無題:9スレ目840


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840 :◆Neko./AmS6 [sage saga]:2011/05/02(月) 22:29:58.30 ID:D+xw36Tuo

俺は玄関先で靴の底の泥をよく落とし、服に付いた埃を軽く払ってから
ドアのレバーハンドルに手を掛けた。
泥なんか付けたまま家に入ると、妹のヤツに怒られちまうんだよ。
玄関の上がり口に腰を下ろし、俺が靴紐を解いていると、その音を聞きつけたのか
妹が早速リビングから出てきた。

「お帰りなさい、お兄さん。……で、今日はどうでしたか?」
「うーん、今日はそれほどの収穫はなかったよ。
 何かの昆虫らしい化石がいくつか見つかっただけさ。
 俺は専門家じゃねえから、そのへんはよく分からんけどな。
 それにしても、今日は疲れた~」

何で俺が化石の発掘なんかしてるかって……別に趣味でやってるわけじゃねえよ。
俺の親友の赤城ってヤツが、サッカー部の他に、最近になって遺跡発掘研究会とかいう
わけの分からん同好会に入ったもんだから、俺も仕方なく付き合ってるだけさ。
そもそも遺跡の発掘と昆虫の化石の発掘って、違う分野なんじゃねえのか?

俺の見たところ赤城のヤツ、どうやらその同好会に気になる女の子がいるらしい。
赤城は極度のシスコンで、妹の瀬菜にしか興味がねえのかと思ってたけど、
どういう風の吹き回しなのかね。まぁ、俺には関係ねえけどさ。

「お兄さん、お風呂なら沸かしてありますけど……
 お腹が空いているようでしたら、先にご飯にしますか?
 それとも……わ・た・し?」

いつものことだよ。あやせのヤツ、兄貴をからかうのがそんなに面白いのかね。
まだ中三のくせに、わざとらしく腰をくねらせやがって。
だがなぁ、俺だって健全な男子高校生なんだよ。
妹にからかわれていると分かっていながら、ついむきになっちまう。

「おまえはなぁ、なんつーカッコしてんだ、そのミニスカートは何とかなんねーのかよ。
 家の中だってのに……短過ぎるだろうが。
 おまえ、ジャージ持ってんだろ? 家の中じゃあジャージ穿いてろよ」

それじゃあパンツが見えそうじゃねえか。
俺だって本音を言えば、あやせがミニスカートを穿いてくれんのは嬉しいけどさ、
やっぱ、実の兄貴としては、そんなこと口が裂けても言えねえだろ。

「わたし、家の中だからこんなに短いの穿いているんですけど……
 外ではここまで短いスカートは穿きません。それでもだめですか?」

あやせはミニスカートの裾をちょっとだけ摘まみながら、不満そうな顔つきで俺を睨みつけた。
俺がどういう反応を示すかと、試そうとしている目つきだ。
そんな手に俺が易々と乗るわけはねえだろ。
それにしても、外では穿かないって……どういうことだ?
まさかあやせのヤツ、実の兄貴の俺を挑発してるんじゃねえだろうな。
どんだけ俺が普段から妹に、つーかあやせに欲情しそうになるのを抑えていることか。
もしもあやせが実の妹じゃなけりゃ、今頃はあんなことやこんなことや……

「ま、まぁ……ジャージってのは極端かもしれねえけどさ、
 あやせだってもう中三なんだからよう、サザエさんに出てくるワカメちゃんじゃねえんだから、
 パンツ見せながら家ん中を歩くなって言いたかっただけさ」
「…………お兄さん、わたしのパンツ見たんですか? この変態っ!」

そんなわけで、つい口が滑っちまった俺はあやせからローキックを食らって床に転がり、
あらためてローアングルであやせのパンツを拝んだ後、ほうほうの体で風呂場へと逃げ込んだ。
俺は風呂場の脱衣所の戸を勢いよく閉めながら、思いっきりあやせに言ってやったよ。

「あやせっ! 俺が風呂に入ってる間、絶対に覗くんじゃねーぞっ。
 もし覗いたら……俺、泣いちまうからなっ!」

あやせは何も言ってはこなかった。
耳を澄ましてみても、廊下は静まり返っていて人が近づいてくる気配はねえ。
幾らあやせだって、実の兄貴の裸を覗き見る趣味はねえだろうしな。
もしかすっと、パンツの一件で、怒って自分の部屋に行っちまったのかもしれん。
そういやさっき、ドカドカと階段を上る音が聞こえてたもんな。

