無題:9スレ目241

241 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:05:06.43 ID:i1LYuYF3o [2/18]
黒く、暗く、重い帳が世界を支配している。
月と星の光だけがそれに抗うが、この絶対的な闇の前ではそれも儚く、弱く、脆い。そんな夜だった。
とある洋館の一室。
この広大な空間は、常ならば華やかな社交の場として、多くの紳士淑女が集い、絢爛な舞踏会が催されていたのだろう。
だが、今は違った。煌びやかな照明も、豪華な食事も、美しいワルツも、何もない。
あるのは闇。月明かりすら入ってこないほどの闇だけだ。
その中に、光が浮かび上がる。この部屋の中央に、青白い炎がぼうっと。
吹けば消えそうな炎はふらふらと彷徨い、ゆらゆらと舞い上がり、天井付近でパンッと弾けた。
光が部屋全体に満ち、それを合図に全ての照明が点く。
そこには四人の少女がいた。

真紅のドレスを纏った、輝くようなライトブラウンの髪を持つ少女。
この夜を切り取ったかのような漆黒のドレスを着た、黒髪の小柄な少女。
真白いドレスとは対照的な、濡羽色の長髪を持つ少女。
茶色いドレスを着慣れていないのが丸分かりな、短髪の眼鏡を掛けた地味な少女。

少女達はお互いの姿を確認し、それぞれ違う表情をする。
ある者は、この場にいる人物に驚き、
ある者は、親の仇を見るような目をし、
ある者は、誰をも魅了する笑みを浮かべ、
ある者は、困惑の表情を浮かべていた。

そこに新たな登場者が現れ、少女達に声を掛ける。

「やぁやぁ、各々方。お揃いのようですな」

その声もまた、少女のそれであった。
大柄で均整の取れた肢体にタキシードを纏い、シルクハットとステッキを身に着けた、男装の少女。
一つだけ言うことがあれば、それだけ見事な格好をしているのに、その瓶底眼鏡はいかがなものかということだけだ。

「忌々しいピエロのお出ましね。わかってはいるけれど、一応、今回集められた理由を訊いておこうかしら」

漆黒のドレスを着た少女が、汚物でも見るような視線を男装の少女に向けながら訊ねた。
冷たい視線など意に介さず、男装の少女は答える。

「黒猫氏はせっかちですなぁ。いいでしょう、お答えします」

男装の少女は、ダンスホールに設けられた二階席の手摺に足を掛け、トンッと宙を舞い、ホール中央に着地した。
ステッキをくるくると回し、さながら舞台俳優のような大仰な仕草をしながら、少女は話し始める。

242 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:05:37.49 ID:i1LYuYF3o [3/18]
「今宵はワルプルギスの夜。神に叛く魔力的諸力が増大する日でござる。よって魔女の皆様には、この場にて雌雄を決してもらおうという所存」
「はぁ?なんであたし達がそんなことしなくちゃいけないワケ?意味わかんないんですケド」

抗議の声を上げたのは、真紅のドレスを纏う少女だった。
疑問と嫌味をない交ぜにした声を聞いても、男装の少女の飄々とした態度は変わらない。むしろ心地よさげですらある。

「ふっふー。嘘はいけませんな、きりりん氏。古来より、この地に棲む魔女達によって決められたしきたり。その末裔であるあなたが知らぬはずがない」
「チッ!」

真紅の少女は舌打ちをし、そっぽ向いてしまった。こんな場でなければ、年相応の可愛らしい仕草と言えるだろう。
代わって、真っ白なドレスを着た少女が訊ねる。

「高い魔力場を形成するこの地の支配権。それを決めるんですよね?」
「いかにも。あやせ氏の言う通りでござる。もっとも、支配権とは名ばかりで、
 この地に安定と安寧をもたらすよう魔力を操作する役を決める、と言った方が正しいですな」
「なら、わざわざ争う必要は無いんじゃないかな?」

疑問を呈したのは、眼鏡を掛けた地味な少女。
それを聞き、男装の少女は困ったように肩をすくめた。

「それがそういうわけにもいかぬのですよ、麻奈実氏。このしきたりには、この地の魔力に実力を示す意味合いもあるのです。
 つまり、相応しい者を戦いにて見極めなければならない」
「要は、弱い者になんか使われたくないのでしょ。御託はいいからさっさとはじめなさいな」

そう結論付けたのは、漆黒の少女。先程からずっと不機嫌な様子である。

「黒猫氏の意見もごもっとも。要は、最も強い魔女を決めるのですからな。そして監督役は、拙者、沙織・バジーナが務めさせていただきまする」

儀式の説明と自己紹介を終えた少女――――沙織・バジーナは、右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すというヨーロッパ式の礼をした。
その直後、沙織の頭上から黒い刃が幾十と降り注いだ。

ズガガガガガガッ!

刃は大理石の床を砕き、ホールの一角を無残な姿に変えた。

「これはこれは、ずいぶんと嫌われましたなぁ」

いつの間に移動したのか、沙織は二階席の手摺の上に立っていた。
漆黒の少女は舌打ちをし、沙織に向き直る

「とっとと失せなさい、糞兎。ハンプティ・ダンプティになりたいのなら、別に止めないけれど」
「ふふ、怖い怖い。では拙者は、安全な場所にて行く末を見守りましょう。皆様、良い舞踏を……」

沙織はシルクハットを頭上に掲げ、手を離す。
シルクハットは重力に従い、床に落ちた。
そこにはハットだけが残るのみで、沙織の姿はなかった。

「相変わらず、憎たらしい兎ね。ずっと不思議の国に引きこもってればいいものを……」

漆黒の少女の悪態は、空しく響いた。

243 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:06:04.81 ID:i1LYuYF3o [4/18]
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「目障りな兎もいなくなったことだし……」

黒猫は視線をホールに戻し、他の三人を見渡す。
両手を広げ、その体から黒い魔力の奔流が立ち上らせながら。

「はじめましょうか。楽しい楽しいダンスパーティーを、ねぇ!」

目を見開いた瞬間、体から立ち上る魔力が球体と化し、他の三人を攻め立てた。
その数、実に三十。一つ一つに必殺の威力が込められた魔力球が、十球ずつ降り注ぐ。
初撃を避けるも、魔力球は敵を追尾してくる。だが……。

