無題:9スレ目267


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

267 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:00:11.17 ID:qUKwgnJSo [2/13]

桐乃に会うために遥々アメリカまでやって来た俺は、飛行機を降りてからというもの、
かれこれ一時間もの間、ここロサンゼルス国際空港のイミグレーションで足止めを食っていた。
アメリカ人の入国審査官の英語はとにかく早口で、何言ってんだか俺にはさっぱり分からねえ。
仕方がないんでスーツケースの中身を全部広げて、俺は危険なもんなんか持っちゃいねえって
身振り手振りで示したんだが、目の前の白人の大男は首を横に振るだけで全く埒が明かない。
そんな俺に同情したのか、俺の後ろに並んでいた乗客が助け舟を出してくれた。

「オマエ ニッポンジンアルカ?」
「い、いえ~す。あいあむ、じゃぱに~ず」

俺に声を掛けてくれた、その親切な人はどうやら中国人のようだった。
どんなに聞き取りにくい片言の日本語でも、今の俺にとっちゃ地獄に仏とは正にこのことだ。
その人の話によれば、入国審査官は俺に入国の目的を聞いているらしかった。
だったら初めっからそう言ってくれればいいじゃねえか。
英語でベラベラと捲くし立てやがって……って、初めからそう言ってたのか。

「え、えーと……さ、さいと し~ん おーけい?」

修学旅行の時とは違い、初めて一人での海外旅行に初っ端から舞い上がっていた俺は、
あらかじめ親父が海外での注意事項を記してくれたメモのことなんかすっかりと忘れていた。
メモを見たら、イミグレーションでは必ず入国目的を聞かれるって書いてあるじゃねえか。
要は仕事で来たのか、それともなきゃ観光目的なのかを答えればいいだけだ。
何とか俺の拙い英語が通じたのか、大男は笑顔で俺のパスポートに入国スタンプを押してくれた。

「Have a nice trip」
「さ、さんきゅ~」

俺はカウンターに広げた着替えだの桐乃への土産だのをそそくさとスーツケースに押し込むと、
入国ゲートの外で先程俺に親切にしてくれた中国人を待った。
人から親切にしてもらって置いて、礼も言わずに行っちまうなんて出来るわけがねえだろ。
ましてや桐乃以外に知り合いもいねえ、日本語も全く通じねえ外国だったら尚更だ。
古いって言われるかも知れんけど、俺の親父ならきっと同じようにしたと思う。

268 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:00:45.98 ID:qUKwgnJSo [3/13]

しばらく待っていると、その人も入国手続きを終えてゲートから出て来るのが見えた。
俺はすぐさま駆け寄って礼を述べた。

「先程はどうも有り難うございました。本当に助かりました」
「シンパイナイアルネ。コマッタトキハ オタガイサマアルヨ」

何度もその人に礼を言ってから、俺はようやく空港のビルから外へと出た。
取りあえずここまでは、色々と右往左往することはあっても何とか無事に来られた。
ここから先は親父のメモに従って、タクシーで桐乃の滞在先へ向かうだけだ。

空港ビルを出ると、目の前のロータリーには客待ちの黄色いタクシーが数台停車していた。
映画やテレビで見たのと全く同じ、いわゆるイエローキャブってヤツだ。
しかし、日本で乗るタクシーならいざ知らず、アメリカで、それも一人で乗るとなると
どうしても足がすくんじまって踏ん切りがつかない。
だが、考えてみれば妹の桐乃は俺より三つも年下のくせに、こういったことも全て一人で
やり遂げて来たんだろうに。
それを思えば、兄貴の俺がこんなことでビビってるわけにはいかねえよな。
俺は意を決して、先頭で客待ちをしているタクシーに近付いた。

「…………? ドア、開けてくんねえじゃん。……乗車拒否ってか?
 あっ、そうか、外国のタクシーって自動ドアじゃなかったんだっけ」

つい日本にいる時の癖で、タクシーと言えば自動ドアかと思っちまった。
これだって良く見りゃ親父のメモに書いてあったじゃねえか。
俺はさり気なく右後ろのドアを開けタクシーに半身だけ入れると、運転手さんに桐乃の滞在先の
住所が書かれたメモを見せた。

