桐乃「デレノート……?」:505

505 ◆kuVWl/Rxus[sage saga] 投稿日:2011/04/27(水) 03:01:07.49 ID:QM5VKM52o

今朝の電話で、黒猫にはおおまかな事情を話したけれど、俺は改めて桐乃の口から一通りの経緯を説明させた。
こういうのは、相談する本人から話をするものだからな。

桐乃から、他人をデレさせる力を持ったノートや、そのノートに触れることで姿を現すデレ神という
現実離れした話を聞かされても、黒猫があからさまに驚くことはなかった。
この辺の順応性は、さすがに邪鬼眼かつ厨二な電波系少女として、一日の長があるようだ。
と俺は妙な感心の仕方をしていた。

「デレノート……デレ神……」

黒猫は腕組みをして、その単語を噛み締めるように呟いている。

「――ということは、あのときの“ノート”という言葉はそういう意味だったのね」
「えっ、あのときのって……」
「あなたが掲示板に最後に書き込んだ言葉よ。“ノートを持っているか”と」

そう、それは黒猫がキラッ――つまり桐乃をおびき出すため、自作自演をしたときの書き込みのことだ。
それを聞いて、桐乃も思い出したらしい。

「あっ、そういえばそんなことを…… アンタ、あの書き込みを読んでたんだ?」
「ええ、読んでいたわ。というよりも、あなたが私にレスを返したきたからだけど」
「ん?レスを返した……?」

今度は桐乃が腕組みをして考え込むことになった。
そして一拍置いて、その言葉の意味を理解した桐乃は勢いよく立ち上がり、黒猫を指差して叫んだ。

「に、偽キラッ!? アンタが……!」
「そうよ、あの時キラッに成りすまして書き込んだのは私」
「あ、あ、あのレスで……あたしがどんだけ悩んだと思ってんのよ……っ!」

わなわなと肩を震わす桐乃に対し、黒猫は涼しい顔で返した。

「知らないわよ、そんなこと。むしろあのレスであなたのキラッ活動にブレーキを掛けることができたのなら、あなたは私に感謝するべきじゃなくて?」
「ぐぎぎ……」

桐乃は悔しそうに歯軋りをしている。
おいおい、あんまり露骨に悔しがられると、こっちが不安になっちまうじゃねーか。

「オイ桐乃、お前まさか、まだキラッに未練があるんじゃねぇだろうな?」
「無いってば!ただ、やり込められてたのがムカついただけ」

そう言うと桐乃は、プイッとそっぽを向いた。
そんなやり取りには付き合ってられないとばかりに、黒猫は話題を戻す。

「それよりも――デレ神とやらは……本当にここに居るの?」

俺にはなんとなく黒猫が言わんとすることが分かった。
現在、デレノートは桐乃の手元にない。となると、この非現実的な一連の話の証拠になり得るのは、いまこの部屋に居るという“デレ神”の存在だけ。
まずはそれを確認しないと、桐乃の相談には乗れないということだろう。
だが、桐乃はこともなげに答えた。

「あ、うん。いるよ。ホラ、あんたのすぐ後ろに立っ――」

そう桐乃が言い終わる前に、「ひぃっ!?」という小さな叫び声が発せられた。
今の声の発信源は…………黒猫?
桐乃は一瞬ぽかんとしていたが、すぐさま他人の弱みを握ったような、嫌らしい笑みを浮かべた。

「あれぇ~?もしやアンタ、リュークが怖いの? 普段は闇の世界がどうのこうの言ってんのに~?」
「莫迦にしないで頂戴。こ、怖くなんてないわ……」

そう言う黒猫の声はかすかに震えて聞こえた。
桐乃はというと、口に手を当てながら人を小馬鹿にするようにニヤニヤしている。
ハァ、お前らってホントそういうやり取り飽きないよな……

