無題:8スレ目966

966 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/26(土) 12:44:17.95 ID:4VMu2sJ5o [3/7]
「二人とも、お疲れ様」

深夜番組の収録が終わり、控え室に戻ってきた弊社所属のタレントを労う。ここ最近、こういう場面が続いていた。
一ヵ月半前に収録したバラエティ番組の反響で、この二人に対するテレビ出演のオファーが増えたためだ。

「お疲れ様です、高坂さん」
「マネージャーさん、お疲れさまです」

安っぽいパイプ椅子に腰を下ろした二人に、それぞれ飲み物を手渡す。
加奈子には、いつものクラッシュタイプゼリー入りのカフェスイーツを。
ブリジットには、ペットボトルに入ったロイヤルミルクティーを。これも、最近では当たり前となった光景だ。
笑顔を浮かべ「ありがとうございます」と丁寧な礼を述べる二人。疲れているにも関わらず、それを感じさせない。
だからと言って、すぐにここを出るというようなことはしない。
幸い、少しぐらいはゆっくりできるのだ。休める時に休ませる。タレントの健康管理は、マネージャーの基本だからな。

「少し休んだら、ここを出ましょう。時間も時間だから、どこかで食事も。希望はありますか?」
「わたし、甘いものが食べたいです!」

快活な声で答えたのは、六年の時を経て美しく成長した少女――――ブリジット・エヴァンスだ。
輝くようなブロンドのロングヘアーは健在で、大きな蒼色の目、すっと伸びた鼻梁、鮮やかな桜色をしたやや薄めの唇。
白磁のような肌、スリムながらも出るところは出ていて、加奈子よりも年上に見えなくもない。身長も、加奈子どころか俺より少し高い。173cmくらいか。
ただ、中身は16歳の女の子だ。無垢な笑顔を浮かべ、甘いものが食べたいと元気いっぱいに言う、どこにでもいるような女の子。
正直、食事として甘いものを食べるのは遠慮したいところだが、この顔を見ると反論など出来ない。出来るわけがない。

「わかりました。来栖さんも、それでいいですか?」
「はい。私も、甘いものが食べたい気分だったので」

加奈子も、この可愛い妹分のお願いは断れないようだ。
準備を終えた俺たちは、三人揃って控え室を後にした。


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加奈子が通っているダンススタジオにほど近いカフェで、俺たちは少し早めのティータイムと洒落込んだ。
この店にしたのは、午後から加奈子のダンスレッスンが入っているためだ。ちなみにブリジットは、午後からオフとなっている。
香ばしい豆の匂いがする中、注文した品が運ばれてきた。
俺はアッサムティーにミートパイ、加奈子はこの店オリジナルのブレンドコーヒーにいちごタルト、ブリジットはココアとハニートーストだ。太るぞ。

「来栖さんをスタジオにお送りしたら、エヴァンスさんを事務所まで送ります。しばらくお一人ですけど、よろしいですか?」
「わかりました。レッスンが終わる前に、またスタジオに来てくださいね」
「了解です」

加奈子の了解も得られたので、俺の午後の予定が決定した。
本来ならブリジット担当のマネージャーがここにもいるはずなのだが、こうして二人一緒の仕事があるときは俺が身辺管理をしている。
じゃあその間、ブリジットのマネージャーは何をしてるかって?無論、働いてるよ。
いろんなメディア関係者のところを回って、タレントの売込みをしている。いわゆる「営業」ってヤツだな。
ただ、俺はこの「二人一組」での仕事に、少し不安を覚えている。そのことについては、今は明言しないでおく。


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食事を終え、加奈子をスタジオに送り届けた俺は、ブリジットと一緒に駐車場に向かっていた。
キーについているリモコンでドアロックを解除し、運転席に乗り込もうとしたとき、ブリジットから声を掛けられた。

「あの、マネージャーさん」
「ん?どうかしました?」

大事な用でも思い出したのだろうか。そうであれば、事務所に送り届ける前に用を済ませてもらってもいいのだが。
加奈子のレッスンは三時間もあるし、すこし迂回するぐらいどうということはない。

「わたし、かなかなちゃんを待っていたいんです」

だが、ブリジットの答えは俺の予想に反したものだった。
元々加奈子に懐いていたブリジットだが、最近になって一緒に仕事をする機会が大幅に増えたので、加奈子と離れがたいのかもしれない。
待っていたいと言うのなら、俺に止める道理は無い。ブリジットは午後からオフだし、言い方は悪いが、どう過ごそうと彼女の勝手なのだから。
ただ、三時間というのは長い。
何度も加奈子のレッスンに付き添っている俺は慣れているが、慣れていない人間にとっては少しキツいと思った。
俺はケータイを取り出し、事務所に連絡を入れる。

「高坂です。はい。エヴァンスさんなんですが、帰るのが少し遅くなります。はい。俺も付いてるので、心配は要らないです。はい。はい。すみませんが、よろしくお願いします」

