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「桐乃「デレノート……?」:421」(2011/05/28 (土) 14:48:13) の最新版変更点
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421 &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/04/08(金) 16:52:58.05 ID:171z1HY3o
◇ ◇ ◇
「……桐乃、なんだか元気ないね?」
学校の帰り道、あたしの腕に両手を絡めて歩くあやせが、心配そうに顔を覗き込んできた。
ちなみに反対の腕には加奈子がひっついている。
二人がデレ状態になってからというもの、すっかりおなじみの下校スタイルだ。
「ううん、別にそんなことないよ」
そう答えつつも、あたしは自然とため息をついていた。
はぁ……、デレノートのことを考えると、どうしても憂鬱な気持ちになってしまう。
あんな危険なノートをあたし以外の人間が使うだなんて…… マジやばすぎるでしょ……
一応、ノートを渡す条件として、あたしやあたしの家族には手を出さないよう約束をさせたけど、そんな約束が気休めにすぎないのは分かってる。
とにかく、なんとかしてノートを取り返さないと……
「桐乃っ、悩み事があるなら加奈子に相談しろよな」
「あっ、ずるい加奈子!桐乃、わたしに相談してっ!」
そういうと、あやせも加奈子も争うように強くしがみついてきた。
二人は相変わらずだ。
帰宅してカバンを放り投げると、あたしは着替えもせずベッドに横になった。
はぁ、ホントどうしたらいいのかな……
ごろんと寝返りを打つと、帰るなりそそくさとノーパソを立ち上げるリュークが目に入った。
「ねぇ、あたしどうしたらいいと思う……?」
『ん?すっかりお手上げ状態か?ククク……』
そう言うと、リュークは頬まで裂けた口を吊り上げ、嫌らしい笑みを浮かべた。
どうやらこいつは、デレノートがどこに行こうとあまり気にしてないみたい。
「……ってか、あんたはノートの持ち主のところに行かなくていいの?」
『そうは言っても、俺にだってノートがどこの誰の元にあるのか分からないしな』
あの日、あたしはノートを郵送で送ったけど、指定された宛先は局留めだったので、相手の住所は分からなかった。
おそらく宛名も偽名なのだろう。
『それに、デレノートの所有権はまだお前にある。だから俺がここに居るんだ』
「なによ?所有権って」
『ノートの持ち主はお前だってことだ。つまり、いまは他人に預けているような状態だな』
「じゃあ、たとえばさ、所有者の権限でノートを呼び戻したりできないの?念じたら瞬間移動してくるとかさ」
『そんな便利なシステムはない。……お前はアニメの見過ぎだな』
それじゃ所有権なんて何のメリットもないじゃん。
やっぱりこいつは頼りにならないなぁ……
ノーパソが起動したらしく、リュークはもう画面に釘付けになっている。
しばらくすると、携帯の着信音が鳴り響いた。
携帯のディスプレイには、いつものように“非通知通話”の文字。ああ、またか……
あたしは着信ボタンを押し、気だるそうな声で応えた。
「もしもし、またアンタぁ?」
『ちょっとちょっと、桐乃ちゃん聞いてよー!またカップル作ったんだけどさぁ――』
聞こえてくるのは相変わらず不愉快なボイスチェンジャーの声。
そう、電話の相手はあたしからデレノートを奪った張本人だ。
妙なことに、こいつはあれから毎日電話を掛けてきている。
『――なんか皆おとなし過ぎて物足りないのよ。なんていうか、ナヨナヨしたカップルばかりで。あたしはもっとガツガツした男と男の熱いぶつかり合いを期待してたのに!』
「……デレにするノートなんだから、ガツガツってのはちょっと違うんじゃない?」
『えーっ?デレってそういうものだったっけ?』
こいつ、最初の電話のときから随分キャラが変わってきたような……
「ってか、なんで電話してくるのよ。あたしを脅迫してノート奪ったって自覚はないの?」
『えーっ、だってこんな話ができるのは桐乃ちゃんしか居ないし』
“桐乃ちゃん”って……馴れ馴れしい……
完全に舐められてるわね……
しかもこいつは、よりによって男同士でカップルを作っているらしい。
クッ……、あたしはとんでもない変態にデレノートを渡してしまった……胸が痛むわ。
『ねぇ、これって“攻め”とか“受け”とか指定できないの?』
「……そんな使い方したことないから分かんないよ」
リュークに聞いたら何か教えてくれるかもしれないけど、面倒だし、敢えてそれはしなかった。
こいつにはまだデレ神の存在は伝えていない。
別に隠そうとしたわけじゃなくて、特にノート入手の経緯を聞かれたことがなかったからなんだけど。
『なんだか期待したほど便利なノートじゃなかったなぁ~』
人から無理やりノートを奪っておいてこの言い草、大したタマだわこの女。
「アンタさぁ、ノートに飽きたならもう返してよ」
『そうはいかないわよ。これはもうあたしのノートなんだし、これからもカップルを作るんだから』
「……と、とにかく、あの約束はちゃんと守りなさいよね?」
『はいはい、分かってるわよ』
あたし達は、いつも最後にこんなやり取りを交わしてから電話を切る。
約束ってのは、“あたしやあたしの家族に手を出すな”ってコトなんだけど、向こうすれば律儀に約束を守る意味などない。
むしろ、ノートの秘密を知る邪魔者として、いつあたしが口封じにデレさせられるか分かったもんじゃないし。
はぁ、ホントなんとかしなくちゃ……
このままじゃマズいよね……
◇ ◇ ◇
黒猫から指令を受けた俺は、不本意ながら桐乃の部屋に忍び込むハメになってしまった。
はっきり言って、こんなやり方は俺のポリシーに反している。
かつて親父による桐乃部屋の家捜しを、身体を張って阻止したこともあるってのに……
まぁ、いま起きてるカップル騒動――しかもホモカップル騒動――は確かにシャレにならないから、やむを得ないこと……それは理解している。
重要なのは、桐乃に絶対気付かれないようにしないといけないってことだ。
万一バレたら、俺まで呪いを掛けられる恐れがあるからだ……信じたくないことだけど。
夜、俺はいつもより少し早めにベッドに入って横になった。
俺の作戦はこうだ。
桐乃の奴は、いつも俺よりも30分~1時間ぐらい早く登校をする。
俺は普段よりちょっと早めに起きておいて、桐乃が家を出るのを待って部屋に忍び込み、ガサ入れを遂行する。
うむ、実にシンプルな作戦である。
桐乃が確実に家を出たのを確認するってのと、部屋に入った痕跡を残さないようにする、その点を気をつければきっと大丈夫だろう。
許せ妹よ、俺には大義があるのだ――
そんなことを考えながら、俺はいつの間にか眠りについていた。
そしてその日の深夜――
バチン!