「冗談よ、冗談。いまリュークはそこの机の椅子に座ってるよ」

俺と黒猫は同時に机へ視線を向けた。だが、もちろんなにも見えない。

「そ、そう……。疑うわけではないけれど、なにか証拠を見せてもらえないかしら?」
「うーん、証拠って言っても……」

桐乃は少し考えた後に、ポンと手を打った。

「あ、そうだ。ちょっとリューク、アンタそのノーパソでメモ帳を開いて、何か文字打ってみなさいよ」

そう言うと、ノートパソコンのモニタには、すぐさまメモ帳の白い画面が表示され、文字が少しずつ入力されていく――

《リュークだ これでいいか?》

モニタに表示されたテキストを見て、再び俺はぞくりとした寒気を感じた。
昨夜も俺は、見えない何者かがエロゲをプレイしているところを実際にこの目で見たのだが、そのときはまだ現実味がなく、俺とは関わりのないところでの超常現象だと受け止めていた。
だけど、こうやってコミュニケーションを取ってこられると、否が応にもその存在を認めざるを得なくなり、自分が怪しげな世界に巻き込まれていることを無理矢理に実感させられてしまう。

俺が黒猫に視線を移すと、黒猫も強張った表情でモニタに釘付けになっていた。
だけど、そうやすやすとデレ神の存在を認めるつもりはないようだ。

「まだ……まだ証拠とはいえないわ。リモートデスクトップ機能を使ったトリックの可能性も……」

いつも闇世界だとか天使だとか悪魔だとか、現実離れした妄想の世界に生きている黒猫の反応としては意外だけど、現実世界の理<ことわり>の下に留まろうとする努力を、まだ諦めてはいないようだ。
こいつは案外リアリストなのかもしれない、と俺は思った。

……まぁ、そんな黒猫の抵抗も、その後すぐに潰えることになっちまったけど。

「ああ、もう面倒くさい。リューク、ちょっとそれ持ち上げて見せてやってよ」

そう桐乃が言うや否や、室内で起こった超常現象に、俺は思わず声を出して驚いた。
おい、信じられるか?

――机の上のノートパソコンが空中にふわりと浮かんだんだぜ。

そんな俺の反応を見て、桐乃は得意げに胸を張っている。

「これで信じたでしょ?もういいよ、リューク」

桐乃の言葉に応じるように、ノートパソコンは静かに机の上に着地した。
それを見ていた黒猫は、青ざめた表情のままでしばらく固まっていたのだが、その硬直が解けると同時に勢いよく立ち上がった。

そして――

「鬱欖檳檻樞歿汪搓槃榜棆棕椈楾楷欖棗梭樸檢殀……!」
「待て、落ち着け!ストーーップ!!」

突如怪しげな呪文を大声で唱え始めた黒猫を、俺は羽交い締めにして制止する。
こいつ、どんだけパニックになってんだよ……
我に返った黒猫は、さっきまでより机から少し離れて座っている。やっぱりビビってやがったのか。

