無題:11スレ目575


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575 :◆Neko./AmS6 [sage saga]:2011/09/06(火) 23:17:25.34 ID:3JnrCuIfo

「どうも遅くなりまして。……夏コミ以来ですか、お会いするのは」

「そうね。……京介くんも相変わらずで何よりだわ」

俺は席に着いてからアイスコーヒーを注文すると、さりげなく店内を見回した。
洒落た雑居ビルの三階、壁際を飾る見るからに高価そうなアンティークの数々……。
どこにでもあるファミレスや近所の喫茶店に慣れた俺には居心地が悪かった。
窓から外を見下ろすと、スクランブル交差点を足早に渡る人々の群れが見える。

「ごめんなさいね、こんな所まで呼び出したりして。
 でも、どうしても京介くんと話がしたくて……ついメールを入れちゃったのよ」

「いえ、俺もフェイトさんのことは気になっていたんでちょうどよかったです。
 夏コミのときもそうだけど、妹の桐乃のことでも色々とお世話になっているし……」

俺の目の前にいる女性は誰あろう、伊織・F・刹那。
小説家になることを夢見ていた元ワナビで、今は同人誌業界に棲息するゴキブリのような人だ。
ゴキブリといっても、何も俺が彼女のことを蔑んで言っているわけじゃない。
それだけ生命力が強いというたとえで、俺なんか一種の畏敬の念さえ覚えることもある。

「メールでは用件が書いてなかったんですけど、今日はどんな用で……」

「うん、そうよね。……でも、その前に食事を済ませちゃっていいかしら。
 今日は色々と忙しくて朝食も取る時間がなかったし、気が付いたらお昼もまだだったのよ。
 京介くんは、お昼はもう済ませたのかしら?」

「ええ、俺は家を出る少し前に早めに済ませてきましたから。
 それより、飯を食う時間もないほど忙しいなんていいことじゃないですか」

てっきり俺にたかるために呼び出したのかと思っていたが、どうもそうじゃないらしい。
彼女が今どんな仕事をしているのかは知らないけど、この手の店で飯を食えるくらいには
収入を確保しているということだろう。

俺から話題を切り出すまでもなく、まもなくして注文したアイスコーヒーと一緒に
肉の焼ける香ばしい匂いと油のはじける心地よい音を響かせて、
フェイトさんがあらかじめ注文していたメニューもテーブルに運ばれてきた。

「昼間っからステーキなんて、思っていたよりも羽振りがいいじゃないですか。
 それに俺はこの店初めてですけど、けっこう高そうなところだし……」

「高いだなんて、そんなこともないのよ。
 私も何度か来ただけで偉そうなことは言えないけど、味の割には安い方だと思うわ」

フェイトさんに会うとなれば覚悟を決めて多少は多めに金を持ってきてはいたが、
どうやら俺の心配は杞憂に終わりそうだった。
いくらフェイトさんでも誰彼構わずいつも人にたかっているわけにもいかんだろうし、
それくらいのプライドは持ち合わせているだろうからな。

「訊いてもいいのかどうか分からないんですが、フェイトさんは今何を?」

「……そうね、一応は出版関係の仕事に携わってはいるわ。
 本当は自分で書いた小説を世に出せればそれに越したことはないのだけれど……
 今は人の書いた小説を世に送り出すお手伝いといったところかしら」

「じゃあ、どこかの出版社にでも勤めているんですか?」

「ううん、フリーの編集者とでも言えばいいのかしらね。
 ……色々とリサーチして、これならと目を付けた作品をコネのある出版社に売り込むのよ。
 私の仕事はその作者にどうしたら読者のニーズに合うのかアドバイスをしたり、
 作品を執筆する上で必要な資料をそろえたりと……まあ、雑用みたいなこともするけど」

俺から見ても、フェイトさんが金の匂いを嗅ぎつける才能には目を見張るものがある。
桐乃のときもそうだったし、夏コミで有力な同人サークルを仕切っていたときもそうだった。
しかし、フェイトさんは本当にそれで満足なのだろうか。

結果的に桐乃の携帯小説を盗作したとはいえ、
考えようによってはそこまでして小説を書きたかったんじゃないだろうか。
単に売名や金儲けのためなら、その後の桐乃が書いた続編を自ら手伝うわけがないし、
桐乃にしてもフェイトさんをあれほどまでに信頼するわけがねえ。

