816 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/23(水) 03:36:06.60 ID:3bR2WwCzo [3/8]
「高坂くん。君には、来月から来栖さんの専属マネージャーになってもらうから」
俺が会社の上司からそう言われたのは、この芸能事務所に入社して、もうすぐ一年が経とうというときだった。
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俺の名前は、高坂京介。雑誌モデルが多数在籍している芸能事務所所属の23歳。
もちろん、俺がモデルとして所属しているわけじゃないぞ。自分で言うのもなんだが、地味面だしな、俺。……はぁ。
冒頭でも言ったが、俺はこの芸能事務所の社員なんだ。それ以外は、特筆すべきところは無い。
業務上、テレビ等のマスメディア関係のことには、アンテナを張って情報収集をしちゃいるが、趣味らしい趣味も無く、基本的に平凡な生活を送っている。
入社してからの一年、俺は基本的に会社内で対外交渉をしていた。どうやらこれは、業界のことを知るための期間なのだそうだ。
一年の勉強期間の後、タレントのマネジメント業務に就く。これは先輩方も通ってきた道であり、ついに俺の番になったというわけだ。
ただ、最初の担当があのクソガキこと来栖加奈子というのは、どういう運命のイタズラなんだろうな。
それからの一ヶ月、俺は現在のマネージャーである先輩から業務の引継ぎと、担当タレントに関する注意事項、その他もろもろを説明・指導してもらった。
その間に季節は春となり、俺は24歳になった。
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というわけで、あっという間に俺のマネージャー業務初日となった。
今日は朝からファッション雑誌の撮影で、事務所に集まってから車で撮影場所に移動する手筈となっている。
「おはようございま~す」
妹様のおかげで、散々聞き慣れた声(と言っても、別人の声なんだが)が事務所内に響いた。
俺と先輩は席を立ち、加奈子を迎えに行った。
「おはようございます、来栖さん。前々から連絡していた通り、今日からはこの高坂くんが専属のマネージャーとなります。ほら、高坂くん。挨拶を」
「……」
俺は咄嗟に言葉を発することが出来なかった。これは、俺自身が加奈子のことを嫌っているから、というわけではない。
久しぶりに見た加奈子の容姿に、ただただ驚いていたからだ。
ツインテールだった髪は解かれて、腰まであるストレートのロングヘアーに変わっており、表情は以前のようなガキっぽさは鳴りを潜めていた。
一番驚いたのは、彼女のスタイルだ。以前会ったときのような幼児体型ではなく、胸こそそれほど大きくないものの、女性らしさが際立っていた。
わかりやすく言えば、「スレンダー美人」と言ったところか。背も伸びていたしな。目算で165cmはある。
「高坂くん?」
「あ。す、すいません」
先輩に声を掛けられたことで、俺の意識は現実に戻り、加奈子に向かって挨拶をした。
自社のタレントくらいちゃんと把握しておけ、と思う諸君も多かろう。
言い訳させてもらうと、プロフィールや仕事の状況はきちんと把握はしていたさ。ただな、実際の姿を見て驚くことってあるだろ?
