桜が咲く頃に:9スレ目16


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16 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:30:31.97 ID:4SRjOM3Xo [2/20]

悪夢のような今年のホワイトデーから数日後の土曜日。
俺とあやせは、地元の千葉中央駅からも程近い、県民の森公園に来ていた。

「お兄さん、ここどこなんですか? ディズニーシーじゃなかったんですか?」
「だから昨日も電話で謝ったじゃねえか。
 ディズニーシーは、また別の機会にしようってことでさぁ、な。
 それに、今年は桜の開花も早いみてえだから、今回はこれで勘弁してくれよ」

不機嫌極まりないあやせに、俺は朝っぱらから両手を合わせて謝る羽目になった。
そもそも、何でこの俺があやせをディズニーシーへご招待しなきゃいけねえんだよ。
言っちゃ悪いけど、ホワイトデーにお返しを用意出来なかったくらいでさぁ。
バレンタインのお返しは通常三倍返しとか世間じゃ勝手なこと言ってるけど、
ディズニーシーつったら、一体何倍返しになるんですかっての。

俺だって、何も金が惜しいわけじゃねえよ。
せっかくのあやせイベントを、そう簡単に無駄にしたくはなかったしな。
僅かばかりの預金も含めて、俺の有り金を全部掻き集めても足んなくて、
リビングの絨毯の下とかテレビの後ろとか、金が落ちてないか家中捜したんだけど無駄だった。
日払いで金がもらえるアルバイトも、今みたいな不況じゃ早々見つかんなくてな。
最後の手段として、恥を忍んでお袋に小遣いの前借りを頼んだら、あっさり拒否されちまった。

「あやせとの約束を守れなかったのは俺だから、何言われても仕方ねえと思ってるよ。
 でも、これだけは言わせてくれ。あやせの持ってる手提げ袋って、中に何が入ってるんだ?」
「……お弁当と、レジャーシートですけど……それが何か」
「おまえはディズニーシーで、レジャーシート広げて弁当食うつもりだったのかよっ」
「お兄さんこそ何を言ってるんですか。あそこは、お弁当とか持ち込み禁止なんですよ」

いつもながらの俺とあやせの噛み合わない会話から、本日のあやせイベントは開幕した。
公園へ来てからまだ五分と経ってねえけど、俺は心の中で既に帰り支度を始めていた。

17 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:31:04.49 ID:4SRjOM3Xo [3/20]

今年は暖冬の影響からか、桜の開花も例年に比べてかなり早かった。
そうは言っても、まだ朝夕冷え込むこの時期では、ここの桜も三分咲きがいいところだ。
この様子じゃ満開になるのは、月末近くか四月早々だろう。
それでも今日は朝から天候にも恵まれ、春の穏やか日差しに誘われたのか、
家族連れやカップルが何組も見受けられた。

「あやせ、すまねえなぁ。思ってたほど咲いてねえなぁ」
「そうですねぇ。……三分咲き、といったところですか。
 でも、全く咲いてないわけでもないですし、満開になったらまた来ればいいじゃないですか」
「また来るって、あやせと一緒に来るのか?」
「当然じゃないですか。……あと、ディズニーシーの方もお忘れなく」
「……何だか俺、あやせに借りが溜まってゆくみてえだな」
「そう思うのならお兄さん、少しでも早めに返してくださいね」

会話の内容はともかく、あやせの顔が何となく微笑んでいるようにも見えた。
桜の花は期待したほど咲いてはいなかったが、どうやら機嫌は直してくれたらしい。
俺の心の帰り支度も、しばらくは取りやめってことだろうな。

俺たちがいる公園は、県民の憩いの場所でもあり、千葉県民なら知らない者はいないだろう。
地元じゃちょっとした桜の名所で、俺のお気に入りの場所でもある。
あやせだって子供の頃から何度も来たことがあるだろうに、
さっきは『ここどこなんですか?』なんて、わざとらしく言いやがって。
それでも弁当まで用意して来てくれたんだから、満更いやだったわけでもあるまい。

「あやせ、せっかく来たんだから、桜でも眺めながら少し歩くか?」
「そうですね。何のアトラクションもないですし、歩くくらいしかやることないですものね。
 ……それに、そうでもしてもらわないと、お兄さんのお腹が減らないじゃないですか」

あやせのヤツ、ボソボソと呟くように言うもんだから、後の方はよく聞き取れなかったけど、
どうやら俺は有難いことに、今日はあやせの手作り弁当にありつけるようだった。

18 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:31:45.68 ID:4SRjOM3Xo [4/20]

あやせから弁当だのレジャーシートだのが入った手提げ袋を受け取り、
俺たちは桜並木の続く遊歩道をのんびりとした歩調で歩いた。
桜の花は三分咲きでも、園内では今を盛りと、色取り取りの花が咲き乱れている。

