桐乃「デレノート……?」:560

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560 &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/05/08(日) 01:01:01.87 ID:kFx1Z2y1o 何者かが俺達の名前をノートに書こうとしている―― 俺は慌てて部屋の出入り口へと駆け寄った。 せっかくこの騒動が解決間近になったというのに、ここで俺達がデレさせられたらまた振り出しに戻っちまう。 っていうか、事件なんて関係なしに、デレさせられること自体まっぴら御免だっての! 瀬菜が名前を読み上げてから数秒が経過している。間に合うか!? 俺はドアノブを掴むと、思いっきり手前に引く。 すると―― 「うおっ!!」 ドアの向こうに潜んでいた人物は、ドアを開けられた拍子に、ドテッと床に転がった。 「お前か……赤城……」 「よ、よう……高坂……」 その人物は、俺のクラスメイトで瀬菜の兄、“残念なイケメン”こと赤城浩平だった。 地べたに突っ伏した赤城の横には、真っ黒な表紙のノートが落ちている。 桐乃がそれを拾い上げ、パラパラとページをめくると、安堵のため息をついた。 「どうやら大丈夫だったみたいよ」 横からノートを覗き込むと、そこには乱雑に書き殴られたいくつかの名前の羅列があった。 後高 ルリ  御高 るり 後光 るり  五高 留理 五光 留理  五光 流里 なるほど……、黒猫の本名が書けなかったってわけか。 確かに、“ごこうるり”で“五更瑠璃”なんて、そうそう書けるもんじゃない。 ついでに言えば、書けない黒猫を後回しにして俺や桐乃の名前を先に書く、というような融通が利かない奴で命拾いしたようだ。 テストで難しい問題があると、そこで詰まって時間がなくなっちまうタイプだな。 「お兄ちゃん!ちゃんとやってくれないとだめじゃない!」 「すまん、瀬菜ちゃん!……俺の漢字力では無理だった……」 瀬菜の叱責を受けて、赤城は土下座して謝っている。 これがシスコン兄貴のなれの果てか……身につまされるぜ…… 赤城家での兄の威厳は、すっかり地に堕ちているようだ。 まぁ、うちだって威厳があるかと言われれば微妙なところではあるんだけど。 「……このノート、あたしのデレノートで間違いないよ。 以前に書いたページを確認できたから」 ノートの内容を精査していた桐乃がそう言うと、瀬菜は観念したように肩を落とした。 「今度こそ回収できたようね」 黒猫は満足そうに呟いた。 そして今、俺達はテーブルの上のデレノートを囲むようにして座っている。 「じゃあ、このノートをデレ神とやらに返して、お引き取りいただこうかしら」 「ようやくこれで一件落着ってわけだな」 この数か月の間、俺達が振り回されてきた原因であるデレノート―― 桐乃や瀬菜のせいで起こった混乱は決して小さくはなかったけど、ノートを返すことで掛かっていた呪いがチャラになるなら、これはもうハッピーエンドに相当するんじゃねえか。 満足そうにひとりで何度も頷いていた俺だったが、そんな俺に黒猫は、実にありがたくない提案をしてきた。 「……先輩、ちょっとノートに触ってみる気はない?」 「な、なんで今更ノートに触る必要があるんだよ! 触ったら……見えちまうんだろ?デレ神が……」 「妹さんとデレ神との会話を聞くためには必要でしょう? ノートを返すにしても、私かあなたのどちらかが第三者としてやり取りの内容を聞いていないと不安じゃない」 「不安って、何がだ?」 「私達に分からないように何か取引をされるかもしれないでしょう。デレ神の声が聞こえるのは他に赤城さん兄妹だけなのだから」 それを聞いた桐乃がキッと目をむく。 「アンタねぇ、少しは信用しなさいよ!あたしはもうデレノートなんかに未練は無いってば」 「それなら別に会話を聞かれても構わないはずよね」 黒猫は桐乃の抗議などどこ吹く風で続けた。 「……ということで、先輩、どうぞ」 「ちょっと待て待て!なんで俺なんだよ!? こういうのに慣れてるお前こそ適任じゃないか」 「だらしないわね…… デレ神が怖いなんて……」 「お前にゃ言われたくねーよ!」 そんなやり取りをしていると、ふいに桐乃が俺と黒猫の手を取った。 