青色イルミネーション:7スレ目180


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180 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 18:57:03.51 ID:/mEUkKX00 [1/24]
 投下予告

                             
『投下予告をSS風に書いてみたの巻 その2』

俺が部屋で寛いでいると、黒猫がまた紙の束とUSBメモリを持ってやってきた。

「先輩、この前言っていた新しい話が完成したそうだから、受け取って来たわ」
「すぐに投下できるのか?」
「いいえ、最終チェックしているから、しばらく待ってと言っていたわ」

黒猫が原稿を捲りながら枚数を数えていた。

「A4サイズで23ページあるわ……23レス分ってことね」
「投下するだけでも大変だろ?」
「……読み手さんも大変だと思うのだけれど」

俺は原稿を受け取り、パラパラ捲りながら黒猫に聞いた。

「で、内容は?」
「シリアス展開のようね。決して鬱ではないわ……お笑いもないけど、デレらしいデレもないわ」
「……もしかして……長いだけか?」
「………………」

(完)

182 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:30:51.80 ID:/mEUkKX00 [2/24]
プロローグ――

その日、俺はきょう着て行く服がなかなか決まらず、焦っていた。
時計を横目で睨みながら、あれこれと服を引っ張り出しては溜息を吐いた。
黒猫と渋谷駅の改札口で会おうと約束した時刻まで、残り2時間あまり。
桐乃じゃあるまいし、彼女は俺の服装についてとやかく言う性格ではない。
ただ、昨日の麻奈実との会話が……心の重石となって、俺の手を止めた……。


山手線渋谷駅改札口――

電車を降りてホームの階段を駆け下り、コンコースを走り抜けてやっと改札口を出た。
黒猫は少し怒っている様な顔を見せたが、すぐに笑顔になった。

「……随分と遅かったわね、先輩」
「申し訳ない、着替えに手間取っちまって……」
「……それにしては、先週と同じ服装に見えるのだけれど」

彼女は俺の頭のてっぺんからつま先までジロジロと見て笑った。

「瑠璃、あまり苛めないでくれよ」
「……先輩、名前で呼ばないで頂戴と言っているじゃない。……まだ恥ずかしいのよ」

俺と黒猫は、お互いにクリスマス・イヴに贈るプレセントを買うために渋谷へ来ていた。
今年の夏休みに黒猫から告白され、交際が始まってから、初めてのクリスマス・イヴだった。

「先輩だって、私から……きょ、京介って呼ばれたら恥ずかしいでしょ」
「……ま、まあな。じゃあ、黒猫……お前、プレゼントで何か欲しいもんはないか?」

出来ることなら、自分の恋人に贈るプレゼントぐらいは自分で選びたかったが、
俺のセンスを考えると、黒猫に喜んでもらえる自信がなかった。
それを正直に彼女に話すと――『それほど私とデートがしたいのかしら……』――
そう言って俺をからかいながらも、買物に付き合ってくれることを快く承諾してくれた。

「私は先輩が贈ってくれる物なら、どんな物でも良かったのに……」
「でもさぁ、やっぱ、お前に喜んでもらいたいしさぁ」
「……相変わらず先輩って優しいのね」

白磁の様な顔を薄紅色に染め、口元を隠しながら、さも可笑しそうに黒猫は笑った。
俺も自分で言った台詞に恥ずかしくなり、頬を掻きながらそっぽを向いた。

黒猫は俺と付き合い始めると、トレードマークのゴスロリファッションを止めてしまい、
パステルカラーや暖色系の色合いを主体とした、女の子らしい服装を好むようになった。
言葉づかいからもすっかり毒が抜け、まさしく可憐な美少女という印象だった。
きょうは、ハイネック重ね着風ニットワンピースとポンポン付きのニット帽という服装だ。

183 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:31:42.14 ID:/mEUkKX00 [3/24]
「お前にはアクセサリーを贈ろうと思って、実は店の見当も付いてるんだ」
「……あなたとアクセなんて、妙な取り合わせに見えるのだけれど」

俺にアクセを選ぶセンスなんて持ち合わせてはいない。
だが、黒猫のような女の子が喜びそうなアクセを売っている店なら、俺は知っていた。
思い出すのもおぞましいが……。


恋人たち――

渋谷駅からほど近いファッションビルの中にその店はあった。
去年のクリスマス・イヴに桐乃に連れて行かれて、無理やりシルバーアクセを買わされたあの店だ。

「黒猫、この店なんだ」
「……ふうん……結構センスのいいのがあるのね。
 値段も手頃そうだし。でも、なぜ先輩がこんなお店を知っているのかしら」

去年のクリスマス・イヴに、この店で桐乃へのプレゼントを買わされたなどとは、とても話せない。
まして、事情があったとはいえ、そのあと兄妹でラブホへ入ったなどとは……。

「桐乃がよくこの店で買っているらしい。あいつ性格はアレだけど、この手のセンスだけはいいから」
「……そうね、あの女、この手のセンスだけはいいわね。……性格はアレだけれど」

店内をぶらぶら巡っていると、黒猫がシルバーアクセを展示したショーケースのひとつの前で立ち止まった。
シンプルなデザインの商品が中心に並べてあるショーケースのようだ。

「どうよ、黒猫が気に入りそうなのはあるか?」
「……そ、そうね、もう少し待ってて頂戴」

どうも俺の言葉など上の空のようだ。
桐乃などと違い、黒猫の性格では、自分からこれが欲しいとは言い出せない。
それならばと黒猫の視線を辿り、それらしいシルバーアクセの一つを指差して……。
「これなんかどうかなぁ、黒猫に似合いそうだけど」
「……そ、そうね、先輩がそれがいいというのなら」

どうやらビンゴだったらしい。
黒猫は俺をチラリと見ただけで、すぐにそのシルバーアクセに視線を戻してしまった。
ペンダントトップが二つあるペンダントで、スクエアフレームと十字架を隣り合わせに並べて、
『叶』という文字をデザインしたものだった。

「……う、うん。……とても素敵だと思うわ」
「そう黒猫に言ってもらえると、何だか俺も嬉しいよ」

黒猫も気に入ってくれたようなので、俺はギフト包装を頼もうと、店の人を捜して視線を彷徨わせた。
俺の気配に気付いたのか、黒猫は俺の服の裾をチョットだけ引っ張って……。

「……ちょっとだけ待ってもらえるかしら」
「ん? ギフト用に包装を頼もうと思ったんだけど……」
「あの……これね………………ペアではだめかしら」


184 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:32:59.79 ID:/mEUkKX00 [4/24]
「……ペア?」
「だ、だから………………先輩と私で……」

黒猫はそこまで言いかけて、耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
俺も彼女が言った意味にようやく気付いて……。

「そ、そうだよな。……お、俺達、こ、恋人同士なんだから……」
「……せ、先輩、そんな大きな声で言わなくても……恥ずかしいじゃないの」

ペアルックを来た男女を街角で見かけると――バカップル丸出しじゃねぇか――と思っていた俺だが、
自分が同じ立場に立つと……まぁ、これはこれでありだよなと思ってしまう。
店の人に頼んでショーケースから出してもらい、黒猫の手のひらに載せてやった。

「……二つのペンダントトップが揺れるたびに『叶』の文字になるのね……とても素敵」

黒猫には派手なデザインより、こうしたシンプルなデザインの方がよく似合う。
――しかし、ペアってことは俺も着けるんだろ?
自分自身がこのペンダントを身に着けたところを想像して、赤面した。――桐乃には絶対に見せられねぇ。

「すんません。……この品を、ペ、ペアで……ギフト用に包装して下さい」

店の人が俺を見て、一瞬ニヤッと笑ったのを俺は一生忘れない。

ギフト包装が済んで代金を支払い、俺はイヴに彼女へ贈る品を受け取った。
黒猫も俺へのプレゼントを、せっかく渋谷まで来たのだから買って行きたいと言ったが、
当日までの楽しみにしたいからと言って、俺は遠慮した。――品物でなくとも……俺はいいから。

