桐乃「デレノート……?」:624

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624 名前: &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/05/16(月) 20:33:07.70 ID:XSnldCWFo あれから数日が経ち―― 今日も、なんら変哲も無い、いつもの朝を迎えた。 いつものように、部屋に鳴り響く目覚まし時計。そのけたたましいベルの金属音に、俺の眠りは妨げられる。 しばらくすると、ガチャっと部屋のドアが開く音が聞こえ、目覚まし時計のベルが鳴り止んだ。 「お兄ちゃ~ん?――いつまで寝てるの? もう朝だよ」 まるで世話女房のように振る舞う桐乃がカーテンを開くと、薄暗かった部屋に眩しい朝の光が差し込んできた。 「早く起きないと、朝ごはん冷めちゃうでしょ。せっかく作ったのに~」 そう言って俺の身体を揺さぶる桐乃に、俺は背中を向けて狸寝入りを決め込み、 ささやかな抵抗を試みるが、 「ふ~ん、起きないなら……」 そんな声が聞こえ、ゴソゴソとベッドシーツをまさぐられている感じがしたかと思えば―― 「抱きつき攻撃ぃぃぃ~!」 ぬおおおおお!! 寝ている後ろから抱き締められ、背中に感じた柔らかく温かな感触に、俺は今度こそ完全に目を覚ました。 そして慌てて上体を起こし、桐乃を引き離す。 「お、お前! ベッドに潜り込むのはよせって言ったろう!」 「えへへ~、おはよっ、お兄ちゃん」 あの日以来、俺の妹はずっとこんな調子だ。 以前の桐乃からは到底想像できない、妹萌えのキャラを地で行くようなこの変わりよう。 四六時中ツンツンして、俺を「クソ兄貴」呼ばわりしてたこいつが、今では「お兄ちゃ~ん」だぜ? 俺にはどうしてもこの甘ったるい呼称が受け入れられず、呼ばれる度にムズ痒さと気恥ずかしさのハイブリッドな感覚に襲われてしまう…… ガシガシと頭を掻く俺に、ベッドから降りた桐乃は手を差し出して言った。 「ほら、服も脱いで。洗濯するから」 俺は黙ってシャツを脱ぎ、桐乃に手渡す。 朝からこうやって兄貴に甲斐甲斐しく世話を焼く妹だなんて、まさに兄妹の理想像だろう。 赤城のようなエリート級のシスコン兄貴だったら、喜んでこの状況に順応するんだろうけど、俺の場合、どうしても以前とのギャップがさ……俺を素直にさせてくれないんだ。 「じゃ、先に下に降りてるからね」 そう言ってそそくさと部屋を出る桐乃を、俺は「ちょっと待て」と呼び止める。 「なあに、お兄ちゃん?」 「……念のため言っとくけど、シャツの匂いは嗅ぐなよ」 「ぎくっ!」 ぎくっ、じゃねえっての。 なぁ、こういうのもデレの内なのか……? 「――きょうちゃん、最近、桐乃ちゃんと仲良しになったんだってね」 いつものように麻奈実と並んで登校していると、この幼馴染はふいにそんなことを言ってきた。 「な、なぜお前がそんなこと知ってんだ!?」 別に隠していたわけではないけど、デレノートの件を知らない麻奈実には、どうにも事情を説明しづらい。 そんなわけで、わざわざ我が家の兄妹仲の変化を報告するようなことはしなかったのだが、どこかから漏れ伝わってしまったようだ。 「ふふふっ、わたしは意外と情報通なんだよ」 「なんだそりゃ……。 一応言っとくけどよ、前が仲悪すぎたから、せいぜい普通レベルになった程度だぜ」 勘違いしてもらっては困るが、俺が、今朝のようなやり取りを“普通レベル”の兄妹仲だと歪んだ認識をしてるわけではない。 俺の中のフィルター機能が働いて、ちょっと控えめに……いや、相当控えめに表現したんだ。 ……妹が俺にデレですウヘヘ、なんて言えるかっての。 「まぁ、兄妹仲が良いのはいいことだよね~」 俺の微妙な反応を察したのか、麻奈実はこの件を深く追求してくることはなかった。 そういや、麻奈実はあやせと仲良かったんだよな。 おそらくネタの出どころはその辺りだろう。 っていうかさ、桐乃が俺にデレてることをあやせが気付いているとしたら……色んな意味で俺やばくね? 近親相姦上等の兄貴への憎しみで悪鬼と化すあやせを想像し、俺は思わず身震いした。 学校に到着し、麻奈実と教室に入ると、なんの変哲もない普段のクラス風景が目に入ってきた。 