無題:8スレ目898


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898 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/24(木) 16:57:15.92 ID:Rv5FFuxvo [3/8]
「新垣さん。俺が嫌いなのはわかりますが、仕事はちゃんとこなしてくださいね」
「そんなこと、言われるまでもありません」

唐突で申し訳ないが、誰か助けてくれ。
俺は今、あやせを車に乗せて現場に向かってるんだが、車内の空気がひっじょ~~~~~~によろしくない。
俺とあやせの仲を改善しろとまでは言わないから、この空気だけでも何とかしてほしい。
はぁ、やっぱり安請け合いしなけりゃよかったかなぁ……。


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「臨時マネージャー、ですか?」
「そう。来週の火曜は来栖さんはオフだから、高坂くん、手が空いてるでしょ?」

事の発端は一週間前、事務所の先輩の一言がきっかけだった。
なんでも、来週の火曜はどうしても外せない用があるらしく、先輩は有休を取るというのだ。それ自体は別段珍しい話でもない。
ただ、その日あやせは外で仕事があるらしく、最低でも一人は彼女に付いてないといけない。
そこで白羽の矢が立ったのが、この俺というわけである。

「そりゃ構いませんけど、俺でいいんですか?」
「うん。その日は、特に重要な打ち合わせとかが入ってるわけではないし、先方にもきちんと連絡しておくから」
「そういうことでしたら。あとで当日のスケジュール、送ってくださいね」
「了解。ごめんね、突然」
「いいですよ。先輩にはお世話になってますから」

内容自体は大したことではない。要は、あやせの送迎と身辺管理、その日に決まったことをあとで先輩に報告するだけなのだから。
俺が当日までにしておくことは、その日にやろうと思っていた仕事を、前日までにある程度片付けておくことだけである。
問題は……相手が「あやせ」ということだ。
恥ずかしい話ではあるが、彼女との「因縁」は、七年経った現在でも存在している。
このことが、当日の仕事に悪影響を及ぼさなければいいのだが……。


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そして当日の朝。
今日は事務所に来てから車で現場に向かうことになっているので、俺は事務所内でスケジュールを確認していた。
あらかたのタイムテーブルを頭に叩き込み、PDAで詳細をチェックしていると、

「おはようございま~す」

本日のパートナーがやってきた。
俺は席を立ち、あやせを出迎える。

「おはようございます、新垣さん。もう少ししたら出ますんで、ここで休んでてください」
「わかりました。今日はよろしくお願いします」

字面では伝わらないと思うが、あやせからは不機嫌オーラが迸ってたよ。そりゃあ、超サイヤ人もかくやと言わんばかりにな。
俺はなんとか笑顔で応対したものの、頬がひくつくのを抑えられなかった。
あやせの気持ちもわかるけどな。
今まで、コイツのマネージャーは女性が担当していたんだ。いくら臨時とは言え、男で、しかも大嫌いな相手が一日付いてくるんだ。心中穏やかとはいかないだろう。
いかん、もう胃が痛い……。
俺は手早く準備を整え、あやせを伴って駐車場へ向かった。
どうか今日一日、穏やかに過ごせますように……。

899 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/24(木) 16:57:45.35 ID:Rv5FFuxvo [4/8]
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そして冒頭に戻るわけだが……。
依然として車内の空気は悪いままだ。ハンドルを握る手が、汗でびしょびしょである。
午前の予定は、再来月催される人気雑誌数誌が合同で主催する、リアル・クローズを主としたファッションショーの衣装合わせだ。
都内のスタジオで行われるのだが、到着までの約四十分、この状態が続くと思うと胃に穴が空きそうだ。もう帰りたい……。

「お兄さん。加奈子のマネージャーをしていると聞きましたが……」
「ん!?え、ええ。今年の四月から担当していますよ」

流石の魔王……じゃなくて、あやせもこの空気に耐えられないのか、俺に話しかけてきた。
はっきり言って、助かった……。こんな状況を打破できる魔法の言葉を、俺は持ち合わせていないからな。

