福引:11スレ目286

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286 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:54:56.56 ID:squ5sHMro [2/9] 暗黒の結界に囚われし罪深き高校生、高坂京介――。 俺の置かれた情況を的確に言い表すなら、まさに打って付けかもしれない。 どう足掻いたところで、この結界から抜け出すことは不可能な気がしてならん。 何しろ、鬼門の位置(俺の隣り)に座っているあやせが、俺にはマジで怖ぇ。 あやせが放つ妖気に恐れをなしたか、さもなくば、俺たちの他には誰も存在しないのか、 暗闇で目を凝らし、周囲を見回しても人影はどこにも見当たらない。 あやせは、膝の上で手を握り締め、冷酷な眼差しで正面を見据えたままだ。 『お兄さんを生かすも殺すも、わたし次第ですから』と、無言で語っているかのよう。 「な、なぁ……あやせ…………さん?」 「お聞きしたところによると、彼女に振られたそうじゃないですか」 あやせも場所柄をわきまえてか、感情を抑えた小さな声で呟いた。 かと言って、俺のことなんか一切見向きもしねえけどな。 『わたし、今とっても不機嫌なんです』と、顔に書いてあるようだ。 仕方なく俺もあやせに倣って、小さな声でボソボソと囁くように答えた。 「……桐乃か、麻奈実にでも聞いたのか?」 「そんなこと、どっちでもいいじゃないですか。  大体、自分から振ったならまだしも、女から振られるなんて……。  本当に情けない人………………大っ嫌いっ!  お兄さんに、こ、こ、恋人なんて……死ぬまで出来るわけがないんです」 酷い言い草だが、一部は事実なんだからしょうがない。 傍から見れば、バカップルが、愛の言葉を囁き合ってるように見えるかもな。 しかし、現実は厳しいもんさ。 「俺だって、いまさら言い訳するつもりなんて毛頭ねえけどさぁ、  あいつには、あいつなりの事情があったんだと、そう思うしかねぇだろうが」 「結局、言い訳ですか? お兄さんらしいですよね。  お兄さんはわたしに、いつもそうやって言い訳ばっかりなんだから。  ……振られたことを相手のせいにするくらいなら、早く死んじゃってください」 287 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:55:39.81 ID:squ5sHMro [3/9] 俺が反論しないのを好い事に、死ぬまで恋人は出来ねえだの早く死んじゃえだの、 ここぞとばかりに言いたい放題のことを言いやがる。 「なぁあやせ、俺が悪いのは重々承知しちゃいるけど、何もそこまで――」 「お兄さん、静かにしてもらえませんか。もう、始まりますから」 氷のごとく冷たいあやせの言葉に制され、俺も渋々正面に向き直った。 ――その昔、森に囲まれ、風雨に晒され朽ち果てた一軒の屋敷があった。 人の影すら見えず、いつしか近隣の人々の記憶からも消え去ろうとしていた。 しかし、ある満月の夜のこと、屋敷の裏庭にある古井戸から―― 「なぁ、この映画ってさぁ――」 「しばらくの間、黙ってていただけませんか」 この首を傾げたくなるようなしょうもない映画は、 『井戸の中で愛を叫ぶ』という、人を馬鹿にしたような超B級ホラー。 かなり昔に一世を風靡した、某人気映画のパクリじゃねえか。 俺たちの他に観客が見当たらないのも、これなら頷けるってもんだ。 そう思うと可笑しなもので、ふと、別の思いも浮かんできた。 もしや、今俺は夢を見ていて、これは夢の中の出来事なんじゃねえかと。 であれば、あの夏の日の一件以来、一度も顔を合わせていなかったあやせと、 こうして一緒に映画を観ていたとしても何の不思議もねえ。 「いいですかお兄さん。ここは重要なシーンなので、ちゃんと観ていてくださいね」 「そうなんすか。……ていうか、何でこの映画のストーリー知ってんだよ?」 ハンカチを握り締めたあやせは、スクリーンを食い入るように見つめていた。 