなぁ………。
日向は俺の弱みを握って、明らかに『してやったり』という表情をしている。まあ要するにいつものマセ顔ってわけ。
これじゃ完全にさっきと立場が逆転しちまった模様だ。
…でも、日向が黙っててくれるのは不幸中の幸いかもしれんな。桐乃の趣味を説明するはまだ早すぎる気がするし…。
俺が変な誤解されたままっていうのはかなり納得いかんが、後でなんとか……………
「あ、でもぉ~、あたし最近糖分足りてない気がするんだよね~。なんか甘いモノ食べないと、後で口滑らしちゃうかも!?
うっかりお母さんとかに言っちゃったらヤバいな~」
…って、なんだと!?
「あーあ、あたし、ポッキーが食べたいな~」
「お、お前なぁ…俺を脅迫する気か!?」
「脅迫なんてしてないよぉ~。あたしはただ『ポッキー食べたい』って言っただけだよ?」
もういいよ!そのニヤニヤした顔を見ただけで、お前が言いたいことは十分伝わったよ!
この段階で『ルリ姉の彼氏が妹ゲー買ってたんだよぉ~』とか親に言われたら、さすがに取り返しがつかねーだろ!!
いや、どの段階で言えば丸くおさまるのかもわからんが………とにかく絶対ダメだ!!!
「見て見て高坂くん!そこにコンビニがあるよ?」
「………。」
こうなってしまった以上、もはや俺に他の選択肢は残されていなかった…。
☆☆☆☆☆
「ありがとうございました、またおこしくださいませ~」
「…満足か?」
「うん、満足満足。ありがとね!さすが、高坂くんは優しいなぁ~!あのルリ姉がホレちゃったのも、なんかわかるかも~!」
「へーへー…そうかいそうかい……………」
結局俺はポッキーだけでなく、ガムやらポテチやら、その他のお菓子も色々買わされてしまった。
今月は小遣いにそこまで余裕なかったってのに…思わぬ出費をくらっちまったぜ………。
しかもお前、『糖分が足りない』って言ってなかったか!?なのに何でポテチ買わせたんだよ!!
…なんて心の中で一人虚しくツッコむ俺をよそに、日向はのん気に買ったばかりの板チョコをつまんでいる。
その様子を見ていたら、思わずこんな質問もしてみたくなるってもんだ。
「ったく………お前は俺を何だと思ってんだ?」
「え?あたしの中での高坂くんのポジションってこと?そうだな~、高坂くんはぁ~…」
…おいおい、そんなに迷うことか?それとも…俺には直接言えないようなモンだと思ってるのか?
こっちは軽い気持ちで訊いたのに、こんな風に予想以上に考え込まれるなんて何か変な感じだ。
しかも、そこそこ間が空いたわりに日向の答えは至って超シンプルなもので………。
「高坂くんは、『ルリ姉の彼氏』でしょ?」
「え!?そ、それだけ?」
「それだけ?って……コレって、結構重要な役割だと思うよ?
だってほら、厨二病…だっけ?ルリ姉ってとにかくあんな感じでしょ?あれとフツーに付き合っていられる男の人って、絶対高坂くんぐらいだって!
ルリ姉は高坂くん逃したら一生お嫁に行けないかもしれないんだから!」
「は、はあ…」
黒猫…。お前、妹に結婚の心配されてんぞ………。
「ってことはだな…要するにお前は、俺のことを『すげえ物好き』みたいに思ってるのか?」
「うーん……まっ、そうとも言うかな?…あっ、でもそれだけじゃないよ?あたしにとっての高坂くんはねぇ………」
少し脱力してしまった俺を見たからなのか、慌てて日向が何か付け加えようとしたその時だった。
ゴロゴロゴロゴロ…ドーン!!!!!