「わぁー、きれいなお花。……何ていう花だろう、凄く小さくて可愛いですよね」

遠目から見ても鮮やかな濃いピンク色や、真っ白い色をしたその小さな花々は、
遊歩道からかなり外れたところで地面を覆い尽くすように群生していた。
桜を見ていただけでは、気付かずに通り過ぎてしまってもおかしくはない。
あやせは小さく感嘆の声を漏らしながら、その花の咲くところへと駆け寄った。
仕方なく俺もあやせの後を追った。

「とってもきれいで可愛いんですけど、何という花か、お兄さん知っていますか?」
「芝桜って言うんだよ、それ」
「……随分あっさりと言うんですね。何で知っているんですか?
 以前から不思議だったんですが、お兄さんって、どうでもいい事をよく知っていますよね」
「ほっとけっ!」

花の名前に少しくらい詳しいからって、あやせのヤツ、さも不思議そうな顔しやがって。
人間なんだから取り柄のひとつくらいあったっていいじゃねえか。
お袋はガーデニングが趣味で、庭なんか小さいくせにやたらと花を植えるもんだから、
俺も手伝わされる内にいつのまにか詳しくなっちまっただけだよ。

「お兄さん、もしかして“お華”とかやってないですよね?」
「あやせの言う“お華”ってのは、いわゆる華道ってヤツか? 俺がやってるわけねえだろっ!」

俺が畳の上でかしこまって花を活けてるなんて、想像もしたくないわっ。
一体どういう神経をしていたら、そういう発想が出て来るんだか。
もしそんなことになったら、桐乃のオタク趣味なんてまともに見えるぜ。

19 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:32:20.15 ID:4SRjOM3Xo [5/20]

俺とあやせは遊歩道を並んで歩きながら、あやせが指差した花の名前を俺が答えるといった、
どうでもいいような会話を延々と続けていた。

「このピンク色の花は?」
「それは、かたくりの花だよ」
「……もしかしたら、片栗粉ってこの花から作るんですか?」
「昔はそうだったらしい。でも、今はじゃがいもから作ってんだろ」

あやせは俺が花の名前を答えると、その都度感心したり、答えに詰まると嬉々として喜んだ。
ついにはタンポポまで指差して、俺に名前を聞いてくる。
タンポポを知らん人間なんていねえだろと思いいつつ、それでも答えてやった。

「あやせ、その花がタンポポ以外の何に見える?」
「あっ、そうですよね。……でも、花の名前に詳しい男の人って、なんか素敵ですよね。
 きっと、将来何かの役に立ちますよ」
「なわけねえだろ。おまえ、俺のことからかってんだろ」

俺があやせの頭を軽くコツンと叩くと、あやせは肩をすくめて舌を出した。
花の名前に少しくらい詳しくたって、将来役に立つことは多分ねえだろうけど、
あやせの機嫌を直すことには役立ったようだ。

その後も俺たちが、学校のことなど他愛もない会話を続けながら遊歩道を歩いていると、
前から保育園児たちが二人ずつ手を繋ぎながら、列を作って歩いて来た。
保育士らしき女性が二人、園児の列を前後に挟むようにして引率している。
園児の列が俺たちの横を通り過ぎる時、園児の一人があやせに向かって手を振った。
あやせは満面の笑顔で、手を振ってそれに応える。
園児たちが全員通り過ぎてしまってから、俺はあやせに声を掛けた。

「あやせって、見るからに小さい子供が好きみたいだもんな。
 やっぱ、将来は保育士とか幼稚園の先生が夢か?」
「うーん、まだそこまでは考えてないんですが、でも、子供は大好きですよ。
 お兄さんは、将来結婚したら子供は何人くらい欲しいんですか?」

返答に詰まるような質問をしてくるんじゃねえよ。

20 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:33:09.09 ID:4SRjOM3Xo [6/20]

時計を確認すると、そろそろ昼時分になっていた。
俺はどこか日当たりの良さそうな所で昼飯にしようかと思って、あやせに聞いた。

「そろそろ昼だけど、芝生広場にでも行くか? あそこなら日当たりも良いしよ」
「芝生広場でもいいですけど……わたしは、出来れば桜の木のある所の方がいいです」
「そっか、じゃあ、あそこがいいかな」

俺は飯を食う場所にこだわらない。
あやせの手作り弁当が食えるんなら、どこだっていいんだよ。
桜の木があって、そこそこ日当たりも良い場所へ俺はあやせを案内した。
県民の森公園のことなら俺に聞けって程じゃねえけど、
それくらいのこと、遊歩道を歩いている時から目処は付けてあるさ。