すっかり熟睡していた俺は、突然の頬の痛みで目を覚ました。
な、何だ!?どうやら平手打ちを食らったらしいが……
俺は寝起きの鈍い頭で状況を把握しようと努める。
「……っ!?」
起き上がろうとするが、腹部に重みを感じて起き上がれない。
と、そこで俺は目を見張った。
いま俺の上では、パジャマ姿の桐乃が四つん這いの状態で、顔を接近させて覆いかぶさっていたのだ。
「って、おまえ……またかよ!?」
「……静かにしてってば。いま何時だと思ってんの?」
このシチュエーションは、以前にも覚えがある。
そう、こいつが初めて俺に人生相談を持ちかけたときのこと。
同じように深夜に襲撃を受けて、半ば強制的に部屋に連行の上、とんでもないカミングアウトを受けたんだ。
「アンタに、また……人生相談があるからさ」
桐乃はベッドを降り、音を立てないよう静かに部屋のドアを開けると、犬でも呼ぶように指で手招きをした。
どうやらまた、俺に拒否権はないようだ。
桐乃は俺を自室に連行すると、床にクッションを無造作に放り投げ、そこに座るよう促した。
ここ最近は兄妹でゲームすることもなかったので、桐乃の部屋に入るのは本当に久しぶりだ。
しかし、朝になったら忍び込むつもりだったので、いまここに居るのは妙な気がするけど。
俺はベッドの上に腰掛ける桐乃に問い掛ける。
「んで、なんだよ……人生相談って?」
「あ、うん……ええっと……」
桐乃は口篭っていて、なかなか今回の人生相談の中身を話そうとしない。
その間、俺は脳内フル回転でこの後の展開を予想していた。
桐乃の相談――またアニメやエロゲのことだろうか?
いや、最近はこいつゲーム自体してなさそうだったし、それに今更改まって相談するようなことでもないだろう。
となると、学校関係?はたまた友人関係とか?
それともまさか……
「あ、あのさ。前にアンタと話した……キラッの話って覚えてる――?」
その言葉を聞いて、俺は戦慄した。
やべえ、嫌な予感がジャストミートでクリーンヒットしてしまったかもしれない。
桐乃部屋への侵入作戦の前夜、就寝中にまさかの逆侵入を許してしまい、機先を制された俺に待っていたのは、これまでになくヘビーな予感のする人生相談だった。
なんなんだよ、この展開はよ……
とりあえず、下手なことだけは言わないよう気を付けねぇと……
「ねぇ、キラッって覚えてるかって聞いてるんだけど――?」
「あ、ああ。例の掲示板の――キラッだよな?」
「うん、そう……。実はあたし、ずっと秘密にしてたことがあるんだ……」
さっきまでの横柄な態度はどこへやらで、桐乃の表情は神妙な面持ちに変わっていた。
それにしても、まさかこいつの方からこの話題を振ってくるとは……
だけど兄貴としては……この先を聞きたいような、聞きたくないような、とても複雑な心境だ。
「えっと、驚かないで聞いてよね――」
ゴクリ、と俺は生唾を飲んだ。
それから10分ほどが経過したが――
俺は次の言葉を身構えて待っていたのに、桐乃はなかなか口を開こうとせず、部屋は沈黙に包まれていた。
この間、桐乃はずっとひとりで身悶えている。
おそらくこいつの中では、葛藤との戦いが繰り広げられているのだろう。
でも、俺はこいつがキラッだという事実をとっくに知ってるわけで、いまさら何を言われても驚かない自信があるんだけど……
逆に、自然な驚きのリアクションを取れるよう、さっきから繰り返しイメトレしてるぐらいだ。
そんな状況にたまりかねた俺は、先に口を開いた。
「なァ桐乃、そろそろ話してくれないか……?」
そう言ってもなお、桐乃はウンウン唸っていたが、しばらくすると何か諦めたように首を横に振り、ハァとため息をついた。
「やっぱりやめとくわ。……ごめん、部屋に戻って」
って、おい!なんだよそりゃ!?
「待て待て!夜中に叩き起こしておいて、それはねぇだろ!」
「だ~か~ら、ごめんって言ったじゃん。ホラっ」
桐乃は立ち上がり、部屋のドアを開くと、俺に出て行くよう促した。
クッ、なんて身勝手な妹だ……知ってたけどよ。
だけどキラッに関する話で、「秘密がある」「驚かないで聞いて」とまで言われて、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろ?
