ゆく年くる年:12スレ目134

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134 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:40:58.01 ID:qAfCcF82o [2/20] 十二月下旬ともなると、日を重ねるごとに寒さが厳しくなってきた。 今学期の成績もまずまずといったところで、今日から高校生活最後の冬休みに入った。 しかし、折角の休みだというのに、今にも雨が降り出しそうな生憎の空模様だ。 もしかすると、この辺りでも初雪が見られるかもしれない。 桐乃は、朝からどうも熱があるようだと言って、今は静かに部屋で休んでいる。 俺もこればかりはどうにも出来ず、昼にお袋が作ったお粥を持って行ってやったくらいだ。 本人も食欲はあると言うし、寝ていればその内に良くなるとは思うんだが……。 いずれにしても妹が体調を崩しているのに、兄貴の俺が外に遊びに行くわけにもいかねえ。 そういった事情で俺は、朝から部屋でネットを眺めながら時間を潰しているんだが、 どうしたことかパソコンの調子が悪くて何度も画面がフリーズしちまう。 パソコンも電気製品とはいえ叩けば直るというもんでもねえし、こうなったら仕方がない。 俺は部屋を出て桐乃の部屋の前に立つと、静かに扉を叩いた。 「……桐乃、俺だけど……入ってもいいか?」 程なくして桐乃の声が聞こえ、俺はそっと扉を開けて中へ入った。 部屋はエアコンの他に、お袋が持ち込んだ温風ヒーターと加湿器のせいでかなり蒸し暑い。 風邪のウイルスは乾燥に強く、高温多湿に弱いというから仕方がないんだろうけど、 それにしても常識とか限度があるんじゃねえかと思わんでもないが……。 「……ごめんな、寝てたんじゃねぇのか? 具合はどうよ」 「うん。……まだ熱っぽいけど、朝よりは少し良くなったかな。  お母さんが作ってくれたお粥も美味しかったし、食欲はあるみたいだしね。  何か用? 風邪だったらうつるといけなし、あんたは部屋に入らないほうが……」 熱のせいなのか、それとも植物園の温室のようなこの部屋のせいなのかは分からんけど、 桐乃は少しだけ顔を赤らめ、微かに笑いながら俺を見ていた。 俺の妹がこんなにしおらしいわけがない。 135 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:41:35.65 ID:qAfCcF82o [3/20] 珍しく弱々しい桐乃の態度に少し戸惑い、俺は言ってもいいものかどうか迷った。 しかし、桐乃にしても俺が様子を見に来ただけなんて思ってないだろうし、 ここはさり気ない会話で当初の目的を果たすまでだ。 「用ってほどのことじゃねぇんだけどさぁ、どうも俺のパソコンの調子が悪くってな。  いやじゃなければ、桐乃のノーパソを貸してもらえねぇかなって、な」 「別に遠慮なんか要らないっての。  昨日は遅くまで年賀状の印刷してたからプリンターが繋がったまんまだけど……  プリンターケーブルの外し方わかる? あたしがやってあげられればいいんだけど」 「プリンターケーブルって、後に挿さってるケーブルだろ?」 「うん、そう」 桐乃って、兄貴の俺にこんなに親切なやつだったっけか? 掛け布団から赤い顔だけ出して笑ってるから、そう心配することもねぇんだろうけど。 俺が机の片隅に置かれたそれに気付いたのは、床にしゃがみコンセントからプラグを外し、 ノートパソコンに繋がったプリンターケーブルを外そうとしたときだった。 マスコットのような小さな金色のトロフィー。 プレートには、『千葉県中学校総合体育大会 女子 100M 優勝』の文字。 「――これ、夏の大会のときのか?」 「あ、うん……県総体のやつ」 「なんだか、優勝トロフィーにしちゃあ小さくねぇか?  いや、こういうのは大きければいいってもんでもねぇけどさぁ」 「それはレプリカ。  本物は、学校の校長室にあるガラスケースの中に飾ってあんの。  公式の大会だし、選手個人には賞状とレプリカのトロフィーが渡されることになってんの」 136 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:42:15.08 ID:qAfCcF82o [4/20] 校長室の応接セットの脇にある大きなガラスケース。 その中に歴代の生徒達による部活動の成果が、堂々と収められているってわけだ。 今まで部活動なんかに興味も無かった俺には縁のない話だが、高校でゲー研に入ってみて、 そこで過ごした日々を形として残すのもいいもんだと、今更だが俺は思っていた。 「ふーん、そういうもんなんだ。  レプリカでも成績は変わんねぇけど、どうせなら本物を呉れたっていいじゃんかなぁ」 「あたしはどっちでもかまわない。  別に賞状やトロフィーが欲しくって、今まで陸上を続けてたわけじゃないし。  それに、あたしが本当に欲しかったものは、そんな物じゃないし……」 桐乃はまどろむように半分だけ瞼を閉じて、何が可笑しいのか、また微笑んだ。 寝言を言っている人間に受け答えしちゃあいけねぇって都市伝説はあるが、 どうやら桐乃は寝ているわけでもなさそうだ。 それが証拠に、俺がもたもたとケーブルを外しているのを見て鼻で笑っていやがる。 「――やめたやめた。  別に、それほどパソコンが必要だったってわけでもねぇしな。  なぁ桐乃、おまえが賞状やトロフィーよりも欲しかったものって何なんだよ」 俺は外したプリンターケーブルを机の上に放り投げ、椅子を引いてどかっと座った。 「聞きたいの? 別に話してあげてもいいけど、聞くとあんた、大変なことになるよ」 「大変なことになるって、そう言われたら余計に聞きたくなるじゃねぇか」 「そうだね……。あんたがそう言うなら、話してみようかな。  何だかあたしも、今日だけは誰かに聞いてもらいたい気分だし……」 桐乃は完全に瞼を閉じると、遠い記憶を手繰り寄せるかのようにゆっくりと話し始めた。 それは、俺と桐乃が、二人ともまだ小学生のときの話だった。 「……あんた、六年生のときの運動会って憶えてる?」 137 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:42:57.01 ID:qAfCcF82o [5/20] 俺が小学六年生だったとき、当然ながら桐乃は三年生なわけだ。 兄妹一緒の運動会はあれが最後だったし、そのときの記憶は俺にもあった。 しかし、記憶に残っていることと言っても、桐乃やお袋と一緒に食った昼飯だったり、 幼馴染の麻奈実が思ったよりも走るのが速かったりと、いわばどうでもいいことだけだった。 「あたしってさぁ、小さい頃は足が遅かったって、あんたには話したことがあるじゃん?  だから、運動会なんて大嫌いだったんだけど、三年生のときだけは別なんだよね」 「……別って、何か特別なことでもあったのか?」 「100M走の順番が回ってきて、そのときもイヤだイヤだって思ってたんだけど、  何となくゴールを見たら、あんたたち六年生が何人かゴールの横に立ってるじゃん。  それを見て、あたし分かったんだ。  あんたたちが、一位から三位までの子にリボンを付ける係りなんだってね」 桐乃に言われてみて、俺の記憶がうっすらと甦ってくる。 当時、俺たちが通っていた小学校には、当然のこと体育祭実行委員会なんてものはない。 普段からある委員会からそれぞれ数名ずつ指名され、運動会当日の係りになっていた。 放送委員は場内アナウンス、体育委員はその他諸々の雑用係りみたいな感じでな。 「……確かあのときって、俺は三位のヤツに黄色いリボンを付ける係りだった気がすんけど」 「あんたが手前から三人目に並んでたから、あたしもそうだと思った」 「そっか。……でも、あのとき桐乃は、確か……」 「足の遅いあたしが、一位や二位なんて初めっから無理な話じゃん?  走るのなんて嫌いだったし、でも、あんたがリボンを付ける係りだって分かって……  どうしてもあのとき、あたしは三位になりたかったの」 138 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:43:36.12 ID:qAfCcF82o [6/20] 桐乃は中盤からゴール間近まで、何とか三位の位置をキープしていた。 俺だって自分の妹が必死に走っている姿を見れば、自然と大声を上げて応援したさ。 しかし、結論から言ってしまえば、俺が桐乃にリボンを付けてやることは出来なかった。 「あたしも馬鹿だよね……。  普段から走るのが苦手で練習もしないくせに、本番で早く走れるわけなんてないのに……」 桐乃は、ゴールまであと数メートルのところで足がもつれて転んじまったんだ。 俺は周りのヤツが騒ごうがそんなことには耳も貸さず、膝を擦りむいた我が妹を背負うと、 保健委員が待機する救護テントへ向かって駆け出したんだっけ。 「あんたってさぁ……あの頃からシスコンの気があったんだよね。  お陰であのときの100M走で、あたしだけ三位どころかゴールすら出来なかったんだから」 「しっ、仕方ねぇじゃねえか! 