「くっ!」

黒猫に攻撃を加える者がいた。その重い一撃を防御するため、黒猫は魔力球の制御を放棄し、両手で光の壁を形成する。
先程まで執拗に追ってきた魔力球は、全てあらぬ方向に飛んでいき、爆散した。

「もう。いきなりなんて危ないよ、黒猫さん」
「その危ない攻撃を掻い潜って、私自身を攻めるあなたは、もっと危ないんじゃないかしら」

光の壁を爆発させ、距離を取る黒猫。視線の先には、眼鏡を掛けた地味な少女――――麻奈実が立っていた。

「やはり、あなたが一番手強そうね。ベルフェゴール」
「べ、べるふぇ?何のこと?」
「ここに来てもとぼけるなんて、いい性格をしているわ」

黒猫は体全体に魔力を纏う。腕、足、頭、胴は黒い炎の鎧で覆われ、周囲に黒い刃が浮かんでいた。
遠距離攻撃の術式と、近接攻撃力・防御力アップの術式を同時に展開し、戦闘態勢を取る。

「知ってるのよ。あなたの力の根源のことを」
「……そっか。じゃ、隠すことも無いかな」

麻奈実は目を閉じ、胸の前で両手をパンッと合わせる。
すると、麻奈実周辺の床からコールタールのようなものが現れ、彼女を包み込んだ。
もごもごと蠢き、気色の悪い音を立て、何かを形作っている。
現れたのは、細身で豊満な体躯。腕と首周りは赤いレザーのような衣服と二股の帽子。
胸と股間は紐のようなもので隠され、足には派手なガーターベルト。扇情的だが、露出狂と思われてもおかしくない格好である。
それよりも目を引いたのは、背中から生えた蝙蝠のような翼だ。
『変身』を終えた麻奈実は、ふうっと息を吐き、目を開く。瞳は、血のように紅かった。

「流石は『怠惰』『好色』を司る悪魔、と言ったところかしら。破廉恥極まりない格好ね」
「わたしも、この格好は恥ずかしいんだよ!?ぷんぷん」
「知らないわよ、そんなこと。契約した悪魔のことくらい、事前に調べておきなさいな」
「うう~」

田村麻奈実。彼女は、他の魔女とは一線を画す存在であった。
多くの魔女が使う『魔術』は、内包する魔力を長大なプロセスを経て形成・行使するものであり、天使や悪魔の力を人間用にダウングレードしたもの。
だが、麻奈実は悪魔を、その中でも高名な存在と契約し、その力を取り込んだ。
故に、詠唱や儀式を伴わずとも強大な力を振るうことが出来るのだ。
麻奈実を相手にすること。それは、悪魔と戦うことを意味する。

「本物の悪魔の力。存分に見せてもらうわ」
「うう~。やっぱり、戦わないとだめ?」
「くどいわね。そもそもこの場にいるのだから、最初から戦うつもりだったのでしょ?」
「そ、そんなことないよっ!!」
「そう。じゃ、大人しく果てなさい!」

黒き鎧を纏った魔女は、悪魔の力を持つ少女を強襲した。

244 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:06:31.05 ID:i1LYuYF3o [5/18]
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一方、他の二人は……。

「はじまっちゃったね……」
「そうだね……」

互いを見つめながら、そう呟く。
だが、互いに力を行使する素振りは見せない。

「ねえ、あやせ。やっぱり戦わなくちゃダメなの?」
「本当なら、わたしも桐乃と戦いたくなんてない。でも、この街を、家族を守りたいの。大事な親友が相手でもそれは変わらない」

あやせは目の前に手を掲げ、四尺はある黒太刀を顕現させた。
武器を出されながらも、桐乃はまだ迷っていた。本当に戦いは避けられないのか?親友を手に掛けなければならないのか?
そんな心情は、あやせにも伝わった。

「桐乃。戦いたくないなら、それでもいい」
「あやせ……」
「安心して。桐乃が負けても、わたしが勝つから。勝って、この街も、『あの人』も守るから」
「!!」

あの人――――。
その言葉が出た途端、桐乃は息を呑んだ。
あやせが言う『あの人』のことを、桐乃は知っている。それは、桐乃に取っても大事な人。
たとえ親友でも、大事な人を渡すことは出来ない。
桐乃は光り輝く魔力を放出し、体に纏って戦闘態勢を整えた。

「いくらあやせでも、『アイツ』は渡せない」
「そう……。それでいいんだよ、桐乃」
「行くよ……」

戦いを拒めば、二人は今でも笑い合えていたかもしれない。穏やかに過ごせていたかもしれない。
だが、二人は選んだ。拳を、刃を交えることを。
お互いの大事なものを、大事な人を守るため、少女は戦う。最愛の親友と。その命を奪うため。

245 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:08:39.23 ID:i1LYuYF3o [6/18]
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「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「はあああああああああああああああああっ!!」

白い拳撃が、黒い剣撃が交じり、弾け、砕き、斬り裂く。
幾合もの攻防が、床を、壁を、天井を瓦礫に変える。
逆袈裟を受け止め、左正拳突きを捌き、胴蹴りを受け止め、右下段蹴りを避ける。
右正拳突きを柄で受け止め、体を回転させて突きを返す。突きを拳で打ち上げ、空いた胴に突っ込む。
桐乃からタックルを喰らったあやせは、そのまま壁に激突した。

「はあっ……はあっ……」

桐乃は少し離れたところに降り立ち、息を整えている。
瓦礫と粉塵が舞う中、あやせが姿を現した。こちらも消耗が激しく、息が荒い。

「はあっ……流石だね、桐乃。刀一本じゃ……手数で敵わない……」
「あやせこそ……よく捌いてんじゃん……。正直……かなり手強いよ……」

戦況は拮抗しているように見えるが、そうではない。
あやせは大太刀の斬撃のみ、桐乃は体全体を使った徒手空拳の攻撃。手数で圧倒的に上回っている。そのため、体力の消耗が激しい。
だが、桐乃の言う通り、あやせはそれを捌いて、攻撃を加えていた。後の先を取る形であり、このまま行けば桐乃は負けるだろう。
だから桐乃は、戦法を変えることにした。構えを解き、身に纏う魔力を霧散させる。
桐乃の突然の行動に、あやせは訝しげな声を出す。

