「いや~、まさかそんな事態に発展するなんて夢にも想いませんでしたぞ」
「……俺だって想像もできなかったよ」
この状況を一体誰が想像できようか。
あれ以来桐乃は俺にべったりで、もはや何をするのも一緒と言って差し支えない。
桐乃が学校から帰ってくるやいなや俺の部屋に直行し、
「お兄ちゃん! 一緒にゲームしよ!」
「あ~、この問題終わったらな」
というやりとりももはや日常と化している。
「……ほんとに兄として好きなだけなのかしら? とてもそうは見えないのだけれど」
黒猫が盛大に引いているのがよくわかる。だって口元がひくついているからな。
あぁ…人が本気で引くときのリアクションって本当にこんなんなんだな。
俺、アニメでしか見たことなかったわ。
「はぁ!? あんた何キモいこと言ってんの!? あたしがお兄ちゃんとそんな関係になるわけないでしょ!」
そういう所は今までの口調と変わらないんだな。
それと桐乃、言葉と態度が全然噛み合ってないぞ。
まずは俺の腕に絡ませているその腕を離すんだ。
「だよね? お兄ちゃん」
もう俺は頭を抱えることしかできない。
どうしてこうなった……いや、かわいいことはかわいいんだけどさ。
「?」
桐乃は首をかしげこちらを見上げている。
「あ~、なんていうかな。その…とりあえず手を離してくれるか?」
「あ! ご、ごめんね迷惑だった?」
パッと手を離し、慌てて謝る桐乃。
なぜだ……俺は悪い事してないはずなのに、なんだか罪悪感で胸が痛い。
「め、迷惑なんかじゃないぞ!? こいつらの前だから少し恥ずかしかっただけだって!」
桐乃がちょっぴり涙目になってしまっているのを見て慌ててフォローを入れる。
くそっ、いくらなんでも性格変わりすぎだろ!!
「……とんだシスコンでござるな」
「あの子がこんな性格になったのって、幼い頃の先輩が原因な気がしてきたわ」
「あぁ、なるほど。言われてみればそんな気も」
冷静に分析を始める沙織と黒猫。
俺は何もしてねえよ! 俺達が幼い頃は……あれ? 幼い頃はなにしてたんだっけ?
「ともあれ、私を差し置いてそのポジションに居られるのは我慢ならないわね」
「え?」
そんな台詞と共に俺の隣、桐乃とは反対側に移動する黒猫。
「ねえ兄さん? 私とこの子とどちらが好き?」
「はぁ!? お、おまえ何言ってんだよこんなとこで!」
呼び方を元に戻すんじゃない! 兄さんはやめてくれって言ったろ!?
黒猫は困惑する俺を見上げながら妖艶な笑みを浮かべている。
「そ、そんなの答えられるわけないだろ」
「あら? どうして? まさか本当に妹の方が大事だと言うの?」
い、いやそういうわけじゃねえよ。
ただ、ここでどっちが大事かなんて答えると後々えらいことに……
っていうかお前もそんなことくらいはわかるだろ!? なんで桐乃に対抗心燃やしてんだよ!?
「ちょっとあんた! お兄ちゃんが困ってんじゃん!」
さすが超ブラコン状態の桐乃。
兄の窮地に対してすかさず助け舟を送り込んでくれる。
おまえ……本当は優しいいい子だったんだなぁ。
「優しいお兄ちゃんがあんたを傷つけるようなこと言えるわけがないでしょ!?」
……どうやら助け舟は泥船だったらしい。
「彼女がベタベタしてなにが悪いと言うの?」
「う、うっさい。それ言うならあたしは妹だし!」
沙織ぃ……頼むこいつらをなんとかしてくれ。もはや俺では収集がつかん。
俺のすがるような視線を受け、沙織はひとしきり考えたあと口を開く。
「ふむ、では拙者も京介氏に責任をとってもらうということで、大事にして頂くとしましょうか!」
沙織! 火に油を注ぐんじゃない!!
サークルクラッシュの件に関しては無事解決したはずだろ!
「せ、責任!?」
「あなた一体沙織に何をしたの!? ま、まさか浮気!?」
「ちがう! 俺の話を聞け!」
結局その日は桐乃と黒猫は終始喧嘩しっぱなしだったし、沙織と俺はこいつらをなだめるのに四苦八苦してるだけだった。
……あれ? 今までとそんな変わってねえな。喧嘩の理由がちょっとおかしかったけど。
翌日。
『お兄さん、お話があります。17時に公園まで来てください』
こんなメールがあやせから届いたのが16時。
「一時間後じゃねえか。なんか急ぎの用事でもあんのか?」
ま、まさかあやせも俺に大事にされたがっているのか?
今までの行動は全て俺への愛情の裏返しだったってことなのか!?
へへへ、なるほどな…それで合点がいったぜ。
顔面へのハイキックや手錠も全て照れ隠しだったってわけだ。
気付いてやれなくてごめんなあやせ! だが……すまない! 俺にはもう黒猫という恋人が……
「お兄さん、桐乃に手を出しましたね?」
すでに瞳から光彩が消失している!?
