沙織「タイが曲がっていてよ」:174

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74 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:51:27.01 ID:MjI6d/rI0 妹の親友にして、あの妹と同格の存在。 いまやカリスマモデルとしての評価と地位を不動のものにしている マイラブリーエンジェル、こと、新垣あやせ。 いや、今となってはそんな事言える年じゃないんだけどさ。 もうねえ、俺もあやせも大学生ですから。 ラブリー(笑)エンジェル(爆)ってなもんだ。 しかし、桐乃がそうであるように、あやせもまた美しく成長している。 そこは純粋に凄いと評価すべきだろうな。 子どもの頃は散々その容姿をもてはやされた人間が 成長してみるとてんで大した事なくなってる、なんてのはよくある事だと 俺はこの業界にそれなりに長く触れる間に何度も目の当たりにしてきたんだ。 175 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:52:08.93 ID:MjI6d/rI0 「おい、まだ……やんのか……」 「決まってるじゃないですか、京介さん。何これぐらいで音を上げているんです?」 情けないくらい息を乱して訴えた抗議は無常につっかえされた。 あやせは汗こそかいているものの、まだまだ余裕たっぷりという感じだ。 「ほら、良いじゃないですか。もう1回やりましょう」 「うっ……い、いや……俺は遠慮したいなー、なんて」 「は? 何言ってるんですか? この私が誘ってるんですよ?  それを拒むとか頭おかしいんじゃないですか?」 「わ、わかった! わかったよ! わかりましたから!」 半ば、いや、全ばとでも言うのか(読み方など知らん) とにかく強引に俺から口上の同意を取り付けたあやせは嬉しそうに器材の方へ歩いていく。 断じてベッドとかじゃない。 ここはフィットネスジム。週3回、あやせはジムに通っている。 そして俺は毎回それにつき合わされているのだ。 あくまで『仕事』として。 176 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:52:59.70 ID:MjI6d/rI0 俺が大学2年の時、1つの転機が訪れた。 久々にあやせからメールが届いた事に歓喜しながら受信したそれを開いてみると そこには短く本分が記されているのみだった。 『今、人生相談お願いできませんか』 矢も盾も取らず、とはこういう場合に使うのか。 俺は全力で部屋を飛び出した。 場所なんて書かれていなかったが、アイツの人生相談と言えば『あの場所』しかない。 そしてその予想はバッチリ的中した訳だ。 公園のブランコに、あやせは座っていた。 その背中はとても寂しそうで、悲しそうで。 俺は声をかける事も、近づく事も躊躇った。 それでもあやせの方は何か感じたらしい。 ちらと俺の方に目をやった。 「あ……」 「……よう」 どことなくホッとしたような、そんな顔。 1人にされた子どもが迎えに来た親を見るような、そんな顔だった。 「場所なんて言ってなかったんですが」 「お前の相談なんて、ここ以外で受けた事ないだろ?」 「それも……そうですね」 177 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:53:41.92 ID:MjI6d/rI0 当時あやせは高校2年。初遭遇から3年が経過している。 これがビックリするほど綺麗で、いや、それは中2の時も思っていたが あの頃に比べてほぼ完全に子どもっぽさ、あどけなさと言うものが抜け 大人の女としての魅力すらまとい始めていたのだ。 そんなあやせの憂いた表情にどきりとしたが、今はあくまで相談だ。 俺は安心させるように、ゆっくりと近づき、2つ隣のブランコに腰掛ける。 「……」 「……」 こちらから切り出してやるのは簡単だ。 「どうした?」「なんかあったのか?」 でも、それはズルだ。 誰でも人が他人に何かを相談するってのは割と一大決心するもんだ。 まして、あやせが桐乃でなく俺に。 それは間違いなく一大決心だったろう。 だから、俺からは聞いてやらない。 あやせから、自分から言い出せるまで、辛抱強く待った。 「……モデルの仕事を、辞めるようにって、母から言われたんです」 沈黙は長くなかった。この辺は意志の強さから来るものだろうか。 「ほう」 「今までは大目に見てきたけれど、もう受験の準備を始めなさいって。  そのためにはモデル『なんかに』うつつを抜かしている場合じゃないでしょうって」 「……なるほど」 178 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:55:00.48 ID:MjI6d/rI0 あやせの母は頭が固い。しかも視野がだいぶ狭い事は分かっていた。 それまでにも何度か相談を受けたが、大体桐乃か母親が絡んでたからな。 「私は辞めたくないんです。モデルの仕事は好きだし、桐乃とも一緒にいられるし」 「まあ確かに、もったいないよな。お前らの人気すげーもん」 「でも、母はそうは思っていません。むしろその人気が仇になっているみたいで」 「ん?