「ここへ行きたいんすけど……分かりますか?」

俺の下手な英語が現地で通用しないことくらい、さっきの空港での一件で思い知らされた。
こうなったら俺は意地でも日本語で押し通すと心に誓ったんだ。

269 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:01:21.01 ID:qUKwgnJSo [4/13]

「オマエ ニッポンジンアルカ? ドコマデイクアルネ?」
「ですから、この住所の所へ行きたいんす」

運転手さんは俺が渡したメモを見てニヤリと笑い、親指を突き立てると大声で快諾してくれた。
後ろのトランクを開けてもらいスーツケースなどの荷物を入れると、俺は再びリアシートに座った。

「モンダイナイアルヨ。ソレジャ ワタシ イクヨ オマエ シッカリツカマッテルヨロシ」

車中で聞いたところ運転手さんは中国系アメリカ人で、タクシーの運転手は副業に過ぎず、
本業は地元ロサンゼルスの大学で日本文学を教える、れっきとした講師だそうだ。
学生時代には日本にも短期留学していたから、日本語には自信があるって言うんだが……

「オマエ アメリカ ナニシニキタ?」
「妹に会いに来たんす。こっちへはスポーツ留学しているモンで」
「イモウト カワイイアルカ? モウヤッタカ?」
「いや、これから会うつもりなんで……ほんと、妹に会うの久しぶりなんすよ」
「オマエ イモウトトヤルノ ヒサシブリカ? ガンバルヨロシ」

妹属性らしき運転手さんとの会話はイマイチ噛み合わなかったし、内容がそっち方面ばっかだから
俺の心は何度も折れそうになったが、人の良さそうな運転手さんで、俺は正直内心ほっとしていた。
それにしてもこの運転手、じゃなくて講師が教える日本文学って、一体どういう内容なんだよ。
源氏物語とかはその手の話が多いんだろうけどさぁ、この講師から講義を受ける学生のことを思うと、
俺は学生に同情せずにはいられなかった。

「オマエ ヒカルゲンジ シッテルカ?」
「ああ、やっぱそうすか」

タクシーは空港を離れると、程なくして高速道路へと進入して行った。
巨大な高層ビル群が林立するロサンゼルスの街を、タクシーは猛スピードで駆け抜けて行く。
俺は車窓を流れる風景に目を奪われながら、親父が娘の桐乃のことをどれ程心配していたのか、
そしてどれ程可愛がっていたのか改めて思い知らされた。
本当は親父自身が来たかったろうに、そう思うと、街の景色が滲んで見えた。

270 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:02:01.80 ID:qUKwgnJSo [5/13]

気が付くとタクシーはロサンゼルスの中心部を離れ、住宅の建ち並ぶ郊外へと入って来た。
桐乃もきっと俺と同じ風景を見ながらここまで来たんだろう。
幾らかの不安と、そして無限大の希望を、まだ幼さの残る心に抱きながら。
あいつは兄貴の俺が言うのも何だけど、たしかに凄いヤツだよ。
俺が今の桐乃と同じ歳だった時、海外で自分を試そうなんて想像も出来なかったしな。
そんな凄い妹に会って、俺はどうするつもりだ?
久しぶりじゃないか、元気にしていたかと挨拶して、それで帰るつもりなのか?
違うよな。俺は桐乃を……俺の可愛い妹を連れ――

「オマエ ツイタネ タブンココデイイアルヨ」
「あっ、ああ、すんません。……けっこう早かったっすね」

桐乃に会ってからのことを考えている内に、いつの間にやらタクシーは目的地に到着していたらしい。
そうは言っても、初めて来た俺には、ここが本当に桐乃のいる所なのかどうかなんて分かるわけがねえ。
取りあえず親父の書いてくれたメモもあるし、あとは適当に聞いて捜すしかねえか。

「どうもすんませんでした。じゃ、これで」

そう言って俺は財布から100ドル紙幣を一枚抜き取り、運転手さんに渡そうとした。
すると運転手さんは急に顔色を変え、これは受け取れないと言い出した。

「オマエ 10ドルカ 20ドルサツ モッテナイアルカ?
 ナケレバ アメックスカ トラベラーズチェックデモ イイアルヨ」
「いや、全部100ドル札と、あとは小銭しか持ってないっすけど。
 ……ところで、トラベラーズチェックってなんすか?」

