「俺が妹と夫婦なわけが無い」07

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「ねぇ、そろそろしない?」 「な、何をだよ?」 ある晴れた日の休日――桐乃の提案の言葉に動揺する。 だが、いつまでも目をそらし続けるわけにはいかない現実がそこにある―― 「お父さんとお母さんの・・・、遺品の整理――」 親父とお袋の部屋、そこにあるもの、それら諸々の品々を片付ける時が来たのかもしれない。    ―ガチャリ― そっと扉を開く。この部屋に入るのも久しぶりだ。 そもそも二人が健在だった時でも、そうそう立ち入っていた部屋ではないのだ。 「やっぱり怖い?」 「ん、怖いってことはないけど・・・」 俺が養子になった経緯などが分かってしまうようなものが出てくるかもしれない。 両親がどんな思いで俺を引き取ったのか――どんな思いで育てていたのか―― 「ちょっと緊張するな」 「ま、無理だったら途中まででもいいし」 「そだな、出来るところまでやろう」 まずはどこから手を付けるか―― 通帳や重要な書類などはもう別のところに移して保管してるので、 残っているのはプライベートな品だけである。 身内だろうが誰かのプライベートをのぞいてしまう事には罪悪感がある。 でも、他の人には任せられないし、桐乃一人に押し付けることもできない。 「服から片付けていこ、あたしたちが着れる服もあるかもしれないし」 「お前はともかく俺は体型が合わねーだろ」 「あはは、そうかもね」 そもそも親父の選ぶ服は機能性重視で家ではほとんど作務衣だったしな。 ――裕福な家庭だったとは思う。 小遣いだって人並みにはもらえてたし、学校の教材だって納金が遅れるようなことはなかった。 欲しい物も必要だと認めてもらえれば買ってくれた。 なのに―― 「思ったより少ないなぁ・・・二人の私物」 「そうだね」 高そうな酒のラベルが丁寧に保管してあったくらいで、他は書籍が少々と小物くらいだ。 自分たちの為には僅かな私物に使うだけで、残りは全て俺達の為に貯めていたんだろう。 「あんたそっくりじゃん」 「いや、お前が色々持ちすぎてるだけじゃねーの?」 「そ、そんなことないと思うよ?」 「はいはい、コレクターから見たらそうかもしれないけどな」 一般人からしたら十分大量の部類だってーの。 「・・・あ、これ」 「なんだ?」 「指輪」 「・・・ここに置いてたんだっけ」 「うん」 親父とお袋の左手薬指にあった結婚指輪。葬儀の後この部屋にしまっていたんだった。 「忘れてたな」 「うわ、薄情者」 「お前だって忘れてたんだろ?」 「・・・・・気にはしてた」 「そうなのか?」 「うん」 二人で静かに指輪を眺める時間が流れる―― 両親は――親父はどういう気持ちでこの指輪をしていたんだろう? 「――ねぇ」 「なんだ?」 「つけて」 指輪を俺に渡して左手を差し出してくる―― 「・・・お前はともかく俺に親父がつけてた指輪はでか過ぎるって」 「ちぇっ」 「それにこの指輪はあの二人のだろ?勝手につけていいようなもんじゃねーよ」 そうさ、そんな軽いものじゃないハズだ。 「じゃあ、いつ自分のぶん作るの?」 「・・・そりゃ結婚する時だろ」 誰と、とは言わない。――言えない。少なくともこんな歪な状態で口にしていい言葉じゃない。 それに、いい加減な気持ちで指輪を贈るような男に桐乃はやれねーよ・・・ 「以上でお揃いでしょうか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 久しぶりに黒猫から誘われて二人でランチと洒落込んでみたものの相手の表情は暗い。 いや、確かに黒猫は普段からそうそう明るい表情をしている奴ではないけれど、なんていうの? 静かに怒っているような不吉な予感と不穏な空気を感じてしまう―― 「ねえ先輩、最近あやせって子と仲が良いそうね?」 「っぐほぉ!!?」 む、咽たじゃないか!なぜこいつがそんなことを知っている? 「お、お前いつからあやせのこと知ってたんだ?」 「あなたの周りをウロチョロする女に私が気付いてなかったとでも思ってるのかしら?  邪眼の力をなめないで頂戴」 「いや、でも決してやましい関係ではないぞ!?