無題:11スレ目407

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407 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/08/03(水) 12:14:18.50 ID:QM2mU0UIo [2/6] バーのお客様は一度でも店に来れば『行きつけ』、二度来れば『馴染み』に、三回も来れば『常連』と思う。 だからバーテンダーは、一度でもいらしたお客様の名前を忘れてはいけない。 ナレーション:森本レオ 学生であれば、もうすぐ夏服から冬服に替わる時期だというのに、まだまだ世間は暑さに参っている。ここ、銀座もそうだ。 この分だと、衣替えしたあとも半袖と団扇は必要になるだろう。 そのせいだろうか、道行く人々の顔はどこかへばっているように見えた。俺はと言うと、その逆だ。 結婚して一ヶ月が経った。その間、仕事もプライベートもバタバタしていたため、なかなか『あの店』に通えなかったのだが、それも今日で終わりだ。 仕事を早めに終わらせ、通い慣れた道を進んであるビルを目指す。 額から流れる汗を拭い、少しだけネクタイを緩め、ビルの地下にある重厚な扉を開いた。 ーーーーーーーーーーーー 扉の向こうには木製のカウンターと椅子が数脚。その向こうには、若いバーテンダー。 「いらっしゃいませ」 『バー・イーデンホール』の若き主、佐々倉溜さんはグラスを拭きながら、変わらぬ笑顔で俺を出迎えてくれた。 いつもと違うのは、おしぼりで手を拭いていた先客が、俺の知っている人物だったということだ。 「桐乃……」 「え? あ、兄貴?」 高坂桐乃――俺の三歳年下の妹。 お互い、社会に出てからは昔ほど交流を持っていなかったため、こんなところで出会うとは予想外だった。 桐乃の隣に座った俺は、佐々倉さんが差し出してきたおしぼり受け取りつつ、久しぶりに会った妹に話し掛けた。 「こんなトコで会うなんてな。前に会ったのは、式のときだっけ?」 「あたしも意外よ。兄貴がバーでお酒を飲むタイプだなんて、思ってもみなかったもん」 お互いに、社会に出ると同時に家も出たため、用がなければ会うのは年に数回となってしまった。 今の住所も連絡先も知っているが、こうやって意識しないところで出会うと、世間の狭さを感じてしまう。 おしぼりで手を拭きながら、ふとそんなことを考えてしまった。 「イメージと違ってすいませんね。けど、それを言うなら俺も同じだ。お前がここにいるとは思わなかったぞ」 「だって、ここ、あたしのお気に入りだもん。なんか文句ある?」 「いんにゃ」 相変わらず、当たりのキツい妹だ。昔ほどではないにせよ、今でもこの強気な姿勢は健在である。 式のときは他の出席者の手前、猫を被っていたからな。なんというか、ちょっと懐かしさを感じちまう。 「ご注文はもうお決まりですか?」 ついつい桐乃に意識が向いてしまい、佐々倉さんの存在を忘れてしまっていた俺は、その声で今の状況を思い出す。 桐乃も俺と同じだったらしいが、割とすぐに佐々倉さんに返答していた。 「冷たいものをなにか」 「あ、俺も冷たいのがいいです。まだまだ暑いですからね」 「かしこまりました」 408 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/08/03(水) 12:14:45.76 ID:QM2mU0UIo [3/6] 注文と呼べるかどうかわからない注文を聞いた佐々倉さんは、少しだけ思案した後、棚からミキサーを取り出した。 「桐乃様が当店で最初にご注文されたのは『モヒート』でしたので、今回はヘミングウェイが愛したもう一杯を」 ミキサーに氷を入れ、ホワイト・ラム、ライムジュース、グレープフルーツジュースを入れ、最後にマラスキーノというチェリーリキュールを少々。 「これらを入れたら、シャーベット状にします」 モーター音と氷が削られていく音とともに、ミキサーに入れられた材料がひとつのカクテルになっていく。 シャーベット状になったそれをソーサー型のシャンパングラスに入れ、短いストローを二本差し、最後にミントの葉を添える。 「どうぞ。『ヘミングウェイ・ダイキリ』です」 出てきたのは、見た目も涼やかな一杯だ。なんかかき氷みたいだなと思ってしまうのは、俺の感性が平凡だからだろうか。 それはさておき、気になることがひとつだけあるんだが……。 「あの、なんでストローを二本?」 どうやらそこが気なっていたのは俺だけではないようだ。桐乃は若干笑みを引きつらせながら、佐々倉さんに訊ねていた。 「それは氷が詰まった場合を考えてのことです。勘違いされている方が多いのですが、決して男女のためではありませんよ」 「あ、そうなんですか」 それを聞いた桐乃は恥ずかしくなったのか、差し出されたカクテルに集中した。相変わらず、照れ隠しが下手だな。 ストローを加え、出来上がったばかりのダイキリをチューチューと吸う我が妹。