高坂京介は落ち着かない04


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ついさっき降りだした雨が、早くも道路を黒く染め尽くそうとしている。
朝の予報は50%。念のために傘を用意してきて正解だったようだ。
それにしても……

「あのなぁ、この間も何の備えも無しに風邪引いてただろ。すこしは懲りろよ」

なかば濡れ鼠で駆け込んできたお馬鹿に呆れ果て、自然に溜め息も出る。
当の本人はというと、まだ乱れた息を整えつつ、さすがに決まりが悪そうな顔をのぞかせた。

「こんな急に強くなるなんて思わなくってさ。でもほら、あれ。水も滴る」
「ハイハイ、いい女いい女」

さしあたって俺が羽織ってきたウインドブレーカーを渡す。
洒落っけのない、機能一点張りの雨具だが、この際文句は言わせない。

「いいよ別に。アタシもう濡れてんじゃん。一緒に傘に入れてくれるだけでいいって」
「つべこべ言わずに着とけっつーの。解ってないなら教えてやる。加奈子、おまえ制服透けてんだよ…」
「うぇ?」

指摘を受けてやや間の抜けた声をあげ、悠長に視線を下へ――

「!!!や、ちょ、わたっ」

途端、狼狽もあらわに差し出した雨具を引っ被る。
可哀想なくらい紅潮した加奈子は慌てて辺りを見回した。

「遅いっての。まぁ仕方ない、出るぞ。ウチ寄ってけよ」

席に沈みかけるのを見かね、手を取って店を後にする。
こりゃ今日の買い物は中止だな。


「大体だ。なんで桐乃やあやせ他の友達に頼んで傘に入れてもらうとか、俺を呼ぶとかしなかったし」

雨粒は重くこそないものの、まとわりつくように降りつける。

「だから何度も言わせるなってば。これだけ強くなる前に着けると思ったの」
「はぁ……わからねえな、まったく」

そうまでして傘をささずに雨ん中を走る理由でもあったのかと穿った見方をしたくもなる。

「仕事のときは全然躊躇いなく使い走りにしてたろうが。今となっちゃ俺はマネージャーじゃないけどな。こんな急な雨の日ぐらい、呼ばれれば迎えに行くさ。変な遠慮しやがって」

説教めいた言い方になるが、ちゃんと体を大事にしてほしい。
俺にかまけてて風邪を引くのが続いたりしたら、親御さんに申し訳が立たない。
とにかく早いところ濡れた服を替えさせなきゃな。
加奈子のうなじを伝う雨を拭い、後先考えろよと改めて言い含める。

「あんがと」と礼を言って笑いかける加奈子が、なんだか…妙に、色っぽく見えて。
いかんいかん、何を血迷ってるんだ俺!
またエロゲーによくあるようなシチュだなとか、しょうもない思考に身を任せる。
そうやって、寄り添い歩く加奈子を変に意識しちまう自分を棚上げないとならなかった。


「ただいま」
「お邪魔しまーす」

誰も不在だったが習慣的に挨拶をして、転がり込むような勢いで玄関に上がる。
お袋も出払っていた。特に予定は聞いてねーけど俺たち同様この雨で足止めでもくってんのかね。
そんなのはいいとして……雨水を吸った靴を脱ぎ捨て、靴下を丸め、直ちにタオルを調達する。

「ホラ使えよ」
「あ、サンキュ。ちょい待ち」

戻るとちょうど貸していたウインドブレーカーを靴箱脇の雨具かけに掛けようとしていた。
せ、背が足りてねえでやんの…。
四苦八苦する加奈子からそれを奪い、無造作に雨具かけへ。

「無理に紐んところ引っ掛けなくてもいいんだって。こんなんで」

言いつつ、持ってきたタオルに務めを果たさせるべく差し出す。
ようやく濡れた髪や服を拭きはじめた加奈子の様子を眺めていると、何ちゅーか、こう……
改めて思うわけ。あんまりな格好だなと。

メルルのコスプレだって露出の点では十分にアレだが、濡れ透けってやつは一味も二味も違う。
なにせ発育途上の加奈子がエロく見えるぐらいだ。
一刻も早く家へ連れ帰ろうってあの場の判断は、我ながら的確だった。

「うん?いま何か言った?」

やべ。独り言になってたか

「いや、お前でもそんなあられもない格好してると思ったより目の毒だなぁ、とか」

結構はずかしいセリフ言ってるのが自覚されて、つい苦笑混じりになる。
しかし加奈子からは想定外のリアクションが。

「……何言ってんのか意味がよくわかんない」

嗚呼!
なんておばかなこ!!