「お前さァ――また何か人に言えない悩みを抱えてるんだろ?だから俺に相談持ち掛けたんだろ?」
負けじと俺も立ち上がり、桐乃の正面に立って対峙する。
「ずっと秘密にしてたことって何だよ? 言ってみろよ」
「もういいってば!あたしがもういいって言ってんだから、それでいいでしょ?」
「よかねぇよ!お前、悩み事があるんだろっ!?」
「アンタしつこい!ウザい!あたしに悩みなんかないっ!」
ああ、こりゃ完全に押し問答だ。
こんな状態じゃ、もうまともな話が出来るはずがない。
……だけど、キラッ事件の自供までもう少しだったかもしれない、という思いに、深夜特有の余計なテンションも手伝って――
俺はうっかり口を滑らせてしまった。
「――嘘つけ!それなら、なんであの掲示板に書くのをやめたんだよ!?」
部屋には再び沈黙が訪れた――
覆水盆に返らず、後悔先に立たず、口は禍の元……
このとき俺の頭の中では、そんなことわざがピンボールのように激しく飛び交っていた。
桐乃はぽかんとした表情のまま、フリーズ状態になっていたが、しばらくして瞳に光彩を取り戻すと、再び怒気を含んだ表情に変わった。
「……掲示板って……何のことを言ってるの?」
「えっ? いや、それは……その……」
考えろ俺!とにかく何かごまかせるよう考えろっ!
『キラッの正体を掴んでることを本人に知られたら、口封じに呪いを掛けられる』
――俺はそんな黒猫の台詞を思い出していた。
ヤバい、このシチュエーションはヤバすぎる……っていうか最悪の展開だ!
……だが残念ながら、俺のスペック不足気味の脳内コンピューターでは、この場を凌ぐ気の利いた言い訳など、唯のひとつも浮かばなかった。
「キラッの掲示板のことよね?……アンタ、あたしがあそこに書き込んでたって言いたいの?」
\(^o^)/オワタ
そうだよな、話の流れ的にそうなるわな……
うん、もう観念したよ。煮るなり焼くなり呪いを掛けるなり好きにしろってな。
俺は覚悟を決め、その場にどしりと座り込んだ。
「ああ、そうだ――桐乃、お前がキラッとしてあの掲示板に書き込んでたことは知ってんだよ。
こんな形でバラしちまったのは俺の大ポカだけどな」
証拠を掴むどころか、逆に桐乃にあっさりバラしてしまったなんて、もし黒猫に知られたらどれだけの叱責を受けるか分からねぇけど、俺にはもう開き直るしかなかった。
桐乃はというと、驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。
「……なっ、なんでアンタがそんなことを!?」
「ちょっと思うところがあってな。ここ最近、俺なりに調べてたんだよ」
さすがに黒猫と一緒に調べてたなんて言えやしない。
あいつまで巻き添えにするわけにはいかないからな……
「さぁ、覚悟は出来てるからよ。好きにしろよ」
俺は床に大の字になり、呆然と立ち尽くす桐乃を睨んでそう言い放った。
「はぁぁ?アンタ何言ってんのよ?」
「だから、口封じのために呪いを掛けるんだろ?……俺はお前にデレることになんのか?」
「ちょ、ちょっと!!アンタなにキモいこと言ってんのよ!?」
あれ……? なんか予想してた反応と違うな?とりあえず俺は助かったのだろうか。
桐乃は呆れたように首を左右に振ると、再びベッドに腰掛けた。
「――っていうか、アタシにはもうそんな力は無いんだからさ」
弱々しく呟く桐乃に、俺は聞き返す。
「力がないって……どういうことだ?」
「……いいわ、アンタには全部話してあげる。元々そのつもりだったし」
そう言うと、桐乃はこれまでの出来事を少しずつ、ぽつりぽつりと話し始めた。
そして俺は、デレノートという信じがたいノートの存在を知ることとなった。
名前を書くだけで他人をデレさせるノート――
この数か月の間に起きた、そんな嘘みたいなノートを巡る経緯を、桐乃はマジ顔で俺に語った。
にわかには信じられない話だが、邪鬼眼電波上等の黒猫ならともかく、こいつがこんなことを嘘や妄想で話す奴じゃないってことは、俺が一番知っているわけだし、そんなノートの存在でもない限り、この奇怪な事件の説明はできないだろう。
不本意ながら俺は、完全にオカルトの世界に飛び込んでしまったようだ……
すべてを話した桐乃は、力なくうなだれた。
「――ま、そんなワケで、いまカップルを作ってるのはあたしからノートを奪った奴なの」
なるほど、状況はよく分かった。
よく分かったんだが……それはそれとして、俺にはどうしてもこいつに確認しなければならないことがある。
「桐乃、お前さぁ――なんでキラッなんかやってたんだよ?」
そう尋ねると、桐乃はびくっと小さく身体を震わせた。
「な、なんでって言われても……」
「カップルを作るってのが、不思議なノートの力だったのは分かったよ。
だけど、呪いの掲示板で依頼を受けるとか、俺には正直意味が分かんねぇんだけど……」
「ちょ、ちょっと!あれは呪いじゃないってば!あたしはただ……」
俯いていた桐乃は顔を上げて、一瞬、俺に視線を合わせたが、またすぐに目を逸らせてしまった。
「……ただ単に、カップルをたくさん作れば、みんなが幸せになれるんじゃないかなって思ってたの」
なぁおい、信じられるか?