どういうこっちゃ」 そこで少し口ごもったあやせだったが、1つ深呼吸して話しを続けた。 「インターネットの掲示板とかで、私の事を、その、  い、いやらしい目で見る人の書き込みがすごい多いらしいんです」 「あー……」 絶句した。思い当たるフシが山ほどある。 というか、つい先日桐乃や黒猫、沙織たちとそのスレッドを見たばかりだったのだ。 『げーキモっ!アタシらはお前らのためにモデルやってんじゃねーっての』 『モデルだろうが何だろうが、抜けるものでヌく。彼らの常でござるよ』 『低俗極まりないわね。わざわざ検索して見つける方も見つける方だけれど』 桐乃もあやせも。今では男どものオカズとしての地位まで確立している。 そりゃ腹立つよ? 可愛くないとは言え、俺の妹と、マイラブリーエンジェルあやせたんで ティッシュを無駄遣いして環境破壊を促進するような輩にはムカつきますけどね。 でも、そんなのどうしようもねーじゃん。送信者と受信者。そこには明確な差がたくさんあるのだ。 179 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:55:51.31 ID:MjI6d/rI0 「それで、けがらわしい、みたいなイメージをモデルに対して持つようになってしまったみたいで」 「なるほどなぁ……」 「それに、確かに最近モデルの仕事が忙しくなって、勉強が疎かになってきている部分もあるんです」 悔しそうに告白する。 そりゃそうだろう。俺に自分の欠点を明かすなんてな。 「まだ成績は維持できていますけど、次の定期テストではどうなるか……」 「つまり、不安な訳か」 「はい」 まとめると問題は2つ。 純粋に母親が娘を守ろうとちょっと行き過ぎた義憤にかられている事。 そして、勉強が疎かになりつつある事。 この2つをクリアできれば、なんとかなりそうだ。 「勉強は良いとして、問題はお母さんのほうだな」 勉強なら俺や麻奈実(というかほぼ麻奈実)も見てやれる。 俺の手柄ではないが、アイツは良い先生だからな。きっと大丈夫だろ。 ふと、思いついた俺は自分の仲間内で最も頼りになるヤツに電話をかける事にした。 「……お兄さん?」 180 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:56:54.25 ID:MjI6d/rI0 2回目のベルが鳴り終わる前に、がちゃりという効果音。 『もしもし、京介氏でござるか?』 「よお、沙織。遅い時間に悪いな」 『いえいえ。決して。京介氏からの電話でしたら何も問題ござらん』 相変わらず嬉しい事を言ってくれるヤツだ。 『して、今日はどのような?』 「ああ、ちょっと聞きたいんだけどさ。こないだ2ちゃんで桐乃のスレ見ただろ?」 『ええ。ですがああいったものを気に病む事はありませんぞ』 「それは分かってはいるんだけどさ。いや、あーいうヤツらって、  どんな事でショックを受けるんだろうと思ってな」 ふうむ、とやや考えた沙織が俺に教えてくれたものとは。 181 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:57:58.47 ID:MjI6d/rI0 「オッケー。分かった。それくらいならなんとかやれそうだ。  助かったぜ。ありがとな、沙織。恩にきる」 謝辞を伝えて通話を終了。 あやせを見ると、何故か先ほどまでの不安の表情に加えて、不満の色が混ざっていた。 ……別にあやせの名前は出してないし、プライバシーは守ったよな? もしかして桐乃もそういう目で見られていると、今の電話で察したのかもしれないな。 コイツは桐乃教信者ナンバーワンだし。 「とりあえず、手は考えたぜ」 「……ホントですか?私には女性と楽しそうにお喋りしているだけのように聞こえましたが」 「な、何勘繰ってんだよ」 「別に」 ……コイツはホントにわからんぜ。俺も20歳になるけどいまだに女心はサッパリだ。 「じゃあ作戦は3つだ」 182 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 10:58:41.16 ID:MjI6d/rI0 1週間後。 あやせから1通のメールが届いた。 『母からOKをもらえました♥』 目を疑ったね。だってハートマークですよ。 あやせが絵文字を使うのだって未だに新鮮なのにハートマークって。 まぁ、何にせよ、よかった。勉強に関してはこれから少しずつやっていけば大丈夫だろう。 あやせと麻奈実は俺よりよっぽど仲良いっぽいしな。 良かったな。と返信するとすぐにあやせから電話がかかってきた。 多少訝しく思ったが、出ない理由は何もない。 「もしもし」 『よかったな。ってそれだけですか?なんかひどくありませんか?』 えー……なんかいきなりいちゃもん付けられたんですけど……。 「いや、それ以外になんて言えば良いんだよ……良かったじゃん」 『それはそうですけど……』 なにやらブツブツ言っているがうまく聞き取れない。 184 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 11:01:52.53 ID:MjI6d/rI0 「ただまぁ、ちょっと荒療治だったけどな」 『でも、事務所の方々も感謝してましたよ。やっぱり思わしくなかったみたいですから』 そりゃコラージュとか横行してたもんな、あのスレ。 