普段は気にならないんで忘れがちだが、俺の好いた子、来栖加奈子はちょっと頭が弱い。
や、単に語彙が貧弱なだけか?
だと思いたいもんだ。

「つまり、そんな微妙にエロい格好で待ち合わせの店に来たのに呆れてたんだよ。今更だが無頓着すぎだろ」
「エロいかな……そっかぁ」
「いや、なんでそこでテレテレすんの。恥じ入るとか悔やむとかないんかいっ」

ニヘラ~っと笑う加奈子。駄目だコイツはやく何とかしないと…。

「だってさ。京介って何かにつけて加奈子のこと色気なしだのチンチクリンだの、こき下ろしてきたじゃん」
「そうだっけか」

なるべく本音がストレートに出ないよう自制してたつもりだが。

「言ってたって。それが今日、ついに。くぅ……ざまぁ見ろって感じ?」

さいですか。

「まぁ俺としちゃ、むやみに今みたいな格好にならないよう気をつけてくれさえすればいいが」
「わかったよ。エロい格好するのは二人きりの時だけな」

何がわかったんだオマエはー!!?
どこからそんな超解釈につながった!
全力でツッコミたい衝動と、それに伴う頭痛に襲われる俺。

対して加奈子は上機嫌で、水を吸った制服を絞りながらニヤニヤしていた。
理解に苦しむんだぜ。


こんな短いやり取りでやけに疲れてしまった。
とはいえ当初の課題を放り出すわけにはいかない。
まずは風呂に湯を張る準備だな。あとは――

「そのままじゃ冷えるだろ。何か着るもん用意するから、タオル巻いて待っとけ」
「はーい」

ぴらぴらと手を振る加奈子を尻目に、さてどうしたもんかと悩みながら階段を上がる。
桐乃の服を貸すのが妥当だろうに、本人もお袋も居ないんじゃな…
俺が手ずから妹の部屋の衣装箪笥を開けて、ってのは正直後が恐ろしい。
となると、この場は俺の部屋着を貸すしかない。サイズが合わないのは我慢してもらおう。

適当に見繕って、急ぎリビングへ入る。

「待たせた、持ってきたぞ。ってなんで既に脱いでるかなお前は……」
「ん~?」

加奈子のやつ、さっき俺の言ったとおり「タオルを巻いて」服を脱いでいる。
正確にはもう靴下まで脱ぐとこか。
普通靴下が先じゃね?とか、あー水着に着替えるときの要領かとか、そんなちゃちな(ry

「はぁ……着替え持ってきてからにしろよ…」
「濡れた服着たまま拭いても気持ち悪ぃの。いいじゃん」
「お前んちなら、それで何の問題もないんだろうがな」
「ここだと問題アリ?」

聞いてくる加奈子が天然なのか調子こいてんのかイマイチ判然としない。

「家の住人が目のやり場に困ってるだろ」
「そんな気にすんなって。大丈夫。下は脱いでないから」
「そりゃ、見ればわかる」

フリル付きかー…

回れ右をして、入って来たときより迅速にリビングを離脱した。



「まったく。そんなに俺に道を踏み外させたいのか、あいつは」

本人の耳に届かないのをいいことに、つい本心を洩らしてしまう。
ブツクサとこぼしつつ浴槽にスポンジを走らせ続ける。
風呂掃除を頼まれるより早くやるのは初めてじゃねーか?
出来るなら、この泡もろともに自分の煩悩もさっぱりと流してしまいたい。切実な願いだ。

多分、加奈子の言動に含むところは無いだろう。俺への挑発だとかは。
自尊心の固まりな我が妹様じゃあるまいし、悪戯心で性的なからかいをするタイプにゃ見えない。
年こそ同じでも子供の無邪気さなんだろう。
そう結論づけて、ようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。


「何なら京介も一緒に入る?」
「」

ぉぃ、こいつガチかよ。
風呂が炊けたから入って来るよう奨めると、返ってきたのがこの言葉。
参ったね、どうにも。

「ンなわけいくか。サッサと行けっつの」
「え~、なんで~」

もうヤダこの子……
ここでしょーもない冗談に付き合ってちゃ急いだ意味がない。

「問答無用」
「へ?」

咄嗟に反応できなかった加奈子をひょいと持ち上げ、有無を言わさず脱衣所へ運んでやった。
この間約十秒。
加奈子は状況の変化についてこれてないらしく、二の句が継げないでいる。