世間を震え上がらせたキラッ事件の動機が、中三女子にありがちなお花畑な発想によるものだなんてよ。
こいつ、まさか恋のキューピッドにでもなり切っていたのだろうか。
「じゃあ、お前に悪意はなかったのかよ?世間を混乱させてやろうとか、さ」
「はぁ?あるわけないじゃん。何でそんなこと――」
桐乃は抗議のため再び顔を上げたが、俺の送るジト目の視線に気づいて、うっ、とたじろいだ。
「そ、そりゃあ、……途中からはちょっと調子にのっちゃってたかもしんないケド」
「ちょっとねぇ……」
「掲示板で叩かれたり荒らされたりして、ムキになっちゃったっていうか、そいつらにあたしの力を認めさせてやる、みたいなノリになっちゃって……」
桐乃の話は概ね理解しがたい事ばかりだが、掲示板で叩かれたこいつが顔を真っ赤にして癇癪起こす様子だけは、悲しくなるぐらい容易に想像することができちまった。
まぁ、ある日突然、人知を超えた能力を手に入れるなんていう、現実離れしたファンタジー体験をしたことがない俺には分からない話なんだろうけど、過ぎた力は人を狂わせるってことなのかもしれない。
俺がため息をひとつ吐くと、桐乃はおずおずと顔を上げ、上目遣いで訴えてきた。
「――だけど、いまノートを使ってる奴は少し違うみたいなの。なんて言うか……最初っから自分の欲望フルスロットルっていうか……もう誰でもいいって感じで……」
「ああ、確かにそんな感じを受けるな」
「アイツから何とかしてノートを取り返さなきゃ……」
経緯はどうあれ、最終的にいま何が起こっているのかといえば、桐乃をきっかけとして、とんでもなく危険なノートが、とんでもないイカレ野郎の元に渡っちまったってことだ。
思えば、桐乃がキラッだと判明したとき、なんとかして止めさせなければという気持ちがあったのは確かだが、それと同時に、俺の妹だから何とかなるだろうという油断が俺にはあったのかもしれない。
もし俺がもっと早くに桐乃を問い詰めていれば、こんな危機的状況にはなってなかったかも……?
と、このとき俺はそんなことを思ったのだが、直後にその考えを打ち消した。
……いやいや、それは結果論だよな。
桐乃だって、そのノートを奪われて、初めて自分の行いを客観視できたみたいだし、キラッとして現役バリバリだったときのこいつに干渉するのは、黒猫の言うようにリスクが大きすぎただろう。
俺はふと、机の上に置いてある、桐乃のノートパソコンに視線を送った。
ノーパソはつけっぱなしになっていて、さっきまで桐乃がプレイしていたのか、モニタには妹系対戦獲得ゲーム『妹・真妹大殲シスカリプス』のデモ画面が映されていた。
二体の妹キャラが、様々な技を繰り出して闘っているところだったのだが、俺はその画面にかすかな違和感を覚えた。
デモ画面にしちゃあ、一方のキャラクターの動きがCPUっぽくない……ていうか普通にプレイ中のような……
よく耳をすませて聞くと、キーボードをカタカタと打つ音もしている。
すると、俺の視線の先に気付いた桐乃が、誰もいない机に向かって言葉を投げかけた。
「ちょっとぉ、夜中はゲーム禁止って言ったでしょ!」
その言葉に反応するように、キーボードを叩く音が止み、画面内には「PAUSE」の文字が表示されている。
「桐乃、もしかして…… そこに……?」
「あ、うん。さっき話したデレ神のリューク。ノートに触れた人間にしか見えないらしいけど」
改めて机の方を向いたが、やはりそこには誰もいない。
俺は幽霊とかの類が怖いと思ったことは無いのだが、この時ばかりは寒気を感じた。
桐乃が見えない何かと会話をする様子は、傍から見りゃあ猛烈に気味の悪いもんだぜ……?
「お、お前、いつもそいつと一緒にいたのか?」
「まぁね。デレ神ってのはそういうシステムらしからさ……もちろんお風呂場とかには近寄らせなかったけど。慣れれば別に気にならないけどね」
「そうかのか……」
「あ、リュークが兄貴に、『よろしくな』だってさ」
なんだか超常現象がぐっと身近になっちまったな……
俺はデレ神のことはひとまず置いといて、ここで話を元に戻すことにした。
「なぁ、桐乃。色々聞かされて俺もまだ整理ができてないんだけどよ」
「あ、うん。そうだよね……」
「結局のところ、今回のお前の人生相談ってのは、この状況をどうにかしたいって事でいいのか?」
「……」
桐乃は何も言わなかったが、代わりにこくりと頷いた。
そうなると、やっぱりあいつにも事情を話して、力を貸してもらうしかねぇよな。
「よし分かった――じゃあさ、いま聞いた話を共有しておきたい奴が居るんだけどさ――」
そして翌日の土曜日――
俺からの連絡を受けた黒猫は、“三者面談”をすべく高坂家にやってきた。
「……こんにちは」
「よう、待ってたぜ」
俺は玄関に行き、ゴスロリファッションの黒猫を出迎えた。
桐乃がキラッとしての活動にハマってたこの数か月、自然とオタクっ娘コミュニティの集まりも無くなっていたので、学校以外の場所で黒猫に会うのは本当に久しぶりだ。
見慣れてたはずのゴスロリファッションも、今日はなんだか新鮮に映ってしまう。
俺は黒猫を連れて妹の部屋へと向かう。
ドアを開けると、桐乃はベッドの上に腰掛けていた。
「随分久しぶりね」
「あっ――うん、久しぶり……」
桐乃はちょっとバツが悪そうにして、黒猫から視線を逸らしている。
そんな桐乃を気にすることなく、黒猫は単刀直入にキラッの話題を切り出した。
「聞いたわよ。貴女、随分楽しそうな遊びをしていたそうじゃない」
「……」
棘のある黒猫の言い方に、桐乃は何も答えず黙っている。黒猫は続けた。
「思いがけず特殊な能力を身に付けた者が、考えなしにその能力を振るい、そして溺れる――よくあるシナリオね」
「……なによ……アンタ何が言いたいの?」
「ふふ、別に…… 異界の能力<ちから>に浮かれて自滅した莫迦女を哂っているだけよ」
「ふんっ、知ったようなこと言っちゃって――あっ、そっかぁ、アンタって“自称”闇世界の住人だもんね~。相変わらずの邪鬼眼乙!」
「に、人間風情が調子に乗って――!」
「おいおい、二人とも――」
二人の間に険悪な空気が渦巻いていることを察した俺は、醜い言い争いが始まる前に割って入った。
「とりあえず、今は奪われたノートの話をしようぜ。電話でも話したけど、厄介なことになっちまってんだよ」
二人は互いにそっぽを向いている。
ハァ、こんなので本当に大丈夫なのかよ……
&br()
[[桐乃「デレノート……?」:505]]
&br()