「あーっ!もう面倒くさいからさ、触るんなら二人ともノートに触ればいいじゃん」 そう言って、桐乃は俺達の手を机の上のデレノートへと導く。 虚を突かれた俺と黒猫は、抵抗する間もなくノートに触れてしまった。 「「あ……」」 ノートに触った瞬間、俺は思わず肩をすくめて身構えたが、ノートが光を発するとか、身体に電気のような衝撃が走るとか、そんなファンタジーでありがちな特殊効果は何も起きなかった。 だけど、部屋の隅に視線を移すと、そこには壁に寄りかかって立っているそいつが見えたんだ―― 長身の赤城よりもさらにデカい図体で全身黒ずくめ、逆立った髪の毛がさらにその身体を大きく見せている。 そして青味のかかった真っ白な顔面に頬まで裂けた口に、なにより特徴的なギョロリとした焦点の合わなさそうな瞳。 ……まぁ、それらを総合すると、要するに化け物だってことだ。 「うおおおおおおおおおおお!!」 あまりにも不気味な姿形に、俺は思わず叫び声を上げちまった。 こ、こんなのが何か月もうちに住み着いてたのかよ……! 「うおおおおおおおおおおお!!」 そんな俺に呼応するように、赤城も同じような叫び声を上げていた。 「うぉい!いまさらかよ!? お前はずっと見えてたはずだろ!」 「……いや、なんかさっきから驚くタイミングが見つからなくってよ」 そう言うと、このイケメンはサムアップして白い歯をきらりと光らせた。 ああ、前から知ってはいたけど、やっぱりお前はアホだよ。 黒猫はというと、デレ神の方向を見つめたまま、微動だにしていない。 微動だにしていなかったが……、しばらくしてスッと立ち上がると、両手で印を組んだ。 そして―― 「鬱欖檳檻樞歿汪搓槃榜棆棕椈楾楷欖棗梭樸檢殀……!」 「待て、落ち着け!ストーーップ!!」 またもや怪しげな呪文を大声で唱え始めた黒猫を、俺は必死に制止する。 こいつのブレのなさは尊敬に値するぜ…… とにかく、ビビったときに呪文を唱える癖は直そうな! 俺達が一通り驚きのリアクションを済ませたところで、デレ神は口を開いた。 『まぁ、そんなに怖がることはない。俺はこれでも神の端くれだからな』 嘘付け! 神っていうか、そのビジュアルはどう見ても悪魔寄りじゃねえか! 俺は心の中で思いっきり突っ込んだ。……口に出す勇気は無かったけど。 デレ神リュークは、頬まで裂けた口をさらに吊り上げてニヤついている。 顔面蒼白で震えていた黒猫は、どうにか落ち着いたようで、コホンとひとつ咳払いをした。 「……それじゃ、気を取り直して、今度こそノートをデレ神に返してもらおうかしら」 その言葉を受けて、桐乃がこくりと頷く。 桐乃はノートを手に取り、両手で胸の前に持つと、立ち上がってデレ神と向き合った。 「リューク、そういうことだから、あたしはデレノートの所有権を放棄するね」 そう言うと、桐乃はデレ神に優しく微笑みかけた。 「この数か月、なんだかんだでアンタと一緒にエロゲしたりして楽しかったよ。……元気でね」 俺や黒猫、赤城兄妹の見守る中で、デレノートを返し、デレ神が去り、すべてが終わる。 これでようやく元の日常に戻れるんだ。 ――そう思っていたけれど、事はそんな簡単に終わらなかった。 『ククク……所有権を放棄? 何を言っている』 デレ神リュークは小馬鹿にしたように嘲笑っている。 部屋の中に不穏な空気が漂い始めているのを俺は感じた。 デレ神の意図のみえない言葉に、桐乃は食って掛かった。 「えっ、アンタこそ何言ってんのよ。昨日そう言ったじゃん。所有権を放棄したらノートを回収して人間界を去って、これまでのデレも無効になるって」 『俺は、所有者が所有権を“失ったら”と言ったんだ』 「だから失って良いって言ってるじゃん。何が違うのよ?」 するとデレ神は呆れたように言い放った。 『そんな放棄宣言なんかで、俺がすんなりデレ神界に帰ると思ったのか? デレノートの表紙裏に書かれたルールに従わなければ、所有権の喪失はありえないし、俺がデレ神界に帰ることもない』 「表紙裏のルールって――」 桐乃が机の上でデレノートを開き、表紙裏を確認する。 俺達もノートを覗き込む。 