運転手さんが説明してくれたんだが、アメリカじゃ100ドル札のような高額紙幣は敬遠されるらしい。
偽札の心配があるからってことらしいが、俺がそんな偽札なんて持ってるわけがねえだろっての。
しかし、いくら俺が頼み込んでも運転手さんはどうしても受け取れないって言うし、
辺りを見回しても両替してくれそうな所もなかった。
俺はここまで来ていながら、仕方なく銀行まで乗せてもらうことになったんだ。

271 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:02:43.94 ID:qUKwgnJSo [6/13]

アメリカで高額紙幣が敬遠されるなんて、親父の書いてくれたメモにもなかった。
大体100ドルなんて日本円にしたら一万円にも満たねえ額じゃねえか。
それでも相手が受け取らないって言ってんだから、仕方がねえけどな。
運転手さんは良い人みたいだし、何も俺に嫌がらせをしているわけでもなさそうだった。
その証拠に、銀行までの往復料金はサービスしてくれるって言うしな。

「ココ バンクアルヨ エクスチェンジ スルヨロシ。
 オマエ マヌケアルカラ オレ ツイテイクヨ」
「……何から何まですんませんね。あと、運転手さん、あんたどこで日本語覚えたんだよっ」

運転手さんに連れて来てもらった銀行は、俺が知っている日本の銀行とはかなり趣が違っていた。
銀行の行員と客との間にある衝立は天井に届くかと思われる程高く、
そのくせお金をやり取りする部分は必要最低限なんだろうか、極端に小さい。
幸いなことに客は少なく、カウンターには先客が一人しかいなかった。
俺は何の気なしに、その客の後ろに並ぼうとしたらいきなり運転手さんが叫んだ。

「オマエ ニゲルアルヨ! ソイツハ ゴトウアルヨ!」
「……後藤さん?」

運転手さんが後藤さんと呼んだ人は、後ろ姿を見ても明らかにアメリカ人なのにな。
俺が後藤さんの後ろに並ぶと、後藤さんは驚いた様子で振り返った。
驚愕の表情で俺を見据えながら、何やら早口の英語で捲くし立てる後藤さん。
全く聞き取れねえじゃねえか。

「後藤さん、すんません。英語だと何言ってんだか分かんないんすけど」

俺が頭を掻きながらそう言うと、後藤さんは俺の目の前に何かを突き付けた。
いきなり目の前に突き付けるもんだから、焦点が合わず一瞬何だか分かんなかった。
黒っぽい金属で出来たような……何だこれ?

272 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:03:18.41 ID:qUKwgnJSo [7/13]

「ああ、これ、沙織の持っていたS&W38口径リボルバーじゃんかっ。
 ゴルゴ13も愛用してるやつ。……後藤さんもファンなんすか?
 やっぱ、拳銃と言ったらリボルバーっすよね。
 ちょっとだけ触ってもいいすか? 本当にちょっとだけでいいっすから」

そう言いながら俺は、後藤さんの持っているS&W38口径リボルバーのシリンダー部分を掴んだ。
俺が拳銃のシリンダーを掴んだと同時に辺りが一気にざわめき、銀行の警備員が拳銃を手に飛んで来た。
ど、どうなってんだ? 俺はそんな異様な空気に気圧されて、
思わずシリンダーを掴んだ手を離そうとした途端、運転手さんが再び叫んだ。

「オッ オマエ! シンデモソノテ ハナシタライケナイアル!
 ゼッタイニ ハナシタラ イケナイアルヨ!」

運転手さんの緊迫した声に俺は何がなんだか分からず、思わず後藤さんの顔を見た。
後藤さんはと言えば、俺を見据えたまま固まっちまってるし……
その後、俺が見た光景は、後藤さんが警備員にフルボッコにされるところと、
運転手さんが俺に抱き付いて、早口の英語で捲くし立てながら泣いているところだった。
それから何故か行員の皆さんが俺を見て、『SAMURAI JAPAN!』と口々に言いながら
盛大な拍手をしてくれた。

一体何が起こっているんだか、英語の苦手な俺には良く分からんけど、
そもそも俺が銀行に来たのは100ドル紙幣を小額紙幣に両替してもらうためだ。
警備員にフルボッコにされ、床の上でのびている後藤さんを尻目にカウンターに近付くと、
大きく深呼吸をしてから行員へ告げた。

「ぷり~ず えくすちぇんじ……100ドル いんとぅ 10ドル おわぁ 20ドル」

273 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:03:55.74 ID:qUKwgnJSo [8/13]