俺だって、気が動転しちまったっていうか……」 「だからあんたは根っからのシスコンだって言うの」 あのときの件で、俺は桐乃からシスコンと言われようが構やしない。 妹が目の前で転んだのに、それを放って置いて悠長にリボンなんか付けていられるわけがねえ。 あのときの俺の行動は兄貴として正しかったと、今思い返しても断言できる。 しかし、桐乃は…… 「……あたしは悔しかった。  あんたに背負われて恥ずかしかったのもあるけど、それよりも……悔しかった」 「あのとき三位を逃したのは悔しいだろうけど、今はこうして優勝だって出来るじゃねぇか」 「ばーか。……ホントあんたって鈍いよね。そんなことで悔しかったんじゃないっての」 桐乃は瞼を閉じたまま小さく溜息を吐くと、また静かに話し始めた。 「あの日からあたしは、みんなには内緒で走る練習を始めたの。  河原とか、中学校の裏にある公園とか、広い場所を見付けて走る練習をしたの」 139 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:44:29.91 ID:qAfCcF82o [7/20] 元々足の遅かったヤツが、そう簡単に早く走れるようになるわけじゃない。 桐乃の話では、四年生の運動会に目標を定めて何度も何度も走る練習を重ねたらしいが、 残念なことに結果は四位で終わったらしい。 一度決めたら絶対に途中で投げ出さない桐乃の性格は俺も知っている。 そのまた翌年の五年生の運動会では三位、六年生でついに一位を獲得したということだ。 俺はそんなことがあったとは知らず、桐乃から今初めて聞いて知った。 なぜなら、俺が小学校を卒業して以降、運動会を観に行くこともなかったからだ。 中学生ともなれば行動範囲は格段に広がるし、運動会に特に興味があったわけでもない。 それに、いつしか俺は、麻奈実と一緒に居ることが多くなっていたからさ。 「あたしは頑張ったのに、欲しかったものは、もうそこには無かった……。  でも、卒業する頃には走るのが好きになって、中学に入ってから陸上部に入ったの」 瞼を閉じたままの桐乃の目から涙が滲み出し、一粒の雫が目尻からこぼれた。 俺も桐乃が中学で陸上部に入部したことは、お袋から聞いて知っていた。 桐乃は、自分がどんなに辛くても、それを他人にひけらかすようなヤツじゃない。 当時の俺は、桐乃が陰でどれほど頑張っていたかなんて気付きもしなかったし、 お袋から桐乃の自慢話を聞かされるたび、妹に劣等感さえ持ち始めるようになっていた。 俺と桐乃を比べても、元々の出来が違うんだってな。 「なぁ、陸上やってて辛かったことなんてなかったのか?」 「好きでやってるわけだし、辛かったことは他にも一杯あったから……」 「他にあるって?」 「それは……今度また……気が向いたらあんたに話してあげる」 桐乃は話し疲れたのか、小さな寝息を立てて眠ってしまった。 幾らか顔の赤味が薄れてきたように見えるのは、熱が下がってきた証拠かもしれない。 俺はそっと椅子から立ち上がって自分の部屋へ戻り、財布と上着を掴んで再び部屋を出た。 階段を下りてリビングを覗くと、お袋が相も変わらず韓流ドラマに見入っていた。 よくもまあ飽きないもんだと感心するよ。 俺は、お袋に近くまで買物に行って来るとだけ告げて外へ出た。 140 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:45:12.16 ID:qAfCcF82o [8/20] 翌日、俺は朝からどうにも身体がだるく熱もあって、今は静かに部屋で休んでいた。 食欲はまったくねぇし、昼にお袋が作ってくれたお粥を食ったくらいだ。 このまま寝ていれば、その内に良くなるとは思うんだが……。 そういえば、今日二十四日は、十二月のメインイベントであるクリスマス・イブ―― 夏に黒猫に振られた俺にはまったく関係のない日だが、それでもやはり虚しい。 恋人がいるヤツは、今頃そわそわと出掛ける支度でもしているんだろう。 去年のイブは桐乃の携帯小説の取材に付き合わされたけど、今年はそれも無い。 ところで、俺の部屋には中学のときから使っている電気ストーブしか無くかなり寒い。 お袋が加湿器の代わりだと言って床に置いた熱湯が入ったバケツもすっかり冷えたようだ。 試しにそっと息を吐き出してみる。部屋の中だというのに吐息が白い。 「……凍死する前に、誰か見付けてくんねぇかなぁ」 俺が馬鹿なことを独り呟いていると、部屋の扉が勢いよく開いた。 「――ったく、何でよりによって今日熱なんか出してんのよ!」 桐乃の声はあからさまに俺を非難していたが、こればかりは俺だってどうしようもない。 元はといえば昨日の夕方、桐乃が眠った後に出掛けたのがいけなかったんだが。 案の定、俺が家に帰る頃には雪が降り始めていた。 「おまえはそう言うけどな、俺はおまえにイチゴを食わせてやりたくて……」 「もう、それが余計なことだっての。……でも、ありがと。イチゴおいしかった」 あのとき俺は、桐乃が小さい頃からイチゴが大好きだったことを思い出したんだ。 お袋も桐乃が風邪を引くと、決まってイチゴを食わせてやってたしな。 しかし、クリスマス目前のせいか、近所のスーパーでは既にイチゴは売り切れていた。 俺も意地になっちまって、駅前のデパートまで足を延ばした結果がこのザマさ。 141 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:45:49.58 ID:qAfCcF82o [9/20] 「――お袋は? また飽きもせず韓流ドラマでも見てんのか?」 「お母さんなら、ご近所の奥さんとクリスマス・パーティーだって言って出掛けたけど。  ……多分ファミレスでご飯食べてから、その後は駅前のカラオケだと思う」 さすが俺のお袋だぜ。 息子が熱出して寝込んでるっていうのに、自分はクリスマス・パーティーときたもんだ。 大体、ご近所の奥さんも奥さんだ。専業主婦って、そんなにも暇なのかね。 今度道端で会ったら、俺の方から一言ご挨拶してやる。 「なぁ、桐乃は今年どうすんだ? 俺はこんなんだし、モデル事務所のパーティーでも?」 「一応それも考えてるんだけど……まだ分かんない」 「そっか、どっちにしろ出掛けるんだったら戸締りだけは頼むわ。  俺は食欲もねぇし、今日はこのまま大人しく朝まで寝てることにすっから。  それと悪いんだけどバケツのお湯――」 俺が、バケツのお湯を取り替えて呉れないかと言い掛けたときだった。 桐乃は少しムッとした表情で、勢いよく扉を開けて部屋を出て行ってしまった。 別に、桐乃が怒るようなことを言ったつもりはないんだが……。 暫くして、俺の部屋の扉が蹴っ飛ばされたかと思うと、階段を下りて行く足音が聞こえた。 やはり、今年はモデル事務所のクリスマス・パーティーに参加することにしたんだろう。 病人の俺なんかと一緒に居ても、桐乃だって面白くねぇだろうしな。 「お袋……桐乃は、間違いなくあんたの娘だよ」 俺は静けさを取り戻した部屋の中で、只ぼんやりと天井を眺めていた。 頭に浮かぶ事といえば、俺の人生で初めて出来た恋人、黒猫との出会いと別れ―― 桐乃の表の親友、あやせ。……あいつにだけは、本当のことを話しておきたかったな……。 昼飯の後に飲んだ薬が効いてきたのか、俺はいつの間にかまどろみの中に落ちていった。 142 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:46:23.45 ID:qAfCcF82o [10/20] 何か物音がすると思った次の瞬間、扉を蹴破らんばかりの勢いで桐乃が部屋に入って来た。 確か桐乃は、モデル事務所のクリスマス・パーティーに行ったはずじゃ……。 そう思ったのも束の間―― 「何であんたの部屋ってこんなに寒いのよ! それに、異常に乾燥してるんですケド」 「――いや、だからさっきバケツのお湯を替えて呉って……」 「馬鹿じゃないの! あたしの部屋に加湿器があるんだから、それ使いなさいよ」 俺は桐乃に怒られてるんだか、親切にされてるんだか分りゃしない。 それにしても、桐乃が口を開くたびに吐息が白くなるのは、この部屋の寒さを物語っていた。 まるで、お袋の好きな韓流ドラマをリアルで見ているようだ。 凍死する前に発見されてよかったぜ。 「今、あたしの部屋から温風ヒーターと加湿器持って来っから」 「それじゃおまえの部屋が――」 桐乃は俺の言うことには耳も貸さず、部屋を出ると温風ヒーターと加湿器を持って戻って来た。 部屋の真ん中あたりに温風ヒータを置き、バケツをどかして加湿器を部屋の隅に置く。 暫くすると微かな音を立てて、送風口から暖かな風が吹き出してきた。 「温風ヒーターって……何だか、涙が出そうなほど暖かいんだな」 「当たり前じゃん。今時、こんな古い電気ストーブなんて有り得ないっての!」 桐乃の勢いに押されたわけじゃねえが、部屋が暖まるにつれ、俺の頭も回転し始める。 モデル事務所のパーティーに行ったとばかり思っていた桐乃が、何で家に居るんだってな。 携帯を確認すると午後六時過ぎ、俺が眠っていたのは二時間くらいだったようだ。 再び桐乃は自分の部屋へ戻り、今度は折り畳み式のテーブルとクッションを持ち込んで来た。 