「……何故、そんな他人行儀な喋り方なんですか?」
「公私混同を避けるためですよ。いくら知っている相手でも、けじめはきちんと付けないといけませんから。新垣さんも、"お兄さん"と呼ぶのはやめてください」
「わたしがどう呼ぼうと、わたしの勝手です」

あやせは怒ってしまったようで、ぷいっとそっぽを向き、窓の外を眺めている。
彼女の言いたいこともわかるが、はっきり言って子どもの理屈である。ここは大人として、一社会人としてちゃんと言い聞かせないといけないな。
年齢は、二人とも成人しているんだけどね。

「そういうわけにも行きません。今日一日だけとは言え、ビジネスパートナーなんですから。聞き分けてください」
「むぅ……」
「別に呼び方までは指定しませんよ。ただ、"お兄さん"は駄目です。他の呼び方なら構いませんから」

あくまでも常識の範囲内での話だがな。
あやせだって、そのくらいはわかってるだろう。……わかってるよな?

「わかりました。それじゃあ、これからは……きょ、"京介さん"と呼びますから」
「いや、それは……」
「文句は聞きません。それに、わたしはマネージャーさんの事は下の名前で呼ぶようにしてるんです」

そうだっけ?そう言われると、先輩もファーストネームで呼ばれてたような気がするな。
まぁ、ここらが妥協点だろう。交渉事において、相手の要求をある程度汲むのは基本だしな。

「わかりました。それで結構です」
「改めて、今日はよろしくお願いしますね。きょ、京介さん……」

いや、どもるならそんな呼び方するなよ。別に加奈子みたいに"高坂さん"とか、ブリジットみたいに"マネージャーさん"でもいいんだが……。

「あと、"変態"、"死ね"、"通報しますよ"も駄目ですからね」
「そんなこと言いません!!」

中学時代はことあるごとに言ってたじゃねえか。棚に上げるんじゃないよ。
でもまあ、このやり取りのおかげでさっきまで漂ってた険悪な雰囲気は吹き飛んだから、まあいっか。

900 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/24(木) 16:58:30.17 ID:Rv5FFuxvo [5/8]
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予定通りスタジオに着いた俺たちは、今は個別に仕事中だ。
あやせは何点かの衣装に袖を通し、修正して欲しい箇所を口頭で伝えている。俺はスタッフと打ち合わせ中だ。
先方には連絡済みなので、後日回答して欲しい事柄を聞いているだけだがな。
おかげで打ち合わせはすんなりと終わり、今は衣装合わせ中のあやせを離れたところから眺めていた。
加奈子の成長にも驚いたが、あやせも同様だ。
中学時代から変わらない艶やかな黒髪に、子どものような丸さが抜け、均整のとれたスタイル。
身長も伸び、俺とさほど変わらない。大人の女性らしさが加わり、若いのにずいぶんと色気を感じる。
そうだな。強いて言えば、栗山千明嬢から鋭さを無くした感じと言えばいいのだろうか。ま、察してくれ。俺は説明が下手なんだ。

「マネージャーさーん。ちょっと来てもらえますかー」
「はーい」

そんなことを考えていると、スタイリストさんからお呼びが掛かった。俺は小走りであやせたちの元に駆け寄る。

「今日、新垣さんから指摘された部分を修正して、また合わせてもらいます。日程を決めてもらえますか?」
「わかりました。今日は回答できませんので、明日以降でもよろしいですか?」
「それで結構です。出来れば今週中で」
「了解です」

スタイリストさんからの要求をメモし、俺はお礼を述べた。これでここでの仕事は終わりだ。
あやせが着替え終わったら、どこかで昼食を取って、また別の現場で仕事だ。

「それじゃ、今日はこの辺で。またお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします」

スタイリストさんも含め、全スタッフが撤収作業を開始した。
俺はあやせに付き添い、控え室兼更衣室に向かった。




「それじゃ、表で待ってますんで。終わったら声を掛けてください」
「わかりました。……覗かないでくださいよ、京介さん」
「そんなことしませんよ。心配なら鍵を掛けてください」
「む……」

