「願い」破2

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                   【破】 2章 秋葉原中央病院 AM6:00 意識が深い深い海の中からゆっくりとと浮上していく。 カーテンの隙間から漏れてくる朝日の光が、細い線となり顔に差し込む。 ……あれ、ここ ? 先程までの夢と見慣れぬ景色のせいで、意識がまだぼんやりとしている。 寝ぼけ眼のままベッドの方へ視線を動かすと、静かに寝息をたてて眠っている京介が映る。 どうやら京介の手をずっと握ったまま、朝まで眠ってしまったらしい。 ふと、先程見た夢の内容が驚くほど鮮明に思い出される。 京介がどこか遠くに、私の手が届かないところまで行ってしまう夢。 自分の息が途端に速くなり、まるで胸を万力で締め付けられるような寂寥感に苛まれる。 「……京介が居なくなるなんてイヤ。」 先程の夢を追い払おうと小さく呟き、眠り続ける京介の手を強く強く握り締める。 繋いだ掌から京介の温もりが私の中に広がり、 夢で感じた焦燥感が少しだけ剥がれ落ちてくれた。 それでも全ては拭い切れず、自然と私の瞳からは涙が溢れ出す。 「ぅっ…ぐ…京介ぇ。」 そして改めて認識する 。 私にとって、京介がどれだけ大切な存在かを。 私は京介のことが好きなんだということを。 今まで様々な言い訳を並べ立てて、逃げて、誤魔化してきたけれど、 好きという気持ちを自覚すると、先程までの不安がすうっとどこかに霧散していく。 「側に…いてよ……。」 そのたった1つの言葉に様々な感情をのせて、京介の手を両手でぎゅっと包み込む。 …………ピクっ ――――!! 握った手に、京介の指が本当にわずかだが、動く気配があった。 指が動いたことで、予感と確信を抱いて京介の顔を凝視する 。 「ん…んん ……。」 小さくうめき声をあげ、京介の瞼がゆっくりと開かれていく。 「っ… う…。」 嬉しさや愛しさといった感情で心の中が一杯になり、 瞳に溜まっていた涙がポロポロと零れ落ちる 「よかった…京介…京介ぇ………!!」 涙で顔がくしゃくしゃになるのも気にせず、 私は京介の胸に飛び付き、顔を埋めて涙を流した。 「少し眩しいですが我慢してくださいね。」 先生が、目にライトを当てたり頭の傷を触診したりと、 京介の状態を1つ1つ確認している。 あの後、私は京介に抱きついたまま、 お父さんとお母さんが荷物を持ってきてくれるまでずっと泣き続けた。 お母さんも京介が目を覚ましたことに感極まって涙を流し、 すぐに先生に伝えてくれたのはお父さんだった。 そして今、私達は不安な面持ちで、先生の診察を見守っている。 「京介さん、ここがどこかわかりますか ?」 患者に不安を与えないためだろう。 丸めがねをかけた先生は殊更柔らかい口調で京介に確認をとる。 「えっと……病院?」 京介はまだ頭がはっきりしないのか、先生の質問に単語だけで答える 。 「そうです。京介さんは昨日事故にあってここに運び込まれたんですよ。  どこか体に違和感はありませんか?」 「……頭がなんだかはっきりしません。 」 「京介、あんた本当に大丈夫なの?  どこか痛くない!? 」 京介は頭に手を置きながら、わからないとだけ答える。 その重苦しい雰囲気に耐え切れなくなったのか、お母さんが京介に声をかける。 「…えっと……?」 お母さんに声をかけられただけなのに、何故か困ったような顔をする京介。 そして、先生に訝しげに尋ねる。 「先生。あの、すいません…。この方達は……?」 ―――――――!!! その言葉に、私は頭を金槌で殴られたような強い衝撃をうける。 いま、京介はなんて言った…!? 「き、きょうす…け?」 「…………?」 途絶えがちになりながらも、なんとか私はか細い声を絞り出して京介に問い掛ける。 しかし、まるで赤の他人を見るかのような京介の目に射抜かれてしまう。 「あっ……う。」 その冷たい視線は、私の心を一瞬で凍りつかせるのに十分だった。 二の句が継げられず、足に力が入らなくなって倒れそうになる。 「高坂さん。桐乃さんをお願いします。」 先生が途端に険しい表情になり、私をお父さんの方へ押しやりつつ京介に問い掛ける。 「京介さん、ご自分のお名前はわかりますか? 」 「……高坂京介。 」 「では、あなたのご両親のお名前は?」 「…………… っ。」 先生の質問に答えようとするが、答えが出てこないことに気づき、 京介は絶句する。 「すいません、高坂さん、桐乃さん。  少し京介さんの状態を確認をしますので、  部屋の外でお待ちいただけますか?」 「…………。」 「……はい 。」 まだ衝撃が抜けきらず、先生の声に全く反応できない私を、 お母さんが優しく、しかし有無を言わさぬ強さで外に連れ出す。 私達が外にでるのと入れ違いに看護婦さんがバタバタと病室に入っていく。 京介が目を覚まし喜んだ直後だったこともあって、 反動は大きく、頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していく。 