高坂京介は落ち着かない03

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高坂京介は落ち着かない03」(2011/09/06 (火) 21:11:47) の最新版変更点

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「思えば先輩と二人で話すのは随分と久しぶりね。ここへ来るのは尚更」 俺高坂京介が後輩であり友人でもある黒猫こと五更瑠璃と、この校舎裏を訪れるのは半年ぶりにもなる。 思い出深いには違いないが…ここで最後に交わした会話が会話だったため、自然と足は遠のいていた。 あの夏の日。彼女が精一杯に投げかけた呪いは今も生きている。 たとえそれが彼女の望んだ形で結実しなかったにせよ 「そんな暗い顔で黙り込むのはどうかしら、先輩?」 「あ、あぁ。悪い。このシチュエーションが何ともな」 俺がつい正直な気持ちを吐露してしまうと、黒猫は珍しく目を細めて苦笑った。 「貴方がナイーブになってしまうのも理解できるけれど。私は悪くない気分よ。不思議と」 「そいつは、なんでだろうな」 「そうね…言えばまた貴方を困らせてしまうのかもしれないけど。  先輩への気持ちが、あの時と変わらず、小揺るぎもしていないと実感されるから。というのはどう?」 「…ロマンチストだな、黒猫は」 「恋をする人は誰であれロマンチストになる、みたいな文言が昔の小説にあった気がするわ」 春まだ遠い季節を感じさせる一陣の風が吹く。 その風に乗って今にもフワリと宙に舞いそうな、妖精じみた軽妙さをもって黒猫は続けた。 「そろそろ話とやらを聞かせてもらえる? 此処でないと駄目って話じゃないなら、正直屋内に戻りたいもの」 昇降口まで引き返してもいいんだが、果たして彼女が俺の報告を冷静に受け止めてくれるだろうか? といった旨を遠回しに伝えると、 「愚問ね。聞きもしないうちから何ともコメント出来ないわ。勿体ぶるのはやめて頂戴」 アッサリ切り捨てられてしまった。 確かに…いつまでもウダウダと足踏みしてるわけにはいかないんだ。 俺の手前勝手で、恐らく黒猫にいつかと同等の落胆を強いることになるだろうが。 気が重いからって後延ばしにしても仕方がない。決めたんだ、今日話すと。だから―― 「今日はよろしくない報せを持ってきた」 「そのようね」 「話して、お前を怒らせるか、あるいは『また』傷つけちまわないか、どう切り出したものかわかんなくてな」 「そう。見るからに気が進まないって顔してたから、薄々察しはついていたわ」 「この期に及んで…とは思うが、一つ確認させてくれ。桐乃から事前に何か聞いてるか?」 「いいえ。これから聞く話についてあの子が仲介に入ろうとした節は見られたけれど。貴方から聞かせて」 黒猫のいわく勿体ぶった手順を踏みながら、俺はなけなしの覚悟を振り絞りようやく核心に触れる。 「差し向かいで伝えるのもどうかと散々迷ったんだが…………  俺、好きな奴ができた。そいつと付き合おうと思ってる」 時が止まったかと錯覚させるような長い沈黙が… 降りなかった。 「そう。そんな事だと思った」 「ってえらい淡白なリアクションだなぉぃ」 「私が我を忘れる程ショックを受けるとか、取り乱すのを想像していたのかしら。お生憎様」 フフッと思いもかけない微笑を浮かべ、黒猫は言葉を継ぐ。 「驚きはあるわ。ショックも、無くはない。  けれども今は先輩の心を見事に掴んだ件の人が誰なのか、そこに尽きる…というところね。 『妹を幸せにしてやれると思える相手が現れるまで、俺が恋人をつくるわけにいかない』  …あんな見栄を切った貴方に心変わりさせるなんて、大したものじゃない。  私に出来なかったことを成し遂げたのは、順当にいくとベルフェゴールかしら。  それともまさか他でもないあの子自身だったりするの?  駄目よ先輩、シスコンは許されても近親は許されるものではないわ」 一気呵成に言い切る様子に、平静を装おうとしていた黒猫の動揺が見て取れた。 「…そこで黙り込まないでくれる? 変に真実味を漂わされても困るわ」 「いや、ねーよ。