「それより、もうすぐ昼だし……昼飯にしねぇか」
「……もうそんな時間なのね」
「この近くにちょっとしゃれた店があるんだ。……そこでもいいか?」
「……先輩って……けっこう渋谷に詳しいのね? よく来るの?」

桐乃にやれ携帯小説の取材だ、彼氏のフリだのといって連れ回されたお陰で、
俺は渋谷の地理についてある程度詳しくなっていた。
しかし、今回は墓穴を掘ってしまったようだった。

「ク、クラスに赤城ってヤツがいてさぁ、そいつに連れられて……」
「……その赤城という人は……男の人でしょ?」
「あ、あいつは……そ、そう、シスコンでさぁ、妹のプレゼントを買うからって……」
「……ふうん……きょうのところは、そういうことにしておいてあげるわ。先輩」

黒猫のそういった優しさに感謝しつつ、俺は平静を装って前に桐乃に教えられた店に案内した。

185 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:34:04.49 ID:/mEUkKX00 [5/24]
「……先輩、ここって、スイーツショップよね? やはり、赤城さんと来たのかしら?」
「あいつは甘いもんに目がねぇしな。それに、この店は普通の食事もできるんだ」
「……先輩の言っている赤城さんて……赤木瀬奈のお兄さんの赤木先輩のことよね?」

黒猫と赤木瀬奈はクラスメイトで同じゲーム研究会の部員同士。
入部当初は色々とひと悶着あったが、黒猫が瀬奈に対して本音でぶつかったことで、
今では二人はお互いを友達と呼べる仲になっている。
確かに赤木は瀬奈の兄貴だが……俺が黒猫に赤城を紹介した記憶がない。

「あれっ!? お前って、赤城と面識あったっけ?」
「入学式の翌日、赤木先輩がサッカー部の勧誘をしていたときに……私、先輩と一緒にいたじゃない。
 ……忘れてしまったのかしら?」

俺が嘘を吐くのが下手なことは黒猫はお見通しのようで、クスクスと可笑しそうに微笑んでいた。
今更言いわけするのは野暮というものだし『とにかく入ろうぜ、腹減ったろ?』と言ってごまかした。

ウエイトレスさんに二人だということを伝えると、沿道に面した窓際の席に案内された。

「おしゃれなお店ね。……先輩のことだから、私はてっきりファミレスかマックだとばかり……」
「お前なぁ、俺だって彼女をそんなところへは連れてかないよ」
「……あまり無理しないでね。……私はだれかさんと違って、贅沢にはできていないから」

黒猫がいった『だれかさん』とは、いうまでもなく妹の桐乃のことだろう。
あのとき桐乃が、『ファーストフードとファミレスは禁止ね』と言ったことを思い出す。

「先輩に免じて深くは追求しないわ。でも、本当に無理しないでね」
「そう言ってもらえると……ありがたいけどな、男にも見栄があるってのも分かってくれ」

俺たちは写真つきのメニューを見ながら、あれこれどれにするか話していたが、
結局、二人とも同じものを注文した。
こんな些細なことでも俺は自分の彼女が黒猫でよかったと、しみじみ感じ入っていた。
窓の外を見つめながら、黒猫が呟くように口を開いた。

「……今年のクリスマス・イヴも雪が降ってくれるのかしら」

俺も窓から外を眺めながら、桐乃と過ごした去年のクリスマス・イヴを想い出していた。

「どうだかなぁ。きょうが日曜日だから……あと、5日だろ」
「ええ、日に日に寒くなってきているから……降ってくれるといいのだけれど」
「やっぱお前でも、ホワイト・クリスマスって好きなのか?」
「……お前でもって……失礼な言い方ね。……でも、やはりロマンチックだと思うわ」

注文した品がテーブルに並び、俺達は食事を始めた。
さっきまで窓越しに見ていた沿道の街路樹には、すでにイルミネーションが取り付けられていた。
ここ数年、街路樹のクリスマス・イルミネーションといえば、青色LEDが目立つようになった。
葉がすべて散ってしまった落葉樹に青色LEDのイルミネーション。
確かに綺麗だと思うし、厳粛で幻想的に見えるが……俺はどうも好きにはなれない。


186 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:34:58.62 ID:/mEUkKX00 [6/24]
「ねぇ、先輩? 街路樹のイルミネーションに気付いた?」
「ああ、まだ昼間だから点灯させてないけどな……地元でも商店街なんかで見かけるよ」
「……私がまだ幼いころ、クリスマス・イルミネーションといえば、
 豆電球のような色ばかりだったけれど、最近は青い色や、真っ白い色がとても増えたわ」

黒猫の言うように一昔前は、確かに豆電球のような色ばかりだった。
豆電球に替わって今のようにLEDがこれほど増えたのは最近になってからだ。

「私はあの青い色の光がとても好きよ。……なんだか幻想的で……落ち着くというか」
「あれは単に高輝度の青色LEDだから出せる色と光だよ」
「……先輩は、ああいった色の光が好きじゃないのかしら」
「俺も嫌いじゃないけどな……でもさぁ、なんか寂しいというか寒々として見えるんだよなぁ」

黒猫は『ロマンチックじゃないのね、先輩って』と言いながら俺を睨み付けるフリをして、すぐに微笑んだ。
俺は『まあな』と答えながら、そっぽを向いて頬を掻きながらおどけて見せた。
しかし、やはり好きになれないものはしょうがない。
寒色系の代表である青色のLEDが発する光の印象が、俺には冷たく荒涼としたイメージを抱かせる。
そしてまた青色そのものが、どうにも俺の心に引っ掛かって仕方がなかった。

「ところで、先輩? ……去年のイヴは何をしていたのかしら」

去年のクリスマス・イヴといえば、思い出したくもない悪夢の一日だった。
桐乃の携帯小説の取材に付き合わされ、プレゼントを無理やり買わされ、最後はラブホ……。
しかし、黒猫には俺が嘘を吐いてもすぐにばれてしまう。――正直に言うしかねぇな。
ラブホの部分さえ話さなければいいだろう。

「……ふうん、あの女とね。……今度は正直に話してくれたみたいだけれど、
 ところでラブホの部分は? ……もしかして私が聞き逃したのかしら」
「な、なんで、それをお前が知ってんだ!? 桐乃に聞いたのか?」

ここで俺が桐乃の名前を出したことは、自らの墓穴を掘るようなものだった。

「あなたって本当に嘘がつけないのね。……そこがあなたのいいところなのかも知れないわね。
 ……あの女の携帯小説を読んだからよ。少し考えれば分かることだと思うのだけれど」
「……今後はお前と話すときは、もう少し考えてから話すことにするさ」

デザートとコーヒーがテーブルに運ばれてきたあとも、俺たちは他愛も無い会話を続けていた。
それにしても……黒猫は本当によく喋るようになったし、よく笑うようにもなった。
以前の俺達の間にしばし流れた沈黙も、それは意味のあることだったが、
やはりこちらのほうが断然に可愛いと思ってしまう。

「ところで、きょう会った時からずっと気になっていたことだけれど……聞いてもいいかしら」
「……聞きたいことって?」

聞きたいことがあると言っておきながら、黒猫は聞くか聞くまいか迷っているようすだった。
渋谷駅の改札口で会ってからこの店に入るまでの間で、思い当たる節はなかった。

「……私に……何か隠していることはないかしら」
「俺がお前に……何か隠しているって?」

187 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:35:58.57 ID:/mEUkKX00 [7/24]
俺には本当に心当たりがなかったし、黒猫には何も隠し事はしないと、俺は心に決めていた。
しかし、彼女は俺の表情を読み取るように、じっと俺の瞳を見つめていた。
以前の……無表情の黒猫を見る思いだった。

「……き、気を悪くしないで欲しいのだけれど……きのう、何かあったのではないかしら?」

黒猫から『きのう、何かあったのでは……』と言われて、きのう麻奈実に言われた言葉が脳裏に鮮明に甦る。
狼狽する俺の表情に確信を得たのか、黒猫の俺への追求が始まった。

「……先輩が話したくないというのなら、私は仕方がないのだけれど……。
 私と付き合って欲しいと想ったときから……私はあなたには、決して隠し事はしないと決めていたの。
 だから……あなたも……」

