「願い」急1

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                   【急】 1章 12月21日(水) 高坂家リビング PM3:45 母さんが井戸端会議に出掛けていった我が家で、 俺は今1人リビングのソファに腰掛けてテレビを見ている。 いや、見ているという表現には語弊があるな。 特段見たい番組があるというわけじゃなく、何の気無しにテレビの方を眺めているだけだ。 画面の中では、ニュースキャスターが主婦向けのワイドショーネタを大袈裟に解説していたり、 クリスマスのお勧めのデートコースが紹介されている。 だが、それらの情報も頭の中に入ってくることはなく、右から左へと素通りしている状態だ。 ふと、壁にかけられたカレンダーを見遣る。 12月の24日に赤字で二重丸が付けられているのを見て漸く、クリスマス間近だということに考えが至る。 そして、それは桐乃とあやせちゃんが絶交した〝あの日〟から2日が経過したことも示している。 ―――そう。たった2日だ。 つい最近の出来事なのに、まるでずっと遠くの記憶のように感じてしまう。 ―――あの日、公園を後にした俺と桐乃はどちらとも口を開くこと無く家に帰ってきた。 家に着いた途端に桐乃はリビングにいた母さんに、夕飯の仕度をお願いとだけ言うと、 まるで魂が抜けたかのような足取りで自分の部屋に閉じ籠ってしまった。 夕飯の時間にようやく顔を出したかと思えば、 ほんの少し食事に手をつけただけですぐに部屋に引き返してしまう始末だった。 今の俺には二人の間にどういう事情があってああなったのかはわからない。 それでもあんな形で親友に絶交を突き付けたのだ。 あやせちゃんはもちろんだが、桐乃の方も精神的に辛い状態なのは火を見るより明らかだった。 物音一つしない隣の部屋の主を心配しつつ、 明日の朝も意気消沈しているようなら仲直りするよう言ってやろうと心に決めたのだ。 そして次の日の朝。 桐乃が学校に行く前に話す必要があるので、少し早めに設定した目覚まし時計に叩き起こされた俺は、 寝不足を訴える身体を叱咤してリビングへ向かった。 そこでリビングの扉を開けた俺は自分の目を疑うことになった。 キッチンでは、既に制服に着替えた桐乃が母さんと一緒に談笑しながら朝食の準備をしていたのだ。 まだ部屋に閉じ籠っている可能性もあると踏んでいた俺は、 余りに予想と掛け離れたその状況を理解できずに呆気にとられてしまった。 するとリビングの入り口で唖然としている俺に気付いた桐乃は、 おはよっ、京介。今日は早いじゃん。感心感心♪と笑顔で声をかけてきた。 少なくともこの時の俺には、桐乃の様子があやせちゃんと絶交する以前と全く変わらないように思えた。 余りにも普段通りなので、昨日のことは全て夢の中の出来事だったのかと錯覚してしまった程だ。 ―――いや、一つだけ以前と変わったところがあった。 あの日からずっと、桐乃は俺と一緒にいる時間を露骨に増やそうとしているのだ。 朝は母さんに叱られるまで俺と一緒にご飯を食べて、 学校から帰ってくるなり夕飯の支度を一緒にしようと誘ってもきた。 夕飯の後に勉強道具を持って俺の部屋に来たときは流石に何事かと思った程だ。 結局、桐乃は夜遅くまで俺の部屋で勉強や雑談を続けて、 気が付けばクリスマスに2人で渋谷に遊びにいく約束までしてしまっていた。 これは他ならぬ俺自身が傍に誰かが居てくれることに安心感を感じており、 桐乃と一緒にいることを無意識に求めてしまっているのかもしれないが…。 そういった形の無い不安感は、俺の記憶が一向にして戻る気配すら無いことで、 日に日に膨れ上がってきている。 そしてそれに追い討ちをかけるように、不眠症も段々と悪化してきており、 日中ですら眠気はあるのに眠ることができないという矛盾した状況に陥ってしまっている。 