桐乃とは相変わらずだ。知っての通り、な」 もっともその桐乃が意外にも俺のことを慕ってくれていたという事実が表面化したのは極最近だが。 閑話休題 「まったく貴方たち兄妹には何かと振り回されてばかり。今更言うのも…今更だけれど」 その点について俺なんか桐乃の足元にも及ばないだろう。が、ここで混ぜ返すような台詞は命取りか。 「それにしても私としたことが先輩の『そういう』心情を見誤るだなんて、正直とんだ誤算ね」 「――そういう、とは?」 「皆まで言わせないで頂戴。自他共に認めるシスコンの貴方が、私を袖にした理由でもある妹との約束を反故にしてまで、特定の女子と親密になる…そんな事は当面なさそうだという考えが根拠の薄い思い込み、単なる希望的観測でしかなかったってお話よ」 「黒猫、あのな、ちょっと落ち着」 「これが落ち着いていられるものですか、貴方に言われたくないわ」 そーですね。 滅多なことを言って火に油を注ぐ結果になってもたまらん。彼女の言い分を聞こう。 ふぅ……と、黒猫は大きく息を吐いて呼吸を整えた。 というよりは猫が怒気を含ませた声を静かに響かせる様にも似て見えるのは気のせいか 「お前の指摘はもっともだ。自分から課した制約を簡単に覆して、見損なったってのは妥当だな…しゃーない」 そこは責められて然るべきだ。そのために俺はこうして彼女に話している、ような側面もある。 懺悔ではないが…告解に近いかもしれない。その相手として黒猫以上に相応しい人物はいまい。 なんとまあ勝手な動機じゃないか、俺。 「間違えないで。見損なったとは言っていないわ。むしろ見くびっていた認識を正された、というところかしら」 「見くびるて…」 これまたレアな表現が出た。こうもストレートな毒舌は実に久しい。 「先輩ほどの兄馬鹿なら、あの子に良い相手が現れるまではと、本気で約束に身を捧げそうに見えたのよ」 さいですか。 そりゃ慧眼、ご明察だ。 あの当時、たしかに俺はそういう心積もりだった。 決して軽い気持ちで桐乃と約束をしたわけではないし、 黒猫の告白を断る際に引き合いにしたのも口実なんかじゃなかった。 それが僅か半年でこの様なんだから、何ともはや。 「だから私は耐えられた。あの子に良い相手が…なんて、それこそまずあり得ないと思えたし。そのあいだ先輩が保護者の努めに徹するのであれば、私の気持ちを受け入れてもらえる機会はいずれ巡ってくると希望を繋いでいたというわけ……都合の良い解釈。そこで待ちの姿勢に入ったのが今回の敗因ね」 「耐えられた、か? でもお前、あの時――」 「忘れなさい。」 「…はい」 「それで先輩。いよいよ疑問なのはどうしてその話を私に告げる気になったのか、教えてもらえる?」 振った私への責任や誠意とか抜かすなら温厚な私も手が出るかも、と威嚇される。 それを微笑して言う今日の黒猫は怖えぇ 先ほど思い浮かんだ通りに弁明する。 弁明?違うか? 無論黒猫のためではなく、こればかりは加奈子のためでもなく、俺自身が話さないと収まりがつかなかったから。 それだけだ。そう伝えた。 「悪い。勝手で」 「そうね、すこし呆れたわ」 「だろうよ」 「でも…」 「でも?」 「言ったでしょう、それだけ、あの子と同等以上に先輩の心に大きな位置を占める誰か…興味深いわ」 ベルフェゴールでないなら是非紹介してほしいものね、と冗談めかして言う黒猫の瞳はどうやらマジだった。 さて、どうしたもんか。 二人を面通しするのは別に悪くない。が、黒猫は加奈子に会って何を話すというのだろう。 ……うん? そういえば 「待てよ、会いたいてんなら俺から渡りをつけて紹介はするけどさ。お前、今日はバイトじゃなかったか」 「あら。よく憶えてるわね」 「仕方ない、時間に余裕のある日に改めて 俺の台詞の終わりを待つことなく黒猫は素早い所作で携帯を取り出す。 呆気にとられていると、電話の相手へ丁重に欠勤を断りお辞儀を添えて速やかに携帯を閉じた。 ぱたん。という音がやけに耳に残る。 「時間は出来たわよ、先輩?」 「…みたいだな」 涼しげに言ってのける黒猫に気圧されそうになりつつ、こちらも加奈子に都合を聞くべくメールを入力する。 