黒猫が俺と同じ気持ちでいてくれたことが素直に嬉しかった。
俺がこれから、ありのままを話すことで、たとえ嫌われようとも悔やむつもりはなかった。
昨日の麻奈実との間であった一件を、俺は包み隠さず話し始めた。


幼馴染と麻奈実――

俺と麻奈実が図書館で一緒に勉強するのは、高校へ入学してからの習慣になっていた。
当初は麻奈実と同じ大学へ行きたいという理由もあったが、
何よりも麻奈実と一緒にいる時間が俺にとって、とても快適だったというのが一番の理由だろう。

「……ねぇ、きょうちゃん……来週の勉強会なんだけど……」
「うーん、まだ来週の予定が分かんねぇからさ……もうちっと待っててくんねぇか」

お互いの都合に合わせて、週末の土曜日か日曜日のどちらかを勉強会に充てていた。
しかし、今年の夏休みに俺が黒猫から告白され、その数日後から付き合うようになると、
事情が変わってきた。

俺の都合で、麻奈実との図書館での勉強会が開かれない週がたびたびあった。

「なぁ、麻奈実……最近、田村屋じゃ和菓子の新作は作ってないのか? 前回の新作を食ってから……」
「……ねぇ、きょうちゃん……おさななじみって言葉……とってもいい言葉だよね」

俺の言葉を遮るように、唐突に麻奈実が口を開いた。

「ともだちって言われるより、なんかこう暖かくて……友だち以上に仲がいいのかなぁって聞こえるもん。
 だけど………………とても都合のいい言葉だよね」

麻奈実が何を言おうとしているのか、俺には全く見当がつかなかった。

「……ねぇ、きょうちゃんにとって………………わたしって、なんなのかなぁ」
「何なのかなって、そりゃ……お前と俺とはガキの頃からの幼馴染だろうが」
「……そうだよね。……そう、おさななじみ……ただそれだけなんだよね」

麻奈実は俺の視線を避けるように、上を向いたまま俺の半歩先を歩く。

188 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:36:53.69 ID:/mEUkKX00 [8/24]
「……麻奈実。……お前が何を言おうとしてるのか俺には……」
「わたしは、きょうちゃんのことが好きだった。
 ううん、大好きだった。………………でも、もう分からなくなっちゃった」

いきなり俺のことを好きだったと言い出す麻奈実に、俺は咄嗟に掛けるべき言葉が見つからなかった。

「……きょうちゃん……黒猫さんとお付き合いしてるよね。……わたし……知ってたんだ」

俺と黒猫が付き合っているのを知っていたという麻奈実。――別に隠していたわけでもないが……。

「もう、会うのやめよ。……わたし、きょうちゃんのこと、大好きなままでいたいから。
 ……だから………………会うのもうやめよ」

麻奈実は立ち止まると俺に向き直り、潤んだ瞳で俺を直視した。
怒りと落胆、そして――あきらめの入り交じった瞳だった。

「麻奈実、いきなり会うのやめようとか……麻奈実が何言ってるのか俺には……」
「じゃあ、きょうちゃんはわたしに……キス、できる? できないよね?
 ………………さよなら。……きょうちゃん」

麻奈実が俺に告げた最後の言葉『さよなら。……きょうちゃん』
呆然と立ち尽くす俺の瞳には、小走りで去ってゆく麻奈実の後姿だけが映っていた。


二杯目のコーヒーカップ――

黒猫は俺の話を聞き終えると、新しいコーヒーカップに小さな唇を寄せ……
ふぅ~と、一息吹くと……一口だけ飲んで俺を見つめながら口を開いた。

「……付き合ってまだ数ヶ月しかたっていないと言うのに……これでは先が思いやられるわね。
 このままでは気が滅入ってしまうわ。ふん、それで……あなたは、そのあとどうしたの?
 まさか、そのまま家に帰ってしまったのではないでしょう?」

少し非難めいた口調で、黒猫はそう言った。

「なんだか、その口振りじゃ……俺がそのまま家に帰ったらいけないように聞こえるんだが」
「いけなかったから……いまあなたは、そんな情けない顔をしているのではなくて?」

そうだよな、お前の言うとおりかもしれない……。

「だけど、あのときは俺もどうすればいいのか分からなくてさぁ。
 ……お前が、もし俺の立場だったら……」

もっと早く俺は気付くべきだった。
いや、麻奈実とのことではなくて、こんな話を黒猫に話していることを……。
そのときは麻奈実の言葉を思い出して、あらためて動揺していたのか……本当に気付かなかったんだ。

189 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:37:42.47 ID:/mEUkKX00 [9/24]
「あなたも知っていると思うのだけれど……私は、田村先輩とは面識があるという程度なの」
「お前が俺と同じ高校へ入学してきて、俺がお前に麻奈実を紹介したんだから、それは知ってる」

入学式の翌日、俺は麻奈実を連れて一年生の教室のある階にわざわざ出向き、
さっさと帰ってしまおうとする黒猫を引き止めて、黒猫に麻奈実を紹介した。

「……それなら、あなたはこの私に、どのようなアドバイスを求めているのかしら?」
「以前、桐乃が……妹が留学しちまって俺が落ち込んでるときに、いろいろと言ってくれてさぁ……」

留学をしていた桐乃から、あいつのコレクションを全部捨てるようにとのメールを受け取って、
メールの意図が分からず混乱していた俺に黒猫は、自分自身の気持ちに素直になれと、
身をもって示してくれた。

「そんなこともあったわね。……それで、また私に背中を押してもらいたいと?」
「そうじゃなくて、麻奈実は別に海外へ行くわけでもないし、
 なんであんなこと言ったのか、女のお前なら少しは解るんじゃないかと……」
「……本当にお人好しなのね……先輩って。……バカが付くほどの……」

黒猫は呟くように……『迂闊だったわ。ベルフェゴールが動くなんて……』と言ったあと、
瞑想にふけるように押し黙った。

「場所を替えましょうか……」

俺たちは店を出ると、公園通りを歩いて……代々木公園へ向かった。
少し広い場所で話がしたいと、そのとき黒猫が言ったから……。


代々木公園――

店を出てからここへ来るまでずっと押し黙っていた黒猫が、公園の遊歩道を歩きながら、
ポツリポツリと呟き始めた。

「……先輩、私は完璧なものだけを求めることにしたの。
 中途半端なもので妥協をしたり……そういうのはもう、やめたのよ」

唐突に話し始めた黒猫に、俺は困惑した。

「……まだ、あなたと付き合う前のことだけれど……
 私があなたを好きだという気持ちは『あなたの妹が、あなたのことを好きな気持ちに、負けないくらい』と、
 そう私がいったのを憶えているかしら?」

夏コミの打ち上げパーティーを俺の家でやろうとした日に、黒猫が玄関前で俺に言った言葉だった。

「あなたの妹が、あなたのことをどんなに好きだとしても……私には確信があったの。
 あなた達が兄妹の一線を越えることは、絶対にないとね。
 ……あなたの心のなかにある……理性と倫理観がそうはさせないと。
 だから……あなたの妹さえ抑えられれば、私の望みは叶うと信じていたのよ」

190 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:38:38.97 ID:/mEUkKX00 [10/24]
黒猫は自分の考えを整理しながら話すように、ポツリポツリと言葉を紡いでゆく。

「……迂闊だったわ、田村先輩の心を誰かが解放させたのね。あの女によって、私の心が解放されたように……。
 これは、闇の眷属に生きる者の定め……私に課せられた試練だと思うのだけれど。
 ……いいわ、それなら受けて立つまでのことよ。私は全身全霊で挑戦を受けるだけ……」

――そうでなければ、きっと嘘でしょう?