「ちょっとぉ~、悪霊祓いみたいな呪文唱えないでよ」

《ああ、失礼しちゃうぜ》

……面倒くさいからお前らは黙っててくれ。



まだ青ざめてはいたが、黒猫はなんとか平静を取り戻すと、観念してこの状況を受け入れたようだ。

「分かったわ…… デレ神がそこに居るのは認めるわ……」

まぁ、目の前でポルターガイスト現象が起これば誰だってパニックになるわけで、実際俺も十分ビビってたんだけどさ。
黒猫はコホンと小さく咳払いをすると、桐乃に尋ねた。

「そのデレ神にいくつか聞きたいことがあるのだけど、……いいかしら?」
「ん?いいんじゃない? じゃあ、リュークはタイピングでね」

桐乃がノートパソコンの方に向かってそう言うと、また画面には少しずつ文字が表示されていった。

《ああ、わかった》

黒猫はいつものポーカーフェイスに戻り、デレ神へ質問を投げ掛ける。
ここからしばらく、黒猫とデレ神リュークとの間での質疑応答の時間となった。

「いま、デレノートがどこにあるのか、あなたには分かるのかしら?」

少し間をおいて、タイピングが始まる。

《いいや、俺にもわからない》

「じゃあ、いまデレノートを使ってる人間については何か分かるかしら?」

《それも俺にはわからないな》

「もしノートを取り返したとして、そのノートをどう処分したらいいのか教えて頂戴」

《所有者が所有権を失えば、俺がノートを回収して人間界を去る。ただそれだけだ》

この所有権というのが俺にはよく分からないのだけど、昨日桐乃から聞いた話によると、奪われはしたもののデレノートの所有権とやらはまだ桐乃にあるらしい。
デレ神が桐乃の元から離れないのはそういう理由なんだとか。

「……あなたは今回の件以外にも、過去に人間界にデレノートを持ち込んだことがあるのかしら?」

《ああ、いままでにも何度か、人間にノートを与えたことがあるな》

「ふうん……」

黒猫はそこで一旦やり取りを停めて考え込んだ。
俺と桐乃は、そんな黒猫の様子を静かに見守っている。

「……その割に、今回のようなデレ騒動は、これまで噂レベルでさえ聞いたことがないわ。おかしな話よね? 他のケースでの顛末はどうだったのか、聞かせてもらえるかしら?」

《それは》

デレ神はそこまで入力したところでタイピングを止めていたが、すぐに別の文を打ち直した。

《なかなか痛いところを突いてきたな。お前のような聞き方をしてきた奴は初めてだ》

「フッ、お褒めに与り光栄よ」

黒猫は髪をかき上げ得意顔を見せる。
傍からやり取りを見てる俺には、質問の意図も、何が痛いところなのかも分からないのだけど……
デレ神はまたゆっくりとタイピングした。

《シラけるから言わないでいたが、ノートの所有権を失うと、それまでに書いたノートの内容はすべて無効になる》

《さらに、デレノートによってデレていた者達の、デレに基づく行動の記憶はすべて消去される》

《過去のデレノートのことが人間界で知られていなかったのはそういう訳だ》

すると、そこで桐乃が割って入った。

「ちょっと、ちょっとリューク!!なによその後付け感たっぷりの設定はっ!?前にあたしが聞いたとき、デレを取り消す方法はないって言ってたじゃん!」

《あれは個別に取り消すことはできないという意味だ。嘘は言ってない》

どうやらこのデレ神、かなりの食わせ物のようだ……
まだ文句を言いたそうな桐乃を制して、黒猫は言った。

「とにかく、ノートを取り返しさえすれば、丸く収まるって訳ね」

確かにその通りだ。
特に、すでにデレ状態に陥った人達が正気に戻れる可能性があるっていう光明が見つかったのはデカい。
後はいかにして取り返すか……だよなぁ……

「だけど、どこの誰が持っているのかも分からないノートを、どうやって取り返すんだよ」
「私に考えがあるわ」
「……また俺に忍び込めって言うんじゃねえだろうな?」

妹の部屋への侵入ならバレても半殺しぐらいで済みそうだが、よその家に不法侵入するのはシャレになんねーぞ?
ってなことを考えていると、俺の言葉に桐乃が反応した。

「ん? “また”忍び込む……って?」
「どああああ! な、なんでもないっ!気にすんな!」

あ、あぶねぇ……バレるところだった!
いや、実際は未遂なんだから、俺が後ろめたさを感じる必要はないんだけどさ……

「大丈夫よ。今度は先輩の手を借りることはないわ。私が一人でノート奪還の段取りをつけるから」
「おいおい、一人でって……」
「私に任せて頂戴――明日で、すべてのケリをつけてみせるわ」