「いいか、大分冷えちまってんだろうからシッカリ浸かって温まれよ。湯船で100数えろ。200でもいい。濡らした制服は乾かしとく。上がるときはちゃんと替えの服着て来い。着ないで出てきたらもっかい風呂に放り込むぞ。じゃぁ、ゆっくりしていってね!」

「う、うん…いただきます」



なかなか乾かないな。
洗濯機に入れて脱水までしてやるべきだったか。
でも、ああ言った手前、風呂上がりの加奈子と御対面なんてしたら俺的にアウトだし……

あーでもないこーでもないと散漫になりつつ、時折制服の向きを変えドライヤーで送風する。
と、そこへ、ペタペタと足音が聞こえてきた。加奈子が戻ってきたようだ。
スリッパも用意しとけばよかったな。気付かなかった。うーむ…

「ただいまー」
「おう、おかえり。って言うのかこういう場合」
「ヘン?なら、いいお湯でした。」
「どういたしまして」

ふぃ~と息を吐き、胸元をパタパタとやる加奈子。
おこちゃまめ……
ドライヤーをそこらに置いて冷蔵庫の扉に手をかける。

「何か飲むか。つっても今は牛乳と麦茶しかないけどよ」
「牛乳のがいい」
「ほいきた」

適当なコップに注いで渡すと、加奈子、らっぱ飲み。
豪快なやつ。
いっそ清々しささえ覚えるが、風呂上がりにしては色気を感じさせないな。
さっきのあれは、やはり気の迷いだったんだろう。
ついでなので俺も麦茶を飲むことにした。


「ところでさ」
「んー?」
「京介は風呂入んないの。せっかく沸かしたのに」
「後でいいや。こっちは別に濡れてもないし。それに覗かれても困るしな」
「の、のぞかねーよっ」

ははっ、赤くなってやがる。
俺だってやられっ放しでいるほどお人好しじゃないってこった。


雨は一向に止む気配がうかがえない。
天気予報によると、今日はこのまま夜まで降り続くっぽかった。どこ行ったんだ50%は。
晴れ間がみえたら速攻自転車で送ってってやる心積もりだったが、どうやら望み薄か。

こちらの心配をよそに加奈子は寝転がってくつろいでいる。
まぁ、へたにじゃれられるよりかは全然いいわ。
石鹸のいい匂いが間近でするとかヤバいもん。

「……なー」

いつの間にかこちらを向いていた加奈子がぞんざいに呼びかけてくる。

「ん、どした? 腹でも減ったか?」
「違うし。しかめっ面して、なに考え込んでんだろって」
「そ、そんなにだったか」
「皺よせてたじゃん。こーんな」

言って、むすっとした顔を作って見せた。
コイツのこんな表情はちょっとウケる。

「いや、雨やまねーなって、そんだけさ。おまえ帰るタイミング無くしたら困るだろ」
「特に用事ないし困んないけど」
「って割には、手持ち無沙汰そうにしてんじゃねーの」

何をするでもなく、取りあえずつけてみたテレビを見たり、携帯をいじったり。
これぞ暇スタイルという感ありあり。

「遊べるもんも大して無くて悪ぃとは思ってるが」

かといって、ここでシスカリを出すのは如何なものか。
暇つぶしに適当ではあるかもしれないが……何か違う、不適当な気がする。その選択肢はナシだ。


それから俺たちは。
有り体に言って、ダラダラ時を過ごした。
俺はともかく加奈子はいい加減に退屈になってきたんじゃなかろうか。ばか正直に聞いてみる。

「そうでもねーよ? 気にしすぎ気にしすぎ」

答えてのそのそとこちらへ来ると、何とも自然な動作で寄りかかってきた。

「ん~……」

犬か。お前は。
さすがにド直球で突っ込むのは迷い、でもって、こんな緩いのも悪かないと思えてしまう俺である。

「加奈子、お前さぁ」
「なーにー」
「こう言っちゃなんだが、結構、キャラ違ってきてね?」
「ふぇ……キャラとかいきなり言われても」

それもそうか。

「ホラ、知り合った当初のとんがった印象からすると、こんなベタベタなのとか想像つかねぇし」
「要するに、らしくないってワケ?」
「や、そこまでは……言ってない」

いまも加奈子は俺の腕に体を預けていて、その表情は窺い知れないが。
特に機嫌を損ねた様子でもなく続ける。

「らしいとか、らしくないとか、言えるほど京介が加奈子のこと詳しくもないでしょ。ってね」

もっともだ。
加奈子と個人的に親しくなったのはここ2ヶ月ばかりだし、
それ以前は桐乃やあやせを介してほんの何回か会ったに過ぎない。
あれだけ生意気で小憎たらしく思っていたコイツを、憎からず思えるようにもなった。
こういうケースこそ奇遇ってやつなんだろうな。