「桐乃、そんなもの持って来て何をしようって……」 「――クリスマス・パーティーに決まってんじゃん」 兄妹二人だけのクリスマス・パーティーの始まりだった。 143 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:46:56.71 ID:qAfCcF82o [11/20] テーブルの上には、桐乃が買ってきたフライドチキンやショートケーキが並べられている。 クリスマスケーキじゃないところが、桐乃らしいといえば言えなくもない。 「――あんなモン、夏から作って冷凍してあるなんて常識だっての」 と、言うことだ。 ベッドに横たわったままの俺には構わず、桐乃はシャンパンの栓を開け勝手に盛り上がる。 桐乃が楽しんでいるんだから俺がとやかく言うことじゃねえが、 体調を崩して寝ている俺にしてみれば、この上もなく迷惑なことなんだが……。 「あんたさぁ、あたしが昨日、熱のせいで変なこと喋っちゃったの覚えてんでしょ?」 「……変なことって、どんな?」 「ど、どんなって……小学校のときの運動会のこととか……。  ――そんなことはどうでもいいっての!  この際、あんたにもあたしに聞かれて恥ずかしいことを話してもらうかんね」 俺が桐乃に聞かれて恥ずかしいことなんか、自分から話すわけがねえ。 それに、俺が人に話すのも恥ずかしい話なんて、そう幾つも持ち合わせちゃいねえよ。 一つや二つ黒歴史がないことも無いが、そんなことは既に記憶の彼方だ。 「あんたなんか、生きてること自体が恥ずかしいんだからさぁ、幾らだってあるでしょ」 そこまで言われるんなら、話してやらないこともないが……。 「桐乃は小さかったけど憶えてるか?  以前、クリームパンとチョコレートパンをくっ付けたような菓子パンがあったろ?」 「二色パンってやつでしょ?  あたし昔から好きだったし、今でもコンビニなんかでときたま見掛けるけど……  でも、何でそれがあんたが恥ずかしい事なの?」 144 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:47:41.66 ID:qAfCcF82o [12/20] 桐乃はチョコレートが入った方が大好きで、どっちか選ばせると必ずチョコの方を選ぶ。 俺が二色パンを半分に割ってやると、桐乃はお預けを喰らっていた子犬のようにパクついた。 しかし、それからが問題だった。 残ったクリームパンの方を俺が食べようとすると、桐乃は恨めしそうな目で俺を見るんだ。 結局のところ、クリームパンの方も桐乃が食べることになるわけだ。 「それはあんたが恥ずかしいんじゃなくて、あたしが恥ずかしい事じゃん!」 「いや、妹に菓子パン取られるってのは、兄貴としてはかなり恥ずかしいぞ」 俺と桐乃は、お互いに顔を見合わせて思わず吹き出した。 はっきり言ってどうでもいい話だったし、他人が聞いても分からない話かもしれん。 しかし、俺の胸は自然と熱くなる。 なぜなら、こうして再び桐乃と笑い合える日が来るとは思ってもみなかったからな。 桐乃がふと立ち上がって、窓のカーテンを細目に開けた。 「……どうした?」 「うん――。何だか寒いなぁと思ったら、雪が降ってるんだね。  少し積もってきたけど、お母さん、大丈夫かなぁ……」 「――俺、お袋の携帯に掛けてみっから」 お袋の携帯電話に掛けてみると、あろうことか出たのはご近所の奥さんだった。 バックに聴こえてくるのは大音量の韓流歌謡曲と、お袋の歌声……。 俺はご近所の奥さんに丁重にご挨拶し、静かに携帯を切った。 「桐乃……お袋のことはもう忘れた方がいいぜ」 兄妹二人だけのクリスマス・パーティーは、ホワイトクリスマスで幕を閉じた。 145 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:48:24.65 ID:qAfCcF82o [13/20] 大晦日――我が家にとって、大掃除の最終期限でもある。 普段から俺の部屋は、頼みもしないのにお袋が掃除して呉れるお陰で案外と片付いている。 しかし、大晦日に限ってはお袋もそこまでは手が回らず、自分で掃除する他なかった。 俺と桐乃も朝から――と言いたいところだが、既に陽は落ちて外は真っ暗だった。 何しろ掃除を始めたのがつい今し方なんだから、当然といえば当然かも。 別にサボっていたわけじゃなく、受験生の身で冬コミに顔を出したのがいけなかった。 隣りの部屋からも、バタバタと大きな音が聞こえてくる。 あいつは俺と違って昔から物持ちだから、大掃除ともなると大変なんだろう。 ふと、机の上に無造作に置かれた同人誌に目が留まる。 桐乃と沙織、そして、かつて俺の恋人だった黒猫が今年の冬コミに出品した物だ。 俺は受験勉強があるからと適当な理由を付けて、同人誌の製作は辞退した。 桐乃は残念そうだったが、販売だけでも手伝ってと言って、俺を無理やり会場へ連れ出した。 「……あなたの妹って、あなたに似て相変わらずお節介を焼くのが好きなのね。  私たち二人だけ残して沙織とお昼へ行ってしまうなんて、この私にどうしろというのよ」 「ま、まあな……。つか、新しい学校はどうよ?」 桐乃がどうしても俺を冬コミに連れて来たかった理由は、俺には初めから分かっていた。 あの日以来、俺を避けるようにしていた黒猫と、無理にでも会わせたかったんだろう。 俺のためなのか、それとも黒猫のためなのかまでは分からんけどな。 それにしても、久しぶりに見る黒猫は、やっぱり美人だ。 「……ええ、何とかやっているわ。嘘じゃないわよ。  お節介などこかの誰かさんが、毎日のようにメールや電話をしてくるんですもの」 「毎日のようにって……桐乃が?」 「他に誰がいるのよ。  ……どうせあんたには友だちなんか出来やしないんだから、とか、  お昼は学校のトイレで独り寂しく食べてるんでしょ、とかね」 「それって、幾らなんでも酷くね?」 「私、桐乃がどんな性格なのか知っているわ。  それに、桐乃も私の性格は十分に熟知しているのよ……」 146 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:49:07.70 ID:qAfCcF82o [14/20] 俺の知っている黒猫は、元々極度の恥ずかしがり屋で、寂しがり屋でもあった。 そして、俺と同じ高校へ通っていたときに見せた芯の強さと優しさも黒猫の持ち味である。 誰かが寄り添ってそっと背中を押してやるだけで、黒猫は一歩踏み出すことが出来る。 「――で、友達は出来たのか?」 「ええ、まだ数人だけど、仲良くしてもらっているわ。  私が電話で友達が出来たと言ったら、桐乃が絶句した様子が手に取るように分かったわ。  ……それから、安心してくれたこともね」 桐乃と沙織が昼飯から戻るまでの僅かの時間、俺と黒猫はお互いの想いを語り合った。 どんな話をしたのかは、この先も暫く俺の胸の内に収めておこうと思う。 今日は、思い切って冬コミに出掛けてみて本当に良かった。 階段を駆け上がる音がすると思った次の瞬間、勢いよく扉を開けて桐乃が部屋に入って来た。 そういや、いつの間にか隣の部屋が静かになった気がしていたんだが……。 そう思ったのも束の間―― 「ねぇ! お母さんったら、また出掛けちゃったんだけど……」 「出掛けちまったって、お節料理とか年越しソバはどうすんだよ」 「お節料理は御重に詰めてもう用意してあった。  それに、『緑のたぬき』がテーブルに置いてあったから、年越しソバは……」 「お袋のヤツ、子供たちだけで勝手に年を越せってか――それもインスタントかよっ!  ……いいよ桐乃、俺がお袋の携帯に掛けてみっから」 親父は警察官という職業柄、年末年始は特に忙しく家に居たためしがない。 だから我が家では、正月といえば家族三人で過ごすことが普通だったんだが……。 お袋の携帯電話に掛けてみると、俺の予想した通り出たのはご近所の奥さんだ。 バックに聴こえてくるのは大音量の韓流歌謡曲と、お袋の歌声……。 俺はご近所の奥さんに丁重にご挨拶し、静かに携帯を切った。 「桐乃……お袋のことはもう忘れた方がいいぜ。  それより、『緑のたぬき』食ってからでもいいけど、一緒に初詣に行かねえか?」 147 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:49:39.60 ID:qAfCcF82o [15/20] 日本三大八幡宮の一つにも数えられる鎌倉・鶴岡八幡宮―― まあこの際どうでもいいことだが、俺たちは京成、総武線、横須賀線を乗り継いで、 神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮へ来ていた。 家を出てから二時間ちょっと、除夜の鐘までには何とか間に合った。 「ねぇ、あんたが初詣に行くなんて、てっきり地元の神社かと思ったんだけど……。  有名な所だからあたしだって文句はないけど、なんでここなの?」 「その内に分かると思うけど、おまえに見せてやりたいモンがあるんだ」 「あたしに見せたいモンって?」 「……だから、その内に分かるって。  