無題:9スレ目853

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853 :◆lI.F30NTlM [sage saga]:2011/05/03(火) 02:00:16.71 ID:NFJMqSAYo 皆さんこんにちは! 赤城瀬菜、15歳。花の高校一年生です。 今日は、あたしの語りでお話を進めていこうと思うのでよろしくお願いします。 平日の朝。あたしは姿見の前で自分の服装をチェック中です。 制服じゃないですよ。私服です。 なんで平日なのに制服じゃないかって? ふっふっふ、それはですね……今日は創立記念日でお休みなんです! と言うわけで、あたしは朝から出掛ける準備をしているんですよ。 あたしの格好ですか? 今日はちょっと涼しげな格好ですよ。もう夏も終わりなのに、気温はまだまだ高いって予報でも言ってましたしね。 前面に大きく「99」とプリントされた淡いピンクのTシャツ。カーキのチノパン。頭には白のキャスケット。 うん。ラフだけど、だらしなさは感じられない。これでいいかな。 持ち物のチェックも終わってるし……、あ、肌寒くなるといけないからカーディガンもバッグに入れておこう。 さて、これで準備万端。時間もちょうどいい頃合いだし、出掛けますかね。 玄関でお気に入りのスニーカーを穿いていると、リビングからお兄ちゃんが出てきました。 一応説明しておきますね。お兄ちゃんの名前は赤城浩平、18歳。あたしと同じ学校に通う高校三年生。 あたしに対して過保護すぎる面もあるけど、いいお兄ちゃんですよ。 最近は、ある人とのカップリングで、あたしの妄想の餌食になってますけど。ふふふ……フヒヒww。 あ! 言っておきますけど、お兄ちゃんはシスコンだけど、あたしはブラコンじゃないですからね。いや、本当ですって!? 「お兄ちゃん、おはよ。お休みだからってだらけ過ぎじゃない?」 「おお、瀬菜ちゃん。おはよう。あれ? 出掛けるのか」 お兄ちゃんはあたしの忠告を聞き流して、質問を返してきました。受験生なのに、こんなんで大丈夫かな? 「うん。ちょっと友達とね」 「へぇ~。お、男か?」 「違う違う、女の子だよ。じゃ、いってきま~す」 「おう、気をつけてな」 まったく……。一緒に出掛ける相手を真っ先に気にするなんて、相変わらずだなぁ。 でも、ゴメンね。お兄ちゃん。あたし、ウソ吐いちゃった。 本当は、一緒に出掛ける相手って男の人なんだ。 でも、そう言ったら反対するなり付いて来るなりしちゃうから仕方ないんだもん。 あたしは少しだけ罪悪感を感じながらも、意気揚々と家を出ました。 ーーーーーーーーーーーー 時刻は09:50。待ち合わせの時間は10:00なので、まだ十分も余裕があります。 けれど、あたしの待ち人はもう約束した場所についていました。何時に着いたんだろう? でも、時間を守れるって良い事だと思います。あたし的にはポイント高いです。 あ、そうだ! ちょっとおどかしてみようかな。背後に回って、そっと、そぉ~っと近付いて……うりゃっ! 「おわっ!?」 「ふふっ。だ~れだ?」 驚いてる驚いてる♪ 作戦成功! あたしは後ろから、彼の目を両手で覆ってます。でもこれ、ちょっと恥ずかしいですね。 あたしも163cmあるから、女子にしては背の高い方だと思うんですけど、彼は170cm以上あるので、自然と体が密着しちゃいますから。 背中おっきいなぁ。やっぱり男の人だなぁ。普段はそういうことを感じないからか、ちょっとドキドキしてる。 最初は驚いていた彼も、すぐに落ち着きを取り戻して、あっさり回答してきました。 「瀬菜だろ」 「正解です。やっぱ、わかっちゃいますか」 すぐに正解されたので、あたしは両手を離しました。 視界が戻った彼はあたしの方に振り向き、ちょっと困ったような感じで笑顔を浮かべてます。 そうですね。困ってるというより、しょうがないなぁって感じと言った方がわかりやすいかな? なんだろ? お転婆な妹に向ける表情、って感じかな? 「それにしても早いですね、高坂せんぱい」 「それは瀬菜も同じだろ。まだ十分前だぞ」 「そういう高坂せんぱいは、いつからここにいたんですか?」 「五分前くらいかな。だからそんなに待ってないよ」 と言うことは、せんぱいは約束の十五分前にはここに着いてたんだ。五分だけとはいえ、ちょっと待たせちゃったな。 今度はもう少し早く来ようとあたしが思っていると、高坂せんぱいのお説教が始まりました。 「それはともかく。さっきみたいなことは感心しないな、瀬菜」 「なんでですか?」 「お前、恥ずかしくないのか? 俺は少し恥ずかしかったぞ。やるのはいいけど、もう少し人目を気にしろ」 「気をつけま~す。でも、せんぱい。恥ずかしかったのは、人目があったからだけですか~?」 あたしは「意地の悪そうな笑み」を意識しながら、高坂せんぱいに聞き返してみました。 せんぱいは「は?」って感じの表情を浮かべてます。 確かに、人目があったからっていうのも理由の一つだと思いますけど、せんぱいが恥ずかしかったのはそれだけじゃないと思うんですよね。 あたしは自分の胸を両手で持ち上げながら、せんぱいに詰め寄りました。 「あたしの"コレ"が、背中に当たってからじゃないんですか~?」 「ばっ、バカ! そんなはしたないマネをするんじゃない!」 ふっふ~、焦ってますね~。これは当たりかな。 なんとか動揺を隠そうとしてますけど、無駄ですよせんぱい。あたし、桐乃ちゃんから聞いてるんですから。 せんぱいのベッドの下にある本に載ってる女の子達、おっぱいの大きい娘が多いらしいですね。 おまけに漏れなく眼鏡をかけてるとか。 つまり、胸もおっきくて眼鏡っ娘のあたしは、せんぱいの好みにがっちりマッチ! してるんですよね? あ、顔赤い。ふふっ、かわいいなぁ~。もっといじめたくなっちゃうなぁ。 「ほら~、どうなんですか? 素直に白状した方がいいですよ、せ・ん・ぱ・い♪」 「……ま、まあ。それもある……かな……」 往生際が悪いですね。どうせあたしが目隠ししてる間、頭の中では「おっぱいおっぱい」なんて考えてたクセに。 ま、これ以上はかわいそうだし、あたしも恥ずかしいし、このぐらいにしておこうかな。 「はいはい、そういうことでいいですよ。素直じゃないですね~」 「う、うるせえよ。ったく、恥ずかしくないのかよ」 「もちろん恥ずかしいですよ。でも、せんぱいがかわいい反応してくれるから、つい悪乗りしちゃうんです」 「年上の男に向かって『かわいい』とか言うな」 照れ隠しのつもりだと思うんですけど、せんぱいはあたしの頭を軽く叩いてきました。 あ、でも全然痛くないですよ。アレです。スキンシップの一つって感じです。 さて、せんぱいをからかっていたら約束の時間になっちゃいました。でも、あたし達が乗る電車の時間にはまだ早いな。 「せんぱい。まだ時間もあるから、飲み物買ってきてもいいですか?」 「それなら俺も行くよ。さっきので一気に喉が渇いちまった」 「せんぱいって、エロゲーマーなのに初心ですね」 「ほっとけや」 ーーーーーーーーーーーー 時間はちょっとだけ過ぎて、あたしたちは今、電車の中にいます。 