そこに書かれていたルールとは―― 《デレノートを持っている限り、自分が誰かにデレるまで元持ち主であるデレ神が憑いてまわる》 デレノートを手放し、デレ神と縁を切るための条件 ――それは、デレノートの持ち主自らが、デレの呪いに掛かることだった。 予想外の展開に、俺達はノートの表紙裏を見つめたまま、声も出せずにいた。 桐乃とデレ神の別れを皆で見守っていた数分前とは一転、室内は重苦しい空気に包まれている。 『別に、無理にノートを手放す必要はないぞ。今まで通りでも構わない。俺も人間界は嫌いじゃないからよ』 ククク……と独特の笑い声を漏らしながらデレ神は言う。 『その場合はもちろん、デレノートでデレた者共は元に戻らず、ずっとそのままだけどな』 これまでのデレの呪いをすべてリセットできる――そんな旨い話には、しっかり代償が必要だったって訳だ。 こいつはやっぱり神なんかじゃなく、見た目通りの悪魔だったらしい。 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは黒猫だった。 「……あなた、どうするつもり?」 さすがの黒猫も、この状況に戸惑い気味の様子だ。 キラッの正体を暴き、今日のこの場をセッティングした張本人だが、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかっただろう。 当の桐乃も、大いにショックを受け、ずっと押し黙っている…… ――かと思いきや、意外にも妙に晴れ晴れとした表情をしてやがった。 「え? そんなの、決まってるじゃん」 桐乃はそう言うとソファーから立ち、デレ神と向き合った。 そして、俺達の視線を一身に受けながら、その決意を表明した。 「あたしが撒いた種なんだから、あたしがちゃんと責任を取るってば」 桐乃はこの数か月、他人の心を操るという不気味なノートを使って、世間を混乱に陥れていた。 それは、法に照らして罰することなんてできない、超常現象の類ではあるけれど、それが人のモラルに反する行為だということは、俺を含め、誰もが感覚的に解っている。 そして、キラッだった以前ならいざ知らず、今の桐乃だってそのことを認識しているだろう。 だからこそ、桐乃はその責任から逃げるようなことはしない。 どうしてかって? ――俺の妹はそういう奴だからだ。 自分の過ちに気付いたら、そのことを誤魔化したり、言い逃れするようなことをせず、バカ正直に潔く受け入れる。 親父譲りの芯の強さを持ち、自分自身に対して人一倍厳しい――そんな奴なんだ。 「桐乃ちゃん……その……ごめんね。あたしの責任でもあるのに……」 瀬菜はおずおずと桐乃を見上げ、今にも泣き出しそうな顔を見せた。 「ううん、せなちーは気にしないでいいって」 「でも……」 「そりゃあ、ノート奪わて好き勝手されたのはムカついたけど、結果的にそのおかげであたしの目が覚めたんだしさ」 桐乃は瀬菜に微笑んでみせた後、再びデレ神と対峙した。 「んじゃ、デレノートにあたしの名前を書けばいいのね?」 傍から見れば、単に桐乃の自業自得、因果応報かもしれない。 そして、道理に従えば、これまでの悪戯の“責任”を取らせるべきなのかもしれない。 だけど――だけどさ、 だからといって、桐乃を誰かにデレさせるだと? そんなの、兄貴として到底認められるわけがねぇだろうよ。 「……桐乃、バカな真似はよせ」 俺が発したその言葉に、バッグの中のペンを探していた桐乃が顔を上げる。 「はぁ~?今更なに言ってんのよ」 「あのな、デレるってことは……つまり、お前がデレデレになっちまうってことだぞ?他の誰でもなく、お前がだ。 そんなのダメだろ?」 まさに“何を今更”な当然のことをまくし立てている俺を、桐乃はぽかんと見つめている。 クソっ、俺は何を言ってんだよ…… 頭の整理ができていないので、自分でも何を言いたいのか分からねぇ。 ――分からねぇけど、いまは桐乃を思い留まらせないといけない。 誰かにデレてる桐乃なんて我慢できるかよ! そんな俺の中の秘められたシスコン魂が、俺を喋らせていた。 「お前がデレちまうなんて……そんなの、お前がお前じゃなくなっちまうじゃねえか」 「でもあたしがデレないと、終わりにできないじゃん!」 そんなことは承知の上だ。 だけど、俺はお前のように、潔くこの状況を受け入れることなんてできやしない。 