「フェイトさんは、もう小説を書くつもりはないんですか?」

「そんなことはないわ。
 いつの日か私の書いた小説が受け入れられる日が必ず来るって信じているし、
 只、今はその時期じゃないというだけよ」

多分、フェイトさんの小説が受け入れられる日は永遠にやってくることはないだろう。
しかし、そんなことは彼女自身が一番身に沁みて分かっている筈だった。
なぜなら強がってはいても自嘲気味に話す口元と、寂しげな目がそれを物語っていたから。

「……私はね、自分の書きたいと思うものしか書きたくないのよ。
 でも、私が書きたいものと読者が望むものには大きな隔たりがあることも知っているの。
 つまり……私が書いたものなんて誰も期待していないというわけ」

俺は、いつだったか黒猫がゲー研の部員を前にして宣言していたことを思い起こしていた。
自分が書きたいものと世間が望むものが乖離しているときはどうすればいいのかと。
そのときの黒猫の答えは、いま思い出しても単純すぎるほど明快で恥ずかしいものだった。
他人なんか関係ない、自分は自分のやりたいようにやるだけだと。

「黒猫さん……だったかしら、元気にしてる?」

「ええ、あいつは相変わらずですよ」

「彼女を見ていると、何だか昔の自分自身を見ているようだったわ。
 どこか現実に背を向けて、いつも空想の世界に身を置いていた昔の私にね。
 友達なんかいなくても気にならなかった。
 だって、私は人類を救うために選ばれた特別な存在なんだから、なんてね。
 ……莫迦みたい」

目を離すと空想の世界へ入り込む黒猫と、既に現実の厳しさを知ってしまったフェイトさん。
そんなフェイトさんだからこそ、自分自身によく似た黒猫が気掛かりなのかもしれん。

フェイトさんはあっさりとステーキを平らげ、その後コップの水を一気に飲み干すと、
テーブルの隅に置かれた呼び出しボタンを無造作に押した。

「大人になってようやく気付いたのよ。
 夢を見ることが悪いんじゃない、夢を諦めることが悪いんだってね。
 世の中で成功する人はね、夢を諦めずにいつまでも自分の夢を見続けた人なのよ」

「今でも出版社なんかに持ち込んだりしているんですか?」

「ううん、今は暇を見つけてはネットの小説投稿サイトなんかに投稿しているわ。
 あとSSも時々書くしね……京介君はSSって知ってるかなぁ。
 本格的な小説に比べると短い文章なんだけど、匿名で気軽に書けるところがいいのよね」

俺の周りで小説なんて書いている酔狂なやつは黒猫くらいしかいねえし、
黒猫の書いた小説は厨二病丸出しで、俺が理解できる範囲を遥かに超越していた。
昔の自分自身の面影を黒猫に重ねていたとはいえ、
フェイトさんが書く小説が黒猫の書く厨二病小説と同じだとはとても思えん。

「ネットの投稿サイトとか俺はそういうの詳しくないんですが……
 投稿したりすると、それを読んだ人とかから何か反応があるんですか?」

「……そうね、“乙”とか“GJ”とかのコメントならもらえるわ。
 何が“乙”なのかわからないけど……。
 初めの頃はそれでもよかったのよ、読んでくれた人がいるとわかっただけでも。
 でも、近頃は何だか少し物足りない気もするのよね」

「匿名なんかだと、けっこう酷いコメント書くヤツもいるんじゃないんですか?」

ウエイトレスさんが俺たちのテーブルへやって来ると、
フェイトさんはメニューを見ながら特大サイズのピザを注文した。
テーブルの上の空いた皿を下げて、ウエイトレスさんが厨房へと戻って行く。

「たまにはね。……VIPへ行けって言われたときは辛いものがあったわ。
 ウルトラマンのBL物を書いたときなんかM78星雲へ帰れって言われたし……。
 戦隊モノでは、モモレンジャーを主人公に逆ハーレムの話を書いたら死ねって言われた」

フェイトさんは半分ほど飲み干したアイスコーヒーのグラスに視線を落とし、
一番大きな氷にストローで息を吹きかけ始めた。
やがて氷に小さな穴が開き、それを見て満足そうに微笑むと俺に顔を向けた。