かつてこの学校を恐怖に陥れた、ホモカップル達による睦み合いの地獄絵図は、あの日を境に綺麗サッパリ消え失せていた。 あの秋葉原での出来事の後―― 俺がデレノートに名前を書いたことで、桐乃はノートの所有権を失った。 そして、ノートを回収したデレ神リュークは、あっけなく人間界を去り、デレ神の言葉通り、デレの呪いに掛かっていた奴等は、みんな一斉にデレ状態から元に戻ったようだ。 かつて桐乃が根城にしていた例の掲示板も、“一斉デレ解除”を契機に、多くの書き込みで賑わっていた。 と言っても、ほとんどの書き込みが、デレ解除に対するクレームだったり、キラッに対して説明を求めるものだったりするんだけど……ホント勝手な奴等だよ。 それでも、キラッはもう現れることはないのだし、時間が経てば皆忘れていくだろう。 ちなみに、俺の学校でも、影響がまったく無かったわけではない。 当人たちはデレてた時の行動を憶えてないからまだ良かったんだけど、周りの人間は衝撃のホモ化事件をバッチリ覚えているわけで、そういう訳で、ホモの呪縛から解き放たれた者たちへの微妙な空気は残ってしまった。 まぁ、この件の後ろめたさは赤城兄妹に背負ってもらおう。 とにかく、やっと平穏な日々がようやく戻ってきたんだ。 その日の放課後、俺は久しぶりに部活に顔を出し、帰りは黒猫と一緒に下校した。 「――妹さんは相変わらず?」 俺と並んで歩きながら、黒猫は微かな笑みを浮かべながら、そう尋ねてきた。 いつも無愛想なこいつが微笑むときは、大抵が俺をからかう予兆なのだ。 「まぁ、相変わらずデレてるよ。こればっかりはしょうがねぇからな」 「そう言いながら、満更でもないと思っているのでしょう? シスコンとブラコンで相思相愛じゃない」 ぐっ…… 何を言ってやがる…… 黒猫は手を口に当て、くすくすと笑っている。ほらな、やっぱり予兆通りだろ? 俺は気を取り直して反論する。 「お前はそう言うけどな……、一応桐乃は自分の行いの代償としてああなったんだからな。あんな事をしてた奴だけど、ケジメのつけ方については、俺は褒めてやりたいと思ってんだよ」 黒猫の軽口に対し、俺が割とシリアスな調子で返したので、黒猫はちょっとバツが悪そうにそっぽを向いた。 その後、コホンとひとつ咳払いをすると、黒猫はいつもの無表情に戻って言った。 「……これは先輩に話そうか話すまいか迷ったんだけど、やっぱり伝えておくわ」 あん?いきなり何の話だ? 「私は……その件については、少し異なる考えを持ってるの」 「異なる考え?」 道端で立ち止まった黒猫に合わせて、俺も一緒に立ち止まる。 「そう、あのデレノートのルールについて、どうしても腑に落ちない事があるのよ。――それは、所有者がノートに名前を書かれると所有権を失い、ノートの効果もすべて無効になる、という点」 「腑に落ちないって言っても、元々常識外れのノートなんだから、どのルールだってそうじゃねえか?逆に“腑に落ちる”ルールなんて無いだろ」 「そうでもないのよ。あの表紙裏に書かれていたルールは、どれも突飛なものではあったけど、それぞれが矛盾しないようになっていたわ。でも――」 そこで黒猫は顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめた。俺は思わず視線を逸らす。 端正な顔立ちのこいつに正面からまじまじと見つめられると、どうも照れてしまう。 「――でも、デレノートを手放す条件がデレることで、手放したらすべてのデレ効果がリセット。これって矛盾しているでしょう?」 そう説明されても、どうにも得心がいかない俺の反応を見て、黒猫はさらに丁寧な説明を始めた。 「つまり、あなたの妹はデレノートに名前を書かれて、その結果ノートの所有権を失ったわよね」 「ああ、そうだな」 「でもノートの所有者が居なくなると、それまでにそのノートに書かれたデレはすべてリセットされる。その時リセットされる対象に、デレたばかりの元所有者は含まれるのかしら?含まれないのかしら?」 あっ、と思わず声を出し、俺はようやく気づいた。 「普通に考えれば、あの女もノートによってデレた一人なのだから、リセットされるでしょうね。