「鉄は熱いうちに打て、か」 別段問うでもない呟き。だが黒猫の耳には届いたらしく。 また今度という類いの話でもないでしょう、と呟き返す声音に迫るものが感じられた。 「悪い、バイト無理に休ませるような形になって」 「そこまで気を使わなくていいけれど。無理を言い出したのはむしろ私なんだから」 「そか。そういや、黒猫でも電話越しの相手にお辞儀したりするんだな」 「露骨に意外な顔をしないでもらえる? 不躾な連絡をする以上、これくらいの弁えは当然よ…」 ついさっきは相当感情的になってたかと思えば、これだ。 この切り替えのよさがいかにも彼女らしく見えて、なんだか、やたら感心させられる。 加奈子から折り返しの電話で了解の返事を受け、軽く飯でも食らいながら話そうという流れになった。 それまでに道すがら外堀を埋めておかなきゃならんか。 そんなことを思案しつつ下駄箱で靴をかえ、改めて黒猫と合流する。 が、適当なきっかけが出てこない。 こんなとき自分の不器用さが実に恨めしい。 内心で身悶えしていると、知ってか知らずか黒猫のほうから会話を振ってくる。 「さっきの…」 「うん?」 「カナコといったかしら、電話で話してた子」 「あ、聞こえてたか」 「ええ勿論。先達ての、貴方が身を呈して助けた子だったわよね」 「そんな大袈裟なもんでもねーけど、な」 あれから一月余り。色々ありすぎてもう俺の中では『そんなこともあったっけ』程度の過去となりつつある。 結果的に腕の傷も大して尾を引かずに済み、その後の環境の変化に振り回されたのがよほど印象強い。 一瞬これまでの回想に浸りかけていると 「あれから随分と足繁く御見舞いに通っていたと聞いたわ。それが決め手になったの?」 「いや。直接そうってわけでもないかな」 「そう」 すぐに途切れる会話。訪れる間。 わかっちゃいたが気まずいこと甚だしい。 「あの時の」 「…何?」 「くれた上着、助かったよ。ありがとうな」 「お礼は二度はいいのよ。どういたしまして」 下心も少しは縫い込められていたのだけど、気付いてもらえなかったのは良し悪し… そう続けて黒猫はこれ見よがしに溜め息を吐いた。 「遠慮しないでもっと積極的に絡んでいくべきだったわ。もしかして鳶に油揚げをさらわれるのを防げたのにね」 フフッとまた例の微笑から発せられる語りに、どうも居たたまれない気持ちになる。 微妙に屈折させちまったかと不安を煽られるんだが。杞憂であってほしい。 「たしか名前は来栖加奈子だったわね。何度か話は伝え聞いているから朧げに人物像は描けているのだけど」 「直接の面識は無いんだっけか?」 「ええ。イベントで外見や声は知ってても、知った相手とは言えないもの。単純に会うのが楽しみな面もあるわ」 そういうもんか。 楽しみな面もて、それ以外にどんな側面があるのか訊ねるのが躊躇われる。 変に縺れて修羅場ったり…まさかと思うが…キャットファイトになったりしないだろうな。 いやいや。ンな馬鹿な。 ふざけた妄想を拭い払う。自意識過剰だろう高坂京介。 「それで彼女はどういった子なの、先輩から見て」 「どういったと言われてもなぁ。少なからず贔屓目は入っちまうぞ?」 「構わないわ」 そうさね、言うなれば―― 「桐乃に似たタイプかな。あいつからオタ趣味と秀でた運動神経と学力と文才と要領のよさを取ったような……で、残ったワガママさと口の悪さと手の早さ、傍若無人でガキっぽいところが共通項だと思う」 「こ、恋人になろうって相手にひどい言い草ね? それじゃあ私は何故遅れをとったのかわからないわ…」 「はて」 事実そんなんだが、まぁこの説明で納得いかんのは当然か。 それにしたって、俺から見て加奈子がいかに魅力的かと黒猫に語るのは…憚られる。 「結局のところ、百聞は一見に如かずってわけかしらね」 先輩があの子に似た子を好きになったというのは癪だけど。 半眼を作り、これでもかとジト目を向けてくる黒猫の視線が痛い。 ああ、そうとも。そこは俺だって…俺たちだってと言うべきか…気にしてはいるんだ。 デリケートな部分だから正直触れてほしくない。そうもいかないか。 「そういうことなら、あの子の心中もさぞ複雑でしょう。