「そんな結末あり得ないだろ! お前がデレる? なんでそんなことになっちまうんだ」 「あ、あたしだって望んでデレるわけじゃないって!でもしょうがないでしょ!」 「ふざけんなよ!まだ中学生のお前が、なんでそこまで背負う必要があるんだよ」 「だって、あたしが責任とってデレないと、デレノートでデレさせられた大勢の人達が元に戻れない。……それでいいワケがないじゃない」 俺は一瞬ひるんだ。 確かに桐乃の言う通りだ。その通りなんだけど……でも―― 「そんなの……お前が変わっちまうぐらいなら、そいつらなんか――」 そう言いかけたところで、「兄貴!」と桐乃が妨げた。 「あたしを想ってくれるのは嬉しいけど、その先を言っちゃったら兄貴はサイテーだよ」 その言葉は俺の胸を突いた。 俺は何も言い返せず、舌を打ち、ソファーにどさっと腰掛ける。 自分の無力さが恨めしい――俺は心底そう思い、大きく息を吐いた。 そんなやり取りを黙って聞いていたデレ神が口を開いた。 『――どうやら決まりのようだな』 桐乃は無言でこくりと頷く。 『言っておくが、自分を自分にデレさせることはできないぞ。  自分の名前を書くのなら、デレる対象を指定しなければならない。もしくはデレ対象の人物に書かせるか、だ』 「わ、分かってるってば!」 桐乃はデレノートをパラパラとめくり、まっ白なページを開く。 そして一度大きく深呼吸をすると、そのノートとペンを差し出した。 ――俺の目の前に。 「さすがに自分で書くのは抵抗があるからさ……アンタがあたしの名前書いてよ」 は?? 俺が、お前の名前を、デレノートに書く? それってつまり…… 俺が尋ねるよりも先に、桐乃は慌て気味の弁明を始めた。 「しょ、しょうがないでしょ! 事情知らない人にいきなりデレるわけにいかないし――」 桐乃はチラッと横目で黒猫に視線を送る。 「この黒いのにデレたっていいんだけど、こいつひ弱だからさ。デレたあたしが力尽くで何かしちゃいそうになったときに、抵抗できなさそうだし」 「なっ!? あなた……お、恐ろしいことを言わないで頂戴……」 何かしちゃうって……なにをだよ…… 黒猫は額に縦線を浮かべて思いっきり引いている。 そんな黒猫のことは気にすることもなく、桐乃は俺を指差して話を続けた。 「――そんなわけで、あたしのデレ対象候補はあんたぐらいしか居ないのよ! 一応……あんたならちゃんと、兄妹の節度を守ってくれるかなって……、信じてるし……」 待て待て待て! 節度って!お前はどういう状況を想定してんの!? 「よその男にデレて、世間で変なウワサたっちゃうよりは、不本意だけど……ブラコン娘だと思われる方が少しはマシだし……すっごく不本意だけど!」 そこで依然引き気味の黒猫がぼそっと呟く。 「私に言わせれば、本質は今とあまり変わらない気がするのだけど……」 桐乃がジロッと睨むと、黒猫はわざとらしく口を押さえて顔をそむけた。 「というわけだから、はいっ」 桐乃は俺にペンを押し付け、俺はやむなくそれを受け取る。 な、なんてこった…… 俺が、自分の手で妹をデレさせるのかよ……しかも俺に。 「なぁ、桐乃…… ノートも返ってきたんだし、急いで結論出すこともないんじゃないか? もう一度じっくり考えてから決めても……」 そんな諦めの悪い俺の提案を、桐乃は一蹴する。 「くどい!……っていうかアンタさ、そんなにあたしにデレられるのが嫌なの!?」 「い、いや、そういうわけじゃねえけどよ……」 腕組みをして、さっさと書けと言わんばかりに俺を見下ろしている桐乃の迫力に圧され、俺は仕方なくペンを握り、ノートの白いページの左上に構える。 なんで俺が追い込まれる立場になってるんだよ…… そんなボヤキを呟きつつ、皆が注目する中、俺はゆっくりと桐乃のフルネームを書き始めた。 俺は一画ずつ、普段よりもずっと丁寧に文字を書く―― いつでも中断できるようにという、そんな考えで時間を稼いでいたのだけど、結局、桐乃からストップの声が掛かることはなかった。 そして最後の一字、「乃」の字を書き終えてしまう最後のハネに差し掛かり、そこで顔を上げると、俺のペン先を見つめていた桐乃と視線が合った。 「デレたあたしのことも、よろしくね――兄貴」 そう言い残し、桐乃は俺に デレた。 &br() [[桐乃「デレノート……?」:624]] &br()