夢じゃないことくらい百も承知だよ、夢だったら、こんなにリアルなわけがねえもん。 「わたし、この映画が大好きで……DVDも持ってますから」 「DVD……ね。…………この映画のかよっ!?」 288 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:56:25.33 ID:squ5sHMro [4/9] あやせが大のホラー映画好きだったとは、俺は、今まで思いもしなかった。 しかし、コイツの性格や行動を思い起こせば、分からんわけでもない。 いつだったか、あやせに蹴っ飛ばされて俺が鼻血を出したときも、平然としていたし。 「――で、この後はどうなんの?」 「ここから、少しだけ残酷で怖いシーンが続くんです。  家で一人で観ているときは、いつもここだけ早送りするんですけど……  お兄さんも怖かっ――」 あやせは目を瞑ったかと思うと、いきなり俺の腕にしがみ付いてきた。 もし、俺とあやせが恋人同士なら、この手の反応はお約束なんだろうが……。 「な、なぁあやせ……」 「うわっ、ごめんなさい……うっかりして、お兄さんなんかに触っちゃった。  後でよく手を洗っておかないと、変態菌に感染しちゃう」 一人でホラー映画を観ているあやせの方が、よっぽど怖ぇえじゃねえか。 この悪魔は、俺の心をへし折るような台詞を平然と吐きやがる。 しかし、俺の腕からパッと手を離したあやせは、自分の頭をポンと軽く叩き、 可笑しそうに笑っておどけて見せた。 「お兄さん、ここからが、この映画の最大の見せ場なんですよ。  古井戸の中から出て来た貞子が、かつての恋人に向かって愛を叫ぶんです」 誰がどんな映画を好きになろうと、俺がとやかく言う筋合いのもんでもない。 しかし、少なくともこの映画に関して言わせてもらえるなら、 俺には貞子が愛を叫ぶっつーより、恨みを言ってるようにしか見えんのだわ。 「わたし、このシーンが何度見ても好きなんです。  貞子はたとえ命を失っても、かつて自分が愛した恋人のことが忘れられずに、  ああして夜になると古井戸から出て来るんですから」 「俺の勘違いだったら申し訳ねえけど……貞子が死んだ原因って、  その恋人に新しい彼女が出来たんで、それで邪魔になって殺されたんだろ?」 「……お兄さん、それを言ってしまったら、身も蓋もないじゃありませんか」 289 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:57:01.13 ID:squ5sHMro [5/9] どうして俺が、このしょうもない映画を観る羽目になったのか。 運命の悪戯と言うほど高尚なもんでもなく、ぶっちゃけ、只の偶然に過ぎん。 昼飯を済ませ、腹ごなしに散歩へ出掛けようとしたときのこと、 福引の抽選券があるからついでにと、お袋が言ったのがそもそもの始まりだ。 商店街の一角に設けられた抽選会場は、日曜日のせいか、かなりの人出で賑わっていた。 待つこと数分、ようやく順番が回ってきたのに、あっけなくどれもハズレだった。 両手一杯にティッシュを抱え、さてこれからどこへ行こうかと振り返ると、 そこにあやせが立っていたってわけさ。 「げっ! あっ、あやせ!?」 「お久しぶりですね、お兄さん。……まだ、生きていらしたんですね」 俺の両手一杯のティッシュに目を留めると、あやせは顔をしかめた。 「いやらしいっ! こんな街中で、何を考えているんですかっ」 「何って、福引やってる前でティッシュ持ってりゃ、  あやせのように頭のおかしなヤツ以外、普通ハズレの景品だって思うんじゃねーの?」 「ふんっ、お兄さんには、ハズレのティッシュがよくお似合いですことっ」 これがあやせでなければ、一発ぶん殴ってやるところなんだが……。 「あやせも、福引やりに来たんだろ? 手に持ってるそれって、何か当たったのか?」 あやせは、手に持った景品らしき封筒を握り締め、俺の顔をジッと見つめた。 無表情だから、怒っているのかそうじゃねえのか見当もつかん。 触らぬあやせに祟りなしってことで、俺は苦笑いを浮かべながら頭をボリボリ掻くと、 あやせをその場に残し退散しようとした。 