「本当のことを言うとね、私は恋愛小説が書きたいの。
 ……純愛物って言うのかしら、男女の心の機微を描いた恋愛ストーリーを書きたいのよ。
 お互い好きなくせに素直になれなくて、求めているのにすれ違ってばかりいるような……」

「だったら、書いてみればいいじゃないですか。
 俺は小説のことは分からないけど、少なくともウルトラマンとフェイトさんは違うと思います」

「……書けないのよ、私には。
 自分が書きたいものと、自分が書けるものには越えられない壁のようなものがあるの。
 もしかしたら、私なんかよりも今の京介くんの方が書けるんじゃないのかしら」

俺は小説なんか書くような柄じゃないし、そもそも書けるだけの文才もない。
含み笑いを伴った謎かけにも似たフェイトさんの言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。

「私は男の人とデートしたこともないし、男の人から好きだなんて言われたこともないのよ。
 想像で書けばいいって思うかもしれないけど、私には……無理なの。
 恋愛の経験もなければ失恋の経験もないのに……只のおとぎ話になってしまうわ」

「本当に経験したことしか書けないなんていったら、ミステリー作家なんかどうなるんですか?
 人を殺したこともないのに殺人事件とか書くんですよ」

「京介くんは、最近流行のミステリー小説を読んだことがあるかしら。
 最近の作家さんは、現役の弁護士だったり医師だったり、はたまた元刑事だったり……
 専門知識と豊富な経験を織り交ぜながら書いた小説が今は受けているのよ。
 ましてや恋愛小説なんて、突き詰めれば男と女の微妙な心の動きを表現したものでしょ。
 官能小説やエロ漫画の作家に童貞は向かないって言われているの知ってる?」

その話は俺も聞いたことがあったが、嘘か真か本当のところは分からん。
黒猫に告白され彼女と付き合い始め、自分の性格が招いた結果とはいえ振られた俺には、
フェイトさんの言っていることを頭から否定することが出来なかった。

芳ばしいチーズの香りを漂わせて、テーブルに焼きたての特大ピザが運ばれてきた。
トマトとチーズ、そして色鮮やかな緑のバジルをあしらっただけのシンプルなマルゲリータ。
フェイトさんはタバスコの小瓶を手に取ると、狂ったようにピザに振りかけ始めた。
俺も辛いものは苦手な方じゃないが、タバスコの海に沈んだピザには手を出す気がしない。
タバスコが滴り落ちるピザを口に運びながら、フェイトさんは話を続けた。

「何もね、経験がなきゃそういった小説が書けないわけじゃないのよ。
 結局のところ、その作者が本来持っている才能で書くんだから。
 そうは言っても、読者が納得できるような素地がないとお話にならないわ。
 ファンタジー小説なら、逆にとことん現実から乖離できる才能が大切だと私は思うけど」

フェイトさんは皿に溜まったタバスコを食べ掛けのピザですくい上げ、
顔色一つ変えずに平然とそれを口に放り込んだ。
俺はフェイトさんの小説に関する見解よりも、彼女の味覚の方が寧ろ気になって仕方がない。
もしフェイトさんが俺の彼女だったらと想像するだけで、俺の胃はキリキリと痛み始めた。

「ところで京介くん、ピザは嫌いなのかしら?
 このお店のピザは本格的な石窯で焼いたものだから、一度は食べてみる価値があるわよ」

そんなタバスコまみれのピザが食えるかっつーの!
大体そんなもん、既にチーズやトマトの味なんかしてねぇだろうがっ。

「いや、ピザは嫌いってわけじゃないですけど……今日のところは遠慮しておきます」

「あら、そう? じゃあ悪いけど、残りももらっていいかしら」

ステーキを平らげ、その上にピザまで食って……とても朝飯を抜いただけなんて思えねえ。
どう見たって二、三日何も口にしていなかったような食いっぷりじゃねえか。
スレンダーな体型の割には大食漢のフェイトさんに、俺は開いた口が塞がらなかった。
陸上部で日頃から鍛えている桐乃だってここまでは食わんし、あやせなら尚更のことだ。

ピザをすべて平らげ満足そうに笑う彼女に、俺は引きつった顔を向けるのが精一杯だった。
テーブルの隅に置かれたデザートメニューにさりげなく視線を送るフェイトさん。
まさかこの期に及んでまだ食うつもりかよ、と思ったのはどうやら俺の早合点のようだった。
フェイトさんはナプキンで口の周りを軽く拭うと、それをテーブルに置いてから俺に言った。