「お兄さん、お弁当か何か買って来なくていいんですか?」
「……あやせ、その冗談は笑えねえよ」

デートでよく有りがちなのが、彼女が作ってくれた弁当がスッゲー不味いってやつ。
それなのに彼氏の方が無理して、さも美味そうに食うってのがあるだろ。
俺なんか彼女がいないもんだから、そんな話しを聞くとアホかって思うんだよ。
不味いモンは不味いって、はっきり言ってやりゃあいいじゃねえか。
その方が彼女だって、次こそは頑張ろうって思うんじゃねえのか。

21 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:34:02.46 ID:4SRjOM3Xo [7/20]

あやせの作ってくれた弁当を食わせてもらうまでは、俺は確かにそう思っていた。
だけど、そんなくだらない考えは、あやせの弁当を食わせてもらってすべて消し飛んだ。
弁当が美味いとか、不味いとかそういう問題じゃない。
ただ、あやせの左手の親指と人差し指に巻かれた、小さな絆創膏を見ちまったら、俺。

「お兄さん? どうかしたんですか?」
「なっ、なんでもねえよ。……ちっと、目にゴミが入っちまったみてぇでよ」

こんなの卑怯じゃねえか。
俺はあやせに気付かれないように、手の甲で涙を拭った。
あやせがどんな想いで今日の弁当を作ってくれたのか、それを想像しちまったら……

「本当に大丈夫ですか?」
「……あ、ああ、大丈夫だ。……俺、ちょっとトイレ行って、目ぇ洗ってくっから」

もし、自分の彼女が作ってくれた弁当を貶すヤツがこの世にいるなら、
俺はそいつを片っ端から張り倒してやりたいね。
彼氏でもない俺なんかのために、あやせはきっと早起きして弁当を作ってくれたんだろう。
コンビニ弁当だって、俺は一言も文句なんか言わねえのによ。
次から次へと涙が溢れ出てきやがる。
あやせが心配して俺の背後から声を掛けてきたんだけど、
そんなあやせの声を無視して、俺は一気にトイレに向かって駆け出した。

22 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:34:37.77 ID:4SRjOM3Xo [8/20]

トイレで顔を洗って急いで戻ると、相変わらずあやせは心配そうな顔で俺を見ていた。
まさか、あやせの作ってくれた弁当に感激して泣いたなんて、言えるわけねえもんな。
俺はあやせに少しでも感謝の気持ちを伝えたくて仕方がないのに、
それを素直に言葉に出来ないことがもどかしくて歯痒かった。

「お兄さん、ゴミ、取れましたか?」
「あ、ああ、水道で洗い流したら取れたよ。心配掛けてすまねえな」

俺がそう言うと、やっとあやせも安心したらしく、いつもの笑顔に戻った。
それにしても、女の子の作ってくれる弁当なんて凶器と一緒だろ。
男の胸に容赦なく突き刺さるじゃねえか。
誰だかは知らねえけど、あやせの彼氏になるヤツは最高だね。
見てくれよあやせを、この輝くような笑顔、この優しさ、そして絆創膏付き手作り弁当。
突然おかしくなる性格さえ克服出来れば、その野郎はきっと世界一の幸せモンさ。
あやせが指を怪我してまで、俺のために作ってくれた弁当だもんな。
感謝して食わなきゃ、罰が当たっちまうよ。

「あやせ、この厚焼き玉子、すっげー美味いじゃん。俺のお袋とは大違いだよ」
「そうですか? その厚焼き玉子は、お母さんに作ってもらいました」
「……そ、そうなんだ。……じゃ、じゃあ、このから揚げは?」
「から揚げは冷凍食品です。レンジでチンすればいいんですよ」
「これが冷凍食品? それなら、えーっと……このホウレンソウの――」
「ああ、それはホウレンソウとベーコンのソテーで、それもお母さんです」

弁当のオカズのタッパーには、他にカニクリームコロッケとブロッコリーのサラダが入っていた。
カニクリームコロッケは冷凍食品だろうし、ブロッコリーは多分茹でただけだよな。

「あやせ、気に障ったらごめんな。さっきから気になってたんだけど、その指の絆創膏は?」
「これですか? これは、リンゴでウサギさんを作ろうと思ったんですが、
 失敗してしまって、ちょっとだけ切ってしまったんです。うふっ」

何が『うふっ』だよっ、笑って誤魔化すんじゃねえよっ! 俺の涙を返してくれよ。
大体どこにウサギがいるんだよ。
リンゴの先っちょに赤い皮が少しだけ残ってるヤツがウサギだってか?
頭のてっぺんだけ赤い丹頂鶴かと思ってたぜ。どんだけ不器用なんだよ、あやせって。

23 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:35:24.30 ID:4SRjOM3Xo [9/20]

結局のところ今日の弁当は、あやせのお袋さんが作ってくれたってわけか。
玉子焼きといい、ホウレンソウのソテーといい、あやせのお袋さんって料理上手なんだろうな。
あやせも、いつかはお袋さんのように料理上手になるんだろうけど……。
それにしても、あやせも黙っていれば分からねえのに。
いつだったかあやせが、嘘を吐かれるのが大嫌いだって言っていたのを俺は思い出した。
嘘を吐かれるのと同じくらい、自分も嘘を吐きたくないんだろう。