そもそもあやせは桐乃の親友なんだし!」 「知っているわ」 そ、そうか知っているのか。まあそうだよな。 あやせが表の親友なら黒猫は裏の親友といったところだ。 直接面識がなくても桐乃から話を聞いたりした事はあるかもしれない。 「つい先日、人の男に手を出すなと釘を刺しておいたから」 「っげほぉ!!?」 また咽たじゃないか!直接会って話したのかよ!? 「い、いつの間に?なんでまたそんなことを・・・」 「当然でしょう?私はあなたをあなたの妹以外の女に貸した覚えはないわよ?」 あれ、こいつひょっとして焼き餅やいてんのか?ちょっと嬉しいかも・・・ 「・・・何をだらしない顔してるのかしら、まったく。  あなたがそんなだから私が気を回さないといけなくなるのよ」 「え?どういうこと?」 訳が分からず尋ねてみると心底呆れたような顔をされてしまった。 「あなたねぇ、あなたの妹はあなたの為に私に喧嘩を売った前科があるのよ?  あの子があのあやせって子と仲違いする可能性は考えたことなかったの?」 「ありえねえだろ。それとこれとは事情が違う。  そもそもあやせが俺にちょっかいを出すのは桐乃と俺を引き離したいからであって、  別にあやせが俺に好意を持ってるとか、そういう事はないんだし」 「それでもよ。だいたい惚れた男が他の女と仲良くしていて平気な女がいると思ってるの?」 「それは・・・ひょっとして桐乃がそう言ったのか?」 確かに最近のあやせは自分を犠牲にしてでも俺と桐乃を引き離そうとして、 俺を誘惑するようなことまでしてくるから困ってるが――桐乃はそれを黒猫に相談したのか? 「あやせって子の間違いは、その程度のことであの子があなたを諦めることは無い  ということを理解していないところね」 「・・・・・だからって俺はどうすりゃ良かったんだよ?  あやせは桐乃の気持ちを取りあえずだけど知ってて色々やらかしてくるんだぜ?」 「あなたが『俺と妹との仲を認めてくれ』とでも言えれば解決でしょうけど」 「んなセリフ軽々に言えるかよっ!?」 「勿論よ。私だって言わせたくないわ。だから私が言ったのよ」 ――確かにそうすれば一番角が立たないかもしれないな。 あやせだって桐乃から俺を引き離せるのであれば、手段はどうでもいいんだろうし。 でもそれってさあ・・・ 「ひょっとして桐乃の為か?」 「・・・・・それはどういう意味かしら?」 「桐乃があやせと喧嘩しなくて済むように、黒猫が間に立ってくれたのか?」 「誤解しないで頂戴。あなたを他の女に渡すつもりはないといった言葉に偽りはないわ」 「そ、そうか・・・」 「でもあの子の気持ちもわかるのよ」 「?」 「ベルフェゴールに渡すくらいなら私にとられた方がマシと言った時のあの子の気持ち」 ・・・・・どこまで本心なんだよ? 最近の黒猫は妙に変なところで俺や桐乃に遠慮してないか? 「何か妙な想像してるみたいだけれど、余計なお世話よ」 「な、何がだよ?」 見透かしたような視線に動揺する。俺達よりも俺達のことを分かってる――そんな雰囲気だ。 「あなたも、あなたの妹も、どちらも元気でいてくれないと私がつまらないの」 「おいおい、俺たちはお前のおもちゃかよ」 「今は“友人”でしょう?」 「ああ、そうだったな・・・」 俺も桐乃もいい友人を持った。そう思う――だけど・・・ 「俺達が立ち直るまで待っててくれるのか?」 「・・・・・できるのかしら?」 その黒猫の問いに答えられない。 薄々気付いてはいるんだ。あいつがアメリカに行った時にも思ったこと。 関係なんてどうでもいい。結局俺は、あいつが傍にいないと寂しいんだ―― 「わたし、どーしても納得がいきません!」 「いやまあ気持ちはわかるんだけどさ・・・」 今、俺の目の前で怒りをあらわにしてるのはあやせ。 つい先日、黒猫と何か接触があったらしく、まあそのことで問い詰めたいことがあるんだろう。 「その黒猫さん?ですか?そういう方が居ながらどうして・・・!」 「どうしてって言うけどさ、俺もあやせに聞きたいことがあるんだ」 「なんでしょうか」 「あやせは桐乃にどうなって欲しいんだ?俺にどうして欲しいんだ?」 