黒猫が、俺と付き合い始める前に戻ってしまったような錯覚に襲われた。
なんと声を掛けるべきか……。

「……先輩、田村先輩の連絡先を教えて頂戴」
「なんで……麻奈実の連絡先が知りたいんだ? 麻奈実に何を言うつもりだ?」
「心配しなくてもいいわ。田村先輩の気持ちが知りたいのでしょう?
 女同士なら心を開いて話してくれるかもしれないじゃない……」

俺が携帯を取出し麻奈実の電話番号を見せると、黒猫は震える指先で自分の携帯に番号を入力した。

「……素直に教えてくれるのね。……少しは期待したのだけれど」

俺はこの場で黒猫が麻奈実に電話するのかと、そう思っていたが、黒猫は携帯を見つめたまま動かなかった。
やがて、ゆっくりと携帯のフラップを閉じると瞑目し――俺達の間に再び静寂の時が訪れた。


「時間軸を戻しましょう。……私が、あなたへの想いを告げた……あの時間まで。
 でも、先輩、これだけは憶えていて頂戴」

決意を秘めた黒猫の大きな瞳から、今にも涙が溢れようとしていた。
その純粋で真剣な眼差しが、俺の瞳を捉えて離さなかった。

「……私は、あの時から、あなたと過ごした記憶を保持したまま、あの時間まで戻るの。
 この先も……決して変わることのない、あなたへの想いを……ずっと保持したまま……」

俺が止める間もなく、黒猫は踵を返すと、一度も振り返ることなくいってしまった。
風音とともに黒猫の消え入りそうなほど小さな呟きが、俺の耳に届いた。

「さようなら……先輩」


黒猫と麻奈実――

昨日、黒猫が俺のもとを去った時のうしろ姿が瞼に焼き付いて離れず、殆ど一睡もできなかった。
黒猫に振られ、麻奈実には愛想を尽かされ……。
麻奈実が待っている筈もない、いつもの待ち合わせ場所に自然と足が向いてしまう。
(やっぱ、いねぇよな……当然だろうけどさ)自業自得という言葉が俺の脳裏を横切る。
この道は、いつも学校へ行くとき麻奈実と歩いた道だった。――明日から少し変えるか。
麻奈実と出来るだけ顔を合わさないような道順を、頭に思い浮かべながら歩いていると……。

191 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:39:27.91 ID:/mEUkKX00 [11/24]
「おはよう、きょうちゃん……なんか眠そうだね~」
「……おはようございます、先輩」

麻奈実と黒猫が二人並んで立っていた。
麻奈実はいつもどおりのほんわかとした顔で、黒猫は付き合い始める前のような無表情で。

「……お、お前ら……な、なんで麻奈実と黒猫が一緒に?」
「ふ、ふん、私たちが一緒にいるのが、そんなに以外かしら?」

――お前らが一緒にいるなんて、以外どころの騒ぎじゃねぇだろ。

「どういうことなんだ? 選りにもよって、お前ら一緒にいんの?」
「きょうちゃん、きのうね、黒猫さんから……電話もらったんだ。……ね、黒猫さん」

麻奈実はそう言って、横にいる黒猫を見た。

「ふん、そうよ……田村先輩に電話したわ。
 それから……今後のあなたの取り扱いについて……協議したのよ」

黒猫の話し下手は承知しているが、『今後のあなたの取り扱いについて――』って、俺は家電製品かよ。
俺の訝しげな表情を読み取ったのか、麻奈実が替わって説明してくれた。

「黒猫さんと話し合って……きょうちゃんを、黒猫さんとわたしのどっちのものにするのか、
 げーむで勝った方が……きょ、きょうちゃんをもらうことになったの。えへへ」

麻奈実の話によれば、要は麻奈実と黒猫が勝負して勝った方が俺を取るってことらしい。
黒猫の話よりは確かに分かりやすいんだが――ゲームの景品……俺?

「……突拍子もない話なんで、よく分かんねぇけど……ゲーム?」

二人はお互いに顔を見合わせて、二言三言交わしたあと頷き合った。
今度は黒猫が説明するということで合意したらしい。

「……田村先輩と私が、その……あ、あなたを賭けてのゲームなの」
「だから俺には、そのゲームってのが……」
「人の話しは最後まで聞くものよ、先輩。……これから説明するから、黙って聞いて頂戴」

相変わらず黒猫の説明は下手で、つっかえたり沈黙したりで……そのつど麻奈実が補足してくれたが、
二人の言っているゲームの概要が分かった。

「いま言ったように、今週のクリスマス・イヴを、田村先輩と私のどちらと過ごすのか……
 それがゲームの勝敗を決めるのよ。
 あなたが決断するタイムリミットは午後6時まで。……分かってもらえたかしら」

黒猫は寂しげな表情で俺を見つめながら微笑んだあと、ぷいと横を向いてしまった。

192 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:40:24.41 ID:/mEUkKX00 [12/24]
放課後、俺は一人足早に靴を履き替え下校した。
勝敗が着くまでは、俺とは一緒に登校も下校もしないと……二人で決めたそうだ。

俺の個人的な都合とは関係なく日常は進行してゆく。
当然学校の授業もあれば、新学期でもないから席替えがあるわけでもない。
休み時間の教室で麻奈実の視線を感じ彼女を見ると、すっと視線を逸らされた。
俺と麻奈実の間に漂う、重苦しい空気を敏感に察知した赤木がしきりに麻奈実に話しかけていた。
遠目でその様子を見ていた俺の心に、モヤモヤとした得体の知れない感情が湧き上がった。
まさか、俺が赤木に嫉妬しているとでもいうのか。

――すべて俺の優柔不断な性格が招いた結果だった。

俺を賭けての勝負などと……麻奈実に持ち掛けたのは、きっと黒猫だろう。
なぜだ? ……そして最後に見せたあの寂しげな表情。――電話、掛けてみるか。

自宅へ戻り着替えを済ませたあと、携帯のプッシュボタンを押そうとして……手が止まる。
あいつに何を聞こうとしているんだ、俺は?

恥ずかしがり屋で照れ屋の黒猫が、なけなしの勇気を振り絞って俺に告白したのだろうに。
なぜわざわざ振り出しに戻すようなことを……。
黒猫があのとき俺に言った言葉を、心の中で反芻していた。

『時間軸を戻しましょう。……私が、あなたへの想いを告げた……あの時間まで。
 ……私は、あの時から、あなたと過ごした記憶を保持したまま、あの時間まで戻るの』

『この先も……決して変わることのない、あなたへの想いを……ずっと保持したまま……。
 さようなら……先輩』

黒猫からあの校舎裏に呼び出され、告白されたあの日から、すでに4ヶ月が経とうとしていた。
俺が黒猫と付き合うに当たっての最大の障壁は、実妹の桐乃だった。
しかし、桐乃は黒猫が俺に告白する前日の黒猫との電話で、それを知っていた。
今のところは傍観者を決め込んでいるようで、心配された黒猫との関係も表面上は変化が見られない。
最大の障壁であろう桐乃をクリアしたのに、なぜ麻奈実に対して――やっぱ電話するか。

(電話に出てくれるだろうか……)十数回目の呼出音の後、ようやく電話が繋がった。

「もしもし……俺だけど……黒猫、か?」
『………………』
「……聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
『………………』
「黒猫? ……聞いてくれてるか?」

俺はすがるような想いで黒猫の言葉を待った。

『……きょうは、お母さん……もう帰ってきているから……』
「なら、明日ならどうだ? ……少しだけでもいいから……お前と会って話がしたい」
『………………』
「……放課後、4時にいつもの公園で待ってる。……いいか?」

何としてでも彼女と会わなければ、このまま永遠に会えなくなる……俺はそんな気がした。

193 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:41:12.38 ID:/mEUkKX00 [13/24]
『待って! あの公園はだめ。……その……田村先輩と出会ってしまうかもしれないから。
 ……私が通っていた中学校……先輩も知っているわよね?
 あの中学校の裏にも小さな公園があるの。……そこでなら………………私もあなたに会いたい……』


翌日の放課後、中学校裏の公園――

昨日の朝、黒猫に会ったばかりなのに、もう永いあいだ顔をあわせていない気がする。
彼女の言った言葉が俺の脳裏に浮かんでは消えてゆく。
黒猫は俺のことを好きだといったくれたし、俺もお前が好きだといった。――何が……問題なんだ……?