電車の中は空いていて、座席もちらほら空いてました。なので、あたし達は二人並んで座席に座ってます。 今日の目的地はちょっと遠いので、これはありがたいですね。 「さて、こっからが少し長いな」 「そうですね。東京を跨いじゃいますからね。でも、車で行くよりはいいじゃないですか。負担も少ないですし」 「そりゃそうだな。俺達はどっちも免許は持ってないけど」 「免許取ったら、どこか連れてってくださいね、せんぱい」 「へいへい」 む、そんなにメンドくさそうな返事をしなくてもいいじゃないですか。傷付くなぁ。 でも、最近わかってきたんですけど、こういうときのせんぱいってメンドくさそうですけど、決して嫌なわけじゃないんですよね。 来年の夏頃なら取ってると思うし、海とか連れてってもらおうかな。五更さんや真壁せんぱいも一緒に。 でも……。その頃には、せんぱいはもう卒業してるんですよね。 と言うか、あと半年ぐらいで卒業かぁ。さみしいなぁ。 部長はどうするんだろ? 何回も留年してるって言ってたし、いい加減卒業しないのかな? 「そう言や、今日のことは赤城に言ってあったりするのか?」 「へ?」 あたしがちょっとセンチメンタルになっていると、高坂せんぱいが話し掛けてきました。 この人はさみしくないのかな? 「どうかしたか?」 「あ、いえ。なんでもないですよ。はは……」 「ふぅん、そっか。で、兄貴には言ってあるのか?」 「まさか。そんなことしたら、お兄ちゃん付いて来ちゃいますよ」 「それもそうだな」 高坂せんぱいはあたしの言葉に納得して、うんうんと頷いていました。 と言うか、せんぱいの中でもおにいちゃんは「重度のシスコン」という認識なんですね。いったい、どれだけ妹話をせんぱいに振ってるんだろ? 「アイツはそういうヤツだもんな。ましてや、相手が俺なんて言ったら、学校で何をされるかわかったもんじゃねえ」 「一気に気まずくなりますね」 「ああ。まず間違いないだろうな」 「そしてすれ違う二人。けれど、心はお互いを求め、より一層意識し合う。やがて自分の本心に気付いた二人は……フヒヒww」 あ、いいなこのシチュ。 もしそうなったら、和解した後はどんなカップリングになるんだろ? お兄ちゃんが強攻めのせんぱいが弱受け? それとも、空白の期間を埋めるような強攻め×強受け? いや、もしかしたら無理矢理……フヒヒww。 「おい」 「あいたっ!」 あたしが妄想の海に浸っていると、後頭部に強い衝撃を感じました。 駅前のときとは違い、高坂せんぱいが強めにあたしの頭を叩いたようです。 「いい加減にしとけよ。俺とお前の兄貴はそういう関係じゃないって言ってるだろうが」 「む~。いいじゃないですか、妄想なんですから」 「どうせやるなら本人のいないところでしろ」 「じゃ、いないところなら何してもいいんですか?」 「……駄目だ」 「え~。せんぱいのけち」 「ケチじゃない。ったく、お前の行く末が心配だよ……」 もう、またぬか喜びさせるなんて、せんぱいひどい。 でも、さっきの言葉ってなんか……。 「せんぱい。今の言葉、プロポーズみたいでしたね」 「はあっ!? お、おまっ! 何言って……」 「ちょ、ちょっとせんぱい!? 声が大きいです!」 もう! なにをしてるんですか! せんぱいが急に大きな声を出すから、ほかの乗客の皆さんがこっち見てるじゃないですか!? ああもう! 恥ずかしいったらありゃしない! 「もう、人目がどうとか言ってたのに、せんぱいも似たようなモンじゃないですか」 「す、すまん。でもよ、瀬菜がいきなり変なこと言うから……」 「そうですか? だって、『お前の行く末が心配だよ……。こりゃ、俺が一生面倒見てやらねえとな』って続くんじゃなかったんですか?」 「違うからね!? 全然! そんなこと! 考えてなかったからね!」 「だから声が大きいですって、せんぱい!?」 言った傍からまた大声出して!? もう、せんぱいの行く末の方が心配ですよ、あたしは……。 ーーーーーーーーーーーー JR千葉駅を出発して、約一時間半。 一回乗り換えのあと、目的駅に到着し、そこから徒歩で一分。ようやく本日の目的地に到着しました。 テレビで見たことのある日本らしくない大きな門が見え、調味料のような香辛料のような嗅ぎなれない匂いが周囲を漂っています。 「さ、着きましたよ! 本日の目的地!」 「まさか、瀬菜と中華街に来ることになるとは思わなかったよ」 そう。あたしたちの今日の目的地は横浜! 最初に中華街を訪れたのは、もうそろそろお昼ごはんの時間だからです! それにしても、すごい匂いだな。中華街は初めてだけど、こんな匂いがするんだ。 服に匂いが付きそう……。 「まあ、中華街がメインじゃないですけど、そろそろいい時間ですからね。せっかくだからってだけです」 「そうだな。せっかく横浜に来たんだしな。そりゃそうと、瀬菜は結構来るのか?」 「横浜には何度か。でも、中華街は初めてです」 「へぇ~。ちょっと意外かも」 む! せんぱい、なにか失礼なことを考えてませんか? なぜかわからないけど、そんな気がすごくすごくしますよ! それにしても、テンション高いなぁ、あたし。 「言っておきますけど、腐女子だからって、いつでも池袋やアキバに行くわけじゃないんですからね。あたしも女の子なんだから、渋谷とかにも行きますよ」 「そりゃそうか。すまん」 「わかればいいんです。それに、桐乃ちゃんだって渋谷とか行くでしょ? それと同じですよ」 「おお、すげえ納得した」 ふぅ、せんぱいが納得してくれてなによりです。 でも、桐乃ちゃんを例に出した途端納得するってのは、なんか釈然としないなぁ。 「まずはメシか。この店で食べたいみたいな希望とかあるのか?」 「いえ、そこらへんはまったく考えてないです。歩きながらでもいいかなと思ったので」 「んじゃ、適当にぶらついてみるか」 「はい」 大方の方針も決まったところで、あたしは先輩の右腕に、自分の腕を絡めました。 さあ、しゅっぱーつ♪ 「なあ、瀬菜。別に腕を組まなくても良くないか?」 「そうですか? 平日とはいえ、人も多いからいいじゃないですか」 「そりゃそうなんだが、その、なんだ……」 「どうしたんですか? 歯切れが悪いですね」 せんぱい、しどろもどろですね。いえ、いいんですよ。理由はわかってます。 どうせまた、頭の中では「おっぱいおっぱい」とか思ってるんでしょ? 「いや、そのな。当たってるからさ」 「なにが当たってるんですか? はっきり言ってくださいよ」 「その……、お前の……胸が、な」 「ああ、胸ですか。気にしないでください。わざとですから」 「故意かよ!?」 いや~、いい反応するなぁ。これを見るのが楽しくて、ついつい意地悪しちゃうんですよね。 それにしても、せんぱいって本当に初心ですね。 「まあまあ、いいじゃないですか。せんぱいも嬉しいでしょ?」 「お前なぁ……。女の子の発言じゃないぞ、それ。お前の中身って、実はセクハラオヤジなの?」 「む、失礼しちゃいますね。あ、アレですか? セリフが気に入らなかったんですか?」 「は?」 「いや、せんぱいのことだから『当ててんのよ』って言ってほしいのかと」 「なにその無駄な気遣い!? 