俺は風呂場の脱衣所の戸をそっと開け、あらためて廊下に誰もいないことを確認してから、
安心してゆっくりと服を脱ぎ始めた。
まぁ考えてみれば、あやせのヤツは俺が外から汚れて帰ってくるだろうと気遣って、
あらかじめ風呂を沸かして置いてくれたんだろう。
さっきは少し言い過ぎちまったかもしれん。仕方ねえ、風呂を出たら謝んなきゃな。

すぐにでも湯船に飛び込みたいところだが、そうするとお湯が汚れちまうと
いつもあやせが口を酸っぱくして言うもんだから、俺はそれに従って丁寧に身体を洗うと、
ようやく湯船に身体を沈めた。

「やっぱ、妹はいいよなぁ~。……弟じゃあ、ここまではしてくんねえだろうしな。
 あやせを産んでくれたお袋には、感謝しなくちゃいけねえよな」
「お兄さん、感謝するのなら、わたしに感謝してくださいね。お風呂を沸かして置いたのも、
 こうしてバスタオルと下着を持ってきてあげたのも、全部わたしなんですから」

心臓が止まるかと思っちまったよ。
俺が慌てて風呂場のガラス戸に眼を向けると、その型板ガラスの向こう側には
バスタオルらしきものを手に持って仁王立ちをしている、あやせのシルエットが映っていた。
そういや俺、着替えも何も持たずに風呂に入っちまったんだっけ。
どんだけあやせってヤツは、気が回るヤツなんだかね。

「これで風呂場のガラス戸がガチャっと開いて、お兄さんお背中を流しましょう――」
「お兄さんっ! 心の声がダダ漏れじゃないですかっ。
 ……本当に開けちゃいますよっ」
「あやせっ、それだけは勘弁してくれ。俺にも心の準備っつーモンがあんから」
「もう、冗談はそれくらいにしてください。着替えは、ここに置いておきますから」

あやせの気遣いに感謝しつつ、俺は風呂場にも鍵を付けるって考えたヤツにも感謝した。
だって、あやせが脱衣所を立ち去る際に、小さく舌打ちするのを聞いちまったんだもん。
俺は風呂場の外の気配に全神経を集中させ、音を立てないように風呂から上がると、
あやせが用意してくれたパンツを速攻で穿いた。

俺がパンツ、といってもトランクスとTシャツというラフ過ぎる格好でリビングへ行くと、
あやせが冷蔵庫から麦茶を出してグラスへ注いでくれた。
もうさっきのことは怒っていないようで、あやせはいつもの笑顔だった。
俺の妹にして置くのは勿体ねえなと思いつつも、やっぱ妹で良かったんだとも思ったよ。
だってそうだろ、妹じゃなかったら、こうしていつも一緒にいられねえじゃねえか。
俺が麦茶を飲み干すのを待っていたかのように、リビングのソファーに座っていたあやせが
おもむろに声を掛けてきた。

「お兄さん、来週のお兄さんの誕生日のことなんですけど……」
「俺の誕生日っていうことは、あやせの誕生日でもあるわけだろ。
 ……で、それがどうかしたのか?
 今年は二人とも受験生だから、プレゼントはお互いに自粛しようってことだったけど」

何を隠そう、俺と妹のあやせは、歳は三つ違いだけど誕生日は偶然にも同じなんだ。
兄妹で誕生日が同じなんて、めずらしいことかも知れねえけどな。
俺たちがガキの頃、お袋なんか、ケーキを買うのが一回で済むって喜んでいたけど。
あやせが中学生になると、家族で誕生日を祝うこともなくなっちまった。
俺はあやせが可哀想になっちまって、それ以来は兄妹だけで誕生日祝いをするようになった。

あやせはガキの頃から、何かってーと俺にまとわり付いてきた。
俺もあやせの世話を焼くのはイヤじゃねえし、むしろ率先してやってきたつもりだ。
そんな俺たちを見て、『おまえら兄妹じゃなくて、本当は恋人同士なんじゃねえのか』なんて、
口の悪い友人の赤城によくからかわれたもんさ。
以前は赤城からそう言われて、俺も少し変なのかと真剣に悩んだ時期もあるけど、
あやせのような可愛い妹を持っちまった兄貴なら、誰だってこうなるさ。
そう言ってる赤城だって、てめえの妹の瀬菜にベッタリじゃねえか。
お互い様ってもんだよ。

「ええ、ですからわたし、お互いにお金を掛けなくてもいいプレゼントを考えたんです。
 品物はわたしがあらかじめ用意しましたから、
 お兄さんには、それにサインをして頂くだけでいいんです」

俺もさぁ、超短いミニスカートでソファーに座っているあやせを前にして、
この格好のままリビングの椅子に腰を下ろす勇気は持ち合わせちゃいねえんだ。
取りあえず、あやせにはこのまま待ってもらうことにして、俺は部屋に着替えを取りに戻った。
それにしても、あやせが用意したプレゼントって何だ?