事務所としては、そういう画像がネット上に転がるのはイメージダウンになりかねない。 グラビアアイドルなら男を興奮させるのが目的だから黙認されんのかもしれねーけど。 さて、種明かし。俺たちが何をしたかと言うと。至って簡単で。 あやせが男と一緒に買い物している画像を1枚、わざとネットに流したのだ。 『あのスレの流れを見るに大半は処女厨と呼ばれる集団でしてな』 「処女厨?」 『はい。要は、対象の女性が自分以外の異性と結ばれていないと盲信的に妄信しているのです』 「……なんか救えないヤツらだな」 『しかし、それこそ正に信仰的ですぞ。だからこそ、あれだけの熱意を持ってコラを作ったりできるのです』 誰にでも、簡単にできるというものではござらん。と沙織は続ける。 『だから、例えば京介氏と一緒にいる写真などが彼らに露見すれば、少なくとも処女厨たちは  手のひらを返したように見向きもしなくなるのでござる。男の影は禁忌でごある故』 「でもそれってイメージダウンに繋がったりしねーか?」 『時と場合、そして事務所の戦略と対応次第でござる。今回は世の女性を見方につける事が肝要。  モデルならネットの一部の男性から疎まれても、女性の同情を買えれば勝ちでござる』 嫌な言い方ではございますが、と少し困ったように言ったが、そこは否定した。 185 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 11:02:34.42 ID:MjI6d/rI0 「いや、分かったぜ。俺が一時矢面に立てば良いって訳だ」 『詳しくはPCの方のメールに資料を添付します故。そうですな。明日の夜にでも確認してくだされ』 「何から何まですまねえな」 『いやなに。京介氏の頼みとあらば。それでは可愛い彼女のため、頑張ってくだされ』 アイツめ。桐乃の話ししか切り出していないのに、気づいていやがったのか。 いや全然彼女でもなんでもないんだが。悪い気はしないけどな! で、次の日メールに添付されていたのはパワーポイント形式のファイル。 そこには画像流出の手順から事務所、当事者の対応がフローチャート形式で説明されている。 『元々あったものを今回のケースにあてはめて拙者のアレンジを加えたでござる』というそれは 素人目にもしっかりできていて、俺はすぐさまそれをあやせに転送した。 事務所の反応は早く、そしてそれ以上にネットの反応は早かった。 3日後には画像が流出、例のスレでは『なんだよ男いたのかよ』と嘆いて去る者が後をたたず あっという間に過疎スレ化し、昨日にはdat落ちしたのを確認した。 彼らは懸念されていたほど暴走せず、新たな嫁探しに出向いたようだった。 『それで、なんですけれど』 「ん?」 『事務所の方が、その、お兄さんに、私のマネージャーを前提に入社しないか?と』 「……マジで?」 正式なお話は今度直接会って、という事ですが。とあやせは続け、そして現在。 内定どころか確定を頂いてしまった俺は氷河期と呼ばれる就職活動を経験しないまま この時期に至って、あやせとジムに通ったり、現場に入らせてもらったりしている。 世の中、何がどうなるか分からないもんである。 186 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 11:03:18.35 ID:MjI6d/rI0 ちなみに、あやせの母親は、ネットが沈静化した事と、モデルの仕事の現場に呼んで仕事振りを見せ さらに会社や現場でのあやせの評価を聞いた事で心を改めた。 どんな仕事でも真面目にやってるヤツは一定の尊敬を持たれて然るべきだよな。 職業に貴賎はないって事を改めて強く認識したもんだ。 「……さん、お兄さん」 「ん? わり、なんだ?」 「もう、やり過ぎですよ。規定の回数はとっくに超えてます」 はたと我に返る。そう言えば今はジムにいるんだったっけ。 「お兄さんって、意外と何か始めるとハマるというか、集中しますよね」 「ものによるな。身体を鍛えるのは嫌いじゃないし」 「確かに」 そう言って、あやせはつつっと俺の二の腕を軽くなぞった。 「なっ、なななな何してんだよ!」 「いえ、引き締まった良い腕だなと……」 「よせやい。腕を誉められてもそんなに嬉しくない」 「あら」 ……今、なんかあやせの目がキラリと光った気がするのは錯覚だろうか。 187 : 以下、名無しにか - 2010/11/12(金) 11:04:18.86 ID:MjI6d/rI0 「なら、じゃあお腹、胸、背中、腰まわり、お尻、腿なら嬉しいんですか?」 人差し指を胸から腹にかけて沿わせるように動かしていく。 「ば、ばばばばっかやろ……」 イチイチどぎまぎさせるヤツである。ていうかなんかもうエロい。 「はむ」 「なんで口に咥えてんだよ!」 自分の指を、である。俺の腕や胸、腹をなぞった右手の人差し指。 「味と匂い、覚えましたからね?」 「……は?」 そしてピトリと、俺の唇に人差し指を押し当てた。 「今後、他の女の匂いなんかさせたら、即刻クビですから。気をつけてくださいね、『京介さん』」 「……ッ!?」 妖艶にすら微笑んで、更衣室へと踵を返すあやせの後姿を、俺は呆然と見送る事しかできなかったのだった。 終わり

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