だけど、あの時のデレ神とのやり取りを見た限りでは、リセット対象外のような雰囲気だったわ」 「……デレ神がそういう反応を示してたなら、そういうものなんじゃねぇのか……?」 「そうかもしれないわね。でも、数あるルールの中で、曖昧になっていたのはその部分だけだった。だからわたしは腑に落ちないのよ」 「もし私の考えが正しいのだとすると、『デレによってノートの所有権を失う』というのは意味のない“死にルール”になってしまうけど、おそらくそれは複数のデレノートが存在する状況下で、初めて意味を成すものなのではないかと思うの」 「他のノートの所有者の名前を書いて、所有権を失わせるってことか……」 改めて指摘されると、確かに黒猫の言うようにルールが矛盾しているし、そう言われてみると俺も、あの時、何かすっきりしないものを感じていた。 感じていたのだけど、あの場の雰囲気で、なんとなく“そういうものだ”と納得してしまっていた…… 例えばさ、漫画や小説でこういう些細な設定ミスっぽいものに気づいても、物語として都合のいい方に解釈してやるっていうか……そこはお約束としてスルーするじゃねえか?そんな感じだよ。 俺には、ドラゴンボールの神龍に「願い事の回数を増やしてくれ」と願い事するような無粋さは持ち合わせていないのだ。 自論を説き終わり、再び歩き始めた黒猫に、今度は俺から問い掛けた。 「でもよ……実際のところ、桐乃は今でもデレてるんだぜ? お前の言う通り無意味な“死にルール”だったしたら、名前を書かれた所有者は、デレた直後にすぐデレ解除されているはずだろう?」 「もちろん、もしかすると本当に『デレノート所有者は解除の対象外』なんて例外ルールがあるのかもしれない。それはあのデレ神にしか分からないことよ。だけど――」 黒猫は視線をこちらに向けないまま、ぼそっと小声で言った。 「――デレノートの呪いがなくても、デレることは可能でしょ」 「それは……つまり…… 桐乃がデレを装っているかもしれないと言いたいのか?」 俺の言葉に黒猫は答えず、すました顔で正面を向いて歩いている。 「意味わかんねーし…… 第一そんなことをする理由が無いだろ?」 黒猫はピタリと立ち止まる。 気づくとそこは、俺の黒猫の帰宅路の分かれ道だった。 「たとえば、無意味な“死にルール”のことを知ったあの女が、この機会に乗じるために、デレ神と一芝居打ったのかもしれないわね。  ――鈍感な先輩には理解できないことでしょうけど」 機会に乗じる……? 「まぁ、先輩に任せるわ。追求するもしないも自由よ。 それじゃ、また明日」 そう言い残し、黒猫はさっさと去っていった。 丁字路に残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。 何なんだよあいつは。意味深な言い方しやがって…… ただ、実は俺にもちょっと気になっていたことがある。 デレの呪いに掛かった桐乃は、今朝のようにブラコン丸出しのお兄ちゃんっ娘に変貌を遂げ、猫なで声の「お兄ちゃ~ん」呼びや、俺への過度の世話焼き、すぐにくっついて甘えてくるところなんか、一見デレデレのようだけど、俺がこれまで見聞きしてきたデレノートによる“デレ状態”に比べるとなんか違うっていうか、まるでアニメに出てくる仲良し兄妹のテンプレートに沿って行動してるような、そんな感じを受けるんだよな。 ブリジットの話だと、デレてたときの加奈子は、デレの副作用で無気力になってることがしばしばあったというけど、桐乃の場合はそんなことも無いようだし…… それに、当初のあいつは、デレてくる動作が妙にぎこちなかったんだ……すぐ顔真っ赤にしてたし。 もしかして、本当に黒猫の言うように―― そんなことを考えながら家に着き、俺は玄関の扉を開く。 すると間髪入れずリビングの扉が開き、駆け寄ってきた桐乃が俺に飛び掛るようにして抱きついてきた。 「おっかえり~!お兄ちゃん!」 「お、お前……いちいちくっつくなよ!」 「ええ~っ、 せっかくカワイイ妹が出迎えてあげてんのに~」 抱きついたまま、俺の胸元で一瞬むくれた後にすぐ笑顔を見せる桐乃。 俺は、そんな桐乃の頭を撫でてやりながら思う。 まぁ、いいじゃねえか―― 桐乃のこのデレが、デレノートの力だろうと自発的なものだろうと 俺の妹が可愛いことに違いはねえんだからさ。 おわり &br() &br()