「そ、それは・・・」 はっきり言ってあやせ自身も訳わかんなくなってる部分が多大にあるとみえる。 嫌悪していた桐乃の趣味、その原因とされる俺。そして桐乃が向ける俺への思い―― 傍から見て度を越しているようにも見える桐乃への友情を持つあやせだ。 さぞかし頭の中はぐちゃぐちゃだろう。 「桐乃にはさ、黒猫ともう一人、仲のいいオタク友達がいるんだよ」 「沙織さん・・・ですね」 「知ってたのか。まあその沙織から言われたんだよ。  『私の大事な友人達を悲しませたりしたら承知しない』って」 「わ、私だって同じ気持ちです!桐乃を悲しませたりしたら承知しませんから!」 そう、あやせはいつも桐乃の為を思ってくれている。だから俺のことが腹立たしいんだろう。 「心配しなくてもいい・・・・・いや、安心していいぜ」 「ど、どういう意味ですか!?」 「俺も桐乃を悲しませたくないって思ってるってことさ」 「・・・・・それはどうしてですか?」 “桐乃のことを好きだからなのか?”そう問いたげな様子だな。 ははっ、でもここでの答えは決まってるだろ? 「兄貴だからな」 「それじゃあっ・・・!」 「言いたいことはわかるさ。それなら将来どうするかってことだろ?」 「そ、そうです!!」 「離婚はするさ、約束だからな。でもそれから先どうするかは俺の自由だろ?」 「桐乃を置いて出ていくつもりですかっ!?」 「逆だよ」 「えっ?」 「俺が、俺の意思で一緒にいる――桐乃が許してくれれば、だけどな」 会話が止まり、沈黙が流れる。あやせは俺の次の言葉を待っているのだろうか? 「黒猫さんはどうするんですか?お兄さんの恋人で、桐乃の友達なんでしょう?」 「ちゃんと俺から話すさ」 「それなら!そういうつもりならもうはっきりさせていいじゃないですか!  桐乃は不安に思ってるんですよ!いつかお兄さんが居なくなっちゃうんじゃないかって!」 「おいおい、それをわかってて俺を桐乃から遠ざけようとしてたのかよ?」 「さっさと消えてくれれば、踏ん切りつけて次に行けるじゃないですか・・・」 その思考がこえぇよ。相変わらずのあやせさんですな・・・ 「まぁ、あやせが桐乃のことを大切に思ってくれてるのは十分知ってるけどな」 「当たり前です!生半可な気持ちで桐乃を弄んだりしたら承知しませんから!」 「俺だって生半可なヤローに桐乃はやれないって思ってるよ。・・・・・昔から」 桐乃が御鏡を“彼氏”として家に連れてきた時にはっきり言っちまったしなあ。 「だから自分で桐乃を守ると?」 「それもあるけど、ちょっと違うかもな」 ――結局、俺は桐乃が傍に居ないと駄目なんだよ。 なんて言えばいいんだろうな?アイデンティティってやつか? あいつの傍に居て、あいつの凄さに嫉妬したり、あいつに振り回されたりしてさ、 それであいつが自分じゃどうしようもない事にぶちあたったら俺が助けてやる。 俺なんかよりよっぽど出来のいい奴だから、俺の出番なんてそんなめったに無いけどな、 でもそんな時思えるんだよ、『こいつの傍に俺が居てやれて良かった』って。 笑っちまうだろ?ずっと嫌いだったつもりだったんだ。無視してたつもりだったんだ。 でも違ってたんだよ。目を逸らしていただけで、ずっと気にしてたんだ。 あいつを見てなかったんじゃない。あいつの居ない方を見ようとしてたんだ。 そんで結局後ろばっかり気にしてたんだよ。 大嫌いだったはずのあいつとの暮らしが放し難い理由? 簡単なことだ。単純に俺があいつの傍に居たいからなんだよ。 「昔から桐乃のことばっかり気にしてたんだよ。シスコンって言われても仕方ねーよな」 「・・・・・桐乃はお兄さんとの兄妹としての関係は望んでません」 「俺だっていつまでもあいつと兄妹でいられるとは思ってないさ。  血が繋がってないって知った時から、きっとそうだったんだと思う。」 ――俺と桐乃の関係はいつか変わってしまうだろう。 あいつがずっと俺を見ていてくれたことに気付いた時、今までのようにはいられなくなった。 だけどさ―― 「もう少し、あいつの兄貴でありたいんだ」 桐乃が二十歳の誕生日を迎えるその日まで―― 仕事中、こっそりメールを見る。案の定、桐乃、黒猫、沙織からメールが来ていた。 今日は桐乃の誕生日。