こうして私に話す前からだいぶ込み入ってるようね」 お察しの通りである。 遠目にマツキヨの看板が見えた。待ち合わせの店は近い。 途中また黒猫が電話していたため、加奈子のが先に到着してるらしい。 「にしても。なんで定食屋をチョイスするかな~」 カフェでもマックでもいいじゃねえかと、場所を決める前に黒猫にも同意を求めたが 「私もいまは御飯の気分ね」と多数決が下ったのだった。 そんなにガッツリ食って何に備えるつもりなんだ、お前ら…? 入口をくぐると少し奥まった席に見知った後ろ姿が確認できた。 携帯を片手に、鼻唄を口ずさんで、まぁ随分くつろいだご様子。 曲調からするとメルル関係じゃないようだ。 そりゃそうか、聞く限りしばらくは公式イベントもないしな。 席へ向かうべく黒猫を促そうとすると、何か衝撃的なものを見たような表情を浮かべていた。 「ど、どうしたんだよ一体。いきなりそんな顔して?」 「いえ……ちょっと以前の私とダブって見えてしまって。あんな風に見るからに人待ち顔で、期待をもて余して歌なんか唄って、周囲の人間に気恥ずかしい思いを伝染させるような……穏やかで、幸福の、恋の空気。聞いてた感じと違うのね、当てられてしまうわ」 そう言いながら上着を脱ぐ黒猫には、先ほど危惧された屈折は見られない。 俺にはイマイチ窺い知れない心境の変化があったのだろうか。 加奈子はまだこちらに気付いていない。挨拶にかえて、おもむろに頭をわしゃわしゃとやってやる。 「ぁにすんだよゴルァ##」 言うが早いかすかさず放たれたバックブローを避けつつ、今度こそ加奈子に声をかけた。 「よう、お待たせだ」 「んぁ…京介」 俺を認識した加奈子はさっきの剣幕を引っ込め、苦虫を噛み潰したような顔。 継ぐ言葉に迷ったらしく「うぃっす」と短く挨拶を済ませ、続けて曰く 「そいつ……誰、さん?」 と訝しげに訊いてくる。そういや、細かい話はまだだったっけか。 「紹介しよう。今回の依頼人、もとい後輩の黒猫だ。同じ部活の仲間でもある」 「はじめまして、来栖さん。でいいかしら」 「あぅ、はじめまして」 差し出された手を握りながら、加奈子は疑問符を露にする。 漫画であれば文字通りハテナマークが飛び交ってるところだろう 「えぇと、黒猫?…かわった名前だな…京介から会わせたいやつがいるって聞いてたんだけど、どんな用件?」 状況を飲み込めない加奈子は、俺と黒猫と交互に視線を寄越す。 どんな用件かと訊かれても、俺だって説明の言葉は持ってないぞ。 「用件ってほど大層なものじゃないの。ただ」 黒猫はそこで台詞を区切り、こちらへ一瞥をくれた。 「シスコンの先輩が近頃は別の子に御執心らしいから、よければ話をしてみたくて」 「……ふーん。そなんだ」 格別当たり障りない応対に思えたが、何か気になるところでもあったのか。加奈子はすこし言い淀んで、返す。 「なぁ、京介ってば、そんなに加奈子にゴシューシンだったわけ?」 「ええ、それはもう。本人は半端にクールぶってるつもりか知らないけれどね」 「あのなあ」 黒猫め、ここへ来て意趣返しとばかり俺をからかい倒す気か? まぁそれで幾らか気が紛れるなら、抵抗もしづらいが。 一方の加奈子はというと「へぇ~」だの「そっかぁ」だの、黒猫の言葉を額面通り受け止めてやたら嬉しそうだ。 単純なやつ。見てるこっちが照れ臭くなるっつーの。 なるほど、幸福の空気ね… ここで注文を取りにきた店員に各各オーダーして、ドリンクは先に出してもらうよう伝える。 一足先に入店していた加奈子だけは、待っている間に頼んだのだろうサラダをサクサクと突っついている。 「あれ、おい加奈子。おまえ顔にドレッシングついてるぞ」 「うそうそ、マジかよ」 「こんなんで嘘言ってどうなる。ホラ、下手すると袖につくだろ。拭いてやるから動くんじゃねえ」 「ちぇ…なにが『拭いてやる』さ。そもそもさっきアンタが不意打ちしたからじゃん」 「あー悪い悪い。そんなむくれるなって」 まだ温かいおしぼりで口のわきに付いたドレッシングを拭う。 ホント下手に服に付いたりした日には染みになりかねないから油断ならんのよね。 今日の加奈子は私服だから尚更だ。