記憶喪失と不眠症に加えて、更には桐乃に関係するモヤモヤとした気持ちが相俟って、 まるで液体が浸み込んでいくかのようにゆっくりと俺の体を蝕み続けている。 性の悪い睡魔に何とか耐えながら視線をカレンダーからテレビの方へ戻すと、 ちょうど午後4時のニュース番組が始まるところだ。 桐乃は今日も掃除当番の仕事が終われば直ぐに帰ってくると言っていたので、 そろそろ学校を後にしているところだろう。 ――ピンポーン その時、来客を告げる家のチャイムの音が俺の思考に割って入ってきた。 『―――あやせちゃんか?』 チャイムの音を聞いてまず最初にそんなことを心配してしまった自分が心底情けなくなる。 何も言葉をかけずに公園に放置してしまった罪悪感があるなんて言い訳にすらならない。 ―――ピンポーン そんな俺の後ろ向きな考えを責めるかのように、チャイムの音が再度響き渡る。 その音に背中を押させるようにして意を決すると、ソファから腰を上げてそのまま玄関に向かう。 「……どちら様ですか?」 「あら、どちら様だなんてご挨拶ね、先輩。  学校を休んでいると聞いていたけど、思いの外元気そうじゃない。」 覚悟を決めて玄関を開けてみると、そこには見知らぬ女の子がニヒルな笑みを浮かべて立っていた。 その子の背中まで真っ直ぐに伸びた黒髪は日本人独特の艶やかさを持ち、 目元の泣き黒子がちょうど良いアクセントとなった端整な顔立ちと相俟って、 まるで綺麗な日本人形に生命が宿ったかのような言い様のない佳麗さを漂わせている。 あやせちゃんや桐乃とはタイプが異なるが、美少女と言って間違いはない。 『桐乃の学校のものとは違うデザインの制服だし、 〝先輩〟ってことはやっぱり俺が通っている高校の後輩…なのか?』 予想と異なる来客で聊か拍子抜けしたところもあるが、その子の言葉からある程度の推測をしていく。 「……?どうかしたの、先輩?  豆鉄砲をくらった鳩みたいに変な顔になっているわよ。  私の顔に何かについてるのかしら?」 「あ…悪い。ちょっとボーッとしてた。  何か用事だったのか?」 何の反応もない俺に違和感を感じたらしく、その子は少し棘のある口調で尋ねてくる。 何故かは知らないがご機嫌は余りよろしくないようだ。 綺麗だけど冷たそうな子だという第一印象を秘かに抱きつつ、その子が来た用事を聞いてみた。 「用事も何も…。  高校最後のクリスマスだから何かイベントをしよう、と言っていたのはあなたでしょう。  それなのにあなた達からは何も連絡が無いし、  何度かこっちから電話したのに出ないからわざわざ来てあげたのよ?」 呆れたとばかりに溜め息をついて、その子は俺の家まで来た経緯を説明してくれた。 どうやら記憶を失う前の俺は高校の連れとそんな約束をしていたらしい。 なにも考えずに昨日桐乃とクリスマスの約束をしてしまったが、 高校には当然俺の友達もいるわけで、俺はその繋がりを完全に失念してしまっていた。 この子がどことなく不機嫌に見える理由も、俺が連絡をしなかったからということか。 「あ、ああ。そうだったのか。それはすまなかった。  えっと、クリスマスはちょっと妹とも約束が入ってるんだけど、  高校の方の集まりはいつ頃なんだ?」 「………何を言っているの?瀬菜達は関係ないわよ。  それにあなたの妹も今回のメンバーの1人でしょう。」 「え?そうなのか?」 俺の失態でこの子の機嫌を悪くしてしまったと頭を下げて謝ると、 桐乃を含めたクリスマスパーティーだと予想外の返事が帰ってきたので思わず問い返してしまう。 「本当にどうかしたの、先輩。もしかして、公衆の面前で自分の妹と乳繰り合ったせいで、  頭の中がお花畑にでもなってしまったのかしら?」 「そ、そんなことしてねえよっ!」 