お袋さんに作ってもらったなんて臆面もなく言いながら、
もくもくと弁当のオニギリを食べるあやせを見ていて、俺はふと疑問が湧いた。
料理上手のあやせのお袋さんにしては、あやせが今食っているオニギリって、
何となく形が不恰好じゃねえか?
さっき俺が食った時は、全く気が付かなかった。って言うか、普通の三角形だった。
俺はあやせが自分用だと言っていた、まだラップに包まれたままのオニギリをひとつ掴むと、
そのラップを取り去った。

「あっ、お兄さんっ、そっ、それはダメなんです」
「………………」

ラップを取ったオニギリは、三角形と言うには少しだけ形が崩れていた。
あやせは慌てふためき、顔が見る間に赤くなってゆく。

「……そっちは……失敗作なんです」

いくら鈍感な俺だって、どういうことか理解出来るよ。
オニギリだけはあやせが作ったんだろ? 料理は苦手な筈なのに。
いくつもいくつもオニギリを握って、上手く握れたやつだけを俺にくれて、
自分は失敗したやつを食ってるんだろ。
あやせのヤツ、どんだけ俺を泣かせりゃ気が済むんだよ。

24 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:35:54.87 ID:4SRjOM3Xo [10/20]
あやせは顔を真っ赤にしながら、俺の手からオニギリを取り上げようとした。
俺はそんなあやせには構わず、形の崩れたオニギリを口へ運んだ。
さっきまで俺が食っていた三角形のオニギリと、何ら味に変わりはないはずなのに……
何十倍も美味く感じるのは何でだろうな。

「お兄さん、無理しないでください。……そんな形が崩れたのなんて……」

胸がいっぱいで、噛んでも噛んでも、なかなか飲み込むことが出来なかった。
もう目にゴミが入ったなんて誤魔化すことは出来ない。
いや、少なくともあやせには、そんな誤魔化しはしたくねえ。

「なあ、あやせ……」
「何でしょうか? ……もしかして、まだ目にゴミが残ってるんじゃないんですか?」
「いや、そうじゃないんだ。……なあ、俺にあんまり気を使わないでくんねえか。
 あやせが作ってくれたもんなら、俺は何だって喜んで食わせてもらうから、な。
 それにさぁ、以前のあやせだったら、俺にこんなに気を使わなかったじゃねえか。
 気のせいかも知れんけど、何か最近のあやせって、おかしくねえか?」

最近俺があやせに感じていた疑問を、思わずストレートにぶつけちまった。
だってそうだろ。今日だって、先日のホワイトデーにバレンタインのお返しを
あやせに渡せなかった代わりっていうのが発端だったはずだ。
それも約束したディズニーシーなんかじゃなくて、地元の県民の森公園だってのに。
それにもかかわらず、あやせは俺のために弁当まで作って来てくれた。
俺は聞かずに置こうと思っていた最大の疑問を、ついに口にした。

「おまえ、俺のこと、好きなの?」
「好きですよ」

突然の俺の問い掛けにも、あやせはそれを予想していたかのように平然として答えた。
しばらく逡巡するかのように、膝の上で絡めた指先を弄んでいたあやせは、
俺の視線を避けて遠くを見つめながら訥々と話し始めた。

25 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:36:24.29 ID:4SRjOM3Xo [11/20]

「初めてお兄さんと出会った時、優しそうな人で何となくいいなぁと思ったんです。
 その後しばらくして桐乃のことがあって、ほんの少しだけ嫌いになりかけました。
 わたしはまだ子供だから、あの時は、お兄さんの本心がわからなかったんです。
 でも、家に帰ってから、冷静になってゆっくりと考えてみたんです。
 もしお兄さんが、あのようないかがわしい――ごめんなさい。あのような趣味を
 本当に持っているのなら、わざわざ人前に晒すようなことをするだろうかって」

そこで一旦言葉を切ると、小さく溜息をついた。

「よく考えてみれば、答えは簡単に見つかるんですよね。
 ……桐乃を守るため、桐乃とわたしを仲直りさせるため、ですよね?」

俺がもし、あの時のことは今あやせが言った通りだと言えば、どうなる?
たしかに俺の汚名は返上出来るだろうな。
しかし、そうなると桐乃は――

「今あやせが言ったこと、俺は肯定することも否定することも出来ねえ。
 あやせなら、何でだか分かってくれるよな」
「はい、わかっています。
 このことは今日を限りに、わたしの胸の内にしまって置こうと思います。
 ……お兄さん……わたしの顔、きっと真っ赤ですよね。
 さっきから心臓がドキドキして、自分でもわかるくらいですから。
 でも、いつかお兄さんに伝えないと、きっと後悔する。……そう思っていたんです」

