252 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:35:33.33 ID:K/Nzm0co [6/16]
「ふぅ…なんとかバレずにすんだな」
「うん。あやせにばれたら取り返しのつかないことになるとこだった…」
コミケからの帰り道、俺達はあやせに遭遇してしまった。
しかし、運よくこちらが先にあやせの姿を発見できたこともあり、黒猫達に荷物を預けることで桐乃のオタバレを回避できたってわけだ。
もし、あやせに先に見つけられてたらと思うとぞっとするよ。
「後で、あいつらにもお礼言っとかないとな」
「いちいち言われなくてもわかってるっての。後で電話しとくから」
「さいですか」
――――――――――――――――――
夏休みも終わろうかとしている頃、唐突に俺の携帯が鳴った。
画面を見てみるとそこには『あやせ』の文字。
届いたメールを開き内容を確認すると、そこには『13時に○×公園に来てください』と書かれていた。
なんだろう…猛烈に嫌な予感がする。
あのお人好しそうな少女がこんな事務的な文章のメール送ってくるってことは……
「……………まさか桐乃のオタク趣味がばれたのか?」
一見完璧に見える桐乃だが、たまにとんでもないドジをやらかすことがある。
追い詰められるとテンパってしまって間抜けな発言をしてしまうことも少なくない。
何かの拍子にオタク趣味がバレてしまったことも十分考えられた。
「そういえば桐乃のやつ、昨日どっか出掛けてたな…まさかその時に何かやらかしたか?」
そもそも俺や親父にオタク趣味がばれてしまった原因も、遊びに行くついでにメルルのDVD持ち出したのが原因だからな…
あやせに鞄の中身を見られて……
「ち、違うのあやせ!これは…そう!あ、兄貴がどうしても行ってこいって!」
テンパってしまって思わずこんな言い訳をしてしまう姿が容易に想像できてしまう。
「はぁ…仕方ないか……今何時だ?」
ぼやきながら時計を見つめ、覚悟を決めるための残り時間を確認する。
「げ…あと30分しかねえじゃねえか」
結局覚悟を決めるための猶予も与えられないまま、俺は桐乃のドジの尻拭いへと出向くのだった。
253 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:36:44.73 ID:K/Nzm0co [7/16]
俺が公園に到着する頃にはあやせはすでに到着しており、俺の姿を見とめると手を振りつつこちらに駆け寄ってきた。
あれ?なんか上機嫌っぽいな。俺の心配は的外れだったかな?
「急に呼び出しちゃってごめんなさい。忙しくなかったですか?」
「大丈夫だ、暇だったから気にすんなって」
どうやら上機嫌なのは俺の気のせいではないようだった。
ん?じゃあなんで俺を呼び出したんだ?
まさか、こんな美少女が俺なんかにデートのお誘いってこともないだろうし。
俺がありもしない妄想に考えを巡らせていると、あやせがその件に関して語りだした。
「お兄さん、人生相談があります」
「え?俺に?説教じゃなくて?」
「説教ってなんですか。あんまり失礼なこと考えてると怒りますよ?」
そう言うと頬を少し膨らませて不機嫌をアピールするあやせ。
やばい、この子超かわいい。
3つも年下の中学生相手だというのに不覚にもドギマギしてしまう。
桐乃や黒猫も確かにかわいいが、この子はまた違ったかわいさがある。
お、落ち着け俺。ここは年上らしく頼れるって所をアピールするんだ。
「悪い悪い。でも…なんでまた俺なんだ?」
冷静になって考えてみれば、知り合ったばかりの俺に人生相談する理由が見当たらない。
人生相談であれば人生経験豊富な両親等の大人や、悩みを共感してくれそうな桐乃のような同級生に頼むのが普通だろう。
じゃあなんで俺に?少し年上の男性じゃないとまずい理由でもあるんだろうか?
「実は桐乃がお兄さんのこと話してるのを聞いて……それで」
「桐乃が?」
いやいや、ちょっと待ってくれ。
あいつが俺の話?その時点でもうやばいじゃないですか!?
『あの駄目兄貴が最近またセクハラしてきてさぁ…』
『あいつの変態っぷりも堂に入ってきてて…』
こんな会話がなされていたかと思うと泣きたくなってくるな。
「……その理由を聞いて増々わからなくなったよ」
「えっ?なんでですか?桐乃ってば最近はいっつもお兄さんの話ばっかりですよ?」
うおおお!もうこれ以上俺の心を痛めつけるのはやめてくれ!!
