無題:8スレ目577


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「春眠暁を覚えず」とはよく言ったもので、春の訪れと共にやってきた暖かな陽気は、俺の中から眠気だけを効率良く引き出してくれる。
 暇潰しのために持ってきた文庫本も、今は睡眠促進剤としてしか機能を発揮していない。
 これで隣に可愛い女の子でもいれば、少しは違ったのだが、生憎今そこにいるのは無駄に爽やかなムカつくイケメン野郎だった。

「俺の隣にいるのが、なんでお前なんだろうな」
「おい、高坂。口を開くたびに俺に当たるのはやめろ。俺の繊細な心はもうボロボロだ」
「なら、粉々に砕いてやるよ」

 無駄に爽やかなムカつくイケメン野郎――赤城浩平は、そんな心にも無いような反論をして、俺のイライラを加速させた。
 この余裕な態度も鼻につく。まったく、妹の頼みとなると途端に元気になりやがって。

「お疲れさま~。きょうちゃん。赤城くん」
「おう、麻奈実」
「こんにちは、田村さん」

 高校時代と変わらない、他愛の無い言い合いをしている野郎二人の下に、眼鏡をかけた地味な幼馴染――田村麻奈実が少々大きな荷物を持ってやってきた。
 麻奈実は、孫のケンカを見守るお婆ちゃんのような笑顔を浮かべ、自宅から持ってきた温かい緑茶を差し出す。
 それを飲み、ほっと息を吐くと、さっきまでの不平不満も幾分か減少した。

「せっかくのお花見なのに、そんな態度じゃ桜がかわいそうだよ~」
「そうだぞ高坂。田村さんの言う通りだ。少しは空気を読め」
「その言葉、熨斗(のし)付きで返してやるよ。このドシスコン」
「妹が好きで何が悪い!!」

 俺の軽い挑発に、赤城は必要以上に乗ってくれやがった。まったく、イチイチうるさいヤツだな。
 怒り心頭の赤城は麻奈実に任せ、俺は無視を決め込んだ。そんな俺たちの頭上からは、白みのある淡紅色の花弁が、ひらひらと何枚も舞っている。

「それにしても……」

 俺は視線を少し上げ、ここら一帯の風景に目を向けた。あちこちに生えたソメイヨシノには、花弁が五枚合わさってできる花が幾百幾千と咲き誇っていた。

「美事なもんだ」





 事の発端は半月ほど前。ホワイトデーが明けて数日経ったときだった。
 その時の俺は、ひどく疲れ切っていた。主に精神的に。
 妹やその友達、幼馴染や後輩から貰ったチョコのお返しのため、普段では考えられないほど散財したからだ。
 あまり金の掛からないヤツもいたが、妹を筆頭に、ひどく金を使わせる輩もそれなりにいたからな。
 まったく、「バレンタインデーのお返しは三倍返しが基本」なんて言い出したヤツをぶん殴りたくなるぜ、はぁ。

「ただでさえ辛気臭い顔を、さらに辛気臭くしてどうすんのよ」
「ほっとけ」

 その辛気臭くなる原因を作り出した張本人が、俺に罵詈雑言を浴びせてきやがった。少しは労ってもよくね?
 そんな中で溜息を吐いたものだから、流石の妹様も俺を心配したようだ。今度は少し優しげな言葉を掛けてきてくれた。

「ホントどうしたのよ? 具合でも悪いの?」
「体調は悪くねえよ。ただ、財布の中がさびしいだけだ」
「どーせまた、エロいもんを大量に買い込んだんでしょ」

 どーせってなんだよ! 俺はエロ関連にしても大量に金は使わねえよ!
 はぁ……。お前の中の俺は、どんだけエロマジンガーZなんだよ。あんまりいじめると、パイルダーオンすっぞコラ。

「ちげーよ。律儀にホワイトデーの“三倍返しの法則”を守った結果だ」
「はぁ? あんた、そんなに何人からもチョコ貰ったの?」
「あぁ、今年は多かったな。お前だろ。麻奈実、黒猫、沙織に、あやせ、加奈子、ブリジット。あとは瀬菜か」
「へ、へぇ~。それはそれは……随分とおモテになるようで……」
「あ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。あれ、全部義理チョコ……」

 つまらない勘違いをしている妹に反論しようとしたが、俺はそれをやめた。やめざるを得なかった。
 だってさ、桐乃の体から赫怒(かくど)の炎が立ち上ってんだよ。幻視かも知れんけどさ。そんな中、言葉を継げねえって!!