全然違うからね!」 「はいはい。そういうことにしておきましょうか」 「お前……」 いやいや、本当にいい反応するなぁ。せんぱいって、リアクション芸人の才能があるのかも。 でも、せんぱいも人のこと言えないと思いますけどね。発言が娘を持つお父さんのソレだし。 と言うか、せんぱいって「セクハラ先輩」でしたね。 「ほら、早く行きましょうよ。あたし、おなか空きました」 「へいへい。仰せのままに」 「うむ。良きに計らえ」 「ははっ、なんだそりゃ」 ーーーーーーーーーーーー 「う~ん、お陽さまが気持ちいいですねぇ~」 「ちっと、暑いけどな。ほれ、お茶」 「あ、ありがとうございます」 中華街でランチを食べた後、あたしたちは山下公園に来ました。 膨れたおなかをこならせるのと、ちょっとのんびりする意味合いも込めて。 この山下公園、来たことない人にはわからないと思いますけど、すごく大きいんですよ。 周囲を見渡せば、家族連れやカップル、散歩中のおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいますけど、 さっきの中華街みたいなごみごみした雰囲気はまったくありません。 開放的、って言えばわかりますかね? ベンチで一休みしているあたしのもとに、飲み物を買いに行った高坂せんぱいが戻ってきました。 せんぱいもベンチに座り、自分用に買ってきたペットボトルのお茶の蓋を開けて中身を飲んでます。 「美味しかったですね、さっきのお店の料理。お野菜もシーフードも」 「そうだな。けど、毎日アレだとちょっと困るな」 「ふふっ、そうですね。和食の味に慣れていると、少しキツいですね」 「ああ、たまにならいいけどな。値段も手頃だったし」 さっき食べた料理の感想を話しながら、あたしも買ってきてもらったお茶に口をつけました。 せんぱいの言う通り、今日は少し暑いので、よく冷えたお茶が体に入ってくる感覚が心地いいです。 「さて、これからどうする? マリンタワーにでも行くか?」 「う~ん。それもいいですけど、元町の方に行きませんか?」 「ってえと、元町商店街とかか?」 「はい。えっと、今は元町ショッピングストリートって言うんでしたっけ」 せっかくせんぱいと二人きりなんだから、デートらしいデートをしたいんです、あたし。 あ、だからと言ってマリンタワーがデートに適していないってワケじゃないですよ。あそこも有名なデートスポットですしね。 「なんか買いたいものでもあるのか?」 「いえ、特にないです。ただ、せんぱいと歩いてみたいなぁと思っただけですよ。その、イヤ……ですか?」 「そんなこたねえよ。んじゃ、もう少し休憩してから行ってみっか」 「はい!」 予定も決まったところで、あたしたちはもう一度お茶を飲み、ベンチから離れて山下公園内を少し散策してみました。 食後のお散歩ですね。 ーーーーーーーーーーーー 食休みを終えたあたしたちは、少し歩いて元町商店街にやってきました。 お客さんの高年齢化が進んでるって聞いてましたけど、あたし達みたいなカップルもいましたよ。 「結構人がいますね」 「俺達みたいなヤツらも多いんだろ。あとは大学生とか」 「あ、なるほど」 そう言われると納得ですね。 大学って自分で講義を選択するんでしたっけ? そうなると、平日でも時間が空く人もいますよね。 「ところで瀬菜。この腕組みはまだ続くのな」 「もちろんですよ。せんぱいも嬉しいでしょ?」 「まあ、嬉しいっちゃ嬉しいけど……」 「じゃあ、気にしない気にしない♪ さ、時間には限りがあるんですから早く行きましょう」 「お、おい!」 まだ渋ってるせんぱいを無視して、あたしは腕を組んだまませんぱいを引っ張って歩き始めました。 ここって、服とか靴以外にも色んなお店があるんですね。 装飾品や雑貨、家具。レストランやカフェもあるし、美容室や医薬品を売ってるお店もあるんだぁ。 あ! あれって人力車!? でも、なんで人力車があるんだろ? 「せんぱい、人力車がありますよ」 「ん? ああ、そうだな。何でこんなところにあるんだろ?」 「……せんぱい、何見てたんですか?」 「いや、なんでもねえ」 せんぱいの様子がおかしい……。 まさか、エッチなお店でもあったのかな? もう、ホントにセクハラ先輩ですね。 どれどれ、先輩はあっちの方を見てたから……、 「せんぱい、メガネ屋さんが気になるんですか?」 「い、いや、そんなことはないぞ」 桐乃ちゃんの言う通り、せんぱいってとんでもなくメガネフェチなんですね。 でも、なんでこんなにどもってるんだろ? 別にメガネ屋さんに行きたいなら言ってくれればいいのに。 もう、しょうがないなぁ。 「ほら、せんぱい。あそこ行ってみましょう」 「へ? いや、いいって。俺は別に……」 「あたしが行ってみたいんですよ。ほら、四の五の言わない!」 「お、おい瀬菜!」 「いらっしゃいませー」 せんぱいを引っ張りながら、あたし達はお店の中に入りました。店内は広くて、内装もオシャレな感じでした。 展示されてるフレームを見ると、どうもブランド品を数多く扱っているみたいですね。 「せっかくここまで来たんですから、せんぱいも自分用のフレームを選んでみたらどうですか?」 「いや、俺は別に目は悪くないし……」 「最近はオシャレとして、伊達眼鏡を掛ける人も多いですから。気にしなくていいですよ」 「いや、でも……」 ああもう! 歯切れが悪いなぁ! せんぱいの悪いところは優柔不断なところですね、まったく。 あたしは未だに抵抗を続けるせんぱいの背中を、思い切り引っ叩いてやりました。 店内にバチンッ! と音が響いてます。 「いった! おい、いきなり何しやがる!」 「せんぱいがいつまでもウジウジしてるからですよ~だ。ほら、試しに選んでみてください。あたしはあたしで見て回りますから」 あたしはせんぱいをほっぽり出して、展示されているフレームを見て回ることにしました。 さすがのせんぱいも、これだけ言えば自分から動いてくれると思います。 一人だけで帰っちゃうような人じゃないですしね。 店内の散策を始めてから数分後、あたしの目に一つのメガネフレームが留まりました。 淡いグリーンのセルフレームです。 普段はアルミやチタンといった細いフレームを愛用しているので、こういう分厚いセルフレームって手に取ったことが少ないんですよね。 色もかわいいし、値段もそんなに高くないし、これいいなぁ。 でも、メガネってレンズ代も上乗せするとバカにならない金額になっちゃうんだよなぁ。 こういうとき、伊達眼鏡の人が羨ましくなったりします。 まあ、コンタクトをつけて、フレームだけ掛けるって手もありますけど、目にものを入れるとかちょっと怖いし。 さて、せんぱいの方はどうなったかな? 「せんぱい。良いのありました?」 「ん? まあ、な」 あたしに発破をかけられたせんぱいは、素直にメガネフレームを見て回っていたようですね。うん、良きかな良きかな。 で、せんぱいの手を見てみると、一つのメガネフレームが握られてました。 「掛けてみてくださいよ。せんぱいのメガネ姿、見てみたいです」 「ん、ちょっと待ってろ」 そう言ってせんぱいは、手に持っていたフレームを掛けてくれました。 