無事に両替を済ませると、行員さんに礼を述べてから運転手さんと一緒に銀行を出ようとした。
すると、銀行のいかにもお偉いさんと言った感じの恰幅のいい紳士が俺に近付いて来て、
これまた早口の英語で何か言って来るじゃねえか。
その紳士は満面の笑顔で俺の手を取ると、千切れんばかりに握手をしてから、
一通の封筒を俺の胸元に押し付けた。

「オマエ ソノカタハ コノバンクノ トドリネ」
「……と鳥? なんのこっちゃ?」

受け取った封筒の中には小切手が入っていて、俺は額面を見て驚いた。

「いち、じゅう、ひゃく……一万円? じゃなくて、10,000ドル!?
 10,000ドルって言ったら、日本円に換算して八十数万円じゃねえかっ。
 わけも無くこんなのもらえないって。……えっ、えーと、の、の~さんきゅう~ぷり~ず」

俺は運転手さんに目顔で必死に助けを求めた。
そんな俺の慌てふためき振りを笑いながら見ていた運転手さんは、事の次第を説明してくれた。
俺が顔色一つ変えずに、平然と銀行強盗をやっつけたと。
そのお礼として銀行の頭取が、俺に10,000ドルの小切手をくれたらしい。
運転手さんの説明を聞いて、ようやく俺はさっきの後藤さんがゴトウさんではなくて、
強盗だったことや、持っていた拳銃が沙織の持っているようなモデルガンなんかじゃなくて、
本物の拳銃だったと分かった。

「まっ、マジっすか? 俺、本物の拳銃なんか見たこともねえし……
 てっきりモデルガンなんだと思ってたっすよ」

先程の強盗は通報で駆け付けた警察官によって逮捕され、ちょうど連れて行かれるところだった。
一歩間違えれば、俺は桐乃に一生会えなくなるところだったじゃねえか。
事の真相を知って今更ながら膝が震えて来やがった。
何にしても両替もしてもらったし、こんな物騒な所からは一刻も早く立ち去るのが懸命だ。
俺は運転手さんに通訳してもらって、謝礼金の件は丁重にお断りした。

274 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:04:34.21 ID:qUKwgnJSo [9/13]

銀行の頭取にも何とか納得してもらい、俺たちはやっとのことで銀行を後にした。
しかし、一難去ってまた一難とは良く言ったもので、それは運転手さんの叫び声から始まった。

「アイヤー クルマガナイアルヨ!」

どうやら銀行強盗騒ぎの間に、タクシーは駐車違反でレッカー移動されちまったようだ。
路上に残されているチラシのような紙片を見つめながら運転手さんは頭を抱えている。
やっぱ、俺のせい? 俺が銀行強盗になんか構わなけりゃ、いや、それよりも初めっから
日本を出国する時に小額紙幣に両替しとけば……。

「運転手さん……何て言ったらいいのか。……本当に、すんませんっ!」
「オマエ ワルクナイアルヨ ワルイノハ L.A.ノ ケイサツカンアルヨ」

俺は詫びるつもりで駐車違反の反則金とレッカー代を払うと言ったんだけど、
運転手さんは頑として受け取ろうとはしなかった。
それよりも、俺を妹の所まで送って行けなくなったと言って、何度も謝ってくれた。
たまたま乗せた俺のせいで、こんな災難に遭っているってのに……。

「モウシワケナイアル ココカラハ アレニノルヨロシ」

運転手さんが指差したのは、銀行のある通りから2ブロック離れた所に停車していたバスだった。
そのバスに乗れば、先程タクシーで行った桐乃の住んでいる寮の近くまで行けるとのことだ。
俺は何度も運転手さんにお礼を言ってから、そのバスが止まっている通りへと向かって歩き始めた。
きれいに区画されたロサンゼルスの街並みを、まさか徒歩で歩くなんて思いもしなかったよ。
大通りに面した建物はどれも近代的なのに、そんな建物に挟まれた路地を覗くと、
そこには古いレンガ造りのアパートなんかが今も残っている。
ロサンゼルスと言えば映画なんかの影響で近代的な街並みを想像しがちだが、俺が見たそれは、
新しいものと古いものが渾然と同居していて、いつかあやせと行った鎌倉の街並みを想い起こさせた。

275 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:05:15.19 ID:qUKwgnJSo [10/13]