そんなことよりほら、除夜の鐘が聴こえてきたろ? そろそろ俺たちも参拝しようぜ」 といって簡単に参拝できるような場所じゃなかった。 俺たちの周りは、拝殿を目指す数千どころか数万人の初詣客で既にごった返している。 もしここで桐乃と逸れでもしたら、今度再会するのは自宅以外には有り得ねえ。 「桐乃――」 俺と桐乃はお互いの手を取って、巨大な群衆の波に飲み込まれていった。 目指す拝殿は、俺たちが並んだ最後尾の遥か数百メートル前方、階段を上り切った先にあった。 数十メートルおきに初詣客はロープで仕切られ、ロープが上がると整然とまた前進する。 よくこれで暴動が起きないもんだと思うが……まいいや、正月だもんな。 「な、何だかとっても凄いんですケド。  あたしたち、ちゃんと参拝できるのかなぁ……」 「時間は掛かるかもしんねぇけど、確実に前進してることは間違いねえよ」 148 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:50:11.82 ID:qAfCcF82o [16/20] 俺たちはかなりの時間を人波に揉まれながら前進し、ようやく参拝を済ませた。 深夜の初詣なんか初めての経験だったが、桐乃はご機嫌のようだし……ま、いっか。 「ねぇ、あんたもあたしも今年は入試だし、御守りをもらっておきたいんだけど」 「そうだな。……今更神頼みってわけじゃねぇけど、折角来たんだしな」 初詣も済ませ、合格祈願の御守りも授かり、これで俺の目的の半分は達成したことになる。 後はこの寒さの中、桐乃が乗って来るかどうかだけなんだが……。 使い捨てカイロを服の下に忍ばせてあるとはいえ、この寒さに耐えられるかどうか。 「ねぇ、さっきあんた、あたしに見せたいモンがあるって言ってたけど……」 「ああ、ここからそう離れた所じゃねぇんだが……問題は、時間なんだよな」 桐乃の顔がパッと明るくなった。 「もしかして、初日の出? ねぇ、初日の出なんでしょ?」 「……まだ時間があるし、ファミレスでも入るか?」 「ねぇ、どこで見られるの? 周りはお寺ばっかなんですケド」 だめだ。俺の話なんか聞いちゃいねえ。 俺が地元の神社や、千葉県でも有数の成田山新勝寺を避けたのには理由があった。 桐乃に初詣の後、初日の出を見せてやりたかったんだ。 鎌倉の鶴岡八幡宮から一時間も歩くと、そこには由比ヶ浜と材木座海岸が広がっている。 海岸線の左手に横たわる三浦半島の端から昇る初日の出が見られる……はずだ。 149 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:50:58.30 ID:qAfCcF82o [17/20] 若宮大路を貫くように造られた段葛の参詣道は、参拝へ向かう初詣客で賑わっていた。 この時間に海岸へ向かう人は少なく、人波に逆らいながら歩かざるを得ない。 「桐乃、迷子になっちまうと後が面倒だから――」 今まで気付かなかったが、桐乃が手のひらを擦り合わせて息を吐き掛けている。 「おまえ、かたっぽの手袋どうしたんだよ」 「あ……うん。お参りしたとき外したんだけど、右手の方だけ落としたみたいでさぁ、  人混みの中だったから見付かんなくて……」 桐乃の着て来たダウンジャケットは、ファッション性重視なのか表にポケットがない。 生憎と俺は手袋なんて使わない人間だし、両手をポケットに突っ込んで済ませる派だった。 近くにコンビニがあればいいんだが……。 「それじゃあ手が冷たいだろうが。  コンビニなら手袋くらい売ってるだろうし、そこで買ってから行こうぜ」 「あ、でも、わざわざ買うのも勿体無いじゃん。  そっ、それに……こうすればいいと思うんですケド」 「――なっ!」 桐乃は俺の着ているダウンジャケットのポケットに、自分の右手を無理矢理ねじ込んできた。 俺が、既にポケットに手を突っ込んでいるにもかかわらずだ。 「あんたが歩き辛いって言うなら別にいいから……」 「ばーか。……そんなこと気にしてねぇよ」 冷え切った右手を温めてやろうと、俺はゆっくりと桐乃の手を握った。 使い捨てカイロが時間を掛けて温まるように、桐乃の右手が少しづつ温まってくる。 俺たちは、人波に逆らいながら残りの若宮大路を黙って歩き続けた。 150 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:51:43.41 ID:qAfCcF82o [18/20] 海岸線に沿って走る国道を渡ると、少ないが既に人が集まっていた。 驚いたことに海岸の所々で焚き火がたかれ、初日の出を待つ人たちに暖を提供していた。 背中にKAMAKURAの文字が入った防寒着を着ているところを見ると、市の関係者かもしれない。 俺と桐乃は、まだ誰も居ない焚き火の一つに近付いて暖を取った。 天空には満天の星が煌いているし、今年の初日の出に問題はなさそうだ。 「……あたし、こんな日がまた来るなんて思ってもみなかった」 焚き火の炎に照らされ、桐乃の顔は火照ったように赤く染まっていた。 俯き加減で足元の砂を蹴り上げながら、ポツリポツリと呟くように話す桐乃。 「あたしが、中学に入った頃だったかなぁ……。  何でだか分かんないけど、あんたがあたしに話し掛けて呉れなくなって……。  ――あれ? あたし、兄貴に無視されてんのかなって。  別にあんたに嫌われても困るわけじゃないし……それならそれでもいいやって思ってた。  あたしには、初めっから兄貴なんか居なかったんだって思えばいいだけだし……。  そうなんだけど……そうなんだけどさぁ……」 遠く離れて暮らす兄妹なら、そう思い込むことも可能かもしれない。 しかし、一つ屋根の下で暮らす俺たちに、そんなことが出来るわけもなかった。 親父は厳格な人で、親父が居るとき、食事は必ず家族一緒というのが決まりだったからな。 桐乃の隣りにはいつも俺が座っているわけだし、居ないと思う方が無理な話だった。 「お母さんはご近所の奥さんがどうしたとか、どうでもいい話ばっかしてるし、  あんたはあんたで、お母さんの話なんか聞いてもないくせに無駄に相槌打ってるし……」 ポケットの中で繋いだ桐乃の手が、俺の手をギュッと握り締めた。 「……あたし、家の中でご飯のときが一番辛かった」 151 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:52:33.78 ID:qAfCcF82o [19/20] 桐乃は黙々と食うだけで、食事中に家族と話をすることはあまりしなかった。 俺も桐乃の性格が、どこか親父に似てきたからじゃねえかくらいにしか思わなかったし、 まさか、桐乃がそんなことを思っていたなんて、考えてもみなかった。 昔を想い起こしてみれば、俺にだって分かったはずなのに。 桐乃の頑固さや芯の強さは親父譲りでも、元来はもっと明るいヤツだったってな。 そして、桐乃が家の中で無口になっちまったのは、俺のせいだってことも。 「あたしの趣味があんたにバレてさぁ……  どうせ、あんたはあたしのことなんか関心がないんだろうって思ったんだけど、  あたしもどうしていいか分かんなくてさぁ、思い切ってあんたに相談したんだよね……」 東の空がわずかに白み始めて来たが、海はまだ暗く、西の方角は未だ暗闇の中だった。 元旦の海は穏やかで、小さな波音だけが耳に届く。 焚き火から時折聞こえるパチパチとはぜる音が、なぜか俺の心に突き刺さった。 「あたし、あのときあんたに人生相談とか言っちゃってさぁ……余裕がなかったんだよね。  言っちゃってから、どうせあたしのこと馬鹿にするんでしょって思ったんだけど……」 「桐乃……。俺は、おまえのこと馬鹿になんかしねえって言ったろ」 「うん……うん、そうだよね。  馬鹿にするどころか、お父さんに殴られたりとか……あやせに嫌われたりとか……。  どうして……?」 「……俺が、おまえの兄貴だからじゃねえのか」 俺は、以前からずっと疑問に思っていたことがあった。 桐乃がなぜエロゲーに嵌まっちまったのかってな。それも、よりにもよって妹物なんかに。 イラストが可愛かったからなんて、あのとき桐乃は言ってたけど……。 答えは、意外と簡単なところにあったんだ。 152 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:53:29.85 ID:qAfCcF82o [20/20] 相模湾の西、三浦半島の影がはっきりと浮かんできた。 ほの暗かった水平線が徐々にオレンジ色に輝き、見る間にその輝きを増してくる。 桐乃は諦観したように、それでいてどこか楽しそうに呟いた。 「あんたなんか――兄貴なんか、好きになるんじゃなかった」 沈痛な響きを持つ言葉とは裏腹に、桐乃は晴れやかな顔でジッと海を見詰めている。 桐乃が見詰めるその先に見ているものは、朝焼けを伴って昇り来る初日の出なのだろうか。 それとも、俺と桐乃の未来なのか……。 俺はポケットの中で繋いだ桐乃の手をギュッと握り締めて、心の中で初日の出に誓った。 桐乃が俺を必要とする限り、何があろうともこの可愛い妹を守り抜いてやるってな。 「ねぇ兄貴、本当はあたしのこと好きなんでしょ。……いつから好きだったの?」 「おまえが生まれたときから――」 「……バカじゃん」 (元旦)