あの出来事から数日後、あやせからもらったメールで分かってはいた。
しかし、誤解されたままでも、別にいいと思っていたのもたしかだ。
今日だってこうして、傍からみればまるで恋人同士のように過ごしているわけで、
俺に取っちゃ何の実害もないわけだからな。
でも、あやせから直接聞くと、また違った思いが湧いてくる。
何事も曖昧にして置きたくはないというあやせの性格かとも思ったんだが、
長い沈黙の後、次にあやせが口を開いた時、それは急展開を迎えた。

26 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:36:59.79 ID:4SRjOM3Xo [12/20]

「わたし男の人って、何だか苦手だったんです。
 同級生の男の子から、付き合ってくれって告白されたこともあります。
 でも、わたしが断ると、陰で悪口を言われたり、良くないうわさを流されたり……。
 ……学校ではわたし、男子からあまり好かれてないんです。
 モデルだからお高くとまってるとか、あいつは男より女に興味があるんだとか言われて。
 そんなことないのに、わたしにだって好きな人くらいいるのに……」

あやせは両手の拳を強く握り締め、悔しそうに下唇を噛み締めると、
頬を伝わる涙を隠そうともせず、想いの丈を一気に吐き出した。

「わたしは、お兄さんのことが好きです。大好きなんです」

何ら飾ることのないストレートな言葉で、あやせは俺に想いを伝えてきた。
あやせが俺のことをどう想っているかなんて、薄々気付いてはいた。
まさか今日この場で告白されるとは、夢にも思っていなかったけどな。
でも、残念だけど今の俺には、あやせの想いを受け止めることは出来ねえ。

「さっきの男子から嫌われてるかもって話だけどさぁ、あやせの思い過ごしだと思うぜ。
 あやせはグリム童話の『すっぱい葡萄』って話し、知ってるか?
 その話ってのは…………何だっけかな……」
「お兄さん、それを言うなら『きつねとぶどう』じゃないですか?
 それに、その話はグリム童話ではなくて、イソップ物語です」

手の甲で涙を拭いながら、あやせは俺を睨み付けながら言った。

「えっ!? そっ、そうだったっけ? まっ、まぁ何にしても……
 俺が言いたいのは、それはあやせに振られた男どもの“負け惜しみ”だってこと、
 決してあやせが嫌われているわけじゃねえよ」

27 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:37:34.06 ID:4SRjOM3Xo [13/20]

「あやせ、ちょっと聞いてもいいか? もし言いたくなけりゃ、それでも構わんから」
「何でしょうか、聞きたいことって」
「あやせは初恋っていくつの時だった? さっきも言ったけど、答えなくてもいいけどさ」
「別に恥ずかしいことじゃありませんし……
 たしか、小学校四年生の時、同じクラスの男の子でしたけど、
 何となくカッコいいなぁと思いました。……でも、それがどうかしたんですか?」

俺にも同じような経験がある。
そのくらいの年齢になると、誰にも同じような想い出があるんじゃないだろうか。
ちょうど第二次性徴が始まる時期に、男子も女子もお互いに異性を意識し始めることが。
でも、それと初恋は違うものだと俺は思っていた。

「あやせがどう思うか分かんねえけど、それは初恋とはちょっとだけ違うと思うんだ。
 別にあやせの言ったことを否定する気はねえから、でも、気に障ったらごめんな」
「気に障ったりはしません。小学生の時の話ですから。
 ただ、お兄さんが何を言いたいのか、わたしには分からなくて……」
「そっか、俺の言い方が足りなかったよな。……怒らないで聞いてくれるか?」
「……はい」

いつの間にあやせと恋の話になっちまったのか、分かんねえけどな。
穏やかな春の日差しと、桜の木の下というシチュエーションが、俺をそんな気にさせた。
あやせに、いや、あやせだからこそ聞いて欲しいと思ったのかも知れない。
しかし、あやせとこの手の話をする時には、言葉は慎重に選らばねえとな。

「俺が思うに、あやせの初恋って、今なんじゃねえか?」
「……どういう意味ですか? 今って」
「上手く説明する自信がねえけど、とにかく怒らないで最後まで聞いてくれ、な」

あまりにも突拍子もないことを俺が言うもんだから、
当のあやせは、きょとんとした顔で俺を見つめるだけだった。

28 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:38:09.54 ID:4SRjOM3Xo [14/20]

「今、あやせは恋をしているんじゃねえかな。
 それはあやせにとっての初恋なんだと思う。初めて誰かに恋をしたってことさ。
 なにも四六時中とは言わねえけど、そいつのことが頭に浮かぶんだろ?」

あやせは見る間に顔を真っ赤に染め、恥じらいと怒りの入り混じった表情で俺を睨みつけた。
俺がどう言えば、あやせがどう反応するかなんて、十分承知していたさ。
それでも敢えて言わざるを得なかった。