624 名前: &font(b,#008000){◆kuVWl/Rxus}[sage saga] 投稿日:2011/05/16(月) 20:33:07.70 ID:XSnldCWFo あれから数日が経ち―― 今日も、なんら変哲も無い、いつもの朝を迎えた。 いつものように、部屋に鳴り響く目覚まし時計。そのけたたましいベルの金属音に、俺の眠りは妨げられる。 しばらくすると、ガチャっと部屋のドアが開く音が聞こえ、目覚まし時計のベルが鳴り止んだ。 「お兄ちゃ~ん?――いつまで寝てるの? もう朝だよ」 まるで世話女房のように振る舞う桐乃がカーテンを開くと、薄暗かった部屋に眩しい朝の光が差し込んできた。 「早く起きないと、朝ごはん冷めちゃうでしょ。せっかく作ったのに~」 そう言って俺の身体を揺さぶる桐乃に、俺は背中を向けて狸寝入りを決め込み、 ささやかな抵抗を試みるが、 「ふ~ん、起きないなら……」 そんな声が聞こえ、ゴソゴソとベッドシーツをまさぐられている感じがしたかと思えば―― 「抱きつき攻撃ぃぃぃ~!」 ぬおおおおお!! 寝ている後ろから抱き締められ、背中に感じた柔らかく温かな感触に、俺は今度こそ完全に目を覚ました。 そして慌てて上体を起こし、桐乃を引き離す。 「お、お前! ベッドに潜り込むのはよせって言ったろう!」 「えへへ~、おはよっ、お兄ちゃん」 あの日以来、俺の妹はずっとこんな調子だ。 以前の桐乃からは到底想像できない、妹萌えのキャラを地で行くようなこの変わりよう。 四六時中ツンツンして、俺を「クソ兄貴」呼ばわりしてたこいつが、今では「お兄ちゃ~ん」だぜ? 俺にはどうしてもこの甘ったるい呼称が受け入れられず、呼ばれる度にムズ痒さと気恥ずかしさのハイブリッドな感覚に襲われてしまう…… ガシガシと頭を掻く俺に、ベッドから降りた桐乃は手を差し出して言った。 「ほら、服も脱いで。洗濯するから」 俺は黙ってシャツを脱ぎ、桐乃に手渡す。 朝からこうやって兄貴に甲斐甲斐しく世話を焼く妹だなんて、まさに兄妹の理想像だろう。 赤城のようなエリート級のシスコン兄貴だったら、喜んでこの状況に順応するんだろうけど、俺の場合、どうしても以前とのギャップがさ……俺を素直にさせてくれないんだ。 「じゃ、先に下に降りてるからね」 そう言ってそそくさと部屋を出る桐乃を、俺は「ちょっと待て」と呼び止める。 「なあに、お兄ちゃん?」 「……念のため言っとくけど、シャツの匂いは嗅ぐなよ」 「ぎくっ!」 ぎくっ、じゃねえっての。 なぁ、こういうのもデレの内なのか……? 「――きょうちゃん、最近、桐乃ちゃんと仲良しになったんだってね」 いつものように麻奈実と並んで登校していると、この幼馴染はふいにそんなことを言ってきた。 「な、なぜお前がそんなこと知ってんだ!?」 別に隠していたわけではないけど、デレノートの件を知らない麻奈実には、どうにも事情を説明しづらい。 そんなわけで、わざわざ我が家の兄妹仲の変化を報告するようなことはしなかったのだが、どこかから漏れ伝わってしまったようだ。 「ふふふっ、わたしは意外と情報通なんだよ」 「なんだそりゃ……。 一応言っとくけどよ、前が仲悪すぎたから、せいぜい普通レベルになった程度だぜ」 勘違いしてもらっては困るが、俺が、今朝のようなやり取りを“普通レベル”の兄妹仲だと歪んだ認識をしてるわけではない。 俺の中のフィルター機能が働いて、ちょっと控えめに……いや、相当控えめに表現したんだ。 ……妹が俺にデレですウヘヘ、なんて言えるかっての。 「まぁ、兄妹仲が良いのはいいことだよね~」 俺の微妙な反応を察したのか、麻奈実はこの件を深く追求してくることはなかった。 そういや、麻奈実はあやせと仲良かったんだよな。 おそらくネタの出どころはその辺りだろう。 っていうかさ、桐乃が俺にデレてることをあやせが気付いているとしたら……色んな意味で俺やばくね? 近親相姦上等の兄貴への憎しみで悪鬼と化すあやせを想像し、俺は思わず身震いした。 学校に到着し、麻奈実と教室に入ると、なんの変哲もない普段のクラス風景が目に入ってきた。 かつてこの学校を恐怖に陥れた、ホモカップル達による睦み合いの地獄絵図は、あの日を境に綺麗サッパリ消え失せていた。 