って、明日だと!?
ずいぶん急な……いや、もちろん悠長に構えている暇はないんだけど……

「ってことは、お前にはもう犯人が誰なのか判ってるんだな?」
「ええ、それは今日話を聞いて確信したわ。……そして、ノートを奪う作戦も」

いつの間にやら、黒猫の瞳は紅く染まっていた。

「アンタ、犯人が分かってるなら教えなさいよ。あたしだって捕まえてとっちめてやりたいんだからさ」

そういう桐乃に対し、黒猫はハァとため息をついた。

「あなたに教えたらぶち壊しにされそうだから言えないわ。
 それに、犯人のことやノートを奪う手段を今バラしてしまうと、抜け駆けされる恐れもあるから……」
「……抜け駆けってどういう意味よ?」
「あなたが抜け駆けしてノートを取り返して、私や先輩を排除した上でキラッに返り咲く可能性もあるということ。私はまだあなたのことを信用していないのだから」

黒猫は冷たく言い放つと、今度は俺をじっと見据えた。

「……悪いけど、先輩にもまだ話せないわ。結果オーライだったとはいえ、先の作戦を豪快にしくじった先輩に、今の時点でネタ晴らしするのは色々と危険だから」

クッ……その点を責められると、俺にはグウの音も出せない。
俺が口篭っていると、桐乃が反論した。

「そんなこと言ったら、アンタだってノートを独り占めして、第三のキラッになるかもしれないじゃん!」

桐乃にしてはなかなか鋭い指摘だったが、黒猫は、引っ込んでなさい、とばかりに、「ふん」と鼻を鳴らした。

「何を言い出すのかと思えば……もしそうだとしたら、今あなた達にこんなことをわざわざ話す訳ないでしょう?私がキラッになろうとしているのなら、一人で密かにノートを手に入れるわ」

あっさりと論破され、桐乃も俺と同じく何も言い返せない状態に。
そんな俺たち兄妹を見て、黒猫は言った。

「……勘違いさせたかもしれないけど、私一人でやるのはあくまで下準備だけ。明日、犯人と会うときには、あなたたち兄妹にも来てもらうわ。犯人を含め、私やあなたたち兄妹、――デレノートの秘密を知ってしまった全員の目の前でノートをデレ神に突き返して、この事件を終わらせるのよ」

そう宣言する黒猫の気迫に圧され、俺も桐乃も無言で何度も頷くしかなかった。
ふとパソコンのモニタに視線をやると、デレ神がなにやらタイピングをしている。


《ククク、面白くなってきたじゃないか》



翌日、俺は桐乃と二人で秋葉原を訪れていた――

別に兄妹で仲良くアニメショップ巡りとか、そういうことじゃない。
昨晩、黒猫からのメールで“決戦の場所”として指定されたのがアキバだったんだ。

俺達は目的の建物へと入り、エレベーターで三階へ。
入り口で受付を済ませると、細長い通路の奥の部屋へと案内された。
そう、ここは以前に沙織主催のパーティで借りたあのレンタルルームだ。
あの時、散々な目に遭わされた上に、仕舞いにカッコ悪く泣いちまった俺にとっちゃあ、ここは忌々しい場所だ……

ドアを開けると、中にはゴスロリ姿の黒猫が足を組み、頬杖をついてソファに座っていた。

「よう、来たぜ」
「……待っていたわ、二人とも」

黒猫は相変わらずの不遜な態度で俺たちを迎えた。
部屋に入り、中を見渡すが、まだ黒猫の他には誰も居ないようだ。

「なぁ、……桐乃からノートを奪った奴も、今日ここに来るんだよな?」
「そうよ、昨夜私が話をつけたから。もうすぐその人物が、ここにデレノートを持ってやってくるわ」

デレノートを持ってやってくるって……昨日の今日で、そんな簡単に事が進むものか?
そもそも話をつけるっつっても、相手がホイホイと応じるわけがないと思うんだが……
俺と同じく怪訝な表情をしていた桐乃が口を開いた。