「ん?」
「きゃあっ」
「!?」
突然、どこかに少し大きめの雷が落ちた。
音を聞く限り遠くの方だとは思うが、外で響く雷鳴はなかなかの迫力がある。
…とは言っても、俺みたいな高校生男子ともなると、これくらいじゃいちいちビビったりはしねえ。
俺がビックリしたのは………雷と同時に、急に抱きついてきた日向に対して、だ。
心なしか、こいつちょっと震えてるような…?
雨で少し冷えてしまっていた俺の足に、女の子特有の柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
そして俺は、気がつくと自分でもよくわからないうちに、日向の頭にそっと手を置いていた。
「ひ、日向…?大丈夫か?」
「えへへ…ちょっとびっくりしちゃった………」
話しかけられるまでずっと俺の身体に顔をうずめていた日向は、照れた様子で顔を上げながら答える。
その様子は不覚にも………ちょっと可愛かったかもしれない。
「…なんか意外だよ。お前でも雷怖がったりすることあるんだな?」
「あ、あたしだって女の子なんだよ?もうっ、高坂くんって乙女心全然わかってないんだから!!」
俺の無神経さはついに小学生をも憤慨させちまったらしい。まあ、憤慨っつーか呆れられてたような気もするけど。
そして日向は、少し恥ずかしそうにしながらこう続けた。
「で、でもね………普通にこういうこと出来るのが、あたしの中でのもう一つの高坂くんのポジションかな?」
「…はい?」
こ、これが俺のもう一個のポジション?
「なあ…『鈍感で女の子の気持ちがわからない男』ってのが、お前の中での俺のポジションなのか?」
「違うよ!高坂くんってどうしてそんなに鈍いの!?高坂くんは………あたしと珠希の『優しくて頼れるお兄ちゃん』って意味!!」
…え?こいつ、今なんて……………?
「うーんと………正式には、『優しくて頼れるけどちょっと抜けてるお兄ちゃん』かな?」
「おい!何でわざわざ『ちょっと抜けてる』足したんだよ!?
で、でも……お前、俺のことそんな風に………」
「…実はあたし、もちろんルリ姉も好きだけど……ウチにも優しいお兄ちゃんがいたらいいな~、なんて思ったことあったんだよね。
ほら、ウチって男の人いないでしょ?
そしたら高坂くんが来て…。ルリ姉だけじゃなくて、あたしや珠希とも仲良くしてくれて。
あたし、ちょっと嬉しかったんだ。
珠希も言ってたよ?『おにぃちゃん、やさしくてだいすき!』って。」
「日向………。」
今の日向はマセガキじゃなく、普通のかよわい小学生の女の子だった。
言ってることがからかい目的じゃないのは、鈍い俺でもわかる。
だってこいつのこんな姿は、今まで見たことなかったから。
「二人の邪魔はしないようにするからさ。だからこれからも………ルリ姉ばっかりじゃなくて、ちょっとはあたし達にも構ってね?
その………たまに甘えたりしてもいい?」
「ああ、わかったよ。俺でよかったら、えーっと……い、いつでも甘えてくれていいんだぜ?とにかく、これからもよろしく頼むな。」
こいつが俺のことをそんな風に思ってくれてたなんて…悪い気はしない。っていうか、結構嬉しい。
これからは黒猫だけじゃなく、義妹達へのサービスもちょっと多目にしてやろうかな?
むしろ、日向と珠希も連れてデートに行ったりするのもいいかもしれん。
…っと、そんなことを考えながら、俺は当然のごとくこう思っちまったのさ。
俺の義妹がこんなに可愛いわけが……「それじゃ、早速甘えちゃおっかな?」……………って、なんだって???
決め台詞を途中で打ち切られて消化不良気味、且つ突然の申し出に驚く俺に、日向は速攻でずうずうしく“甘えて”きた。
そのニンマリした顔つきからは、さっき抱きついてきたしおらしい印象は微塵も感じられない。
「実は今ね、珠希が幼稚園のお友達の家で遊んでるんだけど…ルリ姉から、あたしが迎えに行くようにって言われちゃったの~!