134 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:40:58.01 ID:qAfCcF82o [2/20] 十二月下旬ともなると、日を重ねるごとに寒さが厳しくなってきた。 今学期の成績もまずまずといったところで、今日から高校生活最後の冬休みに入った。 しかし、折角の休みだというのに、今にも雨が降り出しそうな生憎の空模様だ。 もしかすると、この辺りでも初雪が見られるかもしれない。 桐乃は、朝からどうも熱があるようだと言って、今は静かに部屋で休んでいる。 俺もこればかりはどうにも出来ず、昼にお袋が作ったお粥を持って行ってやったくらいだ。 本人も食欲はあると言うし、寝ていればその内に良くなるとは思うんだが……。 いずれにしても妹が体調を崩しているのに、兄貴の俺が外に遊びに行くわけにもいかねえ。 そういった事情で俺は、朝から部屋でネットを眺めながら時間を潰しているんだが、 どうしたことかパソコンの調子が悪くて何度も画面がフリーズしちまう。 パソコンも電気製品とはいえ叩けば直るというもんでもねえし、こうなったら仕方がない。 俺は部屋を出て桐乃の部屋の前に立つと、静かに扉を叩いた。 「……桐乃、俺だけど……入ってもいいか?」 程なくして桐乃の声が聞こえ、俺はそっと扉を開けて中へ入った。 部屋はエアコンの他に、お袋が持ち込んだ温風ヒーターと加湿器のせいでかなり蒸し暑い。 風邪のウイルスは乾燥に強く、高温多湿に弱いというから仕方がないんだろうけど、 それにしても常識とか限度があるんじゃねえかと思わんでもないが……。 「……ごめんな、寝てたんじゃねぇのか? 具合はどうよ」 「うん。……まだ熱っぽいけど、朝よりは少し良くなったかな。  お母さんが作ってくれたお粥も美味しかったし、食欲はあるみたいだしね。  何か用? 風邪だったらうつるといけなし、あんたは部屋に入らないほうが……」 熱のせいなのか、それとも植物園の温室のようなこの部屋のせいなのかは分からんけど、 桐乃は少しだけ顔を赤らめ、微かに笑いながら俺を見ていた。 俺の妹がこんなにしおらしいわけがない。 135 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:41:35.65 ID:qAfCcF82o [3/20] 珍しく弱々しい桐乃の態度に少し戸惑い、俺は言ってもいいものかどうか迷った。 しかし、桐乃にしても俺が様子を見に来ただけなんて思ってないだろうし、 ここはさり気ない会話で当初の目的を果たすまでだ。 「用ってほどのことじゃねぇんだけどさぁ、どうも俺のパソコンの調子が悪くってな。  いやじゃなければ、桐乃のノーパソを貸してもらえねぇかなって、な」 「別に遠慮なんか要らないっての。  昨日は遅くまで年賀状の印刷してたからプリンターが繋がったまんまだけど……  プリンターケーブルの外し方わかる? あたしがやってあげられればいいんだけど」 「プリンターケーブルって、後に挿さってるケーブルだろ?」 「うん、そう」 桐乃って、兄貴の俺にこんなに親切なやつだったっけか? 掛け布団から赤い顔だけ出して笑ってるから、そう心配することもねぇんだろうけど。 俺が机の片隅に置かれたそれに気付いたのは、床にしゃがみコンセントからプラグを外し、 ノートパソコンに繋がったプリンターケーブルを外そうとしたときだった。 マスコットのような小さな金色のトロフィー。 プレートには、『千葉県中学校総合体育大会 女子 100M 優勝』の文字。 「――これ、夏の大会のときのか?」 「あ、うん……県総体のやつ」 「なんだか、優勝トロフィーにしちゃあ小さくねぇか?  いや、こういうのは大きければいいってもんでもねぇけどさぁ」 「それはレプリカ。  本物は、学校の校長室にあるガラスケースの中に飾ってあんの。  公式の大会だし、選手個人には賞状とレプリカのトロフィーが渡されることになってんの」 136 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:42:15.08 ID:qAfCcF82o [4/20] 校長室の応接セットの脇にある大きなガラスケース。 その中に歴代の生徒達による部活動の成果が、堂々と収められているってわけだ。 今まで部活動なんかに興味も無かった俺には縁のない話だが、高校でゲー研に入ってみて、 そこで過ごした日々を形として残すのもいいもんだと、今更だが俺は思っていた。 「ふーん、そういうもんなんだ。  レプリカでも成績は変わんねぇけど、どうせなら本物を呉れたっていいじゃんかなぁ」 「あたしはどっちでもかまわない。  別に賞状やトロフィーが欲しくって、今まで陸上を続けてたわけじゃないし。  それに、あたしが本当に欲しかったものは、そんな物じゃないし……」 桐乃はまどろむように半分だけ瞼を閉じて、何が可笑しいのか、また微笑んだ。 寝言を言っている人間に受け答えしちゃあいけねぇって都市伝説はあるが、 どうやら桐乃は寝ているわけでもなさそうだ。 それが証拠に、俺がもたもたとケーブルを外しているのを見て鼻で笑っていやがる。 「――やめたやめた。  別に、それほどパソコンが必要だったってわけでもねぇしな。  なぁ桐乃、おまえが賞状やトロフィーよりも欲しかったものって何なんだよ」 俺は外したプリンターケーブルを机の上に放り投げ、椅子を引いてどかっと座った。 「聞きたいの? 別に話してあげてもいいけど、聞くとあんた、大変なことになるよ」 「大変なことになるって、そう言われたら余計に聞きたくなるじゃねぇか」 「そうだね……。あんたがそう言うなら、話してみようかな。  何だかあたしも、今日だけは誰かに聞いてもらいたい気分だし……」 桐乃は完全に瞼を閉じると、遠い記憶を手繰り寄せるかのようにゆっくりと話し始めた。 それは、俺と桐乃が、二人ともまだ小学生のときの話だった。 「……あんた、六年生のときの運動会って憶えてる?」 137 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:42:57.01 ID:qAfCcF82o [5/20] 俺が小学六年生だったとき、当然ながら桐乃は三年生なわけだ。 兄妹一緒の運動会はあれが最後だったし、そのときの記憶は俺にもあった。 しかし、記憶に残っていることと言っても、桐乃やお袋と一緒に食った昼飯だったり、 幼馴染の麻奈実が思ったよりも走るのが速かったりと、いわばどうでもいいことだけだった。 「あたしってさぁ、小さい頃は足が遅かったって、あんたには話したことがあるじゃん?  だから、運動会なんて大嫌いだったんだけど、三年生のときだけは別なんだよね」 「……別って、何か特別なことでもあったのか?」 「100M走の順番が回ってきて、そのときもイヤだイヤだって思ってたんだけど、  何となくゴールを見たら、あんたたち六年生が何人かゴールの横に立ってるじゃん。  それを見て、あたし分かったんだ。  あんたたちが、一位から三位までの子にリボンを付ける係りなんだってね」 桐乃に言われてみて、俺の記憶がうっすらと甦ってくる。 当時、俺たちが通っていた小学校には、当然のこと体育祭実行委員会なんてものはない。 普段からある委員会からそれぞれ数名ずつ指名され、運動会当日の係りになっていた。 放送委員は場内アナウンス、体育委員はその他諸々の雑用係りみたいな感じでな。 「……確かあのときって、俺は三位のヤツに黄色いリボンを付ける係りだった気がすんけど」 「あんたが手前から三人目に並んでたから、あたしもそうだと思った」 「そっか。……でも、あのとき桐乃は、確か……」 「足の遅いあたしが、一位や二位なんて初めっから無理な話じゃん?  走るのなんて嫌いだったし、でも、あんたがリボンを付ける係りだって分かって……  どうしてもあのとき、あたしは三位になりたかったの」 138 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:43:36.12 ID:qAfCcF82o [6/20] 桐乃は中盤からゴール間近まで、何とか三位の位置をキープしていた。 俺だって自分の妹が必死に走っている姿を見れば、自然と大声を上げて応援したさ。 しかし、結論から言ってしまえば、俺が桐乃にリボンを付けてやることは出来なかった。 「あたしも馬鹿だよね……。  普段から走るのが苦手で練習もしないくせに、本番で早く走れるわけなんてないのに……」 桐乃は、ゴールまであと数メートルのところで足がもつれて転んじまったんだ。 俺は周りのヤツが騒ごうがそんなことには耳も貸さず、膝を擦りむいた我が妹を背負うと、 保健委員が待機する救護テントへ向かって駆け出したんだっけ。 「あんたってさぁ……あの頃からシスコンの気があったんだよね。  お陰であのときの100M走で、あたしだけ三位どころかゴールすら出来なかったんだから」 「しっ、仕方ねぇじゃねえか! 俺だって、気が動転しちまったっていうか……」 「だからあんたは根っからのシスコンだって言うの」 あのときの件で、俺は桐乃からシスコンと言われようが構やしない。 