「どういうつもり?まさか、負けを認めるの?」
「違う。あたしは負ける気なんて無い」

桐乃の周囲から魔力が溢れる。それは先程よりも丁寧に練られ、金色に輝いていた。
それを足のみに纏う。さながら、鎧の足部分だけを身に着けたような姿。

「攻撃しても捌かれるなら……捌けない攻撃をするだけ」

瞬間、桐乃の姿が消えた。

「!」

あやせは驚き、桐乃の姿を探す。視線を上げた瞬間、下から強烈な攻撃を喰らった。

「ぐっ!」

体を打ち上げられながらも、あやせは懸命に桐乃の姿を探す。
今度は背中に攻撃を喰らい、床に叩きつけられ……る前に、横から攻撃を喰らって吹っ飛んだ。
刀を突き立て、なんとか激突は免れるもダメージは大きい。
あやせは黒太刀を消し、黒い小太刀を二刀出現させ、逆手に構えた。

(違う。消えたわけじゃない。速過ぎて見えないんだ)

桐乃が取った戦法。それは「超速移動からの攻撃」だった。
いくら攻撃しても捌かれるのなら、捌けないほどの速さで攻撃を繰り出す。後の先も取れないほどの先の先で相手を撃ち倒す。
確かに、相手が見えなければあやせも容易に攻撃を捌けない。

(焦るな。攻撃を繰り出す瞬間、確かに桐乃はそこにいる。そこを狙えば……)

目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。
聞こえるのは遠くの戦闘音と、桐乃が移動するときに出す音。その音と気配だけに、意識を集中させる。
……………………………………。

(ここだっ!)

ガキィンッ!!

あやせは左手に握る小太刀を、自分の背後に突き出した。
あの速さから出した蹴りを受け止められ、桐乃は驚愕の表情を浮かべている。

「せえええええええええええええええええええええええいっ!!」

左手はそのまま、あやせは振り向き様に斬撃を放つ。
それは桐乃を捉え、真紅のドレスごと身を斬り裂いた。

(このチャンス!絶対に逃さない!!)

あやせは左右二刀を高速で振り回し、桐乃を攻撃する。
先程と違い、桐乃は全身に魔力を纏っていない。そのため、斬撃がダイレクトに桐乃を苦しめていた。
ドレスが、身が裂け、血が飛び散る。

246 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:09:06.47 ID:i1LYuYF3o [7/18]
「こっ……のおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

桐乃は捨て身覚悟の蹴りを放った。あやせはそれを一刀で受け止め、もう一刀で桐乃を狙う。
だが、桐乃は蹴りを受け止められた反動を利用し、あやせから距離を取った。
15mの間を空けて見つめ合う少女達。

「まさか……これも捌かれるなんてね」
「同じ手は、もう通用しないよ。桐乃」

あやせは二刀を構え、不敵に笑う。勝利を確信したように。
しかし桐乃の顔には、まだ諦めの色は浮かんでいなかった。

「獲物を前に舌なめずり。三流のすることね」
「なんですって……?」

あやせの顔から笑みが消えた。
この期に及んでも、まだ諦めない親友。一体、何をしようというのか。
あやせの心に疑念が広がる。

「あたしは負けない……絶対に!!」

瞬間、桐乃の姿が消えた。それは、つい先程の再現。
だが、あやせに焦りは無い。落ち着いて行動すれば、相手の攻撃を防げることは実証済みだ。

(桐乃……。ごめんね)

意識を集中させながら、あやせは心の中だけで詫びた。
自分の勝ちは揺るがないという絶対の自信と、親友をこの手に掛けてしまうことへの自責の念。それらをない交ぜにして。
だが、彼女にも譲れないモノがあるのだ。だから覚悟した。命を奪うことを。愛しいあの人の、大事な人の未来を奪うことを。
……音がする。桐乃の動く音が。
呼吸を整え、反撃の機会を待つ……。

「殺(と)った!!」

あやせは頭上に小太刀を掲げた。

ガキィンッ!!

金属がブチ当たるような音が響く。
あやせは勝利を確信し、もう一方の小太刀を振るった。

「!?」

だが、そこに桐乃の姿はなく、あやせの斬撃は空を斬るのみ。
無防備となったあやせの腹に、衝撃が走った。

「がっ!」

上空に吹っ飛ばされたあやせ。防御の構えを取る暇もなく、次の攻撃が飛んできた。
上、下、左、右、前、後ろ……。
全方位から衝撃が飛来し、あやせを容赦なく襲う。白いドレスは破け、血に染まり、無残な姿をさらした。

「これでえええええええええええええええええっ!!」

床に落ちることも許されず、空中に投げ出されたままのあやせの目の前に、桐乃が現れた。
縦に何回も回転し、必殺の踵をあやせの体に放つ。
桐乃の踵はあやせに直撃し、あやせはようやく、地面と再会を果たした。
十数秒前とは違い、その姿は見るに耐えないものとなってはいたが……。
あやせはなんとか立ち上がろうとするも、ダメージが大きく、足が言うことを聞かない。

「はぁっ……がはっ……。桐乃……あれが……全力じゃなかった……んだね……」

ヒューッ、ヒューッ。
あやせは呼吸すらままならないながらも、そう呟き、親友の姿を見る。
桐乃は、親友のそんな姿を悲しげな表情で見つめていた。

「今……楽にしてあげるね……」

桐乃は右足を前に出し、膝を曲げ、中腰になり、その足の上に右腕を置くという構えを取った。
右足に纏っている魔力鎧が、より一層輝く。
輝きはそのままに、桐乃は飛んだ。高く、高く。
空中で一回転すると、あやせに向けて流星の如き飛び蹴りを放った。

(あーあ、負けちゃった。やっぱり、桐乃には敵わないなぁ……)

あやせは、自身の敗北と死を覚悟した。

247 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:10:02.35 ID:i1LYuYF3o [8/18]
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黒い拳と刃が飛び交う。
クロスレンジから右拳を突き出し、左足を蹴り上げる。
それを左手で掴み、右足で受ける。
右足で相手の体を蹴り、拘束を解く。距離が空いたところで刃を射出し、刃と共に相手に迫る。
飛来する刃を右手で振り払い、後ろにいた相手から放たれた前蹴りを避け、その足の上に乗る。