「ど、どうかしたか?」
「別にぃ~……。どうもしないわよ。あんたが誰からいくつチョコ貰おうが、あたしの知ったことじゃないしぃ~……」

 ん、なんでかは知らねえが、桐乃様は大変お怒りのようだ……。どれだ? 俺のどの発言が逆鱗に触れた?
 俺が怒りの原因を考えている中、桐乃はリビングを出て行き、怒りに満ちた足音を響かせて部屋に戻った。



「どうしたもんかね~?」

 俺は自室で、そんな情けない声を出していた。
 原因はわからんが、ウチの妹様はとかくお怒りだ。この状態を長引かせるのは、俺にとっても非常によろしくない。
 つまりだ、何らかの方法でお姫様のご機嫌を取ってやりゃにゃあいかんわけだ。はぁ、迷惑な話だよ……。
 そんな泣き言を言っても、何も始まらない。俺は無い知恵を絞って、桐乃が喜びそうなことを考えた……が、女心なんざ微塵もわからん俺に、妙案なんぞ思い浮かぶはずも無い。
 となるとだ、誰かの知恵を借りるべきかも知れん。桐乃のことをよく知っている女の子に。
 候補としては……黒猫か、沙織かあやせといったところか。

 たとえば黒猫に相談した場合……

『黒猫。桐乃のことで相談があるんだが……』
『どうして私が、あの女のことで力にならなければいけないのかしら? そんなのは放っておきなさいよ。それより先輩……』

 むぅ。なんだかんだ言いつつも、あいつは力になってくれるだろうが、無駄に時間がかかる気がするな。
 この問題、できるなら今日中に解決したいし、黒猫はダメだな。

 なら、沙織に相談した場合は……

『沙織。桐乃のことで相談があるんだが……』
『はっはっはー。相変わらず仲がよろしいですな、お二人は。して、相談とは……』

 きっと口元をω(こんなふう)に歪ませて、俺の悩みを解決してくれるだろう。
 だが、こう毎度毎度あいつに頼るのもなぁ……。沙織に悪いし、下手に沙織に頼る癖がついちまうのもよくない。沙織も却下した方がいいか。

 となると、あとはあやせに相談した場合だが……

『あやせ。桐乃のことで相談があるんだが……』
『お兄さん。私、言いましたよね? 桐乃に手を出したらどうなるか……』

 ダメだダメだダメだ! 桐乃のご機嫌取りどころじゃねえ! あやせにこの話をしたら、俺は修正、もしくは粛清されちまう!!
 いくら生意気な妹のためとはいえ。俺の命を賭ける気にはならない。これは絶対にダメだ!

 ああ~、どうすりゃいいんだろうな。
 頭をぽりぽり掻きながら、俺は椅子の背もたれに思いっきりもたれかかった。そのとき、お袋が町内会で貰ってきたカレンダーが俺の目に入ってきた。

「そうだ!」

 桐乃に効くかはわからんが、俺は妙案を閃いた。





 というわけで、俺は桐乃のご機嫌を取るために「花見」という案を思いつき、今はこうして、地元の花見スポットで場所確保の任についているというわけだ。
 最初は渋った妹様だが、説得の甲斐あってなんとか了承してくれた。
 赤城がいるのは、こいつも花見をするつもりだったらしいので、瀬菜を誘うついでにこいつも連れてきた。麻奈実は俺から誘った。