雑誌社から送られてくる見本誌には目を通してなかったし、ファッション誌を個人で購入するほど酔狂でもないんだよ、俺は。
「おはようございます。今日から来栖さんのマネージャーを務める高坂京介です。よろしくお願いします」
「高坂さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
オイ、聞いたか?加奈子が丁寧に挨拶を返したぞ。
糞生意気な中学時代を知る俺にとって、このことは容姿以上に衝撃的だった。成長したのは外面だけではないということか。
「今日は雑誌の撮影ですね。新垣さんがいらっしゃったら車で移動しますので、それまでゆっくりしてください」
「は~い」
今日の予定を伝えると、加奈子はおとなしく事務所内の休憩スペースへ向かった。俺は温かいお茶を淹れるため、給湯室に向かった。
それから数分後、あやせも事務所にやってきた。俺たちは撮影場所に向かうため、車を置いてある駐車場に向かった。
817 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/23(水) 03:36:51.89 ID:3bR2WwCzo [4/8]
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「はーい!じゃ、休憩はいりまーす!」
撮影が一段落したところで、撮影スタッフが声を張り上げた。
スタッフは機材の調整やフィルムの確認作業に入り、モデルたちは思い思いに休憩し始めた。
「お疲れ様です」
近くにあるベンチに腰掛けた加奈子に、俺はクラッシュタイプゼリー入りのカフェスイーツを手渡した。加奈子は今でも、この飲料を好んで飲んでいると先輩から聞いていたしな。
今日は日差しも温かく、よく冷えたコイツはまた格別だろう。
「ありがとうございます」
加奈子は笑顔を浮かべ、カップを受け取った。
メルルイベントのときは「とっとと飲み物買ってこい」と命令し、買ってきても労いの言葉など掛けなかったコイツが、今では普通に礼を言う。
本当にあの頃とは何もかも違うんだな、などと爺臭い思考をしてしまう俺を誰が責められる?
俺も加奈子の隣に座り、ホットの緑茶のフタを開けた。
「あの、高坂さん……」
「はい?」
「高坂さんは、妹さんっていらっしゃいますか?」
加奈子は、ストローを口に咥えながらこう聞いてきた。
高坂という姓などさして珍しくもないのだが、一応の確認といったところだろう。特に隠すことでもないので、俺は素直に答えた。
「桐乃という妹がいます」
「本当ですか?そ、その、桐乃さんは……」
「来栖さんがご存知の桐乃のことです」
ある程度予測はしていたはずなのだろうが、加奈子はずいぶんと驚いていた。
まぁ、中学時代からモデルとして活躍する美女と、こんな地味面の男が血縁だと思えないのもわからんでもない。
いろんな人から「似てない兄妹ですね」と言われ続けたからな。
「そうですか。私、桐乃さんとは中学時代からの友人で……」
「存じてます。一度、顔を見たことがありますから」
「え!?」
今度の俺の答えには、加奈子も盛大に驚いていた。きっと覚えていなかったんだろうな。偽装デートのときも、俺たちが兄妹ということは気付いてなかったし。
それに、会ったのは一度だけではないのだが……。まぁ、そのうちの二回は変装していたしな。仕方ないだろう。
それに加奈子同様、俺も少しだけあの頃とは容姿が異なる。髪が短くなっただけだが、ちゃんと顔を覚えていないコイツにとっては、それだけで大違いだろう。
ちなみに今の俺の髪形を説明すると、本田圭佑ってサッカー選手がいるだろ?あんな感じだ。色は黒だがな。
「ごめんなさい。私、覚えていなくて……」
「気にしないでください。ちゃんと話したことも無い間柄ですし、俺は気にしていませんから」
本当に申し訳無さそうに顔を俯かせている加奈子に、俺は笑顔でそう言った。
いわゆる営業スマイルというヤツだが、そんな無駄に爽やかな笑顔でも、少しは効果があったようだ。
加奈子は困ったような表情をしつつも、笑顔を見せてくれた。むぅ、可愛い。まさかコイツに、こんな感情を抱く日が来ようとは……。
人生とはわからないものである。
「高坂くーん。ちょっと来てくれー」
「はーい。今行きますー」
あやせのマネージャーをしている先輩に呼ばれたため、俺は加奈子に一言断ってから席を立った。