「!?」

繰り出した右足を軸に体を回転させ、左回し蹴りを放つ。
それも避けられ、再び距離が空く。

「さっきから攻撃をしてこない。やる気はあるのかしら?」
「体を慣らしてるところなの。そんなに焦らないで~」

戦う素振りを見せない相手に、黒猫の苛立ちは募る。
おまけにこの態度。莫迦にするにもほどがある。

「そう。じゃあ、ウォーミングアップで終わらせてあげるわ!!」

黒猫は空を疾り、麻奈実に攻撃を加える。
小柄な体から、高速の突き、蹴りが繰り出される。
麻奈実はそれを平手で捌き、受け止め、決定打を与えない。
首を狙った手刀の突きを、横から平手を加えて狙いを逸らし、胴を狙った膝蹴りを膝で受け止める。

「このっ!」

業を煮やした黒猫は、大振りの左パンチを麻奈実に放った。
麻奈実は、黒猫の手首を右手で掴んで止める。
その態勢のまま、体が開いて隙だらけの胸に平手を添えた。

ドンッ!

衝撃が、黒猫の体を襲う。
体の自由を失った黒猫の手を離し、顎に掌打を加えて吹き飛ばし、両掌打を黒猫の胴に放ち、床に叩き付けた。
黒猫を中心に、周囲の大理石が歪み、罅割れ、砕け、陥没した。
黒猫が起き上がるのと、麻奈実が降り立ったのはほぼ同時。
顎を撃ち抜かれた黒猫の口からは、ダラダラと血が流れている。
それを袖で拭い、口内の血をベッと吐き出す。

「悪魔の力も、大したことはないわね」
「そっかぁ~。黒猫さん、すごいねぇ~」

黒猫の言葉を受け、麻奈実は感心したように呟いた。
黒猫の眉間に皺が寄る。

(わかってて言ってるわね。忌々しい……)

黒猫は胸に手を当て、麻奈実を睨む。
悪魔の力が大したことはない。それは嘘だ。
現に、黒猫が受けたダメージは大きなものだった。魔力による鎧で防御力を上げていなければ、この胸に風穴が開いていただろう。
おまけに、顎への攻撃にいたっては手加減してくれている。本当なら、あの一撃で勝負は決まっていた。
この女、遊んでいる……。世にいる魔女の中でも有数の実力者である、この黒猫を相手に。
黒猫は魔力を練り、先程よりも強固な鎧を形成する。

(困ったわね。手立てはあるけれど、正直厳しいわ……)

黒猫は両手に魔力球を形成し、それを携えたまま麻奈実に迫る。
麻奈実の下に素早く移動して、足払いを繰り出すも、麻奈実は軽くジャンプして避ける。
相手が空中に移動した瞬間を狙って足技を放つ。前蹴り、膝蹴り、回し蹴り、両足蹴り、体を独楽のように回転させて繰り出す回転蹴り。
麻奈実は腕を組みながら、足だけで受け止め、捌く。

(まだ遊ぶつもり?本当、嘗められたものね……)

膝蹴りを膝で止められた瞬間、黒猫は空いた足を麻奈実の膝にかけ、ジャンプして頭上に躍り出る。
そこから両手の魔力球を超至近距離で放った。
麻奈実は腕組みを解き、それを両手で受け止め、黒猫に前蹴りを放つ。
蹴りを両手で受け止めながらも、黒猫は軽く吹き飛ばされた。そこを狙って、麻奈実は両手の魔力球を黒猫に放つ。
寸でのところで、黒猫は上体を後ろに大きく倒して避ける。

「!?」

そこで目を剥いた。
視線の先――――魔力球の行く先には、今まさに必殺の一撃を放とうとしている桐乃の姿があった。

248 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:10:30.79 ID:i1LYuYF3o [9/18]
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あやせに止めを刺すべく、桐乃は必殺の蹴りを放つ。
それを瀕死の状態で見つめていたあやせ。だが、そこに強烈な殺気を感じた。
慈悲の一撃を繰り出すべく、空に舞い上がった桐乃のものではない。もっと別の、悪意に満ちたものを。
視線を横にスライドさせると、黒い魔力球が二つ、桐乃に迫っているのが見えた。
桐乃は……それに気付いていない。

「桐乃!?」

あやせの声で、桐乃ようやく自分に迫る魔力球に気付く。だが、迎撃も回避も間に合わない。

「ぐうっ……!」

あやせは体に力を入れ、なんとか立ち上がった。
体のあちこちから血が吹き出るも、そんなことは気にしない。気にしていられない。

(間に合え!!)

あやせは最後の力を振り絞り、足に力を込め、空に舞った。


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「桐乃!?」

あやせの声が聞こえ、桐乃はそこであやせ以外のことに意識が向く。途端、強烈な殺気を右側から感じた。
視線を向けると、黒い魔力球が二つ、こちらに飛来してくるのが見えた。

(くっ……!攻撃モーション中じゃ、間に合わない……)

だが、気付くのが遅すぎた。あと数秒、数秒気付くのが早ければ、攻撃を中止して避けることもできただろう。
桐乃は攻撃をやめ、体を縮こまらせて目を瞑り、衝撃に備えた。
……………………………………。
しかし、いくら待ってもそれはやってこない。恐る恐る目を開けると、

「あ、あやせっ!?」

あやせが眼前にいた。両腕を広げ、桐乃を守るように。
その体勢のまま、あやせは落下していく。
桐乃は空を駆け、床に激突する前にあやせを抱きとめた。

「あやせ!あやせっ!!」

あやせの体を揺さぶり、大声で呼びかける。
桐乃の声が届いたのか、あやせはうっすらと目を開けた。

「き……りの……」
「あやせっ!」
「よか……った……。まに……あっ……た……」

そう呟くあやせの姿は、無残としか言いようがなかった。
美しいドレスはあちこちが破け、焼け焦げていた。
白くキメ細やかな肌は赤く腫れ、血が流れ出て、やはり焼け焦げていた。
これでは助からない。誰の目にも明らかだった。
桐乃は涙を流しながら、あやせに問いかける。