でもさぁ……あたし、これから見たいテレビあるんだよね…。
…ってことで高坂くん、あたしを送ったら、今度は珠希を迎えに行ってきてくれない?」
「………はあっ!?」
「ダメ?ちゃんとわかりやすい地図あるし、ここからそんなに遠くないよ?」
「……………。」
「お願いします!“お兄ちゃん”!!!」
「わかったよ!行きゃいいんだろ行きゃあ!!!」
「やりぃ~!やっぱり高坂くんは頼りになるぅ~!」
…これも日向だ。うん。こういうとこもひっくるめて、俺の義妹なんだ………。
これからこいつと長く付き合っていくには、こういうのにも徐々に慣れていかなきゃダメなのかな?
「ほら、そういうことならちょっと急ぐぞ!だって、珠希が待ってるかもしれないんだろ?」
「あ~待ってよ高坂くん!速い!速いって!」
この悪天候の中を再び遠出する覚悟を決めた俺は、ひとまず“第一任務”を果たすために五更家へと足を速めた。
義妹の――日向の手を引きながら。
(終わり)
…ん?なんか忘れてる気がするんだけど………気のせいかな?
(おまけ)
「あ~もう!あのバカ、ゲーム買いにどこまで行ったのよ!!!
…も、もしかして………アイツ、傘持たないで行っちゃったとか!?ったく、傘なしでこの天気なんて帰って来れるわけないでしょ!?
ホントに使えないんだから!!!
しょ、しょうがないわね…結局あたしが迎えに行かなきゃいけないじゃん…。
いや、アイツのためじゃないし!あたしにプレイしてもらえるのを待ってる、妹ちゃん達のためだし!…さてと、何着て行こっかな~♪」
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2011/04/18(月) 21:03:56.70 ID:xdevEnjL0
「ハア…」
さっきから耳に響いている『ザーザー』って音を聞いていたら、自然と溜息が出てしまう。
夕立にしては長い雨が降り注ぐ中、俺はひたすら家路に向かって歩いていた。右手には傘をさし、左手には某ゲーム専門店の名前が入った袋をぶら下げて。
そう。俺はいつもの通り、桐乃のヤツに妹ゲーを買いに行かされていたのだ。
なんでもこのゲーム、シスカリの最新作且つ、ゲストキャラクターにメルル等の様々な他作品妹キャラが参戦しているらしい。
どこのスマ○ラだ!と突っ込みたくもなるのだが……つまり、桐乃にとっては夢のような代物なのである。
おそらく内容的にもかなり賛否両論の作品になると思うのだが、とりあえず桐乃同様、俺にとってもメルル参戦は嬉しいことだった。
だってそれで全年齢対象になったおかげで、わざわざアキバのショップに行かなくてもこうして手に入れることが出来たんだからな。
まあ…そうは言っても3軒ハシゴしてようやく手に入れたんだけどね………。
『断ればいいだろ』と言うヤツもいるかもしれんが、悲しいことに俺は「カリビアン――」という言葉にゃ逆らえねーんだよ。
そして俺に更なる追い討ちをかけたのがこの天気。俺が店を出て帰ろうとした途端、急に振りだしやがった。
今日の天気予報にはこんな突然の降雨の情報は一切なかったはずだぞ?俺のカバンにたまたま傘が入れっぱなしだったから助かったようなものの…。
ったくアイツ、俺をこんな目に遭わせてやがって!これで労いの言葉一つなかったらさすがにグレてやるからな!