421 &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/04/08(金) 16:52:58.05 ID:171z1HY3o
◇ ◇ ◇
「……桐乃、なんだか元気ないね?」
学校の帰り道、あたしの腕に両手を絡めて歩くあやせが、心配そうに顔を覗き込んできた。
ちなみに反対の腕には加奈子がひっついている。
二人がデレ状態になってからというもの、すっかりおなじみの下校スタイルだ。
「ううん、別にそんなことないよ」
そう答えつつも、あたしは自然とため息をついていた。
はぁ……、デレノートのことを考えると、どうしても憂鬱な気持ちになってしまう。
あんな危険なノートをあたし以外の人間が使うだなんて…… マジやばすぎるでしょ……
一応、ノートを渡す条件として、あたしやあたしの家族には手を出さないよう約束をさせたけど、そんな約束が気休めにすぎないのは分かってる。
とにかく、なんとかしてノートを取り返さないと……
「桐乃っ、悩み事があるなら加奈子に相談しろよな」
「あっ、ずるい加奈子!桐乃、わたしに相談してっ!」
そういうと、あやせも加奈子も争うように強くしがみついてきた。
二人は相変わらずだ。
帰宅してカバンを放り投げると、あたしは着替えもせずベッドに横になった。
はぁ、ホントどうしたらいいのかな……
ごろんと寝返りを打つと、帰るなりそそくさとノーパソを立ち上げるリュークが目に入った。
「ねぇ、あたしどうしたらいいと思う……?」
『ん?すっかりお手上げ状態か?ククク……』
そう言うと、リュークは頬まで裂けた口を吊り上げ、嫌らしい笑みを浮かべた。
どうやらこいつは、デレノートがどこに行こうとあまり気にしてないみたい。
「……ってか、あんたはノートの持ち主のところに行かなくていいの?」
『そうは言っても、俺にだってノートがどこの誰の元にあるのか分からないしな』
あの日、あたしはノートを郵送で送ったけど、指定された宛先は局留めだったので、相手の住所は分からなかった。
おそらく宛名も偽名なのだろう。
『それに、デレノートの所有権はまだお前にある。だから俺がここに居るんだ』
「なによ?所有権って」
『ノートの持ち主はお前だってことだ。つまり、いまは他人に預けているような状態だな』
「じゃあ、たとえばさ、所有者の権限でノートを呼び戻したりできないの?念じたら瞬間移動してくるとかさ」
『そんな便利なシステムはない。……お前はアニメの見過ぎだな』
それじゃ所有権なんて何のメリットもないじゃん。
やっぱりこいつは頼りにならないなぁ……
ノーパソが起動したらしく、リュークはもう画面に釘付けになっている。
しばらくすると、携帯の着信音が鳴り響いた。
携帯のディスプレイには、いつものように“非通知通話”の文字。ああ、またか……
あたしは着信ボタンを押し、気だるそうな声で応えた。
「もしもし、またアンタぁ?」
『ちょっとちょっと、桐乃ちゃん聞いてよー!またカップル作ったんだけどさぁ――』
聞こえてくるのは相変わらず不愉快なボイスチェンジャーの声。
そう、電話の相手はあたしからデレノートを奪った張本人だ。
妙なことに、こいつはあれから毎日電話を掛けてきている。
『――なんか皆おとなし過ぎて物足りないのよ。なんていうか、ナヨナヨしたカップルばかりで。あたしはもっとガツガツした男と男の熱いぶつかり合いを期待してたのに!』
「……デレにするノートなんだから、ガツガツってのはちょっと違うんじゃない?」
『えーっ?デレってそういうものだったっけ?』
こいつ、最初の電話のときから随分キャラが変わってきたような……
「ってか、なんで電話してくるのよ。あたしを脅迫してノート奪ったって自覚はないの?」
『えーっ、だってこんな話ができるのは桐乃ちゃんしか居ないし』
“桐乃ちゃん”って……馴れ馴れしい……
完全に舐められてるわね……
しかもこいつは、よりによって男同士でカップルを作っているらしい。
クッ……、あたしはとんでもない変態にデレノートを渡してしまった……胸が痛むわ。
『ねぇ、これって“攻め”とか“受け”とか指定できないの?』
「……そんな使い方したことないから分かんないよ」
リュークに聞いたら何か教えてくれるかもしれないけど、面倒だし、敢えてそれはしなかった。
こいつにはまだデレ神の存在は伝えていない。
別に隠そうとしたわけじゃなくて、特にノート入手の経緯を聞かれたことがなかったからなんだけど。
『なんだか期待したほど便利なノートじゃなかったなぁ~』
人から無理やりノートを奪っておいてこの言い草、大したタマだわこの女。
「アンタさぁ、ノートに飽きたならもう返してよ」
『そうはいかないわよ。これはもうあたしのノートなんだし、これからもカップルを作るんだから』
「……と、とにかく、あの約束はちゃんと守りなさいよね?」
『はいはい、分かってるわよ』
あたし達は、いつも最後にこんなやり取りを交わしてから電話を切る。
約束ってのは、“あたしやあたしの家族に手を出すな”ってコトなんだけど、向こうすれば律儀に約束を守る意味などない。
むしろ、ノートの秘密を知る邪魔者として、いつあたしが口封じにデレさせられるか分かったもんじゃないし。
はぁ、ホントなんとかしなくちゃ……
このままじゃマズいよね……
◇ ◇ ◇
黒猫から指令を受けた俺は、不本意ながら桐乃の部屋に忍び込むハメになってしまった。
はっきり言って、こんなやり方は俺のポリシーに反している。
かつて親父による桐乃部屋の家捜しを、身体を張って阻止したこともあるってのに……
まぁ、いま起きてるカップル騒動――しかもホモカップル騒動――は確かにシャレにならないから、やむを得ないこと……それは理解している。
重要なのは、桐乃に絶対気付かれないようにしないといけないってことだ。
万一バレたら、俺まで呪いを掛けられる恐れがあるからだ……信じたくないことだけど。
夜、俺はいつもより少し早めにベッドに入って横になった。
俺の作戦はこうだ。
桐乃の奴は、いつも俺よりも30分~1時間ぐらい早く登校をする。
俺は普段よりちょっと早めに起きておいて、桐乃が家を出るのを待って部屋に忍び込み、ガサ入れを遂行する。
うむ、実にシンプルな作戦である。
桐乃が確実に家を出たのを確認するってのと、部屋に入った痕跡を残さないようにする、その点を気をつければきっと大丈夫だろう。
許せ妹よ、俺には大義があるのだ――
そんなことを考えながら、俺はいつの間にか眠りについていた。
そしてその日の深夜――
バチン!
