無題:8スレ目784


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784 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/21(月) 13:53:35.27 ID:FMps6rDmo [2/6]
雨と湿気の祭典が終わりを告げ、うだるような暑さの一端が顔を見せ始めた七月上旬。
窓を開け放ち、少しでも涼を取ろうと悪足掻きをしながら、俺は自室で大学の講義内容を復習していた。
この春に二年に進級し、より専門的となった内容に悪戦苦闘していると、机の端に置いていたケータイが震えた。
ケータイを手に取り中身を見ると、正直言ってあまり関わり合いたくない人物からメールが届いていた。その内容は……、

『相談したいことがあるの。七時に待ち合わせましょう。場所は――――。』

今の時刻は四時半を過ぎたあたり。つまり、猶予は数時間ばかりしかない。
はっきり言って行きたくねえんだが、わざわざ俺を頼ってきてくれているのに、それを無下にするのも忍びない。
俺はケータイをポケットに突っ込むと、リビングに向かった。今日の俺の分の夕食は必要ないことを、お袋に報告するためだ。


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自宅を出発し、電車を乗り継ぎ、俺は新橋のとある居酒屋の前にいた。
この時点で嫌な予感はビンビンしているんだが、相手は「すでに中にいる」と連絡してきた。
俺は溜息を一つ吐き、少し安っぽい引き戸を開け、中に入った。

「いらっしゃいませ~。一名様ですか?」

垢抜けた、可愛らしい顔立ちのお姉さん(多分、バイトだろう)にそう聞かれた俺は、すぐに否定の返事をした。

「いや、連れがもういるみたいなんすけど……」
「京介く~ん。こっちこっち~」

だが、それは必要なかった。メールの差出人が俺を呼んだからだ。
声をした方に顔を向けると、そこには、涼しげなパンツスーツに身を包んだ、理知的な雰囲気を漂わせている女性が座っていた。
バイトの姉ちゃんに別れを告げ、俺は件の人物がいる席に向かった。

「久しぶりっすね、フェイトさん」
「そうね。ずいぶんご無沙汰だったかな」

伊織・フェイト・刹那。
泣き黒子が印象的な美人で、一見すると仕事をバリバリこなすキャリアウーマンなのだが……、その実態はただのダメ人間だ。
この人と初めて会ったときのことは割愛するが、その後も定職に就かずFXに手を出したり、コミケで同人ゴロをして食い扶持を稼いでいたり。
去年あたりからトンと姿を見なくなったのだが……。

「最近はコミケでも会いませんしね。同人はやめたんすか?」
「あー、あれね。作家さんのスケジュール調整が難しくて、結局解散したわ」

なんというか、予想通りの答えであった。意外だったのは、その事を話すフェイトさんの様子が平然としていたことだ。

「じゃ、今は何を?」
「雑誌社に勤めてるの」
「え!?」

あまりにも真っ当な回答をされたため、思わず大きな声が出てしまった。正面にいるフェイトさんも驚いた顔をしている。
非常に失礼な反応をしてしまったが、フェイトさんの経歴を知るお前等なら、俺の気持ちがわかるだろ?

「じゃあ、今は熊谷さんのところで?」
「ううん。MAWとは別の会社で働いてるの。そこで編集をしているわ」

そう言って、フェイトさんは名刺を一枚差し出した。確かにそこには、メディアスキー・ワークスとは違う会社名が表記されていた。

「知らなかった……。おめでとうございます」
「ありがと。……と言っても、もう一年ほどいるんだけどね」

俺の祝いの言葉に、フェイトさんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。けれど、そこには大人の女性独特の色香があった。
普段付き合いのある女性といえば、そのほとんどが年下であるため、不覚にも俺はドキッとしてしまった。

「そ、それじゃあ、遅くなったお詫びというわけじゃないですけど、今日は俺がおごりますよ」
「心配しなくても大丈夫よ。今は餓死することも無いから」

おお!まさか、フェイトさんからこんな言葉が聞ける日が来ようとは!
ヤベェ、ちょっと泣きそうだ。

785 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/21(月) 13:55:00.77 ID:FMps6rDmo [3/6]

「そ、そうっすか。で、相談ってのは?」
「うん。実は見てほしいものがあって……」

恥ずかしさから逃れるため、俺は本来の目的である相談の内容をフェイトさんに訊ねた。
フェイトさんは脇に置いていた鞄から、一台のノートPCを取り出し、少し操作をすると俺に差し出した。