「なんで……。なんで、あたしを……」

あやせは笑みを浮かべ、答える。その声は、か細かった。

「決まってる……じゃない……。わたし……達……親友……だもん……」

この少女は、あれだけ痛めつけた自分を、まだ親友と呼ぶ。
本気で殺しあった今でも、まだ親友と呼ぶ。
桐乃は涙が止まらず、言葉も出せないほど泣きじゃくった。桐乃の頬に、あやせの手が添えられる。

「泣か……ない……で。どの道……死んでたん……だもん……わたし……」

あやせの手が、桐乃の頬を撫でる。その手は黒く煤けていたが、桐乃がそれを払うことはなかった。

「最後……に……大好き……な……桐乃……を……守れ……て……よかっ……た……」

それだけ言うと、あやせの手は力なく垂れた。笑みを浮かべたまま、最愛の親友は、その短い生涯を終えた。

「あやせ……あやせぇ……」

桐乃はあやせの手を握りながら、泣いた。ただただ、泣いた。

249 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:11:11.49 ID:i1LYuYF3o [10/18]
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黒猫は桐乃の傍に降り立った。桐乃は、それを気にすることなく泣き続けている。
そこから20m離れた先に、麻奈実も降り立った。

「桐乃ちゃんを狙ったんだけどなぁ~。しっぱいしっぱい~」

軽い調子で、頭を掻きながら麻奈実は言い放つ。とても、人一人の命を奪い去った後とは思えない態度。
黒猫も、この態度には嫌悪感を通り過ぎて怒りを覚えた。

「流石、悪魔ね。虫唾が走るわ」

前に一歩踏み出そうとした瞬間、肩を掴まれた。振り返ると、桐乃が立っていた。
だが、その目はこちらを見ていない。その目は、怒りは、あの悪魔に向けられていた。

「アンタだけは……あたしがブチ殺す……」

地の底から響くような、暗く、重い声だった。呪詛を紡ぐよりも、呪いに満ち満ちた声だった。
黒猫を押しのけ、前に出ようとする桐乃。今度は、黒猫が肩を掴んで止めた。

「やめなさい。あなたの敵う相手じゃないわ」
「関係ない」
「無闇に突っ込んでも、あの娘の二の舞になると言っているの」
「カァンケイねェェんだよォォォ!!」

黒猫の手を払い除け、桐乃は吼えた。怒ったところは何度も見てきたが、今回は怒りの質が違っていた。
たとえ腕がもげ、足を潰され、臓器を抉り出され、首を引き千切られようとも殺す。言葉にすると、こんな感じだろうか。
黒猫は溜息を吐き、前に進もうとする桐乃の足を払い、転倒させた。
プギャッとみっともない声を出す桐乃。

「なにすん……!」

抗議しようと顔を上げた桐乃の頭を踏み、再び地面とキスさせた黒猫。マジ女王様。

「少し落ち着きなさい。無策で行っても、返り討ちにあうだけよ。あの娘の死を無駄にしたいのなら止めないわ」
「!?」

その言葉を聞いた桐乃は、頭に冷水をぶっ掛けられた感覚に襲われた。
黒猫は淡々と話を続ける。

「あれは、私でも簡単には殺せない。悪魔の力、伊達じゃないということね。そこで提案があるのだけれど……」

黒猫は足をどかさず、なおも続ける。

250 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:11:38.73 ID:i1LYuYF3o [11/18]
「実に、実に不本意なのだけれど……私と手を組まない?二人掛かりなら、あの悪魔を殺し尽くすことができるわ」

そこでやっと、黒猫は桐乃の頭から足をどかした。
鼻を赤くしながら、桐乃は黒猫を見上げる。

「勝算は?」
「私達の連携次第ね。成功すれば確実に殺せるけれど、そこに辿り着くまでが五分……と言ったところかしら」
「じゃあ、100パーじゃん」

桐乃は立ち上がり、ドレスに付いた土埃を払い落とす。

「あたしなら、確実にその状況に持ち込める」
「ずいぶんと自信があるのね?」
「当然でしょ。あたしを誰だと思ってんの?」
「真っ正直に向かっていくことしか出来ない莫迦」
「はぁ!?」

黒猫の皮肉に、素直に反応する桐乃。見慣れた光景に、黒猫の表情が和らぐ。

「そこまで言うなら、あなたに任せてあげるわ。感謝なさい」
「なんで上から目線なワケ?チョームカつくんですケド」
「当然でしょ。作戦立案者はこの私。あなたはそれを言われた通りにこなすだけの、ただの駒なのだから」
「あ~ハイハイ。勝手に言ってなさい。で、作戦は?」
「態度がなってないんじゃない?まあいいわ。耳を貸しなさい」

桐乃は少し身を屈め、黒猫の身長に高さを合わせる。
黒猫は桐乃の耳に手を添え、相手に聞こえない声量で作戦を伝えた。

「それだけ?」
「莫迦ね。それだけのことが、あの悪魔相手だと難しいのよ」
「ふ~ん。ま、いいけどね。んじゃ、任せなさい」
「せいぜい失敗しないことね。命が掛かってるんだから」
「わかってるって。あんたこそ、トチるんじゃないわよ」
「それこそ愚問ね。わざわざあなたに心配されることじゃないわ」

作戦会議も終わり、桐乃と黒猫は戦闘態勢を取る。

「内緒話は終わった~?」

二人の様子をただ黙って見ていた麻奈実は、相変わらずとぼけた様子で声を掛ける。

「わざわざ待っていてくれたのかしら。ずいぶんと余裕ね」
「そんなことないよ~。なにをしてくるのかどきどきだよ~」
「はン。そのクソムカつく態度、粉々にブチ砕いてやるんだから」

桐乃と黒猫。
共同戦線を張った二人の魔女は、同時に飛び出した。

251 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:12:33.18 ID:i1LYuYF3o [12/18]
ーーーーーーーーーーーー


先に仕掛けたのは桐乃。
あやせに見せた超速移動を開始する。今度は最初から全開、最高速だ。
瞬時に背後に回り、麻奈実の後頭部目掛けて蹴りを放つ。

(死ねェ!!)