こいつ、俺が連絡したらすぐに早退けしやがったのか。 問い詰めると悪びれもせず白状する。 「だって、せっかく京介からの誘いなのに、制服のままじゃ味気無いでしょ」 ちなみに本日の加奈子の服装はこないだとは変わって気合い入ってないゆるめのコーディネートで、 長袖シャツの上に半袖を重ね着したスタイルの、なんちゅー格好かは知らないが平素の着こなし感が似合っていた。 食べこぼして汚すなよと言えば、わかってますーと唇を尖らせ、にへらっと相好を崩す。 「何がそんなにまで楽しいかね」 野暮を承知で言ってやると 「いいじゃん、別に何にもなくたって楽しいの」 臆面もなく言ってのけ、おしぼりを持ったままの俺の手を引き寄せて「うへぇ…」と安らかに嘆息した。 おいおい、ここは二人きりじゃないんだ。ちったぁ周りの人の目を気にしなさい。とりわけ黒猫のな。 案の定、彼女は盛大に引いている。 「くっ、なんてプレッシャー……もしかして場違いだから帰れと暗に要求されているとでも…」 んなこたぁないが。 加奈子は一度スイッチ入ると暫くはこうだかんな。他意はないんだと思う 「会って早々、ものの数分で、闇の眷属たる私を動揺せしめようとはね……正直ちょっと後悔…」 すまねーな。所在ない思いをさせてる責任の一端は俺にもあるので、後で落ち着いたら謝るとしよう。 さてと。 こうして対面の場を持てたとはいえ二人の間には思った以上に会話が成り立ってねーな。 それで空気が重いわけではないから、特に気に病むこともないんだろうか。 そこらへんどうなのよと提案者の黒猫に声をかけようとすれば、 彼女はどことなく遠い目で思案顔をしながら注文したカフェオレを飲んでいた。 お前さっきメシ頼んでたよな、パンじゃなくて!? 喉まで出かかったツッコミを何とかこらえる。 加奈子がまだ軽くわんこトリップしているため、気持ちボリューム抑えめで話しかけてみた。 「なあ、黒猫」 「……何かしら」 「なんつーか待ちぼうけさせてるみたいで悪ぃ。コイツと話しときたい事があるなら、いま正気に戻すぞ?」 加奈子を指さしつつ訊くが 「いいのよ。そんなに邪険にするものではないわ」 可愛いものじゃない…と続けて苦笑する。 「一体私には何が足りなかったのか。その答えをその子に見られればと来てみて、もうおよそ解ったし」 「答えねぇ。俺にはよく解らんが」 「本当に?…だとしたら先輩の無自覚さも相当なものだけど」 また違った、揶揄するような笑みを浮かべる。 こうもバリエーションに富んだ黒猫の笑顔を見るのは何時ぶりだろう。 内心あるいは穏やかならざるものがあるのかもしれないが、それを窺い知ることは難しい。 「とにかく、たらればの思考には区切りをつけないと。そういう意味では会いに来て正解ね」 「サバサバしたもんだな。筋違いを承知で言わせてもらうと、ちょっと意外だ」 「二度目だもの」 「…そか」 こればっかりは、軽々に「悪い」とは言えない。 すまない、ゴメンな、同様だ。何のフォローにもならない言葉を下して、心中だけに止める。 ややあってメシが届く。 加奈子を軽く小突いて正気に返し、互いのおかずを適当に交換したりして、暫くは箸と皿に集中。 ちなみに加奈子はジンジャーエールらしい。ま、いいけどよ……一方俺は無難に烏龍茶にしといたよ。 「マジ盛り?」 「そ。この店の特盛みたいなもん」 確かに、大盛りでは済まない量が鎮座ましましている。圧倒的じゃないか… 「某カップ麺を思わせる響きね」 「あ、それ俺が言おうとしてたのに」 「甘い。ツッコミで先手を奪われるようじゃ、鈍ってると言わざるを得ないわ」 「チッ、言わせておけば」 とか何とか俺らがしょうもないやりとりを交わしていると、口を出しそびれた加奈子いわく 「黒猫って京介と仲いいのな。なんか、さっきから京介が生き生きして見える」 生き生きっつーか、まぁ何つーのかな。以前に戻った感じか。 黒猫は意図的にさっきみたいな平静に接することで、割り切ろうとしてるんだろう。 「聞こうか迷ったんだけどさ。もしかして二人は、前に、その……恋人だったりすんの?」 あまりにストレートな問い。黒猫の手前もあって一瞬返答に詰まる。 