このままじゃ俺のイメージが変態で固定されちゃう!!
254 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:37:58.33 ID:K/Nzm0co [8/16]
「お、お兄さん!?なんで涙目になってるんですか!?」
くそっ…桐乃め……俺になんの恨みがあって……
「……ちなみに普段桐乃は俺のことなんて言ってるか教えてもらってもいいか?」
ここまで来たら確認せざるを得ない。
怖いもの見たさってやつもあるが、このままモヤモヤし続けるよりはいっそのことバッサリいってくれた方がよっぽどいいからだ。
「そうですね…お兄さんが最近妙に優しくて世話焼いてくれるとか……変なところで頼りになるとか……」
え?嘘でしょ?
「嘘じゃないですよ?さすがにさっきの通りの言葉じゃないですけど、伝えようとしていることは合ってると思います」
まさか…そんな……
だって…あいつは口を開けば憎まれ口ばっかりで、不満ばっかりぶつけてくるあの桐乃が?
「だから、私もお兄さんに相談しようって思ったんです」
「そうだったのか…そっか……あの桐乃が」
くっ…不覚にも感動してしまった。
ずりいよ、こんな不意打ち。
「で、私の相談内容なんですけど……わ、私の彼氏になってくれませんか?」
「えっ?」
「あ、あの…ダメですか?」
心配そうな表情で俺を見つめてくるあやせ。
その顔はうっすらと上気しており、目は少し潤んでいる。
「ダ、ダメというか…その、俺達知り合ってまだ間もないし……そういうのってやっぱりもっとお互いを知り合ってから……」
「え…あ!ち、違うんです!こ、これはには理由が!理由があるんです!!付き合って欲しいとかじゃなくって!」
両手を振って全力で否定するあやせ。
なにもそんな力の限り否定することなくね?
そもそもさっきの言い方で勘違いするなって方が無理だよ。
「じゃあ、一体どういうことなんだ?」
「それはですね……」
255 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:39:29.49 ID:K/Nzm0co [9/16]
「つまり、俺に彼氏のフリをしてあやせの友達に会えと?」
「その通りです」
「一体何がどうなったらそんな事態になるんだよ……」
今どきの女子中学生の考えることはわからん。
いや、今どきでなくてもわからないし、女子高校生の考えることだってわからないけどさ。
「じ、実は……」
あやせの話によると、昨日モデル友達に彼氏がいないことをからかわれたそうだ。
なんでも、あやせは前々から彼氏はいないと宣言していたようなのだが、
「モデルやってて彼氏できないとかありえなくない?」
とか言われちまったらしい。
で、売り言葉に買い言葉で、
「わ、私だってもう彼氏くらいできたって!」
なんてことをついつい言っちまったそうだ。
誰だよ、俺のあやせたんにそんなビッチ思想を植え付けようとしている奴は。
それにあやせの場合できないというよりは作らないといった方が正しいだろう。
「事情はわかった。でもほんとに俺でいいのか?あやせならもっとかっこいい知り合いだっているだろ?」
「私はお兄さんがいいんです。あ……ひょっとしてもう誰かとお付き合いされてたりとか?」
「いや、それはない。まぁ、あやせがいいのなら喜んで協力させてもらうよ」
「ありがとうございます!じゃあ詳しい日時ですけど……」
「わかった。じゃあその時間に」
「はい、お願いしますね」
さて今後の予定も決まったところで、俺はあやせに確認しておかねばならないことがある。
桐乃はこのことを知っているのかって事と、例のモデル友達は俺を桐乃の兄と知っているのかって事の二点だ。
あやせのモデル友達であるならば、読モである桐乃とも知り合いである可能性が高い。
口裏合わせはしっかりやっておかないとね。
256 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:41:00.63 ID:K/Nzm0co [10/16]
「桐乃は知ってますよ。お兄さんを一日借りたいって言ったらすごい渋い表情になってましたけど。
お兄さんを取られるのが相当嫌みたいですね」
その時の桐乃の表情を思い出したのかクスクスと笑うあやせ。
残念だったなあやせ。悪いがそれは勘違いってやつだ。
桐乃が渋い表情をした原因は、間違いなくおまえのことが心配だからだろう。
俺がおまえに手を出しやしないだろうかと心配になってるのさ。
…親父に殴られてまで桐乃のオタクグッズを死守したってのに、未だに信用されてないってのも少し悲しいけどな。
まぁ、それと友達のことを心配するのとは別の話か。
「もうひとつの方ですけど、そちらに関してはまだ何も言ってないですからどうとでもなります」
そっか、そりゃ好都合だ。
「でもどうしてですか?」
「ん?何がだ?」
「桐乃が知ってるのかって方はわかります。でももう一つの方をお兄さんが気にする理由が今ひとつわからないんですけど」
「あぁ、簡単なことだよ」
今回はあくまで彼氏のフリなんだから、当然いつかは『あの彼氏とは別れたんだ』と切り出す必要がある。
友人の兄と付き合っててそれで別れたとなると、周りも気を遣ったり色々噂したりするんじゃないかと思ってな。
こんなことが原因で変に気を遣われたりするのも嫌だろ?