……俺も俺だよ。なんであの時あんなはしゃいでたんだ。
どう考えてもハイキックや手錠が愛情の裏返しなわけがねえだろうが……。
どうやら、あやせのこととなると俺が頭おかしくなるのは恋人の有無に関わらず健在らしい。
これはもはや、あやせの特殊能力と言っていいんじゃないだろうか。
「もう一度言います。お兄さん、桐乃に手を出しましたね?」
「お、落ち着け! 俺は決して桐乃には手を出してない!」
「嘘ついても無駄ですよ? ネタは上がってるんですから」
どこの刑事だ…。
あやせにじりじりと追い詰められ、思わず後ずさりしてしまう。
「ネ、ネタってひょっとしてあのプリクラのことか? あれのことだったら以前説明したろ?」
「違います。桐乃本人に聞いたんです」
「はぁ!? 桐乃が!?」
え? まじで!?
どういうこと? 俺ほんとになにもしてないよ!?
「き、桐乃はなんて言ってたんだ?」
俺は恐る恐るあやせに尋ねた。
体の重心は後ろに傾けており、その気になればいつでも反転し逃げ出すことができる。
「桐乃がお兄さんのこと『お兄ちゃん』って呼んだんです」
「は?」
一瞬、わけがわからなかった。
いや、確かに最近はずっとお兄ちゃんって呼ばれてるけど、それがどうして手を出したに繋がるんだ?
「あ、あやせ? おまえ何を言ってるんだ? それがなんで俺が桐乃に手をだしたってことになるんだ?」
「だ、だってあの桐乃がですよ!? 絶対おかしいじゃないですか! お兄さんが変な薬でも使ったに違いないです!」
まるで脳天に雷が落ちたようだった。
俺はいつのまにか『桐乃にお兄ちゃんと呼ばれること』に対して馴染んでしまっていたようだ。
「そうだよ! その通りじゃねえか!! やっとわかってくれるやつがいた!!」
「やっぱりお兄さんが原因じゃないですか! この変態! 死んで償えっ!!」
強烈なミドルキックが俺の脇腹にねじ込まれる。
たまらず膝をつき、患部を片手で抑える。
はたから見れば、まるで浮気男が彼女に土下座でもしてるように見えたことだろう。
「ごぁ…………ち、違う。あやせ…今のはそういう意味じゃない……」
「じゃあどういう意味ですか!?」
「いいか…よく聞けよ?」
「それを信じろと?」
「いや、実際そうなんだから信じてもらわないと俺が困る」
大体の経緯を説明し、俺達はベンチに腰掛けジュースを飲んでいた。
ジュースはあやせがミドルキックの詫びとして奢ってくれたものだ。
「わかりました。明日、改めて桐乃に確認してみます」
「おう、そうしてくれ。あ、それとこれは俺からのアドバイスなんだけど…」
「なんですかお兄さん?」
怪訝そうな顔をするあやせ。
お兄さんが私にアドバイスできることなんて何一つないですよ? とでも言いたげな表情だ。
さすがにその態度はひどくないですか?
「とりあえず、見境なしに人を蹴るのはやめといた方がいいぞ」
「だ、誰も見境なしになんて蹴ってません! お兄さんだから蹴ってるんです!」
「なおのこと悪いわ!おまえは小学生か!? よくある好きな子ほどいじめたくなるっていうあれか!?」
「こ、この後に及んでなんてことを!? う、うう、訴えますよ!」
顔を真っ赤にして全力で否定するあやせ。
一体俺が何をしたって言うんだ…。
そりゃあ、桐乃と仲直りさせるためにちょっとエロ本みせつけたり、他にもセクハラまがいのことをしたこともあったけどさ……。
………俺蹴られても仕方がねえな。
「ごめんな、あやせ……」
「え!? い、いきなりどうしたんですか?」
「よくよく考えたら蹴られても仕方なかったわ……さぁ、俺を思う存分蹴ってくれ!」
「ひぃ…この変態!」
今度は華麗に膝にローキックを決めてくる。
これはやばい……しばらく立てねえぞ。
おまえは詐欺師の他にも格闘家にもなれそうだな!
「では失礼します」
くるりと踵を返し、あやせはさっさと帰ろうとする。
俺は苦痛に顔をゆがめつつも、できる限り爽やかにこう言った。
「おう。またな」
「さようなら!」
あれぇ? 俺いったいどこで怒らせたんだろ?
その翌日、自室でエロゲを堪能していたところ、突然俺の携帯が鳴った。
携帯の画面を見てみると、そこには『あやせさん』と表示されている。
「お、さては桐乃のやつが誤解をといてくれたのか」
今の時刻は21時。
桐乃が例のことを学校で話したとして……
あやせは俺に謝ることを決心するまでえらく時間がかかったようだな。
「ふ、そんなところもかわいいじゃねえか」
どんな可愛い言葉で謝罪をしてくれるのかと、期待に胸を膨らませメールを開く。
『ごめんなさい。本当は学校が終わったらすぐに連絡しようと思ったんですが…』
うむ、思った通りだ。
さすがあやせ、俺の喜ぶツボをナチュラルに押さえてくる。
『なにぶん準備に手間取ってしまって』
ん? 準備?
あれ? 謝るのに準備なんていらないよね?
『海に沈むのと山に埋まるのならどちらがいいですか?』
「桐乃おおおおおおおお! おまえ、あやせになんて説明したんだあああ!?」
おわり
最終更新:2010年12月31日 13:20