銀行のあった通りとは違って、バスが停車しているこの通りは東西にずっと石畳が続き、
その真ん中に路面電車の軌道が敷設してあった。
バスに乗るにはこの通りを渡って、反対側に行く必要がある。
俺は歩行者用の信号が青になるのを待った。

「アメリカじゃあ歩行者用の信号って、青と赤が上下反対になってんだな。
 車も左右反対通行だし、日本と違うと分かってても、どうも違和感があんだよな」

信号が変わる間、俺がそんな独り言を言っていると、目の前をゆっくりとした速度で路面電車が
通り過ぎて行った。

「たしかに江ノ電とは大違いだわ。やっぱ、アメリカらしいっちゃ、らしいけどな」

目の前を通り過ぎて行く路面電車を何気なく見やると、最後尾のデッキで幼い女の子が手を振っていた。
辺りを見回しても、その女の子に気付いている人はいないようだった。
と言うことは、あの女の子は俺に手を振ってるってわけか?
俺も女の子に応えるように手を振り返した。
褐色の肌の黒髪の美少女とも言えるその女の子は、俺に気付いた様子で更に大きく手を振り、
続けて俺に向かって何か叫んだ。

「……なんか、様子が変じゃねえか?」

なんて言ってるんだか分かんねえけど、様子が只事じゃねえ。
大体、あんな幼い女の子が一人で路面電車に乗ってるわけがねえだろ。
目の前を通り過ぎる時、何の気なしに見ていただけだからはっきりとは言えねえけど、
あの女の子以外に他の乗客なんていたか?
それに、俺の記憶じゃ運転士がいたのかさえ定かじゃねえ。
俺は気付いた時には、全力で路面電車に向かって駆け出していた。

276 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:05:47.69 ID:qUKwgnJSo [11/13]

桐乃に会うためにロサンゼルスまで来たってのに、何をやってんだろうな、俺。
長い飛行時間で時差ボケはしてるし、思わぬ銀行強盗事件に巻き込まれて体力は限界に近かった。
それでもこうして路面電車を全力で追い掛けているのは、必死で助けを求めている女の子が、
桐乃の面影とどことなく重なったからかも知れん。
幼い時の桐乃が笑っている顔が脳裏に浮かぶと、疲れ切っている筈の俺の足は加速した。

なんとか路面電車に追い付きデッキにある手摺に手を掛けると、俺は一気に飛び乗った。
一息吐く暇も無く車内を見回すと、案の定乗客は女の子以外にはいない。
泣きながら俺にしがみ付いて来る女の子を俺はしっかりと抱き締め、そっと頭に手を置いた。
桐乃がまだ幼かった時、あいつが泣くといつも俺がしてやったことだ。
女の子が泣き止むのを待って、俺は声を掛けた。

「俺が必ず助けてやるから待ってな」

日本語が通じるとも思えねえけど、女の子は俺の眼を真っ直ぐに見つめて小さく頷いた。
取りあえず俺は女の子を車内の一番後ろのシートに座らせると、前方にある運転席に走った。
路面電車の運転なんて俺に出来るわけはねえけど、止めることくらいなら……。

「……これがマスター・コントローラー、だよな」

男だったら、小さい時に一度くらいは電車の運転士に憧れたことがあるだろ。
そんな時に必ずやることは誰しも一緒だ。
電車の運転席の後ろに張り付いて、運転してる様子を憧れの眼差しで見つめることだよ。
どうやって電車が動いてるかなんて知らなくても、運転席に付いているレバーを運転士さんが
前後や左右に動かすと、電車が加速したりブレーキが掛かったりするんだ。
こんなもんは大抵の場合、手前に引くか、時計回りに廻せばブレーキが掛かるようになってんだよ。
もしも違ってたら、そん時は逆にすればいいだけじゃねえか、だろ。
俺はゆっくりと時計回りの方向へレバーを廻した。

277 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:06:34.06 ID:qUKwgnJSo [12/13]

床下からブレーキが軋む音が聞こえる。
路面電車の速度が、僅かだが落ちて来たのも分かった。
これで一安心と思っていると、後ろのシートに座らせていた女の子がいつの間にやら俺の傍に来ていた。
女の子は俺の腰の辺りに抱き付くと、黙って前方を指差した。