去年までは一緒に祝ってたのだが、今年は仕事で無理だった。 ま、この不況の時代にすんなり就職できたんだから文句は言うまい。 それに今日は桐乃が二十歳になる日だ。去年までと同じような空気の誕生パーティなんて無理だろ。 それを考えると、仕事で行けないというのはむしろありがたい気がするな・・・ 三人にそれぞれ返信する。まずは黒猫からだ。最初にあいつと話をしなければならない―― 「お疲れ様」 「ああ、ごめんな。待たせちまって」 「気にしなくて結構よ」 仕事帰りに駅の近くの喫茶店で黒猫と会う。 今日までの間、二人だけで話すことも何度かあったが、話す内容はいつも同じだ。 ただいつもと違うことは、ついに“その日”が来たという事―― 「桐乃は今日どんな感じだった?」 「桐乃っていうか私達全員微妙な感じだったわね」 「ん、そうか・・・」 「帰ったら、どうするの?」 「・・・離婚届はもう持ってる。俺の分は記入済みだ」 約束を果たす日が来たのだ。この奇妙な関係に終止符を打つ日が―― 「じゃあ、改めてお願いするわ。―――――私と付き合ってください」 二人で話すときに繰り返してきた会話。でも、今日の返事は意味が違う。 これ以上結論は先延ばしにならない。今、ここで決着がつく―― 「すまん」 「最近のあなた達の関係は兄妹にしか見えなかったけれど、それでも?」 「桐乃はともかく、俺はそう振る舞ってたからな」 「それはどうしてかしら?まさか私に気を持たせるためじゃないでしょうね?」 「違う。・・・・・自分の為だ、自分の気持ちの整理をつけたかったからだ」 黒猫の問いかけにあの時のことを思い出す――桐乃への思いを自覚したときのことを。 不思議なものだ。桐乃に対してどう思っているか、それを自覚してから急に怖くなった。 あいつと“兄妹”でいられる時間が残り僅かになっていたことが―― 桐乃が大人になるまで俺が桐乃を守る――兄として当然のことだ。だけどその後は? 本当の兄妹だろうとそうでなかろうと、そこまではきっと同じだ。だけどその後は? 一緒に居られなくなることが怖かった―― 今までと同じでいられなくなることが怖かった―― そしてそれと同じくらい“今”が愛しくなった。桐乃の兄貴としていられる日々が――   『“妹”まで失くしちゃったワケじゃん』 あいつに言われて気が付いた―― 自分の居場所が消えてしまったことに、それに気が付かないふりをしていたことに。 ――そして、桐乃が俺を守っていてくれていたことに―― 「・・・両親への恩返しの意味も含めてさ、兄貴の責務を全うしたかったんだ」 「理由がそれだけなら今日から私とまた付き合っても問題ないはずでしょう?  誤魔化さずにはっきり言ったらどうなの。私はそんな臆病者を好きになったつもりはないわ」 「・・・・・桐乃のことが好きなんだ」 はっきりと口に出して言うのはこれが初めてだ。その相手が黒猫とはまったくもって俺らしい。 「いつから?」 「――たぶん、ずっと昔からなんだろうな」 あやせにも話したこと。結局俺はあいつから目を逸らすことなど出来なかった―― 「それってただの家族愛ではないのかしら?」 「だとしても、俺は桐乃を選ぶよ」 ――赤城の言葉を思い出す。 俺は誰と一緒に居たいのか?――シンプルに自分の気持ちを考えるとこうなるんだ。 「ふう・・・、こうなることはわかってたけれど、面と向かって言われると結構キツイわね」 「わかってた?」 「そうね、例えばだけれど、あの夏の日に私ではなく沙織が告白していたらどうしてたかしら?」 「な、なんだよそれ」 「いいから想像してみて頂戴」 「・・・・・断らなかったんじゃねーかな?」 よくよく考えたら沙織は外見も中身も相当いい女だよな? 美人でスタイル抜群、雰囲気を敏感に察知して細かな気配りも出来る。――なにより優しい。 あの時の俺ならまず間違いなくOKしてただろうな・・・ 「結局そういう事よ、私と付き合ったのだって“断る理由がなかったから”でしょう?」 「そ、そんなことは無い!ちゃんと好きだったさ!」 「いいのよ、わかってるから。あなたは誰にでも優しい。相手が妹の友人ならなおさらね」 思い切り突き離すような落ち着き払った黒猫の態度に気圧される。 