どうやらシルバーカラーのチタンフレームですね。レンズ部分は細身の台形。 テンプル付近のレンズ部分が、台形の下の部分になってます。 「どうだ?」 「う~ん。悪くはないですよ。『鬼畜眼鏡』の主人公みたいで」 「なんだそりゃ?」 「知らないんですか!? あの有名なアダルトホモゲーを!」 「わかった。そのゲームについてはここで喋るなよ。絶対喋るなよ」 おっといけない。自分の性癖をまた大声で叫ぶところでした。ふぅ、自重自重。 深呼吸をして自身の中の欲望を落ち着け、改めてせんぱいの眼鏡姿を鑑賞しました。 う~ん、やっぱりなぁ。 「せんぱいって、何気に目つきが悪いから、そういう細身のフレームを付けると印象がキツくなっちゃうんですよね」 「……さりげなく人を傷付けるなよ」 「あ、すいません。でも、キツくなるのは事実ですよ。だから……こういう方がいいと思います」 あたしは手近にあった黒のセルフレームを手に取り、先輩に掛けさせてみました。 さっきのフレームと違って、レンズ部分が大きいものです。 「うん。やっぱり、こういうレンズが大きいものの方が良いと思いますよ。あ、あたしはさっきのも好きですけど」 「そうか。もしメガネを掛けることがあっても、お前の前ではさっきのようなヤツは絶対掛けないようにする」 「え~、そんなぁ~」 「当然だろ。いきなり『鬼畜眼鏡』とか言われるこっちの身にもなれっての」 う~、せんぱいのけち。別に掛けてくれてもいいじゃないですかぁ~。 は!? まさか、ああいうキツいメガネを掛けるのは、お兄ちゃんの前でだけと言う意味!? と言うことは、そこでせんぱいの強攻めが……フヒヒww。 「瀬菜、妄想を今すぐやめて涎を拭け」 「え? あ、すいません。また欲望が体の端からにじみ出てしまったみたいで」 「いや、だだ漏れだったぞ。ところで、お前も気に入ったのがあったのか?」 「ありましたよ。これです」 あたしはさっき見つけたフレームを掛けてみました。 ああ、度が入ってないから世界がぼやける……。 「う~、なんにも見えない。で、どうですか?」 「へぇ、結構印象変わるな。うん、可愛いと思う」 「そうですか? えへへ♪」 やった、せんぱいに褒められちゃった。どうしよう。これ、ますます欲しくなっちゃったなぁ。 あたしが元のメガネを掛け直してせんぱいを見ると、せんぱいは一生懸命フレーム選びをしてました。 「なにしてるんですか、せんぱい?」 「ん? いや、ちょっとな。……おお、あったあった」 せんぱいが手に取ったのは、朱色のアルミフレームでした。レンズ部分は逆三角形の釣り目形。 せんぱいはそのフレームを、あたしに差し出してきました。 もう、意図が見え見えですよ。 「せんぱい……」 「えと……その…………スマン」 「はぁ……。いえ、いいですよ」 あたしは溜息を吐きつつも、せんぱいが差し出してきたフレームを手に取り、掛けてみました。 うう、世界がぼやける……。 「どうですか?」 「おお……。良い。すごく良い……」 「なんだか素直に喜べませんね」 「おお! その表情、良いな」 もう、本当にセクハラ先輩ですね。 ーーーーーーーーーーーー 元町ショッピングストリートを堪能したあたし達は、今は港の見える丘公園に来ています。 結局なにも買わず、色んなものを見て回りながら少しお茶をしたくらいですけどね。 この公園はその名の通り、横浜港を一望できる高台にある公園で、眼下には港や横浜ベイブリッジが見えます。 「せんぱい、夕日が綺麗ですね」 「ここは日没から夜にかけての景色が売りらしいからな。ま、こういうところに来ないと、こうやって夕日をまじまじと見ることなんてないだろうけど」 「もう、そういうこと言っちゃダメですよ。ムードぶち壊しじゃないですか」 「う……。す、すまん」 あたしの指摘が応えたのか、せんぱいはしゅんとうな垂れてしまいました。仔犬みたいでかわいいなぁ。 その後はしばらく欄干にもたれ掛かりながら、じっと夕日を見ていました。 どれくらいそうしていたのかな。多分、五分くらいだと思います。あたしはせんぱいの方に身を寄せて、せんぱいの顔を下から覗き込みました。 「瀬菜?」 せんぱいがあたしの顔を見つめて、名前を呼んでくれましたが、それだけです。 せんぱいのニブチン。鈍感。 「せんぱい。夕日、綺麗ですね」 「おう、そうだな」 「とってもいい雰囲気だと思いませんか?」 「ん? そうだな」 これだけ言っても駄目かぁ。 やっぱり、はっきり言わないと伝わらないんだ。 「せんぱい」 「おう」 「キスしてください」 「わかった、キスだな。…………は?」 はっきり言ったら、間抜けな顔で聞き返されてしまったでござるの巻。 遠回しに言っても、はっきり言っても駄目だなんて、せんぱいは意地悪だなぁ。 「だって、デートなんですよ。こんな綺麗な場所で、いい雰囲気なんですよ。当然じゃないですか」 「いや、そうは言うがな。人目もあるし……」 「せんぱい、女の子にここまで言わせておいてなにもしないんですか? あたしに恥をかかせるつもりですか?」 「う……」 「男なら、思い切って来てくださいよ。あたしは『したい』って言ってるんです」 さあ、あたしは言いたいことを全部言いましたよ。どう出るんですか、せんぱい? せんぱいはしばらく悩んでいましたが、やがて……、 「わかった。そこまで言われたら、俺も引き下がれねえよ」 「と言うか、ここまで言われないと覚悟を決められない、って方が正しいと思いますけど」 「お、おい。あんまりいじめるなよ。…………いくぞ」 「はい」 せんぱいはあたしの肩を掴んで、体を自分の方に引き寄せました。 あたしは目を瞑り、せんぱいが来てくれるのを待ちます。 あれだけ言っておいてなんですけど、あたしもすごくドキドキしてます。 視覚を自分で封じたからか、心臓の音がうるさいくらいに聞こえます。ドクン、ドクンって。 ああ、きっと今のあたし、すっごく顔赤いんだろうなぁ。恥ずかしいよぅ。 せんぱいの気配が近付いてくるのがわかる。もうすぐ、あたし……。 ちゅっ♪ 「よ、よし! したぞ」 せんぱいの気配が離れていって、声が聞こえました。 そこで、あたしはようやく目を開けました。さっきまで暗闇の中にいたので、夕日が眩しいです。 せんぱいの顔を見ると、夕日の色でも隠れないほど顔を赤くして、そっぽを向いてました。 その顔を見て、あたしは自然と溜息を吐いてしまいました。 「せんぱいって、ホント意気地なしですね」 「おい!? ちゃんとしたじゃねえか!」 「あれだけ大見得切って、したのはちょっと触れるだけのキス。はっきり言って、期待外れもいいところです」 「ぐ……」 せんぱい、言い返してこないところを見ると、自分でもそう感じてるんですね。 しょうがないなぁ。今回は、これで及第点としておきますよ。 「今日はこれで許してあげます。今度のデートは期待してますからね」 「へ?」 「さ、帰りましょう。これ以上は家に着くのが遅くなっちゃいますから」 「ちょ、おい! 瀬菜!」 まだ何か言いたそうにしているせんぱいの手を引いて、あたしは駅に向かって歩き出しました。 せんぱい。今度は、せんぱいからキスしてきてくださいよね。 おわり