…と、こんな感じで、俺が自らの境遇を嘆いていた時だった。
鳴り止まぬ『ザーザー』に混じって、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「高坂く~ん!!!」
声のする方を見てみると………道路を挟んで反対側に、声の主・黒猫の妹の日向がいた。なにやら俺を見つけて嬉しそうに手招きしている。
こいつがいるのは某大型デパートの入り口の屋根の下。
そうか。改めてよくよく考えてみると、こっから黒猫の家まではそんなに遠くないな。
この状況から考えて、呼び止められた用件はだいたい予想できるが…もちろん、断る理由もない。
「今そっち行くからちょっと待ってろ!」
雨音に負けないように叫び返して、俺は歩行者信号が青になるのを待ってから日向がいる方に小走りで向かった。
「会えてよかったぁ~!今あたし傘持ってなくてさ、帰れなくて困ってたんだよね~!お願い、家まで傘に入れてって!」
「やっぱりな……そんなことだろうと思ったぜ。ほら、早く入れよ。」
「さんきゅ~高坂くん!助かったぁ~…」
そう言って日向は俺の隣に寄り、空いた傘のスペースに丁度よくおさまった。これならどっちかが傘の外に追いやられる心配はなさそうだ。
それにしても、やはりこいつも雨宿り難民だったか…。確かに、今日の雨は予測困難だしな。俺が傘持ってたのも偶然だし。
まあ少しの間かもしれないが、話し相手が出来たからよしとするか。
黒猫と付き合い始めてから、自然と日向・珠希と交流する機会も多くなった気がする。
現にこの間五更家で夕飯をご馳走になった時も、黒猫が料理してる間は、俺は珠希に本を読み聞かせたり日向に勉強教えてやったりして過ごしていた。
自分で言うのは変かもしれないけど、俺はわりとこいつらとも上手くやっていけてると思っている。少なくとも…嫌われてはいないと思うぞ?
そして同じ妹なのに、二人とも桐乃とは全然印象が違う。
珠希は年齢に見合った純真さの持ち主だ。何か頼まれたり甘えられたりすると、俺はつい言うことを聞いてしまう。
いや、別にロリコンだからとかじゃなくてだね…。
んでもって日向は………
「なんかさ~、こうやって相合傘してるなんて…あたし達って恋人同士みたいじゃない?
どうしよ~!友達とかに見られてウワサになっちゃったりして~!」
「なっ!?なに言ってんだよお前は!?」
「冗談冗談!そんな顔しないでよ!高坂くんの彼女はルリ姉でしょ?わかってるってば~」
「リアクションに困る冗談をかますな!」
…そう、日向はこんな感じ。“マセガキ”という称号がよく似合う、かなり活発な女の子だ。
本人に心の底からの悪意がないのはわかっているが、悪戯心満載のこいつには俺もたまにドキッとさせられる。
「ねえねえ。最近ルリ姉とはどうなの?上手くいってる?やっぱりラブラブ?」
「べ、別に、普通だけど…。」
「ええ~!まだ付き合いたてなのに、もう『普通』なの~!?じゃあさ…キスは?ねえ、ルリ姉とキスした?」
「し、してねーよ…」
「うっそだぁ~!だってあたし昨日見たよ?高坂くんがウチから帰る時、別れ際に二人がキスしてるとこ!」
「なに!?お前、どっから見てたんだよ!?」
「…あ、ホントにしてたんだ。わざわざ隠さなくてもいいのに~!ラブラブゥ~♪」
「なっ!?こ、このやろっ………」
…また見事にやられちまった。
なんというか…こいつはこんな感じで自分のペースに持っていくのが上手なヤツだ。
小学生女子相手に翻弄されている俺の気持ち、誰かわかってくれるヤツいるんだろうか?
とにかく、このまま日向ペースで話し続けたら、これ以上何を喋らされるかわかったもんじゃねえ。
早いトコこの話題を切り上げなければ…。
「キスって最初はどっちから仕掛けたの?やっぱ高坂くん?それとも…まさかルリ姉ぇ!?」
「お、俺の話はもういい!と、ところで……お前、あそこで何してたんだ?」
「え!?あ、あたし!?」
我ながら無難な話題を振ったと思ったんだが、日向は珍しく若干動揺している様子だ。なんつーか、ちょっと恥ずかしそうっていうの?