超速移動からによる蹴り。防御も回避も、今からでは間に合わない。だが……。

「なっ!?」

麻奈実は振り返らないまま、左拳で蹴りを受け止めた。
驚く桐乃に、ゆるい声が掛けられる。

「桐乃ちゃん、速いねぇ~」
「このっ!」
「離れなさい!!」

追加攻撃を加えようとした瞬間、黒猫の怒号が飛んだ。
桐乃が麻奈実から離れるのを見届け、黒猫は黒い刃を数十本撃ち出す。
麻奈実は翼を羽撃かせて、刃を全て撃ち落とした。

(牽制とは言え、こうもあっさりと……)

大抵の魔女なら、桐乃の蹴りで即死。たとえそれを回避、もしくは防御出来ても、黒猫の刃で殺られていたはずだ。
それをあの悪魔は、ほとんど動くことなくどちらも無力化した。やはり手強い。
黒猫は魔力を練り、攻撃の威力を上げようとした。
その間、桐乃は全包囲攻撃を仕掛けた。
上、下、左、右、前、後ろ……。
そのどれもが、あやせに見せたものより速く、重い一撃だった。
しかし、麻奈実は全て、拳か膝で受け止める。激突の余波で、建物の壁や床が砕けていくような一撃を、難なく防御する。

(ならっ!)

桐乃は助走をつけ、天井を蹴り、床に立ったままの麻奈実に向けて飛び蹴りを放った。
あやせに止めを刺す際に使おうとした、桐乃の最大攻撃。今度は桐乃自身も加速し、先程のものより何倍も重い一撃だ。
流星など置いていくほどの速さ。右足を中心に、魔力の奔流が渦を巻く。人間相手ならば塵も残さないほどの苛烈な一撃。
試したことは無いが、たとえ悪魔だろうと確実に殺せる。
麻奈実は回避行動を見せず、両腕に黒い魔力を纏い、

「は!?」
「ふふっ。つ~かま~えた~」

桐乃の足を両腕で掴んだ。
桐乃を掴んだまま体を回転させ、黒猫目掛けて投擲。ジャイアントスイングだ。
黒猫は飛んできた桐乃をひらりと回避、桐乃は壁に激突した。
麻奈実から視線を外さない黒猫に、背後から怒りの声が投げ掛けられる。

「ちょっと!受け止めるなり何なりしなさいよ!!」
「厭よ。当たったら痛いじゃない」
「アホかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

なんとも緊張感の無いシーンだが、黒猫は内心、冷や汗をかいていた。
桐乃の超速攻撃を難なく防御。防御できるのなら、回避など朝飯前だろう。
そして先程の飛び蹴りすら受け止めた。あれは、黒猫でも完全に防御できるかわからないほどの威力を持っている。
防御、回避は万全。おまけに隙が無い。「勝算は五分」と言ったが、それも怪しくなってきた。
壁から抜け出し、黒猫のところまでやってきた桐乃。
それを見届けた麻奈実は、笑顔を浮かべたまま口を開く。

「いくら速くても、あんなに殺る気を見せたら当たらないよ~。桐乃ちゃん」
「……ご忠告どーも」

余裕を崩さず、相手に忠告すらしてくるこの態度。気に入らない。ああ、気に入らない。

「どうすんのよ?」

苛立ちを隠そうともせず、桐乃は黒猫に問いかけた。
桐乃の攻撃で隙を見せた麻奈実に、黒猫が必殺の一撃をお見舞いする。という作戦で動いていたのだが、色々と誤算が出てきた。
こちらの攻撃をいとも簡単に捌くこと。隙を全く見せないこと。問題はこの二つだ。

「あなただけで駄目なら、私も加わるしかないわね。隙が無いなら作り出すまで」
「あっそ。じゃあ、せいぜい頑張ることね」
「あなたこそ、あっさり死ぬんじゃないわよ」
「あのクソ悪魔を殺すまでは、殺されても死なないわよ」
「なにそれ?いいわ。じゃ、よろしく!!」

252 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:13:05.42 ID:i1LYuYF3o [13/18]
桐乃は超速移動を開始し、黒猫は麻奈実に向かって駆け出した。
手を手刀の形に変え、急所目掛けて高速で突き出す。
麻奈実は体を揺らしてそれを避け、避けきれないものは手で払い除けた。
黒猫に集中しているところに、桐乃が攻撃を仕掛ける。それも拳のみで全て受け止める。

(二人掛かりだというのに……)
(全然当たらないどころか、かすりもしないなんて……!)

麻奈実の力は圧倒的だった。
人と悪魔、その差がこの結果だと言わんばかりに圧倒的だった。
こちらは全力なのに、相手はまだ力を隠している。その事実が、二人の心に重く圧し掛かる。
どれほど攻防を繰り広げただろうか。五分?十分?いや、もっと短いかもしれない。
だが、桐乃と黒猫の疲労の色は濃い。

「う~ん。やっぱり二人だと、ちょっと面倒だな~」

麻奈実は、まるで今夜の献立に悩んでいるような調子で言い、眉間に手刀を突き出してきた黒猫の腕を左手で掴んだ。

「ごめんね、もうおしまいだよ」

空いた右手を黒猫の胸に添え、零距離で掌打を放つ。

「がっ!」

黒猫は吐血しながら、遠方に吹き飛ばされた。
その時、麻奈実の頭上から桐乃が雷撃のような蹴りを放った。

「なっ!?」

その蹴りを、麻奈実はがっしりとキャッチ。
そのまま床に叩きつけた。

「がはっ!」

だが、麻奈実の攻撃はそこで終わらない。
桐乃の足を掴んだまま、何度も何度も床に叩きつける。床が凹む。歪む。罅割れる。砕ける。
それでも止まらない。まだまだ叩きつける。
一方的な暴力に晒された桐乃は、ボロ雑巾のようになっていった。
ようやく気が済んだのか、麻奈実は桐乃の足を掴んだまま持ち上げる。

