「願い」破1

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            【破】1章 12月17日(土)秋葉原中央病院 PM4:00 先程から病院の外では細かい雨が降り始め、しとしとと音を鳴らしている。 まだ4時前だというのにも関わらず病院の廊下には、 夜の帳が下りたかのような暗闇で包まれている。 その廊下の奥の一室、ドアの上にある赤く光る照明だけが唯一の光源として、 暗闇を薄ぼんやりと照らしている。 しかし、廊下の隅では、その人物の絶望を表すかのように、 外の闇よりも更に深い漆黒に塗り潰され、重い空気で澱んでいた。 「桐乃っ!!」「桐乃!」 最初、自分に声をかけられたと気づけなかった。 果たして気づけてたとしても、振り返る気力さえ無かった。 すると、お父さんとお母さんが慌てて私のもとに駆け寄る音が近づいてくる。 「桐乃っ!大丈夫だった!?」 余程心配してくれたのだろう、お母さんは目に涙を溜めながらも私の肩を掴む。 それでも私は虚空に光沢の消えた瞳を向けつつ、 ブツブツと心の闇を吐き出すことしかできない。 「私のせい…だ……。わた……し、兄貴が…真っ赤で……なんで? …車……全然…動かなくて……。」 頭の中は兄貴のことだけで埋め尽くされていた。 まともに思考する力もなく、口から出るのは意味を為さない単語だけだった。 「っ!……大丈夫、もう大丈夫だからね!!」 お母さんは私のあまりの状況に一瞬息を詰まらせるが、 すぐに私をきつく抱きしめ、大丈夫なのだと声をかける。 抱きしめられたことで、人の温かさとお母さんの優しい気持ちが 私の冷えきった体へと流れ込み、ヘドロのように澱んだ心を洗い流す。 「ぅぐっ……ごめん…な…さいっ、おかあ゛さん。…わ、ゎたし……わたし!」 「安心しろ、桐乃! お父さんもついているからもう大丈夫だ!」 「おとう…さ…ん。ぅ…ぁ…うぁああああああん!!」 お父さんからかけられた声が切欠となり、 大粒の涙が堰を切ったように次々と流れ出し、止めることができなくなる。 私はお母さんの胸の中で、兄貴が!兄貴がっ!と何度も叫びながら泣きじゃくる。 お母さんも私を強く抱きしめながら、 私に言い聞かせるように大丈夫と何度も何度も呟く。 どれくらいの時間泣き続けたのか。 泣きじゃくる私の様子が少し落ち着いてきたところでお父さんが、 恐る恐る聞いてきた。 「桐乃、それで京介は……?」 「…っいま、ぅ…手術してて…ぐすっ…まだ…っ! 」 京介はあの事故の後すぐに救急車でこの病院にかつぎ込まれ、 そのまま手術室に運ばれていった。 それから大介達がくるまで、桐乃はずっと手術室の前で待っていたのだ。 胸に血糊でほとんど黒色になった京介のダウンジャケットを抱きながら。 桐乃がそう言い、手術室のほうに眼を向けると、二人もそれに倣う。 と、手術中の紅い光が消える。 ドアが静かに開き、青い手術着を着た医者が手袋を外しつつ手術室から出てきた。 「あ、兄貴は…、兄貴は大丈夫なんですかっ!?」 慌てて医者の近くに駆け寄り、半ば掴みかかるように兄貴の安否を尋ねる。 尋ねられた医者は一度目を瞑り、ゆっくりとマスクをとりながら口を開く。 「安心してください。お兄さんは一命は取り留めました。  出血量は多かったのですが、奇跡的に外傷が少なかったことが幸いでした。  今は麻酔でぐっすり眠ってますよ。」 「―――あ……ありがとうございます!  本当にありがとぅ……!!」 その言葉は恐怖に包まれていた私の心に広がり、 助かったことへの嬉し涙を流しながら頭を下げる。 『生きてる!兄貴が……生きてる!!』 兄貴が死なずにすんで、心が軽くなるのを感じた。 「ぐ……ぅっ!」「京介ぇ……っ!」 お父さんとお母さんも命が無事だったことで、感極まり崩れ落ちる。 「ただ、意識が戻るまでは絶対安静が必要です。  今日はとりあえず、こちらで入院するよう手配しましょう。」 兄貴の病室には、安静のためということで広めの個室が宛がわれた。 ベッドに横たわる兄貴の体には酸素吸入器や心電図のコード、 いくつもの点滴のチューブが繋がっており非常に痛々しい様相を呈している。 改めて兄貴がどれだけ危険な状態だったことを認識し、涙が溢れそうになる。 時間はそろそろ夜の7時。 後30分もしないうちに面会時間の終わりを告げるアナウンスがマイクから流れ出すだろう。 今病室にいるのは兄貴と私とお母さんの3人だ。 