俺がスウェットのズボンを穿いてリビングへ戻ると、気付いたあやせが後ろ手に何かを隠した。
俺の動きを眼で追いながら、何やら悪戯っぽい笑顔で俺を見ていやがる。
たぶん後ろ手に隠したモンが、さっきあやせが言っていたプレゼントなんだろう。
金は掛けねえし、俺はサインをするだけだっつーから、大したもんじゃねえんだろうけど。
俺の妹は、たまに兄貴の俺が想像もしねえようなことを思い付きやがるからな。
サインだけだって言われても、用心するに越したことはねえ。

「――で、俺は何にサインをすりゃあいいんだ?」
「これにお願いします。……下の方に、サインをするところがあるでしょ」

あやせが俺にサインをしろと差し出したものは、映画のチケットくらいの小さな紙片だった。
しかし、俺がサインをする部分以外はあやせが手で隠しているもんだから、
幾らなんでも俺だって気軽にサインをするわけにはいかねえ。
どう見ても映画のチケットなんかじゃねえし、よく見りゃ手作りのような気もする。
たぶん、あやせがパソコンで作ってプリントアウトしたモンなんだろう。

「どうしたんですか、お兄さん? サインをしないつもりですか?」
「いや、そうは言っても、これが何なのか分からんのにサインできねえだろ」
「お兄さんは、妹のわたしの言うことが聞けないんですか?」

俺はあやせの声のトーンが変わったことにビビリながら、そっと妹の顔を窺った。
あやせの顔からは笑顔が消え、その瞳からは光彩が消失していた。
このまま俺が押し黙っていれば、あやせの口から『ぶち殺しますよ』との台詞が飛び出すのも
時間の問題だろう。いや、俺の命の問題かもしれん。

「な、なぁ、あやせ……もしも俺がサインしなかったら、どうするつもりだ?」
「……お兄さんがサインをしないなんて、わたしは全く考えていませんけど。
 もしそういうことになれば、“お兄さんが、わたしの下着を盗みました”って、
 お母さんに言い付けるだけです」
「おまえなぁ、そんなウソをお袋が信じるとでも………………」

俺は、あやせの言う通りに黙ってサインをした。

一度サインをしちまった以上、あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれっつーの。
何だかんだ言ったって、俺とあやせは昔からけっこう仲がいいんだよ。
時々、兄妹であることを忘れちまいそうになるのが怖いんだけど。

「それでは、お兄さんからサインももらいましたから、これはわたしが預かって置きます。
 その代わりに、お兄さんには、誕生日プレゼントとしてこれを差し上げます」

あやせがそう言って差し出した物は、さっき俺がサインをした物と同じような紙片だった。

「……ふぁーすと・きすよやくけん? 何じゃこりゃ?」

つい棒読みしちまった。
手に取って良く見りゃ、その紙片には“ファースト・キス予約券”って書いてあった。
有効期限は無期限、そのうえ譲渡禁止って文言も明記されている。
つまり、あやせのファースト・キスを頂ける券ってことだよな。……そのまんまだけど。
あやせは少し顔を赤らめながら、ジッと俺を見つめている。
俺の妹は一体何を馬鹿なことを考えてんだよ、と思う前に、
すぐにこの券を引き換えようとしていた俺がいることに気が付いた。

しかし冷静になって考えてみれば、俺がこの券を持っている以上、
あやせがどこの馬の骨とも分からねえヤツに、ファースト・キスを奪われる危険性はなくなる。
そう考えれば、妹思いの兄貴としては安心この上ない。
ところで気になることがひとつだけあった。
さっき俺が無理やりサインをさせられたモンも、これと同じような予約券の類なんだろう。
兄妹でお互いに“ファースト・キス予約券”を持っていたって、意味ねえもんな。

「なぁ、さっき俺がサインしたヤツも、何かの予約券なんだろ?
 ……やっぱ、気になるんだよ。あやせが俺に“ファースト・キス予約券”をくれたんなら、
 俺はおまえに、何の“予約”をやったことになるんだ?」

あやせが俺に見せたその“予約券”にも、有効期限は無期限、譲渡禁止って文言が明記されていた。
だが、俺のもらった“ファースト・キス予約券”とは明らかに違う点が、ひとつだけある。
それは、あやせが手に持っている“予約券”には、予約券という文字の左側に入るべき名称が、
今はまだ空白になっていることだった。


(完)
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