そう言えば今日の日向はやけにオシャレしているような気がする。こりゃ、もしかすると………
「いやっ、あたしはっ別に…か、買い物に行っただけだよ!?」
「その格好して一人で買い物ねえ………」
「そ、そうだよ?買い物に行ったんだよ!」
「ふーん…」
俺がわざとらしく疑いの目を向けると、日向は俺からサッと視線を逸らした。
ふっ。マセてると言っても所詮は小学生だな。嘘をついてるのがすぐにわかるぜ。
まっ、こいつならボーイフレンドの一人や二人いてもおかしくなさそうだが…アテが外れてても困るしな。
何より大人気ないから、小学生いじりはこのへんにしておくか。
「…まあいいや。話は変わるが、今日は姉ちゃんはバイトの日だよな?なぁ、アイツって今日いつ頃帰って………」
「そ、そういう高坂くんこそ!こんな雨の日にどこ行ってきたの?」
「…え!?お、俺!?」
さあ、今度は俺が焦る番みたいだな。
人がせっかく話を変えようとしてやったのに!しかもカウンター仕掛けてきやがった!!
「いやっ、俺はだな…ちょ、ちょっと買い物に………」
「…あれ?それ何の袋?なんか買ったの?見せて見せて!」
「あっ!?おい!!やめっ………」
俺がそれっぽい言い訳を必死でひねり出していたその時だった。
日向は突然俺の方へ手を伸ばすと、桐乃の夢と希望が詰まった袋をすごい速度でひったくった。
そして俺が奪い返す間もなく、日向は袋の開け口にあるテープを器用に剥がして、その中身――『真妹大殲 シスカリプスEX』を取り出した。
美少女(しかも全員妹属性の幼女)が集結したピンク色のパッケージのそのソフトは、明らかに俺が持っていては不都合なブツである。
無論、彼女の身内に見られていい品では絶対にない。
「いやっ!?これは、違っ………」
「へえ。高坂くんって、こういうの好きなんだ~!なんか意外~♪」
「ま、待て!あのな、これは俺のじゃなくて…」
「大丈夫大丈夫!こう見えて、あたし口固いんだから!みんなには内緒にしておいてあげるって!」
「あ、ああ…」
うーん…ホントに俺は無実なんだがなぁ………。
日向は俺の弱みを握って、明らかに『してやったり』という表情をしている。まあ要するにいつものマセ顔ってわけ。
これじゃ完全にさっきと立場が逆転しちまった模様だ。
…でも、日向が黙っててくれるのは不幸中の幸いかもしれんな。桐乃の趣味を説明するはまだ早すぎる気がするし…。
俺が変な誤解されたままっていうのはかなり納得いかんが、後でなんとか……………
「あ、でもぉ~、あたし最近糖分足りてない気がするんだよね~。なんか甘いモノ食べないと、後で口滑らしちゃうかも!?
うっかりお母さんとかに言っちゃったらヤバいな~」
…って、なんだと!?
「あーあ、あたし、ポッキーが食べたいな~」
「お、お前なぁ…俺を脅迫する気か!?」
「脅迫なんてしてないよぉ~。あたしはただ『ポッキー食べたい』って言っただけだよ?」
もういいよ!そのニヤニヤした顔を見ただけで、お前が言いたいことは十分伝わったよ!
この段階で『ルリ姉の彼氏が妹ゲー買ってたんだよぉ~』とか親に言われたら、さすがに取り返しがつかねーだろ!!
いや、どの段階で言えば丸くおさまるのかもわからんが………とにかく絶対ダメだ!!!
「見て見て高坂くん!そこにコンビニがあるよ?」
「………。」
こうなってしまった以上、もはや俺に他の選択肢は残されていなかった…。
☆☆☆☆☆
「ありがとうございました、またおこしくださいませ~」
「…満足か?」
「うん、満足満足。ありがとね!さすが、高坂くんは優しいなぁ~!あのルリ姉がホレちゃったのも、なんかわかるかも~!」
「へーへー…そうかいそうかい……………」
結局俺はポッキーだけでなく、ガムやらポテチやら、その他のお菓子も色々買わされてしまった。
今月は小遣いにそこまで余裕なかったってのに…思わぬ出費をくらっちまったぜ………。
しかもお前、『糖分が足りない』って言ってなかったか!?なのに何でポテチ買わせたんだよ!!