「アンタさぁ、話をつけたって……一体どうやったのよ?」

そんな桐乃の言葉に、黒猫はこともなげに答えた。

「簡単なことよ。だってノートを奪う方法は昨日教えてもらったじゃない」
「ノートを奪う方法?……昨日?」

そこまで聞いて、俺はようやくピンときた。どうやら桐乃も気づいたようだ。

「あっ……もしかして……」
「そう、あなたがノートを奪われたときのやり方を、私が同じようにやっただけよ」

桐乃がノートを奪われたときのやり方……つまり、ボイスチェンジャーを使って電話を掛けて、例の掲示板に名前をバラすぞと脅迫したってことかよ。
そう言われりゃ、その方法はすでに実績もあるわけだし、確実といえば確実かもしれない。

やられたことをただやり返すだけ――

黒猫のノート奪還プランは、呆れるほどシンプルなものだった。
だけど、その方法はノートの持ち主が誰なのかが分かっていないと使えない。
痺れを切らした俺は黒猫に問い掛けた。

「なぁ、そろそろ誰なのか教えてくれてもいいだろ?」

だが、黒猫はこちらに視線を向けず、真正面を睨むように見つめていた。
聞こえなかったのか?と、もう一度問い掛けようとした俺だったが、黒猫がそれを制す。

「待って、先輩――どうやらおいでなすったようよ」

黒猫はじっと部屋の出入り口のドアを凝視していた。
俺と桐乃も、黒猫の視線を追って、出入り口へと視線をやる。
すると、ドアは半開きの状態で止まっていた。
俺達の今の位置からはドアの向こうは見えないが、正面に座っている黒猫には見えているようだ。

「どうぞ、中に入って」

黒猫はドアの向こうの人物に呼び掛けたが、ドアは半開きのまま動かない。

「……言っておくけど、電話を掛けたのが私だと判ったからといって、今から逃げ出したとしても無駄よ。このままあなたがドアを閉めたら、私は即座に掲示板にあなたの名前を書き込むわ」

そう言う黒猫の右手には、携帯が握られていた。

「――それに、こちらには海外留学経験もある中学陸上の選手が居るから、どんなに頑張って逃げても、まず逃げ切れないでしょうね」

その言葉に、半開きのドアが一瞬ビクッと動いた。
そして、黒猫の言葉に退路を断たれ観念したのか、ゆっくりとドアが開く。
いよいよお出ましか――ごくり、と、俺と桐乃は同時に生唾を飲んだ。

その人物は、うつむき加減に部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。

「あの電話は……五更さんだったんですね……」

恨めしそうに呟いたその人物は、黒猫のクラスメイトで、俺にとってゲー研の後輩でもある――赤城瀬菜だった。

「あ、赤城!?」
「せなちー!?」

俺も桐乃も驚いた。驚いたのだけど――
冷静になって考えてみると、これは「ああ、なるほど」と、実に喉越し爽やかに腑に落ちる結果だった。
うちの学校でホモカップルを大量生産する女……ううむ、嫌になるぐらい合点がいくぜ……

「それにしても、何でお前がノートのことを……?」

そう尋ねたが、瀬菜はうつむいたまま何も話さない。
代わりに横から黒猫が答えた。

「どうやら私と先輩が部室で話していたのを盗み聞きしたようね。昨日いきさつを聞いたとき、電話の主の話した内容があまりにも私達の会話の内容と同じだったから、そのことから、ゲー研の部室に来そうな人物――赤城さんだと気づくことができたの」

あの日、部室の扉越しに見えた人影は、俺の気のせいじゃなかったってことか……
ということは、俺があのとき黒猫にそのことを話していれば、もしかすると少しは展開が変わってたのかもしれない。
……そう思ったけど、今更掘り起こして黒猫に責められるのは御免なので、余計なことは言わないでおこう。