560 &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/05/08(日) 01:01:01.87 ID:kFx1Z2y1o 何者かが俺達の名前をノートに書こうとしている―― 俺は慌てて部屋の出入り口へと駆け寄った。 せっかくこの騒動が解決間近になったというのに、ここで俺達がデレさせられたらまた振り出しに戻っちまう。 っていうか、事件なんて関係なしに、デレさせられること自体まっぴら御免だっての! 瀬菜が名前を読み上げてから数秒が経過している。間に合うか!? 俺はドアノブを掴むと、思いっきり手前に引く。 すると―― 「うおっ!!」 ドアの向こうに潜んでいた人物は、ドアを開けられた拍子に、ドテッと床に転がった。 「お前か……赤城……」 「よ、よう……高坂……」 その人物は、俺のクラスメイトで瀬菜の兄、“残念なイケメン”こと赤城浩平だった。 地べたに突っ伏した赤城の横には、真っ黒な表紙のノートが落ちている。 桐乃がそれを拾い上げ、パラパラとページをめくると、安堵のため息をついた。 「どうやら大丈夫だったみたいよ」 横からノートを覗き込むと、そこには乱雑に書き殴られたいくつかの名前の羅列があった。 後高 ルリ  御高 るり 後光 るり  五高 留理 五光 留理  五光 流里 なるほど……、黒猫の本名が書けなかったってわけか。 確かに、“ごこうるり”で“五更瑠璃”なんて、そうそう書けるもんじゃない。 ついでに言えば、書けない黒猫を後回しにして俺や桐乃の名前を先に書く、というような融通が利かない奴で命拾いしたようだ。 テストで難しい問題があると、そこで詰まって時間がなくなっちまうタイプだな。 「お兄ちゃん!ちゃんとやってくれないとだめじゃない!」 「すまん、瀬菜ちゃん!……俺の漢字力では無理だった……」 瀬菜の叱責を受けて、赤城は土下座して謝っている。 これがシスコン兄貴のなれの果てか……身につまされるぜ…… 赤城家での兄の威厳は、すっかり地に堕ちているようだ。 まぁ、うちだって威厳があるかと言われれば微妙なところではあるんだけど。 「……このノート、あたしのデレノートで間違いないよ。 以前に書いたページを確認できたから」 ノートの内容を精査していた桐乃がそう言うと、瀬菜は観念したように肩を落とした。 「今度こそ回収できたようね」 黒猫は満足そうに呟いた。 そして今、俺達はテーブルの上のデレノートを囲むようにして座っている。 「じゃあ、このノートをデレ神とやらに返して、お引き取りいただこうかしら」 「ようやくこれで一件落着ってわけだな」 この数か月の間、俺達が振り回されてきた原因であるデレノート―― 桐乃や瀬菜のせいで起こった混乱は決して小さくはなかったけど、ノートを返すことで掛かっていた呪いがチャラになるなら、これはもうハッピーエンドに相当するんじゃねえか。 満足そうにひとりで何度も頷いていた俺だったが、そんな俺に黒猫は、実にありがたくない提案をしてきた。 「……先輩、ちょっとノートに触ってみる気はない?」 「な、なんで今更ノートに触る必要があるんだよ! 触ったら……見えちまうんだろ?デレ神が……」 「妹さんとデレ神との会話を聞くためには必要でしょう? ノートを返すにしても、私かあなたのどちらかが第三者としてやり取りの内容を聞いていないと不安じゃない」 「不安って、何がだ?」 「私達に分からないように何か取引をされるかもしれないでしょう。デレ神の声が聞こえるのは他に赤城さん兄妹だけなのだから」 それを聞いた桐乃がキッと目をむく。 「アンタねぇ、少しは信用しなさいよ!あたしはもうデレノートなんかに未練は無いってば」 「それなら別に会話を聞かれても構わないはずよね」 黒猫は桐乃の抗議などどこ吹く風で続けた。 「……ということで、先輩、どうぞ」 「ちょっと待て待て!なんで俺なんだよ!? こういうのに慣れてるお前こそ適任じゃないか」 「だらしないわね…… デレ神が怖いなんて……」 「お前にゃ言われたくねーよ!」 そんなやり取りをしていると、ふいに桐乃が俺と黒猫の手を取った。 「あーっ!もう面倒くさいからさ、触るんなら二人ともノートに触ればいいじゃん」 そう言って、桐乃は俺達の手を机の上のデレノートへと導く。 