お父さんは、1時間ほど前に 「……佳乃、少し京介と桐乃を任せるぞ。  俺は署に行ってくる。」 「……はい、お願いします。」 と言い残し、早めに病室を後にした。 後で聞いた話だが、兄貴を轢いた奴はその日お酒を大量に飲み、 あまつさえ居眠り運転をしていて事故を起こしたらしい。 その後の裁判で、そいつは「鬼だ。鬼に殺されるっ……!!」と言い続けていたらしい。 正直こいつの話は兄貴が無事だったことに比べればどうでもいいことなので、ここまでにしよう。 「桐乃、今日は一度家に帰りましょう?  あなたもいろいろあって疲れたでしょう? 」 お母さんが私の体調を心配して帰宅を促してくる。 「やだ……。」 それに対して、私は小さい声だがハッキリと拒絶の言葉を返す。 今この場を離れたら、そのまま兄貴が何処かに行ってしまうと思ったのだ。 「……桐乃。」 「……ごめんなさい、お母さん。  でも今日だけ、今日だけはここにいさせて!?」 私の返事はある程度予想通りだったのだろう。 それでも心配そうに声をかける母に、私は謝りつつもここを離れないという強い意志を見せる。 「ほんと、一度決めたら絶対変えないところは誰に似たのかしらね……。  わかったわ、桐乃。それじゃ京介のこと、お願いね?  着替えとかは明日の朝に持ってくるから。」 「うん!ありがとうお母さん。」 自分がとんでもなくわがままだとはわかっているが、 それを寛容に許してくれる母に心から礼を告げる。 「それじゃ、気を付けてね?桐乃もしっかり眠りなさいよ。  あと何かあったらすぐに看護師の人を呼ぶのよ?」 「うん、わかってる。ありがとね、お母さん。」 そう言い残し、お母さんは病室を後にした。 お母さんが帰ると、途端に部屋が静寂に包まれる。 それでも、兄貴の手術を待っている時の静寂と比べて、今は心の安らぐものに感じる。 耳をすませば京介の心臓の音が聞こえてくるような気さえする。 「…私を守ってくれたんだよね。」 兄貴の顔を見つめていると、ふと今日の事故がフラッシュバックし脳裏に蘇る。 自分が死ぬことへの恐怖と兄貴が死ぬことへの恐怖。 その身も凍るような二つの恐怖が一度に甦えってきて、 全力疾走した時のように呼吸が早まり、体も小刻みに震えてくる。 無意識に眠り続ける兄貴の手を強く握りしめる。 「……暖かい。」 繋がれた手を通じて、兄貴の体温がじわじわと伝わり、私の中の恐怖を包み込んでくる。 「兄貴の手……大きいんだ。」 これまであまり気にも留めなかったことを思いつつ、 兄貴の手を握ったり、掌を合わせ大きさを比べたりする。 すると、事故からずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、 私の体に突然強い睡魔が襲いかかる。 その眠気に堪えることもできず、重くなった頭を横たわる京介の胸に埋める。 「ありがとね……京介。」 心からの感謝の言葉をかけると、私は睡魔にその身を任せて深い眠りについた。 AM?:?? 『まってよ!おにいちゃん!』 私は半分泣き声になりながらその人を追い掛ける。 どこを走ってるのかもわからない。 その人に追いつく。ただそれだけのために私は必死に脚を動かす。 その人は隣の女の子と一緒に、ずっと前のほうで走り続けている。 私は諦めず追い掛ける。追い付けない悔しさで涙を目にためながら。 それでも泣き顔にだけはならないように必死に我慢して。 どれだけの距離を走っただろうか。どれだけ悔し涙を我慢しただろう。 少しずつ私のスピードは上がっていき、ついには彼よりも早くなった。 そして彼の背中へ手の届きそうな距離になる。 『待って!』 やっと彼の側に行けると思い、心の底から思いの丈を叫ぶ。 すると、その思いが通じたのか、彼はすぐ目の前で立ち止まる。 彼が止まってくれたので、私も反射的に足を止める。 振り返った彼はどこか寂しそうな顔をしている。 追いつけた時のことを全く考えていなかった私は、彼の反応を待つ……。 『……ありがとな、桐乃。』 はにかむような笑顔で一言呟き、彼は歩き始める。 『え……?』 その言葉を理解できない。 反応しようとしても、なぜか体は全く動かず、声すら出すことができない。 彼はどんどんと遠くのほうへ歩いていってしまう。 「いやっ!……行かないで!!  ――――――――――京介っ!!!」 そして私の世界は暗転する。              【破】1章  完

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