と、当の黒猫がこちらへチラリと視線を寄越し、やれやれという風情で答えた。 「いいえ。残念だけれどそんな事実は無いから、安心なさい」 「そなんだ。てっきり……えーと『残念だけれど』?」 「私、振られたの。この男ときたら身の程も知らずスッパリと振ってくれてね。癪にさわるったら」 やめて、俺のライフはもうゼロよっ 「へ、へぇ……驚き。京介ってば、そんな話は全然聞かせてくんなかったし」 「見てのとおり今では軽口をたたける仲に戻りつつあるから、あまり気にしないでくれるといいわ」 実際には今日さっきのことながら、加奈子に対してはあくまで過去のこととしたいらしい。 知り合ったばかりでギクシャクする要因は残したくないといったとこか。 その後は、互いの桐乃との付き合いの話題を皮切りにそれなりにスムーズに話せてる様子。 あいつも呼んでやるかと思わなくはなかったが、 女子三人に対して男子俺一人、連中が意気投合した場合いかにも分が悪い。 今回はやめといた。…恨んでくれるな、マイシスター。 食事は一段落して、時たま残ったマジ盛りのおかずを銘銘でつまむ。 話題はいつかコスプレに及んでいて、黒猫が熱弁をふるおうとしていた。 「あなたは人並みならぬ演技力があるのだから、もっと作品に関心を向けるべきじゃなくて?」 「ってもさぁ、趣味でやってるワケじゃないしー」 「あの子に付き合って何度かイベントを見たわ。支持してくれているファンに応えようとは思えないかしら」 「そりゃ、あいつらが加奈子のこと持ち上げてくれんのは悪い気はしないけど」 いやいや、どころか結構ノリノリだろ。 きめぇとか言いつつあの一体感を満更でもなく思ってるの、知ってるぞ。 「人気があっても作品世界への思い入れが無いようでは、いつまでも私や先輩の水準には到達できないわよ」 俺?? 「え、何何、京介もコスプレやってんの? それこそ初耳なんだけど!」 加奈子が勢い込んで食いつく。 「そうよ、見せてあげるから刮目なさい。これが先輩の…」 ちょ 待っ ―――――――――――― ―――――――― ―――― そんなこんなで会食は終わり、早くも夕暮れの気配が漂いはじめるなか帰途につく。 黒猫はマスケラのDVDを加奈子に貸す約束をして、布教の手ごたえに満足げだ。 黒歴史を晒された俺は泣きたいんだがな。 別れ際「すこし借りるわ」と加奈子に断り、連れ出された。 すぐ先の角を折れる。 「いい子じゃない。会う前は『この泥棒猫』とでも言おうかと考えてたのに」 「それは……ギャグで言ってるのか…」 「半分は。でも話してみたら毒気を抜かれてしまったわ。   あの子が…ああ、貴方の妹が、ね…荒れてないのも頷ける気がするもの」 「今日は色々あったからな、桐乃のやつと積もる話もあるだろ。俺はノータッチにするよ、お手柔らかに頼むぜ」 言って、切り上げることにする。 「待って」 「…おぅ」 黒猫がすかさず服の裾を掴むので、向き直る。 「聞き苦しいでしょうけどまだ心の整理が完全ではないの。そのうち、いつかは、二人のことを祝福できればとは思う。でもしばらくは無理そうだから……棚上げにして、あの頃のままの関係でいられない?」 「俺は是非もない」 「そう、有り難う」 「礼なんて、言わないでくれよ」 「いえ。私と先輩の友情に免じて」 黒猫は今日一番の笑顔を見せた。 「泣いたりしないのな」 「言ったでしょう。二度目。先輩にはもう十分泣かされたもの」 笑顔。 「よしんば泣くとしても、貴方の目の前ではあり得ない。そんなに憐れな女になるつもりはなくてよ」 「あぁ」 「先輩のほうこそ泣きそうな顔に見えるけど?」 笑顔。 「バカ言うな。丁度夕陽がさして眩しいんだよ」 「あら、そう」 別れを笑顔で貫く黒猫に、じゃあなと手を振り改めて背を向けた。 そうとも。バカを言うなだ。俺は黒猫の好意を決定的に断ったんだ、いつまでも感傷に浸る資格はない。 ただ、せめていまは今日一日彼女が俺に向けた笑顔を噛み締めよう。 …あの角を曲がったら、俺も笑顔で加奈子と向かい合えるように。

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