スタッフがいなくなった途端にこれだ。慣れたとは言え、はっきり言って疲れる……。
あやせは不機嫌そうな顔をしながら、更衣室に入っていった。
俺は近くの壁に寄りかかり、一息吐いた。

「はぁ……。あやせも変わんねえなぁ」

そんな愚痴が、自然と漏れ出てしまう。
確かに、女子中学生には衝撃的な出来事だったとはいえ、七年も引っ張って疲れないのだろうか……。
俺は大いに疲れているよ。現在進行形で。

「ま、自業自得か」

そう割り切らなければ、やってはいけない。いけないのだが……もう少し態度が柔らかくなってもよくね?
とりあえず、今日一日の辛抱だ。なんとかやっていくさ。
決意を新たにしたところで、更衣室の扉が開き、事務所に来たときと同じ、清楚な格好をしたあやせが出てきた。

「お疲れ様です、新垣さん」
「お疲れ様です。次の予定は?」
「ちょっと間が空いて、2:30から渋谷で行うトークショーのリハです」
「じゃあ、その前に昼食ですね」
「ええ。じゃ、移動しましょうか」

そう言って、俺は再びあやせの後に付き添った。
それにしても、あやせの不機嫌度がアップしている気がするんだが……。もしかして、さっきの独り言を聞かれたか?

901 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/24(木) 16:58:56.69 ID:Rv5FFuxvo [6/8]
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現在時刻は1:00。
今はあやせと二人で、午後からトークショーを行う会場近くの軽食店で遅めの昼食だ。
どうやらカフェとして開いてる店のようだが、メニューが豊富で女性に人気のある店らしい。
今日は日差しが強く、外の熱気はアスファルトの上の景色を揺らめかせるほどである。冷房の効いた店内はとても過ごしやすかった。
俺はアイスコーヒーとアメリカンクラブハウスサンド、あやせはアイスティーとパニーニをそれぞれ注文した。
状況だけならデートにも見えるが、残念ながら違う。ああ、非常に残念だ。

「京介さん。加奈子はどうですか?」
「あん?」

サンドを頬張っているところに、あやせからそんな話を切り出された。
実にわかりにくい聞き方だが、つまり「仕事の方はどうですか?」という意味だ。
友達思いのあやせだ。気になるのも仕方ないだろう。最近では、撮影以外で一緒になることが少ないからな。

「そうですね。少し危なっかしいけど、順調ですよ。来栖さんは努力家ですから」
「そうですか。この間のテレビ収録も、好評と聞いてますから大丈夫ですよね」
「どうでしょうね。来栖さんは経験が足りないですから、なんとも。でも、それをサポートするのが俺の仕事ですから」
「そう……ですか」

あやせはなにやら神妙な面持ちで、アイスティーのグラスを握っていた。どう見ても、友達を心配している表情ではない。

「あの、何か気になることが?」
「京介さんが加奈子にいかがわしいことをしてないか、それが心配なだけです」
「しませんよ!」
「ふん。どうだか……」

今度はそっぽ向いてしまった。一体なんだというのだ……。


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さて、またまた時間は飛んで夜の6:30。トークショーが先程終了したばかりだ。
再来月に行われるショーの宣伝も兼ねているため、会場は若い女性だけでなく、マスコミのカメラも入っていた。
加奈子なら緊張してしまう場面だが、あやせはそうはならなかった。他に出演予定のモデルさんが二人いたからとは言え、その居住まいは堂々としたものだった。
大きなショーを何度も経験しているあやせだからこそ、と言えるだろう。

「お疲れ様でした」

控え室に戻ってきたあやせに、俺は冷えたミネラルウォーターを差し出す。
日も落ち掛けていたとはいえ、屋外でのイベントだ。ステージ上の気温はひどいものだったろう。
あやせはペットボトルを受け取ると、即座に三分の一ほど飲み干してしまった。