簡単な報告を終え、俺はケータイを胸ポケットに仕舞った。

「んじゃ、どこかで時間を潰すか」
「はいっ!」

ブリジットは、午前中に見せたような無垢な笑顔を浮かべた。

967 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/26(土) 12:45:34.24 ID:4VMu2sJ5o [4/7]
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車はそのままに、俺たちは徒歩である場所に向かった。
自動ドアをくぐった先では、大きな電子音をが鳴り響いていた。

「うわぁ」

ブリジットが感嘆の声を漏らす。
ここは、カラオケ、ボウリング、ゲームなどが一つの建物に入っている複合型のアミューズメント施設だ。
安い料金で色んな遊びが楽しめる場所であり、学生時代はよく利用していた。久しぶりに来たので、ゲームコーナーには見慣れない筐体がいろいろあった。

「あっ!メルルだ!」

ブリジットが反応したのは、クレーンゲームの筐体だ。中には、星くず☆うぃっちシリーズの登場キャラをデフォルメしたぬいぐるみが入っていた。
ここで一応説明しておく。
ウチの妹様もお気に入りだった「星くず☆うぃっちメルル」だが、今でもシリーズ展開がなされている。
女児向けアニメとして人気を博し、大きなお友達の後押しも受けて、今では人気コンテンツの仲間入りだ。初期シリーズは新たに作り直され、劇場版として公開もされた。
このクレーンゲームは、今では懐かしい初期キャラのぬいぐるみを景品としているようだ。

「へぇ。懐かしいな」
「そうですね。最近は新しいシリーズのキャラ商品ばかりなのに」

どうやらブリジットも、俺と同じく懐かしさを感じているらしい。いや、この娘にとっては、俺以上に思い入れがあるだろう。
メルルの公式コスプレ大会でアルファ・オメガのコスプレをしたことで、今では日本で仕事をしている。それは加奈子も同じだ。
今の自分も、加奈子との出会いも、全てはメルルがあったからこそだ。
俺は景品を凝視しているブリジットの隣に立ち、100円硬貨を投入した。

「マネージャーさん?」
「どれが欲しい?やっぱ、メルルとアルファ・オメガか?」
「えっ……と、その……」
「ほれ、遠慮すんな」
「は、はいっ!じゃあ、その2つで」
「あいよ」

ブリジットの要望も聞けたので、俺は狙いを定めて、クレーンを操作し始めた。





「あの、ありがとうございます」
「気にするな。俺が勝手にやっただけだ」

ブリジットはメルルとアルファ・オメガのぬいぐるみを大事そうに抱えながら、俺にお礼を言った。
1,000円使う前に2つとも取れたことは、俺の腕前からすればなかなかの戦果だろう。
目的も達成したので、今はクレーンゲームから離れ、目ぼしいものがないかゲームコーナーを散策中だ。

「ふふっ」
「どうかしたか?」

隣にくっついているブリジットが急に笑い出したので、俺は顔をそちらに向けた。

「マネージャーさんのしゃべり方、昔と変わらないなぁと思って」
「……気付いてたのか?」
「かなかなちゃんから聞きました」

これは失策だった。
確かに、加奈子に口止めを強要はしていないので、親しい間柄であるブリジットに話してしまってもおかしくはなかった。
なーんでそんなことも気付かなかったのかね、俺は。これ、下手するとあやせバレも有り得るよね?ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ……。
それだけは……それだけはなんとしても避けたい!だって俺の命がかかってるんだもん!

「でも、なんか納得です」
「へ?」
「声はいっしょだったし、雰囲気も似てましたから。もしかしたら……、とは思ってたんです」
「へ、へぇ。そうなんだ」

これには俺も笑うことしかできなかったよ。何にって?自分の迂闊さにだよ!
「加奈子が気付かなかったんだから、ブリジットも大丈夫だろ~」なんて、愚かな考えに至ってしまってたんだからな。
そりゃそうだ。この娘とは、何度かあの姿で会ってるんだ。気付いてもおかしくないだろ……。
迂闊……圧倒的迂闊っ……!
過去の自分をブン殴りたい気分だぜ、はっはっはー!……はぁ。

968 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/26(土) 12:46:01.68 ID:4VMu2sJ5o [5/7]
「そういえば、なんで今はしゃべり方が違うんですか?」
「ん?ああ。だってよ、今はブリジットはオフなんだからさ。そんな時まで仕事っぽい雰囲気にしたくないだろ」
「そんなこと、気にしなくていいのに……」
「そういうことを気にするのが、マネージャーなんだよ。それに本音を言うと、あの話し方、結構疲れるんだわ」
「ぷっ……ふふふっ」

俺の話しぶりがおかしかったのか、ブリジットはたまらず吹き出してしまった。
全部本当のことなのだが、こうやって笑ってもらえるなら、まぁそれもいいかもしれないな。そんな風に思った。
笑い出したブリジットはそのままに、俺はゲームコーナーを見渡す。ふむ、どうにもブリジットと一緒に楽しめそうなものは無いなぁ。

「マネージャーさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「おう?」

回復したブリジットがまた声を掛けてきたので、俺は再び顔をそちらに向けた。

「マネージャーさんは、その……。かなかなちゃんのこと、どう思ってますか?」
「加奈子のこと?」

改めて聞かれると、実に答えにくい質問が飛んできた。
どう思ってるか、ねぇ……。考えたことも無かった、というのが正直なところなのだが……。さすがにこの答えは良くないだろう。
しかし、なんでブリジットはこんな質問をしたんだろうな。
俺は顎に手を添えながら瞑目し、しばし考えに耽る。

「そうだなぁ……。"手のかかる妹"ってのが、一番しっくり来るかな」
「妹……ですか?」

ま、そういう反応が来るわなぁ。言うに事を欠いて"妹"だもん。
実妹がいる身ながら、ビジネスパートナーを妹と言う俺。本当の妹様や黒猫が聞いたら、「どんだけシスコンだよ」と言われるに違いない。うん、絶対言うわ、あいつら。
でもな、これがぴったり来るんだからしょうがない。

「アイツ、ちょっと頑張りすぎるところがあるから、見ててハラハラするし、ほっとけねえんだ。それに、俺の最初の担当だからな。ついつい贔屓目で見ちまうし」
「……そうですね。かなかなちゃん、すごくがんばってますもんね。よく見てないと気付かないくらいに」
「そうそう。だからさ、俺はアイツのブレーキ役でもなくちゃいけないんだわ」
「ふふっ。確かに、ちょっとお兄さんっぽいですね」

ブリジットは納得したのか、薄く笑った。
しかしあれだな。小っ恥ずかしいこと言ったな、俺。本人いないからいいけど。

「このこと、加奈子には秘密な。ちと恥ずかしいし」
「はい。わたしとマネージャーさん、二人だけの秘密ですね」
「……は、はは。ま、そうなるかな」

ブリジット、その言い方は良くないとマネージャーさんは思いますよ。だって、なんか響きが淫靡じゃね?
七年もいて、もう日本語は完璧だと思ったんだけどな。機会があればきちんと教えよう。うん、そうしよう。

「マネージャーさん。かなかなちゃんのこと、これからもよろしくお願いしますね」
「おう、任せとけ」

そう言って、ブリジットは俺に頭を下げた。
ほんと、いい娘だよ。こんなに真っ直ぐに育ってくれて、家族じゃないけど嬉しいよ。これからもそのままでいてください。
そんなことを思いながら、俺たちは二階に続くエスカレーターに乗った。

「いいなぁ、かなかなちゃん……」

ブリジットのその言葉は、残念ながら俺の耳には届かなかった。

969 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/26(土) 12:46:49.92 ID:4VMu2sJ5o [6/7]
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あれからボウリングやダーツで二時間ほど時間を潰した俺たちは、今はスタジオで加奈子のレッスン風景を眺めていた。
講師の手拍子に合わせ、スライドやサイドウォーク、あとなんかよくわからんテクを織り交ぜたコンビネーションで軽快にステップを踏む加奈子。
ヒップホップダンスには決まりが無いため、途中で他のダンスの動きを加えたりしているようだ。
長年のレッスンの結果か、その動きによどみは無く、見ている者も踊りだしたくなるほどのエネルギーに満ち溢れていた。

「かなかなちゃん、かっこいいですね」
「ああ。いつ見ても驚かされるよ」

これは俺の正直な感想だ。
素人目でも、加奈子の歌とダンスの上手さはよくわかる。こうして付き添うようになってからは、努力に裏打ちされて得た結果だと理解もできた。
どうにも俺の周りの女の子は、どいつもこいつもすごいヤツばかりだな。
けど、そんな現実を目の当たりにして、コンプレックスを抱くようなことは今は無い。
俺は俺で、自分に出来ることを精一杯やってるからな。そして今は、コイツ等に仕事をしやすい環境を提供するのが、俺のやるべきことだ。
だから、今の俺は充実している。誰に恥じることもない。


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「かなかなちゃん、すっごいかっこよかったよ!」
「そんなことないよ」

加奈子のダンスレッスンも無事終わり、今は車で事務所に向かっているところだ。
後部座席では加奈子とブリジットが、まるで姉妹のように仲良くはしゃいでいる。その手にはそれぞれ、メルルとアルファ・オメガのぬいぐるみが握られていた。
どうやら俺が昼間に取ったぬいぐるみのうち、メルルの方は最初から加奈子に渡すつもりだったらしい。なんとも可愛いじゃないか。
それと……意外にもブリジットは、加奈子のああいうダンスを見たことが無かったようで、素直に感動し、その気持ちを真正面からぶつけていた。
加奈子は加奈子で、可愛い妹分から送られる賞賛に満更でもないようだ。
何でわかるかって?だってよ、口調はそのままだが、顔は昔みたいにイヒヒと笑ってるからな。機嫌のいい証拠だ。
それをバックミラー越しに眺めながら、俺も薄く笑った。
そんな和やかな空気を内包したまま、車は赤く染まる街並を横切っていった。





おわり

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最終更新:2011年03月26日 13:10
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