「あははは、今どきそんなの気にする女の子の方が珍しいですよ?」
「えっ?そうなの?」
「そうですよ。お兄さんって、なんというか古風ですね」
う、うっせ!ほっとけ!
くっ……まじか……今どきの子は誰が誰と付き合おうと構わないってスタンスなのか。
…ふーん、そっかそっか。
「じゃあ、あやせと俺が実際に付き合うことになっても問題ないわけだ」
「は、話が飛躍しすぎですよ!?」
「はっはっは、冗談だって」
さっき笑われたお返しだよ。
「むぅ……でも、お兄さんってやっぱり想像通りの人でした」
「えっ?」
「一番最初にお会いしたときから、なんだか優しそうな人だと思ってたんです」
257 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:42:59.56 ID:K/Nzm0co [11/16]
一番最初というと……あぁ、沙織がえらいもんを送ってよこした時か。
……あの時のどこに『優しそう』と感じるポイントがあったんだ?
下手したら『妹を襲う変態鬼畜兄貴』のレッテルを貼られてもおかしくない事件すらあったわけだが。
「ふふふ、わからないならいいんです。わからないってことはその優しさが計算じゃないって証拠ですから」
天使のような笑顔で微笑みかけてくるあやせ。
ぐ…自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。
俺は照れるのをごまかすようにあやせから顔をそむけ、
「じゃ、じゃあ時間と場所はさっきのでいいんだな」
「はい!よろしくお願いしますね、お兄さん」
まったく、これで中学2年生だっていうんだから末恐ろしい。
「人生相談があります」
「はぁ?あんたがあたしに?めんどくさっ!」
どうよこの態度。
これが日頃お世話になっている兄に対する態度か?
あやせはあんなこと言ってたが、絶対そんなことないと思うんだよね。
「き、聞くだけ聞いてくれませんかね?」
くそっ…なんで相談する俺が下手に出なきゃならんのだ……
……違う!それであってるんだよ!
間違ってるのは、超偉そうにふんぞりかえって相談を持ちかけてくる桐乃の方だって!
危ない危ない…もうちょっとで桐乃の思想が伝染するとこだったぜ。
「チッ…いつまでもそこにいられても迷惑だし、聞くだけ聞いたげるからさっさと話したら?」
忌々しげに舌打ちをし、俺を見下ろす桐乃。
俺は当然のように床に正座し、ベッドに腰掛ける桐乃様を見上げる体勢となっている。
「い、いや…実は明後日のことなんすけど」
あやせとの約束の日が明後日と迫ったので自室で着て行く服を選んでいたのだが、どうもどれもピンとこない。
ひとしきり悩んだ挙句、俺にそんなセンスは存在しないし悩むだけ無駄だろうという結論に至り
大人しく高坂家が誇る読モ翌様、桐乃に相談を持ちかけたというわけだ。
「……」
あ、あれ?桐乃、なんか不機嫌になってないか?
俺、気に障るようなこと言ってないよね?
258 名前: ◆qPOxbu9P76[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 20:43:44.17 ID:K/Nzm0co [12/16]
「チッ…………あやせが恥かいても困るし、一応見てあげる」
「ほんとか!?助かるよ、ありがとな桐乃」
俺の部屋に移動し、今俺が持っている服を並べると、
「ん~~………これとこれと、これ」
さすが読モというべきか、桐乃はあっというまに服を選び終えてしまった。
しかも素人目に見ても、俺があんなに悩んで考えた候補よりお洒落っぽくなているのが悔しい。
「さすがはモデルだな」
「ふん、あんただって元はそんなに悪くないんだから、気さえ遣えばもっとましに……」
「えっ?」
今、俺を褒めてくれたの?