「……先輩、待たせてしまったかしら……」

不意に声を掛けられ慌てて後ろを振り向くと、制服姿の黒猫が俺の後ろに立っていた。

「いや、さっき着いたばかりだよ」
「……そう、それならいいのだけれど。……それで、何かしら? 私に聞きたいことって」

――黒猫、お前に聞きたいことは山ほどあるんだ。
俺を賭けたという麻奈実とのゲーム、そして何よりも……お前が言ったあの『時間軸を戻す』という言葉の真意。
しかし、こうしていざ会ってみると……言葉に出す勇気が無かった。

「………………きのう電話でも話したように、私と先輩が会っているところを見られたくないのよ。
 それが、田村先輩との……約束でもあるの」

潤んだ大きな瞳でじっと俺を見つめ、それだけ言って黒猫は視線を逸らせた。

「……黒猫、俺を見てくれないのか? 俺たちはお互いに好きだった。……恋人同士だったはずだ。
 何がお前をそうさせたんだ? 俺のこと嫌いになったのか?」

自分自身の口が何を言っているのかも分からなかった。

「お前が自分の気持ちを告げてくれる前から、俺はお前に惹かれていた。
 ……確かに告白はお前のほうが先だったよ。……でも恋人同士になったらそんなのただの笑い話だろ。
 それなのに……」

それなのに、なぜ今になって振り出しに戻すようなことを……そう彼女に聞きたかった。
黒猫は握った拳に力を入れ、小さな蕾のような唇を小刻みに震わせながらも俺を見ようとはしなかった。

「……あなたには、話したと思うのだけれど……。
 私は完璧を求めるの………………中途半端なものは、もう欲しくないのよ。
 ……だから、時間軸を戻さなくてはいけないの。……闇の眷属に生きる者の……」

「黒猫、そんな言葉で俺を、おまえ自身をごまかそうとしないでくれ。
 ……俺は優柔不断で鈍くて……妹のことや麻奈実のことでお前に心配を掛けたと思っている。
 そのことでお前が俺に愛想が尽きたというなら俺だって納得するよ。でも、そうじゃないんだろ?」

194 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:42:15.33 ID:/mEUkKX00 [14/24]
黒猫は口元を手で押さえながら嗚咽した。
大きな黒い瞳から堰を切ったように涙が溢れ出る。
俺は黒猫をそっと優しく抱き締め、彼女が真実を語ってくれるのを待つより術がなかった。
溢れ出た涙をハンカチで拭いながら、少しずつ落ち着きを取り戻してゆく黒猫。

「………………ごめんなさい、先輩……無様なところを見せてしまったわね。
 もう大丈夫だから……その手を離して……恥ずかしいから」
「……話してくれるんだな? ……本当のことを」

黒猫は小さく頷くと、どこから話そうかと思案しているようだった。
俺は彼女の小さな口が動くのを待った。

「……そうね……あなたはとても鈍いから分からないと思うのだけれど……田村先輩は、昔の私と同じなの」

遠い昔の自分を想い起こすかのように黒猫は遠くを見つめた。

「……田村先輩は自分の想いを素直に言葉に表せないの……そう、昔の私と同じなのよ。
 でも、私はもう昔の私ではないの。………………先輩、あなたやあなたの妹のお陰でね……」

麻奈実のことを昔の自分と同じだという黒猫。
彼女の言葉には、俺をごまかしたり、はぐらかす様な意図は微塵も感じられなかった。
純粋で素直な心から発せられた言葉だった。

「先輩、少し寒くなってきたわね。……何か温かい飲み物を買ってきて頂戴」

俺は急いで公園近くの自販機まで走り、暖かい缶コーヒーを買って先ほどの場所へ戻った。
黒猫の姿はすでにそこにはなかった。

「……誰を捜しているの? こっちよ……ここならさっきの所よりも少しは暖かいと思うから」

入り口からは見えなかったが、どうやらこの公園はL字型になっているようだった。
黒猫が今立っているところは陽だまりになっていて、先ほどの所よりも幾分か暖かかった。
朽ち掛けてはいたが、小さな木製のベンチが置かれていた。
黒猫が先に座り、俺が隣に座った。

「……帰っちまったのかと思ったよ。……ほら、缶コーヒー」
「ありがとう。……やっぱり優しいのね、先輩って」

黒猫は缶のプルトップを開けてから両手で包み、その温もりを手のひらにゆっくりと移すかように瞑目していた。
俺は再び彼女の小さな口から、言葉が漏れるのをただじっと待っていた。



「………………私が、先輩と同じ高校へ入学したのは偶然ではないのよ」

195 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:43:11.61 ID:/mEUkKX00 [15/24]
再び黒猫がその口から言葉を漏らしたとき、制服姿の黒猫に初めて会ったあのときの映像が甦った。
新学期の初日に通学路で俺の前を歩いていた、後ろ姿に見覚えがある制服姿の新入生。

『――おはようございます、先輩』

あの時の黒猫は、気持ち得意げに、少しだけ頬を赤らめて、肩をきゅっと硬くして。
しかし、確か『――でも、別にあなたがいるからというわけではなくて』と言っていたはずだが……。

「……私が先輩と同じ高校を受験しようと決心したのは、高校へ願書を提出する前日だったの。
 それも夜になってから……迷いに迷った挙句のことよ。
 ……深夜になって、担任の先生に電話したの……受験先を変えさせて下さいって。
 驚いていたわ……先生……」

黒猫と初めて出合ったのは、沙織が立ち上げた『オタクっ娘あつまれー』のオフ会だった。
俺の知る限り、当時から黒猫は恥ずかしがり屋で、なおかつ人見知りする性格のようで、
ましてやクラス担任の先生にそんな大胆なことが言える性格ではなかった。

「……普段無口で、クラスでも孤立しているような生徒が突然無理なことを言ってくるのですもの。
 すでに書類は作成済みで、後は提出するだけ………………でも、私は泣いて頼んだの。
 自分でもなぜそこまでするのか、その時は分からなかったけれど」

「…………………」

「……泣くばかりで何もいえない私に、電話の向こうで先生はじっと黙っていたわ。
 そのあと先生はひと言だけおっしゃったの。
 ……朝一番で学校に来い、それまでに先生が何とかするからって」

「…………………」

「……私が朝、職員室へ行くと……新しい書類が出来上がっていたわ。
 先生の眼は真っ赤で……多分、私からの電話の後、深夜にもかかわらず学校へ駆けつけて……
 私のために朝までに書類を整えてくれていたのね……」

黒猫は当時のことを想い出したのか、懐かしそうに口元に笑みを浮かべていた。
そして、一粒の涙が彼女の頬を伝わった。

「……なぜそこまでして今の高校へ入学したのか……先輩、あなたに分かるかしら。
 ………………そうよ、先輩……あなたがいたから……あなたがいたから私は入学したの」

――俺がいたから俺と同じ高校へ入学してきたという黒猫。
今まで一度もそう考えなかったかといえば嘘になるが、あらためて本人の口から聞くことになるとは……。

「……いつだったか、あなたと一緒に出版社へ行ったとき、
 フェイトさんに『あなた、友達いないでしょ』って、私がそう言われたの憶えている?
 ……フェイトさんの言ったとおりよ。中学時代、私には友達と呼べる人はひとりもいなかったわ」

黒猫が人とのコミュニケーションが苦手なことは承知していた。
話し下手で、とても恥ずかしがり屋で、そして照れ屋で……でも心根はとてもやさしくて……。

196 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:44:12.41 ID:/mEUkKX00 [16/24]
「先輩は、こんな童話を知っているかしら
 ……あるとき、キツネがぶどうの木の下までやって来るのだけれど、
 そのキツネは木に登れなくて、ぶどうを食べられないの。……本当は凄く食べたいくせに。
 ……だから、キツネは考えるのよ、『あのぶどうは、すっぱいから僕はいらない』ってね。

 私は、ずっとそのキツネだったの。沙織や、あなたの妹や……そして、先輩、あなたに出会うまではね」

童話に出てくるキツネを自分と重ね合わせる黒猫。
本当は友達が欲しくて堪らないのに、勇気が無くてその一歩が踏み出せなかった中学時代。
沙織の作ったコミュニティで俺達に出会ったことが、黒猫の中で何かが変化したのかもしれない。