その光景を、俺は微笑ましい気持ちで眺めていた。 「あ、美味しい。甘さがスッキリしていて、フルーツの味がしっかり伝わってくる」 「ダイキリにはバナナやイチゴを使ったレシピもありますから、次の機会にはぜひ」 余程暑かったのか、桐乃はダイキリを熱心に飲んでいた。 佐々倉さんは桐乃から離れると、ボトルを二本手に取り、俺の前にやってきた。 「折角ですので、京介様には別の一杯をお作りしようと思います」 「へぇ、楽しみだな」 似たような注文だから、てっきり同じモノが出てくると思ったけど、どうやら違ったみたいだ。 佐々倉さんはソーサー型のシャンパングラスをカウンターに置き、その中に角砂糖を一個置いた。 「角砂糖にアンゴスチュラ・ビターズを1dash。ここに冷やしたシャンパンを満たします」 「へぇ、これもカクテルなんですか。ほぼシャンパンなのに」 「ええ。世界的に有名なカクテルの一つですよ」 シャンパンで満たされたグラスは、黄金色に輝いていた。泡立つ炭酸が、どこか高貴さと華やかさを演出しているかのように見える。 「どうぞ。『シャンパン・カクテル』です」 「ありがとう。いただきます」 グラスを手に取り、グラスの中で輝いている液体を口に運ぶ。 シャンパンは良く冷えていて、スッキリと飲みやすく、口の中ではじける炭酸が心地いい。 「砂糖の甘みのおかげか、すごく飲みやすいですね。でもビターズの苦味もあるから、甘ったるくは感じない。美味しいです」 「ありがとうございます。このカクテルは、映画『カサブランカ』の中でハンフリー・ボガート扮するリック・ブレインが、イングリッド・バーグマン扮する  イルザ・ラントを見つめながら、『君の瞳に乾杯』と言って飲んだことで有名になりました。現在でも、何かのお祝いに際して行われるカクテル・パーティーで  しばしば作られるカクテルの1つなんです」 シャンパン・カクテルの説明を終えた佐々倉さんは、急に俺に向かって頭を下げた。 何事かと思ったが、その疑念も、次の言葉で解消された。 「遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」 「あ、ありがとうございます」 そっか。この一杯は、俺への結婚祝いってわけか。 結婚報告のハガキは出したけど、式に呼んだわけじゃないし、お祝いを期待していたわけでもないのにな。 なんというか、律儀すぎじゃねえか? けど、やっぱり嬉しいもんだ。「おめでとう」って言われるのは。 409 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/08/03(水) 12:15:26.91 ID:QM2mU0UIo [4/6] 俺が『バー・イーデンホール』に入店してから、かれこれ一時間は経っただろうか。 俺は佐々倉さんからの祝いの一杯をゆっくりと飲み干し、今はマンハッタンと格闘中だ。 桐乃はと言うと、ダイキリをあっさりと飲み干し、マティーニを注文。それもすぐにやっつけ、今はピンク・ジンを飲んでいる。 今更だが、桐乃がこんなに飲むとは思いもしなかった。少しハイペースじゃねえか? 決して低くないアルコール度数のカクテルを二杯も飲んで、今は三杯目。ぱっと見でも酔ってるのがわかる。 「兄貴さ、結婚して幸せ?」 「なんだよ、急に」 「いいから」 桐乃らしからぬ発言だと思ったが、酔った勢いで聞いてきたんだろうなと自己完結。 俺は素直に答えを返した。ここで誤魔化したらアイツに失礼だし、桐乃は怒るからな。 「幸せだよ。最近はずっとバタバタしてたけど、それだけはハッキリ言える」 「……自分から聞いておいてなんだけどさ、キモイ」 「失礼なヤツだな」 いつもなら大声でツッコんでいただろうが、場所が場所だけに、それは自重した。 桐乃は何が楽しいのか知らんが、ニヤニヤしながらロックグラスを口に運んで傾けている。 「でも良かった。アンタがそう言うなら、アイツも幸せって感じてるんだろうし」 「なんだ? 心配だったのか?」 「ちょっとだけね。あたしも知らない仲じゃないし。けどさ、新婚なのに奥さんほっぽり出して、外で飲むとかどうなの?」 「アイツも今日は用があるんだと。同級生に会うとか言ってたな。でなきゃココに来れないだろ」 「そっか。なら安心」 桐乃の急な質問で恥ずかしくなった俺は、マンハッタンを少し多めに口に含んだ。 ウィスキーの旨味とアルコールが、俺の気持ちを静めてくれる。だが、桐乃の話は終わっていなかった。 「兄貴たちが幸せなら、あたしもおいそれとは頼れないなぁ。幸せな家庭があるのに厄介事を持ち込むとか、無粋極まりないし」 少し湿っぽい雰囲気を纏いながら、桐乃は言った。 現在、何かに悩んでいるわけではない。長年コイツの我侭に付き合ってきた俺にはわかる。 ただ、家庭を持った俺に対して、少し寂しさを感じてるのかもしれない。なにせ、こいつが初めて『人生相談』をしてきてから、随分と濃密な日々を過ごしてきたからな。 これを機に、その関係をやめようとしているのかもしれない。 