「な、なんでもない!い、今のは忘れて!!」
首を思い切り左右に振り全力で否定する桐乃。
モデルとしてのプライドのせいか、こいつはファッション等に関しては嘘がつけない奴なのだ。
「にやにやすんな!キモイから!!」
普段なら罵倒にしか聞こえないこの言葉も、さっきの言葉の後だと意味がまるで違って聞こえるから不思議だ。
要は照れ隠しなんだよな。こういうところも黒猫と一緒だ。
おまえ達が仲良くなれたのも頷けるよ。だって似た者同士なんだもの。
「ははは、ありがとな桐乃」
感謝の意を込めて桐乃の頭に手を置き撫でてやるが、すぐさまバシッと払いのけられてしまう。
あ、あれ?照れ隠しってのは俺の気のせいか?
「…一応忠告しとくけど、あやせに手を出したらぶっ[ピーーー]からね。あくまでも他に適当な奴がいなかったからあんたに頼んだだけであって、調子に乗ったらダメだから」
「わ、わかってるよ」
さっきまでの浮かれ気分も吹っ飛ぶような厳しい現実を突き付けてくださる桐乃。
俺も半分わかっちゃいたけど、それは言っちゃ駄目だろ……。
259 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/22(水) 20:46:07.92 ID:K/Nzm0co [13/16]
「この用件が終わったらもうあやせには近づかないこと」
いや、さすがに俺もそこまで言われる筋合いはないぞ?
親友が心配なのはわかるけど、もうちょっと兄を信用してくれたっていいだろ。
まぁ、実際あやせと俺がどうにかなるなんてことは万が一にもありえないだろうし、ここは大人しく従っといた方が得策か。
「へいへい、わかってるよ」
「ふ、ふん、ならいいケド」
そしてあやせとの約束の日がやってきた。
俺は桐乃が選んでくれた服に身を包み、待ち合わせ場所であやせの到着を待っていたのだが、
「いかん、早く着きすぎた」
待ち合わせの時刻までゆうに30分はある。
俺、いくらなんでも楽しみにしすぎだろ。
「お待たせしました、お兄さん」
予定の時刻の10分前にはあやせも到着し、無事合流することができた。
「全然待ってねえよ、じゃあ行くか」
「はい」
適当に歩き出そうかと思ったところで、今日の予定を全く聞いていないことを思い出す。
「そういえば今日の予定は?例のモデル友達とはいつ会うんだ?」
ひょっとして今から会って紹介して即解散とかじゃないよね?
せっかく彼氏役なんて美味しいイベントが発生しているというのに……
「実はすぐそこのお店で待ち合わせしてるんです。さっきもう着いたってメールが来ましたから早速行きましょうか」
ジーザス……なんてこった。
まさか、ほんとになんの派生イベントもなく終了してしまうのか?
それだけは避けたい…避けたいが……、
『あやせに手を出したらぶっ殺すからね』
チッ…わざわざそんなこと言わなくても、チキンハート京介さんは妹の親友に手を出すための勇気なんて持ち合わせてねえよ。
残念ながらな。
260 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/22(水) 20:48:39.97 ID:K/Nzm0co [14/16]
店に入ると女の子の二人組が座っている席へと通される。
やはりモデルというだけあってどちらの子も確かにかわいい。
「へ~、この人があやせの彼氏さん?優しそうな人でよかったじゃん」
「うんうん、ちゃらくなくていい感じ」
「そ、そう?えへへ、ありがとう」
お、意外と好評なのか?
いや、友人の彼氏を本人を目の前にして酷評する奴なんてあんまりいないだろう。
さっきの言葉も額面通りに受け取っていいものかと悩んでしまう。
う~ん、我ながらなんというネガティブ思考。
「でもさ、やっぱり付き合うなら年上だよね」
「あ~、わかる。同い年の男子連中って子供っぽすぎるよね~」
なるほど、そういう補正も働いてるってことかな?
……ひょっとしてあやせもそう思ってたりするのかな……。
気になる。
「今日はご馳走様でした」
二人の思わぬ褒め殺しに気をよくした俺は結局飯を奢ることになってしまった。
ひょっとして乗せられた?