すっかり熟睡していた俺は、突然の頬の痛みで目を覚ました。
な、何だ!?どうやら平手打ちを食らったらしいが……
俺は寝起きの鈍い頭で状況を把握しようと努める。
「……っ!?」
起き上がろうとするが、腹部に重みを感じて起き上がれない。
と、そこで俺は目を見張った。
いま俺の上では、パジャマ姿の桐乃が四つん這いの状態で、顔を接近させて覆いかぶさっていたのだ。
「って、おまえ……またかよ!?」
「……静かにしてってば。いま何時だと思ってんの?」
このシチュエーションは、以前にも覚えがある。
そう、こいつが初めて俺に人生相談を持ちかけたときのこと。
同じように深夜に襲撃を受けて、半ば強制的に部屋に連行の上、とんでもないカミングアウトを受けたんだ。
「アンタに、また……人生相談があるからさ」
桐乃はベッドを降り、音を立てないよう静かに部屋のドアを開けると、犬でも呼ぶように指で手招きをした。
どうやらまた、俺に拒否権はないようだ。
桐乃は俺を自室に連行すると、床にクッションを無造作に放り投げ、そこに座るよう促した。
ここ最近は兄妹でゲームすることもなかったので、桐乃の部屋に入るのは本当に久しぶりだ。
しかし、朝になったら忍び込むつもりだったので、いまここに居るのは妙な気がするけど。
俺はベッドの上に腰掛ける桐乃に問い掛ける。
「んで、なんだよ……人生相談って?」
「あ、うん……ええっと……」
桐乃は口篭っていて、なかなか今回の人生相談の中身を話そうとしない。
その間、俺は脳内フル回転でこの後の展開を予想していた。
桐乃の相談――またアニメやエロゲのことだろうか?
いや、最近はこいつゲーム自体してなさそうだったし、それに今更改まって相談するようなことでもないだろう。
となると、学校関係?はたまた友人関係とか?
それともまさか……
「あ、あのさ。前にアンタと話した……キラッの話って覚えてる――?」
その言葉を聞いて、俺は戦慄した。
やべえ、嫌な予感がジャストミートでクリーンヒットしてしまったかもしれない。
桐乃部屋への侵入作戦の前夜、就寝中にまさかの逆侵入を許してしまい、機先を制された俺に待っていたのは、これまでになくヘビーな予感のする人生相談だった。
なんなんだよ、この展開はよ……
とりあえず、下手なことだけは言わないよう気を付けねぇと……
「ねぇ、キラッって覚えてるかって聞いてるんだけど――?」
「あ、ああ。例の掲示板の――キラッだよな?」
「うん、そう……。実はあたし、ずっと秘密にしてたことがあるんだ……」
さっきまでの横柄な態度はどこへやらで、桐乃の表情は神妙な面持ちに変わっていた。
それにしても、まさかこいつの方からこの話題を振ってくるとは……
だけど兄貴としては……この先を聞きたいような、聞きたくないような、とても複雑な心境だ。
「えっと、驚かないで聞いてよね――」
ゴクリ、と俺は生唾を飲んだ。
それから10分ほどが経過したが――
俺は次の言葉を身構えて待っていたのに、桐乃はなかなか口を開こうとせず、部屋は沈黙に包まれていた。
この間、桐乃はずっとひとりで身悶えている。
おそらくこいつの中では、葛藤との戦いが繰り広げられているのだろう。
でも、俺はこいつがキラッだという事実をとっくに知ってるわけで、いまさら何を言われても驚かない自信があるんだけど……
逆に、自然な驚きのリアクションを取れるよう、さっきから繰り返しイメトレしてるぐらいだ。
そんな状況にたまりかねた俺は、先に口を開いた。
「なァ桐乃、そろそろ話してくれないか……?」
そう言ってもなお、桐乃はウンウン唸っていたが、しばらくすると何か諦めたように首を横に振り、ハァとため息をついた。
「やっぱりやめとくわ。……ごめん、部屋に戻って」
って、おい!なんだよそりゃ!?
「待て待て!夜中に叩き起こしておいて、それはねぇだろ!」
「だ~か~ら、ごめんって言ったじゃん。ホラっ」
桐乃は立ち上がり、部屋のドアを開くと、俺に出て行くよう促した。
クッ、なんて身勝手な妹だ……知ってたけどよ。
だけどキラッに関する話で、「秘密がある」「驚かないで聞いて」とまで言われて、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろ?