…なんて心の中で一人虚しくツッコむ俺をよそに、日向はのん気に買ったばかりの板チョコをつまんでいる。
その様子を見ていたら、思わずこんな質問もしてみたくなるってもんだ。
「ったく………お前は俺を何だと思ってんだ?」
「え?あたしの中での高坂くんのポジションってこと?そうだな~、高坂くんはぁ~…」
…おいおい、そんなに迷うことか?それとも…俺には直接言えないようなモンだと思ってるのか?
こっちは軽い気持ちで訊いたのに、こんな風に予想以上に考え込まれるなんて何か変な感じだ。
しかも、そこそこ間が空いたわりに日向の答えは至って超シンプルなもので………。
「高坂くんは、『ルリ姉の彼氏』でしょ?」
「え!?そ、それだけ?」
「それだけ?って……コレって、結構重要な役割だと思うよ?
だってほら、厨二病…だっけ?ルリ姉ってとにかくあんな感じでしょ?あれとフツーに付き合っていられる男の人って、絶対高坂くんぐらいだって!
ルリ姉は高坂くん逃したら一生お嫁に行けないかもしれないんだから!」
「は、はあ…」
黒猫…。お前、妹に結婚の心配されてんぞ………。
「ってことはだな…要するにお前は、俺のことを『すげえ物好き』みたいに思ってるのか?」
「うーん……まっ、そうとも言うかな?…あっ、でもそれだけじゃないよ?あたしにとっての高坂くんはねぇ………」
少し脱力してしまった俺を見たからなのか、慌てて日向が何か付け加えようとしたその時だった。
ゴロゴロゴロゴロ…ドーン!!!!!
「ん?」
「きゃあっ」
「!?」
突然、どこかに少し大きめの雷が落ちた。
音を聞く限り遠くの方だとは思うが、外で響く雷鳴はなかなかの迫力がある。
…とは言っても、俺みたいな高校生男子ともなると、これくらいじゃいちいちビビったりはしねえ。
俺がビックリしたのは………雷と同時に、急に抱きついてきた日向に対して、だ。
心なしか、こいつちょっと震えてるような…?
雨で少し冷えてしまっていた俺の足に、女の子特有の柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
そして俺は、気がつくと自分でもよくわからないうちに、日向の頭にそっと手を置いていた。
「ひ、日向…?大丈夫か?」
「えへへ…ちょっとびっくりしちゃった………」
話しかけられるまでずっと俺の身体に顔をうずめていた日向は、照れた様子で顔を上げながら答える。
その様子は不覚にも………ちょっと可愛かったかもしれない。
「…なんか意外だよ。お前でも雷怖がったりすることあるんだな?」
「あ、あたしだって女の子なんだよ?もうっ、高坂くんって乙女心全然わかってないんだから!!」
俺の無神経さはついに小学生をも憤慨させちまったらしい。まあ、憤慨っつーか呆れられてたような気もするけど。
そして日向は、少し恥ずかしそうにしながらこう続けた。
「で、でもね………普通にこういうこと出来るのが、あたしの中でのもう一つの高坂くんのポジションかな?」
「…はい?」
こ、これが俺のもう一個のポジション?
「なあ…『鈍感で女の子の気持ちがわからない男』ってのが、お前の中での俺のポジションなのか?」
「違うよ!高坂くんってどうしてそんなに鈍いの!?高坂くんは………あたしと珠希の『優しくて頼れるお兄ちゃん』って意味!!」
…え?こいつ、今なんて……………?