「ところでこの画面を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……文字です……」

ノートPCはWordが起動されていて、ディスプレイには縦書きの文字が並んでいた。少し読んでみたが、どうやら小説のようだ。

「これは?」
「僕が書いた小説だよ。少しまとまったから、第三者に読んでもらいたくて京介くんを呼んだんだ」
「そりゃ構わないっすけど……。俺でいいんすか?」

俺は率直な感想を述べた。
熊谷さんのようなプロならまだしも、俺のような素人が読んだって良いアドバイスなどは出来ない。けど、フェイトさんはそんな答えを予測していたのか、

「いいんだよ。アドバイス云々じゃなくて、素直な感想が聞きたいんだ。それに、君は僕にとっても特別な人だからね」
「はぁ……」
「ほら。君が黒猫さんとMAWに来たとき、言ったじゃないか。『大好き』だって。だから、京介くんに読んでもらいたい」

くっ!ここでその話を蒸し返すとは……!
はっきり言って、あまり思い出したくない過去である。トラウマと言ってもいい。あの時の俺は、変なスイッチが入ってたんだ。
認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちと言うものを……。
俺は「そういうことなら」と言って、ポケットからケースを取り出し、チタンフレームのシンプルな眼鏡を取り出した。
大学一年の秋あたりから、遠くのものが見えにくくなったので購入したものだ。普段は掛けていない。
この姿を瀬菜に見られたときは、「せんぱい!『鬼畜眼鏡』みたいでいいですね!」などと言って目を輝かせていた。『鬼畜眼鏡』という代物がどういったモノなのかなど、知りたくもない。
そのあと、「眼鏡せんぱいとお兄ちゃんの鬼畜攻め×強気受けとか……フヒヒww」とか言っていたような気がするが、きっと幻聴だ。

「へぇ。いつの間に眼鏡なんて掛けるようになったんだい?」
「去年の秋あたりからっすね」
「そうなんだ。失礼!」

フェイトさんは、まるで猫のような動きで俺から眼鏡を奪い取り、自分が掛けてしまった。
その姿は、まぁなんというか……。俺のどストライクだったんだ。
男物の眼鏡だったんだが、中性的な容姿のフェイトさんに良く似合っていた。思わず見惚れちまったよ。眼鏡バンザイ!

「あんまり強くはないんだね。どう?似合うかな?」
「か、返してください!」
「きゃっ!?」

内心ドギマギしていたため、すこし強引に眼鏡を取り返してしまった。驚いたフェイトさんは軽く悲鳴を上げてしまっている。
俺は恥ずかしくて、押し黙ったまま小説を読み始めた。フェイトさんは少し拗ねながら、唇を尖らせて「少し強引だよ」とぼやいていた。





数十分後、俺は小説を読み終えた。
ボリュームは80ページほど。ジャンルはダーク・ファンタジーとでも言うのだろうか、魔法とかが飛び交うバトルものだった。
ところどころで厨二病的な用語も出てきたが、さすが一度はプロを目指した人というべきか、そのような設定等は話を読み進めると理解できた。
ライトノベル的な内容で、正直悪くないと思った。
眼鏡を外し、目頭を揉みながら俺はフェイトさんに感想を述べる。

「悪くないんじゃないですかね。ややこしい設定も、読み進めていくと理解できますし。描写も良かったと思います」
「面白かったかい?」
「ええ」

俺の感想を聞いたフェイトさんは、頬を赤らめながら嫣然と微笑んだ。ん?頬だけじゃなく、顔全体がうっすら赤いぞ?
よくよく見ると、フェイトさんの手元には黄金色の液体が半分ほど入ったジョッキがあった。

「飲んでたんすか……」
「手持ち無沙汰だったからね。京介くんの顔を肴に」

なにやってんだよ、この人……。
俺は溜息を吐き、懐から淡い黄色の小さな箱を取り出した。

「煙草、吸ってもいいすか?」
「僕は構わないけど、体に良くないよ?」
「わかってますよ、そんなこと」
「ならいいけどね。でも、そっか。京介くんも、もう成人してるんだよね」

フェイトさんの了解を取り、中に入っている紙巻煙草を一本取り出し、火を点ける。
妹様から謹んで送られるイライラから逃避するため、ついつい手を出してしまったんだが……。今じゃすっかり手放せなくなった。

786 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/21(月) 13:56:02.60 ID:FMps6rDmo [4/6]

「僕も、一本貰っていいかな?」
「いいっすよ。どうぞ」

俺はフェイトさんに煙草の箱と100円ライターを手渡した。
それを受け取ったフェイトさんは、女性らしいしなやかな動作で煙草を取り出し、火を点けた。
だが、様になっていたのはそこまで。煙を吸い込んだフェイトさんは、思い切りむせてしまった。

