そういえば、加奈子が俺を名前呼びしてるのは、桐乃には初耳だったか。
ほんのちょっと前まで糞マネ糞マネ言ってたんだから、急な違いに面食らうのも無理ない。
俺自身ですら初めはそうだったもの。
「こないだの件から妙に仲良いみたいとは思ってたけど……加奈子、どんな心境の変化?」
桐乃のやつが珍しい戸惑いの面持ちで問う。
「ん~、そもそもコイツが加奈子のマネージャー外れるって言い出すからさぁ」
本来ならあの日…俺は加奈子にそう伝えて、我侭娘と雑用係の関係は円満終了。
ひいては二人の繋がりも希薄になり……という流れが当然だったんだろうが。
今となっちゃそんなアッサリとした幕切れは全然現実味が無い。不思議なもんだ。
その辺りの経緯に軽く触れてから、
「マネージャーはもう止めになっちゃったんだし、じゃあ京介でいいっしょって」
「じゃあ、ってのがコイツらしいよな。いきなり呼捨てかよ? とツッコミ入れるか迷ったぜ」
まぁ、実のところ加奈子が俺を呼ぶ時は未だに「なあ」とか「おい」とかが多いんだけどさ。
うん、これと似たケースを既に身近で経験してたな。
「ふーん……うちの兄貴が加奈子のメガネにかなうなんて、思わなかったケド」
そ、その言い草はないんじゃないかマイシスター。
確かにあんな劇的なイベントが無ければ、加奈子が俺への接し方を改める事もなかったろう。
あの件を切っ掛けに、以前と比べて険の取れた加奈子は、そのちんまい容姿とも相まって、ときに可愛らしく見えるのだった。
恥ずかしいから本人には言ってやらないが。
「桐乃は辛口だねー。普段は冴えない男だけど、やるときゃやってくれんよ、お前の兄貴」
なぁ? と俺に振られても。
ニシシと歯を覗かせて笑う加奈子。頼むから、あまり過大評価はしてくれるな。
桐乃は一瞬こちらへ目を向け、かと思ったらすぐに逸らし「そんなこと……」とかゴニョゴニョ呟いた。
たぶん、助けられたって贔屓目が一時的に俺を頼りになる男に見せてるだけだの、そんな風に言いかけたのかと察するが。さすがに飲み込んでくれた。兄さん喜んでいいんかしら。
いつまでも入口でダベってちゃ埒があかない。
他の買い物客の邪魔にもなるしと、三人で連れ立って移動する。
適度に暖房の効いた店内では防寒具が余計になり、俺もマフラーを畳もうとしていると、
「なかなか洒落たマフラーだよな、それ。あんたのセンスにしてはさぁ」
加奈子が興味を示してきた。言葉ほどに皮肉は込めてないんだろうが、
「俺にしては、が一言余計だっつーの」
そりゃ、俺じゃなく桐乃が見繕ってくれたものだから、指摘は正しいんだが。
と、隣でその桐乃が吹き出した。
あぁ……そうだ。意識してなかったとはいえ、ついさっき同じやり取りをしてたっけ?
ツボにはまったらしい妹様は放っといて、怪訝そうな顔の加奈子に説明をしてやる。
「そっか、桐乃が選んだなら納得。あんたならもっと凡骨なチョイスしそうだもんね~」
待て待て。最近やっと口の悪さがなりを潜めてきたと安堵してたら、それかい。
若干ヒクついてる俺を気にとめることなく、加奈子はマフラーを手に取りしげしげと観察する。
「ん~、柄はカッケーけど編み方は割りと荒いんじゃねーのコレ」
おぃ、褒めてんのか貶してんのかハッキリしないな。
ていうか編みがラフなのはそういう意匠なんじゃないか?
決してみすぼらしい印象は無いし、むしろハンドメイド感ただよう所が気に入ってるんだ。
そう言って返すと、
「めんご、別に貶すとかじゃなくて。これぐらいなら頑張ればアタシにも編めるかなぁ……って」
加奈子は言外に含みを持たせて俺を見やる。
それは、アレですか。感謝の気持ちを込めて俺に贈りたいという……いやぁ参るぜ。
二人して場を弁えずに固まりかけていると、横合いから桐乃が控えめに割って入る。
「あのさ、チャレンジ精神に燃えてるところ言いにくいんだけどね。
いまから編み始めると今シーズンは間に合わないんじゃないかなー、たぶん」
「そうでもなくない? 一月ぐらいかければどうにか形には出来そうじゃん」
「あたしもそう思ったんだけど。考えるのと実際やってみるのとじゃ大違いで」
そこまで喋って、桐乃はしまったという顔で口をつぐんだ。
えー……ちょっとした重大発言に出くわしちまったぞ。
「ブラコン」
しばし間を置いて口を開いた加奈子いわく。
「何だかんだ言って、そっちこそ仲良いよねー。
さっきのといい、よっぽど兄貴のこと離したくないんだ?
可愛い妹にこんだけ慕われて、あんたも悪い気はしないだろ。この果報者。うりうり~」
や、ちょ、やめれって。
まくし立てられた桐乃は、黒猫にからかわれた時のように反発するかと思いきや、否定の言葉のひとつもなくモジモジとしていた。
……これなんてエロゲ?
そんな様子を見て拍子抜けしたのか、加奈子も一歩引き、
「ちょっと前から何となく思ってた。やっぱ桐乃も京介のこと好きなんだぁ」
も? 今『も』って言ったのお前?
急展開に俺の脳が着いて行けずにいるうちに、
「こいつのことだからきっと妹のピンチを見かねて体当たりでどうにかして…ってとこでしょ。
聞かなくても大体想像つくわ。そういう男だよ、こいつってば。
それがただ善意や責任感からやってるってのがタチ悪ぃし。
そんなされたらさ、他意は無くてもさ、ときめいちゃうじゃんね?」
連帯感か共感かを滲ませて、加奈子は桐乃の手を取った。
聞き間違えでなければ、三角カンケイ的なものが俺たちの間には成立している?? のか?
「何すっとぼけた面してんのよ。二枚目半が台無しだぜー」
「……半とか、ひでぇな。好いた相手にそゆこと言うか?」
「言うね。ほれほれ、買い物済まさないとだろ」
まるでいつも通りのように、空いたもう片方の手で俺を引っ張りながら加奈子は快活に笑った。
<続>
最終更新:2010年12月31日 13:17