「……マジかよ。この先は下り坂じゃねえか」

考えている暇も無く、路面電車は下り坂に差し掛かる。
俺は更にレバーを廻したが、これ以上速度は落ちなかった。
それどころか、先程よりも加速しているようにも感じる。
俺の腰に抱き付いている女の子の腕に、力が入るのがはっきりと分かった。

「心配すんなって。……おまえのことは、俺が必ず守ってやっから」

そうは言ったものの、車窓を流れる景色の早いことと言ったら、そりゃねえだろってくらいだ。
この速度なら、一か八か俺が女の子を抱きかかえたまま飛び降りれば、命だけは何とかなるかも知れん。
いや、それはだめだ。俺はともかく、女の子だって只じゃすまねえ。
こんな年端も行かねえ可愛い女の子に、怪我をさせるわけにはいかねえだろ。
ましてや、顔に傷でも付けちまったら一生謝っても謝りきれねえ。
それに俺たちが飛び降りたら、この路面電車は無人のまま下り坂を突っ走ることになって、
街中の大惨事になることは免れない。
せめて、この女の子だけでも助けてやりてえ。
俺は一縷の望みをかけて、女の子を包み込むようにして抱き締めた。

「すまねえな。……俺、おまえとの約束……守れねえかも……」

ほんの一瞬俺が弱音を吐き掛けた時、路面電車の真横で激しいクラクションの音がした。
見ると一台のイエローキャブが路面電車にぴったりと併走している。
どこか見覚えのあるイエローキャブだった。とは言っても、どれも同じに見えるんだけどな。
見覚えがあったのは車じゃなくて、運転手さんの方だった。

「オマエ ナニヤッテルアルカ! イモウトイナガラ ロリコンダッタアルカ!」
「ち、違うって、俺はロリコンなんかじゃないっすよ!
 ……それよりも運転手さんっ、なんでここにいるんすかっ!?」
「ワスレモノアルヨ! オマエ ニモツ トランクノナカネ!」

278 名前: ◆Neko./AmS6[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:07:10.48 ID:qUKwgnJSo [13/13]

地獄に仏とは正に……そういや、空港でもそう思ったっけ。
たしかにここはロサンゼルスだもんな。
天使がいるくらいなんだから、仏様がいたっておかしくねえよ。
俺は路面電車のブレーキが利かねえってことを、運転手さんに有りっ丈の大声で伝えた。
すると運転手さんは何を思ったのか、開けっ放しの運転席の窓から左腕を出し、
親指を突き立て俺に向けたかと思うと、一気に路面電車の前に回り込みフルブレーキを踏んだ。
大音響と共に衝撃が伝わり、その後電車の車内にゴムの焼ける臭いが立ち込めた。

「げっ! あんた一体何者なんだよっ。まるで……だめだ、適当な人物が思い浮かばねえ」

ハリウッド映画だってこんな無謀なことやらねえだろっての。

盛大な火花を放ちながら、イエローキャブはその身を犠牲にして路面電車を止めようとしていた。
下り坂にも拘らず路面電車は確実に速度を落とし、そして、何事も無かったかのように停車した。
イエローキャブのタイヤは跡形も無く焼け落ち、今じゃホイールだけになっている。
運転手さんは見るも無残に変形したドアを蹴破るようにして出て来ると、
俺と女の子のいる路面電車の運転席に駆け寄った。

「オマエ ワスレモノダッテ イッテルアルヨ!」

俺はアメリカに来て、初めて泣いた。

大変だったのはその後だよ。
警察のパトカーを初めとして、消防車だの救急車だのがわんさと集まって来て、
一時は人だかりが出来て大騒ぎだった。
運転手さんが機転を利かせて警察に上手く説明してくれたお蔭で、俺にお咎めは無かった。
ただ、女の子の方は、なんで一人で無人の路面電車に乗っていたのかってことで、
これから警察でこってりと絞られるらしい。
でも、運転手さんの話だと警察は子供には優しいから心配ないってことだし、それを聞いて俺も安心した。
短い時間だったけど、アメリカに来て初めて知り合った女の子だろ。
俺は女の子との別れ際、無駄かも知れねえけど日本語で彼女に聞いたんだ。

「俺は、高坂京介。……おまえは?」
「……マイネームイズ、リア! ……リア・ハグリィ。
 おにいちゃん、超好きっ! ちゅっ、ちゅっ」


(完)
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。