「桐乃ちゃんも、げーむおーばーだね」

桐乃の首を掴み、ギリギリと力を込める。
首の骨を折らないよう加減し、時間をかけて窒息死させるつもりだ。

「が……あ……」

痛みと息苦しさで、桐乃の顔が歪む。必死に空気を求めて口をパクパクさせるが、息は出来ない。
その様子を、麻奈実は笑顔を浮かべながら見つめていた。

「ちょっと我慢してね~。あと何分かすれば、楽になれるから~」

麻奈実の腕を引き剥がそうと、必死にもがいていた桐乃だが、意識が途切れかかっているのか、ほとんど動かなくなった。
勝利を確信した麻奈実は、歯を見せてニイィっと笑った。

253 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:13:32.74 ID:i1LYuYF3o [14/18]
ドスッ。

音がした。
硬質な何かが、肉を突き破るような、そんな音が。
麻奈実が視線を下げると、自身の腹から赤黒い腕が生えていた。

「やっと……隙を見せたわね……ベルフェゴール」

首を回し、後ろを振り返る。
麻奈実の背中に、黒猫がぴったりと張り付いていた。
ドレスの胸部分は裂け、口からはダラダラと血を流しながら。
そんな状況でも、この悪魔は焦らない。

「残念だけど、その程度じゃわたしは殺せないよ~」
「ふっ。誰が『これで終わり』だと言ったのかしら?」

笑みを浮かべた黒猫の体が、黒く輝きだす。
終始笑顔を絶やさなかった麻奈実だが、ここに来て表情が変わった。

「いくら悪魔でも、体の内部から高純度の魔力攻撃を喰らえば、タダでは済まないはずよ」
「!? このっ……!」

麻奈実は空いた手で、黒猫を引き剥がそうとする。黒猫は腕を曲げ、麻奈実の体に爪を立て、意地でも離れようとしない。
いっそ首をもいでやろうか。麻奈実がそう思ったとき、彼女の右腕に痛みが走った。
まだ意識のあった桐乃が、その腕に爪を突き立てていたのだ。そして、彼女の体も白く光り輝いている。

「言ったじゃん……。あんたを殺すまでは……殺されても死なない……って……」
「や、やめてっ!」

麻奈実は狼狽した。
声を荒げ、攻撃をやめるよう頼んだ。それを聞き、唇を歪める桐乃と黒猫。
この悪魔がこれだけ困惑している。それは、今から自分達が放つ攻撃は『効果がある』という裏付けに他ならない。
二人の魔力の輝きは、さらに増した。

「「地獄に堕ちろ」」

その言葉を合図に、桐乃の、黒猫の練りに練り込んだ魔力が爆発した。

254 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:14:11.23 ID:i1LYuYF3o [15/18]
ーーーーーーーーーーーー


美しく、華やかなホールは、もう存在しなかった。
土煙が舞い、あちこちに瓦礫が転がり、名残すら残らないほど、このホールは破壊され尽くした。
天井もすでに無く、柔らかな月光がこの闇を払おうと懸命に光り続けている。
そんな瓦礫に埋もれた場所に、少女が二人。
ドレスはあちこちが破れ、体は傷だらけ、ところどころ出血している無残な姿の少女達。

「やった……の?」
「どうかしら……」

二人の少女――――桐乃と黒猫は、同じ場所を見ていた。先程まで、あの悪魔が立っていた場所だ。
今は土煙のせいで何も見えないが、もし生きていたときのために戦闘態勢だけは取っている。
だが、もし生きていたら彼女達に勝機は無い。
満身創痍、疲労困憊、おまけに魔力はほぼ使い切った。はっきり言えば、逃げる事だってままならない状態なのだ。
あの悪魔の死を祈りながら、二人は見つめ続ける。
不意に、夜風が吹いた。
土煙は払われ、視界がクリアになる。月光が、この場を照らす。
そして、二人は見た。あの悪魔の姿を。
いや、『悪魔』と呼ぶべきなのだろうか。
視線の先には、ボロボロの茶色いドレスを纏い、腹に大きな風穴を空け、その穴と口から大量に血を流している、眼鏡を掛けた地味な短髪の少女の姿しかなかったからだ。
その少女もまた、二人を見つめていた。
地味な少女――――麻奈実は、静かに笑った。

「っ!」

桐乃と黒猫が身構える。
だが、麻奈実は何もしてこない。ただ、笑っているだけだった。
……十数秒後、ようやく口を開く。

「負けちゃったか」

口の中をゴポゴポと鳴らしながら、そう呟いた。
そして、両手を広げて月を仰ぐ。月光を体全体に浴びせるかのような姿勢。
その麻奈実の体を、地面から伸びたコールタールの鞭が締め上げた。

「もうお迎えかぁ。せっかちだなぁ~」

異様な光景を前に、驚く桐乃と黒猫。
一方、麻奈実は驚いた素振りも無い。こうなることは知っていた、そんな態度であった。
コールタールで出来た鞭は麻奈実の体を引っ張る。地面の中へ、地面の中へと。

「桐乃ちゃん。黒猫さん。お別れ、だね」

体が半分まで埋まった麻奈実は、相変わらずとぼけた調子で言い放った。
笑みを浮かべて、いつものように、別れを告げる。

「それじゃ、『永遠』にさようなら」

それが、田村麻奈実の最後の言葉だった。
悪魔との契約。それには当然、リスクが伴う。
強大な力を得る代わりに、死後、その魂は悪魔に奪われ、永遠の闇を彷徨う。
あの光景は、麻奈実の魂が悪魔に奪われる場面だったのだろう。
脅威が去り、桐乃は大きく息を吐いた。

255 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:14:38.99 ID:i1LYuYF3o [16/18]
「はぁ~~~~~~~~~。これで終わりかぁ」
「寝惚けたことを言わないで頂戴」

体が汚れることも気にせず、大の字に寝転がった桐乃を、黒猫は冷たい目で見つめた。

「何言ってんのよ。あの悪魔もブチ殺したじゃん」
「あなたこそ、何を言っているのかしら?まだ、私達が残っているわ」

黒猫はそう言い、歩き出した。桐乃から10m離れたところで立ち止まり、振り返る。

「まだ、続ける気なの?」
「当然でしょ。このしきたりは、最後の一人になるまで続くのだから」
「そんなことしたって、意味なんかないじゃん!!」

桐乃は黒猫を睨みながら、声を張り上げた。
黒猫は、やはり冷たい目で桐乃を見つめ返す。

「なら大人しく死になさい。それでこの馬鹿げたしきたりも終わり。私が、この地の魔力も『あの人』も手に入れるだけよ」
「……それは……それだけは……認められない……」