『なんで…なんで……?』 廊下で呆然と立ち尽くす私の中では、 同じ言葉が何度も何度も繰り返されている。 私のことを、まるで他人のように見る眼。 両親の名前がわからずに口ごもる。 このことから考えられることはただ1つだろう。 けど、信じられない。信じたくないっ! 私は自分の中で急速に膨れ上がる恐怖から、お母さんの腕にすがりつく。 しかし、お母さんの腕も小刻みに震えており、更に重苦しい空気に包まれてしまう。 私達が廊下に出てどれほどの時間がたっただろうか。 実際は5分もたっていないだろうが、 まるで何時間も待ち続けたように私の気持ちは沈んでいた。 静かに病室のドアが開かれ、先生が廊下に顔を出す。 「先生っ…京介は?  京介は大丈夫なんでしょうか!? 」 「お母さん、どうか落ち着いて下さい。  事情をご説明しますので、あちらの部屋へ。」 先生に促され、私たちは少し離れた場所にある診察室に案内される。 そこで、私達にパイプ椅子を勧めて全員が腰を落としてから、 先生は口を開いて、ゆっくりと語り出した。 「京介さんのことですが……。  高坂さんもある程度予想されていると思いますので、  単刀直入に申し上げます。」 先生はそこで一息の溜めを作り、私達が覚悟を決めるための少しの猶予を作る。 「……京介さんは記憶障害の可能性があります。」 ―――――!! ある程度覚悟をしていたとはいえ、 改めて先生から事実を告げられて大きく息を飲む。 「先程のテストで、京介さんはペンを持ったり箸を使うといった、  基本的な動作については問題ありませんでした。  ですが、過去の記憶、特に家族や友人といった、人間関係の記憶が非常に希薄な状態です。  自身のことも、名前が京介だということ以外は、性格や学校生活といった  個人に関する記憶も非常に曖昧で思い出せないようでした。」 私はあまりの衝撃的な事実に絶句し、 手で口を抑え、漏れ出そうになる悲鳴をなんとか留めることしかできない。 「大きな事故に遭い、記憶が断片的に失われるケースはよく知られています。  ですが、今回の京介さんのケースでは、ほぼ全ての記憶が失われています。  恐らく、事故の時に頭部を強打したことが原因だと思われますが、  詳しいところは精密検査を受けて頂かなければ何とも申し上げられません……。」 「そ、そんなっ!  うちの京介の記憶は元に戻るんでしょうかっ!?」 先生は淡々と京介の置かれている状況を説明していくが、 お母さんがその内容のあまりの重たさに、話を遮って京介の記憶が戻るかを質問する。 「……申し訳ありません。  今、私の口からは正確なお答えをすることはできません。」 「そんなっ―――!?」 その言葉は私にとって死刑宣告のようなものだった。 ズンッととてつもなく重いもので心と体が押し潰されるような錯覚に陥る。 記憶が一生戻らない可能性を考えると、 その責任の重さで、思わず椅子から崩れ落ちそうになる。 「不安になるお気持ちはよくわかります。  ですが、どうか落ち着いてくださいっ。  今、誰よりも不安を感じているのは京介さんなんです。  加えて、京介さんの記憶を戻すためには、ご家族の方の強い協力が必要不可欠なんです。  どうか京介さんを支えるためにも、気持ちを強くもってくださいっ。」 私達の落ち込む姿を見て、先生はやや語気を強めて檄を飛ばす。 その言葉に、私達全員がハッとする。 そう、記憶を失ってしまった京介を支えることは私達にしかできないのだ。 その私達が不安にかられていたら、京介の不安を取り除くことなんてできなくなってしまう。 「「「…………。」」」 私達は顔を合わせ、それぞれの決意を胸に頷きあう。 「わかりました。  先生、本当にありがとうございます。  うちの京介共々、どうかよろしくお願いします。」 お父さんが私達を代表して、先生に深々と頭を下げながらお礼を言う。 「いえ、私も出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした。  こちらもできうる限りバックアップはさせてもらいますので、  京介さんのために頑張りましょうっ。  それでは……。」 私達の心に決意の火が灯ったことを確信した先生は、 再び優しい声色に戻り、今後の予定を説明していく。 この後はまず、京介と私達の顔合わせを済ませてから、精密検査を行い結果を見ることになった。 検査で体の方に大きな問題が無ければ、昼までには退院ができるだろうという言葉に、 お父さんとお母さんはにわかに活気づく。 怪我をした息子が遠く離れた病院にいるという状況は、 やはり2人にとっても辛いものだったのだろう。 そして私も、これから京介を支えていくことにかける意気込みを新たにして、 色が白く変わるほど強く両手を握りこむ。 だって、京介を支えられるのは〝私だけ〟なのだから………。                    【破】 2章 完

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