「だから怒るなって言ったろ、最後まで聞いてくれよ。
 でもな、初恋って、多くは一過性のもんなんだよ。
 俺に言わせれば、そういうのって、大抵時間と共に目が覚めちまうんだ」
「お兄さんは、わたしもいずれそうなると、そう言いたいんですか?」

あやせの質問に、肯定をする意味で俺は頷いた。
崩していた膝を抱え、その膝の上にあごを乗せながら、
あやせは俺の言った言葉の意味を考え込むようにして押し黙った。
俺はそんなあやせの仕草を楽しむように、彼女の横顔を見つめていた。
時間が止まってしまったような、でも、幸せなひと時だった。

「わたしも、お兄さんに聞いてもいいですか?」
「何を?」
「お兄さんは初恋って、いつでしたか?」
「俺か? 俺は中一の時かな。……ちなみに、相手は妹の桐乃だ」

俺は言うと同時に地面にひれ伏すと、頭を抱えてあやせからの攻撃に備えた。

「勘違いすんなよっ。別に桐乃とどうこうしたいなんて思っちゃいなかったさ。
 あやせだから、俺は正直に話すんだけどな。
 俺は、あいつが実の妹でなけりゃどんなにいいかと思ったこともあるよ。
 兄貴の俺が言うのもなんだけどさ、桐乃ってけっこう可愛いだろ?
 今じゃ性格はアレだけど、昔は素直で本当にいいやつだったんだよっ」

29 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:38:37.90 ID:4SRjOM3Xo [15/20]

いつまで経ってもあやせからの攻撃が無いことを訝しく思い、
頭を抱え込んだまま、俺は恐る恐るあやせの様子を窺った。
不思議なことに、あやせは何が可笑しいのか穏やかに微笑みながら俺に言った。

「お兄さん、頭を上げてください。わたし、殴ったりしませんから。
 それに、お兄さんの気持ちも分からなくはないです。
 女のわたしから見ても、桐乃ってとっても可愛いですし。
 もし、桐乃がお兄さんの妹でなければ、好きになってもしょうがないと思います」

あやせから殴られる恐れがないと分かって、俺はゆっくりと姿勢を元に戻した。
以前ならとっくに殴られてもおかしくない情況だろうに、
今日のあやせはいつまでも顔に笑みを湛えて、俺を見つめている。
まさしく、ラブリーマイエンジェルあやせたん! ってところかな。
それに気を良くした俺は、思いもかけない方向へ話を持っていっちまった。

「俺は思うんだけどさ、初恋なんて、ちょっと風邪を引いたみたいなモンでな。
 気が付くといつの間にか直っちまってて、あの時の気持ちって一体何だったんだ、ってな」
「それじゃあ、お兄さんは、わたしがお兄さんを好きな気持ちもいづれは消えてしまうと?
 お兄さんのように、初恋の相手は実妹だって堂々と言い切れる人の言葉を、
 わたしは素直に受け止めていいのかどうかわかりませんけどね」

俺に対する痛烈な皮肉と、取れないこともない。
あやせの顔を見つめながら、今のあやせになら、俺は誰にも話したことのない、
妹を好きになった当時の心境を話してもいいかと思い始めていた。

「あやせ、少しだけ俺の話をしてもいいか?」

俺がどんな話をするのかも知らないくせに、あやせは優しく微笑んで小さく頷いた。

30 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:39:21.52 ID:4SRjOM3Xo [16/20]

桐乃のことを異性として意識し始めたのは、俺が中学生になったばかりの頃だ。
クラスにも可愛い子や、中学生にしては美人な子も中にはいることはいた。
しかし、当時の俺にとって、妹の桐乃ほど心がときめくヤツはいなかった。
それまで兄貴が実の妹に恋するなんて、エロ小説かエロ漫画の世界だけだと思っていたから、
まさか、この俺がそうなるとは夢にも思わなくて、マジでその当時は悩んだもんさ。
“兄妹愛”なんて陳腐な言葉じゃ説明しきれねえし、そもそも“兄妹愛”って何だよって、
悩めば悩むほどドツボに嵌まる思いだった。

妹を好きになっちまった罪悪感と、俺自身に対する嫌悪感に苛まれる日々が続いた。
そんな苦しみから逃れるために俺が出した結論は、桐乃を“無視”することだった。
徹底的に無視することによって、俺の心の中から桐乃を追い払う。
それまで仲の良かった俺たち兄妹の間に溝が出来始めたのも、思い起こせばその頃だ。
桐乃も当初は急に冷たくなった俺に戸惑い、時には泣いて抗議したこともあったけどな。
しばらくする内にあいつも諦めたのか、俺に話し掛けて来ることもなくなった。