『あの人』。
その言葉を聞いて、桐乃の意識が変わった。
大事な親友であろうと、『アイツ』は渡さない。それはあやせでも、黒猫でも同じだった。
桐乃は立ち上がり、黒猫と対峙する。
右拳を握り、白い魔力を纏わせて。

「そう。それでいいのよ」

黒猫も右手を手刀の形にし、黒い魔力を纏わせる。
お互いに、魔力はほとんど残っていない。これが最後の一撃。これで……終わりだ。
白いドレスの少女と、漆黒のドレスの少女。二人は、同時に駆け出した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「はあああああああああああああああああっ!!」

疾駆、交錯、破壊音。
白い拳は、漆黒のドレスを破り、腹を撃ち抜いた。
黒い手刀は、白いドレスを裂き、胸を貫いた。
黒猫の表情が歪む。桐乃の口から血が溢れ出す。
勝負は決した。
心臓を破壊された桐乃は、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……」

桐乃から腕を抜き、血を払う。
体に力が入らず、膝が折れた。
腹から流れ出る血が止まらない。体温が体の外に逃げていく。

「治癒魔術も……もう……無理……ね……」

起きていることすら出来ず、うつ伏せに倒れる。
血は止まらない。意識が遠退く。目すら、開けて、いられ、な、い。

256 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:15:05.38 ID:i1LYuYF3o [17/18]
ーーーーーーーーーーーー


かつては立派な洋館であったこの廃墟に、コツコツと音が響く。
闇の中から響く音は次第に大きくなり、音の主が姿を現した。
月光に照らされたその姿は、大柄で均整の取れた肢体にタキシードを纏い、シルクハットとステッキを身に着けた、男装の少女。
一つだけ言うことがあれば、その瓶底眼鏡はいかがなものかということだけだ。

「おやおや。今回は皆様、お亡くなりになられましたか」

少女――――沙織・バジーナは眉を顰め、少し残念な調子で呟いた。
それも一瞬。すぐにいつもの調子に戻り、ステッキを振るう。
三つの少女の体が光に包まれ、収縮し、野球ボールほどの大きさの光球となった。
再度ステッキを振るうと、光球は沙織のもとに集まる。

「おや?一つ足りませんね」

沙織は顎に手を添え、「はて?」といった感じで首を傾げた。
しばらくして、ポンと手を打つ。

「そうでした、そうでした。一つは『あちら側』に行ってしまっていたんでした」

ステッキを縦に大きく振るうと、空間が裂けた。
ステッキの先端を裂け目に向けて、くるくると回す。すると、空間の裂け目から光球が一つ出てきて、裂け目が閉じられた。

「さて、これで全てですな。では、『元の場所』へお帰りください」

ステッキを振るうと、沙織のもとに集まっていた光球は空高く浮かび上がり、ヒューっと飛んでいってしまった。
次に沙織は、ステッキで床をトントンと叩く。
すると、先程まで廃墟であった洋館が、元の立派な姿に戻った。

「今回は適格者無し。ということで、今まで通りに魔力を循環させることにいたしましょう」

シルクハットを手に取り、くるくると回しながら、沙織は独り言ちる。

「次回はどうなるでしょうか。いやぁ、実に楽しみですなぁ」

シルクハットを被り直し、ステッキで長方形を描く。
そこにドアが一つ現れた。
沙織はノブを回し、ドアを開ける。ドアの向こう側へ行く前に、『こちら』を振り返り、

「それでは、100年後までごきげんよう」

そう言い残して、ドアをくぐった。
ドアは閉まった途端に掻き消え、洋館の照明が落ちた。


――劇終――

257 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/02(土) 01:15:32.15 ID:i1LYuYF3o [18/18]
ーーーーーーーーーーーー


「……………………」
「どうかしら?」

俺は今、自室で小説を読んでいた。隣には、小説の執筆者である黒猫がいる。
今回はオリジナルということらしいが……正直に言おう。黒猫らしくない。
かつてのマスケラの二次創作のように、膨大な設定は無く、分量も多くは無い。
内容はお粗末で、出来の悪い少年マンガを読まされているような気分だ。まるで、黒猫ではない誰かが戯れに書いたような……。

「なんつーか、お前らしくない内容だったな」
「やはり、そう思うかしら?」

やはり?やはりとは、どういう意味だ?
俺の表情からそれを感じ取った黒猫は、一応説明してくれた。

「ふと書き始めたものなのだけれど、書き終わって読み返したら、私らしさを全く感じなかったのよ」
「でもよ、お前が書いたんだろ、これ?」
「それはそうなのだけれど、不思議と『私が書いた』という実感が無いの」
「なんだそりゃ?」

黒猫は、自分のことなのにまるで他人のことを話すような口振りだった。
実に妙な話だが、俺はなぜか納得していた。

「そうかい。で、これどうすんの?」
「こんな駄作、残しておくことすら恥というものよ。データも完全に削除するわ」
「そっか。それなら、なんでそんな恥ずかしいものを、俺に見せてくれたんだ?」
「客観的な意見が欲しかったのよ」

黒猫はふぅと溜息を吐き、さらに続けた。

「私自身、『私らしくない』と感じたけれど、他の人から見たらそうでもないかもしれないじゃない」
「ふぅん。じゃあ、もし俺が『お前らしいな』って言ってたら、これをどうする気だったの?」
「これを参考に、私の悪い部分を洗い出そうと思ったのよ」
「なるほど」

これを反面教師にして、次を書こうとしてたのか。
相変わらず、好きなことには熱心なヤツだ。

「でも、その心配は要らなかったみたいね」

黒猫は俺に密着し、PCを操作し始めた。

「お、おい……」
「すぐ終わるわ」

ポインターを操作し、データファイルの一つをクリック。
そこでShift+Deleteキーを押す。『ファイルの削除と確認』というウィンドウが立ち上がり、黒猫は迷わず『はい』を選択した。
1秒も経たずに、問題の文書ファイルは削除された。



おわり

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最終更新:2011年04月16日 17:16
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