「いつだったか……先輩が私の家に遊びに来たとき、妹たちを紹介したでしょ。
 先輩も気付いたと思うのだけれど、私は妹たちとは少し年が離れているのよ。
 ……お母さんは仕事で忙しいから、妹たちの面倒を見るのは私の役目だったの」

妹がいることは話には聞いていたが、実際に会ったのは彼女の家に初めて遊びに行ったときだ。
黒猫は三人姉妹で、すぐ下の妹は小学校6年生……少しおませな性格で、黒猫に似ていてしっかり者だった。
一番下の妹は甘えん坊で、まだ保育園に通っている。

「……特に一番下の妹はまだまだ手が掛かるし、保育園の送り迎えはずっと私がやっていたの。
 今はすぐ下の妹が代わりにやってくれることもあるけれど。
 ……仕方がなかったといえばそれまでだけど……私には友達と遊ぶ時間なんかなかったのよ」

黒猫が以前、桐乃と遊ぶために俺の家に来たときも、平日は決まって4時半になると帰っていった。
テレビのアニメがあるからと言っていたが……きっとそういう理由もあったのだろう。

「……べつに学校の友達となんか遊びたいとも思わなかったし、それでも構わなかったわ。
 私と趣味が合うような人たちもいなかったし、それに、創作の時間が取られるのもいやだったのよ。
 ……でも、沙織やあなたの妹と知り合って……こういうのもいいのかもしれないと……」

黒猫にとって沙織や桐乃は、初めて心から友達と呼べる友達だったのかもしれない。
特に桐乃とは、初対面のときから周囲の目などまったく気にもせず本気で喧嘩して……。
二人を引き合わせてくれた沙織に、俺はあらためて感謝した。
もし沙織がいなかったら、いや、桐乃にオタク趣味がなかったら、
……俺はこうして黒猫にも出合うことはなかっただろう。

「……先輩の家に私が初めて行った日のこと、憶えているかしら……。
 沙織やあなたの妹とメルルの鑑賞会をする予定だったのだけれど、
 その日は沙織が急用で来れなくなってしまって……結局、いつものようにあの女と喧嘩になって……」

あの日、俺が麻奈実と図書館での勉強を終え家に帰ると、リビングには黒猫がポツンと一人で座っていた。
桐乃はといえば自分の部屋にこもってエロゲーをやってるし……訳を聞いてから二人の仲裁に入って……
いま思い出しても苦笑してしまう。

「先輩は妹に殴られたり、蹴られたり……どんなに邪険にされても、かいがいしく妹の世話を焼いて……。
 どんなに酷い扱いを受けても、あなたは妹に優しく接して――私はあなたの妹が羨ましかった。
 ……あなたが妹に向けた優しさの……その何十分の一でもいいから……」

黒猫は眼を閉じて、そこで言葉を途切れさせた。
すっかり冷めてしまった缶コーヒーを一口だけ飲んでから、再びその小さな口を開いた。

197 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:45:18.26 ID:/mEUkKX00 [17/24]
「あなたと同じ高校へ入っても、私は特に期待していなかったわ。
 自分の見知った人が同じ学校にいてくれる、そう思うだけでも十分だったから。
 ……でも、あなたは……」

黒猫は何かを想い出すように遠くを見つめながら、眼を細めて微笑んだ。

「私が入学するなり私の世話を焼き始めて……クラスで孤立していることを心配してくれて、
 友達を作れと同じ部活にまで入ってくれて、田村先輩との時間を削ってまで―― 一緒にいてくれて。
 ……私は、とても、嬉しかった」

黒猫から告白されたあの校舎裏で聞いた言葉を俺は、今あらためて黒猫の口から聞いた。
これほどまでに俺のことを想っていてくれる彼女を、絶対に手放さないと俺はそのとき心に誓った。

「……そんなあなたに、私が惹かれないわけがないわ。
 あなたは、とても優しいひとよ。……自らを犠牲にしても弱いものを守ろうとするその優しさ……。

 ……それはきっと、あなたの無意識から来るものだと思うわ。……でもね。
 無意識の優しさほど残酷で、時としてひとを傷つけるものだと……あなたは学んだほうがいいわ。

 ……私があなたのことを見ていたからと言ったこと、憶えているのかしら?
 もしも憶えていたら……あなた、こうは考えられない?」

黒猫は一瞬敵意に満ちた視線で俺を見つめ、唇を噛み締め固唾を呑むと、一気に捲くし立てた。

「私があなたを見ていたように、田村先輩もあなたをずっと見ていたのよ! 
 そうね、私なんかが足元にも及ばないくらいに、ずっと昔から!
 でも、あなたは幼馴染という言葉を隠れ蓑にして自分をごまかし、あの人の心を弄んだのよ。

 今の田村先輩の心は、過去の私の心を映し出す鏡のようなものなの……。
 だから、赦せない……あなたのことが昔から好きなのに、勇気が無くて言い出せない田村先輩も、
 過去の私の心を踏みにじるあなたも……どちらも赦せないの。

 もういやなの、自分の殻に閉じこもって出来ないことを人のせいにして、
 何も納得していないのに自分をごまかして……平静を装うなんて。
 それを教えてくれたのが……あなたと、あなたの妹なのよ……。

 聞いて頂戴、先輩、このゲームは田村先輩のためなんかじゃないのよ……。
 私があなたのことを、これからもずっと好きでいられるのか、自分に課した試練なの。

 私があなたとキスをしたくらいで、田村先輩のあなたへの想いを消滅させることなんてできないの。
 だからといって、私が恋人の立場を利用してあなたとの既成事実を作ったとしても……。
 そんなことはこの私のプライドが許さないわ。

 あの人はあなたへの想いを何年も掛けて、少しずつ育んできたのよ。
 それなのに……磐石だと思っていた、あなたを好きだと想う気持ちがいま揺らいでいるの。

 だったら、あなたと出合って一年と半年にも満たない私の気持ちはどうなるのかしら。
 私が、あなたを好きだと想っているこの気持ちに嘘偽りはないと思うわ。
 でも、そう私が思っているだけで本当は幻かもしれない、目覚めれば消えてしまう夢かもしれないの。

198 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:46:15.97 ID:/mEUkKX00 [18/24]
 私が田村先輩の前に立ちはだかったように、こんどは私の前に立ちはだかる女が現れないとは限らないのよ。
 だから、偽りでもない幻でもない、決して揺らぐことのない……私があなたを好きだと想う気持ちを、
 私自身の心に刻まなくてはならないの。……それが……私が私に課した試練なの……。

 ――だから、もし私が負けても、もう泣いたり悔やんだりはしないわ」

黒猫は言い終えると立ち上がり、俺に向かって寂しげな微笑だけを残して夕暮れの公園をあとにした。


クリスマス・イヴ前夜――

俺は答えを出さなければならなかった。
麻奈実はガキの頃からの幼馴染で、気が付けばいつも一緒にいる、またそれが当たり前のことだと……。
いつの日か、どちらかに恋人ができたとしても、俺達の関係はずっとこのまま続くものだと思っていた。
いま俺と麻奈実との関係が、音を立てて崩れようとしている。

いつだったか俺の勘違いで麻奈実に嫌われたかと思ったとき、
桐乃に泣きついて、人生相談をしたことがあった。しかし、その桐乃とはいま冷戦継続中だ。
あやせは? ……麻奈実をお姉さんと呼び慕っているが……他に頼れそうなヤツが思いつかない。

――メールに一縷の望みを託して……。

『人生相談があります。いつもの公園で、明日午後3時に待ってます。  京介』

あやせは、所属しているモデル事務所主催のクリスマス・イヴのパーティーに今年も出席するだろう。
だからその前に少しでも時間を作ってもらって、相談に乗ってもらえればと思った。
もしも、あやせが会ってくれなければ、そのときこそ腹を括るしかなかった。


新垣あやせ――

俺はあやせが来てくれることを祈って、いつもの公園に向かった。
約束の時間よりもまだ少し早いが、誠意を示すためにも先にいって待ってるほうがいい。
公園へ向かう途中、所々の家々にクリスマス・イルミネーションが取り付けられていた。
夜になれば色とりどりの美しい電飾が煌くのだろうが……俺の心は、寒々とした青色LED一色だ。