「妹の機嫌を取るのも、楽じゃねえ」
「そう言うな、高坂。これもお兄ちゃんの宿命だ」

 俺があくびをかみ殺しながら愚痴を漏らすと、隣の最高純度のシスコン野郎がそんなことを言ってきやがった。
 お前にはそうかもしれねえがな、俺はそんな役割は御免だよ。

「それより高坂。瀬菜ちゃんたちはいつ来るんだ?」
「ん~、もうすぐじゃねえか。約束は12:30だからな」
「お、もう12:00過ぎてんのか。早く来ないかなぁ~」

 赤城、その気持ち悪い声を出す作業を今すぐやめろ。今、俺はお前を無性に殴りたくて仕方ないんだ。
 俺のそんな心情は露知らず、赤城は麻奈実に話しかけている。

「ところで、なんで田村さんはこんな早めに来たんだ?」
「お弁当はできたし、いつまでもきょうちゃんと赤城くんだけじゃさみしいでしょ?」

 麻奈実の言葉を聞いた赤城は「さすが田村さん!」なんて言って感激してるが、勘違いすんなよ?
 麻奈実のことだ。いつまでも孫だけにしておくのはイヤだったんだろう。さすがだよ、お婆ちゃん。
 おい、赤城。麻奈実との距離が近ぇよ。今すぐ離れろこのクソシスコン。

「げっ」

 俺ら同級生組が、そんな馬鹿なことをやっていると、桐乃、黒猫、沙織、瀬菜がやってきた。黒猫の後ろには、その妹たちもいた。

「早かったな」
「いやはや、場所取りご苦労! お邪魔しますぞ」

 そんな快活な声を出して、沙織がビニールシートの中に入ってくる。バジーナ口調だからわからんかも知れんが、沙織はいつものヲタ服じゃないぞ。
 淡色のTシャツに薄手のジャケット、細身のジーンズにブーツという服装だ。沙織の立派なボディラインがわかるファッションだな。
 だが、顔にはいつものぐるぐる眼鏡なため、口調はアレなまんまだが……。
 黒猫も、今日はゴスロリ服じゃない。春らしいワンピースの上にカーディガンを羽織っている。いつぞやの白猫を思い出す服装だ。
 妹達は子どもらしく、動きやすさを重視したような服装。可愛く見えるのは、元が良いからだろうな。
 瀬菜は瀬菜で、沙織に近い格好だが、なんというか……少し地味だな。あとキャスケットも違う点か。
 んで、ウチの妹様は相変わらずばっちり決めてやがる。人気の読者モデル様は一味違うな。

「高坂先輩、お兄ちゃんとの時間はどうでした……? フヒヒwww」
「相変わらずだな、瀬菜」

 ホンット、こいつは相変わらずだ。人選を誤ったか?
 俺が瀬菜の処遇について考えていると、沙織に話しかけられた。

「して、京介氏。そちらとこちらの眼鏡のご婦人方は?」
「ああ、お前は初めてだったか? こっちのおとなしそうなのが幼馴染の田村麻奈実。そっちの気持ち悪いのが後輩の赤城瀬菜だ。その隣にいるのは瀬菜の兄貴の赤城浩平」
「おい、高坂! 瀬菜ちゃんに向かって気持ち悪いとは……」
「うるさい黙ってろ殴るぞコラ」

 俺が激昂した赤城を押さえている間、沙織は麻奈実と瀬菜に自己紹介を始めた。あのぐるぐる眼鏡を外して……。

「はじめまして。わたくし、京介さんと桐乃さんのお友達で、槇島沙織と申します」
「は、はじめまして。田村麻奈実……です」
「高坂先輩の高校の後輩の赤城瀬菜です!」

 麻奈実は、いつかあやせに自己紹介されたときのように、沙織の素顔に見惚れていた。
 一方瀬菜は、一切物怖じせずに元気一杯挨拶をしていた。瀬菜、お前すげえよ。

 簡単な自己紹介が終わり、沙織が眼鏡を掛けなおすと、もう一団体お客様がやってきた。

「こんにちは、お兄さん」
「うーす、来たぞ」
「マネージャーさん、お久しぶりです」

 あやせ、加奈子、ブリジットの三人だ。俺はあやせだけに声を掛けたんだが、あやせがあとの二人も誘ったらしい。
 十二人で座るには、ビニールシートが少々狭かったが、まあいいだろう。