妹が目の前で転んだのに、それを放って置いて悠長にリボンなんか付けていられるわけがねえ。 あのときの俺の行動は兄貴として正しかったと、今思い返しても断言できる。 しかし、桐乃は…… 「……あたしは悔しかった。  あんたに背負われて恥ずかしかったのもあるけど、それよりも……悔しかった」 「あのとき三位を逃したのは悔しいだろうけど、今はこうして優勝だって出来るじゃねぇか」 「ばーか。……ホントあんたって鈍いよね。そんなことで悔しかったんじゃないっての」 桐乃は瞼を閉じたまま小さく溜息を吐くと、また静かに話し始めた。 「あの日からあたしは、みんなには内緒で走る練習を始めたの。  河原とか、中学校の裏にある公園とか、広い場所を見付けて走る練習をしたの」 139 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:44:29.91 ID:qAfCcF82o [7/20] 元々足の遅かったヤツが、そう簡単に早く走れるようになるわけじゃない。 桐乃の話では、四年生の運動会に目標を定めて何度も何度も走る練習を重ねたらしいが、 残念なことに結果は四位で終わったらしい。 一度決めたら絶対に途中で投げ出さない桐乃の性格は俺も知っている。 そのまた翌年の五年生の運動会では三位、六年生でついに一位を獲得したということだ。 俺はそんなことがあったとは知らず、桐乃から今初めて聞いて知った。 なぜなら、俺が小学校を卒業して以降、運動会を観に行くこともなかったからだ。 中学生ともなれば行動範囲は格段に広がるし、運動会に特に興味があったわけでもない。 それに、いつしか俺は、麻奈実と一緒に居ることが多くなっていたからさ。 「あたしは頑張ったのに、欲しかったものは、もうそこには無かった……。  でも、卒業する頃には走るのが好きになって、中学に入ってから陸上部に入ったの」 瞼を閉じたままの桐乃の目から涙が滲み出し、一粒の雫が目尻からこぼれた。 俺も桐乃が中学で陸上部に入部したことは、お袋から聞いて知っていた。 桐乃は、自分がどんなに辛くても、それを他人にひけらかすようなヤツじゃない。 当時の俺は、桐乃が陰でどれほど頑張っていたかなんて気付きもしなかったし、 お袋から桐乃の自慢話を聞かされるたび、妹に劣等感さえ持ち始めるようになっていた。 俺と桐乃を比べても、元々の出来が違うんだってな。 「なぁ、陸上やってて辛かったことなんてなかったのか?」 「好きでやってるわけだし、辛かったことは他にも一杯あったから……」 「他にあるって?」 「それは……今度また……気が向いたらあんたに話してあげる」 桐乃は話し疲れたのか、小さな寝息を立てて眠ってしまった。 幾らか顔の赤味が薄れてきたように見えるのは、熱が下がってきた証拠かもしれない。 俺はそっと椅子から立ち上がって自分の部屋へ戻り、財布と上着を掴んで再び部屋を出た。 階段を下りてリビングを覗くと、お袋が相も変わらず韓流ドラマに見入っていた。 よくもまあ飽きないもんだと感心するよ。 俺は、お袋に近くまで買物に行って来るとだけ告げて外へ出た。 140 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:45:12.16 ID:qAfCcF82o [8/20] 翌日、俺は朝からどうにも身体がだるく熱もあって、今は静かに部屋で休んでいた。 食欲はまったくねぇし、昼にお袋が作ってくれたお粥を食ったくらいだ。 このまま寝ていれば、その内に良くなるとは思うんだが……。 そういえば、今日二十四日は、十二月のメインイベントであるクリスマス・イブ―― 夏に黒猫に振られた俺にはまったく関係のない日だが、それでもやはり虚しい。 恋人がいるヤツは、今頃そわそわと出掛ける支度でもしているんだろう。 去年のイブは桐乃の携帯小説の取材に付き合わされたけど、今年はそれも無い。 ところで、俺の部屋には中学のときから使っている電気ストーブしか無くかなり寒い。 お袋が加湿器の代わりだと言って床に置いた熱湯が入ったバケツもすっかり冷えたようだ。 試しにそっと息を吐き出してみる。部屋の中だというのに吐息が白い。 「……凍死する前に、誰か見付けてくんねぇかなぁ」 俺が馬鹿なことを独り呟いていると、部屋の扉が勢いよく開いた。 「――ったく、何でよりによって今日熱なんか出してんのよ!」 桐乃の声はあからさまに俺を非難していたが、こればかりは俺だってどうしようもない。 元はといえば昨日の夕方、桐乃が眠った後に出掛けたのがいけなかったんだが。 案の定、俺が家に帰る頃には雪が降り始めていた。 「おまえはそう言うけどな、俺はおまえにイチゴを食わせてやりたくて……」 「もう、それが余計なことだっての。……でも、ありがと。イチゴおいしかった」 あのとき俺は、桐乃が小さい頃からイチゴが大好きだったことを思い出したんだ。 お袋も桐乃が風邪を引くと、決まってイチゴを食わせてやってたしな。 しかし、クリスマス目前のせいか、近所のスーパーでは既にイチゴは売り切れていた。 俺も意地になっちまって、駅前のデパートまで足を延ばした結果がこのザマさ。 141 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:45:49.58 ID:qAfCcF82o [9/20] 「――お袋は? また飽きもせず韓流ドラマでも見てんのか?」 「お母さんなら、ご近所の奥さんとクリスマス・パーティーだって言って出掛けたけど。  ……多分ファミレスでご飯食べてから、その後は駅前のカラオケだと思う」 さすが俺のお袋だぜ。 息子が熱出して寝込んでるっていうのに、自分はクリスマス・パーティーときたもんだ。 大体、ご近所の奥さんも奥さんだ。専業主婦って、そんなにも暇なのかね。 今度道端で会ったら、俺の方から一言ご挨拶してやる。 「なぁ、桐乃は今年どうすんだ? 俺はこんなんだし、モデル事務所のパーティーでも?」 「一応それも考えてるんだけど……まだ分かんない」 「そっか、どっちにしろ出掛けるんだったら戸締りだけは頼むわ。  俺は食欲もねぇし、今日はこのまま大人しく朝まで寝てることにすっから。  それと悪いんだけどバケツのお湯――」 俺が、バケツのお湯を取り替えて呉れないかと言い掛けたときだった。 桐乃は少しムッとした表情で、勢いよく扉を開けて部屋を出て行ってしまった。 別に、桐乃が怒るようなことを言ったつもりはないんだが……。 暫くして、俺の部屋の扉が蹴っ飛ばされたかと思うと、階段を下りて行く足音が聞こえた。 やはり、今年はモデル事務所のクリスマス・パーティーに参加することにしたんだろう。 病人の俺なんかと一緒に居ても、桐乃だって面白くねぇだろうしな。 「お袋……桐乃は、間違いなくあんたの娘だよ」 俺は静けさを取り戻した部屋の中で、只ぼんやりと天井を眺めていた。 頭に浮かぶ事といえば、俺の人生で初めて出来た恋人、黒猫との出会いと別れ―― 桐乃の表の親友、あやせ。……あいつにだけは、本当のことを話しておきたかったな……。 昼飯の後に飲んだ薬が効いてきたのか、俺はいつの間にかまどろみの中に落ちていった。 142 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:46:23.45 ID:qAfCcF82o [10/20] 何か物音がすると思った次の瞬間、扉を蹴破らんばかりの勢いで桐乃が部屋に入って来た。 確か桐乃は、モデル事務所のクリスマス・パーティーに行ったはずじゃ……。 そう思ったのも束の間―― 「何であんたの部屋ってこんなに寒いのよ! それに、異常に乾燥してるんですケド」 「――いや、だからさっきバケツのお湯を替えて呉って……」 「馬鹿じゃないの! あたしの部屋に加湿器があるんだから、それ使いなさいよ」 俺は桐乃に怒られてるんだか、親切にされてるんだか分りゃしない。 それにしても、桐乃が口を開くたびに吐息が白くなるのは、この部屋の寒さを物語っていた。 まるで、お袋の好きな韓流ドラマをリアルで見ているようだ。 凍死する前に発見されてよかったぜ。 「今、あたしの部屋から温風ヒーターと加湿器持って来っから」 「それじゃおまえの部屋が――」 桐乃は俺の言うことには耳も貸さず、部屋を出ると温風ヒーターと加湿器を持って戻って来た。 部屋の真ん中あたりに温風ヒータを置き、バケツをどかして加湿器を部屋の隅に置く。 暫くすると微かな音を立てて、送風口から暖かな風が吹き出してきた。 「温風ヒーターって……何だか、涙が出そうなほど暖かいんだな」 「当たり前じゃん。今時、こんな古い電気ストーブなんて有り得ないっての!」 桐乃の勢いに押されたわけじゃねえが、部屋が暖まるにつれ、俺の頭も回転し始める。 モデル事務所のパーティーに行ったとばかり思っていた桐乃が、何で家に居るんだってな。 携帯を確認すると午後六時過ぎ、俺が眠っていたのは二時間くらいだったようだ。 再び桐乃は自分の部屋へ戻り、今度は折り畳み式のテーブルとクッションを持ち込んで来た。 「桐乃、そんなもの持って来て何をしようって……」 「――クリスマス・パーティーに決まってんじゃん」 兄妹二人だけのクリスマス・パーティーの始まりだった。 