部屋の隅にいた桐乃は、瀬菜に近づいて声をかけた。

「せなちー……どうしてあたしからノートを奪ったの……?」
「桐乃ちゃん、それは……って、えええええええ!?な、何それ!!??」

突如大声をあげた瀬菜は、桐乃の方に指差したままガクガクと身を震わせ、恐怖に慄いている。
――いや、正確には桐乃の隣、誰も居ない空間を指差している。

「あ、そっか。せなちーにはリュークの姿が見ているんだ」
「リューク……?」
「そう、最初にデレノートをあたしに与えたデレ神。ノートに触れた人間にしか見えないの」
「いやあああああ!怪物!!近寄らないでえええ!!」

瀬菜は床にへたり込んだ体勢で、桐乃から後ずさりをしている。
なるほど、デレノートに触れた瀬菜にはデレ神の姿が見えているってことか。
デレ神が見えない俺や黒猫からすれば、まるっきりコントのようなやり取りなんだけど……
でも、これはつまり、瀬菜がデレノートを奪ったというダメ押しの証拠になるわけだ。

桐乃からデレ神について聞き、実際にデレ神と一言二言話した瀬菜は少し落ち着きを取り戻したようで、ソファーに座ってぜえぜえと呼吸を整えている。

「まったく、お前って奴は……やたらめったら手当たり次第にホモカップル作って……何考えてんだよ」

ため息混じりに俺がボヤくと、その言葉に瀬菜が反応した。

「手当たり次第なんかじゃありませんッ!!」

うおっ!!いきなりデカい声出すなよ!
俺の何気ない一言がこいつの癇に障ったのか、瀬菜は肩をいからせて反論し始めた。

「一応言っときますけど、あたしなりの緻密な考察の元にカップルを作らせていただきましたからっ!そこは譲れません」
「……緻密な考察って何だよ?」
「攻め・受けの二極化をベースに、文科系の男子と体育会系の男子や、クラス内で内向的な男子、社交的な男子という具合にリストアップし、属性の異なる同士を、通学ルートや学内行事などでなるべく接点のある組み合わせをチョイスしてカプ化を――」
「……わ、分かった、もういいぞ」

うむ、こいつの脳が腐ってることが改めてよ~く分かった。
黒猫が今日決着をつけると言ったときは、性急過ぎるんじゃないかと思ったものだけど、こんな危険なBL職人を放置するなんてとんでもないことだったな……。

「ちなみに高坂先輩は“受け属性”として分類していました」
「うおおおい!!おっかねぇことをシレっと言うんじゃねぇ!」
「でも、せっかく攻め×受けで組ませてカップルを作っても、みんな健全にいちゃつく程度で、押し倒したりとかそういう展開になかなか進まないんですよねぇ……」

駄目だこの腐女子……早くなんとかしないと……

話が迷走しそうになってきたところで、あきれ顔の黒猫が口を開いた。

「とにかく――ここに来たって事は、デレノートを返す意思があるということよね、赤城さん?」
「うっ……それは……」

瀬菜は手提げカバンを持つ手にギュッと力を込めた。
あのカバンの中にデレノートが入っているのか……?

「……し、仕方ないですね」

瀬菜は立ち上がると、フーっと大きく息を吐き、黒猫をじっと見据えて言った。

「ノートは返しますよ――“五更瑠璃”さん」

そう言い放つ瀬菜の姿は、不思議と強気に見えた。
それに、今なにか違和感が……

「“高坂京介”先輩と、“高坂桐乃”ちゃんにもご迷惑をおかけしました」

そう言うと、瀬菜はぺこりと頭を下げた。
その時、俺は違和感の理由に気づいた。瀬菜はなぜ俺達をわざわざフルネームで呼ぶのか……?
黒猫も何か感づいたようで、俺の方に目配せを送ってきた。

と、その時、出入り口のドアに視線を移すと、閉じていたはずのドアが僅かに開いていて、そこから何者かが室内を覗き込んでいた――

「先輩、まずいわ!外に仲間を潜ませていたのよ!名前を書かれてしまう!」

ニヤリと笑う瀬菜――
俺は慌ててソファーから立ち上がり、ドアへ向かって駆けた。


桐乃「デレノート……?」:560

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最終更新:2011年05月28日 14:50
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