「あら、でも前の日曜日にはその妹さんと携帯ショップで大層イチャついていたようじゃない。  そのことも思い当たる節は無いのかしら?」 「――――なっ!!?  なんでそのことを!?」 身に覚えがない…わけでもないが、桐乃とのことで乳繰り合うなどと茶化された俺は、 気恥ずかしさも相俟ってその疑惑を慌てて否認した。 だが、その子はまるで被告人に証拠を突きつける凄腕検事のように、状況証拠を突きつけてきた。 「私の妹達が偶々同じ店にいたのよ。  どう見てもバカップルにしか見えなかったとそれは楽しそうにあの子達が話してくれたわ。  ふふふ…。私が一緒に付いて行かなかったのが残念でしょうがないわ。本当に残念……。」 「ひぃっ!?」 静かに、呟くように恨み事を口にするその子の様子を見てようやく俺は気付いた。 最初は少し機嫌が悪い程度に考えていたが、そんなレベルなんかじゃねえ! 実は最初から怒りゲージMAXだったんじゃないか!俺を殺る気だよこの子!? 黒い薔薇を付けた魔女の幻覚すら視える程、その子の背後から立ち昇る闇のオーラに怯えて、 俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまう。 「ふふふ……。携帯ショップの件もそうだけど、  さっき言った〝クリスマスは妹と約束がある〟という発言の真意も尋問しないといけないわね。」 黙秘は絶対に許さないという無言のプレッシャーを放ちつつ、 その子は楽しそうに、静かな笑い声を上げ始める。 あやせちゃんの怒りを暴力的だと表現すれば、この子の怒りには呪術的な恐ろしさがある。 まあ、どちらにしてもBAD ENDにしか繋がらないことは変わらないのだが……。 「えっと…その、言うのを忘れてたんですが、俺、事故に遭って記憶が無くなってるんです。  携帯ショップの件は、その事故で携帯が壊れたんで桐乃と新しいのを買いに行ったんですよ。」 「―――はあ?あなた、言い訳をするにしてももう少し捻りのある言葉は出てこないの?  それは余りにも稚拙過ぎるわよ。」 闇のオーラに怯えて自然と敬語になってしまったが、記憶が無くしたことと合わせて、 携帯ショップ事件の釈明をすると、その子は豚を見るような冷たい瞳と嘲りを俺に浴びせてきた。 「いや、本当なんだって!  だからクリスマスのことも君の名前すら覚えていないんだっ。」 ある意味予想通りの反応だが、その冷たさに耐えられずに両手を翳しながら必死に説得を試みる。 すると、少し考え込むような態度を見せ… 「…………事故(イムパット)が触媒(カタリスト)となって、あなたの聖痕(ステイグマ)の扉を開いたのね。」 「―――――――は??」 その子は突然謎の呪文を唱えてきた。しかもすっげードヤ顔で、だ。 呪文の意味を1つも理解できなかった俺は目が点となり、聞き返すのに数秒を要してしまった。 「――その様子だと記憶を無くしたというのは本当のようね。///」 先程の呪文は何かの暗号だったのか、俺の態度を見て納得してくれたらしい。 だが、それでもやはり少しは恥ずかしかったらしく、頬を薄く染めているのが可愛らしい。 そこからその子は何個か質問をさせてもらうと前置きして話を再開した。 「記憶を失ったということは、本当に何も覚えていないの?  いつその事故に遭ったかは覚えているの?」 「ああ。人間関係の記憶は完全に無くなってるんだ。自分のことも名前以外は覚えていないんだ。  事故に遭った時の記憶もないけど、先週の土曜日に桐乃と秋葉原に行った時だって聞いてるな。」 「…あの子から何故秋葉原に行っていたかは聞いているの?」 「え?いや、聞いてないけど…。  観光とかじゃないのか……?」 「……そう。それじゃ最後の質問。  先輩はあの子から〝趣味〟の話は聞いているの?」 「―――――っ!!」 その子からの最後の質問に俺は少なくない衝撃を受けた。 