「ふぅ」
「よほど暑かったんですね」
「ええ、ライトもありますから結構キツいんですよ」
「なるほど」

これまでの人生でステージに上がることなど無かった俺には、その辛さはわからない。だが、そんな中でもきちんと仕事をこなしたあやせはすごいと思った。
人当たりの良い笑顔を浮かべ、司会や他のモデルさんとトークをこなし、イベントの宣伝もきっちりやった。プロとしては当然のことだが、それを実践できる人間は意外に少ない。
中学時代から読者モデルをしてきたのは伊達じゃないということか。

「でも、流石ですね。正直言って感心しました」
「そ、そうですか?」
「ええ。あまり大きい声では言えないんですけど、テレビ収録前の来栖さんは、すごく緊張されていたので」
「へぇ……」
「あ。今の話、来栖さんにはオフレコで。陰口のつもりで言ったんじゃないんですけど、比較されるのは嫌だと思いますから」
「……わかりました」

……あれ?なんであやせはしょんぼりしてるんだろう?
一応褒めたんだが、何が気に入らなかったのかわからん。やっぱり、あやせの担当は女性じゃないと駄目だな。俺じゃ細かい機微はわからん。
こういうときは下手に触れない方がいいな。うん、そうしよう。

「じゃ、少し休んだら事務所に戻りましょう」
「そうですね」

こうして、俺の臨時マネージャー業は幕を下ろした。

902 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/24(木) 16:59:23.24 ID:Rv5FFuxvo [7/8]
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翌日。俺は先輩に、昨日の報告をした。

「先輩から回答してほしい事とかは、メールで送りました。ちゃんと閲覧してくださいね」
「オッケー。ありがとね、高坂くん」

これで俺の仕事は終わり、ようやく本来の業務に戻れるというわけだ。ふぅ、なんとかうまくいった……と思う。
俺は報告を終え、一息吐きながら冷たいお茶を飲んでいると、先輩から「そうそう」と声を掛けられた。

「昨日のトークショー、朝の情報番組で少し流れてたけど、高坂くんは見た?」
「いや、見てないっすね。なんかまずいことでもありました?」
「その逆。あやせちゃん、いい顔してたの」
「はあ……」

先輩が何を言いたいかわからないんだが、どうしたらいいと思う?
俺の心情を細かく読み取ったのか、先輩はPCを操作し、ニュースサイトのとある記事を表示させた。それは、昨日のトークショーを写真付きで報じているものだ。
そこに貼られている写真を指差し、

「ほら、これ。いい顔してるでしょ?」
「はあ……」

でしょ?なんて言われても、俺にはわからない。雑誌用の写真のときと何か違うのか?
俺の生返事も気にせず、先輩は続ける。

「いつもよりもすっごくいい表情してる。高坂くん、何か気付いたこと無い?」
「そう言われましても、俺にはわかんないっすね」
「もう、使えないわねぇ~」

ぐっ!今の一言は痛かった……。痛かったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!
先輩、時々言葉がキツいんだよな。正直なだけなんだろうけど。

「いつもこんな感じだと良いのになぁ。今度から、高坂くんにあやせちゃんのマネージャーもお願いしようかな」
「いや、勘弁してください。嫌われてるんですから」
「あら、なんで?」
「プライベートなことなんで、詳しくは言えないっす」
「ふぅ~ん」

なにやらニヤニヤしながら俺を見つめる先輩。絶対勘違いしてるな。
けど、勘弁してほしいのは本当だ。俺は加奈子で手一杯だし、あやせも嫌だろうしな。

「ま、深くは聞かないわ。でも残念」
「すいません」
「いやいや、別に非難したわけじゃないから」

そう言って、先輩はからからと笑った。なんつーか、バジーナのときの沙織みたいな人だな。
俺はそんなことを思いながら、表示されたままの写真を見ていた。俺にはわからないが、確かにそこには、あやせの良い笑顔が写ってたよ。




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