「お前さァ――また何か人に言えない悩みを抱えてるんだろ?だから俺に相談持ち掛けたんだろ?」
負けじと俺も立ち上がり、桐乃の正面に立って対峙する。
「ずっと秘密にしてたことって何だよ? 言ってみろよ」
「もういいってば!あたしがもういいって言ってんだから、それでいいでしょ?」
「よかねぇよ!お前、悩み事があるんだろっ!?」
「アンタしつこい!ウザい!あたしに悩みなんかないっ!」
ああ、こりゃ完全に押し問答だ。
こんな状態じゃ、もうまともな話が出来るはずがない。
……だけど、キラッ事件の自供までもう少しだったかもしれない、という思いに、深夜特有の余計なテンションも手伝って――
俺はうっかり口を滑らせてしまった。
「――嘘つけ!それなら、なんであの掲示板に書くのをやめたんだよ!?」
部屋には再び沈黙が訪れた――
覆水盆に返らず、後悔先に立たず、口は禍の元……
このとき俺の頭の中では、そんなことわざがピンボールのように激しく飛び交っていた。
桐乃はぽかんとした表情のまま、フリーズ状態になっていたが、しばらくして瞳に光彩を取り戻すと、再び怒気を含んだ表情に変わった。
「……掲示板って……何のことを言ってるの?」
「えっ? いや、それは……その……」
考えろ俺!とにかく何かごまかせるよう考えろっ!
『キラッの正体を掴んでることを本人に知られたら、口封じに呪いを掛けられる』
――俺はそんな黒猫の台詞を思い出していた。
ヤバい、このシチュエーションはヤバすぎる……っていうか最悪の展開だ!
……だが残念ながら、俺のスペック不足気味の脳内コンピューターでは、この場を凌ぐ気の利いた言い訳など、唯のひとつも浮かばなかった。
「キラッの掲示板のことよね?……アンタ、あたしがあそこに書き込んでたって言いたいの?」
\(^o^)/オワタ
そうだよな、話の流れ的にそうなるわな……
うん、もう観念したよ。煮るなり焼くなり呪いを掛けるなり好きにしろってな。
俺は覚悟を決め、その場にどしりと座り込んだ。
「ああ、そうだ――桐乃、お前がキラッとしてあの掲示板に書き込んでたことは知ってんだよ。
こんな形でバラしちまったのは俺の大ポカだけどな」
証拠を掴むどころか、逆に桐乃にあっさりバラしてしまったなんて、もし黒猫に知られたらどれだけの叱責を受けるか分からねぇけど、俺にはもう開き直るしかなかった。
桐乃はというと、驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。
「……なっ、なんでアンタがそんなことを!?」
「ちょっと思うところがあってな。ここ最近、俺なりに調べてたんだよ」
さすがに黒猫と一緒に調べてたなんて言えやしない。
あいつまで巻き添えにするわけにはいかないからな……
「さぁ、覚悟は出来てるからよ。好きにしろよ」
俺は床に大の字になり、呆然と立ち尽くす桐乃を睨んでそう言い放った。
「はぁぁ?アンタ何言ってんのよ?」
「だから、口封じのために呪いを掛けるんだろ?……俺はお前にデレることになんのか?」
「ちょ、ちょっと!!アンタなにキモいこと言ってんのよ!?」
あれ……? なんか予想してた反応と違うな?とりあえず俺は助かったのだろうか。
桐乃は呆れたように首を左右に振ると、再びベッドに腰掛けた。
「――っていうか、アタシにはもうそんな力は無いんだからさ」
弱々しく呟く桐乃に、俺は聞き返す。
「力がないって……どういうことだ?」
「……いいわ、アンタには全部話してあげる。元々そのつもりだったし」
そう言うと、桐乃はこれまでの出来事を少しずつ、ぽつりぽつりと話し始めた。
そして俺は、デレノートという信じがたいノートの存在を知ることとなった。
名前を書くだけで他人をデレさせるノート――
この数か月の間に起きた、そんな嘘みたいなノートを巡る経緯を、桐乃はマジ顔で俺に語った。
にわかには信じられない話だが、邪鬼眼電波上等の黒猫ならともかく、こいつがこんなことを嘘や妄想で話す奴じゃないってことは、俺が一番知っているわけだし、そんなノートの存在でもない限り、この奇怪な事件の説明はできないだろう。
不本意ながら俺は、完全にオカルトの世界に飛び込んでしまったようだ……
すべてを話した桐乃は、力なくうなだれた。
「――ま、そんなワケで、いまカップルを作ってるのはあたしからノートを奪った奴なの」
なるほど、状況はよく分かった。
よく分かったんだが……それはそれとして、俺にはどうしてもこいつに確認しなければならないことがある。
「桐乃、お前さぁ――なんでキラッなんかやってたんだよ?」
そう尋ねると、桐乃はびくっと小さく身体を震わせた。
「な、なんでって言われても……」
「カップルを作るってのが、不思議なノートの力だったのは分かったよ。
だけど、呪いの掲示板で依頼を受けるとか、俺には正直意味が分かんねぇんだけど……」
「ちょ、ちょっと!あれは呪いじゃないってば!あたしはただ……」
俯いていた桐乃は顔を上げて、一瞬、俺に視線を合わせたが、またすぐに目を逸らせてしまった。
「……ただ単に、カップルをたくさん作れば、みんなが幸せになれるんじゃないかなって思ってたの」
なぁおい、信じられるか?