予定の時刻より15分ほど早く公園に着くと、あやせがすでに公園で待っていた。

「遅いじゃないですか、お兄さん……」
「すまんあやせ、だけど、まだ約束の時間より早くねぇか?」
「わたし、きょうは色々と予定が入っているんです。事務所のパーティーもあるし……
 お兄さんからの人生相談を受けている場合じゃないんですよね」

今日のあやせは、赤味がかった青……瑠璃色のシルクのワンピースに、
オフホワイトのカシミアのハーフコートを着て、ハンドバックと靴は白のエナメル。
胸元にはさり気なくシルバーのブローチと、どこから見てもお出かけファッションだった。
あやせが自分の腕時計で時間を確認しているところを見ると、本当に予定が詰まっているんだろう。
感謝の言葉を述べてから、相談内容を話し始めようとして……ふと疑念が湧いた。

199 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:47:08.23 ID:/mEUkKX00 [19/24]
「ところで、あやせ……麻奈実から何か聞いてるってことはないか?」
「何のことですか? きょうはお兄さん自身のことで、わたしにご相談があるんじゃないんですか?」

きょとんとして俺の問いに答えるあやせ――俺の取り越し苦労だったようだな。
相談内容は昨日寝る前にまとめておいた……。

「つまり、お兄さんの相談内容というのは……お姉さんと彼女さんが、お兄さんの取り合いを始めたと?」
「まあ、端折って言うと、そんなところだ」

「……冗談を聞きに来たのではないので、帰ってもいいですか?」

「待ってくれ! 冗談じゃなく本当のことなんだよ。あやせは信じられねぇだろうが」
「冗談ですよ。……お姉さんから、ある程度のことは聞いていますから」

やはり麻奈実とあやせは通じていたか、だが、この瀬戸際で頼れるのはあやせだけだ。
俺は開き直って、あやせに言った。

「で、相談なんだが……俺はどうすりゃいいと思う?」
「そんなこと自分で考えたらいいじゃないですか」

――自分で考えても分からねぇから、お前に聞いてんだろ。
人生相談の回答者が、『自分で考えなさい』なんて言ったら、相談じゃなくて単なる自問自答だろうが。
俺はこめかみを抑えながら、冷静になるように自分に言い聞かせた。

「確かに、あやせさんの言う通りなんすけど……自分で考えても分からないもんで、
 ここはひとつ、あやせさんのお力添えを願えればと……」

――なんで高校生の俺が、女子中学生にここまで卑屈にならなけりゃいかんのよ……。

あやせの洞察力と行動力、なかでも策略と謀略に懸けては女子中学生とは思えないほどのものがある。
いつだったか、桐乃にプレゼントをするために、同級生の加奈子を騙してコスプレ大会に出場させ、
まんまと目的のブツをGETした策略には俺も感服した。
その上、騙した加奈子を所属事務所に紹介し、加奈子を今じゃ超売れっ子のコスプレアイドルにしてしまった。

ここで重要なことは、騙された加奈子が、それほど怒っていないということ(アホだからとも言えるが)。
つまり、あやせの策略は目的を達成すると同時に、騙された本人にも不快な思いをさせないところにある。
俺があやせに、今回の相談でもっとも期待をしている点だ。

「……お姉さんとは今までどおりの関係を続けたい。……でも、黒猫さんとは恋人同士でいたい……?」
「まあ、要するにそういうことだ」

「やっぱり、わたし帰ってもいいですか!」

あやせは公園の入り口へ視線を移し、今にも帰りそうな勢いで俺に言った。
俺は両手を合わせ拝むようにして、あやせに懇願した。

「す、すまん、もうお前にしか頼れないんだ。なんとか相談に乗ってくれ……」
「でも、そういった話なら、お姉さんのことも、黒猫さんのことも知っている桐乃に相談したほうが、
 わたしなんかよりも適任じゃないんですか?」
「お前、俺と桐乃が今どういう状態か知ってて言ってんだろ」

200 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:47:58.30 ID:/mEUkKX00 [20/24]
桐乃の親友であるあやせが、俺と桐乃が今どういった状態にあるのか知らないはずがない。
あいつのオタク趣味を除けば、ふたりは公私にわたる大親友なのだから。
あやせは当初、オタク趣味全般に対してその潔癖で純粋な性格からか、激しい拒絶反応を示していたが、
しばらくは折り合いをつけずに、自分なりに理解しようと歩み寄ってくれている。

「桐乃から話は聞いていますけど。お兄さんが心配しているほど、桐乃、怒ってませんよ。
 この前も『あのバカ兄貴が……』って、笑いながら話してましてから」
「桐乃が? じゃあ今度、俺からあいつに話し掛けてみっかな……って今はそれどころじゃねぇんだよ」

俺が思っているほど桐乃が怒っていないと、あやせの口から聞いて正直ほっとした。
だが彼女にも言ったように、今は桐乃のことを話している場合じゃなかった。
それに麻奈実から今回の件について、事前に話は聞いているらしく……。

「わたしとしては、お兄さんにはお姉さんとお付き合いして欲しかったんですけど。
 ……仕方ありませんよね。すでに黒猫さんという恋人がいるようですから」

お袋も、俺が麻奈実と付き合っているものとばかり勘違いしていたときがあったが、
俺としては彼女に対して、恋愛感情と呼べるものがあるのか疑問だった。
しかし、麻奈実は俺にはっきりと「好き」だと言った。
友達や幼馴染としての「好き」ではなくて、異性としての「好き」という意味で。

「お兄さんが、お二人との関係をしばらく維持したいというのなら……
 今年のイヴは、そのどちらとも過ごさなければいいと思いますけど」

言われてみれば当然のことだ。
麻奈実の本心を知り、黒猫から俺に対する想いをあらためて打ち明けられたことで、
ここ数日は頭が混乱していたのか、そんな単純なことにも思いが至らなかった。

「でもなあやせ、なぜ、どちらともイヴを過ごせなかったのか、絶対に追求されるだろ」
「当然でしょうね。……それなら、急な用事が出来てどうしても断れなかったとか……」

なるほど、言い訳まで考えてあったとは……。
流石に新垣あやせ――卑怯な手を思いついたもんだ。

「だがなぁ、急な用事って言っても、特に用事はねぇしなぁ……」
「……お兄さんは私の事務所の社長……美咲さんにお会いしたことがありますよね」

あやせの言う美咲さんとは、エターナルブルーという会社の代表取締役、藤真美咲さんのことだ。
かつて美咲さんは、桐乃を専属モデルとして正式にスカウトし、海外にある本社へ連れて行きたいと申し出ていた。
その申し出を婉曲に辞退するために、俺が桐乃の彼氏のフリをして美咲さんと対面したことがあった。

「ああ、一度だけ桐乃と一緒に会ったことがある。……いつだったかお前にも説明したと思うが……」
「桐乃とデートして、プリクラを撮ったんですよね? しかも、カップル御用達のハートフレームで」

含み笑いを口元に浮かべながら、俺の記憶を無理やりに呼び覚ますあやせ。
なぜ彼女がこんな時に、桐乃とのプリクラの一件を持ち出してきたのか、俺には分からない。
今日のあやせの言葉には棘があるように感じた。

201 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:51:28.31 ID:/mEUkKX00 [21/24]
「まあ、それは次の機会として……お兄さんも事務所のクリスマス・パーティーに参加しませんか?」
「……でも、関係者でもない俺なんかが行ったらまずいんじゃねぇか?
 いやそれより、桐乃もそのパーティーに来るんだろ?」

あやせが言うには、桐乃は陸上部のクリスマス・パーティーに出席するとのことで、
きょう開かれる事務所のパーティーには欠席するという。
陸上部の元エースで、学校でも人気のある桐乃のことだから仕方がないそうだ。