すると、あやせは俺のシャツの裾を掴んだかと思うと、力任せに俺を引っ張り始めた。 どうやら、俺をどこかへ連れて行こうとしているらしい。 「なっ、あやせ、どこへ連れて行くつもりなんだよ!?」 で、引っ張り込まれたのが、この映画館だったというわけ。 福引で当てた景品が、この映画館でのみ使える期間限定のペアチケットだったとは、 このときになって初めて知った。 290 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:57:36.96 ID:squ5sHMro [6/9] 暇潰しにもならないこの映画も、時間的に佳境に差し掛かっている頃だろう。 相も変わらずあやせは、真剣な表情でスクリーンに見入っているし、 俺はといえば、その仄かな光に照らされた、彼女の可憐で端正な顔立ちに見入っていた。 どこか映画のワンシーンにも似て、愁いを帯びて物悲しくさえ見える。 あやせが無理やり俺をここへ連れて来た真意は、今もってよく分からねえ。 しかし、俺は、このとき素直に自分の負けを認めることにした。 「なぁ、あやせ…………すまなかったな」 あやせはスクリーンから目を離すことなく、静かに口を開いた。 「どうして……わたしに、謝ったりするんですか?」 「何でだか、俺にも分かんねえけど…………何となく、かな」 なぜ俺があやせに謝んなきゃいけねえのか、俺自身にしてもよく分からん。 だが、とにかくこの場は謝っておけと、頭の片隅で声がするんだから仕方がねえ。 「そうですか。……それなら、わたしも、お兄さんのことは赦してあげます。  もちろん、何となくですけど」 あやせの口元から笑みがこぼれたそのとき、貞子のかつての恋人が恐怖に顔を歪め、 断末魔の叫び声を残し、古井戸の中へと引きずり込まれていくラストシーンが映っていた。 「なぁ、貞子の元カレって、誰かに似てるような気がすんだけど……」 「わたしも前から思っていましたけど、お兄さんに、どことなく似ていると思いますよ」 「……やっぱそうか。俺もそうじゃねえかな、とは思ったんだ……」 古井戸を背景にスタッフロールがゆっくりと流れ始めても、 俺は貞子に呪い殺された、どことなく俺に似た、先程の男が気になって仕方がなかった。 「さっきの男のことなんだけど……井戸の中に引きずり込まれても、幸せなのか?」 「男の人はどうだかわかりませんけど、貞子はきっと幸せだと思いますよ。  井戸の中とはいえ、好きな人とずっと一緒にいられるんですから」 あやせに訊いたのが、そもそもの間違いだった。 291 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:58:18.00 ID:squ5sHMro [7/9] 脱力感と共に映画館を出た俺は、時計を確認してからあやせに声を掛けた。 「これからどうする? 帰るっていうなら、家まで送って行くけど」 「帰るにはまだ少し早いですし、ちょっとだけ寄り道したい所があるんですが、  一緒に行っていただいても構いませんか?」 「別に俺は構わんけど、寄り道したい所って?」 「付いて来ていただければわかります。それ程、遠い所でもありませんから」 あやせはそれだけ言うと、俺に背を向けて黙って歩き始めた。 しばらく歩く内に、あやせがどこへ向かっているのか、俺にも見当がついてきた。 「なぁ、もしかしたら……」 「ごめんなさい。……もう少しだけ、何も訊かないで付いて来てください」 思ったとおり、あやせは、中学校近くにある児童公園の前まで来ると足を止めた。 あやせからメールで呼び出されるたび、俺は、この公園へと足を運んだものだ。 俺にとって、いや、あやせにとっても想い出の場所に他ならない。 「少しだけ、お兄さんと、お話がしたかったんです。……構いませんか?」 「……そっか、映画を観てそれっきりじゃ、如何にも味気ねえもんな。  まぁ立ち話もなんだし、あやせさえよければ、いつものベンチにでも座って話すか。  俺、何か飲むモン買って来てやっから、先に座って待っててくれ、な」 近くの自販機で二人分の飲物を買うと、急いで公園へ引き返した。 