世間を震え上がらせたキラッ事件の動機が、中三女子にありがちなお花畑な発想によるものだなんてよ。
こいつ、まさか恋のキューピッドにでもなり切っていたのだろうか。
「じゃあ、お前に悪意はなかったのかよ?世間を混乱させてやろうとか、さ」
「はぁ?あるわけないじゃん。何でそんなこと――」
桐乃は抗議のため再び顔を上げたが、俺の送るジト目の視線に気づいて、うっ、とたじろいだ。
「そ、そりゃあ、……途中からはちょっと調子にのっちゃってたかもしんないケド」
「ちょっとねぇ……」
「掲示板で叩かれたり荒らされたりして、ムキになっちゃったっていうか、そいつらにあたしの力を認めさせてやる、みたいなノリになっちゃって……」
桐乃の話は概ね理解しがたい事ばかりだが、掲示板で叩かれたこいつが顔を真っ赤にして癇癪起こす様子だけは、悲しくなるぐらい容易に想像することができちまった。
まぁ、ある日突然、人知を超えた能力を手に入れるなんていう、現実離れしたファンタジー体験をしたことがない俺には分からない話なんだろうけど、過ぎた力は人を狂わせるってことなのかもしれない。
俺がため息をひとつ吐くと、桐乃はおずおずと顔を上げ、上目遣いで訴えてきた。
「――だけど、いまノートを使ってる奴は少し違うみたいなの。なんて言うか……最初っから自分の欲望フルスロットルっていうか……もう誰でもいいって感じで……」
「ああ、確かにそんな感じを受けるな」
「アイツから何とかしてノートを取り返さなきゃ……」
経緯はどうあれ、最終的にいま何が起こっているのかといえば、桐乃をきっかけとして、とんでもなく危険なノートが、とんでもないイカレ野郎の元に渡っちまったってことだ。
思えば、桐乃がキラッだと判明したとき、なんとかして止めさせなければという気持ちがあったのは確かだが、それと同時に、俺の妹だから何とかなるだろうという油断が俺にはあったのかもしれない。
もし俺がもっと早くに桐乃を問い詰めていれば、こんな危機的状況にはなってなかったかも……?
と、このとき俺はそんなことを思ったのだが、直後にその考えを打ち消した。
……いやいや、それは結果論だよな。
桐乃だって、そのノートを奪われて、初めて自分の行いを客観視できたみたいだし、キラッとして現役バリバリだったときのこいつに干渉するのは、黒猫の言うようにリスクが大きすぎただろう。
俺はふと、机の上に置いてある、桐乃のノートパソコンに視線を送った。
ノーパソはつけっぱなしになっていて、さっきまで桐乃がプレイしていたのか、モニタには妹系対戦獲得ゲーム『妹・真妹大殲シスカリプス』のデモ画面が映されていた。
二体の妹キャラが、様々な技を繰り出して闘っているところだったのだが、俺はその画面にかすかな違和感を覚えた。
デモ画面にしちゃあ、一方のキャラクターの動きがCPUっぽくない……ていうか普通にプレイ中のような……
よく耳をすませて聞くと、キーボードをカタカタと打つ音もしている。
すると、俺の視線の先に気付いた桐乃が、誰もいない机に向かって言葉を投げかけた。
「ちょっとぉ、夜中はゲーム禁止って言ったでしょ!」
その言葉に反応するように、キーボードを叩く音が止み、画面内には「PAUSE」の文字が表示されている。
「桐乃、もしかして…… そこに……?」
「あ、うん。さっき話したデレ神のリューク。ノートに触れた人間にしか見えないらしいけど」
改めて机の方を向いたが、やはりそこには誰もいない。
俺は幽霊とかの類が怖いと思ったことは無いのだが、この時ばかりは寒気を感じた。
桐乃が見えない何かと会話をする様子は、傍から見りゃあ猛烈に気味の悪いもんだぜ……?
「お、お前、いつもそいつと一緒にいたのか?」
「まぁね。デレ神ってのはそういうシステムらしからさ……もちろんお風呂場とかには近寄らせなかったけど。慣れれば別に気にならないけどね」
「そうかのか……」
「あ、リュークが兄貴に、『よろしくな』だってさ」
なんだか超常現象がぐっと身近になっちまったな……
俺はデレ神のことはひとまず置いといて、ここで話を元に戻すことにした。
「なぁ、桐乃。色々聞かされて俺もまだ整理ができてないんだけどよ」
「あ、うん。そうだよね……」
「結局のところ、今回のお前の人生相談ってのは、この状況をどうにかしたいって事でいいのか?」
「……」
桐乃は何も言わなかったが、代わりにこくりと頷いた。
そうなると、やっぱりあいつにも事情を話して、力を貸してもらうしかねぇよな。
「よし分かった――じゃあさ、いま聞いた話を共有しておきたい奴が居るんだけどさ――」
そして翌日の土曜日――
俺からの連絡を受けた黒猫は、“三者面談”をすべく高坂家にやってきた。
「……こんにちは」
「よう、待ってたぜ」
俺は玄関に行き、ゴスロリファッションの黒猫を出迎えた。
桐乃がキラッとしての活動にハマってたこの数か月、自然とオタクっ娘コミュニティの集まりも無くなっていたので、学校以外の場所で黒猫に会うのは本当に久しぶりだ。
見慣れてたはずのゴスロリファッションも、今日はなんだか新鮮に映ってしまう。
俺は黒猫を連れて妹の部屋へと向かう。
ドアを開けると、桐乃はベッドの上に腰掛けていた。
「随分久しぶりね」
「あっ――うん、久しぶり……」
桐乃はちょっとバツが悪そうにして、黒猫から視線を逸らしている。
そんな桐乃を気にすることなく、黒猫は単刀直入にキラッの話題を切り出した。
「聞いたわよ。貴女、随分楽しそうな遊びをしていたそうじゃない」
「……」
棘のある黒猫の言い方に、桐乃は何も答えず黙っている。黒猫は続けた。
「思いがけず特殊な能力を身に付けた者が、考えなしにその能力を振るい、そして溺れる――よくあるシナリオね」
「……なによ……アンタ何が言いたいの?」
「ふふ、別に…… 異界の能力<ちから>に浮かれて自滅した莫迦女を哂っているだけよ」
「ふんっ、知ったようなこと言っちゃって――あっ、そっかぁ、アンタって“自称”闇世界の住人だもんね~。相変わらずの邪鬼眼乙!」
「に、人間風情が調子に乗って――!」
「おいおい、二人とも――」
二人の間に険悪な空気が渦巻いていることを察した俺は、醜い言い争いが始まる前に割って入った。
「とりあえず、今は奪われたノートの話をしようぜ。電話でも話したけど、厄介なことになっちまってんだよ」
二人は互いにそっぽを向いている。
ハァ、こんなので本当に大丈夫なのかよ……
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[[桐乃「デレノート……?」:505]]
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