…まぁ、褒めてもらって悪い気はしなかったし、これくらいは気にしないさ。
「じゃあお邪魔虫はこれで帰るとしますか」
「じゃあ、おふたりともお幸せにね~」
そう言い残して二人は駅の方へと歩いて行ってしまう。
それにしても、お邪魔虫って…おまえほんとに中学生か?
俺の隣で手を振っていたあやせがふぅ…と息をついたのがわかった。
「これでよかったか?」
「はい、ありがとうございました。なんとかごまかせたみたいですね」
そうだな。
悲しいけどこれで俺もお役御免ってわけだ。
「あ、あのお兄さん?」
261 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/22(水) 20:49:30.37 ID:K/Nzm0co [15/16]
俺が彼氏役の余韻を楽しんでいると、不意にあやせが声をかけてくる。
あやせの方に視線を移すと、うつむき加減でもじもじと自分の手を体の前で絡ませていた。
「あ、あの…もしよかったらこの後……デートしたりしませんか?」
顎がはずれるかと思ったね。
まさかあやせの方から誘ってくれるなんて夢にも思わなかったぜ。
「え……俺とか?……一体なんでだ?用事は終わった……よな?」
「だ、だってせっかく桐乃から一日お兄さんを借りたのに、このまま帰っちゃったらもったいないじゃないですか…だ、だからその……ダメですか?」
両手を組み、上目使いでお願いしてくるあやせ。
その顔はどこか心配そうな表情をしている。
あぁ、なんでこの子の仕草はこんなにもかわいいのか。
きっとあれだ。天使だからだな。
「駄目なわけがないだろ?あやせとならどこへでも行くさ」
できる限りキリッとした表情を作り、爽やかに答える俺。
「ふふっ、ありがとうございます」
こうして俺達は二人でデートに出掛けたのだった。
333 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:22:01.08 ID:F86hgQUo [4/12]
「そういえばあんた…最近あやせとちょくちょく出掛けてるらしいじゃん」
「えっ?」
間違いなく俺の人生の中で最も濃かった夏休みも明け、秋も深まり少し肌寒さを感じるようになってきた頃、
いつもの4人組で我が家に集まって遊んでいると突然桐乃がそう呟いた。
「いきなり何を言い出すんだおまえは」
確かに最近はあやせと二人で出掛けることも珍しくはなくなったけどさ。
「へ、へぇ…その話私も詳しく聞きたいわ」
「拙者も是非!そのあやせ氏がどんな方なのかは存じませんが…いや~、京介氏もすみに置けませんなぁ」
カラカラと声をあげて快活に笑う沙織とは対照的に黒猫は若干顔が引きつっている。
「あんたどういうつもり?あたし、あやせに手をだしたらぶっ殺すって言ったよね?」
眉間にしわを寄せ、今にも噛みつかんとばかりに詰問してくる桐乃。
「どういうつもりもねえよ。あやせの方から誘ってくれたから遊んだ。それだけだ」
あれ以来、俺とあやせは人生相談の名目でたびたび出掛けるようになっていた。
正直かなり仲良くなれたし、そろそろ何かしらのイベントが発生してもおかしくないと思ってるんだよね。
「ほほう!京介氏モテモテですな!ただでさえこんな美女3人に囲まれているというのに…それでは飽き足らずまだ追加なさるおつもりで?」
追加ってなんだ!?おまえの中で俺はどんな評価なの?
……俺ってそんな軽薄そうに見えるかな。
あと沙織の奴、さりげなく自分も美女としてカウントしてやがる。
まぁ素顔は見たことないし、ひょっとしたらすごい美人なのかもしれないけどよ。
だとしたらその眼鏡のせいで台無しだよ。今度俺のおススメの眼鏡教えてやろうか?
「……とんだ変態ね」
ぐっ…黒猫までそんな言い草を!
334 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:24:23.89 ID:F86hgQUo [5/12]
…桐乃の腹が読めたぞ。
わざわざ4人集まった時に話すことで、こいつらにも俺を糾弾させようってことだな。
まずい…今の所桐乃の計画通りじゃないか。
沙織のは糾弾とはちょっと違うが、変態扱いされてるのには変わりない。
「そのあやせって子、この子の同級生なんでしょう?ふっ…とんだロリコンもいたものね」
黒猫はそう言って、嘲るような視線をこちらに寄越す。
「俺はロリコンじゃねえし、それにあやせにしたって3つ年下なだけじゃねえか」
「口答えすんな!とにかく、もうあやせには近づかないこと!あんたみたいな変態といたらあやせがおかしくなるでしょ!!わかった!?」
なんでおまえにそこまで言われなきゃならんのだ。
っていうか変態度でいえばおまえの方が圧倒的に上じゃねえか。
「チッ…俺が誰と仲良くなろうがおまえには関係ないだろ。それに、俺といたらおかしくなっるてどういう意味だよ」
「そのまんまの意味でしょ!」
売り言葉に買い言葉。
いや、確かに下心がなかったとは言わないよ?