あの秋葉原での出来事の後―― 俺がデレノートに名前を書いたことで、桐乃はノートの所有権を失った。 そして、ノートを回収したデレ神リュークは、あっけなく人間界を去り、デレ神の言葉通り、デレの呪いに掛かっていた奴等は、みんな一斉にデレ状態から元に戻ったようだ。 かつて桐乃が根城にしていた例の掲示板も、“一斉デレ解除”を契機に、多くの書き込みで賑わっていた。 と言っても、ほとんどの書き込みが、デレ解除に対するクレームだったり、キラッに対して説明を求めるものだったりするんだけど……ホント勝手な奴等だよ。 それでも、キラッはもう現れることはないのだし、時間が経てば皆忘れていくだろう。 ちなみに、俺の学校でも、影響がまったく無かったわけではない。 当人たちはデレてた時の行動を憶えてないからまだ良かったんだけど、周りの人間は衝撃のホモ化事件をバッチリ覚えているわけで、そういう訳で、ホモの呪縛から解き放たれた者たちへの微妙な空気は残ってしまった。 まぁ、この件の後ろめたさは赤城兄妹に背負ってもらおう。 とにかく、やっと平穏な日々がようやく戻ってきたんだ。 その日の放課後、俺は久しぶりに部活に顔を出し、帰りは黒猫と一緒に下校した。 「――妹さんは相変わらず?」 俺と並んで歩きながら、黒猫は微かな笑みを浮かべながら、そう尋ねてきた。 いつも無愛想なこいつが微笑むときは、大抵が俺をからかう予兆なのだ。 「まぁ、相変わらずデレてるよ。こればっかりはしょうがねぇからな」 「そう言いながら、満更でもないと思っているのでしょう? シスコンとブラコンで相思相愛じゃない」 ぐっ…… 何を言ってやがる…… 黒猫は手を口に当て、くすくすと笑っている。ほらな、やっぱり予兆通りだろ? 俺は気を取り直して反論する。 「お前はそう言うけどな……、一応桐乃は自分の行いの代償としてああなったんだからな。あんな事をしてた奴だけど、ケジメのつけ方については、俺は褒めてやりたいと思ってんだよ」 黒猫の軽口に対し、俺が割とシリアスな調子で返したので、黒猫はちょっとバツが悪そうにそっぽを向いた。 その後、コホンとひとつ咳払いをすると、黒猫はいつもの無表情に戻って言った。 「……これは先輩に話そうか話すまいか迷ったんだけど、やっぱり伝えておくわ」 あん?いきなり何の話だ? 「私は……その件については、少し異なる考えを持ってるの」 「異なる考え?」 道端で立ち止まった黒猫に合わせて、俺も一緒に立ち止まる。 「そう、あのデレノートのルールについて、どうしても腑に落ちない事があるのよ。――それは、所有者がノートに名前を書かれると所有権を失い、ノートの効果もすべて無効になる、という点」 「腑に落ちないって言っても、元々常識外れのノートなんだから、どのルールだってそうじゃねえか?逆に“腑に落ちる”ルールなんて無いだろ」 「そうでもないのよ。あの表紙裏に書かれていたルールは、どれも突飛なものではあったけど、それぞれが矛盾しないようになっていたわ。でも――」 そこで黒猫は顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめた。俺は思わず視線を逸らす。 端正な顔立ちのこいつに正面からまじまじと見つめられると、どうも照れてしまう。 「――でも、デレノートを手放す条件がデレることで、手放したらすべてのデレ効果がリセット。これって矛盾しているでしょう?」 そう説明されても、どうにも得心がいかない俺の反応を見て、黒猫はさらに丁寧な説明を始めた。 「つまり、あなたの妹はデレノートに名前を書かれて、その結果ノートの所有権を失ったわよね」 「ああ、そうだな」 「でもノートの所有者が居なくなると、それまでにそのノートに書かれたデレはすべてリセットされる。その時リセットされる対象に、デレたばかりの元所有者は含まれるのかしら?含まれないのかしら?」 あっ、と思わず声を出し、俺はようやく気づいた。 「普通に考えれば、あの女もノートによってデレた一人なのだから、リセットされるでしょうね。だけど、あの時のデレ神とのやり取りを見た限りでは、リセット対象外のような雰囲気だったわ」 「……デレ神がそういう反応を示してたなら、そういうものなんじゃねぇのか……?」 「そうかもしれないわね。