虚を突かれた俺と黒猫は、抵抗する間もなくノートに触れてしまった。 「「あ……」」 ノートに触った瞬間、俺は思わず肩をすくめて身構えたが、ノートが光を発するとか、身体に電気のような衝撃が走るとか、そんなファンタジーでありがちな特殊効果は何も起きなかった。 だけど、部屋の隅に視線を移すと、そこには壁に寄りかかって立っているそいつが見えたんだ―― 長身の赤城よりもさらにデカい図体で全身黒ずくめ、逆立った髪の毛がさらにその身体を大きく見せている。 そして青味のかかった真っ白な顔面に頬まで裂けた口に、なにより特徴的なギョロリとした焦点の合わなさそうな瞳。 ……まぁ、それらを総合すると、要するに化け物だってことだ。 「うおおおおおおおおおおお!!」 あまりにも不気味な姿形に、俺は思わず叫び声を上げちまった。 こ、こんなのが何か月もうちに住み着いてたのかよ……! 「うおおおおおおおおおおお!!」 そんな俺に呼応するように、赤城も同じような叫び声を上げていた。 「うぉい!いまさらかよ!? お前はずっと見えてたはずだろ!」 「……いや、なんかさっきから驚くタイミングが見つからなくってよ」 そう言うと、このイケメンはサムアップして白い歯をきらりと光らせた。 ああ、前から知ってはいたけど、やっぱりお前はアホだよ。 黒猫はというと、デレ神の方向を見つめたまま、微動だにしていない。 微動だにしていなかったが……、しばらくしてスッと立ち上がると、両手で印を組んだ。 そして―― 「鬱欖檳檻樞歿汪搓槃榜棆棕椈楾楷欖棗梭樸檢殀……!」 「待て、落ち着け!ストーーップ!!」 またもや怪しげな呪文を大声で唱え始めた黒猫を、俺は必死に制止する。 こいつのブレのなさは尊敬に値するぜ…… とにかく、ビビったときに呪文を唱える癖は直そうな! 俺達が一通り驚きのリアクションを済ませたところで、デレ神は口を開いた。 『まぁ、そんなに怖がることはない。俺はこれでも神の端くれだからな』 嘘付け! 神っていうか、そのビジュアルはどう見ても悪魔寄りじゃねえか! 俺は心の中で思いっきり突っ込んだ。……口に出す勇気は無かったけど。 デレ神リュークは、頬まで裂けた口をさらに吊り上げてニヤついている。 顔面蒼白で震えていた黒猫は、どうにか落ち着いたようで、コホンとひとつ咳払いをした。 「……それじゃ、気を取り直して、今度こそノートをデレ神に返してもらおうかしら」 その言葉を受けて、桐乃がこくりと頷く。 桐乃はノートを手に取り、両手で胸の前に持つと、立ち上がってデレ神と向き合った。 「リューク、そういうことだから、あたしはデレノートの所有権を放棄するね」 そう言うと、桐乃はデレ神に優しく微笑みかけた。 「この数か月、なんだかんだでアンタと一緒にエロゲしたりして楽しかったよ。……元気でね」 俺や黒猫、赤城兄妹の見守る中で、デレノートを返し、デレ神が去り、すべてが終わる。 これでようやく元の日常に戻れるんだ。 ――そう思っていたけれど、事はそんな簡単に終わらなかった。 『ククク……所有権を放棄? 何を言っている』 デレ神リュークは小馬鹿にしたように嘲笑っている。 部屋の中に不穏な空気が漂い始めているのを俺は感じた。 デレ神の意図のみえない言葉に、桐乃は食って掛かった。 「えっ、アンタこそ何言ってんのよ。昨日そう言ったじゃん。所有権を放棄したらノートを回収して人間界を去って、これまでのデレも無効になるって」 『俺は、所有者が所有権を“失ったら”と言ったんだ』 「だから失って良いって言ってるじゃん。何が違うのよ?」 するとデレ神は呆れたように言い放った。 『そんな放棄宣言なんかで、俺がすんなりデレ神界に帰ると思ったのか? デレノートの表紙裏に書かれたルールに従わなければ、所有権の喪失はありえないし、俺がデレ神界に帰ることもない』 「表紙裏のルールって――」 桐乃が机の上でデレノートを開き、表紙裏を確認する。 俺達もノートを覗き込む。 そこに書かれていたルールとは―― 《デレノートを持っている限り、自分が誰かにデレるまで元持ち主であるデレ神が憑いてまわる》 デレノートを手放し、デレ神と縁を切るための条件 ――それは、デレノートの持ち主自らが、デレの呪いに掛かることだった。 