「あやせは、たしかレモンティーで良かったんだよな」 「……もしかして、覚えていてくれたんですか?」 「何となくな」 俺が手渡してやると、あやせは手に持ったレモンティーの缶をしばらく見つめ、 おもむろに、誰に聞かせるともなく小さな声で呟いた。 292 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:58:56.63 ID:squ5sHMro [8/9] 「……また、この場所から始めようと思います」 どういう意味かは分からんが、呪いの呪文じゃないことだけは確かなようだ。 「なぁあやせ、どっか、調子でも悪いんじゃねえのか?」 俺を振り向くあやせの顔には、いつの間にか笑顔が戻っていた。 「そんなことはないですよ。大好きな映画も見られたし、気分は上々です」 「ま、まぁ……あやせがそう言うなら、いいんだけどさぁ」 あやせの溢れるような笑顔と、一点の曇りもない澄んだ瞳。 どことなく懐かしく、心の底から湧いてくる幸福感が、俺の胸を締めつけた。 「この前は、酷い態度を取ってしまって、本当にすみませんでした。  あの……お兄さんに、こ、恋人が出来たとお聞きして、わたしも驚いたというか……」 あやせは“恋人”という言葉を口にした途端、顔を赤らめ、俺から視線を逸らした。 「俺も、別に隠すつもりはなかったんだけど……まぁ、いまさら言ってもな」 「お兄さんに恋人なんて、まだ、少し早過ぎたんですよ。  わたしだって、過ぎたことをいつまでも責めるつもりはありません。  これに懲りたら、むやみやたらと、他の女の子には手を出さないことです。  今回の件は犬に噛まれたとでも思って、一日も早く忘れてください」 一方的に喋ったかと思えば、勝手に結論づける。これも、あやせの性分なんだろう。 言いたい放題言ってすっきりしたのか、澄ました顔で笑ってやがる。 俺に恋人は早過ぎたとか犬に噛まれたとか、何もそこまで言わんでも、とは思うけどな。 それに、あいつは犬じゃなくて、元から黒猫なんだし……。 「でも、お兄さんも今年の夏は、いつもより楽しかったんじゃないんですか?  短い間かもしれませんけど、生まれて初めて、恋人気分を味わったんでしょうから。  あっ、でも、元の木阿弥になってしまって、お兄さん的には残念だったのかなぁ」 「久しぶりに顔を合わせたかと思えば、その棘だらけの物言い……  あやせって、ほんっと変わってねーな。腹が立つより、懐かしくて涙が出るぜ」 293 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/07/09(土) 15:59:39.53 ID:squ5sHMro [9/9] あの夏の出来事から三ヶ月、すべてが元に戻ってしまったわけでもない。 いつしか俺と桐乃は、適当な口実を探しては、お互いに人生相談と称して話を持ちかけた。 俺は桐乃との、そんな取り留めの無い話をしている時間が楽しかったし、 多分、桐乃も同じように感じてくれているはずだ。 お袋はそんな俺たちを見るにつけ、時々、不思議そうな顔をしているがな。 その反面、黒猫との関係は……。 「あっ、わたしまだ、お兄さんにお礼を言ってなかったですね。  ……今日は、映画に誘っていただいて、本当にありがとうございました」 「俺が誘ったんじゃなくて、あやせが無理やり俺を連れてったんだろうが」 「そんな細かいことをいつまでも言ってると、わたし、本当に嫌いになっちゃいますよ。  映画とかデートとかは、お兄さんから誘うのが決まりなんですから」 あやせの頭がおかしいところは、この先、百年たっても変わらんだろうな。 俺があやせにデートを申し込んだところで、絶対断るくせして。 「わたし、きょうの映画を観て気付いたんですが、恋愛も映画と同じだと思うんです」 「恋愛が、映画と同じ……とは?」 「本当に好きなら……もう一度、初めから巻き戻せばいいんです」 (完)

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