俺たちは同じ家で暮らし、同じ食卓に着きながらも、お互いいないものとして振舞った。
会話を交わすことなんて滅多になく、すればしたで桐乃は俺に必ず悪態を吐いた。
当然と言えば当然だよな。桐乃は何で自分が兄貴から無視されてんだか知らねえんだから。
そんな日常を何年も重ねる内に、俺自身なぜ桐乃を無視するようになったかさえ忘れちまった。

俺と桐乃の修復不能とも思えた冷え切った関係に、変化の切っ掛けを作ってくれたのが、
玄関先に落ちていた、たった一枚のDVDケース。
それが、俺と桐乃の錆び付いた歯車を再び噛み合わせ、最初はぎこちなくともゆっくりと、
そして日を追うごとに急速に回し始めた。
俺たちの間の溝を埋めるように。そして、失った時間を取り戻すように。

失った時間は大きかったが、決して無駄じゃなかった。
その間に俺は精神的にも成長し、桐乃を本来の妹として見ることが出来るようになった。
俺にとって、妹に恋したことは疚しいことでも恥ずかしいことでもない。
初めて恋をした女の子が、たまたま妹だったというだけだ。
それに、何といっても妹の親友のあやせに出会えたじゃねえか。
今、隣りで黙って俺の話を聞いてくれている、あやせに。

31 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:40:14.74 ID:4SRjOM3Xo [17/20]

長い間、心の奥底に封印していたことをあやせに話し終えて、
俺は肩の荷を降ろしたような気分だった。
そんな俺をあやせは、慈愛に満ちた優しい眼差しで見つめてくれていた。

「お兄さん、何故その話をわたしにしてくれたんですか?」
「何でだろうな。……誰かに聞いて欲しかったのかもな。
 ……いや、そうじゃねえ。俺はあやせに聞いて欲しかったのかもな」
「お兄さんが正直に話してくれて、わたし、何だかとても嬉しいです」

俺が妹のことを好きだと人前で言ったのは、これで二度目だ。
よりにもよって、その二度ともがあやせだとはな。
兄貴として妹の桐乃には、誰よりも幸せになって欲しいと心から思う。
それと同じくらい、あやせにも幸せになって欲しいと願っている。

「ところでお兄さん、わたし、さっきからずっと気になっていることがあるんです」
「気になっていることって?」
「なんだか、話をはぐらかされているような気がして仕方がないんですが?」
「俺が話をはぐらかしたって、何が?」
「わたし、さっきお兄さんに好きだと、何気なく告白したつもりなんですが……。
 気のせいかも知れませんけど、わたしのこと何気なく振ったんじゃないんですか?」
「分かっちまったか?」
「………………」

あやせは一瞬固まったように見えたが、すぐに顔を真っ赤にしてオニギリを包んでいた
ラップだの空のペットボトルだのを俺に投げつけ、口を尖らせながら怒った。

「それって、あんまりじゃないですか?
 わたしがお兄さんを振るならともかく、何でわたしが振られなくちゃいけないんですか。
 信じられませんよ。大体お兄さんに、わたしを振る資格なんてあるんですか?
 今まで散々セクハラみたいなことをして置きながら、どうなんですか?」

手近に投げ付ける物がなくなったあやせは、弁当のおかずのタッパーに手を掛けた。
ラップや空のペットボトルくらいなら我慢できるけど、タッパーはねえよ。
当たり所が悪かったら、いくらなんでも俺だって泣いちまうよ。

32 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:40:44.91 ID:4SRjOM3Xo [18/20]

あやせから告白されても、彼女を傷付けねえように上手くかわしたつもりだった。
それなのに、これじゃあ振り出しに戻っちまったじゃねえか。
何もあやせが言うように、俺があやせを振るつもりなんて微塵もねえって。
ただ、今の俺には、あやせの気持ちを受け止めてやるだけの自信がねえんだ。

「俺はあやせが思っているほど、大した男でもねえし、何の取り柄もねえだろ。
 強いてあげれば、花の名前に詳しいくらいじゃねえか」
「お兄さんはそういうことを言って、また、わたしをはぐらかすんですか?」
「はぐらかすつもりなんてねえって。さっき俺があやせに話した初恋の話、覚えてるだろ。
 ……俺は、そんなことであやせを失いたくねえんだよ」

初恋なんて風邪を引いたみたいなモンで、時が経てば想い出に変わっちまう。
俺はあやせを、いつの日か想い出の中だけに住む彼女にはしたくなかった。
あやせが俺の妹なら、仲違いしたとしても、桐乃の時のように何かの切っ掛けがあれば、
再び仲が良かった元の状態に戻れるかも知れん。
しかし恋人ってのは、お互いに好きだという気持ちだけで結ばれているもんだから、
一度その関係が壊れちまうと、元の他人同士よりも遠い存在になっちまうものなんだ。
恋人同士にはなれなくても、今日のように一緒に出掛けたり、時には怒られたりしながら、
いつまでもあやせには、俺の近いところにいてくれることを願った。