加奈子担当ということで少し不安だったが、この分なら問題ないだろう。
818 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/23(水) 03:37:32.25 ID:3bR2WwCzo [5/8]
「はーい。オッケーでーす!」
撮影開始から三時間が経過し、撮影スタッフから声が上がった。今日の分は終了である。
スタッフ、モデルたちが「お疲れ様でした」と声を掛け合い、お互いの労をねぎらっている。
俺は先輩と共に撮影スタッフに近付き、今日のお礼と今後の予定について打ち合わせを行った。その間、モデルたちは休憩と着替えだ。
十分ほどでそれも終わり、今は先輩とこれからの予定について話し合っている。
「新垣さんはこれから次の現場だけど、そっちは?」
「こっちは午後からボイトレとダンスレッスンが入ってますね」
「じゃ、車はこっちで使うから、悪いけど電車で移動してくれる?」
「わかりました」
朝に乗ってきた車は、あやせたちが使うことになった。俺はその事を伝えるため、PDAを仕舞い、加奈子のところに戻った。
その加奈子はというと、すでに着替え終わり、ベンチで一息ついている。
「お疲れ様です、来栖さん」
「はい、お疲れ様です」
俺は加奈子に、さっき買っておいたミネラルウォーターを手渡した。これからボイトレなので、さっきのような飲み物は与えない。
加奈子はペットボトルを受け取ると、すぐにフタを開けて中身を一口飲んだ。
「午後からはボイトレとダンスレッスンですね。車は新垣さんの方で使うので、申し訳ないですが俺たちは電車で移動です」
「わかりました」
午後からの予定を伝えると、加奈子はペットボトルのフタを閉めて鞄に放り込み、即座に立ち上がった。
昔の加奈子なら「チッ!加奈子は歩きかよ。あーやってらんねー」とか文句を言っていただろうな。
「高坂さん。次は何時からですか?」
「1:30からです」
「少し空くんですね。じゃ、ちょっと早いですけど、どこかでお昼にしましょう」
「はい」
二人で駅に向かう中、俺たちは新たな予定をスケジュールに組み込んだ。
819 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/23(水) 03:37:59.31 ID:3bR2WwCzo [6/8]
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それから月日は経ち、七月となった。つまり、俺が加奈子の専属となって三ヶ月が経ったというわけだ。
今日は初のテレビ収録である。
某テレビ局の芸人七人がホストを務める人気バラエティ番組へ、ブリジットと共にゲスト出演する。
この組み合わせになったのは、メルルコスプレイヤー時代の話も番組内でするためだ。
ここでお茶の間の知名度が上がって人気が出れば、彼女の夢である「アイドル」への道も開かれるだろう。
「失礼しまーす。飲み物買ってきましたー」
俺が外にあるコンビニから控え室へ戻ってくると、中には加奈子しかいなかった。ブリジットはトイレだろうか?
「来栖さん、いつものです」
「あ、ありがとうございます。……あ!?」
ブリジットのことは気にせず、俺は加奈子にいつものクラッシュタイプゼリー入りのカフェスイーツを手渡した……のだが。
彼女はそれを落としてしまった。そこで気付いたが、彼女の手は小刻みに震えていた。
「来栖さん?」
「ご、ごめんなさい!」
加奈子は即座に謝り、落としてしまったカップを拾った。けれど、震えは納まりそうに無い。
「緊張されてますか?」
「は、はい。その、少しだけ……」
そうは言うが、「少しだけ」緊張している程度では、この震えは異常と言えた。
それも無理はないと思う。なんせ、テレビ初出演が人気番組。相手はベテランの芸人さんだ。
怖い物知らずだった中学時代ならいざ知らず、この業界でそれなりに生きてきた彼女なら、そのプレッシャーに怖気づくこともあるだろう。
仕方ないとは思いつつも、俺は「らしくねーな」とも思ってしまった。それは、レイヤー時代の彼女を知ってるからだろうか。
それに、所属タレントの管理はマネージャーの務め。緊張をほぐすことも、その一つと俺は考えている。
俺は溜息を一つ吐き、胸ポケットから日差し除けのために持ってきたサングラスを取り出した。それは、七年前にも使用したものだ。