「うーんと………正式には、『優しくて頼れるけどちょっと抜けてるお兄ちゃん』かな?」
「おい!何でわざわざ『ちょっと抜けてる』足したんだよ!?
で、でも……お前、俺のことそんな風に………」
「…実はあたし、もちろんルリ姉も好きだけど……ウチにも優しいお兄ちゃんがいたらいいな~、なんて思ったことあったんだよね。
ほら、ウチって男の人いないでしょ?
そしたら高坂くんが来て…。ルリ姉だけじゃなくて、あたしや珠希とも仲良くしてくれて。
あたし、ちょっと嬉しかったんだ。
珠希も言ってたよ?『おにぃちゃん、やさしくてだいすき!』って。」
「日向………。」
今の日向はマセガキじゃなく、普通のかよわい小学生の女の子だった。
言ってることがからかい目的じゃないのは、鈍い俺でもわかる。
だってこいつのこんな姿は、今まで見たことなかったから。
「二人の邪魔はしないようにするからさ。だからこれからも………ルリ姉ばっかりじゃなくて、ちょっとはあたし達にも構ってね?
その………たまに甘えたりしてもいい?」
「ああ、わかったよ。俺でよかったら、えーっと……い、いつでも甘えてくれていいんだぜ?とにかく、これからもよろしく頼むな。」
こいつが俺のことをそんな風に思ってくれてたなんて…悪い気はしない。っていうか、結構嬉しい。
これからは黒猫だけじゃなく、義妹達へのサービスもちょっと多目にしてやろうかな?
むしろ、日向と珠希も連れてデートに行ったりするのもいいかもしれん。
…っと、そんなことを考えながら、俺は当然のごとくこう思っちまったのさ。
俺の義妹がこんなに可愛いわけが……「それじゃ、早速甘えちゃおっかな?」……………って、なんだって???
決め台詞を途中で打ち切られて消化不良気味、且つ突然の申し出に驚く俺に、日向は速攻でずうずうしく“甘えて”きた。
そのニンマリした顔つきからは、さっき抱きついてきたしおらしい印象は微塵も感じられない。
「実は今ね、珠希が幼稚園のお友達の家で遊んでるんだけど…ルリ姉から、あたしが迎えに行くようにって言われちゃったの~!
でもさぁ……あたし、これから見たいテレビあるんだよね…。
…ってことで高坂くん、あたしを送ったら、今度は珠希を迎えに行ってきてくれない?」
「………はあっ!?」
「ダメ?ちゃんとわかりやすい地図あるし、ここからそんなに遠くないよ?」
「……………。」
「お願いします!“お兄ちゃん”!!!」
「わかったよ!行きゃいいんだろ行きゃあ!!!」
「やりぃ~!やっぱり高坂くんは頼りになるぅ~!」
…これも日向だ。うん。こういうとこもひっくるめて、俺の義妹なんだ………。
これからこいつと長く付き合っていくには、こういうのにも徐々に慣れていかなきゃダメなのかな?
「ほら、そういうことならちょっと急ぐぞ!だって、珠希が待ってるかもしれないんだろ?」
「あ~待ってよ高坂くん!速い!速いって!」
この悪天候の中を再び遠出する覚悟を決めた俺は、ひとまず“第一任務”を果たすために五更家へと足を速めた。
義妹の――日向の手を引きながら。
(終わり)
…ん?なんか忘れてる気がするんだけど………気のせいかな?
(おまけ)
「あ~もう!あのバカ、ゲーム買いにどこまで行ったのよ!!!
…も、もしかして………アイツ、傘持たないで行っちゃったとか!?ったく、傘なしでこの天気なんて帰って来れるわけないでしょ!?
ホントに使えないんだから!!!
しょ、しょうがないわね…結局あたしが迎えに行かなきゃいけないじゃん…。
いや、アイツのためじゃないし!あたしにプレイしてもらえるのを待ってる、妹ちゃん達のためだし!…さてと、何着て行こっかな~♪」