143 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:46:56.71 ID:qAfCcF82o [11/20] テーブルの上には、桐乃が買ってきたフライドチキンやショートケーキが並べられている。 クリスマスケーキじゃないところが、桐乃らしいといえば言えなくもない。 「――あんなモン、夏から作って冷凍してあるなんて常識だっての」 と、言うことだ。 ベッドに横たわったままの俺には構わず、桐乃はシャンパンの栓を開け勝手に盛り上がる。 桐乃が楽しんでいるんだから俺がとやかく言うことじゃねえが、 体調を崩して寝ている俺にしてみれば、この上もなく迷惑なことなんだが……。 「あんたさぁ、あたしが昨日、熱のせいで変なこと喋っちゃったの覚えてんでしょ?」 「……変なことって、どんな?」 「ど、どんなって……小学校のときの運動会のこととか……。  ――そんなことはどうでもいいっての!  この際、あんたにもあたしに聞かれて恥ずかしいことを話してもらうかんね」 俺が桐乃に聞かれて恥ずかしいことなんか、自分から話すわけがねえ。 それに、俺が人に話すのも恥ずかしい話なんて、そう幾つも持ち合わせちゃいねえよ。 一つや二つ黒歴史がないことも無いが、そんなことは既に記憶の彼方だ。 「あんたなんか、生きてること自体が恥ずかしいんだからさぁ、幾らだってあるでしょ」 そこまで言われるんなら、話してやらないこともないが……。 「桐乃は小さかったけど憶えてるか?  以前、クリームパンとチョコレートパンをくっ付けたような菓子パンがあったろ?」 「二色パンってやつでしょ?  あたし昔から好きだったし、今でもコンビニなんかでときたま見掛けるけど……  でも、何でそれがあんたが恥ずかしい事なの?」 144 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:47:41.66 ID:qAfCcF82o [12/20] 桐乃はチョコレートが入った方が大好きで、どっちか選ばせると必ずチョコの方を選ぶ。 俺が二色パンを半分に割ってやると、桐乃はお預けを喰らっていた子犬のようにパクついた。 しかし、それからが問題だった。 残ったクリームパンの方を俺が食べようとすると、桐乃は恨めしそうな目で俺を見るんだ。 結局のところ、クリームパンの方も桐乃が食べることになるわけだ。 「それはあんたが恥ずかしいんじゃなくて、あたしが恥ずかしい事じゃん!」 「いや、妹に菓子パン取られるってのは、兄貴としてはかなり恥ずかしいぞ」 俺と桐乃は、お互いに顔を見合わせて思わず吹き出した。 はっきり言ってどうでもいい話だったし、他人が聞いても分からない話かもしれん。 しかし、俺の胸は自然と熱くなる。 なぜなら、こうして再び桐乃と笑い合える日が来るとは思ってもみなかったからな。 桐乃がふと立ち上がって、窓のカーテンを細目に開けた。 「……どうした?」 「うん――。何だか寒いなぁと思ったら、雪が降ってるんだね。  少し積もってきたけど、お母さん、大丈夫かなぁ……」 「――俺、お袋の携帯に掛けてみっから」 お袋の携帯電話に掛けてみると、あろうことか出たのはご近所の奥さんだった。 バックに聴こえてくるのは大音量の韓流歌謡曲と、お袋の歌声……。 俺はご近所の奥さんに丁重にご挨拶し、静かに携帯を切った。 「桐乃……お袋のことはもう忘れた方がいいぜ」 兄妹二人だけのクリスマス・パーティーは、ホワイトクリスマスで幕を閉じた。 145 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:48:24.65 ID:qAfCcF82o [13/20] 大晦日――我が家にとって、大掃除の最終期限でもある。 普段から俺の部屋は、頼みもしないのにお袋が掃除して呉れるお陰で案外と片付いている。 しかし、大晦日に限ってはお袋もそこまでは手が回らず、自分で掃除する他なかった。 俺と桐乃も朝から――と言いたいところだが、既に陽は落ちて外は真っ暗だった。 何しろ掃除を始めたのがつい今し方なんだから、当然といえば当然かも。 別にサボっていたわけじゃなく、受験生の身で冬コミに顔を出したのがいけなかった。 隣りの部屋からも、バタバタと大きな音が聞こえてくる。 あいつは俺と違って昔から物持ちだから、大掃除ともなると大変なんだろう。 ふと、机の上に無造作に置かれた同人誌に目が留まる。 桐乃と沙織、そして、かつて俺の恋人だった黒猫が今年の冬コミに出品した物だ。 俺は受験勉強があるからと適当な理由を付けて、同人誌の製作は辞退した。 桐乃は残念そうだったが、販売だけでも手伝ってと言って、俺を無理やり会場へ連れ出した。 「……あなたの妹って、あなたに似て相変わらずお節介を焼くのが好きなのね。  私たち二人だけ残して沙織とお昼へ行ってしまうなんて、この私にどうしろというのよ」 「ま、まあな……。つか、新しい学校はどうよ?」 桐乃がどうしても俺を冬コミに連れて来たかった理由は、俺には初めから分かっていた。 あの日以来、俺を避けるようにしていた黒猫と、無理にでも会わせたかったんだろう。 俺のためなのか、それとも黒猫のためなのかまでは分からんけどな。 それにしても、久しぶりに見る黒猫は、やっぱり美人だ。 「……ええ、何とかやっているわ。嘘じゃないわよ。  お節介などこかの誰かさんが、毎日のようにメールや電話をしてくるんですもの」 「毎日のようにって……桐乃が?」 「他に誰がいるのよ。  ……どうせあんたには友だちなんか出来やしないんだから、とか、  お昼は学校のトイレで独り寂しく食べてるんでしょ、とかね」 「それって、幾らなんでも酷くね?」 「私、桐乃がどんな性格なのか知っているわ。  それに、桐乃も私の性格は十分に熟知しているのよ……」 146 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:49:07.70 ID:qAfCcF82o [14/20] 俺の知っている黒猫は、元々極度の恥ずかしがり屋で、寂しがり屋でもあった。 そして、俺と同じ高校へ通っていたときに見せた芯の強さと優しさも黒猫の持ち味である。 誰かが寄り添ってそっと背中を押してやるだけで、黒猫は一歩踏み出すことが出来る。 「――で、友達は出来たのか?」 「ええ、まだ数人だけど、仲良くしてもらっているわ。  私が電話で友達が出来たと言ったら、桐乃が絶句した様子が手に取るように分かったわ。  ……それから、安心してくれたこともね」 桐乃と沙織が昼飯から戻るまでの僅かの時間、俺と黒猫はお互いの想いを語り合った。 どんな話をしたのかは、この先も暫く俺の胸の内に収めておこうと思う。 今日は、思い切って冬コミに出掛けてみて本当に良かった。 階段を駆け上がる音がすると思った次の瞬間、勢いよく扉を開けて桐乃が部屋に入って来た。 そういや、いつの間にか隣の部屋が静かになった気がしていたんだが……。 そう思ったのも束の間―― 「ねぇ! お母さんったら、また出掛けちゃったんだけど……」 「出掛けちまったって、お節料理とか年越しソバはどうすんだよ」 「お節料理は御重に詰めてもう用意してあった。  それに、『緑のたぬき』がテーブルに置いてあったから、年越しソバは……」 「お袋のヤツ、子供たちだけで勝手に年を越せってか――それもインスタントかよっ!  ……いいよ桐乃、俺がお袋の携帯に掛けてみっから」 親父は警察官という職業柄、年末年始は特に忙しく家に居たためしがない。 だから我が家では、正月といえば家族三人で過ごすことが普通だったんだが……。 お袋の携帯電話に掛けてみると、俺の予想した通り出たのはご近所の奥さんだ。 バックに聴こえてくるのは大音量の韓流歌謡曲と、お袋の歌声……。 俺はご近所の奥さんに丁重にご挨拶し、静かに携帯を切った。 「桐乃……お袋のことはもう忘れた方がいいぜ。  それより、『緑のたぬき』食ってからでもいいけど、一緒に初詣に行かねえか?」 147 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:49:39.60 ID:qAfCcF82o [15/20] 日本三大八幡宮の一つにも数えられる鎌倉・鶴岡八幡宮―― まあこの際どうでもいいことだが、俺たちは京成、総武線、横須賀線を乗り継いで、 神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮へ来ていた。 家を出てから二時間ちょっと、除夜の鐘までには何とか間に合った。 「ねぇ、あんたが初詣に行くなんて、てっきり地元の神社かと思ったんだけど……。  有名な所だからあたしだって文句はないけど、なんでここなの?」 「その内に分かると思うけど、おまえに見せてやりたいモンがあるんだ」 「あたしに見せたいモンって?」 「……だから、その内に分かるって。  そんなことよりほら、除夜の鐘が聴こえてきたろ? そろそろ俺たちも参拝しようぜ」 といって簡単に参拝できるような場所じゃなかった。 