「ちょ、ちょっとあんた。何人に声掛けたのよ?」
「お前に黒猫、沙織に麻奈実、あと瀬菜とあやせだな。黒猫の妹と加奈子、ブリジットは想定外だが……」
「いくらなんでも声掛けすぎでしょーが!」
「別に良いだろ? 大勢の方が楽しいんだからさ」
「そ、そりゃそうだけど……」

 よくわからんが、ウチの妹様はこのメンバーにご不満があるらしい。だからって、今さら「帰れ」とも言えんのはわかってるだろうからな。ここは我慢しとけ。
 さて、これだけの人数が集まるのは、俺としても想定外だった。だから、気になることが出てくる。

「食い物、足りるかな。麻奈実の弁当もあるとはいえ……」
「ご心配なく。わたしもお弁当を作ってきましたから」
「私も作ってきたわ」

 俺の心配そうな声を聞き、あやせと黒猫が、それぞれ重箱を出してきた。
 麻奈実はそれをてきぱきと並べていく。中身はどれも美味そうだった。

「んじゃ、大丈夫かな。ほれ、赤城。皆にコップ配れ」
「はいよ~」

 俺は赤城に指示を出し、皆にコップを配っていった。コップを受け取った者から、思い思いにジュースやお茶を注いでいく。

「全員に行き渡ったか~?」

 俺の声に返事は無い。周りを見渡すと、皆ちゃんとコップを持っていた。
 それを確認した俺は、高らかに声を上げる。

「うし。じゃあ皆、コップを掲げろ~。せぇ~の……」



「「「「「「「「「「「「かんぱ~い♪」」」」」」」」」」」」



 俺の合図と共に、紙コップが掲げられ、春の宴が始まった。
 桐乃は、はじめこそ不満そうな顔をしていたが、今はあやせと共に弁当について歓談中だ。
 黒猫は、下の妹が加奈子とブリジットに反応したようで、上の妹と一緒にそちらで話に花を咲かせている。
 沙織は、麻奈実と瀬菜が積極的に話しかけているようで、口元をω(こんなふう)にしながらガールズトーク中だ。
 俺はというと……。

「ま、こうなるわな」
「おいおい、高坂。それは俺に失礼じゃねえか。そんなに俺が嫌いか?」
「気持ち悪いこと言うな。お前とは朝から一緒だったんだぞ。なんで皆が来てからもお前と一緒なんだよ」
「友達甲斐の無えヤツだなぁ」

 ま、こんだけ女の子がいるんだ。男だけあぶれちまうのも致し方ない。不満はあるがな。
 俺と赤城は隅の方で、お茶を片手に静かにしていた。
 それにしても……。俺は周囲の光景を眺める。
 ここには色んな人間が集まり、桐乃の『表』と『裏』の友人とか、俺の知り合いとか関係なく参加している。
 少しだけ懸念もあったが、こうやって楽しげな状況を見てると、それは杞憂だったと思い知らされた。
「女三人寄れば姦しい」とは言うが、この場所はまったくその通りになっていた。けど、みんな笑顔だ。
 桜が舞い、美味いメシを食べ、話に花を咲かせているこの光景を見ていると、いつぞやも感じた思いが心に浮かび、思わず口から出てくる。

「悪くねえ」
「ん? なんか言ったか、高坂」
「なんでもねえよ」

 ああ、悪くねえ。こんな日も、たまには悪くねえ。
 それが、俺の今日の感想だった。



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