あやせちゃんだけじゃなく、この子も桐乃の〝趣味〟が何かを知っている。 その事実が、桐乃から俺だけ疎外されている証拠のようで俺の気持ちを更に重たくさせる。 「………いや、聞いていない。」 「………そういうことね。  大体の事情は理解したわ。」 俺が渋々桐乃の趣味を聞いていないと答えると、その子は頭を抑えて溜息をついて、 一人で納得してしまった。 「え?本当か?」 「ええ。もちろん、全てがわかったというわけでは無いけれど、  あなたの妹さんがどれだけお馬鹿なのはよくわかったわ。」 「――――あぁっ!?」 その子の頭の鋭さに驚くと、その子は皮肉交じりの口調で桐乃のことを馬鹿にした。 俺の友達とはいえ、桐乃を馬鹿にされたことに思わずカッとなって睨みつけてしまう。 「……気持ちはわかるけど、そんなに熱り立たないで頂戴。  それに、あなたは覚えていないから仕方ないけれど、  私からしたら今あの子のやっていることは〝お馬鹿〟としか表現できないわ。  ――このままだと、いつかどこかで取り返しのつかないことが起こるわよ?」 「……………。」 その子は、頭に血が上った俺を諭すように、だが自分の発言は間違っていないと警告してきた。 取り返しのつかないことが既に生じてしまったことは事実なので、 俺の方も二の句を継げることができなくなってしまう。 「…しょうがないわね。それなら明日の放課後に高校にいらっしゃい。 先輩が学校でどういう人達に囲まれて生活してきたか説明してあげる。 ―――あなたの妹の秘密も合わせてね。」 「桐乃の秘密も……?  それなら――あ、いや、駄目だ、、それは駄目だ!」 黙ってしまった俺を心配してくれたのか、その子は実に魅力的な提案を出してくれた。 それに同意しようとしたが、その瞬間俺の頭の中にあやせちゃんとの出来事が過る。 「桐乃は学校が終わったらすぐに帰ってくるんだ。  その時に俺が家にいなかったら一昨日と同じことになっちまう!」 「――はあ。あの子、既に何かやらかしたというわけね…。  わかったわ。それなら昼休みの時間にいらっしゃい。その時に詳しい話を聞かせてもらうわ。  そうすればあのビッチも自分の学校にいるから大丈夫でしょうしね。  部活のみんなには事前に事情を説明しておいてあげるから。」 「あ、ああ。わかった。  ……ありがとな、色々気遣ってもらって。」 俺の言葉からある程度の事情を察してくれたらしく、その子はすぐに次善策を出してくれた。 俺だけじゃなく桐乃のことも気遣ってくれているその子の優しさに、 俺は頭を下げて感謝の言葉を述べる。 「ふっ。構わないわよ。先輩にはいろいろお世話になっているものね。  それじゃ私はあなたの妹さんが家に帰ってくる前にお暇させて頂くわ。  明日のお昼に校門のところで待ち合わせにしましょう。 「ち、ちょっと待ってくれ  俺、まだ君の名前を聞いてないんだけど。」 面倒事は御免でしょ、と言うとその子はクルリと背を向けて立ち去ろうとする。 そこで俺がその子の名前を聞いていないことに気づいて声を掛けると、 その子はピタッと足を止めると、少しの間を開けてから振り返って一言だけ呟いた。 「――――〝黒猫〟」 「………は?」 「私の名は〝黒猫〟よ。黒の眷属のね。」 手の甲を頭に翳し、片足を上げる謎のポーズをとってそれだけ名乗ると、 今度は立ち止まることなく足早に立ち去っていった。 唯一人玄関に取り残された俺は、状況を把握しきれず暫し呆気にとられていた。 「―――な、なんだか変わった子だな。」 何とも不思議な感覚に包まれながら、俺は遠退いていく黒猫の後姿を見つめ続けるのだった。                    【急】 1章  完

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