「お兄さん、もしかしたら、今も桐乃のことを……」
「それはねえよ。それだけはあやせに誓ってもいい」
「そうですか。……それを聞いて、少しだけ安心しました」
「もう俺のことなんか、嫌いになっちまったんじゃねえのか?」

あやせは抱えた自分の膝の上にあごを乗せると、可笑しそうに笑いながら俺に言った。

「そうですね。嫌いになったかもしれませんよ。
 ……取りあえず、今日わたしが、お兄さんのことを好きだと言ったことは忘れてください。
 わたしがお兄さんに振られたなんて、納得がいきませんから」

俺はあやせに投げ付けられたラップだの、空のペットボトルだのを片付けてから、
頭上に咲いている桜の木を見上げた。

33 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:41:11.13 ID:4SRjOM3Xo [19/20]
 
「この公園の桜も、もうしばらく経たなきゃ見頃になんねえなぁ。
 ……本当に、今日はごめんな。もうちっと咲いててくれてもいいじゃんかなぁ」
「わたしは、このくらい咲いている方が好きですよ。
 だって、桜って満開になるとすぐに散ってしまうじゃないですか。
 桜が散る時って、とてもきれいなんですけど、何だか寂しい気もします」

桜の花が嫌いだという人を俺は知らない。
花が散って、道路に散乱している様子はあまり見られたもんじゃないが、
一気に花開いて潔く散る桜は、人々の心の琴線に触れる不思議な力を秘めている。

「お兄さん、桜の花を一輪だけ摘んでもらえますか?」

あやせがふと何かを思い付いたように、桜の木を見上げながら言った。
咲いているとは言っても、やっと今週辺りから咲き始めたばかりだ。
決して満開の桜から受けるような、誰をも魅了する華やかさなんて感じられない。
むしろ、弱々しく儚げな印象すら感じられた。

「まだ咲き始めたばっかだし、もう少し待てばもっときれいに咲くぜ」
「わたしも、今摘んでしまうのは可愛そうだって思っています。
 でも、わたしには、今この場に咲いている桜じゃないと意味がないんです」

何かを思い詰めたようなあやせに気圧されて俺は立ち上がると、
手近な枝から、ようやく咲き掛けた桜の花を摘み、あやせの手のひらに載せてやった。
もう一日待っていれば、翌朝には完全に開花したであろうその花びらを見て、
可愛そうなことをしちまったかなと、少しだけ後悔した。
でも、今のあやせには満開の桜よりも、この方が似合っているのかも知れん。

「わたし、この桜の花で押し花を作ろうと思います。
 押し花にすれば、ずっとこのまま、いつまでも変わらない姿で残せるから。
 ……お兄さんは初恋なんて、いつか想い出に変わってしまうって言いますけど、
 この桜の花を見るたびに、わたしは今日のことを想い出します」

34 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/03/27(日) 16:41:49.51 ID:4SRjOM3Xo [20/20]

手のひらに載せた一輪の桜をじっと見つめていたあやせは、
ゆっくりと俺に視線を向けると、俺の眼をしっかりと見据えてから言った。

「来年の桜が咲く頃に、今日お兄さんに摘んでもらったこの桜の花を見た時……
 わたしのお兄さんへの想いが、今と変わらずたしかなものなら……」
「あやせが俺に、改めて告白するって言うのか?」
「……違いますよ。来年の春になれば、わたしは高校生ですよ。
 今よりも、もっといい女になっているに決まっているじゃないですか。
 だから、その時はお兄さんが、わたしに告白をするんです」

あやせの自信に満ち溢れ、そして勝ち誇ったような笑顔を見て、俺は頭を掻いた。
その言い方からすっと、俺があやせに告白することが既定路線ってことか。
俺もあやせもお互いの顔を見合わせて、笑うしかなかったよ。

「じゃあ、その時俺があやせに告白したら、あやせは俺と付き合ってくれるってか?」
「いいえ、一度目は丁重にお断りします。……今日わたしに、意地悪をしたお返しに。
 だからお兄さん、もう一度わたしに告白してください。
 そうしてくれたら、わたしも真剣に考えてあげてもいいですよ」

今こうして俺の顔を見ながら無邪気に笑い掛けてくれるあやせも、
一年後には遥かに美人で可愛くなっているに違いねえ。
その時まで、あやせが俺への想いを持ち続けてくれるかは、誰にも分からねえけどな。

「お兄さん、桜が満開になったら、また連れて来てもらいますから」

それが当然とでも言いたげなあやせを見ていたら、思わず吹き出しちまった。
だけど、あやせは無邪気に笑ってっけど知らねえだろ?
俺の手のひらの中にも、一輪の桜がそっと握られていることを。




(完)
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