俺たちの周りは、拝殿を目指す数千どころか数万人の初詣客で既にごった返している。 もしここで桐乃と逸れでもしたら、今度再会するのは自宅以外には有り得ねえ。 「桐乃――」 俺と桐乃はお互いの手を取って、巨大な群衆の波に飲み込まれていった。 目指す拝殿は、俺たちが並んだ最後尾の遥か数百メートル前方、階段を上り切った先にあった。 数十メートルおきに初詣客はロープで仕切られ、ロープが上がると整然とまた前進する。 よくこれで暴動が起きないもんだと思うが……まいいや、正月だもんな。 「な、何だかとっても凄いんですケド。  あたしたち、ちゃんと参拝できるのかなぁ……」 「時間は掛かるかもしんねぇけど、確実に前進してることは間違いねえよ」 148 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:50:11.82 ID:qAfCcF82o [16/20] 俺たちはかなりの時間を人波に揉まれながら前進し、ようやく参拝を済ませた。 深夜の初詣なんか初めての経験だったが、桐乃はご機嫌のようだし……ま、いっか。 「ねぇ、あんたもあたしも今年は入試だし、御守りをもらっておきたいんだけど」 「そうだな。……今更神頼みってわけじゃねぇけど、折角来たんだしな」 初詣も済ませ、合格祈願の御守りも授かり、これで俺の目的の半分は達成したことになる。 後はこの寒さの中、桐乃が乗って来るかどうかだけなんだが……。 使い捨てカイロを服の下に忍ばせてあるとはいえ、この寒さに耐えられるかどうか。 「ねぇ、さっきあんた、あたしに見せたいモンがあるって言ってたけど……」 「ああ、ここからそう離れた所じゃねぇんだが……問題は、時間なんだよな」 桐乃の顔がパッと明るくなった。 「もしかして、初日の出? ねぇ、初日の出なんでしょ?」 「……まだ時間があるし、ファミレスでも入るか?」 「ねぇ、どこで見られるの? 周りはお寺ばっかなんですケド」 だめだ。俺の話なんか聞いちゃいねえ。 俺が地元の神社や、千葉県でも有数の成田山新勝寺を避けたのには理由があった。 桐乃に初詣の後、初日の出を見せてやりたかったんだ。 鎌倉の鶴岡八幡宮から一時間も歩くと、そこには由比ヶ浜と材木座海岸が広がっている。 海岸線の左手に横たわる三浦半島の端から昇る初日の出が見られる……はずだ。 149 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:50:58.30 ID:qAfCcF82o [17/20] 若宮大路を貫くように造られた段葛の参詣道は、参拝へ向かう初詣客で賑わっていた。 この時間に海岸へ向かう人は少なく、人波に逆らいながら歩かざるを得ない。 「桐乃、迷子になっちまうと後が面倒だから――」 今まで気付かなかったが、桐乃が手のひらを擦り合わせて息を吐き掛けている。 「おまえ、かたっぽの手袋どうしたんだよ」 「あ……うん。お参りしたとき外したんだけど、右手の方だけ落としたみたいでさぁ、  人混みの中だったから見付かんなくて……」 桐乃の着て来たダウンジャケットは、ファッション性重視なのか表にポケットがない。 生憎と俺は手袋なんて使わない人間だし、両手をポケットに突っ込んで済ませる派だった。 近くにコンビニがあればいいんだが……。 「それじゃあ手が冷たいだろうが。  コンビニなら手袋くらい売ってるだろうし、そこで買ってから行こうぜ」 「あ、でも、わざわざ買うのも勿体無いじゃん。  そっ、それに……こうすればいいと思うんですケド」 「――なっ!」 桐乃は俺の着ているダウンジャケットのポケットに、自分の右手を無理矢理ねじ込んできた。 俺が、既にポケットに手を突っ込んでいるにもかかわらずだ。 「あんたが歩き辛いって言うなら別にいいから……」 「ばーか。……そんなこと気にしてねぇよ」 冷え切った右手を温めてやろうと、俺はゆっくりと桐乃の手を握った。 使い捨てカイロが時間を掛けて温まるように、桐乃の右手が少しづつ温まってくる。 俺たちは、人波に逆らいながら残りの若宮大路を黙って歩き続けた。 150 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:51:43.41 ID:qAfCcF82o [18/20] 海岸線に沿って走る国道を渡ると、少ないが既に人が集まっていた。 驚いたことに海岸の所々で焚き火がたかれ、初日の出を待つ人たちに暖を提供していた。 背中にKAMAKURAの文字が入った防寒着を着ているところを見ると、市の関係者かもしれない。 俺と桐乃は、まだ誰も居ない焚き火の一つに近付いて暖を取った。 天空には満天の星が煌いているし、今年の初日の出に問題はなさそうだ。 「……あたし、こんな日がまた来るなんて思ってもみなかった」 焚き火の炎に照らされ、桐乃の顔は火照ったように赤く染まっていた。 俯き加減で足元の砂を蹴り上げながら、ポツリポツリと呟くように話す桐乃。 「あたしが、中学に入った頃だったかなぁ……。  何でだか分かんないけど、あんたがあたしに話し掛けて呉れなくなって……。  ――あれ? あたし、兄貴に無視されてんのかなって。  別にあんたに嫌われても困るわけじゃないし……それならそれでもいいやって思ってた。  あたしには、初めっから兄貴なんか居なかったんだって思えばいいだけだし……。  そうなんだけど……そうなんだけどさぁ……」 遠く離れて暮らす兄妹なら、そう思い込むことも可能かもしれない。 しかし、一つ屋根の下で暮らす俺たちに、そんなことが出来るわけもなかった。 親父は厳格な人で、親父が居るとき、食事は必ず家族一緒というのが決まりだったからな。 桐乃の隣りにはいつも俺が座っているわけだし、居ないと思う方が無理な話だった。 「お母さんはご近所の奥さんがどうしたとか、どうでもいい話ばっかしてるし、  あんたはあんたで、お母さんの話なんか聞いてもないくせに無駄に相槌打ってるし……」 ポケットの中で繋いだ桐乃の手が、俺の手をギュッと握り締めた。 「……あたし、家の中でご飯のときが一番辛かった」 151 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:52:33.78 ID:qAfCcF82o [19/20] 桐乃は黙々と食うだけで、食事中に家族と話をすることはあまりしなかった。 俺も桐乃の性格が、どこか親父に似てきたからじゃねえかくらいにしか思わなかったし、 まさか、桐乃がそんなことを思っていたなんて、考えてもみなかった。 昔を想い起こしてみれば、俺にだって分かったはずなのに。 桐乃の頑固さや芯の強さは親父譲りでも、元来はもっと明るいヤツだったってな。 そして、桐乃が家の中で無口になっちまったのは、俺のせいだってことも。 「あたしの趣味があんたにバレてさぁ……  どうせ、あんたはあたしのことなんか関心がないんだろうって思ったんだけど、  あたしもどうしていいか分かんなくてさぁ、思い切ってあんたに相談したんだよね……」 東の空がわずかに白み始めて来たが、海はまだ暗く、西の方角は未だ暗闇の中だった。 元旦の海は穏やかで、小さな波音だけが耳に届く。 焚き火から時折聞こえるパチパチとはぜる音が、なぜか俺の心に突き刺さった。 「あたし、あのときあんたに人生相談とか言っちゃってさぁ……余裕がなかったんだよね。  言っちゃってから、どうせあたしのこと馬鹿にするんでしょって思ったんだけど……」 「桐乃……。俺は、おまえのこと馬鹿になんかしねえって言ったろ」 「うん……うん、そうだよね。  馬鹿にするどころか、お父さんに殴られたりとか……あやせに嫌われたりとか……。  どうして……?」 「……俺が、おまえの兄貴だからじゃねえのか」 俺は、以前からずっと疑問に思っていたことがあった。 桐乃がなぜエロゲーに嵌まっちまったのかってな。それも、よりにもよって妹物なんかに。 イラストが可愛かったからなんて、あのとき桐乃は言ってたけど……。 答えは、意外と簡単なところにあったんだ。 152 名前: ◆Koneko/8Oc[sage saga] 投稿日:2012/01/01(日) 23:53:29.85 ID:qAfCcF82o [20/20] 相模湾の東、三浦半島の影がはっきりと浮かんできた。 ほの暗かった水平線が徐々にオレンジ色に輝き、見る間にその輝きを増してくる。 桐乃は諦観したように、それでいてどこか楽しそうに呟いた。 「あんたなんか――兄貴なんか、好きになるんじゃなかった」 沈痛な響きを持つ言葉とは裏腹に、桐乃は晴れやかな顔でジッと海を見詰めている。 桐乃が見詰めるその先に見ているものは、朝焼けを伴って昇り来る初日の出なのだろうか。 それとも、俺と桐乃の未来なのか……。 俺はポケットの中で繋いだ桐乃の手をギュッと握り締めて、心の中で初日の出に誓った。 桐乃が俺を必要とする限り、何があろうともこの可愛い妹を守り抜いてやるってな。 「ねぇ兄貴、本当はあたしのこと好きなんでしょ。……いつから好きだったの?」 「おまえが生まれたときから――」 「……バカじゃん」 (元旦)

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