「らしくねーな」
「え?」
普段の丁寧語とは違う俺の言葉に、加奈子は驚いて向き直る。
あの頃とは髪形も違うし、共通点なんてサングラスだけだ。それでも、俺は「赤城浩平」を装ってきたあの時と同じ態度を崩さない。
「らしくねーって言ったんだ。アキバのUDXじゃ、たくさんのヲタどもの前で、あんなに堂々と歌って踊ってたじゃねーか」
「高坂……さん?」
加奈子は依然として驚いたままだ。だが、構うもんか。
「お前、言ってたじゃねーか。『ステージで歌うのは楽しかった』って。『カワイイって褒められるの好きだし、あたしのパフォーマンス見た奴らが喜んでんのとかさ、気分いーし』って」
「……」
「あの時と何が違うんだよ?メルルイベントと、この番組収録に差なんてあるのか?無えだろうが。あの時の『不敵な来栖加奈子』はどこに行っちまったんだ?」
「……」
詭弁だということはわかってる。あの時と今とじゃ、何もかも違う。
それでも、こんな弱気なコイツは見ていられなかった。なんでそんな気持ちになったのか、それはわかんねえけどよ。
とにかく、見ていられなかったんだよ。
「黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねーか」
それまで黙っていた加奈子が、声を発した。いつもの丁寧な口調ではない、『あの時』のような糞生意気な口調だ。
加奈子は立ち上がると、俺をビシッと指差した。
「糞マネのくせに、この加奈子さまにせっきょーくれてんじゃねーよ。こんな収録、ラクショーに決まってんじゃん」
「そうかい。んじゃ、いつものようにブチかましてこいよ」
「はっ。言われるまでもねー」
俺の激励を突っぱねて、加奈子はあの時のようにイヒヒと笑った。
もう大丈夫だ、俺はそう思ったよ。
820 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/23(水) 03:38:25.66 ID:3bR2WwCzo [7/8]
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収録も終わり、今は夜の7:00だ。俺たちはテレビ局の前でタクシーを待っていた。
結果から言うと、収録は大成功だった。
ホストの芸人さんの話術のおかげでもあるが、加奈子とブリジットの魅力は十分に伝わったと思う。
この番組をきっかけに、これからコイツは伸びていく。俺はそう思った。
「高坂さん」
「はい?」
加奈子の突然の呼びかけに、不覚にも間抜けな声で返事してしまう俺。うん、実にカッコ悪い。
「今日はありがとうございました。この仕事がうまくいったのは、高坂さんのおかげです」
「いや、俺は何も。来栖さんの力ですよ」
そう、俺は何もしちゃいない。全てはコイツ自身の力なのだ。俺は好き勝手にモノを言っただけ。
「そんなことありません。高坂さんに励まされなかったら、私は緊張のあまり、ろくな働きも出来なかったと思います」
「はは、大袈裟な。でもマネージャーとしては、それは嬉しい言葉ですね」
「それは、メルルのときからマネージャーをしてくれているからですか?」
「うっ……」
いや、そういうわけじゃないんだが。あ、でもどうしよう。
つい勢いに任せてご高説を垂れてしまったが、あの時のことはコイツには秘密だったんだよな……。このことが露見したら、あやせに……。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!考えたくもNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!111
「高坂さん」
「はい……」
俺が生命の危機をヒシヒシと感じていると、加奈子からまた声を掛けられた。
そちらに顔を向けた瞬間、唇に温かく柔らかな感触を感じた。甘いコロンの香りが、俺の思考を妨害する。
俺がアホみたいに固まっていると、加奈子はイヒヒと歯を見せて笑い、
「これからも、この加奈子さまがコキ使ってやっからよー。覚悟しとけよ、糞マネ」
そんなムカつくセリフを言い放った。顔が赤いから可愛さ百倍、憎さは少し、って感じだけどな。
あやせに殺されるか、加奈子に過労死させられるか……。
どうにも、俺のマネージャー生活は過酷なものとなりそうだ。
おわり
最終更新:2011年03月23日 09:14