853 :◆lI.F30NTlM [sage saga]:2011/05/03(火) 02:00:16.71 ID:NFJMqSAYo 皆さんこんにちは! 赤城瀬菜、15歳。花の高校一年生です。 今日は、あたしの語りでお話を進めていこうと思うのでよろしくお願いします。 平日の朝。あたしは姿見の前で自分の服装をチェック中です。 制服じゃないですよ。私服です。 なんで平日なのに制服じゃないかって? ふっふっふ、それはですね……今日は創立記念日でお休みなんです! と言うわけで、あたしは朝から出掛ける準備をしているんですよ。 あたしの格好ですか? 今日はちょっと涼しげな格好ですよ。もう夏も終わりなのに、気温はまだまだ高いって予報でも言ってましたしね。 前面に大きく「99」とプリントされた淡いピンクのTシャツ。カーキのチノパン。頭には白のキャスケット。 うん。ラフだけど、だらしなさは感じられない。これでいいかな。 持ち物のチェックも終わってるし……、あ、肌寒くなるといけないからカーディガンもバッグに入れておこう。 さて、これで準備万端。時間もちょうどいい頃合いだし、出掛けますかね。 玄関でお気に入りのスニーカーを穿いていると、リビングからお兄ちゃんが出てきました。 一応説明しておきますね。お兄ちゃんの名前は赤城浩平、18歳。あたしと同じ学校に通う高校三年生。 あたしに対して過保護すぎる面もあるけど、いいお兄ちゃんですよ。 最近は、ある人とのカップリングで、あたしの妄想の餌食になってますけど。ふふふ……フヒヒww。 あ! 言っておきますけど、お兄ちゃんはシスコンだけど、あたしはブラコンじゃないですからね。いや、本当ですって!? 「お兄ちゃん、おはよ。お休みだからってだらけ過ぎじゃない?」 「おお、瀬菜ちゃん。おはよう。あれ? 出掛けるのか」 お兄ちゃんはあたしの忠告を聞き流して、質問を返してきました。受験生なのに、こんなんで大丈夫かな? 「うん。ちょっと友達とね」 「へぇ~。お、男か?」 「違う違う、女の子だよ。じゃ、いってきま~す」 「おう、気をつけてな」 まったく……。一緒に出掛ける相手を真っ先に気にするなんて、相変わらずだなぁ。 でも、ゴメンね。お兄ちゃん。あたし、ウソ吐いちゃった。 本当は、一緒に出掛ける相手って男の人なんだ。 でも、そう言ったら反対するなり付いて来るなりしちゃうから仕方ないんだもん。 あたしは少しだけ罪悪感を感じながらも、意気揚々と家を出ました。 ーーーーーーーーーーーー 時刻は09:50。待ち合わせの時間は10:00なので、まだ十分も余裕があります。 けれど、あたしの待ち人はもう約束した場所についていました。何時に着いたんだろう? でも、時間を守れるって良い事だと思います。あたし的にはポイント高いです。 あ、そうだ! ちょっとおどかしてみようかな。背後に回って、そっと、そぉ~っと近付いて……うりゃっ! 「おわっ!?」 「ふふっ。だ~れだ?」 驚いてる驚いてる♪ 作戦成功! あたしは後ろから、彼の目を両手で覆ってます。でもこれ、ちょっと恥ずかしいですね。 あたしも163cmあるから、女子にしては背の高い方だと思うんですけど、彼は170cm以上あるので、自然と体が密着しちゃいますから。 背中おっきいなぁ。やっぱり男の人だなぁ。普段はそういうことを感じないからか、ちょっとドキドキしてる。 最初は驚いていた彼も、すぐに落ち着きを取り戻して、あっさり回答してきました。 「瀬菜だろ」 「正解です。やっぱ、わかっちゃいますか」 すぐに正解されたので、あたしは両手を離しました。 視界が戻った彼はあたしの方に振り向き、ちょっと困ったような感じで笑顔を浮かべてます。 そうですね。困ってるというより、しょうがないなぁって感じと言った方がわかりやすいかな? なんだろ? お転婆な妹に向ける表情、って感じかな? 「それにしても早いですね、高坂せんぱい」 「それは瀬菜も同じだろ。まだ十分前だぞ」 「そういう高坂せんぱいは、いつからここにいたんですか?」 「五分前くらいかな。だからそんなに待ってないよ」 と言うことは、せんぱいは約束の十五分前にはここに着いてたんだ。五分だけとはいえ、ちょっと待たせちゃったな。 今度はもう少し早く来ようとあたしが思っていると、高坂せんぱいのお説教が始まりました。 「それはともかく。さっきみたいなことは感心しないな、瀬菜」 「なんでですか?」 「お前、恥ずかしくないのか? 俺は少し恥ずかしかったぞ。やるのはいいけど、もう少し人目を気にしろ」 「気をつけま~す。でも、せんぱい。恥ずかしかったのは、人目があったからだけですか~?」 あたしは「意地の悪そうな笑み」を意識しながら、高坂せんぱいに聞き返してみました。 せんぱいは「は?」って感じの表情を浮かべてます。 確かに、人目があったからっていうのも理由の一つだと思いますけど、せんぱいが恥ずかしかったのはそれだけじゃないと思うんですよね。 あたしは自分の胸を両手で持ち上げながら、せんぱいに詰め寄りました。 「あたしの"コレ"が、背中に当たってたからじゃないんですか~?」 「ばっ、バカ! そんなはしたないマネをするんじゃない!」 ふっふ~、焦ってますね~。これは当たりかな。 なんとか動揺を隠そうとしてますけど、無駄ですよせんぱい。あたし、桐乃ちゃんから聞いてるんですから。 せんぱいのベッドの下にある本に載ってる女の子達、おっぱいの大きい娘が多いらしいですね。 おまけに漏れなく眼鏡をかけてるとか。 つまり、胸もおっきくて眼鏡っ娘のあたしは、せんぱいの好みにがっちりマッチ! してるんですよね? あ、顔赤い。ふふっ、かわいいなぁ~。もっといじめたくなっちゃうなぁ。 「ほら~、どうなんですか? 素直に白状した方がいいですよ、せ・ん・ぱ・い♪」 「……ま、まあ。それもある……かな……」 往生際が悪いですね。どうせあたしが目隠ししてる間、頭の中では「おっぱいおっぱい」なんて考えてたクセに。 ま、これ以上はかわいそうだし、あたしも恥ずかしいし、このぐらいにしておこうかな。 「はいはい、そういうことでいいですよ。素直じゃないですね~」 「う、うるせえよ。ったく、恥ずかしくないのかよ」 「もちろん恥ずかしいですよ。でも、せんぱいがかわいい反応してくれるから、つい悪乗りしちゃうんです」 「年上の男に向かって『かわいい』とか言うな」 照れ隠しのつもりだと思うんですけど、せんぱいはあたしの頭を軽く叩いてきました。 あ、でも全然痛くないですよ。アレです。スキンシップの一つって感じです。 さて、せんぱいをからかっていたら約束の時間になっちゃいました。でも、あたし達が乗る電車の時間にはまだ早いな。 「せんぱい。まだ時間もあるから、飲み物買ってきてもいいですか?」 「それなら俺も行くよ。さっきので一気に喉が渇いちまった」 「せんぱいって、エロゲーマーなのに初心ですね」 「ほっとけや」 ーーーーーーーーーーーー 時間はちょっとだけ過ぎて、あたしたちは今、電車の中にいます。 電車の中は空いていて、座席もちらほら空いてました。なので、あたし達は二人並んで座席に座ってます。 