予想外の展開に、俺達はノートの表紙裏を見つめたまま、声も出せずにいた。 桐乃とデレ神の別れを皆で見守っていた数分前とは一転、室内は重苦しい空気に包まれている。 『別に、無理にノートを手放す必要はないぞ。今まで通りでも構わない。俺も人間界は嫌いじゃないからよ』 ククク……と独特の笑い声を漏らしながらデレ神は言う。 『その場合はもちろん、デレノートでデレた者共は元に戻らず、ずっとそのままだけどな』 これまでのデレの呪いをすべてリセットできる――そんな旨い話には、しっかり代償が必要だったって訳だ。 こいつはやっぱり神なんかじゃなく、見た目通りの悪魔だったらしい。 重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは黒猫だった。 「……あなた、どうするつもり?」 さすがの黒猫も、この状況に戸惑い気味の様子だ。 キラッの正体を暴き、今日のこの場をセッティングした張本人だが、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかっただろう。 当の桐乃も、大いにショックを受け、ずっと押し黙っている…… ――かと思いきや、意外にも妙に晴れ晴れとした表情をしてやがった。 「え? そんなの、決まってるじゃん」 桐乃はそう言うとソファーから立ち、デレ神と向き合った。 そして、俺達の視線を一身に受けながら、その決意を表明した。 「あたしが撒いた種なんだから、あたしがちゃんと責任を取るってば」 桐乃はこの数か月、他人の心を操るという不気味なノートを使って、世間を混乱に陥れていた。 それは、法に照らして罰することなんてできない、超常現象の類ではあるけれど、それが人のモラルに反する行為だということは、俺を含め、誰もが感覚的に解っている。 そして、キラッだった以前ならいざ知らず、今の桐乃だってそのことを認識しているだろう。 だからこそ、桐乃はその責任から逃げるようなことはしない。 どうしてかって? ――俺の妹はそういう奴だからだ。 自分の過ちに気付いたら、そのことを誤魔化したり、言い逃れするようなことをせず、バカ正直に潔く受け入れる。 親父譲りの芯の強さを持ち、自分自身に対して人一倍厳しい――そんな奴なんだ。 「桐乃ちゃん……その……ごめんね。あたしの責任でもあるのに……」 瀬菜はおずおずと桐乃を見上げ、今にも泣き出しそうな顔を見せた。 「ううん、せなちーは気にしないでいいって」 「でも……」 「そりゃあ、ノート奪わて好き勝手されたのはムカついたけど、結果的にそのおかげであたしの目が覚めたんだしさ」 桐乃は瀬菜に微笑んでみせた後、再びデレ神と対峙した。 「んじゃ、デレノートにあたしの名前を書けばいいのね?」 傍から見れば、単に桐乃の自業自得、因果応報かもしれない。 そして、道理に従えば、これまでの悪戯の“責任”を取らせるべきなのかもしれない。 だけど――だけどさ、 だからといって、桐乃を誰かにデレさせるだと? そんなの、兄貴として到底認められるわけがねぇだろうよ。 「……桐乃、バカな真似はよせ」 俺が発したその言葉に、バッグの中のペンを探していた桐乃が顔を上げる。 「はぁ~?今更なに言ってんのよ」 「あのな、デレるってことは……つまり、お前がデレデレになっちまうってことだぞ?他の誰でもなく、お前がだ。 そんなのダメだろ?」 まさに“何を今更”な当然のことをまくし立てている俺を、桐乃はぽかんと見つめている。 クソっ、俺は何を言ってんだよ…… 頭の整理ができていないので、自分でも何を言いたいのか分からねぇ。 ――分からねぇけど、いまは桐乃を思い留まらせないといけない。 誰かにデレてる桐乃なんて我慢できるかよ! そんな俺の中の秘められたシスコン魂が、俺を喋らせていた。 「お前がデレちまうなんて……そんなの、お前がお前じゃなくなっちまうじゃねえか」 「でもあたしがデレないと、終わりにできないじゃん!」 そんなことは承知の上だ。 だけど、俺はお前のように、潔くこの状況を受け入れることなんてできやしない。 「そんな結末あり得ないだろ! お前がデレる? なんでそんなことになっちまうんだ」 「あ、あたしだって望んでデレるわけじゃないって!でもしょうがないでしょ!」 