「とどのつまり、私は“妹の友人”から抜け出せなかったのよ――」 黒猫のセリフを否定できない―― 桐乃の友達ってだけじゃない、俺にとっても大事な友人なんだ。それは間違いない。 でも、そう言ったら恋人だったことを否定するみたいで何も言えなかった。 「ねぇ、付き合っていた時のことを覚えてる?」 「当たり前だろ」 「・・・あの日、『これからは名前で呼んで』って頼んだわ」 「そうだったな」 「ふふ、それからあなたは私のことを瑠璃って呼んでくれるようになった。  でも心の中ではずっと“黒猫”って呼んでいたのでしょう?  最初はそう呼んでくれと自分が言っていたのに・・・変よね、それが悲しかったわ」 「や、たしかに二人の時以外では黒猫って呼んでたけどさ、それは照れ臭かったからで・・・」 「いいのよ、変に誤魔化そうとしないで。優しさのつもりかもしれないけれど、かえって嫌味よ」 返す言葉が見つからない――あの夏の日、もっと真剣に考えて返事をしていれば・・・ 「端的に言うと早い者勝ちみたいな状態だったのよ、あの時のあなたは。  まったく人の気持ちだけではなく、自分の気持ちにもとことん鈍感な人だこと」 「返す言葉がねーよ・・・」 自分の気持ちを自覚するのにどれだけ時間かかってんだよって話だ。 「ま、私も人のこと言えないけれど」 「え?」 「・・・桐乃にあなたと別れなければ絶交って言われたのよね」 「言ったらしいな」 「あの後あなたに友人3人と恋人1人を秤にかけたって言ったわよね?」 「覚えてるさ」 「あれは本当に本音だったかも」 「・・・・・」 「ショック?」 「いや、むしろそう言ってくれた方がありがたいな」 いいから私のことはもう気にするな、と。そう言ってくれてるんだろう? 俺の優柔不断な態度のせいで皆に迷惑をかけた。 思えば麻奈実のこともそうだったな。かなり昔赤城の奴にも言われたっけ・・・ 「何を浸ってるのかしら?帰ってからが本番でしょう?」 「あ、ああ、そうだよな」 「この数年で桐乃の気持ちが変わっていたらどうするのかしら?」 「お、脅かすなよ!」 「ありえなくもないんじゃないかしら?この4年間、あなたを諦める努力をしてたかも知れないわよ?」 「そんな後ろ向きな奴に俺は惚れたりしねーよ」 「――はいはいご馳走様。犬も食わない兄妹喧嘩から夫婦喧嘩になる日も近そうね」 「まだ給料二か月分しかもらってないからもうチョイかかる」 「あきれた気の早さね。そんな事なら離婚する必要ないんじゃないの?」 「その疑問はもっともだと思うけどよ。なんつーか・・・ケジメ?」 「私に聞いてどうするの。どこまで優柔不断なのよあなたは」 「はい、すみません」 俺も離婚する必要ないって思わないわけじゃない。でも、桐乃や黒猫との約束もある。 それに、桐乃と俺は今日まで夫婦というより家族だった。だから兄妹としての日々をちゃんと過ごすことが出来た。 その関係を違ったものに変える為に、目に見える形や区切りが欲しい。 「・・・・・まあ、その理由とやらは桐乃に直接言ってあげなさい。私は聞かないであげるわ」 「おう、ちゃんと話す」 「それじゃ気を付けて帰りなさい」 「お前はどうするんだ?」 「もう少し、ここに居るわ」 「そうか、あんまり遅くならないようにな」 「余計なお世話よ」 「友達の心配するのは当たり前だろ」 「・・・・・そうね、ありがとう」 会計を済ませて店を出る――外もう暗くなり始めていた。 prrrrrr… prrrrrr… prrrrrr… 『はい、もしもし』 「話は済んだよ」 『して、首尾の方は如何に?』 「わりぃ、約束守れなかった」    『拙者の大事な友人たちを悲しませたりしたら承知しませぬよ?』 何度も言われたことだったけど、無理だった。 店を出る時、気付いたけど気付かないふりをした。あの涙に―― 『・・・仕方ありませんね』 「後を頼んでいいか?」 『頼まれなくとも、拙者は友人を見捨てたりはしませぬ』 「ありがとう」 『では、また後日――』 電話を切って家に向かう――帰宅するのにこんな緊張するのは生まれて初めてだ。

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