「それに、お兄さんには加奈子のマネージャーをして頂いたとき、
 スタッフさんとも顔見知りになってるじゃないですか」

あいつも今じゃ、ブリジットと共に、大きなお友だちに超大人気のコスプレアイドルに成長した。
俺が加奈子のマネージャーとしてイベントに参加したとき、
あやせの紹介で何人かのスタッフとも面識を持った。
そもそも、今の加奈子があるのも、元をただせばあやせの策略に他ならない。

「それなら美咲さんに、お兄さんもパーティーに参加すること伝えておきます」

そう言ってあやせは自分の携帯を取り出すと、俺から少し離れて電話を掛けた。
俺のところからは、あやせが何を話しているのかは聞こえなかったが、
敬語を使っているところを見ると、たぶん美咲さん本人かスタッフの人だろう。
しばらくして、あやせが笑顔で俺のところに戻ってきた。

「お兄さん、美咲さんも是非ご参加くださいって、お待ちしていますとおっしゃってました」
「美咲さんがそう言ってくれてるなら、俺も安心だよ」

これで取り敢えず、急用はできたことになる。
しかし、クリスマス・パーティーに参加するのに、こんな普段着でいいのか?
現にあやせはパーティーというには控えめだが、どこから見てもお出かけファッションだった。

「なあ、俺こんな格好だけど……着替えて来たほうがよくねぇか?」
「大丈夫ですよ。パーティーと言っても、スタッフさん達は撮影現場からそのまま来る人たちが大半ですし、
 それに、いま家に戻ってお姉さんや黒猫さんに会ってしまったら、その方が問題だと思いますけど」

流石はあやせだと言わざるを得なかった。
彼女に相談したのは正解だったと、俺はそのとき心底そう思った。

「じゃあ、お兄さん、そろそろ行きましょうか」

202 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:52:27.23 ID:/mEUkKX00 [22/24]
ホワイト・クリスマス――

俺とあやせは千葉中央駅を発って電車を乗り継ぎ、新橋からゆりかもめに乗り換えた。
そして、車窓の外に流れる風景をドアに寄りかかりながら、見るともなしに見ていた。
日の出駅を通過すると、ゆりかもめは首都高速台場線と重なり、
東京湾に架かるレインボーブリッジに向かって、左に大きくカーブを描く。

車窓からお台場の方を見ると、ユニークな印象を与えるテレビ局の建物をはじめ、
そこが埋立地に浮かぶ人工的な都市だと印象付ける建築物が、ライトアップされ暗闇に浮かび上がっていた。
その手前に、青いLEDの光に包まれたお台場公園が深い海の底のように横たわる。

「もうすぐ駅に着きますから」

俺の横に立っていたあやせが、車窓から外を見つめたまま言った。
年に一度のクリスマス・パーティー、あやせもきっと楽しみにしていたのだろう。
ドアの窓ガラスに映ったあやせの口元に、ふっと笑みがこぼれた。
お台場海浜公園駅の改札口を出て、俺達はパーティー会場があるホテルへと向かって歩いていた。
秋葉原や渋谷なら行ったことがある俺も、お台場へ来るのは今回が初めてだ。
海が近いせいか風に乗って潮の匂いが微かにする。

「ホテルはこの道のずっと先なんですが、公園を抜けると近いので……こっちです」

あやせにそう言われても、俺には初めて来た所だから見当もつかない。
イヴのせいか街頭には人通りが多く、彼女を見失わないようにするので精一杯だった。

「少し急ぎましょう」

はぐれたら困るからと言って、あやせは俺の左手を取り、少し足早に歩いた。
公園のプロムナードをあやせと手を繋いで歩きながら、
俺は黒猫と麻奈実に、多少の後ろめたさ感じていた。――本当にこれでよかったのか?

「青い色の光って、とても綺麗だと思いませんか?
 わたしはこの青い光がとても好きなんです。お兄さんは?」

俺と手を繋いだまま、やせは少し歩調を緩め、笑顔でそう言った。

「俺も嫌いじゃねぇよ」
「そうですよね。なんだか厳粛的というか、幻想的という言葉がぴったりだと思うんです」

あやせがこの青い光が好きだというのに、俺がそれを否定するわけにもいかない。
彼女のイメージカラーというのは寒色系の代表的な色、青色なんだと思った。
服装は青色系統が多かったし、部屋のカーテンはターコイズブルーだった。
いま着ているワンピースだって瑠璃色だもんな。

「……お兄さん、なにか可笑しなことでも?」
「いや、なんでも。イルミネーションが綺麗だなって思っただけさ」

203 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:53:25.48 ID:/mEUkKX00 [23/24]
プロムナードで一組のカップルと擦れ違ったとき、女が俺を振り返って男と何かヒソヒソ話をしていた。
あやせは容姿端麗、そのうえファッションセンスにも長けている。
彼女と俺では不釣合いなカップルに見えたのだろう。

「お前、その格好で寒くないのか?」

あやせは軽く頷くと、さらに歩調を緩めて俺と寄り添うようにして夜空を見つめた。

「……雪が降ってきましたね」

彼女の言葉に空を見上げると、天空から白い粉雪が舞い降りてきた。

「……どうりで寒いと思ったよ」

黒猫が待ち望んでいたイヴの日に降る雪――ホワイト・クリスマス。
俺への想いを確かなものにするために、黒猫は自らに試練を課すと言った。
いいやそうじゃない、これは俺にとっての試練なんだ。
俺自身が彼女をどこまで愛しているのかを確かめるための……。
彼女を失ってはならないと俺の心が警鐘を鳴らす。

ポケットの中の携帯を握り締めながら……俺はそこで躊躇した。――麻奈実……麻奈実はどうなる。
黒猫に言われるまで気付かなかった、麻奈実の俺への想い。
ガキの頃からの幼馴染と思って見ていた俺と、成長するにつれ俺を恋愛対象と見ていた麻奈実。
こんな苦渋の選択を迫られたのは生まれて初めてかもしれない。
俺は、自分自身の鈍感で優柔不断な性格が恨めしかった。

「雪、積もるといいですね……」

不意にあやせが俺に話し掛けてきたので、俺の思考が中断した。
それよりも、俺と手を繋いだままゆっくりと歩くあやせを見て、多少不安になった。
携帯を取り出し時計を確認すると、午後5時58分。
付近にはパーティー会場のホテルらしきものも見当たらない。

「なあ、クリスマス・パーティーって何時から始まるんだ?」
「……パーティーは午後5時からなんです。
 モデルの中にはわたしや桐乃みたいな中高生も結構いるので、早めに始まるんですよ。
 中学生は午後7時までの2時間しか参加できないんですけど」

あやせの言うとおりならば、パーティーが始まって、すでに1時間近く経過していることになる。
だが、彼女には全くあせっている様子が見られなかった。
しかし俺には、それを問い質している余裕が無かった。

「あやせ、ちょっと待ってくれるか」

黒猫と麻奈実との約束の刻限までもう時間が無かった。――黒猫と麻奈実に電話を……。

204 名前: ◆Neko./AmS6[sage] 投稿日:2011/01/23(日) 19:54:20.50 ID:/mEUkKX00 [24/24]
「……どなたかにお電話でもするんですか?」
「あいつらとの約束で、午後6時までに連絡することになってんだ。
 それよりも、遅くなって申しわけない。……もうすぐ6時になっちまう」

電話を掛けるのを待ってくれるつもりなのか、あやせが立ち止まって俺に振り向いた。
黒猫と麻奈実のどちらに電話をするか、この期に及んでも決心がつかなかった……。
あやせが腕時計をチラリと見て微笑んだ。

「……別にいいんですよ。
 美咲さんには今回は出席できないと、公園にいたときにもう連絡してありますから。
 残念ですがお兄さん、もうタイムオーバーです。
 お電話するのなら、お二人に伝えて下さいね。――ゲームはあやせの勝ちだったと」

思いも寄らないあやせの言葉に俺は驚愕し、思わず彼女の顔をまじまじと見た。
そこには、凍るような微笑をたたえて俺を見つめるあやせがいた。
その瞳の奥に、公園を彩る青いイルミネーションの妖艶な光が映り込んでいる。
時間軸を戻してしまったのは、黒猫ではなく……俺だったのかもしれない。



(完)
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