今日の目的地はちょっと遠いので、これはありがたいですね。 「さて、こっからが少し長いな」 「そうですね。東京を跨いじゃいますからね。でも、車で行くよりはいいじゃないですか。負担も少ないですし」 「そりゃそうだな。俺達はどっちも免許は持ってないけど」 「免許取ったら、どこか連れてってくださいね、せんぱい」 「へいへい」 む、そんなにメンドくさそうな返事をしなくてもいいじゃないですか。傷付くなぁ。 でも、最近わかってきたんですけど、こういうときのせんぱいってメンドくさそうですけど、決して嫌なわけじゃないんですよね。 来年の夏頃なら取ってると思うし、海とか連れてってもらおうかな。五更さんや真壁せんぱいも一緒に。 でも……。その頃には、せんぱいはもう卒業してるんですよね。 と言うか、あと半年ぐらいで卒業かぁ。さみしいなぁ。 部長はどうするんだろ? 何回も留年してるって言ってたし、いい加減卒業しないのかな? 「そう言や、今日のことは赤城に言ってあったりするのか?」 「へ?」 あたしがちょっとセンチメンタルになっていると、高坂せんぱいが話し掛けてきました。 この人はさみしくないのかな? 「どうかしたか?」 「あ、いえ。なんでもないですよ。はは……」 「ふぅん、そっか。で、兄貴には言ってあるのか?」 「まさか。そんなことしたら、お兄ちゃん付いて来ちゃいますよ」 「それもそうだな」 高坂せんぱいはあたしの言葉に納得して、うんうんと頷いていました。 と言うか、せんぱいの中でもおにいちゃんは「重度のシスコン」という認識なんですね。いったい、どれだけ妹話をせんぱいに振ってるんだろ? 「アイツはそういうヤツだもんな。ましてや、相手が俺なんて言ったら、学校で何をされるかわかったもんじゃねえ」 「一気に気まずくなりますね」 「ああ。まず間違いないだろうな」 「そしてすれ違う二人。けれど、心はお互いを求め、より一層意識し合う。やがて自分の本心に気付いた二人は……フヒヒww」 あ、いいなこのシチュ。 もしそうなったら、和解した後はどんなカップリングになるんだろ? お兄ちゃんが強攻めのせんぱいが弱受け? それとも、空白の期間を埋めるような強攻め×強受け? いや、もしかしたら無理矢理……フヒヒww。 「おい」 「あいたっ!」 あたしが妄想の海に浸っていると、後頭部に強い衝撃を感じました。 駅前のときとは違い、高坂せんぱいが強めにあたしの頭を叩いたようです。 「いい加減にしとけよ。俺とお前の兄貴はそういう関係じゃないって言ってるだろうが」 「む~。いいじゃないですか、妄想なんですから」 「どうせやるなら本人のいないところでしろ」 「じゃ、いないところなら何してもいいんですか?」 「……駄目だ」 「え~。せんぱいのけち」 「ケチじゃない。ったく、お前の行く末が心配だよ……」 もう、またぬか喜びさせるなんて、せんぱいひどい。 でも、さっきの言葉ってなんか……。 「せんぱい。今の言葉、プロポーズみたいでしたね」 「はあっ!? お、おまっ! 何言って……」 「ちょ、ちょっとせんぱい!? 声が大きいです!」 もう! なにをしてるんですか! せんぱいが急に大きな声を出すから、ほかの乗客の皆さんがこっち見てるじゃないですか!? ああもう! 恥ずかしいったらありゃしない! 「もう、人目がどうとか言ってたのに、せんぱいも似たようなモンじゃないですか」 「す、すまん。でもよ、瀬菜がいきなり変なこと言うから……」 「そうですか? だって、『お前の行く末が心配だよ……。こりゃ、俺が一生面倒見てやらねえとな』って続くんじゃなかったんですか?」 「違うからね!? 全然! そんなこと! 考えてなかったからね!」 「だから声が大きいですって、せんぱい!?」 言った傍からまた大声出して!? もう、せんぱいの行く末の方が心配ですよ、あたしは……。 ーーーーーーーーーーーー JR千葉駅を出発して、約一時間半。 一回乗り換えのあと、目的駅に到着し、そこから徒歩で一分。ようやく本日の目的地に到着しました。 テレビで見たことのある日本らしくない大きな門が見え、調味料のような香辛料のような嗅ぎなれない匂いが周囲を漂っています。 「さ、着きましたよ! 本日の目的地!」 「まさか、瀬菜と中華街に来ることになるとは思わなかったよ」 そう。あたしたちの今日の目的地は横浜! 最初に中華街を訪れたのは、もうそろそろお昼ごはんの時間だからです! それにしても、すごい匂いだな。中華街は初めてだけど、こんな匂いがするんだ。 服に匂いが付きそう……。 「まあ、中華街がメインじゃないですけど、そろそろいい時間ですからね。せっかくだからってだけです」 「そうだな。せっかく横浜に来たんだしな。そりゃそうと、瀬菜は結構来るのか?」 「横浜には何度か。でも、中華街は初めてです」 「へぇ~。ちょっと意外かも」 む! せんぱい、なにか失礼なことを考えてませんか? なぜかわからないけど、そんな気がすごくすごくしますよ! それにしても、テンション高いなぁ、あたし。 「言っておきますけど、腐女子だからって、いつでも池袋やアキバに行くわけじゃないんですからね。あたしも女の子なんだから、渋谷とかにも行きますよ」 「そりゃそうか。すまん」 「わかればいいんです。それに、桐乃ちゃんだって渋谷とか行くでしょ? それと同じですよ」 「おお、すげえ納得した」 ふぅ、せんぱいが納得してくれてなによりです。 でも、桐乃ちゃんを例に出した途端納得するってのは、なんか釈然としないなぁ。 「まずはメシか。この店で食べたいみたいな希望とかあるのか?」 「いえ、そこらへんはまったく考えてないです。歩きながらでもいいかなと思ったので」 「んじゃ、適当にぶらついてみるか」 「はい」 大方の方針も決まったところで、あたしは先輩の右腕に、自分の腕を絡めました。 さあ、しゅっぱーつ♪ 「なあ、瀬菜。別に腕を組まなくても良くないか?」 「そうですか? 平日とはいえ、人も多いからいいじゃないですか」 「そりゃそうなんだが、その、なんだ……」 「どうしたんですか? 歯切れが悪いですね」 せんぱい、しどろもどろですね。いえ、いいんですよ。理由はわかってます。 どうせまた、頭の中では「おっぱいおっぱい」とか思ってるんでしょ? 「いや、そのな。当たってるからさ」 「なにが当たってるんですか? はっきり言ってくださいよ」 「その……、お前の……胸が、な」 「ああ、胸ですか。気にしないでください。わざとですから」 「故意かよ!?」 いや~、いい反応するなぁ。これを見るのが楽しくて、ついつい意地悪しちゃうんですよね。 それにしても、せんぱいって本当に初心ですね。 「まあまあ、いいじゃないですか。せんぱいも嬉しいでしょ?」 「お前なぁ……。女の子の発言じゃないぞ、それ。お前の中身って、実はセクハラオヤジなの?」 「む、失礼しちゃいますね。あ、アレですか? セリフが気に入らなかったんですか?」 「は?」 「いや、せんぱいのことだから『当ててんのよ』って言ってほしいのかと」 「なにその無駄な気遣い!? 全然違うからね!」 「はいはい。そういうことにしておきましょうか」 「お前……」 いやいや、本当にいい反応するなぁ。