けど、俺はこう思ったんだ。「コイツ、馬鹿なんじゃねえか?」ってな。 だから、ついつい手が伸びちまった。桐乃の頭に。 「わ!」 無防備な状態でいきなり頭を撫でられた桐乃は、この場にそぐわないほど大きな声を上げていた。他のお客さんがいなくて本当に良かったと思う。 「ちょ! いきなり何!?」 「お前さ、なんか勘違いしてねえか?」 「へ?」 桐乃は俺の手を払い除けようともがくが、俺は手を離そうとはしなかった。 少し乱暴に、このクソ生意気で必要以上に生真面目な妹様の頭を撫で続ける。 「確かに、結婚して守るモンが増えた。子どもが出来たら、もっと増えていく。そっちに意識が向いちまうだろうよ」 「うん……」 「けどな、だからって俺はお前の『兄貴』をやめるわけじゃねえんだ」 「……」 そう、俺は一生桐乃の『兄貴』なんだ。これは生まれてから死ぬまで変わらない。変えられようもない。 そんなこともわかってない可愛い妹にそれを説き伏せるのは、『兄貴』である俺の役目なんだよ。 「だからさ、お前は昔もこれからも、俺が守らなくちゃいけないモンの一つなんだよ」 「……」 「わかったか? わかったんならそんなつまんねえ事、もう二度と言うなよ」 「……うん」 か細いけれど、桐乃はしっかりと返事をした。それを聞き届けた俺はゆっくりと手を離し、残ったマンハッタンを一気に飲み干した。 桐乃もピンク・ジンを飲み干し、ふぅと息を吐く。 「ったく、恥ずかしいったらありゃしない。他のお客さんがいなくて良かった」 「いなかったから良いじゃねえか」 「結果論でしょ、それ。マジ有り得ない。そしてキモイ」 「ひでえ言い草だな」 どうやら調子は取り戻せたようだな。やっぱり、こんだけ傲岸不遜じゃないと、俺の『妹』とは思えねえよ。 「佐々倉さん、注文いいですか? 次で俺もコイツも最後にしますんで」 「ちょっと! 勝手に決めないでよ」 「うるせー。お前は今日、飲みすぎだ。次で最後にしろよ。いいな?」 「……わかったわよ」 410 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/08/03(水) 12:16:12.46 ID:QM2mU0UIo [5/6] 桐乃は渋々、俺の言うことを聞いた。佐々倉さんはその光景を、いつもと変わらぬ笑顔で眺めていた。 「では、ご注文は?」 「俺たち兄妹に最高の一杯を……って言うと、困っちゃいます?」 「いえ、大丈夫です。では、『最高の一杯』をお作りいたします」 佐々倉さんはシェイカーに氷を入れ、ボトルを二本取り出した。 「まずドライ・ジンを45ml。オレンジ・キュラソーを15ml、レモンジュースを1dash。これをシェイク」 シャカシャカと小気味いいシェイカーの音が、静かな店内に響く。 シェイクし終わると、中の液体はカクテル・グラスに注がれ、最後にレモンの皮が絞られた。 「どうぞ。『A1』です」 「これが、最高の一杯?」 「はい。第一等級船舶クイーン・エリザベス号のような、世界一の豪華客船の意味だと言われています。カクテルで"A1"と名付けると、  "最高"とか"超一流"ということになるそうです」 「なるほど。だから『最高の一杯』か」 オレンジのようなレモンのような色の美しいカクテル。早く飲んでみたいが、それは桐乃のカクテルが出来てからだ。 「桐乃様には、別の『最高の一杯』を」 「え? 別?」 佐々倉さんは別のシェイカーを取り出し、それに氷を入れ、俺のときとは違うボトルを二本取り出した。 「ホワイトラムを30ml。コアントロー15ml。レモンジュースを15ml。これをシェイク」 シェイカーを振る音が再び響く。 シェイクが終わり、グラスに液体が満たされた。とても白い、白いカクテルだった。 「どうぞ。『xyz』です」 「これも"最高"なんですか?」 「アルファベットの最後、これ以上は続かない。これ以上ない究極のカクテルという意味が込められていると言われています」 なるほど。こっちは"究極"か。なんかすげえな、カクテルの名前って。 俺が別のことに思考を向けている間に桐乃がカクテルを飲もうとしたため、慌ててそれを制した。 「待てって」 「なによ。今度は『飲むな』とか言う気?」 「ちげーよ。ほら、グラス出せ」 俺は自分のグラスを桐乃に向けた。 桐乃はと言うと、なにやらモジモジしている。なんだ? トイレか? 「どうした?」 「いや……なんか今更だし、恥ずかしいじゃん」 「せっかく二人で飲んでるんだ。やっといてもいいだろ?」 「……わかった」 桐乃は渋々といった様子で、俺にグラスを向けた。 俺は自分のグラスを、桐乃のグラスに軽く当てた。 「「乾杯」」 祝い酒、涙酒、からみ酒にやけ酒。 はしご酒、振る舞い酒、迎え酒、夫婦酒。花見酒に雪見酒。 色々な酒があるけれど、今日は静かに兄妹酒。 ナレーション:森本レオ おわり

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