「ふざけんなよ!まだ中学生のお前が、なんでそこまで背負う必要があるんだよ」 「だって、あたしが責任とってデレないと、デレノートでデレさせられた大勢の人達が元に戻れない。……それでいいワケがないじゃない」 俺は一瞬ひるんだ。 確かに桐乃の言う通りだ。その通りなんだけど……でも―― 「そんなの……お前が変わっちまうぐらいなら、そいつらなんか――」 そう言いかけたところで、「兄貴!」と桐乃が妨げた。 「あたしを想ってくれるのは嬉しいけど、その先を言っちゃったら兄貴はサイテーだよ」 その言葉は俺の胸を突いた。 俺は何も言い返せず、舌を打ち、ソファーにどさっと腰掛ける。 自分の無力さが恨めしい――俺は心底そう思い、大きく息を吐いた。 そんなやり取りを黙って聞いていたデレ神が口を開いた。 『――どうやら決まりのようだな』 桐乃は無言でこくりと頷く。 『言っておくが、自分を自分にデレさせることはできないぞ。  自分の名前を書くのなら、デレる対象を指定しなければならない。もしくはデレ対象の人物に書かせるか、だ』 「わ、分かってるってば!」 桐乃はデレノートをパラパラとめくり、まっ白なページを開く。 そして一度大きく深呼吸をすると、そのノートとペンを差し出した。 ――俺の目の前に。 「さすがに自分で書くのは抵抗があるからさ……アンタがあたしの名前書いてよ」 は?? 俺が、お前の名前を、デレノートに書く? それってつまり…… 俺が尋ねるよりも先に、桐乃は慌て気味の弁明を始めた。 「しょ、しょうがないでしょ! 事情知らない人にいきなりデレるわけにいかないし――」 桐乃はチラッと横目で黒猫に視線を送る。 「この黒いのにデレたっていいんだけど、こいつひ弱だからさ。デレたあたしが力尽くで何かしちゃいそうになったときに、抵抗できなさそうだし」 「なっ!? あなた……お、恐ろしいことを言わないで頂戴……」 何かしちゃうって……なにをだよ…… 黒猫は額に縦線を浮かべて思いっきり引いている。 そんな黒猫のことは気にすることもなく、桐乃は俺を指差して話を続けた。 「――そんなわけで、あたしのデレ対象候補はあんたぐらいしか居ないのよ! 一応……あんたならちゃんと、兄妹の節度を守ってくれるかなって……、信じてるし……」 待て待て待て! 節度って!お前はどういう状況を想定してんの!? 「よその男にデレて、世間で変なウワサたっちゃうよりは、不本意だけど……ブラコン娘だと思われる方が少しはマシだし……すっごく不本意だけど!」 そこで依然引き気味の黒猫がぼそっと呟く。 「私に言わせれば、本質は今とあまり変わらない気がするのだけど……」 桐乃がジロッと睨むと、黒猫はわざとらしく口を押さえて顔をそむけた。 「というわけだから、はいっ」 桐乃は俺にペンを押し付け、俺はやむなくそれを受け取る。 な、なんてこった…… 俺が、自分の手で妹をデレさせるのかよ……しかも俺に。 「なぁ、桐乃…… ノートも返ってきたんだし、急いで結論出すこともないんじゃないか? もう一度じっくり考えてから決めても……」 そんな諦めの悪い俺の提案を、桐乃は一蹴する。 「くどい!……っていうかアンタさ、そんなにあたしにデレられるのが嫌なの!?」 「い、いや、そういうわけじゃねえけどよ……」 腕組みをして、さっさと書けと言わんばかりに俺を見下ろしている桐乃の迫力に圧され、俺は仕方なくペンを握り、ノートの白いページの左上に構える。 なんで俺が追い込まれる立場になってるんだよ…… そんなボヤキを呟きつつ、皆が注目する中、俺はゆっくりと桐乃のフルネームを書き始めた。 俺は一画ずつ、普段よりもずっと丁寧に文字を書く―― いつでも中断できるようにという、そんな考えで時間を稼いでいたのだけど、結局、桐乃からストップの声が掛かることはなかった。 そして最後の一字、「乃」の字を書き終えてしまう最後のハネに差し掛かり、そこで顔を上げると、俺のペン先を見つめていた桐乃と視線が合った。 「デレたあたしのことも、よろしくね――兄貴」 そう言い残し、桐乃は俺に デレた。 &br() [[桐乃「デレノート……?」:624]] &br()

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