せんぱいって、リアクション芸人の才能があるのかも。 でも、せんぱいも人のこと言えないと思いますけどね。発言が娘を持つお父さんのソレだし。 と言うか、せんぱいって「セクハラ先輩」でしたね。 「ほら、早く行きましょうよ。あたし、おなか空きました」 「へいへい。仰せのままに」 「うむ。良きに計らえ」 「ははっ、なんだそりゃ」 ーーーーーーーーーーーー 「う~ん、お陽さまが気持ちいいですねぇ~」 「ちっと、暑いけどな。ほれ、お茶」 「あ、ありがとうございます」 中華街でランチを食べた後、あたしたちは山下公園に来ました。 膨れたおなかをこならせるのと、ちょっとのんびりする意味合いも込めて。 この山下公園、来たことない人にはわからないと思いますけど、すごく大きいんですよ。 周囲を見渡せば、家族連れやカップル、散歩中のおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいますけど、 さっきの中華街みたいなごみごみした雰囲気はまったくありません。 開放的、って言えばわかりますかね? ベンチで一休みしているあたしのもとに、飲み物を買いに行った高坂せんぱいが戻ってきました。 せんぱいもベンチに座り、自分用に買ってきたペットボトルのお茶の蓋を開けて中身を飲んでます。 「美味しかったですね、さっきのお店の料理。お野菜もシーフードも」 「そうだな。けど、毎日アレだとちょっと困るな」 「ふふっ、そうですね。和食の味に慣れていると、少しキツいですね」 「ああ、たまにならいいけどな。値段も手頃だったし」 さっき食べた料理の感想を話しながら、あたしも買ってきてもらったお茶に口をつけました。 せんぱいの言う通り、今日は少し暑いので、よく冷えたお茶が体に入ってくる感覚が心地いいです。 「さて、これからどうする? マリンタワーにでも行くか?」 「う~ん。それもいいですけど、元町の方に行きませんか?」 「ってえと、元町商店街とかか?」 「はい。えっと、今は元町ショッピングストリートって言うんでしたっけ」 せっかくせんぱいと二人きりなんだから、デートらしいデートをしたいんです、あたし。 あ、だからと言ってマリンタワーがデートに適していないってワケじゃないですよ。あそこも有名なデートスポットですしね。 「なんか買いたいものでもあるのか?」 「いえ、特にないです。ただ、せんぱいと歩いてみたいなぁと思っただけですよ。その、イヤ……ですか?」 「そんなこたねえよ。んじゃ、もう少し休憩してから行ってみっか」 「はい!」 予定も決まったところで、あたしたちはもう一度お茶を飲み、ベンチから離れて山下公園内を少し散策してみました。 食後のお散歩ですね。 ーーーーーーーーーーーー 食休みを終えたあたしたちは、少し歩いて元町商店街にやってきました。 お客さんの高年齢化が進んでるって聞いてましたけど、あたし達みたいなカップルもいましたよ。 「結構人がいますね」 「俺達みたいなヤツらも多いんだろ。あとは大学生とか」 「あ、なるほど」 そう言われると納得ですね。 大学って自分で講義を選択するんでしたっけ? そうなると、平日でも時間が空く人もいますよね。 「ところで瀬菜。この腕組みはまだ続くのな」 「もちろんですよ。せんぱいも嬉しいでしょ?」 「まあ、嬉しいっちゃ嬉しいけど……」 「じゃあ、気にしない気にしない♪ さ、時間には限りがあるんですから早く行きましょう」 「お、おい!」 まだ渋ってるせんぱいを無視して、あたしは腕を組んだまませんぱいを引っ張って歩き始めました。 ここって、服とか靴以外にも色んなお店があるんですね。 装飾品や雑貨、家具。レストランやカフェもあるし、美容室や医薬品を売ってるお店もあるんだぁ。 あ! あれって人力車!? でも、なんで人力車があるんだろ? 「せんぱい、人力車がありますよ」 「ん? ああ、そうだな。何でこんなところにあるんだろ?」 「……せんぱい、何見てたんですか?」 「いや、なんでもねえ」 せんぱいの様子がおかしい……。 まさか、エッチなお店でもあったのかな? もう、ホントにセクハラ先輩ですね。 どれどれ、先輩はあっちの方を見てたから……、 「せんぱい、メガネ屋さんが気になるんですか?」 「い、いや、そんなことはないぞ」 桐乃ちゃんの言う通り、せんぱいってとんでもなくメガネフェチなんですね。 でも、なんでこんなにどもってるんだろ? 別にメガネ屋さんに行きたいなら言ってくれればいいのに。 もう、しょうがないなぁ。 「ほら、せんぱい。あそこ行ってみましょう」 「へ? いや、いいって。俺は別に……」 「あたしが行ってみたいんですよ。ほら、四の五の言わない!」 「お、おい瀬菜!」 「いらっしゃいませー」 せんぱいを引っ張りながら、あたし達はお店の中に入りました。店内は広くて、内装もオシャレな感じでした。 展示されてるフレームを見ると、どうもブランド品を数多く扱っているみたいですね。 「せっかくここまで来たんですから、せんぱいも自分用のフレームを選んでみたらどうですか?」 「いや、俺は別に目は悪くないし……」 「最近はオシャレとして、伊達眼鏡を掛ける人も多いですから。気にしなくていいですよ」 「いや、でも……」 ああもう! 歯切れが悪いなぁ! せんぱいの悪いところは優柔不断なところですね、まったく。 あたしは未だに抵抗を続けるせんぱいの背中を、思い切り引っ叩いてやりました。 店内にバチンッ! と音が響いてます。 「いった! おい、いきなり何しやがる!」 「せんぱいがいつまでもウジウジしてるからですよ~だ。ほら、試しに選んでみてください。あたしはあたしで見て回りますから」 あたしはせんぱいをほっぽり出して、展示されているフレームを見て回ることにしました。 さすがのせんぱいも、これだけ言えば自分から動いてくれると思います。 一人だけで帰っちゃうような人じゃないですしね。 店内の散策を始めてから数分後、あたしの目に一つのメガネフレームが留まりました。 淡いグリーンのセルフレームです。 普段はアルミやチタンといった細いフレームを愛用しているので、こういう分厚いセルフレームって手に取ったことが少ないんですよね。 色もかわいいし、値段もそんなに高くないし、これいいなぁ。 でも、メガネってレンズ代も上乗せするとバカにならない金額になっちゃうんだよなぁ。 こういうとき、伊達眼鏡の人が羨ましくなったりします。 まあ、コンタクトをつけて、フレームだけ掛けるって手もありますけど、目にものを入れるとかちょっと怖いし。 さて、せんぱいの方はどうなったかな? 「せんぱい。良いのありました?」 「ん? まあ、な」 あたしに発破をかけられたせんぱいは、素直にメガネフレームを見て回っていたようですね。うん、良きかな良きかな。 で、せんぱいの手を見てみると、一つのメガネフレームが握られてました。 「掛けてみてくださいよ。せんぱいのメガネ姿、見てみたいです」 「ん、ちょっと待ってろ」 そう言ってせんぱいは、手に持っていたフレームを掛けてくれました。 どうやらシルバーカラーのチタンフレームですね。レンズ部分は細身の台形。 テンプル付近のレンズ部分が、台形の下の部分になってます。 