あやせみたいな美少女ともっと仲良くなれたらなぁなんて思ってましたよ。
でもだからって、なんで有害指定図書みたいな扱いを受けなければならないんだ。
いくらなんでも理不尽すぎるだろ。黒猫まで一緒になって小馬鹿にしてくる理由もわかんねえしよ。
桐乃にしても、いくらあやせのことが心配だからって言い方ってもんがあるだろ。
…もう我慢の限界だ。付き合ってられるか。
「おまえら……いい加減にしとけよ」
普段の会話する時とは違う一段低くした声でそう呟き、桐乃と黒猫をじろりと睨みつける。
「さっきから言いたい放題言いやがって……おまえらの勝手な妄想で馬鹿にされる俺の気持ち少しでも考えたことがあんのか?」
あるわけないよな?もしあったなら、あそこまでひどい事言えるわけがねえもんな!
「あ…」
黒猫は俺が本格的にキレたのを悟ったのか、一瞬目を見開いたかと思うと膝の上で手を握り、そのまま俯いてしまう。
普段の俺なら多少の罪悪感を感じることもあったんだろうけど、ここまで馬鹿にされて今さら相手のことを気遣う気になどなれない。
それに、俯くより謝る方が先なんじゃねえの?
「きょ、京介氏落ち着いてくだされ!お二人とも悪気があってあのような……」
「じゃあどういうつもりだってんだよ」
335 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:25:21.28 ID:F86hgQUo [6/12]
沙織があわててフォローに回るがもう遅い。
ひとたび露わにしてしまった怒りは中々消えてはくれない。
しかし、泣きそうな表情になっている黒猫が視界に入り胸がチクリと痛んだのも事実で…
「……後はおまえらだけでやってくれ」
結局俺は怒りを発散させることもできず、腹の底に沈殿させたまま自宅から出ていくことになった。
今、俺の感情は怒りと罪悪感と少しの後悔とがないまぜになっていて、これからどうしたいのか自分でもよくわからない。
「仕方ねぇ…公園でも行ってのんびりするか」
勢い込んで出てきたせいで財布は忘れてきてしまったし、なにより今は落ち着ける場所に行きたかった。
俺が最も落ち着ける場所といえば田村家なのだが、さすがにこんな気分のまま麻奈実に会うことなんてできないしな。
とりあえず公園で一息ついて……それから怒りが多少まぎれたら家に戻って一応あいつらに謝って……。
チッ……なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。
……だけど仕方がない。
一応俺は年長者で、年下の女の子相手に怒りをぶつけてしまったことは確かなのだ。
出ていく際に見た黒猫の表情が頭をよぎる。
「あの態度はさすがにまずかったかなぁ…………はぁ、なんにしてもまずは落ち着こう」
公園のベンチに腰掛け足を放り出して空を見上げる。
「……のど…渇いたな」
このベンチの裏手、目と鼻の先に自販機はあるのだがいかんせん財布がない。
「はぁ……どうしたもんかな」
「はいっ、これどうぞ」
「ひいっ!?」
ぼーっとしてると急に首筋に暖かいものを押し付けられた。
バッと背後を振り向いてみると、
「あやせ!?なんでこんなとこに…それにこれは……?」
「公園の近くを通りがかったらお兄さんの姿が見えたので、びっくりさせようと思って後ろから近付いたんです。そしたら今にも死にそうな声で『のど…渇いたな……』なんて聞こえてきて…」
あぁ、それで気を遣ってくれたってわけか。
さすがマイスイートエンジェルあやせたん。あぁ……俺の荒んだ心に一陣の癒しの風が……。
336 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:27:26.53 ID:F86hgQUo [7/12]
「そっか、じゃあ有難く頂くよ。ははは、俺そんな死にそうな声してたか?」
「はい、あるいはこの世の終わりを悟ったみたいな声と言ってもいいかもしれません」
まじかよ。俺もそんなに沈んでた気はないんだが……
「何かあったんですか?」
「いや、なんもねえよ。大丈夫だ」
あやせにもらった紅茶の缶を開け、そのまま一口二口と喉に流し込む。
素直に白状してしまってもよかったのだが、喧嘩の原因にあやせが無関係ではないこともありそれはためらわれた。
素直に言って『じゃあしばらく遊びに行くのはやめましょう』と言われてしまうのが嫌だったってのもあるけどさ。
「……私ってそんなに頼りになりませんか?」
「えっ?」
そう言われてあやせに視線を移すと、あやせは唇をとがらせて不満を露わにしていた。
「何かあったのは、今のお兄さんを見れば簡単にわかります。……いつも私ばっかり人生相談してもらってて……
だから私もたまにはお兄さんのお役に立ちたいんです!」
そんな風に思ってたのか……。
でもそんなこと気にしなくてもよかったんだぜ?