「京介くん、ちょっと待っててもらえるかな。……お化粧を直してきたいんだけど」

要はトイレに行きたいということだろうが、あれだけ食えば当然のことだろう。
しかし、フェイトさんは立ち上がると何を思ったのかしばらく外を見つめていた。
トイレなら早く行けばいいのに、慌てて行くと変に疑われるのを気にしているんだろうか。
やはりフェイトさんにも女性としての恥じらいがあるのかと、俺は妙なところで感心していた。
俺も早く行けと促すわけにもいかず黙っていると、ふと彼女は視線を俺に向け……

「ああ、そうだ。京介くんに聞いておきたいことがあるんだけど」

「なんすか? あらたまって」

「京介くんは年上の女性って、どう思う?」

虚を衝かれるとはこういうことかもしれん。
いきなり年上の女性をどう思うかなんて訊かれても……。

「私が戻ってくるまでに、真剣に考えてみてくれるかしら?」

妖しげな笑みを残し、フェイトさんは化粧室へと消えていった。
俺の知り合いの女性といってもそう多いわけじゃないし、年上といえば更に限定される。
お袋は論外だし、麻奈実のおばさんや、ましてや婆ちゃんなんて想像もできん。

考えてみると、俺の知り合いの女性といえば麻奈実を除けば年下のやつらばかりだ。
桐乃は妹だから別格としても、夏休みが終わると同時にあっさりと俺を振った黒猫とか、
それ以外といえば……あやせとか、あやせとか……あやせとか。

となると、俺にとって身近な年上の女性といえばフェイトさんしかいない。
フェイトさんがそのことを承知で訊いてきたとも思えんが……。
もしそうだとすると、彼女は遠回しに俺に誘いをかけてきたってことになるじゃねえか。
まさか、フェイトさんは年下が好みだったとか……。

俺の頭の中に、あの日の出来事が鮮明に甦る。
桐乃が書いた携帯小説の取材に付き合わされ、初めて入ったラブホテルの一件だ。
あのときは実妹ゆえに手を出すわけにもいかなかったが、今回は情況がまったく違う。
フェイトさんは年上の女性だし、したらば手を出されるのは俺の方?

取りとめもない妄想に耽りながらふと窓の外に目をやると、
そこには人並みを掻き分けてスクランブル交差点を疾走するフェイトさんの姿があった。
呆気に取られテーブルに目を戻せば、先程まで彼女が飲み食いした伝票が残されている。
迂闊にもしてやられたと思ったが後の祭り、しかしなぜか俺は腹が立たなかった。
彼女は彼女なりに夢を追いかけて精一杯生きているんだと思ったからさ。

俺は苦笑しながら伝票をそっと摘み上げ、財布を取り出しレジへと向かった。
随分と高いアイスコーヒーになったもんだぜ。
カウンターへ伝票を差し出すと、ウエイトレスさんがレジの脇からもう一枚の伝票を取り上げた。
怪訝な顔をしている俺に気付いたのか、ウエイトレスさんが笑顔で俺に言った。

「こちらは、お連れ様がお土産にとのことでお持ち帰りになったケーキのお代になります」

レジ横にあるケーキの冷蔵ケースを見ると、俺の常識を超える金額のケーキが並んでいた。
どう考えてもあのフェイトさんが、一つや二つのケーキで満足するわけがねえ。

「……えーと、全部でいくらになりますか?」

俺はウエイトレスさんの言うとんでもない金額を上の空で聞きながら……

「あっ、そういや、ここであいつと待ち合わせだったんだ。
 いや、すっかり忘れてたわ……すんませんけど、テーブルに戻ってもいいですか?」

不思議そうな顔で俺を見るウエイトレスさんにはお構いなく、
俺はひったくるように伝票を二枚とも受け取ると、重い足取りでテーブルへと戻った。
あらためてアイスコーヒーを注文してから、俺は考えあぐねたすえに携帯を取り出した。

さて、誰に助けを求めたものか……。
いつまでも携帯の電話帳を眺めていたところで埒が明かない。
俺はあいつの携帯番号の上でカーソルを止めると、意を決して通話ボタンをプッシュした。


(完)
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