「どうだ?」 「う~ん。悪くはないですよ。『鬼畜眼鏡』の主人公みたいで」 「なんだそりゃ?」 「知らないんですか!? あの有名なアダルトホモゲーを!」 「わかった。そのゲームについてはここで喋るなよ。絶対喋るなよ」 おっといけない。自分の性癖をまた大声で叫ぶところでした。ふぅ、自重自重。 深呼吸をして自身の中の欲望を落ち着け、改めてせんぱいの眼鏡姿を鑑賞しました。 う~ん、やっぱりなぁ。 「せんぱいって、何気に目つきが悪いから、そういう細身のフレームを付けると印象がキツくなっちゃうんですよね」 「……さりげなく人を傷付けるなよ」 「あ、すいません。でも、キツくなるのは事実ですよ。だから……こういう方がいいと思います」 あたしは手近にあった黒のセルフレームを手に取り、先輩に掛けさせてみました。 さっきのフレームと違って、レンズ部分が大きいものです。 「うん。やっぱり、こういうレンズが大きいものの方が良いと思いますよ。あ、あたしはさっきのも好きですけど」 「そうか。もしメガネを掛けることがあっても、お前の前ではさっきのようなヤツは絶対掛けないようにする」 「え~、そんなぁ~」 「当然だろ。いきなり『鬼畜眼鏡』とか言われるこっちの身にもなれっての」 う~、せんぱいのけち。別に掛けてくれてもいいじゃないですかぁ~。 は!? まさか、ああいうキツいメガネを掛けるのは、お兄ちゃんの前でだけと言う意味!? と言うことは、そこでせんぱいの強攻めが……フヒヒww。 「瀬菜、妄想を今すぐやめて涎を拭け」 「え? あ、すいません。また欲望が体の端からにじみ出てしまったみたいで」 「いや、だだ漏れだったぞ。ところで、お前も気に入ったのがあったのか?」 「ありましたよ。これです」 あたしはさっき見つけたフレームを掛けてみました。 ああ、度が入ってないから世界がぼやける……。 「う~、なんにも見えない。で、どうですか?」 「へぇ、結構印象変わるな。うん、可愛いと思う」 「そうですか? えへへ♪」 やった、せんぱいに褒められちゃった。どうしよう。これ、ますます欲しくなっちゃったなぁ。 あたしが元のメガネを掛け直してせんぱいを見ると、せんぱいは一生懸命フレーム選びをしてました。 「なにしてるんですか、せんぱい?」 「ん? いや、ちょっとな。……おお、あったあった」 せんぱいが手に取ったのは、朱色のアルミフレームでした。レンズ部分は逆三角形の釣り目形。 せんぱいはそのフレームを、あたしに差し出してきました。 もう、意図が見え見えですよ。 「せんぱい……」 「えと……その…………スマン」 「はぁ……。いえ、いいですよ」 あたしは溜息を吐きつつも、せんぱいが差し出してきたフレームを手に取り、掛けてみました。 うう、世界がぼやける……。 「どうですか?」 「おお……。良い。すごく良い……」 「なんだか素直に喜べませんね」 「おお! その表情、良いな」 もう、本当にセクハラ先輩ですね。 ーーーーーーーーーーーー 元町ショッピングストリートを堪能したあたし達は、今は港の見える丘公園に来ています。 結局なにも買わず、色んなものを見て回りながら少しお茶をしたくらいですけどね。 この公園はその名の通り、横浜港を一望できる高台にある公園で、眼下には港や横浜ベイブリッジが見えます。 「せんぱい、夕日が綺麗ですね」 「ここは日没から夜にかけての景色が売りらしいからな。ま、こういうところに来ないと、こうやって夕日をまじまじと見ることなんてないだろうけど」 「もう、そういうこと言っちゃダメですよ。ムードぶち壊しじゃないですか」 「う……。す、すまん」 あたしの指摘が応えたのか、せんぱいはしゅんとうな垂れてしまいました。仔犬みたいでかわいいなぁ。 その後はしばらく欄干にもたれ掛かりながら、じっと夕日を見ていました。 どれくらいそうしていたのかな。多分、五分くらいだと思います。あたしはせんぱいの方に身を寄せて、せんぱいの顔を下から覗き込みました。 「瀬菜?」 せんぱいがあたしの顔を見つめて、名前を呼んでくれましたが、それだけです。 せんぱいのニブチン。鈍感。 「せんぱい。夕日、綺麗ですね」 「おう、そうだな」 「とってもいい雰囲気だと思いませんか?」 「ん? そうだな」 これだけ言っても駄目かぁ。 やっぱり、はっきり言わないと伝わらないんだ。 「せんぱい」 「おう」 「キスしてください」 「わかった、キスだな。…………は?」 はっきり言ったら、間抜けな顔で聞き返されてしまったでござるの巻。 遠回しに言っても、はっきり言っても駄目だなんて、せんぱいは意地悪だなぁ。 「だって、デートなんですよ。こんな綺麗な場所で、いい雰囲気なんですよ。当然じゃないですか」 「いや、そうは言うがな。人目もあるし……」 「せんぱい、女の子にここまで言わせておいてなにもしないんですか? あたしに恥をかかせるつもりですか?」 「う……」 「男なら、思い切って来てくださいよ。あたしは『したい』って言ってるんです」 さあ、あたしは言いたいことを全部言いましたよ。どう出るんですか、せんぱい? せんぱいはしばらく悩んでいましたが、やがて……、 「わかった。そこまで言われたら、俺も引き下がれねえよ」 「と言うか、ここまで言われないと覚悟を決められない、って方が正しいと思いますけど」 「お、おい。あんまりいじめるなよ。…………いくぞ」 「はい」 せんぱいはあたしの肩を掴んで、体を自分の方に引き寄せました。 あたしは目を瞑り、せんぱいが来てくれるのを待ちます。 あれだけ言っておいてなんですけど、あたしもすごくドキドキしてます。 視覚を自分で封じたからか、心臓の音がうるさいくらいに聞こえます。ドクン、ドクンって。 ああ、きっと今のあたし、すっごく顔赤いんだろうなぁ。恥ずかしいよぅ。 せんぱいの気配が近付いてくるのがわかる。もうすぐ、あたし……。 ちゅっ♪ 「よ、よし! したぞ」 せんぱいの気配が離れていって、声が聞こえました。 そこで、あたしはようやく目を開けました。さっきまで暗闇の中にいたので、夕日が眩しいです。 せんぱいの顔を見ると、夕日の色でも隠れないほど顔を赤くして、そっぽを向いてました。 その顔を見て、あたしは自然と溜息を吐いてしまいました。 「せんぱいって、ホント意気地なしですね」 「おい!? ちゃんとしたじゃねえか!」 「あれだけ大見得切って、したのはちょっと触れるだけのキス。はっきり言って、期待外れもいいところです」 「ぐ……」 せんぱい、言い返してこないところを見ると、自分でもそう感じてるんですね。 しょうがないなぁ。今回は、これで及第点としておきますよ。 「今日はこれで許してあげます。今度のデートは期待してますからね」 「へ?」 「さ、帰りましょう。これ以上は家に着くのが遅くなっちゃいますから」 「ちょ、おい! 瀬菜!」 まだ何か言いたそうにしているせんぱいの手を引いて、あたしは駅に向かって歩き出しました。 せんぱい。今度は、せんぱいからキスしてきてくださいよね。 おわり

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