俺だってあやせの人生相談に付き合うのはすげえ楽しかったしさ。
「う…で、でもたまには私だって」
「ははは、いいんだ。こうやってあやせと話してるだけで悩みもふっとんじまったよ」
今までの鬱屈した気分もすっかり消え去り、俺はいつのまにか笑顔になってしまっていた。
「ありがとな、あやせ。ちょっと今から悩みの原因解決してくるわ」
「……よくわからないですけど、私お役に立てました?」
「おう!じゃあまたな。あ、そうだ。これありがとな」
あやせに貰った紅茶を飲み干し、空き缶をゴミ箱へと放り込む。
「はい、ではまた」
あやせに別れを告げ自宅へと帰ろうとすると、公園の入り口に意外な人物を発見した。
「黒猫!?」
「あ…」
黒猫はこちらを見て固まってしまっているようだった。
337 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:28:55.18 ID:F86hgQUo [8/12]
「お知り合いですか?」
不思議そうな声であやせが俺に問いかける。
そりゃそうだろうな。ゴスロリファッションに身を包んだ女の子と俺との接点など想像もつくまい。
「あぁ、俺の友達だよ」
何が原因で桐乃のオタク趣味がばれるとも限らないので、あやせには俺の友達とだけ伝えておく。
俺があやせに説明している間、黒猫は誰かに電話をかけているようだった。
そして通話を終えるとこちらへゆっくりと歩きだし、俺達の前で歩みを止めた。
「あ…黒猫…さっきは俺が……」
「さっきはごめんなさい!」
「え?」
「え?」
いきなり大きな声で謝罪の言葉を述べる黒猫。俺だけでなくあやせまで面喰ってしまっている。
っていうかおまえ、アニメの話以外でこんな大きな声出せたのかよ。
「く、黒猫?」
「さっきはごめんなさい……あなたの気持ちも考えずにひどい事言ってしまって……私もあの子も無意識にあなたの優しさに甘えてしまっていて……」
顔をあげた黒猫はその瞳にうっすらと涙をにじませていた。
「これは言い訳になってしまうのだけれど、あなたを馬鹿にするつもりではなくって……その……」
そこまで言いかけると、黒猫はこちらへ一歩踏み出してくる。
手を伸ばせば簡単に手が届く距離。
黒猫はスッと手を前に差し出し、俺の袖の裾を握り、
「あ、あなたがどこかへ行ってしまうのが嫌だったの」
え?い、一体どういう意味だ?
そ、そんな顔して見つめてくるんじゃない!照れちゃうだろ!