「それに、言う通り加奈子のキャラが変わったんならさ。それってアンタのせいじゃん」
「俺のか」
「うん。京介のお陰で、アタシってば、こんなになっちゃった」

俺の正面に回って抱き着いてくる。
ヤバイ、加奈子ヤバイ。マジでヤバイ。

「はふ……幸せ……」

そんな呟きが耳をくすぐり、急激に膨れ上がった照れ臭さに衝き動かされて、つい思ってもない言葉を口にした。

「引っ付いてるだけで幸せとか、安上がりでいいな」

うわ、なに言っちゃってんの俺。台無しだろ色々と。
台詞と裏腹に内心動揺の荒波にぐらついているところ、加奈子がクスリと微笑って言う。

「わかんないよ? そのうち高くつくかもだかんね。今から覚悟しといたら?」


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ようやく雨足が弱まり、加奈子を送って帰すことにする。

「結局やまないでやんの。あーあ、買いもの楽しみにしてたのに」
「仕方ないだろ。買いものは明日でも明後日でも付き合ってやるよ」
「ん、あんがと」
「そういやぁ昨夜から随分気にかけてたみたいだが、何がお目当てだったんだ」
「うわ…それ本気で言ってる?」

さっきとは打って変わったジト目で睨めつけられる。
な、なんだよ。具体的に何買いに行くとか聞いてないのにわかるかっての。
俺の心を読み取ったようにわざとらしく嘆息して加奈子が言う。

「ハイハイ、考えてみ? 今日は何の日」
「何の日て、普通の月曜日じゃないのか。なんかあったっけ…」
「曜日はいいから」
「2月の13日――ああ」
「そ、そゆこと」

なるほど。今更ながら納得がいった。これは鈍いと呆れられて当然だ。

「でも明日は仕事の関係で時間食っちゃう予定でさ、今日は降ってほしくなかったなぁ……」

まあまあと、ややブルー入った加奈子を宥めつつ。俺の脳裏にある閃きが走る。
男子たるもの、バレンタインの存在そのものを忘れたりはしないものだ。


乾かしていた制服をバッグに詰めて持ち出せるようにする。

「あれ、ソレまだ乾ききってなかったんだ」
「いや。乾いてるけどな。外は冷えるかもだし、いま着てるパーカーのままで帰った方がいいんじゃないか」

とかなんとか、あくまでさりげなく誘導してみる。
気付いてくれるなよ。悪意はないからな…

「いいの? じゃぁ借りてくわ」
「おー。俺の私服だから好みにあうかはわからんが、着て外歩けないほどダサくはねーだろ」
「ま、ね。ダボついてるのがちょっとみっともないけど、表歩けなくはない」

言って加奈子、袖口から指だけちょいと覗かせた状態で、くるりと綺麗に一回転して見せる。

「へへっ。何かこういうの、恋人っぽい感じじゃね?」

やたら様になっていて、不覚にも一瞬目を奪われた。
そうだな、認めてやれないじゃないが

「こだわりますね」
「そりゃ、こだわってんよ」

軽口を交わしながら玄関へ。
直後、忘れ物を口実に屋内に戻る。ブツを回収、懐に忍ばせて……

「よし!いっちょう出掛けるとするか」
「なんでそんな気合い入ってるかな」

傘立てに手を伸ばし、親父が持っていかなかったビッグサイズのそれを広げる。

「相合い傘」
「アンタだって十分ベタじゃない」
「喜べ、公然とくっついてられるぞ」
「……うへぇ」

扉をくぐり、加奈子の肩を引き寄せざま、そのフードにサッとブツを潜ませた。

ご存じの通り日本におけるその風習はまだ新しく、製菓会社の陰謀などと揶揄されることもしばしばである。
それはそうと俺は本家のならいに従いたい。
つまり、親愛の情を込めて贈るのに男女の別はなくてもいいだろうと。

こいつが帰宅してどの時点で気付くか、最悪潰したり溶かしたりしてから発覚するかもしれないが。
その時の反応を密かな楽しみに、加奈子と並び歩き出す。
ツールボックス

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