でも、数あるルールの中で、曖昧になっていたのはその部分だけだった。だからわたしは腑に落ちないのよ」 「もし私の考えが正しいのだとすると、『デレによってノートの所有権を失う』というのは意味のない“死にルール”になってしまうけど、おそらくそれは複数のデレノートが存在する状況下で、初めて意味を成すものなのではないかと思うの」 「他のノートの所有者の名前を書いて、所有権を失わせるってことか……」 改めて指摘されると、確かに黒猫の言うようにルールが矛盾しているし、そう言われてみると俺も、あの時、何かすっきりしないものを感じていた。 感じていたのだけど、あの場の雰囲気で、なんとなく“そういうものだ”と納得してしまっていた…… 例えばさ、漫画や小説でこういう些細な設定ミスっぽいものに気づいても、物語として都合のいい方に解釈してやるっていうか……そこはお約束としてスルーするじゃねえか?そんな感じだよ。 俺には、ドラゴンボールの神龍に「願い事の回数を増やしてくれ」と願い事するような無粋さは持ち合わせていないのだ。 自論を説き終わり、再び歩き始めた黒猫に、今度は俺から問い掛けた。 「でもよ……実際のところ、桐乃は今でもデレてるんだぜ? お前の言う通り無意味な“死にルール”だったしたら、名前を書かれた所有者は、デレた直後にすぐデレ解除されているはずだろう?」 「もちろん、もしかすると本当に『デレノート所有者は解除の対象外』なんて例外ルールがあるのかもしれない。それはあのデレ神にしか分からないことよ。だけど――」 黒猫は視線をこちらに向けないまま、ぼそっと小声で言った。 「――デレノートの呪いがなくても、デレることは可能でしょ」 「それは……つまり…… 桐乃がデレを装っているかもしれないと言いたいのか?」 俺の言葉に黒猫は答えず、すました顔で正面を向いて歩いている。 「意味わかんねーし…… 第一そんなことをする理由が無いだろ?」 黒猫はピタリと立ち止まる。 気づくとそこは、俺の黒猫の帰宅路の分かれ道だった。 「たとえば、無意味な“死にルール”のことを知ったあの女が、この機会に乗じるために、デレ神と一芝居打ったのかもしれないわね。  ――鈍感な先輩には理解できないことでしょうけど」 機会に乗じる……? 「まぁ、先輩に任せるわ。追求するもしないも自由よ。 それじゃ、また明日」 そう言い残し、黒猫はさっさと去っていった。 丁字路に残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。 何なんだよあいつは。意味深な言い方しやがって…… ただ、実は俺にもちょっと気になっていたことがある。 デレの呪いに掛かった桐乃は、今朝のようにブラコン丸出しのお兄ちゃんっ娘に変貌を遂げ、猫なで声の「お兄ちゃ~ん」呼びや、俺への過度の世話焼き、すぐにくっついて甘えてくるところなんか、一見デレデレのようだけど、俺がこれまで見聞きしてきたデレノートによる“デレ状態”に比べるとなんか違うっていうか、まるでアニメに出てくる仲良し兄妹のテンプレートに沿って行動してるような、そんな感じを受けるんだよな。 ブリジットの話だと、デレてたときの加奈子は、デレの副作用で無気力になってることがしばしばあったというけど、桐乃の場合はそんなことも無いようだし…… それに、当初のあいつは、デレてくる動作が妙にぎこちなかったんだ……すぐ顔真っ赤にしてたし。 もしかして、本当に黒猫の言うように―― そんなことを考えながら家に着き、俺は玄関の扉を開く。 すると間髪入れずリビングの扉が開き、駆け寄ってきた桐乃が俺に飛び掛るようにして抱きついてきた。 「おっかえり~!お兄ちゃん!」 「お、お前……いちいちくっつくなよ!」 「ええ~っ、 せっかくカワイイ妹が出迎えてあげてんのに~」 抱きついたまま、俺の胸元で一瞬むくれた後にすぐ笑顔を見せる桐乃。 俺は、そんな桐乃の頭を撫でてやりながら思う。 まぁ、いいじゃねえか―― 桐乃のこのデレが、デレノートの力だろうと自発的なものだろうと 俺の妹が可愛いことに違いはねえんだからさ。 おわり &br() &br()

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