「お兄さん?これは一体どういうことですか?」
話の流れに全くついていけないあやせは頭の上に疑問符を浮かべて………いなかった。
あれ?ひょっとしてご機嫌斜めですか?目から光彩が消えてて超怖いんですけど。
338 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:31:07.38 ID:F86hgQUo [9/12]
俺があやせに怯えていると一際大きな声が響いた。
「見つけた!」
一々声のした方を確認しなくてもわかる。この声は桐乃だ。
てっきりこいつも反省して俺を探していたものだと思っていたわけだが、
「ちょっとあんた何勝手にいなくなってんの!?探すのちょーめんどくさかったんだから!」
ちょっと期待した俺が馬鹿だったよ。
くっそう……どうしてもこいつには謝る気にはなれん。だが…しかし……。
桐乃はズンズンとこちらに歩み寄り、あろうことか俺の胸倉を掴みあげる。
こいつ…いい加減にしろよ、と喉元まで出かかった言葉は結局発することはできなかった。
「あ、あたしがあの後……どんな気持ちで……うぅ……」
何故なら桐乃が泣いていたからだ。
「桐乃……おまえ………」
「う……ごめん…なさい……あたしが悪かったの。だから……だからどこにも行かないで。
う……うぅ……あたしを嫌いにならないでよぉ………」
俺の襟元を掴みあげた両手にすでに力は入っておらず、振りほどけば簡単に離してしまいそうだった。
「ごめんな」
「え…?」
桐乃の頭に手を置いてそのまま撫でてやる。
俺は兄貴失格だ。
妹を泣かせちまった。しかも黒猫まで巻き添えにして。
だから、ごめんな。
339 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:34:35.74 ID:F86hgQUo [10/12]
「そ、そんなことない!悪いのはあたしじゃん!」
「私達、でしょ?一人で責任を負おうとしないで。私も同罪よ」
黒猫がすかさず桐乃の言葉を訂正する。
おまえらはそう言うけどな、そうじゃない。そうじゃないんだ。
兄貴ってのは妹を守ってやらなきゃならないんだよ。
妹が泣いていたらあやし、落ち込んでたら慰める。
そんな存在でなきゃいけなかったってのに……こんなことになって初めてそれに気付くなんてな。
「黒猫も…悪かったな嫌な思いさせちまって」
黒猫は無言で首を横に振る。気にしていないという意味だろう。
ふっ、なんにしてもこれで一件落着というわけだ。
「お兄さん?一体どういうことか説明していただけますか?」
……やべぇ、完全に忘れてた。後ろ振り返るのが怖いんですけど。
「あ、あやせさん?これにはちょっとした事情がありまして」
「……一体どんな事情があったらこんなことになるんですか」
「…そうだったんですか。すいませんでした。まさかこんなことになるなんて思わなくって」
「気にすんなよ。俺だって思わなかったさ」
4人でベンチに腰掛け、あやせに事のあらましを説明する。
どうやらあやせも分かってくれたみたいだな。
……気になるのは説明している間も、桐乃が俺の傍を離れようとしなかったってことだ。
離れるどころか、俺の左腕を力いっぱい抱きしめていて離す気配すらない。
「桐乃?なんでお兄さんにずっとくっついてるの?」
「あやせ、一応忠告しとくけど、うちの兄貴に手だしたら怒るからね」
えっ?突然何を言い出してんの?
「……お兄さん?確かに以前桐乃のことをお願いしますとは言いましたが、あれはそういう意味でお願いしたんじゃないですよ?」
俺だってそのつもりだったよ!
だからその目で俺を見つめないで!お願いします!!
340 名前: ◆qPOxbu9P76[sage saga] 投稿日:2010/12/23(木) 21:37:47.25 ID:F86hgQUo [11/12]
「ふっ、とんだブラコンもいたものね」
うん、そうだよね。これは桐乃が度を超えたブラコンだっただけだよね。
心によぎる一抹の不安は今は見て見ぬふりをしよう。
「そ、そうだ!沙織はどうしたんだ?」
この異常な状況を少しでもごまかそうと、頭に浮かんだ疑問をすぐさま口にする。
とっさの思いつきだったとはいえ、考えてみれば確かに気になる。
まさかあいつだけ家で待機ってことはないだろう。
沙織の性格上帰ったってことはありえないし。
「よく気づいてくれました!」
「うおおおおおおおう!?」
突如ベンチの裏から現れる沙織。
どこに潜んでたんだおまえは!
「このまま忘れられてしまうのかと思いました…」
しょぼーんと肩を落とす沙織。
「そもそも隠れなきゃよかっただけだろ…」
「そういう突っ込みは野暮というものですぞ。まぁ、何はともあれ一件落着のようですな」
この状況が果たして一件落着と言えるのかは微妙だけどな。
未だに俺の左腕を離そうとしない桐乃に視線を移すと、ちょうど桐乃もこちらも見ていたようでお互いの視線が交差する。
「ふっ…」
「?」
大丈夫。おまえのことはとても嫌いになんかなれねえよ。
左腕に可愛い我が妹の暖かさと女の子特有の柔らかさを感じつつ、俺は内心そう思ったのだった。
おわり
最終更新:2010年12月23日 21:54