「げほっ……ごほっ……!」
「だ、大丈夫っすか!?」

俺はフェイトさんの背をさすりながら、お冷を手渡した。
涙目になりながらも、フェイトさんはそれを受け取り、一気に飲み干した。

「はぁ……ふぅ~」
「吸い慣れてなかったんすか?」
「まあ、確かに最近は吸ってなかったけど……。これ、キツくないかい?」
「タール:21mg ニコチン:1.9mgっすからね。キツいですよ」
「キツ過ぎだよ!?」

そうは言いますがね、慣れちゃうと他の銘柄じゃ物足りなくなっちゃうんですよ。
ほんと、慣れって怖い……。


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その後、俺とフェイトさんは空白期間にお互いにあったことを話しながら、酒を酌み交わした。
二時間ほどそんなやり取りを続け、今は勘定を済ませて駅に向かって歩いていた。

「ふぅ。今日は相談に乗ってくれた上にご馳走にまでなっちゃって、本当にありがとう」
「いいですよ。遅い就職祝いってことで」
「はは。ちょっと押し付けがましくないかい?僕は嬉しいけどね」

アルコールが入っているため、二人とも妙にテンションが高かった。そんな会話を繰り返していると、目的の駅にはすぐに着いてしまった。

「さて、今日はお別れだね」
「そうっすね。フェイトさんは社会人だから、次はいつになるかわからないっすね」
「おや。僕に会えなくて寂しいのかな?」
「はっ、まさか」

フェイトさんが悪戯っぽく聞いてきたので、俺は少しぶっきらぼうに答えた。その程度じゃ動揺なんてしませんよ。
そんなことはお見通しだったのだろう。フェイトさんは「ふふっ」と笑うだけだった。

787 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/21(月) 13:56:35.78 ID:FMps6rDmo [5/6]
「僕は少し寂しいけどね」
「またまた~」
「むぅ~。本心なんだけどなぁ」

この発言についてはどうやら本気だったようで、フェイトさんは拗ねてしまった。もうすぐ三十路の女性なのに、そんな可愛らしい仕草が妙に似合っていた。
それも一瞬で、フェイトさんは俺にすっと近付くと、そっと話しかけてきた。

「ねぇ、京介くん。君の眼鏡、もう一回貸してくれないかい?」
「はぁ。別にいいっすけど」

その言葉の真意がわからないまま、俺はフェイトさんに言われたとおり、ポケットから眼鏡を取り出した。
眼鏡を受け取ったフェイトさんは、それを掛けてこちらに向き直った。うん、やっぱり似合う。
そんなことを思っていたら、フェイトさんがこちらに近付き、首を両腕で抱かれ……唇を塞がれた。

「!?」

声も出せず、状況も理解できず、俺はただ呆然と、フェイトさんのされるがままになっていた。
アルコールの匂いと、女性特有の柔らかな匂い、控えめな香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
時間にして五秒も無かっただろうが、俺には随分と長く感じられた。唇から伝わる感触が無くなり、フェイトさんの顔が視界に入る。

「あ、あの……」
「ふふっ」

俺がまともな言葉を出す前に、また唇を塞がれた。
今度はより艶かしく、情熱的に、唇を吸われ、舌を入れられ、唾液を吸われ、口腔を蹂躙された。
未だに状況が飲み込めず、俺は突っ立ってることしか出来なかった。
十数秒程経っただろうか……。俺を解放したフェイトさんは、二歩ほど後ろに下がって距離を取った。

「煙草の味……。でも、嫌いじゃないよ」

そう言って、唇を舐める眼鏡の美人。頬を赤らめながら、唇を濡らしながら、妖艶に微笑む。
その様は蠱惑的で、思わず見惚れ……いや、魅入られていた。
フェイトさんは眼鏡を外すと、俺に近付いて、それを掛けてくれた。遠くまでクリアになった視界の中、それでも俺はフェイトさんの顔を見て呆然としていた。
俺に眼鏡を掛けると、フェイトさんはさっきのようにまた体を寄せてきた。今度は、耳元に口を寄せて、

「次に会ったときは、もっと大人らしいことをしよう。もちろん、僕とね……」

そう囁いて、駅の中に入っていった。
ようやく現実に戻った俺は、自分の唇を指で撫でた。まだ少し湿っていて、フェイトさんの名残が俺の指を濡らし、妖しく光っていた。
俺は、フェイトさんの去り際の言葉の意味を考え……こう漏らした。

「あの人とは……もう会わない方がいい気がする……」




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